表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/120

03 サクラ その3

 


「マスター、交渉の前に水を一杯頼んでいいですか?」



 今夜は衝撃的なというかしょうもないというか、疲れる出来事が多く 少し落ち着きたかった。


「もちろん構わないよ。」


 マスターがミネラル水を入れて目の前に置かれたグラスを手に取り、サクラはコクコクと飲み干す。


「ありがとう。 少し落ち着きました。」


「それは良かった。さっそく交渉の件だが、時間もおしてるし少しずるをさせてもらおう。」


「えっ え?」


 戸惑いの声が上がると同時にマスターの身体から黒いモヤが現れてサクラの頭を包みこむ。


 すると自分の情報がマスターに送られ、彼からの情報が自分に流れ込んでくるのがわかる。


「心配することはない。テレパシーの一種だ。意識の一部をデータとしてやり取りして 交渉時間を短縮してるのさ。」


 1分もかからないうちに情報のやり取りが終わり、モヤも晴れる。

 その後空中にA4サイズの紙が2枚現れて、サクラの目の前に降りてくる。


「これは一体?」


「今回の件の契約書だ。 お互いの意に沿う内容にしたつもりだが、一通り確認はしてほしい。」


「もう、何でもありだなぁ……」


 そう言いながら書類に目を通し、先程のデータ交換の内容と照らし合わせる。


 契約内容をかいつまんで書くと、


 サクラは水星屋へ取材の権利を得て、一部報道することが出来る。

 ただし、水星屋と何でも屋は無関係として別口で報道すること。

 当面の命の保証と取材機会の保証もするが、要請があった時は水星屋に協力すること。


「水星屋に協力っていうのは 私のチカラで情報収集するってことよね?」


「そうなるだろうね。」


「機会の保証っていうのは……いつもここで営業してるんじゃ?」


「ウチは月に1回か2回しか営業してないんだ。それも各地をまわってて、どこで営業するかは気分次第だ。海外営業のときもあるが、通貨的に面倒だからあまりしない。」


「それじゃぁ、アドレスでも渡します?」


 海外は嫌だなぁと内心思いながらお伺いを立てる。


「そうしてくれ。だがオレは普通の携帯は持ってない。なのでサクラのチカラを少し弄ろうと思ってる。」


「ちょっと、どういう事!?」


 よく意味がわからないことを言われて混乱する。これだから非常識人は!


「君はチカラの制御がイマイチのようだからね。 少し手を加えて安定させよう。その契約書はこっちのと霊的に繋げたから、それを認識すればオレの店の場所もわかるはずだ。」


