46 トモミ その1
「ぐああっ!!」
「○○ちゃん!? ケーイチさん、チカラを止めて!!」
「な、なんだと!?」
過去の朧気な時間、夜。
ナイトの部隊最後の1人に狙われた私を、間一髪で○○ちゃんが防ぐ。しかし駆け寄ってきたケーイチさんには暗闇で敵味方の区別がつかず、分解の剣で敵と一緒に彼を貫いてしまった。
○○ちゃんの背中から身体が分解されていく。
彼は血を吐きながら時間遡行で応急処置をする。
分解の進行は止まるが回復には時間がかかる。体力と気力が保たない!
「魂覚醒ッ、間に合って!死んじゃダメッ!!」
私は後ろから彼に抱きつき、チカラを全開にして〇〇ちゃんの気力を保つ。この場では体の回復は彼にしか出来ないのだ。
「チッ、紛らわしいんだよこいつは。人の女の手を煩わせやがって。」
「ケーイチさんやめて、彼はそんなんじゃないの!!私を助けてくれたのに、何でいつもそんな言い方するの!?」
婚約者のあんまりな物言いに注意する。助けてくれたのに酷いわよね。
もちろんケーイチさんは本心で言ったのではなく、仲間を刺した言い訳だ。
ナイトとの戦いで心が荒み、疲れているのだ。それは私も同じである。だから言い争いも起きる。だからそんな争いを止めるべく彼は生き返る。
「おー……だー……あがー」
(オレはもう大丈夫だから、早く帰ろう。)
「よかった、○○ちゃん!うんうん早く帰ろう。」
彼は上手く喋れない。家族を失った後遺症だ。
カタキをとってからは話せるようになったが、ダメージを受けると症状が発症してしまうのだ。
だけど私なら「精神干渉」で何を言いたいのか理解できる。
「相変わらずゾンビみてえなやつだ。さっさと行くぞ。」
「ちょっとケーイチさん! もう、一言くらい有ってもいいのにね。○○ちゃん、今回も助かったわ。彼がごめんね。後で言っておくから。」
「おあー……はー……まー……」
(オレは1人で大丈夫だから、早く行ったほうがいい。また勘ぐられる。)
「う……ごめんなさい、ごめんなさい!」
謝り倒して婚約者のもとへ向かう私。後ろで崩れ落ちて気絶する彼。そのまま通行人に発見されるまで放置されていた。
「あああああああああああっ!!」
2009年7月15日朝。
寝室のベッドで叫び声を上げながら目が覚める。
「ごめんなさい、ごめんなさい!ごめんなさい、ああああ……」
「トモミ!?また悪夢か! 落ち着け、深呼吸するんだ!」
「はぁはぁ。ごめんなさい、あなた。ちょっと1人にさせて。」
「そ、そうか。水持ってくるから落ち着いたらメシにしよう。」
旦那が退室して再びさめざめと泣き始めるトモミ。
「私は、私達は……○○ちゃんを裏切り続けた……うう。」
今年に入ってから現代の魔王こと○○ちゃんの夢を見るようになり、日に日にその頻度が上がっていく。
私のチカラ、「精神干渉」が過去の罪悪感に反応しているの?でもそれなら何故今になってここまで……。
彼には散々助けられてきた。おかげで旦那と結婚できた。それが彼の望みであり、カタキ討ち以降はその為だけに戦っていた。
彼の精神の制御をしていた私は、当時の彼の心を全て見ていた。好きな食べ物・好きな音楽、趣味趣向は全て把握していたのだ。
それこそ彼の性癖や想い人まで。
彼のことを理解していた、はずだった。
多分本当は、彼の本心は別にあったのではないか。
それを私は見ていなかった。ただ彼の厚意や好意に甘えるだけで。
道が別れて初めて、自分が何かマズイ事をしたのではないかと気がついたけれど既に遅かった。もう心にフタをするしか無かった。
その結果が今の自分だ。逃れられない何かに責め立てられている。
涙を流した分だけ水を飲むと、そのまま気を失うように眠りに落ちた。
…………
「ショウコさん、君はクリスマスの予定はどうかね?」
「きっとお仕事です。去年も非番なのに無償労働だったんですよぉ!」
同日、千葉の港町で浜焼きを堪能しながら雑談に興じるショウコ。
今日は「幻想生物変身教」というサークルの海の集いという集会なのだ。
宗教のようなサークル名だがそうではない。
創立者は高齢の男性であり、昨今の多くの非リア充を救うために外での楽しい遊び方を教えているのだ。
そう、リア充という幻想生物に変身できるように。
今話しているのは複数あるチームの1つ、セイレーンのリーダーだ。海辺担当で毎月企画を立てている。
「ショウコさんのサンタ姿を見れば、皆も元気になろうものだが。」
「コスプレっすか。去年トナカイやって犬のポチに間違えられましたよ?」
