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116 トモにミライをオクリたい

トモミ編の後編になります。

誤字脱字や表記抜け・矛盾等が在りましたらすみません。



「は~い、もう大丈夫ですよ~。お会計はあちらで……お大事にー!はい、次の方どうぞ!」



2016年1月4日。イタリアのアンコーナにある私の相談所。

今日もお客さんがひっきりなしに訪れる。お正月明けで悩みを抱えた人が多いみたい。

大晦日のチェノーネから始まり爆竹が響いて、ナポリでもないのに家具が窓から飛んでくる。

ちょっと今回はみんな羽目をはずしていたみたいね。夫婦や親子喧嘩にまで発展した方や、職場やご近所さんと気まずくなった人が多いみたい。

お陰で年が明けて数日経った今日、ウチは大盛況だ。


「先生、彼女と喧嘩しちまって……いつもと違って全然許してくれないんだ。」


「はい、大丈夫ですよ。まずは目を閉じて深呼吸してください。落ち着いてその時の状況を思い浮かべて……」


私はお客さんの心を探って原因とその影響のストレスをほぐしていく。


(うん?気のせいかな。このストレスパターンはさっきと似てる?)


同じ人間の心とは言え、原因が違うのに似るというのは……。

まあほぐし方が同じなら楽で良いんですけどね。


「なんだか気持ちが楽になったよ。」


「後はこの飴を口にして彼女さんにキスすれば仲直り出来ますよ。」


「本当かい!?ありがとう!!」


私のチカラを封じた飴で、彼女さんの心もほぐしてしまう算段なのです。


「いえいえ。それではお会計はこちらでーす。」


この日は営業時間を2時間過ぎてようやく落ち着いた。

仕事後の心地よい倦怠感と共にアフターファイブを過ごしたわ。


4日後。


おかしい。明らかに何かがおかしい。

店は大繁盛だけど、街の人々が何故か殺気だっている。

いや中には悲観して泣き出す人や謎の言語でよくない感情を振り撒いてる者もいた。

普段は明るい街なのに……ニュースを見ても事件事故が多発している。マフィアだのギャングだのも抗争に勤しんでいるようだ。

どうやらアンコーナだけでなく、国中で治安が悪くなっているっぽい。


「このレベルの異変……まさかね?」


私の脳内には2人の魔王の関与が浮かぶが、すぐにかき消す。

だってケーイチさんならこんな回りくどいやり方はしないしできないし、◯◯ちゃんなら私を巻き込んだりはしないハズ。って、ちょっとうぬぼれちゃった。


更に次の日。


私の目の前には数人の男が倒れている。買い出しに出たら襲われたのだ。もちろんそんなのは一捻りだけど、これで本日5度目ともなれば異常だと気づくわ。


「これは躊躇してる場合じゃないわ!さっさと◯◯ちゃんに連絡しなきゃ!」


私は緊急用の携帯を取り出すと、現代の魔王に助けを求めた。



…………



「街どころか国中の異変か。警察も暴徒も死傷者多数……」


「◯◯ちゃんのところじゃないわよね?」



魔王邸に避難させてもらった私は知りうる限りを彼に伝えた。

念のためハーン総合業務の仕業ではないことも確認する。


「違うね。分かった、調べてみよう。でもこの規模だと多分ーー」


「お仕事として受ける形になるわよ?それでも良い?」


急ににゅっと生えてきた金髪美人が私に確認してくる。


「出やがりましたね、社長。人の足元見るために不法侵入するとか、さすがは異界の領主だけはあります。」


◯◯ちゃんが珍しく悪態をつくけど、その言葉の中には私への紹介が含まれていた。つまり彼女が大魔王ね!


「人聞き悪い紹介しないでくれる!?ほらこの子、私が大魔王とか思ってそうな顔してるわよ!?」


「合ってるじゃないですか。」


「そ、それに今日は元々私の姫始めを……そもそもどうして私が最後なのよ!!副官は2日だったのに!」


「お預け中の彼女の前で自虐風自慢ですか。性格悪いですよ。」


「きいいい!」


大魔王すら頂いちゃった上で手のひらで転がす◯◯ちゃんはどれだけ女タラシ……等と考えてたけど、これはただの茶番ね。

本気だったら口喧嘩ですまなそう。それくらい得体の知れない雰囲気を持った金髪さんだわ。でも良いなあ、姫始め……。


「秘め事を控えているなら手早く済ませましょう。お仕事として依頼すれば彼に調べて貰えるんですよね?」


「ええ、今回は国中の事件だから政府にタカるつもりだけどね。こんなに早く貴女の方から連絡が来るとは思ってなかったから。」


「分かりました、お願いします!」


「なんか裏がありそうなんだよなぁ。依頼は待った方がいいんじゃ?」


「こらそこ、営業妨害しない!」


訝しむ◯◯ちゃんを叱りつける金髪さん。何かありそうだけど私としては平和な生活がかかってるんで!


「良いのよ。今も街の人達が被害に遭ってるんだもん。早く解決してほしいし。」


「はい、契約成立ね。マスター、仕事の前に私が元気づけてあげるわ。」


「では行ってきます。トモミは妻と行動してくれ。何かあったら彼女に伝わるから。社長は家に帰って報告を待ってて下さいね。」


「え、ちょっと!?私の姫始め……あぁもう!なんでいつも私を避けるのよ!?」


多分自業自得なんだろうなぁ。

ともかく私は彼の奥さんを探しに客間を後にした。金髪社長は頭抱えてへたり込んでいた。



「いらっしゃい、トモミさん。明けましておめでとう。」


「おめでとうございます。今年こそは勝ちますからね!」


「あら勇ましいわね。」


奥さんはホテルのテラスにいた。見えるのは異次元宇宙だけど綺麗なのは間違いない。そしてそれは彼女自身も。


私が現れたと同時にシオンさんが紅茶を差し出してくる。相変わらず謎のタイミングの良さね。


「それで今日は審判がいないけど、どうします?」


「ちょうど良いから、私達のお話でもいかが?」


「ふふっ、良いわよ。それでどんな事を聞きたいの?」


こちらの考えを見透かすように微笑みながら促す奥さん。

ま、負けないんだから!


「貴女の正体は何?本当に人間なの?」


「く、くふっ!なにそれ!?笑わせないでよ。せっかくのお茶が溢れたじゃない。」


お茶は溢れたがそれは着水すること無く処理されている。

それはともかく……。


「真面目な話よ!」


私は真剣に彼女の事を疑っていた。あの◯◯ちゃんと結婚して家庭を築いて、夫婦喧嘩のひとつもしないで滅茶苦茶幸せを謳歌している彼女。更に別の女との関係にも、とても寛容だ。

この世にそんな女性がいるとは思えず、神か悪魔の申し子なのではないか?

でなければ◯◯ちゃんが生み出した妄想の産物なのではないか。

◯◯ちゃんの妻の割には屋台の方は手伝わないし、古巣の悪魔屋敷……今は城だけど、そっちの方にも顔を見せないみたいじゃない?もしかしたら!って思っても無理はないと思うの!


