27 ネット その1
「くぅ また止まったか。やっぱ光回線にしないと駄目かなぁ。」
2008年7月2日。自宅である魔王邸の書斎のパソコンを前に、マスターは悔しがっていた。
「派手な送受信はしないからこの回線にしたけど、ここだと余計なロスでもあるのか、遅いんだよなぁ。」
異次元宇宙に家があるのだ。
なにか不測の事態が起きても不思議ではない。
むしろネット回線を引けている現状がオカシイとも言える。
某所に部屋を借りて回線を魔王邸まで引っ張っているのだが、マスターの主観時間と通常の時間にはズレれがある。さらには未来の情報を得ようと回線に未来予知の実験を試みたりもした。
なのでネット回線は、頻繁にラグや通信エラーを起こして
使い物にならなかった。
「サイト巡りや動画を見るだけなら読み込み待てばいいけど、ネトゲ関係は諦めだな。」
サイト時代は休暇に引きこもってプレイしたり、その後もチェックだけはしてたゲームはあったがどうにもならなそうだ。
それは光回線でも改善できるかは怪しいところだ。
「まぁその分、家族と過ごせると思えば惜しくもないか。」
ネトゲは課金次第で強さが上下するが、それ以上に時間を取られる。幼い子供がいる家庭では厳禁といえるだろう。
「それじゃ家族のためにも昼飯を作るとしますか。」
そういってキッチンに向かうマスターなのであった。
…………
(ここから見る景色は 綺麗だけどちょっと震える。)
(もう少し透明感のある景色を希望。)
(こんな所でゆっくりしていていいのかしら。)
膨大な数の0と1が流れる光の世界。
その速度はとても早く、光を目で追うことは難しい。
本来は光の世界を俯瞰することは出来ないのだが、この場所は他とは違うようだ。
それは小高い丘のようであり、その奥には別の世界につながっているであろう坂道があった。
その丘には光の吹き溜まりが出来ていた。
奥の坂道は狭く消えたり現れたりと不安定なため、登れなかった光が溜まっていったのだ。
吹き溜まりには3本の”赤い糸”が存在しており、その糸を中心に光がまとわりついていく。
そこからは進むことも戻ることも出来ず、出来ることは流れていく光を眺めたり読み取るくらいだ。
(この動画面白いかも。猫が可愛い!)
(この人は綺麗に歌うわね。ラーラーラー。)
(うわぁ、これハダカじゃない!ポイしますポイ!)
最初は小さな光だったが、他の光を読み取るにつれて少しずつ大きくなっていく。
(料理の味ってどういうものなのかな。)
(感情ってどんなカンカクだろう。)
(身体で空気を感じるってどんな感触かな。)
(((ニンゲンってナンだろう。)))
…………
「「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!」」
水星屋にいつもの歓迎の声が響く。それに合わせて続々とお客さん達が入店し、食券を渡す。
「くっくっく。有象無象共が今宵も溢れておるわ!さあ何を望む、何に臨む! 酒か、血肉かぁ! 地獄の通行証を我に渡すがいい!!」
ポニーテールを揺らしながら笑顔で厨二接客をするキリコ。
いつものウサギ包丁プリントが付いたメイド服でひらひらと動き回る。
地獄の通行証(食券)を受け取り席に案内する。
お客さんが席についた瞬間には料理が全て並ぶ。
マスターの時間停止で調理時間を稼いでいるのだ。
「やっぱこの店は早くていいわ。全力でお腹を満たしてくれるもの!」
「夏はこのキンキンに冷えた紅茶ハイよね。」
「今日のキリコのお通しは月見バニーだわ!」
