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15 マオウ その2

 


「くー、今日こそ”チカラ”が2つある秘密を教えてくれるものかと。」



 2008年 3月の半ば。水星屋にてサクラが悔しそうにしている。


「そうはいっても、この情報は結構危険なんですよ。オレにヘイトが向くだけでなく、かなりの人数が危ない目に合います。」


 もちろん貴女もです。と深刻な顔をしている水星屋マスター。


「ぐっ、そこまで言われてしまうと迂闊に聞けないです。それじゃあアレです。こっちの話をしましょう。」


 そういって親指と人差し指で輪っかを作る。


「報酬ですか。魔王事件は規模が大きすぎて細かい額は覚えてませんよ?ていうか悪っそうな顔してますね。」


「具体的な金額はいいとして、どうしてそんなに支払うかです。だってそうでしょう? 税として働かせてるのに、一晩でウン億とかウン十億も報酬が出るなんて。」


「その事ですか。確かに傍目からしたら不思議に思うかもしれませんね。オレも以前、社長に聞いてみたんですよ。そしたら――」


「そしたら?」


「代償を受けたくないからだって言ってました。」


「どういうことでしょう?」


「この世界の物事には全て代償があります。たとえばこのビールをサクラさんが飲むと幸せそうな笑顔で酔います。」


 そういって瓶ビールを取り出すとグラスに注ぐ。

 グビグビと飲んでプハーっといい笑顔が放たれる。


「ですが飲みすぎれば二日酔いになってしまう。肝臓にダメージを受けるし、理性が弱くなってしまいます。」


 うぐっと呻くサクラだが、言いたいことは解った。

 何かをすれば何かを失う。そういう話なのだろう。


「さらに報酬、つまりは飲み代を支払った場合はそのまま家に帰れます。少し多く出してタクシーを使ったり、オレに転移を頼むのもありでしょう。ですが報酬を払わなかった場合は、代償としてツケか御用となります。」