「あははははっ、さすがは旦那が惚れただけの事はあって面白いわね。幹と枝のすげ替えが終わったら、良い待遇にしてあげるわよ。あ~お腹痛い!」


大笑いする彼女の反応を見て、やらかしたかな?と自信がなくなってくる。


「トモミさんには言ってなかったけど、孤児だった私の出生を旦那がこっそり調べてくれてね。だからどうと言うことはないのだけど、少なくともニンゲンよ?」


「で、でもそれすら◯◯ちゃんの……」


「私からしたら貴女だって旦那をチカラで誑かしてるんじゃないかって思えてしまうけど?」


「うっ、ごめんなさい。悪魔の証明だったわ。」


しまったぁ、根本を疑うと私も同様に言い訳できないからなぁ。

ここは素直に謝って言葉をえらんで……。


「貴女の気持ちは分かるわよ?でも私は周囲の評価で彼を選んだ訳じゃない。私が私の意思で彼しかいないと思ったの。だから余命わずか・かつ絶望のまま人生を終えようとした彼を、自らの身体を使ってでも引き留めた。」


私が何か言う前に彼女は畳み掛けてくる。


「家庭と言うものを知らなかった私は、悪魔屋敷でその一端を得て焦がれていた。そこに私を命がけで守ってくれるくらい素敵な男性が現れたの。結婚してお互いに幸せな家庭を求めて試行錯誤して……一事は散々な時期もあったけど、なんとか乗り越えて今があるわ。」


珍しい彼女の独白に耳を傾けるしかない私。何か言いたくてもそれは許されない雰囲気だった。


「私が彼に都合の良い女に見えたなら、それは褒め言葉ね。私は旦那に失望されないように自分を高め、リスクを避けて生活しているの。◯◯◯さんの心の機微の理解に努め共感し、彼の求める言動を理解してそれに倣う。旦那の職場には余程でない限り立ち入らないし、不特定多数の下世話な視線・話題の中には入らない。私はそうして彼に宇宙一の良い女として認められているわ。」


私の指摘を次々と否定していく奥さん。これは地雷の上で16連射してしまったかな……。


「幸せな夫婦・家庭の生活のためなら良き縁をないがしろにせず、他の女性だって取り込む。それは普通の家庭ではないのだろうけど、私達が求めたのは極限まで幸せな家庭。それには私達2人だけでは足りなかったのよ。」


言いたいことは分かるわ。私がケーイチさんと夫婦だった時も、サイトのマスターの助けがなければ破綻していたし……そもそも戦闘員や教官として求められてたから普通の夫婦みたいには行かなかった。仕事を考えたら子供も作れなかったし。

やっぱり結婚生活には周囲の手助け、祝福が必要なのよね。


「だから貴女の事も無下にはしない。でも私を根本から否定したら旦那の否定にもなるし、トモミさん自身の夢の否定にもなるわ。」


「ごめん、失言だったわ。今回は最初から私の負けね。」


「素直な人ね。では恒例の、仲直りのバスタイムと行きますか!」


「ええ、宇宙一の裸にあやからせて貰うわ。」


「私も日本一の裸体を参考にさせてもらうわ。」


(この2人、随分仲の良い友達になったなぁ。)


シオンはそんなことを考えながら、監視役をカナと交代した。



…………



「じ~~~。」


「トモミさん、男性みたいな食い入りようですね。」



いつもの露天風呂の脱衣所で奥様のお召し物を脱がしていると、トモミさんがじっくり観察していた。

実際、惚れ惚れする脱衣シーンなのは間違いないカナ!

さて次はトモミさんの服を剥ぎ剥ぎしちゃいましょうね!


「やっぱり全然違うなぁ。私ももう良いトシだし。」


「旦那様相手なら関係ないカナ!さあさあ、こちらへどうぞ!」


身体を気にするトモミさんの背中を押しながら進むと。


「カナさん、貴女もよ。◯◯◯さんは多分回復が必要になるから、清めておいて。」


「承りました!とうっ!」


横回転しながら鮮やかに艶やかに脱衣を決めると、トモミさんは今度は私に注目してダメージを受けていた。


「ぐぬぬ、これでは◯◯ちゃんの期待には答えられないんじゃ……」


彼女は旦那様に日本一と位置付けられているけど、胸やお尻のボリューム以外は私も負けていないカナ。


「カナさんも旦那の特別よ。張り合う必要はないわ。」


「むう……そうは言うけど。」


「気にしない気にしない!早く入りましょ!」


私は3人分のタオルを持って先を促していく。


3人で交代で身体を洗い合う事にして、まずはゲストのトモミさんから洗われていく。


「なんだか変な気分よね、これ。」

「女の子もイケるようになったの?」

「違っ!!」

「この前そうしておきました!」

「アレってそういう!?」


私が怪しい手付きで答えるとビックリなトモミさん。

でもちゃんと理由はあるんですよ?


「正直な話、多少は慣れておいた方がいいわ。複数人で彼とするのも良くあるし。」


「◯◯ちゃんが遠くに感じるなぁ。……ん!」


奥様の説明に目が遠くなる日本一。でも色々と大事なところを念入りに洗われて目のハイライトが戻ってくる。うんうん、良い感じ。

そのまま無言でセメ続けて、スッキリしてもらったところでシャワーでスッキリ洗い流す。


「はぁはぁ……わ、私をどうするつもり!?」


「言ったでしょ、慣れてもらうだけ。それにこのデータは旦那の参考にさせてもらうから、解禁したら数倍になって帰ってくるからね?」


「これの数倍……ゴクリ。」


あらあら、露骨に想像しちゃってるわね。でも次は私達の番ですよ?


「では次は奥様、こちらへどうぞ?」


「お願いするわ。」


軽くお湯で流してからトモミさんと泡で包んでいく。

毎度の事ながらなんて素敵な手触りなのカナ!


「今日も奥様はお綺麗ですね~。」


「これで二人の子持ち20代後半……ありえないわ……」


「愛故よ。私だけじゃなくてお互いのね。」


「毎日ラブラブですものねー。」


「私の結婚生活は生傷だらけだったのに……」


ブツブツ言ってる彼女を下手に慰めたりはしない。

どんな生活だって得るものはあったハズですもの。

私は程よく弾力のある胸を洗っていく。


「あ、奥様結構良い気分カナ?ハリがあって……お乳が出てきましたよ?」


「カナさんったらわざとなクセに。トモミさん、飲みます?」


クスクスと笑いながら奥様は先端をトモミさんに向けた。


「こ、これで私も美肌に……クポッ!」


本当に口をつけようとしたところ、虚空より指が現れてトモミさんの口内に差し込まれた。


「あらあら、旦那からストップが入ったわ。しかも綺麗に舐め回していったわよ?」


見ればミルクが消えてて綺麗な先端が主張している。


「旦那様は独占欲がお強いですから。ほらトモミさんも呆けてないで一緒に洗いましょ。」


「ハッ、今私は何を……とにかく、さっきのお返しです!」


「ふっ……んんっ。少しはやるようですね。」


おやおや、今度は自らセメに回ってます。良い傾向ですよ、うふふ。


「ここもあそこも……いえ、どこに触れても吸い付くような……これは性別の壁が怪しくなる身体ね。」


「悪魔的ですよね。それにとっても敏感で!」


「くぅぅぅ……ふうふう。旦那に喜んでもらいたいから、これくらいは……はぁはぁ。」


奥様は息を切らしながらも宇宙一の嫁アピールを欠かさない。

目がウルンでいてとても艶かしい姿です!


「そんなに改造?してまで◯◯ちゃんと……本当に彼も望んでいるの?」


そこに疑問を持ちますか。奥様、答えちゃダメですよ?


「改造ねぇ?彼とは話し合いの上でムグ!」


「そこまでですよ?あまり晒してしまうと神秘性が目減りするカナ!」


「つまり、まだまだ隠し事があるわけね。」


「トモミさん、夫婦で世間様に秘密を持つのは良くあることですよ?」


「そーよそーよ!」


「正論だけどね。怪しいなあ……」


トモミさんはまだ痙攣している奥様のお肌を弄びながらも、追及はしませんでした。

実際のところ、奥様は常時今の形態ではないのです。

今はお戯れモードに合わせてありますが、旦那様と作られた回路の切り替えによってその効果が変わるのです!

でなければ奥様にご執心なクオン様とお遊び中に痙攣してしまわれますもの。クオン様はある意味旦那様に似て、女性に興味がおありのようです。姉妹揃ってお盛んともなれば◯◯◯◯家も安泰と言うものです。女が多いこの家ではクオン様のような方も必要ですからね?

