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12 サイト その2

 


「君たちに仕事を頼みたい。 潜入調査だ。」



 2007年 11月23日 3日目の夜。


 魔王邸の書斎にて現代の魔王こと水星屋マスターが告げた。


 告げられた女達、サクラとキリコは覇気のない表情をしており、目のハイライトは既に無い。


「あぁ、オレのチカラで守るから安全は保証しよう。ただサクラのチカラできっちり調べておきたいのと、サクラのサポートをキリコにお願いしたくてな。」


 処刑前夜のような顔をした二人に、マスターがフォローを入れる。しかし2人に反応がない。


「キリコも、一応これは喫茶店の敵情視察で店員的な行為だと思うんだ。だから何とか頼めないか?」


((奥さんにからかわれた……))


 2人の目に光が戻るまでもうしばらく時間がかかった。



 …………



「ふーん。結局何もなかったのね。」



 次の朝、サクラは○○○に抗議をしに行ったが、当の本人は気にした素振りもなく至って平常運転だった。


「あんなに期待させておいて……」


「私は旦那が話があるって言っただけよ。そういうのがお望みなら、その場で口説きに行けばよかったじゃない。」


「そ、そんなのやり方がわかりません。」


「別に色気で迫れとは言わないわ。 記者として、仕事として要求すれば良かったのよ。遺伝子”情報”がほしいとか、事件の内容を体験したいとか。」


 それなら貴女得意でしょう? っと言われて唖然とするサクラ。

 屁理屈を使うのは記者としてよくある話。

 なぜ昨晩はその発想に至れなかったのか。


「だからチャンスを活かせなかったのは2人の責任よ。」


 どうやら自分にはまだまだ恋愛は、難しいらしい。 しかも今回は、公認の火遊び的な行為でさえうまく誘えてない。

 折春メイデンは伊達じゃないなと自嘲するサクラであった。


 ちなみにキリコは「自分は店員。自分は店員。」と呟きながら、ウサミミパジャマでフテ寝していた。



 …………



「いらっしゃい、何にいたします?」



 11月27日 埼玉県の久喜にある喫茶店サイトに2人の客が訪れた。


 二人はカウンターに座り、喫茶店のマスターにランチセット(980○)とアイスコーヒーを注文する。


 マスターはコーヒーを出すと、70を超えているにしては元気にフライパンを振るっている。


『調子はどうだ?』


『順調です。いまから店内を確認します。』


 テレパシーで外にいる水星屋のマスターと連絡を取りつつ、初見さんらしく店内を興味深そうに見回す。


 すると年代物のテーブルなどがポップアップされていく。スタッフルームへの扉には【社員寮】とウィンドウが出る。


【コウジ】【ミカ】【フミト】【カコ】


 この位置からは死角の、テーブル席に座って話をしている4人組の名前が表示される。


「だからってケーイチさんを教官にすることはないよなぁ。」


「ちょっと指導するなら私達でも――」


 チカラを通して声が聞こえてくるが、じっと見ていると怪しまれるので目を逸らす。


『コウジやミカという客から教官とかケーイチという単語が。』


『渡したスティックをそちらに向けて。あとその客は4人組か?』


『了解です。客は4人組でフミトとカコもいる。』


『そっか、わかった。』


 あいつらまだ生きていたんだな。と聞こえた気がする。


『怪しまれないように適度にキリコと話ししておけよ。』


『了解です。』


 白黒のスティックをポケット越しに向けたら会話が聞こえてくる。意識の集音装置のようなものらしい。


「サーさん。あまりキョロキョロしていると田舎者に思われるよ。」


 ツッコミを入れるキリコだが、不自然にならないためのダミー会話だ。あえて呼び名は変えている。


「あはは、この辺の喫茶店は来たことがないから、ついね。」


「このコーヒー、香りが凄く良い。」


「いつもは紅茶派だけどこのコーヒーなら毎日でも良いわ。」


 などと適当な会話をしつつ客の会話も聞いている。



「それで学校の方は無事に始められるのか?」


