39 シゴト その3
「でかっ!後ろのやつでかっ!!」
北の洞窟の最奥に踏み込むユウヤチーム。
そこには2人の熊八、主任と副主任が待ち構えていた。
が、その後ろにいる女王蜂の大きさにびびるヨクミ。
その様子にややドヤ顔風味の女王様。
「子供の身でよくここまで来られたものだ。素直に感心するよ。」
「あなた達が日記の2人ですよね。オレたちの話を聞いてもらえませんか?」
「だが!もう終わりにしよう。話し合うことなど無い。君達は外の人間だ。我々の事に首を突っ込んでも、表面しか見ないだろう?」
その主任の言い様は、皮肉にも村の老人たちと同じ言い分だった。
「待って下さい!落ち着いて僕たちの話を……」
「話なんて無いと言っている。それともオレに黙らされたいのか?」
モリトの言葉を途中で遮り、副主任がナタをチラつかせながら脅迫する。
(あ、ダメ!!)
メグミは胸を抑えてソレを堪えていたが、臨界点を超えてしまった。
「…………ば……のに。」
洞窟内なので見づらいが、メグミの中から赤黒い精神力が溢れてくる。
「ん、どうしたメグミ?」
「みんな、死ねば良いのにッ!!」
血走った目で副主任を睨むと、溢れ出した精神力が突き抜ける。
「メグミ!?一体どうしたんだ!?」
「ほ、本音が出たな。つまりここからは問答無用だ!!」
「くっ。仕方ない、みんないくぞ!」
戦闘開始すると主任はまずチカラを込めた藁人形をばら撒く。
ソレからは怨念が溢れ出して敵の行動範囲を狭めるつもりだ。
そこへ副主任がナタを振り回して幻痛のチカラを飛ばす。
行動範囲の狭くなった彼らには避けようがない連携だ。
さらには女王からの援軍で蜂の群れが彼らに襲いかかる。
直接相まみなくても封殺できる攻撃だった。
「この、ヴァルナー!!」
その一言で空中に水流が発生し、蜂達を飲み込み後続を牽制された。
だが主任達には届かず、藁人形も幻痛の斬撃も健在だ。
「くそっ、移動範囲が狭くて避けられない!」
「ユウヤ、鎮痛剤だ!」
自身もそれを飲みながら、モリトはユウヤにクスリを投げて渡す。
「メグミ、回復を頼む……メグミ!?」
メグミはそこに立っていた。相変わらず赤黒いチカラはダダ漏れ状態だ。
そしてゆっくりと熊八の2人に近づいていく。
副主任が幻痛の斬撃を何度も当てるが、何事もなく歩いている。
全てメグミのチカラに弾かれているのだ。
「なぜだ!幻痛が効かないのか!?」
そのまま落ちていた藁人形を拾い上げると握り潰す。
人形を、ではない。人形に込められたチカラを握り潰したのだ。
彼らの精神攻撃はメグミには効かなかった。
恐らくは憎悪。そのチカラが上回っているのだろう。
「リチェーニエ!!」
ヨクミの異世界の回復魔法がモリトに掛かる。
その効果は高く、メグミよりも回復が早い。が、対象は1人だけだ。
「回復は私がするわ!モリト、援護しなさい!」
「助かるよ、ヨクミさん!」
ダララララララララ!!
「うわああ、なんだこれは!?」
モリトのフルオート射撃によって蜂を数体撃破し、
熊八達の動きも止める。副主任は完全にびびっているようだ。
主任が追加の藁人形を投げてくるが、メグミはそれを掴み取って投げ返す。
すると赤黒いチカラが爆発して主任は地面に転がってしまう。
「リチェーニエ!!」
再びヨクミの回復魔法が発動。次はユウヤが動けるようになる。
やがて副主任のもとへ辿り着いたメグミは手を振り上げてチカラを溜める。
「死になさい。」
一言だけ発すると副主任の顔を目掛けて腕を振り下ろす!
「メグミ、そこまでだ!殺してはいけない。」
ユウヤは間一髪でメグミの腕を掴んで止める。副主任が恐怖からナタを振り回そうとするが、高速で蹴飛ばして気絶させる。
「わ、私は何を……」
正気に戻ったメグミは自身の心の変化に戸惑い動けない。
「こんな簡単にやらせるものか。」
「危ない!ヴァダー!!」
バシュン!
主任が起き上がりながら藁人形に手をのばすが、ヨクミの水魔法で弾き飛ばす。
「そのまま吹っ飛べ!高速ストレート!!」
ズドン!ズドン!
いつもの2連撃で主任を殴りつけると、彼も動かなくなった。
(これが平和のため?父さん、母さんもずっとこんな事を?)
