22 ジケン その3
「大人しく降参する気はないか?」
地下モールの広場で、敵部隊の長らしき爺さんにケーイチはチカラで生み出した剣を突きつける。
この広場にはケーイチが先程倒した敵兵の他に大量の一般人や警察官の死体が転がっている。
なので油断することなく爺さんの鼻先から剣を動かさない。
トモミも周囲に精神力の手を放ち、警戒している。
「何をしておる、撃てーーっ!」
「ああそうかい。」
その言葉に横たわっていたテロリストが銃口を向けてくるがトモミのおかげで既に想定していた為、意に介さない。
トモミが銃口を向けてきた相手の意思を操り、銃口を仲間に向けさせる。
ダララララッ!!
あっさり同士討ちした敵兵は今度こそ血まみれで横たわる。
ケーイチはさっさと剣で爺さんを切り捨てて次へ行こうとする。
しかしケーイチの突きは紙一重で避けられ、逆に杖で腕を弾き飛ばされる。
きれいなカウンターだ。この年まで現役なのは伊達じゃないようだ。
「おのれぇぇ、こうなったら奥の手じゃ!」
「む、あなた気をつけて!」
「逃げるのじゃー!」
踵を返して広場の奥にある通路へ向かう爺さん。
「は? 待ちやがれ!」
「えー?何かしてきそうな感じだったのに。」
急いで追おうとする2人だが、足に抵抗を感じてその場でビタン!っと倒れ込む。
何事かと足を確認すると、先程倒した兵の死体が熱い抱擁をしていた。
「死体が動いただと!?」
「ネクロマンサーってとこかしら。この手の敵は久々ね。」
即座に「分解」のチカラで死体の腕をチリにする。トモミを抑えている死体も同様だ。
相手はこの間も逃げているが大した速度じゃない。
ここから一気に追いつこう!と思ったら、死体が爺さんを抱えて逃げている。
更には今まで倒れていた一般人や特殊部隊の警官の死体が起き上がってこちらへ近づいてくる。
「囲まれる前に突破するぞ!」
「わかったわ!!」
さっきの爺さんは広場の反対側の通路を目指している。
このまま行かせる訳には行かない。
包囲が完成する前に2・3人ほど手足を「分解」してすり抜ける。
トモミはケーイチの後を追いながら、精神力の手をあちこちに伸ばす。
死体操作のカラクリを調べているのだ。どんな原理で操作しているかわかれば、それを遮断することで死体を無力化出来ないかと考えたためだ。
「あった! これね。」
彼らは直接身体を操作されているわけではなく、脳から信号を送られていた。
「死者の冒涜はそこまでにさせてもらうわ!」
精神力の手をなるべく多く出現させ、死体の脳に次々と莫大な量の情報を送り込む。
すると脳の中で身体を操る信号と意味不明な情報が混濁し、爆ぜる!
ギュアアアアアア!!
文字通りの心の叫びをあげて死体達が本来のビジュアルを取り戻す。
相手の心の1部を強制的に埋めて、本来の魂を欠けさせる。
それがトモミの必殺技、”魂削り”だった。
本来は文字通り魂を削る行為に躊躇いがある。
しかし今回は相手の魂は既に無く、その入れ物が乗っ取られていただけなので躊躇なく使うことが出来た。
「ケーイチさん! 頭を潰せば復活しません!」
「ゾンビ映画あるあるだな。弱点があるならわかりやすい!」
そのまま頭を分解、もしくは削り取りながら進む。
程なくしてネクロマンサーの爺さんのもとへ辿り着く。
その周囲には10人ほどの死体が彼を守っている。
「そろそろ年貢の延滞料金が倍プッシュになってるぜ、爺さん。」
「小僧が何を言うか、ワシはこのチカラでまだまだやることが――」
「年寄りの熱湯風呂チャレンジという言葉もございますし、そろそろ観念なされてはいかがですか?」
「好き勝手言いおって! お前らもワシの手足にしてくれるわ!!」
「ならこの世から引退させてやるぜ、失せろ老害ィ!」
一斉に銃を向けてくる死体達だが、トモミの妨害であらぬ方向へ撃たされる。
特殊部隊の死体が格闘戦をしかけてくるが、死体では本来の速度が出せずケーイチに見切られる。
危なげなく躱すと、そのまま首をハネて無力化する。
爺さんを再度逃がそうと、体育祭の騎馬戦の要領で担ぐ死体達。
