17 ソウサ
「しばらく、営業を止めようと思っています。」
2008年4月11日 水星屋でマスターが宣言する。
前回から1週間という、短い期間で営業する理由を聞いてみたのだ。
「マスター、わたし解雇!?」
「この店がなくなったら、日々の癒やしと情報源がががが。」
「別に完全に閉店する訳じゃないよ。 ちょっと気になることが有るから、休日はそちらを片付けたいだけなんだ。」
平日は悪魔の屋敷での営業で、休日は外で営業しているのだ。もちろん休日というのは、会社カレンダーによる(重要)。
「気になることって?」
「最近始まった特別訓練学校についてです。死神と魔女もですが。」
「おっと用事を思い出したのでこの辺で……」
何かを察したのかお金を置いて帰ろうとするサクラ。
しかし気がついたら目の前にマスターが居て両腕を広げていた。
「はいサクラ。逃しませんよ?。」
「ぐぅ、絶対怖い目に合います。そんな予感がするんです! 」
「報酬は相応ですよ? ついでに10億殺しの裏話も付けます。」
「それは卑怯じゃないですかあああ。」
「人聞き悪いなぁ。契約に基づく取引じゃないですか。」
「テンチョー、それがズルいんだよ……それで、今回も私は護衛?」
「いやキリコは留守番かなぁ。店員要素がないと思う。」
「そ、そう? なら仕方がないわね。」
一緒に行けないせいか、ちょっとがっかりするキリコだった。
「キリコちゃん、私と代わってー!」
「諦めて下さい。ていうか現政府の魔王対策を見られるんだから、もう少し喜ぶかと思ったんですけどね。」
「あの2人は怖いのよぉ。」
情けない声をあげるサクラだった。
…………
「どうやらこの街が怪しいと思うわけですよ。」
次の日の昼の11時。マスターとサクラはとある街の市民ホールに来ていた。
広場には噴水や池があり見た目に美しい。
この市民ホールは2年前までは極普通の運用で、イマイチ人気がなかった。
市長が変わってからは、土日祝日はコスプレ広場と称して一部を開放。近隣のコスプレイヤーの呼び込みに成功し、街の活性化に一役買っている。
「でもなんで、こんなところで打ち合わせしてるんですか。」
「ここには変、いや個性的な方々が多いからね。目立たないんだよ。」
スーツ姿のサクラと普段着に魔王衣装の一部を羽織ったマスターが、噴水を眺めながら話をしている。
魔王衣装は本人曰く ”くろくてかっこういい” らしいが、サクラから見たらキリコに負けず劣らずの厨ニ衣装である。
「ではどうしてここが怪しいと?」
「例の喫茶店で手に入れた情報から物流を探ってみたら、この街に大量の物資が流れている。この北には政府所有の土地もある。」
「なるほど、調べてみて損はなさそうです。」
「そんな訳でその政府の敷地に行ってみましょうか。前までは研究所だったらしいけど、改装した可能性があります。」
「あの! その前にちょっと、そこの路地に特大パフェのお店が。」
「サクラさん? 一応お仕事なんだけど。でもまぁ昼前だし別に――」
『不許可です。私と行ってからにして下さい。』
マスターの心のなかに妻の声が響き渡る。
「悪いけど、パフェの話はなかったことにして下さい。妻の許可が降りませんでした。最初は妻が来たいそうです。」
「ぬわあああっ。せめて甘味とデートっぽさを手に入れる計画が!」
「そんな事考えてたんですね。」
「例の携帯使ってないのに、奥さんと連絡取れたんですね?」
「オレと妻は精神を繋いでますから。ほらバスきますよ。」
「そういう絆があるの羨ましいな。 一心同体って感じで。あ!だから奥さん、マスターみたいなチカラを!?」
そんな事を言いながら慌ててバス停まで走る。
その際にマスターは魔王衣装を倉庫に戻して普段着だけになっている。なんとかバスに間に合い、隣同士で座席に腰を下ろす。
「パフェ、すぐにでも奥さんと来てくださいね。そして私も!」
ちょうどその店を通り過ぎたのか、そんな事を言ってくる。