勝ちはしたが、モリトは現実を思い知らされていた。
今回の仕事はどうみても村人側が発端だ。だが倒れたのは被害者である。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ちょっとメグミ~、ほら、大丈夫よ。怖くないよ。」
メグミに駆け寄るヨクミは彼女をよしよしとなだめている。
「みんな気を引き締めろ!まだ奥にでかいのが居るんだぞ!」
弛緩し始めた空気と緊張をユウヤの掛け声で取り戻す一同。
その前には巨大な蜂、女王蜂が威厳たっぷりでこちらを睨んでいた。
「チイサキ ニンゲン達ヨ。ナント愚カナ種族ナノダ。モハヤ語ル言葉モナイ。文字ドオリ、ハチノスニナルガイイ!!」
心底呆れられ、排除の宣言をする女王様……と思いきや?
「って言ってる気がするわ!!」
それっぽいセリフはヨクミ製だった。
「「「ええええ!!??」」」
「ヨクミさんのアテレコだったの!?」
「ミサキみたいな真似するな!!」
「どうよ、私の腹話術。メグミも元気出た?」
「ふふふ、もう何よそれ~。」
…………
(クマハチ達がやられてしまったが、何でも屋がなんとかするだろう。しかし問題は目の前のこやつらだな。ここは威厳たっぷりで何か言った方がよいのだろうか。)
そんな事を考える女王蜂。
(セリフは決まった、後は実行あるのみだ!)
「チイサキニンゲンタチヨ。ナントオロカナ――」
しかしヨクミの勝手なアテレコで女王蜂の出番は無くなってしまった。
どっちにしろユウヤ達は心を通わせるチカラはないので、女王が何を言っても意味はない。
『よくも私の出番をーー!!』
女王は大量の蜂を放出した。
…………
和やかな雰囲気が出始めた所で、ユウヤ達は周囲を蜂に囲まれていることに気がつく。
「どうやら和んでいる場合じゃなさそうだな。」
「これはマズイんじゃないか?」
「囲まれてるわ!このままじゃ!」
「ほ、ほらユウヤ?リーダーなんだから何とかしなさいよ。」
(この女……)
冷や汗かきながらヨクミが責任ボールをパスをしてくる。
そのままワンツーで返してやりたい所だが、先程の窮地を救ったのは彼女なのでぐっとこらえる。
「こういう時は全力一点突破。後は攻めるか逃げるかだが……」
(このまま攻めても勝ち目は薄い。被害も甚大だろう。ならば一度撤退して体制を整えよう。)
ユウヤはチラっとこの広間への入り口を見る。
先程のゴタゴタで岩が塞いでしまっており使えない。
だが入ってきたのとは別の場所に出入り口がある。
恐らくはソウイチ達のいるルートだろう。
「よし決めた!合図したら全力で逃げるぞ!」
「わかったわ!」
「でもどうするんだい?」
「まぁ見てなって!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
気合を入れたユウヤの周囲に精神力が溜まっていく。
「あの技はッ!!」
「教官から借りたマンガのアレ、使わせてもらうぜ!!」
「ミチオール・クゥラーック!!」
瞬間、流星のように何かが大量にバラ撒かれる。
囲んでいた蜂たちが半分近く撃ち落とされていた。
「すごい……まるで流星!」
「ぐっ、ハァハァ。よし今のうちに走るぞ!!」
ユウヤチームは再度囲まれる前に、もう一つの出入り口から逃げ出していった。
「それじゃお仕事の時間ですね。さっさと回収しちゃいますよ。」
熊八の2人、主任と副主任の気絶体を空間の穴で回収する。
行先は女達と同じ部屋である。そしてまた姿を隠すマスター。
『私の見せ場が無かった件について。』
残された女王蜂は寂しそうだった。
…………
「……なんだ?」
洞窟内の寝床で寝ていた熊八その4は蜂の羽音で目が覚めた。
上体を起こすとハチが近づき情報を渡してくる。
『主任からの伝言。侵入者有り。即座に身を隠せ。居場所はわからないが何でも屋がいたら指示に従え。』
「了解。伝言ありがとう。」
お礼を言うと蜂は部屋から出ていく。持ち場に戻ったのだろう。
彼は寝具から出るとすぐにチカラを発動させて姿が見えなくなる。
「よし、回復してるな。とりあえずこのまま周囲を見て回るか。」
彼のチカラは「擬態」である。今のように周囲の景色に
溶け込む事もできるし、何かに変身もできる。
彼は壁沿いを移動し誰にも見えないまま、洞窟を進む。
するとT字路の先から声が聞こえてきた。
「僕がここを見張るからユウヤを奥へ。地形的にこの先が水場だ。回復にも迎撃にも役に立つはずだよ。」
「ユウヤ、しっかり!」
女に肩を借りて1人の男が奥へと連れて行かれる。
(あいつらが侵入者?どうやら最奥まで行ったものの、重症を負った仲間を連れて逃げているところか。)
ならば今ここで侵入者を仕留めるチャンスではあるが、どうやらそれはお預けらしい。
「おーい、そこに居るのはモリトか?」
「その声はソウイチかい?」
奴らと似たような装備の男が現れたのだ。状況から見て仲間だろう。
新たに4人と合流してしまい、これでは自分ひとりで戦うのは無理だ。
「やっと合流出来たな。で、どうしたんだよこんな所で。」
「この先の……敵とやりあって、2人は倒せたんだけど一時撤退を余儀なくされてね。」
(何だと!?2人、主任と副主任は倒されたのか!?)