その死体達の足を分解して転がす。
当然上に乗っていた爺さんは床に叩きつけられ悶絶する。
止めを刺そうとするケーイチを制してトモミが前に出る。
「おじいさん。あなたはとても許されないことをしたわ。全てを削り取ってあげるから覚悟なさい!」
そのまま魂削りの準備を始める。
「こんなことが許されるはずがない。ワシがここで終わるじゃと?こうなったらとっておきの呪いで……」
「そうはさせるもんですか! 魂削り!!」
トモミの精神力の手が爺さんの頭を直撃する!! ……前に。
周りの色が、音が、風が、全てそこで止まった。
「ギリギリでしたね。」
そこに現れる黒装束・黒マントの男。現代の魔王である。
「この爺さん、脳に何らかの影響を与えて死者をも動かしていた。ならそのチカラの秘密、少し気になりますね。」
脳に影響、精神干渉の一種と読んだ彼は答えを知りたがっていた。
そのまま爺さんの記憶を読み取ると、満足そうにニヤリと笑う。
「なるほど精神力で出来た寄生虫を生み出すチカラですか。今後、何かの参考になるかもしれないな。」
お礼に最期はいい夢を見させてあげましょう。
そう考えた現代の魔王は、彼が好物を食べる瞬間の幻覚を見せる。
先ほど記憶を読んだので、好みは把握している。
清潔なテーブルクロスの上にフライ盛り合わせ定食を乗せる。
盛り合わせの皿の横にはたっぷりのタルタルソースも添える。
飲み物は彼の好きな蕎麦焼酎の水割りだ。
「これでよしっと。それじゃトキタさん、トモミも。お仕事頑張ってくださいね。」
そう言って姿を消す魔王。その直後に時間が動き出し、爺さんの頭にトモミの必殺技がクリーンヒットする。
「がぁぁぁああ!! き、消える。消えてしまう!!イカフライもオニオンリングも……カニクリームコロッケはやめてくれえええ!!」
「「!?!?」」
断末魔でいきなり食べ物の話を出されたケーイチ達は混乱する。
止めを刺したトモミは、何かやってはいけない外道な事をした気分になる。
大丈夫、本当の外道は現代の魔王である。しかも無自覚だ。
「ま、まぁ自業自得ということで、次に行くか。」
「えぇ、行きましょう。」
釈然としない2人だったがまだ任務の途中なのだ。
奥の通路を進みながら、老人には優しくするかと心を新たにした。
………
「ここは塾か!? さっきは花屋だったし、一体どうなっていやがる!!」
ケーイチ達が進んだ先には本来、恋人たちが散歩デートをするような遊歩道が有るはずだった。
そこは床には水槽が設置されてライトアップされていたはず。
壁と天井にはちょっとしたイルミネーションと、雰囲気のある宇宙っぽい壁紙が貼られていたはずだった。
しかし今は進めば進むほど、先程まで通ってきた店舗の風景しか目に映らない。
さらには電気室が制圧され、電力もカットされて暗かったはずの地下モールが光り輝いている。
「これは、光を使った映像を見せるチカラってことかしら。」
「立体映像か? その割には結構壁とかリアルな気がするが。」
ぺたぺたと壁を触って確かめるケーイチ。そこには確かな感触が有る。
「不思議だけど、ここを占拠してから大改造したって言うよりはありえる話よ。」
「それはそうだが……」
そこへウィィンと機械の駆動音のような音が聞こえてくる。
慌てて臨戦態勢をとる二人の前に現れたのは、2種類のロボットだった。
1つは小型で40cmほどの3脚。もう1つは1mほどのロボットで4脚だ。
そのどちらも頭部にはカメラと思わしきレンズが搭載されているがその下にも小さな穴があり、なにかの武器のようにも思える。
出会い頭にその2体からまばゆい光が放たれた!
「何、 ロボだと? くっ目が!!」
「しまった、無機物だから私の索敵では……」
目をくらまされて隙きができる2人。
なんとかケーイチがチカラの剣を振り回すが、すでにロボたちは移動していて当たらない。
トモミの言葉通り、彼女はあくまで生き物の精神に干渉するため、目をやられるとロボット相手ではまともに敵を捕捉できない。
パシュン! パシュン!
