47 サクラ その7
「今年も残す所1ヶ月を切り、クリスマスシーズンを迎えています。ですが今年のクリスマスには異変が起きていたのです!」
2009年12月4日。
テレビからはお決まりのセリフが流れてくる。何かを紹介する時、いつも異変が起きていると言ってくる。そして何だかんだで値上げの話題になるのだ。様式美というやつなのだろう。
「相次ぐ不審な団体の利用によるトラブル発生に伴い、場所の提供を渋る所が増えてきています。」
「ホテルやイベント会場、市民ホールなどで幅広く影響が出ており、観光組合や旅行会社などでは大きな痛手となっております。」
「今場所を借りるということは余程の信用が必要と思われます。そこで様々なところにお話を聞くと――」
「うちはもう貸してないよ。魔王だなんだと訳の解らないのが――」
「やはり魔王です。魔王事件は未だに尾を引いています!!」
「うちは貸しているけど場所代はそれなりに頂いてます。」
「な、なんと場所代だけで例年の5倍の値段になっていた!!」
「これでも電話が殺到してます。こんなご時世だしウチは貴重な――」
ピコン!ピコン!
その時、画面上部にテロップが現れる。ニュース速報だ。
XX県XX市の市民ホールで籠城事件が発生。
犯行声明はないが、複数のテログループの犯行と見られる。
現在警官隊が包囲して膠着状態の模様。
興奮した犯人の声によると、宗教団体の可能性も。
人質の有無は不明。警視庁は慎重な対応をするとの事。
…………
「また面倒な事件が起きたな。」
「忙しい時期に何してくれるのかしらね。」
「でも複数のグループってことはアイツとは関係ないか。」
「そうよね。そんな社交性無いものね。」
おっかない夫婦は知り合いの犯行でないと決めつけ、お茶をすする。
「テロリストの籠城?これオレたちの出番があるかもな。」
「あまり大規模な案件は苦手なのよね。」
「メグミが出ると犯人の安否が心配だよ、僕は。」
「なにをーー!!」
「モリト、本当の事は相手を傷つけるのよ!黙ってなさい!」
「ヨクミさんまで……否定はできないけどさ。」
食堂でメグミは仲間からの流れ弾を食らっていた。
「うわー、寒いのに元気な連中が居るもんだねぇ。ここって、サークルで使う予定の場所じゃない!?リーダー達張り切ってたのに可愛そうに……」
「ショウコー!サボってないで早く来なさい!」
「はいはーい、今すぐいきますよー!」
病院の物陰でスマホを見ていたショウコは、同情心を横に置いて仕事に戻った。
「また変なのが湧いたなぁ。」
「社長、ノンキしてないで書類の確認を!」
「社長、忘年会の予約をもぎ取っておきましたよ。」
「社長、クリスマスこそ女になれそうですか?」
「社長、検査薬買っておきました。」
「余計なお世話だッ。てめえら調子乗んな!!」
サクラは取材案件か考えだしたところで、部下相手に罵倒モードに入った。
「もうすぐクリスマスなのに何やってんだかな。」
「クリスマスだからこそかもね。」
「どういうことだ?」
「テロリストも馬鹿騒ぎしたいんじゃない?」
「「みんなお祭り好きなんだね!」」
医務室のベッドで謎の理解を理解を示す女達。
「ふーん、日本ではこんな事になってるのね。」
「領主様、また何か企んでいる顔をしてますよ。」
「ちょっとバイト君のお手伝いが出来そうと思っただけよ。」