「ユウヤが戦闘不能になって、治療の間見張りをしてるんだ。」
「なんだって!?あいつは大丈夫なのか?」
「命は大丈夫そうだけど、相当やられてる。奥にいるから詳しい話はそっちでしてよ。ここは守っておくからさ。」
(これはマズイ事になった。もう女王さんしか残ってないんじゃ?)
絶望感にとらわれる熊八その4だが、やれることはまだあると思い直す。
(恐らく最初の4人は動けない。なら後の4人がここを通る時に……)
対策を練りながら彼は自身のチカラで「擬態」を始めるのであった。
…………
「ユウ兄ちゃん!」
「大丈夫?ケガが痛いの?」
アイカとエイカの心配そうな声で目を開けたユウヤ。
彼は水場近くの壁に背を預けて座っていた。
ひと目で分かるほど消耗している。
その横ではメグミが必死に黄色い回復の光を当てているが、何故か効果が薄いように見える。
「よう、お前たちか。無事に会えて何よりだ。」
「お前がこんなになるなんて一体何が有ったんだ?」
「実は熊八さん達と戦闘になっちまって、倒したんだ。その後女王蜂から大量の蜂が出てきて囲まれてな。新技使って逃げたはいいものの、身体が限界を迎えちまった。」
「1回使っただけでそんなになるなんて、一体どういう技だったのよ?」
「……時間を操って、1秒あたり40発ほど打ち込むんだ。」
「「そんなの身体が壊れちゃうよ!」」
「おかげで数秒でこのザマだ。本家だと100は打ち込むらしいからオレもまだまだだってことだな。」
本家と言うのは教官から借りたマンガ、セメントせいやっ!である。
ユウヤはそれを真似したが、本家と違うのは打ち込む数だけではない。
ユウヤのチカラは周囲を遅くして相対的に速くなるものである。
つまりパンチの数がどうこうより、遅延を掛ける方に消耗したのだ。
その状態で暴れたため、身体にまで悪影響が出ている。
メグミのチカラでも、ほとんど回復しないのだ。
「バカヤロウ!無茶しやがって。お前の身体はマンガじゃねえんだぞ!ちったぁ身体の事も考えろよな!!」
「でもまぁ、生きててよかったわ。こんな形でクラスメートが減るのは夢見が悪いしね。」
ソウイチが激昂し、ミサキはホッとしている。
アイカとエイカは辛そうなユウヤを見てオロオロしている。
「お前たちなら多数の敵ともやりあえるチカラがある。だからあとのことは任せたぜ。」
「なるほどいいね。オレが美味しい所を持っていくわけだ。」
「悪いけど少し休むわ……ZZZzzz」
そのまま意識を手放すユウヤ。
その横ではずっと回復のチカラを使っているメグミ。
「私はユウヤを見てるから、後はお願いね。」
「あなたも少しは休みなさいな。無理してると共倒れよ。」
「うん。でも、私が上手く出来なかったから……」
メグミは悔やんでいた。彼女は悪意に敏感である。
それは魔王事件のトラウマによるものであるが、彼女自身の悪意もまた成長した。
悪意を感じると、それに反応して自身の悪意が沸き起こるのだ。
そのチカラは他者の精神攻撃を寄せ付けないほど強力だった。
強力故に制御ができず暴走を許してしまい、想い人が傷つくキッカケを作ってしまった。
(なのになんで回復しないの!?ここでせめて償いたいのに!)
