表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/120

34 イナカ その1

 


「はーい、これで大丈夫だよ。今日はもう安静にしててくださいね。」


「そうしたいんだけど、畑もあるしのう。熊八がきちんと仕事していれば、こんな事にはならんだのに。」


「うーん、珍しいですね。あの方は真面目に仕事をされているように見えましたが。」


「所詮兄ちゃんも余所者だからのう。村のもんにしか見えないものが、たくさんあるんじゃろう。」



 2008年9月8日。

 群馬県の山奥、県道から3kmほど森に入った場所にある村。人口は少なく、若者も少なく、その土地を知る者も少ない。

 村の中央に川が流れ、生きるだけなら出来るといった田舎村。事情を知らなければそんな印象を受けるだろう。


 正式な名前も忘れられたその村の診療所で、老人が医者に手当を受けていた。ハチに刺されたらしい。


「ヨソモンねぇ。そりゃ8割老人なこの村じゃ、ご新規様は難しいだろなぁ。オレが若手に見えるくらいだし。」


 老人が帰ってからお茶を飲みつつヨソモンさんは考える。


 40手前のこの医者はあまり健康的とは思えぬ細身で、田舎で療養しろと言われて1年前にこの村に来た。

 何でも前任者は逃げてしまったようだ。


「逃げたくもなるよね。毎日毎日やれワカイモンは、やれヨソモンは、って良いように扱われちゃなぁ。熊八さんよかマシなんだろうけど……」


 この村周辺は人間・野生動物問わず、突然変異体が現れる。動物は奇妙な生態系を築き上げ、森が危険地帯になっている。


 人間の場合は周囲の動物とも意思疎通が出来るようになる。だが大抵は醜く、性格も根暗な者がなることが多い。


 ”善良”な村人達はそういった者達を「熊八」と蔑み、村の北側の土地へ追いやるのだ。


 動物などが村へ入らないよう説得し続けろと言うことらしい。一応生活雑貨は届けられるが、良い待遇とは言えないようだ。


 そんな生活の中で彼らは蜂の群れと話をつけたらしく、今年になってからは蜂蜜を大量に手に入れた。


 その蜜が高品質でウマイとの事で少しずつ近隣の観光地等で売りに出すようになった。最近では売り切れ続出で追加の依頼ばかりだと聞いている。


「しかし妙だなぁ。森のナワバリならともかく畑で攻撃を受けるなんて今まで無かったぞ?」


 まぁ、いいか。と診療所のドアに休憩中の表示札をかけて外の溜池にタバコを吸いに出るヨソモン医者であった。


(ヨソモンのオレには発言権なんてないしな。村長以下、自称偉い人達がなんとかするだろう。)



 …………



「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」


「よく来たな、馬車馬の如き労働の後の糧を求めし者共よ!この漆黒のキリコ・ヴォーパル・シュガーが導いてやろう! 今宵は魔女の窯より地獄の蜜が溢れだし――」



 9月10日夜。水星屋にいつもの声が響く。

 夕飯時なので既に客席は満席である。

 だがここ数日は店内の様子が少し違っていた。


「すみませーん、こっちキリコの”別腹”お願いします!」


「こっちもキリコの”別腹”3段で!」


 別腹の注文が入るとキリコはすぐにパンケーキを焼いて、

 バターとハチミツの香る一皿をつくると届けて回る。


 例のアメリカ土産でパンケーキにハマったキリコが、店のメニューに追加してしまったのだ。


「はーい、別腹と別腹3段でーっす。」


「「美味しそーーー!」」


「おいおい嬢ちゃん達よ。そんなに甘そうなの食ったら太るぞ。来週には立派な3段腹だ。3段だけにな、わははははは!」


 オヤジギャグを発したした化物さんが、女の子一同に呪いの視線を向けられるが本人は気にしてない。


「お客様ー?この店は太らないのが特徴です。甘い物をたくさん食べられる女の子の夢の店なんです!そういう無神経な態度はいけません。許されたくば押し売りを注文するのです!」