そんな2人に対して今度は銃弾が放たれる。
ケーイチのコートと、トモミの布鎧に当たった為に身体は無事だが衝撃で悶える。
「ぐぅ、そこかーー!」
音と角度からアタリをつけてチカラのナイフを投合するケーイチ。
今度は相手にヒットし分解するが、追加で2体現れたために戦況はよくない。
ウィィンという駆動音が追加されたことで焦りを感じる2人。
突如3体のロボットのレンズから、レーザーが発せられる。
瞬間的に死の可能性を覚悟せざるを得なかったが、数秒後には身体に何も問題がないことに気がつく。
自分たちに向けられているレーザーは2人の体を舐めるように照射されていた。
それぞれ縦や横に広いレーザー光が上下左右に動いている。
「これは……オレたちの身体を読み取っている?」
「なんか私の方、視線?が胸と腰回りだけ念入りなんですけど……」
「くっ! この野郎!!」
ケーイチは怒りに任せてチカラの剣を振るう。
読み取りに忙しかったロボットたちは、あっさり蹴散らされた。
「トモミ、大丈夫か? ったく人の女にちょっかい出しやがって!」
「見た目をスキャンされた以外は大丈夫だと思うわ。何でそのデータが必要なのかは知らないけれど。」
「敵はただのスケベ野郎か? 絶対とっ捕まえてやる!」
回復してから進むと、ゲームセンターに出る。
すると先ほどとは違うロボットがそこに居た。
2M近くあるだろうその体躯は、緑色の装甲と片手剣を装備していた。
肩には39号と書かれている。
こちらを認識すると剣を構えて近づいてくるが、その速度は遅く戦闘に耐えうるかというと疑問だ。ぶっちゃけ話にならない。
「一気に仕留めるか。 死散光!!」
両腕を突き出し、大きめのチカラの剣を高速で撃ち出す。
格好いいエフェクト付きだ。
地味に多段構造になっており、3連続で死の光が当たる仕掛けだ。
これなら装甲を突破して中身も分解できるだろう。
動きの遅いロボットには、撃つだけで致命傷が約束されたようなものだった。
しかし直撃の瞬間ロボットが消えて別の場所へ現れる。
どんなに強い攻撃も当たらなければどうということはない。
撃ち出された剣の速度は、あのロボットに避けられるものではないのだが。
「なんだと!!」
「あれ、もしかしたら相手のチカラで作った映像かしら?」
その言葉に反応したわけではないだろうが、39号ロボットの腰の部分の装甲がパージされてその下の装備があらわになる。
キィィイイイイン!
直後に不快な高音が大音量で掃射される。
2人は耳を抑えてこらえるが、周囲からはビシビシと何かがひび割れる音が聞こえてくる。
「へっ ロボのくせに一丁前に自己主張してやがる。 それが命取りだ!」
そう言って出処を探すケーイチ。
音は反響してるので大体の位置しかわからないが、問題ない。
ケーイチはチカラを溜める。
剣の形にはせず、目の前に球体として出現させる。
「トモミ、伏せろぉ!!」
トモミは旦那が何をしようとしているのか解り、ヘッドスライディングで地面に伏せる。
しかしパリン!という音とともに地面が割れて下の水槽に落ちてしまう。
ちょうど遊歩道の水槽の上だったようだ。
先程の高周波でガラスが脆くなっていたのだろう。
トモミはブクブクと泡たてて沈むが、ある意味好都合。
ケーイチはそのまま技を発動させる。
「くたばれっ 妖吹雪!!」
溜め込んだチカラを敵の居るだろう方向へ放つ。
見えない何かに着弾して死の光を撒き散らす!
