35 イナカ その2
「たす、けてくれぇ……」
「大丈夫か! じいさん!!」
2008年9月20日昼。
群馬の奥地の村、その入口に村人が外から寄って来た。
村の駐在の警官が駆け寄るも、手首が無い。胴体には刺し傷。
ハチミツを取りに行った爺さんが、その途中で野生動物に襲われたのだろう。最近は熊八からの連絡が途切れてしまい、ハチミツも手に入らないし動物たちも荒ぶっているのだ。
「おい、だれか!医者を呼んできてくれ!」
銃を取り出して辺りを警戒しながら警官が叫ぶ。
「…………」
「くそっ、手遅れか。それでも医者に診断してもらわにゃ……。」
ヨソモンと呼ばれる医者に亡骸を任せ、県警に連絡する。森で死者が出たのだ。報告して対策を出して貰う必要がある。
幸い村へと繋がる県道と山道は危険な連中のナワバリではない。村の奥に行こうとすると襲われる可能性はあるが、ここに来るだけなら大丈夫なはずだ。
「おまわりさんや、どうなっておるんかの?」
「村長さん。こんな事になって残念です。今県警に連絡したので回答待ちですが、恐らく山狩りになるでしょう。熊八さんの捜索も含めて何十人かは来るかと。」
「そうか。熊八が見つかったらこってり絞らんとな。せっかく仕事を与えてやったのにこのザマじゃ。」
忌々しげに話す村長と心底残念そうな警官。
2人は立場上思うことは違うが、利害は一致しているのだ。
「応援が来たらすぐに収まるでしょう。彼らは山で鍛えられた精鋭ですから。」
「そう願っておるよ。ワシは戻る。何かあれば呼んでくれ。」
…………
「主任、女王さんはなんと?」
「どうやらオオバヤシさんがジジイを始末したらしい。」
同日午後、村の北側に位置するハチミツ製造所の事務所で6人の男女が話をしていた。彼らは村で名前を持つことを許されず、肩書で呼び合っている。
「あの方相手じゃ爺さんなんて一捻りだろう。」
「でもこれで警官とか自衛隊とかたくさん来ちゃうんじゃ。」
「だろうな。だがいずれはこうなってたさ。」
「虐待されて死ぬか、戦って死ぬかの違いでしかないわ。」
「死ぬんは嫌だな。苦しむのも嫌だけど。」
「幸い女王さんを始め、森の連中は好意的だ。いざとなれば逃してくれるようだしな。」
この6人は森の生き物達と意思疎通が出来る。
それ故に治安維持の為、ここに送られてきた。
いわゆる熊八と呼ばれる者達であった。
年齢は20代~40代で、全員学校にも行けなかった者達だ。
かろうじて主任と呼ばれる男は読み書きが出来たため、他の者達に教えたりもしていた。
村人達とは非常に折り合いが悪く、悪質ないじめ・虐待に在っていた。どうにか出来ないかと蜂の女王と相談した所、ハチミツの提供をしてくれた。
しかし欲に目の眩んだ村人達は自分たちの私腹だけ肥やし、熊八達の生活は変わること無く、虐待の日々は続いた。
そこでストライキに入って森で生きていくことを選んだ彼らだったが、村人達の軽率な行動は森に対しても同じだった。
山で生きる以上、普通はそんな事はありえない。だが富を得て傲慢になった老人達は、それに気がつく事はない。
そしてついに、森の生き物の怒りに触れて死人を出す事態になる。
「ともかく戦いの始まりだ。オレは周囲に結界を張りながら各種族と打ち合わせしてくるから、暫くは男達が村の警戒。女達は山菜採りで食料確保、副主任はその護衛だな。」
「「「わかりました!」」」
「「わかったわ!!」」
ここに森VS人間の戦いが始まろうとしていた。
…………
「今日も訓練ご苦労だった。お前たちは確実に成長している。明日の休日はきっちり休んで英気を養ってほしい。」
9月20日の夕方。特別訓練学校の生徒が教室に集められていた。教壇ではトキタ・ケーイチが生徒に向けて労いの言葉を掛ける。
「それと、1期生には朗報だ。来月に野外訓練がある。普通の学校で言うところの課外授業、林間学校ってやつだ。」
「「「まじで!?」」」
「「「ほんとに!?」」」
「学生という身分だが実際は訓練兵みたいなもんだ。勤続半年の休暇の意味もある。普通には有給休暇が取れないオレたちへのご褒美ってわけだな。」
「やったぜ!!で、場所は!?」