 キリコが女の子代表で諌めにかかる。

 ちゃっかりキリコの”押し売り”も強気でオススメしている。


「お、おう。すまねえ。押し売り2つ頼むよ。」


「はい、お待ちどう様ッ」


 キリコの迫力に押されて2人前注文する化物さん。


「すみませーんこっちも別腹3段お願いしま―っす!」


「はいどーぞ!」


 小型の妖精族の女の子の前にパンケーキ3段重ねが置かれると、彼女はケーキの上部に頭から突撃してパンケーキに埋まる。まるで有名な怪盗ダイブだ。



「もぐもぐ、甘いの幸せーー!!」



 幸福の声を上げて食べまくる妖精さん。しかし――


「んぐうぐーー!!」


 変な声を出しながら急に足をバタバタさせ始める。

 これはいけないと一瞬で移動して足を掴んで引っこ抜くマスター。


「ちょっと、人が喜びに震えてるのに何で邪魔するの!?」


「ええー?てっきり窒息してるのかと……」


 ガルルル!とこちらを威嚇する妖精さんが可愛い。

 昔飼っていた桜文鳥のような挙動に思わずほっこりする。


「申し訳有りません、こちらお詫びの品です。」


 そういってドリンクとパンケーキ1枚を追加で渡す。


「わーい!話がわかるじゃない。マスター最高よ。」


 そう言って再度パンケーキに埋もれる桜文鳥、いや妖精さん。髪も羽根も服もべたべただ。


「妖精さんの焼酎はちみつバター割りって売れるかな……」


 あらぬ妄想を口に出してしまい慌てて手で抑えるが手遅れだ。


「「「マスター、ぜひ作ってくれ!!」」」


 男客がテンション上がって焼酎を注文し始める。


『駄目よあなた。もし別の汁が入ったら良くないわ。』


『ごもっともです。』


「今の妄想は忘れてくださ―い!代わりにシメのとんこつラーメンを値引きして……あれ?」


 店内に張ってあるメニューを見ると、ラーメンの場所に「キリコの”別腹”300○」と張り紙がされている。


「キリコ、なんでウチの看板メニューを隠してるんだ?」


「シメのメニューだし見やすいかなって。」


「せめてお茶漬けセットの方を隠してくれよ。ラーメン隠したら何屋だかわからないじゃないか。」


「お茶漬け隠すとトウジさんとか和風好みなお客さん達が泣きそうな顔をするんだもん!」


「お前な、ウチはラーメン屋であってパンケーキ屋じゃないぞ?」


「でもいっぱい売れてるよ?麺より小麦粉消費してるくらいに。」


「そういう問題じゃなくて、店の方針を見失わないでくれ。そんなんじゃ何時になっても1人前になれんぞ。」


「すぐ剥がします! 剥がしました! 」


 1人前という単語にビクンと反応して、大慌てで剥ぎ取りにかかるキリコもなかなかの可愛さである。


「ラーメンの麺だって良い物仕入れてるんだから、妙な真似はしないでくれな。」


「わかりました、マスター。」


 店内で手打ちしているわけではないが、国産小麦で作った麺を製麺所から仕入れて使っている。


 ラーメンに限らずこの店の材料は国産の物がほとんどだ。

 ワイン等のお酒は輸入物もあるが、安全重視なのだ。


 とはいえ悪魔屋敷での営業のため、ソッチ向けの材料もあるにはある。


「マスター。今宵も盛況のようだな。いつものを頼む。」


「いらっしゃいませ、当主様。」


 いつものように特製ハンバーグセットを用意する。

 これは当主様用の肉とソースを使っており、

 人間に出すと大惨事になる可能性がある。


 ちなみに人間用のは、手作りハンバーグセットと表記され、

 休日の営業時には特製の方はの方は隠している。


「最近はパンケーキが流行っているようであるな。」


「ええ、海外のお土産でキリコががハマりましてね。」


 実際はキリコだけじゃなく、家族全員ハマっている。


「よろしければお土産に持っていきます?時間凍結すれば焼き立てを食べられますよ。」


