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120 自業自得のアフターファイブ

最終話です。

前話ラストで有耶無耶にされた事件からのスタートとなります。

1940年代からこじれにこじれた彼らの物語、最後まで楽しんで頂けたら幸いです。


「「こんにちはー。」」


「こっちだ、急げ!」



2018年3月10日。埼玉県久喜市の喫茶店サイト。

マスターとトワコが来店すると、既に街の異常を察知していたヨシオがスタッフルームの扉を開けながら叫ぶ。

誘われるままにそちらへ入ると直ぐに施錠した。


「さすがサイトウさん、気付いてたのですね。」


「当たり前だ。というより本部が最後なんだ。」


会議に使う広間に向かいながら事情を聞く2人。


「どう言うことですか?」


「世界各地のサイト支部が襲撃された。抵抗した者は物量に押されて拘束もしくは銃殺だ!」


つまり各国の軍が動いている。サイトは戦闘に長けた者ばかりではない上に、戦闘員も普通は数には負ける。


「と言うことは~、誰かが師匠をお漏らししちゃったの?」


「そうだろうな。オレの軽率さは認めるが、こやつの黒い霧で何とかしているものだとばかり……」


「してましたけど永続ではないですしね。とにかく世界はサイトに牙を向いた。今後の為の会議をするってとこですか。」


「そんな悠長ではない!新型の爆弾で本部を消し飛ばす気だ!さ、入れ!」


どうやら既に情報はそこそこ入手している様子のヨシオ。

会議室に入ると50名程のメンバーがギロリとこちらを睨む。

ユリは部屋の隅でハラハラしながら見守っていた。


「いやらしい視線ね。相変わらず私の趣味じゃないわ。」


トワコの軽口で舌打ちしながら目をそらす者や余計に睨む者など反応は分かれる。


「これで役者は揃ったな。まずはこの事態を招いた事に謝罪する!だが生きる為には何とかせねばならぬ。お主ならどうする?」


「適当に偽装して逃げますよ、そりゃあ。」


「ふざけんな!てめえのせいで何人死んだとーー」


「知りません。それで起爆のタイミングと効果範囲ですが、何か情報は?」


若く血の気の多い隊員さんが絡んでも、適当に流して話を進めようとするマスター。


「無視すんじゃねえ!うらっ!!」


ガイン!とバリアで弾いていると、ヨシオが空間の拘束具を作って止める。騒がしいので口も塞いでおいた。


「タイミングはあと数分、範囲はこの街全て。避難は完了しているから直ぐにでも仕掛けてくるだろう。」


「外のお巡りさんは決死隊ってことなのね~。」


「自衛隊な。うーん、それも可愛そうだし生きるチャンスくらいあげるとして……」


何やら考え始めたマスターは敵すら助けようとか口から漏れている。


「お前、なに考えてるんだ!あと数分で死ぬんだぞ!?」

「オレ達を巻き込みやがって!」

「そうだそうだ!お前1人で死んでろよ!」


「師匠はもう、君達人間の業に殺されてるじゃない。なに言ってんの?」


思考を邪魔する連中に、茶々を入れて黙らせようとするトワコ。こう言うところを気に入ったマスター。


「ふむ?サイトウさん、決めました。取り敢えずみんなをオレの孤児院にでも逃がします。街の偽装はこちらでするので、移動したらこの本部の解除をお願いします。」


「すまないな。あの爆弾ではここも危険だろうし。」


「いえいえ、お陰で作戦を練る事が出来たのですから。」


疑似ブラックホール爆弾など食らえば、扉一枚で繋がるこの広大な空間も吹き飛ぶだろう。時間の流れを変えているので簡単な会議は出来ているが、いつまで持つかは定かでない。

なのでまずは避難、話はそれからだ。


「待てよ!てめえのテリトリーに行く気はないぜ!」

「その通り!オレ達は別行動を取らせて貰う!」


やや強引とは言え話がまとまりそうな時、待ったをかけた者達がいた。


「割りと危ないよ?どうしてもと言うなら止めないけどさ。」


「当然よ!特に女は誰もついていかないでしょうね!」


「知らないうちに窮地に陥って、知らないうちにその犯人の子供を妊娠なんて嫌よ!」


一応説得してみるものの、暴言で返される。決意は固いらしい。女達の発言で何人かは揺らいだようだが、普段からそう言う言い回しで人を操ろうとしている人なので踏みとどまる人も多い。

結局20人程が別行動となる。その中には情報をリークしたものも含まれていて、これなら名乗り出れば保護されるだろうと踏んでいるようだ。


「では移動開始、40秒以内に!」


空間に穴を開けて30人が移動する。


「すまぬな。またあとで会おうぞ。」

「ごめんなさい、先に行ってます!」


「朝飯前ですよ。」


ヨシオとユリも逃がしてやると、さっさと穴を閉じる。

すると空間が解除されて喫茶店内に強制移動したマスター達。

ここからは時間の猶予もないし、タイミング勝負となる。


「トワコはリツコとナオミに合流して待機。ルクスと聖女ちゃんもこちらとの合流準備しておいてくれ!」


「『『了解しました!』』」


「おい、待てよ!!」


必要な人材に指示を出し終わると、他20名は置いてさっさと起爆の装置を握る人の横へ移動。ステルスで黒モヤして情報を補完する。


(なるほど、カタログスペック的にはギリギリ市内で収まると。ならその瞬間になったら動きますか。)


「甲班突撃、足を止めろ!」


隊長の指示が聞こえてくる。今頃残った20人は泡食っている頃だろう。


「乙班、最後まで観測緩めるな!」


観測も何も時間を止めての移動は、目視やそこらの監視カメラで捉えられるものではない。それに既に移動は完了している。


「丙班、ぶちかませ!これで未来は平和そのものだ!!」


まるで核ミサイルの発射スイッチのように大袈裟な起動スイッチ。それを捻ると電気信号が発せられ……。


「今だね。」


マスターは時間を停止させ、A・ディメンションにて異次元宇宙に空間を確保。その中に久喜市の土地をくりぬいて設置する。

残っていた人間も建物も一緒に送り届けたが、疑似ブラックホールの空間爆弾だけはそのまま取り残しておく。


「聖女ちゃんはアレを再現!ルクスは内容を弟子達に知らせ!」


「分かったわ。マスターも悪よねぇ。」


聖女ちゃんのぼやきを背中で受けながら街の境まで移動するマスター。彼の後ろは住民が居て、目の前は避難区域。そんな立ち位置で止まると、時間をゆっくりコマ送りで進ませる。


(へえ、この期間で上手いこと制御・小型化したものだね。)


部屋中を使って実験していた頃とは違い、アタッシュケース3個分の部品の組み合わせで使用できるようになっていた。

射程を広範囲に拡げるにしても暴走すること無く綺麗に街だった場所を吹き飛ばしながら進んでいる。

後は安全装置。リミッターやらストッパーやら、上手く止まれば完璧だ。前回も言っておいたし、さすがにここの手は抜かないだろう。


(おい、止まるよな?とま……あぶなっ!?)


目の前にドンと構える重力の壁。ビビって後方に100メートル程下がると、その分隣町が爆風に飲み込まれていた。


(時間停止!あっちゃぁ……何で安全装置を付けないかなぁ。)


上空視点の映像を出すと、加須・幸手・白岡、そしてスギミヤ市を若干巻き込んで爆風は止まっていた。

街の境の学校などに避難したものは助かりようがなかった。


(被害は……当然出てるな。だが今回は助けられん。)


彼はヒーローではない。優先順位は決まっている。

偽装に不自然さを残すわけには行かなかった。


次元バリアを街に鎮座する爆風に張り巡らせて、いつぞやのように縮小していく。

今回は半減したところで進行を阻まれ、地形を崩さないように……不自然な観測結果にならないように別空間に重力の塊を転送。そこで2ダースに分割してから消滅させた。


(これ、世界中に行き渡る前にオレが消えてないと大変なことになるな。いやそれでも人類同士でも使うか?)


安全装置無しで知らないうちに使われたら、人類なんて一発で終わりである。将来を危惧しながらも今は今の対応をせねばと思い直して、待機させている女のもとへと急ぐ。

久喜市はマスターが切り取ったエリアを含め、疑似ブラックホールによって大穴が空いた。これなら無事に全員死んだと思わせられるだろう。


「街の方は終わった。こっちは……うんうん、順調のようだね。」


「マスター、あの連中に構う必要ある?」


「ぶっちゃけ無いが、別件で試したいことがある。その代わり彼らにも生きるチャンスをあげるし弟子達の経験にもなる。良いことづくめだよね。」


空中でルクスや弟子達に指示を飛ばす聖女ちゃん。この空間がほんのり赤い光を放ちながら舞台が整いかけているが、彼女が言う通りあまり必要はない。


「良いけど、制御はあの娘達にさせてよね。私はもうごめんよ?」


マスターは解ってる、とジェスチャーしながら司令塔を引き継いだ。


「リツコは空間内の水分に毒の光を籠め続けてくれ。ナオミは熱の管理で雨を降らせ、トワコは現状を別枠保存しつつこの空間の維持も挑戦してみろ!」


「私だけ2本刺し?ご褒美も2本要求しますからね!」

「師匠の相手は1本でも身が持たないわ。」

「それでも貰える物は貰うけどね。折角のーー」


「「「復讐の機会だから!!」」」


弟子達はハモると、指示通りに空間を構築していく。

この隔離された街には赤い雨が降り、まるでホラーゲームの世界だ。


「ぅぅぅウウウウウウウゥぅぅーー」


準備が整うとルクスが怨霊を使ってサイレンのような不気味な声を街に響かせる。それを合図にサイトの意地張り組と自衛隊が目を覚ました。



…………



「うう、みんな無事か!?」

「何がどうなって……なんだこの雨!?」

「上!空も真っ赤よ!?気持ち悪い!」


「貴様等サイトか!爆弾はどうなった!?」

「もしやここはあの世か!?」

「まさか不発……いや本当にあの世かもしれん!」



喫茶店内で目覚めた別行動組21人と自衛隊の甲班12名。

今や敵対相手だが、それよりもまずは周囲の様子が気になっている。

赤い空に赤い雨。電気も止まってるのでその赤さが不気味に映る。例の爆弾の存在のせいであの世と勘違いしているが、普通に異常事態である。


「お前ら自衛隊ならオレ達を助けろよ!」

「どの口が言う!魔王の手下が!構え!」


素直に協力して現状確認すれば良いものを、余計なクチをきいた男のせいで自衛官達は任務を思い出してしまう。

甲班の連中は自動小銃を構えて臨戦態勢に入った。


「ま、待て!オレ達は魔王と関係ねぇ!むしろ逆らった側だ、」


「そうよ!勇気を持って反抗したの!だから……」


「撃て!!」


ズガガガガ!!


「「「ぎゃああああ!」」」


「そんな妄言信じられるか!」


サイト側の半分は反応して回避に入ったが、5名はモロに銃弾を浴びる。


「ばか野郎!通報したのはオレなんだぞ!良いから助けろよ!!」


「「「!!」」」


1人の男の告白に一同動揺する。だがそれは仲間の反感を買っただけだった。


「お前のせいで!この野郎!!」

「ウガッ!!」


チカラで殴られ自衛隊の前に転がされてしまう通報者。


「情報提供感謝する。お陰でオレ達は死地に送り込まれた。その礼はさせて貰う!撃て!!」


ズガガガガ!!


「ガッ!グへッ……」


その場の誰もが自業自得だと思いながら通報者の死体を眺めていた。


「げ、元凶は排除したんだし、休戦といきません?」


サイトの女が小動物を演じながら物陰から提案。


「良い案だがお前達は拘束させて貰うぞ!どんなチカラを隠しているか解らんからな!」


(((チッ……)))


命には変えられないが、自由無き命ではこの非常事態を乗りきれるのか怪しいものだ。


「こっちも必死なんだ。手を上げて出てこい!」


8名が銃を構え、4人が拘束準備を始める。人数分のロープなど無いので、手持ちのインシュロックやそこら辺にある物を使うつもりだ。


バン!!バン!!……


「「「なんだ!?」」」


その時サイトの入り口扉やガラス窓を強打されて、外側にいる甲班は全員外へ視線を向ける。


「「「ウバアアアアア!!」」」


「ひっ!?」


そこには見張りをしていたハズの乙班が、全身から血を流しながら虚ろな目で店への侵入を試みていた。


「こ、こいつは……化け物に!?」


「今よ!一斉攻撃!!」


今正に拘束されそうだった女はチャンスと見てチカラの針で自衛官の首を刺す。毒針を食らった男は崩れ落ち、銃を奪われてしまう。


「畜生、やってやる!!」


後方のサイトメンバーもそれぞれのチカラを発現させて、甲班に襲いかかるが……。


ズガガガガ!!


「「「グハッ!」」」


直ぐに反応した彼らに撃ち殺されてしまった。


「くっ、何で撃てないのよ!ケヒ!?」


奪った銃の使い方が解らず、毒針女は殴られ気を失った。


カシャアアアアン!!


そうこうしている内に乙班がご来店し、甲班に噛みついて行く。


「お、落ち着けタカシ!ぎゃあああああ!」


「この野郎!」


不味そうに食い千切り始めた彼らに1人が銃弾を放つが……。

その効果は薄く、3人に囲まれて餌食となった。


その5分後。毒針女は貫かれるような痛みで目を覚ます。


(な、何を!?)


気がつけば全身から赤い液体を流す男達に囲まれて、こちらの穴と言う穴を塞がれてしまっていた。

その凶器は眼球にも押し付けられて、彼女が最後に見た物はそのまま脳にまで達する一撃となった。


「良い気味ね。」

「良いザマね。」

「絶頂モノね。」


貪り貪られる死体を見ながらリツコ・ナオミ・トワコが感想を手向けた。

実は反抗して居残った者達は、彼女達を虐めていたグループだった。


「学校の自衛隊は慎重ね。」

「師匠に早回しを申請するわ。」

「じゃあ今度はぐちゃぐちゃにかき回しましょう。」


「大丈夫?何だかノリが……」

「まあいいよ。存分にやってくれ。」


普段は淡々と話すリツコ達が興奮し、トワコも子供には見せられない表情で盤面の設定をカシャカシャ弄っている。

聖女ちゃんが危惧しているが、マスターは続行させた。


「「「ふふふふふ、リスタートよ!」」」


3人の弟子が妖しく宣言すると空間内の状態がロードされて戻る。ただし今度は初期配置が変わっていた。


「お、オレは死んだハズじゃ?」

「てめえ!お前が魔王をチクった所為で!!」

「グハッ!」


赤雨のどしゃ降りのなかでいきなり仲間割れするサイト。


「さっきはよくも汚いものを突っ込んでくれたわね!」

「な、なんの話だ!?ぎゃあ!」

「この、不意打ちのお返しだ!」

「はう!!」


毒針女が近くの自衛官を刺せば、前回刺された男が彼女の後頭部を強打する。


「みんな、何かオカシイよ!落ち着いて、きゃあああ!」

「ぐるるるるああああ!!」


喫茶店近くに配置されたサイトの女は、乙班の化け物に身ぐるみ剥がされて前回の毒針女と同じ末路を辿る。


「この現象は……魔王か!?作戦は失敗か……ぐ、ぐおおおお!!」


「隊長!?ぎゃあああああ!!」


今度は雨の中に放り出された隊長、化け物になって辺り構わず殺しにかかる。


「やっぱり、記憶を引き継ぐと楽しいわね。」

「見てよ、私たちを嵌めた女達が全身で悦んでいるわ。」

「どうせなら男達も何とか……そう操れる?」


「「モチロンよ!!」」

「なら次は女を腐らせて、男同士を見物させましょう。」


復讐をすればするほど新しいプランを出して楽しむ3人。

トワコだけは貞操的には無事だったが、余計に立場を悪くして煮え湯を飲まされたので容赦はしない。


「うーわ、いたぶり方が私よりエグくない?」

「彼女達は生きた人間だからね。成長するのさ。」

「なるほど、死んでた私は凝り固まっていたと。」

「ルクスはどうだい?」

「うふふ、ご馳走ですわ。」


ルクスは負の感情を吸いとりご満悦だ。実は3人娘からも程よく頂き冷静さを保ち、新たな復讐プランなんかも産み出させている。

だがそれも長くは続かない。


「うーん、少し落ちてきたかもしれませんわ。」


16回全滅させたあと、ルクスは残念そうにマスターに告げる。


「さすがにあいつらも気づいて、外に出なくなったしなぁ。」


「無駄な抵抗なのに、面倒ね。」

「効率が落ちてイライラします。」

「良い考えがありますわ!交代でマスター様とスッキリしてきましょう!」


「「賛成!」」


秋の空張りに表情を明るくしたリツコ達はマスターに視線を送る。


「そういうの勝手に決めないで欲しいんだけど?」


「私には解るわ。女達をムリヤリするシーンで股間が熱を帯びてました。」


「目の光がエッチな光線になってましたよ?」


「状態が変化したのを私も観測しましたわ。」


「この弟子達は男心を隠す努力を無下にしすぎだろ。」


「いいから行ってきなさい!終わったら次は私達よ!」

「お仕事中の逢瀬なんて……燃え上がってしまいますわ!」


聖女ちゃんは面倒になって3人ともご休憩に行かせる。残った2人は妄想でパワーを増しながら、知らない人達を蹂躙していった。



「なんかもう、疲れました。」

「目新しい方法もないし、良いんじゃない?」

「そろそろ打ち上げしてお風呂でリラックスしましょう、」


48回目の殺戮ショーを終えた頃、女達は明らかに飽きた声で口を開いた。


「もう良いのか。なるほど、生きてると飽きるのも早いんだな。」


「根性無いわねー。私ならあと3万回は軽いわ!」


「吸いとれるチカラも僅かですし、お開きでも良いかもしれません。」


「ここらで挨拶してやめようか。行くよ。」


「「「はい!」」」


マスターに続いて地上に降りる女達。最後の場所は久喜駅だ。


「また場所が変わった!」

「ここは……駅?」

「今度はみんないるぞ!自衛隊も向こうに!」


ざわめくサイトメンバーの改札を挟んだ対岸には自衛隊が同じようにざわついていた。

サイトメンバーは東武側、自衛隊はJR側だ。


「やあ、皆さんお疲れさまです。」

「「「お疲れ~。」」」


その中央に現れたマスターとその弟子達。軽いノリが両者の神経を苛立たせる。


「貴様、何のつもりだ!」

「お前のせいで仲間がバラバラだ!」


ステレオで始まる抗議に、あー、はいはいと適当に流す。


「仲間割れはオレの意思じゃないんで君たちの問題だよ。色々データの提供ありがとう。それで報酬として生き延びるチャンスをあげようかと思うんだけど?」


「「「ふざけるな!!」」」


被害者側からすれば正にその一言だろう。だが元々爆弾で死ぬハズだった彼らだ。生きたくないならそれはそれで、と考える魔王。


「うん?要らないなら良いや。ラスト1回、悪あがき頑張ってね。」


「ま、待て!それはどういう事だ!?それに爆弾はどうなった!!」


隊長が要点を聞き出そうと食らいつく。


「爆発しましたよ?そこであなた方は死ぬハズだった。ここはオレと弟子で作り出した空間内。どこまで行っても元には戻れない。食料はそこそこあるし、化け物変化も解いたから……お祈りくらいはする時間あるよ。それが届くかは知らないけど。」


「待ちやがれ、御託は良いからさっさとーー」


それだけ言って去ろうとすると、今度はサイトメンバーの偉そうなチクり男が口を開きかけて……。


「「「死ぬがよい!」」」


股間・尻・胸にそれぞれ宇宙線放射能キックと串刺し丸焼きキックと呼吸困難心肺停止正拳突きを同時に食らうチクり男。


「ッ!!」


断末魔すらなにも発することが出来ずに、五体バラバラになって床に転がった。

それを見た男達は縮み上がる。


「あなた達!?仲間をごふっ!」


「欲情媚薬ナックル!」

「魔法のギリギリブレイク!」

「私は普通に状態保存ですわん。」


毒針女は謎の光信号でムリヤリ欲情させられ、服を際どい形に燃やされた。トワコによってその状態を維持させられて、見えそうで見えないけどちょっとだけ見えてるフェチズムを完成させた。


