37 シゴト その1
「おーい、オレだ!大丈夫か?」
2008年10月10日午前。
ハチミツ製造所の井戸に来た主任熊八は、地下通路に居るであろう仲間に声をかけていた。
「主任か!?今行くから待っててくれ!」
井戸の内側にある梯子を登ってくる熊八その4。
その表情は暗く、疲労だけでない何かを感じさせる。
「女は2人とも、衰弱している。というかもう意識がない。オレは医者じゃないからわからねえけど、もう駄目かもしれない。」
「どういうことだ?」
「井戸から落ちて怪我したやつは、虫の息だったんだ。治療が効果なくて、オレの相棒がチカラを使った。使いすぎてしまった!」
「なんだって、それじゃあ2人とも?」
相棒というのは熊八その6である。彼女は「捕縛」のチカラ持ちであり、精神力の茨で対象を拘束できる。
チカラを限界まで強めれば肉体だけではなく精神、魂をも可能にする。だがそんな事をすれば当然、本人も無事では済まされない。
「ああ、2人とも身体は殆ど動かない。井戸の中には魂が怨霊みたいに残っているだけだ。」
つまり、瀕死の友達を助けようとして抜けていく魂を拘束しようとしたのだ。その結果自身の精神力も大幅に消耗し、2人とも怨霊になってしまったようだ。
「なんてことだ、せっかくこれから脱出って時に……。だが仕方がない、お前だけでも洞窟に来い。2人は森が何とかしてくれる。」
「くそっ、オレは何も出来なかった……」
「まずは移動だ。落ち着いてから悔やめばいい。」
「そうだな。すまねえ2人とも……」
井戸に向かって言葉を手向けると主任と2人で洞窟へ向かった。
…………
「ぐはっ!!最近の人間の子供は化物か!!」
「ショウレンジャーの命もここまでか……」
「大将、アンタだけでも逃げてくれ!!」
「すまぬ、皆の者すまぬ!」
10月10日午前、再び森に入ったユウヤ達はナントカショウシリーズの親玉である、ショウレンジャーを倒していた。
酷いビジュアルのショウ達の姿に、本当に蛇だったのか疑問が残る。
「なんか逃げていったけど、アレが大将だったのか。」
「ナメてるやつでショウ、だっけ。大丈夫なのかしら、アレ。」
「立ち位置的にマジックショーがボスかと思ってたよ。」
「あの見た目は気持ち悪すぎよ!だからこそミスリードされたのかも。」
マジックショーは黒筋肉でパンツ一丁、そして顔が花というメンタルアタッカーだった。
「酷いビジュアルでも対処できるようになったのは、日頃の訓練のお陰なんだろうなぁ。」
「あまり踏み込みたくない世界だけどね。」
「ユウヤーここまで駆け抜けて、あのボス戦だったしちょっと疲れた!」
「そうだな。この先で休めそうな所を探そう。」
「この先は村の川の上流に出るだろうから、そこでなら休めるかも。」
「サンセー!わさびとかあるかな!!」
先程までの疲労を感じさせないテンションで歩きだすヨクミ。苦笑交じりでついていく3人は川辺に辿り着いて一息入れる。
「身体中ベタベタだから顔くらいは洗ってスッキリしたいわ。」
「化粧落ちるぞ。ここの化物と見分けが、なんでもない。」
「失礼ね!元々ノーメイクよ。」
「メグミはお化粧ってしないの?人間はソレで顔作るって聞いたけど。」
「興味なくはないけど、今はそれどころじゃないもの。お荷物になりたくないから毎日必死よ。」
「メグミがお荷物だったらモリトなんてどうなるのよ。」
「僕に振らないでほしいなぁ。チカラは持ってないけどさ。」
「モリト君は代わりに観察眼がすごいし1番訓練してるじゃない。体力もこの4人では1番なんだし、自信持っていいわ。」
「モリト褒めるとつけあがるから程々にしてね。あ!あれはもしかして渓流の王道、わさびでは!?」
話を唐突に打ち切って水辺に走る。
「ヒャーーー!」
ワサビらしきものを手にしたヨクミは、
その大根より大きい緑色の物体に襲われていた。
突然変異のためか途中で尻尾のように根が枝分かれして伸びていた。
元は山菜のため大した強さでもなく、無力化されるワサビ。