「余計なおせっかいにならないことを祈りますよ。」
「失礼ね。これは重要なことよ。後のことを考えればね。」
異界の食卓では便乗・利用してやろうと、腹黒い金髪さんが悪巧みしていた。
そのニュースの反応はそれぞれだが、だからこそ様々な角度から物を見ることが出来ていた。
ネットに押されたとはいえ、テレビも上手く使えば世界平和に役立つ日がくるかもしれない。
…………
「ぐあーー!くっそ、撤退だ撤退!だが建物の包囲は維持しろ!」
12月12日。某県某市の市民ホール。テログループに占拠されてから1週間が経つが、未だに解決の糸口は掴めなかった。
相手にチカラ持ちが居るのか、ことごとく警官隊は排除される。死人こそ出ていないが怪我人多数で県警は消耗していた。
市民ホールに併設されている広い駐車場には、県警が対策本部を設置し現場の指揮をとっている
「警部、今日も手も足も出ませんでした。これは自衛隊に要請するしか。」
「うーむ、恐らくそれも確実じゃねえな。」
電力や水の供給を止めても相手が弱る雰囲気はなし。
なぜか市民ホールの中ではエアコンまで使えて快適さを維持されている。
「人質が居ないならそれこそ強力な兵器を持って鎮圧するべきです。」
「そうは言うがお偉いさんからは穏便に済ませろって指示が来てるんだよ。建物に傷つけたりしたら弁償はオレたちの給料から差っ引くらしいぞ。」
「なんですかそれ!テロに甘い街と思われたら何度でも狙われますよ!?」
「オレに言われても解らねえよ。ここの駐車料金もきっちり請求されるし上は何が起きているのか解ってない可能性もあるな。」
「このままではクリスマスパーティーは駐車場でやる羽目になります。オレは嫌ですよ?汗臭い連中と寒空の下でチキン食うなんて。」
「そいつはオレも御免だなぁ。しかし有効な手立てが有るわけでも……ああ、そうだな。上がダメならもっと上に掛け合うか。」
警部の頭に浮かんだのは、去年新設された特殊部隊。
政府公認の対テロ組織サイトと、日本政府が協力して作り上げた期待の超能力者部隊である。彼らなら難攻不落を突破できるやもしれない。
「オレは応援要請をだしておく。恐らく通るまでに時間は掛かるだろう。だからそれまで情報収集に努めろ。無理すると給料が飛ぶからほどほどにな。」
「いい手があるんですね? 了解しました!そのように伝えます!」
部下が本部のテントから出ていく。本当なら警官だけでなんとかしたいレベルの事件だが、相手がチカラ持ちなら仕方がない。
突入のためのライフラインの一時停止や、包囲網を更に包囲するマスコミと野次馬達のせいで近所からはクレームの嵐だ。
今すぐの解決はできないが、やれることはしておくべきだろう。
…………
「今日もこの場所の守りに成功したな。」
「こんな楽しい12月は初めてだぜ!」
「黒いののおかげで物資には困らないしな。」
「赤いの、お主らはおでんにトマトを入れるな。」
「何でこうなった……」
同日、市民ホール内で複数のテロ組織が会議を行っていた。
この場に居るのは、リア充殲滅教・黒いクリスマス教・冬はおでん教。トマトはフルーツ教・光速緊急速報教。そして幻想生物変身教である。
「何でこうなった……君達はもう少し穏便にコトを運べよ!」
幻想生物変身教の季節イベント担当、メビウスチームのリーダーは頭を抱える。本当ならみんなで楽しいクリスマスにするはずだったのに!
