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24 サクラ その5

 



「魔王ちゃん講座、まずはこんなところね!」



 1週間遡って2008年4月27日。

 学校から少し離れたトキタ夫妻の部屋でユウヤ達4人がトモミの話を聞いていた。


 世界を股にかける現代の魔王の元へ辿り着くため、世界で随一の彼の理解者である人物と面会を果たしたのだ。


 魔王本人や嫁さんが聞いたら、大層憤慨するだろう。トキタ夫妻は現代の魔王が妻子持ちなのを知らないので仕方がない。


 トモミは普段は現代の魔王のことを○○ちゃんと呼んでいるが、今日は生徒の前である都合上 魔王ちゃんと呼んでいる。



「サイトとナイトの戦い、そして戦後の魔王か。」


 授業では詳しく聞けない話がポンポン飛び出してきて、ユウヤは軽く混乱している。他の3人もだ。


「質問があれば何でも聞いてね!」


「じゃあ、僕からいいですか?」とモリトが挙手して了承を取る。


「僕たちは訳あって魔王と会いたいのですが、何か注意点とかアドバイスを頂けたら嬉しいです。」


「うーん、これはもっと後で伝えるつもりだったのだけど。」


 そう前置きしてトモミは続きを語る。


「もし会うことがあれば、絶対に敵対意思を捨てることね。」


「「「え!?」」」


「もちろん立場上は難しいでしょうけど、銃を下ろせば話くらいは聞いてくれるわ。」


「もしそれが出来なくて戦うことになったら、勝つ方法とかあるのでしょうか。」


 あんまりな方法なので、メグミが追加で質問する。


「ほぼ無理よ。 攻撃は全て防がれ策は読まれる。もし時間を止められたら、1秒後にはご先祖様と対面するわ。」


 それ以前に会う方法も無いのだけれどね。と付け足される。


「ナニソレコワイ。勝てる要素無いじゃない!本当に教官はそんな人と渡り合えたの?」


 絶望感満載のヨクミさん。他のメンバーも声には出さないが同じ気持ちだった。


「そんなこと言ってたの? 魔王ちゃんは1度も旦那を攻撃したことがないだけよ。」


 じとーっとした目でケーイチを見ると、教官はそっぽ向いて口笛を吹く。


「どんな扱いを受けても私の大切な人には手をあげない、そんな優しいところもあるのよ。」


「教官いじめっ子とかサイテー。がっかりだわー。」


「別にいじめてね―よ。むしろ仲裁してたんだ。」


 ヨクミの信用がどんどん落ちていくのを見すごぜず、ケーイチも口を出す。


「魔王ちゃんはココロが相当参ってたからね。他の人と折り合いが悪くて……旦那が止めなかったら毎日殺人事件が起きていたわね。」


「サイトって殺伐としすぎじゃないですかね?正義のイメージからどんどんかけ離れていく……」


 サイトにヒーロー的な幻想をもっていたモリトが頭を抱えている。

 その反応に教官達は困った顔になる。自覚はあるようだ。



「あの、オレからもいいですか?」


 そこへユウヤが質問のために挙手する。

 話題をそらしてくれるのは大歓迎とばかりに話を促す教官達。


「オレも時間が少しだけ操れるんですが、消耗が酷くて。何かいい方法とか無いですかね?」


 そっか、貴方が……。

 トモミは過去の時間操作者の事を思い出して懐かしむような、悲しげなような複雑な表情をしながら答える。


「正直難しいのよね。魔王ちゃんも燃費の悪さに苦しんでいたわ。長時間の任務とかは私が制御を手伝っていたくらいだし。ただ、効率よく運用する方法はあるわよ。」


「本当ですか!? ぜひ教えて下さい!」


 前のめりで食いつくユウヤ。今は藁にもすがりたいところだ。



「ズバリ! オタクになるのよ!!」



「「え!?」」


 メグミも一緒に声を出す。モリトとヨクミは興味深そうに聞いている。


「要はイメージだよ。チカラをただ開放するんじゃなく、好きな形をイメージして使うんだ。」


 そこへ歴戦の戦士からの講釈が入る。


「イメージがしっかりしてれば無駄に飛び散るチカラも少ない。だからオタク趣味でイメージ力を養おうってことさ。」


「そーゆーことです!」


「「なるほど、そんな手があったのか。」」


 ユウヤとモリトの声が被る。モリトはチカラが使えない分、仲間の手助けができないか考えているようだ。


「でもそれは根本的な解決にはならないわ。周りの協力が不可欠だから、チームの皆は力になってあげてね。」


「わかりました! でもユウヤ、二次元の女の子にハマらないでよね!」


「参考にするのはワザだよ……」



 そんなこんなで魔王ちゃん講座は幕を下ろす。


 生徒たちを送る為にケーイチは退出する。

 お土産としてユウヤに、大量のマンガ本を持たせていた。


 セメントせいやッ!の表紙が見え、トモミは懐かしい気持ちになる。

 かつてのサイトの悪魔も参考にしていたマンガだった。



 1人残されたトモミは、さめた紅茶を飲みながら考える。


(魔王事件って、燃費の悪い彼だけで出来るのかしら。)


 そうなのである。以前は大技を使うだけで3日は寝込み、ナイトとの決戦後は1ヶ月寝込んだ。


 そんな彼が1ヶ月間もフルで稼働出来るわけがないのだ。


(余程の協力者がいるのか、それとも○○ちゃん自身の何かが変わったか。)


 考えても答えは出ない。もう3年近く会ってない相手なのだ。


(まさか本当に死んでて、幽霊だからチカラを使い放題ってことはないでしょうけど。)



