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119 ウツロなセカイをトオメにミル

いきなりアレな展開ですが、間違いなくアフターファイブです。


誤字脱字ありましたらすみません。

終盤で1文入れ忘れ……急ぐとこうなるのですよね。



「お前達に重大な任務を命ずる!」



カタヨン歴1200年、豪華なお城の謁見室。王様の指示で集まった男女合計4人が跪いている中で、珍しく大臣を通さず直々に任務を受ける。


「世界の中心たる水星神殿にて、伝説のサダメ石を手に入れて来るのだ!」


「「「王命、命に代えましても!」」」


4人は頭を下げて旅立っていった。

時には徒歩、時には乗り合い馬車を乗り継ぎ進む。

時には夜営、時には宿に泊まって疲れを癒す。


「伝説って本当なのかな。」

「1000年前から言われてるんだし、あるんじゃない?」


時には飯屋で薪割りや皿洗いして路銀の足しにしたり。


「とりゃあ!へ、大したことないな!」

「討伐金で新しい装備を買えるわね!」


時には盗賊を退治して旅の装備を新調したり。


「そろそろ国境だ。回り道すんぞ。」

「どこの国も重課税ですからね。」

「一触即発の空気の割に、何処も金が無いからな。」


時には非合法な手段で先へ進む。

各国を練り歩き情報を集め、ついに深い森林の中にある水星神殿を探し当てた。


「情報によるとここのようだな。」

「神殿……というには少し角ばりすぎてねぇか?」

「でも見たことの無い素材で出来てるわ。」

「何が起きるか解らないから、要心してね。」


石や木造の建物が多いこの世界の文化の中で、鉄筋コンクリートは珍しい。

4人の選ばれし勇者御一行は、入り口を探して壁沿いに進み始めた。



…………



「うん?お客様が4人も来てるのね。」



とんこつラーメンに様々なトッピングをして啜っていた黒髪モブ顔の女は、監視カメラに映る男女に気がついた。

慌てて自室に戻って身だしなみを整えて玄関で出迎えることにした。


「ようこそ、世界の中心へ!」


「突然扉が開いたぞ!?」

「な、何者だ!?」

「女の人?ここの神官か何かか?」

「伝説的な存在のわりには……」


(((あまり可愛くない……)))


「失礼ね、そんなの解ってるわよ!みんなで口を揃えて言わなくても良いじゃない!」


「わ、悪い。」

(今の口に出してたか?)


プンプン怒るモブ女に一応謝る戦士その1。


「私はここの管理人をしてる……ナイトウと呼んで頂戴。」


「エイゴと言う。こっちはドウトクで、カティとリカだ。」


マスターを名乗る女にたいして、代表して戦士その1もといエイゴが仲間も含めて紹介する。


「ふーん。そういう名前が流行ってるの?世界標準語を日本語にしたけど、随分個性的ね。リカさんは普通だけど。」


「何を言ってるのか解らないが、聞きたいことがある。」

「伝説のサダメ石はここにあるの?」


「うん?そういう話ならお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。」


女は案内する仕草をして奥へと誘う。4人は戸惑いながらもついていくしかない。これは王命であり、情報の持ち主を始めから脅迫して失敗したら大事である。



「はい、紅茶をどうぞ。ケーキもあるわ。」


「「「オカミーナク。」」」


「変な言葉の伝わり方してるのね。」


「なにこれ美味しい!」

「幸せがここに凝縮されてるわ!」


カティとリカが目を輝かせてモンブランをつついている。

男連中はその不思議な食感を警戒してか、ひとくちしか食べていない。

しかし紅茶はお気に召したようだ。


「それで肝心のサダメ石なんだが、我がジュギョウ国国王が所望している。」


ひと息ついたところで早速エイゴが切り出した。


「正確にはサダメタイト、その結晶の事ね。理由は?」


「この頃の世界情勢はご存じか。日に日に土地が痩せ、狩や漁の成果も落ちている。盗賊が溢れ、国同士ですら略奪戦争を仕掛けようとしている。」


ドウトクは各国の情勢から詳しく説明する。事を急いては上手く行くものも仕損じるのを知っているのだ。


「うん、それで?」


「各国とも戦争すら起こす資金もなく、このままでは衰退は必至です。なのでそのサダメタイト?を使って豊かな世界にしたいのです。」


続けてカティがそれぞれの懐事情を語り、テコ入れしたい意思を示す。


「なるほどねー。それで君達はサダメタイトが何なのか知ってるの?」


「世界を手にする石と伝えられています。豊作も大漁もヨコヅナも夢ではないとか。」


「なぜそこで横綱……」


歴史の研究者であるリカが得意気に話す。彼女の仕事は地球で言うなら考古学者である。それもムチを使って大冒険するタイプの。

彼女の言うヨコヅナとは狩猟でオオモノを仕留める→大金星辺りから来ているようだ。


「うーん。だいたい合ってるけど。」


「そんなわけで、オレ達にサダメタイトを譲る気はないか?」


「うん、いいよ。」


「「「いいの!?」」」


予想外の答えに驚きを隠せない4人組。てっきり何だかんだと断られ抵抗されるものだと思っていた。ていうか普通はそうなって然るべきものだろう。


「部屋まで案内するから、勝手に持っていって良いよ。」


「「「…………」」」


ここまで素直だと逆に怪しい。しかし苦もなく手に入るのであればそれに越したことはない。

怪訝に思いながらもナイトウを名乗る女についていく。


「はい、ここだよ。」


通された部屋は、まるで大聖堂の祭壇のような厳かかつ幻想的な雰囲気だった。

壁際にいくつもの謎素材のタンクが並び、そこから管が中央に向かって延びている。

管が集中した部屋の中央には祭壇らしきものがあり、その上には30cm程の赤い縦長の結晶が浮かんでいた。


分かりやすいイメージとしては、某国民的RPGのクリスタルの祭壇の雰囲気に似ている。


「こ、これがサダメタイト!」

「なんかゆらゆら光ってるわ!」

「綺麗ね……どう合う構造なのかしら。」

「本当にこれ、持っていって良いのか?」


「だからそう言ってるわ。」


田舎者臭すらしそうな彼らの反応にも、淡々と返事する女。

いったい何を考えてるのかと考察してみるも、浮かばない。


「では早速……」

「待って!なんだか怪しいわ!」


輝きに魅せられたエイゴがてを伸ばすが、カティが止める。

その瞬間舌を鳴らす音が聞こえた。


「今舌打ちしました?」

「してない。」


「ふむ、何を考えてるのか聞かせてもらっても?」


露骨な否定をするナイトウにドウトクは問う。


「別に?私はあなた達のようなお客さんを待ちながらここで管理していただけ。そして待ち人が現れた。あなた達は王命とやらでこれが必要。何の問題があって?」


「たしかにそうだぜ!では改めて……」

「待ちなさいって!」


再びサダメタイトに手を伸ばすエイゴの腕をリカがムチで巻き付けた。


「ナイトウさん、何か裏があるでしょう!?答えなさい!」


「裏も何も、これが私の管理から離れれば私はお役御免。ここは静かで良いけど、ちょっと退屈なのよね。」


「この祭壇から外しても大丈夫な物なの?」


「機能的には問題ないわ。手にした人の願いを叶えるようになるし、それを使ってみんなで帰ると念じれば、すぐにお城へ帰れるはずだし。」


「そんなに凄いものなのか!」


「本当に大丈夫なの?」


「それは使い方次第よ。よく考えて使ってね。」


何度念を押してもはぐらかされている感が拭えないが、これが必要なのも事実。リカは渋々ムチを解いてエイゴに取らせる。


「おおお!?なんか何でも出来そうだぞこれ!」


「そう言うモノよ。」


「それじゃ帰還しよう。世話になったな、ナイトウさん!」

「容姿については悪かったな。」

「ケーキ、ご馳走さまでした!」

「疑って悪かったわね。元気でね。」


口々に別れを伝えてワープする4人。彼らが消えていった空間を見ながらナイトウが独り言を呟く。


「これで殆ど任務達成ね。あとは世界が滅びる前にマスターの所へ戻りますか。」


不穏な呟きは放置され、彼女は帰り支度を始めた。


この祭壇……もといチカラの供給設備は、世界の管理をするためのものである。

重力の発生や水や空気の流れ、生命の源やそのあり方を管理していた。材料は当然マスター……現代の魔王のチカラそのものである。女版マスターの1人が、迷惑かけた穴埋めにと志願してこの仕事に就いたのだった。


「マスターの奴には別に気にするなと言われたけど、そうも行かないもんね。ともかくやっと1000年突破かぁ。」


少しずつ綻び始めた世界のデータをノートパソコンに吸収すると、霊体に戻って魔王邸へと帰っていくナイトウだった。



実験タイプD世界、48回目の実験は新記録の達成と崩壊で終わる。

ジュギョウ国王がやりたい放題チカラを振るえたのは、2日間のみであった。



…………



「へぇ、結構頑張ってるじゃない。」


「まだまだ先が見えてない感が強いですよ。」



2016年9月。棄民界の新築領主邸で報告を受けた社長はマスターを誉めるが、本人は納得が行かない様子だった。


「人口が増えないとすぐに滅亡するし、増やすと今度は供給が追い付かないし。」


「ふふん。私の苦労が解ったかしら?」


「それはもう。並行世界の自分に手伝ってもらっても1000年超えたら良いレベルです。地球の神とかどうやってるのやら。」


「それは歴史から学べば良いじゃない。」


珍しく真面目に話をしている2人。内容は例のクーデター紛いの事件後にマスターに課せられた、大きいお仕事についてだ。


それすなわち棄民界に代わる、「世界の創造」である。


この世界はマスターの存在で落ち着きはしたが、人口増加による需要……欲望の増加によってだんだん手狭になりつつあった。


今すぐ移住が必要と言うわけではないが、チカラあるもの達が増えて管理が大変なのだ。

その原因として悪魔のお姫様の回復やマスターを慕う者達の暴走等が挙げられる。

つまりマスターがいたから平和になったが、彼がいたから平和が崩れようとしていた。


「いっそタイプCにしてしまえば楽かもしれないわよね。」


「ただのディストピアになりそうなんで……実際ミシロが言うには似たような物だと。」


実験世界タイプC。これはタンネの要望と協力のもとに制作した電脳世界。管理側は好き勝手できるが、抑圧されたデータ住人がどうなるか。下手すれば世界にバグを引き起こしかねない。

別の未来ではそれが原因でミシロがこちらに来たので、悪いことばかりではなかったが……物事は表裏一体、ままならないものである。

タイプCは20回程試作してみたが、主に燃料タンクとしてかき集めた人間が、好き勝手にやらかして電子の藻屑になっている。今はタンネにある程度の箱庭を与えて満足してもらっている状態だ。

ちなみにミシロはこちらのミシロと統合されており、二重人格等ではない。


「タイプAは私のパクリだから特に言うことはないわね。タイプBは……あなたあのアニメを見ていた癖にこれに手を出す理由が解らないわ。」


「コロニーとかロマンじゃないですか?」


宇宙コロニーへ移民した者達と地球に残ったもの達の戦いを描いたロボットアニメを指して社長が言うが、マスターの答えに呆れてしまう。


「それで3回とも暴動で宇宙にゴミをばらまいてたら世話ないわ。」


「それもロマンじゃないですかねぇ。冗談はともかく、どのタイプも運営に必要なコストが見合ってないんですよ。」


どの世界でも、需要にたいして供給が間に合わずに綻びが生まれてその内破綻してしまう。


「そうね。だからこそ上手く出来る存在が神と呼ばれてるわ。」


「創造神て偉大だったんですねぇ。」


「そうよ?もっと崇めても良いのよ?」


「社長は地球の便乗じゃないですか。やっぱり良い感じのエネルギーとそれを使うシステム構築が必要です。心当たりはないですか?」


「あったら自分でなんとか出来るのだけどね。まあ探しておくわ。」


「お願いします。ではマリーにご飯作って帰りますね。」


「その後はわ、私をご飯に……」


「食あたり起こしそうで……いえ、頂きますよ。」


ものすごい睨まれ方をしたのでお言葉に甘えることにした。


そんなやり取りの後、第二第三の魔王の敗北事件があってしばらくプロジェクトは暗礁に乗り上げる。

だが2人の復活後はタイプDを基調に制作を再開した。

それは1から星を作って文明を起こすと言う、一番手間が掛かるが可能性はある方法だった。



…………



「お父さん、今年も私が頂くからね!」


「そう何度も遅れは取らないよ。」


2017年2月1日。恒例の夫婦のシンデレラキスが終わって、これまた恒例のセツナによる唇争奪戦が始まった。

大量の白い光線で牽制し合う親子の戦いは観客達を盛り上げている。


「私だってもう10歳だし、本当にオトナなんだから!」


師弟のチカラのぶつかり合いを演じながら、セツナはそう主張する。

毎年誕生日と両親の結婚記念日にはオトナアピールしている彼女だが、確かに身体に丸みをおび始めて以前より大人へ向かって成長してきている。


「たあああ!」

「ほう、バリアの質が大分上がっているな。」

「いっぱい修行したもん!」


セツナが距離を詰めて次元バリア同士の衝突になると、マスターは嬉しそうに誉める。


「「「おおおおお!!」」」

「「「セツナちゃん頑張れえええ!!」」」


親子であり師弟。同じ技のぶつかり合いに男女関係なく楽しむ観客。クルスだけは相変わらず複雑な気持ちだったが、想い人で姉弟子の必死な姿は単純に魅せられる。


「くっ、今年は!1人でも突破するよ!」

「意気込みは買うけど、チカラ押しではね。」


余裕のマスターに息切れが始まるセツナ。何度もバリアで体当たりするが、このままでは突破は難しいだろう。

今回クオンはおやつを抜きにされたくなくて不参加だ。

ミシロはステルスしていて、母親に抱かれている。


「こうなったらカナさんに教わった奥の手!」

「む!?」


意外な場面で意外な名前が出てきて少し警戒するマスター。

セツナは深呼吸してその切り札を切った。


「私だって来年くらいから胸も膨らむし、下の毛もゲッケーも……むきゅ!?」


ズギュウウウウンという擬音が現れそうな勢いで、そのはしたないお口は塞がれていた。


「「「おおおおおおおお!!」」」


「お前はオレの娘なんだ。他の男に変な妄想のネタを提供するな。」


唇を離すといつもより強い言葉で言い聞かせるマスター。

脳にオトナな信号が直撃したセツナには、「お前はオレの女だ。他の男に近寄るな。」としか聞こえていなかった。


「んにゃぁ……ケイサン通りだけど……想像以上だったよ……」


虚ろな瞳で別世界を体験したセツナはクッタリしている。


「あぁ……まったく、誰に似たんだか。」


してやられた事に気づいたマスターは毒づきながらフラフラのセツナを抱きかかえて魔王邸のベッドに寝かせた。


(旦那様は騒がしい女を唇で黙らせる癖がついてるカナ!そしてこの後はお仕置きプレイが待ってるんじゃないカナ!)


この時に備えてはしたない奥の手をセツナに伝授した、策士なカナだった。


「そ、そんな……師匠ぉ……」


連れていかれて帰ってこないセツナを想い、膝をつくクルス君。


「ごきげんよう、クルス君で良いんでしたっけ?」


「そうだけど、君は……?」


その絶望の男の子の側に、ふわりと金髪の女の子が舞い降りた。


「私はマリー。あなた、たまに見かけるけどいつも暗い顔してるわ。お父様の弟子ならちゃんとしなきゃ。パーティーは楽しむものよ。」


「お父様って、師匠の娘さん?」


「ええ、セツナお姉さまの最初の妹ですわ。」


「ってことは話に聞く魔王事件の……んむ!?」


この場においてどうでも良いことを考え始めたクルスの唇に、温かく柔らかい物が押し付けられる。一瞬だけ男の妄想力で大変な扱いになったマリーだが、その手に持っていたのは串に刺した肉だった。


「おなかがすいてるから元気がないのではなくて?案内しますわ。お父様の料理はお母様より美味しいのよ。」


クルスの手を引いて立ち上がらせると、料理の並ぶテーブルに引っ張っていく。


「美味しい。師匠の味がする……」


「でしょう?お父様は素敵な殿方ですわ。さぁ、これでもう私達はお友だちですわ。色々食べて回りましょう?」


その後はお互いの好みの料理を言い合って楽しく過ごす。

ちょっとだけマリーの魅力になびきそうになるクルス君だったが……。


「ここだけの話、お父様自信も素敵なお味がしますのよ?」


この一言で遠い目をしてしまう。マリー的には耳に囁き攻撃した時に、舐めてしまった感覚がツボだったようだ。


「マリー、こんなところに……何て事!?」


そこに副社長が現れて、仲の良さげなクルスを見て驚愕する。

社長がこのイベントにも不参加を決めたので、また寂しがると可哀想だと勝手にマリーを連れ出した彼女。

もし変な男に引っ掛かったとあらば、霊的な首まで飛んでしまいかねない。更に言えば娘の方が自分よりも男と上手く付き合えてるとショックを受けてしまうかもしれない。


「くふっ!」


変な声を出しながら副社長は胃にダメージを受けていた。



…………



「む……?なんだお前達か。恩知らずどもが雁首揃えて何しに来た?」


2017年3月3日。埼玉の病院のベッドで点滴とチューブで触手プレイ状態のサイトウ・ヨシオ。数年前に多少若返ったとは言え元々高齢である。08部隊は自分だけになり、期待していた新時代のメンバーは全員人類の敵となりーー更に親から継いで作り上げてきたサイトまで失くなろうとしている。

独身の彼には家族がおらず、人生何も残らない・残せないこの状況に絶望して弱気になっていた。


そこへ現れた3人組。


「ご挨拶ですね。まだまだ死にそうにないですよ。」

「ご無沙汰してます。お加減を聞いて見舞いに参じました。」

「お花、ここに置きますね。」


現れたのは魔王の3人だった。


「ふん、見ないうちに面構えだけは立派になったな。」


立場はともかくレベルアップした彼らをそう評価するヨシオ。


「こいつはいよいよこの世の終わりか?どちらにせよ、ひと足先に逝くことになりそうだがな。」


「まだまだ、これからですよ。オレ達も貴方もね。」


「抜かせ。何処をどう見たらコレカラがあるのだ。」


「お前は適当ばっかだな。サイトウさん、何か希望はあるか?」


ケーイチがマスターを押し退けてヨシオに顔を近づける。


「ふん、遺言引き出して看取り人気取りか。そうだなぁ、先ずケーイチ。」


「はい。」


「お前は視点を変えてみろ。その眼で破壊する対象を見るのではなく、その先にある幸福を見据えて壊せ。」


「よ、よく解らないのですが。」


「家族のために戦えということだ。今のお前はそこにすら迷いが出ている。まぁ、家庭を持ったことのない者の意見だが……サイトの部下は家族みたいなものだったとオレは考えている。」


「肝に銘じます。」


ヨシオの言葉を心に刻んだケーイチ。本来ヨシオはこんなに話せる状態ではないが、そこはいつも通りマスターが細工している。


「そしてトモミ。お前は……このまま進め。夢を叶えるのも大事だが、今の幸せは手離すな。自分の大事なものは常に見極めておくことだ。」


「はい!それはもう。」


「最後に○○○○。お前には頼みがある。」


「なんでしょう?」


「サイトを……お前の支配下に入れてくれ。」


「「!?」」


その言葉にケーイチとトモミは正気か!?と目をまるくした。

マスターは顎に手を置いて考え事をしている。


「元々お前を後継者にしようと考えていた。今のお前なら世間的にはどうなろうと、正しい組織に出来るはずだ。」


「「…………」」


ケーイチ達は黙って聞いていたマスターの顔を覗き込む。

このタイミングでの後継者の指名にどんな返答をするのか、2人の興味はうなぎ登りである。


「お断りします。自分でなんとかしてください。」


ドゴッ!


