38 シゴト その2
「あそこに井戸があるな。ちょっと先に水を確保しないか?」
2008年10月10日昼。
製造所の敷地に辿り着いたソウイチチームは周囲を探索していた。
製造所と事務所は行けるが、橋が壊れており宿舎にはいけない。
だがこちら側にも井戸があるので先に水を手に入れようと考えたのだ。
「まぁ、別にいいわよ。あんたは水がないと干からびるものね。」
「「ソウ兄ちゃんについていくよ!」」
ソウイチのはチカラは「重力操作」である。
身体への負担が大きく、水分を多めに取ることで体内にクッションを作り負担を和らげているのだ。
「「井戸って初めてみたけどオゴソカなフンイキがあるね!」」
「今の子達は井戸も見たことがないのね。いい機会だし私が教えてあげるわ。」
「「わーい!」」
(ほのぼのとした光景だ。オレ以外にはやさしいよな。)
ミサキはアイカとエイカに水の汲み方を教えている。
それはお姉さんの顔であり、ソウイチを罵るドS女の顔ではない。
「どう?こんな感じよ。」
「「すごーい!」」
「え?急に暗くなって……」
「キィャァァアアアアアアア!!」
「うわああああああああ!」
「キャッ!!」
「「あわわわわわわ!」」
井戸から女が出てきて叫び声をあげる。
4人とも不意打ちをくらって地べたに這いつくばってしまう。
「dかをhfぁしおはどぁhdfふh!!」
女は怪しい言葉を投げかけながらイバラを飛ばしてくる。
「くっ重力波っ!!」
イバラは地面に落ちて動かなくなるが井戸女はブンブンと両手を振り回している。
「いけ、人形たち!!」
4体の人形を操り、連携攻撃で井戸女をふらふらにする。
そのまま井戸の底へ叩き落とすと明るさが戻り、静寂が訪れる。
「お、驚いたな。もうこの井戸には近づかないほうが良い。」
「「こわいよーー!!」」
「おーよしよし、もう大丈夫だからな。水は川で汲んでくるよ。それにしてもミサキは随分可愛らしい悲鳴をあげるんだな。」
ゴスッ!!
ミサキの肘鉄を腹に食らって悶えるソウイチ。
「ぐふっ!なにしやがる……」
「さっさと起きなさい、この豚野郎。下らないこと言ってないで事務所に行くわよ。」
ちょっと顔を赤くして、半泣きの双子を連れてさっさと事務所へ向かうミサキだった。
…………
『あの驚きようならイケると思ったのになー。』
井戸の中で熊八その6が残念そうにしていた。
本体は死亡しており、怨霊として残っているのだ。
そして側には熊八その5もいる。
『今日来た子供達って強いよね。都会の子はみんなああなのかしら。』
『私達と同じでチカラ持ちなんじゃない?急にイバラが重くなったわよ。』
『主任達大丈夫かなぁ。』
『あっちは何とかなるでしょ。女王蜂さんとか居るし。それより私達はいつまで持つかわからないし、どうしたもんだろうなぁ。』
うーん。とその場で考え込むが、2人にできることは無いだろう。
もう子供達は井戸に近づかないだろうし、自分たちも井戸から出られないのだ。
…………
「外には熊八さんは居なかったが、ここなら何か手がかりがあるだろう。」
「それよりゴハンにしましょう。」
「やった!もうくたくたー。」
「もうお腹ぺこぺこー。」
「そうだな。みんな頑張ったし、レーションでも食べようか。」
テーブルに貰ったレーションを並べて行く。
「デザートにプリンも入ってるのね。」
「「わぁ、楽しみ!アケミさんありがとう!」」
アケミはかなりの量のレーションを入れてくれていた。
きっと子供達のためを思っての行動だろう。
「それではお待ちかねのランチタイムだ!いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
缶詰やパックを開けると、突然モンスターが飛び出してきた。
「「「「なんだこりゃーーーー!!」」」」
…………
「「…………」」
「おい、アイカエイカ大丈夫か!? くそっショックが強すぎたか。」