その光を食らった相手はまわりの映像とともに分解され、
まるで吹雪のように残骸が周囲に撒き散らされる。
それが収まると見える景色が遊歩道に戻っていた。
「よく来たなって言いたいところだが、迷路そのものを壊されるとは思わなかったぜ。」
そこには先程の39号機を赤くしてアンテナを付けたようなロボットが居た。
全長は2m50cm程だろうか。
喋っていることから、中に人が入っているのだろう。
「お前が大将か!? もう逃げられないぞ!」
「がぼがぼがぼがぼ!」
これから情報収集と言う名の啖呵の切り合いってところで、
水槽から戻ったトモミが 水をだばーっと口から出しながら何か言い出す。
黒髪が顔を隠しており、ホラー映画のあの人みたいだ。
「おう、そこの魔女さんは何だって?」
「……お前は3倍速いのか?だとさ。」
「話のわかる魔女さんだな。このパワードスーツの速度は緑のやつの3倍だ!」
相手の好きそうな話題を振って、情報を聞き出すトモミ。
まだガボガボ言ってるけど。
「そんな物を着ているってことは、投降する気はないのか?」
「がぼがぼ、ゴホッ!」
「確かにオレらはここまでかもしれない。しかしナイトを滅ぼした仇敵を倒すチャンスでも有る!」
「もうナイトは統合されたんだ。諦めろ!」
「政府のモルモットになってまで生きるのは御免だ。お前らだって良いように使われてるんだろう?」
「何がモルモットだ。社会の歯車になるのは普通の事だろうが。」
「ゲホっ ゴホッ!」
「そこの女なんとかしろよ、緊張感がでねぇ。」
わざわざ敵から許可が出たので、トモミの背中をさすってやるケーイチ。
咳き込みながらもトモミは思考を止めてはいなかった。
(政府のモルモット? 逃亡中の〇〇ちゃんもそんな事を……。私達の知らない何かが有るってことかしら。)
「何かわかったか?」
小声で話しかける。そろそろ情報が手に入った頃だとふんだのだ。
「アレの周囲にカメラのロボが8体もいるわ。アレの装甲は胴体以外ほとんど映像よ。だから速度も出せるみたい。」
無機物は読めないが、隊長機の中の人ならこの距離なら読める。
装甲は映像でも手足のフレームは本物だ。
「へ、こそこそと作戦会議か。お前らの考えそうなことなんてだいたい分かるけどな。」
「なるほど、立体映像のロボか。」
「おいそこ! オレのチカラは「3Dホログラム」だ!それとパワードスーツな! 古臭い言い方してんじゃねーよ。」
「しかたねーだろ。こちとら昭和生まれだ。」
(どちらもSFで出たのは昭和だった気がするけど。)
「思ってたより残念な奴だな、あんた!」
そういって周囲の壁の映像を解除する。 でないとロボットのカメラも惑わされるからだ。
バシュン! バシュン! バシュン!
8体ものカメラロボから銃弾が発射される。
しかしその一斉射撃では、2人は無力化されたりはしなかった。
もちろん幾つかの銃弾はあたるが、ケーイチの妖吹雪で逆に一網打尽にされる。
多少撃ち漏らしがでるが、分解による吹雪でチャフ効果でも有ったのか動きは鈍い。
隊長機は駆け出し、強力な光を放つ。
速度が3倍なだけ有って、その一連の動きは滑らかだ。
「ふん、同じ手は食わんぞ!!」
『あなた、10時の方向よ!』
強者らしいセリフを言いつつも視界が半分死んでるが、トモミからの位置情報をもとにケーイチは相手に向けて剣を突き出す。
隊長機はそれをとっさに躱すと、カウンターで赤い剣を振ってくる。
どうやら熱を通してあるようで、
このまま食らえばバターのように切り裂かれるだろう。
「そんな物が効くか!」
革のコートでその一撃を受けると、光の鱗粉のようなものが舞う。
すると相手の剣のほうがバターの如く溶けていく。
いや正確には分解されていく。
革コートには特殊な液体が塗られている。
そこにチカラを流すと、コートから外側へ分解能力が発せられるのだ。
それは彼の血を加工したものであり、一度使うと再塗装が必要だ。