「こっちも重症ってわけね。仕方がない、手助けしてあげるわ。本当はウチ(ナカジョウ家)の秘密なんだけどね。」
ミサキはメグミの様子から四の五の言ってられないと判断した。
そもそもユウヤは回復のチカラを浴びてもほとんど効果がないのだ。
ならば対策が必要だろう。
(多分、無理な時間の操作のせいで身体の時間が狂ってるわね。これじゃ間接的には無理な話。もっと直接ブチこまないと。)
「メグミ、ちょっとだけ髪を頂くわよ。」
「痛いっ。なんなのよぉ。」
「こうするのよ。」
割と容赦ない数をブチっと引き抜いたミサキは、その髪にチカラを通して作った針をユウヤの体に突き刺していく。
体内に入った針は元の柔らかさをとりもどして、ユウヤの体内を強引に繋ぎ合わせていく。
「一体何を!?大丈夫なのこれ!?」
「ウチに伝わる秘術の応用よ。傷ついた身体を繋ぎ合わせたの。これで回復をアテれば、髪を通して直接治せるはずよ。」
「ミサキ~~!ありがとぉ~~~!」
思わず抱きつくメグミ。優しく受け止めるミサキ。
ソウイチ達はその様子を、なにか尊いものでも見るかのように見守っている。
「ちなみに呪いに近い……いえ呪いそのものだから頑張れば彼を言いなりに出来るわよ。貴女の髪で施術したからね。」
「へぅ!? ど、どうして……あわわわわわ。」
「冗談よ。」
一気にダメな空気になる2人に外野の3人もがっかり気味だ。
いや、双子はわりと興味深そうだ。だがもうひとりは違った。
「な、なあ……それって本当に冗談だよな?前にロジウラでケガしたときに同じ様に治してもらったけど。」
ソウイチである。ロジウラでゾンビに噛まれてミサキの髪の毛で治療してもらった事があった。
「同じ事言わせるんじゃないわ、この豚め。冗談は冗談、男ならこれくらい笑い飛ばしなさいな。」
「そっか、わかったよ。疑って悪かった。」
「ふふ、半分だけね。」
「!?!?」
(怖えーよ。オレの身体、どうなってるんだ!?)
ソウイチが将来に不安を覚えていた頃、メグミは回復作業に戻っていた。
ユウヤの身体は黄色い光を受け入れ、徐々に回復しているのが解る。
「容態が落ち着いたわ!ありがとう、ミサキ!」
「どういたしまして。呪いの方に興味があったら声かけてね。」
「ほんと!? いや、そっちはいいよぉ。でも――」
(この学校の女は何でこんなに怖いんだ。)
ホラー映画の主人公の気分になるソウイチであった。
…………
「あ!あんた良い物持ってるじゃない!!」
ヨクミが声を上げる。現在女王蜂戦に向けての会議中だ。
見張りをモリトに押し付けてサボってたヨクミを巻き込んで手持ちの装備を広げて会議を開いたのだ。
そんな中でヨクミが目をつけたのは赤ずきんが忘れていった巾着の中身の1つ、避妊具だった。
「これのことか?」
「そうそう、これに私の水魔法を込めて爆弾を作ろう。広範囲に効果があるからきっと役に立つわよ!」
避妊具は水が1リットルほど入るので、いざという時に便利と聞いたことがある。
そこに水魔法を詰めればさぞ優秀な簡易爆弾になるだろう。
「で、なんで今ソレを持ってるの?」
「え、えっとだな……」
「相手はやっぱりミサキなのかい、少年もやるねー!キャー!」
「ちょっとヨクミさん!私はそんな……」
「ち、ちげえし!誰がこんな怖ろしい、はっ!」
「こんな怖ろしい、何?」
不穏なオーラを身に纏ったミサキがソウイチの後ろに立っていた。
「がはっ!!」
ソウイチはミサキの一撃で戦闘不能に陥る。ゲームだったらHPがゼロの状態だ。
「それ、通りすがりの赤ずきんと狼さんが忘れていったの。」
「何に使うか解らなかったけど、役に立ってよかったね!」
「そ、そうなの?あんたらも色々有ったのね。」
純粋な双子の言葉に若干気まずくなったヨクミは、さっさと水爆弾を作っていく。
(何度見てもヨクミさんの水の制御はすごいな。円を描くようにうねる感じ。綺麗で見入ってしまうよ。)
こっそりモリトがこちらを覗いていた。彼だけチカラは発現していないが、水魔法の作り方が見えるくらいには成長していた。
「はい、出来上がりっと。3個だけだから使い所に気をつけてね。」
「助かるわ、ありがとう。このバカを起こしたら早速決戦へ向かいます。」
…………
「ぐう、無念。あいつら強すぎだ……」
T字路近くの通路の壁にヒトガタの染みが出来ていた。
傍目からはえらぐグロくエグい見た目だが、別に本当にスプラッタな状態ではない。
ダメージを受けすぎて擬態が中途半端なだけなのだ。
先程準備の整ったソウイチ達に立ちふさがったが、あっさりボコボコにされたのだ。
モンスターに擬態していたので容赦もされなかった。
「こんにちはー。ハーン総合業務の……うわ、グロっ!」
「ひでえ言われようだぜ。あんたは誰だ?」
「○○○○といいます。ハーン総合業務、いわゆる何でも屋ですね。今は時間を止めているので、「擬態」を解いても大丈夫ですよ。」
「何でも屋?伝言に有った人か。オレは何をすればいい?」
「話が早くて助かります。あなた以外の4人を治療して保護してます。あなたもそこへ避難してもらいますが、よろしいですか?」
「ああ、だが人数が合わない。足りないやつは誰だ。」
「一昨日亡くなった方です。すでに輪廻に戻ってるので、無理に助けるとなると大量の生贄が必要です。」
「なら村人だ。あの老人たちを使えばいい。」
「それは結構。検討しましょう。では治療はもう終えてますので、この穴に飛び込んでもらえれば皆の元へ行けますよ。」
空間に開けた穴に入るよう促す。躊躇なしにそこへ飛び込む彼は男らしい。
「まさか生贄を提案されるとは。女王さんが終わったら話をしてみよう。」
…………
「この先、蜂がたくさんいるよ。」
「ユウ兄ちゃんが倒してくれてるけど、普通に戦うには大変そう。」
「つまり予定通りってわけよね。」
「ああ、例のプランで行く。みんな、頼んだぞ!」
最奥の広間の入り口で、ソウイチチームは最後の確認をしていた。
相手もこちらに気がついているらしく、陣形を整えている。
「作戦開始だ!食らえーー!!」
ズバシャーーー!!