「そやつはもう目が腐っておったのだろう。きっと可愛い姿だったろうに。」
「あはは、そうやって女の子騙してるんですか?」
「これもサークルの教えだよ?世のリア充達からはもっと強引な口説きが来るから耐性をつけておかないと。」
「わかってますって。相棒が美人だったのでナンパ男がゴミのように湧いてきましたからねぇ。遊びに出てるのにこんなに落ち着いてゴハン食べられるってなかなか無いですよ。」
「それは災難だったね。でもその顔を見ると楽しかったのかな。」
「ええ、最高の学生時代になったと思ってます。今はお互い就職して会えなくなっちゃいましたけどね。でもこのサークルに入って良かったですよ。何時でも遊べるし。」
「複数のチームが毎月企画しているからね。遊びやすさは重要だよ。今年のクリスマスは他サークルとも連携して合同でパーティー開くし。」
「楽しそうですよねぇ。なんとか抜け出したいけど、上司のハゲがなぁ。」
「職場の信頼関係は大事だよ。そっちを優先し――」
「リーダー、なに女の子独占してんすか。あっちのソロプレイヤーが泣いてますよ。」
「おっとすまないね。じゃあショウコさん、楽しんでいってね。」
「はーい、私の無くなったからタカりにいってきまっす!」
「……君、素質あるよ。ホント。あいつらもソレで喜んじゃ駄目なんだが。」
数少ない女の子にぐいぐいタカられて食材を提供するソロプレイヤー。
その反応はカモにされる。異性に免疫を作るのもこの集まりの役目なのだ。
だがまぁ……そうは出来ないソロ男の悲しいサガである。
…………
「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」
「よくぞ来た!今宵は地獄の甘味の底なし沼を――」
同日水星屋。今日も悪魔屋敷の中庭で営業を開始する。
週の中日ということもあり、遠方よりも近所の化物達が多く集まる。
「あれー?ケーキ頼んでないけど?」
「今晩はお1人様につき1個のサービスです。」
「やった!マスター大好き!」
男女問わずこの屋敷では甘いものは(血液の次くらいに)喜ばれる。噂を聞いた使用人たちが続々と来店してくる。
客席の半分以上が悪魔屋敷の使用人で埋まり、注文の品とケーキを提供する。
「マスターが甘味を出すって珍しいわよね。誰かの誕生日でもないし。」
「画期的なゲーム機の発売日ではあるけど。」
「私が生まれる前の話をされても!あとは一部地域のお盆は今日だっけ?」
「別にいいじゃない。オレは妻にモンブラン作ってもらえて幸せだし。」
「あやしい。」
暗殺者の勘がそう言ってるが、既に3個頂いたキリコは大人しくする。
マスターの言う通り大量のモンブランを作ったのは妻の○○○である。彼はクッキーが土の塊と変わらないくらいには甘味制作が苦手なのだ。
「マスター、我にもケーキを。」
「「いらっしゃいませ、当主様。こちらへどうぞー。」」
キリコと完璧にハモって席へ案内する。
いつもと変わらないメニューにケーキを足して提供する。
「うむ、やはり我も女よの。甘味と聞いて飛びつくとは。」
ちまちまとモンブランを食べながら自嘲気味に笑う。
「当主様、ここはむさい香りのラーメン屋でもありますが、女の子の夢の店でもあります。いくらでもどうぞー!」
ただし2個目からは有料である。キリコは初期に比べればだいぶ上手になっている。
「キリコ、むさいラーメンとか言うなし!」
「気にするなマスター。我はラーメンも気に入っておる。しかしだ、代わり映えという点では少し気になるな。」
「基本は大衆食堂みたいなもんですからねぇ。当主様的には、例えばどんな物をご希望ですか?」
「なんかこう、インパクトのある食材とかどうだろう。悪魔らしく赤いモノが良いな。店の雰囲気と合わせて和食だろうか。」
「あーー。1つ該当する物が浮かびましたが、ちょっと値が張るなぁ。少しお待ち下さい。現物持ってきますんで。キリコ、少し頼むよ。」
そう言ってさっさと店から消えるマスター。嘆き叫ぶキリコ。
面白がって注文を連発するお客さん達。
「ああテンチョー、私を1人にしないでええええ!」
必死に飲み物と料理を追加で出していくキリコだが、
マスターが居ないと時間の操作ができない為、てんやわんやだ。
「マスターがキリコを可愛がる気持ちが少しわかってきたぞ。」
「そんなのわからないで下さい!これって店員虐待よーー!」
「何を喚いてるんだ。すぐ戻るに決まっているだろう。」
気がつけばマスターは戻っており、手を洗って調理を再開していた。