「うむ。頼んだ。ところで新しく武器を調達したそうだな。神を退けたと聞いたが閻魔の目は大丈夫なのか?」


「問題ない。私自ら観察することになったからな。」


「いらっしゃいませ、閻魔様。水星屋へようこそ。」


 閻魔様が来店して話に入ってくる。当主様の隣に座ると食券を渡してくる。


「はい、お待ちッ!」


 ビールと唐揚げと枝豆が閻魔様の前に並ぶ。


「姫さんはハンバーグか、肉を食うのは良いことだ。」


 当主様は身体が小さいが故に、少しでも成長するように肉を食べている。結果はともかく挑戦する姿勢は大事だろう。


「こんばんは、閻魔さん。自ら観察ってどういうことです?」


「危険人物を野放しにはできんからな。とはいえ、今までと何も変わらんよ。地獄の民でもマスターとはやりあえん。」


「恐縮です。その節はいろいろと……」


「あれはこちらの落ち度だ。気にするな。」


 魔王事件でやりすぎと判断されたマスターは強制的に地獄送りにされそうになったことがある。


 だがマスターは大人しく従うわけもない。

 地獄設備の1/3を破壊したところでこの閻魔様に取引を持ちかけられた。さっさと現世に帰ってくれと。


 交換条件で銃の没収をしたが、あくまで体裁のためだ。その時にメルアド交換して交流が始まったのである。


「あの時何としても止まってもらわねば、地獄は終わっていた。あの時の狂犬みたいなお前と今のマスターが同一人物とは思えんくらいだ。」


「マスターはたまに人格おかしくなる。用心するに越したことはない。」


「オレってそんなに!?相手と世界のルールに則って、謙虚に行動しているつもりですけど。」


「「だからだろうな。」」


「……まぁ、多少自覚もしてますけどね。」


 相手に合わせるということは、相手の言動次第でどこまでもやらかすという事だ。


 よくあるぶっ殺す発言などしようものなら大惨事確定である。人質など取ったら阿鼻叫喚の地獄絵図も待ったなしだ。


 それでいて代償を受けないように逃げ道を用意するあたり、だいぶ外道社長の教えが効いていると言うことだろう。


「閻魔様、よろしければこちらもどうぞ!」


 雑談しているとキリコが寄ってきてパンケーキを提供する。


「これが噂のヤツか。甘い香りがして美味そうだ。」


「ふっふっふ。蜂蜜とバターとふんわり食感で、閻魔様といえどイチコロですよぉ。」


「うむ、これはたしかに美味いな。だが酒の席では組み合わせが難しいだろう。土産に3枚ほど包んでおいてくれ。」


「承りましたっ!別腹3枚お持ち帰りですね。」


「キリコのやつ、少し商売が上手くなったのではないか?」


「ラーメン屋らしいメニューで上手くなってくれると嬉しいのですけどね。最近は洋菓子屋みたいになってます。」


「マスターよ。私は和風が好みでな。今まで通りで良いぞ。」


「我もだ。我は量は食えぬが、この店の味は格別だ。」


「お心遣い痛み入ります。〆のラーメンはサービスしますね。」


「「うむ、ありがたい。」」


 そろってラーメンを食べる2人はいい画になった。



 …………



「アアアア、私も時間を止められるようになりたい!そしたらぐっすり寝る!1ヶ月くらい寝る!」



 9月12日。

 喫茶店サイトのカウンターでトモミが酔っていた。

 隣には旦那のケーイチが座り、正面ではマスターのサイトウがおかわりのカクテルを作っていた。


「気持ちはわかるけどな。この1ヶ月で10箇所近い紛争地域を見て回ったんだ。それで成果なしじゃ溜まったもんじゃねぇ。」


 ケーイチが妻の気持ちを汲むが、同行した彼も声が疲れている。訓練学校を一ヶ月も開けておいて何も見つからなかったのだ。その間は代役を立てたので生徒たちの指導には問題はない。


