19 セイト
「アケミさん! 私に医学を教えて下さい!」
4月14日の夕方。ソウイチがボロ・ゾーキンになる少し前。
特別訓練学校の医務室にて、メグミはアケミに頭を下げていた。
訓練後の診察が終わった直後のことである。
「私、将来医療関係の仕事に就きたいんです。でも授業内容だけでは足りないので、アケミさんの下で学ばせて頂けないでしょうか!?」
「それって弟子入りってこと!? 私が師匠よね。 師匠か……えへへ。」
妙な妄想でよだれを垂らしそうなアケミ。顔はだらしない。一緒にいるユウヤはドン引きである。
「でもちょっと待って。すぐに弟子入りを認めるわけには行かないわ。」
「どうしてでしょう。」
「そんな不安そうな顔しないの。 条件を出したいってだけ。訓練をあと1週間はこなしてみせて。それで耐えられそうならOKするわ。」
途中でやめられたら悲しいもの。と続けるアケミの主張はごもっともだ。
でも実は訓練内容の詳細を知らないアケミ。管轄が違うから仕方がない。
「はい!もちろんそのつもりです。」
「訓練のことならオレもフォローするし、メグミなら大丈夫だと思いますよ。」
「うんうん。青春ね。 それともうひとつ!!」
「まだ何かあるんですか?」
「……料理を教えて下さい! できるだけ早くに!!」
「ぶっ あはははははは!! ぶへぇッ!!」
大笑いするユウヤにアケミの往復平手撃ちが炸裂して、その無礼な口を大人しくさせた。
「いつか絶対、ユウヤ君が泣いて悶える料理を作ってみせるんだから!!」
アケミはユウヤを粛清しつつ、その拳を握りしめて強く決意した。
…………
「それで、メグミは無事に弟子入り出来たの?」
4月20日の夜。ヨクミの部屋に集まった4人は情報交換をしていた。
その中でメグミのことが気になったヨクミが質問する。
「うん 午前中は手伝いもさせてもらったわ。」
「良かったじゃない。まさに夢への一歩って感じよね。」
「うん、そうなんだけどね。私達って魔王に挑むために居るわけでしょ。いつどうなるか分からなくて、すごく不安になるの。」
「街でそんな話が出てな。ってな訳でみんな将来とかどうしたいんだ?」
「急にごめんね。戦いで役に立てるのは嬉しいけど、冷静に考えると怖くなってきちゃって……」
「仕方ないかもねー。みんなくらいの年のニンゲンが連日戦いに明け暮れるとか、私の世界でもあまり見ないもの。」
やれやれといった感じのヨクミが言葉を続ける。
「ちょっと身の上でも話しなさいよ。自己紹介では私もパニックでよく覚えてないし。」
「それじゃあ僕から話すよ。」
モリトが一番手をかって出て語りだす。
彼の両親は警察官で、厳しい家庭だったそうだ。魔王事件の時に偉い人の護衛任務中であり、最後まで戦って殉職したらしい。結局その偉い人とやらも死んでしまったようだが。
その後父親の同僚のすすめで、ここを紹介されたとか何とか。
「でもよくグレなかったわね。あんたくらいの年は危ないって聞くけど。」
「それこそ両親の教えの賜物かな。 グレる方法なんて教わって無いからね。で誰かを守れる人であるために、将来は警察とか自衛官あたりになれたら良いなって思ってるよ。」
「へぇー あんたやっぱり真面目なのね。」
「そんじゃ、次はオレな。」
次にユウヤが語りだす。
ユウヤは両親と不仲で孤児院にいれられたようだ。
検診がやたら多いがそれ以外は特に問題のない施設だった。
魔王事件では1人買い物に行ってたため助かったようだが、孤児院は焼け崩れ 最後には強力な光が孤児院を包みこむ。
そして脱出しようとした友人とともに塵も残さず消滅した。
「オレの能力はそこが由来なのかなって思ってる。もっと早く辿り着けてればって。」
「うーわ、こっちもシリアスだわ……」
「でも魔王が憎いかと言うと実感ないんだよ。そこからは生きていくだけで精一杯だったからな。」
「それで将来はどうすんの?」
「よく解らない。元々親と疎遠だし金を貯めながら考えるさ。でもチカラは上手く使えるようにしたいな。」
「傍目から見ても身体に悪そうだもんね。私のチカラで少しはカバーできてるけど。」
「メグミには助けられてるよ。ありがとな。」
「どういたしまして。 それじゃ次は私ね。」
メグミは田舎の集落に住んでいた。移動は不便、年寄りだらけの典型的な田舎だ。
それでも数年前に大きな工場が出来てからは、かなり景気が良くなっていたらしい。
しかし魔王事件では数多く存在する工場が全てツブされ、村全体も火の海になってそこら中に村人が倒れていた。
メグミは運良く助かったものの、心を閉ざしてしまう。
カウンセリングを受け続けて今年のはじめにようやく自我を取り戻した。
メグミは療養中に医療に携わる決意をする。今度こそ誰かを助けるために。
「メグミもえらいハードな体験してんだな。回復能力はそこからきてるのかな?」