「ここに注意書きの看板があったよ。まれに襲われるから注意って。名前は、侘び寂びフロントテイル?」
「なにが侘び寂びフロントテイルよ!卑猥な形しちゃって!後ですり下ろして頂いてあげちゃうんだから!」
プンプン怒りながらソレを小さく斬ってバックパックに入れるヨクミ。男連中は心中でヒェッとなりながら見守っていた。
…………
「「「ワォーーーン!」」」
「わー!たくさん追ってきてるよー!」
「私食べてもおいしくないよー!」
一方、Bルートのソウイチチームは森の中でマラソン大会中だった。
迷い散らかした上にオオカミ?の群れに囲まれてしまい、一点突破を試みたらボスの3つ首の犬まで現れた。
3つ首で喋る犬にソウイチがグレイトブローと重力波を叩き込み、怯んだ所を逃げ出したのだ。
「投げ物をつかってとにかく走るんだ!出し惜しみしてると昼飯食う前にオレたちが昼飯になっちまう!!」
ぜえぜえ言いながら走る4人。たまに近づいてくる敵を人形で弾くミサキ。追いつかれそうになるとスモークやフラッシュバンで怯ませ距離を取る。
「こういう時こそ火が使えれば!!」
「無い物ねだりは男らしくないわよ!さっさと走りなさい!」
ほぼ全ての道具を使い切り、全員の息が上がると追いかけてくる敵は居なくなっていた。
「ハァハァ、どうだ?撒いたか!?ハァハァ……」
「ゼェゼェ、途中から姿が見えなくなっ、たわ。」
「「もうむり、動けないー!」」
「ハァハァ、周囲を警戒しつつ、休憩とする。ハァハァ。」
警戒とはいうが、そんな気力はない。ミサキだけは小型のノートパソコンを開いて何かを確認しているが、体力も注意力もかなり低下していた。
「人形にカメラ付けてあるのよ。これで多少の警戒はできるでしょ。」
不思議そうにする仲間に解説する。以前ソウイチが風呂を覗きに来たのでその予防策として人形に細工をしたのだ。
「そうか、たすかる、ハァハァ。」
「うーんそれにしても大丈夫かしら。」
「何がだ?」
「追手の連中よ。途中で居なくなって……東側に向かったんじゃないかしら。」
「東って、えーっと、あ!ユウ兄ちゃん達の方向だ!」
「えええ!?いくらユウ兄ちゃん達でもあの数は!」
「まったく、他のチームも巻き込むなんて、あなたって最低の豚野郎ね。」
「そんなの予想できねーよ!あの場面じゃ逃げるので
精一杯だったじゃないか。」
(うう、すまねえユウヤ。無事でいてくれよ。)
ライバル心は持っていても別にいがみ合ってるわけじゃない。仲間に敵を押し付けた事実に心苦しくなるソウイチであった。
…………
「おうおう、ニンゲン共!ずいぶんと息子たちを、。可愛がってくれたみてえじゃねえか!」
ユウヤ達は先程の川辺から北へ進むと若干開けた場所に出た。彼らは知らないが、ここは村人と熊八達の物資のやり取りをする場所だ。
そして目の前に3つ首のケルベロスらしき犬が日本語を喋っていた。だがユウヤ達は初対面である。こんな知り合い、居たら絶対忘れない。
「オレたちは初対面だと思うんだ。言いがかりはやめてくれ。」
「父ちゃん、こいつらだよ、4人グループだし!きっとびびってトボケてるんだ!」
そこへ相対的にはやや小型のケルベロスが現れて、父親らしきケルベロスを焚きつける。
「シラ切ろうたって無駄だぜ!オレらはお前たちの3倍の頭脳を持ち合わせてるんだ。誤魔化しはきかねえ!」
「なんだ、3つ頭があっても全部バカじゃ意味がないな。」
「なんだと!?」
「なんですって、私達を愚弄したわね!」
「なによあんた、噛み砕くわよ!」
それぞれの頭が騒ぎ出す。中央がオスで左右がメスらしい。
「因縁つける相手を間違えてるのに気が付かないし。」
「子供の喧嘩に出てくるとか親ばかよね。」
「顔がキモい。」
「言わせておけば調子に乗りおって!ケル子ケル美、一郎・二郎・権三郎!徹底的に噛み砕いてやるぞ!」
「もちろんよ!貴方の妻として!」
「とうぜんよ!貴方の愛人として!」
「「「フクザツな家庭環境だなぁ。」」」
そんな事を言いながら戦闘を開始した。
ガォン!ガォン!ガォン!