「なるほど。つまり報酬を多くだせば相手の覚えが良くなり、余計なリスクも減らせると。」


「正解です。代償とは世界共通のルールだと思ってます。そして報酬は当事者達のルール、法律や契約等ですね。」


「解ってきました。代償が世界のルールである以上、誰かが受ける。報酬を十二分に払うことでマスターに肩代わりしてもらってるんですね?」


「形としてはそんなところですね。例えば魔王事件です。黒幕は社長ならびに依頼人達だと思うんですが、全てオレが悪いって形になっているでしょう?」


「あぁ、たしかに。マスター以外は名前が出てませんね。ある意味、名前も出てませんが。」


「それが通るのも十分な報酬のおかげというわけです。これが398○でやれと言われたら、仕事自体が適当になって世界はもっと混乱していたでしょう。」


 さすがにサンキュッパでは誰もあんな仕事はしないだろう。


「言われてみれば、被害の割に経済は普通に回ってますよね。」


「依頼の中には、ボトルネックを潰せ的なモノもありましたからね。だいぶ金の巡りはマシになったんじゃないですか?」


「つまりは大量虐殺のフリした経済対策だったと?」


「本当に虐殺に走ったら、10秒で人類が絶滅してしまいます。対象を選別してたのは間違いないですね。 ただ意図のすべてを知るのは困難だと思います。」


 あまり知る必要もないですが。と付け加える。


 それを聞きながら、ウツロな目で博多セットをパクパク食べているサクラ。恐らく10秒で人類絶滅のあたりで現実逃避を始めたのだろう。


「そうだ、ハーン総合業務の方は分かりましたけど……悪魔さんの方はどうなんです? 確か、専属契約を結ばれたとか。」


「あちらは、後ろ盾になってくれている事自体が報酬に近いです。オレの結婚生活を応援してくださってるのでとても助かってます。」


「それじゃぁ、金銭のやり取りは無いと?」


「こちらからは払ってますよ。何でも屋の報酬を半額納めてます。これはオレの厚意ですが、世話になっている以上はできるだけ恩は返したほうが良いですし。」


「バランス悪くないですか?」


「でも営業場所をかしてくれてるし、元々あの方の――失礼、これ以上は言えないですね。」


「くっ 良いところで! そこで止められると気になります。」


「知らなければ絶望もしないと思います。」


「私は何も知らない、無知な和菓子です。」


 急に大人しくなるペンネームさくらもち氏。


 人外と上手くやっていくコツ。それは知りすぎないことだ。



 …………



「テンチョー、話は終わった?」



 同日水星屋。休憩時間に魔王邸で寛いでいたキリコが戻ってくる。


「マスターな。さっき一段落した所だよ。今日のテンプレさんも終わってる。」


「じゃぁさ、ちょっと私も聞きたいことがあるんだ。マンガとかで出てくる異世界ってあるの?」


「ほう、キリコちゃんらしい面白い質問だな。 私もぜひ聞いてみたい。神隠しとかも関係してるかもしれないし。」


 キリコの質問にサクラがのってくる。オカルト記者的には気になるところだろう。キリコは酒とつまみを用意し、サクラの隣りに座って聞く気満々だ。


「そりゃあ、あるよ。オレの家も規模は小さいけど近しいモノだし、例の悪魔や社長なんかがいる土地も似たような異界です。」


 空間に穴を開けて行くような場所だし、ある意味そうかもしれない。サクラはそう考えながらワインを飲む。そこにキリコが踏み込んで質問する。


「そういう個人で作った空間じゃなくて世界丸ごとみたいなのは?」


「あるよ。去年行ってきたし。」


「「ええええ!?」」


「ハーン総合業務の研修って名目でね。魔王事件の前にヒトシゴトやってきてたんだ。」


「マスター続き! 詳細を詳しく!!」


「盛り上がってきたわ!マスター、スタミナ焼きとサラダとワインを頂戴!そしたら続きをお願いします!」


 マンガのような物が実在すると知ったキリコが、興奮を抑えずに前のめりになる。サクラは一旦しまったノートとペンを出して取材モードに戻った。


 ちなみにスタミナ焼きは豚肉と玉ねぎを炒めて甘辛いタレを掛ける。半熟卵とにんにくを添えて頂く1品だ。が、ここではあまり関係ない。


「そこまで良い話でもないんだけど……」


 それでもマスターは当時を思い出しながら語り始めた。



 …………



「うわーーーッ、ぐへ!!」



 落下した場所は祭壇だった。


 祭壇には血しぶきが舞い、血溜まりが出来ている。


 ここは大神殿。世界各国の影響を受け付けない聖域の、重要施設だ。


 世界情勢が悪化し各地で戦争が起きている中、神託を受けた

 神官たちが召喚の儀を行った。


 その結果呼び出されたのが目の前の肉塊と血溜まりである。


 神官たちはこの世界の終わりを悟り、跪きエイミン!と十字を切った。



 …………



「いきなり死んでるじゃないですか!!」


「だから言ったじゃないか、良い話じゃないって。」


「さすがテンチョー、テンプレには囚われない。」


「いいから続きいくぞ。あとマスターな!」


「良かったぁ、これで終わりじゃなかったんですね!」



 …………



 2007年 4月。バイト君は社長の家に赴き、挨拶もそこそこに腕を掴まれ転移させられた。


降り立った先は「異世界ウプラジュ」。その南方に位置する島にある大神殿であった。



 肉塊から復活すると空中に女神を名乗る女が現れて、事のあらましを説明してくれる。



 この世界はいくつもの大陸が云々、種族が云々、経済が云々、技術が云々。


 とにかく戦争を止めて欲しいそうだ。そんなの兵士と外交官がやればいいと思う。


 しかし目の前の女神様が厳かに告げる。


 期限は2週間以内。手段は問わない。

 出来なければ帰れない。 報酬は帰還した後に払う。


 色々言われたけれど、バイト君は気になる事を質問する。


「社長、何でそんな所で女神のフリしてんすか。パンツめっちゃ見えてますよ。」


「空気読みなさいよ、このバカ!」


 グーぱんを頂いて肉塊になったバイト君。即座に神官たちが十字を切りエイミン!と祈る。



 こうしてバイト君の異世界の冒険が始まった!