「お主ら、ご苦労だったな。どんな塩梅だったのだ?」


「どこもかしこも、○○ちゃんの破天荒ぶりが聞けたわよ!でもどこに行っても誰に聞いても何もわからないまま!」


「生身でジャンプしてヘリコを奪ったとか、クラスター爆弾に嬉々として飛びついたとか、グレランで花火大会したとか。」


「あやつ、本当に人間じゃないのではないか?」


「第一、何日も経ってるのに残留思念を追えるわけないのよ。毎日人が死んでいる地域なのよ!?○○ちゃんは時間干渉で調整できるけど、私じゃ生の声しか精度を保てないんだから!」


「マスター、すみませんね。毎日銃声聞いてストレスが……」


「無理もない。あやつの次元バリアならともかく、今のお主達は防御が心もとないからな。神経も使うだろう。」


 地下モールで敵に言われたのと同じ事を言われる。

 実際広範囲の爆撃などされたら一溜まりもないのが事実である。


「こちらでも調べておったのだが、奇妙な話を聞いた。紛争地帯にあやつが現れた日、太平洋上で何か有ったらしい。」


「何かって何です?あの日と同じならアイツ絡みで?」


「それがとても信じられん話なのだが、核と思わしき飛行物体がとある海域にむけて少なくとも10発は撃ち込まれたとか。」


「ふぇええ!?でもそんな大きな話、ニュースでやらないはずが無いと思うんれすけど。どーいう事れすか?」


「ネットで先生に聞いてみてもそんな話ないですが。」


「うむ。普通ならありえんが5カ国の支部の諜報員からの情報なんでな、気になっておるのだ。」


 サイトは国内だけでなく、海外にも幾つも支部を置いている。

 アメリカやロシアは勿論、ヨーロッパ各国にも存在している。


「諜報員を信じるなら、核保有国が秘密裏にミサイルを撃ってそれを隠蔽しようとしている?何のために……」


「しんぷるに考えると、何も起きなかったんじゃらいれすか?」


「おまえは少し水でも飲んで休んでおけ。」


「いや一理あるかもしれぬ。全力で潰そうとした相手が居たが、起爆すら出来なかったのではないか?」


「ええっとつまり……あいつが海の上にいるという情報をお偉い方々が掴んで攻撃したと?そして全て無力化された?」


「紛争地帯に現れたのはその前兆、前フリの可能性もある。」


「それじゃー、わらし達はなんなんれすか?ただ振り回されてしんけー削って――Zzzzzz」


「寝ちまったか。だがトモミの言うことも最もだ。上の連中は何かを掴んでた。いつ?どうやって?」


「解らぬ。この件を辿ろうにも手がかりが無いのだ。まるで関係者は夢で神託でも受けたんじゃないかと思うほどに、パッタリと辿れない。ここまで何も解らぬなると、良いように手のひらの上で転がされているかのようだな。」