そのままヨシオの胸の辺りにゲンコツを、ではなくチカラの塊を……よく見ると様々な精神回路の集合体を叩き込む。


「ふぉ、ふぉるさあああああああ!?」


「「サイトウさん!!」」


奇声を上げながら触手達をブチブチと引きちぎって仁王立ちのまま発光するヨシオ。


「この身体は……動く!身体が動くぞ!?」


「あのサイトウさんが30代に!?」


「あらやだ!○○ちゃん、背中貸して!」


荒ぶるヨシオとその生命力に魅せられるケーイチ。服まで消しとんだので、他の男のモノを見ないようにマスターの背中に胸を押し当てながら視線を遮るトモミ。


「やはりきちんと計算して治すと効果が高いな。医療世界の歴史は伊達じゃないわけだ。」


背中に当たる感触と髪の香りを楽しみながら、満足そうにうんうん頷いているマスター。


「これで人生やり直せるでしょう。今度はお嫁さんでも貰って支え合いながら過ごしてみては如何ですか?」


「この身体は素晴らしい!最高にハイになる!だが嫁と言ったか?オレの家族はあの喫茶店と部下達だけだ。」


「これをご覧ください。」


豪華な装丁のお見合い写真を見せるマスター。それは普通の写真ではなく、フルヌード写真だった。


「こ、これは!?」


「知り合いを調整した時のものです。あぁ、手は出してません。ですが中々の仕上がりでしょう?」


ヨシオは食い入るようにその裸体を観察している。

その身体は時間をかけて丁寧に調整を施した、イシザキ・ユリのモノだった。


「我々にしか解らない良さが、これでもかと詰め込まれている!是非会いたい。すぐにでも!」


「「うわぁ……」」


さすがの千里眼の持ち主と縁結びの神もドン引きの食い付きだ。イシザキの身体は時間空間系のチカラ持ちにしか解らないような、超ドマイナーなフェチが大量に盛り込まれていたのだ。


「実はまだ了承を得てません。今からサイトウさんを撮影して先方にも見ていただきましょう。」


「うむ、頼むぞ!」


カメラを取り出し撮影を開始するマスター。その間にも質問に答える。


「しかし、オレのようなワケアリでも大丈夫なのか?」


「彼女自身もワケアリですので平気です。」


「どんな訳だ?」


「……日本政府の特殊外交官なんですよ。ユウヤ達と同じ、捨て駒でして。」


「フム、初耳だな。誰と交渉してるのだ?」


「オレです。」


「何だと!?政府はそこまで!?」


「そう言うことです。最近の技術向上の一部はその成果ですね。」


「なるほどな。近年の動向に納得がいった。彼女が危ないようならすぐに連れてきてくれて構わない。」


「そう言ってくれると思いましたよ。ではサイトまで送ります。もう貴方も目立たない方がいいでしょうしね。」


撮影も説明も終えて帰るヨシオ。

あの遺言は何だったのかと微妙な気持ちになるケーイチとトモミだった。



…………



「今の娘は知らないか?お見合い写真だ。」


「なんでよ!!」


マスターにお見合いを勧められて頭沸騰なイシザキ・ユリ。

命と将来の掛かった瀬戸際で彼を選んで魔王邸に連れ去られ、ここから魔王の女として生きていくつもりだった2度目の乙女な彼女。その心が無情にも砕かれた。


「何でって、君に手を出すなんて一言も言ってないけれど?」


「あの流れでこうなるなんて思わないじゃない!」


連れ出された経緯だけでなく、毎月なにやら身体を弄られていた。時間・空間干渉のチカラ持ちとの付き合い方の講義も受けたくらいだ。


「先ずは写真を見てほしいかな。」


「一応見ますけ……何で病院のベッドで全裸ポーズなんですか!?無駄に元気良すぎじゃない!」


「向こうもワケアリでね。ただオレよりは常識人だし君の写真を見せたらとても興味を持っていたよ。」


「ふ、ふうん?でも私マスターに写真渡しましたっけ?」


「……オレはほら、視認したものでも写真に変換できるし。」


「何か隠してますね?」


これでも対マスター対策は練っていた元外交官。彼の反応にピンと来て、ジト目で追求して少しマスターの心を悦ばせる。

しかしまぁ、ユリのフルヌードを見せたとは言えない。


「実は彼も空間系のチカラ持ちなんだ。元は死にかけの爺さんだったけど、異世界の技術とオレのチカラで三十路からやり直すことになったんだ。」


「貴方なら出来ますし?やりかねないですが、私の質問の答えになってません。」


「そこはスルーして良いところだよ。」


「どこかの魔王が付き合い方を教えてくれたので。」


「それは彼に発揮してくれ。これから会うからさ。」


まるで誤魔化すようにサイトへ連行するマスターだった。


「は、はじめまして!イシザキ・ユリと言います。」

「お初にお目にかかる。サイトウ・ヨシオと申す。」


「「本日はよろしくお願いします。」」


「「「……ゴクリ。」」」


喫茶店サイトの客席で自己紹介する2人。それを見守る客のふりしたサイトメンバー。腹は減っているが野次馬根性の方が勝っている。


それもそのはず、何十年と女ッケのないマスターが公然とお見合いしているのだ。

それに先立ち若返ってたり、女を連れてきた黒づくめの魔王の事も彼らを激しく驚かせたが……結局身内のゴシップに心奪われている。

黒づくめが"多少"そうさせた部分もあるが、その彼は憧れの元上司の厨房で一般客にとんこつラーメンを出すなど好き勝手していた。


「私は官僚としてーーでも力及ばず特殊外交官としてーーあの黒い人に助けられてーー」


「オレは皆が夢を叶えられる平和な世のためにーーそして皆の憩いの場所をーー」


お互いの経歴とその想いをさらけ出していく2人。


「常に誰かの笑顔のために、ですか?素敵です!」

「貴女こそ苦難を乗り越えた強さは、尊敬に値する。」


お互いを誉め合い、お見合いは順調に進む。

野次馬達は出勤・出動そっちのけで見守っているが、苦情の電話は黒づくめが黙らせた。


「イシザキさん、行く所がなければウチで住み込みでーー」

「是非お願いしますわ。でも、ユリと呼んで頂けませんか?」

「わかった、ユリ。オレの事もヨシオで良い。」

「はい、ヨシオさん。よろしくお願いします!」

「こちらこそ頼む。」


話がまとまり、喫茶店サイトに看板娘が誕生した!


「「「おめでとうございます!!」」」


「「「…………」」」


野次馬達が祝辞を浴びせて喜ぶが、さすがに静かに拍手し見守る勢もいる。ここは表向きは普通の喫茶店なのだ。


「2人ともおめでとうございます。これでサイトはしばらく安泰ですよね。ではそろそろ帰ります。」


「待て!そう急くでない。若くなったからこそ引き継ぎの時間が……」


逃げるように帰ろうとする黒づくめをヨシオが呼び止める。


「嫌ですって。これでも忙しいんですよ?」


面倒そうに拒否するが律儀に足は止める。


「なぁ少し話し合わないか。一応面倒見てやったろう?」


「良いですが、後日にしてください。取り敢えず彼女といちゃつくのが先でしょう。」


「必ずだからな!」


「交渉なら私も参加します!これでも1年見てきましたから。」


「それは頼もしいな。その際はぜひお願いしよう。」


「……もう勝手にしていてください。」


いかにも面倒くさそうに魔王邸に帰る黒づくめだった。


(おいおい、魔王と交渉とかマジかよ!?)


彼が消えると黒もやも消えて冷静になった者が、人類への重大な裏切り行為に気がつく。

サイトの指導者は復活したが、泥沼な状況になりそうな予感で震える者も少なからずいるのだった。



…………



「社長、もっと稼げる仕事を振ってくれ。」


「バイト君には充分な仕事を提供してるハズよ?」


「今後を考えたらもっと必要なんだよ!」



2017年4月。ケーイチが社長室で交渉していた。

自身を見直し家族についても考え直した彼は、改めて世の中お金だと結論付けた。


「そうは言ってもねぇ。今の仕事でも世の中が動くレベルだし、無理しない方が良いと思うわ。」


「オレの目は誤魔化せないぜ。トンでもない仕事があるだろ?」


「あるけど……千里先ではそんなものなのね。この仕事はマスターでないと難しいわよ。」


暗い紫の目で見抜いたつもりのケーイチはあっさりダメ出しされた。


「おはようございます。すごく入りづらいのですが、出勤しないわけにも行きませんしね。」


「お前、もう結構稼いだだろ?今回は譲ってくれないか?」


「いやいや、ウチは家族も多いし……トキタさん一応まだ人間だし。」


「アブねえ、てか?そんなのこの目で見抜いてーー」


「今回は長期のお仕事なの。帰ってくるのは今日だけどね。」


「っ!分かった。オレの寿命じゃ持たねえか。」


そこまで言われてようやく見えたのか、引き下がるケーイチ。


「バイト君はわるーい要人の事故死の依頼よ。あなたは新規の異世界。例の件込みでね。」


「「了解した。」」


2人が旅立って行くと、部屋の影から1人の女が現れる。


「あのー、私の仕事はこれだけ……?」


「バイトちゃんは大事な仕事をしたのだけど、足りないならこれをして貰うわ。」


「もちろんやるわよ。知り合いにエンムスビーム撃つだけじゃ……?」


渡された書類のなかにマリーの妹の製作補助、マリーの男友達の排除という項目を見つけたトモミ。


「…………」


無言で社長を見ると、スッと目を逸らされた。


「この2つは管轄外です。他の仕事、行ってきますね。」

「ちょっと!?」


無情にもさっさと出ていくトモミ。2つ目はともかく1つ目すら拒否られて凹む社長。


「この世に神なんて居ないのね。」


「領主様、ご自身で何とかしろってことですよ。」


縁結びの神に見捨てられた上司を副官がフォローしに入る。


「だって、素直に頼んでマスターが受けてくれるとは思えないし……クルスとか言う王子がもし彼氏にまでなったら、私泣くわよ!?」


この前クルスが遊びに来て挨拶された時に領主は激しく動揺してしまった。この分だと本当に体裁関係なく泣き出しかねない。


「自業自得じゃないですかね?でも好感度最悪状態からは脱してますし、今度は普通に口説けば良いんですよ。娘様の友達にしても変に別れさせるのではなく、配下の誰かをあてがってそのチカラを上手く使えばよろしいかと。」


「でも、だってえ……」


ウジウジしている領主のもとへ、制服を着た1人の天使がやってくる。


「おはようございます。お母様、副官さん。朝から変な話で盛り上がらないでほしいです。」


「マリー?こ、これはね?私たちの将来が懸かって……」


「クルス君は別に彼氏とかじゃないです!この前も言ったのに聞いてくれないのですから……私はお父様が好きなんです。」


「「はい!?」」


ほっとしそうになったのも束の間、顔を赤らめて爆弾発言するマリーに固まってしまう。


「この前お風呂で……きゃっ、とても言えませんわ!」


「…………」


「領主様、お気を確かに!さ、少し横になりましょう。」


「マリーちゃん、迎えに来たよ!」


「今行きますわ!それでは学校に行って参ります。」


そそくさと学校へ向かうマリー。外に出るとセツナがお弁当を渡してきた。笑顔でお礼を言って学校へ飛んでいく。


(子供の成長は早いものだな。)


しみじみ感じる副官。領主を寝床に入れて、代わりに監理業務を始めるのだった。



…………



「やはり推測は間違いないな。このままでは……」


「あなた。やはり実行なさるのですか。」



クヨウ歴126年。カイキ王国の王城バルコニー。

国王夫婦が平和な国を眺めながら話をしている。それがあまり愉快なものではないのが2人の表情から分かる。


「幸い条件の合う協力者も確保した。そやつと合流したらコトに及ぶつもりだ。」


「信用できるのですか?その先に進んだら私たちは……」


齢50を越えた国王の決意と、齢40程の不安を抱えた王妃。


「お前には苦労を掛ける。可能なら協力者とーー」


「貴方との思い出まで消せとおっしゃいますの!?」


「すまない。そこは任せる。だがこの数値は本当に良くないものなのだ。」


すがる王妃を抱き締めながらも決意は揺るがない。

国王は手のひらをかざすと赤い文字が空中に浮き出る。

その文字は何かの数式で、解には現在の値が表示されている。

その横に参考値として彼が若かった頃の数値が出され、それは現在の20%程であった。


「仮に私達は良くても、娘の気持ちはどうなりますか!」


「協力者と上手くやって貰うしかないだろう。信じるのだ。」


「ううう、あなた……」


ついには泣き出して抱き合う2人。


「お父様、お母様……私は……」


その様子をオッドアイの娘が部屋から覗いて心を痛めていた。



…………



「初めまして。ハーン総合業務より派遣されたマスターと名乗るものです。以後お見知りおきを。」


カイキ城の謁見室にてうやうやしく頭を垂れて挨拶する黒づくめ。近年は相手の流儀に合わせて膝をつくことも普通にしている。


「余はカイキ6世。リビン・カイキと申す。こちらは妻のレイク。それと娘のシインとレイラだ。」


国王は隣に座る王妃と反対側に立つシイン、次女のレイラは王妃側に立っている。シインは黒髪青目、レイクとレイラは薄い青髪で青目だった。姉妹で容姿に差があるのは腹違いのためである。レイクは第2夫人であり、シインの母は既に故人なのだ。


紹介された女達は特に挨拶することもなく仰々しいお辞儀をするわけでもなく、少しだけ目を伏せるだけだ。

愛想がないのではなく部下達の手前、表向きは謎の客人に頭を下げるわけには行かない。なので……。


「大臣、皆を連れて下がるが良い。残るのは我々だけだ。」


「な!?しかし……分かりました。下がって待機だ!急げ!」


口答えしようとした高齢の大臣は、国王の人を殺しそうな眼光にあてられてそそくさと消えていく。


「すまぬな。君が社長が言っていた者で間違いないのだな?」


「はい、黒いモブ顔の変人と聞いていたなら自分のコトです。」


「「「ブフッ!」」」


女達が吹き出して慌てて口元を押さえて肩を震わせている。

行く先々で言われ続けたマスターは、自らネタにするようになったようだ。


「いやその、世界を見ることが出来る変人とは聞いていたが……女達が失礼した。それで、この目が分かるか?」


国王の目が淡い赤に光り、マスターを試すように見てくる。


「奇遇ですね。オレも似たようなことが出来るんですよ。」


マスターも赤目を披露して能力を示すと、王は満足げに青い瞳に戻す。


「くくく。その目、気に入ったぞ。まさか余より強力な目の持ち主とは思わなんだ。」


国王の喜びように王妃のレイクもほっとする。ここで紛い物に来られていたら、計画の建て直しだったのだ。


「恐れ入ります。」


(お父様は何を?私には何も分かりませんでしたわ。)

(あの雰囲気、引き込まれそうな光り。彼ならこの国も……)


シインは霊感めいたモノは無いようだが、レイラの方は見えていたようだ。


「さて、こんな場所では疲れるだろう。部屋と茶を用意しよう。ついてくるが良い。」


国王自らが案内するのは城の貴賓室。バルコニー付きで城下町どころか国境の山脈も見える。


「良い景色です。ここなら子供達も健やかに育つことでしょう。」


「ほう、分かるか。実はシインもレイラも自慢の娘でな!」


親バカ心を刺激された国王は急に親近感が出てきて語り出す。


「その時の可愛げと言ったらもう!」


「あなた?そろそろ本題に移られては?」


たっぷり1時間語り、さすがに王妃からストップがかかる。

娘達は恥ずかしそうにうつむいてお茶を飲んでいた。


「おお、そうだな。嬉しくてつい。それでマスター、お主はこの世をどう見る?」


「平和で結構ですが、いびつな感じはしますね。例えば善意と悪意の差が大きいとか、本来のカタチをねじ曲げているような。」


「ほう、やはりそう思うか。実は昔はもっと荒々しい世の中だったようでな。」


リビン王は語る。

この国に限らず、この世界は本来もっと生存競争の激しい世の中だった。

と言うのも食物連鎖の頂点は人類ではなく、もっと上の悪魔めいた存在がいた。それだけでなく野生動物も大柄・狂暴で狩りをしようものなら狩られる覚悟も必要なくらいだった。

中でも悪魔の頂点たる存在は暴虐の限りを尽くしたと言う。

しかしカイキ一世とその仲間の活躍により悪魔の王、魔王を封印して今の世に至る。

当時のカイキ一世のと仲間達は各地に国を築いて、今もその子孫が統治している……らしい。


「らしい、てことは確証は無いのですか?」


「当時の文献が不自然なくらいに残されておらんのだ。各国の王族は不思議なチカラを持っており、今の話は余のチカラを持ってしての推測にすぎぬ。」


「そのチカラ、お聞ききしても?」


「この眼で通したものを言語化・数値化出来る。指を通せば書き換えも可能だ。」


そう言って人差し指を淡く光らせるリビン。それを見たマスターはRPGのデバッグモードを想像した。


「なるほど。調整がメインのおチカラのようで。」


「うむ。過去の戦いで平和になった。が、あれから100年以上経った今、本来の在り方とは違う生き様に世界が悲鳴をあげておる。上手くは言えぬが地底の底より取り返しのつかない厄災が訪れるやも知れぬ。」


「では今回のお仕事は一緒に世界を戻す、と言うことですか?」


王の説明に仕事内容を確認するマスター。


「いいや少し違う。手伝いは頼みたいが戻すのは余の務めである。本命は戻った世界で女達をよろしく頼みたいのだ。」


「「はいっ!?」」


シインとレイラはすっとんきょうな声をあげて父親を見る。

王妃のレイクは知っていたので、うつむき目を伏せているだけだ。


「……失礼。それでは何故オレが呼ばれたのか解らなくなります。」


「世界のより戻しはこの世の者達でやらねばならぬ。一度頼れば永遠にお主が居なければ助からぬ。」


「理屈はそうでしょうけど。」


「チカラの酷使による衰弱は免れんだろう。魔王の封印を解けば過去の因縁の血縁者、余が真っ先に食われかねん。」


「それでオレに国を任せると?」


「国はレイクや娘達が何とかする。ただ全滅しないように……50年は世話を頼みたい。」


「あぁ、ここで長期のお仕事に繋がるのですね。分かりました。それで報酬についてですが。」


「事前の協議通り変わりはない。」


リビン王が取り出した契約書には、幾ばくかの特産品に労働力の調達。この世界で得た副産物の全てとあった。


(まあ、お金もらっても仕方ないしね。労働力は新しい血筋的な意味も込みだろうな。そんで本命は……)


「余が言うのもなんだが、人生を掛けた仕事にこの程度の報酬で良いのか?」


「上が決めた以上、文句は言いませんよ。それに自分、ちょっと長生きな種族ですし。」


「なら良いが。どうしたシインにレイラ。突然の話とは言え、いずれはその血を頂くお方だ。愛想のひとつでも……」


「わ、わたくしは嫌です!政略結婚にしてもこんな得体の知れないお方なんて!」


「レイラ、はしたないわ。失礼しました、マスター様。ですが妹に限らず私も動揺しております。どうかご容赦を。」


激しく拒絶するレイラと、やんわりシイン。対してマスターはいつものコトだよねと軽く流している。


「それが普通の反応だと思うし気にしてませんよ。結婚するつもりはありませんし。リビン王の言葉通りの意味で血が必要なら言ってください。国政にも参加するつもりはありません。相談だけは受け付けますけどね。」


「その心の広さが逆に怪しいです!何か裏があるーー」

「レイラはもう!重ね重ねすみません。」

「2人はもう下がりなさい。話は大人だけでします。」


レイク王妃からのお達しで退室する娘達。シインもレイラも二十歳前だが、この国では成人扱いな年齢である。

しかし内容的にも繊細な話なので、落ち着いてから話をした方がいいだろう。


「むう、急ぎすぎたか?コトを起こす前に孫が見たかったのだが……」


「あの子達も王族としての教育は受けてますのに。普段は穏やかなレイラがあそこまでの反発を見せるとは思いませんでした。」


「ははは、いつもの事ですよ。とは言えお仕事は手を抜きませんのでご安心を。」


「うむ、頼もしい限りだ。決行は次の満月とする。それまでにこの地に馴染んでおいてくれ。」


「あと1月足らずですか。急がねばなりませんね。」


「いや、あと2年近くあるが?その間に変更箇所の纏めを作るつもりだ。」


どうやら地球とは月の周期が全然違うようだ。そしてその間に修正パッチを完成させるらしい。


「あぁ、だから孫とか言ってたのですね。ならお手伝いますよ。しかし様々な世界を行き来してると、変なところでカルチャーショックを受けるのが面白いですね。」


「壮大なお仕事をされているのですね。よろしければ夕食の時にでもお仕事の話をお伺いしても?」


「もちろんです、奥様。」


「それは良いな。娘達と打ち解けられるかも知れぬ。そうだ、先にこの城を案内せねば。これから長い付き合いになるのだからな!」


リビン王も賛同し、今後の打ち合わせは早々に切り上げて城を案内されるマスターだった。



…………



「こちらが我が城自慢の庭園です。」


「ほう、色とりどりのバラとは……良い腕をしていますね。」


中庭を案内されたマスター。そのバラの中には青色も存在しており、余程の庭師を雇っているのだろうと推察した。


「ふふふん、分かります?国王様の指示を受けたこの道30年のベテランさんが育てたのですよ!」


案内する20代のメイドさんは鼻高々に自慢する。身内の功績を素直に喜ぶ姿はとても良いな、等とマスターの視線はメイドさんに向けられる。


「あ、マスター様!私をイヤらしい眼で見ましたね?」


「あ、いや。そんなつもりでは……」


そんなつもりである。


「いけませんよ、マスター様はシイン様かレイラ様をお選びいただくのですから。」


「知ってたのですか?」


「やっぱり!今メイド中で噂になってるんですから!」


壁に耳あり障子に目あり。人の口に戸口は立てられぬと言うが、驚きの噂の浸透率である。


「それで、マスター様はどちらが好みなのですか?」


「それは追々だね。何となくチカラの才能はレイラさんの方が強そうだけど、嫌われてるっぽいからね。」


「あら、マスター様は女心に疎いお人なのかしら?」


「良く言われるよ。気を付けてるつもりでも、あらぬ方向から不意打ちが来るから難しいけどね。」


「ふふふ、どこの世も同じなのですね。」


メイドさんと楽しく会話しながら、それでも地表のチェックは忘れない。とても清涼な土地ではあるが、その奥からは得体の知れない何かの胎動を感じる。


(社長がこの仕事を取った理由は読めてたけど、この規模とはね。じっくり観察させてもらうとするか。)


マスターは地面に置いていた手を離すと不思議そうな顔のメイドさんに何でもないよと声をかける。

時間はあるし作れる男は、手応えを胸に次の場所を案内してもらうのだった。



…………



「どうですこの広さ、優雅さに掃除を欠かさない勤勉さ!そして何よりーー」


(ここに入るまでの早さかなぁ?)