「な、何を……!?」


「貴女は親切なふりして私らを売り飛ばしましたからね。」

「しかも撮影までして、雀の涙の給料を巻き上げた。」

「私は友達を人質にとられたわね。それでも拒否したけど。」


リツコ・ナオミ・トワコが見下しながら淡々とこれからすることの理由を挙げる。


「だから今度は私達が売り払ってあげる。」

「最低最悪な宇宙一の変態さんにね。」

「もちろん撮影して売り払います。」


「ほう、オレの出番もあるのか。」


「「「自覚してたのですね。」」」


3人の目論見に気づいたマスターは、少しやる気が出てきた。


「い、いやよ!唯でさえ今日はひどい目に……いやあああ!」


と思ったらガチでドン引きされて萎えていくマスター。


「うーん、ここまで嫌がってるのに手を出すのは……」


「彼女曰く、気を引くための演技らしいです。」

「ガッツリして欲しいサインだと我々の時に言ってたわ。」

「カメラの用意できました。」


「ならちょっと本気で気持ち悪いの行っておくか。」


『あれね。身内で複数人で使う分にはウケたのにね。』


これから使うのは外の愛人に使ったら罵詈雑言の嵐だったので封印したセイギの1つ。


「D・フィンガー!!からのハーフステルス!」


「いたっ……くない?……あっ!?お前、何を持って!!」


マスターは右手に半透明の肉を持っていた。

毒針女のヘソ下辺りがくり貫かれていて、しかし血が滴り落ちたりはしていない。その空間を一時的に拝借しただけのようだ。


「これが毒針さんの未来製造器ですか。致命的な病気を患っていますので取り合えず治して……あ、さっきまで関係持ってた人達はご愁傷さまです。」


「「「!?!?」」」


48回も殺戮ショーを繰り返すなかで、彼女と関係を持たなかった男は居ない。大半は化物化したなかでのプレイではあったが、奇妙な不安が男達を襲う。


(くふふ、怯えちゃってかわいいモノね。毎回リセットしてるから平気なのに。それどころかこの後全員死んじゃうから関係無いでしょうに。)


トワコがニヤケていると、他の者達は余計に震え上がる。


「トワちゃんそのまま押さえてね。師匠は私が手伝うから。」


ナオミがマスターの黒いズボンに手を当てて熱を帯びさせ、すぐに中身を取り出す。


「まったく、ほとんど知らない女のアソコを手にしてバットみたいになるとか、仕方の無い師匠ですね。」


「しかも透けさせて、私達に見せつける気よ。ぺろり……この味はそうだと言っているわ。」


もうリツコもナオミも、師匠と関係を持っていた。

姉弟子や周りの愛人達に影響も受けたが、結局は甘さのような優しさ(と強さと財力とてくにっく)に引かれたようだ。だが初期の関係が両者ともお気に入りで、普段は淡々とした口調にしていた。


「嫌よ、止めてよ!!やああああ!!」


彼女は叫び散らかすが、誰も助けに入らない。魔王とその弟子に対する恐怖……だけでなくトワコの状態保存が効いていた。


「はい、ここまで。やっぱり性に合わないよ。はいどうぞ。」


「あらあらお優しいのね。昨日はあんなに激しかったのに。」

「でも隊長さんに手渡す辺りが鬼畜よね。」

「私なら大歓迎ですのに。」


「挨拶だけって言ったでしょ。後はみんなで楽しんでよ。」


モノをしまいながらもっともらしいことを言う。


「これが最後なんだしさ。」


最後の台詞と共に赤い光でサイトの男達を包む。すると運命を書き換えられた男達は全員女体化していた。ご丁寧に全裸、ローションが横においてあるのは優しさか。


「これで少しは女の苦労も解るでしょ。じゃあ行くよ。」


「「「やっぱり鬼畜よね。」」」


さっさと消える魔王一行。去り際にしれっと自衛隊側を欲情させる弟子達。


「や、やめ……ぎゃあああああああ!!」


その後は阿鼻叫喚のミダラタイムが3時間続き……感情を吸い上げられた後、空間ごと消えた。



…………



「やっぱりスワちゃんに比べると雀の涙だよなぁ。」



散々やらかしておいて残念そうなマスター。ある意味無限にエネルギーを稼げるかと思ったが、生き物の心にはある種の限界がある。と言うより万物には限界がある。


「戻って早々何を落ち込んでおる。街はどうなった!?」


ヨシオが駆けてきて報告急げと急かされ、マスターは正気を取り戻した。


「政府の思う通りの形になりましたよ。他の連中は争うことしか考えてなかったので、別空間で楽しんで貰った後に消しときました。」


「お、おう。容赦ないな。」

「いつも通りと言えばそうですけど。」


ヨシオとユリは慣れているはずのマスターの容赦の無さに引いている。


「でも師匠はチャンスをあげようとしてました。」

「フラれてましたけどね。」

「あの子達には師匠の魅力は解らないのよ。」


弟子達がフォローになってないフォローを入れて来るがまずは放っておく。


「それで今後についてですが?」


「できれば拘束された仲間を助けたい。コウジ達も捕まっている。」


「それを聞いたら助けないわけには行きませんね。しかし……」


「そうなのだ。ここのメンバー、誰1人として動いてはならぬ。」


そう、今居るメンバーは既に消滅したことになっている。これで動けば整合性が取れずに、政府の作戦失敗が明るみに出てしまう。


「ツテを当たって見ますか。場所のデータ、貰えます?」


「それならここにまとめてあります!どうぞ!」


ユリがノートパソコンからUSBメモリを抜いて渡してきた。

さすがは元外交官、ただの看板娘ではないところを見せてくる。そのまま感心したヨシオといちゃつくのがウザいが、それはマスターにも言える事だ。


「ありがとう。あ、ここだと子供達の迷惑なんで転送します。スギミヤの神社にでもまた拠点作って下さいね。」


「む、了解し……た?」


ヨシオが言い終わる前には全員神社の境内に送られていた。


「んな!?乙女の研究中に何事か!!」


そこには女性用大人のおもちゃで巫女さんと二刀流で対峙しているキサキがいた。


「相変わらずのエロ幼女よな。」


「もう幼女ではないわ!!」


再会を喜ぶどころかタメ息をはくヨシオに、キサキは食って掛かった。



…………




「お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。」



棄民界の悪魔城のダンスホール。その壇上でマイク片手に集まった者達に感謝するマスター。

集まって貰ったと言うか、半分は拉致に近い形での集合だった。

彼らは棄民界の"お得意様"だったり異世界の知り合いだったり、地球の協力者だったりと大変な混沌ぶりだ。


「今回は皆さんにお仕事のお願いです。世界各地の拘留所・刑務所を襲撃、とある組織のメンバーを助けていただきたい!」


「とある組織とは?」

「オレの古巣、サイトです。」


アオバの問いに簡潔に答える。


「今や敵対して長いのでは?」

「弟子が4人、紛れている。放置はできない。」


カナタの問いに納得行く答えを出す。隣のハルカはやる気を倍増させた。他の弟子達も同様だ。


「あなた様が出ない理由は?」

「死んだことになっている。今後は地球での活動に制限が出ます。」


クロシャータに応えると、横の鍛冶神達が面倒な……と唸る。

キリコは衝撃を受けて半泣きだ。


「こんなに人数要るのかよ。」

「目標は世界各地。オレのチカラなしなら必要でしょう。」


ケーイチは自分達だけでもと、ふくれている。


「私は解ってるわ!手間暇人数掛けるのは陽動よね!」


「そう、オレだけじゃなくサイトの本部も消えた体でお願いします。尚、疑似ブラックホールと呼ばれる爆弾が出たら教えて欲しい。制御装置がないのでオレが出ないと世界が高重力に飲まれます。」


「だんだん面倒なことになってきたな。」

「なに、オレらの顔見りゃ大抵裸足で逃げるさ。」

「ふん、違いないな。このフォールトが来た以上はーー」


魔法貴族の1人がぼやくと、厳つさと気味悪さ担当のお化けが冗談を放つ。7代目も張り切っている。


「では各自に情報を渡しますのでお願いします!」


黒モヤで必要な情報を植え付け各所に転送すると、魔王軍と言っても差し支えない連中が世界中に放たれた。



…………



「さ、3月11日のニュースを御伝えします!」



緊張気味で始まる朝のニュース。


「昨日魔王討伐作戦の成功が政府より発表されましたが、その関連性は解りませんが……世界中の拘置所や刑務所が何者かに襲われました!」


映像が切り替わり、動画サイトを引用した衝撃映像へと変わる。場所はドイツの刑務所のようだ。

明らかに人ではない化物が縦横無尽に施設を破壊して回っている。悪魔っぽいのも居れば霊体めいた個体もおり、ホラーハウスそのものである。急に人形が後ろから現れて驚くシーンは笑いを誘うが、脅された方は堪らなかっただろう。

アメリカの映像に切り替わると、今度はゾンビで溢れていた。

生き残りが嬉々としてショットガンを持ち出すが、お約束の不意打ちでゾンビの仲間入りを果たしている。不死者の集団はそのまま街に出ていきパニックを引き起こした。

日本では女が近づくだけで建物が崩壊し始め、全員脱走する様子が映っていた。しかし彼らもあり得ない不幸な現象に巻き込まれて沈黙する。

中国では地面ごと崩れて全員生き埋めになり、インドやメキシコではハチの大群が暴れて死傷者が続出した。

カナダやロシアなどの寒冷地体では謎の宗教家が現れて洗脳。その場で酒盛りを始めさせて全員仲良く床に倒れていた。

オーストラリアでは謎の傭兵団が派手に立ち回っている間に4人組の男女が全員脱走させたり、ブラジルでは大火事、エジプトでは戦車砲並みの大穴で建物が蜂の巣になっていたりと大騒ぎだ。


それらはとても短時間では紹介しきれず、各局のタイムスケジュールを消費させた。


実は映像が消されて残ってないイギリスで、厳重に鎖や拘束衣にくるまれた4人が行方不明になっていた。


「あら、良いドレスを着てるじゃない。アクセサリーはちょっとヤンキーっぽいけど。」


等と言いながらスパスパと頭の拘束を解いたら近寄って一言。


「ひさしぶりね。あの時は世話になったわ。助けてあげるから感謝なさい?」


怪盗イヌキは過去に自分を追い詰めたカコとフミトを解放した。


「よりによってあんた達?借りは返せないから自己破産でお願いするわ。」


「だめです。魔王関係者は人権無いんです。というか弟子なら捕まってるんじゃないわよ!」


自称ゼロ番弟子のイヌキは先輩風を吹かす。


「面目無い、家族を盾に脅されて……」


「そこで国の1つや2つ脅し返さなくてどうするんですか!ハルカだったら一瞬でーー」


「呼んだ?」


ひょこっとハルカが現れキョロキョロしている。すると地響きと共に壁にヒビが入り始めた。


「呼んでない!建物崩れるから逃げるよ!」


「コウジとミカがまだ!!」


「もう回収してきた!さっさと飛び込め!」


イタチが風で浮かせた2人を空間の穴に放り込むと、全員そそくさと退散した。


(毎度思うけど、あれでどうやって生活してるんだ?)


イタチのハルカへの疑問は建物とともに崩れさり、誰も答えはしなかった。


場面は戻ってニュースの続き、相変わらず緊張した様子のアナウンサーが必死に仕事をしている。


「これハ魔王を倒しタ人類への報復行為のカノウせいも考えられますが、如何でしょうか!?」


息継ぎと飲み物ほしさにとりあえずコメンテーターに話を振る。


「も、もちろんあるかもしれませんが……彼の人望から察するに、タガが外れた潜在的犯罪者の可能性も捨て切れません。」


「ゴクゴク、はっ失礼!なるほど、そういう見方もありますね!っとここでゲストの紹介を……」


「よう、第二魔王のトキタ・ケーイチだ。」

「こんにちは、第三のトモミです!」


横からにゅっとカメラの前に出た2人。実は最初からこの場にいて、アナウンサーを始め、現場のスタッフに圧をかけていた。


「お前らがあいつを倒したって聞いたときは驚いたぜ。悔しいとかより良く成し遂げたなって感じだ。なんせオレじゃ逆立ちしても勝てねえしな。」


「私としては恋人を奪われたのが超許せない感じだけど、彼のやり方は正直自業自得なのよね。今後については少し考えたいわ。」


「オレ達の仕事はあいつのサポートあり気だったし、だから……」

「私のやる気も○○ちゃんあり気だったし、ですので……」


それぞれが端的にコメントを残し、大きく息を吸ってシンクロする。


「「今日で魔王はお終いにします!」」


全国放送で引退宣言という大嘘をかまして2人は満足げに去っていく。

これを流した局は視聴率がとんでもないことになり、上層部は現代の魔王に献杯したという噂が流れた。



…………



「いやー、助かったぜ。面倒をかけたな、申し訳ない!!」

「「「すみませんでした!!」」」


スギミヤ市のなんちゃって神社。その裏に設置された新たなサイト拠点。

そこでコウジ達4人組が全員の前で頭を下げた。その後ろにいる救助された20人も同様だ。

それ以外の世界中のサイトメンバーは死亡したか行方不明である。


「無事だったから良かったけど、オレの弟子なら少しくらい人間の枠から外れたほうがいいかもね。」


「そこの師匠さん、まるで私たちが人間じゃないみたいな物言いじゃない?」


リツコが淡々と抗議するが、普通は宇宙線を操らない。


「脅してきた相手なんて脅すしか能がないのだから、がっつりレイズして脅し返せば大抵泣き叫ぶよ?」


「イヌキにも言われたが……面目ない。」


フミトも今回の立ち回りは反省しているようで、謙虚な姿勢を崩さない。


「だが生きてるのが何よりだ。NTの連中に事務のエキスパートも奪還してもらったし、これならまたやり直せる!」


「やりなおすにしても問題は多いですよ。」


そう。まともに活動すれば政府の作戦失敗が浮き彫りになるし、魔王消滅の報道も嘘だとばれる。

そうなれば全てが台無しである。


「わかっておる。だが皆を路頭に迷わすわけにはいかぬし、ユリの為にも折れるわけにはいかんのだ。」

「ヨシオさん……」


「振れる仕事があれば振りますし、当面の資金は用意しますけど。絶対に表舞台には出ないで下さいね?」


「野党の真似でもして食いつなぐさ。」


ピンチになったら名前やら何やらだけ変えて、しぶとく居残り続ける団体さんを参考にするらしい。

あまり褒められた事ではないが全滅よりはマシということか。

資金を提供すると言っても財産コピペしての売却なので、元手がかからないので安心安全である。

ただこの街の存在は政府にばれている。いつまでもここには居られないだろう。

いっそ異世界にでも引っ越す覚悟が要るかもしれない。



…………



「なあ、魔王の引退宣言なんてしちまったがよ……仕事は貰えるんだよな?」



3月13日。社長宅での朝礼前にケーイチが不安そうに聞いてみる。

前日に黒モヤ込みでアナウンサーの振りしたマスターが世界に偽ニュースを流して(メニューの宣伝はカットされた。)地球での魔王業は事実上終了となった。その事で確認をしているのだ。


「当たり前じゃない。地球以外にも山ほどあるし、何でも屋らしく引越の手伝いも多いわよ?」


「それは普通の……待て、引越しってことはあれか?マスターの世界が完成したのか!?」


「ええ、といってもまだクローズドβくらいの出来だけど。」


「なんだそりゃ。」


社長の良くわからない言葉に首をかしげていると、他の2人も出勤してくる。


「まるでネトゲの運営ね。おはようございます!」


「おはようございます!スワちゃんが協力的なので助かってますよ。」


惑星規模の無限機関でかなり供給の早い星を作れているマスター。クローズドαは弟子たちの始業の場として使わせ、今度のβはミシロの誕生日パーティを皮切りにして、街でしばらく過ごしてもらう予定だ。


「揃ったわね。今大体話しちゃったけど、マスターの作った新世界への引越しと、異世界での活動が今後のメインになるわ。」


「地球は……良いのか?結構荒れると思うんだがよ。それに来月からこいつは居ないんだろう?」


「私個人的には平気よ。この星に便乗しなくても良くなるし。いざとなればバイトちゃんがなんとかするしね。」


「私のエンムスビームで大体解決できるわよ!」


宇宙を股に駆ける男……の隣に住んでいる縁結びの神様がピースサインを出している。


「しばらくはNTとかサイトとかに支援もするし、もう数十年は大丈夫でしょ。」


「そんなもんか。そんなもんか……?」


微妙に納得は行かないケーイチだが、壊し屋の彼では何も出来ない。

どにかくまずは目の前の仕事に集中しようと決めたケーイチだった。

そう、家族の笑顔のために。



…………



「「「誕生日おめでとう!!」」」


「だー!……皆様、ありがとうございますわ!」


3月14日。ミシロ兼マユリの2歳の誕生日パーティーが開催された。会場は新世界の豪邸の、飾り付けられたシアターだ。彼女の特性上、極僅かな身内だけの宴となっている。○○○○家と特級クラスの使用人は参加しているが、トモミや当主様、2級メイドも不参加である。


「えへへ、なんだか照れくさいですわね。」


アレな未来から来た彼女は、純粋なお祝い事に喜んでいる。


「うふふふ、何て美味しそうなケーキでしょう!それにこの場の主役になれるなんて……」


まだ2本しかロウソクが立っていない、母親の手作りケーキを前にして大興奮かつ恍惚としていた。


「さあミーちゃん、火消してー!」


ふーー!と吹きかけ火を消すと、拍手と共に改めて祝福を貰う。

「お父様お母様、お姉さま達も本当にありがとう……うぅ!」


感極まって嬉し泣きしだす末妹に姉達がすぐ反応した。


「ああ!ミーちゃん泣いちゃった!?」

「私に任せて!みんなでキスしてあげるのよ!」


クオンの号令で全員優しく顔中に愛情を籠めると、くすぐったさで涙が引っ込んだ。


「もう、恥ずかしいですわ。」


「今日の主役なんだから笑ってないとね。」

「あなた、追い討ちでプレゼントよ!」

「よしきた!」


マスターがパチンと指を鳴らせず、カナのCDラジカセからパチンと音が鳴る。すると3Dホロの鳩が飛び交いラッパと太鼓の音が響きながらくす玉が現れた。


「わ!わああああ!これ、引いてもいいの!?」


キャラ作りも忘れて無邪気にヒモを指差すミシロは一同をほっこりさせる。


「もちろんよ。」

「ずずいと引くと良いよ。」


「では失礼して、やあ!」


ぶわわわっ!!


かぱっとくす玉が割れると、虹色の光がそこを中心に渦巻いた。そこからゆっくりと降りてきたのは……。


「りもこん?」


テレビで使うようなリモコンだった。


「只のリモコンじゃないぞ?胸の中に入れておけば、キラキラした演出の光を自在に操れるように成るんだ。」


「作りは簡単だけど高性能なエフェクターよ。」


「「「!?」」」


「つまりそれってアレよね!?完璧魔法少女に成れる!?」

「姉さん、目が輝きすぎ。」


「良いの!?こんな可愛いの貰っても!?」


口では確認を取っているが、既に胸の中に入れてハート型や星型やらリングやらの光をポロポロこぼして遊んでいる。


「当然、ミシロへのプレゼントだからな。」

「実は隠し機能もあるから後で教えるわね。」


「ありがとうございますわあああ!!」


彼女の喜びで部屋中エフェクトだらけになる。

元々魔法少女的な演出はセットしていたミシロではあったが、それを圧倒的に上回る高性能なリモコン。


「可愛い。いいなぁ。でも私はチョージョだし我慢を……」


見ればヨダレが垂れそうなほどセツナが羨ましそうにしていた。


「お姉ちゃんてどんどん欲望に正直になってるわよね。」


ジリジリ近づいていくセツナを後ろから抱き抱えて止めるクオン。


「セツナ、後で相談しような?」


「あ、うん。絶対だよ!2人きりでね!」


「……誰に似たのかしらね。」

「……多分宇宙一の嫁さんじゃないかな。」


それはともかく、光り続けるミシロはパーティーを楽しんでいた。簡単なゲームをしたり手品に挑戦したり、キャッキャウフフを堪能する。


「楽しくご飯を食べて、お話しして。まるで夢のようですわ!……あ。」


唐突になにかを思い出したような"あ"に、マスターが反応する。


「どうしたんだい?」

「実は夢の中で伝言を言付かっていたのを思い出しまして……」

「夢の中で?誰から?」

「お父様です。おそらく別の世界の……」

「ほう?クリムゾン・コアの逆版てところか。内容は?」

「明日、お客様が団体さんで来るとかなんとか。」


「「「!?」」」


「……どうしてオレに直接伝えなかったんだろう。」


半分現実逃避でそんな感想を抱くマスター。


「お父様とお母様はその、お休み開始が不規則で……お姉さま達は見学に赴いてて……使用人の皆様もお仕えしてますし?」


「あぁ、うん。ミシロしか届かなかったのか。」


「「「それは仕方ないね!」」」


アレな性生活の弊害だった。

結局お客様の正体までは解らないので、今日のところは存分に楽しむことにした。パーティーは予定どおり進めたし、その後の夫婦の時間もいつも通り取る。

ともかく明日は朝の時間を長めにして準備を整えよう。そんな考えだった。



…………



(ふへー、凄かった……まるで噴火ね。)



○○○は全身を震わせて旦那の欲を受け止め、ちょっと落ち着いてから感想を漏らす。口には出せないが相手には伝わり、お互いに満足感に浸る。

今宵は最初からねちっこいプレイで大爆発だったようだ。


「ーー様!」


そんな2人の世界にノイズが紛れ込んだ。


「旦那様、お客様の乱入です!」


「「?」」


カナの大声で振り返ると、寝室のドアを結界ごとこじ開けて侵入した戦闘員が4人。こちらにサブマシンガンを向けて立っていた。姿からして新生特殊部隊候補と同じかそれ以上の装備だ。

いやもう1人、カナの首を後ろから押さえ付けて頭に銃口を向けている。

叫んだことで今すぐ撃たれる直前だった。


「これは良くないな。ああ、良くない。」


マスターの台詞が終わる頃には、カナを拘束していた戦闘員をチカラの衝撃で弾いて距離を取らせた。カナは油断して発動させてなかった下着バリアを発動させる。


「君らね、もう少しタイミングとか考えた方がいいよ。考えた結果なのかも知れないけどさ。」


まさか真夜中に来るとは思わず、完全に油断していたマスター。

ヌポッと何かを抜く気配がして戦闘員に向き直るとドロドロかつ、まだまだ元気な絶品さんを晒す。


「「「ひっ!!」」」


ズガガガガ!!


