44 キモチ
「あの、本当にマスターが着せるんで?」
12月24日深夜の魔王邸、サクラの客室でプレゼントを渡す。
だがオリジナル下着のセクシャルガードは、初回着用時はマスターの手作業での調整が必要なのだ。
当然監視役が入るので今も妻の○○○とカナが居る。
「なんで奥さんもいらっしゃるんですか!?」
「見学よ。気にしないでいいわ。」
「どうしてもと言うなら時間止めて済ますけど……」
「それはダメ!うう、そのままお願いします。」
今日の為の可愛い下着を外して畳む。妙に身体をくねらせるせいで今は必要のない色気が振りまかれる。
「サクラさん、出来てるじゃない!それよ、その曲線!」
○○○の野次を受けつつ、新しい下着に足を通す。
「うわああああ、これ、なにこれぇえええ!」
やはり調整前は刺激が強いらしい。
慌てて身悶えるせいで物凄い揺れっぷりだ。
「調整するよ。少し大人しくしててねー。」
空間を弄って収まりを良くする。サクラはもう顔が真っ赤だ。上下ともに調整が終わって落ち着きを取り戻すサクラ。
「この不思議な感覚……5層構造でそれぞれ役割が……」
「相変わらず説明するまでもなく、解っちゃうんだねぇ。」
「サークラッ。カナお姉さんが良いことを教えてあげよう。敏感な所を押し込むとすっごく――」
「ひょええええええええええ!!」
「試すの早すぎじゃないカナ?」
「ほら水だ。ソレに使うならガブ飲みしないと保たないぞ。」
「くう、何時まで経っても私は羞恥プレイ担当なのね。」
「じゃ、次はご希望どおりマッサージに移ろうか。」
「んな!!これ以上は心が保たないよ―!!」
必死の懇願により、手足を軽く施術するだけで終わりにしたのだった。
一歩進めて嬉しい気持ちのサクラではあったが、ちょっぴり道のりの長さも感じていた。
…………
「はぁはぁ。分身VSリピート、どうやら引き分けのようね。」
「はぁはぁ。ならばここから新技だな。」
(夫婦そろって素質有りすぎじゃないカナ?)
魔王邸のマスター達の寝室でカナは監視役を務めていた。
休憩の差し入れで飲み物を渡して、また離れて控える。
(うわー、あれがダブルに?生物としてどうなのそれ。)
(ゴクリ、混ざれないかなぁ。いえ駄目よ私。きちんと見守らないと。)
(エイジスライダー?うわー、奥様の年齢が操作1つで?)
(ど、何処まで行く気かしら。アレって擬似的にお相手の歴史が旦那様色に染まるって事よね。意外な所で旦那様の征服欲が明らかに?)
(今夜も奥様が劣勢ね。いえ、ここでカウンター!?旦那様の得意技で返すなんてさすが奥様、粋な演出ね。)
(うわー、ソレを空間圧縮ですか。後で戻したら滝じゃないですかね。)
(ていうか地味に浮いてますね。割と無茶な体勢もこれで……)
(もう何時間、何10回目でしょう。意識トンでも夢の中でまでするとか、奥様そろそろまずいカナ?ずっと喜びっぱなしではあるけれど。)
「はい、ストーップ!!旦那様、ちょっとオイタが過ぎますよ。これ飲み物です。口移しでも何でもいいので飲ませてあげて下さい。」
「ああ、ありがとう。」
「あれ、カナさん?今日はメイドストップかー。」
意識を取り戻した奥様を連れて大浴場へ向かう2人。
「わわっ、滝よ滝!あなた、頑張ったわねぇ。」
(やっぱり滝になってましたか。今日の技がオサガリするのは何時になるのかなぁ。楽しみです。)
小型ベッドで寝ているセツナ様を撫でて、バスタオルを届けに行く。
別の意味でしんどい業務だが楽しみにする気持ちも増えるカナだった。
…………
「我の身体はどうだ?もう400年は変わらぬ肌には自信が――」
「今回はそういうのではないのでお控えください。」
12月25日。悪魔屋敷の当主様の自室で、マスターは検査をしていた。
全身の作りをチェックするが結果は芳しくはない。
正確には健康そのもので修正箇所がないのだ。
「食事ができて、体臭もある。なら新陳代謝はあるんだよね。ウチと同じ仕様なのかなぁ。でも大怪我してもすぐ治るのは……」
検査の最初に手を見せてくれと頼んだら、左腕をもいで渡された。当然ツッコミを入れ漫才じみた会話が始まるが、ソレが終わる頃には治っていたのだ。