「たぶんね。ユウヤの話にあった強力な光? 村を包み込むくらいのやつが私も見えたわ。」
「つまりその時の光が君たちにチカラを与えたってことかい?教官が言っていた才能っていうのはその辺りから?」
モリトがこれまでの話から推測する。自分はそれを見てないからチカラが無いのか?と考えているようだ。
「わからないけど、その時の感情がチカラに反映されている気はするわね。」
「メグミは魔王についてはどう?」
「もちろん憎んでるわ。絶対に許せるはずもない。」
勢いよく答えるが次の瞬間には元気がなくなる。
「でも正直怖いのよ。だから……せめて理由は知りたいわね。何で私達の村や私達が、こんな目にあっているのかを。」
「メグミはお優しいわね。私は事と次第によってはぶちかましたいけど。」
「ふふっ ヨクミさんらしいわ。でも参ったわね。カウンセリングでマシにはなったけど、後遺症がたまに出るわ。」
「なーに気にすんなよ。 オレたちはチームなんだからどんどん頼れよ?」
「ありがとう。なるべく頑張るわ。メンドウな女と思われたくないしね。」
お互いの過去や想いを知ってより絆が深まった。そう実感できる会合だった。
…………
「どーしたものだろなー。」
ヨクミはこれまでのことを考える。
訓練はきついが、自分の魔法の練度を取り戻す事を考えれば丁度良いくらいだ。
仲間と呼べる者たちも出来たし、ケーイチをはじめとしてスタッフ達にも良くしてもらっている。
休日にはコスプレ広場で大勢のニンゲン達に、水の偉大さについてキョーイクしてやった。
そして何より、ここに飛ばされた日に待ち合わせしていた友達とも再開できた。だがその友達、風の精霊であるフユミの扱いが首をかしげる。
フユミは同じ日に転移したらしいが、厚生棟ではなく訓練棟だった。
そしてモンスター扱いで訓練施設ロジウラで再会したのだ。
元気そうではあったが、ケーイチに事情を説明しても一緒に暮らすことは叶わなかった。
カンカツが違うとのことだがこれはあまり納得行かない。
今も訓練棟のモンスターの待機室に入れられている。
どうもその辺りで不信感が拭えない。
フユミに会うことや、一緒にお出かけするくらいは許可は貰えたので暴れたりはしていない。
フユミの事を思うなら、早く元の世界に帰る必要があるのだが……。
現状では自分の居た世界ウプラジュは、限りなく遠い。
ヨクミはこれからのことを考える。
この世界で起きた魔王事件の犯人と、自分の居た世界の魔王が同一人物の可能性があった。
仲間たちと情報をすり合わせた結果、チカラや行動パターンが酷似しているのだ。
時代は違うが、時間が操れるならそもそも何も齟齬が生まれない。
心を直に操るのをあまり好かない所も似ている。
そこでケーイチからの提案で、最も魔王を理解しているだろう人物を紹介してもらえることになっていた。
そんな人がいるならさっさと捕まえて欲しいものだが、文句は言えない。その人でさえ苦労する相手なんだろうから。
ヨクミは普段はバカっぽくはしゃいでいるが、これでも大人の女なのだ。
分別はある、はずだ。
「でもあれよね。 ここですぐ帰れたとして、モリトはすぐ死にそう。」
1人だけチカラのないモリトについて思案する。
根性はソウイチ並にあるし よく周りを分析しては居るけれど、それだけでは難しい場面も出てくるだろう。事実 訓練の時には、ヨクミが加入するまで苦労していたようだ。
ヨクミは単独で訓練をしていたが、中ボス枠としてユウヤ達と戦った後にチームに加入したのだった。
「あの時のみんなの顔は見ものだったけどね。あの双子ちゃんが手助けに来なかったら、勝ててたのになぁ。」
それはさておき、モリトのことだ。自分は回復魔法も使えるが、まだ低位のものだけだ。
今後を考えるとせめて上位の回復、できれば復活魔法なども取り戻したい。そこまで行けばモリトへのサポートも万全だろう。
「ってなんでアイツのこと真剣に考えてるのよ。私達は帰らないといけないんだから!」
今でこそ身体は年下だが、本来は10歳以上自分の方が上なのだ。
子供相手に惚れただなんだと有るわけもない。うん、ないのだ。
「ともかく生き残らないとね。みんなで。」
そういって湯船にお湯を貯めると、足も魔法を解除して人魚のソレに戻して入浴を満喫するヨクミだった。
彼女は人間を脅かす存在だったが、今は人間の世話になって制限付きの生活を送る。
あの時エモノを求めて砂浜に行ってなければ、こうはならなかったかもしれない。
彼女もまた、自業自得ライフの仲間入りをしたのだった。
…………
「はーい、君たちに新しいお仲間だよ。仲良くしてあげてね。」
4月20日の夜。訓練棟地下のモンスター待機所に新人がやてきた。
連れてきたのはサワダ。ミキモト教授の助手をつとめている男だ。
年齢は30代の半ばくらいか?