「その時、まだ街が無事ならね。」
そんなぁ~と涙目になるサクラだったが、気分を変えて別の質問をする。
「なんでバス使うんです? マスターならこう、びゅんって行けるんじゃ。」
バカっぽい表現で話すサクラだが、バスの中には他にも客がいる。さすがに魔王的な表現はマズイと、気を使ってくれているのだろう。
「結構その辺しっかりしているみたいだからね。行けなくはないけど、今回はただの調査ですので。」
この街には異常探知の結界が張られ、何かあるとすぐバレるようになっている。ちなみに結界とは何も、チカラによるものだけではない。
監視カメラを張り巡らせれば監視・索敵の結界と呼んでいい。
道路標識等の規制材を上手く使えば一部の場所に入り込めない、迷いの結界も出来る。
あくまで外と中で違うもの、と区切るのが結界なのだ。
そしてこの街では監視カメラが他より多めである。
さらに一般人のフリをした、街を監視する者もチラホラと見える。
サクラも「事実を認識する」チカラでそれに気がついたのか、ソワソワし始める。
「マスター、この街は……」
「えぇ。ここまで来ると当たりの可能性が高いですね。次で降りて準備をしましょう。」
次の停留所で降り、監視カメラの死角に入ったところで時間を止める。
「予想以上に監視の強い街ですね。これ以上先はボロが出る可能性があるので、ここからはチカラを使って隠密行動で行きましょう。」
「お願いします。こうも見られていると気味が悪くてぇ。」
マスターが白と黒の精神力を放つと2人の姿が半透明になる。
サクラが驚いて何かを喋っているが聞こえない。
『テレパシーに乗せて話して下さい。』
『なるほど、声も聞こえなくなるのね。というか服! 私の服だけ半透明でスケスケなんですけどぉ!』
下着をつけている状態の胸がやや透けて見える。
これはこれで形が整えられててなかなかのものだ。
下も程よく薄っすらと桃色の――と、そんな事してる場合じゃない。
急いで設定を直すマスター。今度は服も身体も半透明だ。
『失礼。お遊び用の設定のままでした。』
いつもと違う方法だと盛り上がるのだ。何がとは言わないが。
『こんなプレイもしてたんですね。』
『はしたないですよ。補足ですが、半透明なのはお互いを認識するためです。周囲からは完全に消えているのでご安心を。 それでは行きましょう。』
時間停止を解除せず、彼らは歩き出す。
周囲の人間にぶつからないようにやや大げさに避けて歩く。
空を飛んだり、空間に穴を開けて移動した方が早いがそれはしない。
急ぎすぎて何らかの形で痕跡を残すと、相手の探知に引っかかりかねないのでゆっくりと移動する。
もし見つかるにしても帰路でじゃないと、情報が手に入らないのだ。
こうして2人は特別訓練学校に向かうのだった。
…………
「うーん。やっぱり年相応というか、難しいよな。」
特別訓練学校の事務室でケーイチは唸る。
この1週間を座学に費やしてサバイバルの知識や銃の扱いなどを教えていた。
しかし中学生くらいのメンバーはともかく、10歳にも満たない子供は授業についていくのは難しいようだ。
その中ではヨクミはよくやってくれている。
年長組の、特にモリト達とも仲がいいみたいだしメシも口に合っているようだ。
ただ、機械類に弱く銃はさっぱりのようだが……後で水鉄砲でも買ってやるか。
あの双子の女の子は厳しいかな。
チカラに関しては光るものがあるんだが、9歳の子供ではまず体力が足りない。
ソウイチはやたら水を飲んでるが、体力もやる気もある。
ミサキは中条家から派遣された人材で別格だ。何故か人形で腹話術しているが、人格も別格と言ったところか。
モリトはチカラこそ使えないが、周りをよく見て的確な行動を取る。
メグミは何やらユウヤに依存気味だが……貴重な回復要員だ。
ユウヤは――
「教官、どうかしました?」
「おう、ユウヤか。 ちゃんと銃の扱いは復習してるか?