 …………



「なんか 残念になってきたわ。 異世界に夢を見すぎたかも。」


「この前アケミに現実を見ろって言ってたけど、見なくて良い現実ってあるんだなぁ。」


「君ら、好き放題いいすぎじゃないかな。」


「だったらもう少し格好いい勇者的な降臨をしてほしかったです。」


「社長に掴まれたときに、胸の感触に気を取られました。」


「テンチョー、それはもっと残念だよ。」



 …………



「戦争をやめろだと? 相手に言ってやれ! 兵を引いたら蹂躙されるわ!」


 ですよねー。 そう思いながらも妥協点をさがす。


「なんとか話しつけて原因の鉱石を半々に――」


「ええい うるさい、お前らこの痴れ者をひっとらえろ!」


 兵士たちに囲まれそうになり、慌てて空を飛んで逃げるバイト君。


「うーん、これで30国目もだめだったかー。」


「バイト君。あなた、もう少し考えて行動した方が良いわよ。」



 社長が呆れながらバイト君に注意する。バイト君は頭のデキがいまいちなのだ。


 戦争を止めるということで、世界を見て回りながら説得を試みている。女神の神託という武器を手に上層部に掛け合うも大体は門前払いであり、会えても先程のように追い返されるか罵詈雑言のフルコースを頂くだけだった。


 期限も後1週間となり、このままでは帰れない。


(ならば原因となるものをコチラで潰して回るのがいいか。)


バイト君は時間を止めて考え、そう結論を出した。


 戦争になるのは様々な理由があるが、要は満たされてないからである。

 この世界はよくある剣と魔法の世界を、かなり発展させたような世界だ。各種族・国家の人口も増え、消費が増大して自国だけでは賄いきれなくなっている。

 更に色んな権力を持ってる人達が、誇りを懸けて強気になっているからタチが悪い。


 たとえ今回が上手くいって満たされても、すぐまた戦争を引き起こすだろう。


(それならいっそ、満たされない器の方をどうにかしてしまうか。数百年くらい時代が戻っちゃえば戦争どころじゃないだろう。)


と、言うわけである。


「決心したようね。後1週間で戦争のない世界、期待してるわよ。」


 そんな言葉を残して、バイト君の顔色から何かを察した女神様(社長)は消える。そろそろ夕飯だから帰ったのだろう。


 バイト君は酒場で1杯引っ掛けてご当地グルメを味わった後、宿屋で明日の準備を整えて眠るのだった。



「おはよう、ウプラジュに住む者たちよ。よく眠れたかな?」



 次の日の朝、世界中にバイト君の声が響き渡った。

 精神波の拡声器で 世界に声をばらまいているのだ。


 時差によっては真夜中なのでひどい迷惑だが仕方がない。何度も言うが、バイト君の頭はデキがいまいちなのだ。


「世界は争乱の中にある。女神の名の下にそれを止めるのがオレの役目だ。しかしだ。やめろと言われてやめるやつが居ないのは先刻承知。」


 実際戦争をやめた国はないし、バイト君を信じる人も居ない。それでも戦争は止めなくてはならない。 バイト君の幸せな結婚生活のために。


「そこでオレはこう考える。争えないほど困窮すれば戦争など起きない。オレは魔王を名乗り、人類の敵となる。そしてこの世に平和をもたらすのだ!」



 やっぱり彼は頭が良くなかった。



 …………



「魔王名乗ってるじゃないですかー!!」


「異世界だしセーフな気がするよ。こっちの世界じゃ名乗ってないし。」


「口上はもっと格好良くして下さい。そして早く続きをお願いします。」



 …………




 宣戦布告が終わり、いよいよ世界の戦争に介入する。



(さて、まずは東側からかな。)



 空を飛び戦場へたどり着く。地上には、1万程度の軍隊同士が戦っている。それを見てUZIサブマシンガンを構える。


 これは実銃ではなく電動エアガンである。


 ただし、バイト君の精神力を 銃と弾に込めてあり、彼の”チカラ”使用のための補助器として使われている。



 ダラララララとフルオートで引き金を引くと、着弾したBB弾が爆発を起こして戦場に吹き荒れる。


 地上で争い合っていた兵士や魔術師達が木の葉のように吹き飛ぶ。今の弾には属性的な効果は何も付けていないので衝撃だけでの被害だったが、それでも100は土に還っただろう。


