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117 ウルオいサクは、メオトのヨル

しばらくぶりに投稿までこぎつけました。

今回から4話使っての最終回になります。

見ての通り長いので、誤字脱字等あったらすみません。



「お待ちしてました。こちらへどうぞ。」



2015年1月。靖国神社の敷地の奥にある洗心亭。その茶室に1人の黒づくめが招かれる。

時期的に参拝客が多いが、その姿を捉えたものは居ない。


文字通り心が洗われるような見事な茶室には、既に数人のスーツ姿の男女が待機していた。黒づくめの姿を捉えると緊張感が一気に上がった様子がうかがえる。


「こんにちは。本日はお招き頂きありがとうございます。」


「ま、まぁ座ってください。今日はまだ非公式の顔合わせ。楽にしてください。」


一礼する黒づくめに、年長の男が対応する。しかし他人のことを言えないレベルでガチガチに緊張しているスーツ達。


それもそうだろう。スーツ達は現日本政府の総理大臣と、外交官達。彼らが招くは現代の魔王と呼ばれるテロリストだったのだ。


去年のミキモト事件を受けて政府は、これ以上の魔王との敵対は国がモタナイと判断した。機密のカタマリであるミキモトグループの大半を海外に奪われ、非人道的な作戦や研究が暴かれ日本の立場は益々悪くなった為だ。

総理は断腸の思いで魔王との交渉を決意し、彼のチカラの恩恵で国を立て直すつもりだった。勿論隙在らば魔王を出し抜く事も辞さない覚悟だ。

しかし世界的に見ればテロリストとの交渉はよろしくない。

ただでさえ魔王を生み出し立場が弱い国なのだ。その交渉は当然極秘裏に行われなければならない。


そこでまずは試験的に場を設けて、交渉のための交渉を行うことにした。今回はその集会である。


「分かっておるとは思うが、互いに立場が在る身だ。過度の歓迎は出来ぬ事をご了承願いたい。」


「勿論心得てますよ。互いに余計な気遣いは無用で結構。その方が議論も進めやすいでしょう。」


「協力感謝する。では私はマスコミに餌やりの時間だ。この者達と話を進めてくれたまえ。」


総理はさっさと退席すると、靖国参拝と言うネタを使ってこの茶室から目を反らさせに行く。

それが重要なことだと分かってはいるが……部下からは自分だけこの場から逃れてズルい!と睨まれるし、魔王からはあんたが仕切るんじゃないんかい!と心の中で突っ込まれた。


「……ではまずは互いに紹介でもしよう。」


残った外交官の一番威厳の在るおっさんが口を開き、同意する一同は黙って頷いた。


「では私から。外務省特殊外交課課長、ナカダイだ。ふた回り下の嫁がいる。」


「外務省特殊外交官、イケダ・キョウキです。この仕事が終わった暁には結婚します。」


「同じく外務省特殊外交官、イシザキ・ユリです。彼氏はいません!」


3人とも何故か恋愛事情を添えて自己紹介する。

ナカダイは50代男性。最近若い奥さんをもらったが、この仕事に就くにあたっての報酬の前払いである。

イケダは20代後半の男性。開幕死亡フラグを立てているが、狙ったわけではない。名前は漢字で書くとクレイジーではなく胸紀だ。なぜそんな漢字なのかについては、彼の両親は頑なに口を閉ざしている。

イシザキは独り身の20代半ばの女性で、パッと見で平均以上を思わせ2度見するくらいには可愛げのある容姿である。


「現代の魔王、○○○○だ。マスターと呼んでほしい。趣味はオタク系。見たところオレ対策で新設された……ははぁ、そういう事ですか。」


魔王も適当に自己紹介をしながら相手を読み取って勝手に納得している。ある程度バレてるとは思うが、家庭環境については伏せている。


「悪いがマスター、その勝手に納得するのは控えてほしい。まるで検査の結果を、医者だけが把握しているあの感じに似ていて不快だ。」


最近人間ドックで芳しくはない結果が出たナカダイが、意見する。イケダとイシザキは肝を冷やしている。


「これは失礼した。認識出来てしまうとどうしてもね。気を付けるよ。それで、今日はどこから話を始めるんです?」


「…………」


以外と素直に意見を受けるマスターに若い連中が固まっていると、ナカダイから注意が入る。


「イシザキ!」


「は、はい!?あ、そうですね!ええと……」


イシザキは小型のノートPCからデータを開いてワタワタしながら進行する。


「わた、私達は交渉の席にはつきまサたが!まるっと対等ではな……ななないであります。」


「まずは深呼吸した方が良いと思うよ?」


イシザキは毅然とした立ち振舞いで魔王から主導権を取る役目を受けていた。しかし焦りと緊張から相手に心配される始末だった。


「コホン、同僚の深呼吸が終わるまで代わるよ。つまり貴方は犯罪者で我々は秩序側の人間。なので我々の主導で進行するべき、と言う事だ!」


「言いなりになれと?次に君らが要求するであろう事を呑んだら、2ヶ月くらいで日本無くなるんですけど。」


「はあっ!?」


イケダが代わって説明するも、赤い目で先読みした魔王に止められる。


「じゃ、じゃあ結婚は……!?」


「さっきの死亡フラグ、1週間で回収されるみたいだよ。」


「なんですと!?」


「整いました!あなたの懺悔の時間です!」


ショックを受けるイケダに代わって、深呼吸を終えたイシザキが指突きつけて何かを始めるようだ。


「貴方は現在殺人・傷害・器物破損に強制ワイセツにーーなんか殆どの罪の容疑が掛けられてます。中でも殺人はーー」


どうやら罪を読み上げて良心に訴え掛け……もしくは面倒に思わせて譲歩を引き出す作戦なのか。イシザキは今、一件一件延々と魔王の罪を読み上げている。


(酔った閻魔様がピロートークで同じ事してたな。)


アレはアレで彼女の可愛らしい1面を見れたので良いが、初対面の女に延々責められるのを喜べるほどの属性は持ち合わせていなかった。


「続いて3丁目のキムラさんをキュルルルルルルル……」


「「おい、どうした!?」」


イシザキは突然昔のビデオの早送りの如く、高音を発しながら薄い口紅の唇を高速で動かしている。使命感に駆られている所為か、本人は気付いていない。


「キュルルルルルルル……」


「マスター、これは何を!?」


「話長いんで20倍速にしてみました。一応時間止めた空間とは言え、実の無い話は止めましょうよ。」


「分かった。止めさせるから戻してくれ。」


イシザキはさすがに異変に気付いて首を高速で左右に振りながらキュルキュルしていた。


「何てことするんですか!!寿命が!貴方は20代半ばの女の寿命をなんだと思ってるんですか!!」


もとに戻ったキュルザキが魔王に食って掛かる。

高々数十分減っただけだが、色々と複雑なお年頃になりつつある彼女には手痛いダメージだ。もっとも、女にとって複雑でないお年頃なんてあまり無いのだけど。


「ユリさんだっけ。君は今、魔王から重要な情報を引き出したんだ。外交官としてもっと胸を張ったらどうです?」


「なにいってるんですか!誤魔化そうたってそうは行きません!あと下の名前で呼ばないで!」


魔王が出てからファーストネーム呼びが政府に推奨されているのに理不尽な話である。


「オレも同じ体験したんだよ?君たちと同じく秩序を守るためにね。……2年間も。」


「「「!!」」」


サイト時代はチカラの使いすぎで20倍の速度で寿命を消費した魔王。そうさせたのは大本を辿れば政府の意思である。


「失礼した、マスター。今後はなるべく要点に絞った議論と……出来れば対等に願いたい。」


ナカダイが謝罪して今後の方針を提案する。


「貴殿方の立場も解りますし、それで行きましょう。今ので分かったと思いますが、求めすぎは危険なチカラです。地雷回避のためにも、適度な雑談くらいは良いんじゃないですかね?」


「……それもそうか。配慮に感謝する。2人とも良いな?」


「「は、はい!」」


若い2人もそれに同意して方針が決まる。

彼らは魔王に対応すべく集められた人材だ。

だがナカダイはともかく、イケダとイシザキは力量不足である。それぞれの理由であぶれていた人材がここへ追いやられ、後がない状況だった。


魔王としてもカタブツ相手は面倒なので、彼らが上手くやるに越したことはないと考える。そしてその為の第一歩として雑談を1つ提供した。


「今季のアニメ、何見てます?」


「「「そんな余裕が在るわけがない!!」」」


外交官は忙しいのである。



…………



「外交官相手に何を言ってるんですか。」


「失礼しちゃうよね。オレは日に彼らの30倍くらいは活動してるというのに。」


「割合とか密度で言ったら彼らの方が上じゃないですか?マスターって家族・愛人サービスとオタク趣味が半分くらいありそうですけど。」



スギミヤ市の隣町にある水星屋2号店のお隣。サクラ達が娘と住んでいる豪邸での夕飯の時間に、マスターが話題提供をしていた。


「政治に関わってる人達っていつ寝てるのか分からないくらいに働いているもんね。良い事も悪い事も。」


「それでマスター。その後どんな裁きを下したの!?そのキュルザキさんはいつココに住むの?」


アオバが怪盗時代を振り返りながら意味深な発言をすると、キリコはもう外交官を滅多打ちにでもしたかのような物言いだ。他所の連中に聞かれたら炎上しそうな発言ではあるが、こういう洗の……教育をしてしまったのはマスターなので仕方ない。


「勝手に決めないでくれ。イシザキさんはココには住まないし、プライベートは日の半分でもないよ。」


「「「ふーん?」」」


明らかに疑っている目をしている愛人3人ではあるが、珍しく住まないと断言している彼の言葉は信じている。

でもきっと妙な事に使うつもりなんだろうなという、悪い意味で。

仕事の余暇の方は怪しいものである。”でもない”と言った以上は2割とかの可能性もあるが8割の可能性もあるからだ。


「それで今回の話し合いでは、取り敢えず仲良くやっていきましょうて事になってね。魔王の仕事をある程度黙認、邪魔はしない代わりにチカラの提供を求められたんだ。」


「そんな話に乗るの?"絶対"裏切られるわよ。」

「そうですよ!胡散臭いじゃないですか!」


サクラとアオバでなくとも、総理から話を持ちかけられた時点で怪しいのは分かっている。

しかし社長からはGOサインが出ているし、やめるわけには行かない下っ端事情。


「でもマスターが上手くやれば、この国どころか世界的にも悪くはないんじゃない?」


キリコが希望的観測を口にしてみるが、言ってる本人もドタバタするんだろうなぁと言う思考を持っていてマスターにバレている。


「これも1つの縁だからね。何とかするよ。本音を言えば社長がやって欲しいんだけどね。」


マスターはため息とともにお酒を飲む。

今回読み取った情報だけでも色々ありすぎて、扱いに困っていた。


4月から本格的に交渉・議論が始まるのだが、今回だけで洗脳や脅迫や可能であれば暗殺計画なんかもポコポコ出てきた。

それだけでなく自身のチカラを利用した非人道的な兵器群の計画に、彼の遺伝子を使っての長期的な生殖実験。更にはタイムトラベルによる歴史の改竄計画などなど、人間の欲望を清書したかのようなデータがたんまり入手出来てしまったのだ。


(ミキモトの時よりも酷いから、放置も出来ないんだよなぁ。上手いこと制御するためにも、暫くは付き合うしかないか。)


マスターがそう思う理由の1つに、あの外交官達の立場もあった。3人とも捨て駒・使い捨て扱いで選ばれた者だったからだ。

なので彼らを切っても何も変わらないのだ。


吐いたため息分の幸せを3人から補充されたマスターは、時間を止めておいた水星屋本店に戻っていった。


…………



「愛してるよ。」


「うふふ、私もよ。」


「わーたーしーもー!」


1月と2月を跨ぐ恒例行事。名無しの夫婦の結婚記念日では、これまたロングキスの後にセツナが突撃していた。

最初は可愛い娘さんだと思っていた参加者も、なかにはその本気さを感じとる者も現れ始めている。


(さすがは正妻の娘といったところか?○○○○が倫理を蔑ろにはしないとは思うが……しないよな?だが万が一を考えれば今の内に……)


開催場所を提供したクロシャータもその1人で、今の内に取り入るべきかと思いを馳せる。


(根気よく説得するしかないよなぁ。苦手とか言ってる場合じゃないし。それに身体が思春期に入れば分かってくれる……よな?)


マスターはマスターで長期戦を覚悟していた。

妻は寄り添ったまま笑顔である。娘にはよく考えるように言ってあるし、この先どうあろうと旦那は幸福街道を進んでくれてそれを支えるのが自分の役割だと考えているからだ。

母親に諭されたセツナは倫理よりも、どうやって父親を落とすかばかり考えているようだが……。


「お父さん、大好き!」


悩む父親にくっつくセツナは、幸せそうな笑顔だった。



…………



「こちらからの要求……提案は資料の通りです。」


「なかなか欲張りますね。未来志向なものはまだしも、コレとかコレも過去に縛られているのが見え見えです。」



2月の第2回予備会議の場で。ナカダイの指示でイシザキに渡された書類の束には、政府からの要求がひしめきあっている。

提案と言い直しているがただの体裁、実質的に意味はない。

魔王の言葉通りタイムトラベルや洗脳による歴史の改竄に関する項目も多い。


「国を動かすのは年配の方が多いですからね。」


「イケダ。」


ナカダイの余計なことは言うなという雰囲気の声に、おっといけねぇ!と肩を竦める彼女持ちの男。前回といい少々言動にクセがあるようだ。

その彼が言うように昔の汚点・分岐点を改変したいお歴々が少なからず居るのは確かだが、相手にするだけ疲れるだけなのでその辺りの要求は全て却下する。


「こんな世界の仕組みを何も解ってない提案は捨て置くとして……オレの子を使った実験とか、よくもまぁ平気で言えますね。」


魔王は開けれた口調でテーブルに書類の束を置いて正気を疑っていた。そこには魔王事件で生まれた子供達の扱いについて書かれている。

もちろんストレートにそう書かれていたわけではない。

名目上は生活支援のために子供を施設に引き取って、親には金を掴ませる形である。

だが自分達が同じ事言われたらどうするの?という視線に少し黙る外交官。


「……それだけ切羽詰まっているのだ。それに今までも非公式ながらそういう事はあったと認識している。金だけ渡して世話をしないなら、そちらとしても問題無いのでは?」


ナカダイが明らかな地雷をなで回すような発言をする。

交渉術においては1つの手段なのだが、相手が相手なので毎秒命懸けである。


「その度に少なくない犠牲者を出していたデータくらいはそちらにもあるのでは?それにオレの仕事についてはあくまで依頼の遂行であって、誰かが望んで起きた結果ですよ?」


「それは詭弁と言わせていただきたいですね。実態はただのご……強制ワイセツじゃないですか。片親がどれだけ大変か分かってるんですか!?」


「彼女らが不幸な半生になったと言うなら、甘い言葉で更に不幸にする必要も無いでしょう。取りやすい所から取るばかりでなく、たまには自腹を切ったら良いのでは?文字通りね。」


相手の言うことはもっともだがこの場においては無益な方向に話が行きそうになり、軌道修正する魔王。

被害者虐めするくらいなら身内に産ませて実験しろという暴論である。


「……上はそれでも良いと考えている。」


「ナカダイさん!?マジで言ってます!?」

「は!?なんですかそれは!!」


さすがの部下2人も驚きを隠せなかった。


「でしょうね。あなた方からすればチカラさえ手に入れば良いのだから。お2人の反応はもっともですが……一般人は良くて政府関係者がダメな理由を聞かせて貰っても?」


「あ、いや。つい驚いただけて……」

「そんなつもりじゃ……」


「今回はまだ予備会議ですから深く追求しませんが、現状は成るべくして成っています。お互い咎め合っても国民の利益にはなりませんよ?」


暗に前回から学んでないのか?との含みを持たせて発言する魔王。そうは言われてもこの3人も上からの指示で動いているので、難しいところである。

当然分かっていて言っているが、それは3人を試しているからだ。

ただ上に従うだけならそれでも良いが、いずれ消されてしまうだろう。"その時"までに有意義な関係を築けるのなら、助けることもやぶさかでないと魔王は考えていた。

自身も捨てゴマの経験があるので、これも何かの縁だと感じている。


「で、では既存のご息女達については手出し無用ということで次に……その規格外のチカラについてお聞きしたい。」


少々どもりながらもさっさと次の話題に移るナカダイ。胃の調子が急速に悪化しているのが自覚できている。


「チカラは知っての通り本人の感情によるし、発現するかも運が絡む。敢えて伝えるにしても、オレに関してはサイトのデータ以上の事は無いと思うけど?」


サイトは独自の情報網でチカラ持ちのことを調べあげている。

チカラの検査が出来るミキモト研究所 No.3からのデータはもちろんのこと、クスリをばら蒔く上でもデータ収集は欠かさなかった。

サイトに取り込んでからもあの手この手で調査され、そのデータは活用されてきた。

魔王も同様で記憶や名前が消えてもそれらは残り、既に世界中に共有されている。


「あれだけでは不完全だと我々は考えている。事実ガス欠の多かった貴方は、年々その精神的な容量を増やしているように思えるが?」


「つまり人間を辞める方法を知りたいと?」


ナカダイの言葉の裏にある事情・狙いを看破した魔王。


「不老不死に憧れる者も少なくないのだ。」


「人魚ちゃんも行方不明ですしね。」


(ふん、ならヨクミは早めに故郷へ還しておくか。万が一にも観測出来ないように工夫も必要だね。)


イケダは冗談のつもりで言ったが、魔王からしたら不用意な脅迫と捉えられた。


「老人達の妄想は全て却下だ。せめて若い連中の野心とかを見せて貰いたいですね。これは"一応は"国のための会合なのでしょう?」


バッサリ切り捨てた魔王。その後の議論も上手く噛み合わずに進んでいく。3人は大した手柄も無く、焦り始めてある。


(このままでは物理的に首になるか、この男に殺されるか……)


(くっ、情報が落ちてこない。結構誘いを掛けているのに!)


(ふざけた人なのに、なんでやり込められてるの!?)


