04 キリコ その1
「キリコ、お前を呼んだのは他でもない。 重要な任務だ。」
2007年の8月の終盤。栃木の工業団地の側のビルの一室。
荒事請負組織シュガーのボスが目の前の女に告げる。
正確に言うなら目の前の書類の先にいるであろう女に、だ。
シュガーの本拠地にあるボスの部屋はマンガでしか見たことがないような書類の山が存在し、顔は見えない。
「珍しいね。まだ仕事があったなんて。」
答えたのはキリコと呼ばれた、18歳にしては身長150cmも行ってないこぢんまりした細身の女性だった。
整った顔立ちで青い目という要素はハーフを連想させるが、腰のあたりまで伸びた黒い髪が判断を迷わせる。
黒を基調とした忍者のような服装の彼女の言葉に、ボスは忌々しそうな表情を作る。
埋もれて見えないけど。
「今度のはオレからの勅令だ。報酬もなるべく弾む。」
「へぇ。それでどんな任務なの? 私に頼むってことは暗殺?」
何処と無く淡白な声色で返すキリコ。
「その通りだ。だが相手は普通の奴じゃない、現代の魔王だ。」
現代の魔王。4ヶ月近く前に現れた、1ヶ月間に渡り殺戮と破壊をもたらしたテロリストの呼び名だ。
人口は56億人に減り、女が万単位で泣きをみることになり、地図屋が頭を抱えるレベルで破壊活動が行われたとされている。
「遺書を残してビルの屋上から飛び降りた方がまだ、生き残る可能性が高い案件だと思うのですが。」
淡々とそんな事を告げる彼女に、眉間のシワを深くするボス。もちろんキリコからは見えない。
「この書類の山がなんだか分かるか?」
「ボスの怠慢の結果?」
「ちげーよ、ボケ!!」
常に冷静であれと朝礼で口を酸っぱくして言っているボスが切れる。さすがのキリコも驚くが、今のは自分が悪いかと心の中だけで反省し完結する。
「ゴホン。この書類は任務失敗の報告書だ。お前も知っての通りここ数ヶ月、ロクに依頼を成功できていない。」
「そうだね。ターゲットも依頼人も土に帰ってる事が多いよ。原因は簡単。現代の魔王が根こそぎ始末したから。おかげで新規の顧客も寄り付かない。食後のスイーツも私に寄り付かない。」
ついでに言えば土に帰った方々は、財産を根こそぎ持っていかれている。
「そう、それだよ。 なんとかして奴を排除したいんだが、今までは情報がなくて手を出せなかった。 だが!」
ボスがそう言って封筒に入った書類を投げて寄越す。
それを受け取ったキリコは素早く中身の確認を開始する。
「やつの所属しているハーン総合業務とやらの情報だ。地図にも乗ってない場所なんで苦労したぜ。」
このご時世にそんな場所があるのかとも思うが、書類を見てなるほどとキリコは納得する。
「空間を捻じ曲げて、主観と客観で地形が違うのね。すごい発見だけど、よく見つけたわね。」
現代の魔王は時間を操れたはず。なら空間を弄る事も可能だ。けどそんなものをどうやって発見したのかは疑問が残る。
「あぁ。情報収集にあたっていた奴が言うには、
夢の中でキンパツのネーちゃんが――」
「ちょっとまって。その時点でおかしい。その人クスリでもヤッてたんじゃないの?」
聞き捨てならない情報源に、ちょっとだけ感情が乗った声でキリコがツッコミを入れる。
「オレもそう思ったんだけどよ。他の奴に調査させてみたら、実際に空間のねじれが有ってな。ちょろっと覗いてみたら、そこから別の空間が広がってるって話だ。」
「再調査を要求する。 きっと罠よこれ。」
「なら、再調査はお前が中心となってやってくれ。それで納得したら暗殺だ。食卓にデザートが帰ってくるぞ。」
「ぐぬぬ、こんな組織潰れてしまえ。」
組織のボスに対して呪詛の暴言を吐くとキリコの姿が消える。