 ちょっと惜しいトモミであった。



 …………



「異次元宇宙で、流れる温水プールとか贅沢ね。」



 2008年5月3日。

 サクラは水着姿で、浮き輪に尻をさしこみ流されている。

 客人が退屈しないように、マスターが一緒に流れて接客している。


「マスターに出会ってなかったら絶対こんなの無理だったわー。宇宙遊泳とかも初めてしたし。」


「オバケが駄目なのに、そういうのは平気なのが不思議だな。」


 プールの前は、家の外にでて飛び回っていた。

 マスターのバリアを宇宙服の代わりにして好き勝手遊んでいたのだ。


「なんかヤバイやつだ!って見えちゃうとちょっとねー。」


「それにサクラは身体能力が高いよね。虐められて引きこもってたんじゃなかったのですか?」


「言い方って大事よね。ほら、私は事実が見えるでしょ?だからドコをドウすればいいとか勘が働くのよ。 」


「なるほどね。身体能力うんぬんじゃなく、思い切りがいいと。そう言えば最初に会った時や、お尻キャノンの時も……」


「それはわすれてー!」


 現代の魔王に脅迫を試みたり、桜尻徒花キャノンで吹き飛ばした事はサクラの黒歴史である。


「ねーマスター。2人っきりだしさ、今まで断られた質問とか聞いていい? 奥さんとのナレソメとか。」


「断る理由があって断ってるんですよ。ていうか2人っきりなら普通は他の女性の話はしないものでは?」


「えーだってぇ。マスターさっきから潜った時に、私のお尻ガン見してるじゃないですか。そのお駄賃です。」


 わかってるんですよー? とこちらにジト目を向けるサクラ。


「マスターって奥さん1番、って言う割に結構セクハラしますよねー。 聞きましたよ、キリコちゃん開発したってー。」


「本人と妻の要請なんだけどね。これでも一線超えないように頑張ったんですよ。」


 魔王邸は家主以外は女所帯だ。

 ルール的な権限はマスターがトップであるが、円滑な人間関係にはコミュニケーションが必要である。


 セクハラすると怒られ、何もしないでも怒られて悪者になる。

 なら一線超えない程度の行為は必要だと考える。


 今回は本人からの要請なんだから何も問題はない。と心の中で自己弁護してるとサクラが追撃してくる。


「じゃあ私もお願いしたら、手を出してくれるのー?」


 まるでホーミング弾のように食らいつこうとしてくる。


「手を出す必要ありませんよね? むしろぶっ飛ばされそうで手が出せません。」


「お尻見てるくせにー!」


「妻からの要請です。視界もあちらに送ってるので、向こうでは立体的なお尻映像が映ってるでしょう。」


「奥さん何やってんの!?」


「妻には妻の思う所があるんですよ。それで、聞きたいことは馴れ初めでいいんですか?」


 サクラに手を出すよりはマシかと、聞きたいことを答えることにしたマスター。


「いいの!? いや、それは後で腰を据えて聞きたいです。」


 その話題は2人揃ってる時のほうが面白そうだと思ったのと、やはり2人きりなら、想い人の大本命の話を聞くのもどうかと思ったのだ。



「では何を?」



「まずは聞きそびれてたことなんですけど。魔王事件でお子さんを作った時、養育費を払う理由って何かなと。」


「あの時、敢えて話をそらしたんですけどね。やっぱり気がついてましたか。」


「だってオカシイじゃないですか。依頼があってしたことなのに、こっちがお金払うって。それにそんな依頼、どうやってあんなに集めたのか。」


「オレもよくわかりません。依頼自体を疑ってみたこともありましたが、行為の拒否派の方々にも 心当たりはありそうでした。」


「つまり……えっと?」


「恐らく社長が強引にアポをとったのではないかと。」


 夢枕にたって強引に契約したというのがマスターの考えだ。

 もしかしたらメールの一斉送信みたいに、契約書を送りつけただけの可能性もある。無防備な夢だからこそできる荒業である。


 本人以外からの契約のカラクリは、目当ての女を襲いたいと思っている男と契約して襲うのはマスターにさせたとか。


 つまりは最初から産ませる相手を決めていて、体裁をとるために依頼だなんだという話にしたということだろう。


「うーん、社長さんのえぐさがにじみでてる……」


「この辺は解ったとしても今更なんですよね。すでに生まれてきてますし。」


「その、中絶とかそういう可能性は考えてたのでしょうか。」


「全員産めるようにセキュリティは万全にしておきました。オレではなく社長の術式ですけどね。」


 では社長は何故、マスターに多数の子供を作らせる真似をしたのか。

 少子化対策?経済効果?それとももっと彼の問題に直結した何か?