「……答えが出ているのに分からないフリは意味がないですよ。次までに何とかしてください。」


3人の焦りの声に返答した魔王は、一瞬で虚空に消えて去っていった。


「分かっていたとは言え、袋小路だな。」


ナカダイは唸りながら頭を抱える。

何としても魔王を利用したい上の連中と、極悪非道のテロリストとの板挟み。若い2人ほどではないが左遷に近い形で就任した彼は、早く帰って若い奥さんに癒されたくなっていた。


「マスターの感じからして試されてますよね。本気で話し合うつもりなのかどうか。」


一方的に搾取する方向を強いられているイケダだが、とてもとてもそんな雰囲気ではない。何せ取り掛かりとなる情報が引き出せず、既存の情報だけでは意味の分からないオタクでしかない。


「イシザキさんはどうです?その、手応えは。」


「濁さなくても良いわよ。私の役割は解っている。でも厳しいわよ。全然評価に値してないって顔だし……」


イシザキも自分の任務については暗に伝えられていたし、その覚悟も程々にはしていた。

彼女の任務は身体を張って魔王に取り入り成果を引き出せ、である。

元々努力家ではあるイシザキだったが、その実力は日本の運営には少々届いていなかった。容姿だけはそれなりに良かったので今回の魔王への生け贄として選ばれたのだ。

サイトの資料では一途でストイックな男だとあるが、魔王となってからの女性関係を見るに充分可能性は有ったし……本人もその自信もあった。

しかし誘惑的な仕草や視線を送ってみても効果は無く、開幕からして寿命を減らされる始末である。


「せっかくの透けブラなのに、あたっ!」

「あんたが誘惑されても仕方ないでしょうが!」


パシッと叩かれるイケダだが、彼なりの同僚へのフォローのつもりだった。


「ともかくこのままでは不味い。4月からの本会議になれば修正は難しいだろう。何としてでも来月中までに信頼関係を築かねばならん!」


ナカダイの言葉に頷く部下達。


「生き残るためにもそれしかないですよね。ホットラインすら手に入れてない現状では厳しいですけど。」


「彼の言う"答え"に乗ってみます?危険ではあるけど後がないですし。」


「決まりだな。責任はオレがとる。」


ナカダイは覚悟を決めて指示を出す。


「全員、全力で流行りのアニメやマンガをチェックしろ!」


「「了解!!」」


日本の夜明けと日没が同時に訪れるような指示に、力強く同意した若い外交官達であった。



…………



「そんな訳で君らは来月中には各々の用事を済ませて貰うことになる。細かい段取りはこちらで調整するから、それぞれ準備しておいてくれ。」



元特殊部隊の面々に事情を伝えてさっさと消えるマスター。

残されたユウヤ達は突然の事に、仲間との別れが近づく実感も沸かずに混乱ぎみだった。


(ヨクミさんが狙われる?やはりこの国はもう信用できない。)


改めて決意をするモリト。無意識でヨクミ(赤面)を掴んで放さない。


(マスターとの交渉ねぇ。家の立場的には政府側なんだけど、無謀よね。早く当主候補になって足元固めて……る最中だから出撃要請はお断りしますとか言っておこうかな。キサキおば様と同じテツは踏まないようにね。)


ミサキはもう政府に協力する気は無かった。今はそれよりも当主候補になる為の条件の男をどう落とすかが問題だった。


そして同じ悩みの女の子は魔王邸にも存在した。


「ね、ねぇ?もう少しネンイリに調整しても良いよ?」


大浴場で日課の時間調整を受けるセツナとクオン。

素手で直接触って細部までチカラを通すこの作業は、お父さん大好きっ子なセツナからしてみれば至高の時間の1つだった。


「もう充分に……て言うかそろそろ自分でも出来るんじゃ?」


「だめだめだめだめ!私はまだヘタっぴだから、お父さんが念入りに触っ……調整してくれなきゃ!か、代わりに私がお父さんをネンイリに洗ってあげるから!お願い!ね?ね!?」


「お前なぁ……」


娘の狙いを読むまでもなく丸分かりなマスター。なんでここまで積極的に、父親である自分に男を求めるのか謎である。


「あなた、クオンは私がしておきますから。」


「いやでもな……」


あまりに必死なセツナを見かねた妻が、旦那に上手くするように促す。それでも渋るマスターにテレパシーが飛んできた。


『去年まで初恋の人を散々触っておいて、私達の娘の初恋には触れないの?それではクオンどころかセツナにも嫌われちゃいますよ?』


敢えて言わなかったが当然私にも、と続くような声色の念波だったのでマスターは慌ててセツナに向き直る。


「ほらセツナ、おとなしく座って。ついでに洗ってあげるからな。たっぷりの泡だぞ~。」


「良いの!?やった!大好き!」


パッと明るい笑顔で椅子に座り直したセツナ。上機嫌でマスターの手に身体を委ねている。

それは彼を慕う女性達とお揃いの満足感と、父親の包容力への信頼。おませな言動が多い彼女も、まだまだお子様なのだ。


「ふんふ~ん。最近ララちゃんとトウジさんがね~。」


学校での他愛ない出来事を話しながら、時折くすぐったそうに身をよじるセツナ。平和な時間にマスターは人生の喜びを感じていた。


『ほら、大丈夫でしょう?これからもちゃんと触ってあげなきゃダメですよ?』


ホンワカ表情の旦那にテレパシーを送る妻。彼女の手の中にはクオンがセツナと同じ表情で洗われていて、妻自身も旦那と同じ顔をしていた。


『そうだな。気にしすぎだったようだ。ありがとう、○○○。君は本当に良い嫁だ。』


『そんなこともあるかもだけど~、この後は私も洗って下さる?』


『喜んで!』


セツナを上から下まで洗いきると、今度は彼女が手どころか上半身を泡々にして父親に座るように言ってくる。

教育上は止めるべきか微妙なところだが、今回は任せてみることにした。

万が一にも反応しないようにチカラで一部の血流を制御しながら。


(私じゃまだダメか……もっと大きくならないとなぁ。)


不穏な思考は聞かなかったことにして、家族でのお風呂タイムを楽しむマスターだった。



…………



「マスターさん!今期はやっぱり艦コネですよね!?」


「いや、マスターならば新姉魔王の……」


「いやいや貴方なら幸腹クラフトでは!?」



3月の予備会議が始まると同時に開始される推しアニメ談義。

魔王はこいつらなに言ってるの?と戸惑いながらも答えを出した。


「その中ならイシザキさんの当たり。艦コネは軽く見た程度で、新姉は1話だけしか見てない。」


「そんな馬鹿なっ!?」

「くっ外したか……」


「私の勝ちね。お寿司よろしくぅ!」


どうやら夕飯を賭けていたようで、イシザキさんは喜びをあらわにした。


「納得できん!何故貴殿は魔王でありながらアレを見なかったのだ!」


「個人の意見だけど、主人公がサイコパスに見えちゃって。」


「あんたも似たようなものじゃないか!!」


食って掛かったナカダイは、相手の返答に失言どころじゃない言葉を魔王にぶつけてしまう。


「同族嫌悪も人の感情ですよ、ナカダイさん。」

「ミリタリ好きだと思ったのになぁ。なんで料理モノを?」


「いや、本業は屋台のラーメン屋だもん。イケダ君は着眼点は良かったけどね。」


「そっちかぁ!!記録には確かに屋台をどうこうって有った!魔王になってから兵器を回収していたからてっきり……」


2005年の逃亡劇や2009年のクリスマスでの報告書には、確かに屋台経営を示唆する文が記載されていた。

それよりもミリタリを選んだのは男のロマンを優先したにすぎない。


「それで、なんでアニメの話をしてるんですか?」


「前回までの予備会議では我々は一方的に搾取しようとしていた。我々にも後がないのだ。ここはマスターの言う通り、見えてる答えに乗ろうと思った次第だ。」


ナカダイが自信ありげに答えるが、当のマスターは首をかしげる。


「答え……?え、あぁ、うん。まぁ、良いんじゃない?」


「もしかして間違ってました?」


微妙な反応に不安を覚えたイシザキがお伺いをたてる。


「一応は合ってるよ。要はオレと雑談でもしながら、何が出来て何が出来ないかを見極めてほしかったんだよね。イチイチ断るのも面倒だし。」


「あぁ、そういう……」

「ではアニメのチェックまでしなくても良かったのか……」


「そうでもないよ。少なくとも話を聞く気にはなったからね。そちらもオレの情報が少し落ちたでしょう?」


魔王の言葉にハッとする3人。


「では今日は上の妄言は置いておいて、せっかく仕入れたアニメの話しでもしようではないか!」


「「賛成!」」


「良いですよ。」


半分自棄になっている彼らに付き合う事を決めた魔王。


「今まで馬鹿にしてきましたが中々良い出来映えで。恥ずかしながら、これなんか嫁と楽しく見てました。」


ナカダイはサエXノが気に入ったようだ。

イケダは人間賛歌な奇妙な冒険、イシザキは熊ショックなアレを気に入ったとか。

魔王はその3つとも視聴していたので、話しも弾む。


「こうして話してみると、好みは大体同じなんですね。」


「いくら人間辞めてても、急に血が好きとかには成らなかったよ。心は人間のままだしね。」


「では何が変わったのだね?」


「チカラの負荷に耐えられるようになったのと、暗闇でも良く見えるくらいなもんですよ。後は使い方次第って事です。」


話の流れでさらっと情報を落とせば、イシザキが慌ててキーボードに打ち込んでいる。


「どうせ録音してるんじゃないの?」

「個人用です。半生を預ける方の情報ですから。」

「そんな気負わなくて良いよ。」

「女はそういう訳には行かないんです。」


魔王も彼女が生け贄枠なのは当然知っているが、特に手を出すつもりはない。しかし敢えてその事は伝えない。


「前から不思議だったのですが、何故貴方の魔王としての行動はチグハグなんですか?」


「良く言われるよ、二重人格かって。そんなつもりはなくて、依頼の都合だとか……その周りの都合だとかに気を遣ってるんだよ。これでもね?」


世界の理と代償については詳しくは伝えない。分かって貰えないだろうし、それこそ悪魔としての彼の在り方を晒してしまうからだ。


「では昨年のミキモト事件以降、貴方が確認されていないのも気を遣っているからだと?」


「今は別世界とかを仕事場にしてますからね。地球はトキタさん、第二の魔王が頑張ってますし。」


「「「……別世界?」」」


ワンフレーズだけの混声三部合唱を外交官が決めると、魔王は言ってなかったっけ?と首をかしげた。


「宇宙は広いし解りにくいんですよ。人間が観測できない世界があっても不思議じゃないでしょう?」


「そ、それは……そこでは何をしてるんだ?」


余裕がなくなって来たナカダイが、それでも踏み込んでみる。他2人は口をポカンと開けている。


「ミキモト事件で偶然ですがヤバイのが見つかりましてね?依頼をこなしつつ情報収集と……弟子の育成ですかね。」


「……少し休憩にしないか?そうだ、女性を悦ばす夜の技なんかを……」


「イシザキさんの前で?殴られるのはごめんですよ。」


オーバーヒートしたナカダイが休憩を提案するが、テンパって出した別の話題が猥談だったので却下される。

彼女がいなければ喜んで乗っていた可能性はある。


「むしろ興味深いのですが。」


「却下です。」


「なら、マスターさんからなにか質問は無いのですか?我々もその内落ち着きますので。」


イケダが名案とばかりに声をあげた。質問ばかりでバランスが悪くなっているので、ここらで空気を変えたいところだ。

普通は質問される側がすることであるが。


「あなた方の上司の家族や、不倫や汚職まで把握しているのでお気遣いなく。」


「「「…………」」」


今度こそ黙るしかない3人だった。


「それで……別世界とかヤバイのとか弟子の話だが……」


少々の休憩を挟んでから先程の情報を紐解こうとするナカダイ。


「どこから聞けば良いのか迷いますね。」


「私達にどういう危険があるかだけでも知りたいわ。」


「そうですねぇ。この中だと"ヤバイの"、ですか。宇宙を股に掛けて現れるシロモノらしいですが調査中です。対策としては、生け贄や裏切り行為を一切しないこと……としか言えませんね。」


「生け贄?宗教かなにかか?」


「オレが地球で知ったときはまさに宗教絡みでした。ヘタ打つと世界が滅びるレベルの脅威ですし、ミキモト事件では2度もそれが起き掛けているので注意して下さいね。」


「「「…………」」」


この時3人は思った。世界中にミキモトの技術が出回り出した今、すぐ側にまで世界の危機が訪れているのではないかと。

この事は重要事項として上に報告しなければならないと。


「それでお弟子さんの方は?新たな魔王として君臨するような事が有り得るのか教えてくれ。」


「それはほぼ無いでしょう。より良い人生を歩んで貰うためにチカラの使い方を教えているだけで、世界をどうするとかはないですよ。ほとんど別世界の住人なので関わることはまずないハズです。」


「それなら良いのだが……我々でも別の世界に行けたりとかはするのかね?」


「時間とか空間の研究が進めばあるいはね。今はオレのチカラを介さないと無理ですよ。」


「そうか……ううむ。」


ナカダイは唸りながら考え事をしている。未知の情報が多くてどうすれば良いのか整理しかねているようだ。


「他になければ来月からの事に話を移しますか。」


「あの、良いですか?」


「なんでしょう?」


「今日は様々な情報を頂きましたけど、大丈夫なんですか?」


イシザキが聞きにくそうに様子をうかがう。


「むしろこの程度で良いのかって感じですけどね。依頼がどうとか家族がどうとか、突っ込んだ質問が来るとばかり思ってましたよ。」


「それ、聞いて良かったんですか?」


「それがあなた方の仕事でしょう。まぁ答える気は全く無いですけどね。」


「やっぱり!コホン、それで来月からの本会議なんですけど……場所も変わるし警備も物々しくなってしまいそうで。」


「ええ、把握しますよ。」


「そんなのでどうこうなるマスターじゃないでしょうけど……手加減、してくれます?」


「……1つ明言しておきます。話し合いには応じる。それ以外は一人相撲にしかならないと。」


「「「……善処します。」」」


彼らが本当に善処したとしても何も変わらない。この場の全員が分かってはいたが、そう言うしかなかった。



…………



(コイツをこのまま後ろから撃てば……)



4月。とある自衛官は殺気だちながら、自動小銃を握る手に力を籠める。

目の前には友や自身の妹を毒牙にかけたテロリストが豪華な廊下を歩いており、後に続く彼から見てその後ろ姿はがら空きだった。

周囲の警備に付く自衛官たちも、無表情を装いつつも同じ心持ちであろう。

本日の任務は極秘の要人との交渉の警備と聞いていた。

それがまさか現代の魔王とは思わなかった。

どういうツテでこうなったのかはわからない。しかし相手はテロリストだ。テロリストとは交渉しないのが世界のルール。きっと何か策があるのだろう。


(しかしこの殺意を押さえきれるものではない!)


自衛官は正義感と復讐心に駆られて銃を構える。

周りの人間たちは驚きはするが、止めには入らなかった。


(…………)


しかし撃てなかった。

相手はいまだにがら空きの背中を晒している。しかし狙いを付けた銃口の先には妻の頭が見えていたからだ。


(この卑怯者めっ!!)


悪態をつきながら銃を下ろし、同僚に裏へ連れていかれる自衛官。復讐の対象は何事も無かったように歩いていく。

ギリギリのところで踏みとどまれた彼は幸運だった。


「そんな顔をするな。誰もお前を責める権利などない。」


「……オレは今日で自衛官を辞める。」


同僚の同情に辞意で返す自衛官。


「おい、どうするつもりだ!?」


「妻と妹とその娘と……海外にでも移る。そうだな、海の見える街がいい。」


やりきれない心を宿した彼は、同僚の制止を振り切って去っていった。加害者に復讐も出来ず、何を思ってかテロリストと交渉する国。彼の心が折れるのも無理もなかった。


「へえ、良いお茶ですね。お金は払うので後で茶葉を包んで頂けません?」


「お、お気に召したようで何より。用意させます。」


貴賓室へ通された魔王は出されたお茶を楽しんでいた。

一方ホストのナカダイは顔色が悪い。


「でも雑味の元は抜いてくださいね?」


「っ!!勿論だ。貴殿は賓客なのだからな。お、おい!お茶を淹れ直してくれ!」


生きた心地のしないナカダイは、声が上ずりながら給仕係に声をかけたが……返事はなかった。

お茶を持ってきた女性は倒れていた。


「おやおや寝不足ですか?」


「だ、誰か運んでくれ!」


側の自衛官が彼女を奥へと運んでいく。脈はあるので気絶しただけのようだ。しかし……。


「誰か医者を!料理長が倒れたんだ!」

「司令!しっかりしてください!」


調理室や貴賓室近くで監視する司令室では、切羽詰まった声が聞こえてきた。自衛官が様子を見に行くと顔色が明らかに悪く……息もしていない。

その死に顔はまるで強力な毒物でも飲んだような、苦悶の表情すら浮かべる途中に見えた。


「病院の手配はこちらからする!家族へ連絡してくれ!」


それだけ言って先輩の自衛官に報告して病院の手配などの対応に当たる。


「はい!……繋がらない?」


残された料理人や司令室の記録係は倒れた者の家族へ電話を掛けるが、誰1人として応答は無かった。


「ママママスター、ど、どどどういう?」


報告を受けたナカダイは動揺を隠せない。

両サイドのイケダ・イシザキも震えて声がでない。

貴賓室に残っている自衛官たちは魔王に自動小銃を向けている。


「もうご存じなのでは?オレは時間を止めてすらいない。」


「しかし!」


「物事は全て巡り巡る。例えば呪いなんかは失敗すると返ってくるなんて話しは有名ですよね。今回使われた"雑味"は大変強力な物だったのでしょう。それこそ使った者の命では足りないくらいにね。」


「きっ、貴様は!!撃てえええ!」


「やめといた方が良いですよ。」


ズダダダダダ……!!


そんな魔王の声をかき消して銃声が鳴り響く。

だが銃弾が貴賓室に飛び交うには2秒を要した。

その全てが撃った本人に直撃して、全ての自衛官が豪華な絨毯の上に倒れこんだ。


「あ、あああ……貴方はそれでも人間ーー」


「"悪魔"の忠告は聞いておくものですよ。人と違ってあまり嘘をつきませんからね。」


イシザキの言葉に、撃ったのはそちらでしょう?とばかりに言葉を被せる魔王。


「こんな……こんな……」


「彼らに着弾するまでに2秒、恐らく家族も全滅でしょう。手厚く弔ってあげることですね。善悪はともかく国のために命を落としたのですから。」


「マスター、いくら我々でもその物言いは許容できるものではありません!」


厚意のつもりの魔王の言葉に、カチンと来たイケダが食って掛かる。


「いい加減、自分達のミスをオレに押し付ける癖はやめた方がよろしいのでは?もう何年も大半は冤罪ですよ?」


「……おっしゃる通りです!でも貴方なら如何様にも出来るでしょう!?」


素直に冤罪を認めながらも、丸く収めることは出来たハズとイケダは言う。


「洗脳ですか?もちろん。でも心をねじ曲げるのって昔から嫌いなんですよ。自分がされたくない行為筆頭ですから。」


しれっと抗議を流して沈黙する魔王。

部下の感情的な姿に冷静になったのか、ナカダイが口を開いた。


「少しだが貴方のルールが見えてきた。今後の参考にさせて貰う。この度はすまなかった。」


謝罪と共にこれからも会合を続ける意思を伝える。


「是非そうしていただきたい。あぁ、給仕係の彼女だけは無事だよ。彼女は知らずに持ってきただけだからね。」


「何故に!?」


なら指示を出した者や実行犯の家族も見逃してあげれば良いのにと内心思う3人組。だがそこは復讐の連鎖を防ぐ為と……。


「使用人とか好きだから。」


「「「…………」」」


いっそ全員メイド服で交渉してやろうかと自棄になる3人だった。

すると1人の男が怒鳴り込んできた。司令室の生き残りの1人なのだろう。


「魔王!今回のことは必ず思い知らせてーー」


「その宣言をして、何で貴方に次があると思ったのですか?」


「ひっ!!いや待て!それより外の騒ぎだ!!」


「副司令、何があったのですか!?」


ナカダイのお陰で彼が副司令なのは分かったが、外の騒ぎとやらが気になる一同。


「マスコミが敷地内になだれ込んでいる!どこからか漏れ出したらしい!」


「なんですって!?」


「遅かれ早かれ通る道だと思ってましたが、意外と早かったですね。」


呑気に答える魔王とは対称に、慌てる日本側。

この交渉の場が公のものになれば、世界での日本の立場は地中深くに埋まる。


「仕方ない、オレが何とかしてきます。が、相当の貸しだと思っていて下さいね?」


「貴様、何をーー」


「副司令、静かに!マスター、頼めるか!?」


「あなた方の悪いようにはしませんよ。では失礼します。」


そのまま消えた現代の魔王。と思ったらマスコミ連中の後方の空が怪しく曇って、そこから稲光と共に黒ずくめの男が降りてきた。


「見ろ、現代の魔王だ!!」

「なら噂は本当だったのか!?」

「いや待て、本来ならもう中にいるハズでは!?」


マスコミ達が気づいて騒ぎ出す。そこへ魔王の言葉が投げ掛けられた。


「報道陣がテロ行為をしていると聞いて来てみたが、どう言った趣向の集まりで?」


その台詞と共にサイレンの音が聞こえてくる。


「「「!?」」」


そこでハッとする彼らだが、目の前に特ダネが居るのだ。

これを取材する名目で乗りきろうと気持ちを固め始めた。


「オレはこのまま消えれば良いけど、君らのテロ行為は消せないよ?逮捕者は出るし……銃殺される人も居るかもね。そこはそう言う場所なんでしょ?」


迎賓館・特待別館。一般公開されてない場所で、ここまで大人数で踏み込めばどうなるか……と脅しをかけてみる魔王。

すぐに集団は不安に包まれた。


「うん?本当に何かあった訳じゃなさそうだ。ならオレは帰るとするか。」


棒読み気味で空間に大きめの穴を空け、わざとらしくゆっくり入っていこうとする。


「待ってくれ!その先はあんたの住みかか!?」

「是非取材をさせてほしい!」


ぐいぐいと迫る報道陣。取材と逃亡を同時にしてしまおうと言う魂胆なのだろう。


「拒否します。それでも来ると言うなら……保証はできませんよ。色々と。」


「我々は命を賭けて取材してるんだ!」


「そうだそうだ!あんたを目の前にして、このまま捕まってなるものか!」


威勢良くその穴へマスコミがなだれ込み、むしろ後半は無理矢理吸い込んでいた。

お陰で警官たちには誰1人捕まることはなかったが……捕まっていた方が幸せだったかもしれない。



…………



「ここは……?」

「館?城?さっきの迎賓館じゃないよな?」

「おい、ヤジマはいるか!?どこに行った!?」

「なんだこのゼッケンは?いつの間に!?」


総勢200人あまりのマスコミたちは豪華なロビーに押し込まれていた。全員マラソン選手のようなゼッケンを装着させられている。

穴を通る前に比べて数が半減しているのだが、それはこの世界の領主への上納品の分である。今頃あちらの屠殺場は阿鼻叫喚であろう。


「皆さんお静かに!」


「ようこそ悪魔城へ。私の城は気に入ってくれたかな?」


「あれは……女の子?」


魔王の注意の後に、吹き抜けの2階からドレスで挨拶するのは城の主。10歳ほどの女の子にしては気品漂う仕草と声色に、見惚れたりざわめいたりと反応は様々だ。


「あなた方は命を掛けてこの男の事を知りたいと願ったそうですね。ですのでその場を用意させて頂きました。走破すればインタビューとやらの機会を進呈しますわ。」


「「「!!!???」」」


威厳がありつつも可愛らしく、そんな当主様のお言葉が終わった瞬間、全員が別の場所へ転送された。

そこはまるで昔の大きい公園のアスレチックか小規模な遊園地を思わせる光景……しかし森の中という泥臭い場所。天井があることから屋内なのは確かだが、送られた人々は混乱していた。


「これ、昔の番組で見たことあるぞ!?」


ざわめく彼らのなかで正解者が現れると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「さすがは報道関係者、すぐに分かりましたか。題して風雲!悪魔城。何人攻略できるか楽しみです。インタビューは先着順ですので急いでください。それではスタートです!」


ウキウキしている魔王の声が流れ、ブザーが鳴り響く。


「や、やるしかないか!」

「まさかあの番組の参加者側になるなんてな!」


彼らはゼッケンをたなびかせながら、最初のアトラクションに挑んで行った。


「す、すべる!?ぎゃああああ!!」

「スパイク付きのこの靴なら!」

「寄越せ!!」

「何をする!うがああああ!」


最初の障害走の急勾配で、靴の奪い合いが発生。

滑って落ちれば坂の手前の針穴にまっ逆さま。そのまま血と肉を仕分けする。地下で食料係のメイドさんは大喜びだ。


「く、クマがあああ!!」

「やっと出口っ!!穴かよおおお!」


連続小部屋迷路の室内をクマ五郎とダークマターちゃんに追われながら、参加者たちは前へと進む。たまに外れの出口を引くと食材に早変わりだ。クマ夫婦の日当は水星屋の食事券3万○である。


「わああああああ!」

「きゃあああああ!」


ドボオオオン!