「うへぇ、3回攻撃はずるいんじゃない?」
ケルベロス(親)は3つ首で連携して襲いかかる。
ユウヤはそれを必死に避けているが、反撃のスキがなかなか見つからない。
ガォン!ガォン!ガォン!
ダラララララ!ダラララララ!
「くぅ、弾薬の消費が。こいつら連携上手いな!」
モリトが銃撃で牽制しながらケルベロス(子)の猛攻に耐えている。
「2匹?とも防御面はそれほどでもないみたい。なんとか反撃するのよ!」
メグミが黄色い回復の光を放ちながら応援する。
「ヴァルナーいくよ!モリト、ここでリロード!」
ザバーーーッ!
水流の発生とともに怯むケルベロス親子。
そのスキにモリトがリロードして、ユウヤは目が光る。
「くらえ!フラッシュバン!」
「「「ギャウン!!」」」
閃光とともに目を焼かれる一郎・二郎・権三郎。
慌てて攻撃を仕掛けるが、狙いがつけられてないので簡単に避けられる。
「まだ子供だから、効くと思ったよ!」
ダラララララララララ!!
容赦なくフルオート射撃を叩き込むモリトに一郎達が悶え苦しむ。
「一郎・二郎・権三郎!」
「よそ見してる場合じゃないだろう?」
ズドン!ズドン!、ズドン!ズドン!
相対的に素早くなったユウヤがショットガンで顔を狙い撃つ。怯んだスキに近づいて顎下に高速ストレートを当てる。
相手からしたら強力なアッパーカットに感じただろう。
「あなた!やらせないわ!」
「それはこっちのセリフ!」
パン!パン!パン!
ケル子らしき顔が噛み砕こうとしてくるが、メグミの銃撃で
不発に終わる。そのスキに再度高速ストレートで敵をひっくり返す。
「モリト、援護するわ!!」
バシュン!バシュン!
ヨクミの水鉄砲から圧縮された水球が2つ、モリトの相手しているケルベロスの頭に命中する。
ダラララララ!!
「「「キューン。」」」
「「「クーン。」」」
ユウヤ達の連携に、2体のケルベロスは崩れ落ちるのであった。
「こいつら。強いー!」
「我が血筋もここまでか。忌々しいニンゲンどもめ。」
「情けない終わり方だね。何処の馬の骨かもわからぬ女にうつつを抜かすからこんなことになるのよ。」
「あらイヤですわ。男に飽きられた人が何を言っても負け犬の遠吠えですわよ。」
「なんですって!この泥棒猫!」
ケルベロス(親)が喧嘩を始める。ちユウヤ達は一体何を見せられているのかといった表情だ。
「えっと……?」
「なんかヒートアップし始めたね。」
「身体は1つしかないのにどうやって子供を作るのかしら。」
「きっと壮大なソロプレイなのよ。」
「やめんかお前たち、見苦しいぞ」
「元はと言えばあんたが浮気したからでしょ!こうしてやる!」
ガブリ!ガブガブ!
「「「ぎゃあああああああ!!」」」
ケルベロスの妻の牙が父の首筋に噛み付いた。これが止めとなり、ケルベロス(親)は完全に動かなくなる。
「「「とうちゃああああん!!」」」
「権三郎!お前の母ちゃんのせいでこんなことになっちまったんだ!」
「お前なんかこうしてやる!!」
ガブリ!ガブガブ!
