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42 ネダリ

 


「つまり、貴方が行方不明事件の犯人ですね!」


「ウチは普通に営業していただけだよ、探偵さん。」



 2008年11月23日の”4日目”。

 魔王邸の客室にてどこかで見た光景が再現された。


「マスター以外居ないと思うんだけど。」


「それはサクラがオレの正体を知ってるからだろう。普通に営業しただけで疑われる根拠はどこにあるんだい?」


「それはその、テンプレさん達が大量に来たとか!」


 テンプレさん。営業中にケンカを売ってくる者達の総称である。その後身ぐるみ剥がされ財産を没収されるまでが1セットなのだ。


「あの日もテンプレさんは来たけどね。事件の被害者は一般人だし、観光客もいたんだろう。それこそウチは関係ない気がしないか?」


「バカなっ、私が何かを見落としているとでも……」


 真剣な表情でいつもの水星屋を思い出し、何処かに糸口はないか考える。

 だが新情報は出てこない。今はキリコが好きそうなポーズを取っている。



「なんか今日、ノリ良いね。どうしたの?」


「急に素に戻らないで頂きたい!関係ないと断言していない以上、絶対マスターのハズなのに……」


「あはは、オレの言い回しには気がついてるんだね。」


「わかるよ!この1年余りで散々引っかかる人見てきたし!」


「オレもサクラが、遠慮が無くなってきたのはわかるよ。そろそろ降参して答え合わせするかい?」


「その言い方、やっぱ関わってるんじゃないかー!」


 うがー!と叫ぶサクラ。後ろで監視役のクマリがクスクス笑っている。今まで静かにしていたが、どうやら耐えきれなかったらしい。



「旦那様、ヒントを差し上げては如何ですか?」


「最初のテンプレさんを疑うのはいい線だったかな。」


「という事は客が原因?まさか全員でマスターに暴行とか。」


「商売への暴行は暴力だけとは限らないよ。」


「あーーーーッ!無銭飲食!?いやでもあの安さで払わないのもおかしな話しだし。」


「以前代償の話をした時に、ツケが出来ることをチラッと言ったよね。実はウチで支払いを待ってもらうのは半分罠でね。」


「月に2回までの営業で毎回場所が変わるから、支払えないってことか!」


「そうそう。だからあくまで確実に払うアテのある人向けなんだよ。オレと親しいリピーターか、ATMまで行ってくるから待ってて!みたいな。」


「マスターの店ならそうなりますね。」


「そんで一筆書いてもらうんだけど、その誓約書がこれ。不履行時のトコを見て下さい。基本は無利息ですがって所からです。」


「死ぬまでに払えない場合や払う気がない場合、全財産の没収?またエゲツないルール仕込んでますね。」


 その誓約書はマスターのチカラが込められている。

 何らかの形で破棄しようとするとマスターに伝わってしまうのだ。


 そして全財産というのは金銭だけではなく、文字通りその人の物を全てだ。



「あの日、金が無い客にウチのシステムを説明して一筆書いてもらって。それを見た他の客が、オレも私もとツケにしちゃってさ。更に知り合いに拡散した人や、店の前で呼び込みする人までいて。」