「ハズレ多すぎだろう!?」


池に浮かんだ円形の足場を渡っていくが、外れの足場に乗れば沈んでしまう。元ネタ通りに沈みきる前に次へ行くことも可能だが、たまに立体映像が混ざっているのが鬱陶しい。


「気持ち悪い!触りたくない!!」

「普通ここはキノコを用意するところだろう!?」


回転する吊るされた食肉にしがみつきながら川を渡る参加者。

落ちればどうなるかは、目の前のオブジェが教えてくれている。


その後もいくつもの難関を経て半数以下になる参加者たち。

彼らはもうリタイアしたいが、それは出来ない。ゲームを降りると結局食材になるだけなのだ。


「何でボールじゃなくて生首なの!?」

「オオクボが変わり果てた姿に!!」

「バランスが!!ああああぁぁぁ!」


心もとない吊り橋を渡る参加者に生首が飛んできて妨害する。

しかも上下にぶれながらなので避けにくい。

落ち行く食材を別室で眺めていた者達が口を開く。


「悪趣味ですね。」

「悪趣味だわ。」


同じ結論に至った魔王と当主様。食材(ニンゲン)向けのアトラクションとのことで、魔王のアイディアを当主様が形にしてみたら大変なことになった。


「このジブXルタル海峡?ちょっと難しくない?」


「手前のろうそくを壊すと鞭が出てくるので、撃退できるハズでした。」


「それ、ノーヒントじゃダメでしょう?」


「悪魔城の時点で気がつくかなと。やっぱり作り手とユーザーの意識の違いは難しいですね。」


「それで、気づいてるわよね?」


「見ないようにしてたのに何で言うんですか。」


当主様がモニターの端を指差すと、桃色髪のスーツの女と背の低いメイド女と一世を風靡した怪盗が最後尾から追い上げてきていた。


「ここに鞭!こっちが出口!あの人の考えそうな仕掛けね!」

「飛び石?水面を走れば問題ないわ!」

「ボーナスのお宝とお肉ゲットよ!」


事実確認と身体能力と謎嗅覚で快進撃を続ける愛人3名。

どこから紛れてきたのかは知らないが、難関の全てをクリアしていった。途中のクマ夫婦はキリコに恩があるらしく、おとなしく道を譲る始末だ。


「来たわねテンチョー、ご褒美ちょうだい!」


クリア者3人、しかも魔王の愛人なのでラストバトルは割愛して対面する。開口一番サトウ・キリコが両手を差し出して来た。


「マスターだ。君らね、いくら位相をずらしてるとは言え身重なんだから無茶するなよ。」


「「「ごめんなさい!」」」


3人とも素直に謝るが特に悪びれてはいない。

クリアする自信は有ったし、いざとなれば助けて貰えることが分かっていたからだ。

彼女達は多忙の身なので、カナと同じく位相をずらした身体に子をもうけていた。なので全力を出すことが可能となっている。


「それでこんな無茶して何が欲しかったの?」


「もっと踏み込んだ情報と、凄い必殺技と大盛りのセッXス。」


「好きだよねぇ。前はもっと乙女してたのに。」


3人の要求に呆れながらも求められて悪い気のしないマスター。

すると横から当主様が口を出す。


「マスターに似たのではないか?そろそろ私にも味見させてほしいものだが?」


「だって当主様相手じゃ犯罪だし。」


「お前はそればかりではないか。」


たまに彼女の寝室に呼ばれる仲にはなったが、子供をあやしたり寝かしつける程度のことしかしていない。彼女としては一緒に居られれば大抵は満足できるが、その先も気になるようだ。


「なら、なんで成長させないんです?」


赤い糸の縛りが無くなった今、彼女は割りとやりたい放題出来るようになった。今回のアトラクションもそうだし、マスターの愛人たちが結婚式風の記念写真を撮るためのステージも彼女が用意した。その気になればこの棄民界の領主並みのパワーが出せるので、身体の操作もお手のもののハズなのだ。


「それは……色々と乙女の事情がな?」


当主様は言い難そうに目を反らして答えた。きっと大したことではないだろうが、彼女には大事なことなのだろう。


「まぁうん、程々でお願いしますよ。それで……」


敢えて気にしないで3人に向き直るマスター。彼でも当主様は読み難くなっているので放置する。


「まずはこの騒ぎ!何でこうなったの?」


「そりゃあ、オレがマスコミにリークしたからね。」


「「「うーわっ。」」」


サクラの問いにしれっと自作自演をばらすマスター。

普通に考えれば準備の良さに疑問を持ってもおかしくはない。


「だってさ、今回暗殺を仕掛けられてるわけで……ちょっとお返しで脅かしたくなるじゃん?」


もちろん全ては事前に解っていた。なので対策もしたし、色気だしてお返ししてみたという話だ。


「常識の無い方々を釣り上げて排除すれば政府に貸しを作れて今後が楽になるし、こっちの住人も食料事情が豊かになる。良いことばかりだよ。」


「いつも通り悪魔ね、マスター。」

「それほどでも。」


「常識がない……釣られた身としては複雑ね。」

「それでこそ私たちよ!」


「当主様~ハンバーグ1年分は確保出来ました!」

「ご苦労様。うふふ、楽しみね。」


アオバがタメ息つけばキリコが開き直る。誉められたマスターも嬉しそうだ。ついでに収穫の報告を聞いた当主様もご機嫌である。

マスコミ関係者から命を搾り取り、政府からは譲歩を引き出す。結局得したのは彼らだけだ。


本当に常識の無い連中である。



…………



「頼む!弟を助けてくれ!」


「契約した以上は、必ずそうして見せますよ。」



異世界へ出張したマスターは、悪魔族の女の子にすがり付かれていた。簡素な寝床には同じく悪魔族の男の子が辛そうに……いやそれを通り越して息遣いも怪しくなっている。

マスター主観の西暦で言うなら2014年の師走だが、この世界では快癒歴5800年程だ。


「なるほど……まずは病の形をサンプルとして採って。次に時間を戻して……サンプルと逆作用の回路を組んで免疫として埋め込む!」


白い光が男の子を包むと、症状は一瞬で回復して安らかな寝息をたて始めた。


「な、な!?こんな、えええ!?もう治ったのか!?」


「これで良し。悪魔族特有の病と言えど、世の理さえ見ておけばどうってことは無いね。特効薬も作れたから、これを村に配ると良いよ。」


「あ、あんた何者なんだ!?」


「何でも屋ですよ。やり過ぎて故郷では魔王なんて呼ばれてますけど。」


「魔王!?雲の上の存在じゃねーか!!ありがとう、魔王様!!」


女の子は目を白黒させながら全身で感謝を告げる。


「落ち着いて、異世界の話だから。さあ、飯の準備をしましょうか。良いものを食べればすぐに元気になる。」


「お、おう!でもウチにはろくな食材が……」


「任せて下さい。何を隠そう、こっちが本業なんで。」


そう言うとマスターは食材を虚空より取り出して、台所でズバズバと料理を始めた。


「か、格好良い……なあ、あんた。魔王って言われるくらいだし悪魔なんだろ?」


「ええ、もちろん。」


「どうやってそんな生活力を身に付けたんだ!?私らは忌み嫌われる存在だろ。仕事も金も……こんな世の中なのに治療も受けられやしない!」


この世界は暦でも判る通り、治療に関しての技術がずば抜けている。過去の王様がお触れを出して、回復魔法や医学を発展させたからだ。今では病死するニンゲンなどいない。ニンゲンに限っては。

マスターはこの世界で仕事をしつつもその治療方法の多様性に惹かれていた。だが民族間の差別は酷く、たまたま途方にくれた悪魔の女の子に泣きつかれてこっそり格安で依頼を受けたのだ。


「良い嫁さんを貰って、幸せになる為にバカみたいな努力をしましたからね。」


彼は女の子の質問に人生を振り返りながら答えた。

すると決意の表情で女の子が想いを伝えてくる。


「助けて貰っておいて図々しいけどよ、それ、私にも出来ないかな?このままじゃ私らに未来なんて無いんだ。」


極貧生活なのはこの家だけではなく村全体、種族の大半にまで及ぶ。なんともならない現状を変える、彼女にはマスターが一筋の光に見えていた。


「弟子入りって事?貴女の心の強さなら、問題はないでしょう。他の弟子と同じく住み込みになるけど平気かい?」


「う、弟を放っていくのは……」


「ウチは男は入れないからなぁ。初期投資として支援と、君に仕事の斡旋くらいはしてあげるよ。それで仕送りでも何でもすれば良い。」


「本当か!?あんたやっぱり私らの王様だ!」


「これからは師匠と呼ぶようにね。」


「分かったぜ師匠!!」


目を輝かせる、ちょっぴり言葉がアレな女の子。これが第3の弟子、ファラとの出会いであった。


時は流れ西暦2015年。第5弟子のクルスに続いて、新たな弟子が加入していた。その頃には彼女も世界の見方や技を教わり出していて、少しずつ成長している最中だった。


「なあ師匠、こんなの弟子にして良いのか?」


ファラはバスタオル1枚で魔王邸大浴場に立っている。

目の前には腰タオルの師匠が屈みこみ、素っ裸の第4弟子であるサオトメ・ハルカの気絶体の世話をしている。

自身の修行後に汗を流しに来たら師匠に乱入されて内心ドキドキなファラだが、ハルカの惨状に少し冷静になっている。


師匠を使って自慰行為に及ぶ女とか、同じ弟子として自分の必死さがバカみたいに感じていた。


「そんなこと言わないの。命有る者千差万別、彼女はまだ未熟なんだ。この才能を野放しにしたら大変なことになるしね。」


「師匠が良いなら良いけどよ、そこまで世話するのか?」


大変なことになっている下半身を隅々まで丁寧に洗い上げるマスター。

色々とドン引き状態のファラである。


「生理現象なんだから、きちんと対処するのは当たり前だろう?」


『ファラも同じことしたら構って貰えるわよ。』


マスターの腰に括られた日記から幽霊が飛び出てファラにアドバイスする。


「私はここまでプライド捨てたりしない!正面から正攻法で……今の無し!!」


聖女ちゃんに乗せられて自身の恋愛観を口走る彼女は慌てて取り繕うとするが、手遅れ間は否めない。


「君がまともでオレは安心するよ。」


「いや、あの違うからな!?聖女ちゃん、何てことを!!」


師匠にバレてしまった気持ち。その焦りでとなりに浮いている聖女ちゃんに八つ当たりする。


『どうせマスターには筒抜けよ。1000年の怨念の中に居た私とお話出来るくらいなんだもん。』


「うう、師匠!私は、私はどうすれば良いんだ!?このタオルを取れば良いのか!?それとも外すのは師匠が!?」


「落ち着いて。君の気持ちは君だけのものだ。オレはファラの心を尊重する。だから焦って後悔もしてほしくない。な?」


彼はそっと抱き締めて頭に手をおいて言い聞かせる。

焦りは徐々に解消され、別のドキドキが強くなるファラ。


(師匠、こんなの……ずっこいよ。)


『ハルカのベタベタのまま抱き締めるのはどうなの?』

「!?」

「時間止めて洗っとるわ!」


「なんだ、兄さん師匠。手ぇ出さないんだ?私の時は早かったのに。」


柱の影からGの山脈を揺らしながら残念そうに現れるクリス。


「クリス姉さん!?やっぱり私じゃ胸が足りないのか……?」


「覗いてるのは分かってたしな!クリスはオレの気絶中に襲ったくせに!」


「あれは純粋に回復を!」


(そう言うのもありなのか!?)


ファラの思念にしまった!と思ってると聖女ちゃんにつつかれる。


『ねえマスター。娘ちゃんがハルカの横で待機してるんだけど。』


セツナは構って貰おうとハルカの横で寝たフリしていた。


「セツナはもっと身体を大事にしなさい!学校はどうしたの!?」


女達が集まり慌ただしくなる中、ハルカだけは幸せそうに寝ていた。


それから少しだけ時が流れ。


「注文は無事完了した。納品されたら色々手を加えれば君も晴れて身体を持てるよ。」


『ありがとう、マスター!』


聖女ちゃんの新たな肉体を作るべく、奔走していたマスター。

彼は書斎の椅子に座ると、妻にいれて貰った紅茶でひと息つきながら聖女ちゃんに報告した。

その手には仕様書と、決して安くはない見積書が握られている。取り引き相手は百合園徒工業だ。

地球人とは若干身体の作りが違うために、素体を製作して肉付けしていく魂胆なのだ。


『でも大丈夫なの?それ、高いんじゃないの?』


マスターに抱き付きながら不安そうな聖女ちゃん。

地球の貨幣価値など知るよしもないが、見積書の桁数だけでも普通じゃないと気づくレベルの出費である。

目立ちすぎて謀殺された身としては、あまり多くの施しを受けるのは躊躇われた。


「普通の生殖以外で命を作る値段としては安いんじゃない?知らないけどさ。」


そんなの値段などつけようがないのだから、価格設定出来るだけで安いと言う判断のマスター。事実彼なら半日仕事でもお釣りがたんまりくる程度だ。


「君は1000年苦しんだんだ。幸せになる為の準備くらい、堂々とすれば良い。」


『重ねてお礼を言うわ。ありがとう。この恩はきっと返すから。』


聖女ちゃんは顔のニヤケが止まらなくなって日記に戻っていった。


「師匠、ちょっといいかい?」


そこへノックと共に第3弟子が声をかけた。


「ファラか、座ってくれ。」


「ファラちゃんもお茶をどうぞ。私はこの子を部屋へ送りますね。」


追加の紅茶をいれて日記を持って去る妻。淡白に見えるくらい謙虚な妻をしているが、見えない部分では激烈に愛し合う夫婦をしている。思念だったり停止した時間の中だったり。

最近では位相ずらしの多様性なども研究しており、格好いい夫婦の形を演じつつ"同時に"裏でバカップルを発揮していたりする。

つい先日には盛大に……それは後述するとして、ファラは言われた通りに座ってチビチビと紅茶に口をつけた。


「良い香り。それに風味も……私がこんな生活出来るなんて、ちょっと前までは考えられなかったよ。」


「堪能して貰えて嬉しいよ。修行も順調だしね。」


「ハルカの習得速度には負けるけどな。でもなんか、色々見えれば見えるほど分からなくなるよ。何でも出来そうで……でも怖くもあるし。」


「そうだね。それはとても大事なことだよ。一筋縄では行かないのは見えても見えなくても同じなんだ。それでも情報が多い分、強く決意して……覚悟をもってコトに当たれるのは強みだな。」


「時間を止められない私じゃ、世界は目まぐるしいんだよ。だから少し聞きたくて。」


そこで一旦言葉を切って紅茶を飲むファラ。どう言葉にすれば良いか、少し考えているようだ。


「他人を好きになるって……もしくは好きになって、どうすれば良いんだ?」


「ほう、良い質問だ。」


ファラが悩みながら悩みを口にすると、とりあえず肯定するマスター。こっちはこっちで時間を止めて思考している。

ファラは種族としての人間不信気味ではあるが、魔王邸では人間も多い。この家では流石に慣れてきたが、だからこそこの悩みも生まれてきたのかもしれない。


「普通の答えとしては、互いに知り合うのが良い。一緒に遊んでみたりね。風呂や修行などで性格も過去も身体的特徴も分かれば、どういう付き合い方が合ってるかも考えられる。」


暗にハルカを含めた魔王邸の新入りへの対応のアドバイスを伝えてみるが、弟子は不満そうだった。


「理屈はそうなんだろうけどさ。大抵の人って枠にはまらないじゃん。師匠とか特に。」


これは師匠の事だと伝えてくるファラ。

もちろんマスターの言った部分も気になってはいたが、本命はそちらのようだ。

姉弟子も妹弟子も師匠にこれでもかと構って貰おうとしていて、思うところが有るのだろう。


「オレを口説きにきたの?冗談だ。そんな顔しないでくれ。」


「師匠の意地悪!私の気持ちを知ってる癖に!それでどうなんだよ!?師匠はなに考えてその……シュチニクリンを!」


「誤解があるようだな。多分クリスかカナ辺りか?変な設定は忘れてくれ。」


そう断ってから彼の目指すトコロ、究極に幸せな夫婦生活について語る。それはとことんワガママで多くの人を巻き込み、関わった者を一定までは幸せにするものの……結局は彼の家族だけが最高の幸せを手にするモノ。


「これを聞いて許容出来る者は多くはない。一応普通の家庭以上にワガママを通せる暮らしにはなるけど、代わりに一番になれる事はないんだからね。」


「そりゃそうだろうさ!好きな奴の一番を目指せてなんぼだろ!?」


「だからこそ不用意には手を出さない。関係を持つにしても互いに後悔のない形にならない限りは、オレも妻も許可しないことにしている。」


「ああ、師匠は男女関係では騙し討ちはしないよな。そこはありがとう。話を聞く前に迫られたらとっくに……何でもねえ!」


思わず乙女らしからぬ事を口走りそうになるが踏みとどまった。


「なんにしろファラの気の持ちようだ。弟子を辞めたくなったのなら強制はしない。続けるならキッチリ教えていく。ただしその過程でハルカみたいにセクハラがどうとか言うのは勘弁してくれな。」


「そ、そんなことは言わねえよ!私の中じゃ告白もしてないんだ。叶わない恋でもこの修行は続けるよ。それにさ……叶わない気持ちの方が、すっげえ強いんだぜ!!」


「それについてはよく知ってるよ。だからこのチカラになったんだから。」


遠い地で放置プレイ中の初恋の人を思い浮かべながら答える師匠。


「なら話は早いな!これからもよろしく、師匠。」


「ああ、よろしくな。」


「セクハラはクリス姉さんとハルカはアウトだから……セツナ姉ちゃんまでな!」


人聞き悪い線引きではあるが、つまり見るのと触れるところまでがボーダーラインとして設定された。


「心得てるよ。実質家族なんだから無茶はしない。」


一番大事な話は済んだので、その後は人付き合いについて語り合って師弟の仲を深める2人だった。



…………



「いったい何が起きているんだ!?」



2015年5月。ゴールデンウイークに、世界中の誰もがそう感じていた。

もしこの時に世界を観測できるチカラがトモミに在れば、ある意味夢の達成ねと苦笑いしたことだろう。


それほどまでに世間は、世界は狂っていた。

朝起きたら夜だったなんてのは序の口で、天気も地形も生態系もバグっていた。

具体的には数平方メートルから数十キロ平方メートルごとに時間がずれていた。

天候・寒暖差もそうだし動植物の成長具合や、建物の老朽化と謎の新築物件出現など頭のおかしくなる光景が世界中で見られた。


人類はまるで世界の終わりを目にした気分になり、新興宗教家ですら金集めを控えて口をあんぐり開けていた。


ただ大体の人間は察していた。これ現代の魔王の仕業じゃね?と。

似たような事例は2003年にも起きていると記録にあるし、何よりこの規模の空間の異常事態なら彼しかいないだろう。


「これを見逃せって言うのは無理だな。」


ナカダイは途方にくれながらも自室でポツリと呟いた。

その状態は丸1日続いた後、何事もなかったかのように静かになった。

何もかもが元に戻っていたのだ。怪我人だけでなく騒動の死者や騒動中に産まれた者もだ。そして死者は騒動の記憶が残っていなかった。

まるで悪い夢でも見ていたかのような人類だが、ひとつ疑問も残っていた。


「今回、あのイカれたアナウンスが無いな?」


今回は終始魔王からのアプローチは無く、もしかしたら何かとてつもない事件に巻き込まれたのではないかと噂された。


(((もしや、マスターの言っていたアレか!?)))