「マスター!急にふらっと居なくなるのやめて!」
「1人前の店員は臨機応変に対応するものだ。」
最近のキリコは1人前という評価に拘っているので言い訳にしてみる。
「じゃあ今度勝手に居なくなったら、パスタの店にしちゃうから!」
「それはやめてくれ!」
(即座に代案を出す辺り、やはり店員というよりは……)
「お前達が仲がいいのはわかったから、その辺にしておいてくれ。それでマスター、結局何を持ってきたのだ?」
「失礼しました当主様。こちらにございます。」
そこに取り出したるは赤い物体。
唐辛子のタレと細く切った昆布がまとわりついている、いわゆる昆布漬けの辛子明太子だ。
「む、たしかに我の希望通りではある。しかし辛子明太子ならこの店でも既に出しておるだろう?」
博多セットやほうれん草や春菊の明太子和え、明太子スパゲッティなど当主様の言う通り既にメニューにはいくつもある。
「今まで使っていたのは大衆向けのちょっと良いモノでしたが、これはひと味違うんですよ。ぜひ一口お試し下さい。ほら、キリコも。」
「「い、いただきます。」」
2人がスプーンを使い、ユニゾンで明太子をパクっと口に運ぶ。
「「うっひょおおおおおおお!!」」
「か、辛いが物凄い旨味を感じる!なんだこの旨さは!」
「マスター、これヤバイです!これならゴハンが何杯でもイケます!」
「お口に合って良かった。”若い衝撃”という、結構いい品なんですよ。」
辛味と旨味の融合、いくらでも突っ走っていけそうな衝動と衝撃。そんな素晴らしい美味しさが直接店頭で買うと1箱3000○(円)。
通販だと1箱2500○くらいで、送料が500○くらいかかる。通販で2箱買う方がお得である。
「こんな美味しいもの、なんで今まで黙ってたんですか!?」
「うむ、この異界の地では他に無いご馳走となるだろう。」
「だって高いし……ウチの店のコンセプトから外れるんだ。
元値が3000○じゃあ大衆店には向かないでしょう。」
「そんなに凄いのか? マスター、オレたちにも味見させてくれ!」
「私達も!もちろんお金なら払うわ、当主様が!」
「当主様のスプーンをそのまま使わせてくれるなら私が半額出すわ!」
当主のツケで食べようとする者も図太いが、変態度では安定の使用人Bさんの圧勝である。
「我の懐にタカるでない!しかし期待させたのも事実か。マスター、振る舞ってやってくれ。あとこのスプーンは洗ってくれ。」
「「「やったぜ、さすが当主様!!」」」
「ぎゃああああ貴重な唾液スプーン様がああああ!!」
”若い衝撃”でゴハンをたらふく食べたお客さん達は、モンブランで口直しをして満足して帰る。
ちゃっかり屋敷外のお客さんも食べていったが、宣伝にはなるだろう。支払いは当主様持ちなので問題はない。
こうして水星屋に新たな名物メニューが加えられた。
…………
「うーん、何だかすっごく楽しい夢を見た気がする。みんなでモンブランを……パーティーかしら?……え、今何時!?」
ハッとして周りを見渡す。ここは自宅の寝室で、時計を見ると20時だ。今晩はケーイチさんと食事に行く予定で、予約は19時半にしてあった。
「あちゃー。私こんなに寝てたの?店の予約が勿体ないわね。」
「あ!トモミさん、目が覚めました?よかったー!全然起きないから心配してたんですよ?」
「え!?アケミさん?どうしてここに……」
ドアが開いてアケミさんが入ってくる。寝起きの私は混乱してしまう。
「どーしても何もないですよ。ケーイチさんから倒れたって聞いて慌ててきたんです!中々目覚めないから、正直焦りましたよ。」
アケミさんの治療の腕は知っている。彼女以上に即効性のある治療は他の人には中々出来ないだろう。
しかしアケミさんの腕をもってしても1日寝ていたという。
私は一体どうしたのか。
「そう、それはありがとう。助かったわ。私はどんな感じだった?」
「発熱に発汗、寝ている間はうなされてました。あとすみませんが、汗は勝手に拭かせてもらいました。心配になる量でしたので。」
ついでに「はい、お水です。」と渡された水をすべて飲み干す私。よほど身体が乾いていたのだろう。血が通っていくのがわかる。
一息ついたのを確認したらアケミさんが言いづらそうに口を開く。
「あとその……ナントカちゃんってどなたです?うわ言でずっと言ってましたけど。まさかとは思いますが……」
「あぁ、聞いてしまったのね。」
ゆらりと髪を前面にたらしながら起き上がり、アケミさんに向かう私。