興奮してソウイチが立ち上がる。
「草津温泉を予定している。若い奴には物足りんかもしれんが、遊ぶのも疲れを癒やすのにも良いところだ。」
「山!温泉ってことは山よね!?山菜食べ放題!」
今度はヨクミが興奮して騒ぎ出す。彼女は海に住む異世界人だが、山菜が大好物なのだ。
「食事に関しては金に糸目を付けない約束をしている。楽しみにしておくがいい!」
「「「うぉぉおおおお!!」」」
「補充生達は留守番だが、君等も半年経てば同様に旅行できる。日々の訓練に勤しむようにな。では解散だ!」
大盛りあがりの中、解散を宣言して教室を後にするケーイチ。しかし生徒たちのボルテージは高まったままだった。
「ユウヤ先輩、良かったじゃないですか。メグミ先輩とヨロシクするチャンスですよ!」
「おま、でけえ声で何言ってやがる。あと先輩はよせって。」
「同い年でも先輩の方が半年早いですからね。来週からオレも実戦訓練なんで頑張らなくっちゃ!」
「おう、怖気づかねえようにな。マジでそれが大事だ。」
特別訓練学校には予定通り、随時超能力者を参加させている。だが座学はともかく、実戦訓練になると皆辞めてしまう。
その為1期生の8人以外はほぼ残っていない。
今ユウヤに話しかけた男子も来週はどうなるか。
ユウヤとしてはぜひ乗り切ってほしいところだ。
教官も彼らを奮い立たせるために全員に伝えたのだろう。
「ソウイチは意味もなく木刀とか買いそうだよな。」
「オレはコブシ派だからグローブかメリケンがいいな。」
「野蛮な豚野郎ね。私は糸と人形かしら。」
「お前また呪いの人形コレクション増やすのかよ!」
「うるさい豚野郎!貴方は水でも飲んでればいいのよ。」
「私は手鏡もありだけど、美味しいお菓子がいいな。」
「私もお菓子かな。ゴトーチのCDとかでも良いかも!」
「私は山菜の漬物を大人買いよ。モリトは荷物持ちね。」
「僕も饅頭とか欲しいから一緒に回ろう!」
「私は……なんだろ。ユウヤは?」
「うーん、時計?メグミは入浴剤とかどうだ?風呂はヨクミさんに借りられるんだろう?」
「それがいいかも!」
気の早い1期生達がお土産談義に花をサかせ始め、
補充生は羨ましそうにしていた。
…………
「これは一体どういうことですかな?」
「どうやら彼らは森を味方につけた様子。野生動物たちに阻まれて、製造所まで辿り着けません。」
2008年9月26日。
山奥の村にて村長は警官隊のリーダーに説明を受けていた。
彼岸の連休中は人員を確保に難があり、行えたのは偵察活動のみであった。
連休後に人員を揃えたが、森に入る度に野生動物たちに襲撃されてしまった。その結果死傷者が続出し、事態の解決には至っていない。
「村長さん、ここまで来ると特殊部隊や自衛隊案件だ。今の内に避難したほうが良い。今ならまだ村の出入りは出来る。」
「ワシらが居なくなったら、それこそ好き勝手にされるじゃろう。今年になって家を立て直した者も多い。それを滅茶苦茶にされるのは御免じゃ。」
「命あっての物種ですよ?」
「税金を払っとるんじゃ、警官さん達でなんとかせい!ワシらはここを動かんからな!」
「そう来るとは思ってましたけどね。忠告しないわけにも行かないもので。」
警官はレコーダーをONにしていた。これは証拠になるだろう。
「では本官は仕事に戻ります。御用の際はお呼びください。」
「熊八どもめ、飼い主の手を噛むとはなんという恩知らずな。」
警官が去った後、村長は鬼の形相で悔しがっていた。
…………
「とりあえずは勝利を収めることが出来た。皆の活躍有ってのことだ。皆、お疲れ様!」
同日、製造所の宿舎でささやかな祝勝会が開かれていた。
何度も襲撃する警官隊を退け、案内人の村人を倒す事も出来たのだ。
しかもコチラの犠牲者は0だ。動物たちはそうも行かなかったが、森自体が進化しており犠牲者も取り込まれて新たな生命の糧になった。
「主任の作戦がうまくハマりましたね。」
「だが油断はできないぞ、次はもっと強力な連中が来る。」
「そうね。でもきっと燃やされない限りはなんとかなるわ。」
「村の連中も火を使うほど愚かではないだろう。」