「また後手後手のグダグダか。如何にアイツに依存してたか思い知らされるぜ。こうまで上手く行かねえとはな。」


 サイトウは目の前の夫婦の様子を見ている。

 夫は八方塞がりで疲労困憊、妻も疲れ切って寝ている。


 この状態が続くのは2人には良くないし、結婚を手伝った○○○○も喜ばないだろう。


「もし、辞めたくなったら相談しろよ。お主ら2人ぐらいならオレの方で何とか逃がしてやれる。」


「!! そういうわけには……オレたちには責任がッ。」


「もしもの話だ、覚えておけ。選択肢の1つくらいは用意してやる。一応そういう立場にあるからな。」


 サイトウは真剣な顔でそう言うと、トモミの背中にかける毛布を用意するのであった。



 …………



「この町はいい立地ですね。適度に田舎なのが良いです。山も海もない分、人付き合いだけでいいから。」


「それが一番面倒だけどね。災害は殆どないのはどっちの意味でも都合がいいかな。」



 9月13日、某県某町。

 コジマ通信社の移住先の町にあるサクラ探偵事務所にマスターが現れ、社長のサクラと情報交換を始める。


「それで、町の方は順調かい?」


「概ねは。実権握っている方々も、今は様子見しています。」


「マスターさん、温かいものをどうぞ!」


「温かいものどうも、チーフ。良いお茶だね。」


 お茶を差し出すのは元スカースカ編集長、現チーフだ。

 元コジマ通信社の皆には正体を明かしてはいない。しかしこれまでの経緯から推測して、大人は全員察している。


「様子見という事は準備を整えている所だろう。こちらも派手に動かず、まだ裏で活動しよう。」


「そうですね。先制攻撃して痛い目にあうよりは、カウンターの方がマスターらしいかもしれないな。」


「ただ、何かあれば伝えてほしい。汚い仕事は慣れてし。そうだ、これお土産ね。みんなで食べてよ。」


「これは、パンケーキ? 甘くて美味しそう!」


「最近海外で武……いや行く機会があって、そのお土産だ。キリコなんて店のメニューに加えるくらいハマってる。」


「ありがとうございます!これ水星屋でも食べられるの?」


 早速みんなで分けてお茶を用意する一同。

 甘いものが好きなのだろうか。


「ああ、売れすぎたから1日10食の限定メニューにしたよ。キリコの3段腹……じゃない、別腹3段ってメニューだ。」


「今、ありえない言い間違いしましたよね。いくらキリコちゃんがマスター大好きっ子でも、それは許されないよッ。黙っていてほしくば情報プリーズ!」


「逞しくなったねぇ。ていうかオレの情報はもう、使い道が無いんじゃないか?」


「何時の時代も情報はチカラですから!この町での活動も、切り札のマスターの事は把握しておいて損はありません。さあさ、何をもってますかー?」


「この場では言えないから家に来るか?」


「ええもちろん。そのまま泊まりでも私は構いませんよ。」


 怪しい目つきでじゅるりとしているのは、パンケーキのせいだけではなさそうだ。


「逞しくなったねぇ。その気はないけど、ルール変わったからその説明も家でしよう。」


 喜ぶサクラと周りで囃し立てる社員たち。

 その期待には応えるつもりはないが、応援されるほど慕われているサクラに感慨深いものを感じるマスターだった。



 …………



「へー。ベッドタウンから田舎町にねぇ。」


「カナさんだって電撃移籍じゃないですかぁ。」


「カナさんには正直驚かされたわぁ。今年は女の子が増えて気が気じゃないものぉ。」



 露天風呂にてカナと○○○と一緒にのんびり浸かるサクラ。

 魔王邸に来てドタバタとした挨拶や雑談の後、デリケートな話題はお風呂でとなった次第である。


(奥さんは相変わらず綺麗だし、カナさんのこのお肌!)