 だがそれを考えることは”事実”から許されなかった。


「これ以上は踏み込んではいけない気がしてきたのでこの件はここまででお願いします。」


 サクラの”脳内”には【ここが限界】とポップアップが映し出されていた。


「それがいいでしょう。オレも解らないことが山程あります。つまりドコに地雷が埋まっているかわからないんですよ。」



「それじゃあチカラが2つあることについては……」


「前も言いましたがコレを公開すると非常に危険です。貴女も含めて、最低でも5000万人は影響が出るでしょう。それでもよければお話しますよ。」


 5000万というのは 人類の1%以下の数字だ。その数字で思い当たるのは……。


「それって超能力者は全員ってことですか!?むしろそれなら聞いておいたほうが良い気がします。」


 自衛のためにも、何が問題なのか知っておくのは大事である。


「そうですか。では情報の扱いには注意してくださいね。」



 念を押すとマスターは慎重に語りだす。



「まず、オレのチカラは”1つ”です。いままで増えたり減ったりもしていません。」



 その後全てを聞いて寒気が止まらなくなったサクラは、これはお蔵入りだと心に結界を張る。しかし別の場所が少々決壊したようだ。



 …………



「もしかして漏れちゃった?」


「もももも漏れてなんかいないし!」



 ○○○から指摘を受けて、童貞ちゃうわ状態のサクラ。


 プールの後、露天風呂に行くと○○○とキリコがいた。

 浴室にきてすぐ念入りに身体を洗っているサクラを見て、突っ込まずに居られない○○○なのであった。


 メイドさんその1もさっきまで居たのだが、お仕事ができましたと退出している。向かった先は大浴場の方である。旦那様へのマーキングを落としに行ったのだ。


「もっちゃん、大丈夫だよ。ここの管理は凄いから、すぐにきれいな水に戻る。」


「だからといって、垂れ流されても困るけどね。」


 いくら時間を戻して綺麗になるとは言え、垂れ流しは気分的によくないのも事実である。


「ち、ちがうもん!」


「それはいいとして、まだ震えているわね。こっちにいらっしゃい。」


「もっちゃんも一緒に温まろう?」


 2人に腕をとられて浴槽に入れられる。

 双方から密着されて柔らかサンドを味わうことになった。


(この感触がマスターが味わっているモノか!)