「そりゃ自分の首をしめるものね。」
「奴らの大好きなお金も燃えちまうもんな。」
「次、たとえ自衛隊でも1回はなんとかなるはずだ。こちらには地の利があるからな。だがそれ以降は怪しいだろう。」
他の5人は主任の話を黙って聞いている。戦力的には妥当な所だからだ。
「だからといって今逃げるわけにも行かない。森の連中にも都合ってもんがあるからな。だから次の大規模襲撃の後に撤退しようと思う。」
「それで良いんじゃないか?オレらも全員無事って訳にはいかねえだろうけど。」
「やっぱり銃よね。ピンポイントで狙われるもの。」
「いくら森が険しくなっても向こうも数が多いしな。」
「東のルートはゲリラ戦でなんとかするしか無いな。西のルートは険しい道しか無いから結界で迷わせて消耗を図る。」
「結局それだわな。」
…………
「各隊準備ヨシ!」
「時間だ。作戦通り、製造所への進行を開始する!」
10月8日、明け方。村に派遣された自衛隊は西と東のルートに別れ、さらに片側4班に分かれて行動を開始する。
1班は10名で本部を入れれば100人規模の投入だった。
東のルート(自衛隊はAルートと呼称)は村人もよく使うルートで、多少遠回りだが迷うことなく進めるルートだ。ただし、相手にも見つかりやすく、確実な襲撃が予想される。
西のルート(Bルートと呼称)は深い森と崖があり、険しい道程だ。こちらは正に相手の領域であるが、製造所へは近道だ。
本来はこちらは最低限の防衛だけのつもりだったが、予定よりも人員を割かずには居られなかった。
村人が避難してくれていればこちらはあまり必要なかったのだが、彼らは金と権利とトシのせいで命に鈍感になっている。。
そして東ルートのエリア1。
1つ目の班が前面に横列で5人ずつ先へ進む。
もう3つの班が縦列で後を追う形をとっていた。
途中で現れる大型ムカデや巨大化した文鳥のような鳥をショットガンで排除しながら進んでいく。
「出たぞ!カマキリだ!!情報通り、デカイのも居る!」
「投げ物行くぞー!!各班、突撃準備!!」
3mを越そうかという巨大なカマキリと、その取り巻きの小型(といっても体長1m)のカマキリに向かって各種グレネードを投げる。
「今だ! B班からD班、すり抜けろ!!」
怯んだ敵の群れを意に介さず全力ですり抜けていく自衛隊員。各班の最後尾が強力な殺虫剤をばらまいて奥へと進む。
殺虫剤に追われて逃げるカマキリだったが、そこへ居残ったA班が足止めをする。
「おっと、ここは行き止まりだぜ!銃撃用意! 撃てーーーッ!!」
ズガガガガガガッ!!
「みたかバケモンめ! ここでお前たちはオシマイだ。」
しかし傷つきながらも、カマキリ達の勢いは止まらない。
大きく振りかぶったカマは隊員に負傷者を出していく。
首を狙った一撃であるが、厳しい訓練に耐えてきた者達は
そう簡単にはやられたりしなかった。
「各員、他の班が帰ってくるまで持ちこたえろ!何なら倒してしまってもいいが、死ぬのは許さん!」
A班のリーダーが指示を出す。そう、この戦いは殲滅が目的ではない。
森の驚異をそれぞれの班で抑えつつ、D班を製造所へ届けるのが目的だ。
目標K(熊八)を確保できれば森の生き物達も止まるはず。
そう考えた隊の責任者が敵の殲滅ではなく、ルートを確保する方針に切り替えたのだ。
本来なら6班にて行動するはずだったが、前述の理由により最低限の4班しかいない。
そしてその事が仇となる。
「うわああ、離れろ!クソッ!」
エリア2にて、隊の側面から巨大蛇達の襲撃に遭う。
蛇たちは3匹単位で行動し、隊員たちを撹乱する。
その肌ツヤは怪しく輝いており、もしかしたら若い女性のブランド物のハンドバッグに需要があるかもしれない。
しかし今そこにあるのは需要ではなく命のやり取りだ。
「くらえ!」
無事な隊員が銃撃を開始し、噛まれ纏わりつかれている隊員もナイフなどで応戦している。
やがて蛇が動かなくなると負傷者の手当を開始するが、再び部隊から悲鳴が上がる。
「ぐああああああ!」
「気をつけろ!蛇の連中死んでないぞ!!」
「脱皮?擬態か!? ともかく撃ちまくれーッ!