大浴場の説明を受けながら泥臭く殴り合うアニメを思い出すマスター。実際に城の構造上、大抵の場所からは素早く移動できる。


「国王様の下々の者まで使って良いとのお達しで、私達も極楽気分を味わえるのです!」


「実際良い趣味してるよ。装飾も派手ではなく落ち着いた色合いなのに優雅さが醸し出されている。」


「そうでしょう、そうでしょう!?実は第2夫人様はここで国王様とバッタリしっぽりと……失礼しました。」


メイドさんに色々ばらされた国王夫妻。今は亡き第1夫人の子・シインとレイクの娘レイラが年子なのは、男のサガにリビンが耐えられなかったのだろう。

強いてフォローを入れるとすれば、レイクとの間になら王族のチカラを残す可能性を感じたか。


(ま、そこはそうっとしておくか。オレもあまり詮索されない方がありがたいしな。)


『今も妻子持ちなのを隠してますものね?』


(いやほら、それはーー)


ただでさえ拒絶されてるのに、今正直に伝えることではないと考えているマスター。


『解ってますよ。でも若い娘ばかりじゃなくて、私達の相手もしてくださいね?』


(もちろんさ。オレが愛する家族を放り出すわけがない。)


『ふふ、待ってるわね。』


妻からの不意打ちに対応して変な汗が出たマスター。そのまま服を脱いで入浴したい気分だ。


「私の勘が言ってます。マスターさんには別の女性がいらっしゃるのではないですか?」


「君こそ、もしかして王族の血筋なのでは?」


強力な女の勘には男の適当推測をぶつけるマスター。


「「…………」」


「今回は引き分けで良いですよ?」


両者沈黙の後に引き分け宣言で場を収めようとするメイドさん。


「そうですね。お互い仲良くお散歩した。そう言うことで。」


「それですね。ちょっとマスターさんの好感度が上がりましたよ?」


「光栄だね。いつか部屋に呼んで貰えるように頑張るよ。」


「ふふ、その時はよろしくお願いしますね!」


お姫様より先にメイドさんを口説きにかかるマスターは、やっぱりマスターだった。



…………



「ほう、そのような世界も存在しているのだな!」


「私はやっぱり、医療の世界が気になるわ。」


「「…………」」



食堂での豪華なディナー。様々な世界での仕事や文化を語るマスター。リビン国王は魔法形態やら科学技術に興味を示し、王妃は美容的な意味でファラの世界が気になる様子。

そしてお姫様姉妹は口数少なく上品に料理を頂いている。


「レイラは、気になるお話はありまして?」


「……突拍子のないお話ばかりで私にはついていけませんわ。」


微妙な間を置いてとりつくしまもない答えを返すレイラ。

その間で心の舌打ちしたのをマスターは聞いている。


「わ、私は感動致しましたわ!特に宇宙から攻めてくる敵を協力して退治する話は素敵です!」


シインはフォローを入れるがレイラはムスっとしていて空気は悪い。彼女が言及した話は5年以上前、アケミがまだ亡くなる前に夫婦の合体技やら何やらで戦った話である。

世界の軍隊が協力して迎撃する中での仕事であった。


「シインさん、ありがとう。でもまぁ何でも屋と言えば人類の闇のお掃除が多いですからね。お若いレディには向かない話だったかもしれません。」


「なら別のお話にするか、沈黙を尊ぶべきではなくて?」


「レイラ!」


「構いませんよ。これならどうですか?オレは料理とコンプレックスの改善も得意でしてね。いくら食べても太らなくできますね。一生モノのキズを治したり、容姿・体型・年齢までも調整することがーー」


「少しはまともなお話もできるのね。仕方ないからチャンスをあげるわ。」


「こう言ってはなんですが、先程までのお話より格段に面白いですわ。」


「最近年齢をひしひしと感じておりますの。」


女達が食いついてそわそわし始める。要約すると、「「「ふーん……詳しく!!」」」である。


ちなみに給仕をしているメイドさんもそしらぬ顔で耳がピクピクしている。


「これについては自分のチカラによるものなので、追々ってことにさせてください。」


「男の秘密を簡単にさらすものではない。じっくりと知って行けば良い。まだ時間はあるのだからな。」


相手の食いつきに対して一歩引いて見せるマスター。それを推奨するリビン国王。


「「「そ、そんな……」」」


こうして女達の興味を勝ち取ったマスターは勿体振ることで、次以降の会話の権利を手に入れたのだった。



…………



「はっ!やぁ!たぁ!……こんな感じで稽古をしているから生傷が絶えなくて……」


指南役と向き合って剣を振るうレイラは、見学させているマスターの方をチラチラと様子を伺いながらアピールしていた。


「お母様譲りのこの髪は好きだけど、黒は不吉とされていて……なかなかドレスとも合わせにくいし。」


シインは仕立て屋にマスターを付き合わせての同情を誘う作戦に出た。とは言えお姫様、肌は絶対に見せなかった。


「もっと夫の気を引くには根本的な輝きを……そしてそれは若さだと思うのだけれど、マスターさんはどう思います?」


レイクはマスターをお茶に誘って旦那をダシにしてアピールしていた。

そんな中で。


「なにこれ最高!まるで子供の頃みたいなお肌よ!?」


メイドさんは部屋に遊びに来ない?とストレートに誘って恩恵を受けた。絹のシーツとの組み合わせが良く合うその肌は、血行が良く汗ばんでいた。


その後1人だけ雰囲気が変わったメイドさんに対して仕事仲間から尋問が行われたとかなんとか。

最後まで口を割らない律儀なメイドさんだったが、ぶっちゃけバレバレである。察した彼女達は日替わりでマスターを部屋へ連れ込んでいった。

使用人好きのマスターは、やっぱりマスターしていった。



…………



「ふう、少し休憩しようか。お主が居ると作業が捗る捗る。やはり頼んで正解だったな。」


「リビンさんこそ、良く独学でここまで緻密な式を作りましたね。お陰でやるべき事が解りやすいですよ。」



王の執務室で人払いをし、世界を元通りにする修正パッチを作る2人。これを適用すれば生存競争の激しい混沌の世界に戻るが、ある程度対策は取れる。ある日いきなり滅亡するなどと言った厄災は防げる。


今はリビン王のデータを参考にマスターが世界のコトワリを紡ぎ、それをまたリビン王が数値化してパッチに落とし込むと言う流れで作業していた。


「時間を操れると言うのも大きいな。おかげで寝不足も解消したし国政と作業の両立もできておる。あの報酬でここまでしてもらえるとは願ったり叶ったりだ。」


「それだけの価値がある仕事だと考えておりますので。」


「それなら良いが。ただ、願わくばレイクだけは余の死後まで手を出さんで欲しい。」


メイドさんのシェアを拡大しているマスターに釘を刺すリビン王。


「もちろんです。そんな無粋な真似はしませんよ。オレはいつだって本人の意思と幸せを考えてますから。」


魔王事件を棚にあげてのたまう彼だが、あれはあれで人間社会を維持するのに必要ではあった。


「ところで娘達とはどうなのだ?もう3ヶ月になるが進展したと言う話は聞かんのだが?」


「今は一周回って警戒されてますよ。特にレイラさんはリビンさんのチカラを片目だけ受け継いでますし。」


それは間違いではないが、メイドさんを味わい尽くしたマスターを軽蔑している所為である。


「お主が妻子持ちどころか愛人も多いのは聞いたが……なんとも不思議な男よの。」


「顔と頭の良さ以外がそこそこあるだけです。」


圧倒的なチカラと財力にセイギ。取っつきにくさを越えればそれなりに支持を受けられている。そこまでいくのが大変なのは置いておく。


「ところであのメイドさんは何なんです?」


「やはり気づいておったか。彼女は先代の血を引く女でな。市井に放り出すわけにもいかぬ血筋ゆえ、ここに置いておる。」


「あぁ、通りで自由なヒトだと。」


チカラの才能を受け継いだ女を街に出せば、何かの拍子にチカラが発現すると大問題になってしまう。とは言え露骨なと区別扱いも城内の派閥争い的にもよろしくない。

なのでそこそこの立場と施設使用の権利を与えているのだ。

あの大浴場を使用人が使えるのもそこら辺の事情があっての事である。


「まさか最初があの者とはな。いずれ世界が戻ったときに他国との縁繋ぎに、と思っておったのだが……」


「そう言うの、やはりあるのですねぇ。」


「こちらが言わなかったのも悪いがシインかレイラ、どちらか片方にしてもらいたい。」


「依頼人の要望には応えますよ。」


急に国王らしい思考になったリビンにお辞儀するマスターだった。



…………



「何よ、私には用事はないわ。使用人達と仲良くしてれば?」



剣の修行を終えて午後のティータイム中のレイラは、気持ち悪い笑顔で話しかけたマスターを追い払うつもりだった。

ちなみに彼は普通の笑顔のつもりだった。


「そうは言うけど、もう少し知り合えた方が良いと思うんだ。」


「貴方みたいな節操無しの何を知れと?ああいう行為はとても神聖で大切なモノなのですよ!?」


「その考えは分からなくもないよ。神聖に昇華させるのは当事者達だけだけどね。全身全霊のコミュニケーションであり、商売が成り立つくらいには需要があり……感情の制御にもなる。」


「仰りたいことは解りますわ!でも私は立場ある身なのです!快楽に溺れる浅ましい形ではしてはいけませんの!」


感情が高ぶりオッドアイになった彼女は、その目の効果か経験したことの無い話にまで理解を示している。


「覚えておくよ。今日は少し君を知ることができて良かった。」


「あ、こら!貴方と言うヒトは勝手が過ぎますわ!」


勝手に現れ勝手に立ち去ろうとする男を咎める彼女。


「焦らず少しずつ知って行けば良いんですよ。」


それだけ言い残したマスターに、なんて勝手な男なの!?と憤慨して見せるレイラ。いつの間にか彼の事を考えさせられていることには気付いていない。

側で静かに立つメイドさんだけが、内心ニヤニヤしていた。



『あの娘、男を知ったら絶対ドインランになるわね。』


一方で立ち去ったマスターの心には、宇宙一の評価がくだされる。


(神聖視するくらいだもんね。まぁ立場の自覚があるから悪い娘じゃない。さて次は……)


蔵書室に向かうとシインが本を読みながらノートに要点をまとめている。この世界では紙が高価なのだがそこはお姫様、良い紙のノートである。


「勉強中かい、精が出るね。」


「貴方もね。使用人にばらまいてるらしいじゃない。」


こちらも噂を聞いてからはツンツンである。


「だからってそうツンツンされると困るんですよ。少し話をしないか。」


「自業自得じゃない。手早く子を残すなら妹の方に行きなさいよ。」


「さっきたまたま会ったけど追い返されたよ。君は一緒にお茶したりしないのかい?」


しれっと適当な経緯を伝えて疑問をぶつけるマスター。


「もう知ってるでしょ?私はレイラのような才能が無い。だから少しでも国の役に立てるように勉強中なのよ。」


「それは素晴らしい姿勢だね。なかなか出来る事じゃない。」


第1夫人の子でありながら世界を見る才能が開花しなかった彼女。劣等感に苛まれるだけでなく向上心を持つシインに感心するマスター。


「……おだてても何もないわよ。だから勉強してるんだしね。何か用事?」


誉められたのが嬉しかったのか、少し居心地悪そうなシイン。

父親には愛されているが、どうしても周囲には妹と比べられてきた彼女は、聞く姿勢を見せてきた。


「お互いもう少し知り合えたらと思ってね。オレとしては君の事を知れたから、今日はここまででもーー」


「なら少し手伝って欲しいわ。私はまだ貴方を知らないから。」


「ほう?分かった。何を聞きたいんだい?」


ちょっと嬉しくなったマスターは、興味とサービス精神が出始める。


「この後少し付き合って貰いたいのだけど……これを終わらせないと行けないわ。お願いできる?」


しれっと利益を2つに増やし、時間も短縮するシイン。お姫様教育の賜物だろう。


「なるほど?これならむしろ利益を3つにした方が早いな。」


世界史をまとめていたシイン。だったら実際に見た方が早いだろう。


「そうしてくれると思ったわ。貴方の見ている世界、教えていただける?」


「しっかりしてるね。では少し失礼して……心を穏やかに。」


「は、はぃぃ……」


実は確信犯なシインの後ろに回り、両手で目隠しするような形を取るマスター。

穏やかにと言われても父親以外の男に初めて触れられたシインは緊張で固まってしまう。


「大丈夫、怖くはないよ。負荷はこっちに流すから。」


黒モヤで落ち着かせて、身体に掛かる負荷分は引き受ける。

私の時にもそうしてよ!とハルカから突っ込まれそうだが、あれは半分お仕置き、半分洗礼と言う名のスパルタである。


「な、何と言うことでしょう!見える……いえ感じますわ!」


シインは静かな蔵書室の、時間や想いを肌で感じていた。

目を閉じ1歩も動いていないが、意識が周囲を感じ取っていた。

試しに本の1つに意識を向けると、そこに書かれた情報……と言うよりそれを書いた人の記憶・想いがダイレクトに入り込んできた。


「こ、これは……マスター様?」


あまりに新鮮な感覚に呼び名を改めたシイン。


「これが世界を見るチカラ。その一端にすぎないけどね。」


4番弟子のようにはしたくないのでこの部屋の一角だけの読み取りだが、シインは感動して涙が自然と溢れていた。


「見たところ、学習面ではその才能はありそうだね。どれ、気になる本をどんどん感じてみよう。」


「は、はい!」


言われたとおりに次々と本に意識を向けて、それらを吸収していく。


「きゃあ!?こ、これは……いえこれも!」


何やら途中で悲鳴をあげているが、それも積極的に取り入れる。


(これ、夜の手解き書じゃないか。一応黙って見ないふりしておくか。)


魔族領ラビと同様、そっち系のお宝が眠っていたカイキ城。

生きると言うことはそう言うのも込みでの事なので、別に不思議なことではない。


『ふうん、こっちではこういう風にするのね。』


内容をしっかり転送された妻も熟読中だ。大差はないが、経緯に少し新鮮味を感じたらしい。


「はぁはぁ、凄いですわ。年単位の勉学をほんの数分で……しかも理解できているなんて!」


「お気に召したかい?でも負担はそれなりに掛かるから、今日はここまでにしよう。」


「ありがとうございます!今までの失礼な態度をお詫びしますわ!」


「なに、こちらこそ配慮が足りなくてすまなかった。」


「ならお互い様と言うことで、この後付き合ってくださる?」


当然快諾すると、連れていかれたのは大浴場だった。


「君さ、チカラを見る前も言ってたけど付き合うって本当にココ?」


「もちろんよ。汗もかいたし清めたいの。ああ、別に見たければ構わないわよ。」


「どういう心境なのかサッパリなんだけど。」


さっきとは別のメイドがシインの服を剥ぎ取っていく。だがそれは遠慮がちで、見ようによっては焦らしの小テクにも思えたがそうではなかった。


「男である以上見るけど……!?」


そこには箱入りのお姫様とは到底思えない、古傷だらけの裸体が存在していた。


「やっぱり驚くわよね。ごめんなさい、こんな身体で。」


「聞いても良いかい?」


「何年も前に誘拐されて……後は想像出来る通りよ。私はギリギリ助かったけど、お母様は帰れなかった。これ以上は思い出したくもないわ。」


「わかった、そこまでだ。オレに望むのは回復か?復讐かい?」


「復讐はお父様が済ませてくれたわ。犯人の一族全てを家畜と交尾させた上で切り落としてくれたの。だから望むのは……未来ね。」


回復とも過去の記憶を消せとも言わない。彼女が欲しいのはそんな単純なことではなく……幸せな未来という、もっと単純な希望だった。


「承知した。」


本当に理解したことをシンプルに伝えることで伝え、浴室へと促す。

2人は完全に衣服から解放されると、お互い全く隠さずに遠すぎず近すぎずの距離で歩いていく。


「まずはかけ湯だけさせて貰うわ。汗くさい女を晒したくないから。」


汗を流した彼女はマスターを椅子に座らせる。


「本当は同情と誘惑で治して貰うつもりだったけど……これは純粋にお礼。色々試すから色々教えて頂けます?」


感謝の気持ちに先ほどの知識と自身の興味を上乗せして、マスターの絶品を撫で・弄り・口づけ始めた。

好きにさせ、たまに注文をすると素直に受け入れてくれた。


「へえ、こんななんですね。」

「驚いたな。本当に学習能力が高い。」

「本当?ありがとう。」


嫌な顔1つせずに、口から取り出した遺伝子情報を弄びながら観察しているシイン。


「ふんふん、やっぱり実物は凄いのね。こっちも思っていたより回復が早いみたい。」


何から何まで手で触れて確認してくる彼女だが、申し訳なさそうな表情になる。


「この後本当なら伽用のココを使うのでしょうけど……ごめんなさい、私はその機能が壊れているの。」


シインも椅子に座って痛ましい形となったその場所をよく見せてきた。


「その事、王様には?」


「言ってないわ。お医者様にも口止めしている。本当は月の穢れも無くなってしまったし……そんなの言えないわ。」


他の部位の傷痕までなら何とかなったかもしれないが、さすがにその状態では他国の王子と婚姻は難しい。

国のシステムから見放されては生きていくのも難しい身。そんな中でのマスターとの出会いは僥倖と言えるだろう。


「ならオレが何とかしよう。あの本にあったことを全部実践出来るようにしてみせるよ。」


「ありがとう、よろしくお願いしますわ。」


信頼を勝ち得たマスターはいつも通りに彼女を修復していく。


(このレベルの治療……いえ修復?を簡単に!?)