 拡散はまだわかるが、呼び込みは意味がよく解らない。

 ポッキリ価格で紹介!みたいなことをしたのだろうか。


 その者達は不履行時のペナルティは冗談だと思うか、そもそも見てなかったのかもしれない。



「なるほど。そして全員破棄してしまったわけですね。財産は懐でしょうけど、行方不明者は何処に行ったんですか?」


「全部社長に預けて売却ですね。化物さん達のお腹の中か、あとは医療関係にバラ売りされたのだと思います。」


「うへぇ、経費がかさむってその手数料ってことか。でもなんでこんなに厳しくしたんです?」


「理由は幾つもあるけど、今回みたいな時の為ですね。誰かがウチに悪意を持っても、勝手に終息する方向に行きます。」


 終息させるのはマスターの手作業であるが大義名分、言い訳が出来るのは悪魔的には大きいのだ。


 つまり今回の行方不明事件は本人たちの過失、悪意ある行動の代償。最初に決めたルール通りに代償を受けたというだけのことである。


 それが通る人間社会ではないが、何も出来ない相手なのも事実だ。


「マスターって相変わらず自爆技が好きだよね。」

「カウンターだよ。たまに爆発することもあるけどさ。」

「結果は同じだし大差ないんじゃ。今回も相当儲けたんでしょ?」


「今回の売上の一部は街づくりにも使うから、黙っておいてね。」


「私がマスターを裏切るなんてコト、ありえないよ。あーあ、ツケとは思わなかったなぁ。今回は行けると思ったのに。」


「そう言えば何でコレに拘ったの?」


「隠しても仕方ないから言いますけどね。格好良く真相を突き止めて、あわよくばクリスマスプレゼントのおねだりとか出来たらなと。」


「話の流れがよくわからないけど、サクラが女らしくなったのは解った。」


「!!」


「旦那様。言いたいことは解りますが、それは女性に失礼かと。」


 クマリから注意が入る。今のマスターの発言は、女が意味のわからない感情で行動するイキモノと決めつけたに等しい。


 一瞬喜んだサクラだったがクマリの言葉で我に返る。


「いや、これはその。家族や社員から散々からかわれてて……」


「なるほど、高価なプレゼントの1つも貰って見返そうという流れか。」


 途中で意図を汲み取ったマスターは続きを奪う。


「旦那様、前言を撤回します。予想よりどうでもよかったです。」


「クマリさんまで!?」


「それで、どんな物が欲しいの?」


「え!? えっと、誰もがびっくりするようなモノとしか考えてなくて、そもそもそういうのに詳しくないし。」


「フランス製の数億は下らないアレとかなら。いや重いかなぁ。」


「数億!?そんな凄いものじゃなくてもいいんで!!“でも”ちなみに、どんな物です!?」


 言葉とは裏腹に、ちょっとどころじゃなく興味が湧くお年頃なサクラ。



「起動済みの核ミサイル。」



「どこの世界にアトミックをプレゼントするサンタがいますか!」


「ご希望通り、きっと誰もが驚くよ。」


 誰もが驚くし、物理的にも精神的にも重すぎである。


「驚くどころか恐怖だよ!冬が終わらなくなるじゃない!冬が終わらないと私幸せになれないじゃん!桜も咲かないんだよ!?」


「冗談だったんだけど、怒涛のツッコミだったね。」


「上手いこと言おうとする辺り、旦那様の友人らしい素質があります。」


「恋人の素質が欲しいよ!何で核なんて手に入れてんの!?」


「夏にプレゼントされたんだ。気前よく世界中から。」


「気前良すぎでしょう、やっぱり世界は狂ってるわ!」


 夏の経緯を知っていれば狂ってるのはマスターだと判るが、サクラの誤解は解かれない。



「旦那様。サクラさんと今後も良いお付き合いをするのであれば、例の下着など如何でしょう。きっと気に入って頂けるかと思います。」


「あれ実用性は高いけど、自慢すると痴女になるよ。」


「下着!?確かに自慢は難しいけど。ど、どんな物です?」


 こじらせたサクラが何を想像したのか、顔を赤くしながら興味を示す。


「公安事件の時にサクラが使ったセクシャルガードの完成版で、外からの防御と中のケアがセットになった下着です。」


「我ら魔王邸の住人一同、着用させて頂いてます。チカラで制作されたものなので、デザインも自由自在でおすすめです。」


「みんな使ってるんだ?じゃ、じゃあ私も欲しいかなー。」


 チラチラとマスターの表情を伺うサクラ。

 さすがは日本人、さっさと決めて欲しいクマリの誘導に見事にハマる。


