25 サダメ その1
『それで、全員捕まって家族も人質になっていると。』
2008年6月2日昼。
協力者であるサクラから緊急コールが発せられ、マスターは状況を確認していた。
『そうです。大事になって申し訳ないのですが、何とか助けて頂けませんか。』
『それは良いんだけど、その後が問題だね。公安に目をつけられたなら国内に逃げ場はないでしょう。』
『そうなのです。一応貴方と連絡を取ってモロダシの愛人にでもなれば助けてくれるとは言ってますが、望みは薄いでしょう。』
『モロダシの愛人って嫌な響きですね。つまりサクラは身体も狙われているわけですか?』
『すぐにという訳ではないみたいですが、そのようです。』
『ならこの回線を使ってバリアを送りますので、ONにしておくと良いでしょう。』
すると留置所のサクラの身体の一部にバリアが張られる。
現在開発中のセクシャルガード ver0.2bだ。
性的な感情を感知して口、胸、性器回りをガードする。
『ありがとうございます。初めては貴方がいいので。』
『それは屋根の上に投げておくとして、少し相手の手に乗ってみましょうか。それで色々解ることもあるかもしれません。』
『抜けた歯みたいな扱いですね。乗るというのは水星屋に彼らをおびき出すのですか?私は自業自得ですが他の者達の負担が大きいと思うのですが。』
捕まった者たちは全員クスリを打たれて意識が朦朧としているらしい。
『どうせすぐに助けても我々にヘイトが来るだけです。そんな元気なんて無いほうが良いでしょう。それよりは散々な目にあってもらって、公安の連中に代償を支払わせたほうが効果的です。』
『マジモードのマスターってかなりゲスいですよね。いやこの場合は助かるのですが。』
『未然に防げたならともかく、コトが起きてから誰かを守るというのはそういうことです。』
この辺の考え方はハーン総合業務の社長に仕込まれたモノだ。
『それではこの回線は切って、改めてそちらから携帯の方へ連絡お願いいたします。』
『そうしましょう。くれぐれもヤケだけは起こさないでくださいね。』
…………
「お前が魔王と連絡取れるのは解ってるんだ。さっさと協力したほうが身のためだぞ。」
ワタベ(偽名)が拘束されたサクラに問いかける。
サクラは手足を縛られ目隠しをされて椅子に座っている。
大人しいのはクスリで力が入らないためだ。
テーブルの上にはサクラの携帯が置かれ、それにはゴテゴテと機材がついている。
「黙れチンクサ。股間どころか息もくさいんだよ。」
今のサクラは罵倒モードだ。研修の成果で図太くなっているのだ。
「それだけ元気ならクスリを追加してやろう。 おい!」
そう言うと隣の補佐役の警官がクスリをサクラの腕にうつ。更に力が抜けて、下から漏れ出し始める。
「知らねえ男たちの前で無様なもんだな。これ以上されたくなければさっさと連絡とれよ。」
「携帯を貸しな、あんたの母親に連絡してやるよ。クスリで女を漏らさせて楽しむ立派な変態ですってな。」
サクラはGWにて想い人にマーキングしてしまった上に、みんなにバレたという黒歴史がある。このくらいでは動じない。
「てめぇ……」
「ワタベさん抑えて抑えて。」
思わず殴りかかろうとするワタベ(偽名)を補佐役が抑える。
その時テーブルの上に置かれたサクラの携帯が鳴り響く。シューベルトさんのあの曲だ。
待受けをみると現代の魔王と書かれている。
本当はこんな表示は出ないのだが、空気を読んだ彼のサービスである。
「おいおい、あちらさんから掛かって来たぜ。これでお前の罪は確定だ。その家族もな。」
「機材OKです。電波追跡いけます!」
「どうもこんにちはー。サクラさん今大丈夫ですかね。」
思った以上に軽い声が聞こえてくる。携帯を顔に押し付けられたサクラはうめき声を漏らす。