「そんな事出来るの!?」


「うん。 ていうかもう終わってる。少し発動させてみてよ。」


 先程の情報交換の時か、たった今 時間を止めて済ませたのかは分からないが既に施術は終わっているらしい。


「いつの間に……ほ、本当だ! ON・OFFが出来るし見た物の名前がポップアップウインドウで表示されてるわ!そっちの契約書も繋がっているのがわかります!」


 カウンターを見ると醤油のボトルにフキダシが現れて【しょーゆ】と書かれている。


 契約書同士の繋がりも、方角や距離が頭の中に浮かんで手に取るように解る。


 しかしマスターを見ても何も表示されない。

 何らかの細工がされてるのだろう。


「君の記憶にあったヒトガタ瘴気とかも、少しはマイルドな見た目になってると思うよ。これでオレの店も探しやすくなるし、ぜひ活用してくれ。」


 そんな言葉に徐々に感情が高ぶり、涙が溢れる。

 子供の頃から扱いきれなかったチカラが制御出来るようになったのだから無理もないだろう。


 年々強くなるチカラは、周囲とのコミュニケーション難易度を大幅に上げていた。


 高校を中退し、事実を認識するチカラを期待されて親の会社で働き始めた。

 が、人間関係のトラブルが頻発し、窓際部署であるオカルト部門しか受け皿はなかった。



 人間、不都合な事実を突きつけられて良い気分になるものは少ない。

 だから、あるかどうかもわからないオカルトしか相手にできなかったのだ。


 そんな自分がこれからは人として 人の中で生きていける。

 上を向いても涙がこぼれてくるので、下を向いて顔を手で抑えて感動に震えるサクラ。


 うんうんと訳知り顔で頷きながら、マスターがティッシュを箱ごと渡してくる。

 それを受け取ろうと顔から手を離した瞬間、サクラの動きが止まる。


「ん? サクラ、どうしたんだ? 」


 俯き自分の身体を見た時に、

 ポップアップウインドウが表示されたのだ。


【天然物のD】【程よい触り心地】【アイアンメイデン】


 どこに何が表示されたかはともかく、ギ ギ ギ ギ と油切れの油圧機械のような擬音と共にマスターを見る。


「ね、ねぇマスター? このポップアップに使われてる単語って……」


「それはオレの独断と偏見だ。 君の精神力だけでは辞書登録が厳しかったので、補強しておいた。」


「マスターのバカーーーッッ!!」


 感謝しろよ? とドヤ顔かますマスターにティッシュ箱を投げるサクラであった。



 …………



「落ち着いたかい? そしたら契約書にサインして自分の胸に押し付けてくれ。」


「またセクハラですか!?」


「無くさないように魂にくっつけておくんだよ。」


 渋々ながら胸に契約書を押し付けると、そのまま身体に吸い込まれていった。


「それじゃ、こっちの契約書はオレが持っておくよ。外のハリボテに中継機がつけてあるから、オレが異次元にいても店の場所はわかるはずだ。」


 中継機を使っている間は場所がわかるってことですね。と理解したサクラは彼が持つ端末に目を向ける。その端末が例の――


「それが普通じゃない携帯、ですか。なるほど、電波ではなくテレパシーを飛ばすのですね。」


 電波ではなく精神波でコンタクトをとるが、普通の携帯でも霊的な改造を施せば使えるらしい。


 だったら普通に携帯で連絡取ればいいじゃん! とも思ったが、基本異次元とかにいる相手にはさすがに繋がらないようだ。


「そのチカラ、やっぱずるいわ。人が苦労して作ったものを簡単に見破るんだもんなぁ。」


 じっくり観察していたらそんな事を言われる。

 お尋ね者には厳しいチカラだとため息を吐くマスター。


「だが、これで契約成立だ。これから宜しく頼むよ、サクラさん。」


「こちらこそよろしくおねがいします、水星屋のマスターさん。」


 お互い笑顔で契約成立の確認を取ると急にサクラが脱力してカウンターに突っ伏す。


「うぅ、これで明日も太陽を見ることが出来そうです……」


「なんだ、そんなに疲れたのか。ならシメの一杯で元気をだしてくれ。」


 サクラが顔を上げると マスターがとんこつラーメンを差し出していた。


 食欲をそそる香りがサクラの本能を刺激する。


 両手でラーメンを受け取り、ごくりっと喉を鳴らすと同時にじゅるりと追加の唾液が口に溢れる。


 白濁スープと麺の上には厚切りの叉焼、万能ねぎ、キクラゲと海苔の存在を確認。


 素早い手付きで備え付けの紅生姜と高菜とにんにくを確保する。


 箸を手に取り目の前で手を合わせ――



「いただきますぅっ!!」



「本日はこれでラストオーダーとなります。どうぞごゆっくり。」



 営業用の口調に戻ったマスターは、満足そうに協力者の捕食シーンを眺めるのであった。



 …………



 あれから半月。



 カタタタタタタタっとオカルト雑誌スカースカの編集室に音が響く。


 まるでゾンビに対するサブマシンガンのフルオート射撃か、気合の入ったポルターガイストのような音だ。


 そんな鬼気迫るタイプ音を発しているサクラを見て、編集長や他の記者達が不安そうな顔をしている。


「あのー サクラさん? 」


 編集長が恐る恐る声をかけるが、


「今良いところだからちょっと待って!」


 サクラの鋭い静止の声で編集長がビクリとして止まる。


 彼女は一切彼の方を見ていないが、それでも睨まれたような気がしたのだ。



 カタタタタタタタタッ、ターンッ!