恐怖に負けて引き金を引く戦闘員。悲鳴からして女である。

だがその銃弾は室内には飛んでない。紛争地のどこかにばら蒔かれ、新たな火種となる。

その間に愛する妻の身体をシーツで包んであげていたマスター。


「カナは医務室へ、合流したら索敵頼むよ。」


「は、はい!旦那様のお心のままに!」


医療班は攻撃も出来るチームだし、子供達は隣の部屋なので自分で守れる。故にこの采配とした。

寝室の入り口を医務室へと繋げて時短も図っている。


「さて君たち?どういう了見か知らないが、事情は聞かせて貰うよ。」


使い物にならない銃を捨てて近接武器に持ち代えた戦闘員に、何時もよりは低音の迫力を上乗せして詰め寄りはじめる。


「やめて!来ないで!!」


「侵入者は君達の方だと思わないか?」


武器も下ろさずにいる戦闘員の女達。マスターも同じように武器を下ろさず距離を詰める。


「「「い、いやあああ!!」」」


おそらくサポートAIの大変な分析結果が出たのだろう、絶望して気絶してしまう彼女達。


「……酷いよな、オレが悪者みたいじゃないか。」


1人の頭、ヘッドギアに手を当ててマスターが呟く。実は強制的に意識を落とすシステムらしい。つまりこの後はAIの暴走が予想される。


シュポ!


小気味の良い音がして頭から白旗……ではなくお子さまランチの旗が上がる。


「どしたの?」


『貴方に勝てる要素がありませんので。彼女達が傷つく前に降参します。』


「こっちのsanaちゃんは物分かりが良いんだな。」


「旦那様、こちらは異常ありませんでした!」


そこへカナがマキ達をつれて戻ってくる。ルクスの悪意察知で異常無いなら、足元の彼女達をどうにかすれば良いのだろう。


「さてsanaちゃん。聞きたいことは多いが、まずはこの子達の治療をしたいと思う。危害は加えるつもりはないから大人しくしててくれよ。」


『治療?彼女達はサイボーグに近い存在でーー』


「分かってる。実はこのタイプは2度目なんだ。もし不安なら横でアドバイスをしてくれ。」


『了解です。私のコードネームを知る理由も分かりました。』


この後医務室にて、部品を全て外してパーツも人間に戻す作業を行う。最初に外した女のヘッドギアを横に置いての作業だ。


「また……人間は恐ろしいことをするものですね。」


『奥の神経を先に外して、後は順に回路を外してください。』


マキだけでなくAIのサポートもあって前回よりはスムーズに進む。だが前回よりバーツも増え、自決用と思われるクスリも仕込まれていた。

その頃になると娘達も覗きのつもりで起きて来たが、静かにするように言い含めた。


5人とも人間に戻すとやるせない気持ちになって、sanaに問う。


「多分並行世界のオレに送られたんだろうけど、君達はいつから来たんだい?」


『言っている意味が分かりませんが、今は2019年8月です。』


「今は2018年3月だよ。ん~その頃のオレのニュースって何がある?」


『サイトを支配下に入れて大暴れとあります。』


「うん、違う世界だな。お、お目覚めか。」


「あれ?私は………?」


この後、人間に戻っている事。裸な事、魔王がいる事。

別の世界の魔王邸である事、行き場所が無い事……と、新事実が分かる度に気絶する5人。精神負荷を押さえるための気絶システムが、変な癖をつけて仇となっているようだ。


「君たちが居た世界のオレってさ。ここまで恐れられるやつだったの?」


『私見ですが、あなたの3倍は性格悪かったです。』


「マジか~。それでどうする?こっちに残るんなら居場所の確保くらいはしてあげるけど。」


『それは私にたいして?』


「そりゃね。この子達は精神的な治療が必要そうだし、帰らない方がいいでしょう。」


『残っていいのなら……でも本当に貴方、現代の魔王なんですか?』


「言ってないだけでリスク・対価は必要だからね。君なら電脳世界に一役かってもらうとか。彼女達の場合はーー」


『身体そのものですか?』


「愛人はもう、増やす必要は無いと思っている。新鮮味求めて1回くらい……と言うのは男の本音だけど、その1回で残りの人生が大きく左右されたら堪らない。」


『こちらの魔王は正直かつ、慎重なんですね。』


「だから君を含めた装備郡をオレが買い取って……足りなきゃ適当に働いて貰うさ。」


『それで良いです。でもここまで酷いと、2回や3回手を出しても文句言う筋合い無さそうです。』


「それはこの先の治療で見極めるよ。」


『そう言えば、仲間の信号が途絶してます。心当たりはありませんか?』


「それ男の隊員?」


『はい。』


「この家、オレ以外の男は消えちゃうんだ。」


『あなたも魔王している所はしてるんですね。』


sanaちゃんの電子音が一歩引いたような気がした。


今回の魔王討伐軍は合計2万を超える軍勢だった。

その戦闘準備に費やされた人員はその10倍どころではない。

あの手この手で魔王の行動を誘導し、無防備になったところで120人の精鋭達が一気に攻めこんだ。

が、気が付けば空間に穴を開けられ何処かへワープ。

その瞬間に殆どの精鋭達が消滅するという事態に追い込まれてしまった。


後日その話を聞いたマスターは、言うほど悪い奴じゃなさそうだとある種の自画自賛。こちらには事前に連絡くれていたし、自分と違って"苦しませない方法"を取ったからだ。

マスターは生きるチャンスはあげる代わりに、結構なリスクも背負わせる。それが生きる事その物ではあるのだが、途中で投げ出したりすると苦しいだけで終わってしまう。


「いやあああ!私に何する気よ!離れて、近寄るなああ!」


例えば今、目の前で拒絶しまくりな女。言いたいことだけ言って気絶する。他の4人も同様で名前すら聞き出せない。

これはいよいよ荒療治が必要かなーと考えるマスター。


お互いにここまで面倒になるなら、あの場で殺した方が楽ではあっただろう。


「……お父様。私、将来の夢が決まったかもしれませんわ。」


タメ息つく父親の背中を見て、マユリモードのミシロの目が決意を固めていた。



…………



「アンタが新入り?履歴書見せてね。」


「こちらになります!」



イトガミ・タンネは電脳世界の応接室にて新入りの面接を開始した。この世界を作るのに協力してくれた悪魔の紹介なので、惰眠を貪るのをやめて起きてきた。

スーツ姿ではあるが、気だるさが滲み出ていて着慣れてないのがモロバレだ。


「コバヤシ・サナね。うん?たしかミキモトグループのAI開発部門に……」


「はい、私は下請けのコバヤシ電気にて開発されたのが始まりです。一度開発が頓挫して以降、様々な組織で改造を重ねられて来ました。」


「そうみたいね。貴女は情報取得と判断力、戦闘系に強いと。」


「はい。マスターの話によれば薬物方面に強い個体もあるようですが、きっと役に立てると言って頂きました。」


「うん、採用よ。今のところ閉鎖された世界だからウイルスとか入る心配ないし……取り敢えず街の警察でもやりながらシステムを覚えて貰うわ。」


「はい、よろしくお願いします!」


無事に就職先が決まったsanaちゃん。給料の話が一切出ていないが、実質タダ働きだからである。

と言うのも自身の居場所の確保や、魔王邸に紛れ込んだ元戦闘員の女達にかかる費用に夜間突撃の迷惑料……とてもこの仕事だけでは返しきれない。

マスター曰く働いてくれていれば過度な請求はしないとの事もあり、少しずつ先へ進んでいこうと決めた彼女。


「さーて、そろそろアレの放送日よね。買ってない本もたまってきたし、お出掛けしましょうか!」


イトガミ・タンネはさらに安心して惰眠を貪れるようになり、たまに起きては欲望を満たす。電脳の街だけでなく現実世界やネットの中で楽しいものを見つけては持ち帰り、新たに出来た話し相手に成果を報告して笑いながら過ごす。

タンネも、サナもオタクの幸せと言うものを満喫していた。


ただ、年々増えるデータがリソースを圧迫する。

容量の増設や圧縮で工夫してもキリがない。

何を削除するかでサナやマスターと揉めることも多くなっていく。

結局は取捨選択の中でオタク談義を続けていく未来なので、それはそれで楽しんでいたタンネであった。



…………



「姉さん、やっぱりあの国がやらかしそうだぜ。」

「早く潰さないと被害が大変なことになるわよ。」



2019年になってコンドウ・ハロウとその妻ヘミュケットがトウカの家に報告に来た。

ミキモトの残したデータから、お騒がせな国が危険なおもちゃを造ったようだ。


「"出張"を掛けるにしてもタイミングが難しいのよ。」

「特効薬はまだ8割の完成度ですし。」


対するトウカとスイカの反応はいまいちである。

それもそのはず、もうマスターに頼れないのだ。

おもちゃのデータは入手しているが、対応策となるクスリは完成していない。万一その国をつついて流出させた場合、人類はピンチを迎えてしまう。


「むう、○○○○がいない今、無茶はできないけど……」

「あの傭兵達がいれば何とかならない?」


「確かにあの者達は優秀よ?彼の指導のお陰でね。」

「しかし生物兵器相手には……病気にはなるみたいですから。」


第10弟子として20人の傭兵を鍛えたマスター。しかし量産型クルス君と言って差し支えない彼らは、弟子の中では融通が利かない。何故なら傭兵である意識が高く、他のチカラ持ちの弟子と違って突出した強みはないのだ。


「何にせよクスリ待ちか……急がせてくれよ。」


「言われなくてもそうしているわ。」


弟の催促にそう答えるしかないトウカ。

そうは言っても後は技術者次第なのだ。


「それでは失礼します。……あーあ、だる……」


NTの研究所へナニかのサンプルを届けに来たヒロキ。

研究室のひとつに荷物を届けた直後にやる気無くうなだれる。

一応マスター一派な彼ではあるが、取引先の施設内で気を抜くほどには不真面目感を出していた。


「みんなは良いよなぁ、相手とイチャイチャしちゃってさ。オレなんて何にもないままここまで……くそっ。」


月に居たマスターを見つけたのを切っ掛けに拾って貰った彼。

元がおふざけ体質な性格のせいか、なにをやっても中途半端で終わってしまう。

例えばお仕事。見つけることは得意だがそれを活かすことが出来ない。

例えば人付きあい。そのおふざけ体質で最初こそ人当たりは良いが、友人・恋人として仲良くなれたのは一握り。

特に恋人に関してはマスターに紹介してもらった女性にも、ことごとくフラれていた。


「君はアレだね。何が見えてるんだい?」


「すまない……自分でも良く分からない。」


運命的にも問題ない女性を見つけては引き合わせたにも関わらず、芳しくない結果のヒロキに呆れ気味マスター。


「まぁでも?君が見ているモノを信じるのは悪くない。」


マスターはすぐに気を取り直してそう告げる。


(そうは言うけど大抵キミが持っていくじゃないか。)


目に見えて良い女をかっさらう節操無しに言われても、と落ち込むヒロキ。


「特効薬、遅れてるんですってね。」

「あの娘には重かったんじゃない?」

「元々はミキモトの下働きって噂じゃない。」

「たまたま会長の目に止まったからって、ねぇ?」

「ウチの優秀な研究者を押し退けてーー」

「当然よね。そんなことすれば味方なんてーー」

「このままだと笑い話にしかならないわ。」

「研究対称的には笑い話にもならないわ。」


(……この距離なら見えちまうんだよな。胸糞悪い。)


何年もクリスを始めとしたスナイパーの観測手や、探偵や望遠鏡の真似事をしてきたヒロキ。口の動きで会話が読める。


(確かサツキとか言ったか?芸達者の。)


ミキモト事件で保護された研究者を思い出しながら、なんとなく研究室に足を向ける。

マスターに拾われたのに落ちこぼれ。そんな同族意識が有ったかもしれないし、ただの同情かもしれない。

ただなんとなく気が向いただけだ。


「まずいわね。他には何も見えない。これで何も見つからなかったら私クビじゃない?」


顕微鏡にしがみ付きながら焦っているトウノ・サツキがそこに居た。


「やあ、頑張ってるね。何を探してるんだ?」

「あんた……ピロシキだっけ?何しに来たのよ。」

「ヒロキだ。配達に来たんだが君の噂を聞いてね。」

「まだ小間使いやってんのね。もう彼は居ないのによくやるわ。」

「人のこと言えねえだろ?いいからオレにも見せてくれよ。」

「素人のまぐれ当たりでも狙う気?このパターン以外の何かよ。」

「どれどれ……そんなのいくらでもあるんだけど、何で見えねえんだ?」


「はああ!?ちょっと見せなさい!何も見えないんだけど!?」


「ああ、そっか。オレのチカラを貸してやるよ。」


ヒロキはサツキの頭に手を乗せて「望遠・拡大」のチカラを貸与する。

近年マスターが良くやる、目の効果のリンクを繋げたのだ。一応ベテランの域に達している彼のチカラなら、やり方さえ教われば実践も可能だった。

とはいえソレの出所はこの人間社会で話すのは禁じられている。マスターはもう”居ない”のだから。


「な!?見える、見えるわ!こんな小さかったらこの顕微鏡で気づける筈がないじゃない!この細胞を取り出すには……」


サツキは興奮して新物質の抽出方法を考え始めている。しかし唐突に大事なことに気がついた。


「いやそれより!ちょっとあんた、どういうこと!?」


「オレのチカラは遠くを見る事だ。まさかこんな使い方も出来るとは思わなかったけどな。」


近距離の小さな物を見るのにも使えるかはわからず、なんとなくサツキを元気付けに近寄っただけのヒロキ。チカラ的にはまさに、灯台下暗しである。


「ヒロキ、あんたの直属の上司は?」

「一応イタチさんだけど。」

「はいはい彼ね。言っておくからあんたはここに住み込みなさい。」

「はあ!?お前がイタチさん知ってるわけないだろ。」

「言ってみただけよ。でも住み込みは確定。私の手助けをしてくれるなら、望む報酬を掛け合うわ。」

「何を勝手な……それってそんな大事なことなのか?噂じゃ大きなプロジェクトらしいけどよ。」

「世界を救うクスリよ?きっと有名になれるわ。」

「有名……つまりビッグな男だな!よし解った、協力する。ちょっと待ってろな?」


そのまま携帯を取り出してイタチに連絡するヒロキ。


「ああイタチさん?なんか偉いベッピンさんにスカウトされてさ。」

「別嬪!?」

「世界を救うチカラがオレにあるらしくて?協力したら何でもしてくれる契約をーー」

「何でもとは言ってないわ!?」

「はは、照れてんのさ。顔もかわいいし最高ですよ。一応ウラは取れてる女だから平気です。」

「さっきから何を勝手な!」

「解ったぜ、後で詳しくおっぱいの感触をグボア!!」


「貴方もマスターと同じで最低ね!」

「その名は言ったらだめだろうが。」

「おっと。」

「仕方ねえから付き合うよ。あとさっきのはオレ流の冗談だ。」

「つまりセクハラ男なんですね?」

「彼とは……ここに居る以上、手は出されてないか。」

「失礼な男ね。あんただってこっちに残されてるくせに。」

「まあなんだ、残り物同士仲良くやろうぜ。」

「それもそうね。でも仕事は手を抜かないこと。でないとトウカ様にチカラを使ってもらうから。」

「アブねえ女だな。でも悪くねえ。よろしく頼むぜ、報酬もな!」


こうしてNTの研究室に入ったヒロキ。この研究成果が上層部に認められ、人類に貢献したとして特別報酬も頂いた。

彼は遠くを見るより近くの小さな幸せを見つけ、家族で和気藹々と過ごす人生を送った。


サツキは下らないジョークと笑えない失敗談ばかりの旦那と研究者街道を走りぬけ……ミキモトグループで化け物の挿絵を書いていた頃を思い出す。


(ふん、確かに今ならあの頃が笑い話にしかならないわね。)


ベッドの中でムフフとにやけていると、懐かしい声が聞こえた。


「うんうん、いい感じの人生を送ってるみたいだね。ヒロキはこの運命すら見えていたのかもね。」


「どこから沸いた、変質者!」


「酷いな。バレないようにこっそり会いに来たのに。ほら、君に飲み会の招待状を持ってきたんだ。」


「今更私にそんな洒落た事する人なんて……この差出人は!?」


そこには遠い過去に決別してしまった、天才の従姉妹の名前が書いてあった。

慌てて変質者の目を見ようとするがそこに彼は存在せず、ただただ晩餐会の招待状があるだけだ。


「晩餐会を飲み会とか言っちゃう彼はまだまだ子供ね。」


そんなどうでもいい事しか言えない心持ちのサツキは、さっそく招待状の封を切るのだった。



…………



「やっぱり、特効薬の完成を待ってからでよかったな。」

「当然よ。誰も彼もあんたみたいな身体じゃないんだから。」



某国の研究所兼製造工場を襲ったNTの秘密部隊。あまりにずさんな管理体制の所為で、一部をあっさり奪取できたものの……逃げ惑う研究者によって、研究成果をばら撒かれてしまった。

それは微生物を使った生物兵器。建物はハロウとヘミュケットを中心に叩き潰したが、もうどこまで広がったかも解らない。


瀕死の研究員に培養液を一滴たらすと、苦しみながら死んでいった。

戦地なので詳しい作用はここでは分からないが、スイカの色判定では黒だった。

同じく黒判定を頂いたトウカはさっそく特効薬を使って回復を図っていたところである。


「緑に戻りつつあります。効き目はばっちりですので私も使わせて頂きますね。」

「私を実験に使うとか偉くなったわね。」


スイカにジト目を向けながら、帰りの段取りを記憶から思い起こすトウカ。


「貴方たちもクスリを使っておきなさい!終わったら東へ抜けてーー」


合流した傭兵団にも特効薬を提供し、さっさと逃げる指示を出すが……。


「「「グオオオオオオオオ!!」」」


ミキモトグループ張りの大型モンスターが3体現れて退路を塞ぐ。


「一斉射撃!ハロウとヘムは両サイド!」


ズダダダダ!と残り少ない銃弾をばら撒く傭兵団。その銃弾の雨の中でも気にせず特攻するハロウ達。


「中央は私が頂くわ!スイカ!」

「弱点はお腹の中です!」

「それさえ分かれば!」


スイカの色判定の援護と共に駆け出すトウカ会長。

ヒラヒラしたスカートの中から木綿豆腐のような何かを右手で取り出して構える彼女。知らない人が見たら危ない女である。


「市場確認!……そこですわ!」


「グボッ!?グルアアアアア!!」


右手の豆腐にチカラを纏わせて左手から直径20センチ程の黄金ビームを放つ。

大型モンスターはまるで値踏みされているかのような不快感を浴びてその場で暴走、大暴れだ。

やがてビームは目的の弱点を探り当て、トウカは購入意思を示す。


「うふふ、暴れても無駄ですわ。交渉成立(トレード)!」


右手の豆腐?が消えて弱点の第二の心臓が代わりに現れる。


無理矢理引き剥がされた心臓は、微生物成分たっぷりの血液を垂れ流している。


「グガ!?グアアアアアアア!!」


「お腹に対価を入れたけど使い方が分からないようね。」


トウカは胸からスイッチを取り出して笑う。


「こう使うのよ、冥土の土産にしなさいな。」


ぶほん!と若干こもった爆音とともに、上半身が下半身を見捨てて離脱した。


「良い取引でしたわ。また今度もお願いしますわね。」


NTのお別れの挨拶をカマしてお辞儀すると、傭兵の1人に心臓を渡す。それを強化パックに詰めてるとハロウ達が帰ってくる。


「姉さんのそれ、悪質な押し売りだよな。」

「普段澄ました顔して強欲の腹黒加減が良く分かるわ。」


「余計な口きいてると帰りの飛行機のエンジンを掠めとりますわよ?」


ビクン!