もちろん、旦那様が簡単にはお付き合いの許可を出さないでしょうけど。


「次はカナさんね!」


ふんふんと鼻息荒くトモミさんが宣言する。割りとあっさり女同士の戯れを受け入れられた……と言うよりあまり自覚は無いようですね。


「盛り上がっているところに恐縮ですが、私にはテホドキは結構です。」


奥様に変わって椅子に座りながらそう宣言する。


「うん。まぁ、そうよね。女同士ってやっぱり変だし。」


「え!?散々私達を弄っておいて!?」


梯子を外されたトモミさんは驚愕している。


「耐性があるならならともかく、ねぇ?」


「はい。おそらく難しいのではと……へ!?」


トモミさんは灯った火が消えないのか、背中から私の身体に手を伸ばす。


「あの、本当に結構ですので……」


「だってお返ししないと私が変態みたいじゃないの!うわ、なにこの手触り感っ。貴女も改造を……あれ!?ひっ、ひえええええええ!?」


「もう充分……っと言う前に始まっちゃったカナ……」


トモミさんは私の樹液とでも言いますか。それが指から染み込んで、私の過去を覗いてしまわれました。そう、トウカ様に救われる前の名前を捨てる前の私を。


「トモミさん、精神防御よ!カナさんは抜いてあげて!私が抑えるからその隙に!」


奥様は精神干渉の黒モヤを放ってトモミさんを落ち着かせる。

その間に私は彼女の指を引き抜いてシャワーで樹液を流しておきました。

やがて精神防御に成功したトモミさんは、蒼白の表情で息を整えます。


「かっ、ひゅうひゅう……はあはあ、はあはあ。な、なんなの今のは!?」


「恥ずかしながら、私の過去です。あの内容でしたので遠回しに拒否させていただいたのですが、止められずに申し訳ありません。」


私の過去は身体を作り直した事で無くなったかのように見えました。ですがそれは違います。事実は消えず、私の魂に深く刻まれています。それが性行為中の体液に沁み出されてしまう様になりました。

ここの家の者ならば旦那様のチカラで防げますが、外部の人間であるトモミさんはもろに受けてしまったわけです。

いかな精神干渉持ちとは言え、隙を突かれればこのような結果になるのですね。


「過去ですって!?ごめんなさい、私が調子に乗ったからだわ。その、なんと言うか……」


「何も仰らなくて結構ですよ。私はトウカ様や旦那様や奥様に救われて、平和に暮らしていますので。」


「…………」


トモミさんは何も言わない代わりに私を抱き締めて下さいました。トウカ様と同じ様に。


私は過去に神を騙る怪しい集団に売られました。ヤギの飾り物やら何やらを被り、どう見ても悪魔側でしたが、どうでも良いです。

私だけでなく同じ境遇の女の子はたくさんいましたが、生き残ったのは私だけです。

来る日も来る日も心身ともに負荷を掛けられ、女の機能を壊されても道具として使われました。

彼らは欲望の捌け口として私達を使うだけでなく、何かの実験をしているようでした。彼らに言わせれば儀式、でしょうか。

全員緑色の怪しいクスリを射たれ、奉仕的な行為を拒んだ者から、嬲り殺しにされました。

私はその悲鳴に恐怖し、文字通り死に物狂いで覚えました。

その頃には触れた相手の心が解るようになってました。


女の子は何処からか補充されては、死んでいきました。

私はそんな日々を何年も続けてそろそろ死んだ方が楽なのではと思い始め、わざと儀式に使われるように振る舞いました。


けどその儀式の始まり頃、NTの雇った部隊が攻め入りまして。

間一髪で救出されたのです。

指揮をしていたのはまだお若いトウカ様でした。


病院を退院して連れてこられたのは豪華なお屋敷でした。

トウカ様は私に友達になってほしいと仰います。


「これは施しではないわ。私はただ、友達に未来を贈りたいの。だからそんな目はもう止めて、これからは楽しく生きていきましょう?」


そう言いながら抱き締めてくださったのです。

そこからは2人とも唯々泣いてました。でもお陰で私の死んだ目は、徐々に光を取り戻したのです。


再び会話が出来るようになった私は尋ねました。


「どうしてトウカ様は部隊を率いて戦っているのですか?」


「これが正しいお金の使い方だと思ってるからよ。」


その答えは意外なものでした。

企業グループの長としての教育を受けるほど、そのあり方に疑問を持った彼女。

トウカ様は溜め込んだお金で高級品を買ったり慈善団体に寄付したりして世の中にアピールするよりも、自ら先頭に立って戦うことを選んでいました。

少しずつ情報網を広げて悪人を打ち倒して、相手の財産や会社を手に入れて更に利益を上げていたのです。


とても10代の女の子がする行動とは思えませんでした。

やがてトウカ様が会長になると、弟様とその彼女、後の旦那様をも引き込んで悪の組織と戦うことになります。

その時の旦那様を間近で見ていたら、ついつい私めのお口で失礼してしまいました。あのヤギ達と違ってとても芳醇な……コホン。


こんな私でも生物兵器から命懸けで守って下さった旦那様。

こんな私でもお役に立てる術があった。

その事がとても嬉しく、夢中になってしまったのです。

もちろん彼の心の中には、当時のトモミさんの事しかありませんでした。なので想いは伝えられぬままでしたが……だからこそ今の生活があるので満足してるカナ!


「ふと思ったんだけど。」

「何カナ!」

「何で偽名がカナなの?」


「曲のタイトルですよ。その中間より一歩前の二文字を使ってます。今の立ち位置的にもピッタリなので、今更別の名前にすることは無いカナ!」


「んんっ?どう言うこと?」


トモミさんは良く解ってない。これだけでは解るわけ無いカナ。


「タイトル云々は置いておいて。大事なのは立ち位置の方よ。」


「私はこの先1.5番目の女としてお側に置いて頂ける運びとなりました!」


「いってんご?何かの一番ではなく?」


私の堂々たる宣言に、意外そうな声のトモミさん。


「私は旦那様と奥様が今後どう過ごされようとも、お側に付き従いサポートさせて頂きます。なので1番にはなりませんが、2番手の方よりは優先される。そんな感じカナ!」


「それって永遠の2番手的な?」


「違うわトモミさん。赤と緑は関係ないの。」


従者だから1番にはなれない。でも2番目の人より優先される。

例えば旦那様がお2人を順番にお相手する場合、途中に洗浄を挟むのでそこでイチャつけます。

隣ではなく敢えて一歩下がった位置だからこそ、好きな人と長くいられます。時には甘えたい放題ですし情報もたくさん落ちてきて退屈しません。

経費で色々買ってもらえるので、年間10億となった私のお給金は貯まる一方です。

将来は子供達の幸せのために使いたいと思ってます。


「子供、いいの?」


「作らない方が不自然でしょう?この家で育てられないと言う自然な流れを飲めるなら、ですけどね?カナさんはだいぶ工夫をされたようですけど。」


「私の中には位相をずらした私の身体があって、そちらには赤ちゃんが居るのです!自室も同じ様に、あひゃっひぃ!」


トモミさんが真剣な表情で私のお腹をペタペタ触るので変な声が出ちゃったカナ!


「良くわからないけど、先を越されたのはわかるわ……」


1番近くにいたのに1番遠回りした彼女は、少し落ち込んだ。

かと思ったら私の足を広げてじっくりと観察する。


「貴女の過去の中に、この身体は◯◯ちゃんの理想を詰めたとあったわ。少し参考にさせて下さる?」


彼女は今度は精神バリアを張りながら、私の女に口を付けた。


「無茶しない方が良いわよ!?何でそうなるのかわからないけど……」


やがて私の痙攣とアレな声と共に終わりを告げる。


「はぁはぁ。これでやられっぱなしの借りは返したわよ!」


「「そっち!?」」


顔がベトベトになった彼女は満足そうに告げると、私達は思わず突っ込んだ。


「カナさんの過去を覗いて色々と納得いったのよ。だから私は友達になりたいと思った。今のはその為の清算・禊よ。」


初めて会ったときの険悪だった理由に気付かれたようですね。


「あの、でも別に私を痙攣させる必要はなかったのでは……」


「ひ、必要だったのよ多分!」


「旦那も興味を持ったようだし、今日のところは戯れを続けましょうか。さ、こちらへ……」


顔を赤くする彼女を見て楽しみながら、お風呂で堪能した私達。

仲直りのお風呂タイムはとても効果的だったカナ!