【理想の赤髪】【理想の肌】【理想のB】【理想のお腹】

【理想のワザ】【理想の……


 思わずチカラで見てしまってハッとなる。何この理想シリーズ。


「ははーん、サクラちゃんいやらしい事考えてますねー。」


 サクラの腕を取り二の腕をぷにぷにしてくるカナ。


「い、いえ。そんなことはー。」


「サクラさん、カナさんは色々お見通しよ。貴女が事実を暴くのと同じで彼女は心に触れるの。」


「チ、チカラ持ちですか!?」


「そそ。だからお姉さん、何でもお見通しだぞ―?サクラちゃんは旦那様が大好きすぎて、週に5日は慰み者にされてる妄想してるわねぇ。」


「んなななななななな……」


「サクラさん、そこまで拗らせてたのね。ごめんね、もっと早く手術していれば……」


 わざとらしい泣き真似でヨヨヨとなる○○○。


「私の性癖はオペレベルですか!?」


「それは冗談だけど、ちょっとルール変更があってね。きちんとルールを守れるなら、シてもいいよっていう。」


「奥さん詳しく!!」


 ザブンと音をたてて立ち上がるサクラ。目の前に桃色の逆三角形が現れ、ほう、とじっくり観察するカナ。


「でもがっつくと大変なことになるかも。今の旦那ってカナさんのお陰で夜が凄いもの。」


「先日は無双してましたものねぇ。私もここまでなるとは思いませんでしたが、お世話した甲斐がったというものです。」


「どういう事!?」



「私は旦那様のお痴ん痴んのお世話の為に働いてるから!」



「ブフーッ!」


「サクラさん、はしたないわよ。」


「うぅ、はしたないのはカナさんだと思うけど。」


「さてサクラさんもカナさんの洗礼を受けたことだし、ちゃんとした説明に入りますか。」


「奥さん。アレ、決め台詞かなんかですか?」


「以前、あれで全員ノックアウトされてるわ。アレなのに一番仕事が出来るのもカナさんなの。」



(この世は狂っているのか。いや狂ってたわ。)



 その後は交際契約とトリプルエイチの説明を聞いて、今後の作戦を立てるサクラであった。



 …………



「それで、話ってなんだい?」



 魔王邸のサクラに充てがわれた客室で、風呂上がりの彼女はバスローブを取って下着姿を晒す。そして躊躇もせずに、しかし丁寧に下着を外す。それなりにスタイルの良い裸体がマスターの前に晒された。


「マスター、貴方の目から私はどう見える?」


「よく計算されてた。オレの好みに合わせたか。」


「こーゆー時はキレイとか何とかだけで良いんですけど。」


「そうだな。綺麗だと思うよ。」


「うんうん素直でいいわね。マスターにはちゃんと見せていなかったから、今日は見てもらいたかったの。他の子のは全員見たのに私だけ出遅れてたからね。」


 彼女の実績(?)はせいぜい、お遊び用ステルスの誤爆で服が半分透けたのを見せたくらいだった。後は水着や下着どまりである。


「それで、このまま先を望むつもりかい?」


「多分駄目、私はまた抵抗するかもしれない。自分でもそんな気がする。だから、契約書はまだ要らないわ。」


 サクラは自分の体が震えているのを自覚している。

 過去の、親しい関係を作れないトラウマの影響だ。


「だからマスター。私にはトリプルエイチの会員証をください。」


「なるほどな。そっちの方がサクラには向いているかもしれん。」


 サクラは解っていた。マスターが自分に手を出さないのは、自分が未だに過去を引きずって前に進めてないからだ。


 チカラが強化されてなお、男と親しくなるのが怖いのだ。

 仕事ならロールプレイでこなせるが、恋愛は無理だった。


 だからトリプルエイチ、コース毎に別れた体験を重ねれば自身の心を克服できるかもしれないと考えたのだ。


「わかった、ただしコースは健全からね。慣れてきたらランクアップしていこう。それでいいかな?」


 会員証を渡すマスター。大事そうに受け取るサクラ。

 その物言いから、やはりこれで正解だったのだと確信する。


「はい、お願いします。これでまた一歩進みます。」


「どういうことか聞いてもいいかい?」


「私、チカラが強化されて前以上に解るようになったんです。私のココ、デーモンメイデンになりました。悪魔ですよ悪魔。もう、貴方しか私を大人に出来ないんですよ!」


「責任を取ってもらうための努力ってことか。」


「もちろん最終的には う、産んで育てたいなって……」


「お、おう……こほん。その努力の手伝いはするよ。」


「やったー!マスターのテレ顔ゲット! ヒィッ!!」


 結局余計なことを言って睨まれるサクラ。

 ハダカなのもあって下がちょっとピンチだった。



 …………



「条件は出揃った!あとは踏ん張るだけ!」



 9月16日。今日もサクラは探偵業に勤しむ。これからは月に2回もマスターとのヒトトキを楽しむことが出来る。


 それは自分とマスターの未来が交差することに繋がる。

 交差するだけで合流は出来ないけれど、近くを走ってはいける。


 今日も田舎町を駆け巡るサクラだった。



「社長、便秘だったのか?」



 しょうもない社員その1のセリフは全員スルーした。が、年末の忘年会でバラされる事になるがそれは別の機会の話である。


お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