「はぁ、こんなのばっかりね。どれどれ……あーこのレーションはアケミさん製ね。しかもメグミに料理を習う前の。」
「これは後でクレームだな。 だが飯抜きはツライぞ。」
「もぐもぐ。漬物だけはイけるみたいよ。」
「ハラの足しにならないだろう。参ったなぁ。オレがいろいろ調べてくるから、3人は休んでいてくれ。」
「わかったわ。私は2人を見ておくから。」
「おう、っていっても最初はこの事務所だけどな。」
ソウイチは事務所の中を漁る。冷蔵庫にはハチミツセットのサンプルが幾つかあったが、腹にたまるものはない。
「一応ハチミツセットは持っておくか。ミサキ、これでも舐めて少しは回復しておいてくれ。」
「ここのハチミツ?有り難くいただくわね。」
そのまま書類を漁ると簡単な帳簿と近況レポートが出てきた。
「女王蜂はここから北東に棲んでいると。人間社会の情報を渡す代わりにハチミツを貰ってたのか。なるほどなるほど。」
レポートは蜂や動物などの森との共存について綴られていた。
「ふーん。これ見ると熊八ってのは悪いやつじゃないみたいだが。」
(それより、このレポートの詳細といい帳簿といい訓練のイチ情報にしては手が込んでるな。いくら何でもここまで……)
「あー……気付いちまったかも。ミサキ、ちょっと話が。」
ミサキだけを引っ張ってきて経緯と推測を聞いてもらう。
「なるほどね。やっぱりこれって、本物の任務よね。」
「やっぱりって、知ってたのか?何時から!?」
「村に戻る直前よ。確信は無かったから強くは言わなかったけど、ユウヤと行動しようとしたのはその為よ。」
「くあー!そうだったのか。済まない、オレがしっかりしていれば!!」
「豚でも後悔するのね。そんなことよりこの先どうするかよ。無事に帰ったら教官に嫌がらせするのは確定だけど。」
「ああ、それにはオレも参加する。で、ユウヤ達も川の向こうに居るはずだ。何とか連絡取って連携で行こう。てな訳で外見てくるよ。」
「それが1番ね。私はあの子達を落ち着かせるからお願いね。」
ソウイチは外へ駆け出して壊れた橋に向かう。
だがその途中で1人の男に出会った。
「うーん、困ったぞ。誰も居ない……」
男は全身黒ずくめの衣装を着ており、かなり怪しい。
何やら困った様子で敷地内をウロウロしている。
「あのー、どうなさいました?」
「お、君はここの人かい?ハチミツが欲しいんだけど、幾つか売ってくれないか?もちろん礼はたんまりするよ。」
「いえ、オレはただの通りがかりなんですよ。」
「そうかぁ。ここなら質の高いハチミツが入手出来ると思ったんだが従業員が見当たらなくてね。どうしたものか。」
「もしよかったらこれ、お譲りしましょうか?」
「これはここのハチミツセットか!? いいのかい?」
「ええ、勿論。事務所の冷蔵庫にあったサンプルですけど。」
「いやあ助かったよ。妻が料理に絶対必要だと言うんでね。これは代金だと思って受け取ってくれ。」
ソウイチの手には幾ばくかのお金と、彼のお弁当であろうパック入りの食料を1人前渡された。
「良いんですか!?こんなに貰って。」
「なーに、安いもんさ。これでも払い足りないくらいだ。それじゃオレは急いでるんでこの辺で失礼するよ。」
そう言うと黒ずくめの男はソウイチの目の前で姿を消す。
「消えた!? なんだったんだあの人、怪しさ全開だったけど。」
しかし食料を1人前とはいえ分けてもらえたのはありがたかった。
見ると天ぷらと米がギッシリ詰まっていた。後でみんなで分けよう。
そう決心して橋に向かうと、既に対岸にはユウヤが待っていた。
「ようソウイチ、無事にここまでこれたみたいだな。」
「まあな。お前も元気そうで良かった。ここで待ってたってことはなんか用事でもあるのか?」
「見ての通り橋が壊れてるだろう?お互い情報交換といこうぜ。」
「いいぜ、何でも聞いてくれよ。」
(やけに素直だな。なんか有ったのか?)