…………



「さてさて、どうしたものか。自宅の風呂場が楽園になっているが、ずっと覗いている訳にも行かないしな。」



2016年1月9日。マスターはイタリアの上空1kmの辺りで考え込んでいた。眼下を精神干渉で見下ろせば黒い何かが渦巻いており、何処から手を付けて良いか分からないレベルだ。

なのでついつい風呂場に意識を持っていかれそうになるが、そろそろ仕事をしないと怒られそうだ。


「各地には固定された悪意のパターンが出回っていた。トモミの情報通りだが範囲が広すぎてなぁ。1人で追うのは骨だな。」


ならば大勢でやるかと、彼は赤い玉を虚空より取り出す。


「クリンゾン・コア!仕事の時間だ!」


『『『待ってました!』』』


その赤い玉からは6000人の別世界のマスターの返事が返ってくる。


「この精神パターンの悪意の出所を掴みたい。報酬は……今風呂場で起きている楽園の記録でどうだ?」


『『『うおおおおおおお!!了解した!!』』』


マスターが風呂場の映像を少しだけ見せると、大興奮で同意された。

相手は失敗した自分達だ。何に興味があるかなどお見通し。

妻と使用人と初恋の女がいちゃつく夢のようなシーンは需要が高かった。


「これでよし。オレは適当にそっち系の事務所とか溜まり場を回りますか。」


赤い6000の魂がイタリア中に飛び降りて行くのを満足して見送ったマスター。本人も適当な街の反社会的な組織に降り立っていく。


「こんにちは、現代の魔王をやってる者です。儲かってますか?」


「なんだてめぇは!?」


「あの、今自己紹介しましたけど?」


事務所に降り立つと失礼の無いように挨拶をするマスター。

天井をぶち抜いているので失礼以外の何物でもない。


「何処の回し者だと聞いている!」


「依頼人の情報は秘密ですよ。でも喧嘩しに来た訳じゃなくて、最近の治安の悪さについてお聞きしたいだけです。」


「治安なら警察行きやがれ!」

「天井ぶち抜いておいて言うことか!?」

「信じられるか!さてはあいつらがシマ争いに本気を!?」

「どっちにしろ生きては返さねえ!射て!」


「これは話になりませんね。仕方ない、直接聞きますか。」


白のバリアで銃弾を弾きながら黒いモヤを展開するマスター。

次々と心を探っていく。


「銃が効かない!!」

「コイツ、チカラを2つも!?」

「ま、魔王だあああ!初代魔王が攻めて来たぞ!!」


「いや、最初に名乗ったじゃん。面倒くさっ!」


マスターは時間を止めて全員を気絶させ、改めて心を探る。


「ここでも例の悪意パターンか。これ、何でこんなに拡散されてるんだ?」


トモミから教わったパターンを結晶にして過去を遡らせるが、3日前までしか遡れない。おそらくそこが発生日なのだろう。

だが始まりはおそらく去年末。計算が合わない。


「これはウイルスのように増殖と感染するタイプなのか?」


そうなると発生源を特定すれば良いのだが、国中となると経路がグチャグチャだ。更に言えば犯人が国外に逃げている可能性も高い。


『マスターよぉ、これは腰据えて挑む必要があると思うぞ?』


「そうだね。そこの街から全員で辿って行こう。」


クリムゾンコアの1人から連絡が入って同じ考えなのを伝えてくる。6001人のマスターは集結して街を1つずつ当たって行くことにした。



…………



パチパチパチパチ!


「「「聴いてくれてありがとー!!」」」


魔王邸ホテルの会議室。シーズの練習室ではミニライブが開催されていた。

観客はマキ達医療班とクルス以外のセツナ達弟子組、クリスに抱えられたクオンと……トモミだった。

これはトモミの歓迎ライブなのだ。


「運命スリーウェイ!この曲素敵よねぇ。難しい3人の心が良く表現されてるわ。」


「本人からお墨付きを貰えたわ!」

「初の自力製作曲が認められるって良いわね。」

「私達は成し遂げたのね!やったわキリコちゃん師匠!」


「ええっ!これ、私達が題材!?」


シーズの喜びように驚くトモミ。通りで心に響くと思ったわと呟きながら赤くなる。



「アレが師匠の好みか……髪・顔立ち・瞳・体型。ふんふん。」


「ファラ姉さんがブツブツ言ってるけどどうしたのですか?」


「これは多分、形状変化でも狙ってるんじゃないか?」


「悪魔ずるい。すーぐ楽して良い結果を得ようとします。」


「お前は他人の事言えないだろ?(マト)は1人に絞っておけよ?」


「クリス姉さんは装備が戦車砲だから強そう。クオンちゃんもベッタリ懐いてるし。」


「お前だって最近チカラで盛ってるだろ?」


真剣にヤバイ眼でトモミを観察するファラ。ハルカとクリスは

お菓子をつまみながら適当に雑談している。

クオンはクリスの胸に顔を埋めながら身じろぎしている。


「触り方が兄さん師匠の甘え方にそっくりだな。」


「「「!?」」」


クリスの発言はその場の空気と視線を全て持っていった。



「お疲れ様です。素晴らしいステージだったわ。」

「真のアイドルは場所を選びませんね!」

「この世界は輝かしいもので溢れてるのですね。」

「私もデビューでき……いえ大人しくしてるわ。」

「とっても可愛くて綺麗で、凄かったです!」


その後3曲歌い終わったシオン・リーア・ユズリンにトモミをはじめとしてマキとルクスがタオルと飲み物を渡しに行った。

聖女ちゃんは昔の注目されていた頃を思い出していたが、自重している。その分セツナが素直に誉めて抱きついていた。


「「「ありがとう!」」」


「でも良かったの?その、私の……」


以前は敵対心すら感じる対応をされたのに、この歓迎ぶりに困惑気味のトモミ。


「アレはアレ。今は今です!」

「奥様とカナさんが認めたのです。私達は異論は無いわ。」

「まさか女の子も行けるとは思わなかったけどね!」


「いやそれは……」


余計なことも暴露されて更に困惑する彼女。


「…………」


クオンはクリスの胸から顔を上げてじっくりと観察している。


「私達は電脳アイドルであり、使用人です。」

「新たなお客様を歓迎するのは当然ですわ。」

「今後はよろしくお願いするわね!」


「ええ、よろしくお願いします。」


ジュースで乾杯して、シーズとも仲直りするトモミだった。

なぜかクオンから熱い視線を感じるが、気にしないことにして。



…………



「だいぶ情報は集まってきたけど……また面倒な事になってるなぁ。」



イタリアのナポリの1画にあるサイトのイタリア支部。そこへ潜り込んでいたマスターは、ファイル片手にクリムゾンコアのマスター達に連絡を取っていた。


『こっちも進展あったよ。実行犯はこの組織だろうね。』

『送った写真を見てほしい。これ、カナの話の奴じゃないか?』


「ヤギ頭に妙な儀式……今はなんとも言えないが、そもそも許せる行為ではない。」


『『『もちろんだ!』』』


「だがまずは休憩だ。このままでは倒れかねない。」


『オレ達を結構長く呼び出してたもんな。』

『無理せず休んでくれ。』

『そして報酬のストックを貯めてくれ!』


「本当にオレらしいというか……」


苦笑いしながら赤い魂達を回収・収納すると、魔王邸に向けて空間の穴を開くのであった。


「おはよう、あなた。気分はどう?」

「おはよう◯◯◯。最高の目覚めだよ。」


「おはようございます、旦那様。」

「カナもおはよう。今日もありがとう。」


マスターが大浴場で目覚めて挨拶をすると、2人からキスを貰う。

そのまま少しいちゃついていると、恨めしげな声が聞こえてきた。


「◯◯ちゃん、これはあんまりだと思うんだ……」


5m程離れた位置で、涙眼で女の子座りでぐずついていた。


「うおっ!?居たのか!!」


「ずっといたわよ!目の前で好きな人が好き放題なってるのを指加えて見てたわよ!これ以上近づくなって言われて……」


「大丈夫、今回は手を出させてないから!」

「クリスちゃんの時に怒られちゃいましたからね!」


クリスの時はさっさと契約して手伝って貰ったが、今回は自重したらしい◯◯◯とカナ。もちろんわざとである。


「君ら、仲良くなったんじゃなかったのか?」


「それとこれとは別カナ!それに回復作業を見たいって言ったのはトモミさんの方ですし。」


「あのなぁ、秘め事を暴く真似は止めておいた方がいいよ?」


「だって……私ばっかりお預けで……でもこんなのばっかり……」


さすがに不味い精神状態だと察したマスターは、妻に許可取る前に救済にでる。


「なら少し現状を動かすか。明日は一緒に行動しよう。その前に……この後オレの部屋に来てほしい。」


「わ!わかったわ!!綺麗にして行くね!!」


急にパッと輝くトモミの表情。そそくさと洗い場に向かう。


(またウチの人は……て言うかトモミさん、こんなのも読み取れないほど飢えてらしたのね。)