「「「ぎゃあああああああ!!」」」
「「「「…………」」」」
言葉にできないほど高度な、他殺に見せかけた自殺に呆然とする一同。
「話をまとめると、権三郎だけ愛人の子だったのかな。」
「だからどうやったらその状況になるのよ。」
「なるほど。これがアケミさんが言っていた決闘士の末路か。」
「モリト君、意味わからない納得しないで!」
「今日って火曜だったっけ?」
「ジャジャジャジャ!ジャジャジャ!ジャーラー!」
「アイキャッチはいいから、先へ進むわよ。そろそろ製造所でしょ?」
森を抜けると田舎の割りに立派な建物が見えてくる。
ついにハチミツ製造所に辿り着いたのだった。
ちなみに本日10月10日は金曜日である。
…………
「「ヒヨコさん、可愛いぃぃいいい!!」」
「「ピャァァァァァァァ!!」」
切り立った崖に囲まれた山道で、アイカとエイカがヒヨコ達に抱きつく。ヒヨコと言っても突然変異体なので、通常の数倍の体長を持つ。
ここは迷いの森を抜けた先にある場所で、ここを抜ければハチミツ製造所に辿り着くことが出来る。
しかしニワトリ族とカラス族のナワバリ争いが発生しており、ソウイチチームはその中に迷い込んだ形になった。
今はニワトリたちを撃退して先に進もうとしたら、ナワバリ争いを手伝えと言われたところだ。
「それで、オレたちはドウすれば良い?」
「この地の製造所側はカラスが仕切っている。そいつらを倒して進んでくれればそれでいい。」
このニワトリ、普通に喋れるようだ。さすが突然変異体である。
「対空戦か……。ねぇこの辺に人間が使える道具ってない?」
「それなら何日か前から置きっぱなしになった道具があるな。物置に置いてあるから案内しよう。あとは勝手に持っていってくれ。」
(やっぱり、事前に誰かここに来ていたのよね。それが学校側の仕込みなら良いけど、もしかしたら……)
ミサキはこれが訓練でないことを確信している。それでも装備があるということは、事前に誰かが突入したということだ。
「「ニワトリさんが種蒔いてる!」」
双子がヒヨコを捕獲したまま案内に付いて行く。
その途中で小型の畑に種を蒔いているニワトリを発見する。
「元々は人間族が使っていた土地だが、居なくなったのでね。後はカラスさえ別のナワバリを作ってくれれば問題はないのだが。」
「オレの常識の外で立派な生態系が作られてるんだなぁ。」
「入学以降、非常識なことばかり起きるわね。」
案内された物置は本当にただ物が置いてあるだけだった。
調べてみると気つけ薬や鎮痛剤などのクスリ関係や、弾薬や各種グレネードも置いてあったので有り難く拝借する。
「森でスカンピンになったからな。こいつはありがてぇや!」
「えぇ。感謝して使いましょう。」
ソウイチはピンときてなかったが、ミサキは一つ一つを感謝と追悼の念と共にバックパックに詰めていた。
ここにこれがあるということは、先人たちはこの先には行けなかったのだろうから。
準備が終わり縄張り争いの最前線に向かう中、
ニワトリたちから話を聞いておく。
「カラスは大きく分けて3種類居る。田舎者と都会派と帰国子女だ。」
「「え、なんて?」」
「田舎者はこの土地でのみ育ったもので、変な声をあげながら連続攻撃してくるぞ。」
「都会派やクールに頭を狙ってくるヤバイやつコケ!」
(無理に語尾をそれっぽくしなくても。)
「帰国子女は西洋かぶれでな。格好つけたり素早く突いたり押し倒してきたり、他とは一線を画す存在じゃ!」
「カルチャーショック待ったなしだな。訓練場の中でも外でもそんなんばっかりかよ。」
「「外のほうがヒヨコさんが可愛いよ!」」
愛らしい笑顔でのたまうアイカとエイカにほっこりするソウイチ。しかし今はそれどころではない。
「着いたぞ、この先がカラスたちのナワバリじゃ。」
そこはやや開けた空間が広がっており、崖の上にはカラスがこちらを見張っている。
更に上空を旋回している個体もおり、迂闊に踏み込めばクチバシで蜂の巣にされるだろう。
「ふーん。まずは彼奴等を排除してこの広場をとりかえしましょう。」
「そうだな、人形とアイカで防御を固めてくれ。エイカは鏡で対空迎撃。オレとミサキの銃で狙撃ってところか。」
テキパキと作戦を組み立てて準備するソウイチ。
アイカが防御役なのは射程が短いからだ。
その点エイカなら鏡で映せば姉の腕を呼び出せる。
(意外とこういう決断の早さはポイント高いわね。)
普段は豚野郎と罵るミサキだが、評価すべき所は評価する。
「人形防御と射撃準備OKよ。」
「「こっちもヒヨコさん逃したしOK!」」
「構え!撃てぇ!!」
ダーン! ダダダッ! ダーン! ダダダッ!