不思議に思うユウヤだったが、敵を押し付けた身であるソウイチは今だけはおとなしかった。
お互いに情報を交換して現状を把握する。
熊八達のこと、女王蜂のこと、これからするべき事。
そしてこのミッションが本物の事件を相手にしたものである事。
「なんかおかしいと思ってたが、こう来るとはね。」
「取り敢えず北東の洞窟を目指せば良いみたいだが、その前に頼みがある。そっちに食料余ってないか?こっちは何にも無くてよ。悪いが分けてほしい。」
「わかった、鍋ごと棒に吊れば渡せるだろ。」
「助かるぜ。アイカ達がショックで元気が無くなっちまって……そうだユウヤ、レーションには手をつけるな!あれはアケミさん製だ!」
「その情報が一番ありがたいかもしれねえな。……マズイ!さっきメグミ達がデザートを食べようとか話ししてた!」
「なにィ! 早く行ってやれ!」
ユウヤは走って宿舎に戻り玄関のドアを開ける。
ユウヤの目には、今正にプリンの缶詰を開けた3人の姿が映っていた。
「「「ギャーーーー!!」」」
プリンに手足の生えたモンスターが現れ襲いかかってきた。
モリトのだけプリンじゃなくてプリプリのお尻モンスターなのはなにかの嫌がらせだろうか。
「遅かったか!!」
「アケミさん、これはデザートじゃなくてオカズじゃないか。」
珍しくモリトがシモネタを放つ。それくらいショックだったのだろう。
だが戦闘力はさほど無いらしく、文字通りプリン級の耐久力のソレらはあっさり銃撃で粉々になった。
「「…………」」
メグミ達がモリトを白い目でみている。
「さっきのはその、場を和まそうと言うかそういう……うう。」
モリトはシドロモドロになっている。
「みんな聞いてくれ。ソウイチと情報交換は出来たんだが、レーションは見ての通りなんであいつらメシが無いんだ。お裾分けするから、鍋になんか用意してくれ。」
「そういう事ならどんどん分けてあげよう!すぐ用意するわね。」
「お米もまだあったし、雑炊にしても良いかも。」
メグミとヨクミはすぐに準備して鍋を持たせてくれる。
川へ戻ってソウイチに鍋を届けるととても感謝された。
「そうか、プリンも危険だったのか。」
「そんな訳だからオレたちは先に行くぜ。」
「ああ、昼飯ありがとな。すぐに追いつくから無理すんなよ。」
「そっちもな。」
北東の洞窟で合流することにして、別れることになった。
熊八達の処遇は自分たちでは何とも言えないので、説得して村まで来て貰う予定だ。
子供達の初任務は着実に進行していた。
…………
『あなた、ハチミツありがとう!約束通りサービスは期待しててね!』
「喜んでもらえてオレも嬉しいよ。もう手に入らないかもしれないから、次元保管庫を使ってね。オレはもうちょっとしたら帰るから。」
『はーい。』
無事にハチミツを手に入れたマスターは、倉庫経由で妻に送っていた。
本来ならすぐ帰る予定だったが、社長からの仕事の依頼で再び群馬の奥地に戻ってきたのだ。
その仕事の内容は、
「森の安寧と、熊八と呼ばれる方々の救済、ね。うーん、でもこれって何を報酬に貰うんだろう。社長の事だからアテはあるんだろうけど。」
先程ハチミツを手に入れた製造所に降り立つと、周囲を見渡す。
どうやらここに来ていた子供は既に発った後のようだ。
事務所を調べて森がどんな性質を持つかを把握すると、次は宿舎に飛んで日記を漁る。
「ふーん。老人の若者虐待ねぇ。そういう奴らほどしぶといんだよな。ていうか別種族と話せるとか、熊八さんは「精神干渉」の一種が使えるのか。」
次にこの場に居た連中の残留思念を調査する。
物に憑いた思念は読み取りにくいのだが、思念自体の時間を調整して情報を得る。
「ふんふん。従業員は6名、他にも特別訓練学校の連中が来ていた。うわー、一昨日まで激戦だったんだ。今は森が命を吸って再生中って訳だ。」
そう言いながらこの地での精神力の残滓を消していくマスター。