様子を眺めているメイドさんは驚きの連続だ。


「マスター様、もう1つだけワガママを……そのーー」

「承知した。」


言いづらいお願いを察して秘密の場所に身を乗り出すマスター。どうやらキズモノの身体であっても最後は信頼できる男と思い出が欲しかったようだ。


(無理しない程度に、満足してもらおう。)


感覚が半減したソコを指や舌、絶品にチカラを通して触れていく。

本来の効果は得られない。しかし大事に触れてくれて、相手の結構な充血具合を確認できただけでシインは嬉しくなっていた。


「マスター様ありがとう。この身体でも高まり合えるなんて、思いもしなかった。」


「キズくらいでは魅力の本質は変わらないから。ではそろそろここも直すよ。」


既に設計図を組んでいたので即座に新しい身体へと変化させる。


「なんてこと!?忘れていた感覚が戻ってきましたわ!」


その脈動にシインは感動し、思わずマスターに抱きついて唇を奪っていた。


そのまま五感全てで生命を確かめ合って、洗い合ってから湯船に浸る2人。そこでも距離はゼロを保ち、ネットリとした時間を過ごす。


「マスター様、気を遣ってくださるのはありがたいのですが……」


「それはしないよ。急ぐ必要はないし、立場的にも良くないでしょう?」


「むぅぅ。」


せっかく姫としての尊厳を取り戻したのだ。功労者にご褒美をあげたいシインだが、肝心のマスターが一線を越えてこない。


「オレは未来を依頼されました。その為に必要な事までしか致しません。」


「つまり正式な約定を交わしてから、ですね!?」


「そう言うことかな。」


フンスと鼻息荒くするシインだが、マスターは心なしか悲しげだ。

せっかくのこの楽しい時間中に少しでも気に入られようと、お姫様はマスターの身体を味わい尽くす。お返しも頂いて"大満足"なシイン。


「そろそろかな。これを君にプレゼントしよう。」


「赤い光?」


「これは君の未来。一番長生きできて、幸せを掴める運命だ。」


「まあ!なんて素敵なんでしょう!でもなんでこのタイミングで?」


「治療が完了したからね。君の心と身体は無事にシンクロした。思いの外早かったね。」


「えっ?ッ!?」


赤い光を胸に挿入されて、謎の感覚に悶える。


「楽しかったよ、ありがとう。」


その言葉を最後に聞いて、意識を失ったシイン。気がついた時には部屋のベッドで……。


「うーん、少し記憶が曖昧ね。寝ぼけてないで今日もお勉強しましょう。レイラなんかには負けないんだから!」


彼女は立ち上がるとメイドさんに服を着させてもらう。


「それにしても、あの黒いのは邪魔よね。それこそレイラに押し付けて、私は素敵な王子と幸せな家庭を築いて見せるわ!」


(シイン様?昨日はあんなに分かり合えていたはずなのに……マスター様、それは残酷な選択ですわ……)


メイドさんは伏せ目で相づちし、慕う相手の選択に心を痛めた。



…………



「はぁぁああああ!!フッ!トァ!!」



レイラの気合いと連撃の風切り音が訓練場に響く。それを黒い短剣で捌くのはマスターだ。

レイラの両親が落ち着かない様子で見物している中での立ち合いは、レイラが申し込んだ決闘だった。


「良い腕をしているね。」

「日々研鑽を積んでるのよ、貴方と違って!」

「引き締まっていて触れたら心地よさそうだ。」

「そっち!?バカにして!!」


高低ある金属音の連続は何かの演奏のようでもあるが、マスターのテキトー発言とリアクションで台無しだ。


「姉さんは変わってしまった!貴方の治療を受けて!」

「それでも彼女の望みは叶ったし、これからも叶うよ。」


そう、この決闘は変貌したシインの原因を突き止めた妹の復讐なのだ。腹違いとはいえ一応上手くやってきた姉が、急に野心に溢れて冷たく当たるようになればそうもなろう。


「何かを成し遂げるには代償が必要になるんだよ。それが世界のルール。」


「そんな理屈で納得できるのは頭お花畑だけよ!」


「君ならもしやと思ったが……」


ガイン!と正面からの一撃を防いだマスターは、やっぱりこの手の解説は理解してもらえないかと失望する。冷静でないし仕方ないのだが、解る人ならピンと来るものだというのがマスターの認識だった。


「本気でやりなさいと言ったはず!その禍々しい短剣は見た目だけ!?」


防戦一方なのと、よくわからない言葉を投げかけてくる彼に……そんな相手に一本も取れないレイラはイラつきを覚えていた。


「これ、短剣じゃなくて杖なんだよ。」

「どこがよ!?」

「こう言うことさ。」


マスターは白いチカラを籠めて柄の水晶玉が光り始める。


「!?」


刃の無い刀身が左右に分かれ、白く輝くエネルギーの剣が現れた。


「ではこちらからも行かせてもらう。」


「な、なによこれ!?」


危険を感じて飛び退くレイラ。初撃は躱したが、白い刀身は槍に変化して迫ってきた。

それをギリギリ横に躱すと今度はハンマーとなって地面を揺らす。たたらを踏んだレイラの足を今度は白いムチで絡めとり、転倒させた。


「これはチカラを制御する杖なのさ。変幻自在の魔王杖。」


「なんて面妖な……魔王ですって!?」


ちょっぴりはしたない姿で転んだレイラは慌てて立ち上がろうとするが、その短剣の名前に反応する。


「言ってなかったけどね。オレはこの仕事をしてから世界中の人間に恐れ嫌悪されて、現代の魔王と呼ばれている。」


「「魔王!?」」

「貴方は!!私たちを騙そうとしていたの!?」


国王夫妻とレイラは驚きの声をあげていた。


「いやそもそも君達に渾名を聞かれなかったし……仕事はするよ。これでも依頼達成率は限りなく100%に近いんだよ?」


「仕事をしてくれるなら問題ない。続けてくれたまえ。」

「あなた……」


「さあ立ち上がると良い。この決闘は君の人生を掛けた戦いなのだろう?」


「くっ、このぉ……」


レイラは女の子座りの状態から剣を杖に立ち上がる。

この決闘の申し込み時に条件を決めた。それは勝者への自由の譲渡。

レイラは彼を追い出したかったし、マスターは彼女に話を聞いてもらいたかった。

ただしレイラ側は負けたらマスターに変態的な扱いを受けると勘違いしている。


「たあああ!!」

「威勢は良いけど、さっきより簡単だよ。」


それはもはや剣技ではなく意地の連撃。刀身が現れている魔王杖によって簡単に弾かれてしまう。


「それでも!運命を!この身を、心を!怪しい男に預けるわけには行かないのよ!!」


「「レイラ……」」


「ふむ。一理ある。むしろ正論だね。」


必死の形相で剣を振るうお姫様の姿は両親の心を揺らしていく。そしてマスターもそれは認めていた。

誰しも怪しいコイツに、報酬を払ってまで未来を委ねたいとは思わない。


「とは言え妻子を養う身で追い出されたくはないのでね。」


「はあ!?あんた結婚してるの!?」


「隙有りですよ。」


驚きで固まった瞬間に高速で接近、デコピンで彼女の世界を揺らして訓練場の地面はだいぶハードにお姫様を受け止めていた。


「そこまでだ!勝者、マスター!」

「救護班、いそいでくださいまし!」


決闘終了の宣言と同時にお抱えの医者の下へ運ばれていくレイラだった。



…………



「娘をキズモノにしたのだからその責任は取って頂く。」


「嫌ですわ!こんなクズ男!」


「え、どっち?」



レイラが医務室から戻って始まった家族会議。開口一番リビン王が断わりづらい売り込みを掛けるが、売り込まれる商品がお断りした。


「あらあら、お転婆な貴女にはお似合いですわよ?他に貰い手が居まして?」


「お姉様、相手は既婚者ですのよ!?」


「聞けば愛人も多いご様子。それだけ求められる殿方と言うことではなくて?」


姉妹の口論にレイクも娘を諭しに掛かる。


「いや別に無理にとは言わないけど。決闘の報酬だって話し聞いてもらうだけで良いし。」


なんなら王族の血を残すだけなら、先王の隠し子であるメイドさんでも良い。しかしその話はリビン王から止められていた。


「マスター殿、願わくばあの不思議なチカラについてお聞きしても?」


「時間・空間の操作です。むしろこれが一番よく使います。」


「ふむ、つまりいつでも娘に勝利することは出来たと?」


「ゴネられそうだし、しませんでしたけどね。」


「本気で臨むように言ったじゃない!あなたと言う人は、バカにしてるの!?」


「こんな風に嫌われて魔王と呼ばれるようになりました。なので本当に魔王な訳ではないですよ。」


レイラの激昂は無視して別の言い訳をしていくマスター。


「なる程な。次元の違う男と言うことか。苦労しただろう。」


「ええ、でも家族の支えのお陰で何とかやってきました。」


「その家族とは愛人も含まれるのかね?」


「弟子も使用人も引き取った戦争孤児もね。」


「素晴らしい!ならばやはりレイラを支えてやってくれぬか?」


「嫌ですわ!こんなスケベ男!」


「え、どっち?」


ループする会話にちょっと楽しくなってきたマスター。

決して罵倒されるのを喜んでいるわけではないと思いたい。


「レイラよ。男が女に興味を持たねば人は滅ぶ。少なくとも王家のチカラを超えるマスターはお前を嫌ってはおらん。ならば縁だけは繋いでおくべきだと余は思うぞ。」


「お話は判りますわ。でもこんな、こんな……酷ぅございます!」


「だから無理にとは言わないよ。苦手な異性と事に及ぶのは男女関係なく嫌なものでしょう。オレが裏方にまわって、おふたりとも近隣王子と結婚しても依頼内容的には問題ないと言えますし。」


ふと以前の社長を思い出しながら逃げ道を与えるマスター。

アケミやトモミからは解ってないと言われるトコロだが、本気で嫌がる相手にどうこうする気もない。


「それはそうだが、そのチカラを我がカイキ一族に取り入れれば……」


「上手く使えば繁栄には繋がるでしょうね。実際オレの正妻との娘達はオレ以上の才能を持って生まれましたし。もう可愛いし強いし、世界一の娘達ですよ。」


「お主も親バカであったか。」

「殿方ってみんなそうなのですね。」

「このタイミングで娘自慢する!?」

「くふふ、レイラ、やっぱりお似合いよ。」


どういう意味よ!と睨むレイラだが、彼女は子供については夢を語ることもある部分を言われただけだ。

やれこんな教育をしようとか、一緒に料理しようとか……剣を修める彼女だが家庭と言うものに憧れていた。

だからこそマスターのような男は許せないし、自身がそう言う男にあてがわれるのも反対している。


「親と子でお気持ちが平行線なら、オレからは何も言えません。強いて言うなら少しずつでも知り合う時間を設けてみるのはいかがでしょう。」


「うむ、それが妥当であろう。1日1時間以上、共に過ごすように。これは王としての命令だ。」


「くっ、拝命します……」


本気で嫌がりながらも王命には逆らえない。まるでこの男の所為で貴重な訓練の時間が減る事を恨んでいるようだ。


「くふふ、話は終わりね。私は勉強に戻るから、仲良くね?」


シインがすたすたと蔵書室に向かうと、微妙な空気のまま解散となった。



…………



「お茶の味が濁りますわ。」

「剣の刃先が腐りますわ。」

「買い物くらい1人で行けますわ。」

「身体を清める湯浴みで汚されたくありません。」

「パーティーで奇妙な男と同席したら悪い噂がーー」

「勉強は静かにしたいタチですの。」

「着替え中よ。下賎な視線を向けないで下さる?」



あれからことある度に声を掛けては拒絶されるマスター。

一部普通なら拒否されて当然な場面でも突撃して、メイドさんにも苦笑されていた。


(まぁ、私ならどの場面でもいらっしゃいませ!なんだけどね。レイラ様は夢追い人なのかな。)


そんなメイドさんの考えをヨソに、今日も肘鉄砲を食らわすレイラ姫。

マスターは城下町をガードする防壁の上で気分転換していた。


「よう、黒さん黄昏てるな。今日も姫様にフラれたか?」


「衛兵さん、お勤めご苦労様です。いっそチカラに頼ろうか迷うレベルですよ。」


街の外の平原や、山を遠目に見ていると巡回中の衛兵さんに話しかけられた。


「王家のお姫様を落とすなら、それくらい必要かもなぁ。あんた、異世界人なんだろ?遠慮するこたぁねえと思うがよ。」


「随分お詳しいのですね。」


「噂話は下々の酒のつまみよぉ。で、どうするんだ?」


「自分の世界ではチカラを遠慮なしで使って不名誉な渾名をつけられましたからね。それに人を操るのは趣味じゃない。」


「そうなんか?オレだったら欲望に正直になるぜ。この壁直して、補修作業の手間を減らしたりしたいけどなぁ。そんで浮いた時間で良い女とメシにでも行ってよ。」


「ふむ?やはり基本はそこら辺か。」


「そりゃそうよ!そんで酔わせてあわよくば朝帰りってなもんだ。オレの方が先につぶれることも多いがな!がはは!」


「参考にさせてもらうよ。これは報酬だ。」


マスターが足元の外壁に白いチカラを注ぎ込むと、新品同様になる外壁。さらにうっすら次元バリアを付与して尋常じゃない頑丈さを手に入れた。


「マジか!?これで今夜からはナンパし放題じゃねえか!」


喜ぶ衛兵さんに別れを告げて、城の厨房へと向かうマスターだった。



…………



「この料理、とても不思議な……素敵な味がするわ!?」


「あら本当に美味しい!シェフはどなた?解説をお願いしたいわ。」


「これも、こちらも……どうなってますの?」


その日の夕食。レイラは見たことの無い料理を恐る恐る食べると、初めての和食や中華との出会いに心を射たれ胃袋を興奮させた。

それは他の王族も同じだったようで、レイクに至ってはシェフを呼ぼうとしている。


「新しい料理人を雇った覚えはないが、どういうことだね?」


「はい、これらはマスター様の指導のもと、製作されたものでございます。」


「「「なんですって!?」」」


「なんと?君は料理も出来たのか!?」


名乗り出ずに様子を伺っていたマスターが話を振られて語り出す。


「むしろ本業は料理人でしてね。あなた方にはまだ振る舞っていないのを思い出しまして。ついつい出しゃばってしまいました。」


「と言うことは異世界の料理か?酒が進む味付けだな!」

「貴方はこのような料理を毎日……?」

「これは意外な特技でしたわね。」

「……悔しいけど美味しい。」


口々に褒め称え、さすがのレイラもその味を認めていた。


「レシピは伝えてありますので、お気に召したなら今後はご所望すれば作っていただけますよ。ただし塩分が多いので、程々にしないと病気になりますけどね。」


「そうなのか。これだけ旨ければいくらでも食べたいが……」


「よろしければこちらのお酒も試します?オレの店で出している酒なので、良く合いますよ。」


キリンザンの一升瓶を取り出してグラスに注ぐと、王様は大興奮で飲み始めた。せっかくなのでレイクにもカクテルを注いであげる。


「まるで魔法のようなお酒と料理ですわね。マスターの世界は夢に溢れているのでは?」


「その分問題も多いですよ。どの世界に行っても、人の欲望は変わりません。だからこそ食にはこだわりたいところですけどね。」


「ふーん。やるじゃない。」


他と比べて素っ気ないリアクションのレイラだが、茶碗蒸しが気に入ったようである。カラになった瞬間に新しい茶碗蒸しが現れて内心ご満悦であった。


(無事に胃袋は掴めたようだ。あとは好みを探って……)


マスターはレイラだけでなく王族全員の好みを探っていく。

確かな手応えに自信を取り戻しつつあるマスターだった。



…………



「お湯を注ぐだけ!?このような兵站があるのか!」


「大抵は面倒くさい時かお金がない時に食べるものですけどね。」


マスターはカップ麺を始めとしたインスタント・レトルト食品を紹介していた。リビン王は自分の死後のこの国の食料事情を考えて、追加契約するか悩んでいる。


「このカレーと言うのも、見た目はともかく戦場の兵士には好かれそうな味ね。ただ、やはりお湯が必要なのよね?」


レイク王妃もお国のために分析している。お湯が簡単に手に入る日本やこの王城と違って、戦場での水の確保は限られている。世界を書き替えれば当然もっと厳しくなろう。


「缶詰め・瓶詰めと言ったものもありますが……場合によってはオレのチカラを付与した水筒などもーー」


すぐに代替案や対策を出して気持ちを傾かせるマスター。

例えお姫様と上手くいかなかったとしても、食料絡みで契約すればすぐに追い出されることはないと踏んでの攻勢だ。


「マスター、その必死さは買うが……我々よりレイラに仕掛けた方が効率良いのではないか?」


「もちろんこの後にお邪魔しますが、外堀を埋めるのも大事なことです故。」


「心配せずとも2人ともお主のことは認めている。」

「そうよ。早く娘のところに行っておあげなさい。」


「はっ、失礼します。これらの品は贈呈しますね。」


その場に出した食料品は提供し、そそくさとレイラの下へと向かうマスターだった。



「今日もきたのね。ご丁寧に差し入れまで持ってきてお仕事熱心だこと。」


「まあまあ、食べてみてよ。飲み物もあるよ。」


テラスでお茶しようと席に着いたタイミングで現れたマスター。箱から差し入れを取り出して、メイドさんも事前に渡されていた飲み物をそっと添える。


「可愛らしいお菓子ね。飲み物はなんか濁ってない?」


「プリンという生菓子さ。飲み物はスポーツドリンクと言って、身体を動かす人に最適な飲み物なんだ。」


「異界のお茶セットと言うわけね。頂くけど……っ!?」


即落ちだった。その食感・味・喉ごしに夢中になったレイラは、ペロリと平らげて期待のオッドアイをマスターに向ける。


「はい、まだまだあるよ。」


「い、頂きますわ!」


やめられない止まらない。そんなお姫様のご様子にニコニコするマスターとメイドさん。


「これ、ウチでも作れないの?」


「残念ながら、製法が良く解らない。調べることは出来るけど、オレが甘味を作ると何故かゴミになるし。」


「じゃあどうしてるのよ。」


「店で買うか、妻に作ってもらってる。」


「会わせて。今すぐ奥様に会わせて下さらない!?」


シャキンと首もとに剣を突きつけて脅しに掛かるお姫様。


「そんなにハマったのか。良いけど剣は置いていってくれ。家族を危険にさらしたくはない。」


「あっ、ごめんあそばせ……そこの貴女、手土産を用意しなさい!」


興奮状態に気がついた彼女は、剣と目を元に戻して一度退席する。手土産を命じられたメイドさんは何が良いです?と聞きながら、自身もお邪魔する気マンマンだった。


「ようこそ魔王邸へ。奥様がお待ちです、どうぞ奥へ。」


玄関でカナの挨拶を受けて、応接室に案内されるレイラとメイドさん。その後ろでは今後の展開を予測したマスターがビシバシとシーズに指示を出している。


「いらっしゃい、お姫様達。歓迎しますわ。私はマスターの妻なのですが……彼同様名前が消えた身ですので紹介も出来ません。ご容赦を。」


「構いませんわ。レイラと申します。本日は急な訪問にもかかわらずーー」


「奥さん、こんにちは~また遊びに来たよ。はいこれお土産です。」


「軽っ!?あなた、失礼でなくて!?」


ふわふわな挨拶とともにお菓子を手渡すメイドさんを咎めるレイラ。いくら黒い人が女の敵でもそれは良くない。


「私は彼とのゴニョゴニョ関係で来たことありますし。」


「あ、エッチなメイドさんだ!今日は一緒に遊んでくれる?」


「クオンちゃんもこんにちは。それはこっちのお姫様次第ですね。」


それぞれ挨拶を交わして、レイラはここに来たことを後悔し始めた。


「ごめんなさいね?ここは変わった場所なの。さっそくだけどプリンの作り方でしたっけ?」


「ええ、奥方様なら得意と聞きまして。不躾ながらご教授願えればと存じます。」


「構わないわ。旦那はスイーツは作れないものね。せっかくだからミシロも呼んでみんなで作りましょう。あなたは待っていてくださいな。」


「そうするよ。孤児院の方をみてくる。」


マスターが手伝うと邪魔にしかならないのでさくっと追い出される。


(あのクオンちゃんが娘さんなのよね。後から来たミシロちゃんがお姉ちゃん?可愛すぎて羨ましい。私もいつか家族でこんな風に……)


材料の準備を始めたレイラは、マスターの妻と娘を観察していた。


「私の方がお姉ちゃんなんだよ。ミーちゃんはズルして大きくなってるけど、本当は赤ちゃんなんだから。」


「え!?そうなの?ご、ごめんなさいね。」


クオンに突っ込まれて声に出してた!?とあせる彼女だが、この家族に関わる者の通過儀礼だ。


「一番上にセツナお姉様というとても可愛いお姉様も居るのですが、今は学校にいってますの!」


マスターがこの仕事を受けてから何ヵ月も経っているが、地球や棄民界では1日も経過していない。相変わらずややこしい家である。


「ねえ、奥さんは何故あの御方と一緒になられたのですか?」


「ふふ、本当にみんなに言われるわ。彼が私を幸せにしてくれるのが解ったからよ。」


「でも、聞いた話だと彼は……」


「彼は私を宇宙一の良い女として、私もそうなろうと努力した。彼は家族が最高に幸せになるためには手段を選ばず働いてくれている。収入面だけでなく家族とのふれあいの面でもね。」


「それで、許せるのですか?」


「他の女性のこと?"お互い様"ですもの。利害関係は一致してるし……幸せになれるのなら良いのではなくて?もちろん変なヒトには手を出させませんけどね?」


「私には分かりません。もっと普通が良いです。」


「知ってる?普通って高級品なのよ。」


そんなことを話ながら大量のプリンを仕込んでいく。

メイドさんはウンウンうなずいている辺りに苦労が見えるが、お姫様なレイラには分かりにくかったようだ。


「レイラお姉ちゃんはパパが嫌いなの?」


クオンの純粋な瞳に圧されながら言葉を選ぶ。


「嫌うほどに知ってはいないけど、ちょっと苦手かな。」


「私も最初は良く分からなかったよ。男の人って見た目は似てても違う生き物だもん。」


「まさにそれね。何を考えてるのか……解らないわ。」


「その点セツナお姉ちゃんは最初からパパのこと大好きだから凄いんだよ。」


「セツナお姉様はお父様の魅力にメロメロですものね。分からなくても寄り添えばピッタリ重なるのが男女と言うものです。レイラ様もいずれお父様と仲良くできる日が来ると信じてますわ。」