蛇の中からは酷くオゾマしい姿の化物が次々と現れていた。
(さすがアオダイショウの旦那達は強いぜ。この分なら相当数を減らせそうだ。)
少し離れた木の陰から熊八の1人、平社員の男が覗いていた。
ヒラ男熊八……覚えにくいので熊八その3でいいか。
彼は侵入者達の監視であり、上との連絡役でもある。
「このままではマズイ、焼夷弾を使え!!」
(げ、マジかよ!あいつらここが山の森だって事を舐めてるのか!?)
熊八その3の心の声など届かず、森の一部が燃え上がる。
(仕方ない、ここは更に動揺させて沼地にでも誘い出すか。)
心を決めると猟銃を構えて先程指示を出していた隊員を狙う。
ズガァァン!!
「ぐペッ!」
「班長ッ!」
「あそこに人がいるぞ!オレたちは人間だ!撃つな!!」
「逃げ出したぞ! C班、無事なやつだけ追ってくれ。」
「D班は負傷者の応急手当だ。」
B班の班長が撃ち抜かれて死亡し、それぞれ半壊したC・D班の班長が指示を出す。
残されたB班は周りを警戒している。この時点での損耗が激しい為、撤退の相談も出ている。
「追ってきてるのは6人ってところか。」
熊八その3は森の奥へと彼らを誘い出し、やがて沼へ辿り着く。ここらは人が入らぬ場所であり、蛇たちのナワバリだった。
草が生い茂り見分けのつきにくい沼を大回りして対岸で止まる。そこへ追ってきた6人が駆け寄り沼にハマる。
「ぐっなんだ? 底なし沼か!?」
「くそっこんな単純な罠に!!」
「おいお前、何者だ!」
「……名前なんて無いよ。村のジジイが肥溜めに捨てたからな。」
「何でこんな事をする!きちんと話し合えばいいだろう!」
相手を気遣うようにも取れる自衛隊の言葉だが、熊八その3からしてみれば逆効果だ。
「話っていうのは罵倒のことか?暴力のことか?オレたちはその様に育てられた。だから教わった通りのやり方で相手をしてるんだぜ。文句があるなら村長に言え。」
「なんという村だ。狂っていやがる。」
「ホント、そう思うよ。そして狂った村長の手先がお前たちだ。」
猟銃を構える熊八その3。何かを投げつける自衛隊員。
ズガァァン!!
沼にハマった6人のウチの1人を倒す。
しかし足元から衝撃を受けたと思ったら熊八その3は意識が飛んだ。
ドォォオオオン!!
グレネードが爆発して熊八その3の身体がズタズタになった。
残りの5人の隊員は必死に陸に戻ろうとするが彼らは忘れていた。ここは森の奥地で蛇のナワバリだ。追いついてきた巨大蛇に噛まれながら陸に戻され、ランチセットの一品として楽しまれてしまった。
…………
「ちっ!空からってのは想定外だ。」
ハチミツ製造所の宿舎前は騒然としていた。
上空にヘリが現れ6人の自衛隊員が降下してきたのだ。
生まれてこの方この山から出たことがない連中だ。
多少頭が回ろうが、知識に無いものはどうしようもない。
ここには主任と副主任、ヒラ女熊八が……熊八その5が居る。
あと2人の熊八の男女(熊八その4と6)は西のBルートを担当している。
「目標Kを複数確認! これより交渉に入る!」
「オレたちをどうするつもりだ?そんなものを向けて。」
隊員は銃を向け、すでに熊八達も臨戦態勢だ。
「誤解しないでいただきたい。我々はあなた方の保護を――」
「捕獲、確保の間違いでは?その先にあるのは終わりのない苦しみだ。」
「それは我々の権限の及ばないところだ。」
「結局その程度なのさ。オレもあなた方も。」
『だからオレたちが援護するのさ!』
ズガァァァァアアン!!!!