あの学校の連中が居るということは、元チームメイトのケーイチとトモミが来ている可能性が高い。
これで迂闊にチカラを垂れ流すことは出来なくなったが、あの連中に見つかるよりは良いだろう。
本当はさっさと自分を追うのを諦めてほしいが、なかなか難しそうだ。
「広範囲のスキャンはバレるから出来ないな。近くにそれっぽい反応があるからその人に聞けばいいか。」
そのまま井戸に飛び降りると死体とそれに縛り付けられている怨霊のような女が2人、そこに居た。
「こんにちはー。」
『あら、こんにちはーって違う!あなたどこから来たの!?』
気軽に挨拶してくれたと思ったが、こちらを疑っているようだ。
「井戸からですけど。住所は地図にのってないので何とも……」
『そーじゃなくて!あなた何者?』
「申し遅れました、オレはハーン総合業務の従業員をしています。○○○○といいます。いわゆる何でも屋ですね。」
『何でも屋?一体何しに来たのよ。まさか私達を滅ぼしに!?』
「いえ逆です。社長が熊八さんと契約致しまして、従業員の皆さんを助けるように言われております。」
『助けにって遅いわよ。もう私達は死んじゃったもの。この子なんてもう口が聞けなくなっちゃったし。』
『まだ喋れるわよ。ちょっと何でも屋さんの名前が気になっただけ。貴方のお名前、よく聞き取れなかったのだけどもしかして……』
「それは今、気にすることではないですよ。でももし想像通りだとしたら、オレはあなた方を救えると思いませんか?」
『『…………』』
「どちらにせよ、既に契約は成されているので勝手に治療しますけど。
ただその前に、他の従業員の皆さんの場所を教えてほしいですね。」
『わかったわ、でも治療が先よ。治せたら信用するわ。』
「わかりました。ではもう治したので教えてもらえますか?」
「「え!? ほんとだ、治ってる!!」」
マスターは時間を止めて2人を蘇生させていた。
今回は簡単に蘇生させたように見えるが、実はかなり厄介な作業である。
幾つもの条件をクリアし丁寧に行わないと即、代償案件になるのだ。
某ゲームで蘇生に失敗すると灰になったりするが、あれは大げさではない。
その条件の中で最も大事なのは、死後の時間経過と周囲の認識である。
時間が経てば当然魂は輪廻に戻ってしまうし、死体も土に還ってしまう。
また死んだことが世間に周知されていると、生き返っても居場所がなくなる。
他にも存在が変質してないことや、女性なら妊娠してない事が条件になる。
今回は2人とも魂が変質して怨霊になっていたが症状は軽く、逆に輪廻に戻らずにいたのが幸いした。
変質した魂を「精神干渉」と「時間干渉」で元に戻したうえで、通常の蘇生作業で生き返らせたのだった。
「本当は死んだことを誰にも知られてない方が良かったのだけど、あなた達ならまあ大丈夫でしょう。」
「「ありがとう、助かったわ!」」
「それで他の熊八の場所だったわね。私達は全部で6人いて、3人は北東の洞窟に避難しているはずよ。そこに後見人の女王蜂もいるはず。もうひとりは南東の森で爆死したって聞いたわ。」
「それは一昨日のこと?」
「ええ、そうよ。ジエータイとかいう部隊と戦ったって聞いたわ。」
「ごめん、その人は助けられない。既に蘇生限界を超えている。」
「現代の魔王と言われたあなたでも?」
「オレは何でも出来る代わりに、何も出来ない面もあるんだ。」
実際は手が無い訳ではないが、それをやると深刻な代償を受けかねない。
マスターのチカラは強力であるが故に、扱いが難しいのだ。
「そっか、彼は駄目だったか……。きっと遺体ももう、森に還ってるでしょうしね。」
「では洞窟に向かうとしよう。君達は一旦別の場所へ避難してもらう。また訓練生に会ったら面倒だからね。」
空間に穴をあけるとそこに飛び込むように促す。
その先は遠く離れたダミーとして借りた部屋に繋がっている。
「魔王ってもっと酷いやつだと思ってたけど、割と普通なのね。」