 などと考えながら温泉に浸かっていると、震えが少しずつ収まっていく。


「こんなに怯えちゃって、ウチの旦那も困ったものね。」


「私はチカラがないからわからない感覚だけど、もう怖くないよ。よしよし。」


 2人にあやされて困り始めるサクラ。


「お二人は、あの事を知ってたのですか?」


「私は当然知っていたわ。ずっと彼と繋がっているんですもの。」


 ○○○はマスターと心を繋いでいる。

 結婚に至るまでに色々有ったので、入念にお互いを支え合おうとした結果である。


 なので当然、彼のチカラの特異性も把握している。


「私もまぁ、ここに来た経緯が不自然だったから何かあるんじゃないかとは思ってたわね。今となってはむしろ大歓迎だけど。」


「そんなに深く考えなくても、今まで通りでいいのよ。敢えてバラさない限りは危険はないもの。」


「2人の信頼感が羨ましいな。私は取り乱してしまった。どうしたらそこまでなれるのか、私にはわからない。」


「うーん、愛の差かしらね。」


 それを言われたらオシマイであるが、結局はそうなのだろう。

 そのまま黙りこくってしまう。



「少し語りましょうか。あの異界、当主様の屋敷のある土地ね。人間社会だけじゃなくて、別の世界の国とも繋がっているの。」


 急に○○○が語りだす。何のこととかと思うサクラであったが、重要な話であろうと大人しく聞いている。それはキリコも同じようで黙っている。




 それはおとぎ話のようだった。



 悪魔の国で反乱が起こり、

 お姫様は辺境の地へ幽閉されてしまいました。


 でもお姫様は辺境の地で沢山の友達が出来ました。

 泣いたり笑ったり、幸せに暮らしていました。


 ある日道に迷った男が現れ、

 お姫様は自分の屋敷に招いてお友達になりました。


 迷った男はお姫様の友達とも仲良くなり、楽しい日々でした。


 しかし悪魔の国の王様がやってきて、

 幸せそうにしているお姫様に嫌がらせをしました。

 お姫様の友達を1人、攫ってしまったのです。


 悲嘆に暮れるお姫様に迷った男がいいます。


「必ず助け出します。貴女に涙は似合わない。」


 そう言ってお姫様の涙を拭うと、悪魔の国へ飛び出しました。



 悪魔の国に潜入した男は、すぐに友達を助け出します。

 しかし、王様が軍を率いて追撃してきました。


 王様が言います。


「ただでは済まさぬ。辺境の地ごと滅ぼしてやる!」


「今なら女を奪い返された笑い話だけで済みますよ?」


 交渉はケツレツです。

 すぐに戦いが始まり、終わりました。


 男が悪魔の国を消滅させたからです。

 A・アームに消滅属性を乗せて、一瞬でした。



 友達が元気に帰ってきたことでお姫様は喜びました。

 悪魔の国が消えたことで、後顧の憂いもなくなりました。


 お姫様は男に感謝と感激と感動を覚えて抱きつきました。



 その後も色々有りましたが、


 男は助け出したお姫様の友達と結婚して、幸せになったのでした。



「おわり。」



「「お姫様と結婚するんじゃないんですか!?」」



「当主様とくっついたら私が結婚できないじゃない。」


「そうだけど、そうだけど!これ当主様はなにか言ってこなかったの?」


「私が”寿命”で死んだらどうぞご自由にって言ったら、しぶしぶ了承してくれたわ。」


「寿命限定なんですね。それまでに死ぬことがあればマスターを自由にできないと。」


 だから後ろ盾になってくれていると考えるのは少し浅ましいか。当主もマスター達には幸せになってもらいたいのだ。きっと。そしてこの家で暮らすということは寿命は数倍。不老だからもっとか。○○○はそれだけの結婚生活を満喫することが出来るわけだ。