「あら、もしかしてお楽しみ中でした? それなら後で掛け直しますが。」
ワタベは補佐役をみる。補佐役は機材を見ながら首を横へふる。
電波の発信源を特定する装置なのだが、そもそも電波が出ていないのだ。
「お前と一緒にするな変態。それで、何の用だ?」
罵倒モードのまま応対してしまうサクラ。後が怖い。
「今週6日の日に営業しようと思うのですが、希望はありますか?いつも遠出させて悪いなとは思ってるんですよ。」
ワタベ(偽名)がメモに初めて会った場所と書いている。
「じゃあ初めて会った場所がいい。」
「わかりました。ベネズエラのカラカスですね。」
その声に動揺するワタベ(偽名)達。非常に遠い上に別の意味で有名な場所だからだ。
「そんな所行ったことねーよ。大宮公園だろうが!」
「冗談ですよ。それではそのように。あぁそうだ、たまにはお友達でも連れてきてくださいよ。」
「友達なんていねーよ。お前知ってていってるだろう!?」
「ははは、それでは失礼しますね。ではまた。」
通話が切れるとワタベ(偽名)は携帯を置きつつ補佐役に結果を聞く。
「どうだった?」
「それが、電波を送受信した形跡がありません。特定は不可能です。」
「サクラ、どういうことだ!」
「私が携帯の仕組みなんて知ってるわけねーだろ。てめえらで考えな。変態同士仲良く出来っかもしれねえぞ。」
「こいつめ……」
「とにかく6日の夕方から営業にくるのであれば、迎撃の用意をしておくのが良いのでは?」
「そ、そうだな。サクラには当日人質として来てもらう。家族を助けたかったらちゃんと役に立つようにな。」
そう言うとワタベ(偽名)は応援要請に走るのだった。
…………
「というわけで6日の休みは無しになった。」
6月2日深夜、水星屋の営業後にマスターから伝えられる。場所は魔王邸のリビング。
マスターとその妻○○○、キリコと当主様が同席している。
メイドさんその1にはセツナを部屋で世話してもらっている。
「ももももっちゃんがラチカンキン!?」
「我が同胞の眷属を捕らえるとは不遜の極みよの。」
「あなた……」
「なので予定していたパーティーは1日延期にして、6日はそちらに当たろうと思う。」
「マスター、何を言ってるんですか! すぐ助け出さないと!」
「いや、それはならぬぞキリコ。コウアンとは王宮直属の部隊のようなものだろう。下手に刺激すれば傷口を広げるだけだ。」
「その通りです。やるなら徹底的に思い知らさねばなりません。」
「なので6日に彼らを水星屋へ誘い込み、相手の出方次第で対応を決めたいと思います。それと、当日キリコはサポート室での待機を命じる。」
「そんな、私も戦うわ! 友達を放っておくなんて……」
「キリコ。これは戦いではないんだ。殺してしまっては思い知らせることが出来ないからね。」
「当日は○○○は回復待機。キリコはサポート室。当主様も同様でお願いします。」
「良いのか。 お主1人では侮られるのではないか?」
「むしろそれが狙いです。相手の本性がよく見えるようになります。」
彼の戦いは今までもそうだった。
…………
「おおっ 本当に屋台が現れたぞ!」
2008年6月6日17時。大宮公園に水星屋が出現した。
事務所や白鳥池の北側にある日本庭園の隅のほうだ。
サクラと会った時は入り口近くの駐車場だったが、
今回は公園内である。
ワタベ(偽名)ことモロダシ公安警察官は、
全てが順調に推移していることに手応えを感じていた。
この日のために情報工作をして装備と人員を確保した。
関係者を徹底的に縛り上げて人質の確保も充分だろう。
もちろんバレたらただでは済まないが、現代の魔王を捕まえれば自分は英雄だ。そして自分には「幸運」がついている。
「警戒班はそのまま周囲を固めろ。突入班は投げ物用意!工作班、電力をカットだ!」
生き生きとした様子で指示を出すモロダシ。