「では用意しておきます。サクラのペースだと、水分補給はこまめにね。」


「え? ええ、わかったわ。解ってないけど、覚えておく。」


 何とは言わないが何かの注意を受けるサクラ。

 実はこういう時の一言が大事なのを知ってるので、きちんと覚えておく。



 こうして経緯はともかく、プレゼントのおねだりには成功するサクラなのであった。



 …………



「「「ラーララーララーララーララーーーーーー。」」」

「「「ラーララーララーララーララーーーーーー。」」」

「「「ラーララーララーララーパラララララララ。」」」



 魔王邸の小宴会場を改造した練習場で3人の歌声が響く。

 シオン・リーア・ユズリンは指定された楽譜通りに発声し、

 何が何処まで出来るのかを実験していた。


「元ネタが某歌うソフトなだけあって似たようなことは出来るようだな。だが、なんで歌い出すと死んだ目になるんだ?」


「マスターの無茶な指定のせいですよぉ。」

「1人で5トラックも発声したらリソースが足りないわ。」

「なんでアイドルユニットに吹奏楽のマーチを歌わせたのですか!」


「だってそれくらいやらないと実験にならないし。ハモリを何処までリアルタイムで出せるかも大事でしょ?」


 マスターはそのソフトで実際に吹奏楽曲を歌わせたことが有り、その意味のわからない挑戦を幾つか動画サイトに投稿している。


 あまりメジャーではないので再生数はささやかなものだったが、形として残せたことで本人的には満足していた。



「舞台演出は外付けでいいとして、踊りとかを綺麗に見せるなら1人辺りのトラック数を減らしてほしいです。」


「もちろんそのつもりだよ。次の曲は普通に1パートずつで、ダンスモーションと合わせてみよう。」


 マスターがアニソンを流して3人が歌う。

 今度は上手くいったのだが、デジタルに頼りすぎたのか

 どんなに苦しい体勢でも無呼吸で綺麗に歌い上げる。


「これなら完璧ですね!すっごく綺麗にキマりましたよ!」

「私の歌声でお客さんが魅了されるのが目に浮かびます。」

「いやいや、あんたらオバケみたいだったから!」


「今度はホラーになってしまったな。バランスよく調整しよう。」


 どうやらアイドルへの道のりは長そうである。


 アイドルユニットを作ると言っても大々的に人間社会に売り出すつもりではない。

 七夕の時のように仲間内で盛り上がる為のグループなのだ。


 七夕以降、異界の各勢力はそれぞれイベントを企画していた。そこに出張してもいいし、自前でライブをしてもいい。

 そこでアンコールが貰えるくらいには成り上がりたいと皆が思っていた。


「じゃあ次は音程だけデジタルで、他はアナログで行ってみよう。上手く行ったらパンケーキで休憩だ、頑張ってくれ。」



「「「おーーー!!」」」



 やる気が満タンになった3人娘は一生懸命歌って踊るのであった。



 …………



「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」



 11月23日夜。

 悪魔の屋敷の中庭でいつものように営業する水星屋。

 わらわらと来店する常連たちに酒と料理を秒単位で提供している。


「偉大な後輩のマスターよ、今日はこの金額で頼む。」


「承りました。おやトウジさん、今日は豪勢に行けそうですね。」


「うむ。今までは何故か財布に入っていた貯金を崩していたが、少し前に仕事を貰えたのでな。」


「はい、お待ちッ!それはそれはおめでとーございます。」


「こことは別の勢力になってしまうが、トレーナーとして若者を育てる事になったのだ。その初任給が出てな。」


「トウジさん自らの指導ですか。立派に育ちそうですね。」


「これからの勢力争いはイベント戦が主流になるだろうが、それでも身体は鍛えておいたほうが良いからな。」


「ごもっともです。」


 サワダ・トウジはサイトの初期メンバーの1人である。

 ナイトとの戦いで命を落としたが、幽霊としてこの店に通っている。


 生前は肉体派で、大勢のナイトの構成員を、例え素手でもぶっ飛ばす豪快かつ繊細な技を持つ男だった。


 そんな彼は和食派であり、今も明太子や天ぷらを肴に日本酒を呑んでいる。



「その後、世間はどうなんだ?聞けばチームメイトが敵になっているのだろう?」


「膠着状態ですね。さっさと諦めてくれれば話は早いのですが、間接的にメッセージを送っても聞く耳持たないようで。」