「旦那とはお互い一目惚れで、こっそり逢瀬を交わす仲でしたわ。こんな事でせっかくの出会いを捨てるわけないじゃない。諦めたら幸せになんてなれませんもの!」


「諦めたら幸せになれない、か。恋愛ってそういう事件も必要なんですかねー。大恋愛すぎて自分が子供にみえてくる……」


「こういうのって当の本人達は必死なだけなんですけどね。周りからしたらそれが輝かしく見えるのでしょうけど。」



「奥さんの名前が認識できないのって、マスターに嫁入りしたから?」


「いえ、旦那は婿入りよ。生前の名前は捨てたから、私と同じ姓を名乗りたいって。まぁ、私も色々あって彼と同じだったわけで……」


 その先は話す気はないらしい。名前を失う事態など碌な事ではないだろう。


「に、似た者夫婦ってことでしょうか。」


 先程からぺたぺたと胸を触ってくる○○○のセクハラっぷりも合わせての発言だ。まさかそっちのケが有るわけではないだろうが……。


「もっちゃんは勘違いをしているわ。奥さんはマスターに触らせる前に確認しているだけ。」


「その通りよ。うーん胸は問題ないけど、お尻はそれなりに凶器なのよね。」


「そう言えばプールの時に見ていたんでしたっけ。」


「見ていたのはお尻だけじゃなくて、お尻を見た旦那の反応もだけどね。」


「と言いますと?」


「マスターはもっちゃんの聖尻サクラカリバーを警戒しているわ。真っ最中にあれを出されるとマスターのアレが大変なことになる。」


「そうそう。旦那のモノをキズ付けられたら私がたまらないもの。なので警戒するのは当然でしょう?」


 まだ生むつもりなんだし、っと言われると胸が締め付けられる。


「その節は大変申し訳ございませんでしブクブクブク……」


 湯船の中で土下座するサクラ。自分が尻キャノンを放ったことで、相当信用を落としているようだ。


 人の男に誘いをかけて、いざ触られたら反撃したのだ。当然の結果と言える。


「ホントはそれももういいのだけど、旦那の信用はまだ取り戻せてないみたいよ。あとは心の問題だから焦らずにすすめることね。」


「ブクブクブク。」


 湯船の中では聞こえないがチカラで感じ取ったサクラは、更に深く頭を下げるのであった。



 …………



「「「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!!」」」



 その日の水星屋の営業に、店員が1人追加されていた。


 少しでも信用を取り戻そうと、サクラはお手伝いを志願したのだ。

 マスターはその心意気をかって、研修を行った。


 店内の商品については説明いらずであるため、主に接客方法についてである。

 相手は化け物たちなので、その扱い方をレクチャーしたのだ。


 研修を終えたサクラにメイド服を着用してもらい、”さくら”と書かれたネームプレートを付ける。


 かなり似合っていたのでキリコは危機感を覚えて接客にも熱が入る。


「よくぞ参られた、混沌に忘れられし邪なる者たちよ!お主達の魂の記録は頂いた!その伝説の食卓で最後の晩餐の時を待つがいい!」


 続々と入店する化け物たちから食券を受け取り、テーブル席に案内する。


「ビールとキリコの押し売り、お待たせしましたー!」


 サクラがすかさず料理を運ぶと、常連客が新人に興味をもつ。


