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18 フオン

 


「よう。おめえさんが来るってぇことは、年貢の納め時か?」



 2008年4月13日の昼間。

 安アパートの一室で、ウデンは突如現れた黒装束に声をかける。


「そうなりますが、今この瞬間ではないですよ。」


「へっ、そうかい。今日の獅子座の運勢は8位だったんだ。悪いけど最悪じゃねぇってのは当たってやがるな。」


「あなたのチカラにぴったりな星座ですね。これどうぞ。」


 黒装束は相手の軽口に付き合いながら、手土産にもってきた袋を渡す。


「おう すまねぇな。 カーッ結構いい酒じゃないか。んで、オレは何をすればいい?」


「近い内に大きいヤマがあると聞きました。その時に死神と魔女が出ると思います。」


「おお? ついにあの2人を消すのかい? 残念だがオレじゃぁ死神と魔女相手にしたら、殺すどころか、そう長くはもたねぇよ。」


「ついにって、別に殺す気はないのです。ただ彼らに対してやってもらいたいことがあります。」


「わかった。引き受けるぜ。 だがなぁ、おめえさん。前にも言ったが、あいつらとは相容れないと思うぞ。」


「性格上相性が良くないのはたしかですね。それでも思うところがありまして。」


「わかった、わかった。寿命を1年位延ばしてもらったんだ。文句は言わねぇから 詳しい話を頼む。」



 元ナイトの構成員、ウデン。サイトとの統合を蹴った1人である。

 彼は魔王事件のターゲットであり、生き残りであった。



 …………



「マスター! 10億人殺しの裏話ってなんですか!?」



 魔王邸の客室で、お風呂に入ってさっぱりしたサクラが問いかける。


「もうその話をしても良いんですか? サクラが思っている以上に心にダメージを受けています。もう少し休んでも良いんですよ。」


「いえ、なんかそっちは良い夢見たら忘れました!」


「逞しいですね。ではお話しますが、ダメそうなら休んで下さい。」


「わかりました。 それで、どういった裏話なのでしょう。」


「まず、世間で言う魔王事件は1年続く予定でした。」


「人類全滅してお釣りが来るレベルの話じゃないですか。」


 いきなり心が挫けそうになるサクラであった。


「被害者の数は変わりません。オレが1年もやりたくないので1ヶ月で終わらせたのです。」


「マスターがやる気ありすぎなのはわかりました。」


「やる気が無いからですよ。1年も単身赴任して、妻に会えないとか子供に顔を忘れられたら泣きます。」


「あー、うん。納得です。」


「それで人によっては1年程度は寿命が縮まる事になるのと、あまり虐殺めいたことは嬉しくないので 1手挟ませてもらいました。」


「今でこそ分かりますが、とても日本人的な思考、感情ですよね。それで一体どんな手でしょう。」


「説得ですね。おっしゃる通りの感情が前に出てました。相手は犯罪やそれに準ずる何かが有る人ばかりで……。でも自首でも改心でもしてくれればここでは殺さないという。」


「でも、難しそうです。研修のあれを聞いている限りでは。」


「そうですね。話を聞いて検討してくれる方などほぼいませんでした。10億人中、100人くらいです。」


「説得は誰がするかでほぼ決まる感じですし。でもたった100人ですか。」


「それでも居るだけマシでしたね。護衛とか部下、仲間等が巻き込まれて死ぬ人が増えて、とても残念なことになりましたし。」


 例えば議員1人に何十人と護衛の警官をつけて、警官が全滅してしまうケースもあった。


 結果として 説得成功して助かる人数と比較して、巻き込まれて死ぬ人数の方が何倍も多くなるという結果になった。


 被害者数だけなら説得しないほうがマシである。ただただ時間を止めてターゲットを撃ち抜くだけなのだから。


「正直に言うとそれがなかったら、10億人なんて届いてませんでしたよ。」


「人間的な心が仇となるパターンですか。人間ていうのは面倒ですからね。」


 思うところがありすぎるサクラは、マスターに同情的だ。


「相手がどんなに頭が良い人でも、物差しが違うからどうしようもないんですよね。」


「あえて聞きますが、精神干渉のほうでどうにか出来ませんでした?」


「心を捻じ曲げる技は好かないのですよ。一見上手くいってもあとで大暴走とかありますし。」


 以前と現在の心の衝突で、多大なストレスから犯罪を犯すなんてザラだ。


 なので索敵やテレパシーなどの補助的な使い方以外、使わないようにしている。何より自分がされたくないのだ。


 この先どうなっても、自分の意識は持っていたい。

 それなら失敗しても自業自得と割り切れる部分もある。

 なので他人に対してもそこは滅多なことでは弄らないようにしている。


「想像したらちょっと怖くなってきました。休憩してもいいですか。」


「もちろんです。ではお茶を頼んでおきますか。気が滅入る話しはここまでにしておきましょう。」


 そう言いながらもマスターは邪推していた。

 もしかしたらあの社長なら、全て計算の上での10億なのかもしれないと。


 期間を1年と言ってみたり、説得なんて非効率な方法を認めたり。

 それぞれで自分の感情を揺さぶり、コントロールしていたのではないか。

 それが何かに繋がっているんじゃないか、と思ってしまうマスターであった。



 …………



「なぁ知っているか?