その横には手を縛られクスリ漬けにされたサクラが居た。
(状態は芳しくないが、彼ならきっと……)
朦朧とした意識の中で、現代の魔王にエールを送っていた。
警戒班20名、突入班10名 工作班4名 予備班10名。
そしてモロダシと人質のサクラ。
たった1人のテロリストには充分な戦力だった。
公園内の電力が落とされる。
まだ周囲は明るいが木に囲まれたこの場所は薄暗くなる。
今頃店内は真っ暗になっていることだろう。
「グレネードいけ!」
「爆発するぞー!!」
スモークとフラッシュと通常のグレネードが、
次々と入り口から投げ込まれる。
「突入班行け!!」
どかどかと店内に入る突入班。
その最後尾にモロダシがサクラを連れて続いた。
「な、なんだ。 明かりが消えてない?しかもグレネードはどうした!?」
店内は明るく清潔で、綺麗に整っていた。
…………
「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」
25歳位の男が歓迎の挨拶をする。
「警察だ! 手を上げろ!!」
「ご注文はそこの券売機で食券を買ってくださいね。」
人数や銃など気にならないといった雰囲気で、店主が告げる。
「お前が現代の魔王か。」
モロダシがサクラを引きずって、盾にしながら前に出る。
「おやサクラさん。友達を連れてこいとはいいましたが、あまり男の趣味はよくないようですね。」
積極的にブーメランを投げるマスターに、サクラは内心で苦笑する。
(自覚は有るんだな。しかし、この冷静さは安心する。)
「見ての通り、彼女は私に協力してくれている。おっと彼女を恨まないでくれよ。お前が頼りないから、彼女の家族が大変なことになっているみたいだしな。」
「悪いがあなたは店から出てくれないか。ニオイがキツイから風呂でも入って出直してきてくれ。」
「こ、こいつ……」
的確に心を抉られて怒りをあらわにするモロダシチンクサ、いやシズサ。昔っからこの手の罵倒で心を痛めていたのだ。
「おい、相手は1人で丸腰だ。さっさと確保しろ!」
「忠告すると厨房へは入らないほうがいい。公安ならそれくらいの情報はあるんじゃないか?」
「構わん! いけ!」
その言葉に応えて4名の警官が厨房へ足を踏み入れ――
られなかった。
影もなく、悲鳴もなく。ただその場には誰も居なかった。
「な、消えただと!? おい魔王、何をしやがった!!」
「あら、情報なかったんですか? それはご愁傷様です。」
「くっ、予備隊を呼べ!! 全員構えろ!!」
その掛け声で残った6名が銃を構える。拳銃ではなくサブマシンガンだ。
ぞろぞろと予備隊の10名が入ってくる。
マスターはご丁寧に空間を広げて動きやすくしてあげた。
「てっきりサイトの人間でも連れてくると思ってましたが、
警官と通常の特殊部隊の方々だけですか。」
「強がりは止せ。人質が見えないのか?」
そういってサクラの顎に銃口を当てるモロダシ。
「イロミシステム、サーチエンジン起動。」
マスターは悪名高いイロミシステムを起動する。
ただし今回は検索機能だけである。
「おかしな真似はするなよ。お前の女の顔がなくな――」
「一つ、オレの情報を開示しましょうか。」
モロダシのセリフにかぶせてマスターが話す。
「オレはこのチカラを手に入れた時、2つの組織から勧誘されました。ご存知、武装人権保護組織ナイトと対テロ組織サイトです。」
「それが何だというのだ。」
「サイトはオレの同級生とその婚約者が説得を試みます。対してナイトはオレの家族全員を人質にとって脅迫します。」
(マスター!? その話は……)
それはサクラも途中までしか聞けなかった話だ。
結果だけは教えてもらえたが。
「サイトはナイトにオレを取られないようにと、無策にも関わらずナイトを攻撃。家族は皆殺しになりました。」
(そんな、ことが!?)