宇宙を股に掛ける"ヤバイの"。その話を聞いていた外交官3人は戦慄する。もしかしたらその存在との戦いで地球は窮地に陥り……その後再生されたのではないか。

そんな憶測が脳内をよぎるが、数日後に迫った今月の交渉会議までは情報を得られそうにない。なんなら無事開催できるかも判らない。

モヤモヤした心持ちのまま、人類の時間は過ぎていった。


一方その頃。


「魔王だろうが何だろうが今回ばかりは言わせて頂きます!」


今回の騒動の説明に、水星屋に集められた外の愛人の主要メンバー。その中でコジマ・サクラが代表して叫ぶ。


「アホじゃないですか!?」


その暴言を否定する者は現れず、NTグループのトウカとスイカすらもムスッとした顔で同意している。


「どこの世に世界を滅ぼしかける夫婦喧嘩がありますか!!」


「済まないと思っているが、必要な事だと認識している。」


先の異変はマスターの夫婦喧嘩によるものらしい。

呆れてモノも言えないとはこの事で、拡張された客席からはひたすらにため息がこぼれている。


「皆さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。既にほぼ全てを修復してますので、今回の件はこれ以上の波紋は拡がらないとお約束しますわ。」


開き直っているマスターに代わり、妻の○○○がペコリと頭を下げる。


「今回はもう仕方がないけれど、次があったら困るんですけど?」


トウカは多くの社員とその家族の生活を預かっている以上、当然の主張をする。


「ここで軽率には約束は出来ない。しかし極力注意する事は約束しよう。」


「ウチの人がごめんなさいね?嘘を吐かない為の物言いですので、どうかお気を悪くされませんように……」


「正妻様よ、そのくらいは分かっておるから謝らなくても良い。しかしあの説明では女達は納得しておらぬ様子。何が原因で世界をロールバックする事態になったのか、そこを明らかにした方が良いのではないか?」


実際に世界をロールバックしたクロシャータ様が威厳を見せる。彼女は既にその作業依頼を受けた時に知らされている。


「テンチョー達のラブラブっぷりはよく知っているわ。だからこそ、喧嘩したこと自体が信じられないんだけど?」


キリコの疑問は店内の女達の気持ちを代弁していた。


「むう、それは……」

「良いじゃないですか、あなた。」


この期に及んで渋るマスターに寄り添って妻が明かすように促す。


「実は先日、妻が三女を身籠ったんだ。」


「それはおめでとうございます!」

「後でお祝いを贈りますわ。」

「素敵な事ですわね。おめでとうございます!」


女達は自分の事のように喜び、賛辞を送る。正妻の子供の人数が増えると言うことは、自分が産んで良い人数の上限も増えることになるので他人事ではない。


「でも何で喧嘩に?素晴らしいことじゃないですか。」


「私はミナかマユリが良いと言ったのよ。」

「オレはミシロかマシロを推していた。」


「「「はっ?」」」


「私と旦那の特徴から1字ずつ取って名付ける事にしたのだけど、意見が割れたので当主様を巻き込んで本格的な姓名診断を始めて。」


「だって君のはオレの字しか入ってなかったじゃないか。」


「それでもあなたのより可愛い名前じゃないですか。産まれる子は女の子なんですよ?可愛くなくちゃ!」


どんどん嫌な予感がしてくる愛人達。クロ様だけはおかしそうに笑っている。

察するにマスターは水の字、妻は銀の字だったのだろう。


「当主様も後に義理の母になる訳だし、張り切って未来を現世に引き込みだして……オレ達もそれに乗ってしまったんだ。」


「気がついたら上空からチカラが駄々漏れになってて、もうどうにも出来なくなってました!」


「つまり子供の名付けで揉めて、世界を滅ぼしかけたと?」


「「色々省略すればそうなりますね。」」


「「「…………」」」


「流石はテンチョー、器が違うわね!そんなわけで従業員への説明は副社長達に任せるわ!」


「おいキリコ、それはずるいぞ!?」

「そうですよ、ここは社長自ら伝えるべきです!」


「ウチはこんなの説明できないから無かったことにするわ。」

「それがよろしいかと。精神のケアは特別予算からーー」


立場ある者はそれぞれ対応を検討し、そうでもない者はただ頭を抱えていた。



…………



「マスターと同等以上の存在との三つ巴の壮絶な戦い?」


「最後は上級神の仲裁による巻き戻し現象!?」


「むう、その様なことになっていたとは……」



5月の交渉会議。マスターはギリギリ嘘にならない範囲で誇張して伝えていた。


「そちらはカタがついたので問題はないです。守りきれなくて申し訳なく存じます。」


「いや、結果的に無事に終わったならむしろ礼を言う。助かった。」


一応罪悪感はあるのか謝罪する魔王に、ナカダイは大人の対応をしていた。


「てっきり例のヤバイのが来たのかと思いましたよ。」


「アレは現在本格的に調査中です。アレが一晩中暴れてたら今頃地球は全滅でしょうね。」


「は、はは……」


イケダは軽口で場をなごまそうとして失敗した。そこでイシザキが別の話題を振る。


「先月の方々はどうなりました?」


「ちゃんと有効利用した上で、証拠も残さずに処理したので問題ないです。」


「それは、良いことなの!?」


「掘り下げるな。少なくとも日本の立場は守られた。」


「……はい。」


ナカダイに注意されてシュンとなるイシザキ。用件はうまく行っているのに空気は重い。


「それで、今回の交渉内容ですが。うん、大半は満たしているようですね?」


「やはり筒抜けか。」


先月の魔王が残した残滓の調査と研究。遺体や外の穴の空いた空間の事である。

獲物を誘い込むためにすぐには閉じなかったので、そこそこ残滓が残っていたようだ。


「精々自滅しないように気をつけてください。オレが見たところ、危ないのが何件か在りますよ。」


「報告はしておく。それで残りの案件で急を要するものについてーー」


「その件は私から話そう。」


「司令?」


突然部屋へ現れたのは先月も同じことをした副司令。いや司令が毒に倒れたのでトップに格上げされたようだ。


「お前達ではハッキリ伝えられぬ可能性があるからな!」


「お好きに。」


ムッとする3人に対して魔王はどなたでもどうぞ、というスタンスだ。


「遺憾ながら貴様の遺伝子は我が国にとって重要なモノだ。」


「女の子に言われたいセリフですね。」


「既存の娘は使うなとの事なので、こちらで女性をリストアップした。この中からなら誰でも、いくらでも構わないからコトに及んでいただきたい。」


魔王の言葉を無視して用件を伝える司令。テーブル越しに渡す書類には、ビッシリと対象女性のプロフィールが書かれている。

相手を現代の魔王と認識していながらこの物言いは、なかなか出来るものではない。そう言う意味ではすごい人物ではある。


「拝見しましょう。……アレだけ言ったのに一般女性なんですね。実験・研究に都合が良いからといって自腹を切らないスタンスでは、ろくな結果になりませんよ?」


光速を越えて吟味した魔王は書類をテーブルに戻す。


「言ってる意味が分からないな。貴様とて一般人を犠牲にしているだろう?」


「仕事ではね。チカラのメカニズムを考えたら必要なのは本人の感情。それに気付いて支えられる環境。つまり愛情なくして真っ当なチカラ持ちは育たない。」


「ふん、どの口が言うか。不幸な者ほどチカラは発現するだろうが。」


「真っ当でないチカラ持ちはね。オレのようなテロリストを量産したいなら話は別ですが、近いウチにこの国は失くなりますよ。」


「くっ……」


司令は悔しいが黙るしかなかった。が、すぐに気を持ち直して口を開く。


「ならばこのイシザキだ。本人も覚悟の上で臨んでいる!」


「そうかもしれないけど、本人の目の前で生け贄宣言はどうかと。例の件、聞いてないのですか?」


「"ヤバイの"の話なら聞いている。しかしそんな抽象的な話は信じられん!」


「あなたはオレのチカラを有効活用できないのは分かりました。……今作ったリストがここにあります。この方々なら検討しても良いですよ。」


「今、か。ふん、噂通り好き者のようだな。」


提出された新たなリストを受けとりながら毒づく司令。

そのリストを見て顔色を変える。


「これは、我が国の重鎮の血縁ばかりではないか!……そうか、人質のつもりか?」


「どう捉えようと結構。オレの話を信じない方に説明する気はないです。」


「なんと言われようが貴様の言うことなぞ信じるものか!だがこれはこれで話は通しておく。」


結局彼はお偉方の判断に任せるつもりのようだ。

以前にナカダイが自腹でも良いと言っていた事から、恐らくは通るのだろう。


(とはいえ御家柄特有の調整もあるだろうし、時間は掛かるよね。)


魔王は時間稼ぎに走っていた。どちらにせよ造らされる子供に自分と同じ才能を付与するつもりはない。

遺伝子配分は母体側にカッツリ寄せるし、妻との娘と違って感受性も操作する。

期待される才能は無いが相手の血統を守り、元々の才能はダイレクトに引き継ぐ形にする。要は魔王事件の時と同じである。


これなら実験に使われない限りは不幸にはならないだろう。大御所の女を使う以上、その可能性はやや低くなると見ている。もし非道な実験に使われても、魔王とは別のナニカしか生まれないはずだ。


(オレ1人でもこんななのに、大規模なプロジェクトでやるもんじゃないからな。)


魔王は司令の皮算用を読み取りながら冷めた目で見つめていた。

司令は退室して大御所達のご機嫌を伺いに行き、いつもの4人が部屋へ残る。


「私ってそんなに魅力ないですか?」


開口一番、イシザキが静かに質問した。

時間の止まっている部屋の、時間が止まった。

この手の質問に口を挟むと面倒なコトになるのでナカダイとイケダは口を閉ざして魔王の反応を興味津々で待っている。


「普通は嫌でしょ?オレとなんて。ユリさんの立ち位置なら一生後悔するの確定だ。」


「ッ!!これでも覚悟はしてるんです!その為の勉強だって!」


彼女を読み取ると、その覚悟は本当らしい。上からの圧力だけでなく自分の実力でこの先がないのを痛感しての決意。

生存意欲を満たすためには身を固める……と言っていいかは微妙だが、魔王相手でも!とのことらしい。ただ下の名前で呼んでほしくない辺りに抵抗感の片鱗は見える。

人間の感情は矛盾も多いし二律背反なんてざらだ。その辺を考慮して彼女の対応策は既に練っている魔王だが……。


「そんな覚悟はしなくていい。」


「私の何がダメなんーー」


プライドやら何やらを刺激されて怒鳴り始めたイシザキを制して魔王は続ける。


「時間・空間のチカラ持ちと生活するなら別次元の覚悟が必要になる。今夜はそれを教えるよ。」


「へ?そ、それじゃあ助けてくれるの!?ここここ今夜!?」


「助かる云々は君が勝手に決めてくれ。オレはいつか貴女を誘拐してその先の人生を勝手に決める。」


「もう、悪い人ね。」


強引な言葉と保身の成功に心底ほっとしたイシザキ。

魔王ですから。と適当に返す魔王は何でもなさそうな表情だ。


「話は纏まったようだな。イシザキ、良かったな。」


「イシザキさん、おめでとう。これ以上ない保険じゃない?」


「それは外交官が言っていいセリフじゃないのでは?」


祝福の言葉を投げ掛ける同僚だが、魔王は空気を読まずつっこんだ。


「ついでに我々も何とかして頂けません?」


時間の止まった空間なのを良いことに、イケダも便乗して助けを求める。

この仕事が上手く行こうが行くまいが、闇に消えるのが判っている外交官達。イシザキを皮切りに何とか延命して結婚生活に辿り着きたいイケダ。


「悪いようにする気はないですよ。決断の時にオレを選ぶならね。」


意味深な発言とともに保険をかけることに成功したナカダイ達。喜びのあまり今季のアニメ談義に突入した。



…………



「どうぞ、あがって。」


「お邪魔します。」

「お邪魔します。」


「どちら様!?」



イシザキのマンションに上がり込んだ魔王とマキ。

綺麗に片付けられた部屋に突如現れた赤髪白衣の女。

イシザキはビクリと身体を震わせて警戒する。


「紹介しよう。彼女はマキと言ってウチの専属医なんだ。」


「今日はよろしくお願いします。」


「さ、3人で!?チカラ持ちは夜も特殊なの!?」


あらぬ勘違いのイシザキ。魔王が特殊なのは合ってるが、今は関係ない。


「イシザキさんさ、オレの担当になる前に入院とかしなかった?」


「何ですか急に。私はこれでも健康な……あぁ、しましたよ?でも病気とかじゃなくて、ちゃんと産めるかどうかのチェックでした。」


「やっぱりね。では服を脱いで良く見せてください。」


「いきなり!?ムードとか情緒ってものは無いの!?」


シャワーだってまだだし3人だし、と抗議される魔王。


「マスターさん、また用件を伝えてないんですか?ダメですよ~。奥さんや私たちならともかく、普通の女の子は勘違いしちゃいます。」


「この話の流れでも?コミュ障って直らないもんだね。」


難しい顔で悩む魔王だが、この際どうでもいい。


「ユリさんでしたっけ。私達は貴女の治療をしに来たのです。マスターに肌を晒すのは恥ずかしいかもしれませんが、腕は良いのでお願いします。」


「ち、治療!?あぁ、だから専属医を……そうならそうと言って欲しいわ。ていうか私別にどこも悪くなんてないわよ!?ていうか奥さん居たのね!?ていうか女の敵!?」


「ほら、説明しないからこうやって事実を並べ立てられるんですよ?」


「う、むう。」


荒ぶるイシザキを早送りしたらちょっと面白いかもと堅実逃避するくらいに困る魔王様。マキがなだめている間に次の言葉を考える。


「大体あなたは、まおキュルルルルルルーーなんて事するんですか!!」


「やべ、ついうっかり。」


「そうやって弄んで……責任とってもらいますよ!?」


「なら早く脱いで横になってくれ。君は自分で思っているほど健康じゃないよ。」


「うぇ!?……本当に脱がなきゃダメ?」


「服と皮膚が一体化していいなら別です。」


そう言われては脱ぐしかなく、寝室に移動する。何食わぬ顔で魔王達もズズイと入ってきている。

せめてもの抵抗で脱衣シーンはマキに白衣でガードしてもらった。


(別視点から見て楽しんでいるんだろうなぁ。それも奥さんと一緒にってところが業の深い夫婦よね。)


マキは覗きを防ぐガードではなく、覗きを盛り上げるガードになっていた。背徳感がスパイスらしい。


「はいもっとリラックスして。医療行為なので隠さない方が早く終わりますよ~。」


やがてベッドに横になったイシザキは、マキに注意されて胸と股を覆う手を下ろして恥ずかしさを堪えながら目をつぶっていた。

胸も下も視線に反応して準備が整ってしまっているのがまる分かりで、とても恥ずかしい。


「こんな簡単に……いつもはこんなんじゃないのに!」


「その事で軽蔑したりはしないし平気だよ。それにしてもえぐいことするよなぁ。」


魔王は彼女の裸体を触診しながらそんな感想を抱いた。


「ひゃう!さわっ!?」


「マキ、こことここ。この辺にも……まだあるか。」


「でしたらまずはこの横から。この感度だと恐らく……神経を傷つけないようにお願いします。」


魔王が何かの位置を指示してマキが角度を伝える。


「いったい何、をおおおおお!?」


イシザキの胸の横から魔王の腕が差し込まれ、中身を弄られている。その間普通に触られるより強い快感が襲って叫ぶことしか出来なくなる。

やがて快感が嘘のように消えて、今度は謎の安心感が胸を満たす。


(なんなのこれ。これが魔王を相手にするって事!?胸だけでこんな!?)


「違うからな?これを取り出す為の手術だよ。」


魔王の手には2cm程度の小型機械が幾つも乗っていて、拳大に纏められていた。


「こ、これが私の胸のなかに!?」


「そう、こいつが君の覚悟の正体だ。説明は後でするから、全て取り除くよ。」


「ひゃああああぅあああああ!!」


頭から首にかけて。特定の電気信号を送る装置や、任意で薬物を投与する装置を発見。

膣壁には小型の精液採取装置が取り付けられており、周辺の各器官にはその役割効果を高める装置が取り付けられていた。

両手足の肘や膝には小型の爆弾まで仕込まれていた。


「はぁはぁ。あり得ない快感だったんだけど……それよりなんなのこの機械!!」


シーツを洪水で大変なことにさせながら、身体を痙攣させ続けた彼女。言葉が話せるようになると自分に埋め込まれていたモノを指差して尋ねる。


「オレとの行為を想定して埋め込まれたものだね。心身ともにオレへの興味を助長させ、遺伝子を手に入れた後はオレの暗殺やら君の口封じやらを考えていたんだろう。」


「こ、これが人間のやることですか!?」


「ミキモトはもっとえぐいことしてたし、こんなもんだよ。悪魔よりよっぽどタチが悪い。」


「うう、それじゃああの覚悟はなんだったのよ……」


べとべとのまま泣き始める彼女に、適当な口調で話を続ける魔王。


「奪われた心は今後に取り戻しましょう。それよりまだ治療は半分なんだ。」


「なによぉ、まだ何があるって言うの?」


「今は邪魔物を排除しただけだ。治すには君に触れねばならないが、続けて良いかい?」


「っ!つまりあれよね!?綺麗になれるやつ!?」


魔王を相手にすると綺麗になれる。そんな都市伝説を某同人誌から知っていた彼女は、一転目を輝かせた。


「うわー、嘘泣き疑うくらいに元気になりましたね?」


「この変わり身なら大丈夫か。これまでの人生で結構ガタが来てるから、治していくよ。希望があったら念じるなりなんなりして伝えてくれ。」


「はい!よろしくお願いします!」


イシザキは再度横になって身を任せる。ここに至るまでに実力不足を女で補ってきた彼女の身体は疲れていた。

時を操りホルモンバランスを調え感情も安定させる。

身体の中身から調整をして緩み弛み色彩に形状、機能や味までも健康体にしていく。


「マスターさん、お疲れ様です!これでどこから見ても20才程度の女の子になりました!」


「ふう、身体年齢を半分にするのはさすがに気を遣うね。」


「ありが……私40のカラダだったんですか!?感謝が吹っ飛ぶ衝撃なんですけど!!」


イシザキがまた騒ぎだしたので、虚空から大きい鏡を取り出して、マキと一緒に囲んでやる。


「こ、これが私!?ピチピチじゃない!!」


別の方向で煩くなるが、今は注意事項を伝える場面だ。

元との差異が大きいから死に易くなっていることを伝え、いつも通りバリアで包んで魂の安定を待つことにする。


「このまま1週間日常を送れば定着するよ。エッチなことをすればその満足具合で短縮される。」


「もちろん協力してくれるのよね?」


「ウチに1週間止まるくらいなら……地球では半日も経たないし。」


「それは凄いけど!なんで手を出す方向じゃないのよ!?」


「だから、オレ相手じゃ嫌でしょう?今は覚悟も吹き飛んでるでしょうし。」


「こんな姿を隠さず晒してるんだから察しなさいよ!それでも現代の魔王なの!?」


「その呼び名を節操なしと一緒にしないで欲しいね。」


「殆んど同義みたいなものですけどね。」


マキの身も蓋もない発言にタメ息つきながら、魔王邸のホテルに1室用意させる魔王だった。それでも頑なに手を出さずに3日で魂を定着させる。余程ナニかが捗ったのだろう。若返った彼女は最終的にはご機嫌で帰っていった。


その後数ヶ月の間は地球では大きな事件もなく、交渉結果はいまいちのまま進んでいく。

互いの要求にお互いがのらりくらりとはぐらかし続けた為だ。


チカラを受けたイシザキは実験台にされかけたが、彼女を拘束しようとすると謎の不幸が実行犯を襲って事なきを得ていた。

彼女に限らず捨て駒の外交官達は魔王との関係を良好に保ちつつも、国との関係は少しずつ悪化していった。

その部分は政府側の既定路線なので、別に問題視はされなかった。



…………



「ぷはっ、もうあなたったら。赤ちゃんがいるのにこんなに情熱的に……」


「問題ないのは知っているだろう?」



魔王邸夫婦の寝室では第3子を身籠っている妻に、いつものように深い繋がりを求めてキスをするマスター。

多少激しい運動になっても、懐妊してるのは位相をずらした身体なので問題はない、それどころか背徳感が2人を盛り上げる。


と言うか監視役のリーアと隠れて覗いているセツナも悶々とした気持ちが盛り上がる。


「あらあら、こんなのでどうする気よ。」


「もちろん○○○に喜んでもらうのさ。」


マスターは金属バットを数本纏めたような己をさらけ出して、妻は嬉しさと唾液が溢れてくる。

別に本当にそんなサイズなのではなく、空間を制御してのモノである。

本来は平均的だったが今の身体を製作時に少し盛り、お遊び内容によって変化させている。

どのようなサイズにしようと、体内への挿入時は相手に合わせるので不必要に相手を傷つける心配はない。


「そろそろ、ね?」


お互いの念入りな準備が終わり、一目で判るその圧倒的な興奮と情熱を自身へと促す○○○。


入り口に圧倒的存在感を押し付け、後ひと押しでスタートをきる。


「今夜も幸せにしてあげーー」


その瞬間、マスターの身体が消え失せた。


「!?」


妻はあられもない受け入れ態勢のまま、呆然としている。


「奥様、これは一体!?」


リーアは監視役と言えどさすがに声をかけ、シーツで彼女の大事なところを包んでおく。


その時1枚の紙切れが○○○の手元に降りてきた。


"ちょっと彼を借りるわ。領主より。"