「今度はこっちの番だぜ! 死散光!」
相手の胸部分をめがけて多段ヒットする死の剣を発射する。
「こっちこそそんな物は効かん!」
胴体装甲の前に六角形、いや若干前面に尖っているので六角錐か。
六角錐の光の盾が現れて死散光と激突。
1段、2段、そして3段目も死の光が受け流されてしまう。
「そんなばかな!!」
自身の必殺技が防がれて衝撃を受けるケーイチ。
今までこれを食らって生きていたのは、ナイトのボスと現代の魔王だけなのだ。
「見様見真似のバリアだったが、上手くいったよう……だ?」
見様見真似。そう、彼はサイトの悪魔のマネをしたのだ。
しかし、弾かれた光がパワードスーツの手足首と首に触れてしまっていた。
末端部分が分解されて態勢を崩す隊長機。
中の人は無事のようだが、どうやらもう動けないようだ。
厄介な相手の割に、結末の瞬間はあっけなかった。
「焦らせやがって……。一体どういう原理だよ。」
「どうやら光の複合装甲だったみたいね。あなたの分解も光の武器を当てて発動するから。」
「なるほどな。それであんな簡単に弾かれたのか。」
「くそっ、オレの芸術品が!」
「何が芸術だよ。人様にさんざん迷惑かけやがって。だがもう逃げられんぞ。大人しくしておけよ。」
「貴方には聞きたいことが有るわ。私達のスキャンデータはどこ? あれで何をするつもり?」
「答えるつもりはねえよ。 さっさと殺しやがれ。」
その言葉を受けてケーイチは、倒れている隊長機の中の人に近づき剣を構える。
「それじゃ最後に名前を聞くか。お前は一体何だったんだ?」
「ふん、シンドウだ。元ナイトのグループ、シンドバッドのリーダーだ。」
この世界のテロリストは、ボスの名前とグループ名を被せなくちゃ行けないルールでもあるのだろうか。
そんな事を思うトモミだったが、自分のボスも被っていたので黙っておく。
「いいか、シンドウだ。いずれお前たちを倒す者の名だ!」
「いけない! あなた離れてッ!!」
不穏な言葉にトモミがなにかに気づき警告する。
そのとき強力な光とともに、リーダーのパワードスーツの残骸が弾け飛ぶ。
アーマーパージというやつだ。
更に光の壁を作り、足を引きずりながら奥の通路へ撤退するシンドウ。
ケーイチ達に視界が戻ってきた時にはもう姿がなかった。
「自爆とはお約束をわかっているやつだな。やられた方はうざくてたまらねぇが。」
「いえ、彼はまだ生きているわ。そこの壁、彼の複合装甲よ。」
「ちっ 諦めの悪い。トモミ、行けそうか?」
「ええ。私はまだ動けるわ。追いましょう。」
回復剤を飲みながら追跡する2人であった。
…………
「今日はとんだ厄日だな。何もかもうまくいかねえ。」
シンドウは人気のない暗い通路をゆっくりと進む。
この先には地下鉄駅へとつながる通路があり、そこを目指している。
途中で警察のバリケードにぶつかるかもしれないが、光学迷彩でなんとか乗り切るつもりだ。
仲間がいるならそんな危険を犯す必要もないが、今は負傷した自分ひとりだ。
下手なところへ逃げ込んでも、すぐ追い詰められてしまう。
「魔王も追い詰められた時、こんな気分だったのかね。1人きりで、周りは敵だらけ。何をやっても空回り……」
その時後方で壁を破られた感覚がある。舌打ちしながら新しい壁を構築する。
「こんなところでは死にたくねぇなぁ。」
その時周りの色が停止する。といっても元から暗闇だが。
「なんだ? 今不思議な感覚があったが……」
「こんばんは。ナイトの残党さん。」
目の前に黒装束、黒マントの男が立っていた。
時間を操る神出鬼没の男。現代の魔王だ。
「お前は、まさかっ!」
「ええ、お察しの通り。世間では魔王なんて呼ばれていますね。用事はもう終えたけど、ちょっと気になることが有ってね。」
このタイミングで用事が終わっている。
もしかしたらこの男がなにかして、こうなったのか?