ミサキの狙撃とソウイチの3点バーストで戦いの火蓋が斬って落とされた。
…………
「申し訳有りません、お客様。こちらの商品は在庫がなく、入荷も未定となっております。」
例の村が提携している土産屋を全て回ってもハチミツは売り切れで、店員さんから返ってくる答えも同じだった。
「ここまで人気商品だったのか。女の甘いもの好きというのは怖ろしいレベルだな。これは直接工場にでも乗り込むか?」
現代の魔王こと、水星屋マスターは妻に頼まれたハチミツを入手出来ずにいた。このままでは妻から「たっぷりサービス」を受けられない。
製造所の場所を聞くと時間を止めて空間に穴を開けて上空に出現する。そのまま目的の場所に飛んでいくマスターであった。
…………
『お前たちがニワトリに雇われたニンゲンか!』
「大人しく通してくれるなら、見逃すがどうだ?」
崖の山道の終わり際、ソウイチ達はカラスのボスと対峙していた。ボスカラス(帰国子女)の周りには都会派と田舎者もいる。
ここまでは正に快進撃といって良いレベルの戦いだった。
倒した数は少ないが、ライフルの威力にビビったカラスが銃声を聞くだけで逃げていったというのが大きい。
いくら数に物を言わせて突撃しても、謎の手で落とされたり人形が盾になってダメージが通らないのだ。その間、カラスたちは消耗をし続けた。
「ふっ貴方だってこれが怖いでしょう?この銃が火を噴く度に同胞が倒れていったのよ。」
『我々はニンゲンの横暴によってフランスまで逃げたのだ。最近ニンゲンが居なくなったと聞いて戻ってきたのにお前たちは!!』
「あくまで戦うというなら相手してあげる。
でも私達が用があるのはこの先よ。大人しく横にどいた方が良いと思うけど。」
(やはり熊八目当てか!? なら引くことはできん!あいつらは生かすという森の契約なのだ!)
『問答無用!ここで成敗してくれる!』
カラスたちは散開して即席の小隊を作って降下してくる。
帰国子女は太陽の光を背に、光を上手く使いながら攻めてくる。
「残念だったな! 重力波だ!!」
ソウイチは高重力の鎧を身にまとい、上空のカラス小隊へ射出する。
「「「ギャーーーー!!」」」
重力の波を食らって失速してポトポトと地面に落ちるカラス小隊。
他の小隊がソレを見て慌てて距離を取る。しかし――
「距離をとっても、これに狙われるわよ!」
ダーン!ダーン! ダララッ!ダララッ!
すぐさま銃撃が飛んできて隊列が乱れる。
カラスたちの動きが鈍くなった所でエイカの鏡が光り、
ボスの身体に並行世界から伸びてきた手が纏わりつく。
『な、何!?うわあああああ!!』
ポトリと落ちてくるボスは、もうまともに動けないようだった。
『こんなはずでは……我々は何のためにフランスから!』
「「うーん、ちょっと可哀想かも?」」
「さっきから帰国子女を気取っているようだけど、貴方のような鳥頭が海外で生き残れるとは思えないのよね。」
「こんな珍獣、すぐ捕まるだろうな。」
「どうせ千代田区あたりの出版社近辺をウロウロしてたんじゃない?」
『ギクッ!』
「図星のようね。田舎のカラスなら騙せると踏んだのでしょうけど。」
(なんでミサキがその会社の住所知ってるんだよ。)
ソウイチは深くは考えないようにしながら場を注視している。
「嘘だったのね!ドロボウの始まりだよ!」
「ねー、ソウ兄ちゃん、ふらんすの出版社ってなに?」
「もう少し大きくなってから自分で調べような。」
((きっとえっちなやつだ。))
双子は年長組の反応からそう判断する。
『くそ、好き勝手いいやがって。』
「お困りのようだな、カラスのダンナ!!」
どこからか声が上がり、妙な男がさっそうと現れる。
そいつはピエロのような仮面を被り、白い肌の半裸に赤布を巻いた姿の変人か狂人か変態以外には形容できない男だった。
乳首に星型のステッカーが貼ってあるのがイラっとくる。
『アオダイショウのダンナじゃないか!』
「おれらもニンゲンに襲撃を受けてな。なんとか逃げてきたが、こっちも大変そうだ。」
(ユウヤ達が戦った相手か。あれのどこが蛇なんだ?)