「う……そうだと良い……のかなぁ。」


子供の純粋攻撃にさらされて困惑レイラになっているのを、メイドさんはニヤニヤしながら見つめていた。



…………



「言い忘れたけど、ウチの女達はとてもエッチなんだ。」


「…………」


お風呂で洗礼を受けたレイラに、マスターが語り掛ける。

魔王邸高級ホテルの一室。そのベッドで浴衣を若干気崩したまま横になるレイラ姫。

団扇で顔を扇がれているが、耳まで真っ赤である。


「アレを私の初めてとしてカウントするのは嫌なんだけど……」


最初は揉みくちゃに洗われているだけだったが、広げて見られたりもっと凄いことをされたりした。抵抗は何故か無効化され、メイドさんも参戦していて人間不信になりそうだ。


「あんな小さい子に初めての証を見られるとか、ここではどんな教育してるのよ!」


「クオンは男性不信だからね。オレにも懐くまで時間が掛かったし。でもまあ、取り返しのつかないとこまではしてない……よね?」


「してないけど充分アウト!あんなただれた初体験は認めないわ!」


「なら今日中に上書きするかい?3秒ルールじゃないけどさ。」


「……もっと格好いい王子様が良い。」


「クルス君は……まだ10歳だしなぁ。身体的にはオレより強靭だから潰れそうだし。」


「怖いこといわないで!……分かったわよ、今までワガママ言って申し訳ありませんでした!!」


レイラは半分自棄になって叫ぶ。


「私に選択の余地なんて元から無いし、あの女性達を見れば幸せなのは分かるし!」


レイラは諦めてマスターを受け入れる事にしたようだ。

そもそも立場的に親の決めた縁談は断れない。国の将来のためにもマスターのチカラは必要だ。そしてその遺伝子を後世に伝え管理する役目は、シインを除けば自分しかいない。


「まあその通りなんだけど、そこまでヤケになられると傷つくよ。後悔させる気はないから、もし話と違うと思ったら色々治してあげるし。」


「心配ご無用よ!カイキ国の姫を貴方に譲渡する。変わりにきちんと50年は守ってもらうから!」


「解った。約束は果たすよ。オレだってあの世界には興味があるしね。」


「そこは私に興味を持ちなさいよ!?」


そんなこんなで既に出来上がっているレイラに覆い被さるマスター。女達からのセクハラと違って男からの欲望は思いの外すんなり受け入れた。

触れられ味わわれることに嫌悪感はなく、姫のつとめとして身体を差し出している。初めての痛みもガッツリ緩和されていて、むしろ悦びを感じていた。

さすがに男性を攻める側には抵抗が有ったが誰しもしていることだと言い含められ、10回戦が終わる頃には洗の……教育されていた。


「なんか思っていたのと全然違ったわ……神聖なものというより欲望むき出しですし。それを楽しんでいる自分もいます。何より、貴方は優しくしてくれた。」


「秘め事を隠すのはそういう理由だろうね。オレは知っての通りスケベだけど、なるべく相手に負担を掛けないようにチカラを使っている。どうせなら長く深く楽しく関係を続けたいからね。」


「多くの女性がハマる理由が解った気がしますわ。その、夜伽はどれくらいの頻度ですれば良いのですか?」


「特に決まりはないけれど……妊娠についてはもう少し慣れて、本当に子供が欲しいと思えるようになったらにしようか。せっかくの関係をすぐに終わらせてはレイラも満足できないだろう?」


「恥ずかしいことを聞かないで下さいます?もちろん毎日でも構いませんわ。その時はもっとご教授願います。」


今回の夜伽でマスターがチカラを有効活用していることが解った。この調子ならお役目だけでなく、本当に彼を愛せる日が近いウチに来るかもしれない。

経緯はともあれ前へ進む決意をしたなら、いっそ彼を愛せるように努力する。だから毎日彼と夜を過ごしても、これは欲に溺れたわけではない!と言い訳して眠りにつくお姫様だった。



…………



「あの娘、変わったわね。」



蔵書室のシインは同室にて本を読むレイラを見て呟いた。

あの黒いのと付き合いはじめて3ヶ月。剣の修行は程々に、家事や勉学に勤しんでいる。毎晩黒いのと一緒に過ごしているようだし、割りと上手く行っているようだ。


「なんだ、本当にお似合いだったんじゃない。」


シインはつまらなそうに言いながら、来月に迫った自分のお見合いに思いを馳せていた。



…………



「マスター様、お仕事の調子はいかがですか?」



マスターとの契約から9ヶ月。レイクは進捗を確かめに彼に話しかけていた。


「順調ですよ。この分なら早めに終わって、リビン王もゆっくり家族と過ごす時間が取れるでしょう。」


「それは何よりですわ。それでその、レイラの方は……」


「驚くほど積極的に勤めを果たしています。最初こそファンの男達に闇討ちされ掛けましたが、今では納得してもらってますし……事の前には孫も産まれるでしょうね。」


「そう、良かったですわ。」


「貴女は……彼と共に終わる気ですか?」


「!!……そんなつもりは……いえ解るのでしたね。」


レイクは動揺して見せるが、すぐに立て直す。


「夫は国に殉じる覚悟です。夫を支え続ける誓いを破るつもりはありませんわ。」


「立派な考えです。自分がリビン王の立場で妻に言われたら感動していたでしょうね。」


もちろんその場合は何とかする妄想を実現させて生き残るつもりだ。しかし今回はそこまでの依頼はされてないし、リビン王の考えも分かるのででしゃばったりはしない。


「ただ、シインもレイラもまだまだ未熟。貴女は残った方が良いと思いますけどね。」


「夫にも言われましたわ。たまには立場より女を見て欲しいのですけどね。」


「気持ちは察しますが、オレに隙を見せない方がよろしいかと。でないとリビン王との約束が守れません。」


「あら、本当に私でも?し、失礼します!そこの貴女、彼をお風呂まで案内して差し上げて!」


「かしこまりました!」


思わず視線を下に向けたレイクは誤魔化し逃げるように、お相手をメイドさんに押し付けた。メイドさんは棚ぼた幸運に小躍りしながらマスターを風呂へと連れ込む。


「相変わらず節操なしのやんちゃさんですねぇ。レイラ様のお母様まで落とし掛けてますよ?」


人差し指でやんちゃな彼の先端をうりうりしながらイタズラ顔のメイドさん。


「だから逃げてもらうように警告したでしょ?君だってその血筋のわりにすぐにオレを持ち帰ったじゃないか。」


「私は公式にはただのメイドですし?姪達よりは先に経験したってバチは当たらないんじゃないですか?」


「まぁ良いけど。君はコトの後どうしたい?」


「マスター様に養ってもらいますわ!もちろんその分のオツトメはさせて頂きますけど……他の使用人達も同じ気持ちですわよ?」


「いっそ清々しいね。その辺は何とかするさ。」


マスターが見る未来には、むしろその方が都合が良い可能性もあった。なので今から妻と相談して準備を進めていくことを決める。


そして契約から1年10ヶ月。その時は来た。


「うむ、良き満月よ。人心を狂わせ世界が活発になるこの日、この時。ついに世の中を正常に戻す刻が来た!」


城のバルコニーで満月に向かって高らかに宣言するリビン王。


「あなた、ご健闘を。」


「うむ……この時の為に準備を整え、未練も廃した。後は余の背中を見て歩む者達の道を創るのみ!」


リビン王がやる気に満ち溢れる横で、最後の温もりを記憶せんとばかりにレイク王妃が寄り添う。


シインは隣国王子と婚姻を交わして子を授かり、レイラはマスターの子を無事に出産した。ついでにあのメイドさんも。

それぞれが未来に希望を持てる状況にあり、リビン王の憂いは無かった。


いや、最後にひとつだけ。


「レイク、そしてマスター殿。余への義理立てご苦労であった。レイクは彼の下で励むが良い。マスター、願わくば女達に幸福を与えてやってくれ。」


「あなた……努力は、します。」


「王の魂の言葉、承りました。」


「ならば始めよう!世界のコトワリよ、顕現せよ!」


淡い赤目を起動した王は、マスターに作ってもらった補助回路にも追加でチカラを通す。

すると辺り一帯に赤い数式が浮かび上がり、それは世界中に広がる。この瞬間、世界は丸裸にされた。


「うねりの起点は……ここである!」


世界にデータを流すにしても、コトワリの途中からでは意味がない。リビン王は数ある流れの中から起点のひとつを選んで、データの投入口を作る。


「順調ですよ。次はこの修正データパックを!」


「むうう、思ったより消耗が激しい……」


異次元にて管理していたデータを受け取ったものの、手が震えて上手く投入できない。味噌焼き田楽が食べにくいレベルの震えである。


「リビン王っ!」


「手を出すなよ、マスター!これは我が使命、我が世界の問題だ!」


「お父様っ!加勢します!」


そこへオッドアイのレイラが現れて王の右腕を支える。

全てのデータはコトワリへと取り込まれ、その在り方は世界に浸透していく。やがて地響きと共に謎の紫の光が世界を覆う。


「良くやったぞレイラ。さすがは自慢の娘だ。しかしもう、マスターの後ろにおれ。レイクもだ。」


息も絶え絶えなリビン王は枯れた老人のような見た目になっていた。


「お父様!?」

「くっ……レイラ、下がるわよ!」


レイクは断腸の思いで娘と共に愛する夫を見捨て、マスターに庇ってもらう。


「間もなく始まる。封じられた本来の世界の目覚めだ!」


世界の表層が消え失せ、地下より噴出する命の本流。そこにはただ生きるために食らい食われる摂理にしたがう本能が籠められていた。

木々は禍々しく成長し、野生動物は身体が強靭に進化した。

風は強まり水の流れは激しく、岩肌は鋭く進行を阻む。


「これだ!これぞこの世界のカタチぞ!」


大半の者は余計なことしやがってと思うであろう世界の修正。

この先食料の確保には手間取り、平均寿命は下がるだろう。

それでも世界を見たリビン王は、種が生き残る可能性に賭けた。あのままでは突如地獄の釜が開いて全滅もありえたのだから。


「リビン王、確かに託された!」


地下からの巨大な感情を感じ取ったマスターは、警告の変わりに依頼の維持継続を宣言する。


「うむ、良き世界とならんことを!!」


瞬間、紫の奔流に飲み込まれたリビン王。巨大なチカラの柱がカイキ城に立ち上る。

リビンの殉職と共に少しずつそれは消えていき、地響きも収まっていった。

普通に考えれば城や城下町が壊滅するレベルの災害であったが、事前にマスターがライフラインに沿って補強していた為に事なきを得ている。

ただリビン王を襲ったチカラはそのライフラインを通って現れた。どちらにせよ彼の予測通り、ここで死ぬ未来しかなかったと言える。

残された女達をなだめながら部屋へと送り休ませる。

飛んできたシインとその旦那・新王には状況確認だけアドバイスして下がらせた。



…………



「この黒い悪魔を国外追放とする!」


「「「異議なし!!」」」


カイキ城の会議室で長らく続いた議論。その結果が謁見室にて新王より言い渡された。あの世界修正から1年後の事である。


あの後被害状況を確認した結果、城下町と一部の街以外で壊滅的な打撃を受けていた。

地殻変動で水源の位置が変わった。

野生・家畜に限らず凶暴化した動物達。

さらに穀物のワイルドな品種改変による農業の建て直し。

そもそも住居が破壊されての国土のスラム化。

物流も大きく減少して貧困にあえいでいる。


何が起きたのかは分からないが、先王が黒いのと何かをしていたのは分かる。なので当初よりマスターがやり玉に挙げられていた。

困窮から来る負の感情を彼に何度もぶつけたが、いくら処刑しようとしても処刑人の方が死んでしまう。

もちろん女達は庇おうとしたしマスター自身も食料や資材の提供を続けてきたが、彼らの感情にむしろ火をつけてしまった。

新王は援助を続けるマスターに対して明確な悪意こそ持っていなかったが、このような政権交代は不本意だったので思うところはあった。


「予想通りですね。追放は自分独りで?」


「当然だ。義妹は傷物とされたがまだ王家のために役立ってもらう!」


「もう少し、オブラートに包まないと悪王と言われかねませんよ?」


新王の物言いにレイラは露骨な動揺と嫌悪感を視線にのせて、姉の旦那を見る。


『大丈夫。いつでも会いに来られるし、君達は他の誰のものでもない。』


『は、はい!信じ……愛してるから!!』

『ずっと、お待ちしております。』


テレパシーでレイラとレイクをフォローしつつ退室するマスター。本来なら両脇を兵士が抑えるが、今までの事があるので従っている間は自由にされている。

とりあえず自室にて荷物を纏める時間は貰えたが、それはただの口実だった。


「マスター、どういうつもり?貴方なら王に成り代わることも出来るし今回の件だってーー」


シインがこっそり来室して問い詰める。彼女には過去の分かり合えた記憶は無い。それでもこの逢瀬の時間を取ったのは、いくら蹴落とすつもりだったとは言えども……こうも無抵抗なのが気味悪いのだろう。


「貴女に未来を渡すと言った。リビンには女達の未来を託された。嫌われ者は外から見守るくらいで丁度良いんですよ。」


「……その割りに同行者が多いようだけど?」


「「「ビクッ!」」」


シインが来た事でとっさにかくれたメイドさんズが身体を震わせる。


「まぁ、それくらいいいけど。レイラとレイク義母様は?無理にでも連れて行かないの?」


「彼女達は国政を担う人材だ。連れて行けば契約違反となるからね。」


「薄情なモノね。この前同時に相手してたでしょ。レイク義母様にも宿しちゃって、変態にも程があるわ。」


「彼女達とその子供は心配要らないよ。危険が迫れば処刑人と同じ末路だ。」


「そういう所だけしっかりしてるのね。これからどうするの?」


「郊外で屋敷でも立てて見守るよ。少しは物資を流すし危機に馳せ参じることも有るかも知れない。少なくともあと49年は滅亡させたりしないから、好きにするといい。ただし、許容できない場合は制裁を持って示す。」


「解ったわ。でも……貴方って結局何しに来たの?」


契約のためなのは分かっている。でもいくら考えても目的の見えない黒づくめ。

幹部達から迫害を受けようが手助けしてくれるのはありがたいが、得体の知れないのが近くにいるのは恐怖を覚える。


「ご心配なく。間違いなく私利私欲の為だから。」


「ふん、なによそれ。聖人と言われるよりは納得できるけどね。」


鼻を鳴らして退室しようとするシイン。事情聴取は終わりのようだ。


「最後に。貴方は邪魔だったけど、今の部下達よりは嫌いじゃなかったわよ。」


後ろ向きのまま声をかけるシイン。臆病で姑息な幹部達の本性を見た今となっては、余裕たっぷりでバカやってる彼の方が好感を持てた。ほんのちょっぴりの差だけど。


「光栄だね。運命を飛び越えた感情には運命を感じるよ。」


それを読み取った彼は、なんとなく過去を絡めた発言を残す。


「最後まで訳の分らない男ね。」


それはスルーされて今度こそシインは去っていった。



…………



「お帰りなさいませ、旦那様!」

「おかえりなさい、あなた!」


「ただいま。今日もある意味平和な1日だったよ。」


あれから10年。城下町の外にある森の端に宣言通り屋敷を建てたマスターが、定時で仕事を終えて帰還する。

非常に危ない立地だが次元バリアのおかげで動物たちは攻め込めないし、その動物たちのおかげで人間の刺客も近づけない。

ここに住まうのはマスターとその妻、そして連れ出したメイドさん6人。子供は例のワケアリメイドさんの娘だけである。

マスターの妻○○○は50年の単身赴任は認めず、一緒に住むことにした。もちろんたまには魔王邸に戻るが、あちらはまだ1日も経っていないという無茶な時間操作をしている。

3人の娘とは離れての暮らしとなるが、これはこれで新生活をスタートした中年夫婦プレイとして楽しんでいた。どちらにせよこの仕事が終われば2017年4月に戻るのだ。


「街のほうはどうでした?」

「相変わらずオレの配給頼み。なかなか人類は強くならないね。」

「教育に鍛錬、そろそろ育ってきても良い頃合でしょうに。」

「初動がオレに対するゴタゴタで遅れたからね。今頃になって専門学校設立の噂が出始めたくらいさ。」

「そのお金もあなたのコピペで増やした財産なのでしょう?」

「腰が重いのはどこも一緒さ。中抜きもされてるみたいだし。」

「制裁しましょう!」

「中抜きを献金資金にしてレイラに手を出すつもりらしい。自滅するよ。」

「なら良いわ。」


などとラフな格好に着替えながら状況報告する。

マスターはカイキ城の資金が枯渇しないようにこっそり手を打っていたり、レイラ達の相談にのっていたりする。その際彼女達には例の赤い下着と似たようなバリアを張り付けており、手を出そうものなら一族の未来がその代で途絶える形になる。

狩りも害獣駆除もろくに出来ない状況なので食糧事情は良くならず、マスターが流す食料品の配給や、たまの炊き出しで凌いでいる者も多い。

そこまでくれば政府への不満も溜まろうモノだが、現実として街を覆う壁の中で生きているだけで精一杯。クーデターなどする余裕も無いし、上手く行ってもその先は無い。

しかしこれではいかんと、強い人間を育てる学校なんかが検討されている。

多少の庇護を受けたこの国でさえこれなのだから、周辺諸国は戦争する余力も無く細々と生きている。


つまり人類同士で争うチカラなど無く、生物としては至極当然の平和な世界となっていた。


「あの、お子さん達はどうでした?」


メイドさんがこそっと聞いてきた。


「みんな大事に育てられているよ。シインの子も相手側のチカラを発現したし、レイラの子は両目とも発現したしね。レイクの子はたまにぶれて見えるから、まさかのオレのチカラだね。」


「あなた、年上の未亡人が好きだったの?」


ジト目でぶーたれる○○○の可愛さにやられながらマスターは言い訳する。


「誤解さ。彼女の必死さが才能を引き寄せたんだろう。」


妻の言い分としては気に入った未亡人についうっかり自分の遺伝子を多めにつぎ込んで支配してやろう的な感情に駆られたんじゃないでしょうね!?であるが、マスターはそのつもりはない。背徳感は存分に味わっていたけどそんなつもりはなかった。


「というか今日の君も可愛いよ。このまま、ね?」

「ふふーん。お風呂は用意してあるわ。」


新生活で妻の表情が豊かになったせいか、お誘いもかなり素早くなっている。

もちろんお世話してくれるメイドさんたちも愛人なので相手はするが、基本子作り厳禁ルールにしているので世話焼く時間も短縮されている。

魔王邸より質素とは言え、○○○はこの生活が楽しくて仕方が無かった。


「こういうのも良いわね。あなたと一緒だと素敵な時間・思い出がどんどん増えるわ。」

「オレもさ。今夜もその1ページを華やかなものにしてあげるよ。」

「私も、あなたの思い出に宇宙一の彩をそえるわ!」


こうして追放されたマスターは、王様より良い生活をしていた。



…………



「で、あるからしてーー。」


「失礼します!その授業、オレが貰いに来ました!」


「ッ!?!?」


あれから更に10年。改変から21年が経過した。国防学校1年生のクラスに黒い怪しい人物が乱入した。

これは学校ハイジャックかと沸き立つ生徒をよそに、黒づくめは教壇に立つ。


「本日より担任に赴任するマスターです。このセンセーは副担任になります。」

「何を勝手なーー」

「イヤみたいなのでトイレ掃除員になります。バケツとモップをどうぞ?」

「ふざけるな!」


元担任の怒りはもっともだが、城からの天下りでテキトーな授業をしてれば更迭されても不思議ではない。国の未来がかかっているのだ。現にこのクラスは落ちこぼれ集団として有名だった。

