41 フメイ
「昨日までの連休中に大阪市では多数の行方不明者が出ており、現在警察で行方を追っています。しかし手がかりは少なく――」
2008年11月4日夜。関東某所にある特別訓練学校の食堂で、ケーイチは夕飯を食べながらニュースを見ていた。
「おいおい物騒な話だな。観光客まで被害にあってるじゃないか。」
「わー!一家丸ごと居なくなっている所もあるようですよ。」
「手がかりどころか、状況が混沌としすぎて理由がわからない感じですね。」
「この感じ……?」
隣に座っているのはアケミとキョウコ。そしてメグミである。
イダーは生徒達が食べ終えた食器の片付けや、次の日の仕込みをしている。
アケミは必死に料理を覚え、今夜はケーイチに給仕していた。
ここにメグミが居るのは監督役である。
キョウコも仕事が押してやや遅い時間の食事となり、同席していた。
「教官、この事件って私達に回ってくるんじゃないですか?」
「場合によってはな。だが共通点の無い連中の集団失踪なんて警察で追えなかったらオレ達も無理だぜ?」
「相手が見えないんじゃトモミさん頼りになりますしね。」
メグミ達は特別訓練学校から輩出された特殊部隊、という形をとっている。
だがあくまで少数精鋭。大規模な追跡には向いてないのだ。
むしろそういうのは警察の組織力で対応する案件である。
「この数日で消えたという事自体が共通点。つまり連休初日か前夜からの”街に”何かあったのでしょうね。」
「そうだろうな。繁華街なんだし誰かしら目撃者が居るだろう。」
「この前の山も、たしか村が無くなったって言ってましたよね?」
「アレもなぁ。村人どころか森の中に仏さんの1つも無かったらしいぜ。まるで全然別の山になってるかのようだ。」
「集団催眠的なチカラかしら。そうなると怪しいのは現代の魔王だけど。」
「あいつは精神干渉でそんな事しないと思うがな。だがその方が話が簡単なのも解る。未解決でも世間様に言い訳できるしな。」
「そういうの多いわよね。未解決事件は何でも魔王が悪い!って。」
実際はモグリのチカラ持ちの犯罪であることが多いが、大体は魔王のせいにされていた。
だが全く関わっていないかと言われるとそうでもない。
被害者側から社長が(強引に)依頼を受けて、マスターが解決するパターンも多いのだ。
ただその場合は世間にその事が明るみに出ることは無く、表向きは未解決のままお蔵入りにされるのだ。
「まるで魔女狩りよね。アレと違うのは対象が1人なことだけど。」
「だがそう思われてもおかしくないことをやりやがったからなぁ。」
信用は大事である。こういう時に利用されてしまうからだ。
「アケミさん、料理の腕上がったね。美味かったよ。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
夕飯を完食したケーイチはアケミに礼を言って退室する。
アケミは両腕を上げて喜びを表現していた。
「これで先月の気不味い失態をチャラにしつつ、胃袋にワイヤーフックをかけることに成功したわ!」
「アケミさん、ホドホドでお願いしますよ。ホント。」
「トモミさんにバレてるのに、よくそこまで元気にアピール出来るわね。私には考えられない世界だわ。」
全ては現代の魔王が背中を押したせいである。
キョウコとメグミは呆れながらも、アケミの明るく美しい笑顔に心が暖かくなった。
…………
「アイカちゃんとエイカちゃんに約束したし、医務室の主としてキチンと教えねば!」
やや時間を遡って10月18日夜の医務室。
ケーイチの計らいで1週間の休暇を満喫したアケミは、アイカ達への性教育のために資料の準備や授業の予習をしていた。
平日では生徒たちは全員疲れきって寝てしまうので、明日の日曜に2人に時間を貰う予定なのだ。
「あまり固い言い回しだと判り難いわよね。資料に書いてあるから正式名称はそっちを見てもらって、説明は子供向けの俗語で……」
(まってこれ、絶対顔赤くなるやつ!)