そのために拳銃を預けているんだからな。」
「もちろんですよ。 男ならこういうのは好きですからね!」
そう言ってカチャカチャと銃を弄るユウヤ。妙に手早い。
もちろん弾は抜いてある。
「そうか、それならいいが。不安そうなやつが居たら手伝ってやれ。」
「わかりました! 教官は元気ないっすけどどうかしました?」
「考え事をな。お前達の特訓メニューをどれだけ厳しくしてやろうかと。」
「お、お手柔らかに……。そうだ、今晩の料理!教官は何をリクエストしたんです?」
今夜は歓迎会と称してみんなが好きなものをリクエストできるのだ。イダーさんが料理に詳しいので何でも頼んでいいそうだ。
「オレは九州の料理だな。鶏肉を使ったものが多いぞ。以前知り合いが向こうのメシは美味いと言っていたのでな。」
生徒たちの中には九州生まれは居ないので、ここで体験しておくのもいいだろう。という考えもあった。
「へへ、楽しみにしていますね。それじゃオレはこれで!」
そう言って事務室からでていくユウヤ。
「あいつは自由だな。何で事務室に雑談しに来てんだ。」
…………
『あれだけ警備が厳重の割に、普通に学校やってるんだな。』
事務室の中を探索しているマスターとサクラが、情報を集めていた。
先程ここに”入る時”にユウヤとかいう生徒に何かを気取られた気がしたが、彼が出ていってからは、特に問題なくデータを集めている。
もちろんここにはケーイチやキョウコといったスタッフが残っているが、それを気にする必要はなく書類やデータを漁る。
時間を停止して認識されないというのは、潜入時には大変な強みだ。
『もう銃の扱いを教えている……酷くないですか?』
『目標はオレなんだ。それくらいはするでしょう。むしろまだ足りないくらいかと。』
その辺はトキタさんの優しさが入ってるんだろうね、と推察する元同僚。
『ちょっと、マスター! この子のデータ見て下さい。』
『ヨクミ? 10歳の女の子か。チカラは水の魔法。魔法!?』
『別紙ですと異世界から来たとか書いてあるんですが。なにかクシャミが聞こえたと思ったら穴に吸い込まれたって。』
『やってしまいましたね。よりによってここに飛ばされているとは。』
『どうします? すぐにでも送ってあげた方が良いんじゃ。』
『いや、すでにここに馴染んでいるようだし放っておきましょう。将来帰りたくなったら帰してあげるくらいで。』
『わかりました。気になる事があるのでそろそろ出ましょう。』
サクラが手にしていたのは、新型薬剤の取り扱いについての書類だった。
『どうやらいい情報が見つかったようですね。』
そういって出入り口まで来ると事務所のドアにチカラを当てる。ドアがまだ付いていなかった日時に固定するとドアが消える。事務所を出て時間を戻すとドアが再出現している。
先程はこれを少しだけユウヤ君に見られてしまったが、ただの錯覚か違和感を覚えただけで済ませてもらえた。
時間が止まっているのによく見えたもんだ。将来有望かもしれない。
廊下を進んでいる途中、休憩エリアで双子の女の子に銃を教えているユウヤの姿があった。どうやら面倒見も良いようだ。
『マママ、マスター!あの双子の子、やばいです。身体中アザだらけです……ポップアップには【虐待の痕】って!』
サクラは突然動揺した声をあげて姉妹を指差し報告してきた。
『なんだと!?』
それを聞いて時間を止め、双子の身体をサーチする。
どうやらここに来てから受けた傷ではなく、
もっと前に両親や別の施設の職員に受けたようだ。
『サクラ落ち着いて。ここでの傷じゃない。元々両親からやられていたようだ。』
『治してあげられませんか? あれでは可哀想です。』
『それは出来ない。今オレ達は不法侵入中だ。コンセキは残せない。
でも大丈夫。恐らく明後日にはなんとかなりそうです。』
『本当ですか!? 絶対ですよ!?』
『えぇ。そうなるように”切り替えました”。』
身体のデータだけを適当な場所にコピペして時間を進めて確認した。
近いところで明後日の夜、治るかどうかの分岐点が有るのを見つけた。
いい方向に進むように双子の本体の心を刺激し後押しする。
(これで傷跡だけは大丈夫。その後の事は2人、いやここの連中次第か。しかしこの方法は少し疲れるね。とは言えアレを使うのはまだしんどいし……)
疲れと隠し事を隠して先に進む。
角部屋の付近に来る。ヨクミの部屋と書かれたドアの近くに、2階や地下への階段があった。
地下への階段は立入禁止の看板が立てられいる。
『それでこちらの地下への階段なんですが……ヒィ!!』
2歩、いや3歩か? 階段を降りたところで、サクラは心臓へ直接冷気が放たれているかのような気分に陥る。
『あー、威圧を発する仕掛けがありますね。この精神波は、トモミ製か。』
『あの人のトラップえぐくないですか!? 仮にも学校にこんな物を!』
『つまりこの先には近づけたくないモノがあるのでしょう?