くしゃっと紙を握りつぶした○○○の眼は鋭い。


「これは宣戦布告ね。受けて立つわ!あの勃起……興奮は私だけのモノよ!」


「言い直す前に言いきってる辺りが、奥様らしいです。」


リーアはカナへ連絡して人を集めてもらう。

○○○はクマリに要請して魔王杖を握りこむ。


「当主様!反乱のセイ戦の時は来ました!」


「うひ!?な、なになに!?」


当主様の寝室にワープした○○○は、寝ている彼女の首元へ短剣にしか見えない魔王杖を突きつけた。


こうして戦力をかき集めて領主との戦争準備を進める○○○。

ひさびさに棄民界は血生臭い雰囲気に包まれつつあった。


「あのボッキは将来の私達のモノでもあるわ!」


「なんで私も!?と言うかなんでお姉ちゃんはオチ……あんな変なのが欲しいの?」


セツナは早熟幼児の妹をたたき起こして戦闘準備をさせている。

準備と言っても必勝ハチマキを平仮名で書いて巻くくらいの可愛いモノだ。

クオンは姉に当然の疑問をぶつけていた。


「クーちゃんはまだまだコドモね。後で教えてあげるわ!」


自称オトナのセツナは鼻息荒く言いきると、魔王の弟子達を呼び出した。



…………



『訓練完了。速やかに帰投し、ミーティングルームへ集合せよ!』


2015年11月。静岡県山奥の地図に載っていない国有の敷地。

まるで映画のセットのような訓練場で、バトルスーツで身を包んだ隊員達。そのヘッドギアに帰投命令が下る。


「えー、シャワーも浴びちゃダメなの?」

「信じられない。汗だくなのに!」

「今日に限ってなんでよー。」


『命令に従わないなら自動操縦に切り替えるわよ?』


「「「今すぐ帰投し集合します!」」」


『たまには身体を動かしたいのですが……』


元気良く返事をする3人の女の子に向けて、オペ子さんとは違う電子音声が流れた。


「だってsanaちゃん、私達を酷使するもん。」


『以前の特殊部隊のデータでは日常でした。』


sanaと呼ばれたAIが答えると、彼女達はムッとして反論する。


「それって第二の魔王とか速度変化出来る化け物達でしょ!?」


「メルナちゃん、私達も他人の事言えないわ。」


「カウ……Aちゃん、ここではコードネーム!」


「2人とも急いで!でないと……」


『早くなさい!sana!』


『らじゃ!』


強制的に身体の操作が切り替わり、全員華払いの踊るような動きで帰投する。


「「「ぎゃあああああ!!」」」


『やっぱり生身の身体は素晴らしいです!』


感激するsanaちゃんに対して、全身の筋肉と一緒に悲鳴をあげる3人。

彼女達は更に汗だくになりながらミーティングルームに集合した。


「コードA B D、揃ったな。」


「うぇぇ、チーフはもう少し女の子をいたわるべきだと私は思うの。」


「中学生にこの仕打ちは無いわー。」


「チーフの人でなし!コードネームも胸で決めるセクハラ男!」


3人の前で偉そうにしている30代後半のスーツ男が罵られる。


「ふん、女はすぐ文句を言う。おっと失礼、君達は兵器だったな。第一sanaに指示を出したのはマヤだろう。コードネームだって実物とは別のサイズにして撹乱を狙っている。」


「お陰で私は男性スタッフのガッカリ顔を何度見たと思ってるんですか!カウナちゃんばっかり注目されて!」


「私だって好きで大きくなった訳じゃ……」


「私だけ自分のサイズと同じなんですけど。」


Aことカウナ、Bことウツナ。Dことメルナ。3人はミーティングそっちのけで姦しくなる。

ちなみに胸で決めたというのはガセである。本当はCも居たが事故で亡くしており、その辺の記憶情報操作の所為である。

ちなみにカウナなどの名前の方が実はコードネームで、アルファベットは製造時のナンバーである。


買うな・射つな・求めるな。ミキモトの薬剤依存を脱却する意味を込めてのコードネームなのだ。

そして彼女達は薬物の代わりに電子機器を埋めこんだサイボーグのような存在だった。どちらにせよ非人道的な対魔王の特殊部隊の1つであることには変わらない。


「不毛な議論はそこまでにして、本題に入るぞ。」


「「「はい!」」」


姿勢を正して元気良く返事をする3人に頷いて、チーフは本題に入る。


「軽井沢の西側にて空間の歪みが観測された。浅間山の山林だ。これの調査任務を我々のチームで行う。明日の15時に駐車場に集合だ。」


「「「了解!!」」」


「なにか質問は……よろしい。では解散!」


このテのお仕事で余計な詮索はしないお約束。

というよりはさっさとシャワーを浴びたい3人だった。


「あー生き返る~!」

「こんな身体でも耐水機能バッチリなのは良いことよね。」

「数少ない人間らしさを感じる瞬間だわ。」


3人並んでジャバジャバと汚れを落とす。身体中から数センチ程度の機械がはみ出ているが、ショートはしない。

これらは単品でも身体能力を上げられるが、バトルスーツに接続することで大幅に効果を引き上げられる。


「やっぱり髪洗うの面倒くさいなぁ。」

「女の子を捨てたら心まで機械になるわよ?」

「そうじゃなくて!」

「冗談よ。後ろのこれでしょ?」

「これがなければもっとワシャワシャ出来るのに。」


彼女達の後頭部には謎の端末が埋め込まれていて、セミロングの髪の間からチラチラ見える。最新のヘッドギアに繋ぐことで周囲の情報を普通の人間より多くの情報を手に入れる。ついでにオペ子さんのマヤや人工知能のsanaと連携も取れる。

ヘッドギアと言いつつも形状はフルフェイスヘルメットに近くい。試作品段階ではまだヘッドギアと言える形状だったが、大幅なアップグレードを施された為に形状が変化していた。


「でもさー、空間の歪みってことはあれでしょ?」


「現代の魔王絡みよね、きっと。怖いなぁ。」


薄々判っていたことだが、口にして身震いするメルナとウツナ。


「これで成果を上げれば、ご飯にデザートが付くってマヤさん言ってたわ!」


気分を上げようとカウナがご褒美について言及するが……。


「デザートは魅力だけど、実際に大当たりしちゃったら大変じゃん。」


「ただの残滓なら良いけどね。カウナちゃんは胸だけじゃなくてお腹も膨らんじゃうわよ!」


「な、何てこというのよ!?」


年の割にゆたかなその膨らみを隠しながら動揺するカウナ。


「だって男って大きいおっぱい好きじゃない?」


「その点、私らみたいのは安全だよね。」


「「うぐっ。」」


自分で言って自分でダメージを受けるウツナと、流れ弾を食らったメルナ。


結局3人ともどんよりな心持ちになっている。


「不安は判るけど、会話が中学生男子レベルだね。」


「わっ、アンラさん!」


同情と呆れとともに現れたるはこのチームの女医さんだ。

そろそろアラフォーとは思えぬ綺麗や肉体を、小娘どもに見せつけながら近づいて来た。


「不安ならこれ飲んで、これも付けておきなさい。」


3つの小さいビニール袋を差し出した、医者のアンラさん。

中にはピルと、彼女達でもワンタッチで取り付けられる避妊具が入っている。

改造された身とは言え年頃の小娘達が不安を覚えている頃合いだろうと、気を回してくれたようだ。


「これで余程じゃない限りは防げるはずよ。でも一番は何事もないこと。不味いと思ったらすぐ撤退するのよ?」


言うだけ言ってさっさとシャワーを使いだすアンラさん。

3人娘は中身を確認して感激、感動が湧き上がる。


「「「アンラさんありがとう!」」」


心のこもったお礼を言って、さっそく薬を服用する。

続いてコネクタに細い棒が取り付けられた小型の器具をそろりそろりと大事な場所へ差し込み、カチリと固定された音が聞こえたらボタンを押す。すると棒状の薬剤が溶け出して、数日間は避妊効果が発揮される事になる。

ちなみにこれらはミキモト製であり、原料は当然……まあ、このチームの薬物脱却スローガンは上の人を納得させてお金を引き出すためのものなので、細かいところは仕方がない。これは世間や上層部への嘘ではなく、臨機応変な対応というやつである。

装置を接続部から外して纏めてゴミ箱へ入れると、3人は自室へ帰っていく。

コネクタ。つまりは彼女たちはそこまでも改造されていた。

人体改造に過酷な訓練。それでも彼女たちは明るさを失ってはいなかった。


「……私でさえ不憫に思うよ。せめてこれくらいのフォローはしてやらなきゃ、何が大人だ。」


アンラは独り呟きながらこぼれる涙をシャワーで流す。

彼女達が明るさを失わないのは精神操作と制御が働いているからだ。年相応のメンタルは残してあるから、尚更不憫に思い愛着もわく。

それは怠慢・油断による医療ミスでここに送られたアンラの心をも動かしていた。

彼女とて好きでそのような事案に陥ったわけではないが……それは置いておく。


「「「おやすみなさい。いい夢が見られますように。」」」


ともかくカウナ達3人は就寝用ヘッドギアを付けて眠りに落ちる。

寝ている間にも作戦内容の詳細が信号として送られ……それをいい夢と錯覚させられていた。



…………



「A、地表に異常なし。」

「B、上空も同じよ。」

「D、周囲は植物と小動物の生体反応しかないわ。」


『本部了解、そのまま目標地点に向かって前進して。』


次の日夜。軽井沢方面より浅間山入りした新生特殊部隊(候補)チーム。

以前の特殊部隊と同じく装備方面へ予算を割いているために、人員の移動はワゴン車2台のみである。

その2台目から降りた3人娘は早速山林へ侵入し、1台目のワゴン車と連絡を取りながら進んでいく。

その内部は所狭しと通信機材をはじめとした機械類が並んでいて、チーフとマヤが忙しく操作している。

ちなみに2台目も所狭しと軽井沢のお土産が並んでいて、3人娘たちのたまのワガママが積みあがっていた。彼女たちは特にご当地のジャムとチーズを試すのが楽しみのようだ。


「なにかしら。小さいけど、布?」

「うーん?かなり古いけど人工物の痕跡を発見。」

「衣類の切れ端……に僅かな血痕?sanaちゃん!」


『解析開始……おそらく2007年程の衣類の切れ端と思われます。血液は……データベースに照合はなし。しかし僅かな含有物が犯罪組織で使われていたものと酷似。』


sanaちゃんが驚異的な速度で成分を分析してデータベースと照らし合わす。


『こちら本部。その組織と含有物の詳細は?』


『ナイトの下部組織シュガー。そこで使われていた薬物の残留物です。』


『2007年に突如、組織まるごと失踪した連中ね。追っていた調査員は怠慢を疑われて更迭されたけど、なるほど魔王がらみならありえるわね。』


マヤの説明で一層魔王の関与の可能性が高まった今回の任務。3人娘たちは生唾飲んでヘッドギア越しに見つめあう。シュガーで使われていた薬物は元をただせばミキモト製である。そこから横流しされた未完成品を食事に混ぜて使用していた。

この残留物は、当時勘違いした仲間に追われていたキリコのものであろう。


「Aです!空間に異常な箇所を発見しちゃいましたぁ。」

「Bも確認、歪みの感知システムなしでも異常とわかるよ!」

「Dも確認!空気の流れからしてどこかへ通じているものと思います。」


『本部了解!まずは周囲の調査。あらゆるデータをこちらへ送って頂戴!』

『ただし異常が見られたら速やかにその場を離れること!君たちは未帰還を許可されていない!』


「「「了解!!」」」


指示を受けて空間の歪みと周辺を見渡してデータを送り続ける3人。

チーフがすかさず反応したように、彼女たちはなんだかんだで大事にされている。

立場や予算的な大人の事情も含まれているし非人道的な部隊を運用してはいるが、彼らもまた人間なのだ。兵器とはいえ安易に子供を見殺しにするほど心を失ってはいない。

厳しくする面もあるが節々で優しさの片鱗が見られ、3人娘たちとスタッフの信頼関係はそれなりに良好なのだ。


『よし、データは取れた。内部突入の前に1度戻って休憩、中継機を持っていけ!』


『聞こえたわね?帰投して、果物も用意してあるわ!』


「「「了解です!」」」


ポイントに発振器を埋め込んで道標とし、速やかに撤退する3人。


「お疲れ様。リンゴ、向いてあるわよ。」


「やったね!いっただきまーす!」


アンラが山盛りのりんごを皿に乗せて3人を出迎えた。


「中継機の設置を完了!有線カメラ、投入します!」


空間の歪みの前に全長40センチほどの機材を設置。そこから延びるコードに付いた全方位カメラを歪みに放り込むウツナ。


『映像確認、森の中に……道?』


『取り敢えずの危険はなさそうだ。突入して周囲を警戒しつつ、もう1台の中継機を設置!』


「「「了解!」」」


緊張の中で指示に従い設置を済ませると、今度は進軍命令が出る。


『良いか、この任務は調査だ!くれぐれも無理はするな!』


『チーフもこう言ってるし、慎重にね。いざとなったら頼むわよ、sanaちゃん?』


『もちろんですとも。我が37シリーズの名に懸けて隊員をサポートして見せます。』


後衛の仲間達の声援に、心が暖かくなる3人。

期待に応えようとその視界全てのデータを取りながらゆっくり進む。


「この森、綺麗に整備されてるわ。」

「一見ただの森なのに、人工的な法則性?を感じる。」

「うん、綺麗にまとまるように制御されてるような。」


彼女達がそう思うのも無理はない。設計図に沿ってこじんまりと作られた異空間。9年経ってもその制御のチカラはそのままなのだ。


『気づいてますか?星が観測できません。地下か屋内の可能性を進言します。』


「うわ、本当だ!?」

「いやでも、上空も空気の流れは観測できているよ?」

「待って、あそこに何かあ……る……?」


不思議な空間を歩いていくと、メルナが前方に何かを発見。

一瞬で解析が終わって結果が表示されると、それはスタート地点の中継機だった。


「どうなってるの!?真っ直ぐ歩いていたのに一周した?」


『敵の気配は!?』


「ありません!」


『なら上空から確認してみるんだ!』


ていっと足の筋力を強化したカウナが樹木の枝に飛び乗り、そこから更にジャンプする。


すると1キロ先に外壁に囲まれた謎の館が見て取れた。

しかしそれは一瞬の事で、何かに触られたような感触の後に地面に立っていた彼女。


「え、なんで!?」


突然の事にバランスを崩して尻餅をつくカウナ。まるで落下する夢でも見たような感覚だ。


『罠の可能性もある!一旦こちらへ戻れ!』

『sana、危険な時はお願い!』

『らじゃ!』


敵に侵入を悟られたかも知れないと、一時撤退命令が出る。


しゅううううん、ブチン!!


しかしその瞬間出入り口が閉じられ、中継機同士を繋いでいたケーブルが切断される。


「退路を絶たれた!?」

「チーフ、マヤさん!応答願います!」

「索敵、反応まだ無し!」


急いで周囲と通信の確認をする。しかし通信は全く反応がなく、元の位置からはかなりの距離が有ることが分かる。

今のところ敵影は無いが、空間を閉じると言うアクションを起こしている辺り時間の問題だろう。


「くっ、どうしよう!?」


「さっきジャンプした時、1キロ先に建物が見えたわ!」


「籠城する!?それともなるべく遠くへ逃げる!?」


うろたえるウツナにカウナが新情報を出し、メルナが選択肢を提示する。


「でもまたここに戻ってきたら……」


『問題ありません。綺麗に繋いでありますが、空間の不自然なところを見つけました。そこを抜ければ!』


「なら決まりね!進むわよ!その建物でチャンスを待つわ!」


「「分かったわ!」」


sanaちゃんの分析力で希望を見出だして進むことにする。

逃げるのは現実的ではないと分かっていた。アテもなく逃げても、装備の充電的にも体力的にも希望がなかったのだ。


3人はデータをリンクしながら突き進む。

やがて綺麗に空間を繋げた結界のような地点にたどり着いた。


「なるほど、良く見ると薄い幕のようなーーゴフッ!!」


「おわあああああ、ぐへっ!!」


「「カウナちゃん!!」」


上空から人影が落ちてきて、カウナに覆い被さった。

両者ひどい声で激突したが、降ってきた人影はカウナの胸がクッションになったのか、すぐに上体を起こす。


『警告!不自然な空間の歪みを検知。時間が止められた可能性があります!』


直ぐにsanaちゃんから警告が発せられて、ウツナとメルナは緊張感が高まる。


「ま、まさか……?現代の魔王!?」

「大当たりを!?カウナちゃん!!」


2人が応答の無いカウナを助けようと踏み出した時、その人影は起き上がる。その姿はいつも報告される黒づくめではなく、大体肌色。つまり全裸であった。


ヌウウウン……。


「「ッ!?」」


そして前方にそそりたつ、金属バットをまとめたようなナニカが2人の方へ向けられてウツナとメルナは足を止めてしまう。


あれは何か?あの位置から延びてるのは……いやあんなサイズは聞いたことがない。と言うかそんなモノ、見たことがない。

カウナちゃんは押し倒されて時間を止められて……嘘よそんなの、あり得て言いハズがない。


少女2人は目の前のあり得ない光景に悶々としている。

いくら否定しようにも、装着したヘッドギアは鮮明にソレを映し出し分析してしまう。


『いけません、あの精力を身に受ければご懐妊確実です!』


「「い、いやあああああ!!」」


sanaちゃんの冷静で余計な分析結果の発表に、ウツナとメルナは恐慌状態に陥った。

彼女達は戦闘訓練は受けてはいるし兵士としての洗脳もされている。しかし表層のメンタルは思春期の少女のままなのだ。



…………



「なっ!?落ちてる!?」


「侵入者よ。上手くやりなさい。じゃ、よろしく~。」


寝室から突然ワープしたマスター。山林の上空で社長から簡単な指示を受けるとそのまま地表に着地した。


ぎゅむ!


正確には戦隊モノヒーローのような格好をした女の上に覆い被さって着地した。


「ほう、結構あるな……じゃない、この興奮は妻へのモノだ。ちゃんと維持したまま戻らねば!」


謎の使命感を胸に抱きつつ上体を起こすと、目の前には更に2人の戦隊ヒーローがいる。


(彼女達が侵入者か。どれどれ?)


時間を止めて先ずは自分の下敷きとなって気絶している子を探ってみる。


(ミキモト事件での試作装備の完成版?大分早いね。ま、平行して準備を進めていたと取るのが普通か。それにしても酷い仕様だな、これ。)


生体に機械を埋め込んで心身共に制御するそのシステムは、悪趣味以外の何者でもない。特に洗脳ギミックは彼には嫌悪感しか与えなかった。


(それにこのサポートAIはユウヤ達が使っていたモノの後継型?コバヤシさんやトウカが漏らすとは考えにくいが……ある程度平行して作られた部隊なら、普通にバックアップを使ったのかな。)


などと分析しながら時間を動かし始めたマスター。


(取り敢えずは彼女達を捕まえよう。)


そう決意して向き直ると当然、維持継続されている股間のモノもそちらへ向き直る。


「「い、いやあああああ!!」」


怯え惑う2人は及び腰で後ずさる。そして直ぐに尻餅をついて腕をブンブン振ってマスターを拒絶していた。


(この怯えようなら楽勝だな。さっさと確保して尋問だ。)


『れでぃ……ファイッ!』


「む!?」


気絶しているはずの女の子から電子音声が聞こえて、同時に強力な足払いにてバランスを崩される。すかさず追い討ち……と思いきや飛び退いていった。


『対魔王弾セット!』


ズタタタタタタッ!