 男用と女用で風呂場の大きさ違うらしいぞ。」



 4月14日の夜。特別訓練学校で初の実戦訓練の終了後。

 2階の休憩室でユウヤとモリトがへばっていると、ソウイチが現れた。


 風呂場と言っても浴槽があるわけでなく、シャワールームである。


「そういう事もあるんじゃないか? 女のほうが色々大変だろうしよ。」


「僕もどっちでも良いかな。別に今のままでも問題ないし。」


「問題か。それを確かめようと思うんだが、カードで決めようぜ。」


「つまり罰ゲーム付きで遊ぼうってわけだな。上手く行けば負けても美味しい役ってことか。」


「ちょっとユウヤ。覗きはだめだよ。」


「モリトは堅いなぁ。だが勝てば問題ない話だし、負けても人が居ない時に確認しに行けばいいじゃないか。」


「わかったよ。正直気分を変えたいから、付き合うよ。」


「よっし決まりだな。ババ抜きで勝負だ!」


 そういってカードを配り始めるソウイチ。


 実践訓練でのストレスはソウイチにとってもかなりの物だった。


 ユウヤとモリトは同い年だが、ソウイチはひとつ上である。

 年下のユウヤ達の心を気遣って、罰ゲーム付きのカードゲームを提案したのだ。


 狙い通りゲームは白熱し、ギリギリの勝負となるのであった。



 …………



「ねぇ、2人とも今日は一緒にオフロいかない?」



 双子の少女、アイカとエイカは怯えていた。

 実戦訓練で怖い目にあったからだ。


 アケミの診察も頑なに拒否して部屋に籠もっている。

 そこへ年長組のミサキとメグミが声をかける。


 誘ってきた2人の表情も疲れており、心のすり合わせの真っ最中なのだろう。


「うん、いく!」

「すぐ行くからちょっと待っててね。」


 アイカとエイカは普段のシャワーも他の人と時間をずらしていた。

 今日もその予定だったが、怖い思いをした者同士で身を寄せ合うのは悪いことではないかと思ったのだ。


 どっちにしろ身体のことはそう長くは隠してはおけない。

 返答の直前、身体の中に黒いモヤが現れたのを2人は気が付かなかった。


 女性用シャワールームに移動して脱衣所で一列に並んで脱ぎ始める。

 手前からミサキ メグミ アイカ エイカの順だ。


「思っていたより激しい訓練だったわ。まさか人工モンスターを相手にするなんて。」


 ミサキが人形操作用の糸を外しながら愚痴る。


「本当よね。いくらチカラがあるからって、それ以外はフツーの中学生だってのに。」


 メグミは悲しそうな顔でため息を吐く。


(私達は小学校すら、まともに通えてないのになぁ。)