「――――!」
「――――!」
「――――?」
「――――!」
連れてこられたのは4体。小型で既に理性もないようだ。
きっとあのクスリが効きすぎて頭が耐えられなかったのだろう。
「それじゃ、あとよろしく。 明日も訓練頑張ってくださいねー。」
そう言って待機所からでていく白衣の男。
彼の姿が見えなくなってからフユミは身体を顕現させる。
真っ白な肌で美しい造形の身体。膝まで届きそうな白い髪、風のチカラでふんわりと新人達の前に着地する。
「ここのところ訓練で消費が激しいからって、 こんな小さな個体まで連れてくるなんて。」
そう言って新入り4体を観察するが、こちらに対してあまり反応がない。
モンスターは多少怪我しても、クスリにつければなんとかなる。
それでも限度は有るので新入りを入れたのだろう。
「まぁいいわ。せいぜい頑張って生きてね。」
そう言ってまた、身体が霊体になり消えていく。
(ヨクミは怒ってくれていたけど、霊体になれる私はどこでも大丈夫なのよね。)
この百鬼夜行みたいな部屋は、見た目には美しくないけれど。
普通の人型のモンスターも居なくはないし、話がしたければ
そっちに行けばいいし。
でも別室の料理のスライムだけは、気味が悪いから近寄りたくないけどね。凄くいい匂いなのに……あれね?製作者はきっと悪魔的な錬金術師だと思うわ。
この前も、お姉さん型モンスターが甘い匂いに釣られて全身ドロドロにされていたもの。
あれはここの生徒達には見せられない光景ね。
刺激が強いなんてもんじゃないわ。
霊体のまま上を目指し、建物の屋上に出て街を見渡す。
(なんとも不思議な世界に来たものだわ。)
魔力を使わないのに、それと同等の技術がある世界。
敷地の外の平和な世界、敷地の地下の混沌な世界。
凄く楽しいことが有る反面、凄く辛いことが有るのはどの世界も同じなのね。
(あっちが昼間、ヨクミと行った市民ホールのあたりかしらね。)
フユミは遠くに視線を向ける。
コスプレ広場の噴水で、ヨクミと一緒に大暴れした場所だ。
ヨクミはとある事情で、水の偉大さを教えるのが大好きだ。
ウプラジュのサタナー島では、よく旅人に水魔法で襲いかかっていた。
私はそこまでしないけれど、自然の力に畏怖の念を覚えさせるのは嫌いじゃない。
私自身が山に住む風の精霊だし、山の壮大さを教えられるなら――。
そんな私達が手を組んだ結果。
コスプレ広場の水場を支配して周囲の人にぶち撒けるヨクミと、
その水を風で操って、キラキラしたイルミネーションを作り上げた私がいた。
それは昼間なのに幻想的な風景となり、人々の心を掴んでしまった。
良いところでモリト君に中断させられちゃったけど、異世界での楽しい思い出になった。
市民ホールのスタッフには、来週からも是非来て下さいと頼まれた。
しばらく退屈せずに済みそうなのはありがたい。
この学校は兵士を育てるために、それこそ何でもやっているところがある。
私みたいに裏方を見てしまうと良い印象は受けないだろう。
出来れば早く魔王を捕まえて解決してほしいものだ。
しばらく街を見ていたフユミは満足すると、百鬼夜行の部屋に戻るのであった。
…………
「みなさん、おはようございます!」
「「おはようございます!!」」
翌朝、教室で行われた朝礼でケーイチと生徒達は元気に挨拶する。
「今日はみんなに、伝えなければならないことがある。
訓練で戦意喪失した4人が、転校することになった。」
その言葉にざわつく生徒たち。しかし無理もないかという意見が大半だった。
その4人は双子のアイカやエイカと同じくらいの子供ばかりだったのだ。
双子は持ち直したが 普通この日本では、あの年で銃を持たされてモンスターと戦うのは怖いだろう。
そしてその4人は実戦訓練の初日以降、部屋に引きこもって訓練をボイコットしていた。
「彼らは別の国営施設に移されて新しい生活を送る。機密を守るために、多少は言論の自由に制限がかかるがな。」
「それってゴーモンとか、クスリでセンノーするの!?」
ヨクミがスルドイ言葉をケーイチに投げかける。もちろん彼女はジョークの一つとして言ったに過ぎない。
「んなわけあるかよ。ここの責任者でもあるミキモト教授の別の施設に異動しただけだ。そこなら平和的に情報管理ができるらしい。」
(へぇ あの教授、手広くやってるんだな。)
そう思うのはユウヤ。ロジウラを快進撃したユウヤ達は、ミキモト教授と助手のサワダに声をかけられたことがあるのだ。
「そんな訳で、君たちは君たちのやるべき事を頑張ってくれ。いつかまた、会うこともあるだろう。」
「それでは今日の授業を開始する。 一同、礼!」
「「よろしくおねがいします!!」」
ケーイチはその4人の行方を知らない。管轄が違うのだ。
だが先程の言葉はウソではなかった。
いつかまた、訓練で会うことになるのだから。
お読み頂きありがとうございます。
数カ所の表現を修正。ストーリーに変更はございません。