世界修正時に魔法のチカラを持つものが、王家以外にもポンポン現れ出した。そこで設立された国防学校だが、才能が開花しない・そもそも無いとされた者達が集まるクラスだ。

しかも年齢もバラバラで、成人も居れば10歳に満たないものも居た。いじめ・迫害も酷いのでマスターが一肌脱ぐことにしたのだ。


「こちら正式な書類です。1週間で全員を3年生より強くする。出来なければ解雇なのでまぁ、見ててください。」


「ふん、そんなことが出来るわけ無い。」


と、タカをくくった副担任がおとなしく座る。復帰の目処があるならと休暇をむさぼる気らしい。


「さて、まずは自己紹介!オレはラーメン屋と何でも屋を兼業するマスターと言う。君たちはオレの生徒1期生として励んでもらうからよろしく頼む!」


そんな自己紹介を受けて生徒達は半信半疑どころか全疑の視線を向けている。ちなみに弟子とは違う扱いで認識しているので、特別家族になったりはするつもりはない。


「はい、静かに!最初の授業を始めるよ!君らを鍛える前に、強くなるには何が大事かを教えよう。君たちは何が大事だと思う?」


最初の問いかけに生徒達は自分に無い物を口に出す。

それは才能・体力・頭脳・血筋・美しさ・速度等々。

一部アレだがその全てを一旦聞き入れた。その上で深呼吸してタメを作って答えを出す。


「答えはな……妄想力だ!!」


「「「!?」」」


「いいか?戦う上でも生きる上でも、憧れ・気持ち・感情がなければ死んだも同然!明確な妄想は目標となり、より強くなれる!」


ざわめく者と呆れる者。真剣に聞くものはほぼ居ない。


「無為に剣を振るってどうなる?ひと振り毎に目標に近付かねばただ筋肉痛になるだけだ!目指すは敵の命、未来のメシ・地位・家族・老後の贅沢だろう!?」


「「「お、おう?」」」


怯むこと無く妄想推ししてくる黒教師にタジタジな生徒達。


「これから走り込みをしながら妄想をする訓練を始める。皆校庭に集まるんだ!苦しいときほど、魂の底から望むものが浮かんでくるからな!」


「「「は、はぁ。」」」


「その気の抜けた返事はなんだ!もっと欲を出せ!男は極上の女と、女は至高のイケメンとフシドを共にするーー」


熱く気持ちの悪いことを語り続けるマスター。その時教室の出入り口が勢い良く開いた。


「何て事を叫んでるんですかあああ!!」

「神聖な学舎で、サイテーです!!」


校長兼武王のレイラと、若き指導官のレインに怒られたマスターだった。口調もいつもと違っていたし、調子に乗りすぎたようだ。

レイラは将軍として狩りの統率を行う内に武王と呼ばれるようになり、その娘レインも才能を開花させて剣の道を歩んでいる。2人ともその目で相手の弱点が見えるのが大きい。

休日には2人で簡単なお菓子作りに興じて、こっそりマスターとお茶する事もある。


「せっかく書類改竄して教師にしたのに何をやってるんですか!」


「お父様はもっと真面目で格好良いと思ってましたのに!」


「2人とも、それ言ったらダメなやつだからね?ともかく荒療治のための仕込みだから、まあ見ててよ。」


黒モヤで生徒達の記憶を弄りながら言い訳するマスター。

国外追放者やらレインの父親やらが公になれば大騒ぎである。

ともかく外へ出て"あの"走り込みを始めるマスターだった。



…………



「悪夢ですわ……悪趣味ですわ……」

「虐殺です!精神異常者ですの!?」



愛人と娘に罵られるマスター。疲れ果てながらも成長した生徒達の気絶体を見ながらうんうん頷いている。


「空気の摩擦熱で蒸発する走り込みが在りますか!?」

「お化けまで使って追い込む必要在ります!?」


「いやでもその目で見てよ。かなり強くなったでしょ?」


「「強くなったのではなく、人間を辞めただけですわ!!」」


親子揃ってハモっていると、その後ろから良く似た金髪の女の子が現れた。


「お母様、お姉様。叫び声が教室まで届いていましてよ?」


その子はレイクの娘のレイコ。レイラとは姉妹になるが、面倒なので表向きは母親で通している。ここの生徒会長である。


「やあレイコ。ちょっとハードな訓練をしててね。やり過ぎと怒られてしまったよ。」


「お父様がすることならきっと正解なのでしょう。お2人もあまり騒がないでくださいな。」


レイコは好みがセツナに近く、マスターを慕っていた。子育て経験の豊富なレイクが、しっかり言い聞かせていたのだ。

レイク自身は故リビン王の享年と同じ年齢で永い眠りについている。最後まで相談役として役目を果たし、眠るように逝ったのだ。


「確かにこれなら魔物どもともやりあえるかも。さすがはお父様ですわ!」


白く光る目で次元を越えた生徒達を見て称賛するレイコ。彼女もまた天才だった。


この調子で全学年の落ちこぼれやその候補達をクルス君張りに鍛えたマスター。流石に王城から怪しまれて結局は1週間で解雇されてしまった。



…………



「うーん……解らないなぁ。」

「あなた、少し休みましょう。もう若くは無いのですし。」



更に10年が経過。改変から31年である。

お互い中年も深まり、初老と言っても良い年齢になった。老いは緩やかに進行させているが、それでも衰えは隠せない。最近は目が霞んだり気力・体力の低下が気になり出した。

同居しているメイドさん達ももう中年である。

それでも毎晩全員を満足させている辺り、マスターは頑張っていると言える。


「お茶にしようか。思考をゆっくりにしてみよう。」

「それが良いわ。ふふ、魔王邸では何百年経っても若いままだったから新鮮な気分よ。」


枯れ掛けているのに新鮮とは不思議な話だが、妻の◯◯◯は楽しそうである。

結婚生活そのものは10年そこそこだが、魔王邸の時間は何十倍にも引き伸ばされていたので主観時間は魔女か吸血鬼並みの年数が経っている。


「仕事が終わったらとても身体が軽く感じそうだよね。ああ、ありがとう。」


「どういたしまして。ふふふ、なんかこういうのも幸せ。あなたとならどこまでも幸せよ。」


「オレも幸せな気分さ。」


例え老いてもぴっとり寄り添ってラブラブな2人。

メイドさん達はそんな彼らを見ながら微笑んでいる。

家のお仕事は殆ど◯◯◯がしてしまうのであまり仕事はない彼女達。マスターの性生活に彩りを添えるのは変わらないが、手持ち無沙汰なので最近は編み物やら何やらを始めている。

ちなみに王の血筋のメイドさんの娘は、信頼できる商人の長男のもとへ嫁いでいった。マスターが物資を流している商家だった。

愛人の子ですら胸に寂しさが走ったので、セツナ達は絶対嫁に出さんぞと密かに決意したマスター。心を繋ぐ嫁に即バレて、バカねとキスされていた。


「それで、何を悩んでらしたの?」

「世界の仕組みがちょっとね。」

「あなたならすぐに分かるのでは?」

「そのつもりだったんだけど……見えない要素がチラホラと。」

「それって重要よね、きっと。」

「だろうねぇ。そこさえ分かれば多分お役目も……」


「マスター様、ご歓談中に失礼します。お客様がいらっしゃいました。」


「こんなところに?」


不思議に思って誰かも聞かずに玄関へと向かうマスター。用心でバリアを張りつつ客の顔を見ると……。


「こんばんは、シイン王妃。お互い老けましたね。」


ガイン!とバリアに反応があり、失礼な物言いのマスターの腹に拳が当てられていた。


「ちっ、バリアは健在なのね。今回は都合が良いけれど。」


普通に舌打ちしたシインは上がって良い?とジェスチャーする。うやうやしくどうぞどうぞと招き入れ、さすがに今回はメイドさんがお茶を入れる。


「良くもまあこんな危険な道を来ましたね。護衛はレイラです?」


「いえ、国防学校の卒業生よ。外に待たせてる。たまにバカみたいに強いのが卒業するから。」


「それは素晴らしい。きっと教師が優秀だったのでしょうね。」


「白々しい老人の妄言はどうでも良いわ。それより相談……の前に確認したいことがありますの。」


年を重ねても上品な仕草でお茶を飲むシイン。特に心当たりもなく、相手の出方を伺うマスター。


「あなた、時間止めて私や娘に手を出した?」


「なんでやねん。ワイはお前さんの一族には遺伝子1つ入れてへんで?」


あらぬ疑いにエセ関西弁になる。


「違うなら良いわ。良くないけど、助けて頂けない?」


怪しいが嘘はつかないのは分かっている。それ以上追求することなくコトを進める。


「先生!ご無沙汰してます!」


とにかく城に来いとの事なので玄関を出ると、以前世話した生徒の筋肉質バージョンが立っていた。


「あぁ、元気そうで何よりだよ。シインが巻き込んでしまって悪かったね。」


「いえ、こうして会えただけで来た甲斐がーー」


「良いからさっさと行くわよ。」


感動の再会も何のその。シインはスタコラと城下町へと歩いていく。


「急ぎなら飛んだ方が早いよ。それ!」


「「!?」」


生徒とシインを勝手に浮かせ、城のバルコニーまでひとっ飛びである。


「さすが先生!人間は空も飛べたのですね!!」


「言ったでしょう?大事なのは妄想力、イメージすることです。」


「子供の頃の夢がこの年になって叶うなんて思わなかったわ。それより急いで、見つからないように!」


「時間は止めてるから、慌てなくても見つからないよ。」


「時間……レイコのあれはそういうことか。ウチの子がこの前負けて悔しがってたわ。」


驚きながらも身内ネタに納得を示すシイン。こっちの王族はマスターのせいでややこしくなったので、いろいろな思惑があるのだろう。


「この部屋よ。この子、なんとか助けてほしいのよ。」


案内されたのはシインの孫の部屋。

祖母権限で入室すると5歳の女の子が寝かされていた。


「うあぅ、ぁぁ……」


時間の停止を部屋以外に切り替えると、女の子が呻き声をあげ始めた。


「貴方を追い出しておいて、ムシが良すぎるのは分かってるわ。でも私も家族を持って絆の大切さがーー」


「かまわないよ。君は目立つチカラこそ無かったが、良く学び、気付いて国と現王を支えてきた。今まで幸せだったかい?」


「ええ、それはもう。もう少しレイラ達にも優しくしていればって思うけど。って助けてくれるの!?」


「うん、これもリビン王の依頼の内だ。それにようやく、求めていた本命に辿り着けた。助ける以外の選択肢はないよ。」


「ありがたく存じるわ。んで、本命って?」


「この子には星のチカラが、星の中枢の魂が宿りつつある。」


「はい!?どう言うことよ!?」


「見せた方が早いな。目を閉じて、気持ちを楽に。」


「…………」


いつかの消えた過去と同じく、視界をリンクさせようとするマスター。シインは何故かは知らないが、そのやり方に疑問を持つことなく従っている。


「……これは!?」


シインが見たのは地面から延びる管が下腹部に刺さり、紫色のエネルギーが注がれている孫娘の姿だった。

それと同時にシインの中にある、何かが弾けとんで鮮明に甦った。


「あ、ああっ!そんなあああ!!」


(あれ?やば、もしかして記憶戻った?てか戻る要素ある!?)


「マスター様!私は何て事を……!!」


「まずは落ち着こうか。先に言わせてくれ。君をこうしなければ、幹部達にやり玉にあげられていた。回避したからこの子は生まれたし、彼女を助けるのが今回の目的だ。それは良いかい?」


「は……はい。」


呑み込みの早いシインは大人しくなる。不吉の象徴の黒髪シインが、同じく黒いマスターとくっつけばあの手この手で殺しに掛かっていた幹部達。もちろんマスターは守るがレイラと決定的に袂を別ってしまい……まぁ不幸な未来は、ifの話は置いておく。

上に立つ者としても女としても思うことは多々あるシインだが、今は可愛い孫を助けるのが先だ。


「これ、お孫さんは多分無事だけど、次の世代が危ないね。」


「どう言うことですか!?」


「血筋的にさ、過去の英雄達の血が全てこの子に混ざっているんじゃない?だから狙われたんだよ。」


「確かにこの子は各国の王家の血が入っていますが……?」


そもそも過去の英雄達の中にも恋仲は居た。それが150年で結集されてもおかしくはない。


「つまり昔の魔王はこの時を狙っていた?今度こそ誰にも邪魔されないチカラを手に入れるために!?」


「多分ね。最初はごり押すつもりだったけど、30年前に封印が解けたんで確実性を取ったのだと思うよ。」


「ご名答!この時代にも中々頭の回るやつが居るようだな!」


「「!?」」


突然5歳の幼女がオッサンの声を発してビビる2人。

やっぱりこういうのは美少女だから許されるものなんだよなと、ミシロを思い出しながらマスターは冷や汗をかいていた。


「どういう発声方法か知りませんが……それ、気持ち悪いので辞めて貰えます?」


「突っ込むところはそこですか!?」


「くははは!中々面白いやつだ!さすが我の封印を解きながら邪魔してきただけのことは……貴様なにやってんだ?」


魔王様(幼女)が自分で言ってて多大な疑問を抱いたようだ。


「いやまぁ、仕事なんで。ついでに後20年くらいは寝ててもらえません?それなら依頼人達は天寿を全うするし、オレも元の世界に帰れるんですけど。」


「貴様は気が狂っておるのか。」

「マスターさん、気は確かですか!?」


敵味方関係なく頭の心配をされて思わず笑いそうになるのを堪える。


「クフ、自分もね?色々とこの星のシステムを調べてたのですよ。ここに来てようやく解ったのですが……貴方倒したらこの星が滅んでしまうじゃないですか。」


「何ですって!?」


「我を倒すなど不可能だが、もしもそうなれば滅ぶであろうな。何せこの星の動力の全ては、我なのだから!」


「!?」


「やっぱりね。だからもうちょっと平和的に行くのはどうかなと提案したのです。」


目を白黒させているシインをマスコットに、2人の魔王は話を進めている。


「我の決定は覆らぬ。この身体を奪って憂いを払い、世界に蔓延る人類を絶やしてくれるわ!!」


「弱りましたね。こちらからは攻撃できない要素しかなく、かといって放置すれば人類の終わり。うーん……」


「マスター様……」


悩むマスターを不安げに見つめるシイン。今まで余裕な態度だった彼が匙を投げるとは思いもしなかった。

実際王族の末裔を殺すわけにはいかない。殺したとしても魔王本体は星の中枢そのもの。今度はごり押されるだろう。


マスターは考える。


時の止まった……世界のコトワリから隔離された部屋でも普通に活動できる相手。

ガチ勝負……星そのものと戦うとなれば自分はともかく、女達は無事では済まず依頼は未達成。

苦手な説得……そもそも相手の負の感情を視るに、相当の辛酸を舐めていてとりつくしまがあるかは微妙だ。


(それでもやらなきゃ未来はないか。)


「マスター様?」


「ねえ、異世界その物の魔王さん?」


「なんだ、命乞いなら聞かんぞ!」


圧倒的優位な星の魔王様は、幼女の身体で余裕ぶっている。


「いやね?オレも魔王と言われる程に人間達からは酷い目に合わされたから気持ちは察するんだけどさ。」


「ほう?その強さ、同族であるか。ただの色魔ではないと?」


星の幼女様は興味を示す。この30年、互いに観察していたのでマスターは星の仕組みを……星の魔王はマスターの性癖を知っていた。しょうもない話である。


「互いの不幸自慢は幸せにはなれないから割愛する。それで未来に目を向けて、今やるべき事を考えてみたんだ。」


「我に巣くう害獣を駆逐する以外に無いだろう!」


「そこなんだけどさ、今貴方は人間の才能溢れる幼女に取り憑き掛けてるじゃん?ご丁寧に生殖器メインにさ。」


「この個体から我に歯向かう者が生まれぬようにな!」


「うんうん、そうだよね。実に良い手を使うよ。そこで賢い貴方に相談なんだけど……人間を本当の意味で滅ぼす気は無い?」


相手の意思を尊重しつつ……こちらの意図を紛れ込ませる。

マスター渾身の説得は、ここからが本番だ。


「本当の意味?そんなものお前がいなければ一捻りではないか。」


「人間はね、ただ数が多いだけのゴミではない。気持ちを、感情を紡いだ歴史……文化がある。」


それは例えば料理。服や住み処などの各種デザイン。音を重ねた音楽だったり文字や絵を連ねた物語達。


「それらは例え命を奪おうとも消えやしない。その歴史は永遠に世界に残り……つまり貴方の存在に纏わりついて回る!」


「む!?人間の残滓を身に宿し続けると言うことか。」


「その通り。それらを排除するためにはその文化に飛び込み、理解し……自分で変えてしまうのが一番だと思いません?」


「魂胆が見えたぞ!結局はただの時間稼ぎ、見え透いた命乞いよ!」


「半分はね。でもこれを見て同じことが言えますか?」


「「くぅっ!?」」


マスターは赤い玉を取り出して一気に光輝く。幼女と熟女の目には刺激が強く、目を覆いながらうめく2人。

その赤に乗せて、持ちうる情報をこれでもかと流し込むマスター。


「ぐぬぅ、これは!?」


それは彼が見聞きしたメディアや実体験。それをぶつけて文化に興味を持たせようというハラだ。


「中々のチカラではないか!感覚まで我に伝わるとは!」


研修のお仕事や魔王事件を体験させると悦ぶ異世界の魔王様。

人間に対する殺戮や蹂躙がお気に召したようだ。


「う、うぇぇ……」


一方でとばっちりを食らっているシインは顔面蒼白である。


「ごめんなシイン。すぐ外へ転送する!さぁ魔王さん、まだまだ行くよ。」


うっかりなマスターがシインをレイラの部屋へ転送し、今度は生活面を見せていく。それは各種酒や料理の製作と実食の場面集。人の良くも悪くも必死な生き様。妻以外とのお戯れシーンなど。


「弱い・脆い・情けない!他人を利用し蹴落とし、それでも他者の温もりにすがる人間ども!こんなものを見せても決意は変わらぬぞ!……このとんこつラーメンだけは認めても良いがな!」


紫のオーラを纏って暴れだす幼女魔王。製造過程か好みで色々出来る食べ方かは知らないが、水星屋のラーメンは気に入ったらしい。しかも正直に伝えてくる謎の律儀さである。


「お口に合ったようで何よりです。」


ちょっぴり親近感が湧いたマスターは、次のイメージを見せる。それは地球だけでなく、宇宙中から集めた創作物。

コミックにノベルにアナログ・デジタルのゲーム、ドラマ・映画・アニメに各種音楽にASMR。

ついでにえっちいビデオもアニメ・実写共に大量に流し込んだ。


「な、なんだと言うのだ!?これが全て妄想の産物、作り物だと!?まるで忌まわしき神のごとき所業ではないか!」


それらに夢中になったマスターと同じく、追体験で全てを貪る幼女魔王。意識を覗くと実は成り上がりものが好きらしい。


「これが人間の文化です。貴方がどう思おうとそのたくましい妄想や感情で……何かしらの形で覆される可能性もあります。」


「む……一理あるな。火事場となれば神の後追いが可能な人間も現れるやも知れぬ。」


マッスルなプロレス漫画の影響を受けたのか、思考の幅が広がった幼女魔王。


「だからこそ、本当に人類を滅ぼすなら内部から破壊を試みてはいかがですか?その身体の、子孫の才能や立場ならならやりようはいくらでもあると思いますけど。」


幼女魔王はオーラ全開で荒ぶっているが、基本は内性器に宿っている。新時代の王族として生まれ落ちれば、それこそやりたい放題出来るだろう。何せその頃にはマスターも関係者もこの世界には居ないのだから。


「うはははは、それも一興かもしれぬな!マスターとか言ったな、お前も魔王の名を冠するは伊達じゃない外道だな!」


「お褒め頂き光栄です。」


他の人には聞かせられない提案をしたマスターは、軽い調子で応える。


「だが納得は行かぬな!お前の行動は一貫しておらぬ。何がしたいのかまるで解らぬ!」


幼女魔王は顔を近づけ威圧してくる。声がオッサンでなければもう少しマシなんだけどなー、と冷や汗マスター。


「だからお前もリスクを犯せ!この身を成熟させ、今すぐ清純を奪え!お前の精なら、より良い我が肉体とチカラが手に入るであろう!」


幼女魔王はオッサンボイスでとんでもない要求をしてきた。

5歳児を急成長させて、自分を産み落とさせろとは業が深い。

マスターも昔なら激昂していたかもしれないが、そのテの輩は社長や類似品で慣れている。


「さすがは本場の魔王様。外道な上に同性愛者とはね。生憎オレは男同士とSMと汚物プレイは趣味じゃないのですよ。」


軽く流して怒気を誘おうとするマスター。その後のカウンター狙いだ。狙い通り肩を震わせて怒る幼女だが……。


「はぁあ!?我は女ぞ!?声を聞いて解らぬのか貴様は!!」


今度はこちらが戦慄する番である。さっき大量のエロを送りつけた気まずさはスルーするにしても、ちょっと現状把握が追い付かない。


「明らかオッサン声じゃないですか。その幼女からそんなバストロ音声出せるのは才能ですか?」


「舐め腐りおって……意識が地下だから霊波が良くないだけだ!さあ、これでどう?その自慢のモノを我に差し出すが良い!」


寝巻きを取り払って、すっぽんぽん幼女が叫ぶ。対するマスターはため息と呆れでオデコに手を当てる。


「あぁ……何でこう上の人達って男を誘うのがド下手なのですかね。」


ビキビキ!コメカミにストレスを溜め込んだ彼女。

物言いは良く解らないが、自分の女部分をバカにされたのは解る。

より一層暗いエネルギーを地下から吸い上げて幼女に宿す。


「これならどうだ!本体を宿した今なら美声で貴様の海馬もーー」


「この時を待っていました。ありがたく頂きます!」


拝む仕草をしてから両手を前へ出してワキワキさせる。

セリフと絵面だけなら変態野郎でしかないマスター。

しかし彼の前には宇宙の切り抜きが現れて、この星が表示されていた。


A・ディメンション。空間を好き勝手弄る技である。


それでこの星を俯瞰する位置に繋げてチカラを通す。

すると星は全く同じモノが2つに別れ、1つはクリスタルに包まれてマスターの手のひらの上に転がった。いわゆる空間のコピペである。

明らかにサイズ感がオカシイが、過去にトモミの改編した時と似たような作業をしただけである。


「き、貴様は!?何をした!?」


「この仕事の報酬を貰っただけですよ。20年近く巻くことが出来たのは僥倖です。それにしても可愛い声してるんですね。」


焦る魔王様に端的に答え、取り敢えず暴れないように褒めておく。


「そうであろう?なのに貴様や初代カイキときたら、オッサン呼ばわりしおってからに……て、違あああう!」


「そんな叫ぶと近所迷惑ですよ。オレは目標を達成したので、あと19年大人しくしていて下さい。」


時間停止を解除して帰り支度を始めるマスター。帰ったら妻と祝杯をあげて、そのまま盛り上がって……等と年の割に元気な妄想をしている。


「マスター様!これは!?」

「無事か、マスター!」


「来てくれたのか、ありがとう。」


そこへシインとレイラがなだれ込む。全裸で暴れる孫にギョッとするが、マスターの落ち着きようにシインはすこし安心する。


「人も来たことだし今夜はお開きにして、細かい調整は後日改めてーー」


「ふざけるな!我を謀った罪を償わせてやる!」


「良い感じの落とし所だと思いますけど?」


魔王は人類を長い時間掛けて好き勝手出来て、マスターは依頼の達成と報酬の現地調達が完了する。

謀ったもなにも、星のエネルギーシステムをコピーしただけで、彼女から何かを奪ったわけでもない。ただちょっと本体の感情が邪魔だったので、そこの幼女に誘導してやっただけである。