小学校で男子がはしゃぎながら連呼していた言葉の羅列に喉が詰まる。
「いや駄目!テレてる場合じゃないわ。トモミさんも言ってたじゃない。下手にテレたり言葉に詰まるとイケナイ話だと思われるって!」
大人になったアケミ的には、やや表現が稚拙なので逆にテレが入る。
だからといってアダルティーなスラングを連呼するわけにも行かない。
「小学校のセンセイって大変なんだなぁ。」
丸棒を取り出して避妊具の取り付けの練習をしながらぼやく。
コンコン。
「アケミさん、お茶入れたから良かったらどう?」
「は、はい!ちょっとお待ちを……どうぞ!」
突然のケーイチの来訪に、取り付け済みの丸棒をゴミ箱へ投げ入れる。
「今日戻ったばかりなのに遅くまでお疲れさまです。」
「いえ、必要なことをしていただけですので!トキタさんこそお疲れさまです!」
ばさー。
資料を隠しながら返事をするが、慌てていたため床にばらまいてしまう。
「おっと、オレも手伝いますよ。ん?この書類は……」
図解されたアレやコレやの資料をケーイチが拾う。
「いやあの、別に変な意味はなくてですね。子供が温泉でアイカちゃんと作り方がエイカちゃんに教えないと――」
「アケミさん落ち着いて。別に何とも思ってませんから。これはあの双子のための性教育ってトコですか?」
「そそ、そうです。はい。あの2人は学校行ってないじゃないですか。この前の温泉の時に、性についての無知が発覚しまして。」
「なるほど、それでアケミさんに仕事が回ってきたと。うん、良くまとめてあるんじゃないか?これなら分かりやすいと思うぜ。」
「あ、ありがとうゴザマス。」
「だがそんなに動揺してちゃ勘ぐられるよ。もっと堂々としたほうが良い。」
「トモミさんにも言われました。明日までには矯正します!」
「そうか、邪魔しちゃ悪いからオレは行くよ。お茶はここに置いておくから――うん、なんだ?」
ガサガサガサガサ……。
ゴミ箱がガサゴソと音を立てて震えている。
ケーイチが確認して何かを手に取ると、さっきアケミが投げ捨てた
装着済みの丸棒だった。なぜかぐねぐね動いている。
「なんだこりゃ!?」
さすがのケーイチも用途不明のそれに驚き、アケミに目を向けると某有名な絵画のような絶望顔で死んだ目をしているのを確認する。
「さ、最近のは凄いんだな。じゃあオレはこれで失礼する。良い夜を!」
アケミの様子から不明だった用途を(勘違いだが)察して、そっと丸棒を戻してそそくさと医務室を後にしたケーイチ。
どうやら丸棒を投げる時に精神力が込められてしまい、料理スライムの亜種のような存在が生まれたらしい。
その後メグミをシャワー室に呼び出し抱きつき、ガチ泣きするアケミであった。
メグミはわけも分からず混乱して為すがままにされていた。
次の日。気不味い失態で大泣きして吹っ切れたアケミは、アイカとエイカに適切な性教育を施すことに成功した。
…………
「「「Happy Birthday to you 」」」
11月23日の”3日目”の夜。魔王邸のリビングは飾り付けられていた。
テーブルには大きなケーキに2本のロウソクをさして全員で歌い上げる。
マスターの娘、セツナも一生懸命歌っていたが発音は2才児である。
とてもかわいい。
セツナは自力で浮遊すると、一筋の白い風が火を吹き消す。
生クリームも一緒に飛ばしてしまい、ユズちゃんの顔にかかってしまう。
去年より高度なチカラを使っているが、制御はこれからのようだ。
ふよふよとマスターの胸に飛び込んできたセツナを受け止める。
相変わらず父親にべったりでマスターとしては喜ばしい限りだ。
生クリームだらけのユズちゃんの顔を○○○が写真に収めているが、それよりもセツナを撮ってあげて欲しい。
「今マスターが失礼な事を考えた顔をしていたわ!」
「ユズちゃん狙ったかのようにクリーム浴びてたし仕方ないよ。」
「奥様、ユズちゃんはいいのでセツナ様のお写真をお願いします。」
リーアが正しくマスターの気持ちを汲み取ると○○○に進言する。
「セツナ様はこの1年で大きくなられましたね。きっと奥様に似て美人になるでしょう。」
「みんな冷静ですねぇ。私からしたらこのトシでチカラを使っているのがすっごい不思議なんですが。天才じゃないですか?」
クマリがセツナの成長にしみじみしてると、カナが感心と驚きを伝える。
二足歩行より先に空を飛ぶとか、ライト兄弟も真っ青である。
「テンチョーの子供だし、きっと将来は大物になるわ。それよりみんな、飲み物とチキンは行き渡りました?」
「私は大丈夫よ。ほらサクラさんもシャンパン持って!セツナ~お母さんと乾杯しましょ~。」
「ぱぱとするー。」
遠慮しているゲストのサクラに飲み物を渡すとセツナを受け取ろうとマスターに近づくが、セツナは父親から離れる気配はない。
「本当にお父さんっ子なんだなぁ。」
「て、テレてるだけよっ。」
「ほら○○○ももっとくっついて。密着すれば一緒に乾杯出来るよ。」
「はーい!」
「はいではカンパーイ!セツナちゃん誕生日おめでとーー!」
「「「かんぱーい!」」」
ぴっとりくっついた○○○○家の3人がそのままイチャイチャし始める前にウサミミのキリコが即乾杯を宣言する。さすがよく解っている店員だ。
(この雰囲気、これが家族なんだなぁ。)
去年に引き続きある種の疎外感を感じたサクラ。
正確には自分から入っていけないだけだが。
新人メイド組すら○○○○家と親しく交流しているのを見れば自分がいかに付き合い下手が解る。
『サクラ、気にせずケーキでも食べると良い。その感想を素直に言えば製作者が喜んで飛びついてくるぞ。』
マスターが気を使ってテレパシーを送ってくれる。
その気遣いに感謝してケーキに挑むサクラだった。
「「「らーらーらららららー」」」
3人娘が綺麗なハモリで歌う中、ケーキやチキンと格闘する一同。
「やっぱりシオン達は合唱団でもやってみるのが良いんじゃないか?」
「旦那様、3人だしアイドルユニットの方がウケが良いと思いますよ。」
「なるほど、それも有りか。ステージ演出はどうにでも出来るしな。」
(((何か重大なことがいつの間にか決まった予感!)))