「な! 我が臭いと申すか!」
「いえ、いい匂いですから安心して下さい。」
「そうか!?いやそれはそれで、気になるが……」
「当主様、毛を一本いただけますか?」
「生えてないものは渡せぬぞ。」
「上の毛です。ぷちっと。」
「あいたっ!」
「いきなり腕もぐよりは痛くないでしょう?」
白と黒のチカラをレンズにして、抜いた毛を確認する。
元の位置に戻そうとする意志と時間の遡行が起きている。
1分もしない内に髪は消え失せた。恐らく当主様の頭に戻ったのだろう。
「ははーん。これはもっと深い部分を診ないと駄目かもなぁ。」
「何か解ったのか?」
「当主様って新鮮さを保つ為の何かが仕掛けられてますよ。」
「我は冷凍食品か!?」
「半額にならないと売れないパターンですね。」
「我を売れ残りみたいに言うなっ!マスターに言われると傷が広がる!!」
「当主様は賞味期限が無期限なのが売りですけどね。それはどうでも良いのでちょっと幽体離脱して下さい。」
「昔は出来たのだが、今は軽く思念を飛ばすくらいしか……」
「たしかに、なにか引っかかってますね。てい!」
腕を精神体にして当主様の身体に突っ込んでみる。
中には金属のように硬い感触が幾つも有り、それは当主様を縛り付けている鎖のようだった。いや鎖と言うほど太くはないが、とにかくなにかに縛られている。
「当主様、人の性癖をとやかく言うつもりはございませんが、400年も縛りプレイをするのは頂けませんよ。」
「勝手に手を突っ込んで何を言うか!?マスターこそ変態ではないか!」
「よくメイド達に言われます。いえ、重要なのはこの鎖?ですね。話に聞いたタイムトラベルの失敗時に様々な時間軸が絡みついて身動きが取れなくなっているのでしょう。」
絡まったのは赤い糸でありそれは振り切ったつもりだったが、その残滓というべき様々な時間の流れが取れずに残ってしまったようだ。
「だから我の身体は成長せぬのか!そ、それは治せるものなのか?」
「今すぐには難しいでしょう。赤いのを使っても代償は確実です。」
「ぐぬぬ……原因が解っただけ良しとするか。今までは自分の身の確認すらできんかったから大した進歩と言えよう。」
「当主様が居たからオレは悪魔に成れたのだし、悪いことばかりでも無いでしょう。これからじっくり対策を考えましょう?」
「うむ、そうだな。だが余り時間はないやもしれぬ。」
「え?どうしてですか?」
「もしかしたら一年後、世界が大きく変わる可能性があるのだ。」
「あー、それで昨日のイベントを楽しみにしてたのですね!」
「あってるけどちょっと解釈が違わないか。」
「うーん、オレの方だと何も感知しませんでしたけどねぇ。」
例の次元携帯を取り出して、未来からニュースサイトをダウンロードする。不思議な記事は幾つかあるが、別に1年後も世界が終わるようなことはない。
そして気になる記事もぐっと堪えて深入りはしない。
人生のネタバレとか最高に面白くないからだ。
「そうなのか?ならば良いのだが、あまり無茶をせぬようにな。」
「ええ、心得ました。そろそろ服着て下さい。はい、クマさんパンツ。」
「お主、我の扱いが雑になっておるぞ!」
想い人からクマさんの下着を放られて喜ぶ者は少ないだろう。
「だって親身にして誰かに見られたら通報間違いなしですし。」
「誰もおらんからもっと優しくしてくれ!」
「そこの影に使用人Bさんがいますけど。」
「「!?」」
一方はなんで居るんだという顔。もう一方は何故バレたという顔。
お互いの気持ちが高ぶって爆発を引き起こす。
悪魔屋敷の闇はしょうもない所で深そうであった。
…………
「ななな、なんですこれは!?私達の身体が半透明に!!」
「ひえええええ、ナンマンダブ!ナンマンダブ!」
同じく12月25日。関東某所の古く大きい病院の中の病室。
毎年恒例クリスマスレクリエーションが開催された。
非番の看護師達がサンタやトナカイなどに扮して
高齢の患者さん達にプレゼントを配っている。