水爆弾を馬鹿力で投げ込むと、敵集団の前衛をすべて吹き飛ばす。
「今だ突撃!!」
4人は駆け出し一気に距離を詰める。
だが女王蜂も新たな蜂を呼び寄せソウイチ達を取り囲む。
「集まってきたよ!」
「いくぜ!次の水爆弾!!」
ズバシャーーー!!
再度の水爆弾により包囲が崩れる。
そのまま女王蜂に突撃すると思いきや、そうはしない。
「今だ、展開しろ!」
その指示に従って女3人が立ち止まってソウイチの後方を守る。
「人形たち、防御陣形よ!」
「妹たちよ!」
「お姉ちゃんたち!」
「「この蜂をお願い!!」」
左右から挟もうとする蜂の部隊を並行世界からの攻撃で叩き落とす。
エイカはひたすら鏡を振り回し続けている。
アイカもタクトを振っているがいつもよりアップテンポだ。
(マーチじゃ足りないから、今日は”熊ん蜂の飛行”です!)
この戦いにこれ以上無い曲のテンポでタクトを振り続ける。
ちなみに普段の使用曲は「妹よ永遠なれ」と、
もう一つは「妹主題による変奏曲とフーガ」である。
「「ソウ兄ちゃん、今のうちに!」」
仲間達の支援を受けてソウイチは女王蜂の目の前に辿り着く。
「遂に来たぜ!難しいことはわからんが、仲間の礼はさせて貰う!」
格好良く戦闘に入るソウイチ。
(私、ほとんど何もしてないんだけど……)
女王蜂はソウイチの戦意に若干戸惑っていた。
そう、ユウヤは新技を使って自滅しただけなのだ。
「食らえ、重力波だ!!」
急激に身体が重くなり、女王蜂は身動きが取れなくなる。
しかし元々そんなに動かないのであまり問題はない。
『来い、兵隊たちよ!』
女王蜂は隠していた最後の部隊を呼び寄せる。
「ここに来て増援かよ!だがこっちも爆弾が1つ残ってるんだぜ!」
ズバシャーー!!
最後の水爆弾は蜂の部隊を一掃し、女王にも多大なダメージが入る。
「トドメだ!グレイトブロウ!!」
高重力のパンチを繰り出すが、その前に相手の攻撃が炸裂する。
『とるねーどあっぱー!』
「うわあああ!!」
回転する風の一撃がソウイチの顎、どころか全身を捉える。
だが重力を強めて無様に吹き飛ぶことを回避し、すぐに体制を立て直すとスモークを投げつけて視界を塞ぐ。
『うぬぬ、これでは……』
ズドォン!!