「ねーちゃん昨日気絶してたヤツじゃねーか。どうだ今晩、オレのベッドで気絶するってのは、がはは!」


「貴方のサイズでは、料理にすら使えませんのでお断りしますわ。」


「言われてやがるぞこいつ、がはははは!」


 同じテーブルの仲間に大笑いされる化け物さん。


「うるせぇ。新人にしちゃ言うじゃねえか。だがあんまり客をナメ――」


 セリフが終わる前にすっと一枚の紙がテーブルに置かれる。

 それはモノクロではあったが、写真と見間違いそうなほど精巧な絵だった。


 そのテーブル席の4人が覗き込むと、女性にビンタを食らっている化け物さんの絵であった。



「ななな何でこんな物があるんだッ!!」


「ぶわっはははははははは! これお前がこっぴどく女に振られた時のか!?」


「無駄に上手いじゃないか! おいこれ飾っておこうぜ!」


「よし任せろ! マスター、今日だけここに貼り付けさせてくれ!」


 いそいそと壁にビンタ写真(絵)を貼り付ける化け物さんその4。


 サクラは化け物その1さんがフられた場面の事実を読み取り、絵に書き起こしたのだ。

 もちろん書いている時はマスターの協力で時間を止めている。


「お気に召したようで何よりです。ご注文の際にはお呼びください。」


 ぺこりと頭を下げて次の料理を運びに行くサクラ。



 次は使用人グループのテーブルに果実酒とキリコのお通しを届ける。



「新人さんだー! ねぇねぇさっきの凄かったね!」


「ふん、ちょっと可愛いけどキリちゃんよりトシ行ってるじゃん。あんまり調子に乗らないことね。」


「トシだったら私達のほうが何倍も上じゃない。それより新人ちゃん、また何か描いてみせてよ!」


「じゃあこの子の秘密とか描いて!」


 そういってちょっと生意気そうな使用人さんBを指差す。


 サクラは承りましたと答えると一枚の紙を置く。


 そこには当主様の脱ぎたての衣服に、

 顔の下半分を埋めたBさんが描かれていた。


「ぎゃああああああ、なんでアンタが知ってるのよ!!」


「うわ、すっごい目がトロケてる。」


「絶対にニオイかいでるよねこれ!」


「マスター! コレも飾っておきましょう。」



 1芸を披露したサクラはこの日、人気者となった。

 1部の者からは”秘密を暴露して店に飾るやべーオンナ”として恐怖の対象になった。


 サクラに研修を施したマスターは、満足げにうんうん頷いていた。


「なんか、私の目指した店員像と違う。」


「もっちゃんらしくて良いと思うわ。」


 そこへ10歳ほどの女の子が来店する。

 黒い貴族のような衣装を身にまとった少女は、肩までの髪を揺らしながらキョロキョロと店内を見回す。


「「いらっしゃいませ、当主様!!」」


「えー! あの子が当主様!?」


 思わず接客を忘れて驚いてしまうサクラ。2m超えの厳つい悪魔の姿とは雲泥の差である。



「そこの人間、昨日の女か。」


「ハイ! 昨晩は大変失礼いたしました!」


 ぺこぺこと頭を下げるサクラ。


「我もあのような姿だったからな。気にするでない。それよりいつものを頼む。」


 そう言ってすたすたと席に向かうと周囲からざわめきが起きる。


(あのヤバイ女が頭を下げてるぞ。 やはりここの当主は別格だな!)


