31 オセワ その2
「シオン、君には口八丁でお偉いさんのアポを取ってもらいたい。」
2008年8月6日朝。前日に何やら大変な情報を見つけたマスターが、その旨伝えるために誰かにアポ取りしようとしていた。
「ク、クチですか!? 私にはまだ早いような……でも断ったらもしや降格!? どうしよう。」
「何を言ってるんだ。」
「だってユズちゃんが、マスターはクチでごにょごにょが好きだって。」
その瞬間、昨日の午後の出来事を思い出す。
(あ、これアウトじゃない? 何広めてくれてんの?)
実は原因は夫婦のオイタにあるのだが気がついてないマスター。
「そういうのはそこまで関係を進めてからだ。それにもう、家族扱いにすると言ったんだ。家族に降格もなにもないだろう。」
自分で降格がどうとか言い出しておいて棚に上げるマスター。ホント、しょうもない男である。
「そ、そうですよね。まずは手を繋いでデートからです!」
「初々しくて良いが、まずは仕事だ。この番号に掛けて会う約束を取り付けてくれ。」
携帯とメモを取り出してシオンに預ける。
「NTグループの会長さん?かなりの大手ですね。マスターって意外な人脈がありますよね。」
NTとはネクストタイムの略である。
今回だけでなく、また今度の取引もよろしく。
という意味で付けられたらしい。
「サイト時代の知り合いなんだ。戦友ってやつだね。」
過去に世界中の薬品工場を襲撃した武装チーム。
それを結成したのがNTグループだったのだ。
…………
「はい、どちら様でしょう?」
NTグループの会長宅に一本の電話が入る。
受話器を取った使用人が不思議そうに応対を開始する。
直接ここに掛けられるものは限られており、さらに朝イチともなれば ほぼ会社絡みの話だろう。
しかしディスプレイの表示には登録者どころか
番号も表示されていなかった。
『私、とある方に仕えるシオンと申します。NT様のお電話でお間違えないでしょうか。』
『シオン、それは会社名で会長はコンドウさんだ。』
「ッ!!」
横から入ったツッコミの声で息を呑む使用人さん。この声はどこかで、いやまさか。
『失礼しました。コンドウさんのお電話でよろしいでしょうか。』
「はい。コンドウ宅でございます。どのようなご要件でしょうか。」
『私の仕える方が、重要な情報をお伝えしたいと申しております。可能ならば会長様にお目通りをお願いしたく存じます。』
「面会の希望ですね。その情報主様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
『お名前……は無理のようですが、かつての戦友だと言えば解ると聞かされております。』
「ッ!!」
ドクンと胸が高鳴り頭の血行が良くなる。
どうやら会長さんの前に使用人さんの方に心当たりがあるようだ。
「ご、ご希望のお時間とかはありますか?」
『えっと? いつでも良いそうです。可能な限り早い方が、お伝えする情報が役に立つそうです。』
「少々お待ち下さい。すぐに確認して参ります。」
動揺しつつも丁寧な応対を保ちつつ、
急いで会長の元へ向かう使用人、スイカだった。
…………
「フハッ!!」
コンドウ会長宅リビングで、初手・紅茶噴水をキメたのはコンドウ・トウカ24歳。
そうは見えないが、NTグループの会長である。幼少より英才教育を受け、この若さで会長になった。