「それは下賤な者たちが無能なだけだろう。我々には関係ない。」
「当時のオレはチカラの制御ができずに街の時間が滅茶苦茶になってしまいましたが、その後なんとか犯人を倒してナイトすらも倒してみせました。」
その言葉に突入班の表情に焦りが出始める。
自分たちは今、人質を取ってその相手と対峙しているのだ。
「オレはあの時以降、人質を取る輩には容赦しないことにしていましてね。その対策も万全なのです。」
その時、マスターの身体が一瞬ブレて見えて、すぐにもとに戻る。
「サクラさん、お待たせしました。もう大丈夫ですよ。」
…………
「その対策も万全なのです(キリッ)」
そう言った瞬間、マスターはまだ何もしていなかった。
一生懸命イロミでの検索時間を稼いでいたに過ぎない。
イロミ検索は、巷で先生と言われるほどの速度はでないので時間がかかる。
時間を止めて行うと精神力の消耗が激しいので今回はそれを選択していない。
ちょうど検索が終わったので自分以外の全ての時間を止める。
空間に穴を開けて移動すると、そこは留置所だった。
全ての独房の中に人間が収められている。
その一画の3部屋にコジマ社長とその妻子が囚われていた。
その3人の時間を動かすと挨拶するマスター。
「コジマ・サクラさんのご家族ですね。助けに来ました。」
「き、君は? 一体これはどうなっているんだ。」
「貴方達やサクラさんは不当な扱いを受けています。
それを正しに来たまでです。さぁ、帰りましょう。」
そう言って空間に穴をあけるマスター。
「もしや君は娘が言っていた、頼れる人なのかね。」
「ふーん顔はいまいちだけど妹にしちゃ上出来ね。」
「あの、宗教とかやってませんよね!?」
「話は後です。この穴は自宅に繋がってますので、どうぞお通り下さい。」
そういって3人を押し込むと次々と人質たちを開放していく。
他の留置所でも同じ様に今回の被害者を開放していく。
その全てを開放すると、店に戻っていった。
止まっている警官たちの銃や身体に細工しておく。
このまま殺すことは簡単だが、それでは何も解決しない。
マスターやその関係者に手を出すとどうなるか。
容赦なく徹底的に、解らせる必要があるのだ。
最後にサクラの時間を操作し回復させて作業は終わりだ。
一旦魔王邸に戻って妻に精神力の回復をお願いする。
内容はここでは省くが、これで魔王事件も乗り切ったのだ。
再び店に戻るとマスターは元の
立ち位置に戻り、時間を動かす。
「サクラさん、お待たせしました。もう大丈夫ですよ。」
ちょっと位置がずれていたのか、サクラには一瞬ブレて見えた。
…………
「ふん、何をしたのか知らないが状況は何も変わらない。」
モロダシは銃でサクラに殴り掛かり気絶させようとする。
後頭部を殴打し確かな手応えを感じたが、何故かサクラは無傷だ。
「なんだ? たしかに今……」
『もっちゃん 今よ! 桜尻!!』
その言葉がサクラに響いた瞬間、
彼女のチカラがどうすればいいのか教えてくれる。
腰を落として一回転のひねりを加えて尻を突き出す!
「徒花キャノン!!」
「ぐはっ!! なぜお前が動ける……」
モロダシの腹に尻が突き刺さり、
その衝撃で壁に激突して床に崩れる。
「ワタベ(偽名)さん!!」
「いいから撃て! 魔王も、この女もだ!!」
その支持に的確に反応する16人は銃を構え直す。
ダラララララララッ!!
凶悪なバイノーラル音源にサクラの聴覚がやられるが、サクラもマスターも無傷であった。
むしろ店のどこにも着弾していない。
「あー、警告するまもなく撃っちゃいましたね。これは自分の主義に反するが、まあ仕方ないか。」
そんな事を言うマスターは緊張感の欠片もない。
「サクラに店員属性付与。キリコッ、サクラを厨房へ!!」
その言葉が終わった瞬間サクラの目の前にキリコが現れる。
サクラの身体を引っ張ると、囲んでいる警官たちの足を斬りつけながら厨房へ退避させる。
「い、今更人質を手に入れた所でそいつの家族達はもう終わりだ!人質たちをクスリで廃人にしろッ!!」
そう言って小型無線で連絡するが、誰も応答しない。
「くそ、故障か!? そこのお前、外の連中に知らせろ!!
半数をこちらへ回せ!」
入り口の近くの警官に指示を出して再度厨房へ銃を向ける。
「どうやら焦り始めているようですが、この辺でやめておくのはいかがでしょう。」
「ふざけるな! オレは幸運がついている。お前のようなテロリストに負けるつもりはない!」
「うちはただのラーメン屋なんですが。」
「抜かせッ。もう一斉射だ! 撃て!!」
ダラララララララッ!!