「そっちも!?この弾、重いぞ!?」


胸がやや控えめな方のヒーローが腰からサブマシンガンを引き抜いて斉射。今回はバリアを間に合わせたが、驚きと新型対魔王弾で動きは止まる。


『対魔王ブレード起動、お覚悟を!』


隙を突いて一番胸が控えめなヒーローが後方より突撃、斬撃を繰り返す。


「この動き、トキタさんの!?しかも削って来るとは……」


試作型はトキタのコピーのみで大したことはなかったが、今の対魔ナイフ……いやブレードは圧縮された空間のバリアを少しずつ削っていた。


(動きもチカラも電子制御。ここまで来ると科学と魔法の区別がつかないね。)


余裕っぽい思考を保ちながら、こちらの空間へ干渉してくる攻撃の仕組みを探っていく。


『対魔王ブレストXァイヤー!』


先程の足払いのヒーローが、必殺技の名を叫ぶが別に光線は出ない。

その豊かな胸を魔王の顔面に押し付けようと飛びかかって来た。変な所でお茶目なsanaである。


「ぬうん!」


マスターは脈打つ金属バットを振って胸を弾き飛ばす。


『バカな!魔王は大きい胸に目がないハズ!』


「どんなデータだよ!?大抵の男はそうだろうよ!」


思わず突っ込みを入れるマスター。今回は妻への興奮維持のために他の女の胸に欲情するのを控えているのが功を奏した……のか?

ともかくその隙に大振りでブレードを叩き込んでくる女に気づく。


「やらせないよ!」


スパン!


彼は斬撃ヒーローの右肘の空間を切り離した。物理的に切断したわけではなく血も神経も通ったままだが、地面に転がってモゾモゾしている。


「ファラの世界の技術がこんなところで役立つとはね。」


あの世界の患部の確認魔法……地球のレントゲン撮影の代わり。

ソレの応用技を使ったのだ。


「次は君だ!」


再度サブマシンガンで援護しようとした彼女。

一瞬で近づかれて得物を取り上げられ、その際に勢い余った金属バットが左の脇腹に直撃して吹き飛んだ。


「そろそろ降参するなら、これ以上彼女達は傷つかないで済むけど?」


ぐってりしている3人を操るsanaに向けて投降を促すマスター。これ以上続けては命の危険もあるし、お互いに引けなくなってしまう。


『それは出来ません!ケガはしなくとも、貞操と心に傷を負わせるのでしょう?ならばこの子達の尊厳を守るためにも戦います!』


律儀に答えるsanaだが、その間にも3人の身体に信号を送って回復を促している。ソレが終わるまでは話が出来るだろう。


「AIにまで……オレってそんなに信用無いの?」


『全裸にフル興奮状態で何を信じろと!?』


「ああ、うん。オレでも信じないわ。でも君らだって、妻との情事中に来なければ良かったと思うよ?おかげでオレはこの後妻のご機嫌をとらなきゃだし、その子達もトラウマになったかもしれないし……」


『……そこについては失礼しました。でも投降して無事に済む保証はおありで?』


素直に謝って見せながらも臨戦態勢を取りつつある3人。恐らくその質問の答えによっては戦闘再開となるだろう。

そうなれば与えたチャンスをフイにした扱いになり、今度こそマスターは時間を止めて無力化するハズだ。


「君が試作型だった頃の特殊部隊は、全員新しい人生を歩み始めている。それではダメかい?」


『……確認しようがありません。その時の私はどうなりました?』


「開発者に返して、信用出来る会社で開発を継続しているよ。こんな戦いの為じゃなく、人間達の生活のためのAIとしてね。」


『……それを聞いて安心しました。どちらにせよ手詰まりですし、恐らく私は消されるのでしょう?』


sanaに残った今回のデータが人間に渡れば、更なる強化を施した兵士が造られるだろう。微妙に善戦したように見える戦闘データは残せない。それが分かっていての発言だ。


「そのつもりだったけど……余計なデータだけ消して開発者に委ねても良い。」


『あなた、魔王と呼ばれる割りに甘いですね?』


その発言と共に3人のスーツとヘッドギアのパーツが半開きになり、光輝く。その後部からは排熱の蒸気が吹き出て、そのままマスターに襲いかかる。


「うん、良く言われるよ。」


ズガガガガガァン!!


マスターは愛銃アナコンダで、剥き出しになったAIのチップ部分を光速を超えた早撃ちでぶち抜いた。


「潔いね。最後まで自分の任務を忘れず、弱点を晒すことで彼女達を守る……か。」


AIの生き様に感服していると、バランスを崩した彼女達が地面に倒れこむ。だがその身体は全員魔王邸の医務室のベッドが受け止めていた。



…………



「「「んな!?」」」



新生特殊部隊候補のスタッフ達は、気がついたら鎖に繋がれていた。キョロキョロと見回すと薄暗い部屋に鎖の音がカチャカチャと鳴る。


「お目覚めですか。突然のお招き失礼します。でもお互い様ですから別に構いませんよね?」


マスターが混乱する6名のスタッフの前に出て声をかける。

リーダーらしき男と2人の女性、そして運転やら何やらの補助としてついてきた3人の男性だ。

彼らは一様に(で、でけえ!)と怯みながらも動くことはできない。


「くっ、大当たりを引いたと言うことか!?」


「正確には何年も前に仕掛けっぱなしだった罠に、勝手にハマっただけですよ。」


その返しでチーフの悔しさがMAXになる。


「ならウチの隊員達はどうした!?」

「そうよ!彼女達は無事なの!?」

「後それをしまいなさい!て言うかまさかあの子達を……?」


「コレに関してはあなた方が行為中に来たから仕方ありません。嫌なら邪魔しなければ良かっただけです。」


「「「…………」」」


そんなの知るか!と内心思いながらも黙っているスタッフ達。


「彼女達については……これが答えですね。」


マスターは虚空から3つのヘッドギアを取り出して彼らの前に並べた。それはズタボロになっており、中でも重要な後頭部部分は引き抜かれていて……。


「く、くそ!!外道めが!」

「この悪魔め!人でなし!」

「地獄に落ちるが良いわ!!」


さんざん罵倒される結果となった。


「君らさ、自宅に武装した侵入者が来たら仲良くできるの?」


「くっ……それで我々をどうするつもりだ!!拷問か?」


「あなた方の上司も家族も友人も、全て把握しているので聞く必要なしです。」


「な、なな……ならどうするつもり!?そんなの入らないわよ!?」


「まさか食べるとか言わないわよね!?持病持ちだから美味しくないわよ!?」


口々に恐怖からくる妄想を垂れ流し始めるスタッフ。

マスターは説明が面倒になった様子でため息ついている。


「直に分かりますよ。しばらく人生でも振り返っててください。」


それだけ伝えて消えるマスター。残された者達は絶望した顔で悲観している。


「さてどうだったかな?許せそうかい?」


悪魔城地下屠殺場から魔王邸サポート室に移動したマスターは、カウナ達3人に尋ねてみた。


「分かりません……あの感情に嘘はなさそうですけど。」


「私達を心配というより、私達という兵器の心配かもしれないし。」


「良くしてくれた記憶もあるけど、友達を殺した事は忘れられません。」


洗脳が解けたカウナ・ウツナ・メルナはそれぞれ答える。

自分達を改造して兵士にしたもの達の裁きをどうするか。

その為に彼らを見守っていた3人。厳しくも優しくしてくれた記憶はあるが、製造番号Cちゃんの死亡事故など許せないこともある。


「ならもう少し様子を見ようか。ご飯でも作ってくるよ。それにしても何でみんな居ないんだ?」


そう言ってマスターはキッチンに消えていく。


彼女達はイシザキの時と同じく埋め込まれた機械を取り出されていた。脳まで達する後頭部を始め、デリケートな臓器に関してはマキが居ないため冷や汗ものの手術だった。


妻や娘に愛人達はいつもの回線での連絡が取れず、少し心配だ。

やたら元気なのは伝わってきているので仕事を優先しているが、何かあれば直ぐに時間を止めて行動を起こすつもりでいる。


「ねぇ、どう思う?」

「あれが気になって考えがまとまらないわ。」

「同じく。男ってあそこまでなるの?」


連中の裁きを考えねばならないが、魔王の金属バット級を見てそれどころではなくなってしまった3人娘。

一応バスタオルで隠す配慮をして貰えたが……隠れきれていないし、傍で話すとなんだか落ち着かない。

兵士状態の彼女達は先の事まで強制的に思考させられていたが、ただの少女に戻ったので目の前のインパクトだけに意識が引っ張られているようだ。


(考えてみれば治療の時に全部見られてるのよね。)

(むしろ隅々まで触られてるわ。それであんなに?)

(気になって何も手が着かないんですけど!)


用意された和食をモグモグしながらモンモンとしてしまう。

性を否定するだけでなく興味が出てきたのならヒトに戻る手術は成功なのだろう。


「良いかい?興味は良いが、表に出すと悪い男に即座に食べられるよ。気を付けるように。」


「「「ッ!」」」


3人は息を飲んで顔を見合わせた後に、頷き合って切り出した。


「じゃあ目の前の悪い男さんはどうするんですか?」

「お礼したいし、私はまだ将来性あります!」

「お礼には同意よ。あと散々触れたんだから少しくらい……」


それぞれ好き勝手な言葉で本音を包んで、早めのお歳暮としてマスターに叩きつける。


「……後日集まる日を作るよ。君らの復学については、こちらに任せて貰っても良いかい?」


マスターはルクスに煩悩を吸わせればなんとかなるだろうとたかをくくる。ついでに彼女達やその家族をお膝下のスギミヤで面倒見るつもりだ。2年から4年帰ってこなかった娘の帰還に、精神的にも経済的にも面倒なことになるのは目に見えているからだ。


「「「どうか、よろしくお願いします!」」」


3人は頭を下げ、笑顔で実家へ帰っていった。


「うう、助けてくれ……み、水を……」


当然のように忘れられている運営スタッフ達は、拘束されたまま呻き声をあげていた。



…………



「「ただいまー!」」

「お邪魔しまーす!」



魔王邸に元気な声が響き渡り、セツナとクオンが帰ってきた。

それに続いて可愛らしい洋服を着た金髪の女の子が玄関に現れる。

キチンと靴を揃えて上がる彼女は小さいながらもしっかり教育されているようだ。


「お帰りなさい。マリーも一緒なのかい?いらっしゃい。」


3人娘を送り返した直後のマスターが出迎えるが、若干怪訝な表情だ。それはそうだろう、今は真夜中なのだ。

ちなみに股間は普通サイズにしてある。娘に悪影響を及ぼしたくない親心だ、


「お父さん、無事だったんだね!じゃあクーちゃんマーちゃんと遊んでくるよ!」


「これこれ、セツナ。何があったのか聞かせて欲しいよ。」


妹と腹違いの妹を引っ張ってゲームコーナーへとつっ走るセツナを呼び止めるマスター。


「うんとね。お母さんがみんなを集めてシャチョウさんの所へ行って……私はお父さんの弟子のみんなとセンニューしたの!」


「社長の所?にしても何で回線を閉じてるんだい?仕事ならもう終わったから帰ってきて良いんだけど。」


セツナの説明に不思議がるマスター。続いてクオンが補足に入る。


「お母さんはセイ戦がどうとか。だからマリ姉さんを連れ出したの。」


「うぇ!?それじゃあマリーがここにいるのは……」


「はい!避難民兼、人質です!」


笑顔で物騒な身の上を語るマリー。教育は変な方へ行き届いてしまっているようだ。


「何てこった……」


マスターは頭を抱えて、人間達の策略より難易度の高いミッションへ向かわざるを得なくなった。



…………



どっごおおおおん!ずばばばばっ!ずどどどおおおん!!


「なかなかやるわね!でもマスター程ではない!」


「くっ、腐っても領主、強い……!!」


「失礼ね、腐ってないわよ!?」



爆音響く中で女2人が戦っている。足元には気絶した女達が転がっており、半壊した領主邸が背景に溶け込んでいる。

戦闘区域は当主様が強力な結界を張っていて遮断しているので、この棄民界そのものへの被害は少ない。代わりに戦闘要員も決定打に欠けている。


○○○は時間干渉と魔王杖から延びる光の刀身で、変幻自在に近・中・遠距離攻撃にて戦っていた。しかしどの角度やタイミングで仕掛けても全て回避や防御で対応されてしまう。

その度に反撃で謎ビームをお見舞いされて次元バリアで防がざるを得ず、精神力を消耗する。


それは領主の特性、同座標に大量の彼女が存在しているのが原因だ。少女から現在の大人の姿までの自分を有し、思考をリンクさせてスーパーコンピューターの様に計算も出来る。

その数は必要に応じて増減させることも可能で、彼女の歴史……時間区切りで設定される。つまりは分刻みや年刻み等だ。


「くっ、ならばこれでどう!?」


○○○はクリムゾン・コアを勝手に持ち出して魔王杖の水晶玉と入れ換えた。赤く怪しく光る魔王杖からは、大勢の旦那の意識を感じとる。


「数には数を?そんな劣化品でどうにかなると思って?」


対する領主はまだ余裕が見える。それもそのはず、近年の位相ずらしの肉体やクリムゾン・コアは領主の特性を真似したものなのだ。


「彼のアレンジ力は大したものよ。でも練度の低い貴女が使えばただのパクリ。そんなもので敵う私ではないと知りなさい!」


「ヒトの男をパクるだけの貴女に言われる筋合いはないわ!」


「だ、だからそれは誤解だって!!」


「釣りのエサが何ですって?目にもの見せてあげるわ!!」


○○○はコアに女性版のマスターの魂をかき集めて杖を領主へ向ける。すると赤い嵐のような衝撃が彼女を包んだ。


「高々千人力って所かしら。こんなものでは足止め程度にしか……ッ!!」


領主は手を翳すと2千人力のビームでその衝撃を書き消した……が、その瞬間に顔色が変わる。気が付けば背後から胸を両腕で捕まれていた。


「何を、動けない!?」


「これが消える虚乳ね?空間を固定すれば消えることも出来ないようね。」


○○○はチカラの籠った両腕で胸を掴みながら領主にへばり付いている。領主は表へ出す自分を大人から子供へ入れ換えることで消える虚乳を演出していただけなので、空間的に固定されてしまうと切り替えが出来ない。


「放しなさい!そこの重要性は子持ちの貴女なら分かるでしょう!?」


「だからよ!そんなに旦那に執着するなら堪能させてあげる!女版だけどね!」


クリムゾン・コアから魂を流し込んで領主"達"の身体に這い寄らせた。


「貴女達、この泥棒猫に思い知らせてやりなさい!」


『『『任せなさい!』』』


「んはあああああああ!!」


女版マスター達がこれでもかと責め立てて、1人また1人と陥落させていく。

責め立てる側はそのほとんどが良縁なく死んでいった女マスターだ。そこへ○○○が自分視点の幸せな夢を感覚付きで提供すると言われて、非常に張りきっている。


(相手は男の自分でも良いのかな……旦那らしい精力とは思うけど。)