朝の日差しが窓から入っており、(材料を考慮しないなら)綺麗な虹が出現した。
「ケホッ コホッ。本当に? あの方が会いたいと?」
ポタポタと虹の原料を垂らしながらも、濁点がつくような咳き込み方はしない。さすがは優雅さに定評のある若手会長である。
「ご本人ではありませんが、連絡を頂いております。なんでも大事な話があるから、なるべく早く会いたいと。」
「い、いまさらなにかしら。子供に会いたくなったとか?それとも同居したいとか言われたらどうしよう!」
「その妄想には同意しますが、時間を操る彼がなるべく早くというのは余程の事情と推察します。」
「そ、そうよね。できるだけ早く来るように伝えて。今日の予定はすべてキャンセルでいいわ。」
1礼して静かに電話に向かう使用人を見送ると、ベビーベッドの中のわが子に笑顔を向ける。
「もうすぐお父さんに会えるかもしれないわよ~。」
そう言って赤ちゃんをあやしながら、期待と不安を紛らわすトウカであった。
…………
「相変わらず立派な屋敷だ。ウチの成金エセ豪邸とは違うなぁ。庭もどうやって手入れしてるんだ?」
あれから30分後。
コンドウ邸に降り立ったマスターはインターホンで門を開けてもらい、田舎者ムーブで周囲をチェックしていた。
とても広い和洋折衷庭園は手入れの方法がイメージ出来ないレベルだ。
玄関に辿り着くと、使用人のスイカと会長のトウカが現れる。その2人の胸には、赤ちゃんが抱かれている。
「おはようございます、○○○○様。まずはお部屋にご案内します。どうぞこちらへ。」
「おはようございます、コンドウさん。お邪魔します。」
なるべく平静を装って付いて行くマスター。
「お2人とも綺麗になりましたね。あー、その。子供たちの名前を聞いても?」
「「それはまだヒミツですわ。」」
なぜかハモった2人は気にせず奥の部屋を目指している。
「あの時の他のメンバーはどうしてるの?」
「弟は今、経営者の修行中ですわ。数年は地方巡りでしょうね。血吸蝙蝠さんは弟に勝手について行っているみたい。探しものも有るとか言ってましたわ。」
「当時のバックアップの傭兵は警備として雇っております。使用人たちもそれぞれの職場で元気にしております。」
「よかった、それぞれの生活に戻れたのですね。」
「えぇ、多少は変化は有りましたが概ねは。」
言葉の端にチクリと棘がある言い回しだ。
やがて豪華な応接間に入るとソファーに座るよう促される。
そこへ丁度ティーセットを運んできた、別の使用人と目が合った。
「へ? ホンモノ!? おひさしぶりです、○○○○様!」
「ひさしぶりだね、カナさん。」
この25歳の使用人はカナと言う。理由あって偽名らしい。
仲居さんのような着物を着ている彼女は、明るくグイグイくる性格だ。だが肩まで伸びたその髪が赤く染まっている。以前はスイカと同じ黒髪だったはずだが。
「その髪どうしたの?」
「聞いて下さいよ! 今年の始めに急に赤く染まりだして、もう私もビックリしちゃって!お医者様は別に異常は見られないとのことでしたが……もう一時はどうなるものかと、食欲が増しちゃって――」
今年の始め、赤。
なんだかほんのり心当たりがありそうな話をしてくる。
髪が全部染まるのは解らないが、まさかこんな変化球で4人目が?