にこやかに脅して帰り支度のトウカ様。またクスリ打たないと……と呑気なものである。


帰ったら不在時の書類の山との肉弾戦が待っている。なるべくストレスを溜めないように、安眠サプリも飲んで移動するトウカだった。


この後なぞの病気が世界に広がりを見せる。

しかし事前に年単位で研究していたNTがいち早くクスリを流通させて症状は微々たるモノで終わった。

また、今回手に入れたサンプルからより強力なクスリも作り出して業務用として売り出す。

この病気はNTが造ったのでは?と疑われるくらいには、世間は平和なままだった。



…………



「ねえ、私達はもう何度も世界を救ったと思うのよ。」


「その功績を認めてそちら側、もしくは後宮に入れてくれてもバチは当たりませんわ。」



コンドウ邸の奥の開かずの間から魔王邸に来た2人。

裏で魔王と世界を支えて膨大な金を動かしてきたトウカとスイカ。そろそろ引退してマスターの下へと行きたいようだ。


「引退には早くない?」

「後継者は指名してあります。」

「トシの事でしたら尚更ですわ。」


これ以上歳を重ねては魅力が下がる。それを危惧してのアピールだ。


「多分だけどさ、ウチや新しい世界を楽園かなにかと勘違いしてないか?」


「私達からしたらそのようにしか見えませんが?」

「全くもって。現に虹色ですわ。」


「むしろ貴方にとって私達を便利屋か何かと勘違いされてるのでは?」


「これでも特別扱いしてきたつもりだけどね。魔王事件の被害者の中では。」


お互いに散々利用し合ってきた中で、視線が交錯する。

そこには信頼と期待、微かな緊張。


(これを裏切ったら妻にもブーイングだろうな。)

『ふふ、分かってるじゃない。』


「解った、歓迎する。だがウチは後宮など無い。新たな世界での事務方でもしてもらう。」


((やりましたわ!))


「だが本当にNTは良いのか?魔王事件の被害者だって引き取っていたのだろう?」


コンドウ邸には魔王事件や別の事件で行き場の無くなった女を引き取っている。それこそカナだってそうだった。


「いっそ全員引き取ります?そうすれば後継者の男に傷つけられずにすみますよ?」


「欲張りすぎじゃないか。」


「加害者の貴方が言います?」


「それもそうか。まとめて移住すると良い。ただし仕事はあるから、そちらでシフト組んで対応するようにね。」


交渉は成立し、引き継ぎと準備に3ヶ月費やして移住する。


新たな世界、アフターファイブ。


マスターが作り出した地球よりちょっと狭い世界。

適度に大陸と海が配置され、四季を再現した自然豊かな世界。

そこに人間ほどの知性ある住人はまだ20万程しかいない。

ネーミングに関して、初期はとんこつ(仮)だったが領主様に怒られてこの名にした。


山と平野と大河と海に面した好条件の土地に管理者用の街を作り、中央区としてメンテナンスや等の星の運営をしている。

トウカ達はその中央区のエネルギー部門にある豪邸に住まうことになった。

トウカとスイカは商業部門のアドバイザーも兼任する。

そして彼女達のメインのお仕事は……。


「良く来たな、待ちわびたぞ!」


何年経っても18歳な無限の魔王、スワちゃんがトウカ達を歓迎する。


「初めまして、コンドウ・トウカと申します。」


トウカが率先して頭を下げてスイカや他の女達、その娘達もそれに続く。


「我は無限の魔王スワ。この星の動力を供給せし者である。気軽にスワちゃんと呼ぶことを許可しよう!」


実際のところは彼女から直接チカラを貰っているわけではないが、立場に必要な威厳と言うものがあるのでそこはそれ。


「スワちゃん様、よろしくお願い致します。それで私どものお仕事についてお伺いしてもよろしいですか?」


「うむ、我が無限のチカラにて仕事自体は少ないのだが……この星を左右する重要なものを任せるつもりだ。」


「っ!?それ一体!?」


「我の話し相手である!」


(((友達いないのかな?)))


「それとその、お主の仲間であるカナが匙を投げた任務が……」


「「「何ですって!?」」」


一同に走る戦慄。

ここにいるメンバーはカナを知っている。たまに出るふざけた態度とは裏腹に超真面目に仕事に取り組む、かつてはスイカ同様トウカの片腕だった有能な女。

好きな人を追いかけて使用人の長に成り上がった年俸10億○の傑物だ。

その彼女が仕事を投げ出すのだから、相当なものだったのだろう。


「その仕事とはどのようなものなんですか?」


再度訪ねるトウカに、気まずそうなスワちゃん。


「うむ……もう少し仲良くなったら教えてあげる。」


(((やっぱり、友達居なかったのかな。)))


トウカが部下をチラリと見ることで、指示を出す。

すなわち、全員で仲良くなりましょう!と。


荷物を運び、掃除をしてお茶とお菓子を用意する彼女達。

世間話からマスターの愚痴など女同士の話で盛り上がる。

お互いに良い出会いを果たし、順調にコトを進められるかもと期待が膨らんだ初日だった。



…………



「な、何故これで反応がないの?」

「もう乾かれて……朱も消えていってますわ!」


「すまぬな……」


1週間後。本命の仕事を打ち明けられて、マスターが来るまでに"準備"を整えようと決めた。

しかし手ほどきしてもすぐに平常に戻り、攻めの練習をさせても何も感じないへたっぴ振り。


(((カナが諦めたのも解るわ!!)))


「でも1度はうまく出来たのでしょう?」


「あのマスターがチカラを駆使してギリギリ形になっただけなのだ。我のその証しすら無限の中で元に戻っておる。これでは事後に語らうと約束した我が詐欺師のようではないか……」


「あ、諦めずに続けましょう!何日掛かったってーー」


メイドさんの1人が元気付けようとするが。


「前回は18年も費やしたのだ……」


「…………」


さすがに絶句して撃沈してしまう。


「スイカ、なにか浮かんだ?」

「勿論です。トウカ様は?」

「幾つかね。ま、結局はお相手頼りなんですけどね。」


「ちなみに位相やら一時的に無限の概念解除なら試したぞ。それでこのザマなのでな。小手先だけでなく我そのものをどうにかせねば……」


「こんばんは。苦戦中のようですね。」


そこへ現れる黒づくめ。


「考えたのですが、無限になるサイクルを緩めるとかでーー」


議論と実験を繰り返して終了時間を迎えてしまう。


「何となく見えたような……?でも今回はここまで、気長に行きましょう。」


「協力するわ。私達の為にも、負けられません!」


何かを掴んだっぽいマスター、次回こそはとトウカも意気込む。今回は彼女達の時間も費やしていたのだ。


「みんな、ありがとう……でも次回からはその、きちんと戯れの時間はとってくれ。我はいつになるか解ら

ぬ。」


等の本人は申し訳なさでいっぱいである。普段の偉そうな態度から来る威厳は吹き飛んだ。


次の日、書斎に籠って考えるマスター。本腰入れねば他の女にも影響が出るのはよろしくない。


(多分下手とかそういうレベルじゃないんだよなぁ。)


あの世界で18年研究してこちらでもあらゆる手段を取った。

身体的に問題はないし心も積極性はある。ならもっと……。


(でもその答えって、ピロートークで語られるやつだよね。つまりただの答え合わせでしかない。)


普段使うテクニックは最初以外効果はない。

成功時も空間弄りまくってそれっぽくしただけ。

なら考えられるのは……聖女ちゃんと同じような構造的な問題か。

あの身体はシインの家系のモノであって本人のものではない。

普通に活動できていることから大差はないだろう。


「よし、なら確認してくるか!」


『いってらっしゃい、あなた。ごちそうさまです!』


マスターは一生懸命煩悩を吸いだしてくれた妻の頭を撫でてから立ち上がり、異世界へと飛び出していった。


1週間後。


「スワちゃん、元気にしてたかい?」


新世界中央区の豪邸に足を運ぶとどんより空気が漂っていた。


「マスター、今週も成果はない……トウカ達は毎日、同性の我に必死になってくれているのに……」


「これはスワちゃんだけの問題じゃありませんから!」


「それなんだけどさ、スワちゃんて人間と構造違うでしょ。」


「「「はい!?」」」


「本人も記憶が定かでないのは仕方ないよ。星になる前の記憶だもん。無限ってのは今しかない。ある意味過去すら生まれないからね。」


「そ、そうなのか!?」


「そこで調べてきました。星になる前のスワちゃん、だいぶ苦労してましたね。」


星の誕生からあの時代まで。何億年もある歴史を遡り、彼女の生い立ちを探ったマスター。宇宙移民船団の中の女の子だった。


「大丈夫、あなたを苦しめた同僚は吹き飛ばしてきました。みんな生命力は強かったですが、オレなら何とでもなりますからね。」


「わ、我れの中の歴史を変えたのか!?なんという男だ!」


「それで宇宙船にあったエロ本からある程度学び、スワちゃん……エイミーちゃんのお風呂中にセクハラして確認してきたわけです。」


「ばっ!?お前、我にナニしやがったの!?」


「お陰でほら、貴女への手順は分かりましたよ。」


「んぐ!?むぁ……んにゃぁ……こんな……ひゃんで……」


抱き寄せてキスからの、チカラの腕での魂への刺激にメロメロとなり立っていられなくなる。


「やっぱりね。君達も覚えておくと良いよ。彼女の種族は人間と比べるとそれぞれーー」


簡単な解説とともに身体を出来上がらせ、今度こそちゃんとした伽への空気を作ってあげる。

性感帯の順番や浮き沈みを考慮して正しい順番でスワちゃんの魂を触って行ったのだ。


「マスター様って……どこにブレーキがあるのでしようね。」


喜びの山彦を聴きながら、種族を越えた営みに思いを馳せるスイカだった。



…………



「その昔、我は母星を飛び出して……と言うかもう知っておろう!?語り甲斐がないではないか!!」


「だってそうしなければ見当もつかなかったじゃない?」


同じベッドの中で約束を果たそうとするスワちゃんだが、マスターはその殆どを知っていた。

母星で需要と供給バランスが取れなくなった彼女達は宇宙へ出て移住先を……と言えば聞こえは良い。

実のところは環境を選んで秘法を用いて人を星の土台にする。

秘法といってもクスリを何度か飲むだけだ。

一度飲めば構成を書き直されて船外活動も可能になったり、身体能力も上がる。それを繰り返して星の基礎を担うのだ。


運営側と星になる生け贄側でロマンスが発生、哀れエイミーちゃんはとばっちりでクスリをこっそり飲まされた。

当然途中で気がついて船団中で大暴れした挙げ句、魔王として恐れられ……最後は捕らえられて無理矢理完全な星とされた。

その際原因の2人は駆け落ちしている。それはマスターがぶっとばしたようだ。


「あのクスリは有限を無限にする、不老不死になるものだった。」


「だから人が増えすぎたんでしょうね。そこに混ぜ物をして混沌状態で無限に生かされるのが例の星化だったと。」


軽く話しているが、壮大な話なので半分現実逃避している。

もう半分はやっと先に進めたお相手の身体をセクハラしまくっている。


「んん、でもあれだな。我もこうしてみて……駆け落ちと言うのも分からなくはない。許せはしないが……今は少しは幸せだ。」


スワちゃんは身を委ねて心地よさに浸る。

まだ攻めは下手なままなので、これからなのだろう。

無限に搾取されてきた彼女は、少しだけ情欲を貪らせてもらう側を楽しんだ。



…………



「…………はぁ。」



2019年秋。スギミヤ市の隣にある水星屋二号店。

私はその店長であり運営会社の社長、サトウ・キリコ。

半減したアルバイトと極僅かなお客さんを眺めながらため息をついた。


いつも元気な私はどこへ行ったか?そんなの知らない。

少しずつなにかが変わって、少しずつ失くして……私は変われずに取り残されている。


例えばマスター。消滅したフリとか何よ。かわいい私に毎日会いに来なさいよ。もうアラサーだけど関係ない!

例えば隣街の爆発。この街も少し吹き飛んだとかで行方不明者が500人くらい出た。店は事件の反対側だし?観光地として盛り上げようとしたら、政府から待ったが掛かった。

詳しい調査がどうとかって、いくら調べても魔王なんていないわよ。そうこうしてたら時期を逃したじゃない。

例えば生物兵器。お陰であの国からの輸入制限やら何やらで飲食店は不景気まっしぐら。ウチはあの国の材料は使ってないけど、安価な店はそういうイメージで?お客さんは少ない。


「経営って難しいのね……ひゃう!」


材料光熱費だけではない。変なトラブルがあればいち早く解決しないと余計な経費がかさむ。うだうだしてたら後ろからくすぐられた。


「何黄昏てるのよ。上がそんなだと下が困るんだけど?」


アオバちゃんだ。だってなにも良いこと無いじゃない。


「そんなだから幸せもバイトの子もお客さんも逃げちゃうんです!私達には子供だっているんだからしっかりしてください!」


「そうは言うけど、私だって感情ってものがーー」


「「「たのもおおおお!!」」」


「「「!?」」」


私がそれっぽい言い訳しようとしたら、3人の少女が大声を張り上げた。全員白い調理服で……セッちゃん達何やってるの?


「道場破りに来ました!」

「2代目襲名はお姉ちゃんに!」

「カンバンに瓦割りです!」


「いきなり喧嘩を売るなんて……あんた誰?」


セっちゃん・クーちゃんは知ってるわ?3人目はクリスちゃんの隠し子?


「いいえ、彼女は殆ど会えないレアボックス育ちの妹よ。」


「とにかく!キリコ先輩、勝負です!」


良く分からないテンションに巻き込まれて何かが動き出す。

なんだか過去の私を見ているようで少し心が傷んだ。



…………



「キリコ・サクラ・アオバチーム、得票数2678!」


「我が愛しの娘チーム、得票数75483!」


「「よって、セツナ達の勝利!!」」



3日後行われたサービス対決で、圧倒的な勝利を得た3姉妹。

この対決は料理の出来映えだけじゃなく、接客や雰囲気や衛生面など総合的な判断で決まる。

一般客とタンネの電脳世界から投票で決を取ったのだが、反響は上々だった。


「「「ばんざーーい!!」」」


デルタハイタッチで盛り上がる姉妹とは対象に、膝から崩れ落ちて負のオーラ漂う二号店チーム。


「なんで!?」


キリコの問いに進行役のマスターが口を開く。


「本当は分かってるんだろう?」


「うぐっ……」


心あたりがあるのか言葉をつまらせた彼女に追い討ちをかけた。


「今日の審査員は大半がロリコンなんだ。」


「そっち!?てっきり最近の五月病の私を……」


「五月病て、長すぎだろう。」


もう残暑も終わっている。


「誰のせいよ!もっと私を構いに来なさいよ!」

「私達、でお願いするわ。」

「釣った魚にダイエットさせても美味しくはならないわよ。」


「そういう話か。考えよう。」


3人の強い意思を受けて前向きに検討するマスター。

今回はセツナを新店長とする動きがあって、妹達も乗り気だった。それを催し物で発散・満足してもらって、勝てたら店長にする約束をしていた

なのでキリコ達の欲求不満については彼からしたらヤブヘビ、周りからしたら自業自得である。


(何でも屋をやめてからも忙しかったからなぁ。上手く出来る方法は……物語の主人公とか、なんであんな簡単に事を収めてるんだ?)


「とか考えてるわね!?女の敵!」


黒い鎖鎌で雁字搦めにしながらキリコはプンプンしている。


「あれなら、あっち側に移転するかい?ここもだいぶ政府に目をつけられてるだろ。今なら子供達も移動しやすいし、今よりは頻繁に会えーー」


「「「はい決まり!」」」


「皆さん閉店セールです!食べ放題よ!」


「対応はやっ!?」


キリコの変わり身の早さにビビりながら手伝うマスターと娘達だった。


この3日後、公安が水星屋二号店に踏み込んだ時にはもぬけの殻となっていた。

それを皮切りに現代の魔王と縁があったスギミヤ市にも政府の手が延びる。


「市長交代!?選挙もなしにそんな横暴が通るわけがありません!」


現市長のキョウコは一瞬で元市長となり、代わりに週刊紙で悪評を書かれている閣僚崩れののオジサンが就任。

ホラー現象で心を病んでいた元名家の、若き次世代組と結託して締め出しに来たのだ。


「育児との両立など無理な話だ。潔く引くんだな!」

「退職金6割カットでは育児もままなりませんが?」

「正当な評価だ!税率を不当に下げて街の発展を遅らせた!」

「言いがかりです!これは極めて妥当なーー」

「どうしてもと言うなら私の愛人になってクピイ!!」


「間に合ってます!!」


下品な笑顔のオジサンへ肝臓と腎臓にボールペンで針治療すると、そそくさと退散するキョウコ。


「グボボボ、訴えてグボボやる……」


新市長は長期入院となり、警察への被害届と訴訟の準備をしたが……その時にはもうキョウコは行方不明となっていた。

それだけでなく市民の大量流出により、元の活気は失われた。

結果としてお山の大将を気取る名家の愚痴が蔓延るだけの何もない街へと変わり果てた。



…………



「憧れの異世界で食べるとんこつラーメンは格別だぜ!」


「どこから突っ込めば良いのやら。店長、替え玉普通で!」


「この歳で冒険はどうかと思ったけど。」


「案外楽しいわね!」



ユウヤとメグミもまた、スギミヤから撤退してマスターの世界に世話になっている。フルヤ医院の院長と妻のショウコも同様だ。


彼らは星の運営を担う中央区から1個ランクの落ちる、A級棄民街の水星屋二号店で夕飯を食べていた。


「はい、お待ち!あんたらもこの街なんだ?」


キリコが直接メグミの替え玉を運んで声をかける。


「S級……運営のお抱え医師にも誘われたんだけどね。ウチの男達が猛反対したのよ。」


「当たり前じゃないか。あそこはマスターの女達ばかりなんだぜ?」


「我が医院は大衆の味方だからな!妻を危険にさらしたくはないし。」


男達が言い訳を始めたが、どちらもごもっとも。


「あぁでもキリコさん達は何でA級なんだ?マスターのコレなんだろ?」


「ユウヤ、デリカシー!」


「この前マスターの娘さん達にぼろ負けしてね。」

「1から修行しているところよ!」


そこへサクラとアオバが現れて経緯を話す。


「そんじゃ今はセツナちゃんがマスターなのか!?」

「ほえええ!あの娘、前も凄かったもんね。」


「ううん、今はまだ引き継ぎ中みたいよ。」


話し込んでいるとお客さんが増えてきたが、新たな店員が必死にさばいている。


「ほらクルス!コレくらいこなさないと、セッちゃんはマスター以外に見向きもしないわよ!!」


「はい!がんばります!」


「あれって弟子の?王子じゃなかったっけ?」


見習い用調理服で真面目に仕事しているのは第5弟子だった。

結婚式の二次会後の誕生日会で紹介されていた彼。他にも度々イベントで見かけたのを思い出す。


「クルス君は……店長になるセツナちゃん目当てでバイトに応募して……店舗が違うことに気がついていなかったのよ。そこでこのテンチョーが捕まえて良いように使ってるんだ。」


「「「うわぁ。」」」


「こ、これも経験よ!市井を知るのは政治にも役立つから!うん!」


ドン引きされて慌てて言い訳するキリコ。どうやらこの世界で調子を取り戻したようだ。アレな方向に。


「彼の世界でラーメンが広まるのかな……」

「ああ、だからマスターもとやかく言わないとか?」


そんなことを喋りながら楽しく過ごす。


「ほーらアーちゃん、ラーメンが来たわ。いい匂いだねー。」


「ハルカ、この子にはまだ……あとチカラはちゃんと抑えて!」


「分かってるわよぉ。折角こっちに遊びに来たんだから少しくらいハシャいだっていいじゃない。」


「だー……?」


(うん、あの赤ちゃん……こっちを見てた?)