(また犠牲者が出るのカナ。生娘みたいな反応で可愛いらしいけど。)


同じ状況を腐る程見てきた妻と使用人は黙って寝室に向かうのだった。



「今回の事件は11年前の関係者が関わる線が濃厚だ。と言うわけで、君にも手伝ってほしいんだけど……どうした?」


「◯◯ちゃんのバカアアア!!」



互いの肉体を打ち合わせる事もなく、明日の作戦行動の打ち合わせを行うマスター。トモミはネグリジェ姿でプルプル震えて目の前の男に怒鳴り付けた。


((やっぱりね。))


そう思いながらも、止めなかった2人。なんかもう、マスターに横恋慕する者への通過儀礼みたいな扱いだった。



…………



「…………」


「そろそろ機嫌治してくれないか?」


「この年で自分の乙女っぷりを思い知って自己嫌悪してるだけよ。気にしないで。」


「オレも子供っぽいとか言われるし、気にしなくて平気だよ。」


「…………」


2016年1月10日。イタリア上空で朝からバツイチ35歳の乙女心を修復しようと試みるマスターだが、コミュ障の彼には難題である。


『旦那様?これではお仕事に差し支えます。言う通りにしてくださいませ。』


サポートルームからカナの声が届く。どうやら魔王を悩ます難題に援護をしてくれるようだ。


『まず彼女へ与えた飛行能力を消します。』


「きゃああああああああああ!!」


『そのままお姫様抱っこです!』


ガシッ!と彼女の身体を掴んで抱き止めるマスター。


「あわわわわわ……」


『チカラの腕で下腹部にGマオウ拳!内容は旦那様のお心のままに!』


ズドン!と黒い拳をへそ下辺りに叩き込んで気持ちを注ぎ込む。


「ひゃひ!?あ、あああぁぁぁ……うん。わかったわ。」


『センノー成功です!』


「これ、ズルくないか?」


「ズルくても良いの。ちゃんと伝えてくれれば!」


『そうなんです!伝われば良いんです!』


首に腕を絡めて頬擦りする彼女。マスターは納得行かない様子で地上へ降りていく。そこは映画館の前のオープンカフェだった。


「それで、今日はどうするの?」


「……そこからか。やりながらもう一度説明するよ。」


マスターはトモミの手を軽く握って歩き、飲み物とケーキを注文した。


「なぁに?今日は大胆に来る日なの?」


席に着く時もエスコートを忘れなかったマスターにモジモジとにやにやの混ざった顔を向ける。


「ご機嫌取りくらいはするよ。」

「つまり仕事のパフォーマンスね。」


マスターの物言いから中間をすっ飛ばして察したトモミ。

彼の状況で自分を口説きに掛かる訳がないと理解していた。

それはそれとして個人的な感情は別の反応を見せている。


「なんだか昔と逆になったわよね。」

「巡り合わせがうまく行ってないんだろうね。」


お互いに何らかの……一定以上の好意は持ち合わせているのに、素直に添い遂げることはもうない。


「あるいは出来すぎ?でもなんだか、悪くないと思う自分もいるの。」


「それは危ないよ。経験則だけど、破滅願望の一端だ。」


悲劇のヒロイックな人物。その立場に酔うとロクな事にならない。


「うふふ、そうかも。あの頃の◯◯ちゃん、危なっかしかったもん。」


「分かってるなら程ほどでね。ケーキが来たようだ。仕事の話に移ろう。」


ケーキを受け取って店員に大量のチップを渡すマスター。

景気の良い話だが別にダジャレのつもりではない。


「はーい。頂きます!」


「頂きます。今回の件は相当前から計画されていた。」


「うんうん、国中だもんね。今はクリスタル効果で平気だけど。モグモグ。」


「だからこちらも力業で行くとどんな代償があるか分からない。なので細かく突っついて黒幕の所へ行こうと思う。ここまでは良いかい?」


「うん。でも黒幕って誰なの?昨日チラッと11年前がどうとかって。もしかして◯◯ちゃんをテロリスト扱いした誰か?」


11年前と言えば2005年。ナイトを倒し、マスターが世界から追い出された年である。


「いや、多分エンドウさん。福岡の時の。」


「いやいや、だってあの時……そっか、妹が居たんだっけ。」


エンドウ・ヒカリはマスターに喧嘩を売って瞬殺されている。

が、メグミの証言から妹は生きていることが分かっていた。


「サイトのイタリア支部にお邪魔したら、再編に合わせてまた精神系のチカラ持ちを集めていたよ。更に今回は別の組織とも手を組んでいたようだ。姉妹揃って良くやるよね。」


「今度こそその、邪神とやらを呼び出すつもりなのかな。だから国中に悪意をバラまいている?」


「かもね。まあ失敗するとは思うけど、準備段階でここまで犠牲者が出ている。早く止めるに越したことはないよ。」


「うん、頑張るよ!それで具体的にはどうしたら?」


「やることはオレがやるから、今日は恋人っぽく寄り添っていてくれると助かるよ。」


「ッ!!わ、分かったわ!」


「言っておくけど、あくまでーー」


「◯◯ちゃんの健康管理のためよね?分かってるから少しくらい夢見させて!」


トモミの抗議も右から左。ケーキのイチゴを近くのネコに放ってやると、席を立つマスター。


「ここはこれで良し。次は映画でも見ようか。」


「ん?ええ、そうしましょうか。」


大量のチップに小躍りしている店員からスマイルを頂きながら、並んで映画館へ向かう2人。

店員から見た女は彼氏の腕を胸に挟んで歩こうと必死だが、男はキョロキョロと何かを確認しながら歩いていて挙動不審だった。


「ここの隙間にコイツをっと。あそこの髪の薄い人にはコイツを。」


「おじさんの髪を生やしてどうするの?て言うか眼が赤いわよ?」


「世界のコトワリを見ながら、黒幕に揺さぶりをかけてるんだ。これが巡りめぐって相手への嫌がらせになるのさ。」


「世界のコトワリねぇ。見えない私からしたら変人でしかないわよ。」


「興味があるならいつか教えてもいいけど、今は変人じゃなくて恋人扱いしてくれ。結構堪えるんだ。」


「ブフっ!はーい!」


ベタベタしながら適当なアクション映画?のチケットを購入して席に着く。


「なんでこの映画?」


「ここでもやることがあるのさ。君は"バカ騒ぎ"とか"最後の運命"とか見たことないかい?」


「無いわよ。◯◯ちゃんを追いかけてて、有名な映画すら追い付けなかったもん。」


「今の台詞だけならグッと来るんだけどね。要は一見なんでもない物事が最終的には収束し、全てが1つの結果に繋がる作品だ。」


「これもそうなの?私はホラー以外なら良いけど。」


「いやこれは全然関係ないけどね。これからやることがそれらと似てるだけ。あそことそこに仕込みをしてっと。」


マスターは館内の照明や天井にチカラを放つと、満足げにうんうん頷く。


(お仕事の隠れ蓑でも、やっぱり嬉しくなる自分がいるのよね。思えばデートなんていつぶりかなぁ。)