○○○はマスターを理解し受け止め、妻として支えているつもりだ。それでも分からないこともあるが、そこは人生のスパイスとして受け止めている。


「これで終わりよ!」

「や、やめ……!」


「そう、ここで終わりた。止めておきなよ。」


「マスター!」

「あなた!?」


突然現れたマスターは湿布を剥がすがごとくペリペリと領主から妻を引き剥がし、そのままお姫様抱っこに移行した。


「社長、仕事は解決した。今回の事は自業自得。それで良い?」


「う、分かったわ。でも明日には来なさい!」


いつもと違って有無を言わせない雰囲気で告げるマスター。

社長は赤い顔で身体を押さえてビクンビクンしながら短いやり取りをする。


「あなた、良かった……」

「マスター、無事だったのだな!?」


「心配かけたね。当主様はもう少し結界の維持をお願いします。」


「う、うん良いけど……?」


近寄る当主を制しながら、妻を抱え直すマスター。

その一部を金属バット級に戻すと、妻に深いキスをしてチカラを注ぐ。


「あなたったらまだこんなに……ありがとう。」


無事に咲き乱れモードに戻った◯◯◯はうっとりと旦那の頬を撫でる。


「それじゃあ戻ろう。今夜は長めにね。」


コクリと頷く妻を抱えたまま虹色の光を放出するマスター。

結界内が光に満たされて倒れた女たちが目覚めると同時に、マスター夫婦は寝室へと消えていった。



…………



「おはようございまーす。」


「昨晩はお楽しみだったようね。」



ツヤツヤした晴れやかな表情で現れたマスターに、社長が皮肉を飛ばす。


「いやぁ、それほどでも。」


「お前、クーデター起こしてその軽さとかなんなん?」


「いやぁ、それほどでも。」


社長の皮肉もケーイチの大袈裟なもの言いにも動じずにいるマスター。よほど昨晩は楽しめたのだろう。2人は悔しげに唸り出した。


「2人ともそこまでにして、今日もお仕事ですよ。」


副社長が場をとりなして、2人はむすっとしながらも話題を変える。


「バイト君は今日はアメリカよ。新生特殊部隊の装備製作工場に当たって。」


「はいよ。全く人間どもはどこまでヤるつもりなんだかな。」


メモを受け取ってさっさとワープするケーイチ。そのメモには昨晩の襲撃者から辿って手に入れた情報が書かれていた。


「それでオレはどんな罰がお待ちで?」


「あれはマスターの言う通り自業自得、罰なんてないわよ。ただ、少し別の仕事もやってもらうだけ。副官?」


「はっ、こちらをどうぞ。」


「物は言いようですね。どれどれ……ははぁ。やっぱり罰じゃないですか?」


副社長から渡された書類を見てそんな感想を抱く。


「これは貴方の契約期間内までにやってくれれば良いわ。終わらなくてもやってもらうけど。」


「悪魔のオレに神に成れと?相性悪いですよ?」


「そこはいつもの屁理屈とアレンジでやれば良いでしょう。」


「まあ、情勢を見れば必要なのはわかります。それはそれとして、今日のお仕事は?」


「……家の修理でもしてなさい。今日中に終わらせること!」


「やっぱり罰じゃないですか。」


7割吹き飛んだ領主邸には、そろそろ冬が近いことを告げる風が吹いていた。



…………



「最近海外から謎の苦情がきているようだ。何か心当たりはあるか?」



2015年11月の交渉会議。いつもの部屋でナカダイが切り出した。


「その言い方だとあなた方は聞かされてないようですね。」


「やはりマスター絡みか。」


詳しくは聞かされてないが、本業の外交官のお偉いさんから圧力を掛けられていたナカダイが納得する。

まぁ要は海外の秘密工場が襲われている件だ。


「誤解しないで頂きたいが、やったのはトキタさんですよ。最近のオレはどちらかと言うと事務的なお仕事ばかりですし。」


「そちらも興味深いですが、事情をお聞きしても?」


「我々が多少はオオメに見ると言っても、海外は手が届きませんので、困るんですよ。」


イケダとイシザキがいかにも困った風に説明を求める。

その言い分はモットモなのだが、事情を知る身としてはどの口が言うかと言いたくなるマスター。


「とは言え、君らが知らなくても不思議ではないか。なら話すけど……男は外してくれ。別に司令室で見る分には良いからさ。」


「その、まさかここで私と!?」


「なんでそうなるの?話が繋がらないでしょ。君がこの話を直接聞くに相応しいからだよ。デリケートな話なんだ。」


「そ、そうですよね?あはは……」


「それでは我々は移動しよう。行くぞ。」


イケダを連れて退出するナカダイも、ちょっとほっとしていた。


「まず、例の苦情については無視でいい。相手にすれば関係者と思われて余計に厄介なことになる。」


「は、はい!でもそれなら事情は伏せた方が良いのでは?」


「そうも行かない。君はかなり遠回りだけど関係者だ。」


「はい!?」


言ってる事の理解が面倒になってきて変な声を出すイシザキ。

混乱する彼女に向けて空中をスッと何かが移動する。

それはホログラフの写真だった。


「なっ!?セクハラ!通報!?」


それは3人の中学生の裸体で、一気に嫌悪感が爆発する。


「通報の前に彼女達をよく確認してくれ。見覚えはないかい?」


「これは、私と同じ?」


「正確にはもっと酷かった。これとかこれも。」


次々に写真が送られてきて、そのサイボーグっぷりに絶句するイシザキ。とても正視に堪えられないものまでも見てしまって気分が悪くなる。


「う、うぇ……これを私に見せてどうするつもりです?」


「彼女達は政府の新生特殊部隊の隊員たちでね。先日テリトリー内に侵入してきたんだ。」


「ッ!?そんな事って!!」


思わず息を飲むイシザキだが、それは司令室の男達も同じだった。今まで不明だった魔王の居城への手がかりを、政府が掴んでいたという事実に驚きを隠せない。


「期待しているところに悪いけど、それは2007年に作った罠に引っ掛かっただけなんだ。」


「…………」


感情の落差が大きく疲れが溜まる人間側。


「重要なのは政府が、中学生を誘拐・洗脳・改造して少年兵を作り上げている方さ。ミキモトと同様、非人道的な手段でね。」


「そ、それは……しかし我々は知らされてなく……」


「でしょうね。別に君を責めてはいないよ。ただ……そう言った連中を君はどう思うか聞かせてほしいね。」


ここでマスターは妙な質問をする。

実は殆ど目的は達していて、この質問はおまけみたいなものだ。

彼の目的はイシザキに軽い改造を施した者の詳細を知ることだ。例の連中を調べる上で、別角度からも迫るつもりだった。

そうすれば当事者の知らぬ関係者も見つかるかもしれない。

なので改造手術を意識させて、その心のリンクを改めて辿っていたのだ。


そしてこの質問の意図は……。


「もちろん許せません!私だって誉められた人生じゃないけど、ここまで人間を捨てたつもりはありません!それこそ遺伝子レベルで軽蔑するわ!」


「よく解ったよ。参考にさせてもらう。」


この瞬間、地下屠殺場でギリギリ生かされ唸り続けていた部隊の運営スタッフの運命が決まった。


「とにかく君達の知らないところで策略を巡らせている者がいる。奇妙なことを言われたら、知らない振りくらいはした方が良いかもね。」


「はい、心得ました!」


「話は済んだか?ならばこちらの番だ!」


タイミングよく司令が入ってきてぐいぐい迫る。一応区切りまで待ってくれた辺りに少し律儀さを感じるマスター達。


「何ですか?子作りなら順調に進めてますよ?」


「その件ではない。先程の襲撃者の事でーー」


司令は捨て駒の外交官達に変わって情報収集の為の質問と要求を突きつけ始めた。

マスターは適当な受け答えをしたりキュルらせて追い払うと、残ったメンツで秋アニメ談義に花を咲かせるのだった。



…………



「ねえマスター、この後一緒に……」

「あら嫌だわ。私の方が先に声を掛けているのに。」

「これだからミーハーは困るわね。」

「そうそう、知ってたら絶対今日は誘わないわよね。」

「何を古参ぶってるのかしら。彼だって若い方がーー」

「なんですって!?」


2015年11月22日。拡張された水星屋で、女達が口論を始めている。マスターに群がりその妻に散らされながらも諦めてはいない連中だ。

今日は合同結婚式の披露宴二次会という名目で水星屋は大盛況。シーズを始めとして一芸を披露する者達が続いて現れ、楽しい時間を過ごした。

だがそれも終わりに近づき、後30分もしないうちにお開きとなる。そこで物足りない女達がマスターへご機嫌を伺いに近寄り始めたのだ。


「ああいうのを見ると、私は幸せだなって思うわ。」

「オレはメグミだけだぜ。」

「なら秘蔵のグラビア画像は消しておくわね。」


メグミはユウヤと腕を組みながら苦笑い。すかさず浮気しないアピールのユウヤに、メリーさんが容赦のない整理整頓を始めてしまう。


「あの人の奥さんて大変よね。もう少し慎みのある女性達ならマシなんでしょうけど。」


ミサキもマスター達を観察しながらソウイチに寄り添っている。


「こういう場だし欲望が出やすいんだろうよ。でもアイツは一応相手を選んでるから大事にはならないだろうぜ。」


「……詳しいじゃない。」


『こやつ、この前我が弟子とハーレム談義しておったからの。』


「へーぇ?」


ソウイチが適当な言い訳をしようとしたらキサキが速攻でばらしにかかる。ミサキは男が恐怖を覚えるジト目で顔を覗き込んだ。


「く、なんで先輩が知ってるんだよ!ミサキ、違うぞ!?違うからな!!」


「何焦ってるのよ。男の妄想くらいは別に良いけど……覚悟なさい?他に流されない程度には私を植え付けてあげるから。」


「……やれるものならやってみな。」


「なんでそこで開き直るのよ、このスケベ!」


ソウイチは妻の本気の責めに多大な期待をしていた。


「人間の女ってリスク大きいのに、よくああもすり寄れるわよね。」


ヨクミは自身も人間モードで経験した比較から、そんな感想を抱く。呆れと関心の混ざった表情だ。


「人間にはそれしかないからね。彼ならそれ以上の利益は得られるだろうし。」


モリトは嫌悪するでもなく淡々と答えている。

彼らだけ2年後から来たのもあって既にマスターへの悪意は薄い。新生活において相当世話になった面もある。


『相変わらず人気と不人気のギャップが激しい人よね。』


「そうね。彼も面倒がってるわ。」


『解っている人は解っているみたいだけど、なんで言わないのてすかね?』


「多分サプライズ企画だからね。バラしたくないんだわ。」


『さすがトモミさんはなんでも知ってますね。』


「ふふーん。」


幽霊のアケミと理解者のトモミが話していると、声を張り上げた者がいた。


「皆様、お楽しみ中に失礼します!」


それは割烹着のセツナで、なんだなんだと注目を浴びる。


「結婚式のお祝いはあと10分、零時までとなります!それ以降は私、◯◯◯◯セツナの誕生日会を開催します!お時間の余裕のある方は是非参加して下さいね?」


「「「わあああああ!!」」」


それを聞いた会場はまたもや盛り上りを見せる。

名残を惜しむ暇もないほど、どこまで行っても終わらない宴に狂気を感じるレベルで賑わう。


「そう言うことよ。彼を慕うなら覚えておきなさい。」


「うぬぬ……」

「わ、私はそんなつもりじゃ……」


相手の娘の誕生日に誘いを掛けるという失態を犯した女達は、悔しがったり焦って言い訳しようとざわついていた。

当のマスターはそれらを無視してセツナを肩に乗せて愛想を振り撒いていた。


「師匠、いいなぁ。いつか僕も彼女を肩に乗せて……」


浮かない顔をして眺めているのは第5弟子のクルスである。

本来は一晩だけの修行をつけるだけの契約だったが、尊敬する師匠の長女に惚れて追加修行を申し出た彼。

セツナの可愛くも綺麗で輝く姿は、異世界の王子の心を完全に掴んでいた。

その彼がここに来たのは非常識な発言をしたハルカを連れ戻すためだったが、ちゃっかり宴会に参加していた。

もちろんマスターも気づいているが、特にお咎めはない。


「あらー、クルス君ってば見つめすぎ~。女の子ってそう言う視線には以外と気づいてるから気をつけてね?」


幼馴染みと一緒に過ごしていたハルカは、最近彼のエッチな視線に困惑していた。師匠と関係を持ってしまっているので、その辺の相談に来たのだ。


「むしろ気付いて振り向いてくれれはどんなに楽か……」


「あ、セツナちゃんキスしてる。」


「くぅ……師匠はライバルとして強すぎますよ。」


テンション上がったセツナは大好きなお父さんのほっぺたにキスしていた。色んな臓器にダメージを受けながらクルスはよろめき、着席と同時にテーブルに突っ伏した。


「「「誕生日、おめでとう!!」」」


「みんな、ありがとー!!」


やがて零時になって、店中に祝福の言葉が充満した。

普段は店に現れない妻の◯◯◯も、派手すぎない銀のドレスを纏って旦那と一生懸命祝福している。


「さっそくだけどセツナにはプレゼントを贈るよ。」

「2人で考えて作ったの。是非受け取ってね。」


「ホント!?わーい楽しみ!何かな何かな!?」


セツナは父親の肩から降りてワクワクしながら両親の服を引っ張っている。


「「◯◯◯◯の名において命ず!いでよ、バースデーボックス!」」


夫婦は腕を娘の頭上に向けて何かを召喚しそうなセリフを放つ。すると10cm程の可愛いラッピングされた輝く箱が現れた。

そのままゆっくりと箱は降りてきて、セツナの胸元で止まる。


「わ、わああ!」


目を輝かせて開けていい?ね、開けていい?と両親に確認姿はとても可愛く、店内の参加者はほっこりする。

両親が笑顔でうなずくとイソイソとリボンをほどくセツナ。

そのはこの中からは、赤い宝石をあしらったブローチが出てきた。サイズはやや控えめで、チェーンも付属していることからペンダントとしても使えるようだ。


「すっごおおおい!なにこれ!こんなに高そうなの、良いの!?」


キラキラした目でブローチを覗き込む娘に、ニヤニヤが止まらない両親。


「9歳ともなればお洒落だって必要だって言われてね。」

「だってあなたったら、泥臭い修行ばかりだったし。」


「ありがとうお母さん、お父さん!でもこんなスゴい宝石、コーディネートが難しそう。」


「そこは問題ないぞ。それのボタンを押してみると良い。」


「これ?何か出たよ……ひゃあ!?」


ブローチを弄るとセツナだけに認識されるUIが現れ、自動的に何かを選択される。すると彼女の身体が白く光輝いて、気がつけば赤と銀の子供用ドレスを見に纏っていた。


「わ、わあああ!スゴいよ!?服が変わっちゃった!!」


セツナは赤いフリフリをふんわり揺らして、銀の裾をたなびかせながらくるくると姿を確認している。


「「「ふわぁ……」」」


その姿に参加者達は頬を赤くしてハートを射ぬかれていた。


「これが父さん達から贈るプレゼント!」

「その名もドレスルビーよ!」


「うん、いい!スゴく良いよ!ありがとうお父さん、お母さん!」


「ちなみに初回起動だけそのドレスだけど、仕事着(割烹着)や修行服(体操着とブルマ)も登録してある。追加も出来るから、後で色々登録すると良い。」


「わかった!大切にするね!!」


後でカナ姉さんに可愛い下着のデザインを……等と考えてるのが読み取れてマスターは冷や汗が出るが、妻の方は飾り気が出てきたと嬉しそうだった。彼女の下着は運命操作で出来た逸品なのでデザインも思うがままなのである。


「さ、さあシャンパンとケーキを用意してある!みんなの胃袋に隙間を作ったから、どんどん味わってくれ!」


その言葉と共にカナとシーズの3人がカートにケーキと飲み物を乗せて登場する。


直ぐに全員に配膳され、セツナの前には小型のホールケーキが置かれて蝋燭が9本立っていた。


「それじゃ行くよー!ふううううッ!」


無事にひと息で火は消えて、拍手と共に全員でセツナの生誕と成長を祝福した。

そしてその後は恒例の行事が始まる。


「さぁ今年もやってきました、セツナの可愛いところ選手権!!」


「みんな紙に書いて投票してね!」


「セツナが気に入った物があれば賞品も出すので、振るって参加下さい!」


趣旨とルールが説明されて、みんなバリバリと用紙に記入し投稿する。その間クオンがセツナに抱きついてドレスのフリフリを堪能していた。


(クオンは早くもお洒落に興味が出たのかな?フフッ将来が楽しみね。)


クオンの頭を優しく撫でながら◯◯◯は微笑んだ。


「さあ出揃ったところで開封しま……した!我が娘もお気に入りが決まったようです!」


「みなさん、たくさんありがとうございます!」


開封と確認作業は時間を止めて行った。両親とクオンを交えて1枚ずつ確認するたびに可愛い可愛いとセツナはもみくちゃにされ、キスを受けた。

その為上気した顔で照れながらお気に入りの紙を持ちつつ、全員に感謝の思いを伝えた。


「発表します!私が嬉しかった1番は……」


父親に促されて更に照れながら1等賞を発表する。

一歩間違えば盛大な羞恥プレイである。


「お父さんに認められようと頑張るところ、です!これは、クルス君が書いてくれたんだね、ありがとう!」


パチパチパチパチパチパチ!!


盛大な拍手の裏には、そこだったか!とか、あの子誰だ!?などと思念が渦巻いている。


「クルス君やるじゃない!きっとポイント稼いだわよ!?」


「セツナちゃんが一番好きなのは師匠なので……」


ハルカに誉められるもものすごく微妙な気持ちで拍手を受けるクルス君。


「知らない方も居るから紹介しよう。彼はオレの弟子で、セツナとも一緒に修行している子だ。実は異国の王子でもあるが、世界最強の武闘家と言える。よく見守ってくれて嬉しいよ。」


「クルス君、前へ来てちょうだい。賞品を贈呈するわ。」


「は、はい!」


マスターの紹介を受け◯◯◯に呼ばれて憧れの人の前に出るクルス君。値踏みされるような視線と称賛の拍手の中、居心地はあまりよくなかった。


(き、綺麗だなあ。お付き合い出来たら……後に王妃になってくれたら……)


しかし彼は気にせず進む。賞品が何かは明かされてないが、もしかしたらセツナから手渡しかも?その時指が触れあうかも?はたまた彼女からキスや抱擁、デートの権利なんかも……。

男の子らしい妄想で頭を煩悩だらけにした彼は、師匠の苦笑いには気付けない程にセツナで胸がいっぱいだった。


「賞品はこの中から選んでくれ。最初だから好きなのを選べるぞ。」


「は、はい!」


ハッとして賞品の一覧表と山になった実物を見ながら考えるクルス君。ここは今後に繋げられるモノを選びたい。


「ではこれを!」


「ほう?流石は王子、なかなかお目が高いな。」


彼が選んだのは地球での旅行券だった。大劇場での映画とホテルの食事と温泉、お土産までついてくる日帰りバス旅行のペアチケットだ。

王子とは言え異世界人。地球の文化を堪能できる、とても素晴らしいものだった。


「はい、どうぞ。休暇は旦那と相談してね。」


「ありがとうございます!セツナちゃんこれ、一緒に行きませんか!?」


◯◯◯からチケットを受け取り、直ぐにセツナをデートへ誘うクルス君。時間がたつと臆病になるので、速攻勝負だ。

参加者達は若い2人の突然のロマンスシーンに固唾を飲んで見守っている。


「やだ!それ余ったらお父さんと行くつもりだったのに!」


「ぐふっ!!」


即座にカウンターを食らってその場に撃沈するクルス君。


(うわぁ……)


さすがのマスターも同情するレベルで彼の生気が無くなって行った。


ざわざわざわ……。


あんまりな振られっぷりに店内がざわつき始めた。

このままではパーティーが台無しなのでマスターがすかさずフォローに出る。


「セツナ、もう9歳なんだからお姉さんらしさを身に付けような。旅行なら後で企画する。だからーー」


「だからってクルス君とデートしろって言うの?」


「いや、それは認めない。可愛い娘を渡すわけがない。」


「そうだよね!お父さんも私と一緒が良いよね!?」


「…………」


一瞬流れが変わるかと期待したクルス君は固まり、身体から色が抜け始めた。


結局チケットはハルカの希望で彼女の手に渡った。カナタ君との再接近の確認に使うとかなんとか。

その代わりに魔族領ラビの特産品をたんまりプレゼントすることになった。


…………



「あなた、結局クルス君にフォローしてなかったじゃない。可愛そうに。」



誕生日会は無事に終わって色々済ませて夫婦の寝室。

セツナがマスター、クオンが妻にくっつきながら寛いでいる。

その中で思い出したかのように指摘してくる◯◯◯。


「良いこと言うつもりがバッサリ行ってしまったよ。これはあれだね、父親のサガだね。」


「それで旅行いつにする!?」


「「…………」」


クルスのことを歯牙にも掛けないでキラキラした顔で期待するセツナ。クルス君、哀れである。


(娘をやるつもりは全くないが、失恋にもある程度納得が要るよなぁ。でないと何十年も拗らせて魔王だなんだと……彼の場合本当に王族だしなぁ。一応弟子も家族扱いな訳だし、ここは元気付けに……)


このままでは世界最強の悪王として君臨しかねないと危惧するマスター。後で本当にフォローを入れないと不味いかもと考える。


「恐れながら発言の許可を。」

「珍しいわね。なにかしら?」


監視役のカナが悩ましげなマスターを見かねて発言の許可を求める。思考中の旦那に変わって妻が応対する。


「どうやら旦那様は家全体のバランスを危惧しておられる様子。なので大規模な慰安旅行を企画して、その下見旅行に赴かれてはいかがでしょうか。」


「え?あ、うん。そうだね……?」

「……良い案だわ?」


まさかの旅行企画への進言で夫婦は困惑している。

ペコリとお辞儀してもとの立ち位置へ戻るカナは、二重の意味で満足げだ。


すなわち、愛する家族に楽しい話を続けてもらうことと……慰安旅行なら自分達も存分に楽しめるということ。


「そうだな、忘年会・新年会を兼ねて年末年始は慰安旅行を企画しよう。今からだと予約が難しそうだしトウカに相談して……オレはホスト側になるから視察旅行も行く。」


「やったぁ!お父さん大好き!」

「家族旅行……良いわね!」

「ママとお出かけ……えへへ。」


景色に料理にお風呂。色んな楽しみを家族で触れる期待にあふれて、笑顔になる寝室。


(これなら皆が癒しの時間と刺激的な夜を過ごせるカナ!)


提案したカナも心のなかでガッツポーズだ。


「明日からも忙しくなる。ゆっくり身体を休めよう。」


「「「はい、おやすみなさい。」」」


「うん、おやすみなさい。」


全員寄り添って眠りにつく4人。実は夫婦はこっそり時間を止めて楽しんでからの就寝だ。

娘達も実は薄々感付いているが、夫婦に必要なオトナの秘密なので変に言及したりはしない。クオンもセツナからそう教わったので姉に倣っている。

セツナはよく覗きに行ったりもするが、今夜はそれよりも旅行に思いを馳せて幸せな夢に落ちた。



…………



「景色と食事と温泉と…ガイドにコンパニオンも?」


「10日間48人の予約と、更に忘年会・新年会の日には追加で500人?」


「今回は慰安だからね。存分にもてなしたい。急ぎの案件だから予算は多めに見積もってくれて構わないよ。それと視察旅行もしたいから、4人で2泊から4泊くらいでお願いしたい。」


11月24日。コンドウ邸でトウカに相談したマスター。

スイカがカタカタと物件の検索に入り、トウカはその候補を見ながら暗算で予算とスケジュールの概算をしている。


「条件に合う物件は……ここらですね。」

「これ、簡単に億行くわ。必要経費も多いですし。」

「それにスケジュール的に梯子しないと飽きが出そうです。」


スイカが提示したのは海の側の大型ホテルと山の中の老舗旅館、そして中規模の温泉街の貸し切りプランだった。

必要経費とはこの場合、ごり押し代である。当然元の予約者の感情や信用を失うホテル側の心証などの代償も大きいだろう。


「ふんふん、ならその3ヶ所とも押さえて欲しい。順番は視察してから決めるよ。ごり押し代もちゃんと払うから、ホテル側にも予約客にも手厚い補償を頼むよ。」


「かしこまりました。それでは暫し失礼します。トウカ様、後は任せます。」


「言われるまでもないわ。任せなさい。そっちもよろしくね。」


マスターの依頼をこなすべくスイカは退室する。

自身の主人に任せたのは、その旅行への自分達の参加権である。


「さて、マスター?魔王邸の慰安旅行にしては48人は多いわよね?」


トウカは彼に向き直って探るように切り出す。

◯◯◯◯家の4人に特級メイドのカナとシーズ。孤児院はクマリと従業員12名。医務室の3名と、ひっそり雇っていた2級メイドが6名。ここまで30名だ。

数名の子供もいるだろうし、弟子達も参加するかもしれない。

それでも定員は割れている。


「キリコ達も声かけるしな。トウカとスイカもスケジュールが合うなら娘達と一緒にーー」


「当然、空いてますわ。」


「それは良かった。それと孤児院の従業員の代役を見繕ってくれ。全員居なくなったら子供達が困るからね。」


「ええ、最初からそのつもりです。」


年長者がある程度纏められるとは言え、ビシッと締めるには大人の存在が必要である。

元々トウカの会社からの出向なので、報告書は読んでいるしその辺は心得ている。

ちなみに子供達も、忘年会と新年会には呼ぶ予定である。

なら全工程参加させろと思うかもしれないが、あくまで運営側の慰安旅行なのだ。それに300人を越える彼らをトラブル無く楽しませるのは宴会2回でも結構なコトである。


「助かるよ。それで、そちらは何か問題はないかい?」


「今のところは……ですが政府のお抱え企業で、きな臭い動きが幾つか。念のため、あの時の傭兵業者に打診していますわ。」


あの時の、とは2004年の世直しツアーである。

その後傭兵達は秘密保持と雇用促進のためにこの屋敷を始めとした各所で働いてもらっていた。

が、あれから10年以上経過し世代も変わる。なので新規に雇い入れる事にしたらしい。


「それが良いだろうね。下手にオレのチカラを渡すと、万一の時に色々バレかねない。でも、気をつけてね。」


「はい、マスターも。人間は何するか解らないから。」


その後良い雰囲気になりかけたところで、スイカが予約完了のお知らせと共に戻る。マスターは自身の忙しさを思い出して、そそくさと帰っていった。



…………



「遠路はるばる、ネクストホテルへようこそお越し下さいました。」


2015年12月。海を望める崖っぷちに建造された豪華な10階立てのホテル。その正面入口から中へ入ると、渋いおじさんと仲居さんが頭を下げて出迎える。


「予約していたマスターです。問題ないよね?」


「はい、話はお聞きしております。どうぞこちらへ。」


「お荷物、失礼します。」


「ありがとう。これ少ないけど取っておいて。」


「「ふわぁぁぁ……」」


渋いおじさんは全て解っていますと丁寧な態度で示し、妻は荷物を運ぼうとする仲居さんに少なくはないチップを渡す。

娘2人は魔王邸とはまた違った高級ホテルのロビーでのやり取りに、謎の感動を覚えていた。


「本日は視察とのことで、まずはお部屋へご案内した後に当館のご案内をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。」