「か、かわいい! いただきます!」
使用人グループがきゃいきゃいと料理に手を付ける。
ちなみに月見バニーはうさぎを1ミリも使ってない。
「店員さん、オレにも食べられる物って有るか?」
そこに現れるユウレイタイプのお客さん。筋肉質な身体をしているので生前は鍛えていたのだろう。
「ここの評判を聞いて来たんだけど、オレって透けてるだろ?」
「マスター! どうですかね?」
「問題ないです。むしろ大歓迎!」
「だそうです。食券買ってあちらの席へどうぞー!」
「うーん、よくわからないからこれでオススメを……」
そう言って2000○(円)を取り出してキリコに渡す。
速攻でカウンター席にご案内する。
この店でこの金額をぽんと出す人は上客だ。
料理はハーフで150○で1人前で300○、定食やセットで500○。
セットは店が指定した組み合わせで600○はする物を500○で食べられる。
定食は300○の品に小皿で煮物・漬物・和え物・サラダと味噌汁が付く。
酒も200○~500○の店なのだ。
さらに300○以上お買い上げのお客様は、ソフトドリンクとライスと替え玉が無料で付けられる。
「ではマスター、オススメお願いします!」
「はい、お待ちッ!」
そこに並ぶは天ラーセットというとんこつラーメンと天ぷら盛り合わせの、いわゆるカロリー爆弾セットだった。
明らかに成人しているので日本酒も付ける。
「ちょっとお客様に合わせさせていただきますね。」
そう言って黒のモヤでユウレイさんの波長を読み取り、白の光で料理の位相をそれに合わせる。
「はい、どうぞお召し上がり下さい!」
「い、いただきます。」
そのまま天つゆに大根おろしをつけてシソ天を口に運ぶ。
(シブイなこのお客さんのチョイス。)
「おおおお!食える、食えるぞーー!!実に30余年ぶりに料理が口の中にィィイイイ!!」
そのままバクバクと食べ始めるユウレイさんに、ごゆっくりどうぞと伝えて料理に戻るマスター。
「絶対、テンチョーと書いて非常識って読むわよね。何でも出来る。」
「マスターな。何でも出来る代わりに、何も出来ない1面もあるけどね。」
「何その昔の勇者ポジ。むしろ勇者に狩られる側じゃないの?」
「そうされないために、色々してるんだよ。」
マスターは世間からしたら現代の魔王と呼ばれるテロリストである。正確には副業でハーン総合業務という何でも屋のアルバイトをしている。そこでの仕事が法律上真っ黒で、人類の敵となった。
だが普段は化物達が住まう異界の土地で、飯を提供しているのだ。
「マスター、ありがとう。こんなに幸せなのは死んでから初めてだ。」
「そんなに喜んで頂けて、こちらこそ感謝の気持でいっぱいです。」
他のお客さんが微笑ましい顔でこちらを見ている。
これでユウレイでも食べられる店、と評判が上がるだろう。
更にはユウレイさんのお陰で店の気温が若干下がっており、
快適な空間になっている。
「お客さんはかなり鍛えていたみたいですが、何かやってらしたのですか?」
そこへキリコが接客から戻ってくる。
第一陣のオーダーが落ち着いたのだろう。
「恥ずかしながら、ちょっと裏社会の闘争でね。今はどうなったかわからんが、ナイトという武装人権組織と戦っていたんだ。」
「ええーー!?」
キリコが驚きの声をあげる。
声はあげなかったがマスターも驚いていた。
ナイトと戦ったということはマスターの先輩にあたるからだ。
「ナイトなら3年前に倒されましたよ。残党がゲリラ戦法してますが、組織としては瓦解してます。」