 そのまま戦場の空中をひらひらとわかりにくい軌道で飛びながら、BB弾を連射する。30分も経った頃には、地上では生き残りなど見当たらない。 いたとしても撤退していた。


「うーん、この数を相手にするには非効率だな。」


 いくら強力とは言えサブマシンガンを模したエアガンである。世界中の戦場を潰すのにこれだけでは時間が足りない。


 それに兵士を倒すだけでは戦争は無くせない。 もっと別のものも破壊する必要がある。そう、文化である。


 心の拠り所たる文化を破壊すれば、生きるのに精一杯で戦争どころじゃないだろう。


「そんじゃ、もっと広範囲で効く奴を考えてみるか。」


 以前見たアニメに強力なモノがあった。アレを再現してみよう。確か理屈ではこうだったから……。オレのチカラだと、こう再現して見せれば……。


 空中を漂いながらブツブツと理論を組み立てるバイト君であった。



 …………



「BB弾で2万の軍を退けるってサバゲ部が世界を取る日も近いですね。」


「テンチョーそんなに弾持ってたの?」


「撃ち切った後に銃の時間を戻せば、高速リロードの完了だよ。」


「おお! ゲームのオマケ要素にありそうなヤツ!」


「ところで今はこの武器は使っておられないようですが。」


「魔王事件で『お前やりすぎ』って閻魔様に怒られて没収されました。」


「マスターの人脈が謎ですが、まともな人も居たようで何よりです。」


「今ではメル友です。たまにウチの温泉とか、この店にも来ますよ。」


「テンチョー、そういう縁だったんだね。たまに偉そうな人が

 ふやけてるなと思ってた。」


「私の常識がふやけそうです。」



 …………



 精神力を圧縮して蝶の形を取る。

 その鱗粉は光を乱反射する構造になっており、虹色だ。その虹色の粉を大量射出できるように、蝶の構造をアレンジ。


 その粉には触れた物の結びつき、引力を小さくさせるチカラを付与。どんな建物でも老朽化間違いなしである。


「あとはインパクトを与えるような事をして、これをバラ撒けば戦争どころじゃなくなるな。」


 インパクトは大事である。人は理解を越えるものには恐怖を覚える。恐怖は活動を鈍らせる。


「それじゃ、1番強い国と2番目の国でやらかしますか。」


 そういって空間に穴を開けて移動した先は 二番目に強大な国、

 なんとか魔法王国首都の上空。


 国の名前はこの際どうでもいい。どうせ今日でなくなるのだから。そして西側に身体を向け、その視線の先には ほにゃらら大帝国がある。見えないけど。


 さっそく始めますか。と空間に開いた穴から拳銃を取り出す。シグのP228である。これもエアガンであり、弾はBB弾である。


 これを右手で持ち、チカラを溜めて右腕と合成する。


 右腕は丸太のような大きさになり白い装甲板に覆われて、二の腕の当たりに大きい水晶玉のような物ができる。


 肩からは放熱板のようなものが重ねて飛び出ており、翼のように見える。


「これを使うのは久々だな……対ナイト戦ではよくお世話に

 なったもんだけど。」


 某マンガの月に穴をあける銃をバイト君なりに再現したこの右腕は、力を溜めつつほにゃらら帝国に向けられる。


「出力は5%程度でいいか。あまり高いと星が保たない。」


 そう言うと二の腕の水晶に5%ほどのエネルギーが溜まる。



「A・アーム、発射!!」



 直後に鋭い光線が発射され、2つの国が白い光に包まれる。


 大帝国の首都は、城下町もろとも城が消し飛んだ。

 その周囲は瓦礫と土の山ができている。


 魔法王国もまた、A・アームでのバックファイアにより

 首都が壊滅的な打撃を受けた。


 王城や研究者の塔が更地になっており 城下町も半分が消滅している。


「ふう、この身体は凄いな。以前はこれを使うとしばらく寝込んでいたけど、まだまだ動けそうだ。」


 そう言って身体から精神力を発生させると 蝶が大量に舞い上がる。


 その蝶たちから鱗粉が勢いよく噴出される。昼間なのにオーロラのように幻想的な光景が広がり、地上を包んだ。それを確認するとバイト君は、ひたすらウプラジュ世界の上空を飛び回った。