アケミさんは酷く動揺し、首を左右に振るので髪がばっさばっさして両手をブンブンふりまわしている。可愛いわね。
「え!? えっとすみません!内緒にしておくので命だけは!!!」
「私とケーイチさんのキューピッドなの。私達が結婚できるように命をかけて戦ってくれた人よ。」
「え? ええ!?びっくりさせないでくださいよ。てっきり浮気相手で、私を口封じでもしそうな顔してたから……ごめんなさいっ!!」
「ふふ、脅かしてごめんなさい。でもね、話には続きがあるの。私達は彼に報いることをしなかった。ただ甘えていたのね。」
「は、はぁ……」
「そして彼は今……現代の魔王と呼ばれているわ。」
「え? えええええっ!?」
「私達がちゃんと彼と向き合っていれば、こんな事にはならなかったかもしれないの。ごめんなさい。こんな話、困るよね。」
「いえ、お2人が一生懸命な理由がわかった気がします。」
「ありがとう、アケミさん。」
「いえその、トモミさんにはアレソレ見逃してもらってますし?返せる所で返さないと、あははは。」
「あなた面白いから、排除するより良いかなってね。普通はこうはいかないわ。どうしてそんなに明るく振る舞えるのかしら?」
私のチカラを知っていれば、旦那を狙うどころか普通は近寄らない。
「私だって最初はグデグデのナメクジになっていましたよぉ。でもとある人から全力で生きろってアドバイス受けて、それでです。」
「そんな人がいるのね。世の中捨てたものじゃないわ。」
「あはは、トモミさんには迷惑な話ですけどね。」
私は少し興味を覚えて彼女を探ろうかと一瞬考える。
しかし数少ない同性の友人だ。マナー違反はやめておきましょう。
「……ねえ、アケミさん?私の身体を診てどう思いました?」
少し思うところがあり、私はなるべく優しい声で聞いてみる。
「え!?いや綺麗な身体だなと。もしかして百合!?それはダメ!」
「ちょっと、勘違いしないで!!生物学的で医学的な話よ!」
心底驚いた顔で否定してくる。もう、こっちがびっくりしたわ。こういう面白さが彼女の良いところなんでしょうけれど。
「実はちょっと気になることがあります。トモミさんの身体は
あちこちで回復を拒んでいるように見えました。」
「どういう事?」
「恐らく今回は心因性の体調不良です。先程の話だと魔王絡みと思いますがご自身を否定しすぎる余り、心が身体を受け付けなくなってきてます。」
彼女の治療は何らかのチカラを使う。つまり私が「精神干渉」で治療を拒んでいたから回復が遅かったって事ね。
「ちょっと心当たりあるかもしれないわ。」
「私は心は専門外ですし、ちゃんと診てもらったほうが良いかと思います。」
「むしろ私が専門家なのよね。はぁ、これは参ったわね。」
「でも今はむしろ元気そうに見えるのが不思議です。」
「実はさっき、良い夢を見た気がするの。大勢で仲良くケーキを食べている夢。」
「へえ、パーティーですか。病は気からって言いますし、今度学校のみんなで大騒ぎしませんか?きっと盛り上がりますよ。」
「そうね。それもいいかもしれないわ。」
「じゃあ決まりですね!でも今日の所はまた寝て下さい。ケーイチさんには私から連絡しておきますから。」
「わかったわ。旦那はまだ残業?」
「はい、上の人との話し合いだそうです。」
つまり今日の外食はどっちにしろ叶わなかったわけね。
○○ちゃんが居なくなってから、酷い運命の巡り合わせだわ。
この後アケミさんに手伝ってもらって食事と水分を山程摂って寝たわ。
またいい夢が見られることを願って。
…………
この日この時。
トモミがアケミの過去を探っていれば、魔王の追跡劇も終りが見えていた。
しかしトモミは少ない友人を失う可能性があったし、必ずしもいい結果に繋がるとは限らなかった。
だからこれが最善の選択であったのは間違いなかっただろう。
そしてトモミが見たパーティーの夢。
本当に水星屋のマスターと心をリンクさせたのか。
それはトモミの願望で、精神干渉が魅せた幻覚だったのか?
精神干渉を持ってしても、媒体も無しに異界と繋ぐとなれば
最低でもお互いに手をのばす必要がある。
だがもしこの日、マスターがトモミに何か思う所があったとして。
罪悪感から弱ったトモミが、同じ時間にマスターを求めたとして。
その結果小さな奇跡が起きたとしても、許容されて良いと思いたい。
道が別れて自業自得な人生を送る両者だが、共に未来を目指した仲間であったのは事実なのだから。
お読み頂き、ありがとうございます。
このエピソードで40万文字を突破しました。