歌いながら察する3人娘。だが歌声はブレない。さすがデジタル娘である。
「クマリは何か、やりたいことは有るか?」
「現状で大満足です。強いて言うなら今日のように大勢で楽しく過ごせる機会が増えればと。交代制だから仕方ないことですが。」
「うーん。じゃあ孤児院の院長でもやってみる?子供達と遊べるし、通常業務はスタッフ任せでいいし。これなら空いた時間で色々出来ると思うけど。」
「あら、それはステキですね!是非お願いしますわ。」
「それじゃ孤児院の運営をはじめたらよろしくね。スタッフは優秀なのを入れるから。」
実は敷地も建物もこの異次元宇宙にすでに用意してあるが、肝心のスタッフも子供もまだ居なかった。
院長が決まったのですぐに人を雇い、マスターはとある秘策を使って優秀なスタッフを用意するつもりだった。
「旦那様、私は旦那様のお痴ん――」
「解ったから黙ろうか。カナは今まで通りで頼む。」
「いえっさー!」
「あとは医者が入れば落ち着くんだけどなぁ。」
「ぱぱー、だっこ!」
セツナを妻に預けて使用人達と話していたせいで、セツナがこちらに飛んでくる。○○○はちょっと悔しそうだ。
「私のほうがセツナの可愛さを知ってるの!」
この一言で可愛さ披露合戦が始まり、去年と同じく盛り上がる。
セツナは途中で疲れて寝てしまったので勝敗は行方不明だ。
だがその寝顔がとてもかわいく、全員の心が撃たれるのであった。
…………
「マスターさぁん。ちょっとお話を伺いたいのですが、今お時間頂いてもいいですかぁ?」
11月23日の”4日目”、大浴場の脱衣所。
大浴場で洗い作業が終わった頃を見計らってサクラが現れる。
マスターも、一緒に居るクマリもすでに服を着ていたので何が有ったのかはサクラは知らない。
「何を企んでるんです?」
「べ、別に企んでなんかないし!」
心を読むまでもなく、看破するマスター。サクラは春くらいから、やや砕けた喋り方にシフトしている。
それは時間とともに変わっていった結果であるが、今回は媚びた喋り方なのだ。普通は何かあると考える。
「だってそれ、ネダルギアのマネでしょう。キリコ辺りから吹き込まれたんじゃない?」
「チッ。」
脱衣所の棚の影から舌打ちが聞こえる。あいつ居るな。
と思ったら気配が消える。どうやら逃げてしまったようだ。
(もっちゃんに色気を求めちゃ駄目か。)
失礼な残留思念を読み取るがスルーする。
ネダルギア。時計塔の管理人が子供の小遣いレベルの予算で備品を買い付けて維持向上していくゲームである。
予算が少なすぎるので店での交渉が必須なのだ。
サブクエストで交渉の為の道具・情報・モーションを手に入れる。
サクラはそのモーションと同じポーズをとっていたのですぐに分かった。
2作目は何故か無銭で海の向こうまで改造自転車で駆け抜ける仕様になっていた。勿論自転車の部品をネダルのだ。
「まあここでは何だし、部屋へ行こうか。」
サクラの客室に移動して対面で座る。
「今月の始め。いえ先月末ですか。大阪で営業してましたよね?」
「そうですね。休日の営業にしては珍しく繁盛しましたよ。」
マスターの水星屋のメニューは安価でボリュームがある。
地域によってはハマるだろう。
「売上を聞いてもいいです?」
「50億は超えてますね。経費はかなりカサンでるけど。」
サクラはチカラで確認するが嘘ではない。
そもそもマスターは嘘を吐かないようにしている。
ミスリードや言葉を減らしてはぐらかす事は多々あるが、完全な嘘ではなく言い訳が可能にしてあるのだ。それも社長に叩き込まれたモノの1つであった。
だが普通は社食レベルの料金の店で、一晩で50億なんて売り上げない。
「つまり、貴方が行方不明事件の犯人ですね!」
マスターはニヤリと笑いながら答える。
「ウチは普通に営業していただけだよ、探偵さん。」
2008年秋の終わり。
異次元空間の魔王邸で、出会った頃の再現をする2人だった。
お読み頂きありがとうございます。