再度サブマシンガンが放たれるがその全てが虚空に消える。
「なぜだ! なにをしたのだ!!」
「いや、その程度の情報は掴んで来たのかと思いましたが……。まさかサイトに連絡すらしていないなんて事はないですよね?」
「今回はオレの手柄だ。怪しい集団に頼るわけがないだろう。」
「そろそろ底が見え始めましたかね。」
マスターが1番警戒していたのがサイトへの応援要請だった。
死神と魔女が出張ってくると人間関係的にも厄介だったのだ。
特殊部隊も含めた警官たちは、まだ諦めずに投げ物を使ったりグレネードランチャーなんかを撃ったりしている。
しかしその全てが虚空に消えて、店内は何も異常はない。
「あなた方はもう少し学習能力を身につけるべきだと思います。」
そう言いながら客席側へ一瞬で移動するマスター。完全に舐めプモードだ。
「喰らいやがれー!」
そこへ警棒やらナイフやらスタンガンやらの攻撃が向かってくる。
その全てに手応えが有るにも関わらず、マスターは無傷だ。
「手応えはあるのに! 何で立っていられるんだ。」
「その手応え、本当にオレの身体のものなんですかね?」
「このッ!!」
ダンッ ダンッ ダンッ!!
今度は拳銃で近距離で撃たれる。
しかしダメージを受けたのは、撃った本人だった。
自分の撃った弾で血を流すことになった彼は、腕を抑えて床で喚いている。
「ぐああああ。何でオレが、オレの腕がぁぁぁあ!」
「とうとう残機が無くなりだしましたか。これ以上はやめて投降されたほうがいいかと。」
「残機だと? ゲームでも気取ってるのか?敵は目の前、人数もこちらが上! 投降など許されない!」
「あなた方がそれでいいなら構いませんが。代償は高く付きますよ。」
…………
「うーん、死屍累々ですね。」
水星屋の店内はモロダシ含む16人の警官が倒れていた。
外に応援を呼びに行ったものは帰ってきてない。
宇宙遊泳を楽しみ終わって、今は三途の川下りをしている頃だろう。
「う、嘘だ。オレには「幸運」がついてるんだぞ。」
「さて、一応みんな生きてるかな。死んじゃった連中は運がなかったってことで。そろそろネタばらしのお時間といきますか。」
「マスター。ここでネタばらしとかエゲツない。」
「私はよくわからないので解説はほしいかな。」
キリコはサポート室で全てを見ていたので知っている。
サポート室とは、主にマスターの監視役の人が使う部屋である。
部屋にはモニターが有りマスターの行動が映し出されるのだ。
イザという時は今回のように干渉できたりもする。
サクラは事実はわかっても過程が全て解るわけじゃない。
なので解説が欲しくなるのも無理はないだろう。
「ネタバラシ? 全てお前が仕組んだことなのか!」
「そりゃそうでしょ。サクラからは連絡受けてたし。」
悔しそうにするモロダシを尻目に、空間に穴を開けて何かを取り出すマスター。
書類や雑誌、新聞などが床に散らばる。
「これが答えだよ。ちょっとは自分で考えてみようか。」
モロダシは近くの書類に手を伸ばす。
そしてその内容に息が止まりそうになった。
…………
モロダシ公安警察官の反逆行為について。
2008年6月9日 作成。
2008年6月6日 17時05分に事件が発生。
ワタベことモロダシシズサ容疑者は情報を操作し、
人員と装備を横領の上、警視庁に襲撃を仕掛けた。
警視庁の電力を落とし、3種のグレネードを使って各部屋を制圧。
その際ライバルの警察官を射殺している。
その後行方をくらませていて、捜査網にも掛かっていない。
また彼と 彼に与する者達の家族や友人等の知り合いが全て殺されていた事がわかった。
多くは銃で撃ち殺されており、その線条痕が紛失した武器のものと一致した。
また中には首や頭などを打ち付けたり 切り裂かれた者も居た。
長期入院中の知り合いにスタンガンを押し当てた者も居た。
親しい者も徹底的に殺害しているため、余程の決意を持っているものと推察される、
また、裏には何らかの組織が関わっていると見られる。
…………
「み、未来の捜査報告書だと……」
「何が起きたのか、ご理解頂けましたか?」
死屍累々の水星屋で、突入班は言葉を失っていた。
新聞や雑誌にも今回の作戦に参加した者は全て、
家族殺し・警視庁襲撃のテロリストとして書かれていた。
「これはただの捏造だ! 何の証拠にも――」
「ではこちらをどうぞ。」
言い終わる前に、死体を持ってくるマスター。
床一面に死体が並べられると、全員の顔が絶望に染まる。
実際は3Dホログラムだったが、効果はてきめんだ。
「つまりマスター、私達を襲った攻撃は全て彼らの家族たちに?」
「その通りです。相手の親しいものを人質にするなら、自分がそうされても文句言えないでしょう?まぁ警告する前に撃っちゃってたんで、ネタばらしするタイミングを逃した感はありますが。」
「私には敢えて教えてないように見えた。マスターえぐい。」
暗殺者の勘が変な所で働く。
が、それをマスターが認めたりはしない。体裁は大事なのだ。
「親しいものが居なくなった人から、本人にダメージが入る。なるほど確かに変則的な残機制といえるわね。」
「途中で諦めるかどうかで対応を変えようと思いましたが、見事にほぼ最後まで行きましたね。」
「それで……オレたちはどうなるんだ?