サクラはオレにくっついていて下さい。時間を止めて行きましょう。』
サクラが恐る恐るといった手つきでマスターの腕にしがみつく。時間を止め、念の為に白と黒が斑に混ざったバリアを展開して先へ進む。
『凄い。なんとも無いわ。』
そんな呟きをするサクラとともに階段を降り切ると2重ドアがあり、それらを設置前の時間に戻して通り抜ける。セキュリティとはなんなのか。
『ここはセンサーが随分と多く設置されているな。無効化しつつ進むので離れないように。オレが見逃したら教えて下さい。』
『わかってます。』
時間停止中とは言え、機材の精度によっては何らかの反応が出るかもしれない。
なので各種センサーに白い精神エネルギーを当てて無力化する。
地下を1周してみたが、大体は倉庫だったり排水処理のための設備だった。それ以外の部屋は何らかの薬剤の生産施設のようだった。
部屋に入ると縦長の大小様々なカプセルが並んでおり、
その中身を緑色の液体で満たしていた。
カプセルの中には横にされコンピュータと繋がれているものもあった。
横になったカプセルを見ると中に黒い何かが入っている。
だがそれよりも薬剤の色に、マスターは嫌な予感を覚える。
自分が初めてチカラを手にした時の色であり、海外で見た人造ゾンビの血の色でもある。
まさかと思ってよく調べようとすると、先にサクラが崩れ落ちた。
『マスター、ここの液体。だめ……』
『サクラ、何を見ました?』
『だめ、急いで……帰り、ましょう。』
ただならぬ怯えようのサクラはそのまま意識を失う。
マスターは倒れた彼女を抱えて駆け出す。
往路とは打って変わって急いで建物から、敷地内から、街から脱出する。
腕の中のサクラを見てこれは自宅で治療だなと判断し、空間に穴をあける。念の為に、南極・火山口・太平洋上・月と経由してから自宅へ向かう。
メイド達に充てがっているホテルの客室に行き、サクラをベッドに寝かせた。
マスターはさっそく黒いチカラを練り、心の治療を開始するのであった。
…………
「テンチョーが、もっちゃんの寝込みを襲ってる!」
魔王邸の客室のひとつ。サクラを寝かせたベッドの横に立ち、頭に手を翳して治療をしていると……キリコと妻が様子を見に来た。
暗殺者用デジカメで音もなく証拠写真も撮っているようだ。何に使う気だ。
「キリコちゃん後で焼き増しを、じゃなかった。おかえりなさいあなた。ご無事で何よりです。」
妻が挨拶をしてくるが、一言目でダイナシである。
というかデジタルカメラで焼き増しってあまり言わないような。
「脅迫写真なんてなくたって、オレは○○○のものだろうに。」
妻とは心を繋いであるのだ。今治療をしている事も理解している。なので悪戯を仕掛ける気なのだろうと推察しての発言だ。
「その言葉が欲しかったのよ。」
嬉しそうに胸を張りながら答える妻。その顔は得意げだ。
「よくわからないけど、わかった。」
「それより容態はどう? 」
「ん、なんだか幸せそうな顔で寝てる。」
2人が心配そうに近づいてきてサクラの様子をうかがう。
だがへにゃっとした表情でよだれたらして寝ているのを見て、
怪訝そうな顔になる。
「今は良い夢を見させている。ちょっと怖い物を見ちゃってね。」
「あなたはサクラさんの頭に手を置いて。前髪はどかしてね。キリコちゃんはそれを良い角度で撮影。ちょっとアップで!」
いきなり変な指示を出す○○○だが、とりあえず実行しておく。それはキリコも同様だ。サクラのだらしない寝顔を撮り終わると、「後で本人に見せてあげよう。」と恐ろしい計画を立てている。
「良いものが撮れた。それでもっちゃんが見たものって何?」
「うへへ、もうそんな太いのダメですってー。」
サクラの寝言を聞いた2人が真顔でマスターを見るが、それは濡れ衣だ。目線が明らかに下の方を見ているが、一体何を確認しているのか。