その時近場で爆発音が響き渡り、衝撃が襲う。
ヘリコプターが製造所の中央を縦断している川に堕ちたのだ。
ヘリコプターはそのまま勢いよくバウンドして下流の川岸で止まって炎上する。
そのバウンドの際に、製造所の東西を結ぶ橋にぶつかり破壊していた。
上空で待機していたヘルコプターに奇襲を掛けたのは、カラスの突然変異体だった。見た目はニワトリなのだがカラスらしい。そのカラス?達は上空を旋回していた。
「助かったよ帰国子女のカラスさん!」
降り注ぐ川の水と振動でよろける自衛隊員の隙きをついて撤退し始める熊八達。
「こいつでも喰らいなさい!」
熊八その5が粉、いや胞子を投げつける。その胞子はバラ撒かれた水を吸って巨大化する。
「うわっなんだこのキノコは!!」
「やめろ、噛むなーッ!」
この土地特有の殺人キノコ、「逝き先はあの世茸」である。
時には骨をも砕く歯を持つキノコであり、相手の攻撃に反応してカウンターを決めてくることもある。
「主任達は先に行ってください。ここは私が!」
「無理すんなよ!!」
更に北にある洞窟を目指して主任と副主任は走る。
隊員達は拳銃やナイフでキノコを倒していく。
「ならオカワリはいかが?」
井戸から水を汲み上げて桶に胞子を入れて投げる。
当然力不足で届かないが、熊八その5との間にキノコの壁を作る。
充分な厚さの壁を作るとさっさと向きを変えて走り出す。
「これで私も失礼させてもら、キャッ!!」
ボォォオオオオン!!
ポンという音の後に爆音が響くが、それとほぼ同時に熊八その5の身体が吹き飛ぶ。その風に押された先は井戸の中だった。
隊員の1人がグレネードランチャーを放ったのだ。
その様子を見たカラス達が隊員に突撃して胸や頭を貫いていく。全死・瀕死の重症を負った彼らは残りのキノコたちの栄養分となった。
…………
「今の音は何!?」
主任達が居た宿舎の反対側にある事務所で、撤退準備を進めていた女の熊八その6は恐怖に震えた。
「デカイ鉄の塊が落ちてきたんだ!橋も破壊された。ここはもう良いから洞窟まで下がろう!」
そこへ熊八その4が駆けつけ撤退を促す。
「主任達はどうなったの?」
「恐らく逃げたはずだ。キノコの壁が見えた。」
「わかった、すぐ行く。」
西のBルートは森に結界をはって迷いの森と化していた。
その中で自由に動ける狼軍団が自衛隊を苦しめていた。
例えそれを突破しても崖を超えた先は鳥達のナワバリだ。
そう簡単にはここには来れないだろう。
事務所を出るとニワトリ型のカラスがやってきて情報を渡す。
『おいお前たち、主任達は逃げたが1人の女が井戸に落ちた。』
「なんだって!」
『生きているみたいだが大怪我をしている。井戸の地下通路からなら助けに行けるんじゃないか?』
「私が行くわ。あの子は友達だもの。」
ここにある井戸は全て水で埋まっているわけではなく、某RPGのように通路が用意されている。
とは言え人工物ではなく、天然洞窟だ。
昔、橋が出来るまではそちらで移動していたらしい。
「山菜から作ったクスリならあるわ。行きましょう。」
「カラスの兄貴、情報ありがとう。」
『良いってことよ。だが気をつけろよ。今回の敵はお前たちの手に余る。生きるのを最優先でな。』
「「はい!」」
こうして2人は地下へ向かうのだった。
…………
『今回は派手な戦いになったようだなニンゲン。』
「お騒がせして申し訳有りません、女王。」
同日夜。ハチミツ製造所のさらに北。
その洞窟にて女王蜂と主任・副主任は面会していた。
『どうやら5体満足なニンゲンはお前たち2人だけのようだ。1人は沼地にて爆死、1人は爆風に煽られ井戸に落下。後の2人はその落ちた女を助けに行っておる。』
「くっ……やはり犠牲なしには行きませんでしたか。」