彼らは別にテロ組織ではないし怪しい宗教でもない。
志を同じくする者達の集まりであり、多少差異はあれど人生を楽しくしようとする前向きなサークル達だった。
「幻想殿、言いたいことは判るが賽は投げられたのだ。」
「然り。魔王事件の影響で、我々は同志で楽しむことすら行政に許可されなかったのだ。」
「そもそもこの場所もクリスマスの予定は空いていたのに、だ。」
「一応穏便にはしてるぜ?誰も死んじゃいないしよ。」
そう。彼らはその怪しい名前からこのホールの使用許可がおりなかった。メビウスのリーダーも何度も掛け合ったが、耳を傾けては貰えなかった。
話を聞いた他サークルの者達が集まり怒りに震え、そのままの勢いで占拠してしまったのだ。
「こうなった以上は当初の目的通り、皆でクリスマスを盛り上げようじゃないか。幻想の、ボスの来訪も有るのだろう?」
「手はずは何とでもなるが、問題はボスはこの件を知らない事だ。」
「なに、幻想のボスならなんとでも出来よう。」
「オレたちも暫くは持ちこたえられそうだしな。」
幻想のボスとは幻想生物変身教を作ったお爺さんだ。かなりの資産家で顔も広くて面倒見も良い。好感の持てる人物だ。
彼は当日に大量のプレゼントを持って会場入りする予定である。包囲網をどうするかはともかくとして。
だが何故彼らは籠城で3週間も立てこもる決心をしたのか。そしてその自信は何処から来るのか。
答えはそれぞれのサークルに所属しているチカラ持ちの存在だ。
例えば黒いクリスマス教。影に潜ったり擬態したりで障害物などを関係なく移動できる者が多い。また彼らが持つ経典はチカラが込められており、水を出したり盾にすることも出来る。
つまりは内外で補給がし放題なのだ。
例えば光速緊急速報教。情報伝達において右に出る者はあまりいない。光情報を操る者が揃っているのだ。それは視界の確保だったり通信による連携の確保だったり、外の情報を知ったりと大活躍だ。
こうして無駄に良い連携で各サークルの面々は警官隊を相手にしていた。
「しかしその先にあるのは――」
「幻想の、何も言うな。みんな解っているのだ。」
「そうそう。どうせオレらはこの先どうにもならねえんだ。」
「怖いなら逃してやることも出来るが、今は鍋を囲もうではないか。」
「じゃあオススメのおでんをお願いします。」
彼らは覚悟を決めている。ならば本来の主催者であるウチが弱腰なのも良くないだろう。
師走の夜は冷えるのだ。仲間たちと身を寄せて鍋をつつくのも悪くない。
無理矢理そう思い込むメビウスチームのリーダーだった。
…………
「マスターって破壊活動してた割に、普段は穏便にすませるよね。」
「もっちゃん、テンプレさん事務所が壊滅するのは穏便ではないわ。」
同日、水星屋でのんびりと鳥鍋をつつきながら雑談する。今日は悪魔屋敷での営業だがサクラもお呼ばれしている。
当主様だけでなく、社長や閻魔さんまで来ているので貸し切りにした。このメンツが揃っていると他の者も入ってきづらいのだ。ただで帰すとカドが立つので、お弁当を格安で渡して謝っている。
今日は実質、関係者同士の忘年会といった所だろう。
「サクラは、無関係のものに被害が出にくいと言いたいのだろう。」
「バイト君にはそう教育してるもの。無駄に代償を受ける必要はないし。」
「できればマスターには魂は残しておいて欲しいのだがね。あの世が得る収入が減ってしまうじゃないか。」
「テンチョーはお尋ね者だし、証拠を残せないんです。それに魂の消去を煽るのって大体……」
「あら、キリコちゃん?私の顔になにか付いているかしら。」
「社長の腹の黒さが顔まで到達してよく見えませんでした。(裏声)」
「今夜はウサギ鍋かしらね。」
「テンチョー!私の声真似してなんてこと言うんですか!!」
「ブフッ!マスター、無駄に似てる!私の認識だと70%は一致してる。」
「いや、ちょっとはキリコも慣れようよ。爆弾魔でしょ?」
「年齢不詳を気取った、イタイお婆さんのプライドを爆破するわけにはいかないでしょう?声優と違って全身で永遠の17歳を自称して――」
「そうそう、その調子!」
「テンチョォォォオオオ!!」
恐怖と焦りと怒りの咆哮を放つキリコ。その後ろにはすでにヤツがいる。
「……この店はいつから領主にケンカを売るようになったのかしら。」