あちこち傷ついている身体を見ながら推測するソウイチ。
だがあれがアオダイショウっていうのはわからない。
『なあダンナ、ここは1つ手を貸してくれないか。こいつらに一泡吹かしてやりてえんだ。』
「言われなくてもそのつもりだ!ニンゲン共、覚悟しろよ!」
「みんな気をつけろ!手負いの敵は手強いはずだ!」
「「はい!」」
「今撃っちゃだめなのかしら……」
『野生の力での鳥獣合体、今こそ見せてやる!』
2つのエリアのボスが合体し、凶悪な姿になる。
実際はカラスの上にアオダイショウが騎乗し、赤布が紫布になっただけだった。
「なんじゃそりゃーー!!」
ちょっと合体に興味があったソウイチが叫ぶ。男心を弄ばれた気分だ。
「『ふはははは、さあ行くぞ、化物の童どもよ!!』」
鳥獣は空に飛び上がり、氷のブレスを吐き出す。それは猛吹雪と変わらぬ威力でソウイチ達を凍えさせる。
「見た目はともかく、面倒な相手らしいな。射撃用意!撃て!」
しかし銃が発砲できない。どうやら凍りついているようだ。
「ちっ、となればチカラで行くか。ミサキ、防御陣形!
アイカとエイカは離れてチカラ待機!」
ミサキはそれぞれのメンバーに人形を護衛に付け、双子はやや距離をとってタクトと鏡を準備する。
「『どうだニンゲン、銃が使えなければお前たちなど!』」
勝ち誇りながら、降下しソウイチの手足をもごうと攻撃してくる。重力鎧のお陰でほとんどダメージはない。
「グレイトブロウ!!」
重力を纏ったパンチでカラス部分を狙うが、相手はすぐに飛び立ち上空からブレスを吐いてくる。
「こいつは面倒だな。おまえら、回復飲んでおけ!」
(あの体格だ、女達では跳ね返せないだろう。ここはオレが囮になって、集中攻撃をかけよう。)
「ミサキ、オレの人形を解除して撹乱に回せ!アイカ達はスモークで身を隠すんだ!」
これでソウイチの防御が手薄になり、1番弱そうな双子のヘイトも薄れるだろう。
「『さすがに強いな。ならば指揮官を狙うのみ!』」
(かかった!)
鳥獣は再度ソウイチを狙って降下し、彼をその体躯で押し倒す。
「『どうだ動けまい、このまま捻り潰して、ギャアアアアア!!』」
「どうだ動けないだろ?オレの重力なめんじゃねえよ。」
捕まえられた状態で高重力を発生させ、鳥獣を釘付けにする。
「『このままでは……ぐあああああ!!』」
ボキボキボキッ!
「秘技、砕骨!オレに関節触らせるとこうなるぜ。今だ!全員チカラでぶっとばせ!!」
「『ぎゃあああああああ!!』」
4人の総攻撃を食らった鳥獣は断末魔の叫びとともに消え失せた。
「はぁ、気持ち悪い相手だったわ。」
「みんな無事か?この連戦はキツイな。この先の製造所で休もうぜ。」
「そろそろお昼時だしね。そういえばここには焼き鳥候補がタクサン居たわね。」
「「たべちゃだめぇぇええええ!!」」
「コケーーーー!!」
「ピヨーーーー!!」
お礼を言おうとこちらの様子を伺っていたニワトリ族が逃げていく。もうニワトリ族の言葉はわからなくなっていた。
ミサキの焼き鳥発言のせいか、ニワトリ族との信頼関係にヒビが入ったらしい。
「不思議なことが有りすぎてどうでも良くなってきたな。」
そのまま進むと開けた場所に出る。
奥には明らかに人工の建物が見え、ようやく目的地に着いたことを知る。
「近道のはずが結局迷って時間が掛かったわね。」
「すっごく疲れたね。」
「メグ姉ちゃんに会えたらぴかーってしてもらおう!」
「今回はオレが悪かったよ。ほら、さっさと行こうぜ。」
(なんとかここまでは来れたけど、この後どういう展開かしらね。)
ミサキは安堵の息をひとつ吐くと、製造所に向かうのだった。
…………
「これはここの主任の日記か。」
ハチミツ製造所の宿舎を探索していると、日記を発見した。
ユウヤ達はそれを読んでいくが、進む毎に内容の悲惨さが増していく。
最初は村の為に森の動物達との交渉でここに来たらしい。
ハチミツを提供されるようになり新たな建物を立てた。
かなり稼げていたようだが村人からは虐待され、好き勝手に扱われていた様子が日記に記されている。
「この日記は蜂の女王と打開策の検討をした所で終わってる。」
「つまりその結果が今日のコレというわけね。」
「じゃあ次は女王蜂の居所を探そうか。そこで熊八さんに会えばこの訓練も終わりだろう。」
だがみんな、すぐには動かなかった。
(今回は手が込みすぎている。ここまでするか?)