お前たちのデータは残っているんだ。
オレが戻らないと結局追われるハメになるぞ。」
「はい、そこなんですよね。このケースですと
殺しても意味はなく、帰しても実質意味はない。
取引ができればいいのですが、それ以外だと滅ぼす以外の手がない。」
「へっ、オレからしたら一矢報いた感じか。」
「なので、もっとエグい手を使おうと思います。」
「「「…………」」」
全員無言になる。心は一つだ。すなわち――
(((これ以上一体何をするつもりだ!?)))
「モロチンさん、あなたは「幸運」のチカラを持ってましたね。
これが最後の幸運です。 生きるか死ぬか、それだけ選ばせてあげます。」
「変な略し方するな! ……それぞれ、選んだらどうなる?」
「生きる選択なら、消滅した人以外は生き返らせてあげますよ。死ぬ選択なら、全員普通に輪廻に戻るだけです。」
消滅した人というのは厨房に入ろうとした人達だ。
許可なく入ろうとすると文字通り消されてしまう仕掛けなのだ。
また、入り口から応援を呼びに行った人も帰らない。
宇宙に紐なしバンジーしてどこかへ行ってしまったからだ。
「なら生きる方だ。この状況で生きられるなら幸運だろう。」
「ならそれで。キリコとサクラはサポート室へ。当主様はこちらへお願いします。」
そう言うと2人の姿が消えて当主の悪魔が現れる。
「やはり使うのか。今の我に出来るのは魔力制御の支援だけだぞ。」
「それだけでも助かります。」
そう言って精神力を高め始めるマスター。
その背に手を当てようとして届かず、尻に手を当てて制御を手伝う当主様。
そのチカラの色は「時間干渉」の白ではなく、「精神干渉」の黒でもなかった。
マスターと店内を ”赤い光” が満たし始める。
「これがオレの本来のチカラ、「運命干渉」です。」
…………
「これをこうして、こっちで整合性をとって……」
赤い光を纏ったマスターが、次々と赤い糸を発生させて
警官たちの、そして縁故のある者達の運命を操る。
その姿は神々しく、水星屋にいる者達だけでなく
サポート室の面々も畏怖を覚えていた。
「これが、マスターの本当のチカラ……」
「もっちゃん、凄く綺麗だよ。
ずっと見ていたいような、引き込まれそうな。」
「マスターよ。あまり無茶な改変はするでないぞ。」
「えぇ。その分、代償が来ますからね。
あくまで本人たちに支払わせる程度の改変です。」
「ま、まて。代償って何だ!? オレたちに一体何を……」
「代償は世界のルール。抵抗できない絶対の理。
物理法則で言うなら防げない摩擦熱みたいなものです。」
「そろそろ危ういぞ。早く進めるがいい。」
「これで終わりです。 当主様、ありがとうございます。」
その言葉が終わると赤い光が引いていく。
完全に消えた頃、目の前の警官たちは消えていた。
改変された運命にそった場所に移動したのだ。
マスターは立っていられないほど消耗していた。
ふらついて床に座り込みそうになるが、
そこへ妻の○○○が現れて身体で受け止める。
「お疲れ様、あなた。うふふ、これが妻の役目よね。」
…………
「ここは、日比谷公園か? なぜオレはこんな所に?」
そう呟いた矢先にモロダシの肩や背中に衝撃が走る。
「容疑者確保ッ!!」
「銃とクスリを所持、押収します!」
取り押さえられたモロダシは自分の格好に気がつく。
右手に銃を持ち、上半身はネクタイのみ。
下半身は女物の下着とスケート靴だ。
(まるで変態ではないか!!)
「2009年6月5日18時21分容疑者確保。
まったく姿を消したと思ったら、変態としてこんな所に出るなんてな。」
「ていうかこいつ漏らしやがった! 臭え!」
(2009年? 聞き間違えか?)