「これはキリコの”押し売り”なんでオレのメニューじゃないですよ。」
「責任者はあなたでしょう?なら貴方が責任をとりなさい。それに女性客には”お通し”を勧めるシステムじゃなくて?」
「腹黒さが顔まで届くなら、胸も下も確認できないんじゃないですか?」
「手違いで給料が納豆1パックになるかも知れないわ。」
「おや、手元も確認出来ないくらい黒いとお認めになりましたか。それならウチの責任では無いのでは?」
「ふっ、訓練は積んでいるようね。」
「散々鍛えられましたから。」
緊張した空気が弛緩し、青ざめていたキリコとサクラが脱力する。
「お主等の訓練は心臓に悪いわ。ハタからすればケンカと変わらぬ。」
「まったくだよ。酒がまずくなるわ。マスター、若い衝撃をくれ。」
「はい、お待ち! 閻魔様には大きいのを出しておきますねー。」
「テンチョー、ちょっと腰が……」
「治してあげるから、ちょっと静かにしてね。」
キリコを引き寄せて抱きつく形になる。別にセクハラではなく、腰と頭に手を添えてチカラで元に戻す。
これで冷静な頭と無事な腰が戻ってくるのだ。
「うひゃーーー!!」
「はいはい、大人しくねー。」
冷静になった瞬間、その状況にキリコの頭が沸騰したがこれは仕方がない。
「キリコはこの店の癒やしだな。」
「キリコちゃんは可愛いねぇ。羨ましいなぁ。」
「それでサクラさんだったわね。記者を辞めたのにまだ取材をしているの?」
「だって一般人には全然情報が降りてきませんし、今も事件やら何やら起きてるのにみんなで鍋を食べてて平和してるのが不思議で……」
「あら、そんなこと?ホール籠城事件ならもう”終わってる”わ。」
「え!?だってまだ……」
「サクラ、きっと社長は事件の道筋は全部見えていると言いたいんだよ。」
「領主は計算だけは凄いからな。うちの収支計算だって簡単に終わらせる。」
「あの世でバイトしてたんですか。」
「子供がいるから在宅ワークだけどね。子供が居るから。」
「ししゃもお待ち!」
「もぐもぐ、食べ物でごまかせると思わないことね。もぐもぐ。」
「我は解るぞその気持ち。ぜったい毟り取られそうだものな。」
「失礼しちゃうわね。姫さんは私よりエゲツない契約とったくせに。」
「こほん。それでサクラ、なにかまだ聞きたいことはあるか?」
「ええっと、特別訓練学校ってあるじゃないですか。明らかに敵対組織なのに、なんで放置してるのかなって。」
「「別に敵じゃないから。」」
「え、でもマスターを狙ってるし、あのクスリは!」
「このバイト君があんなのに負ける理由を探しても見つからないし。」
「あのクスリだって人を不幸にするだけではないよ。オレは今幸せだし。」
サクラが言うクスリとは、特別訓練学校の地下で見た緑色の薬液だ。心を強化する効能があり、恐らくはチカラを強化するための物。それはサクラが聞かされたチカラの行き着く先を思い起こし不安になる。
マスターも自身のチカラの発現のキッカケはあの薬液だと踏んでいる。もちろん今より旧式だったし、何故かそれを持っていたのは露天商だったが。
ただ問題があるとすれば原材料と、扱いの難しさだろう。
「あれは安易に扱ってはいけない物だと私は”認識”しています。止めなくても良いのですか?」
「危険なシロモノなのは確かだけど、今は手を出す必要ないし。」
「言っても止まるほど人類は賢くないし、自滅したら学ぶんじゃない?」
「それまでにあの2人を開放したくはあるけども。」
「仕事熱心なのは良いことじゃない。ウチもそういう人材がほしいわ。」
「計算に熱中しすぎて頭の辞書がバグりました?」
「そこは熱心なだけの無能は要らないって返すところよ。まだまだね。」
「一応は戦友なので手心が入りました。」
「お主ら控えい!」
「「はーい。」」
「つまりマスター、問題はない?いきなり居なくなったりしない?」
「勿論だよ。当主様と赤いチカラも訓練してるし、簡単には負けないよ。」
「私にはマスターの”事実”は視えないから心配になるのよ。」
サクラは”事実を認識出来る”チカラがあるが、出会ってから一度もマスターの身体の詳細を認識出来たことはない。
その辺に不安を感じるが故に、未だに身体を重ねる所まで関係を進められていないのかも知れない。
「サクラさんは、余り首を突っ込まないほうが良いわ。これでも悪魔なんだから、見えちゃうと人間辞めることになるかもよ。」