(もう次の場所に行きたいところだけど……彼女の気持ちを蔑ろには出来ないなあ。映画くらいは一緒に見るか。)


空気を読んで映画を楽しむ2人。

放映されたのはアメリカ発のサメ映画だった。



…………



「やはりサメ映画は独特の面白さがあると思うんだ。」


「サメなのに海泳がないのはシュールだったけど……私とこんなところに来てどうするつもり?」



別の街のラブホテルにてゴソゴソと作業するマスターと、ベッドに座ってモジモジするトモミ。


「何もしないから心配しなくていいよ。」


「それが分かってるから自分の魅力が心配になるんですぅ!」


「これで良しっと。心配しなくてもオレは君に興奮するし……この通り。」


ダイヤモンドの硬度にした備え付けの避妊具を放り出して、トモミの手を取り自身のダイヤモンドのような棒に当てる。


「ウソっ、こんなに!?」


「環境が整うまでの我慢だよ。今はお仕事お仕事。」


「う、うん!」


2人は更に別の場所へ飛び立っていく。

こうして慌ただしく観光デート込みで仕事の仕込みを終えて夕方になった。


「水族館に有名なレストランに観光名所多数。彼氏役が挙動不審だし治安もアレだったけど、なんか満喫したわー!」


「挙動不審で悪かったね。後は夜中に合わせて出撃だ。しっかり休んでおいてね。」


「◯◯ちゃんも無理しないでね。じゃあまた後で!」


魔王邸の高級ホテルで分かれると、マスターは屋台のお仕事に向かうのだった。



…………



「くっ、ここに来てなんで……」



エンドウ・サヤは焦っていた。今夜の儀式に必要な負のオーラが、ここに来て予定の値を下回っていた為だ。

場所はローマにある大聖堂……なのだが有名な観光名所群とは別のものである。

精々出来て数年、しかも本体は割りと簡素な作りでとても観光名所とは呼べない。

しかし信者達は最高の聖堂だと思ってるし、そう見えていた。

サヤが集めたチカラ持ち達の幻覚である。


そんなハリボテ大聖堂だが、サヤの……エンドウ家の固執していた宗教団体と合流することでそれなりの規模の活動はできていた。


合併後の名はエンドロール。新たな世界の構築のために、このイビツな秩序の世界を終わらせようという意志で付けられた。

決してダジャレのつもりではないのだが、なぜか今回も組織のトップの名前が入っている。


「この作戦は邪魔立て出来る要素なんて無いわ。なのになんで……」


「ずいぶん焦ってるわね。きっと彼が来てくれてるのよ、あははははははは!」


祭壇の前の台座の上に裸で寝かされ、手足を鎖で繋がれた女が嗤う。


「生け贄は黙ってなさい!」


「声が震えているわよ?恐いんでしょう?あなた達なんてイチローが来てくれれば一瞬であの世行きなんだから!」


「……そんなものは来ないわ。それにいくらヒットを打っても偉大な神を相手にはコールドゲームよ。」


サヤは内心、生け贄の女の頭がイカれてしまったのかと思いながらも律儀に返事をした。

負の感情で満たすためにはある程度健全な心でないと、最初からアレでは儀式が発動しないかもしれない。

せっかく姉が使おうとしていた人物を探し当てたのだから、その時までは大事にする必要がある。

感受性が高く人見知りな彼女は成人しても性交渉を行っておらず、絶望させて生け贄にするにはもってこいの存在だった。


(でもなんでまた今日に限って……?)


国中に悪意の素をバラまいて、この場に収束するシステムは順調に機能していた。年末年始のバカ騒ぎで一気に拡散して、国中を混乱させて対応される前にカタを着けるつもりだった。


だが悪意のネットワーク構築のために選ばれた幹部達は、この場に現れない。


1人は映画を見てたらボヤ騒ぎに巻き込まれ、消防車がなかなか到着しないので脱出を試みた。だが給料3ヶ月分のチップを貰ってやる気に溢れたカフェの店員に捕まって警官に引き渡されたとか。もちろん誤認逮捕だ。

ちなみに消防車が来れなかったのは、イチゴを咥えたネコをアジア人が捕まえようとして消防車に掠めて転倒。長々と謝罪と賠償を迫っていたからだとか。


1人は今宵の為に禁欲していたが、我慢できずに女をホテルに連れ込んだ。しかしいざ避妊具を使うとダイヤモンド級に硬く、大ダメージを負って病院に運ばれた。


1人は観光名所で記念撮影していた観光客を横切ってしまい、しかもドロッドロの心霊写真となった。悪意メーターが一気に溜まった観光客とケンカになり、銃を抜いたことで警察に御用となった。


1人は麻薬中毒者で、人間性を保つためには薬が必要だった。

しかしいつもの売人から買ったものが眠気スッキリなお菓子の錠剤だったために、精神崩壊して病院に運ばれ目覚めなくなった。


1人は何がどうなったのか水族館で魚のエサになっていた。

……とまぁこんな感じで、訳の分からない理由でサヤ以外はこの場に集まれなかった。


(誰かの陰謀!?いや、私にまだ後ろめたさがあるからそう思うだけ。でもこのままでは正規の手順が難しいわ。)


時間は迫っているが人手は足りない。しかし今を逃せば次のチャンスなどほぼほぼ無いだろう。

一応拷問具の準備は1人で進めてある。

リンクを張る人物の代わりにはダミーの人形で代用する。

精度は落ちるし期待も下がるが、やらないで失敗するよりは良いだろう。


「今度は1人で人形遊び?諦めたなら解放してほしいのだけど。」


「貴女は解放されるわ。このイビツな世の中からね。」


「ッ!!」


サヤは儀式用のサーベルを謎の液体に浸けて、人形と台座の間の床を濡らしていく。それは奇妙な魔方陣……と言うよりは回路図の様に見える。

その始まりを、或いは終着点を生け贄の女に設定するべくサーベルから滴る液体をその裸体に垂らしていく。


「くっ、熱っ!!」


「そろそろ儀式を始めるわ。簡単には死なないから、その間にイチローが助けに来ると良いわね?」


「うううぅ……たすけてぇ……」


オグリ・アユミは後悔していた。11年前、どんな目に合わされても自分を助けてくれたヒーロー。名前も記憶も定かではないけれど、"イチローとしての彼"の事は少し覚えていた。


あの時アユミは彼の活躍に恐怖・驚愕して泣き出し、拒絶してしまった。後始末はお姉さんとイチローがしてくれて平和な日々を送ってきた。父親も退院したし、自身も美術大学に入って才能を開花させていた。


だが遠ざけた過去は再び忍び寄ってきた。


謎の集団に捕まりイタリアまで輸送され、エンドウ・ヒカリの妹と思わしき女に丸裸にされた。

ちょいちょい貞操の危機もあったが、儀式まではとっておくとかでまだ無事だ。

それどころか今は命が危ない状況である。


「さあ、今から貴女には苦しんで死んで貰う。でも安心なさい。成功すればみんな仲良く暮らせるわ。」


サイコパスなお目々なサヤがサーベルを掲げて、アユミの腹に目掛けて突き立てようとする。


ズッドオオオオオオオン!!


「ひにゃああ!?」

「なになに!?どうしたの!?いててててて!」


壁が外側から吹き飛ばされ、意外と可愛い悲鳴で吹き飛ぶサヤ。

アユミは裸で固定されてるので良く分からないまま瓦礫の破片で痛がっている。


「こんばんはー、夜分遅く失礼します。サイトの悪魔改め、現代の魔王がお仕事に来ましたよっと。」


「サイトの魔女改め、相談所のお姉さんも登場です!」


「魔王ですって!?後一歩の所で……」


「その声、イチロー!?助けに来てくれたのね!!」


アユミは喜びの声を挙げ、そのセリフの終わる頃にはイチローに鎖から解放されていた。

アユミは一瞬だけ身体を隠そうとしたが、こんな運命を感じる相手には全てさらけ出す方が自然かと思い直す。

アユミは彼の胸に手を当てて、ウルンだ目で相手の反応を待った。


「失礼な、オレは現役合格だったよ?」


ただし高卒である。


「そんな話はしてないわよ!!」


スパアアアン!