 直接会うわけにもいかないので、事件の度に【このまま進んでも無駄だぞ】アピールを仕込んでいた。

 もちろん追跡されないよう、証拠は消してある。



「そうなると実力行使しかないな。マスターはツライかもしれぬが、チャンスがあったら躊躇なくやったほうが良い。」


「偉大な先輩のご忠告、ありがたく頂戴します。」



 その後トウジは他のお客さんと会話がはずみ、マスターは仕事に専念する。



「こんばんは。2人でお願いします。」


「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」


 2名様が来店し挨拶をする。

 丁度他のお客さんの対応をしていたため、キリコも普通の挨拶だ。


 来店したのは女王蜂と同じ蜂ルックの男の子だ。


「マスター、2人とも和風おつまみセットとサワーで頼む。」


「はいお待ちッ!」


 カウンター席に通すと同時に料理が並べられる。


「今日は初めてのお客さんもいらっしゃるのですね。」


「うむ。あの戦いを生き延びて、擬人化もできるようになった男だ。」


「ままま魔王!?何故ここに!?」


「これ失礼だぞ、きちんと挨拶せんか。すまんマスター、少し

 混乱しているようだ。」


「オレをそう呼ぶってことは、どこかで会いました?」


「蜂転生の成り上がり。昇進祝いで魔王の店に連れて行かれた件。」


 この独特のフレーズでマスターは思い出す。


「君、神の使いの紅鮭君か。あの時はごちそうさまでした。媚薬製造マシーンになると聞いたけど、なるほど蜂だったのですね。」


「ひいいいいい!」


 誰も媚薬製造マシーンなど言ってないし、ただの勘違いだった。ハチミツで女達を虜にしたので結果は似たようなものだったが。


 そして元紅鮭の彼は食卓に並んだことがトラウマなのか、ガタガタ震えて悲鳴をあげる。



「マスター、こやつを知っているのか?」


「彼が前世で鮭だった時、オレの家の食卓に並んでたんですよ。」


「意味がわからぬが、不思議なことが有るものだな。この男は有能な働き蜂だったので連れてきたが、失敗だったか?」


「まぁまぁ、人間誰しも可愛い所はありますよ。ささ、君も落ち着いて酒でもどうです?」


「いいいいただきますぅ!」


「そんな泣きそうな顔しなくても。女王さんに認められたんだから堂々と食って下さい。それとオレの事はマスターと呼んで下さいね。」


 死にそうな顔で食事をする男の子にため息をつく女王さん。


「仕方のないやつだな。それよりマスター、あれから時間が経ったが山はなにか変わりないか?」


「もうあの山の話題は出てませんねぇ。迷宮入りにしたようです。」


「そうか、ならばもう探られることもないのだな。」


「偉い人の大人の事情も絡んでるみたいで、もう調査は打ち切りです。」



 特別訓練学校の生徒が解決したのに、意味不明な状態になった山をこれ以上突かれたくなかったのだろう。あっさりと打ち切られていた。



「それは都合が良いな。後はこっちで仕事に専念すればよいだけだ。」


「主任達はどうです?少しは慣れてきました?」


「未だ近所の怪物達に怯えておるが、副主任にはいい薬だな。

 主任はこの前、メスの熊に口説かれておったぞ。」


「ハチミツで虜にしちゃいましたかね。」


「そのメス、彼氏持ちであったようで嫉妬した彼氏にボコられておった。たしか名は熊五郎とかいっておったか。」


「七夕の時にクマリに告白して振られた彼か。不憫な……」


 その後せっかく彼女が出来たのに心が離れられてしまった熊五郎。いつかは幸せになってもらいたいものである。


 別のお客さんの注文で話が途切れて、料理を出し終えて戻ると神の使いの男の子がお代わりしたそうにモジモジしていた。


「はい、お待ちッ!」


「え?まだ頼んでないのに。」


「見れば何を食べたいか判るからね。精神干渉は便利だよ。」


「マスターって、ちょっとイメージが……」


「魔王らしくないとはよく言われるよ。そもそもそう名乗ってないから気にしないで下さい。」


「そうだマスター、お願いがあるのだが。」


「何でしょう?」


「コヤツの提案なんだが、マンガとやらを山に仕入れてもらえぬか。主任達の気晴らしにもいいし、こやつも読みたいようだ」


「では今度お伺いしますよ。ジャンルにご希望は?」


「良いのですか!? ますますイメージが……あ、失礼。ジャンルは色々欲しいです。主任さん達の見聞も広がるし、オレも嬉しいです。でもBLだけはちょっと勘弁してください。」