これがチカラある両者が衝突しない、1番の手だと考えていた。


「我はもう、奪われまいと決めたのだ!」


「持ちつ持たれつですよ、世界のコトワリは。」


「なら奪われ続けた我にこそ、この手にーー」


「なら、お礼に付き合いますよ。その先を明言できるようにね。」


言い淀んだ幼女魔王に対してアナコンダと魔王杖を取り出すマ現代の魔王。

今回は相手の事を調べきれずに事を起こした。システムばかり気にして相手の感情を考えなかったミス。

その事実を棚ごと放り投げつつも、格好つけて責任を取ろうとするマスター。


「流れは確認しましたわ!我が両親の仇に鉄槌を!」


レイラは長剣の刀身にオッドアイの光を煌めかせて構える。

50を越えて眼光は光を増し、今では父親張りに世界の流れを見えるようになっていた。


「不吉と謳われた私の孫に魔王が取り憑くとはね!」


シインは禍々しい本を開いてチカラを身に纏う。

世界改編と勉学研鑽により手にした理屈重視のチカラだ。

自然現象を身に宿して護身くらいは出来る様になっていた。


「「「先生、卒業生一同加勢します!」」」


護衛の元生徒が仲間を呼びに行ったのか、30人を越える筋肉達が集っていた。彼らは恩師に報いるだけでなく、ここまでに死んでいった仲間の分の報いの殴打をかましたいようだ。


「……頼もしいね。」


地球での経験と比較して感動したマスター。リビン王の意志に従い、それ以上の応援は呼ばずに魔王と対峙する。


「駒は揃ったか?ならば存分に我の、無限の魔王のチカラを味わうが良い!」


「ではオレが舞台を作りますよ。現代の魔王のチカラ、ご覧にいれましょう!」


A・ディメンションで広大な大地の空間を製作、移動する。

もはや言葉は意味をなさず、それぞれが想いを胸に無限の魔王へ挑んで行った。



…………



「先生、オレはここまでのようです。ご指導、ありがとうございました……」


「ご苦労、最期は故郷で過ごすと良い。」


半年後、延々と続く戦いの中で最後の生徒が倒れた。

瀕死の彼を故郷へ転送し、そこで安らかな眠りにつく。

マスターと共闘する以上は何度でも回復・修復出来るので不老不死になると言っても良いが、相手はその理屈を上書いてきた。


「どうした、随分寂しい数になったな!運命に干渉出来る範囲はそれだけか?」


残る3人を見て、無限を名乗る幼女魔王が笑いながら挑発する。

わざわざ弔いめいた時間をくれるのは、あの星で土に還るならその生命力は星に還元される為である。


「そちらこそ、飲まず食わずで良くやりますね。」


「我は無限なり!定命を常に凌駕し、半端な無限モドキに終焉をもたらす!」


つまりマスターがいくら回復させようとも、概念的に終わりが必ず来てしまう相手と言うことらしい。


(オレ達が終わる前に気を済ませてほしいところだが……)


マスターが2人のバイタルを感知すると、魂の消耗は激しい。

状態を保ち心を鼓舞してはいるが、このままではもう半年は難しいだろう。


「まだ行けますわ!身体が孫とは言えこのまま放置は出来ないわ!」


「ここで諦めてはお父様達に顔向け出来ません!」


「その強がりがいつまでもつかな!」


無限の魔王は紫色の弾丸を視界を覆うレベルで吐き出してくる。まるで弾幕シューティングである。


「させないよ!」


マスターは仲間の速度を引き上げてそれらを避けていく。

弾の方に干渉しようとしても効果が薄い為だ。


「風、そして雷よ!」


本に記された理屈を解放して孫を足止めし、すぐさまレイラの剣がその隙間から閃光となって襲いかかる。


「貴女の弱点は!今度こそ!」


レイラが見た彼女の弱点らしきところを狙うが……。


「温いわよ!」


「「きゃああああ!」」


全身からチカラを放出されて逃げ場の無い攻撃に吹き飛ばされる。インパクトの瞬間に次元バリアを張るが、衝撃は殆ど緩まない。


「星そのものの私に星の自然が通じるわけ無いでしょ。弱点だって流れを操作して意図的にそう見せているだけよ?」


「ついでに概念攻撃で強化バリアもなんのその、ですか。」


もっと言えば彼女の星から遠く切り離されているこの空間でも、自由にチカラを振るわれていて心を削られる。


(上には上がいるものだな。)


マスターだってこの半年、飲まず食わずで戦っている。

本来なら補給無しなど不可能だが相手の概念に助けられているのか、自前のエネルギータンクの残量が尽きることはなかった。


「すこし休戦といかないか?」


それをもってしてもジリ貧。期待は出来ないが一応声を掛けてみる。


「音をあげるのは早いけど、決断は遅かったわね。」


そうマスターを評しながら弾幕は止める無限の魔王。

皮肉は効いてるが、態勢の立て直しは出来そうだ。


「見たところ納得が欲しいようだけど、どうしたいんだい?」


細かいことは置いておき、赤い光でシインとレイラの回復と運命的な防御をかけ直しながら聞いてみる。


「それはこっちのセリフよ!私のコピーでナニするつもり!?そういう事をしたいならこの身にしなさいよ!」


「「「は?」」」


固まる3人。その反応に幼女魔王は顔を真っ赤にさせる。

恐らく女心+野心と男心+野心を互いに気付かずにすれ違ったまま戦っていたのだろう。


「だって、私に子を宿せと言ってるのに身体だけコピーして歯向かうなんて……私を屈服させてからド変態行為をするつもりなんでしょ!?」


(あー、そういう勘違い?)


「「…………」」


相手の言い分にジト目な熟女姉妹。心なしかレイラの眼光が冷たい。シインの視線は物理的に冷たい。


「何とか言いなさい!例え下手でも私は貴様を誘った!それをコケにした言い訳くらいは聞かせなさいよ!」


「オレの仕事は依頼人の家族を守ること。その報酬は副産物の全て。オレが欲しがったのは無限のエネルギー。なんか神の真似事しろとか命令されてね。」


「貴様!それで私に目を付けたと!?」


「目を付けたのは上司です。まさか意志を持った女の子とは半年前まで思いませんでしたし。」


「なる程な、納得がいったわ。だが1つ言わせて貰う!」


「「「この、サイテー男!!!」」」


声を揃えて味方にまで罵られるマスター。

やはり自分は妻しか居ないんだろなぁと虚ろな遠い目になる。

しかしやらかしたことに対する謝罪、ミソギは必要だ。


「知らなかったとは言え申し訳なく思ってますよ。なので貴女の話をうかがっても良いですか?」


「……語ることなどあるか!どうしてもというならフシドで聞くが良い!」


怒りで聞く耳持たぬスタイルを見せつつも、チャンスをくれた無限の魔王様。しかし身体は5歳児である。


「物理的なものは何とか出来るけど……シイン、レイラ。」


「私じゃなくて孫に手を出すとか、貴方って業が深いわね。」


「このまま不毛な戦いするよりは……不毛な身体を好きなだけ愛でれば?」


散々な言われようだが、制止されたりはしない。


「一応言っとくわよ。私は貴方と契って幸せだったわ。そこに後悔はないから安心して。でも、世界が無事だったら歴史書に名前が載るでしょうね。」


「その時は私が執筆してやりますわ。最低の女の敵ってね。本当にもう、私だってあのまま……」


「わかった、取り敢えず城まで送るよ。」


未練と呪詛を醸し出したのでさっさと城に転送するマスター。


「さて、覚悟は良いか?」


「何で急に格好つけてんのよ。ちゃんと雰囲気くらいだしなさいよ?」


自他共に認める下手っぴな彼女は、今度こそ気になる男の胸に飛び込むことが出来た。


そこまでは良かった。


紆余曲折あれど、そこまでは。



「「……本当に下手だったんですね。」」


「やかましい!」



夫婦のハモリと無限の魔王の悔しそうな声がお風呂場に響く。

あんな人工荒野では雰囲気もナニもないので、星に戻ってきて魔王邸別館に入る無限の魔王。とは言え妻との関係を半年もご無沙汰していたので許可は降りず、お風呂場で指をくわえて見学していた。

じっくり30戦我慢したところで限界が来て、なら戯れにと一戦だけ譲ってみた。手本を見ていたにも関わらず、順番や力の加減などのセンスが壊滅的であった。


「ま、まだこの身体に慣れてないだけ!我がその気になれば、必ずや正妻殿よりーー」


「あらあら、何百年も宇宙一と旦那に評された私より?」


「無限の魔王様は現状、宇宙一の下手っぴですけどね。」


「なっ!?なんだと!?」


愕然とする無限の魔王様。18歳の若い身体に戦慄が走る。


あの後シインの孫の身体から一旦出て貰い、コピペで2つにした。片方は元の彼女の部屋へ返し、もう片方に無限の魔王が取り憑いたのだ。さすがに5歳では良くないので、18歳の身体に成長させて今に至る。


ちなみに増えた孫の人格は統合させてあり問題はない。マスターは気付いていないが各種創作物の知識が彼女にも残っていて、後の時代に創作文化の母として崇められる対象となる。

特に女でありながら男心をくすぐるシーンが多く、大変な人気を博すことになった。


それはともかく、初めてにしてもセンスゼロのぶきっちょぶりを発揮した魔王様に、どうしたものかとマスター夫婦は話し合う。


「聞きたいことはフシドでとか言われたけど、攻め手も受け手も子供の戯れ以下では……エロ動画も大量にインプットしたのに。」


「せっかくお仕事巻けそうだったのに……まさかこれのお世話で18年掛かるの?いくらなんでも女の子ならそこまで掛からないわよね?」


「い、言いたい放題……あと名前!これとか言うな!」


「じゃあスワちゃんで。」

「ええ、スワちゃんね。」


「何だその適当ぶり!我には崇高な……スワで良いわ。」


自身の名前など、星が出来てから棄てたことを思い出して新名を受け入れるスワちゃん。

メビウス、ワールドから一字ずつ取っただけの簡素な名付けだが、口に出してみたら中々気に入った。


「とにかく、我にも楽しませるが良い!さすればコピーしたエネルギーは使っても良いから!!」


「それは話が早い……と思えないのがスワちゃんクオリティ。」


「でも、思ったより平和的な解決に……解決自体に時間掛かりそうですけど。」


そんなこんなで暫くはこの星に住んでいたマスター夫妻。


1度だけでも良いからとシインが不貞を持ち掛けてきた時には、カイキ国とガチの戦争になり掛けた。それでなくてもマスターの生徒は全滅しているので日々ジリ貧になっているというのに。

結局超絶リアルな夢の中でレイラと同じ回数を体験して貰うことで満足してもらったが、それはそれで旦那である王に追及されていた。表情で丸解りだったせいである。


「ふむ。女とはさも強力な種火なのだな。」


未だ精進の身であるスワちゃんは、男だけ全滅した軍を見下ろして学ぶ。


「女が強い場合は男でもこうなるよ。ただこれはバランスの問題じゃない。男女の欲の問題は難しいんだ。」


「女の敵。女体を残すはお前の欲だろう?」


「いや、リビン王からのお仕事なんで。」


言葉通り女だけ守るスタイルは、近しい女性をジト目にさせた。


それからほどなくして。


「マスター様。少々早まりましたが、お役目は終わりのようです。」


「マスター、ここまで我々を見守って頂き、感謝します。」


やがて。戦火に燃えるカイキ城にて、姉妹はマスターと再会する。世界中の人間に余裕が無い中で起きたクーデター。

様々な組織の野心家達に、モンスター化した動物すら使って攻め込まれた。

シインとレイラは最期を悟り、長年裏から見守ってくれた男へ別れの挨拶を済ます。が。


「死ぬ必要はないでしょ。お孫さん連れて逃げましょうよ。」


年がどうとか生き様がどうとかブツブツ言い始めた彼女達を魔王邸別館に拐ったマスター。

若い孫は同じ顔のスワちゃんを警戒していたが、後に宇宙一の下手さを知って態度を軟化。以降創作活動にのめり込むようになる。


シインもレイラも魔王邸別館で天寿を全うした。

生活に不自由はなく素晴らしい老後だった。たまには正妻の許可を貰い若返って遊ぶこともあり、国が滅びの泥沼に沈む横で幸せを謳歌していた。

彼女達の役目は終わり、今は今の王が何とかする時代なのだ。


ちなみにメイドさんズは若返らせて本館へ連れていった。そこはぶれないマスターである。


スワちゃんは本当にあれから18年かけてマスターと契りを交わした。物理的にそう出来ただけなので、テクニック等はその後カナから指導を受けている。暫くは家庭菜園要員として居候、約束通り星のエネルギーを提供して貰うことになった。

彼女の過去や思惑については……まだ下手すぎて聞く所まで到達していない。

ただ緩やかに滅び行く自分の世界の人類を、たまに遠い目で観測している事はあった。その耳には同じ顔の女が創った希望の歌が聞こえていた。



…………



「ただいま!あ~、今日もラブラブだね!」



2017年4月。セツナが学校から帰って来ると、いつも以上に熱烈に絡み合ってる両親を目撃した。勿論2人とも朝と同じ年齢に戻っている。


「お帰りなさい、セツナお嬢様。おひさしぶりです!」


「うん?朝会ったじゃない、変なカナさん。」


カナからしたら52年ぶりの再会。セツナは思わず抱き締められるのを甘んじて受けている。


「お姉ちゃん、帰ってくるのおそーい!」

「お姉様、また会えて良かったですわー!」


「クーちゃんとミーちゃんも?あはは、くすぐったいよぉ!」


わちゃわちゃと妹達と戯れるセツナ。妹達は姉どころか両親ともあまり会えずにいたので甘えんぼモードである。

それは血の繋がりだけでなく女達全員がマスター夫妻とセツナの帰還を喜んでいた。


(人類人外・男女問わず繋がれるこの家は……我が諦めた、かつての我の理想の体現……。)


気持ちの一端を胸中で吐露したスワちゃん。紹介を後回しにされてちょっと寂しいが、魔王邸を分析して少し希望と期待を胸に宿した。



…………



「変わり無いですか?」


「今のところ様子見されている、と言ったところか。」


「まだ1ヶ月ですしね。」



2017年5月に入り、埼玉県久喜市の喫茶店サイトを訪れたマスター。サイトウ・ヨシオと事実上妻のイシザキ・ユリは表情も明るく上手く行っているのが分かる。


「お主の方は、一度若返ったか?身体の使い方に老人特有のクセが出ておる。」


「よくわかりましたね。50年程、お仕事でね。妻が一緒だったので退屈はしませんでしたが、子供と会えないのはーー」


「「「…………」」」


店内席のサイトメンバーはこちらを警戒しているが、事前に敵対行為はするなとお達しを受け、見ているだけだ。


「あまり刺激しないためにも奥で話しません?」


「いや、堂々としておれば良い。手だしはさせんよ。」


「マスターさんから見て、彼らはどうです?見所とか!」


「本気で言ってます?管理下に入れるつもりはないですよ。」


ユリのあからさまな振りに先を読み取った彼は牽制する。


「まぁ聞いてくれないか。クリームコロッケ定食お待ち!」


「聞きましょう?頂きます!」


モグモグと好物を頬張りながら聞く姿勢を見せるマスター。


「お主、弟子を取っているそうじゃないか。」


「ええ。戦力にするためでなく、より良い生き方をして貰うためですけどね。」


「お主らしくて結構。サイトを譲るにしても急な変化は互いに困る。なので2人ほど弟子として鍛えてやってくれないか?」


「サイトを貰うつもりは……まぁ良いでしょう。それで候補者は?」


一貫してサイトなんていらないマスターだが、ヨシオの目からなにか読み取ったのか素直に引き受ける。その目は九州支部出発前の目に似ていた。


「そこの全員だ。どうだ、お前達。我こそはという者はおらぬか!?」


「「「え!?ちょ!?」」」


これは聞かされていなかったのか、動揺が走る客席。

あの現代の魔王の指導など怪しいにも程がある。死ぬかもしれないし、女なら修了時には子供だって生まれてるかもしれない。それに強くなれる保証だって無い。


「その妄想力があれば修行要らなそうだね。ん?」


あらぬ疑い(自業自得だが。)を掛けられて視線が適当になるマスター。その中であまり動揺していない、生命反応を見つけた。


「君、良いかもね。名前は何て言うんだい?」


「……リツコよ。でも私はやめておいた方がいいわ。」


リツコを名乗る19歳の女性は、手首から先をぼんやり光らせながら言った。


「おいおい、照明係りをご指名かよ!こりゃあ絶倫の噂は本当か!?」


若い世代メンバーのリーダー格が大声で囃す。

取り巻き達はクスクスヒソヒソと嘲りながら様子を見ている。


「ね?私はこんな立ち位置。きっと貴方のブランドにキズが付くわ。」


「そいつの言う通りだぜ、魔王さんよ!こいつは光るくらいしか能が無いから、俺達が"面倒見て"やってるんだ。なのに最近は光量も落ちて……ある意味夜は明るくなったがな!」


クスクス……ふひひひ……。


リーダー格の言葉に周囲の嘲りが強くなる。

暗に、しかし堂々と夜を示唆されてリツコの表情は曇りっぱなしだ。こんな環境ならチカラが弱まるのも無理はない。


(よくもまぁ、マスターはこれを放置して……ないか。だからオレに任せたわけだな。)


チラリとヨシオを見ると、済まないが頼むといった視線が注がれていた。ユリもセクハラ男達に対して仏頂面だ。恐らくヨシオは、ユリのためにも健全な場所にしようとして膿を出し始めたのだろう。

昔から解決できなかった、影でのチカラによる支配体質を変えたいのだ。


「いや、リツコ。君は強くなれるよ。この連中よりもね。だからこちらからスカウトしたい。我が第6弟子として魔王邸に来ないか?」


「「「ほあ!?」」」


意外なセリフに一同口があんぐりしてしまう。ヨシオは内心してやったりな顔をしていたが、それは調子に乗った若者にお灸を据える意味で大げさに言ったのだろうと捉えたからだ。