「むしろ優しいかも。でも顔はイマイチなモブ顔よね。」
「服も格好つけというか、なんだっけ。チュウニビョウ?的な。」
「……聞こえてるんだよなぁ。」
飛び込んだ先でガールズトークが始まり、気まずい顔のマスター。
彼の容姿がイマイチなのは今日に始まったわけではないので仕方ない。
もやもやした何かを抱えながら、これも仕事だと割り切って井戸から出るマスターであった。
…………
「誰だお前たちは!!」
目当ての洞窟前にやや醜い姿の男が見張りをしていた。
彼が熊八と呼ばれる男とみて間違いないだろう。
ユウヤ達は宿舎から北へ続いている道を進むと、そこは大量の蜂の巣エリアだった。
大きな木を避けながら進むも絶対に迂回できない場所もあり、やや大きめの蜂に追い回されながらここまで辿り着いたのだ。
「オレたちは政府の使いの者で、村人から熊八さんを探すように言われてきました。貴方が熊八さんですか?」
「その名で呼ぶな。その名前はオレたちに対する蔑称だ!」
とはいえ彼の本名はとっくに奪われており、ユウヤはなんて呼んで良いのかわからない。
「すみません、とにかく一旦村へ帰りませんか?それからゆっくり話でも……」
「無理に決まってるだろ!あの姑息な老人共は政府まで使ってオレたちを追い詰める気なのか。」
「貴方を探しに来ただけですよ。行方不明になったって皆も心配してます。」
「アイツラが心配?笑わせるな。どうせ甘い言葉と暴力で騙す気なんだ。オレたちにはもう構わないでくれ。」
「……、……!」
メグミは何かを言おうとするが、何も言えない。
それどころかその心の中に別のものが湧き上がりつつある。
「日記も見たし、仲悪いのはわかるけど、仕事ならちゃんと話してから決別しましょうよ。」
ここでヨクミが大人なセリフを放つ。しかし効果は今一つのようだ。
「アイツラが今まで聞く耳なんて持ったことないだろうが。いざとなったらチカラで抑え込もうとする。もうウンザリだ!」
大きなナタを振り上げて襲いかかってくる熊八、いや副主任。
彼は小さいオークのような見た目も相まって、モンスターにしか見えない。
ユウヤは仕方なく銃を構えるが、
「撃っちゃ駄目だ!」
モリトの声に銃を下げて格闘で対応しようとするが出遅れる。
接近戦では銃が使い難いし、そもそも相手を怪我させては本末転倒だ。
ナタを避けながら相手を組み伏せようとするが上手く行かない。
一度距離を取ろうと薙ぎ払いをバックステップで避けるが、避けたはずなのに身体に痛みが走る。
「ぐっ、何だって!?」
怪我はないが痛みだけはある。どうやら幻痛を飛ばしてきたらしい。
「なら私がやるわ!みんなは拘束準備!」
バシュン!バシュン!
「ぐあああ、何だこの威力は!?」
ヨクミの水鉄砲が2発ヒットして悶える副主任。
そこへメグミが飛び出して副主任の腹にパンチをお見舞いする。
「ぐはっ!!」
軽く吹っ飛んだ副主任は、目の前の子供達がチカラ持ちだと認識する。
「くそっ。こいつらも同じ能力者か。一旦下がらせてもらう!」
するとナタを何度も振り回して幻痛を発生させ、4人があたふたしている間に洞窟の奥へ逃げていった。
「結局戦っちまったか。できれば穏便にいきたかったけどな。」
「ごめんなさい、説得しなきゃなのに声が出せなかった……」
「仕方ないさ、後を追ってもう一度声をかけよう。でもメグミ、さっきのは良いパンチだったぜ。」
「…………」
謝るメグミを慰めるユウヤだったが、メグミは胸を抑えて俯くだけだった。
まるで自分の中のナニカを必死に押さえつけているように。
…………
ダララ!ダララ!
「まだ蜂が出てくるか。小型の敵は狙いにくいぜ!」
ソウイチも製造所を出発して洞窟を目指している。
だがその途中の木に存在する蜂の巣に手こずっていた。
「ショットガンの方が良かったのかもね。」
「アイツと同じ武器なんて……ええい、重力波だ!」
ズゥゥゥン!
