02 サクラ その2
「貴方が、現代の魔王ですね!!」
「ウチはラーメン屋だよ、お嬢さん。」
公園横の屋台でラーメン屋と雑誌記者が出会った。
「何でオレを魔王だと思ったのかわかりませんが、まずはお食事をされてはどうですか?」
そう言いながらヒエヒエの麦茶が入ったグラスを、サクラの前のカウンターに置く男。カラカランと鳴る氷の音がサクラを誘惑する。サクラは非常に喉が渇いていたが、手を付けていいのか躊躇する。
自分の「事実を認識する」チカラに反応はないが、相手が10億人も殺害した現代の魔王ともなれば、恐怖を覚えるのは仕方がないことだ。
「そんなに警戒しなくても、オレは料理人の端くれですよ。毒なんて入れたりしないから、 ほら席に座って座って。」
あ、でも食券は買ってくださいね! と笑う男に促されて券売機に向かうサクラ。
(安さに釣られて入った店に、魔王がいるなんて聞いてない……)
自白はしていないが状況的に黒だとサクラは感じていた。
(いっそ、このまま逃げてしまおうか? でも逃げられそうにないよなぁ。)
男は厨房にいる。券売機は入り口の隣なので、今走って外に出ればなどと考えてもみるが、そもそも相手は時間を操れるはずなのだ。距離なんて関係ないだろう。
(だったらやっぱり、話をして生き延びる方法を考えようか……)
冒頭の発言は恐怖のあまりヤケを起こしたわけでも、記者としての義憤に燃えたわけでもない。すでに彼の術中に飛び込んでしまった以上、なんとか交渉して自分が生き延びられるよう話をつけようと思ったのだ。
少なくとも今は話をしてくれそうな雰囲気だ。
だったらここで逃げ出して不興を買うようなことは避けねばならない。
(と、なればこれかな。)
券売機で お蕎麦屋さんセットと日本酒を購入。
少しでも高いものを購入して、心証を良くしようという下心である。カウンターに戻って食券を渡すと 男は意外そうな顔をする。
(まるで よく逃げなかったなって思ってそうね。)
相手の表情を伺いながら サクラはそう推測するが……。
「お客さん、お若いのにシブいとこ行きますねー。」
チョイスを褒められた? だけだった。
一瞬呆気にとられて フクザツな気持ちになりかけると、
「はい、日本酒とお蕎麦屋さんセットのモツ煮、冷奴と漬物盛り合わせです。天ぷらとお蕎麦は良き頃にお出ししますね。」
もう既に料理が目の前に並んでいた。 今度こそ一瞬どころじゃなく呆気にとられてしまう。
「えぇっ その、まお……店長?さん。まだ5秒位しか経ってなかったと思うのですが 」
あまりの衝撃にドモリながら 男と料理を見比べるサクラ。
モツ煮はしっかり温まっているし、冷奴のネギは今掘ってきて切りました!と言わんばかりに新鮮だ。
「ウチはお客さんに 安く・素早く・それなりに美味しい料理を
提供することを心がけていますので。」
これだけ出てきて1000○はたしかに安い。日本酒だけでそれくらいする店もあるくらいだ。
待ち時間が5秒とか常識を疑うレベルで素早い。 ますます怪しい。
最後だけちょっと予防線が張ってある気がするが。
「それとオレの事は、マスターって呼んで下さい。」
「店長じゃだめなんですか?」
「マスターの方が格好いいじゃないですか。それより さぁさぁ、どんどん食べて下さい。」
「あ、はい。 いただきます。」
出された料理におっかなびっくり箸を伸ばして口に運ぶ。
「ん! 美味しいです!」
モツ煮はとても柔らかく 肉の中まで味噌の味がしみていて、お酒にもご飯にもよく合いそうだ。
漬物も定番だけでなく ゴボウの醤油漬けや 野沢菜、長芋のわさび漬けまで入っていた。
冷奴にはネギと生姜だけでなく 明太子も用意されている。
冷酒は水のような口当たりから始まり、 味・香り共に舌と鼻を通して脳を直撃する美味さであった。
「お口に合ったようで何よりです。 」
一心不乱に食べていると、マスターに笑顔を向けられる。
目的も忘れてムシャムシャと食べていた事と、それをマスターに見られていたことで急に気恥ずかしくなる。アルコールと相まって顔を赤くするサクラ。
箸が止まったところをチャンスとばかりに、空いた皿が片付けられて天ぷら盛り合わせとざる蕎麦が目の前に現れる。
「はい、お蕎麦と天ぷらお待ちっ」
「ど、どうもです……このメニューって何か由来でもあるんですか?ラーメン屋さんなのにお蕎麦って。」
気恥ずかしさを払うように質問する。
「長野で自分が試したメニューなんです。気がつけば隣のお客さんも、同じ物頼んでましてね。何故か嬉しかったので自分の店でも扱う事にました。あ、でも細かいところは結構違ってますよ。」
「は、はぁ。」
「これに限らずウチの飯は、自分のお気に入りをだしてます。お客さんに気に入ってもらえたら、自分の好物が広まるからオレも嬉しいしね。」
「なるほど、素敵な発想ですね。よくわかります。この天ぷらも、私すごく気に入っちゃいました!」
と、言いながら若干媚びを売るような表情を作る。
ここで相手を褒めちぎって攻勢に出る目論見だ。
「あのですね、私――」
「ん? なんだそろそろ”お話 ”の時間かい?」
サクラがなにか言う前にマスターに牽制される。