ちなみにこれらは有料である。ただし働く側には手当は出ない。誰が得するのか考えたくもないイベントだ。
だからこそトナカイ役のショウコはイラついてしまい、チカラが漏れて薄くなってしまったのだ。
ショウコのチカラは「ステルス」であり、自身だけでなく触っているものも透明にできる。その制御は自分で出来るが、無意識で床にチカラを通して皆が薄くなったのだろう。
「ポチ!家族は誰も来てくれないのにお前は迎えに来てくれたのか!」
「誰がポチだ!目を覚ませ!」
自分の着包みを犬と間違え抱きつこうとするご老人の頭を押さえる。
(いっそこのまま完全に透明にしてやろうか。)
「ちょっとショウコ、これは一体何が起きてるの!?」
「きっと感極まった患者さんがチカラを暴発させたのかと。ほら、あっちもこっちも薄くなってますし。」
「私には貴女を中心に展開してるように見えるのだけど。」
「もう先輩ったら、私なんていつも通りの無能ですから。とりあえずお爺ちゃん達を落ち着かせましょう?」
「そうね。こんな状態じゃレクリエーションもなにもないわ。」
周囲の患者さん達は、念仏を唱え続ける者や、「まだ生きたいんじゃー!」と喚く者、満足げな死に顔を晒す者など混沌としている。いや死んではいない。仏の顔をしているだけだ。
先輩が患者さんをなだめにかかると、ショウコも後に続く。手際よく患者さん達を気絶させてまわるショウコ。
本当に医療関係者なのか疑わしくなる行為だが、その場は静かになった。それと同時に「ステルス」を解除して自身の疑いも晴らす。
「ほらー、やっぱりお爺ちゃんのだれかだったんですよ。」
「そのようね。もうこの部屋はプレゼント置いたら次へ行きましょう。」
「はい!まだまだたくさんありますしね!」
次からは言い訳が効かないので慎重に配達して回るショウコであった。
「いやー、非番なのにえらい目に会ったわー。」
その夜自室でネットで情報を漁りながら愚痴る。
ショウコは就職してから、チカラを不用意に使わないようにしていた。無能を装い目をつけられないようにしているのだ。
悪友のアケミとも機密の関係で連絡は取れなくなり、
ひとりぼっちで社会の世知辛さと戦っていた。
「あのハゲ上司、ゾンビにでも噛まれりゃいいのに。材料はそれこそ腐るほどあるんだから。」
社会に出てからだいぶ毒され、ブラックなジョークも増えた。
「ゲームだったら変に目立たずにクリアできるんだけどなぁ。」
彼女の得意なゲーム、ネダルギアシリーズ。
少ない金で店主からネダルことで、時計塔を維持管理するゲーム。しかしやりすぎると通報されてしまい、捕まるとゲームオーバー。
ショウコは一度も通報されずにクリアすることが出来る。
「せっかくのクリスマスだってのに楽しいこともないし、そもそもオシャレとかする時間もないし……何かないかなぁ。」
クリスマス等の時事イベントをやるような楽しいサークル。
色々検索しているといくつか気になるものが出てきた。
「おでんにトマト、最近は何でも宗教があるのねぇ。リア充殲滅教?これは怖いわね。あ、でも別に宗教じゃなくて一般のサークルなのか。」
その中から1つ選び、面白そうだから会員登録だけしておく。
独り身でも皆で楽しく過ごせるイベントを企画実行しているようだ。
「取り敢えず次の新年イベントに参加してみて、良さそうなら続けてみよう。」
こうして「幻想生物変身教」なるサークルに出会う。
新たな期待を胸に、逸る気持ちを抑えてベッドに潜るショウコだった。
…………
「もうバイト君はイベント禁止令でも出しちゃおうかなぁ。」
「今それを発令するとまた血みどろの戦いに逆戻りですよ。」
同日、異界の地の木造の領主邸。
前日のライブの後始末で疲れた彼女達は休憩していた。
異界の中に別の異界を作る荒業のせいで、この異界を形成している結界が軋んでいた。
その他にも、アイドルに目覚めた各勢力のお偉いさんから
音楽系の機材を仕入れてほしいという嘆願書が大量に届いた。
気持ちはわかるが、そもそもCDプレイやーすら無い世界だ。
仕入れるにしても大掛かりな買付が必要になる。