ぼとぼとと地面に落下する蜂はそのまま動かなくなる。
「倒せなくはないけど、こんなの保たねぇぞ。」
「「ソウ兄ちゃん、滝があるよ!」」
「ありがてえ、水を補給しよう。ってまた敵か。」
「お困りのようね!!」
その時周囲に風が舞い、追加で襲いかかろうとした蜂を吹き飛ばす。
突如空から現れた異世界の風精霊に驚く一同。
「フユミさん!?どうして、留守番だったんじゃ?」
「ソウイチ君?ってことはヨクミは近くに居ないのかしら。私は皆をサポートするために来たの。だから今夜のバーベキューは私も参加させなさいね!」
フユミはケーイチが無線で呼んだ助っ人である。
今回は子供達の実績作りなので手伝っては行けないのだが、異世界人の彼女なら多少言い訳もしやすいのだろう。
いや余計こじれそうな気もするが。
「フユミさん、助かったわ。どんなサポートが期待できるのかしら?」
「直接戦闘は駄目みたい。でも支給品を持ってきたわ。必要なものを言ってくれれば補給出来るわよ。」
「ありがてぇ。こちとら弾薬も回復もおぼつかなくなってたからな。」
「「フユ姉さんありがとうございます!!」」
フユミの風魔法のチカラで滝の対岸まで飛ばされ、小型コンテナに案内される。中身は弾薬等の物資が詰まっていた。
「おおお!これだけありゃ、いくらでも戦えるぜ。」
「できれば戦いたくないけれど、相手次第だしね。」
「わ!クッキーだ!お菓子もあるんだ。」
「アメちゃん貰います!」
「大変な事件に巻き込まれてるって聞いてね。甘いもので癒やされてもらおうと思って。」
「このクッキー、ハチミツ付けたら美味しい!」
「幸せな味だねー!」
(さらりと事件って言ったな。)
(私達の予測は間違ってなかったようね。)
(あとで教官の肉奪おう。)
(お酒もよ。ナカジョウをハメたことを後悔させてやる!)
「おいおい、子供がこんな所でピクニックだと?しかもその装備は……、お前たちが今回の侵入者か?」
突然声をかけられて5人とも警戒レベルを上げる。
パトロールをしていた主任の熊八が声を掛けてきたのだ。
「オレたちは政府のモンだ。村のじいさんに熊八ってのを探せと頼まれたんだ。」
「お前らが!? まだ子供じゃないか。」
「あんたがそうだったら一緒に戻らないか?ちょっとした騒ぎになってるぜ。」
「オレは……オレたちは熊八なんて名前じゃない。村の連中なんて勝手に騒がせておけばいい。オレたちはあいつらを見限った。ただそれだけのことなんだから。」
「ぐだぐだ言ってないでとっとと戻モガモガモガ。」
「頼むからお前は喋らんでくれ。」
ミサキが不穏な口調で話そうとするのをソウイチが物理的に止める。
「おにーさん帰らないの?もうすぐ、寒くなるんでしょ?」
「悪いビョーキとかもこわいです。」
今は10月。ただでさえ山は肌寒いのにすぐに冬になり苦労するだろう。
そう思った双子は説得するが……。
「放って置いてくれ!村人はオレ達じゃなく、ミツの売上が心配なだけだ。これ以上関わるなら子供だろうと容赦はしな……い?」
気がつくと手足は虚空から伸びた手に抑えられ、首には人形がナイフを突きつけていた。
「モガモガモガモガモガモガモガモガ。」
(容赦だ?そんな物お前には必要ないよな?首切って来世から出直してきやがれこの根暗豚が!)
「どう容赦しないのかしら?と言ってますが。」
ソウイチは未だにミサキの口を手で抑えており何もしていない。
ソウイチの手のひらにコショコショとくる刺激がこそばゆい。
「こいつら、やるな。」
冷や汗かく主任さんは子供だからと侮るのをやめ、突破口を考えている。
「これでも訓練を受けてるんでね。」
「モガモガモガモガモガモガモガ。」
「こんな事でやられてたまるか!」
主任は服に忍ばせてあった藁人形にチカラを込めて精神力をばら撒く。
その呪いじみた突風は人形や並行世界の姉妹をはじく。
本人も後方へ押し戻され、服もはじけて上半身が裸になる。
自由を取り戻した主任はさっさと洞窟の方へ逃げていった。
「あ!逃げちゃったよ!」
「仕方ない、追うぞ。ここから先は奴らのテリトリーだ。気をつけろよ!」
ドスン!