急に口調とトーンが変わり、サクラの表情がやや引き攣る。思わず目線を下に落とすと 天ぷらと蕎麦がない。片付けられてしまったようだ。
「まずは自己紹介してくれないかな。わざわざ目立たない屋台に来て、オレを魔王呼ばわりするお嬢さんは何者なんだ?」
一度深呼吸をしてからマスターの目を見て答える。
「コジマ通信社のオカルト雑誌の記者、コジマ サクラ です。この度は”現代の魔王 ”である、貴方に取材をさせて頂きたく思っています。」
ここで嘘を言っても意味はないので正直に答える。
バレたら不興を買うし、魔王のチカラなら確実にバレる。
「ウチは取材はお断りなんだがね。どうしてオレがその魔王とやらだと思ったんだ?」
「ここに来たのは偶然でした。ですが店内を見て確信しました。ここ、大宮公園じゃないですよね?料理もすごい勢いで調理されてます。たとえ作り置きだったとしても不可能なレベルです。それにここ、店に対する疑念の類を無効化するような仕掛けがしてあります。」
一気に理由を伝えていくサクラ。
途中で止まると何をされるかわからないからだ。
「これらの事から貴方は空間、つまりは時間を操る術を持ってます。更には疑念を消す、精神に干渉するチカラもあります。これが私があなたを魔王と思う根拠です。」
ついでに言えばお名前を伏せているのも怪しいです。と、小さく付け足した。
ブウン!!
一瞬マスターの姿がブレると、元に戻る。
「それが本当なら大したものだけどね、なんでそんな事を言いきれるんだい?」
「私、超能力者なんです。 事実を認識するチカラです。」
ブゥン!!
またもやマスターがブレて戻る。
ツーッと冷や汗が垂れているが それはサクラも同じである。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは――マスターだった。
「確認した。嘘は言ってないようだ。参ったな。こんな簡単に見つかるとは……。反則だろうそのチカラ。仕掛けを全部看破してしまうなんて。」
気落ちした声でしょんぼりするマスター。
次元の狭間に店舗を構え、違和感を消滅させる為の結界を張ったにもかかわらずバレてしまったのだから無理もない。
「今日のお前が言うなスレはここですか……ヒィ!」
思わずツッコミを入れたサクラが、マスターに睨まれて悲鳴を上げる。
「んで、お嬢さんはどうしたいんだ?取材ならさっき言った通りお断りだぞ。」
「実は会話は録音してあります。これを――」
と 胸ポケットからボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンに手をかける。
「そのレコーダーなら全部、般若心経と電波ソングで上書きさせてもらったよ。」
突然流れ出した般若心経に顔をひきつらせるサクラ。
明日には表情筋が筋肉痛になりそうなくらい 引き攣っている。
もっとも、明日が来るとは限らない状況である。
「オレを脅迫しようとは、いい度胸だな。そんなに輪廻転生が嫌いなのか?」
「あわわわわわわわ……」
命どころか 来世まで否定する言葉を投げかけられて青ざめる。元が赤かったので今は紫色だ。
「ち、違うんです! 魔王に会った以上、もう生きて帰れないと思ってなんとか話し合いのきっかけをと!!」
パープルサクラは両手を前に出してブンブン振りながら必死に言い訳をする。
「いや、普通にメシ食って帰れば良かったんじゃないか?」
「……へ?」
「ウチは飯屋なんだ。飯食って満足してくれれば それで良いんだけど。」
それを聞いたサクラは信じられないものを見る目を相手に向けてしまう。
「あの、貴方 本当に魔王なの? 政府の発表だと情け無用、極悪非道のテロリストって言われーーヒィッ!!」
またも余計なことを言って睨まれるサクラ。
「オレに取材交渉したいなら、魔王は止めてくれな。オレは魔王なんて名乗っちゃいないし、別に人類を絶滅も支配もするつもりなんて無いよ。」
「じゃ、じゃぁ 事件! どうしてあんな事件を?」
「副業でね。 ハーン総合業務っていう何でも屋でアルバイトしてるのさ。オレはこの店を気に入ってるが、この値段だ。これだけだとほら……税金の支払いが、な?」
わかるだろ? とでも言いたげな表情をしながら真相を話すマスター。
「…………」
あんまりな言葉にサクラは完全に言葉を失う。
世界を震撼させた現代の魔王の所業が、まさか税金を払うための金策だとは夢にも思わなかった。
しかも何でも屋でのアルバイトだ。時給いくらだよ!
(私の知っている何でも屋と違う……)
普通は掃除したり 人間関係のお手伝いしたり、いろんな調査を請け負ったりするんじゃないの?間違っても殺人やレベルの犯罪なんかしないと思うんだ!などと正論が頭の中で躍り狂うが言葉にはできない。
「打ちひしがれている所悪いが、今後のための交渉に移ろうか。」
追い打ちの一言を掛けられたサクラは、
(どうにでもなりやがれ、こんちくしょう!)
今の正直な気持ちを、心の中で叫ぶのだった。
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