「うちのマスターが魔改造したからハコだけはあるみたい。」


「問題は物資か。メシくらいはキチンとしてあげて欲しいな。」


「幼い子供にも銃をもたせるらしいわ。どこの紛争地域よ。」



『不穏な会話が聞こえている。どこかで子供に武器をもたせて訓練するらしい。』


『あぁ、スティック越しに聞いている。このなりふり構わなさ。政府はだいぶ、立場が悪いと見える。』


 実際、世界における日本の立場は劣勢だ。


 2005年にテロリストを捕縛失敗した挙げ句、現代の魔王を生み出した国。と認識されているからだ。


「はい ランチセットおまちどー様。 熱いので気をつけてな。」


「ありがとう、おじいちゃん。」


「へぇ 美味しそうですね。」


 ハンバーグプレートとサラダ、ライスとスープのセットが2人の元へ届けられる。サイトのマスターは若い二人の反応にちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。


 無駄に無駄のない動きでナイフを操るキリコに

 ちょっとハラハラしながらもサクラはサラダから手を付ける。自家製ドレッシングがレタスとよく合っている。


 キリコは一口大に切り分けたハンバーグを、目玉焼きの黄身を絡めて食べている。


「「美味しい!」」


 同時に称賛の声をあげる2人。


 水星屋のようなそれなりの美味しさではなく、長年研究して年季の入った美味しさだ。


 値段も水星屋よりは高いが常識的な範囲だ。


「お姉さん達は、本当に美味しそうに食べてくれるねぇ。こっちまで嬉しくなっちゃったよ。」


 店主と雑談を交えながら美味しい時間を過ごす2人であった。



 …………



「「ごちそうさまでした。」」


「お粗末様です。」


 会計をしてにこやかにお別れする2人とマスター。

 2人が店を出ようとすると 一組の男女の姿が入ってくるのが見える。


【サイトの死神】【サイトの魔女】


 明らかにマズイ二人組のポップアップ。


 [『ふたりとも、そいつらに構わずすぐに外へ。』]


 なにやらこもったマスターの声が聞こえる。

 テレパシーを箱の中に入れたかのような不自然な声だった。



「サーさん行こう。」


 すぐにキリコがサクラの腕を取り、二人を避けて外へ出る。


「マスター、ランチまだやってる? げ、今終わりかー。」


「お前さん達なら気にしないで良いから、いくらでも食っていけ!」


 先ほどと比べると、距離の近さを感じる言葉遣いになるサイトのマスター。


「先輩~。今からお昼なら、よかったら一緒してもいいですか?」


 ケーイチ達が入ってきたことで、コウジ達が憧れの先輩のもとへ集まってくる。


 お前らはさっさと仕事にもどれとマスターに一蹴される。


 そんな中、サイトの魔女ことトモミだけが今出ていった2人の女の方を見ている。


「ねぇ マスター、さっきの二人組は?」


「どっかの新人記者とかで、この辺を見て回っているそうだ。」


 それを聞いたトモミは外へ向かって走り出す。


「お、おいトモミ!?」


 すぐ追いかけるケーイチだが急ぐ必要はなかった。入り口でトモミがせわしなく周囲の様子をうかがっていたからだ。


「何が有った? あの2人がどうかしたのか?」


「店に入る時、すこし精神力の流れを感じたの。まるでテレパシーのような物を覆い隠して飛ばしていたような。」


「じゃぁ ”チカラ持ち”だってのか?」


「あの2人はこの辺を見て回るといったそうね。 目的はこの辺じゃなくて”ここ ”だったんじゃない?」


 喫茶店サイトの入り口を指差す。


「だから私達、いえ「精神干渉」持ちの私が現れたから小細工を使ったのよ。そしてあの2人の反応、入口を出て5メートル程で途切れている。まるでそう、逃げに徹した○○ちゃんみたいに。」


「つまり何か? あいつが協力者を使ってここを探らせたのか?」


「わからない。○○ちゃんかも、って状況からそう思っただけだし。」


 この後すぐに店に戻り、マスターやコウジたちに話を聞く。

 その時の会話内容を聞いて、トキタ夫妻は目眩を覚えた。



(機密がダダ漏れじゃない!)