「若者の好奇心も判るが、我から見てもお主は危うい。」
「お?説教なら私に任せい。サクラは子作りにでも熱中してれば問題ない。」
「まだ1度も手を出されてませんが……」
「「「ふむ、詳しく聞こうか。」」」
「キリコ、オレは厨房に籠もるから給仕は頼む。」
「ああ!テンチョー逃げる気ですか!」
「アウェイで孤立するなんてオレでも危険だと判るからな。」
こうしてサクラという酒の肴を手に入れた年代物組。
彼女達は遅くまでコイバナに毒々しい花を咲かせるのであった。
…………
『ちょっと話があるから時間を止めて。』
水星屋での忘年会後、お見送りの際にテレパシーが送られてきた。受信したのはマスターである。
この手の内緒話のお誘いは珍しいことではなく、物事の細かい調整の相談でよく使われている。
が、今日のお客さん全員から同時に来るとはマスターも想像してなかった。
取り敢えず時間を止めて色彩が固定されたのを確認すると、誰の話から聞くか考える。話の予測が出来ない社長がいいだろう。
「社長。どうなさいました?」
「あらあら、私を最初に選んでくれたの?」
「それ観測できるんですか。1番予測がつかなそうな方から聞こうかと。」
「それで正解よ。で、あなたクリスマスは予定無かったわよね?」
「休日なので家族でのパーティーくらいですね。」
「イブの方、休日出勤したほうが良いわ。場所は例のホール。」
「うわー。なんだか怪しい雰囲気になってきましたね。」
「失礼ね。今回は純粋な助言よ。」
「社長から純粋って言葉が出る辺り、絶対何かあるけどやるしかない状況ってことは判りました。」
「そうそう、素直に受け取りなさい。それじゃあ私はもう良いわ。」
「助言、感謝します。」
「閻魔さん、話ってなんですか?」
「この匂い、私は2人目か。」
「あー、そんな判別方法が。勉強になります。」
「それはいいとしてだ。お前は近い内にやらかす可能性がある。」
「オレって死神のノートにでも何か書かれました?」
「その辺は機密だ。だがあまりやり過ぎるなと注意しておく。」
「オレの物差しは縮尺がおかしいらしいので――」
「それも込みでの話だ。なに、あまり感情的になるなと言いたいだけだ。」
「解りました。助言、感謝します。」
「多分私は3人目だから。」
「キリコに何か吹き込まれました?で、クリスマスの話ですよね?」
「うむ。我は相変わらず視えぬのだ。だがお主は観測出来るのであろう?これが意味することは、我に未来がないという――」
「そんな事にはなりませんよ。いずれオレの所有者になるのでしょう?」
「だが、いかに不老不死とて無いものは生み出せぬ。」
「オレはラーメン屋にして何でも屋、いくらでも生み出してみせますよ。」
「生の活力を産み万物を制す、か。そうだな。我はマスターを信じる。」
「お任せ下さい、当主様。」
それぞれに話を聞いて、朧気ながらクリスマスで何かあることは解った。おそらくはチカラを大いに振るうであろう可能性も。
最後にサクラに声をかける。もしかしたら重要な情報が、アクロバティックな経緯を経てサクラから得られるかも知れない。
「マスター!今日はギリギリコースでお願いします!!」
「年配組にそそのかされましたかね。ある意味安心したよ。」
結果、何も得られなかった。
…………
「だめえええええええ!!」
「ごはっ!!」
桜尻徒花キャノンが炸裂してマスターの顔面に刺さる。
マスターの首から上が胴体から切り離されて飛んでいく。
その頭は監視役のシオンの胸に弾かれ、サクラの足元に転がって戻る。自分のやらかした事に気が付き意識が遠くなるサクラ。
「ヒトの旦那になにしてくれるのかしら?」
「ひゃああああああああ!!」
気がつけば腕が捻じりあげられ、首にはナイフが突きつけられていた。妻の○○○である。これでは意識を手放すことも出来ない。
「まったく店の後は私の時間なのに、譲ってあげたらこのザマですか。なにか言い残すことはありますか?」
「ごめんなさいぃぃいいいい!!」
そのまま盛大に粗相するサクラ。足元にはマスターの頭がある。顔面に尻型の赤い痣があり、それを覆うように粗相汁が掛けられる。
「覚えておきなさい。そういうプレイ、旦那は嫌いなのよ。」
○○○は空間に穴を開けて旦那の生首と本体を大浴場に送る。