 当主様の畏怖度が少し上がったようだ。


「うむ、相変わらず早いな。さっそく頂くとしよう。」


 席についた瞬間に料理が並べられている。

 ワインやハンバーグをちまちまと味わう姿はとても可愛い。


「あの、マスター。ワインなんていいんですかね。」


「当主様はオレたちより年上だよ。それにあれ、ワインじゃなくて葡萄ジュースなんだ。」


 ラベルはワインそのものだが、そこは見栄というものなのだろう。


「当主様、聞きましたよぉ。お姫様だったって。」


(キリコちゃんその話は地雷なんじゃ……)


 キリコが今日聞いた話を話題に出す。爆弾魔は恐れない。

 しかし既にマスターは別のお客さんの相手をしている。

 ここは逃げるのが正解だったらしい。


「うぬ!? そうか○○○め、余計なことを……」


「可愛いじゃないですかお姫様。隠す必要なんてないとおもうわ。」


「もう失われた国の話だ。この狭い縄張りだけの我が、

 姫など名乗るのは烏滸がましいであろう。」


「当主様と奥さんってどうやってお友達になったんです?」


「お前のマスターと同じようなものだ。迷ってピーピー泣いておったからな。見過ごせなくて拾ってきたのだ。その後は下働きとして――」


(ほうほう、あの奥さんが。)


 早々に逃げ出そうとしたサクラだが、気になる話題に耳を傾ける。


「それなのに……私が先に目をつけた男を、う、うば うばって。ううぅ。屋敷も出ていってしまって……」


(あ、コレやっぱり地雷じゃん!)


 キリコは、やっちゃった!って顔をしているが手遅れである。

 その時、店内の騒がしさが消えてマスターがおしぼりを持ってやってくる。


「当主様、貴女には涙は似合いませんよ。以前にも言ったでしょう?」


「○○○ー!」


 マスターの下の名前を呼びながら抱きつく当主様。

 藪をつついて寂しさを溢れ出させてしまったのだろう。

 サクラとキリコは右往左往している。


「いくら寿命がなくても、何十年も待つのむり。でもそれが終わって友達が死んじゃうのも、いや。」


 見た目相応の泣き顔を見せる当主様。マスターはちょっと考えると提案する。


「それでは何か、デート交渉でもしてみます?理由と対価は必要になるでしょうが。」


「理由って?」


「味見とか、つまみ食い的な?」


(あんな小さい子相手に何を言ってるのか。)


 と思わないでもないサクラだが、年上らしいし常識も通じない場所なので黙っておく。


 ちらりとキリコを見ると、燻製チーズ片手に固まっていた。

 先程のマスターの発言は、あちらへの牽制でもあったのか。


 ご当主様にやらかした上に摘み食いとはさすがの図太さである。



「代わりに例のチカラの使い方をご教授してほしいですが。」


「それで上手くいくのかな……」


「友達なのでしょう。話は聞いてくれると思いま――」


「話は聞いたわ! 当主様、ごきげんよう!」


 そこへ颯爽と奥さん登場。時間の止まった店内に、うにょっと生えてきたように見えた。


(超時空修羅場シーンとか始まるのだろうか。)


 嫌な汗が出始めるサクラであった。



 …………



「交渉成立ね。」


「うむ。良い取引だった。」



 気がつけば○○○達は仲良く話しをしていた。どうやら修羅場シーンはスキップされたようだった。

 つまり途中でサクラの時間も止められたのだ。


(身内の修羅場なんか見せたくないわよね。話は無事にまとまったようで良かったわ。)