 各国の首都だけでなく、街や村まで万遍なく行き渡るように蝶の光を吹きかけたのだ。


 人々は戦争を忘れてその幻想的な世界を綺麗だと思った。

 そこで終われば世界は優しかったが……突如建物が崩れだした。


 石造り、あるいはレンガや木造や魔法鉱石で作られた建物は徐々にひび割れ崩壊していった。


 人が使う道具も同様である。触ると砂のように崩れる武装や農具や料理道具などなど。


 ニンゲンも身体の中から言いようのない吐き気とだるさを感じて身動きが取れなくなる。


 そこへ白い光が更に叩き込まれて命を終わらせる。

 無駄に苦しむ必要はないなとバイト君が介錯としてチカラを放ったのだ。


 バイト君は世界を見下ろしていた。

 目の前にモニターを作り世界中の様子をチェックしている。


 世界中を回ったことでバイト君のチカラが蔓延し、そこから情報を持ってきているのだ。


 苦しむ者がいれば介錯の銃撃を行い、絶滅しない程度の人口に抑えていく。



「うん、絶好調である。」



 元ネタのセリフは怒られそうだったので空耳の方をつぶやいてみる。


「そこまでよ。もうその辺でやめておきなさい。」


 いつのまにか彼の後ろに女神様(社長)が現れて止める。


「社長?、わかりました。ここまでにしておきます。」


 世界中の光が霧散し魔王の凶行がとまる。世界中死屍累々だ。


「あまり頭は良くないけれど、一応考えて行動することは解ったわ。まさか行動に移して3日で絶滅の危機になるとは思わなかったけど。」


「権力とか武力とかそういうの持ってる人がいなきゃ戦争出来ないかなって。人口が減れば必要な食料も減りますし。」


「うーん、それにしたって変な意味で行動力あるのね。あなたの思考回路を読むのは苦労しそうだわ。」


 天才がバカを相手にするのは難しい。普通はさっさとバカから離れてしまうからだ。


「変なやつとはよく言われました。」


「そりゃそうでしょう。 でもこれで少し方向性が見えた気がするわ。この路線でシナリオを組んで、バイト君には頑張ってもらいましょう。」


「よくわかりませんが、できるだけやりますよ。ところでなんで社長が女神なんです? 実は本当に神様だったり?」


「そんな訳無いでしょう。演出よ演出。本当の女神はこたつで鍋つついて酒飲んでるわ。今回の件だって神仲間と楽しそうに見ているはずよ。」


「へぇ。神様同士、仲が良さそうで何よりです。じゃあコスプレだったんですね。似合ってますよ。」


 一枚写真撮っても良いです? っとデジタルカメラを取り出すバイト君。今回のことを娯楽扱いで酒飲んでる神のことは忘れるつもりのようだ。


「これ以上、あなたの奥さんに恨まれそうな行為は辞めておくわ。それよりさっさと神殿に戻るわよ。シメはきっちりしないと。」


「はい、それじゃ空間に穴開けまーす。」


 こうして大神殿に戻ったバイト君は、仕事の報告を終えると元の世界に還っていった。


 後にその島はサタナー島と呼ばれ、神だけでなく魔王にまで祈る風習が生まれることになる。



 …………



「とまぁこんな感じかな。なにか質問はあります?」


「結局どれくらい生き残ったのでしょう」


「元の1割程度だと思うよ。全滅した所も多いですが、

 後から聞いたら人魚族のことを失念していたそうで。」


「海中については話にも出てきませんでしたしね。」


「マスター、私は見直したわ。」


「キリコちゃんが見直す要素ってあったかしら。 あー変形かー。」


「それ、どうやるの? やり方を教えてほしい。」


「あとで元ネタのマンガをかしてあげるから。話はそれからだ。」


「うん!」



 …………



「マスター、ラーメンを頼む。チャーシュー追加でー。」


「私も私も!」


 はいはーい! と手を上げながら主張するキリコ。


「キリコもかよ。 いっそオレも食うか。」