なのにイベント中にCDを何十枚と購入した彼らは、お預けをくらった猛獣のように飢え、欲望を剥き出しにしている。
「アイドルを流行らせるのであれば機材は必須です。むしろ一式だけ購入して彼にコピー&ペーストを頼んでは?」
「彼は騒動の大本なんだしソレでも良いんだけどね。このファンタジーな異界に現代科学を取り入れて良いものやら。」
この異界は多種多様の悪魔や妖精、幽霊等が”捨てられ”ている。
様々な世界と繋がりがあるが、大抵は元の世界で疎まれた者達が捨てられる土地なのだ。だからこそ、この異界は存在を許されている。
異界とは言うが星ごと作ったわけではない。
異空間に土地や大気を設定し、地球で言う箱庭ゲームに近い物である。
宇宙まで作ったわけではないので、七夕の時は本当に焦ったものだ。なにせここから見える空は、地球から見える空と同じものだから。
余談ではあるが。悪魔になる前に異界の概要の説明を受けた
バイト君が、「なにかの弾幕STGにありそうですね。」と発言した為にお仕置きで屋台を吹き飛ばした事がある。
もちろん反撃したが当時はあっさりボコられたバイト君。
その後すぐに店舗型の店を自身の異界に用意して営業を再開している。
当時は本当にただの奴隷候補としか見ていなく、屈服させる為とはいえ今の彼を想像するとやりすぎ感は否めなかった。
「もう何千年も変わらぬ土地です。皆、戦いに疲れておりました。ここで娯楽に目を向けること自体は悪くない考えです。」
「わかってるわよ。私が言ってるのは加減の問題よ。この土地では科学は輸入に頼ることになる。わかるでしょ?」
「そうですよね。発電所すらなく、明かりも魔力頼りの土地に電化製品なんて取り入れたら混乱必至です。」
電化製品を使えるのはせいぜいこの家か姫さんの所。あとはあの神社か。
七夕後の立体映像装置もまともに使えず、分解して魔力用の設計図を作って研究しているレベルだ。
「やっぱり一部だけを取り入れて魔力用に作り直すしか無いわね。」
「それが良いでしょう。ただCDプレイヤーだけは現物を用意してもよろしいかと。でないと暴動発生必至の飢えっぷりですよ。」
「まったく、バイト君には困ったものね。」
それでも領主は笑っている。非常識な男だが、この世界に新たな可能性を見せてくれたのは確かである。
あとはここを管理する領主の役目だ。
七夕の時に比べ、だいぶ気持ちに余裕のある領主様だった。
…………
「「でやああああああ!!」」
特別訓練学校の訓練棟。
その格闘訓練用の部屋でユウヤとソウイチが模擬戦をしていた。
ユウヤはその速度でソウイチの攻撃を全て回避し、ソウイチは重力の鎧で打撃点をずらしながら防御する。
「トドメだッ喰らえーー!」
「ほざけ、貰ったぜ!」
「はい、そこまで!ふたりとも位置に戻って。」
2人同時に攻撃するが、結局有効打にはならずに引き分けに終わる。審判のモリトの声に2人は初期位置に戻って挨拶する。
「「ありがとうございました!」」
「はぁはぁ、くそーまた引き分けかよ!」
「ぜぇぜぇ、何度やっても決めきれねぇ……」
そんな二人のやり取りに、ギャラリーから声がかけられる。
「まったく、毎日懲りずによくやるわよね。正式隊員になったんだから、少しは落ち着いたらどうかしら。」
「元気なのは構わないのだけど、ここまで成長しないと見ていても面白くないわ。」
「2人ともお疲れ~。でもギャラリーは納得してないみたいね。」
メグミ・ミサキが割りと辛辣な意見を言う中で素直に労うヨクミ。
「好き勝手いいやがって。こいつすっげぇ堅いんだぞ!?」
「ユウヤは近距離じゃ目で追うのすら難しいんだぜ!?」
「それを何とかしなさいと言っているの。ブヒブヒ言いながらの泥仕合なんて見飽きてるのよ。」
「そんな事言われてもよぉ……」
男達は抗議するがミサキにばっさり切り捨てられてしまう。
正式隊員になって数ヶ月、全く成長が見られないのは頂けない。
もちろん細々としたテロ事件解決の端役として経験は積んでいるが、本人のスペックが変わらないなら魔王など倒せない。
「ちょっといいかな?」
審判役のモリトが声をかけ、皆がそれに注目する。