「お前、なんてことを言いやがる。 おい、聞いてるのか?」
既にキリコは仕事の準備で退室しているが、書類で視界を遮られていたボスはしばしの間気が付かない。
10秒ほど経って相手が不在であることに気がついたボスは、備え付けの冷蔵庫から事後の紅茶を取り出す。
この夏限定の品で昨日で販売終了したが、人気があったのでしばらくしたら復活するだろうとファンの間では囁かれている代物だ。
「潰れてしまえ、か。 そう遠くはないかもしれんな。」
紅茶で一息つけながら呟く。
シュガーは元々、武装人権保護組織ナイトの下部組織である。
2005年にナイトの中枢が攻め落とされ、残された構成員はサイトに統合された。
シュガーは暗殺と破壊工作をメインにしている為、統合されても冷や飯食らいは確定だ。
なので統合を拒否し拠点を移して再出発したのだが、現代の魔王の出現で経営は暗礁に乗り上げた状態だ。
全盛期では千人以上いた構成員も、今では80人にも満たない。
「ならばこそ、今回の仕事は成功させねばならん。」
弱気になっていた心を引き締め、紅茶を飲み干すとキリコのサポートの手配を開始するボスだった。
…………
「ますた~、こっちビール6本おねが~い。」
「はい お待ちっ!」
客席からのお酒の注文の声が上がると、1秒後には6本の瓶ビールとグラスをテーブル席に並べ終える。
同じく2007年夏の終り、その夜。
水星屋は満員御礼、絶賛大繁盛中であった。
そこに新たなお客さんが店に入ってくる。
「いらっしゃいませ! 水星屋へようこそ!」
「マスター 4人だけど、大丈夫?」
もちろん満席であるが……マスターがちょいと念じると、空間が拡張されてスペースが出来る。
そこへテーブルと椅子が現れて、最後におしぼりと冷水のグラスが4つずつ配置される。
「こちらの席へどうぞー!」
元々カウンターは5人程度、テーブル席も4人テーブルが3つとあまり広くない水星屋だ。
それを客の入りに合わせてマスターが空間を拡張し、今現在では32名のお客さんが飲み食いしている。
4人を案内した後すぐに、料理を8人前用意して届けて回る。
先程の4人組の注文を聞いて10秒後には全ての料理が並ぶ。
「時間干渉」での技だが、「精神干渉」も上手く使っている。
なにしろ注文や優先順位を間違える心配がないからだ。
それでも注文が重なると忙しさは半端ではない。
なので最近できるようになった裏技を使う。
店内に薄く細く、白と黒の絡み合ったチカラの糸を
伸ばしてお客さんの後頭部にくっつける。
お客さんの心の時間を操って未来に何を頼むか確認する。
確認した品物を片っ端から用意して、時間になったら届けて回る。これでいくらかは楽な気持ちで配膳できている。
もっとも 未来予知というのは気力の消費が激しいので、疲労度の収支は微妙なところではある。
(これ めっちゃ楽しいけど、そろそろ1人では限界だな。)
マスターは苦笑いしながら麺を茹で、客席に視線を向ける。
今は客席の時間を停止してお客さんは全員微動だにしない。
大盛況なのは嬉しいが止まった時間の中で1人で作業するのは、精神衛生上よろしくないことを彼は身を持って知っていた。
(サイトの時はこんな楽しい雰囲気は無かったから今は結構がんばれてるけど、できれば店員を増やしたいな。)
客席の時間の早さを停止から10分の1の速度に変えて、出来たラーメンをお届けする。
(この非常識に順応出来る人がいれば良いんだけどね。休日はともかく、平日は完全にファンタジーだもんなぁ。)
マスターが自身の現状をファンタジーと評するのも無理はない。
実は今、客席にいる者たちは 全員人間ではない。