ショウコが視線を感じて家族連れをみると、若い夫婦の赤ちゃんに気がつく。だから何かあるわけではないが、近い将来また会いそうな予感がした。


「しっかし、また仲間とバラバラになっちまったな。」


今回はキソウ姉妹はイダーと一緒にこちらに来たが、ソウイチとミサキは地球に残っている。彼らは今やナカジョウ家で暮らしているのだ。


「大丈夫、また会えるわよ。」

「まあ、そうだな!」


キサキはこちらに来ているし、会う機会はマスターに言えば保証されている。なのでその気になれば会えるが、日々の生活の中でどうしても機会は少なくなる。

もう大人になった証拠かなと若干の寂しさを感じながらも、前を向いて生きていく彼らだった。



…………



「いくら広いと言ってもバランスは大事よ?」


「ええ。今回は調整に難儀しましたが、これ以降は本来の形になるはずです。」



新世界中央区の領主の執務室で、金髪領主から釘を刺されるマスター。スギミヤの人間の大量に連れてきた件だ。


「ある意味棄民候補だったし、あなた作の世界だし?少しは目をつぶりますけどね。」


領主は意味深な視線と物言いでお誘いを引き出そうとしている。少しは上手くなったようだ。


彼女は引き続き棄民達の受け皿の管理者として君臨している。

スワちゃんとも過去話で意気投合したようで、まずまずのコンビとなった。

世界はマスター作だが、彼にたいした権限はない。元々仕事のひとつにすぎないし、既にハーン総合業務……契約奴隷の期間は終わっている。


元の棄民界の各勢力への土地分配や引っ越しも終わっており、皆さん新世界に浮かれている。

悪魔城は中央区のホトリで他勢力に睨みを利かせ、魔法貴族は少々離れた位置に決められた。ただし学校は中央区と郊外とに作られていてセツナやマリー、寮住まいのモーラも引き続き同じ学校だ。

最近地球の学校が引っ越してきたので、貴族達には若干の対抗心が生まれている。


熊五郎とダークマターの夫婦は郊外でハチミツ山の者達と仲良く過ごしている。女王蜂は代替わりして……家族連れで遊びに来たカナタ君は複雑な表情を浮かべた。


土地も時代も住民も移り変わった近年。上手くコトを運べた事で領主とマスターの評価は神界でも評判となっていて、名誉創造神の称号を贈るかどうかで話し合いがもたれた。


結局、神になりたくはないマスターの強い意思で見送られたが評価自体は変わらない。元々彼を認めていたクロシャータとビゲン会や、鍛治神達は優越感に浸っている。


地球は調整役が不在となったので暫くは落ち込むだろう。

それでも新たな時代・新たな秩序が生まれれば、自ずと新たな調整役も生まれてくるだろう。



…………



「インタビュー?あぁ、このニュースだけ見せてくれないか。」



傭兵部隊の隊長は、事務所でニュースを見ている。

早いタイミングで来た私も悪いので、おとなしく一緒に見る。


「ーー魔王の隠し財産は見つからず、野党は無駄な税金の使用について追求をーー」


「そりゃ本人を消し飛ばしたら見つかるわけがないよな。」


「そうですね。情報持ってそうな人達も軒並み行方不明になってますし。」


真相を知った上で適当な感想を漏らす私達。

魔王が消えて元に戻った地球。でも全てが順調と言うわけではない。元々そうなのだから当然よね。


「待たせたね。ゴウシヤマ・テツだ。」

「コジマ・サクラです。」


向かい合って名刺を交換。凄い名前の方だけど、身体の方も鍛えられてガッチリしている。


「彼の教えを受けたきっかけは?」

「やっぱり時代だよ。ただ戦場でやりあうだけじゃ……まあ、お得意様の要望もあったけどな。」


「どのような訓練をしましたか?」

「詳しくは言えないが死に物狂いだったよ。あれは訓練と言うか……地獄の閻魔様でもあんな攻め苦はさせないな。」


「でも効果はあった、ですよね?」

「そりゃね。ただ彼のやり方だと人間味が消えちまう。だから傭兵として人間離れさせないようにこちらで調整したよ。……どんな風にってそりゃあ、武器に名前を付けて磨くのさ。」


ちなみにこれはマユラちゃんな!と銃を掲げてくる。

マスターの洗脳を洗脳で乗り切ったわけね。


「多分オレ達は彼の意にそぐわない弟子だと思う。だが彼の目指すところは同じだと考えているぜ。」


「それはどう言ったことでしょう?」


「彼は幸せを求めているし、弟子もそうなれるように鍛えている。オレ達は傭兵としては幸せな生活を送っていると思うからな。」


「いいと思います。幸せの形なんて人それぞれ、決まった形は無いのですから。」


「そういう事だ。悪いがそろそろお開きだ。この後仕事の電話がーーな?」


prrrr……


「本日はありがとうございました!ご健闘を!」


隊長は電話がなる前から気がついていた。私は彼のチカラの一端を見て、やはりマスターの弟子だと確信。

インタビューはここまでだが、何となく嬉しい気持ちになっていた。



「えーっと、私達に聞きたいこと?」

「おいおい困るなぁ。これでも忙しくて。」

「あまり延びなかったからガッカリするかもよ?」

「チカラが増したのと、死ににくくなったくらい?」



喫茶店サイトでお目当ての4人組を見かけて席に座ってもらう。

忙しいと言うのは事実ではない。

喫茶店経営かつ荒事なんでもござれなスタイルは傭兵達やハーン総合業務とも被り、だいぶ割りを食っている。

草の根宣伝営業していると言う点では少し忙しいのかもしれない。主に手品師として、だけども。


彼らは8番弟子として自ら志願した変態達よ。

半年に及ぶ訓練を経て、それでも実力の延び幅の少なさは……既にチカラ持ちとして完成されつつあった為だろう。


「基礎体力だけはバカみたいに上がったから、この世界でもやっていける!ってことを良く書いておいてほしい。」


「私は事実を書きます。ところで皆さんは復縁されたのですか?」


「そこ必要!?」

「良いじゃない。この際記録しておきましょうよ。」

「それともまだ隠していることでもあるの?」

「「いいえ、ぜんぜん。」」


ミカとカコの詰め寄りに男達は渋々同意した。

でも私は見てしまった。復縁自体は出来ており、近々もっと仲良くなるためのアプローチ旅行を計画中だったのを。


「カコさんは過去の因縁を辿れるストーカーみたいなチカラで活躍中だとか。」


「ストっ!?」


「マスターにも気に入られているとかで、危なくありませんでした?」


「みんながセクハラとか言ってた治療や調整のコト?あれは必要なんだから仕方ないじゃない。それにね、毎日何十回も変死を繰り返してたら、色々麻痺してくるの。」


「オレ達はもう互いに見てないところは無いよな。」

「中身までね。気を抜いたらバラバラ死体だもの。」

「そんなだからまぁ、絆は深まったぜ!」


格好付けるコウジ君に各々突っ込みながら笑う。


つまりあれね。


「全部見せるストリッパーになることで絆を深めた、と。」


「「「ストっ!?」」」


私がメモを書いてると慌て出す4人。


「そんなの書かないで!?」


「ご協力ありがとうございました!」


相手の動きの事実を見ながらそそくさと躱して逃げる。


うん、弟子なら私でも何とか捌けるわね!


とか思っていた時期が私にもありました。


「さて、言い残すことはある?」

「新聞記者ってどんな痴態を披露するの?」

「きっちり保存しておくわね?」


「調子に乗ってすみませんでした!」


中央区からやや離れた地域に出張していた第6・7・9番弟子に会い、マスターとの関係を問いただそうとしたら捕まった。

熱と光と状態保存で星の環境を整えてるところを邪魔してしまい、今すぐおもちゃにされてしまいそうな雰囲気だ。


『マスター、助けて!!』

『なんか懐かしいパターンだね。』


「え、師匠?はい、師匠がそう言うなら……みんな中止よ!」


リツコちゃんに電話が掛かってきて即座に止めるよう指示される。


その事実を見てほっとする私の、状態保存拘束が解かれた。


「師匠の愛人ならそれらしく振る舞いなさいよね!」


「面目な……んぐ!?」


な、なんで私トワコちゃんにキスされてるの!?


「あらあら、チュウしよって指示だったんでしょ?」

「っ!むひひ、そうよね。折角だから師匠と間接キスよ。」


トワコちゃんの言い訳に乗ったナオミちゃんまで迫る。

私の目には彼女達の好事家っぷりが事実として見えた。

あ、これ面倒なことになるかも!


「止めろと言ったハズだよ。」


「「「師匠!?」」」


「君達はお仕置きね。サクラ、立てるか?」


「だ、ダメみたい。」


腰が砕けてとても力が入らない。若い女の子相手にどう言うことよ私!!


「なら上書きだ。これに懲りたら少しは慎んでくれ。」


「わかっ、むぐ!?もひゃあああぁぁ。」


何もかもが白くなった私は、気がついたら魔王邸の医務室で寝かされていた。隣のベッドにはさっきの3人娘がうなされている。私の見える事実には、連続25回と書かれていた。


「気がついた?マスターのお弟子さんは癖のある人しか居ないから、気をつけてね。」


「うん、身に染みたわ。ありがとうマキさん。」


お礼を言うと、すぐに誰かが入ってきた。


「相変わらずここは綺麗だねー!」

「んまー、まー。」

「まぁ、ゆっくりしていくと良いわ!」

「あ、急患ですね。すぐに対処します!」


そこには赤ちゃんを抱えた第4弟子のハルカちゃんと聖女ちゃん。そしてルクスさんがすぐに他の弟子達にチカラを使う。


はあーストレス吸収って便利ねぇ。この子に頼んでいたら、あの時のキリコちゃんも少しは元気だったかもしれないわ。


起きた3人はバツが悪そうに謝ってから去っていった。

私としてはハルカちゃんにお話聞きたいところだけど、仲良しグループでのヒトトキを邪魔しちゃダメかな?

少し気弱になった私が迷ってると、赤ちゃんがダイブして乗っかってきた。


「あうあー!」


「グポッ!?」


「あ、こらダメよアケミ!ごめんなさい、ウチの子が……記者さん大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫ではないけど……うん?……えーっと?……そんな!……うえええええええ!?」


赤ちゃんをじっくり観察すると、その正体が私に表示されて度肝を抜かれた。だってあのアケミがハルカちゃんの娘!?


「あの、この子ってもしかして前世の記憶とかあります?」


「記者さんも中二病?たまにアケミを見て驚く人が居るのよね。」


「失礼ですがその子の父親は?」


「ははーん、師匠を疑ってますね?この子はれっきとしたカナタ君との子供です!彼はここに入れないからお留守番ですよ!」


「あ、ごめんなさい、!てっきり……」


「みんな口には出さないけど、良く"言われる"しね。」


「差し支えなければ経緯を聞かせてもらっても?」


「インタビュー?別に良いわよ。」


さっきからちょいちょい話が早い。さすがはマスターが太鼓判を押す弟子ね。今は不幸パワーも条件付きで抑え込めるみたい。


「私は確かに師匠に初めてをオネガイしたけど……私自身、そうでないと潰れかけてたの。一応カナタ君の方に先にお話ししたのよ?でも色々な事情で一度はフラれてね。」


「それは少し分かる気がします。」


彼女の言葉に嘘は混ざってない。強いチカラを持っているからこそ自信が必要な面はある。フラれた原因については追及するまでもないのでそっとしておく。さっき失敗したばかりだし。


「だけど一緒に過ごすウチに……彼も男だし?」


「分かります!男って興味ない振りしておいて、いざとなったらがっついて!」


「あるあるよねー。一度振られてる以上慎重にデートしたりして……まぁうん。でもほら私は初めては師匠と、ね?だから折り合いには時間が掛かったわ。」


「その辺りはどうしたんです?」


「擬似体験よ。私は師匠が居たからルクスちゃんと会った後も生きていけたの。だからあの思い出は絶対消さない。だからチカラでチョチョイとね。」


「彼としては一度振ってるわけだし仕方ないですよね。」


「でもその分今はベッタリよ。たまにこういう時間がないと溺れそう。」


「それはそれはお熱いことで。ハルカさん自身はマスターを諦められたのですか?」


「師匠は人生の師匠です。信頼してますし気持ちは一杯伝えました。でも私の気持ちやチカラの始まりはカナタ君だったし。」


「なるほど、良く分かりました。ところでお子さんについてーー」


「世界一可愛いでしょ!?」


それはモモカのコトなのでスルーしておくわ。


「神の啓示?みたいのをビビって受信してね?これしかないって決めちゃって!」


ハルカちゃんは嬉しそうに語り始める。私は赤ちゃんを抱かせてもらい友人の帰還と若返りについてがっつり観察しつつ、その無事と再会を喜ばしく思っていた。


後日キリコちゃんに事実を伝えたところ、出会いの意趣返しかのようにブンブン振り回した。

それを見たハルカちゃんが不幸パワーを発動しちゃったけど、本人は嬉しそうに笑っていたわ。



「はぁぁあああア、ごくらくごくらく。」


大きい露天風呂に大きい胸を浮かべながら寛ぐクリス・フォルティーナ、第2弟子の女性。この迫力は何度見ても生唾が……。


「少し頂きますね、ごくごくごくごく。」


こそっと忍び寄り、しれっと浮かぶ先端を咥えた私。


「いきなり何を!?これは赤ちゃんと兄さん師匠の物だ!」


「きゃう!!」


激痛のツボをスナイプされた私は仰け反ってしまう。


「あーあ、サクラさんそんなことしたらバレるに決まってるじゃないか。」


無形モードを解除して私を湯船から引き上げてくれたファラちゃん。ありがとう。


「どんなクワダテしたらこうなる!?」

「私らの取材、インタビューがしたいんだってさ。」


お怒りのクリスちゃんにファラちゃんが冷静に伝えてくれた。


「だったら普通に言ってくれれば……古参も新参も変な女しか居ないのな!」


「「そうかもね。」」


「私はまともだろう!?」


意味深な目で見てあげるとクリスちゃんは謙遜した。

益体の無い話しを終えて、第2弟子クリスと第3弟子ファラに並ぶ私。


「取材って、私の事は粗方知ってるだろ?ファラの方が目新しいのが多いんじゃないか?」


「実はもうお話は聞いてきました。その上で無形ジャケットなる技でクリスちゃんに近づいたわけで。」


「どうしようもないな。何を話したんだ?」


ファラちゃんは将来の夢を、この修行の目指すところを語ってくれた。

彼女は医者を目指したいとのこと。ただし、病院勤めや診療所の経営などではなくモグリの流れ者としての医者である。

理由は種族差別で弟や一族を失いかけたことが発端なのは疑いようがない。

そこからマスターの趣味の書物やら映像やらで色々触発されてしまったようだ。


「変なシガラミや固定観念に囚われないためには、その方法が1番なんだよ!その為にはこの身1つでなんでも出来なきゃな!」


とは彼女の弁。

世間様の荒波をモーゼさんするがごとく鍛え、各種治療について知り合いに聞いて回ったことで少しずつ治療の幅が広がっている。


姉弟子のセツナちゃんからは可愛いピンクの絆創膏を貰い、クオンちゃんからは痛いの飛んでけをしてもらった。マキさんからは骨折の対処でルクスちゃんからは悪いものを吸い出す……のは無理だったので聖女ちゃんと共同であん摩を教わった。

その精度を高めるためにキサキさんから人体構造について学びもした。

近年だとメグミちゃんの光を分析してパクったリツコちゃんから、治療の光のコトワリを見せてもらって試行錯誤している。

それとは別に、マスターとのイチャイチャであみだした無形モードで相手を包んでの全身マッサージも出来る。


それらの副産物として無形モードで光の屈折を操り対象をステルスに出来るようになり、私がクリスちゃんの胸にしゃぶりついたと言う流れであった。


「いやその流れはおかしいだろ!?」


概要を聞いたクリスちゃんが話を蒸し返す。


「巨乳の因子を取り入れれば私の一族だって……」

「充分大きいじゃないか。姉さんと同じくらいだろ?」


アホ話をしていたらファラちゃんが気づく。


「待って、サクラさんが行動に移したってことは……」

「いやいや冗談だろう!?」


事実を把握できる私なら、本当にそんなプレイで巨乳になれるかもと頭が沸いてしまうファラちゃん。ジリジリと詰め寄り始める。


「さて、どうでしょう?でも行動しないと何も変わらないわ。」


「ゴクリ。」


「こらそこ、良いこと言ったような空気出すな!」


バシャバシャとお湯をかけられ退散するファラちゃん。

クリスちゃんはかわいく慌てて揺れまくっていた。これはマスターじゃなくても手元に置いておきたくなるのは分かる。

今や彼女も2児の母。なのに身体のラインの崩れもなく高水準で纏まっている。


「クリスちゃんは何を目指してこんなにエッチな身体なの?」

「サクラこそ、何を目指してそんなふしだらな記者なんだ?」


あ、いけない。本来のお仕事を忘れてました。

それで最近の目標は?


「私らはどんどん年を取る。その時ただの若さ頼りとエッチなだけじゃ多分うまく行かないだろ?だから最近はいろんなことを覚えるようにしてるんだ。」


「それは私も思うんですよ。頻度は下がりましたが新しい女の子は入るし、夜だって前よりお誘いが減りました。+αが求められる時代だと!」


「それだよな。私はシーズとの共演とかもあるし妹道の探求があるから捨てられはしなそうだけど。」


「前から気になってましたが、妹道て何ですか?」


「絶妙なバランスで甘えたりツンツンしたり、常に可愛いを求められる役割だ!」


「……重要なポジションですね。」


「サクラだったら魔王専門記者……はもう出来ないから……あぁ、だから私達に取材を?」


「そう言うことです。」


「なら取って置きの情報だ。兄さん師匠はセッちゃんに迫られてるだろ?最近は断り方が弱くなってきて、そこそこのワガママならーー」


「ふむふむ。」


「何をバカなことを言ってるんだい?」


「「どひゃあああ!!」」


マスターの登場に大慌てで逃げる私達。すぐに捕まりいたずらされ続けましたとさ。

やばい、これ癖になるかも!


あ、結局クリスちゃんとセっちゃんの詳しい話は聞けてない!



…………



「こんにちはー!」

「よう!司令にツグミ、遊びに来たぜ!」


「歓迎する。ひさしいな、のわりには年取ってないように見える。」


「ふふ、うるさいのが来たわね。お茶をどうぞ。」



司令室の中で急に私達が現れてもギンジロウ司令は動じない。

異世界に……私からしたら故郷への帰還だ。カイジン問題は兄さんの囮捜査と総攻撃で解決したけれど、その後もわらわらと似たような組織が現れてはドンパチしてたんた。その度にこうしてアフターフォローに寄ってんだ。今日は別件だけどな。


「頂きます。さすがに司令は良いお茶使ってますね。」

「うむ、いつ君らが来ても良いようにな。」


呑気な会話から入る男達。さっさと話進めて休もうぜ?


「クリスは狙撃以外ではせっかちだね。間を計るのも大事だよ。」


「どうせ私に気を遣ってんだろ?ツグミを見習ってくれよ。いきなりうるさいヤツ扱いだぜ?」


「そう言うことなら本題に入ろう。クリスの父方の一族が血を欲しがっている。この日本の窮地を何度も救った英雄の血をな。」


「あぁ、聞いている。だけど何で私の子供を直接欲しがるんだ?兄さん師匠に直接作らせれば良いじゃねえか。」


ギンジロウが概要を語ると私は当然の疑問をぶつける。私はもうあの一族とは関係ない身分だ。むしの良い話にイラっと来る。


「ほら不機嫌になるからタメを置いたのに。」

「どうやっても不機嫌なら早く終わらせたいだろ?」


ツグミは私の気を散らそうと野暮なことを言ってくる。分かってるけどムカつくことを言う父さんの一族が悪い!うん!


「正式な婚姻が出来ぬ以上、種だけというのは憚られるらしい。」


「世界を裏から動かす名家(笑)ですものね。実際のところはオレが遺伝子の配分を操れるのを知ってのことでしょう。」


司令の言葉を兄さんが茶化す……だけでなく、事情を読み取っていた。遺伝子の配分については何度目かのカイジンもどきの時に兄さんが司令に漏らしてたからなぁ。それをどこからか聞き付けたのだろう。


「ただね、子供を利用しようというのは納得いかないね。クリスの下に居れば得られる幸せを、剥奪しようなんて。」


「しかし、断れば我がブラス隊を……解散させてやると……」


「はあ!?関係ねえじゃねえか!」


司令の悔しそうな言葉に私は激昂、ツグミも気持ちを吐露し始める。


「このままでは何のためにカイジンやその亜種から守ってきたのかわからない。私達もここからやっと、てところなのに。」


「権力・しがらみというのはどの世界でも面倒ですね。」


軽い調子でそんな感想を抱くと顎に手を当てて考え出す兄さん。微妙に嬉しそうなあの感じ、私は知ってるぜ?

絶対ろくなことにならない、メチャクチャ楽しいことを考えている顔だ。


「何とかしましょう。協力してくれるならタダで良いですよ。」


「ほ、本当か!?」


「もう何でも屋は引退しましたのでね。相手からは個人的にたんまり取りますよ。ふふふ。」


「お、おう。」


おそらく司令もツグミも嫌な予感がしてきて引いている。

甘いな、そんなんじゃ兄さんとの付き合いは大変だぜ?