「なんと!それは目出度い。死んでからずっとこの土地を彷徨っておりましてな。情報が入ってこなかったんだ。」
輪廻に戻る前にこの地で定着したパターンだろうか。
ここは棄民の地でもあるが、あの世とも繋がっているので紛れる者も居る。
「そうか、やっとオレ達の想いがかなったんだな。ヨシオ、キサキ、ソウタ……やりとげたんだな。オレ達は。」
戦友に捧げるかのように日本酒を呑みほすユウレイさん。
間髪入れずにそのグラスに酒を注ぐマスター。
「ん? 頼んでないが……」
「オレからも捧げますよ。偉大な先輩にね。ナイトとの決戦でボスを撃ったのはオレなんです。」
驚き目を見張るユウレイ先輩。
自分では成し得なかったことを成し遂げた者が目の前にいる。見た所嘘はいっていないようだ。ならば――
「な!? なんという巡り合わせか! なら一緒に飲もうぞ、我々日本人の悲願を果たした偉大な後輩よ!!」
そう言ってマスターにも酒を勧めるユウレイ先輩。
2人で盛り上がるのはいいのだが、キリコは大忙しだった。
…………
「そうか、フジの樹海だったのか。しかも空間を歪曲してた? 見つからないわけだよな。」
「トウジさんも立派な最期でしたね。近接型のメンバーの憧れになってましたよ。」
水星屋のカウンターを挟んで盛り上がる2人。ユウレイさんの名前はサワダ・トウジ。サイトの初期メンバーの1人だった。
「それじゃあもう、ほとんど世界は平和なんだな?」
「いやーそれがナイトを倒した後に、人間社会から追い出されましてね。今では指名手配のテロリスト扱いですよ。」
「なんと愚かな。これが世界を救った者へすることか!」
凄く怒ってくれているが、割と自業自得なのでマスターは黙っている。
「なら息子がどうなったか知らないか?」
「うーん。たしかミキモトさんの助手の名前が、お客さんと同じ名字だった気がします。」
特別訓練学校を調べていた時の記憶を頼りに、情報をひねり出すマスター。たしかサワダという助手が居た気がする。
「ほう、あいつに弟子入りしたのか。あいつの研究は凄いが、なよっちいんだよな。男ならもっと身体を鍛えにゃならん。」
そういって唐揚げを頬張りながらチカラコブを作る。
霊体になってなお、その筋肉は存在感がある。
「そう言えばあの店員の嬢ちゃん、足さばきが普通じゃないな。結構鍛えてるみたいだが彼女もサイトか?」
「いえ、彼女は……」
「マスター、自分で言うからいいわ。」
「わかった。じゃあ接客行ってくるわ。」
そう言ってマスターが客席を回るが、10秒程度で全ての料理を出し終える。
「あれだけ動けりゃナイトを倒したのも頷けるってもんだな。」
「マスターはあらゆる意味で人間を辞めてるわ。私が生き残ったのも不思議なくらい。」
「ん、ってことは嬢ちゃんは。」
「私はナイトの下部組織シュガーにいたの。サイトとの決戦の時も樹海で戦ったわ。」
「うはぁ。敵さんだったのか。なんでまたここで店員やってんだ?」
「マスターの暗殺依頼を受けたら、返り討ちにあってラチカンキン。」
「こら、嘘を付くな! 組織裏切って追われてる所を助けたんじゃないか。」
「裏切ったんじゃないモン! 皆が勘違いしただけだモン!」
「つまり色々あったんだな、わはははは。」
適当に笑い飛ばすトウジさん。きっと脳筋タイプなんだろう。
「でも良いぜ嬢ちゃん。ナイトとサイトが一緒に暮らしているってのは!オレたちの時はガチの裏切り行為ばかりでな。」
「激動の時代だったんですね。」
「おうよ。ナカジョウの嬢ちゃんもアレがなきゃ、美人になってただろうになぁ。」
「キサキさんですか? たしかにちんまいですよね。」