「カナ。はしたないわ。」
「ごめんなさい~。会長様もお話したいですよねー。私は後で良いので、ゆっくりしていって下さいね!」
はい、どうぞ。と紅茶を渡される。
「ありがとう。それにしても皆さんが元気そうで良かったです。」
「誰かのお陰で母親になれましたしね。」
「まさか私めも子宝を頂くとは思いませんでした。」
「なぜか私は音沙汰なしでしたけど。」
「あら、音沙汰で言ったら私達はやり逃げされたようなものよ。」
ちくり ちくり ちくり グサリ。
それは針山で危機一髪ゲームをしているかのようだった。
「で、私達に手を出した理由を聞いてもいいかしら?ついでに、今更顔をだせた理由もぜひに。」
ぐぬーと唸るのをこらえ切れずに時間を止めてぐぬー。トウカとスイカが抱えているのはマスターの子である。
彼女達は戦友だが、魔王事件の被害者でもあったのだ。
「落ち着いて聞いてほしいのだけど、正直に言うとそういう仕事だったんだ。こちらにもフクザツな事情があってね。」
「ふーん。お仕事で孕まされたのね。聞いた?スイカ。」
「とても残念ですが、あの夜の熱さは不変と思いたいです。」
「そうね。でも私達はただ責めているわけじゃないの。私は変なオジサマとの縁談が消えましたし、実力の確かな貴方との子供だもの。ただ、これからどう責任を取るのか聞きたいのよ。」
「できれば同居なり籍を入れたいところですが。」
トウカとスイカはなるべく丁寧に、感情を押し殺しながら当然といえば当然の要求をしてくる。
「それは出来ない。オレは結婚してるし、この社会に居場所もなければ人間も辞めてしまった。」
「トウカ様、私の聞き間違えじゃなければ責任を放棄すると聞こえたのですが。」
「既に結婚してるともね。○○○○さん、せめて貴方のお墓はここに用意してあげましょうか?」
プレッシャーマシマシでこちらを見てくる2人。
カナだけはあちゃー、やってしまったねーと呆れている。
「はいはーい。私からも聞きたいです!なんで私だけ音沙汰なかったのかなーって。」
「カナさんは仕事のリストに入ってなかったんだ。」
「それは、私の魅力がナッシング!?結構イケると思ってたんだけど!?」
こちらの襟を掴んで顔を近づけて抗議してくるカナ。
(なんでこの人はグイグイ来るんだろう。普通オレなんかに相手して欲しくなんてないだろうに。)
「リストにないだけで、魅力的だと思うよ。」
「スイカ、聞きまして? やり逃げした家に来て新しい女を口説いているわ。」
「トウカ様、今日は赤い雨が降るので傘のご用意を。」
もう言葉の剣山グローブでサンドバッグにされているマスター。正直こうなるのは目に見えていたのだが、それでも話は通すべきだと思ったのだ。
「そこで1つ提案だ。これを見てくれ。」
紅茶の置いてあるテーブルから光が発せられ、昨晩見たニュースサイトが映し出される。
「わお! 3Dホログラムだね!○○○○さんって個人でこんな事出来るんだ?」
「まって、この日付……2011年の?」
「未来の、災害被害の記事ですか!?」
「NTグループはたしか東北にも手を出していたはず。こいつを見れば対策打てるんじゃないかと思ってね。」
それは東日本の広範囲に、凶悪な爪痕を残す予定の災害の記事だった。
「これ……これは、うん。今から対策すれば被害をかなり減らせるわ。私達の貞操の話どころじゃないわね。」
「これがホンモノならですが、時間を操れる○○○○さんに言うのは野暮ですね。」
「○○○○さん、失礼しました。この情報、ありがたく使わせて頂くわ。」
「ぜひそうして下さい。NTが潰れたらその子達が苦労しかねませんしね。ただ、情報の出どころは内緒にしてくださいね。」
「リークも通報もしないわ。やぶ蛇になるもの。」
NTグループのトップが現代の魔王と繋がってるとか、洒落にならないスキャンダルである。
過去のテロ活動もバレかねないのだから当然といえば当然だろう。
「おおっ良かったね、○○○○さん!これで手を出した罪はチャラになったよ!」
「なってませんわ! 母子家庭だとツライこともありますの。
だから何らかの形で責任はとってもらいますわ!」
「うーん、あの事件の被害者を特別扱いはできないんだ。今も色々手一杯だしなぁ。家のこととか仕事とか。」
(ほう!)