そのまま突撃したソウイチは今度こそグレイトブロウを命中させ、女王蜂は文字通り崩れ落ちて消えていった。
「へっ!親父譲りのグレイトブロウ、簡単には破れねえぜ!」
「すっごーい!あんなに大きいのを倒しちゃった!」
「わーい、これで訓練完了だね!」
「へーぇ、ちょっとはやるじゃない。」
「へへん、どんなもんよ! さて、それじゃ村に帰ろうぜ。」
「はーい!じゃあユウ兄ちゃん達に知らせてくるね!」
そのまま掛けていくアイカとエイカ。
ミサキはソウイチに近づき声をかける。
「あんたは今回の事、どう思う?」
「事情が事情だしなぁ。お互い上手く付き合う気がなかったから仕方ないんじゃないか? オレ達に口出せるものでもないし。」
「そこなのよね。まったくみんな、自分勝手なんだから。」
「今のオレ達に出来ることは、教官の肉を奪う事ぐらいだろうな。」
「そうね。私達に出来ることを頑張りましょう。」
ささやかな復讐の時間が近づき、2人は笑顔で笑いあった。
…………
『私は生きておるのか?』
「勿論ですよ。」
全員広間から居なくなった所で、マスターと女王蜂の姿が現れる。
『身体が崩れていくのを確かに見たのだが……』
「あれは、そーいう演出です。ゲームだとラスボスが崩れて消えるんですよ。」
実際は少しずつステルスを掛けながら後方に転移させただけである。
女王蜂の傷も体力も回復済みだ。
「ほう、その情報は新しいな。ぜひ詳しく教えてくれ。」
「それは追々自分で調べて下さい。それと熊八さんの6人目?を復活させてくれと頼まれてまして。村人を生贄にすればなんとかなるけど、どうしますか?」
『是非に頼む。このままでは忍びない。』
「わかりました、行ってきます。」
一瞬身体がブレたと思ったら、次の瞬間には6人目が現れていた。過去に戻って死ぬ前に連れてきたのだ。もちろん事情を説明済みである。
「はい、連れてきましたよ。村人は学校の連中がいなくなったら処理しますね。」
『お主はすごいが、人間とは思えぬな。』
「助けてくれてありがとう、女王さん 魔王さんも。」
「魔王はやめてくれ。マスターと呼ばれると嬉しい。」
『私ももう女王蜂とは言えぬ身よなぁ。』
「おや、どうしてです?」
『それは後で話そう。今はもう疲れた。』
「ふむ。ならオレの店で打ち上げでもやりますか。そうなると女王さんの身体がネックだなぁ。女王さんちょっと人間になって下さい。」
「何をバカな。私は生まれた時から蜂以外にない――人間になってるーーーーッ!?」
「正確には擬人化です。きっとこの先便利ですよ。」
「やべえ、美人だ……おっぱいもデカイ。」
助け出されたばかりの熊八その3がゴクリと生唾を呑む。
女王蜂の空間サイズを人間ほどに縮めて、シオン達のように3Dホロと空間のなんやかんやで擬人化成功である。
ずっとマスターが面倒を見るわけにも行かないので、動力源の精神力は女王蜂本人の物を変換して使うようにしてある。
「では全員無事だったことだし、うちの店でパーッとやりましょう。」
「オレたちは金なんてないぞ!?」
「ご心配は要りません。不当に搾取されたお金があるでしょう?」
マスターは既に村人のタンス預金を拝借していた。
一昨日の村なのでケーイチ達は来ていない。つまり安全に漁れたのだ。
「「こいつはいい!マスター、ぜひ頼むよ!」」
「お仕事で感謝されるのって嬉しいものですね。」
…………
「一同、今日はご苦労だった。無事に解決できたおかげで、明日からは約束通り温泉街での休暇となる。」
10月10日夕方。
ケーイチは生徒やスタッフを広間に集めて訓示を行う。
生徒たちは疲れていたが、周囲に積み上げられた食料のおかげでその目は輝いている。
「だがその前に!お前たちには新たな任務だ。目の前の食材を片付けろ!存分に楽しんでくれ。」
「「「「うぉぉぉぉおおおおおお!!」」」」
今夜はバーベキューだった。
「いただきまーっす。ってあれ?」
「「わわ、急に暗くなったよ!」」
井戸でのトラウマか、ビビるアイカとエイカ。
「山の中なんてこんなもんよ。」
「うんうん珍しいことじゃないわよね。」
「そうそう。この瞬間が儚げでよかったりもするのよ。」
ミサキ・メグミ・フユミがこれが普通と豪語する。
「さっすが、田舎ーズは一味違うな。」
「こんな所に生の豚肉が。」
ジュー!
「熱ーーーっ!!」
「あら、ごめんなさい。今回のMVPにお肉を食べさせてあげようと思ったのだけれど、手が滑ってしまったわ。」
「おまっなんて白々しい!」
(これよ!)