「オレもそんな物興味ないから安心してくれ。じゃあ後で見繕っておくね。報酬は何が出せます?」


「冬越えを控えている故に食料系はあまりだせぬが、ハチミツならある程度は出せるはずだ。」


「ではそれで。足りない分が出たら後日話し合いってことで。」


 女王さん達と話を纏めると上機嫌になる神の使い。

 来店時と比べると気持ちが雲泥の差だ。



 この日も大盛況のまま営業時間が終わって片付けに入る。


「マスター、少し話があるが良いか?」


「当主様?かまいませんが営業はもう終わってしまって。」


「食事は部屋で済ませたからいい。それで話なのだが、今年のクリスマスはどうするつもりだ?」


「家でパーティーを開く以外は予定にないですね。」


「あのメイド達にライブとやらをやらせてみてはどうだろう。もちろん中庭を使っていい。」


「悪魔がクリスマス祝っていいんですか?」


「人間だって別の宗教でも祝うであろう。」


「クリスマスライブかー。来年に回すんじゃ駄目ですかね?」


「来年は2日間とも休日にする。だから今年を派手にしたくてな。」


「何が視えたんです?」


 直感的に思ったことを口にするマスター。

 今年は良くて来年はダメな理由はこの時点でないはずだ。

 つまり何かを予知してわざわざ閉店後に来たのではないかと考えられる。


「い、いや。あの娘たちのライブデビューはウチでやりたいからな。他の勢力にデビューを取られたくないだけだ。」


 別にクリスマスに拘らなくても、デビューライブは新年ライブでもいいし結婚記念日ライブでもいい。


 これはなにか怪しいぞ、と大して当たらない勘が告げている。


「……本人たちに聞いておきます。クオリティの低いまま

 人目に晒すわけにも行きませんしね。」


「そうか、では告知はまだしないから早めに答えを頼むぞ。

 上手く行ったら何かワガママを聞いてやろう。」


 魔王邸に戻り、デジタル3人娘に話を伝えてみる。


「クリスマスにデビューライブ!?やるやる!」

「悪魔たちを浄化する勢いで歌を披露するわ!」

「当主様からの指名!?絶対成功させるわ!!」


 満場一致で賛成だった。



 …………



「そうか、やってくれるか。ではよろしく頼む。」



 マスターに渡された次元携帯電話の通話を切る。


 当主は意外と早い連絡を受けると自室のベッドに横になる。

 目を瞑るが眠れない。


 本当はライブの話をしたかったわけではない。重要な話があったのだ。だが伝えることは出来なかった。


 我の言葉の端から何かを感じ取ってしまったらしいが、そのせいでいたずらに不安にさせてないだろうか。



 我のチカラは「未来予知」である。しかしこれは正確ではない。未来予知は最初に発現しただけで、その後は徐々にチカラを強めていった。


 一国の姫としてこのチカラは重宝された。

 しかし欲をかいて時間旅行に挑戦して失敗。


 異次元で身体が無数の赤い糸に絡まり、身動きが取れなくなった。無我夢中で糸をほぐして脱出するが、ソコから何かが変わってしまった。


 クーデターで家族が殺され、我だけはこの地に幽閉された。

 心が疲弊しチカラが不安定になる。それは400年経っても治らない。


 しかしマスターがこの地に来た時に素晴らしい未来が視えた。すぐに迎えに行ったのは我ながら英断だったろう。


 友人達には恋する乙女のようだったとからかわれたが、正にそれだった。まさかその友人の1人に彼を取られるとは思わなかったが。ぐぬぬ。


 いろいろと予定外な事もあったが楽しく過ごせていた。

 ○○○と契約しなおして彼とデートも出来るようにもなった。



 だが今日も未来を視ていた所、来年のクリスマス以降が視えなくなった。何がキッカケなのか。その先は何があるのか、もしくは何もないのか。


 似たチカラを持つマスターにはすぐに相談したかった。

 だが怖くてできなかった。彼自身が原因だった場合を考えてしまったから。


 このままでは我が視た幸せな未来も無くなってしまう。


 本当は解ってる。何が原因だろうと彼に未来を頼むしかないのだ。我はもう、不完全で不安定なチカラしか持ち合わせていないのだから。


 方針を決めて眠りに落ちる当主様。




 彼女は世界の大元のチカラ、マスターでいうところの「運命干渉」に届きそうな逸材だった。


 時間旅行失敗時に赤い糸に触れられたのがその証拠である。

 今は自分に近しい者を介せば、ある程度昔のチカラが使える程度だ。


 また、彼女の種族は長寿である。だが老いない・成長しないことはない。

 だが時間旅行の失敗で、脱出の際に多くの運命を変えてしまった。


 その代償として「不老不死」になってしまったのである。


 その昔彼女はクーデターで処刑されずに異界に捨てられ幽閉された。表向きは新王が彼女のチカラを惜しんだという話にしてあるが、単純に”殺せなかった”だけなのだ。



 不死なのに未来がなくなる不安に駆られた当主様は、夢の中に出てきたマスターに全力で甘えて、おネダリする。



「お願い、楽しい未来を無くさないで!」



 夢の中のマスターはそれに頷き、当主様の頭を撫でるのであった。


お読み頂きありがとうございます。

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