ヒトガタをしてはいるが、羽根が生えてたり腕が多かったり。妖怪や悪魔等の化物じみた多種多様なお客さんが来店している。
それもそのはず、今日水星屋が営業しているのは悪魔の屋敷の中庭なのだ。
2年前の2005年。マスターは国際テロリストとして追い詰められた際に、世界から自分の名前と記憶を消して逃げた。
その先で彼を保護したのが屋敷の持ち主であり、後に水星屋と専属契約を結んだ悪魔の当主様だったのだ。
なので夜になると中庭に店を構えて(店自体は異次元にあるが)、仕事の終わった使用人や交流のある近所のオバケ達が毎晩飲めや歌えやの大騒ぎを始めることになる。
(よっぽどの人材じゃないと無理だよなぁ。サクラなんてお客さん見ただけで気絶しそうだし……)
事実を認識できるサクラには辛いものがあるだろうと益体もない事を考えつつ、かき氷を準備する。
(どこからか、店員降ってこないかなぁ。)
この時、マスターの頭から1本の赤い糸が生まれて消える。
本人は現実逃避で気がついていないようだ。
その後も現実逃避に拍車がかかり、かき氷のシロップを1杯余計に掛けてしまうマスター。
しかし注文した妖精族のお客さんは小躍りして喜んでいたので、結果オーライ!っと自分のミスを忘れることにした。
…………
「むー……どう考えてもこれは遺書を書くレベル。」
自室で書類を眺めながら口をへの字に曲げるキリコ。
物心ついた頃にはこの組織で訓練を重ね、暗殺者としての腕を磨いてきた。
10歳の時にはチョイ役で仕事を手伝うようになり、14歳……2003年頃から本格的に仕事を振られるようになる。
ナイトの構成員の間では有名なサイトの死神・魔女・悪魔の化物チームには敵わないが、2005年の決戦でも生き残るくらいなので実力は確かだろう。
そのキリコをして敵わないと思わせる現代の魔王。
「どうみてもサイトの悪魔よね。私の記憶からは抜けてるけど、今生きているのが不思議なレベルの強さ。」
2005年の”記録 ”と先日の政府発表の情報。
チカラの内容が同じなのだから一目瞭然だ。
これがサイトの死神相手なら攻撃力特化なので、搦手なら可能性はあるだろう。
サイトの魔女は探知能力が優れているが、身体能力は低いらしいので手数で押し切ればなんとか。
だがサイトの悪魔はだめだ。 防御に優れており、時空を歪ませたバリアでこちらの攻撃は完全に防がれる。
そもそも時間を止められたらそこで死合終了だ。
前評価は絶望的だ。だがそれでも――
「そこをなんとかするのがプロのお仕事なんだよね。」
ボスから融通されたサポート要員の書類と、装備を確認しながら作戦を構築していく。
偵察・欺瞞・決戦の装備をバッグへ詰込み準備が完了する。
明日は早朝から移動、昼に目的地の近くの街で仲間と合流。
情報交換を行い山中に入る。現場に到着次第、偵察開始。
その後は現地の様子次第で臨機応変に対応する予定だ。
寝る前にペットボトルの水を飲み干す。
夏が終わると言っても残暑もあるし水分補給は大事だ。
部屋のベッドには入らずに、クローゼットから行ける小型の隠し部屋に入って布団を敷く。
この隠し部屋は引っ越してすぐに、改造しておいたものだ。
弊害として、隣の空き部屋が狭くなってるのはご愛嬌である。
(デキる暗殺者は慎重なのだ。)
ニヤニヤしながら布団にもぐると、
スヤスヤと寝息をたてるキリコであった。
…………
翌日。
快適な睡眠を堪能したキリコが、隠し部屋から出てくる。
「まずい、 寝坊した……」
備え付けの置き時計が
夏の終りの太陽の位置が
キリコの腹時計が――
12時をお知らせしていた。
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