(この生々しい感じ、本物の悪意を感じる。)
(この虐待記録、普通に犯罪じゃない?)
(この紙の乾き、劣化具合は……)
「なあこれ、訓練じゃ無くないか?マジモノの事件の香りしかしないんだが。」
「「「やっぱり?」」」
ユウヤの一言で、疑念が確信に変わる一同。
「一度村に戻った時にさ、ミサキから忠告受けたのよ。下手をすると全員死ぬって、こういう事だったのね。」
「あの時深刻な顔してたよな、あいつ。」
「今思えば怪しい部分はあったよね。こんな大掛かりな仕掛け、昨日今日で出来ることじゃないし。」
「ミサキが気づくってことは向こうのルートでも何か有ったのよね。ソウイチは何も言ってなかったけど。」
「多分、ミサキも下手なことは言えなかったんでしょう。」
「よしじゃあ、女王蜂の手がかりを探そう。出来れば向こうのチームとも合流したいが……」
「橋、壊れてたからね。取り敢えずこっち側を漁ろう。」
この場所は村と同じく土地の中央で川が流れている。
宿舎と畑は東側で、事務所と製造所が西側なのだ。
先日のヘリコプター墜落で東西を結ぶ橋が壊れてしまって移動は困難だ。
一同は隣の部屋に移動するとそこには副主任の日記があった。
「なになに……○月○日 主任が日記を始めたとのことで、自分も始めてみる。いつまで続くかわからないがモノは試しだ。新生活の彩りの一つとなることを期待する。」
緊張した手つきで次のページを開くユウヤ。
しかし日記はこれで終わっていた。
「飽きるの早いよ!」
「三日坊主ですらないね。」
「予想外過ぎてちょっと和んだわ。」
(主任さんの日記で気分が悪かったけど、また悪意を見ないで済むのなら良かった。)
3人が弛緩した空気を作り出す中、メグミは胸を抑えて心の調整をしている。主任の日記は、悪意に敏感な彼女には少し刺激が強かったようだ。
「どうしたメグミ?」
「いえ、ちょっとほっとしただけ。あんなの見たくないから。」
「オレにくっついてろ。少しは気が紛れるだろ。」
「ありがとうユウヤ。」
((ヒューヒュー!))