「ブフっ!」


思いきり突っ込むアユミと、噴き出すトモミ。


「ほう、良い揺れだ。大きくなったな。覚えていてくれて嬉しいよ。」


「感動が台無しな感激の仕方をしないでくれる!?」


優しげな瞳であまりに露骨な胸への視線を感じて、さすがに手で隠す。彼女はDカップだった。


「草原も豊かで健康的だ。アレからはまともな人生だったようで安心だよ。」


「ばかっ!捕まってからお手入れしてないんだから見ないで!うう、イチローがエロガッパだったなんて……」


「エロガッパて。親しい者はマスターと呼ぶ。アユミもそうしてくれ。でないと野球界に怒られそうだ。」


「◯◯ちゃん、そろそろお仕事!サヤさんが逃げようとしてるわ!」


「おね……おばさんも来てくれたんだね!」


「おばっ……!?」


「ブフっ!」


11年の月日は残酷である。思わず絶句するトモミと噴き出すマスター。


「◯◯ちゃん?」


怒気を孕んだ目で彼を見る私。


「どうやら君の事も覚えているようだね。もしかしたら本当にすごい才能が……」


「気の利いた言い訳くらい時間止めてでも考えてよ!それよりサヤさんが!」


このままでは漫才をしている間に逃げてしまう。しかし意外にも彼女はその場に留まり、拷問器具で自らを傷つけていた。


「逃げてないわよ。逃げるわけがない!例え優秀な生け贄を奪われても、まだ私が!私自身が門を開いて見せる!!」


既に血だらけで満身創痍な彼女は、最後のチカラを振り絞ってサーベルに悪意を込めてお腹を突き刺した。


ブワッ!!ズゴゴゴゴゴ!!


黒い魂の門が開かれ、中から全てを飲み込む邪神が現れた!


すぽん!


「あれ?ここはどちらでしょう?あ、マスター様ぁ!!」


現れた邪神は黒に赤い筋の入った髪を揺らしながら、マスターの下へトテトテと近づいていく。


「「「…………」」」


あまりの展開にみんな絶句している。特にサヤは死ぬのを身体が拒否しちゃうほどで、まだ生きている。


「こんなところに呼び出して、私とお遊びする気だったのですか?私は言われればいつでもどこでも良いですが、奥様にはちゃんと許可を取ってからでお願いしますね?」


「は?これが邪神?全てを終わらせる……?」

「……ルクスちゃん、だよね?」


サヤとトモミが疑問を口にすると、ルクスは2人に向かって挨拶を始めた。


「はい、私は古の邪神!その実ただの村娘!今は暗い悪意から飛び出して、淡い光で心を照らす!魔王邸の精神科医、ルクスちゃんです!」


くるくる回ってピースサインで片目を覗かせたポーズを決める。

アイドル大好きなマキに仕込まれたパフォーマンスだった。


「な、なんで?魔王と知り合い?医者って、え!?」


サヤは混乱しながらマスターとルクスを交互に指差している。


「実は去年、神様の依頼で邪神と戦わされてねー。倒したら懐かれた。」


「はい、私はマスター様に運命を感じました!ずっとついていきます!!」


サヤはそれを受けて頭がぐわんぐわんと揺れていた。

何万年も前から世界を修正する為に時空を飛び越えて現れる、不可侵な存在。全てを黒に染めて貧富の差を埋め、平等に生きる苦しみから解放されて再び浄化された土地に生を受ける。


それがこの世界の一部宗教に伝わる古の邪神だった。


それがなんだ?こっちが準備している間に倒され、その正体はよりにもよって魔王に懐いている村娘?


「納得出来るかああああ!!」


サヤの叫びがハリボテ大聖堂にコダマした。



…………



「もうどれくらい経ったのかなぁ。」



暗く何かが蠢く次元の狭間の空間で、女は黄昏ていた。

身体も心も常に痛みが走り、かといって身動きも取れないストレス生活。ごはんは食べなくても良いし睡眠も必要ないと言う、本当にストレスしかない空間だ。


「また誰かが私を呼び出しているなぁ。ここまで大きくなると風圧だけで終わっちゃうけど、生け贄の子は可愛そうだよね。」


この空間のいたるところで小さな絶望の穴が空いては、消えていく。それは星の瞬きに見えなくもない。

この一万年は数える程しか繋がれた世界へ顕現していない。


古の邪神と呼ばれてから日数を数える手段は無いので、経過時間は曖昧だ。そもそも呼び出される世界はいつも違うし、例え同じでも時代が違う。主観で数える他無いが、女は元々のんびりした村娘。家畜の数以上は数えたこともない。


「どの世界もみんな苦労してるんだなぁ。」


たまに彼女の意識のすぐそばに穴が空くときもあり、向こう側を覗くと阿鼻叫喚の光景が広がっている。


「もっと楽しい事とかあれば、気が紛れるんだけど……」


女は生前の微かな記憶から、近所のお兄さんとお姉さんが並んで歩いているモノを呼び起こす。


「恋人、かぁ。どうなんだろうね。お姉さんの話だと胸にぐわっしゃああ!と来てそのまま下の方へきゅうううう!って感じって言ってたっけ。」


女はイメージしてみるが、良く分からなかった。

変な儀式の時に股に何かされた覚えもあるが、関係あるのだろうか。


「どっちにしろこの痛みでは何がなんだか分からな……うん?」


女はふと1つの空間の穴に興味を持った。

その向こうでは、開いた穴を閉じようとしている男が見えた。

それは自分と同じ真っ黒さんで、白黒曖昧な光で穴を塞いでいった。


「へえ!?そんなことが出来る世界もあったのね!えっと、位置は……」


女は座標を確認すると、その世界からのコンタクトを少しだけ待ってみることにした。と言ってもただ見つめているだけだ。


すると再びほぼ同じところに穴が空いて、先程の真っ黒さんが生け贄の子に挑戦している姿が見える。

生け贄の穴から見ているので、まるで自分に挑んできているような臨場感があった。


「この人、綺麗……」


男など狭い村のなかでしか見たことがない女だったが、白く輝く羽根をばらまいたり腕を変形させて戦う男の姿は……とても印象的な存在として認識された。


やがて赤くて見ているだけで引き込まれそうな槍が穴を貫き、それが変形して穴を塞いでいく。


「何かしら、さっきの男性を思い出すと胸が……」


奇妙な焦燥感に駆られた女は、また会えないかと召喚の穴を凝視する。しかしどれもハズレ。しばらく眺めてみたが結果は芳しくない。


「あの赤い光り。綺麗だったなぁ。また会いたいなぁ。」


そう呟く彼女の髪の一部は、槍が掠めていたのか少しずつ赤く変化していったが本人は気づいていなかった。



…………



「まだかなまだかな。ん?あっちの方に大きい穴が?」



アレから暫く様子を見ていたら、今度は別の世界に大きい穴が空いた。

人間ではなかなか難しいサイズだけど、神様でも使ったのかな?

たまに神様でも生け贄とか当て馬にされちゃうから、すごい世界よね。

何て思いつつ、真っ黒さんの世界の方を見ていたらずいぶん長持ちしている。


「今度の穴は長持ちね。ちょっと様子を……ああああ!!」


見れば例の真っ黒さんが空を飛び回って戦っていた。

良く見れば多くの人間達が自分が吸収してしまった怨霊達と戦っている。


「これはもしかして、もしかするかも?」


女の胸には幾星霜ぶりに期待と言うものが宿った。

あの真っ黒さんならお話が出来るかもしれない。

あわよくば自分をこの苦しみから解放してくれるかもしれない。

奇跡でも起きれば、近所のお姉さんがしていたような恋が出来るかもしれない!