「オレたちだけ逃げ延びてしまったか。」
『オオバヤシも死んだようだな。だが諦めるのは早いぞ。森が命を吸い取っている。此度の犠牲を吸い上げ森は再生する。』
「おおっ、やはり森は偉大ですね。命の尊さを感じる。」
「オオバヤシの旦那でもやられたのか。」
『なに、ヤツも命を吸い上げパワーアップしておるわ。だがお主達は戦いはここまでにしておいたほうが良いだろう。負傷した仲間と合流したら、別の土地へ逃げるが良い。』
「オレ達もそうしたいんですけどね。このままじゃいけない気がして。」
その時洞窟内にもかかわらず、強力な光とともに1人の女が現れた。
「はーい、こんばんは! 私はハーン総合業務の者です。所謂何でも屋を経営してますわ。」
「「何者だ!?」」
「今言ったじゃない、おばかさーん。」
『それで、その何でも屋が何の用だ?』
「あなた達はどうやらお困りの様子ですので、お手伝いが出来ればなと思いまして。」
「お前のような怪しい女に……お前人間じゃないのか?」
その女は少女のようで、熟女のようで、若い年頃の女性のようで。目まぐるしく印象が変わる相手に戸惑う熊八達。
そのまま口八丁で契約をもぎ取りご満悦の社長。
「契約成立ね。明後日辺りにウチのスタッフが来る予定だから彼に頼めば大体のことはやってくれるわ。」
こうして異界の領主こと、ハーン総合業務の社長は後がない者から依頼を取るのであった。
今回も常人には理解できない計算の上でここに現れたのだ。
本当に神出鬼没なのは魔王ではなく社長の方かもしれない。
…………
「トキタ君。君の所の生徒達、明日実戦投入することになったからよろしく頼むよ。」
10月9日。特別訓練学校の事務室に1本の電話が入った。
対魔王に力を入れている政治家の先生だ。
ミキモト教授ともつながりがあるらしい。
「ウチの1期生はまだ訓練して半年ですよ?だいたいまだ子供で――」
「君の意見は聞かずとも解る。だがこれは決定事項であり議論の余地はない。よく考えたまえ。自衛隊でも倒せなかった相手を新人が倒せたなら、価値が上がると思わんかね?」
「うぐっ、それは、はい。」
「ならそうしたまえ。解決後にそのまま休暇を取るが良い。子供たちの正式採用の祝いも兼ねてな。」
「わかりました。失礼します。」
(急にこんな事振られてもな。この内容だとカバーストーリーも必要になるなぁ。)
資料を送られて頭を抱える教官様。
休暇は倍は頂くことを決心するケーイチであった。
…………
「あなた!今話題のハチミツが欲しいだけど、明日にでも買ってきて貰えませんか?お願い!」
10月9日。魔王邸にてマスターに、妻の○○○がおねだりをしていた。
パンケーキに家族全員がハマってしまい、
1日に食べる量を制限する事態にまでなっていた。
いくら太らないからと言っても朝から晩まで誰かがモキュモキュ食べていたら見てるだけで胸焼けする。
そこで最近は食べる回数を減らす代わりに、質を高めようという動きが女性陣に見て取れた。
議論の末、高級なハチミツを使えばより美味しくなるのではという結論になったのだ。
おねだり現場の後方では使用人全員とキリコ、そしてセツナも期待の目でこちらを覗いている。
「通販とかじゃ駄目なのかい?」
「通販サイトでは全部売り切れていたので、直接買い付けたほうが良いんじゃないかと思って。」
通販ではいくら日本の宅急便が優れていると言っても異次元宇宙に在る魔王邸には届かない。ダミーの部屋を借りてあり、そこで受け取るのだ。
「お願い!色々サービスするから。」
「なるほどな。わかった、明日行ってくるよ。」
「「「やったーー!!」」」
色々なサービスと言う言葉と妻の可愛らしいおねだりに、あっさり陥落するマスターであった。
お読み頂きありがとうございます。