「あなたも身体を洗いなさい。これ以上、旦那も家も汚させないわ。」
「はいいいい!!」
「あいたたた。私は部屋の掃除をしておきますね。」
慌ててシャワー室に向かうサクラ。胸をおさえながら掃除を始めるシオン。サポート室では全てを見ていたキリコが溜息をついていた。
「もっちゃん。それは残念だよ……。」
サクラはギリギリコースで混浴までは耐えられた。
しかしマッサージの刺激に耐えきれずに尻が暴発したのだ。
ちなみにマスターの首が飛んだのは衝撃を逃がす為にわざと切り離したもので、別に死んだりはしていない。直後に粗相汁をかけられショックを受けてはいたが、それだけである。
…………
「それで?これ以上続けるなら拘束・催眠・欠損、好きなものを選ばせてあげるけど何が良い?」
「ぜ、ぜんぶ無理矢理系じゃないですか!!」
現代の魔王の妻、○○○がクマさんパジャマで仁王立ちして床に正座しているサクラを見下ろし威嚇している。
少しでも怖がらせようとしてそのパジャマを選んだが、妙に可愛いので効果は今一つのようだ。横にいるマスターにはクリティカルだったようで、チカラで録画している。
「嫌なら出入り禁止にするだけよ。仕事柄店には来ていいし連絡もとっていいけど、もうこの家には入れさせないわ!」
「ははははじめては合意の上がいいデス!!」
「その合意を自分でお破りになったのでしょう?首を飛ばすレベルの攻撃しておいて何を言っているの?」
「返す言葉もございません……でもこう、何とかなりませんか?」
「拘束は手足の空間凍結、催眠は一時的に絶対服従だ。欠損は空間をいじって四肢を離すだけだから、別にケガはしない。」
「く、詳しい話が聞きたいわけではなく!!」
「そうは言うけど、今すぐ解決させるとなるとソレくらいだよ。オレはサクラに手を出す理由は無いんだからグダグダされても困る。」
「……仰るとおりです。」
「それでどうするの?これ以上夫婦の時間を邪魔しないでもらいたいわ。」
本来今の時間はマスターと○○○は寝室で仲良くしている最中だ。サクラは自分が邪魔でしか無いことを自覚していた。
「か、帰ります。お邪魔して大変申し訳ございませんでした……」
自身の中で答えをだして目の前の二人に伝えたサクラ。即座に転移させて魔王邸から退出させられる。
「それではあなた?フォローよろしくね。譲った時間を無駄にされたままじゃ気分悪いだけだもの。」
オシオキはするが、○○○も別にサクラが嫌いなわけではないのだ。
…………
気がつくとアパートの自室のベッドに居た。
時間を止めてここまで運ばれたのだろう。
「ううう、今回ばかりはもう駄目だろうなぁ……私の馬鹿ぁ。」
服を脱ぎ捨て下着姿になったサクラは缶ビールを飲みながら凹む。
「ううう、もう何なのよぉ。世界中の何万もの女を抱いておいて、何で私は駄目なのよぉ。依頼でも何でもいいなら私だって!!」
自身の尻キャノンを棚上げして騒ぎ出すサクラ。
「だったら依頼してやるわよ、私を無理矢理にでも抱きなさいって!」
「言っておくけど依頼料は高いですよ?」
「うひゃああああああああああああ!!」
後ろから抱きつかれ耳元でマスターが囁く。
気がつけば部屋の色彩が固定されており、時計の針も先に進むのをやめていた。
ズドォン! パシン。
咄嗟に腰を落として桜尻徒花キャノンを放つが軽く掌で受け止められる。
「え!?ええ!?」
「本当にオレにそんな物が通じるわけ無いだろ?」
上、そして下の下着をスルスルと取り上げられる。
全てがアラワになり引き寄せられてマスターの身体で受け止められる。
「ここここれはゲンジツ?夢、夢よね!?」
「どちらでもいい。最終確認だ。本当に依頼するかい?」
「あわわわわわわわわ……」
「オレの”目”を見ろサクラ。お前に何が視える?」
【――】【――】【――】【――】
【――】【――】【――】【――】
※都合により伏せ字にさせていただいてます。
「視界一杯の……発情ワードが……そういう事ですか。」
「お前にオレは視えないが、オレに映されたお前の本性は視えるはずだ。」
つまり、自分に正直になれと言いたいのだろう。
跳ね返されたのであろう彼女のチカラは、サクラ自身の気持ちを見せつけていた。
「解った。マスター、私を頼む。悪魔級のこの身体を女にしてくれ。」
(え?悪魔級!? ……ヤバイ、この状況で笑かしにかかるなよッ!)