「僕が思うに2人とも、チカラをただ垂れ流しているだけだと思うよ。」
「ほーう、結構言うじゃねぇか。続けてくれ。」
「例えばソウイチ。君の重力操作だって、なんで下にしか効果を向けないんだい?」
「おいおいモリト、重力ってのは地面に向いているもんだぞ。」
「あのね、操れるなら横や上に向けてられても不思議じゃないだろう?」
「え!? あ、ああ。考えたこともなかったな。」
「そして重力を身にまとうだけだから身体に負担がかかるんじゃない?身体に対して外側にベクトルが向いた……重力の装甲みたいのを着るスタイルにすれば、今まで以上に――」
「そうか!攻撃を勝手に弾くし、負担も少なくスピードも落ちない!!」
「そうそう。向きの操作を応用すれば軌道の読みにくい攻撃もできるよ。」
「モリト君。いいセンスを持っているようね。本人にチカラが無いのが残念でならないわ。」
ミサキが素直に褒めるのは珍しい。なぜかヨクミが胸を張ってドヤ顔してる。
「私が育てたからね!」
「…………」
「お、おいモリト!オレにもなんかないか?」
大きく戦略の幅が広がるかもしれないソウイチに危機感を持ったユウヤが尋ねる。ライバルに負けたくはない。
「ユウヤの武器は速度だけど、真っ向勝負ばかりなんだよね。だから初見の相手には通じるけど、種が解れば通じない。相手の虚を突く技術を磨くと良いんじゃない?」
「虚を突く?イメージが難しいなぁ。」
「ユウヤは一直線に向かった方がいいんじゃないの?」
「多少はフェイントを入れないと、多少早くてもバレるよ。現にさっきもソウイチに軸をずらされてたでしょ。」
「う、そうよね。」
「だから速度変化を2段階に出来ないかな?両目あるんだし。相手が反応する部分を更に遅くすることで翻弄するんだ。」
「なるほど、敵の特定の部位を更に遅くすることで身体の自由を効かなくするのか。」
「ユウヤの攻撃の軌道上を操作して緩急付けるのも有りだね。」
「お前天才だな!さすが親友、しっかり見てるぜ!」
「なんか今の話だとオレの腕とか足が千切れそうで怖いんだが。」
「でも凄いわ。なんでそんな発想が出てくるの?」
「教官はチカラを使いやすい形に変形させてるよね。なら僕たちもそうした方が効率いいんじゃないかって思ったのさ。」
ソウイチの発言を全員スルーしてモリトの考え方を頭で反芻する。たしかにその通りだ。今までは中途半端だったのだ。もっと具体的にイメージして使わないとこの先厳しいだろう。
もっとも、ミサキはそんなの当然じゃないといった顔だ。
ナカジョウという特殊な家の彼女は、その辺にも詳しいのだ。
「これで本人に超能力が無いってんだから、神様は残酷よね。
ほら、次はモリトの魔法の授業よ。さっさと準備なさい。」
みんながモリトを高評価する中、ヨクミはモリトを引きずっていった。
「この豚野郎!ぼーっとしてないで隣で練習するわよ!」
「おうよ!ぜってえ負けない重力操作を身につけるぜ!」
「あの2人はアレでいいのかなぁ。」
意気込んで退出する2人に人間関係の妙を感じ取るメグミ。
「メグミ、オレも早速特訓だ。悪いが付き合ってくれ。」
「よろこんで!」
合法的?に側に要られる時間が増えて喜ぶメグミ。
新米隊員達は各々の未来のために今日も努力を怠らないのであった。
…………
「これは……夢?」
私は気がつくと何処かのファミレスにいた。
いやこの場所は知っている。○○ちゃんを勧誘した6年前の場所だ。
目の前にはナイトの男が下卑な表情で○○ちゃんを脅迫している。当時婚約者だった旦那が相手に掴みかかっている。
いや、すでに終わった後のようだ。
ナイトの男が持つノートパソコンのモニターには、
○○ちゃんの家族の死体が映っている。
この後彼のチカラが暴走して街中がパニックになるのだ。
「くっ!!今更この夢なんて……」
強い光に包まれ場面が変わる。
「今度は、あの名無し君の場面?」
久喜市にある喫茶店サイトでチームメイトとケンカになった時だ。
客席の1つで名無しの能力者が○○ちゃんに暴行を加えている。周りのサイトのメンバーは遠巻きに見ているだけだ。