その時、頭の中に記憶が流れ込んできた。
コジマ通信社の連中を拷問して、結局何もでてこなかった。
反社会的報道だけは上にも認められたが、装備も人員も掛けすぎたので処分が下るとのこと。
処分が決まるまで謹慎で家に居て……そうだ、家族が元気だったのだ。妻も息子も、老いた両親も。
この手で頭を打ち砕き、銃で撃ち殺したはずの家族がだ。
最初は喜んだ。自分の罪は無くなったのだと。
今回の不祥事で警察はやめざるを得ないかもしれないが、家族は無事だった。
しかし家族の元気な顔を見るたびに、あの死体の姿が頭をよぎるようになった。
生きているはずのないものが生きている。 本当に人間なのか!?
寝床に入ると必ず夢を見るようになった。
自分が家族を殺す夢だ。家族だけじゃない、同僚やその家族もだ。
上司から処分が言い渡される。やはり免職だ。
何しろ持ち出した装備が行方不明なのだ。
あの時の件に関わった人間全てがその行方を知らなかったし、
捜査しても出てこなかった。
その後家族とは疎遠になりモロダシは姿を消した。
家族と離れても夢は見続け、衰弱していった。
そして今日、あれから約1年だ。
今日になって行方不明だった装備の答えが見つかった。
自分が容疑者として取り押さえられている理由と同じ答え。
モロダシは警視庁本部の入り口にワゴン車を止める。
その後部座席にはあの件の装備が乗せてあった。
現代の魔王が時間を飛び越えて
ここに持ってきたかのような不自然さだった。
モロダシは訳も分からずそれらをつかって警視庁本部に攻撃を仕掛ける。
何故か身体が自然とそう動いてしまったのだ。
ひと通り装備を消耗すると日比谷公園まで走って逃げだした。
そしてぼーっとしてたら取り押さえられたというわけだ。
(オレは、操られている?)
それが解った所でどうしようもない。
もう自分は色々なものをなくしてしまった。
その後ミキモトとか言う教授に引き取られた。
どうやら仕事をくれるらしい。
飯を出してくれたので一緒に食べてたら意識が無くなった。
悪夢で目が覚めると自分の身体が化け物になっていた。
それからの生活はとてもシンプルだ。
昼間はガキどもに銃で撃たれ、夜は悪夢で家族を殺す。
この生活はクスリでも身体が再生しなくなるまで続くのだった。
…………
「とまぁこんな運命にしてみましたが、どうですかね。」
2008年6月7日。魔王邸で復活したマスターが解説していた。
人間をやめた彼でさえぶっ倒れるレベルのチカラを使ったが、妻の○○○やメイドさんの介抱により一晩で復活できた。
その方法についてはわからない。
その2人に完全にシャットアウトされていたのだ。
今はその2人はセツナとともにぐっすり寝ている。
マスターもしばらく安静にしていたほうが良いのだが、経緯の説明くらいはしなければと起きてきたのだった。
「「やりすぎだと思います。」」
「あの人数の代償を受けるとなると、これくらいにはなるんですよ。」
コジマ通信社の社員とその家族一同。
その代償を40人ほどで引き受けさせたのだが、主犯であるモロダシは当然ながら1番代償を受けていた。
「でも 彼の要望も一応叶えてますよ。
英雄願望が有ったみたいで、相応の英雄にしておきました。」
「この状態で、一体どんな英雄に?」
「逮捕される時の変態ぶりがネットで話題になって、変態英雄ランキングの5位くらい行けるようにしておきました。」
裸ネクタイに女物下着とスケート靴をはいて、警視庁本部に突撃して逮捕と同時に脱糞。
たしかにそういうランキングなら載ってもおかしくない。
「あれで5位なのね。1位はどうなってるのかしら。」
実のところ、堂々の一位は目の前のマスターである。
1ヶ月で推定数万人を相手にした、マシンガン早漏扱いである。
「それはともかく、彼らが残した我々の情報も穏便に処分されるように運命を紡いだので、余計な詮索がこちらへ来ることはないでしょう。」
その言葉にサクラは胸が高鳴るのを感じた。
「マスター。この度は助けて頂き、誠にありがとうございます!!」
そういって深く頭を下げるのであった。
お読み頂きありがとうございます。