彼女のポップアップウインドウの記録を読んで噴き出しそうになる。以前本人から聞かされていたはずだったが、このタイミングで言われて面白くなってしまう。
「く、くふ。こ、これにサインして胸におし……」
「急に挙動不審になったけど……さては見たな!?笑わないでよ!!」
途中までは格好良くコトを進めていたのに締まらない。
だが契約はここに成立してしまった。
2人は軽くキスをするとスッと一度距離を取り構える。
「たあああ!」
「なんのッ!」
そこから何故か始まる格闘戦。カラテや酔拳にボクシング。
果ては6つ延命流などを駆使して2人は相手を組み伏せようとする。
6つ延命流は活人拳の一種で、対戦相手の寿命が6年伸びるという格闘技だ。
マスターのお気に入りのマンガ、「アシュラの門限」に登場する。
それはともかく、2人とも格闘が得意なわけではない。
が、サクラはどうすればいいか「事実を認識」し、その通りに動ける。
マスターは相手の「心を読んで」「速度を変化」させて対応できる。
ゲーム・マンガの技や魔王事件で元ボクサーから得た動きを真似してみたりとシロウトながら多彩な防御と回避を見せる。
要はサクラが反撃してくるなら、それを全て受けきってしまえば良いだろうというアレな発想だった。
この日、時間の停止した世界で。
最高に馬鹿らしい前戯が、大真面目に行われていた。
「さすがに、はぁはぁ。とっぱはむりか……」
いくら事実を認識していても現代の魔王に敵うわけもなく、
数分でスタミナ切れを起こすサクラ。息切れで滑舌が悪くなっている。
(トップアメリカ?まあいいか。これで決めよう。)
「魔王事件だが、一部はエピデミックが発生していた。」
「え?ええ!?」
サクラは背後から捕まえられる。スキを探してみるが動けそうにない。ここでマスターがトドメをさしに来る。
「そして、アレの女性被害者は万単位ではないよ。」
「んな!?にゃあああああああああああ!!」
突如、情報大好きっ子のサクラに爆弾を落としてスキを作る。そのままサクラは反撃が許されぬまま、距離を詰められ陥落した。
そしてこの日を境に1週間、サクラは仕事を休むことになる。
全身筋肉痛と関節痛が併発し、毎日家族や魔王邸の面々がお見舞いとお祝いに訪れることになった。
「毎日赤飯はツライ……身体もイタイ……でも幸せ。」
ベッドから降りられないサクラは自身を確認する。
【デーモンシース】
メイデンからシースに変化し、自分がマスターの鞘の1人になった事をニタニタと気持ち悪い笑い方をしながら幸福に感じていた。
その後サクラは、なんとか事務所の忘年会までには動けるようになった。
散々からかわれつつもオトナの余裕を見せようとスました表情を作る。
「なんとでも言うがいいさ。もう馬鹿にされるだけの女じゃない。堂々と生きていくからお前達も見ておけよ。」
だが以前、恋煩いを便秘と勘違いした社員の話が暴露されてその牙城も崩れていつものサクラに戻るのであった。
お読み頂き、ありがとうございます。