やがて我慢の限界が来た○○ちゃんが名無し君の時間をバラバラにして殺してしまう。
すべてが終わったら全員で○○ちゃんを責め立てはじめる。
その光景は見ていてとても辛い。しかし私は動けない。今も昔も。
やがて彼の時間の刃は他の仲間にも突き立てられていく。
そしてそれを止めたのが私の婚約者だった。
また場面が変わる。
次は彼のチカラの制御をする場面、その次はゾンビに追われる場面。婚約者が○○ちゃんに分解を当てた場面や処刑を進言する場面。
九州支部に応援に行った時の皆殺しの場面など、彼にまつわるシーンが矢継ぎ早に目の前に展開されていく。
まるで私を責めているかのように!
そして2005年に彼を信じず追い詰めた場面。
それを最後に○○ちゃんの身体が崩れて消えていく。
それだけじゃない。自分の身体も崩れていく。
腹に穴が開き、それはもう止まらない。どんどん自分が消えていく。
「いやああああああああああああああ!!」
2009年1月2日朝。トモミの初夢は最悪であった。
汗だくになり、肩で息をするトモミに駆け寄るケーイチ。
「どうしたトモミ!!大丈夫か!?」
「ゲホゲホっ、み、水を……」
水を取りに行くケーイチ。泣き出すトモミ。トキタ家の新年の朝は慌ただしかった。
「あなた、こんな街に何の用があるのかしら。」
「そう言うなって。大事なことなんだぞ。」
同日。特別訓練学校から南に位置する歓楽街。
その南側に位置する神社……というには規模の小さい社があった。
そこにはコウコウ様の社と書かれた看板があり、この地の土着の神を祀っている建物だった。
まだ朝と言っていい時間だがそれなりに参拝客もおり、忙しそうな巫女さんに声をかけて本殿に入る。
「あけましておめでとうございます、キサキさん。」
「なんじゃ、ケーイチとかいう小僧ではないか。何がおめでとうだ。年に一回しか顔を見せぬくせしてよく言うわ。」
そこには上等な着物を着た1人の少女が居た。いや、現れた。
「ええーー!?あなた、これは一体!?」
「この地の神様だよ。元はオレ達の大先輩なんだぜ。」
「口ぶりからしてサイトの後輩か。お前の嫁か?ウチは子作り祈願もやっておる。金次第では叶えてやるぞ?」
「ケーイチの妻、トモミといいます。初めまして、キサキさん?」
「うむ、小僧よりは礼儀がなっているようだな。して、何用か。この街に女連れでくるなど碌な事ではないだろうが。」
「今朝方、妻が現代の魔王について夢で見たそうなのです。キサキさんの方には何か情報はありませんか?」
「何かと思えばあのゾンビのような弟子のことか。だが人にモノを尋ねる時には――」
「心得ております。こちらをどうぞ。」
そういって風呂敷に包んだ本を渡す。
キサキは即座に開封して中身を確かめる。全てエロ本だった。
「うむ、苦しゅうない。」
『あなた、あの一生懸命えっちな本を確認してるのが本当に神様?それに○○ちゃんの事を弟子って……』
『あいつにチカラの使い方の修行をつけたのがキサキさんなんだよ。あの名無し殺しの後にな。エロ本については生前からの趣味らしい。』
「趣味だけではないぞ。神パワーもここから得られるのだ。」
「テレパシーも聞こえるの!?さすがは神様ね。」
彼女はナカジョウ・キサキ。サイトの初期メンバーの1人であり、ナカジョウ家から派遣された優秀な秘術使いであった。
しかしナイトと間者に騙し討ちに会い、命を絶たれる。
後のサイトマスターのサイトウ・ヨシオの空間凍結により
魂だけは確保され、この地の神の後釜になることで現世に留まっている。
「今となってはただの残りカスじゃがな。それでトモミと言ったか。お主は見た所「精神干渉」の持ち主のようだがどの様な夢を見たのだ?」
夢の内容を伝えるトモミ。過去の現代の魔王、そして彼や自身の崩壊。一通り聞いたキサキは神パワーを使いながら長らく黙り、やがて口を開く。
「では、一番良い解決法を教える。さっさと荷物を纏めて今の仕事を辞める事だ。さすれば何も問題は起きないだろう。」
その言葉に息を呑む2人。それはとても受け入れられないモノだった。