次の日。


「全世界に告げる!我は現代の魔王なり!日本は既にこの手に収めた!これより世界侵攻を開始する!」


世界中のテレビ放送とモールス信号でチカラを通して宣戦布告する兄さん師匠。な?ろくでもなくて楽しいだろ?

本人も何年かぶりに魔王を名乗れて楽しそうだ。

前々からだけど、なんだかんだ言っても兄さんって絶対魔王を楽しんでたよな。



…………



「さーてまずは………ほう、ロシアか!」



世界地図にダーツを投げて、当たったところを攻め込んでいく。

優秀な迎撃部隊がすぐさま出撃するが、1秒もたたずに兵器コレクションに加えていく。世界ごとに少し違うのが男心に云々らしい。

暫くすればその国の、日本で言うブラス隊に相当する部隊が出撃準備を始める。


「これは混ざった方がオレらしいよね。」


”チュウ”ニングに割り込んで、いろんな意味で女達を調律して返り討ちにした。


こうして国連加盟国をどんどん無力化して……その裏で暗躍する組織の財産をひたすら巻き上げていった。


「や、やりすぎではないか?」


3日で世界の大半を堕としたマスターにギンジロウはビビりながらお伺いをたてる。


「戦う力……兵器と金を奪えば少しは懲りるでしょう?本当はある程度人を減らして相手の手駒を裂きたいくらいですが。」


「それは許可できません!そう言う約束です!」


ツグミは契約書を取り出して抗議する。


「うんまぁ、しないけどさ。これはこれで効果はあるし。」


彼は無力化はするが支配はしない。一番面倒なところを放棄して自由にさせている。つまりただの迷惑野郎である。

物が減り人は減らないとなれば、需要と供給のバランスが崩れて混乱と共に綻びを生む。

世界中で運営がたちいかなくなれば、暗躍する組織もダメージを受ける。

その組織と世界中の国々は1週間でボロボロになった。


「ぐぬぬ、魔王め!ワシの計画を白紙に戻しおって!!」


とある国の地下施設。ご老人がわめいている。


「貴方にやられた人からすれば同じ心境なんじゃないですかね?」


そこにいつも通り適当な魔王登場。

自業自得だとしても100年200年のスパンで練られた計画が白紙になれば、そうもなろう。


「それで、なんでこんな事に?異世界に飛び立った彼女を、放っておけば何も問題はなかったのに。」


魔王は素朴ながら核心をつく疑問を投げ掛ける。

返答次第ではこの男どころかその一族は消えてなくなり、健全な社会運営が可能となるだろう。


「ひ孫をこの手に抱いてみたかったんじゃ!」


「…………普通に頼めば良いじゃないんですか?脅迫する要素がどこかにあります?」


「そうしたわい!じゃが指示が通る頃には脅迫になっておった!」


「強すぎる組織と言うのも問題なんですね。今回の事件は力を削ぐにも丁度良かったってことで、お互い恨みっこなしでどうです?」


「ワシに恨まない要素があるのか!?」

「オレ、ひ孫さんの父親なんですが。」

「無駄に腹立たしいだけじゃ!」

「なら仕方ないですね。イロミを使います。」


せめて安らかにと殺戮システムを起動する。

この手の御方は分かり合うと言うより利用・搾取しないと気がすまない。指示の行き違いもそれを見越した部下の配慮だ。

結局この場面でもひ孫に会わせてくれとは言ってこない。

自分のプライド優先なのだろう。


「はい、完了。しかし子供の小遣いにしては多すぎか。」


チリとなった彼ら一族の財産を検索してみると、それこそ国が買える程のお金や貴金属が見つかった。


「半分クリスに預けておけば良いか。さて報告して帰ろう。」


報告を受けたギンジロウは頭を抱え、迷惑料として渡された裏の社会のお金(半額)にツグミは裕福な結婚生活を夢見てよだれを垂らす。

クリスは莫大な財産の半分をどんぶり勘定で相続し、子供の将来の為にも家計簿をつけだした。

しかし桁が大きすぎて5秒で諦め、魔王邸の倉庫を拡張して置かせて貰っている。


(やっぱり兄さんは頼りになるよな。一生サービスしても返せないくらいだぞ?)


クリスは修行や演奏の練習に精を出し、ウキウキしながら今日も露天風呂に清めに向かうのだった。



…………



「新世界新名物シン・シイタケ!」


「美味しくて健康!肩凝り腰痛にも!」



はい皆さんこんにちは!わたくしコジマ・サクラは新棄民界たるアフターファイブのB級住人地区にある、椎茸神社に来ています!ノボリがいくつも立ってて巫女さんが売り込み、宮司の方々が調理や資材搬入などの裏方してます。


ここは棄民界の中でもあまり勢力的に強くない方々の地域で、お引っ越しの際に纏められちゃいました。

名目上は地域を管理する立場な神社ですが、ミスターやべえ奴ことトキタ・ケーイチ氏の顔を立てているだけで実際はただの左遷です。


「こんにちは!名物ってどんな由来があるのですか?」


取り敢えずシン・シイタケとやらの売り込みしている巫女さんに聞いてみた。


「神様が新たな高みへと目指された時、我々に授けてくれたのが椎茸だったのです!とても美味で美容にも健康にも良いと評判のシン・シイタケ、おひとついかがですか?」


そういってズズイと焼きシイタケを差し出してくる巫女さん。


「ごめんなさい!私悪魔信仰なものでこれは受け取れません!」


「何でここに来たの!?」


「引っ越したら信仰心失くしてミイラになった神様が、シイタケ生やして慎ましく信仰心を得ようとしていると聞きまして。ぶっちゃけ興味本位です。」


「ケンカ売ってんの!?」


地味なピンチの神社を観光名所に仕立てて乗りきろうと、必死に働く巫女さんや男性スタッフに睨まれる私。


「まあそれは置いておいて、神主さんを取材に来ました。」


「だったら最初からそう言いなさいよ!サイガさーん、OL風の美女がケーイチさんを訪ねてきたわ!」


あれ?何かニュアンスおかしくない?


「あんた、ウチの亭主とどんな関係?彼はもう不貞を働くつもりはないから、両足があるウチにさっさと帰りなさい?」


サイガさんは私を見た瞬間に喧嘩腰である。て言うか何度かマスターのイベントで見かけたハズですが。


「あんなやべぇ人の愛人になったつもりはありません。彼と上手くやっていけるのは奥さんくらいなものです。」


「そ、そう?あなた見所があるわね。ちなみにご結婚は?」


皮肉のつもりが喜ばれてしまった。承認欲求が満たされてないのだろうか。


「してません。マスターの愛人してます。」


「もっとやべぇ男じゃないの!!」


取り敢えず質問に答えたら、変な目で見られてしまった。

まぁ、分かりますけど。自業自得よね。


「それほどでも。ところで最近の旦那さんはどうです?千里眼の話までは小耳に挟みましたが。」


「真面目に働いてるわよ。地球のお仕事は出来なくなったけど、異世界ではクラッシャーだのデストロイヤーだの呼ばれるくらいには活躍しています。」


「やっぱり壊し屋なんですね。」


「そっちもだけど、このシイタケを格安で売り歩いてるので相場クラッシャーとか。」


おうふ、経済揺るがしてましたか。


「ゆくゆくは信仰心も増えて神様が復活する予定よ。」


「それは凄い!と言いたい所ですが、ここって何の神様なんです?話を聞けば闇鍋でしかないのですが。」


「貿易港と言ってほしいですね。いろんな神様の複合体なんです。神通力の維持のために時代が進むに連れて合体したそうですよ。」


ははぁ。昔は信心深い方が多かったけど~的な話ですか。

今じゃインターネットに神様いますしね。

でもなんか神様の複合体て聞いたことが……?


「……さしずめ神主さんは神に選ばれた勇者ですか。チカラを使うほど身体に不調が出たりしてません?」


何となく冗談でアニメの話を振ってみた。


「あんな300年以上も苦労を強いる神様じゃないわよ!」


「それを知ってるサイガさんに驚きです。て言うかあれは守ってくれてたのでは?」


「旦那が借りてきたのです。守るにしろ何にしろ、事態を好転させたのは人類の積み重ねです。」


その積み重ねた時間を確保したのこそ神様達だと……いけない。オタク談義しに来たわけじゃないわ。


「もっと、神様ならなんでもOKな人だと思ってました。」


「もちろんですよ?だからまだ巫女してますし、シイタケはありがたく生活費にしています。」


「信心深さの闇を見た気がします。」


結局人間はご利益優先、お金大好きと言うことか。


「ただいま帰ったぜ!お、サクラも来てたのか。なぁ、水星屋でウチのキノコを使わんか?」


「お疲れ様です。キノコは間に合ってます。悪魔系列の店に神シイタケなんて使えません!」


「そうだよなぁ。まあ地道にやるさ。やっとそれらしくなってきたところだ。」


「頑張ってください。それでは失礼します。」


「「もう良いの!?」」


当たり前である。やべぇ神主の側には居られない。

だって神様が菌の苗床に……菌そのものを生む細かさと言えば……。


【神殺し】


その事実が見えてしまったので、私は初対面の時と同じくスタコラと逃げ出すのだった。


コレを最後に私からは会いに行ったりはしていない。

シイタケのお陰か数年でそこそこのシェアを獲得したようだけど、とても口にしたいとは思わない。

トキタ・ケーイチはたまに水星屋本店の方には顔を出してるようで、やべぇ奴同士で近況報告や昔を懐かしんだりしている。

奇妙な因縁の彼らの関係は、ようやく落ち着いたようだ。


ハーン総合業務の仕事が満期になって退職しても、順調な稼業のお陰で家族共々幸せに暮らしたとかなんとか。



神様が復活したかどうかまでは私でも分からなかった。



…………



「おはようございます、お邪魔しまーす。」



はい、皆さんおはようございます!今私は魔王邸のお隣、女神邸に侵入してます。こそこそと小声で挨拶し、ここの主の寝室を目指しております。取材するにあたってマスターに寝起きどっきり楽しそうだよねって聞いたら、即OKでたので次の"朝時間"に早速来ました!


縁結びの神であるトモミさんは、怪しいキノコ等に頼ることなく持ち前の美貌と性格とチカラの信憑性からアフターファイブの中でも人気の神様だ。彼女の寝起き姿は更に人気を高めてチカラを増すでしょう。


さて、可愛らしい小物が並ぶリビングや幻想的な電灯の廊下を抜けて、いよいよ寝室の扉が開かれます!

ふひひ、彼のお気に入りの女神様はどんな寝顔を……。


ガチャ!


「ふやあああああああ!」


「ふふふ。神様といえど弱いところは同じなのですね。」


ガチャ!


えっと……寝起きどころか徹夜の真っ最中だったようです。

クオンちゃんがトモミさんを好き勝手していた光景が背徳的過ぎて衝撃が抑えきれませんでした。


マスターの子供たちは将来の自立を目指すべく活動開始したのは知ってました。

クオンちゃんは神に仕える巫女を選び、トモミさんの下へ修行へ出ていたのも知ってたけど……。

女体に興味津々な彼女のことです。マスターばりのセクハラっぷりに2人とも満足そうでした。


「みたわね……?」


ビクン!いいえ、事実はばっちり確認しましたがよくは見てません。

トモミさん自身は動けないようで、ホログラフの彼女がテレパシーで私を冷えさせる。

これじゃ私がドッキリを仕掛けられたみたいじゃないですか!


「まあいいわ。入りなさい。」

「結構です。犯罪の片棒を担ぎたくありません。」

「ち、ちがうから!」

「何も違わないと思います。相手は未成年ですよ?」


例え襲われた側だとしても、襲った側が魔王邸で何十年も子供してたとしても。


「そこまで解ってるなら普通に入って取材を進めてよ!」

「でもその、匂いとか。」

「もう消したわよ!」


彼女も時間操作が出来るんでしたね。それは素直に羨ましい。

話が進まないので部屋に入ると、クオンちゃんがメイド服でお出迎え。


「サクラさんいらっしゃい。ウチの主が恥ずかしい所を見せてしまいましたね。」


「見せつけたのはあなたでしょ!?」


「その話はいいから、掘り下げても誰も得しない。それより最近はどうです?」


こんな所に引きこもっている割に、人々の彼女への信仰心は厚い。どんなカラクリなんだろうと来てみた訳ですが……。


「チャンネル登録者数も投げ銭もがっぽりです。やはり容姿と性格がウケるのでしょう。お父さんみたいな人には。」


地味にパパ呼びからお父さんに変化しているクオンちゃん。そんな部分に逃避するくらいビックリする私。


「ユーCHUバーになったのですか!?」


「ま、まあね!今のご時世やはり人との繋がりはネットが大きいの。〇〇ちゃんに地球と繋げてもらって配信してるわ。評判の方は……ちょっと怖いくらい。」


彼女のPCを見せてもらうと登録2850万人を超えている。

チャンネル名はえんむすチャンネル。トモミ神と教祖クオンというユーザー名。

クオンちゃんも動画にビシバシ出ているようだ。けど別にクオンちゃんは教祖ではないよね。


「明言はしてないけど魔王してた事はバレてるっぽくて。」


「いつも世界中にラブラブコメントしてたものね。仕方ないわ。」


「はぁ。それでオタク達をたぶらかして金を集めていると。」


「嫌な言い方ね。これで借金は返し終わったのだから良いんです!」


「それはおめでとうございます。でもそれだと彼と距離が空いてしまうのでは?」


「そんなことないもん!この前誕生日に格好いい十字架もらったもん!」


「そのチョイスはどうかと思いますが。」


「サクラさん、実はその十字架特別製でして。」


一応和風神にメイド姿の巫女がついてアクセサリに十字架ってどうなの?とか思ってたらクオンちゃんが認識を正しにかかる。


「そうなの?」

「実物を見れば認識できますよね?こちらへどうぞ。」

「そうだよ!凄いんだから!」


小学生張りにむくれたトモミさんと冷静なクオンちゃんに案内されたのは訓練場。魔王邸と同じく空間をいじった広い部屋である。こんなところも真似してるんですね。


「見てなさい!サダメ・クロス!」


胸の小さいクロスにチカラを通すと巨大化して両腕で小脇に抱えるトモミ。脇にはヒートペッパー&ソートルフと銘がある。

あれ?この持ち方はマスターの漫画で……?


ドガガガガガガガガ!バシュン!シュゴオオオオオ!!ドッゴオオオオオオン!


十字架のマシンガンやグレネードランチャー、ロケット弾機能を使って訓練場は爆炎に包まれる。

やっぱり、あの漫画のパクリじゃないの!!

ていうか事実確認したら色んな国際条約に抵触する兵器がわんさかよ、コレ!?


「凄いでしょ!?オフ会とか怖いから持っておけって言われて……もう彼ったら!」


ブンブンと凶器を振り回しながら赤くなりクネクネしている彼女。


「サクラさんなら分かるでしょ?こんな感じだからたまに正気に戻さないといけないの。」


巫女さんは肩をすくめてため息だ。

専用武器のプレゼントはキリコちゃんとか喜びそうだなぁ。


「最初に見たときからやべぇ人だと思ってましたが……タガが外れるとここまでなるんですね。」


「本人曰くHAPPYEND!!!!らしいから良いんだそうです。」


「確かに頭はハッピーでしょうけども。」


「なんとでも言うが良いわ!私は夢と幸せを届ける縁結びの神なんだから!」


「「……そうですか。」」


ポーズ決める彼女を空虚な目で見てると、ふと何かを思い出すトモミ。


「そうそう!近い内に巫女見習いが増えるから、クオンちゃんは先輩として色々教えてあげてね!」


「え?良いですけどいつーー」


「おはようございます!これから娘がお世話になります!」


「おはようございます!本日より巫女の修行をするアケミです。よろしくお願いします!」


そこにはまだ少女なアケミが、ハルカに連れられて来訪していた。


「近い内過ぎるでしょ……」


「あはははは。」


元第三魔王は自由な生き方へシフトし、楽しく過ごしているようだった。

と言うかアケミの転生体?そういう策ですか、トモミさん!?


「ばれちゃいました?」


可愛く舌を出す永遠のハタチ。

友達と一緒にこちらに伺う権利と、水星屋二号店に遊びに来る義務を交換しましょう。


「そんな友達の契約みたいな真似しなくても、ほら。」


prrrrrr!と私の携帯が勝手に鳴ったり震えたり。


「これで私達は友達。いつでも来てね。」

「その時はもっと凄いの見せてあげる。」

「クオンちゃん、ちょっと!?」


「あはは……さすがは縁結びの神様です。また来ますね。」


常識外と番号を交換した私は、早速キリコちゃん達に自慢しに帰りましたとさ。



…………



「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!」



予約の時間通りに懐かしの本店に顔を出すと、セツナちゃんが笑顔で迎えてくれる。


「食券をお預かりします、こちらの席へどーぞ!」


早い時間なのに既に満席だったが、席を拡充して案内される。


「はい、お待ち!」


そして座ると同時に梅チューハイとサラダが目の前に出される。さすがに幼少より働いているだけあって手慣れたものね。


「店長を任されるだけはあるよ。マスターそっくりだ。」


「本当ですか!?えへへ。こちらワラビもどうぞ!」


私のエリアに笑顔と小鉢がひとつ増えた。これで追加のお酒は確定。ふふふ、良い商売をしているわ。


「はい、あーん!……お返しもお願いしますわ。」


(雛鳥にエサやりしている気分だが……逃げ切れんか?)


近くの席ではトウジさんとその彼女さんがいちゃついている。

彼の方は女の子がキズつかないように気を遣っていたみたいだけど、新世界の環境や法の援護を受けてずいぶんと詰め寄られていた。彼女から渡されたであろう書類、色んな垣根を飛び越えた恋愛の許可証シリーズがトウジさんの鞄から覗いている。


「ララ、今宵は酔いすぎぬ内に帰るぞ。」

「ご無体ですわ。逃がしません!」

「勘違いするな。酔わぬ内にオレの部屋で今後の話をーー」

「だい好きですわーー!!」


「「「おおおおおお!」」」


「おめでとう、ララちゃん。若い衝撃出しておくね。」

「ありがとう!」


「トウジさんもついに、だね。おめでとう。」

「思う所はあるが……亡き妻への義理は果たしたと思う。」


どちらかと言うとトウジさんが先立ってますが……。

それはそうとセツナちゃん、私を証人に仕立てたわね?


「あはは、バレました?親友の頼みでしたし。」


「ありがと、セっちゃん!」


「トウジさん、ヨシオさんとキサキさんにも伝えておきますね!」


くるりと向き直って天使のような悪魔の笑顔。


「む、むぅ……それは少し後でに負からんか?」


「ウチは明朗会計ですから!」


店長の一声に大笑いの店内。だがここでトウジも反撃に出る。


「そういうセっちゃんこそどうなのだ?マスター云々と最近は騒がなくなったではないか。他に好きな男でも出来たのではないのか?」


ふむふむ、思春期を経てついに彼女にも春が!?

同じように考えた客達は若き店長の答えに注目している。


「もう私は"大人"なんだから、ハシタなく表にヒケラカシたりはしないわ。でもララちゃん、今夜何されたかは後で教えてね?」


「セっちゃんたら、欲張りさんだよー。」


「そうです、店長ですから!さぁ皆さん祝杯の用意はできてますよ!ばんばん飲んでいってくださいね!」


「「「わはははははは!!」」」


赤くなり素の話し方になるララちゃん。このお目出度い状況の盛上りに抜け目なくお酒を提供する店長。もちろんその祝福は2人に注がれていく。


あの日初めて会ったあの赤ちゃんが、今や多くのお客さんを手玉にとる店長か。感慨深いわね。

私は嬉しくなって追加注文をするのであった。



…………



「お邪魔しまーす。うわ!?」


水星屋の店員出入口から魔王邸の廊下に出て、左手に倉庫からリビング。右手は夫婦・子供達の寝室に繋がっている。そこを発光する人影が横切り、思わず飛び退いてしまう私。


「あ、ごめんなさい!!お怪我はありませんか!?」


人影は発光を抑えて銀髪魔法少女になると、私に手を差し出してきた。


「大丈夫よ。あなた、営業対決の時の?」

「はい、ミシロと言います。お騒がせしました!」


彼女は寝室方面に歩いていき、私はリビングに出てから高級ホテルまで歩いていく。


「「「…………」」」


ロビーのソファーには女性達が力なく俯き座り、中には嗚咽を漏らす者もいた。日本人や外国人、年下や同年代に人間と人外とバリエーションの広い女性達。

私の姿を確認した何人かは、貴女もなのねと同情の眼差しを向けてくる。


いやうん、気まずいったらないわね。


「サクラさんこっちでーす!」

「はーい!おっと。」


カナさんに呼ばれて会議室に入ろうとすると、本日最後の面接客が泣きながら走って出ていった。つまり私は他の客とは別件なのだ。


「こんばんは、よく来てくれたサクラ。」


「こんばんは、マスター。ロビーが地獄になってるわ。私まで同じ目で見られたのだけど?」


「そうか、ルクスを向かわせよう。」


そういう話じゃないのだけど……全く、振るなら振るでちゃんとしなさいよね!