その時キラリとカナの目が光った気がした。
「でも貴方は私達に情報をくれたわ。どんな風に言われるか解った上でね。」
「そりゃ思うところはあるよ。戦友だし。」
「だからそうねぇ。こちらも正直に言えば寂しいのよ。それを解消するナニかをくださらない?」
「じゃあ2人を特別扱いしないまま、特別扱いをする方法を考えてみるよ。妻とも相談するからまた近い内にってことで良い?」
つまりは屁理屈をこねるのだ。
ゲスさを伝授された彼ならすぐにでも思いつくだろう。
「それは願ってもない申し出です。」
「うん、それならいいわ。ところで貴方の口ぶりだとこの子達の認知もできないのかしら?」
「悪いけどそうだね。今日みたいに陰ながらっていうのは有りだけど。」
「じゃあやっぱり名前はヒミツね。下手に聞くと情が湧いてしまうわ。」
「その分、私達が愛情を注ぐことに致します。」
残念そうにするトウカとスイカ。重苦しい空気が流れ始める。
パン! と突然カナが両手の手のひらを叩く。
「纏まったようなので、私からも1つ提案があります!」
「なによカナ。貴女が喋るとややこしくなるんだけど。」
「私、○○○○さんの家に移籍したいです!」
「えー!? この流れで?」
「呆れてものも言えないわ。貴女はここの最大戦力の1人よ。抜けられたら誰が紅茶を淹れるのかしら。」
「ココでは魔王事件で行き場のない女性をたくさん雇ってます。私が居なくても大丈夫です!」
「本音は?」
「私が○○○○さんのお痴ん痴んのお世話をします!」
カナの爆弾発言で3つのスプリンクラーが作動する。
3Dホログラムの光に当てられ、応接間に幻想的な虹が架かるのだった。
…………
「それでカナさん。何故ここで働きたいの?」
「○○○○さんのお痴ん痴んのお世話をするためです!」
今度は魔王邸に、虹が架かった。
妻の○○○とキリコの十字砲火だ。異次元宇宙に架かる虹はレアである。
結局押しの強いカナを連れて来ることになり、面接で妻の○○○が志望動機を問うた答えがコレである。
他の使用人達は呼んでない。刺激が強すぎるからだ。
「最初から旦那狙いを公言するとか、潔すぎじゃないかしら。」
「テンチョー、この痴女っぽい人はなんなの?」
「彼女はサイト時代の出向先で出会ってね。「精神制御」ができるからお世話になったんだ。」
正確には出向と言うより、呼ばれて勝手に出ていっただけだ。しかしそれは黙っておく。
彼女のチカラ、「精神制御」は対象に触れて発現する近接タイプだ。
対象の心の動きを多少コントロールできる。
しかし完全に操るまではいかず、気力回復や精神集中などの
サポート向けのチカラである。
「一応、赤い糸の4人目みたいだから連れてきたんだけど……」
「私の時もそうだったけど、赤い糸って理不尽よね。」
「誤解がないように言っておきますが、旦那様を狙っているわけでは有りません。○○○○さんとその御家族が、より良い生活を送れるよう務めたいだけです!」
「はぁ、余計なお世話っていう言葉をご存知かしら。」
「すみません、それはヤギに食べられました。でも役に立てると思うのです。10年以上使用人やってますし!」
その言葉に少し見る目を変える一同。
「なんでテンチョーにそこまでするの?」
「もちろん、大好きだからです!一緒に戦場を駆けた時はどんなにアプローチしても別の女性のことしか考えてませんでした。魔王事件でも手を出して貰えませんでした。同僚は授かったのに!こうなりゃ自分から出向くしかないじゃないですか!!」
くわーっと目を開いて力説するカナ。
「あなたって、実はモテたんじゃないの?」
「あんなゾンビみたいな頃のオレを気に入るとか、意味わからんし。」
その言葉に何を言ってるんですか!と立ち上がって、拳を握って力説し始めるカナ。
「絶対に仲間を守り、絶対に敵を打ち砕く!叶わぬ想いを胸に、やるだけやってぶっ倒れる!そして寝顔はちょっとかわいい。こんなステキな人は初めてだったんですよ!」
「うーん? それ褒めてるといえるのか……」
「もちろんです! つい気絶中に味見しちゃいましたし!」
「ドういうことカシラ、あなた?」
「それはオレが知りたいくらいだよ。」
「味見と言っても文字通り上のクチで、です。ご安心をっ!」
((あっ、だからか!?))