真面目そうな場面なので心の中だけで冷やかすモリトとヨクミだった。
次の部屋を探索すると、地図が出てきた。
意味ありげにマーカーがつけられており、もしかしたらこれが女王蜂の居場所なのかもしれない。
「これが世界地図じゃなければわかりやすいのに!次行くわよ、次!」
実は主任が後輩たちに物を教える時に使った地図だった。
単純にここがどこだか教えるためのマーカーである。
次の部屋は倉庫であり、食料品などが積まれていた。
記録を見ると村からの支援の他に、森側からの贈り物や自分で作った道具や食料も積まれている。ここだけでも森との一体感を物語っていた。
「人間より動物たちのほうが仲良かったんだな。」
「私はなんとなくわかるよ。ニンゲンって勝手だもん。」
「ぐうの音も出ない一言だね。」
「ぐーー。やだ、お腹鳴っちゃった。」
「回り終わったらメシにしようぜ。」
次の部屋は空き部屋で、椅子とテーブルだけの休憩室のような部屋だった。
その次は本棚が置かれていた。
勉強用の本の他に図鑑やこの土地の歴史書が詰め込まれ、中には手書きの、この森で生きていく為のマニュアル本のようなものもある。
「うん?何かこの本だけ分厚いわね。」
ヨクミがハードカバーの重厚な一冊を手に取る。
開いてみると中には肌色率と攻撃力が高く、防御力の無い姿の女性が写っている。割と露骨なタイプの写真集が隠されていた。
「男の人ってこうやって隠すのね。」
「うわー、野外でこんなこと……うわー。」
女2人が独占して読み始めてしまい、ユウヤ達は見るに見れない状況に陥る。ここで混ざろうとすれば理不尽な口撃に会うだろう。
宿舎の入り口まで戻るとお手製の台所とリビングに辿り着く。
「そろそろ昼飯にしようか。レーションはみんな持ってるよな?」
「ねーねー、せっかくだし手に入れた山菜でゴハン作ろー?」
「いいね。それじゃ台所を借りるとするか。ヨクミさんとメグミは下準備、オレとモリトで薪と水を取ってくる。」
「じゃあお願いするわ。レーションは非常用にとっておきましょう。」
「決まりね! オトコドモー、キリキリウゴケー!」
台所を追い立てられた男達は軽く相談する。
「薪はここの隣りにあったな。」
「水は川まで行くより、近くに井戸が有ったからそっちでもいいな。」
「それと、今ならさっきのエロ本がみれるぜ。」
「仕方ない。必要な資料を探しに行く、そうでしょ?」
「決まりだ。行こう!」
本棚のある部屋に戻り、先程の本を手に取る。しモリトは台所側の気配を伺っている。
「おい!こっちきてこれ見ろよ、すげーぞ。」
「おー、これは貴重な資料だね。これはこれは!」
「これは際どいな、いやもしかしたらこの影は?」
「こちらの曲線もなかなか、このギリギリのラインは……」
艶めかしいポーズの肌色を2人して堪能する。
しばしの間、2人は資料で勉強して経験値を手に入れた。
経験値+2000、ユウヤとモリトはレベルが上った!
…………
「薪はこれでOKとして水は井戸だったな。」
「僕、井戸使うのは初めてなんだ。ちょっと任せてくれない?」
「おう、頼むぜ。」
モリトは持っている知識を使って水を組み上げる。
だが急に視界が暗くなり、2人はキョロキョロとあたりを見回す。
「え?急に暗くなって……」
「様子がおかしい、気をつけろモリト!」
「キィャァァアアアアアアア!!」
「「うわああああああああ!!」」
井戸から女が出てきて叫び声を上げる。
女はイバラのようなもので縛られており、両手をブンブン振り回して暴れている。とても正気とは思えない。
2人は腰を抜かして地面を這いつくばるが、あまり遠くまでは攻撃できないことに気がつくとユウヤが道具を取り出す。
「くそっ、これでも食らえ!」
スタンボールを2個なげつけて痺れさせると、女は井戸の中に落ちていった。
「ホラーかよ!焦らせやがって。モリト、大丈夫か!?」
「この不意打ちは、効いたよ……」
「まったく心臓に悪いな。ここの水は諦めて川へ行こうぜ。」
「ああ、そうしよう。」
大人しく川へ移動する2人。先程のエロ本と合わせて、女の不思議をまた1つ知る男達だった。
川に着くと桶に水をたっぷり入れる。
これで昼食くらいはなんとか持つだろう。
「水汲み終わりっと。宿舎に戻るぞ。」
「思ったんだけどソウイチ達じゃないと製造所にはいけないよね?」
「そりゃ橋が壊れてるしな。」
「ならここでソウイチ達と合流して向こう側の情報をもらおうよ。」
「そいつはいいな。情報交換か。交代でここに見張りを立てよう。」
一仕事終えたあとの山菜ゴハンはとても美味しかったそうな。
…………
『あいたたた、まさか反撃されるなんて。あの侵入者の驚く顔は傑作だったけど。』
熊八その4は怨霊になりながらもこの地を守っていた。
この女、意外と元気そうである。
『何とかこの世に留まっていられてるみたいだし、お仕事はこなさなくちゃね。主任達は無事に逃げられたかなぁ。』
お読み頂きありがとうございます。
30万文字突破しました。