「ぐふっ!」
「いいから離しなさいよ。何時まで私の唇に触れてる気?この豚野郎が!」
顔を赤くしたミサキがぷりぷり怒っている。
だがミサキは振り払おうとすれば何時でも出来た。
今まで大人しかったのはちょっとドキドキしてそのシチュエーションを楽しんでいた部分もある。
危機が去って正気に戻ったミサキは容赦がなかった。
…………
「チカラ持ちの少年部隊か。面倒なことになった。」
足場の悪い洞窟の中をすいすいと移動する主任は焦りを感じていた。
すぐに女王の下に向かわねばならない。
だが仲間が1人途中の寝室で休んでいるのを思い出すと、近くの蜂に伝言をたのむ。今朝まで井戸の中に居た熊八その4である。
「このままではマズイな。例のなんでも屋はどうなったんだ?」
社長が現れた時は全く信用してなかったが、今は少しでも安心材料が欲しいのだろう。
女王蜂の部屋へ到着すると、女王と副主任が出迎えた。
「主任、よかった。無事だったか。凄い強い奴が迫ってきてるんだ!」
『あの女が言っていた何でも屋のスタッフも現れたようだ。今はお前の仲間を蘇生して保護しておる。』
「オレの方にも子供が何人か来ていた。纏めると敵チームは2部隊がここに向かっていて絶体絶命。しかし何でも屋も暗躍しているってところか。」
『そうなるな。何でも屋がこちらに顔を見せないのが気になるが……』
「すみません、実はさっきから居ました。」
急に知らない男の声が聞こえて警戒する主任達。
「お前、何者だ!!」
「お前が何でも屋のスタッフとやらか?」
「ええ、ハーン総合業務の○○○○です。お見知りおきを。女性2人は既に助けて別の県に転移しておきましたのでご安心下さい。」
「そ、その名前といい転移のチカラといい……まさか!」
「ご想像の通りです。こんな所にまで知られているとは思いませんでした。」
現代の魔王。極悪なテロリストが目の前に居る。
その事実に驚愕しつつも話をすすめる。
「それが本当の話でオレたちに味方するって言うなら心強い限りだが。」
「主任、こんなヤツを信じるのか?」
「契約は既に成されてます。信じる信じないは関係なく、お仕事させてもらいますよ。」
『何でも屋よ。ならば契約通り、今は何もしなくて良い。だがこの者達の未来を用意してやってくれ。』
「心得ております、女王様。既にプランは立ててます。」
「お前、女達は治したと言ったが一昨日死んだあいつはどうなったんだ?」
「副主任、言葉に気をつけろ。」
「爆死された方は助けられませんでした。手がない訳ではないですが、それをすると彼を生き返らす代わりに、大量の生贄が必要になります。」
その方法は簡単である。死の直前の時間まで飛んで救出して戻るだけだ。
ただしこの世界の対象の魂が2つになってしまい、色々問題が発生する。
その代償をやり過ごすには、更に大勢の命を犠牲にする必要があった。
「それは……むう。」
「ほれ見ろ、役たたずではないか!」
副主任はどうやらマスターのことが気に入らないらしい。
そして自分が死ぬとも思ってないらしい。
先程子供に良いようにやられていたというのにだ。
しかしこの山の奥地でずっと過ごして学校にすら行ってないのだ。
思考回路がお粗末でも仕方がないのだろう。
その点、主任は多少は話がわかるようだった。
「副主任、お前は少し黙っておけ。魔王さん、仲間の暴言申し訳ない。そもそも怨霊化した女を助けられる人物なんて他には居ない。」
「マスターとお呼びください。その呼び名は苦手なんですよ。主任さん、あなた方も似たようなものなんですよね?」
「ああ、そうだな。後始末はよろしく頼む、マスター。」
「コトが済んだら働くので、それまでのんびりさせて貰いますね。」
「オレはこいつの世話になるなんてまっぴらだぜ。」
「副主任、もう少し危機感を持ったほうが良い。」
「構いませんよ。ですが助けられるのは、延ばした手を掴む人だけです。と、そろそろ近づいてきましたかね。オレは隠れてますので存分にどうぞ。」
そのままステルスモードになり部屋の隅に行くマスター。
『うむ。これで後顧の憂いもなし、期待しておるぞ。』
…………
「そろそろ洞窟の最奥のようだ。」
曲がりくねった道を進み続けてきたユウヤチーム。
水場で最後の小休憩を挟んだあと、最奥の大広間前に辿り着いたのだ。
「人の気配がするな。やはりこの先のようだ。メグミ、落ち着いてやれば大丈夫だから。」
「うん。頑張るわ。」
「ヨクミさんは水加減を間違えないでね。」
「あんたに心配されるなんて世も末ね。大丈夫、水のチカラは偉大なのよ。」
「その前に説得だからな。お仕事はしないと。」
「「「はーい。」」」
こうして4人は大広間へ侵入する。
騙されて始まった初のお仕事は、そろそろクライマックスのようだ。
お読み頂きありがとうございます。