「それは、できません!」
「私達は彼を止めなければならないのです。」
「そうだろうな。だがそれ以外は悲劇を生むと知れ。」
「一体どういう事ですか?」
「この仕事をやめれば政府から追われる身です。新たな後輩たちの育成だって中途半端になります。」
「言っただろう?辞めれば何も”問題が無い”のだ。そもそも魔王を追うこと自体が”なんせんす”なのだ。」
「意味がわからないが、どんな悲劇が起きるんだ?」
「……主観的な意味で世界が一変、いや崩壊する可能性がある。」
「私どもにはわかりかねます。もう少し詳しく教えて頂けませんか?」
「今、私を疑問視している時点で話しても無駄じゃ。だがそうだな、いざとなれば女の話でもしてみればいいだろう。」
そのまま話は終わりとばかりに追い出される2人。
結局何も解らずじまいだったが、このままでは良くないことは判った。
「エロ神様らしいアドバイスだったな……なんだってんだよもう。」
「でもビックリしちゃった。○○ちゃんの師匠ってミサキさんの親戚だったのね。」
「あいつには言うなよ。これ、かなり高レベルの機密だからな。今回は無理言ってマスターに許可を貰ったんだ。」
「確かに強制力を感じるわ。だから○○ちゃんからも読み取れなかったのね。」
「悲劇かー。ヤバイのは判るがピンとこねぇな。」
「それも私達が続ければ、でしょ?辞めたほうが危険そうよねぇ。」
今後のことを話し合いながら、そのまま挨拶回りに向かうトキタ夫妻。
不安な気持ちを胸に新たな年が始まるのであった。
…………
「テンチョーって、日に日に爛れた生活になってるわよね。」
「マスターは毎日ドロドロになってますわ。」
2009年1月4日。魔王邸の大浴場でキリコが身体を洗っている。その横ではユズリンがマスターの身体を洗っていた。
もちろん服は着ているし防水エプロンも掛けている。
「ここにもこっちにもコンセキが。ポイしちゃいましょうねぇ。」
「もう、テンチョーのせいで私の身体もニオイが取れないわ。」
(テンチョーが責任とって洗いなさいよね!)
「すまない。みんな年明けのせいか張り切ってしまっててな。」
「それは解るけど、愛人でもない女をベトベトにするのはどうかと思うわ。」
(だから早く洗いなさいよ。こっちは準備でき……コホン。)
魔王邸の女や、新年の挨拶に行った先々でも無事に済まなかったマスター。お年玉をせびろうと寝室で抱きついたらベトベトになってしまったキリコ。
この日までせびれなかったのは今の今までそれどころじゃなかったからだ。
この3日間キリコは水星屋にかかりきりだったし、マスターも家族・何でも屋・水星屋と用事が目白押しだった。
「本当に申し訳ないと思ってるならテンチョーが私を洗ってよ。チラチラ見てるのわかってるんだからね!」
「いやさっきから、そのセリフの思念がだだ漏れしてたから
本当に良いのかと……契約書いる?」
「私は一人前と認められるまで契約しないわ!」
(今認めてくれないかなぁ。無責任にヌルリと来たら私の勝利ね。)
「さすがキリコちゃんさん、格好いいわ!」
「心の声を聞いてる身としてはあまり格好いいとは……」
『あなた、どうするの~?うりうり、どうするの~?』
『とても可愛い煽り方だけど、妻としてそれはどうなの!?』
『嬉しいくせに~。キリコちゃんはもう家族同然だと思うけど。』
「なぁキリコ、その店員縛り要るか?お前はおかしな言動もあるが、よくやっていると思うが。」
「テンチョー、困ったからって悪魔の囁き?私が決めたルールなんだから私が守らなくちゃ駄目でしょう?」
キリコのそういう律儀な所はマスターも認めている。
普段のおかしな言動もあまり悪い方向には働かない。
だがそれは店員としてはイマイチな評価になる。
それはもっと別の才能だと思うからだ。たとえば”店長”のような。
「キリコはさ、何年かしたらもっと幸せになれる才能を持っている。それを開花させるためなら、惜しみなく協力もする。だからあまり意地を張らなくても良いと思うぞ。」
(むむっ。マスターが断言するということは何かあるわね!?)