ミサキ流のイチャイチャ術から正統派を思いついたメグミ。
「ユウヤ、まだ腕使うのツライでしょ? はい、口開けて!」
「!?…………あーん。」
ユウヤは驚愕からの沈黙して思考、そして享受する。
もちろん周りはニヤニヤが止まらない。
「フユミちゃん、これなーに?」
「さっき獲ってきたイワナの塩焼きよ。あとお肉とお肉とお肉ね!」
「おおお、川魚!私の山菜のおひたしと交換しよ!」
「もちろんいいわよ。でも」
フユミは顔を近づけてコソコソと喋りだす。話題はモリトの事だ。
「でもいいの?オトコ放って置いて。」
「えーそんなんじゃないよー。まだまだ子供だし。」
「今は貴女のほうが子供じゃない。真面目な話するとね、何時戻れるかわからないんだから、縁を大事にしておきなさい。」
「それを言われると一抹の不安が……」
彼女たちは異世界人で、頼れる相手は少ない。
世話になってはいるが、あまり信用は出来ない部分もある。
なので頼れる相手を作っておくのも大事な処世術なのだ。
(何の話かきになるなぁ。)
当の本人はコソコソ話でなにか言われてるのが気になって仕方がない。
「にぎやかで楽しいねー。」
「みんなドラマみたいな事してるしね!」
双子がそれぞれの様子を観察しながら肉を頬張る。
その笑顔はとても幸せそうだ。
「はい、あなた。肉焼けてるわよ。」
「おう、ありがとうな。」
トモミがケーイチの分を皿にとって渡す。
たったそれだけのことだが、無駄に対抗心を燃やす女が居た。
「トキタさーん、ビールどうぞー!」
「おお、おっとっと。すまんな。」
アケミである。
瓶を傾けケーイチのグラスに注ぐと何故かうっとりしている。
「そろそろ行くか?」
「いつでもいいわよ。」
「……(わくわく)」
トモミは何か不穏な空気の2人を見つけるが、
面白そうだったので放置する。彼女は空気の読める女なのだ。
「行くぜ、援護を頼む!」
そのまま教官のもとへ向かいながら話しかける。
「あるぇー?教官オレらよりいい肉食ってません?
ちょっと味見させてくださいよー。」
「お、おい。言いがかりだ。皿ごと持っていこうとするなっ。」
「今ね。」
ミサキは人形を飛ばすと背後に回して死角からビールを奪い取る。
「キャッ!」
「うぉ、酒がぁ!」
「スキ有りだぜ!」
気がそれた教官の皿を奪って逃走するソウイチ。
「ちょ、肉まで持って行きやがった!」
「作戦成功!」
「「イェーイ!」」
珍しく2人は仲良くハイタッチする。
「もう、なんなのよー。」
「クスクス。」
(トモミの反応、これは気付いてやがったな。)
「へー、ソウイチやるじゃねえか!」
「オレとミサキならこんなもんよ!」
「お・ま・え・らー。どういうつもりだ!?」
「ちょっとくらい良いじゃないですかー。今回の任務、訓練じゃなくて本物の事件だったんだし!」
「そうですよ!おかげで大変な目にあったんですよ。途中で気づけたから良かったけど、下手な判断したら全滅でした。」
ソウイチとユウヤはリーダーであり、その責任も重い。
特に今回、終盤のユウヤの負担が大きかった。
あそこで逃げなかったらほぼ全滅していただろう。
「うぐっ、それは済まないと思ってる。だが理由があってだな。」
ケーイチはためらいながらも言葉を続ける。
実は警官隊や自衛隊が先に対応に当たっていたこと。
部隊は壊滅して撤退したこと。
この学校に許可をだした政治家のセンセイが実績作りに走ったこと。
それを聞かされた生徒達はフクザツだ。
(途中に落ちていた武器やゾンビはもしや……)
モリトはなるべく考えないように肉を飲み込む。
「本来ならオレやトモミが当たる仕事だったんだが、今回はそういう訳でお前たちに任せることになったんだ。怖い思いをさせてすまなかった。」
『よく言えました。パチパチ。』
ぺこりと頭を下げて謝罪するケーイチに、トモミがテレパシーでフォローする。
「なるほどね。それじゃーやっぱり、肉はオレ達で貰っちゃいますね!」
「グビグビ。仕事の後の一杯は最高ね。」
「それとこれとは別にしてくれないか?ていうか酒飲むんじゃない!!」
「私は遠足としてもそれなりに楽しめたけどね。」
「ヨクミさんのそういう所は見習うべきなんだろうけど真似したくはない自分がいるよ。」
「なんだとー生意気なやつめ!」
ヨクミがツインテールでぺしぺしとモリトの顔を攻撃する。
「ぐあ、髪が目にっ!」
(本物の事件か。通りで悪意が溢れているわけよね。)
「なんか心配事か?話なら聞くよ。」
「ありがとう、でもいいの。なんとかするから。」
ユウヤにばかり頼っても居られない。そういう意味での発言だ。
「あら~~。ユウヤ、振られちゃったの?」
「「!?」」
「お前酔ってるだろ。放って置いてやれよまったく。」
ユウヤをからかうミサキの腕をとって離れるソウイチ。