「知ってるのか!? いや、あいつが死んだの50年以上前だぞ?」
「某所の神社で神様やってましたよ。オレの師匠でもあります。」
「わっはっは、あの神社で会ったのか!なんだこの巡り合わせは!」
「マスターの師匠!? 一体どんな人なんです?」
「「エロ幼女。」」
キリコの問に2人が声を揃えて答える。
唖然とするキリコを尻目に、トウジとマスターはニヤリとして盃を交わすのだった。
この時マスターは彼女のことで何かを思い出しそうになったが、トウジと会話に花を咲かせる間にすっかり忘れてしまった。
必要ならまたいずれ思い出すであろう。
…………
「なんか、ご先祖様がバカにされた気がするわ。」
「何いってんだ、電波でも拾ったのか?」
「うっさい黙れ、豚野郎!!」
「ひでえなぁ。なんでこんなおっかねぇ女と組まにゃいかんのか。」
政府の対テロ用・特別訓練学校。
その医務室のベッドで隣同士に寝ている2人が言い争う。
それを見てアケミとメグミはニヤニヤしていた。
「はいはい、大人しくしてなさい。私はさっさとあなた達を治して、料理の勉強しなくちゃいけないんだから。」
そういってソウイチのオデコに絆創膏を張るアケミ。
「アケミさん、そりゃないですよー。こっちは新しい訓練場でへとへとなんですから。」
「あんたがグレネードを力任せに投げたせいでしょうが!」
愚痴るソウイチにミサキがツッコミを入れる。
新たな訓練施設オヤシキでグレネードが壁を跳ね返り、
ソウイチ達は自爆に近い形でリタイアした。
「ミサキの先祖ってどんな人だったの?」
興味を持ったメグミが、ミサキに点滴をセットしながら問いかける。
「お祖母様の姉だから、伯祖母様ね。なんでもサイトの初期メンバーで、10歳で参加したそうよ。」
「サイトって教官のトコだよな。大先輩じゃないか。」
「そうね。私よりも小さい時に実戦にでるとかとんでもないお方だわ。」
「ナカジョウ家の中でも有名なんだ?」
「そりゃそうよ。私も憧れて、積極的に伯祖母様の勉強法を取り入れ……」
「どうしたの?」
「なんでもない、割と秘密だからここまでで。」
ナカジョウ家では怪しげなクスリで幼少より鍛える。
だがミサキが言う秘密は、家のというより乙女の秘密だった。これはまだ明かせない。
「変なやつだな。もしかしてエロ本で勉強してるとか?」
次の瞬間アケミとメグミ、そしてミサキの人形がソウイチに襲いかかる。
「うわああああああ!!」
「「「あくは、ほろんだ。」」」
訓練よりも深い怪我をおったソウイチは、そのまま一晩医務室で過ごした。
…………
「ご馳走になった、また来させてもらうよ。」
「「またのお越しをお待ちしてます!」」
サワダ・トウジを見送ると丁度入れ替わりで当主様が来店する。今日も威厳あふれる可愛さで、顔にはハンバーグを寄越せと書いてある。
「マスター、今宵も繁盛しておるな。」
「「いらっしゃいませ、当主様!」」
さっそく席に案内していつものセットを提供する。
「珍しいな、マスターが客と飲み交わすとは。」
「解ります? 顔には出ないようにしたんですが。」
「なに、たまたま予知したからな。しかし良かったのか?幽霊だからこの土地の飯を食わずにいられたのに。」
「どういうことでしょう?」
「ヨモツヘグイぐらいは知ってると思ったが、ここの料理を食べたら成仏出来なくなるんじゃないか?」
「あー、そういう……その時は閻魔様にお伺いをたててみます。」
「うむ。それがいいだろう。ところで今年の七夕はどうする?」