 仲間はずれにされたくないマスターが、3人分のチャーシュー麺を持ってカウンターにやってくる。既に時間はラストオーダーだ。


「マスターのお陰で、また少し私のオカルトメモが充実したよ。」


 ホクホク顔でメモを大事そうにバッグへしまうサクラ。


「私達が異世界に行くのってできるの?」


「座標は解るから行けなくはないけど、病気とか色々怖いよ。」


「現実は非常ね。もっちゃんは行ってみたい世界とかある?」


「私は別にいいかもなぁ。仕事ができて、たまにここで料理を食べて。結構幸せかも。」


 そう言いながらチャーシューをもぐもぐするサクラ。


「この国から他所へ行くとなると、異世界だろうと海外旅行だろうと環境がちょっとなぁ。」


「それは言えてるかもね。私達はウラを見てるからあれだけど、普通はこの国でいいと思うよ。」


 高菜をもりもりと小皿に取って食べるキリコ。


「でもまぁ 後で様子を見てくるのはありかな。例えば60年後辺りをちらっと。」


「マ、マスターその時は一緒に、いえせめてサポート室の使用

 許可をお願い!」


「サポート室ってなんだい?」


「それは秘密。っていうかキリコ。そういうのバラすなよ。」


「ごごごごめんなさい!! 勢いでつい、いえ、すみません!!」


 いつもと違って ぺこぺこと頭を下げるキリコを見て、サクラは本当にまずい部分を踏んだと理解した。


「あぁいや、ちょっと気になっただけだから。私は忘れることにするよ。」


「ん。そうかい? だそうだキリコ、そろそろ落ち着け。」


 ガクブルで謝罪し続けるキリコの口に味玉をつっこんでおとなしくさせる。


「次の営業の時には続きを報告できると思いますよ。」


 そう言ってくるマスターに、サクラは少し居心地の悪さを感じた。


 どれだけ良い関係を築こうとも触れちゃいけない部分はあると思う。ただマスターの場合はそれが常識から外れてる為、解りにくくて怖いのだ。


 今回はキリコちゃんの失言からの事故だったが、いつか自分が?とか思うと胸が締め付けられる。


 だからこそ、ここでのフォローは大事だと思う。


「キリコちゃん、すまない。このチャーシューを食べると良い。」


「それならオレが食べさせてやる。」


 じゃぁ私も。っと2人でくっついてキリコの食事を手伝う。


 キリコは先程まで目に見えて落ち込んでいたが、

 今度は気恥ずかしさに目を白黒させている。


「ふたりとも、わかったから。わかったからぁ。」


 耳まで赤くなったキリコに満足したマスターは、

 今度は頭をなでてもう怒ってないよアピールをする。


 閉店時間にはいつもの笑顔が戻っており、和やかな雰囲気で

 本日の営業も幕を閉じた。


 サクラが終電では帰れなさそうなので、大宮駅まで転移させる。

 それを見送った時、キリコが無言で抱きつき頭をグイグイと押し付けてくる。撫でろアピールだろうか。優しく撫でてると満足したのか顔を上げる。


「ごめんなさい。次からは気をつけるわ。 でも、その、怖かった。」


「ああ。」


 短く答えると最後にポンっと頭に手を載せて、逆の手で空間に穴をあける。



 …………



「私にも同じことして!!」



 自宅の玄関に着いた時、妻の○○○が抱きついてきて真剣な目で言ってきた。どうやら羨ましかったようだ。

 そりゃそうだよね。オレと妻は精神を繋げてるんだもの。色々バレバレなのだ。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


 またしてもペコペコと謝るキリコ。


 妻の頭を撫でてあげるとすぐにふにゃけた顔になり、満足そうにうみゃーと謎言語を放つのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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