「ええ、お願いします。ただティータイムと……子供達が退屈しないように願いたい。」


「かしこまりました。」


渋いおじさんは無線やハンドシグナルでてきぱきと指示を出して案内を続ける。


「わ、わああああ!海だよ、こんなに近いよ!」

「キラキラしてキレイ!」


最上階のスウィートで大はしゃぎするセツナとクオン。

紅茶とチョコレートが来ると、今度はそちらにテンションが上がっている。


「あ、お姉ちゃんズルい!それ私の!」

「あれ?そうだった?えへ、美味しくてつい。」


チョコの取り合いを夫婦は微笑ましく眺めながらぴっとりくっついている。

そんな幸せな時間を過ごしていると、内線でコールが掛かってきた。マスターが応対するとぜひ挨拶したい者がいるとのコト。


「失礼します。マスター、家族水入らずに悪いな。」

「失礼しまーす。ご無沙汰してます。」


「なんだ君達か。こんなところで遊んでて良いのかい?」


入ってきたのはコンドウ・ハロウとヘミュケットである。

本社社長と社長夫人がなんでか観光地に顔を出していた。


「ご挨拶だな。それを言ったらマスターだって……いや喧嘩しにきた訳じゃない。にらまないでくれよ。」


「私らはちょっとこの辺の伝承を耳にしたのよ。仕事の合間を縫ってその調査にきたってワケ。」


ハロウは社長の椅子に座れたようだが、まだオカルト検証の旅行癖は治ってないらしい。


「君ら似た者夫婦になったんだから、もうどうでもよくない?」


「こういう噂から本命にたどり着いたりもするのよ!ミキモトの研究成果が世界に散らばった今、何処からどう繋がるかも解らないわ!そこでこの地に伝わる恐ろしい怪物と生け贄のーー」


「私達、家族旅行中なのでそう言うのは日を改めて頂けません?」


ヘミュケットが力説しだしてさすがの◯◯◯も表情が硬くなる。


「あぁ、悪い悪い。俺達はもう行くから当館自慢の水族館でも楽しんでくれ。イルカのショーもあるからよ。」


存在の危険を感じたハロウはヘミュケットの背中を押しながらそそくさと出ていこうとする。


「何よ、岬の洞窟を"視て"もらうんじゃなかったの!?」


わーわー良いながら彼女は押し出されていった。

騒がしい2人が出ていき、ようやく平和が戻ってくる。


「全く……しかし水族館は良いな。ペンギンとかもいるのか?」


「イルカが居るならそうかも。2人は何が見たい?……えっ?」


娘達に水族館の話題を振って空気を修正しようとしたマスター夫婦だったが、そこに娘達は居なかった。



…………



「さあ!心踊る冒険に出発よ!」


「お姉ちゃん良いの?勝手に行動したら怒られるよ?」


ホテルの廊下を飛び回る姉妹。セツナは妹の手を引きながら意気揚々と突き進んでいるが、クオンはジト目で姉の頼もしい背中を見つめている。


「きっと大丈夫!お父さん達は2人きりになれるし、私は1番弟子としてテガラをたてて誉めてもらうの!良い考えじゃない!?」


「そうなのかなぁ。私は弟子じゃないんだけど……それでこれからどうするの?」


「まずは情報収集よ!色んな人に聞いてまわるの!」


大好きな父親の真似をして、張り切るセツナ。

こうなると手がつけられずタメ息をつきかけるクオンだが、姉と自分にうっすらとチカラの線が延びているのが見えた。


(これも経験ってこと?どうせなら水族館とやらの方が良かったなぁ。)


両親からの命綱を確認した彼女はやっぱりタメ息をついて、姉に引っ張られるのだった。



「この辺のお化けの伝説って知りませんか?」


遭遇したホテルマンに唐突に質問するセツナ。


「お、お化け?七不思議なら飾ってある絵の人物が夜に抜け出すとかーー」


彼は銀髪の女の子2人が飛んで来たことに動揺しつつも、律儀に答えるのはプロ根性か。しかし普通はホテルの悪評をバラしたりはしないはずなのでやはり動揺していたのだろう。


「ありがとー!」

「お姉ちゃん待ってー!」


「……オレ、ロリコンのケは無いはずなのに。」


不思議な姉妹との出会いで扉を開きかけるホテルマン。

彼は直ぐに見えなくなった姉妹の後ろ姿の方を30秒程見つめて仕事に戻った。


「抜け出す人の絵ってこれだよね?すみません、この人は夜にドコに行くんですか?」


「あらまぁ、めんこい子達だコト!飴いるかい?」

「ウチの息子夫婦もこんな可愛い孫を見せてくれんかねぇ。」


スタッフ休憩所の側に海辺で過ごす男女の様子が描かれた絵画が飾られており、一仕事終えた掃除のおばちゃん達と遭遇。さっそくセツナは声を掛けてみる。


「飴!?ありがとー!うん、甘くて美味しいよ!」

「お姉ちゃん、それよりも……」


知らない人からモノを貰ってはいけないと教えられてるが、本人の前で突っ込むのは角が立つ。なので絵を指差して軌道修正をはかるクオン。


「そうだった!この絵の人ってドコに行くの?」


「エノヒト?何の話だい?」

「ほれ、きっとアレだよ。」

「年取るとアレとかソレばっかりでいけないよ。」


話が進まないが、おばちゃんには心当たりがある様子。


「あの若い2人が苦し紛れに流したウワサさね。」

「あぁあぁ、プールで逢い引きがバレた2人ね!」


どうやらずぶ濡れの男女が目撃されて、本人が七不思議と言い張ったようだ。


「プールだね!ありがとー!」

「お姉ちゃん、なんだか関係無さそうだよ!?」


手掛かり?を得てまたしても飛んでいく2人。

というか窓を開けて外に見えるプールめがけて飛び出していた。


「うわ!?なんだ!?」


バシャーンと水しぶきをあげて銀髪姉妹が現れ、施設の清掃員が焦っている。


「あはは!やっぱりお外はお外で刺激的で楽しいね!」

「うう、2歳児には刺激が強すぎだよぉ。」


キャッキャと喜ぶセツナとクラクラしているクオン。セツナ式次元バリアで物理ダメージこそないが、あまり外で遊ばないクオンは精神ダメージを受けた。

セツナは修行で次元バリアも教わっている。とはいえ最初から成長させている段階なので父親ほど強力なモノではない。その代わり消費もお子様サイズなので、彼女でもソコソコ気軽に扱える。

セツナの精神容量は能力者平均よりも相当高い。悪魔化する前の父親が10だとすれば50はある計算だ。

次女のクオンは父親が悪魔化後のせいか、ポテンシャルは高く100を超えている。ただ使い方を習ったわけでもなく、家族の事で少々心がこじれている状態なので現段階ではセツナを大きく下回っている。


「ごめんね?ほら立って。ここを整えて……うん、かわいいかわいい。」

「も、もう。気をつけてよね!」


クオンの身だしなみを整えて頭を撫でる姉。自分がされたら嬉しい事を実践し、妹の機嫌を直す。


「君たち無事なのか!?一体何を?危ない真似はしちゃだめだよ!!」


「はい、大丈夫です!それよりここら辺で7つの不思議な合い挽き肉が手に入ると聞いたのですが!」


「お姉ちゃん!?」


「ブフッ!おっと失礼。お嬢さん達はハンバーグが食べたいのかな?だったら食堂かルームサービスで注文すればほっぺがとろけるような伝説のハンバーグが食べられるよ。うちのホテルのシェフはそれはもう優秀な……」


「食堂だね!ありがとう、お兄さん!」

「たぶん違うと思うんだけどなぁ……ひゃあ!」


男女の逢引を合い挽き肉と勘違いしたセツナは、妹の手をとって飛び出していった。

彼女の頭の中では仕事で知っている単語でロックオンされてしまっているのだろう。


「すみませーん!伝説の合い挽き肉を2つください!」


「うん?ハンバーグのことかな?2人前でいいの?」


ワザワザキッチン前まで乗り込んで銀髪少女が注文をする。シェフは可愛いお客さんたちがキッチンに入らないように立ちふさがりながら確認した。


「お姉ちゃん、そっちじゃなくてきっと男と女の方のだよ?」


「そっか!じゃあ伝説の男女の合い挽き肉ください!」


「そんな猟奇的なモノは扱ってないよ!?」


「そうなんだ?うちの店ではモガッ!」

「それ以上言っちゃだめ!!」


危なっかしい姉の言動を必死にフォローするクオン。なまじ知性の発達が早い分、苦労をしょいこんでいる。


「モガモガ!」


「あ、姉が何か勘違いして申し訳ありません!この辺りの伝承に興味を持ちまして、探検したい子供心を刺激されまして!」


「こいつは驚いた。その年でよくそんなに喋れるな?」


口を塞がれたセツナにかわってクオンが説明すると、シェフは興味を持ったようだ。


「当ホテルではお客様の心を煩わせるような発言は控えるように言われてます。しかし……黙っているとむしろお嬢さん達の心が晴れなさそうだ。」


丁寧な営業用の口調で話し始めたシェフは若い頃を思い出しながら、いたずらっ子の心と表情を取り戻す。


「ホテルが管理している秘湯が在ってね。」

「人売り?」

「ハハハ、こわいよ。秘密のお湯と書いて秘湯。温泉だ。」

「うんうん!」

「実はそこにーー」


単語の誤認や勘違いをするセツナを正しながら、次の手掛かりを伝えるシェフ。料理は大丈夫なのか不安になるクオンだが、どうやら仲間達がキチンと進行させてるのが奥から感じ取れる。


「分かった!ありがとー!」

「忙しいところ、ありがとうございます。」


「足元に気を付けるんだよ。暗くなる前に帰って来ないと、美味しい夕食が食べられなくなるからね。」


「「はーい!」」


彼なりの注意を受け見送られる銀髪姉妹。セツナはここからが本番とばかりに目を輝かせていた。


「さあ、ここが秘湯ってところね!?」

「いえ、きっとその源泉を送る機械だと思うよ。」


2人がたどり着いたのはホテルの敷地から若干離れた、海とは反対側の森の中。温泉の源泉を管理する施設がそこに在った。

その施設からホテルの浴場まで温泉を引いているのだが途中で枝分かれしていて、それが秘湯と呼ばれる露天風呂へ続いている。ホテルと違ってそちらは簡素な作りで秘湯感が出ているが、彼女達からは見える位置ではない。


「えっと、たしかこの辺に……あった、アレがイレーヒだよね!?」


「うん、なんか難しい言葉がかいてあるよ。」


「うーん、読めないや。どうしよう。」


「……この海辺には怪物が出るから、女の人を生け贄にしたんだって。」


クオンは慰霊碑に手をかざして黒いモヤでそこに込められた思念を探る。


「クーちゃん読めるの!?凄い!天才!?お父さんみたい!」


「よ、読み取るだけなら。パパみたいにはできないわ、」


顔を赤くして照れながらボソボソ言うクオン。


「それでそれで、詳しくはなんて!?」


「えと、怪物ってのは海での事故が多いからそう言われてて……女の人は……行くのは少し面倒な洞窟に連れていかれたみたい。」


「なんでそうなるのかサッパリ解らないわよね。夏の前くらいにお父さん達が似たような話をしていたけど。」


邪神に通づる謎の生け贄システムは、声の大きい当事者以外は理解に苦しむモノである。


「その洞窟があの2人が言ってたものだとして……お姉ちゃんそろそろ戻らない?」


「えー、ここまで来て!?私のバリアもあるし、見に行こうよ!クーちゃんが居ればなにか見つけるのも楽だし!」


ようやく具体的な手掛かりを前にして引く気はないセツナ。


「しょうがないなぁ。」


何より姉妹での冒険に対する強い憧れを読み取ったクオンは、感化されてドキドキしながら同意する。


「やった!お父さん達をビックリさせるようなお宝を見つけようね!」


いつの間にか宝さがしっぽくなっているが、それこそ楽しければなんでも良いのである。


「もう諦めて自首するんだ!」

「捕まるわけには行かないの!」


「「せーの!!やあっ!あははははははっ!」」


崖の上で2時間ドラマごっこをしながら飛び降りる2人。


「あ、カニがいるよ!」

「こっちはヤドカリがいた!」


ゆっくりと海辺の岩場に降りた2人はさっそく周囲を散策してみる。


「お姉ちゃん、こっちに何かあるよ!影になってるトコ。」


「本当だ!クーちゃんやったね!」


ワクワクする発見にパチンとハイタッチする姉妹。


「ここからはこれ!ドレスセット、まおー!」


ブローチのスイッチを押してシャキン!と父親とお揃いの黒装束へ変身するセツナ。もちろん子供用のサイズだ。


「好きだよねぇ、その衣装。まぁ、似合ってるけど。」

「クーちゃんも今度おねだりしようよ!さ、行こう!」


手を繋いでふわふわ浮きながら、チカラを前方に撃って照明にして横幅3m程の洞窟を進んでいく。歩かないのは横幅はそこそこあるが足場はよろしくなく、険しい鍾乳洞のためだ。ガスのチェックなど頭になかったが、幸い正常な空気だったので事なきを得ている。


「なんだか寒くなってきたね。」

「もっとくっつこう!バリアも張るよ!」


2人は空中でぴっとりくっつきながら淡く発光する。

これなら照明も要らないね!とセツナはご機嫌だ。


(私は見えるんだけど……これでいいよね。)


父親の影響でクオンは暗闇でもモノが見えるようだ。

しかし姉と一緒のこの時間は悪い気はしないので、ぎゅっと抱きしめることで返答する。セツナも妹に甘えられてさらにご機嫌である。


「ふんふ~ん……あ!なにか見えてきたよ!」


「お姉ちゃん止まって!なにか居るわ!」


洞窟の最奥と思われる位置に、この場に似つかわしくない祭壇めいた人工物が姿を現す。

そこは急に開けた場所ななっているが、そのほとんどは水没しており祭壇が余計に目立つ形になっている。


そしてその祭壇にはどろどろしたオーラがうごめいていて、一部は上方へ上っては天井に当たって降りてきている。

その中央にはボロボロの……元々は白であったはずの死に装束をまとったホラー級に髪の長いホラーな何かが顔を見せた。


「まぁまぁ、やっと子供を授かれたのね……」


「「!?」」


予想外の言葉に頭が混乱する姉妹。

現れた女は腐食したボロボロの腕を2人に向けながら、ゆっくりと近づいてくる。


「お、お化けだよお姉ちゃん!?」

「うわー、お店の人達より格段に気持ち悪いわ!?」


セツナはしがみついてくるクオンをしっかり抱きながら、視線は逸らさない。何故ならーー。


(お父さんは相手をよく見て対策しろって言ってた!)


普段水星屋であらゆる化け物達に接客し、なんならゾンビ街で父親と爆走した経験のあるセツナ。

さりとて油断はせずに相手をじっくり観察していた。


彼女は長い年月を経て怨霊になっている。

しかし速度は大したこと無く、良く見るとチカラのロープのようなものが地面から彼女の身体を捕らえている。


(ジバク霊ってやつかな?ならミレンを絶てば……?)


「うふふ、もう少しよ。コウノトリさんがやっと!やっと私の子供が……」


「なに言ってるの!?」

「私達はお父さんとお母さんの子供よ!?」


勝手に知らない女の子供にされてはたまらない。叫ぶ2人に怨霊は恐ろしい形相(本人は笑顔のつもり)で語りかける。


「さあ、こっちへ……ギン、キヌ。」


ぶわっ!!


「「うわっ!!」」


女が勝手に名前を付けた瞬間、謎のチカラの引力が働いて姉妹は引きずり込まれそうになるのを必死に堪える。


「勝手に名前をつけないで!私はーー!?」


キチンと名乗ろうとしたとき、異変が起きる。


「あら、新しい生け贄……ではなくて授かった子供?」

「あなただけズルいわ。私にも、いえ私の子にするわ!」

「勝手言わないで。私が先よ!」


過去の生け贄であほう女達が水辺からわらわらと這い出してきて、ジリジリとセツナ達に這い寄ってくる。それぞれがオーラに包まれていて、完全にホラーな光景となる。


「さあキヨ、おいで……」

「おハネ、こっちよ。」


ぶわわわわ!!


それぞれが勝手に名付ける度に、姉妹を引き込むチカラが強くなる。


「私のバリアが効いてない!?」

「だったら私のでどう!?」


クオンが怨霊達に意識を向けて黒いチカラを放つ。しかしそれは相手には届かず、黒い壁となってセツナの次元バリアを補完する。クオンは読み取りは出来るが伝えるのが苦手。自身のチカラの欠点を利用してのバリア強化だった。


「わ、楽になった!クーちゃんありがとう!姉妹バリアはムテキだね!!」


「くうう、反抗期!?」

「せっかく授かったのに!」


「お姉ちゃん、あの人達勘違いしてるよ。」

「そうだね、間違いは正さなきゃ!」


余裕が出来て悔しがる女達を読み取ったクオン。セツナも観察した結果、同じ結論に達して頷いた。


「みんな!子供がほしかったらまずカレシを作ろうよ!」


「「「!?」」」


「男の人と大人のヒミツをしないと子供は出来ないわよ!」


「「「何それ!?」」」


叫ぶセツナに怨霊達は激しく動揺して動きを止めた。

生け贄に選ばれた者達はろくな性知識もないような娘達だった。悲観にくれながら死んでいったが、子供を授かって幸せになりたいという未練で成仏できずにいたらしい。


ズゴゴゴゴ……!


その時水底から巨大な半魚人がゆっくりと姿を表したが……。


「あんたは邪魔!これからキョーイクするんだから!」


シュパン!


ヨクミみたいな台詞とともに放たれた白い光線で貫いて黙らせる。


「これ、生け贄を捧げた相手かな?実在したんだ……それにしても変なの。水着きてるなんて。」


クオンはビキニ姿の半魚人を読み取ろうとして、やめた。

きっと後から来るであろうNTの社長が何とかするだろう。


「良い!?大人のヒミツって言うのはーー」


セツナは力説してて気づいていないが、怨霊達を縛るチカラは消えていた。それでも彼女達の負のオーラは消えていないが、興味深々で9歳児の性教育を受けている。


「そ、そんな……アレをここに!?」

「でも私達は死んでるし、恋人はもう無理なんじゃ?」

「先生、どうすれば!?」


怨霊達は衝撃的な知識と絶望的な状況にオーラが強まってしまっている。先生と呼ばれたセツナは機嫌が良くなり、ついつい風呂敷を広げたくなった。


「大丈夫!そんな時こそ何でも屋に頼むの!その名の通り、どんな仕事でもこなす凄い会社よ!」


「「「おおおお~!」」」


感心と期待の目で見つめられて調子に乗り出したセツナは続ける。


「報酬は高いけど、私なら紹介出来るわ!」


「「「是非お願いします!!」」」


身を乗り出してせがむ彼女達。元は美人も居たのだろうが、今は全員ボロボロのホラーなのでちょっとこわい。とにかくお父さんから貰った電話で連絡をとってみる。


「あ、お父さん?2人きりのところごめんね?うん、お仕事の依頼を貰ったよ!うん。えへへ。じゃあ帰るから。うん、私も!」


話しは纏まって電話を切るセツナは、クオンと手を繋ぎ直した。


「じゃあ担当者が来ますので、私達はこれで帰ります!」

「きっと成仏できるよ。元気でね!」


「「「ありがとう、さようなら~!」」」


お互いに手を振りながら別れ、ここに姉妹の小さな冒険は幕を閉じた。

夕食時にはあれこれ誇張された冒険談を両親に報告して、誉めちぎられた姉妹は満足だった。



…………



「ヤオビクニも絡む伝承だと思ったら……」

「ヤなビキニだったとは……」


半魚人の死体を見ながらNT社長夫妻はガックリしていた。


『もしもし、どうした?』

「トキタさん、仕事を振りたいんだけと。」

『珍しいな?どんなだ?』

「いろんな時代の生娘達を懐妊させるやつ。」

『……そう言うのはおまえの仕事だろ?』

「悪魔系のチカラじゃダメっぽいので。」

『そう言うことなら任せろ!』

「ではよろしくお願いします。……これでよし。」


仕事の段取りを終えて実務は同僚に任せたマスター。ケーイチは既に洞窟に送られている。


「悪い人ね。あの子達相手に興奮する自信がなかったんでしょ?」


「君との夜の方が大事だったたけだよ。」


スウィートでいちゃつき始める夫婦の横で、疲れきった子供達がぐっすり寝ている。


「私も、子供達も幸せよ。いつもありがとう、あなた。」


「オレも毎日幸せだ。愛してるよ。」


互いの唇からウルオし、情熱の花を咲かせる。

中々終わらない夜は更け続けていった。



…………

続く。


お読み頂きありがとうございます。


時間軸的にはハルカやトモミと被りますが、視点の違うお話でした。

続きは深夜0時にお届け予定です。

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