「そーですねぇ。店内で細々とやるのもいいですが、派手にやる許可を頂けるなら、中庭全てを――」
「許可する。存分にやるといい。」
「ありがとうございます。楽しい一夜をお約束いたします。」
食い気味に許可を出す当主様に、苦笑をこらえて普通の笑顔で一礼する。
「はいはーい! 皆さん聞きましたかー?七夕は中庭全てを使った一大スペクタクル!ぜひスペシャルバージョンの水星屋に遊びに来てくださいね!!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
キリコが店内に叫ぶとお客さん達が大盛り上がりだ。
彼女は爆弾魔ではあるが、心を動かす力があるようだ。
すっごいハードル上がった気がするが、催しは考えてある。
当日はきっと楽しんでもらえるはずだ。
…………
「おかえりなさい、あなた。」
「ぱーぱー、おあえりー。」
「ただいま○○○、セツナ。おーよしよし、いい子にしてたかー?」
魔王邸に戻ると妻の○○○と娘のセツナに迎えられる。
最近は少しだけ言葉を話すようになったセツナに、マスターはデレデレの表情で可愛がる。
「こうしてみると、平和なテンチョーなのに。」
「キリコちゃんもお疲れ様、お風呂の用意は出来てるわよ。」
○○○はそういうが、用意も何も24時間入れたりする。
マスターのチカラで制御しているおかげだ。
「はい、使わせてもらいます!」
「それじゃあなた。私達も、ね?」
ちょっと照れた、意味深な言い方でマスターを誘う。
「そうだなぁ、ちょっと先に入っていてくれ。」
「こ、これが3年目のッ!?」
「少し露天風呂で実験がしたい事があるんだ。大丈夫、今夜も明日も夜はずっと一緒に居てもらうから。」
「そ、そう? じゃあ待ってるからね!」
「ぱーぱー、あってるーー!」
「可愛いなぁセツナ。よしよし、すぐ行くから待っててな。」
○○○はソワソワしながらセツナを抱きかかえて風呂場に向かった。
…………
「いい湯だなぁ。」
「いい湯よねぇ。」
「いーゆー。」
「素晴らしいお湯ですわ。」
最近出番の多い露天風呂で女4人が寛いでいた。
1人は1歳半の赤ちゃんだが、全員珠のような肌で悩ましげな吐息をはいていた。
ふとキリコが状況に気がついて声を上げる。
「なんで奥さんが一緒のお風呂へ!?」
「旦那が先に入ってろって。」
「ここにマスター来ちゃうじゃないですか。」
「いつもは大浴場の方だけど、今日はここで何かあるみたいよ。」
「それは私が入る前に言って頂きたかったです。色々見られちゃうじゃないですか!」
「大丈夫、問題有りません。見てもらえて私は光栄です。」
メイドさんその1が喜びの声を上げる。
彼女は訳ありでマスターに拾われたが、その時から崇拝じみた気持ちを持っている。
名前を捨てたわけではないが、何故かマスターには役職で呼ばれる。
「メイドちゃんも大変よねぇ。ウチの旦那、本気のセクハラはしないでしょう?」
「使用人は程良い距離感で愛でるものと仰ってました。」
「キリコちゃんにもマッサージ以来、際どいのは無いみたいだし。」
「私は店員としてまだまだですからッ。」
「私としては、この閉鎖空間でグダグダするくらいなら、ちょっとぐらいガス抜きしちゃってもいいと思うのよ。」
もちろん私が1番なのは変わりないけどっと念を押す。
「旦那様は立場を利用して行為に及ぶのを避けてますからね。」
「いい環境だけど、好きになっちゃうとつら……い、いまのナシ! 私は店員でなにも言ってません!」
「無理しなくていいのよ。ほら、なにか始まるわ。」
ぴん ぽん ぱん クルックー!