「私を囲うつもり?見ての通り胸はそんなにないわよ。それとも救済者気取りかしら?」


「加工はするかもね。胸はともかく、生きていくチカラは身につくよ。」


「……よろしくお願いするわ。ここは正義の味方の振りした悪魔の巣窟だもの。」


「よろしくね。本物の悪魔は嘘は言わないからさ。」


「期待してるわ。ここよりはね。」


リツコは立ち上がってマスターと握手すると、一緒にカウンターへと向かう。


「オレでは力不足だった。謝罪しても仕切れぬが……」


「生きるチャンスをくれた事には感謝してます。今もチャンスを頂きました。」


ヨシオの言葉に無感情な声色で返すリツコ。

ガイン! その首ねっこを掴もうとする手を次元バリアが弾いた。


「くっ!!いってええ!」


見れば見事に4本突き指したリーダー格の男が呻いていた。


「何してるんです?この子とはもう関係ないハズですが。」


「うるせえ!勝手に人の女をーー」


「告白されたこと無いんだけど。暴力は毎日頂きましたが。」


「てめえ!おい魔王、オレも弟子にしろ!こいつを教育してーー」


「教育する側なのはオレだけです。あなたには才能の伸び代が無い。生き様的には反社会組織のほうが似合ってますよ。」


「この!言わせておけば!!」


コブシにオーラを纏って殴りかかるが、顔面を殴られたのは近所で万引きしているお爺さんだった。


「サイトウさん。取りあえずもう1人でしたっけ?」


「……ああ、頼む。」

「自業自得よね、彼。」


突然消えたリーダー格の男の詳細については言及はしない2人。慣れているし言っても仕方の無い話だ。


「一体どうなってんだ!?」

「エイジをどこにやった!?」

「まさか消して……おい、てめえ!」


不良グループはそうでもなかったようでざわついているが、無視して人選を再開するマスター。

そんな彼に詰め寄ろうとするが、相手が魔王なのを思い出して近寄りはしない彼ら。チキンである。


「君、この騒ぎでも動じないのは良いね。名前は?」


「ハンバーグが冷めるから少し待って。」


チキン集団の中で合いびき肉の塊に手をかざす女の子。豪胆な性格に見えるがリツコ同様、何かをあきらめたような目と声色。そんな彼女は熱々になったハンバーグを食べ始めた。


(せめて食事くらいは満足いくものを、か。彼女も多分才能が歪まされた1人だな。)


マスターはそんなことを考えながら食べ終わるのを待つ。


「ご馳走様。ここで私の食事を邪魔しなかった人は始めてね。私はナオミ。見ての通り、ほんのり熱操作が出来るわ。」


「今度はカイロかよ!才能の無いやつの排除は歓迎だが、人様の女達を勝手に奪うんじゃねえ!」


「告白されたこと無いんだけど。暴力は毎日頂いたけど。」


リツコと同じ主張をしたナオミ。マスターは噛み付く男をスーパー銭湯の女湯に投げ込み、女の敵の末路を味合わせる。


「君もこのように面倒な相手を排除し、望む人生を手に入れられるチカラを手に出来る。第7弟子として魔王邸に来る気は無いか?」


「ごはん、食べれる?」


「ああ。オレは料理人だし妻の料理もお菓子も絶品だ。」


「なら行く。マスターお世話様です。こっちのマスターに付いていくわ。」


「お、おう。ナオミも達者でな。いろいろと手伝えなくてすまなかった。」


「……テイクアウトでハンバーグ定食1年分。」

「……私も昭和パスタを1年分。」


まるで退職金代わりとでも言いたげな迫力で注文するナオミと、便乗するリツコ。

2人は格安でヨシオを赦す事に決めたようだ。

地味ながら保存にはマスターにチカラを使わせているので、本当にこの弟子達はやり手なのかもしれない。


一気に忙しくなった厨房で、やっぱやめておけば良かったか?と虚ろな目になるヨシオだった。



…………



「さて、紹介も済んだし修行前の講義と行こう。君らは今まで通りのメニューをこなしてくれ。」


「「「はい、師匠!!」」」


魔王邸の訓練場では弟子達が集まり、新人2人を紹介した。

クルス君だけは入ってこれないので動画通話での紹介だ。


「結構ちゃんと師匠してるのね。」

「いきなりくんずほぐれつかと警戒してしまったわ。」


指示通り各々の修行を始めるのを見て、リツコとナオミは師匠の評価を改める。姉弟子達はサイトのメンバーより高度な動きをしていたからだ。


「一番弟子はオレの娘だ。普通に考えてまずいだろソレ。馬鹿話はともかくだ。これから君達には人生楽しく過ごしてもらえるように教えていく。質問は?」


「「そんなビジョンが一切想像できません。」」


「……ある意味良い答えだ。現状をよく理解している。だがしかしだ。心身ともに鍛えてチカラの出力を底上げし、その使い方に気付き……研鑽を積めばすぐにああなれる。」


後ろの飛んだり跳ねたり消えたりしている人間離れした連中を親指で示しながら、ニヤリとするマスター。

ソレはないなと後ろ向きになる2人に、最初に出した指示は健康診断だった。


「やっぱり身体が目当てなのよね。あの手の顔は特に……」

「あの目、堕胎できない状況に追い込んで産ませる気よ。」


「目も顔も生まれつきだ。過程はアレでも嘘は付かないから静かにしてくれないか。」


いつもの全裸検診を逆らわずに受ける2人だが、淡々と毒を吐く彼女達にマスターはやや気まずい。


「いつも以上にネガティブな女性を連れてきましたね。」

「ルクスちゃん、出番よ!」

「吸いとってもこの状態ですので、素なのかもしれません。」

「地球の女って変なのしかいないわね。」


手伝う3人も困惑している。聖女ちゃんは地球に偏見を持った。


「これでよし。見える所も見えない所も健康体に修復出来た。本来なら魂とのシンクロを回復させるけど、今回は省略する。」


「不穏な言葉が聞こえたわ。」

「やっぱり私達をもてあそぶ気ね。」


今回は単にシンクロの低下がそこまででもなかったのと、この後の修行で生きる実感を得られるので省いただけだ。

しかし男性不信を通り越して諦観状態の彼女達は疑り深い。

抵抗やら何やらはしないのでスムーズではあるのだが……。


「いちいちネガキャンしないでくれ。次は書斎に行くよ。」


書斎に着くと、2人に資料の書類を渡す。マスターが事前に用意した今後の目標となるモノだ。

リツコには光を使った必殺技やテクニック、各種光の効果など。ナオミにはそれを熱にしたものが渡される。


「ゲームやマンガの資料を渡されて、謀られているのかな。」


「たまにまともな事も書いてあるけど、エロ本のカムフラみたいなものかしら。」


「……君らはある意味妄想豊かだが、その手助け用の資料だ。すぐにこれくらいは出来るようになるよ。」


「それが本当なら面白そうね。これなんて労せず嫌な男を破滅させられるわ。」


「こちらも嫌な男の尊厳を歴史的に奪うことが出来そうね。合体技なんかも書いてあるわ。」


「「ふふふふふふ……」」


淡々とやる気を出し始めた彼女達は、ホラーハウスもビックリな笑い方をする。


「それらは胸に押し込んでおいてくれ。契約書と同じ要領でね。終わったら早速基礎訓練だ。」


こうしてまたクセの強い女の修行を開始したマスターだった。



…………



「いらっしゃい。2人とも順調か?」


「「うふふふふふふ。」」


「……順調のようね。」



クオンとモモカの誕生日パーティーを終えて数日後。一度成果を見せてくれとヨシオに呼ばれたマスター。

弟子達の様子にヨシオもユリも引いている。


「てめぇ、あの時はよくもーー」

「女達を返してもらうからーー」


先日絡んで来た2人の男が因縁をつけ終わる前に大人しくなった。

リーダー格は全身から血を流して倒れ、もう一人は目の光がなくなりうめき声をあげながら転び、動かなくなる。


「やったわ。実践訓練成功ね。」

「くふっ、良いザマね。」


「こんな感じで、素敵なくらいに覚えの良い弟子達です。」


マスターが告げると、いやその前から呆然としている一同。


「大事になるといけないから、2人とも、今度は交代して。」


「これは帰ったらくんずほぐれつな事をするお誘いね。」

「気分が良いから良いけど、でも罠かもしれないわ。」


少し気を許した感はあれど、まだまだ疑り深いリツコとナオミ。素直に攻める対象を変えて、光と熱を浴びせる。

すると2人の男は立ち上がり、歩いて部屋へと戻って行った。


「い、今のは……オレにも見えなかった。何をした?最後は操っていたようだが!?」


ヨシオが驚愕してカウンターに前のめりになりながら聞いてきた。


「世の中には見えないけど強力な光がありますから。」

「電気信号のやり取りする肉をちょっと焼いただけ。」


「熱で細胞は活性化するし、電気的な光を当てれば身体が勘違いして動く。最後のはソレですね。」


「「「…………」」」


一同絶句である。NTのハロウ達にばれたら駆除対象になりそうな行為を、淡々とこなせるリツコとナオミ。

未だ途上とはいえ、立派な暗殺者に成りつつある。


「やるじゃねえか!あんなに立場の低かったこの子達をここまで成長させるなんて!」


「案外教えるのは上手いんですね。」


沈黙を破ったのはスタッフルームの扉から覗いていた4人組。

かつてのマスターの後輩であり、怪盗イヌキが世話になった者達だ。年月の経過と共にお互い良い歳になっている。


「まさかとは思いますが、彼らも?」


「ああ。そもそもこの話しはこやつらに振るつもりだった。だが内部事情とスケジュールの問題で前回はああなったわけだ。」


コウジ・ミカ・フミト・カコ。彼らは高校生でサイトに入り、伝説的な先輩であるケーイチ・トモミ・◯◯◯に訓練して貰った経験がある。

コウジはチカラの塊を再構成して魔王杖の基本性能みたいなことができ、ミカはテレパシー能力が高い。フミトは引力の操作でソウイチよりも小回りの利くトリッキーかつパワフルな戦法が得意。そしてカコは過去からの時間の糸を辿っての追跡・暗殺が得意である。

限定的ながら伝説の3人組に迫るチカラとチームワークで、魔王事件後も生き延びた現サイトのエースなのだ。


「……カコさんならともかく、他は別の魔王の方が合ってそうですよ。」


「そう言わずに頼みますよ。ウワサじゃ第二も第三もあんたの指導があったと聞いてます。」


「ただの噂だ。彼らは自分で考えて強くなっている。」


コウジの言葉をバッサリしてマスターは抗議の視線をヨシオに向ける。


「でもでも、私は訓練してくれるんでしょ?私達は4人で1つ!ならみんな鍛えてくれなくちゃ!」


カコが割って入って食い下がる。こうなると面倒だ。彼女と付き合っているフミトが便乗してなしくずし的に……。


「…………」


「あれ?フミト君、元気無いがどうした?」


大人しいフミトに疑問を抱いたマスター。


「……別れたんすよ、オレ達。」


「お、おう。それは大変だな。」


彼らの絆の強さは知っていたので、ちょっと意外なマスター。


「殆ど一緒にいて、結婚までしたのになんで別れるかよね。」

「秘密よ!ミカだって人の事言えないじゃない!」

「秘密よ。うちの男達は本当もうーー」


どうやら4人は恋愛的には失敗したらしい。

男達を読み取ると、情事にチカラを活用しようとして逆鱗に触れたようだ。

コウジはミカの腹肉を胸に再構成しようとしてキレられ、フミトは胸や秘部の吸い付きを高めてキレられていた。

実は女達も無神経なチカラの行使をしていたようで、どっちもどっちと言える。

この話を受けたのも、4人の仲を再構築したい意思が感じられる。


(仲の良さを過信してコミュニケーションを取らないからそうなるんだよな。オレも気を付けよう。)


『よっしゃザマ見ろ!そのまま解散しなさい!』


魔王邸に遊びに来ていたアオバが呪詛を吐いてるが、このままでは話が進まない。


「オレの訓練を受けても……わりと完成されている君達は、劇的な変化は無いかもしれないよ。それに……」


「それに師匠は、あなた方が未練タラタラな女の裸体を容赦なく触るわよ。」


「本当、いつ孕まされるか気が気でないものね。」


「「「…………」」」


適当に理屈つけて断ろうとしたマスターから発言権を奪って爆弾を投下するリツコとナオミ。最近は2人も師匠を信じ始めている。リア充の仲直りに師匠が使われるのが嫌だったという女心の現れだが、言い方というものがある。


「おい、勝手なことを言うんじゃない。違うぞ、手出しはしてないからな!?オレはただ体調を万全に……」


「さすが現代の魔王様はお風呂にも乱入して肢体を舐め回すようにーー」


珍しく焦る師匠が楽しくなったのか、更に煽ってきた。

この後お仕置きのセクハラを受けることが確定したリツコとナオミだが、彼とコミュニケーションを取るのを楽しんでいた。


「「「…………」」」


そんな彼らを、マスターを睨む者達もいた。人類の敵ながら古巣に帰ってきて好き勝手しているのが許せない。

今は黒モヤ効果もあり事を荒立てるような真似はしないが、マスターはその効果を永続させてるわけではない。


「もしもし、サイト本部の者ですが……」


己のプライドと小さな野心から、通報者が出てもおかしくはなかった。



…………



「うん?政府からの極秘指令?」

「あの爆弾の完成と小型化を急げってあるわね。」



静岡の山奥に届いた指令書。タカハシ博士はすぐにピンときた。これは娘の想い人に使う時が来たのだと。


「スケジュールはカツカツ。なにか不備があってもおかしくはないな。」


「そうね。そして責任を取って私達は引退。娘のところにでも駆け込みます?」


「新エネルギーの利権で老後の金も安泰だしな。それで行こう。」


新エネルギーと言っても空間摩擦での発火。クルス君が良くやるアレを彼らの技術で再現しただけである。重力のチカラのデータをパソコンから機材に送るだけなので簡単なものだ。


ともかく銀行から多額の金をおろして支配人を泣かせ、その時に向けて準備するタカハシ博士だった。



…………



「街が静かだな。どの店も閉まってる。」


「愛火照る盛り場すらお休みしたら、どこで発散すれば良いの?」



2018年3月。第9弟子のトワコをサイトに連れていく過程で、埼玉県久喜市の様子がおかしいことに気がつくマスター。

トワコは陰気気質なオタク女で、そのチカラは「状態保存」だ。冷凍庫が要らなくなるチカラである。

4人の第8弟子をサイトに送り返した際に、サイトの実情に絶望して去るところであった。彼女もまたリツコ達のようにボロボロにされ……る事はなかったが自身を状態保存によって守った結果、男達を昼も夜も戦闘不能にしてしまった。それを読み取ったマスターに拾われたのである。


サイトでは趣味ではない男ばかりなので拒否したが、彼女はスキモノである。カナとは勿論、カナが匙を投げ掛けているスワちゃんとも仲良くなって毎日のようにお戯れをしていた。

そんなトワコも正式に魔王邸に移籍したくなったので、その挨拶と修行の結果報告をしに、喫茶店サイトへ向かうところだった。


「まぁ、さっさと終わらせて帰るぞ。ミシロの誕生日会の準備もあるしな。」


「フラグ臭いですわ。師匠?なんならお清めの一本、行きます?」


お尻を片側だけ持ち上げてお誘いするトワコ、もはやこの程度は日常である。


「今はいい。また中だけ状態保存されたらすぐには終わらない。それよりこちらを見てるのが居るな。」


マスターの検知に引っ掛かったのは高校だ。そこを拠点としてサイト周辺に見張りやら監視カメラが作動している。


「ふふ、今すれば見せつけてあげられますね。」


そんな問題ではないのだが、師匠に限って何かあるはずもない。そんな信頼からの軽口である。


(この時期、このタイミング。社長からサイトの弟子を取る許可と言い、そう言うことか……?)


何かに思い当たった彼は、自衛隊とおぼしき観察者達を放置する。

弟子に関してはとやかく言われなかったが、サイトに関しては今後のために育てなさいと指示があったのだ。


「ま、なるようになるだろう。」

「正式に移籍すれば好き放題な日々ですわ!」


気楽な気持ちでサイトの入り口に入っていくマスターとトワコ。


それを確認した見張りの乙班は隊長に伝える。


「各員戦闘態勢!絶対にそこから逃がすな!対魔王兵器の準備は良いか!!」


隊長は緊張しながらも声を張り上げた。胸には家族の写真が入れられている。現代の魔王への攻撃の前に、彼に限らず全員親しい者の写真を身に付けていた。


「甲班足止め準備良し!」

「乙班異常無し、まだ気付かれていません!」

「丙班起動準備完了まであと3分!」


「了解!本部、3分以内に仕掛けられます!街の避難状況は…………了解、残り2分で作戦開始します!」


彼らが行うのは現代の魔王討伐作戦。サイト内部の通報を受けてから立案された。

それに先んじてメンバーが選出され、多額の報酬が前払いされた。この作戦は誰一人として生き残るモノでは無かったからだ。


「丙班準備完了、いつでも!」


すなわち、今回の対魔王兵器とは扱いが難しい広範囲・高破壊力の爆弾で。


「甲班突撃、足を止めろ!」


いつも雲隠れする魔王をほんの少しでも気を反らして。


「乙班、最後まで観測緩めるな!」


絶対に避けられないタイミングで、魔王の次元バリアを貫通する一撃を。


「丙班、ぶちかませ!これで未来は平和そのものだ!!」


隊長の叫びが終わった瞬間、彼らはこれまで感じたことの無い空間に飲み込まれて消えた。



…………



「世界の皆様に朗報をお届けします!」



2018年3月12日。世界に激震が走る。


「我が国の自衛隊により、現代の魔王の討伐が確認されました!」


それは殆どの人には朗報で。彼を慕う僅かな人には人生が終わるレベルの悲報で。


「政府によりますと10日、新型の空間爆弾がーー」


魔王が最期を向かえた経緯に世界の権力者は唸り。


「一部被害が出たもののーー」


ハイエナ達は小さな被害を大袈裟にして日本を非難する準備をする。


「第二、第三の魔王からも引退宣言が出され、対魔王予算は大幅に減額を検討しーー」


この瞬間からありふれた人類同士の奪い合いが再開する。


つまり現代の魔王が現れる前の、"平和な世界"に戻ったのだ。


「11年に渡る人類の夜は明けました。テロによるアフターファイブが終わった我々に、また日が昇ってきたのです!」


アナウンサーはそう締め括ると、画面にスタッフロールが流れ出す。


水星屋 ~定番MENU~


とんこつラーメン 300◯

天ぷら盛り合わせ 300◯

ラーメンセット各種 500◯

餃子 天ぷら 麻婆豆腐 青椒肉絲 唐揚げ ……


セット 定食各種 500◯

和食 中華風 天ぷら 餃子 麻婆豆腐 まぐろ ……


300◯以上のお客様はソフトドリンク2杯、ごはん3杯無料。

ラーメンは替え玉2玉無料!


水星屋 ~ドリンクMENU~


瓶ビール 各種 300◯

日本酒 各種 500◯

ワイン 各種 500◯

焼酎 各種 200◯


「ふざけてるんですか!?何宣伝してんのよ!」


コジマ・サクラがふよふよ浮いているメニューをカウンターに叩きつけ、店主に食って掛かる。

店主は珍しくスーツ姿で、顔と声は認識を弄っていた。


「みんな、どれだけ心配したと思ってるんですか!!」


「いやでもオレの痕跡が消えてないんだから、無事なのは解ってたでしょ?」


「店やら下着やら何から何までそのままですものね!私は事実が確信できるからともかく、キリコちゃんとか泣いてましたよ!?あのキリコちゃんがよ!?」


「多分それ、社長としてじゃない?オレが公的に支援するのが難しくなるからって。」


「……確かにそうだったけど……社員やバイトの子とか不安にしたのは事実です!」


「今月いっぱいで契約奴隷から解放されて、表だって活動しないだけで今までと変わらないから。」


「じゃあ詳細を聞かせて貰いますからね!安心と記事のためにも!」


「話すのは良いけど、記事は不味いだろう。」


「ふん、知りません!」


いつもの通り、水星屋でサクラが酒と料理を楽しみながらマスターの話を聞く。たまに突っ込みを入れたりセクハラされたり、出会った頃と何も変わっていない。

そのやり取りに、分かっていても心底ほっとしたサクラだった。


それでもマスターの無事を知る手段の無い者もいる。

見える景色が非常に眩しくなって現実味が無くなっているかもしれない。世界が虚ろになり、まるで別の場所から遠い目をして眺めている気分になっている事だろう。

絶望すると世界が遠くなりがちなのだ。


そんな人達のために、こっそり同人誌の記事にするかは……実はまだ決めていない。


「はい、とんこつラーメンお待ち!」


「頂きます!ニンニクたくさん入れさせて貰いますからね!」


「地味な嫌がらせを……」


〆のラーメンをすすり始めたサクラは瓶から多めにニンニクを出す。


「ニンニク味のキスをお見舞いするわ!」


出会った頃と違う点は、サクラがオドオドしなくなったことと……男女の仲と言うところか。


「ごちそうさまです!さあ奥さんに挨拶して始めるわよ!」


色気も何もない強引なお誘いに、思わず対抗心が芽生えるマスター。


「娘に臭いおばさんと呼ばせてやるか。」


「それだけはやめて!?」


アホなやり取りもいつも通り。

マスターも、もう少しだけ続けられるであろう日常に喜びを感じていた。



…………

続く。

お読み頂きありがとうございます。


本来ならここまでで弟子の詳細や事件内容・後日談まで書ききるつもりでしたが、作者の実力不足によりもう1話使います。

続きはしばらくお時間を頂きます。

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