 …………



「いやー 2人ともお疲れ様。 間一髪だったよ。」



 魔王邸の応接間で、ソファーにひっくり返っている2人に飲み物を出す。


「マスター、あのやばい女はなんだ? 人間の皮を被った電波塔みたいだった!」


「男の方も大概よ。なにあの死の恐怖の塊。 絶対人の魂食べてる。 正面から勝つのは無理ね。」


 元チームメイトの散々な言われように苦笑する水星屋マスター。


「あの2人はサイトの中でもかなり優秀だからね。反則的な強さだと思うよ。」


「威圧感だけならマスターより上だったかも。マスターあの人達に勝てるって本当?」


「そりゃオレの”チカラ”は強いとか弱いとか以前の話だしな。」


 一言で言うなら”ズルい”である。


「さて、二人のおかげで色々情報が手に入った。 ありがとう。情報の精査はこれからするが報酬は払うから、なにか欲しい物があったら言ってくれ。」


 その言葉にサクラとキリコは、激しいアイコンタクトで何事かを話している。


「まぁ、決めるのは後でも良いぞ。オレもちょっと一息つかせてもらおう。」


 メイドさんにアイスティーを注文してもってきてもらうマスター。


(さすがに焦ったなー。あそこでトモミが来るのは反則だろ。とっさにテレパシーを隠蔽したけど、怪しまれたかもな。)


 カランカランと氷の音を立てながら美味しそうにすする。

 そんなだらけたマスターにおずおずとサクラが声をかけに近づく。その横でキリコが頑張れ!っと身振り手振りで応援していた。


「あ、あのですねマスター。 今回の報酬で――」


「うん。大抵のものは叶えられるから 遠慮なくどうぞー。」


 ゴクリ。生唾を飲込み声を絞り出す。

 キリコがファイトーと気合を送っている。


「マスターの い、遺伝子情報とか……?」


 ついに、ついに決定的な一言を相手に伝える。


 奥さんは仕事絡みならOK、と火遊びを認めてくれた。今回は仕事の報酬として告げたのだから、無下にされる事もないはず!胸の前でぎゅっと拳を握りしめてキリコちゃんも見守ってくれている。