 声には出さないが双子もまた、神妙な面持ちだ。


 その空気を自分が生み出した事に気がついたミサキはメグミに話をふることにする。


「メグミはたしか、王子様と2人っきりで攻略したとか言ってたわね。これはなかなか、すみにおけませんねぇ。」


「んな! 何よそれぇ。やめてよ、ユウヤとはそんなんじゃ。」


 動揺し、顔を赤くしながら否定するが、事実である。

 4人1組で訓練施設ロジウラに挑んだが、年少組が逃げてしまったのだ。

 仕方なく、ユウヤと2人だけで協力して戦うことになった。


 服を脱ぐのに手間取るくらいに動揺するメグミに双子がノってくる。


「メグねーちゃんは、初日からユウ兄ちゃんと仲良しだもんね。」

「日曜日はデートしてたしね!」


 次々と暴露されるメグミ。一体どこまで見られているのか。


「ちょっと、もう~~~~~!」


 その時、脱ぎ終わった双子を見たメグミは大きく目を開くことになる。

 ブラも必要がないくらいの幼い身体は、肌色ではなかった。

 ミサキも気が付き、痛ましい表情だ。


「2人とも、何よそのキズ!! 服の下はほとんど紫色じゃない!!」


「あー、うん。ここに来る前にいろいろと、ね?」

「私達はやっぱり、フツーの人からしたら気味が悪いみたいで……」


 その言葉にメグミが俯く。


「だから2人とも、普段は他の人を避けてシャワーを浴びていたのね。」


 ミサキがこの1週間の2人の行動を、悲しげな表情で納得する。


「なんて、酷い……ッ!!」


 その時メグミからは赤黒い精神力が吹き抜けた。

 それを間近に見たミサキは言いようのない圧力を感じていた。


「え!? メグミ?」


 すると赤黒い何かが消え、黄色の精神力が溢れ出した。


「私に任せて! すぐに治してあげるわ!」


 黄色の光がこれでもかと言わんばかりにアイカとエイカに注ぎ込まれる。


「肌の色が戻っていく?!」

「すごーい! ピカ―ってしたら急に元気になったよ!」


 水々しい少女の肌に戻り、双子は抱きついて喜んでいる。

 抱きついた感触もふにふにと優しい感触になっていて、いままでの痛みが走る抱擁でないことに感動しているようだ。


「これが私の必殺技!! 大抵の怪我は治せるのよ!」


「治すのに必殺って矛盾してるじゃない。あ、でもユウヤ君が相手なら間違ってないか。」


 身体治すフリして抱きついて悩殺!と、からかわれて顔が熱くなっていくメグミであった。


「またぁ、そっちに話を戻さないでよぉ!」


(一瞬感じた呪いのようなチカラと癒やしのチカラ。この子はとんでもない才能をもっているかもしれないわね。)


 メグミの抗議をうけながしながらミサキは考察する。


「むぅ そういうミサキの方こそどうなのよ。あのゾーキンみたいな名前の男の子!」


「確かに彼は水ばっか吸ってるけど、その言い方はどうかと思うわよ。」


「ソウ兄ちゃんはいつも水のボトルを持ち歩いているよね。」

「ねー。」


「そうねぇ。彼はチカラは中々だけど、ナカジョウ家のシキタリ的にはまだまだね。」


「家のシキタリって、ミサキってもしかして面倒な家の出身?」


「上等な家柄と言ってほしいわね。面倒なのは間違いないけど。だから粋がっているだけの男の子は趣味じゃないわ。」


 下着まで脱ぎ終えて きれいに畳んでカゴに入れながらそう言う。



 ガタン!!



 その時脱衣所の出入り口のドアで音がした。


 女4人、顔を見合わせると 一番ドアに近いミサキが走り出す。



「誰?!」



 ドアを開けると逃げようとして蹴躓いたソウイチがいた。


「うわぁミサキ、こ これは違うんだ!」


 どう言い訳しても手遅れである。

 すでにミサキの整った肢体をソウイチは満遍なく見てしまっている。


 何かを諦めたかのようにミサキは隠すのを止める。

 乙女的に致命的な部分がいろいろあらわになる。


 ソウイチは心の情熱フォルダにひたすら保存しているが、それとは別に不気味な空気を感じていた。


 ミサキは怒りをギリギリで抑えて精神を集中し、術式を組み上げていく。


 それは西洋魔術の魔法陣のようであり、東洋の呪いのようでもある。


「あの、ミサキさん? 一体何をなさるおつもりで……?」


 やがて術は組み上がり、深い黒と緑の精神力がミサキを包む。



「ノゾキとはいい度胸じゃない、この豚野郎がぁぁああアア!!」



 エネルギーの塊を右ストレートと共にソウイチに叩き込む。

 ソウイチは身体が変色していき血管が浮き上がり、一部は破けて身体中から血が流れていく。


 口から血を吐きだして前かがみになった所を、ミサキの渾身の回し蹴りを腹にくらって壁に反射して倒れ込む。


「ハァハァ、……やってしまったわ。 よりによってあんな奴にっ。」


「あわわわわ」

「すっごい事になってるよぉ。」


 双子が怯えているが、メグミはミサキに駆け寄りバスタオルを巻きつける。


「ミサキ、今のは一体?」


「とっておきの呪いの秘術――の半分よ。見た目ほどダメージはないけれど、一生 血液が呪われてしまうの。」


「うわぁ……」


「本当はね。伴侶となる者に使ってナカジョウ家の一員とするのがシキタリなのだけど。」


「本当に面倒な家なのね。」


 呆れた顔のメグミだが、ミサキには一つ天啓が降りた。


(まてよ、覗く度胸と相手をねじ切る強さ。見込みは有るということかしら。)


 ふむふむと顎に手を当てて考えたミサキは心を決める。


「仕方がない、明日から鍛えて強くなってもらいましょう。とりあえず呼び名は豚野郎で決定ね。」


「それってそこのボロ・ゾーキン君でいいってこと?」


「いいえ? まずは私仕様に調教するの。途中で潰れたらそれまでね。」


「うわぁ……」


「でもシキタリ的に面倒が多いのよね。 決めた!メグミ、ユウヤ君のこと手伝うから貴女も私に協力しなさい。」


「うぇぇええぇえ!?」


「キョードーセンセンってやつだね!」

「ドーメイだね!」


 アイカとエイカは嬉しそうにはしゃいでいる。身体も治った。

 メグミは心がダメダメな自分でも、恋人ができる可能性が出来た。

 ミサキは自分の婿候補を見つける事ができた。


 誰も損はしていない。そう思うことでメグミは血液が呪われるとか調教などの不穏なワードを忘れることにした。



 …………




 ソウイチは薄れゆく意識の中で己の行いを悔いていた。



(あの時右のカードを引いていれば、こんな目には……)


お読み頂きありがとうございます。

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