しかしシンドウから出た言葉は疑いの言葉ではなかった。
「なぁ あんた、助けてくれないか。捕まってモルモットや処刑なんて御免なんだ。」
「お断りだね。境遇的には考えてあげても良かったんだが。」
「た、頼むよ! 元はと言えばあんたがボスを倒したからだし、なんならあんたの手伝いだってする。仲間集めてサイトと戦ってもいい!」
シンドウは必死に訴えるが、感触はよろしくない。
「ナイトは勧誘と称してオレの家族を殺したからな。命を助けるつもりはないよ。当然、落ち武者の救世主になるつもりもない。」
「じゃあ何でここに来たんだよっ!」
「君が友人のデータを収集したようだったからね。それをそこに置いてもらおうか。 そのポケットだろう?」
既にスキャン済みだったらしく、データの場所を指定する魔王。
「ぐっ わかった。なあ 言うとおりにするから助けてくれ。オレ達にはあんたみたいなのが必要なんだ。」
USBフラッシュメモリを床に置きながら、なおも食い下がるシンドウにため息を漏らす魔王。
「あんただってサイトや政府を恨んでるはずだ。じゃなきゃあんな事件なんて起こさない!」
「あまり人の気持を決めつけないほうがいいよ。そういう輩には容赦していない。」
そう言うと黒いモヤでシンドウを包む。
「うわぁぁぁぁぁあああ!!」
更に視界が暗くなったシンドウは、震えることしか出来ていない。
集中が途切れて、後方の壁が解除されていく。
(む、こいつのチカラは面白いな。オレでも再現出来るか……?)
現代の魔王は「3Dホログラム」の使い方を「精神干渉」で根こそぎコピーしていく。
その情報を集めて小さい球体にすると、自らの魂に取り込んだ。
あくまで使い方であって、チカラそのものではない。
(うん。これは後で研究しよう。 ん! トモミ達のデータはもしかしてこれ用か!?)
ちょっと下衆い事を考えながら床に置かれた64GBのUSBメモリを取る。
空間をコピペして増やすと。異次元倉庫の片隅に置いておく。
これで女友達のデータ、いや チカラの新しい可能性の研究が捗る。
とか思ってたら妻の○○○にUSBメモリを回収されて隠されてしまう。
魔王の奥さん的には不許可だったらしい。 当然だろう。
(オレはビデオ通話辺りから試してみるか。「時間干渉」で空間を把握。「精神干渉」で相手に飛ばして、そのまま一定の空間に表示させるような感じか?)
なんとなくイメージを掴んだ現代の魔王は、シンドウの精神に処理を加える。
魔王の記憶や抵抗する気力などを削いでおく。
その後 別の場所へ移動して時間を動かすと、もうこの地下モールへは現れなかった。
トキタ夫妻が錯乱するシンドウを確保すると、足元のUSBメモリを「分解」してこの事件は幕を閉じた。
…………
「お疲れ様、トキタ君。大活躍だったそうじゃないか。」
「教授こそ、夜遅くにこんな所までお疲れさまです。」
地下モールでの仕事を終えて、地上にでた2人は外の空気を満喫する。
その際ミキモト教授が駆けつけて声をかけてきたのだった。
「貴重なサンプルが手に入るからの。いてもたってもいられなかったんじゃ。」
そう言って嬉しそうに顎をさする、ミキモト教授。
「おっと若いモンの邪魔しちゃいかんの。しっかり休むんじゃぞ。」
「はい、教授も。 おやすみなさい。」
教授と別れて、駐車場へ向かう2人。もう22時を回っている。
「アグレッシブなお爺さんね。」
「ああ。対魔王に全力で取り組んでる人なんだ。」
「……ふーん。」
何か気になることでもあるのか、含みの有る返事が帰ってくる。
「どうかしたのか? 早く行こうぜ。」
「いえ、なんでもないわ。緊張がとけておなかすいちゃった。」
…………
「で、今回はどうだ? 何かあいつに繋がる収穫はあったか?」
喫茶店サイトのカウンター席に、マスターが問いかける。
営業時間は終わっているが、トキタ夫妻はマスターの厚意で食事をとっている。
最初は雑談をしていたがそこそこ食事も進んだため、報告を促す。
「それがサッパリで……捕虜をスキャンしても何も出てこないんです。」
「あの野郎も精神干渉できるからな。何か細工しているかもしれません。」
今回も芳しくない報告で、サイトのマスターは「またか。」と一言漏らす。
一応聞くには聞いたが、もう何かを諦めているような印象だ。
「去年の事件以降ナイトの残党が煩いが、あやつが無関係ということはないかね?」
「どうしてそう思うんです?」