 実際は夫婦間のルールとかその辺に触れるため、聞かれないようにしたのだが、似たようなものか。


 そしてサクラの予想通り話は纏まっていた。たまに魔王邸で会うことを許されたようだ。


 その後食事の終わった当主様は、店内を一瞥して言う。


「この店は良い。活気にあふれており、皆が友人として笑いあえる。サクラといったか、お主も協力者としてこれからも……」


 何か良い事を言おうとした当主様だが、その目が壁に釘付けになる。

 正確には壁に貼られた写真のような絵に、だが。


「な、なぁマスター。あそこの絵は一体?」


「使用人のみなさんが貼り付けた絵ですね。なにやら誰かの秘密のワンシーンを描いたものらしいですよ。」


「あら、当主様のお召し物をこんなに……うふふ、幸せそうね。」



 恥ずかしさと気まずさとちょっぴりの怒りで、顔を赤くして震える当主様。


 ちなみに当の使用人たちはとっくに屋敷の自室に戻っている。



「マスター、イロミシステムを1つ頼む。」



 いきなり物騒な事を言い出す当主様。


「だめですよ。あれは使い物になりません。」


「当主様、すみません!すぐ剥がしますので!!」


 慌てて絵を剥がすサクラだったが、キリコが当主様にこっそり近づいていく。


「当主様、いい匂い……優しくて懐かしい匂いがする。」


 背中から抱きついて嗅ぎ始めるキリコ。さすが爆弾魔。


(懐かしい匂いってそれ、血の匂いなんじゃ?)


 一応本人的には止めに入っているつもりらしいが、それはトメじゃなくてトドメと読みそうだ。


「もう我慢ならぬ! マスター、我はこれで失礼するぞ。」


「毎度ありがとうございます。」


 代金を置いてさっさと屋敷に戻る当主様。


 その後、屋敷の方から女性の悲鳴が聞こえてきた気がする。


 店内は異次元空間なので気の所為だったのだろう。



 …………



「2日の夜に公園で消えたと思ったら、5日の朝に自宅に居たと。」


「別の報告じゃぁ、取材先で姿が消えたら自宅近くで発見されたとか……これは黒だな。」


 2008年 5月16日。


 ワタベ(偽名)は机に資料を並べてほぼ確信していた。

 コジマ通信社の社長宅を張っていたら、そこの次女が整合性の取れない移動をしていた。



 さらにその女は件の雑誌スカースカの記者だという。

 コジマ・サクラ。こいつは魔王と繋がりが有る。


「幸運なことに公安は秘密主義だ。上手く行けば手柄を総取りできるな。」


 そう言って入念に皮算用を始めるワタベ(偽名)。


 現代の魔王とて所詮はテロリスト、人間だ。


 ならば暴力では敵わなくとも、ありとあらゆる手段で勝利をもぎ取ってみせる。


 そのための「幸運」が自分にはあるのだから。



 …………



「公安のワタベだ。コジマ通信社には国家反逆罪の容疑がかけられている。」



 2008年6月2日。 コジマ通信社の編集室にガサ入れが入った。

 それはオカルト部門だけでなく、メインのニュース部門も同様である。

 さらには社員たちの家族にまで捜査の手が及んでいた。


「な、なにかの間違いだ! おい、社員に触れるな!」


 編集長のおっさんが必死に抵抗するが、国家権力は揺るがない。


「お前達は反社会的な報道で、魔王事件の被害者や遺族を侮辱したんだ。抵抗すればするほど不利になるぞ。」


(なんてこと! そうだ緊急コールで……おや?)


 サクラはマスターがくれた緊急コールを使おうとするが、ワタベと名乗った公安警察官を見て不思議に思う。


 偽名だからだ。


(正しい名前を知ってから伝えたほうが良いわよね。)


 そう思ってよくよくワタベ(偽名)を観察する。


【本名:諸山車 沈草】


【カナ:モロダシ シズサ】


「沈む草て書いてシズサなのね。ていうか苗字とならべると――あははははは、なにこれ酷いわ。シモネタ一直線じゃない!!」



 ガサ入れ中に大笑いする女に怪訝な顔をむける捜査員。

 だがその口ぶりで1人だけ何に笑っているのか気がついた男がいた。

 ワタベ(偽名)こと、モロダシシズサだ。


 もろだしちんくさ。


 その名前と引き換えに「幸運」のチカラを持った男である。


「き、き、きさまぁぁぁぁああ!!」


「あははははははっ。」


 激高するモロダシに大笑いで応えるサクラ。


 どうやらマスターによる化物客用の研修のせいで、キモが斜め上に座ってしまったようだ。


お読み頂きありがとうございます。

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