夫婦そろって反応する。もしかしたらソッチ方面でも
睡眠学習は効果があるのかもしれない。
「ところでテンチョー、当時片思いでもしてたの?」
「その暗殺者の勘はポイしてしまいなさい!」
「たしかサイトの魔女とか言われてたわね。」
「トモミさんというお方だと聞いてます。」
「勝手にバラさないで欲しい。ほんとに。」
「うっわ、テンチョーあのヤバイ女を!?趣味悪ッ!」
サイトに潜入した時に見かけた電波塔のヤバイ女。
それがキリコの認識だ。
1秒後にはキリコが兎のぬいぐるみに変わっていた。
本人はソファーに突っ伏してビクンビクンしている。
「ふん。結婚してても意外と不快に感じるものなんだね。」
「さすがにキリコちゃんが悪いかな。」
「なんか、ごめんなさい。」
気まずくなったカナが謝る。
「先程のお話だと、好きだけど狙わない? その理由は?」
「さすがの私も、奥様に敵う訳無いって解ります。○○○○さんは一度決めた女性に一途でしたし。でもまぁ、それならお世話係でオコボレ狙いかなと。」
「正直ね。でも子供作るなら別の場所で育ててもらうわよ。」
「子供は……出来ないんです。ちょっと訳ありでして。だからあの魔王事件で私に来なかった理由も実は解ってまして。でもだからこそ、一生懸命ご奉仕したいなって。」
「なるほど、わかったわ。私は採用に1票よ。」
「オレも構わない。カナなら1級も行けそうだけど、一応段階は踏むべきかな。研修期間を儲けよう。」
「ビクンビクン。」
「ありがとうございます! セイ一杯がんばりますね!」
こうして赤い糸の4人目、カナが魔王邸に採用された。
…………
「これで年俸5000万○、炊事洗濯ほぼなしでコレはもらい過ぎでは?」
「これでも皆さん、すぐに辞めてしまって困っておりました。」
魔王邸の案内と2級メイドの仕事を教えて回るクマリ。
マスターに導かれた証の赤い糸。
それを保持する鳴り物入りの新人に、期待が高まる最古参。
「カナさんは新人とは言え、物凄いキャリアをお持ちと聞いております。私もぜひ同僚として活躍を見てみたいところです。」
「今は下積みですけどねー。でもこれ楽過ぎません?実質奥様の雑用とセツナ様のお世話だけじゃない。時間の流れは非常識だけど。」
「その非常識についていける人は貴重です。」
「そういうものですか。私は色々あって慣れちゃったのかもね。」
「この分だと明日には1級に移っても問題なさそうですね。」
「ご指導よろしくおねがいします!」
…………
「まるで才能の塊だな。」
「もう決めちゃっても良いくらいね。」
8月12日。マスターとその妻はカナの働きぶりに舌を巻いていた。
悪魔屋敷の肉の仕込みに行けば、解体どころか肉の追い詰め役を買って出るレベル。
監視役になれば休憩毎にワザのアドバイスをくれる。チカラを夜の営みに有効利用する考えも教わった。
マスターもその考えに至らなかったわけではないが、今まで以上に踏み込んだ領域まで伝授してくれた。
洗い作業においては初回から完璧にこなし、心の制御をすることで次の仕事への意欲を高めさせた。
「これほどの実力と忠誠心なら上の立場に在るべきです。」
「カナさん、プロって感じ。見習わなくちゃ!」
「悔しいけど彼女が1番。いつか追いつく。」
「自分達の不甲斐なさを痛感したわ。兎キメてがんばる!」
そんな姿を目の当たりにしてたった数日で、クマリはもちろんシオン・リーア・ユズもカナを認めていた。
「なぁカナ、メイド達のまとめ役やってみないか?いわばメイド長。着物だし仲居頭?なんでもいいけど。」
「ええ!?まだ1週間もたってないんですけど。いやまぁ主観時間では1ヶ月は経ってますが。」
「実力があるもの。あの3人だってカナさんなら扱えるでしょう?」