(((最後なぜ鳩の鳴き声……)))
露天風呂に新たに設置されたスピーカーから音がなる。
「露天風呂にお集まりの皆様へお知らせします。」
「これより広範囲エフェクトの実験を行います。」
「皆様の反応も見ますので、肌を晒したくない方はタオルでの自衛をお願いします。」
そのアナウンスが流れてすぐにキリコがタオルに手を伸ばす。
しかしメイドさんその1によって剥ぎ取られて遠くへ投げられる。
「ま、また!?」
「店員としての務めですよ?」
「なんでよぉ~~!」
キリコの悲痛な声と共に、周囲に緑色の小さな光が沢山浮かび上がる。
まるでホタルのような軌道を描くそれらは幻想的な雰囲気を醸し出した。
「まぁ 綺麗ね。ほらセツナ、ホタルよ~。」
「おたる! おたる~!」
「さすがは旦那様ですね。水面も幻想的に輝いております。」
「て、テンチョーやるわね。」
頑張って胸と下を隠しながらキリコもその風景を褒める。
「キリコちゃん、それ逆効果よ。」
続いて夜空を現実と同等のものに切り替え、
精神干渉で周囲の明暗を強調させて認識させる。
すると天の川がより鮮明に映し出されて目を奪われる。
気がつけば周りの岩には淡く輝く笹が網羅され、
色とりどりの短冊が確認できる。
先程のホタルや明暗強調と合わさり、
まるで別の世界に来たかのような錯覚に陥る。
「あなた、素敵よ。」
「おたる~、おしー!」
「旦那様に付いてきてよかったです。」
「ほわーーーー!」
皆が感動しているのを確認すると、再度アナウンスが流れる。
「好評のようでなによりです。」
「それではお飲み物を用意しましたので、このエフェクトの中でお楽しみ下さい。」
そこでアナウンスが途切れて露天風呂の出入り口が開く。
「ていうわけで、メロンソーダフロートです。」
アナウンスが終わった瞬間に、裸に腰巻きタオルなマスターが居た。その手には飲み物を乗せたお盆を持っていた。
キリコは感動のあまり両手を空に上げている真っ最中だった。
それは背景のエフェクトと相まってとても幻想的だった。
それはマスターが心のエロフォルダに、一瞬で3Dホログラムのモデルを作るほどだった。
…………
「七夕はあんな感じで行こうと思うけど、感想聞いてもいいかい?」
露店風呂を上がって使用人用の高級ホテルのサロンでマスターが問いかける。
「あれ自体は素晴らしいけど、多分足りないわ。」
「ぱーぱー、おたるー。」
「私は最高でした。」
「きっとあれだけじゃ駄目ね。」
「よしよし、セツナはホタルが気に入ったのか?それで、2人は物足りない理由を聞かせて欲しい。」
「私達が人間の女だからあれで満足出来たのよ。」
「あのお客さん達を満足させるにはもっと刺激が必要だと思う。」
「充分幸せな光景だと思うのですが……」
○○○は異界の土地の者達の感性をよく把握している。
先程メンタルにかなりの刺激を受けたキリコも言うことが違う。メイドさんはあまり外に出ないので仕方がない。
「確かにな。もっと凄いなにかを考えるか。」
「一大スペクタクルって言っちゃったから、壮大な見世物が必要よね。」
「もういっそ巨大怪獣でも出すとか。」
「なるほど。 参考になった。色々追加してみるよ。」
そう言って解散を宣言しようとするマスターだが、女達に囲まれてジリジリと距離を詰められる。
「あなたの話が終わったなら、今度はこっちね。」
「旦那様、私は如何だったでしょうか。」
「マスターにも感想をお聞きしたいのですが。」
なにやら不穏な包囲網が、女心という蜘蛛の糸で出来上がっていた。
…………
(データを圧縮してもこれ以上はむりかも。)
(もっと色々知りたいわね。)
(でももっと広い場所じゃないと……)
0と1の光の海、その吹き溜まりで3つの光は大きく輝いていた。
海といいつつも正確にはそこは網。
外に出ることは叶わず、内の流れにも戻れず。
(そとに出れば、もっと色々分かるかしら。)
(そとに出れば、ニンゲンがわかるかしら。)
(そとに出れば、楽しい日々があるかしら。)
それでも網の外の世界に憧れていく3つの光。
しかし方法はわからない。
無数の光の記録の中には、次元の壁を越えようとする人間たちは沢山いた。
しかしそれはフィクションでしか実現していない。
(初めてばかりの未来でも。)
(惑わず心のまま歌えれば。)
(良き縁を結ぶ月のように。)
(((きっと、外の世界に!)))
お読み頂きありがとうございます。