「オレはホムンクルス製造には手を貸さないぞ。」


「そうきたかーーッ!!」


 思わず大きな声を挙げて頭を抱えてしまうサクラだが無理もないだろう。


「マスター、ちょっとそれは……」


 キリコが何か言おうとするが、


「いや以前にも居たんだよ、研究させてくれって。」


 人間を辞めた時に、妙な魔女に研究をせがまれてドン引きした覚えが有った。


「私はそんなことしません!」


「わかってるけどね。多分サクラには早いと思うんだ。きちんとした男を見つけて納得してからした方が良いよ、きっと。」


 証拠を見せよう。とサクラに近づき、

 左の膨らみを5本の指先だけで外から中央へ軽く撫でる。


 服越し・下着越しでもぞわっと来たサクラは、腰を落とし回転しながら尻をマスターのお腹に突き刺す。



「勝手にヘンな触り方するなーーッ!!」


「ぐへぇ!!」


「もっちゃん!やっとマスターが触ってくれたのに、桜尻徒花キャノンはないよ。」


 桜尻徒花オウケツアダバナキャノンが炸裂し、2メートル程吹き飛んでマスターが倒れている。


「オウケツ……変な名前付けないで!!だってあんな触り方されたから!!」


「それが答えだと思うよ。えっちい事する時、そういうのお互いにタクサンすると思うんだ。」


「あっ……!」


 マスターの真意を悟ったサクラは愕然とする。

 自分はまだまだ未熟だったようだ。


 サクラは過去のイザコザで男を信用できないトラウマを持っていた。チカラを制御できずにいた頃、男の欲望をホラーじみた事実として毎日見せられていればそうもなるだろう。


 マスターのお陰で前向きにはなれたが、本能で反撃してしまったのだ。



「イテテ。軍の攻撃でも傷一つつかないのに、最近は女の突撃でダメージ受け過ぎだな。」


 マスターが起きてきて腹を擦っている。

 サクラの攻撃が通ったのは単純にバリアを張ってないだけである。

 マスターがおもむろにシャツを脱ぐと腹に尻型のアザができていた。


「ぶふっ マスターそれ、マーキング? ぶふっふふふ。悪魔のマスターに怪我をさせるとか聖尻サクラカリバ……ぶふふっ」


 変なツボに入ったキリコが笑いだしているが、それどころではない。


「さすがにこれは妻に怒られるな。 消しておこう。」


 身体が白い光に包まれ何事もなかったかのように綺麗な腹に戻る。


「これでわかっただろう? サクラはゆっくり成長していけば良いのさ。って ぅお!?」


 サクラは渾身の土下座をしていた。

 恥ずかしさのためか耳まで赤くなっている。


 マスターの触り方も、雰囲気も何もないただのセクハラだったのでこの件はチャラということになる。


 結局報酬は金銭で支払われることとなった。

 お一人あたり、200万○である。




 …………




「まいったわね。 仮説通りだとしたら、結構な情報の漏洩よ。」


「すみません、オレたちが不用心だったばかりに……」


 トモミが憂いている前で、4人の後輩たちがしょんぼりしている。

 喫茶店サイトのスタッフルームで昼間のことについて議論していた。


「まぁ仕方ないと言えば仕方ないんじゃないか?この店に来る一般人は多くはないし、席も距離があった上に死角だったんだ。」


「だからといって、情報を漏らして良いわけじゃないんだがね。」


 ケーイチの言葉にサイトのマスター、サイトウじいさんが続く。


「わしも気が付かなかったから強くは言えないがな。」


「幸いにして場所だけは漏れてないみたいだけど、もし相手が○○ちゃんだったら時間の問題ね。」


 彼がナイトの本拠地を割り出した実績、その追跡能力を思い出しながら言う。


「精神干渉」自体は自分のほうが上だが、「時間干渉」と組み合わされると敵わない。


「今から移転なんて出来ないし、結界とか強くしておくしか無いんじゃないか?」


「ふん、結界は強ければ良いわけじゃないぞ。下手に強くして気が付かれたら簡単に対処されてしまうわい。」


 すぐ対策を考えるのはケーイチの良いところではあるが、彼は脳筋めいたところがあり今回もまたサイトウに否定されてしまう。


「どちらにしても準備を遅らせるわけにはいかないし、困ったものね。一番良いのはこちらから追跡する事だけど、何か気がついたことはある?」


「あの、トモミさんが来るまではテレパシーが隠蔽されてなかったんですよね? ならランチ中の精神力とかを追えませんか?」


 後輩組からそんな声が上がる。何とか挽回しようという必死さが垣間見える。


「それは私も思ったんだけどね。残留思念とかが綺麗に破棄されているみたい。」


「じゃ、じゃぁ顔だ! 監視カメラとか、マスターさん達は顔を見てるんだしその線から――」


「ふむ、監視カメラだと顔がはっきりせんかった。似顔絵はもっとひどいぞ、3人とも見た顔がバラバラじゃった。」


 後輩4人に紙を見せてよこすサイトウ。4人はそれを見て顔をしかめている。


「指紋とかなら、だめだったんですね。はい。」


 後輩の女の子が話し始めるが、そくざにマスターに首を横に振られる。


 サクラとキリコの手には、というか身体には極薄のバリアを張っていた。万一の事故を避けるためのそれは、証拠も残さないお得品だ。


「ここまで来るとアレだなぁ。証拠がないのが証拠というか、やっぱりあいつの仕業だろこれ。」


「一応、精神干渉持ちの私が見た顔をメインに探してもらってるけど……なるようにしかならないわね。」


「しばらくは様子を見るしかないか。 敵でも味方でもやっかいなやつだな、あいつは。」


 そう結論が出るとケーイチ達は解散し、大浴場へ向かう。


 ストレスが溜まった時は風呂で洗い流すのが一番だった。


お読み頂きありがとうございます。

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