「任せて頂けるなら励みますが、本当に?」
「あぁ。じゃあ頼むよ。今日から特級メイドに昇進だ。それと何か欲しい物があれば言ってくれ。」
「特級って家族扱いのアレですか!? そのうえ更にご褒美を頂けると……でしたら。」
「なにか決まったかい?」
「身体、治療お願いできますか? キリコさん達みたいに。その、15年以上前の後遺症とかも……」
「なんとか出来ると思うよ。」
自分の体を1から作り直した経験のあるマスターだ。
10数年程度のやり直しは可能だろう。
「ほ、本当ですか!? 交際契約とかも有りかなって思ったのですが、こんな身体を抱かせるなんて旦那様にも奥様にも申し訳なくて!」
「カナさん、自分を卑下するのはそこまでよ。旦那なら何とかしてくれるから、任せて頂戴。」
そう言って特級と交際の契約書を渡す○○○。
「うう、ありがとうございます! この身をどうか、よろしくおねがいします!」
…………
「では、こちらに横たわって下さい。」
魔王邸高級ホテルのカナの部屋で、身を清めた彼女はベッドに横たわる。
タオルを外して身体があらわになると、彼女の人生の壮絶さがこれでもかというくらいに見て取れる。
胸や大事な所も含め、全身に手術の後や消えないキズがあった。年中袖の長い着物を来ているのは、これを隠す為だったらしい。
「本当に私、醜いでしょう?結構イケるとか嘘ついてごめんなさい。」
「カナの魅力は身体だけじゃないでしょう。それにここまで頑張ってきたからこそ今日があるんです。」
そう言って全身を撫でて、傷の具合をチェックをする。
「ひゅっ!すみません、ひさびさ過ぎて変な声がっ!」
「抱くわけじゃないから落ち着いて。」
カナの唇を奪って脳の思考を停止させて、身体の下の方へ手をのばす。
「!?、!! 、!?」
そこは原型を留めるのがやっとな、蹂躙された大地だった。
チカラを流して浸透させてみるも、反応は芳しくない。
そもそも在るべき臓器がいくつか、除去されて足りてない。
「うーん、個別対応は無理だね。全身行ってみますか。」
「あのー、私はどうすればいいですか?」
「幽体離脱して、オレに取り憑いてて。」
『あはは、私がベテランメイドでもそこまで器用じゃ――
って私が寝てる? いえ、身体が半透明に!?』
カナは半透明の身体で浮き上がっており、本体はベッドに寝たままだ。ちょっとこのアングルは恥ずかしい。
「「精神干渉」で霊体を引っこ抜いたから、オレの背中越しにでも見ててくれ。」
『だ、旦那様の仰るとおりに。』
マスターはカナの身体の設計図をチカラで作成する。
自身のセーブデータを作る要領だ。
そうすると空中にカナの裸体が1つ出来上がる。
これを加工して本体に入れる事で治療をするのだ。
「さて、カナの身体が無事だったのはいつの話だ?」
『えっと17年前です。その頃に卑猥なパーティーに売られて、ヤギの面を付けた男たちに……が最初でした。そこからはもう、ありとあらゆる――』
「ツライところまでは話さなくていい。」
マスターは霊体のカナの頭を撫でると、設計図に向き合って時間を遡行させる。
すると設計図の身体がキレイな状態になる。
マスターは見えない所もチカラを使って中身の無事を確認すると、今度は時間を進める準備をする。
『今さらっと、私のアレソレを――いえ、むしろ望むところですが!』
「こんな通報待ったなしな状態で望まれてもこっちは困るよ。それより何か要望は在る?」
『要望?たとえば?』
「今は二次性徴前に戻っているから、少しくらい成長を弄れるよ。胸なり毛なり、お腹なり。気になる所は言ってくれ。」
『ガタッ!!』
「「ガタッ!!」」
「「「ガタッ!!!」」」
振り向くと、こっそり様子を見ていた女性陣が目を血走らせていた。