「こほん。新型の薬剤を作っている機械があってね。強い兵士を生み出すためのクスリだったので、サクラが驚いちゃってさ。」
「兵士を生み出すって、一体どんなモノなの? プロテインみたいな?」
「スポーツの試合で使ったら捕まりそうなクスリだったよ。書類には何倍にも薄めて使うって書いてあったから、効果はそれなりってところだろうけどけどね。」
「それじゃあ、もっちゃんは大丈夫なんですね?誰かに危ない目にあわされた訳じゃないんですよね?」
キリコが前のめりで確認を取る。
「あぁ。しばらく寝かせておくから、起きたら紅茶でも淹れてあげると良いよ。」
わかった!と部屋を出ていくキリコ。
起きたらだ、と言われてるのに相当焦っているようだ。
「それであなた? 本当は何を見たの?」
「やっぱり解っちゃうよね。心を繋いでるし。」
「嘘は言ってないのはわかってるけど。」
「あのクスリの存在はややこしいんだ。効果はさっき言った通りなんだけど倫理的にちょっとね。書類を見る限りは、運用に問題はなさそうだけど。」
「倫理的……それはあなたが気にすることかしら。」
「オレが気にしてるのはそれを扱う連中の方だよ。少しやることが出来たな。治療を終えたらさっそく――」
何やら色々考え出すマスターだが、妻から指摘が入る。
「そろそろお店のお時間ですよ。」
「そうだな。焦っても仕方がないか。まずは治療しよう。」
日々の水星屋での営業は大事である。マスターのメイン稼業なのだ。
サクラに手をかざして彼女が見た”事実”をマイルドに変更していく。
【中条の模倣品】→【長年の研究】
【精神拡張促進】→【精神の回復】
【人間の生命力】→【生物の活力】
ルーツ・効果・原材料をマイルドに改竄して引き続き良い夢を見させる。
あとは時間を止めて水星屋の準備をして開店だ。
…………
「みんなこの一週間、よく頑張ってくれた!来週から忙しくなるが、その前にたらふく食って鋭気を養おう。」
今夜は歓迎会である。
特別訓練学校の食堂で一同が集まり、ケーイチの音頭を聞いている。すでに皆、目の前の料理に手を出したくてウズウズしている。
「明日は待望の休みだ。存分に楽しむようにな。それじゃ料理を作ってくれたイダーさんたちに感謝して、乾杯!」
「「カンパーーイ!!」」
「「イタダキマス!!」」
それぞれが料理を楽しみ、大人たちは酒も楽しんでいる。
ユウヤが本物の中華丼をしみじみ食べると、アケミが不機嫌そうに突っかかる。メグミがそれを怪しむも、カプレーゼで肩こりが取れそうとウットリしている。
ヨクミは人魚だが山菜が大好きで、ここでは山菜尽くしを頼んでいた。モリトは昔の給食に出ていたという鯨の唐揚げだ。両親が好きだったらしい。
そんな喧騒のなかにトモミは居なかった。
彼女は地下への階段で精神力の調査を行っていた。
昼間、ここで誰かが威圧の洗礼を受けた。
遊びたい盛りの子供たちが大勢いるのだ、そういう事もあるだろう。と思っていたが、子供達は誰もここを降りようとしていない。
大人達はここに入れる者と入れない者がいるが、通常のスタッフがここに入ろうとした精神的な形跡はない。
許可の有る者が入ろうとした場合、そもそも威圧は発動しない。
トモミは地下に何が有るのかは概要しか知らない。
そもそも別部署だし、セキュリティの強化に協力しただけだ。だがこの学校にとって大事なものならば協力しないわけにはいかない。
(そもそもここを降りようとした人の精神的なコンセキがないのよね。)
生き物以外では精神的な痕跡はたどりにくいが、それでも威圧による恐怖感が数時間で消える事はあまりない。
しかし現実には消えている。ならば――
(○○ちゃんかしらね。でも彼がこの程度の仕掛けに引っかかるかしら?)