普段は曖昧に人を陥れることの多いマスター。
だがここまで断言されるということは本当にそういう事なのだろう。だからといって意地を放棄する気もないキリコ。
「今はその意地がキリコ自身を阻害している。ならばここは1つ、凝り固まった意地をもみほぐす必要があるな。」
「マスター、綺麗になりました。泣かせちゃ駄目ですからね!」
洗浄が完了し、キリコの背後へ向かうマスター。
ユズちゃんは何をするのか察していたようだ。
「え、ちょっテンチョー?私の魅力に敗北する気ですか!?」
「マスターな。なーに、希望通り従業員を洗ってあげるだけだ。以前もしたことだし、意地があるなら大丈夫だろう?」
「い、いいでしょう!隅々まで洗ってもらおうじゃないですか!」
キリコの顔は赤く 声が上ずり、目は期待に満ちている。
(前回はゴニョゴニョだったけど、成長した今の私なら!!)
「キリコちゃんさん、意地の張り方間違ってきてますよ。」
『素直じゃないけど、素直な乙女っぷりが可愛いのよねー。』
「ひゅわあああああああああああああ!!」
成長したのはマスターも同じである。前回はカナが居なかったのだ。
本人の希望通りに綺麗になったキリコの意識は朦朧としている。自室に運ばれた彼女は、幸せな気持ちで寝息を立てるのであった。
「キリコちゃんさんってある意味ヤリ手ですよね。
あーやって自然に? 触れ合えるように私もなりたいです。
それじゃあマスター、もう一度洗わせていただきますね!」
ユズちゃんはちゃっかりもう一度マスターとの時間を楽しむ事ができた。
…………
「空は暗いけどライトアップで問題ないわね。あと地球が青っぽい。」
「見回したがトイレに紙は無かった!」
1月31日。月面に半球型のバリアを張ってテーブルと椅子を置き、1年前と同じワインを用意する。
付け合せのお菓子はピンクと茶色の三角錐のチョコレートだ。
紙どころかトイレも無いのでその時は魔王邸に戻るしか無い。
妻の○○○は滞空時間の長いジャンプでくるくる回っている。かわいい。
「去年の都市の夜景もよかったけど、まさか月に来られるなんてね。」
「この1年、○○○には不安にさせた部分もあるだろう。そのお詫びだ。」
「正直結婚した時は旦那がハーレム作るとは思ってなかったわね。」
「オレもそのつもりはなかったんだけどね。この流れは申し訳ない。」
「仕方ない部分もあるからいいわ。今でも私を1番に扱ってくれてるし。」
「どの時間だろうと君が1番なのは変わらないよ。」
「そんなこと言っていいのぉ?私が死んだ後とか、出会う前とか。」
「それでも1番なのさ。オレがそう決めたからね。」
「もう、あなたったらぁ。」
しばし寄り添い地球を眺めながらワインを頂く。
23:59。何も言わずとも2人は見つめ合いキスをする。
0:00。日付が変わって2人の結婚記念日になる。
「変わらぬ気持ちをあなたに捧げるわ。」
「変わらぬ気持ちを君に捧げよう。」
2人は幸せな笑顔と共に寄り添いいちゃつくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。