「なんで本人以外もノリ気なんです?」
「「私達の時はそんな事言われてないのですが!」」
キリコとクマリがハモる。
「2人の時はそこまで必要なかったじゃない。そこの3人娘はそもそも必要ないだろう。」
彼女たちを治した時は、そこまで戻していないから仕方ない。
3人娘は顕現時に丁度いい良い体型にしてある。
「私達ぺったんこなんで。」
「奥様くらいあっても。」
「AIとはいえ女のプライドが。」
「胸にリソースとると余計に頭が軽くなるよ。」
デリケートな部分を再現しようとすると容量を食うのだ。決して胸の大きい人を馬鹿にした発言ではない。
「「「すみませんでした!!」」」
「ほら、監視役以外は仕事に戻りなさい。まったく。それで、カナはどうしたい?」
『それなら、旦那様の理想を詰め込んで下さい。もちろん奥様と同じって意味じゃなくて……私のこの体格で、ムラムラくる理想を!』
「わかった。ムラムラはともかく、健康体にしておくよ。」
マスターは設計図をすごい勢いで弄り倒していく。
この男、意外と乗り気だったようだ。
調整が終わったら設計図の時間を進めて20代の身体にする。
「あとはこれを本体に入れれば施術は終わる。なにか確認したいことはあるかい?」
『今の流れだと、もしかして処女に戻ってたり?』
「誰ともしてない状態に戻すから、当然そうなるよ。」
『子供も作れる身体に……?』
「そうなるね。」
『嬉しいけどどうしよう。欲が出ちゃいます。デキたら奥様の邪魔になりかねません。』
「クマリも似たようなこと言ってたな。チカラで確実な避妊はできるから心配しなくてもいいよ。」
『つまり自分の選択次第ですね! ではお願いします。』
白い光と共に設計図を本体に重ねると、先程の流れを辿って設計図のとおりに身体が変化する。終わったらカナの霊体を差し込まれ、ほどなく目を覚ます。
「おはよう。気分はどうだい?」
「すっきりしてますが……ちょっと確認したいです。」
カナは身体を起こすと、全裸のまま姿見の前でくるくるしている。
「あはは、自分じゃないみたいです。」
「だろうね、今は身体の変化が大きくて身体と魂のシンクロ率が下がってる。しばらく日常を送れば7日くらいで戻るはずだ。」
「お仕事もありますし、もっと早く戻れません?」
「生きている実感を多く得れば早く戻るよ。食事したり、
お風呂入ったり。快感を得たり。」
「じゃあ旦那様、決まりですね!」
そのままの格好で抱きつくカナ。
「あの、せっかく戻ったのにオレを選ばなくても。」
「生まれ変わって目が覚めて、目の前に好きな人が居たら普通はこうなりますよ?」
「ひな鳥の亜種かなんかか?」
「旦那様って女を喜ばせようとする癖に、イザとなるとヘタれるのは何故なんですかねー?」
『そこまで言われたなら決まりでしょ。それにテクニックを盗むチャンスでもあるわ!』
妻からの後押しが入る。
(普通はもっとこう、嫉妬的なものがあるんじゃないか?)
変わり者の夫婦と言われればそれまでである。
「うぐぐ、わかったよ。でも病み上がりなんだから慎重にな。」
この日もまた、魔王邸の時間が1日伸びた。
マスターは劇的なレベルアップを果たし、妻の○○○は大喜びだった。
…………
「私の本当の名前、○○○って言います。」
マスターの本名と同じく変な発音に聞こえるが、
互いの「精神干渉」と「精神制御」のチカラで問題なく伝わった。
彼女もまた、凄惨な半生の中で名前を失った1人だったのだ。
途中でトウカの家に拾われなければ、確実に命も無かった。
「これからずっとお世話になりますし、これからずっとお世話をいたします。末永くよろしくお願いしますね、旦那様!」
そのままスヤスヤと眠りに落ちるカナだった。
お読み頂きありがとうございます。