となれば去年サイトに現れた協力者か? それとも両方か。
どっちにしろ追跡は出来ないので諦めて夫に報告しにいこうとするトモミ。
しかし今は歓迎会で大変盛り上がっている。ここで報告しにいったら心は読めても空気の読めない女になる。
ここはもう少し考察を重ねて、時間を潰しても良いかもしれない。
侵入者は現代の魔王本人と協力者であると仮定。事務室あたりでなにか気になるものを見つけた。
地下を目指していることから、新型薬剤が目当てなのが解る。そして薬剤を見つけて……何もしていない?
そこまで考えた時、この施設や人員が無事なことに違和感を覚える。
ただの調査だったとすればそれまでだが、この施設は仮にも敵対組織のものだ。
この階段に不審点がある以外なにも、被害報告などがない。
(○○ちゃんは地下で、何を見たのかしら。)
しかしその先は領分ではない。サイトの大先輩でもあり、
超能力研究の第一人者のご機嫌を損なうわけにもいかない。
考察はここまでにしてあとは上に任せよう。
そう結論して食堂に向かうと、狂った宴の最中だった。
大人のスタッフたちがハメを外して大騒ぎし、子供たちは料理を食い漁る。限界が来た者は、大人子供関係なく床に転がっている。
あわあわしているイダーさんを手招きで呼び寄せて扉をそっと閉じる。
その後はキッチンをかりてイダーさんと和やかな食事を楽しむトモミだった。
…………
「もしかして私はまた、幸運を掴めそうなのか?」
公安警察官のワタベ(偽名)は、自分の机の上に広げた情報を元に話を組み立てていた。
ここ1年前くらいから、反社会的な組織が月に1つか2つずつ消えている。それ自体は結構なことだが、問題は手口だ。
ある瞬間に全員無残に死んでいる。金目のものも大体盗られている。目撃者と言っていいかわからんが、目撃者によれば一瞬でツブされたらしい。
このやり方は現代の魔王の10億殺しに似ている。時間を止められたのだ。
何か共通点はないかと調査すると、とあるオカルトサイトが引っかかった。
都市伝説の水星屋とかいう屋台のまとめサイトだが、
出現日と場所が 組織が潰された日時や場所と一致するのだ。
ならば水星屋を追えば、コトが明らかになる可能性がある。
そして水星屋について調べだすと、スカースカという雑誌が浮かび上がった。記事に水星屋を載せて以降、魔王絡みで他とは一線を画す記事を書いている。
ますます怪しい。発行元のコジマ通信社は念入りに調べる必要があるだろう。
そして上手く行けば現代の魔王に関わる重大な手がかりを入手、もしくは本人を捕まえることが出来るのではないか。
ワタベ(偽名)は幸運を感じずには居られなかった。
思えば今までもそうだったのだ。
公安に入れたのも、美しい妻に巡り会えたのもそうだ。
魔王事件では同僚が何人も死んだ。
それでも自分は生き残り、こうして犯人の尻尾をつかもうとしている。
これは幸運であり、何かに導かれていると言ってもいいだろう。
自分の勘を信じ、今後の方針を決めたワタベ(偽名)だった。
お読み頂きありがとうございます。
投稿開始から約1ヶ月、10万文字を超えました。
評価も頂き、大変感謝しております。これからもよろしくおねがいします。