「ふーっ これで一段落ってところね。 それで編集長、ご用件は?」


「い、いや最近お前 何かあったのか?以前より積極的に仕事をするようになったのは喜ばしいが……」


 積極的というよりは鬼気迫ると言った感じだがオブラートに包んで発言する。


「当然ですよ、命が懸かってますから!」


 血走った目を向けてそう答えると、編集長が一歩後ずさる。


 水星屋のマスターと別れた後、サクラは命を繋げられた事と特大の情報源と出会えて浮かれていた。


 自分の輝かしい未来に想いを馳せたりして割と呑気していたのだったが……サクラは気がついたのだ。


 未だに自分の命は綱渡り状態であることに。


 サクラは自身のチカラを有効活用して水星屋のマスターの過去を探ってみた。


 彼は以前サイトという政府公認の超能力者を集めた組織に所属していた事がわかった。


 そこで反社会組織である武装人権保護組織ナイトと50年に渡る戦争を、2年たらずで終わらせたメンバーであることが判明。


 当時の彼は サイトの悪魔としてナイトの構成員に恐れられていた。


 悪魔的な能力者、魂にくっつける、契約。


 ここまで揃えば自分が何か大変な事をしてしまったんじゃないかと否が応でも気づく。


「う、うむ。 命懸けで仕事をする姿勢は素晴らしいが、程々にな。」


 と妥当な事を言って自分の席に戻ろうとする編集長。


「あ、編集長! このデータの確認お願いします。」


 そう言って差し出す2枚のフロッピーディスク。

 窓際部署ではまだまだ現役なのだ。


 最近は多少予算が増えたとは言え、急に何もかも変わるわけでもない。


「何のデータだ?」


「現代の魔王の人物像に関する考察と、ミミック屋台の考察です。」


 前半で驚愕と興味を惹かれた表情を見せた直後に、後半で脱力する編集長。


「それと、料理スライムはまだしっぽを掴めてませんので、また後日に。」


「ミミック屋台とか料理スライムみたいな都市伝説はどうでもいいんだよ!それよりお前の口ぶりだと、魔王の方は尻尾を掴んだように聞こえるが?」


「その辺は企業秘密です!」


「直属の上司に対してそれはないだろう。」


「では乙女の秘密です。 これ以上聞くならセクハラですよ。」


「うわ、面倒くせえ! わかったわかった。今はまだ聞かねぇよ。社長の娘だからマジで事案にされちまう。」


「それよりそのデータを見たら、ガッツリ予算申請しておいて下さいね。よっぽどじゃなければ父は認めると思いますんで。」


 血走った目で含みのある笑顔を披露するサクラ。

 編集長だけでなく様子をうかがっていた他の記者たちも目を逸らす。


「それではお昼行ってきまーす!」


 言いたいこと言って さっさと出ていくサクラ。


「逞しくなったというか、悪化したというか……」


 そんな事をつぶやきながら、自分の席に腰を下ろしてパソコンにフロッピーをセットする。


 窓際社長令嬢は今日も我が道を駆け抜けていく。



 …………



 繁華街を胸を張って歩くサクラ。

 事実を認識するチカラを使い、飲食店を品定めしていく。



 今が昼間であることや、あの日以降 化け物じみた表現が少なくなったので気楽に使えるのだ。


 ポップアップウインドウによる補佐も素晴らしい。

 店の雰囲気や料理の評価などが表示されるのだ。


 お眼鏡にかなったおしゃれなカフェに入り、

 店員にランチセットB(800○)を注文する。


 トイレを借りて便座に腰を下ろそうとすると、OFFにし忘れていたチカラが発動してポップアップウィンドウが表示される。



【ミスリルメイデン】



「んなーッ!!」


 思わず声を上げてしまうサクラだが、慌てて口を閉じる。


(誰の股間が魔法銀だって!? こんちくしょーーーッ!!)


 仕事中に人を寄せ付けないオーラがダダ漏れだったため、評価が上がってしまったらしい。


 怒りと悲しみのランチが終わり、さらなるオーラを発しつつ仕事に臨むサクラであった。


お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