「む、むう。補償は手厚くしてるのだけど。」


「貴方に直接要らないと言われたら彼女達も……あぁ、どうしようもないわね。」


「そうなのだ。オレとしては善意からの話のはずなのだが……」


ここのところマスターは女性関係をビックリするくらいに精算を進めていた。理由はこの先大規模な契約の更新を見据えてのもので、あまり大人数を巻き込まない為である。


はっきり言ってここで縁を切るなら、それはそれで平和に終われる良いタイミングなのだ。この先は補償など何も無い可能性も高いのだから。

それでもそれを理解できる者は少ないし、理解できたとしても失恋の辛さはたまったものではないだろう。


「しつれーします!新しいリストと、報告書です!」

「おかえり、ミシロ。ありがとう、コレはご褒美だ。」

「やりましたわ!お父様、ありがたく頂きます!」


先程すれ違ったミシロちゃんがお仕事の書類を渡すと、頭ナデナデとお菓子の袋とお給金を貰ってハッピーになって出ていった。


「……参ったね。また振らなくちゃいけない女性が増えたよ。」


マスターはリストを見ながら悩ましげである。


「そのやり方、便利だけど卑怯よね。振られる側としては。」

「君は対象にならないから、不穏な事は言わないでくれ。」


私はここまでのやり取りから事実を読み取り、彼らのやり口について軽く煽ってみると疲れた声が帰ってきた。


「サクラさん、コレも大事な代償回避のお仕事なのですよ?」

「分かってるけどさ。」


カナさんにも諭され、これ以上追求することは諦める。

どう言うことかというと、とある契約更新時期にミシロちゃんを飛ばして問題を起こす人を確認してきているのだ。


「つまり事前に不穏分子の芽を摘み取る。うん、サクラは年々鋭くなっていくね。」


「ミシロちゃんを隠して育てたのもこの為?」


「むしろこうならない為だったのだけど、みんなの平和には変えられないしな。」


正確には他人にこうされない為、か。自分で利用してちゃ世話無いけど……タイムトラベラーの娘は持ったこと無いからとやかくは言わない。


「それで私はどうすれば良いの?」


「君は記録係だ。寝室へ向かうぞ。」


ははーん。私のチカラて嘘がない分、記録保存にはもってこいですものね。イベントの出席者名簿の清書とかも頼まれたことあるし、それ系ね。


「……あなた、手を。」


「○○○、しっかり!ここに居るぞ!」


寝室に行くと思いの外シリアスな雰囲気で私は言葉を失った。

彼の奥さんがベッドに臥せっており、その命は風前の灯のように見えた。


彼が手を握ることで気持ちや体温がじんわりと伝わり、奥さんの表情が安らいでいく。

カナさんは静かに2人の側に仕え、目を伏せ涙を抑えている。


あかん!何の心の準備もせずにどえらいタイミングで立ち会いの仕事を受けてしまったわ!奥さんの細い手が若干震えてるしこれは……心が追い付かないのですけど!?


「私はただただ幸せだった。あなたが私を宇宙一の幸せな女にしてくれた。」


他の人の評価など関係なく、不幸な身の上から史上最高の夫婦生活・家族生活を過ごせた事への感謝を伝える。


奥さんはまだまだ身体の若さが保たれているが、それでも死に瀕している。


だがそれは無理もないのかもしれない。

劣悪な環境での幼少時代。勢力争いに巻き込まれての誘拐や、伝説級の呪いに蝕まれていたこともあった。


魔王邸では1日の時間が延びに延びて、異世界出張ともなればマスターと50年過ごしてきたこともあった。

心を繋げ主観時間をほぼほぼ一緒に過ごした彼女は、今や400年は結婚生活を謳歌した計算になる。


ただの人間である彼女がそんなことをすれば、魂の疲弊がとんでもないことになっているだろう。


「オレの方こそ○○○のお陰でこの世に生きる意味を貰えた。オレを認めてくれたお陰で子供も残せた。愛しているよ。」


「私もあなたを愛しています。……でもこれからは、あの寂しがり屋の当主様をちゃんと愛してあげてね。」


「「お母さん!!」」

「お母様!!」


その時3姉妹が駆けつけ、母親の身体にすがり付きながら最後の会話を始める。


「セツナ、お父さんの事をよろしくね?」


「うん、ずっと宇宙一のお父さんでいてもらう!」


「クオン、これからもお役目しっかりね?」


「はい、巡ってお父さんの為にも!」


「ミ、マユリ。あなたには救われたわ。ありがとう。」


「こ、これからもみんなの平和のために……」


「愛してるわ、可愛い娘達。」


「私も!大好きなの!だからまだ……うう!」

「愛してます!もっと側にいたいです!」

「お母様、私達は幸せ者で……愛してます。」


3人が涙を流してお別れを告げると、満足したのかカナに語りかける。


「カナさん、いえ○○○。ここまでありがとう。間違いなく貴女のお陰で幸福度が増したわ。願わくばこれからも……」


「私は旦那様に仕える喜び以上の幸せは要りません。ご安心くださいませ。」


「そう、なら安心ね。あなた?また縁があったら……捕まえてくださいね。」


「あぁ、必ずな。絶対に見つけ出して見せる。」


「そろそろ休むわ。こんな眠りも、悪くは……ないわね。」


静かに目を閉じて永い眠りにつく○○○さん。

マスターを始め、涙を流して泣きに泣いた。

ミシロちゃんの事をマユリと呼んだり私に声をかけてくれなかった等の違和感はあれど、それどころじゃなく気持ちがつぶれそうになっていた。


【一週間後。】


「いつまでそうしてる気!?彼女は天寿を全うしたのよ!?ならば次は私のもとへとーー」


「はい!?何を言ってるの当主様!?」


突然「一週間後。」と書かれたプラカードを掲げながら乱入してきた彼女に思わず突っ込んだ私。


「はいカット!OK、リハーサル終了!」


「「「お疲れ様です!」」」


はい!?奥さんがムクリと起き上がり、子供達が目薬片手に伸びをしている。


「それじゃ検証にはいるよ。サクラ、少しさっきの映像出させてくれな?」


彼は私の胸を揉みながら虚空に映像を引っ張り出す。

いやそこは頭に手をのせるんで良いじゃない!じゃなくて!


「何のつもりですか、この詐欺師!」


「記録係と言っただろう?もしかして本気にしてたのか?」


当たり前じゃないの!あんな迫真の演技あります!?


「私は途中で笑いそうになって震えちゃったし、ミシロの名前の件とか分かりやすかったと思うのだけど。」


「こことかね~、ちょっと照れて愛してるって言いそびれちゃった。」


「練習で良かったわね、姉さん。」


「私は言葉遣いである程度変えられますが、セリフのバリエーションも大事な要素ですね。」


なんかもう普通に反省会に移ってるんですけど?

本気に見えたんだけどなぁ。


「サクラさん、私が老いや時間経過で弱り始めているのは確かよ。だからこそ、みんなが協力して終活してるんです。」


終活ですか。まあ大事なのはわかりますよ。でも当主様を落ちに使うのはどうなんでしょう。


「本番では私の魂を閻魔様に届けてから、1週間泣く設定よ。」

「1週間で足りるとは思えないけど……」

「1週間ももつか!次の日には婚姻届を突きつけるし!」


「実は要人の健康体は予備として作ってあるから、その気になれば無限にーー」


「それでは私の番が来ないではないか!」


マスターの一挙手一投足にがるるると噛みつく当主様はお可愛い。


「あなた、それは次の私を捕まえてからにして下さい。」


「あぁ、でないと魂の方がもたないからな。」


「でも試運転は必要よね?お盆とお彼岸で使いましょう。」


「その手があったな!」


いやはや、いつ来ても非常識な家よね。一生退屈しないわ。


この世界に来てから早ン年。年号は一応あるけどマスター絡みの案件がそこかしこにあるから年齢と同じくあまりアテにはならない。


とても曖昧な、それでも確かに存在している新棄民世界アフターファイブ。


非常識な事実が見えて苦しんでいた私が、非常識を楽しんで暮らせる世界。

コジマ通信社オカルト記者として、水星屋二号店の副店長として……あの人の愛人として子供達を育てながらこれからも生きていく。

トモミさん風に言えばこれが私のHAPPYEND!!!!かな。



「んんぅぅぅ、大分まとめたけどまだ取材すらしてないところもあるなぁ。」


「もっちゃんお疲れ様!頑張ってるわね。」


リビングでノートパソコンから目を離して伸びをすると、キリコちゃんがミルクティーを入れてくれた。

水星屋二号店のお仕事の合間にしか取材が出来ないので、中々記事の執筆が進まない。


「ありがとう。アオバちゃんもモモカ達の面倒見てくれて助かるわ。」


ミルクティーを受け取ってアオバちゃんにもお礼を言う。


「良いのよ、サクラさんには他でお世話になってるし。それにこの世界では貴重なメディアですしね。」


「何故か地球のインターネットは繋がってるけどね。更新はメチャクチャ不定期だけど。」


「これが繋がっている内は向こうもまだ存在している証拠よね。」


「それで、どこの取材がまだなの?」


「クマリちゃんとシーズよ。会いには行くけど色々あって纏めきれてないわ。」


あの閻魔様の管轄に入ってはいるけどあの世も無理ね。


「クマリさんの所は私が纏めておいたわ。箇条書きだけど。」


「ホント!?助かるわ!」


早速ファイルを受け取ると、中身を確認する。アオバちゃんは痒いところに手が届く、良い女よね。……クマリちゃんの中にある魔王杖が気になってたみたいだけど。


・NTの経営者交代により謎の孤児院出向が見直し。会議により経営権を奪う事に。世間様の目を意識だね!


・圧力をかけて1ヶ月以内にウン億払えと通達。1日1年間経過させて半月で全員卒院、孤児院は廃業!イカれてるわ。


・現在は保育園としてこのアフターファイブ世界の幼児達の面倒を見ている。某黒い人のせいで片親状態の子は無料!当然よね。


・NTから来ていた職員は半数がNTを出奔して勤務継続。やめた人は記憶が曖昧になった。


・保育園は実質タカハシ家の経営となり、好き勝手に作られた発明品で子供心をわしづかみにするスタイルは人気が高い。


・たまたま1人遊び中に魔王杖を呼び出され、ぬるぬるな柄がマスターの手をすっぽぬけた。お仕置きと称して頻度が上がり……応用できないかな?


「良い情報だわ!早速考えましょう!」


「もっちゃん落ち着いて。シーズについてはなにか聞いた?私聞きに行ったけど極秘なんだって。」


「キリコさんも?私の嗅覚的には楽しいことをしてそうなんだけど。」


「多分今度のお祭りじゃない?」


「かもねー。私達も本店と並んで参加するし楽しみだよね!」


「今度こそ負けないように頑張りましょう!」


「「おおー!」」


こうして夜は更けていき、また新しい記事が増えていく。

コジマ通信社もお祭りで特集出すから反応が楽しみね。



…………



「みんな!良く集まってくれました!これより新世界アフターファイブ10周年感謝祭の開幕だあああ!」


「「「うわあああああああああ!!」」」


パチパチパチパチパチパチパチパチ!!



広大なA級市民広場にてマスターの合図と共に花火が上がり、歓声と拍手で歓迎する住人たち。

10周年とは言うがやはり皆の主観時間はマチマチで、素直に10年過ごした者は半数居るかどうか。大抵はその倍以上、何十倍も過ごした者も居る。

そんな彼らに心のウルオイを与えようと企画されたのがこの感謝祭だ。

なので全エリアに立体映像で配信され、各エリアで露店や催し物が開かれいる。各所に移動用の空間の穴が設置されて自由に移動でき、お値段もタダ同然にして全員が楽しめるお祭りを目指していた。3日間の開催予定だが、そこはマスター絡み。2日目に殆ど人の入っていない絶景スポットにホテルを置いて、1週間も同窓会を予定しているくらいなのでお察しだろう。

ともかくお祭りの初日が開幕である。


「水星屋本店と二号店のバトル開催です!ぜひ投票してくださいね!」


世界的な有名店同士の対決に人々が集まったかと思えば。


「神パワーの千変万化マジックショー!見なきゃ損だぜ!」

「シン・シイタケ食べ放題もありますよ!」


寂れたとはおもえないくらいの神社勢が攻勢をかける。


「意中の人とランダムで仲良くなれるエンムスビームはいかがですか?」

「夢でシミュレーション出来るハッピーorナイトメアもありますよ!」

「腰痛に利くバンソウコウと動くオヤコドンも試してください!」


ケーイチの向かいではトモミが若い巫女さん達が声を張り上げていて。


「なんの!各時代の夜の手ほどき書はどうじゃ!?」

「感度バッチリ分かる人体模型もありまーす!」

「真・究極美容液のお披露目でえっす!」


その隣ではキサキと巫女さん達が怪しげなのぼりと商品を並べていた。


「誰それ。」

「違うんだ!これは人工呼吸とエンジンの実演を!」

「この泥棒猫!」


「「「ラララ~ララララララー」」」


少し離れた特設ステージでは保育園の園児達が劇や歌を披露して。


「「「うおお、すげええええ!!」」」


「わはは、やはり兵器より遊具の方が楽しいな!」

「私の計算だとあと24分以内にメンテしないと爆発よ?」


その隣では昔のキャラ物大型トランポリンのような宇宙遊泳施設が設置され、参加者達がひしめき合っていた。

他にも山のハチミツを使ったスイーツをクマ夫婦が紹介してたり、焼き鳥屋とかき氷の共同店など個性的な屋台がそこら中に開かれていた。


各々が各地で楽しむ中で、ついにあのグループが動き出す。


「みんなー!お待たせー!シオンでーっす!」

「楽しんでるかしら?浄化のリーア、降臨よ!」

「みんなのアイドル、ユズちゃんが来てあげたわよ!」


昼間なのに暗転した野外ステージに声が響きーー


「「「電脳メイドアイドル、シーズです!!」」」


ばーん!とポーズを決めてスポットライトと紙吹雪のなかで、シーズが登場した。


「「「おおおおおおおおっ!!」」」


♪~~♪~


そのままイントロが流れ、その世界中を舞台にライヴが始まった。最初の曲目はデビュー曲である有罪(ギルティ)マーメイド。


「「「うひゃひゃほおおおおお!!」」」


いつもの視覚聴覚ジャックライヴだが、本当に全住人に聞かせている。他に意識が向いている者には勝手に意識にパーテーションを切っての強制試聴だ。

今回はタンネとスワちゃんの協力を得て、とんでもない制御と出力を可能にした。


「応援ありがとう!ガンバって歌うからね!」

「疲れた心をどんどん浄化してあげるわ!」

「お祭り始まったばかり!一杯食べて楽しんでね!」


♪~~♪~~


「2人は何を食べる予定?」

「水星屋本店のラーメンは外せないわ!」

「二号店のも良いわよ?」

「あはは、ダイマじゃん!みんなのおすすめも教えてね?」


曲の合間にトークを挟みながら、新曲も含めて延々と歌うシーズ。


「ここからは私も参加する!ゴージャスな演奏でハートを撃ち抜くぜ!!」


♪~~♪~~♪~~


そのうちクリスが参戦して、観客の……特に男性達の心を鷲掴みする。演奏が始まればその重低音の響きと本人の可愛さから、女性達もお腹からメロメロにされた。


「「「ーーーーーー!!!!?!?」」」


観客達の歓声が言葉にならないものになっていく。

目が血走り普通ではないボルテージで盛り上がり、それは世界中に広がっていく。


「楽しんでくれて嬉しいわ!」

「毎日開催するから、綺麗に浄化してあげる♪」

「魅惑のステップで全員月まで飛んでいくよ!」

「安心しな!飛んでも私が射落とすからな!」


手応えを感じたシーズとクリスは、更なる盛り上げを煽って歌い続けた。


こんな調子で感謝祭は進み、3日間(さんかげつ)のプログラムを終えた頃には全員の心が燃え尽きていた。



「…………ふーん。楽しそうなことをやってたんだなぁ。私も参加できるならしたかったわぁ。」


死神さんがキコキコとオールを漕ぐ振りをしながら恨めしそうに上客すぎる乗客に応えた。

ここは三途の川。死者とその運賃をあの世へお届けするのに渡る川である。なぜ漕ぐ振りかと言えば、最近予算が増えて自動化しているからだ。一応体裁と言うものもあるのでポーズだけはとっている。


「いえ、死神さんは参加しなくて正解です。」

「うん、あれはゲームで言うリセットボタンだからね。」


「相変わらず不穏な夫婦だね。なんだいそれは?」


乗客2人に怪訝な表情を向けると素直に答えてくれる。


「長年生きると飽きが来て、刺激を求めて欲が出るわ。」

「だから真っ白に燃え尽きさせて、やり直すんだ。」


「つまりそれが新世界の需要と供給を低めに維持するシステムってことかい?」


「いくらスワちゃんが無限を冠するとはいえ、あの星のスペース自体は有限ですもの。」


「そりゃそうだが、また非人道的な世界じゃないか。」


「地球だって陰謀や戦争で調整してるじゃない。それにこれ考えたのはオレじゃなくてマリーだし?」


「あなたがアニメを紹介する時に言った、“記憶を消してもう一度楽しみたい作品”って言葉がヒントになったのよね。」


「なんだ、原因はやっぱりマスターじゃないか。」


「…………」


マスターは沈黙して周囲のゴウゴウという音だけが響く。

実はかなりの騒音なのだが、念話混じりの会話なため普通に話は通じている。


「しかしあれだね。もっと永く楽しむものかと思ったけど……早かったね。」


「これでも主観で1000年生きましたから。節目としては美味しくて良いんじゃないかと。あのドレッシングも美味しいですし?」


「たまに良く分からんよな。悔いがないなら良いけども。」


「そこが妻の宇宙一の由縁だね。」


「変な夫婦だなぁまったく。……たまにお世話になったし文句はないけども。」


死神さんも閻魔様に便乗して楽しむことがあった。

ふと、そんな火遊びももう終わりかと遠い目をすると思い出したくもない事を思い出してしまう。


それは最初から聞こえている轟音、その原因。


圧倒的な数の軍用艦が三途の川を埋め付くし、その中にはお手伝いの死神さんと金銀財宝・異世界の道具と権利書が山積みされていた。

船も含めて夫婦のモノである。


「現実ってどこまでも追いかけて来るんだよな。」

「一途でいじらしいじゃない。あなたみたい。」


少しずつ現実に追い付かれる死神さんをみながらマスター達が適当なことを言っている。


「全員に襲い掛かるから、とんだ浮気者だ。」

「ふふふ、やっぱりあなたみたい。」

「オレは君だけだよ。」

「知ってるわ。巡りめぐって私達の為だったもの。」

「○○○……」

「あなた……」


見つめ合いイチャイチャし始める夫婦達に死神さんが口を開いた。


「あのさぁ、なんでこうなったんだ!?」


死神さんがついに現実に向き合い、マスター夫婦に分かりきった問いかけをする。


「妻が亡くなり、魂が一部同化したオレも引っ張られたんだよね。」


「そりゃあ、あれだけ運命共同体してればな!?」


「川を渡る前に過大な評価を頂いて、運賃が大変なことになりましたわね。」


「タイヘン?そんな一言で済ませられるかこれ!?」


ドッゴオオオン!!