「お前たちには言ってなかったが、あいつの余命がな。ナイトを倒したあとの診察で、半年と診断された。」
「なんですって!?」
「つまりもう、生きてはおらんのではないか?」
(そう言えば退職前、たまに調子が悪そうにしていたような。本人はドウキがどうとか言ってたけど……)
「待ってくれ、魔王事件はあいつにしか出来ないですよ?1ヶ月で世界中の人間を10億殺したんだ!」
「女の子の件もそうよね。1ヶ月で推定数万の被害だもの。時間でも止めなくちゃできない犯罪よ。」
「うーん、何かしら確認できれば……そうなるとあの件は失敗だったか。」
「何のことです?」
「2006年の1月末頃にな、あいつがここに現れた話はしたな?」
「ええ、オレたちがちょうど出払ってた時ですよね。いきなりパーティーの招待状をもってきたとかなんとか。」
「この3人を誘おうとしてたが、我に返ったメンバー達が飛びかかろうとして さっさと逃げてしまったわい。」
「今思えば、それが最後のチャンスだったかもしれないんですね。」
(○○ちゃんのパーティーか。なんだったんだろう。)
この3人は知る由もないが、結婚式と披露宴の招待状であった。
色々あっても、世話になったこの3人には来てほしかったのかもしれない。
普通に時間を止めて渡せばよかったんじゃないかと思うが、当時の彼は瀕死である。状況がかなり逼迫していたため、あまり頭のよくない彼は考えがすっぽ抜けていたのかもしれない。
例えばハレの舞台だから堂々と渡したいと思ったとか。
「その後は目撃例こそたまにあるが、足取りが掴めん。」
「時間止めて移動するとか、思念のコンセキも残さないとかズルいわよね。」
「ん? ヨクミの例を考えれば、こことは違う世界とかに根城を構えている事も考えられるのか?」
ヨクミ達はケーイチに、2つの世界の魔王について相談している。
今度彼らをトモミに会わせる約束をするくらいには、信頼関係を築いているのだ。
「有り得るだろうなぁ。わしのチカラを見てきたあやつなら、ここの寮を真似しても不思議ではない。」
「そうなると、今は本当にお手上げだな。そろそろ休むとするか。 マスター、8時間程使っていい?」
「遠慮はいらん。16時間やるからたっぷり休め。解錠は4時でいいな?」
「助かります。ありがたく使わせてもらいます!」
そう言って、以前使っていた社員寮の部屋の鍵を受け取る2人。
ここの寮は時間の流れを制御できる。少ない時間でも何倍にも引き伸ばせるのだ。
これだけ便利なら現代の魔王がパクっても不思議ではない。
(本音を言えば、あやつには幸せになってもらいたかった。)
2人が寮へ消えてから1人で考えるマスター。
(それこそサイトを継いでもらいたくなるくらいには、素晴らしい働きだったと言えよう。)
マスターは、当時のサイトの悪魔の事を評価していた。
自分が50年続けても終わらなかった戦争。
それを2年もせずに本拠地を見つけ、決戦の末に打ち破ったのだ。
だからこそ継いでもらいたい気持ちがあった。
寿命のことさえ考えなければ、の話だが。
サイトのマスターと現代の魔王は能力が似ている。
得意なことが少し違うだけでやってることはほぼ同じだ。
コミュニケーションに難はあっても、理解者が側にいればなんとでもなる。ならば政府は、無駄に追い詰めたりせずに手元に置いておけばよかったのだ。
だから今の状況は非常に口惜しいと感じている。
(わしの推測どおりなら、あやつを追う必要などないのだ。どんな理由であれ、生者が死者を追っても碌な事にならん。)
その結論はある意味正しかった。だがそれでは問題もある。
(政府の連中が諦めるとは思えないけどもな。)
マスターは自身で八方塞がりを証明してしまうのだった。
…………
「この限定品の紅茶、結構イけるわね。」
「思ったより美味いよな。こういうのって奇をてらって失敗するイメージだけど。」
2人は部屋で事後の紅茶を飲みつつ休憩していた。
事後と言っても書類仕事だ。モールで破壊した果物の件や、欠損した犠牲者の身体についての始末書を書いていた。
「この大量の果物、買取になったけど明日職場で派手に配るってのはどうだろう?」
「それ良いんじゃない? きっとみんな喜んでくれるわよ。」
「そうだな。そうしよう!」
全ての仕事が終わり、話もまとまって後は休むだけだ。
アケミが狂喜乱舞して、メグミに余計な事を漏らすまで 後1日である。
お読み頂きありがとうございます。