腕を組んだ状態のミサキは、内心計算通り!と素直に引きずられていく。
「お前たちに連絡事項がある。」
ケーイチのその声に皆が注目する。
「今回の事件の解決に貢献したことで、正式な隊員として働いてもらうことになった。今後は特殊な事件に当たることになるが、オレの部下って扱いだからな。無理はさせないから安心しろよ。」
「それでは学校は卒業なんですか?」
「いや、生活はたいして変わらん。まだまだ覚えることがあるし、後続を育てるための手伝いだってしてもらうからな。いろいろ思う所はあるだろうが、よろしく頼む。」
「「「はーい!」」」
こうして特別訓練学校の生徒たちは、正式に魔王退治の為の部隊として働くことになる。
…………
「さあ、敗残することで未来を掴んだ愚かな賢者達よ!今宵は老いた亡者の欲望を糧に、自身の糧を得るが良い!」
「う、うめぇ。こんな美味いもの初めて食べた。」
「お酒、甘いお酒をもっとちょうだい!」
「オレはなんでここにいるんでしょう?」
同じ頃、水星屋のカウンターにならんだ熊八達プラスアルファ。
これでもかと並べられた料理をガツガツ食べている。
その中に村人が1人紛れていた。例のヨソモン医者こと、フルヤである。
「フルヤさんにはいい話があるんですよ。」
「それ絶対怪しいやつじゃない?」
「まぁまぁ、聞いてくださいよ。今、町おこしをしているトコがあるんですけどね。そこで診療所を開いてみませんか?」
「条件次第だな。あの老人たちから開放されるなら嬉しいけど。」
「初期投資は全てこちら持ち、既にハコは用意してあります。近くに大きい病院もあるので、そこまで忙しくもないでしょう。」
相変わらず時間と精神に干渉して動きの早いマスターである。
元々診療所用に買い取っていた物件ではあったが。
「いい話すぎて涙が出そう。で、あなたは何者なんだ?」
「この店のテンチョーよ。」
「マスターだ。兼業で何でも屋をやってるんですよ。」
「何でも屋が町おこしね。いいよ、乗ろう。」
山奥で息苦しい生活よりかは、活気のある街の方が面白そうだと判断した。
「よかった。ちょうど味方の医者が欲しかったんですよ。あの村よりは発展しているが都会でもない。ちょうどいい町です。」
「よろしく頼むよ。」
勧誘を済ませると、女王様が今後の話を始める。まずは報酬だ。
「森についてだが、今回の報酬として山を丸ごと貰うと社長さんに言われている。」
「丸ごと?ってことは異界送りかなぁ。」
恐らくは社長の異界の一部として取り込み、山の恩恵を得ようという目論見なのだろう。
「そうなるとその前に村人を生贄にしておかないとな。」
「マスターの言動がどんどん悪魔っぽくなっていく。もうちょっと人間でいいのよ。」
キリコとしては彼女が一人前になった時の事を考えれば、あまり悪魔らしいと困るのだろう。
「善処するよ。人類次第ではあるけれど。」
「ところでオレ達はどうなるんだ?」
「選択肢は実質2つですね。女王さん達と森に残るか、町おこしに参加するか。」
それ以外の、人間社会で自力でやっていく選択肢はほぼ不可能だ。
「オレたちは人間を信用できないんだ。」
「アンタの世話になるなんてオレたちは御免だ。」
「ちょっと勝手に決めないで。私はこの子と外に行くわ。」
結果、女王蜂には主任と副主任が付く。他の4人は町おこし班だ。
比較的若い者達が町おこしに参加することになった形である。
「実はもう家はアパート、仕事は隣町の動物園の枠を用意してあります。名前が無いと不便なので勝手に戸籍やら何やら作っておきました。」
マスターは書類をそれぞれに渡しておく。
そこに書かれた名前は熊も八の字も使われてない名前で国に登録されていることを示していた。
主任達の分は無駄になったが仕方ない。
確認しないで作るのが悪いのだ。この辺の計算は社長には遠く及ばない。
「ありがとう、お世話になるわ。」
「いえいえ。何かあったらご近所のコジマ家に相談して下さい。町おこし組の元締めで、オレと連絡取れる人が居ますので。」
「解りました!」
それから酒と雑談で盛り上がる。話題は当然自分たちの未来の話だ。
マスターは町の未来を語って聞かせ、触発されて各々が未来を語った。
「それじゃ、そろそろラーメンのお時間です。」
8人の前にとんこつラーメンが現れる。
それぞれが思いのままにトッピングをしてズルズルと食べる。
替え玉のシステムを知らない者も多く、楽しそうに麺を追加していた。
ネットで言われる未開の地の住人と、シュラの国の食べ物の邂逅は大成功と言えた。
その日大いに笑い合って食事をした者達は、解散時には別々の方を向いている。それぞれの家、それぞれの仕事。
だがとんこつとにんにくの香りは、確かに皆を1つにしていた。
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