死神さんが叫ぶなかで、砲撃音が聞こえてくる。あちらの死神さんが面白がってぶっぱなしているようだ。


死者は三途のほとりにて死神さんに運賃を払うが、その額は人生の評価によって変わるとか。

普通は6文銭だが稼ぎまくりで10世紀生きた彼らは、バカみたいな財産が三途のほとりに出現した。


「最初ついにあんたらが攻めてきたのかと、緊急会議が開かれたんだぞ!?」


「そんな大袈裟な。」

「大袈裟よね。」


「大袈裟なもんか!私らはあと2往復せにゃならんのだが!?て言うかなんでマスターは和んでるんだよ、死んじまったんだぞ!?」


「元々妻と一緒に閻魔様のところへ行くつもりでしたし?」

「子供達ももう、自分の人生を歩んでますし?」


セツナは店と魔王杖を継ぎ、クオンは縁結びの神の巫女となった。ミシロは時代を飛び越えた正義の味方をしていて、ルクスの邪神時代を参考にシステムを組んで飛び回っている。


細かい愛人のアレコレを除けば、特に不満もないマスター。

妻と一緒なら、と納得どころか喜んでいるフシもある。

その証拠に今もまたすぐにイチャイチャし始めている。


「究極の浮気者は究極の愛妻家ってかい?死神稼業やってて、こんな客は初めてだよ。」


驚き怒り悲しみ呆れ、からの諦め。彼らの死でモヤモヤしていた死神さんは感情が不安定だ。

現世の者達はお葬式で区切りを付けるが、本人を運ぶ彼女はそうすることも出来ない。


(あーあ。私ってば思ってたより彼を気に入ってたみたいだ。寂しくなるなぁ……)


「光栄ですね。」

「布団の中では可愛かったわよね。」


「心読んだ感想と回想は喋らないで貰えないか!?」


顔を赤くして抗議する彼女は船の上でも可愛かった。


「でもさ、本当に良かったのか?死んだのは1部だけなんだろ?まだ戻れるんじゃないか?」


「オレにとっての1番は○○○だし……それに考えていたこともある。」


散々やらかして幸せを貪り満喫してきたマスター。

相互利益と同意有っての協力者も増えたが、人類にとっては天敵以外の何者でもない。協力者に関しても本当に望む幸せはあげられない。契約の時期や期間はまばらでも、百年単位で悲恋のヒロイン達を捕まえ続けた。

つまり自分が居なければ彼女達は自由となって、望む幸せが手に入るのではないか?


「ふーん、確かにマスターにハマった女は行き遅れてるけどな。」


「うちの旦那は宇宙一ですし、気持ちは分かりますけどね。」


隙有らば夫を立てる妻。


「当主様との契約(ケッコン)に向けて精算を進めてたけど、どうしても精算できない者も多い。オレがいなくなればそういう者も含めて、みんなが幸せになるのでは?って思えてね。」


マスターに近しいものもそうでない者も、考えようによっては幸福を得られる。

そう考えた上でのんびり船に揺られているようだ。


「あー、一理有るか。ま、何にしろ自然の摂理が1番だしな。」


死神さんはぴっとりくっついていちゃついている夫婦から目を離して異様な三途の川の光景を見ていた。こっちの方がレアな光景だと気づいたらしい。

それぞれの思いをのせて尚、三途の川は変わらずどこかへ流れて行く。

死神さんは悲しみを船に乗せないように滴をぬぐって川へと払った。



…………



「この、馬鹿者がああああああ!!」


死神さんに送られてきたマスター夫妻が、閻魔様に怒鳴られている。

ここはいつもの裁判ルームではなく、防音完備の応接室。VIPルームである。


「いやあまさかメグミとユウヤより先に怒られる羽目になるとはね。」

「どうあがいても私たちのほうが長生きですけどね。」


「何を暢気している!別れを済ましたらさっさとマスターは帰れ!」


「何を言ってるんですか。オレは妻と一緒にいますよ?」

「ここまで来てそれはないんじゃないですか?」


「それもこれもあるか!お前が最後まで心を手放さなかった所為でどれだけの影響が出ていると思っている!?」


閻魔様が鏡をケーブルで繋いでテレビ出力すると、契約していた方々が慌てふためく様子が映し出された。


「それ、意外と近代的なんですね。」


「そうじゃない!見ろ、あらゆる神がお前を連れ戻そうと戦闘準備しておるわ!」


『よいか!旦那様を取り戻す為ならあの世を焦土と化しても構わぬ!』

『それで彼を神にしてしまえば寿命もトラブルのお咎めも問題なしですわね!』

『うむ!手続きは進めておる!存分に破壊せよ!』


クロシャータとビゲン会とその親などの関係者が集まりいきり立ってしまっている。


『ヒトの男を独り占めするとか、ちょっと閻魔様にオシオキしなくちゃ!』

『今宵の霊糸のキレはよし。愛しの弟子を師匠が救わねば誰がやろうか!』

『再び邪神のチカラを使う刻が来たようです!あちらの地獄でさらに吸い上げて……』


トモミやキサキも武器の手入れをしている。ルクスは全身から黒いアレが吹きこぼれていた。

このままではあの世の神々と天界・新世界の神々の戦いは免れないだろう。


「おかしいな?オレが死ねば大抵は喜ばしい結果になるはずなのに。」

「幸せをたくさん吸い上げ……頂いてましたからね。」


「お前が居ることで彼女たちも幸せだったのだ!過小評価しすぎなんだお前らは!」


普段相手を宇宙一と称えながらも自分を低く見積もっていたことを叱責する閻魔様。

そもそも愛人だって一般家庭の夫婦より幸せにさせると公言していた彼ら。いなくなれば自由を手にしても普通の幸せでは満足できない心に仕上げられていた。


「うーん。とはいえ妻にも気を持たせてしまった。このまま帰るのも……」

「せめて一緒の実感は欲しいわ。」


繋いだ心を離せば帰れるが、互いに依存しまくりな彼らはそこの覚悟をしていなかった。


「ならん!さっさと帰るがよい!このままでは無駄にこの地が焦土と化して結局一緒にはおれんのだぞ!」


「むう、仕方ないか。〇〇〇?」

「はい、あなた。ここでお別れですね。」

「……ごめんな。ずっと一緒だと結婚式で誓ったのに。」

「元より死後はレアちゃんにお任せする手はずでしたから。」

「今まで本当にありがとう。オレは宇宙一の幸せ者だよ。」

「本日まで私を妻に置いてくださり感謝しかありません。」


「「…………」」


最後はキスをして、お互いの絡み合った心をほどいていく2人。

それでも精いっぱいの気持ちを込めて、『『愛している』』とテレパシーを送りあった。


「こほん、それではここまでだ。盆や彼岸には優遇するから早く帰りたまえ。」


ちょっと気まずそうに閻魔様が伝え、離れる2人。

全てを込めた視線。

それを切ってマスターが掻き消えた時、〇〇〇は普通の霊魂となる。

彼女の泣き声は誰にも聞かせることなく、ただ彼女の想いとして深く魂に刻まれていた。


「すまないが、これも自然の摂理。世界のコトワリなのだ。」


悪役となった閻魔様は、大泣きしているであろう彼女の魂を相手に、静かに裁判を進めていった。



『どうだい?聞こえるか?』

『感度良好。新システムによる通信は成功ね!』

『タンネとトモミに発注しておいてよかったよ。閻魔様は?』

『気づかれてないわ!私が人魂になって大泣きしていると思ってる。』

『ならいいや。位相もズラしてるから鏡でも見つけづらいハズ。』

『うん!これでまた毎日お話できるね!』

『ああ!その内映像と感触も追加しないとな。』

『夢が膨らむわ。レアちゃんとの夜は見せてもらうからね!』

『君に恥じない夜にして見せるさ。』


結局死後も繋がることを選んだ2人。依存症は死別ですら解消されなかったようだ。



…………



「へー。でもセっちゃんのお父様が帰ってきて良かったわね!」


「うん!一緒に居られるし前よりちょっとワイルドになったし!」


「あれはワイルドというか……うーん。」



水星屋本店。店長セツナがカウンターに座るマリーやモーラとお話ししている。

年が近い彼女達は、成長してからも仲良しさんだ。


マリーは母親の仕事の一部を手伝い始めた。まだ同座標分身は苦手だが、賢い子なので覚えは早い。

特に父親の癖は大抵見抜いているので、世界の構造なんかは時々ニヤニヤしながら弄り倒している。


モーラは専業主婦として夫のトウジを支え、子供ができる前に良妻としての経験を積もうと努力している。特に微々たる魔力でも安眠効果を発揮できる手段として目をつけている子守歌は、父子の心を癒すだろう。

個人的欲望として編み物で旦那と子供を温かく過ごさせたいという想いもあり、紹介されたキサキから糸の使い方を学んでいる。多分これは人選ミスだと誰もが思っているが、実はかなりの使い手になりつつある。


セツナは順調に店を切り盛りしていた。もちろん何も問題がないわけではないが、無かったことにするテクニックは父親から学んでいた。分からないことは素直に分かる人に相談もするので、結果順調である。

彼女が父親をワイルドと称したのは、彼がより悪魔っぽくなったからである。

セツナの母親が亡くなった時に父親の身体も死滅した。今は新しい身体を使い始め、慣らしている最中なのだが……当主様と結婚式の準備を進めているなかで、身体はいかつくなり少しずつ身体に黒い入れ墨のようなモノが浮き上がってきた。ツノやツバサや尻尾は生えていない。当主様曰く、うまく制御できているおかげとか。

入れ墨は悪魔としての制御の吹き溜まりみたいなもので、もう少し上手く出来れば消せるらしい。

人間でいうところの便秘のときの肌荒れと一緒と聞いた。


「どおりで当主義母さんはきれいな肌をしているわけよね。」


「セっちゃんも2人とお風呂一緒に入ってるの?」


「ううん?今は邪魔してないだけ。覗きにはいくよ。」


「それ、邪魔してるじゃないの。マスター家はプライバシーをもう少し気にした方が良いわ。」


「だって気になるじゃない?あのチビッコ当主様が大人になってお父さんと、よ?」


「子供の時に一緒に馬鹿な事をしてたのにねー。」


「そんな当主様が義理のお母様、か。複雑じゃない?」


「意外とそんなでも……あ!でも死んでも『正妻』って使わせてあげないわ。」


「まあ、気持ちはわかるわ。私も嫌だもの。」


「そうよね。血が繋がってない私でも嫌な感じがするわ。」


「うん、そうだよね!だってそれは私の……お母さんのだもん!」


「今の間は置いておいて、じゃあなんて役を?」


「もちろん泥棒猫。」


「ブフッ!それは可哀想なんじゃ!?」


「冗談よ。今はナイエンの妻ってことで。」


「普通ね。」


「結婚式もまだだしね。」


「じゃあ結婚式終わったら?」


「わかんない。お父さんはなんかチュウニ的なナントカ妻って考えてるみたい。」


「それならまぁ。私的にもあのお方以外には正妻は名乗れないと思ってるもの。」


「往に跡へ行くとも死に跡へ行くなって言いますし、マスター様も当主様も思う所はあるのでしょう。」


「なにそれ?それより最近クルス君がいろんな女の子に声をーー」


「あはは、なにそれー。」


「セツナちゃんがこの前も盛大にフッた反動?」


「お父さんがいない間を狙おうとか浅いのよね!」


知らない言葉が出てきたところで難しい話は終えて、お酒を飲んでどうでもいい世間話に移る3人。

一応書いておくが、クルス君は本気で心配して声を掛けただけである。男女の心はいつも分かり合い難いものである。


「こんばんはー。1人だけどいい?」


「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!」


その時新規のお客さんが来店し、挨拶するセツナ。


「当店は最初だけ食券をお求め頂いてます!こちらの龍のアギトと呼ばれる投入口に3枚以上100○(エン)コインを入れてくださいな!5枚のセットや定食ですと更にお得ですよぉ?」


「お、おう。面白い店員さんだな……」


シュババッと現れたハタチ程の女の子の、コロコロと表情を変えた紹介に困惑するお客さん。


「セっちゃんたらキリコさんのネタをパクってますわ。」


「黒歴史を掘り起こして使うとかネクロマンサーね。」


様子を見ていた友人と妹は好き放題言っている。


「ノンノンです!私は○○○○・セツナ!水星屋本店の店長です!」


腰に左手、右の人差し指を横に振りつつどや顔するセツナ。

その可愛さにお客さんは本日の夕飯メニューに一品追加することを決意。ついでに若い店長自身に興味を持つ。


「ねえ良かったら仕事のあとに……っ!?」


距離を詰めてドキドキさせようとしたお客さんは、無情にもバリアでその手を弾かれる。


「私はお仕事命ですから!さぁこちらの席へどうぞ?ご注文はラーメンギョウザセットにセツナの押し売りですね!」


「いてて、押し売り!?いや、それよりこのバリアは……そうだ、さっき苗字が良く聞こえなく……」


「ふふふ、困ってますわね。押し売りもキリコさん考案システムよね。」


「お仕事命って間違いではないけど……正確にはその先にあるお父様命、ですよね。」


友人達は面白そうに笑っているが、敢えて名前やバリアについては触れない。その方が不気味感が出てセツナの身を守ることに繋がるからだ。


「あ、やっぱりオレは他所で……」


「はい座って。はい、お待ち!」


察して逃げようとするお客さんだが、そうは行かない。


「早っ!?……美味い!それでこの安さ!?」


強制的にゴハンを提供して満足して貰う若き店長。


「その3つはウチのモットーなんですよ。」


「勝手に女の子を触ろうとしたのだから、じゃんじゃん食べないとね。」


「そうそう、怖いオーナーが来る前にね。クスクス。」


「い、頂かせていただきます!」


「うんうん、どんどん食べてね!」


腰に手を置いてうんうん頷く姿は、まさにこの店の店長の風格だった。


男は追加注文のためにメニューを手に取る。

ラーメン屋の割に何でもござれなラインナップに、戸惑うお客さん。


時代や世代が替わっても、受け継がれていくものがある。

受け継がれるにはそれなりの理由があるものだ。だから下手に利用したり奪おうなどと考えてはいけない。

もしかしたらそれは、魔王の隠された尻尾を踏み抜く行為かもしれないのだから。




水星屋 ~定番MENU~


とんこつラーメン 300◯

天ぷら盛り合わせ 300◯

ラーメンセット各種 500◯

餃子 天ぷら 麻婆豆腐 青椒肉絲 唐揚げ ……等


セット 定食各種 500◯

和食 中華風 博多 天ぷら

餃子 麻婆豆腐 まぐろ

戦意継続 エルフ ……等


300◯以上お買い上げのお客様はソフトドリンク2杯、ごはん3杯無料。ラーメンは替え玉2玉無料!


水星屋 ~ドリンクMENU~


瓶ビール 各種 300◯

日本酒 各種 500◯

ワイン 各種 500◯

焼酎 各種 200◯


他、店員にお尋ねください。


水星屋 ~一品。おつまみ・ちょい足しに~


枝豆 50~150○(3段階サイズ)

冷奴 50~150○(3段階サイズ)

納豆 50or100○

玉子 各種 1個につき50○

湯豆腐 150○

揚げ出し豆腐 150○

和え物 各種 50~150○

漬物 単品・盛り 50~300○

サラダ 50~300○

明太子 小150○ 中300○

汁物 各種 50~100

湯葉刺し 150○

にんにく揚げ 150○

もつ煮 150○

天ぷら単品 50○~150○

フライ単品・盛り 50○~300○

手作りハンバーグ 300○

※特製ハンバーグ 300○

手作り餃子 3個 150○ 6個 300○

シュウマイ 3個 150○ 6個 300○

春巻き 1本 100○

レバニラ 300○

麻婆 豆腐 300○

青椒肉絲 300○

唐揚げ 300○

まぐろ 盛り・各種 300○

びんちょう 300○

ほっけ焼き 300○

スタミナ焼き 300○

カレーライス  300○

お茶漬け 小150○ 中300○

特製水星屋茶漬け・梅ワサ茶漬け


納豆・玉子ご飯(玉子料理おかわり自由) 300○

かき氷    100○


そば・うどん・そうめん

かけ・ざる・たぬき 小150○ 中200○

山菜おろし・葉ワサビとろろ・かき揚げ 300○


スパゲッティ

たらこ 300○

ミートソース 300○


鍋もの。 1人前 500○

寄せ・おでん・きりたんぽ 他季節により。


丼もの。味噌汁付き大盛り無料 300○

牛丼 鉄火丼 まぐろたたき丼

天丼 かき揚げ丼 スタミナ丼


その他、店内の張り紙見てくださいね!


【ご飯はおかゆ・赤飯・炊き込みご飯にもできます。50○】

【3杯目のおかわりはそっと出せばもしかしたら!?】

【特製ハンバーグは人間用ではありません。】

【持ち合わせが足りないときは相談してね!】

【でもツケは払わないと全財産没収しちゃうわよ。】

【ハーフサイズや150○の品の組合せセットもどうぞ。】

【セツナのお通し 150○ セツナの押し売り 500○~】


水星屋 ~高額・リスペクト品~


辛子明太子 若い衝撃 小500○ 大1200○

和牛ステーキ 200g 1300○ 300g 2000○

避難地鶏 焼き・つくね 1200○

コヨーテ焼きそば 600○

ひよっこラーメン(醤油) 600○

へぎそば 1200○ 天ぷら付き1500○

新潟のホテルの塩辛 600○


……などなど。


結局お客さんはおすすめを追加で頼み、ご機嫌を取りつつ酒を飲んで忘れようとした。


…………


1940年代のチカラ持ちと一般人の軋轢から始まった負の連鎖。

50年以上続いたナイトとサイトの死闘。

陰謀によって生み出された現代の魔王とその一派の襲撃。

策略と背伸びで邪神すら呼び出し自滅していく人類。


一連の騒動は強きもの達が地球を去ることで閉幕した。

彼らを追い出した弱き者達は、ある意味勝利した。

それが見限られたとは気付かずに、今まで通りに勝者として歴史を紡ぐ。

それは滑稽にも見えるが、極々自然なことである。


強きもの達は捨てられた民と共に、新世界で別の文化・文明を築いて行く。

別れた運命のどちらが正しいとかはなく、それもまた自然なことである。


ナイトや現代の魔王は教科書の記号・テストの5点と化し、風化して行くだろう。

暫くは昔話や世間話で酒を飲む日々のはずだ。そしてまた人種や病気、権力や暴力で新たな驚異を自分達で作り出しては騒いで酒を飲む。

そんな自業自得のアフターファイブを過ごすのが人類なのだ。


一方で新世界の夜は……。


「こんな味の濃いお料理を出すなんて、正妻の座を譲るわけには行かないわ!」


「何て言おうと、今は私が彼の妻よ!」


在る年のお盆。中央区やA級棄民街上空で多数の爆発を伴い、2人の女が空中戦を繰り広げていた。

セツナから借りた魔王杖とクリムゾン・コアで攻勢を掛ける○○○の幽霊……が取り憑いた全盛期の身体と、赤いチカラを駆使して無傷で裁く大人の当主様。

街はボロボロになり、住民達は大迷惑である。


「レアちゃん!時間在ったのに何で料理が下手なのよ!」


「私はウェルダン派なんだからその名で呼ばないでって言ってるでしょう!?」


しょうもない言い争いと共に破壊されていく街。

実際のところ魔王邸や悪魔城の者達に、炊事は任せきりだったのだ。

ちなみにレアちゃんも本名ではなく愛称だ。それを知るのはマスターとエリートメイドだけである。


「お母さん達、ヒサシしぶりで燃えてるね。」


セツナは今のうちとばかりに父親に抱きついていて、マスターは夏の風物詩だなぁと呑気なものである。


精神リセットしたとは言え最近はA級棄民達の冗長が目立ったので、良いクスリだと考えていた。それでもキリコのお店にはキズ1つない。


キリコ・サクラ・アオバは魔王邸の敷地内に自宅豪邸を移す許可を得ていた。

それくらい彼女たちはマスターに気に入られていたし、キリコも甘兎邸当主を名乗るくらいに立場を受け入れていた。


それはともかく。


セツナは今が完全なるチャンスと捉えて行動に出る。


「お母さん達が放っておくなら私が貰うね!」


chu~~!


「「あああああああっ!!」」


2人は娘に男を取られて叫び声をあげる。


「2人とも、自業自得よ♪ね、あ・な・た?」


調子に乗ってあなた呼びしながら更に引っ付く。

悪魔の血を受け継いでいないセツナが、1番の悪魔だった。


結局どの世界でも、生き物の営みは変わらないのかもしれない。


…………


アフターファイブ ~自業自得のチカライフ~



お読みいただき、ありがとうございます。


長くなりましたが、これにて完結です。

本作品がここまで続けられたのは皆様のお陰です。

計219万文字とか、自分でも信じられません。

追加分の8エピソードは毎回文字制限ギリギリで読むのも大変だったかもしれませんが、お付き合い頂きありがとうございます。


追加エピソードはゲームのエンディングとその裏側、その先を視点を代えながら書かせていただきました。

最初の私の妄想とはやや違う形での進行にしましたが、エグいのはミキモト事件迄で良いかなと考えたためです。エンディングなんですしね。

不穏な書き方をした部分もありますが、割りとみんな人生を謳歌したものと私は考えています。


物語を閉じる上でなるべく各キャラ回収しようと思いましたが、抜けがあるのは私の実力不足です。

キャラ多いし話数も文字数も増え続けましたしね。

ミキモト事件での群像劇的なものを焦点に据えてたのでこうなったわけですが……ハルカ・トモミ編で視点を絞っても、結局ラストは頭を悩ませした。自業自得です、はい。


長くなりましたがここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。


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