女は髪を整えると早速穴の繋がった世界に飛び込んでいった。



「あの、真っ黒さん。こ、こここんにちは……」


「!?こ、こんにちは?」


下手すれば億年単位で会話をしてなかった彼女は、挙動不審も良いとこだった。

マスターはなんとか挨拶を絞り出すが、かなり動揺している。

彼もまたコミュ障で挙動不審だった。


『この女は!?あんたなんなの!?』


「!!」


女は聖女ちゃんに凄まれてビビり、かき消えていった。

邪神の中心の女が幽霊にビビるのはシュールではある。


「真っ黒さんと挨拶しちゃった!でもあの幽霊はなんなのかな。彼女とかだったら……寂しいなぁ。」


独り暗闇のなかに戻った女はモジモジしている。

もう少しちゃんとお話ししたいが、自分の付属品のせいで割りと大迷惑な事になっている。


「どうしよう。これで終わりは嫌だな。」


様子を伺うと、彼は腕から光を放って暗闇を切り裂いている。

あと女の子がハレンチな姿で飛び回っている。


「もう一度だけ、勇気を出して……」


「そうしてくれると嬉しいね。」


「っ!!真っ黒さん!?」


いつの間にかすぐそばまで来ていたマスター。赤く光る目で見つめられてドキドキしてしまう女。空中なのに器用に後ずさる。


「待って、にげないで!さっきのガラの悪いのは引っ込んで貰ってるから!」


『誰のガラがむがっ!』


さっきの幽霊は真っ黒さんの手で口を塞がれてしまう。


「見たところ話がしたいのかな。でも照れ屋で上手く話せない?」


コクコクと頷く邪神の女。割りと好意的に解釈して貰えたので逃げるのは止めている。


「詳しい話は後でじっくりするとして、お互いに大事な事を聞き合う。それで良い?」


コクコク。頷く彼女にマスターはまず自分からと話し出す。


「君が古の邪神さん?その中枢なのかい?」


コクコク。


「出来ればその、私を解放してほしいです……」


「なるほど?……まあなんとかしてみるよ。それで君の方は?」


「真っ黒さんは何者なんですか?」


「みんなに嫌われすぎて現代の魔王と呼ばれている悪魔だよ。人間の身体を使っているから悪魔っぽくはないけどね。」


「私の親戚みたいな方なんですね!!」


「うん?まぁそうなのかな?」


良く分からない女の感激ぶりが、やっぱり良く分からない。

しかし言葉を交わし続ければ分かることも出てくるだろう。


「それで解放されて君は何がしたいんだい?」


「私を蝕み続ける苦しみのない生活が……あと恋もしてみたいです!」


「良い答えだ。なら本気で取り掛かるよ。はあっ!!」


ズガッシャアアアア!!


真っ黒さんが真っ赤っ赤さんになって、邪神の女の身体を赤い光りで貫く。


(ああっ!?胸にぐわっしゃああ!と来てそのまま下の方へきゅうううう!って来てる!?これが、恋!?これが運命!?)


女は苦しみがすっと引いていく感覚と、教わった恋の症状を同時に味わっていた。


実際のところは世界の理から女を引き剥がして身体を上から再構築している感覚だったのだが、女は恋のそれと認識した。


「ありがとう、真っ黒さん!いえ真っ黒様!って大丈夫ですか!?」


「ぜぇぜえ、マスターと呼んでくれ。これで、はぁはぁ。なんとか……いかん。まずは回復しないと……」


急速に意識が朦朧とするマスター。邪神の再構築には、各世界で集めた彼の桁外れの魔王パワーも吸い付くされてしまったようだ。


『早く魔王邸へ!邪神ちゃんも一緒に来て!』


「は、はい!」


そのまま魔王邸に移動した彼ら。妻とカナだけでなくクリスとクマリ……だけでなくサクラやキリコにアオバも招集されての集中治療となった。

セツナは学校、クオンはシーズに預けている。


「私の所為でマスター様が!私にも何かお手伝い出来ませんか!?」


「今は無いわよ。まずは落ち着きなさい。」


「はい、ハーブティーですよ。貴女も不安定なのだから、心を安らかに待っていてください。」


回復作業中に医務室でおろおろする邪神の女を、身体付きの聖女ちゃんやマキが対応していた。


「でも私の所為でこんな……それに彼女達は彼に認められた女性なんですよね?私も何かしないと見捨てられて……」


「そっちかー。大丈夫だから。マスターさんは奥さんの他にも女の子居るけど、逆の発想で考えてみて?」


「そうそう。彼はそう簡単に助けた女を見捨てる男じゃないわ。貴女にもチャンスは巡ってくる。それにこの回復作業は良くあることだから、ちゃんとお礼を言っておけば平気よ!」


ポイントは胸を押し付けて髪の良い匂いを嗅がせることね!と余計なアドバイスも添える聖女ちゃんだった。

しかしこれが功を奏して仲良くなり、後に魔王邸で一緒に働くことになる。


マスターが回復後は神々への対策のための芝居をハルカ達に打たせることで、穏便に済ませることに決める。

その打ち合わせの中でマスターは1つの提案をした。


「アレだね。名前が無いのは不便だ。ついでに今考えようか。」


他人の事を言えないマスターだが、通り名でなんとかなってはいる。聖女ちゃんもだ。

しかし邪神では体裁も悪いし、生前の名前も分からないならここで決めようと思ったのだ。


「ぜひマスター様に付けて頂きたいですわ!」


「ならそうだね。ルクスが良いんじゃない?照度……明るさの単位なんだけど。いままで暗闇の中に居たから、これからは輝いて行けるようにさ。」


「ルクス!素敵なお名前です!今日から私はルクスです!」


邪神の女改めルクスは感激してキラキラした表情で拝命したのだった。

ルクスはマスターに全てを捧げる覚悟だった。

しかしマスターは結婚しているので、そこをわきまえた上で全力を出そうと決意する。

幸い?邪神の頃の名残で負の感情を吸収できるチカラがあり、それを精神バイパスを作ってマスターに魔王パワーとして還元することで彼の奥さんにも認められた。


カナタとハルカに黙って課した茶番劇は、ルクスのチカラでタイミングを見て怨霊の悪意を吸い取った結果である。

つまりマスターは正体を晒して浮いていただけだった。

それでハルカと勇者のチカラへの本格的な耐性と、邪神のパワーの大半を得られたのだからボロいものである。

ともかくこれでルクスは暗闇から解放され、新たな生活の基盤を手に入れた。

それは共に未来を贈り合う、win-winな関係といえた。



…………



「納得は無理だろうけど、次の目標とか探して生きることは出来るんじゃない?」



2016年1月10日、いや零時を過ぎたので11日。

計画の失敗したエンドウ・サヤに別の生き方をするように促すマスター。


「バカ言わないで!?私は、私達姉妹は世界を正すためにここまで!今さら別の人生なんて分からないわよ!!」


普通の女としての人生を捨て、姉が死んでも中年になっても邪神の為に努力してきたサヤ。徐々に負の感情が沸き起こり、それが加速していく。


「こうなったら拡散した悪意を全てこの胸に!私自身が邪神となって!!」


(私のクリスタルの効果でそれもムリだけど……)


今回の悪意パターンは既にクリスタルに入れてあるのだ。

だがトモミは彼女を刺激しすぎないように黙っていた。


「なんで!?私はなにもなすことが出来ず、このまま終わるの!?」


チカラが上手く機能せずにサヤが半狂乱になるが、既に身体はマスターによって治されている。

いつもならマスターが下手くそな説得にかかる場面だが、敢えて黙っていた。すると?


「話は聞かせて貰った!諦めるのはまだ早いぞ!」


「「「誰?このおじさん!?」」」


大聖堂に突如現れたおじさん。つかつかとサヤの下へ歩いていくと、その手を取って優しく語りかける。


「良いかい?人生は諦めが肝心と言うやつもいるが、それは間違いだ。諦めなければ願いは必ず叶う!」


「え?あ、うん?」


「「「…………」」」


サヤはちょっと状況についていけてない。

いやマスター以外はついていけてない。


「例え1つの終わりが来たとしても、諦めなければそれは始まりなのだ!」


おじさんは割りと良いことを言っている風な雰囲気を出しているが、何故彼がこんなことをしてるかわからない。


「この髪を見るのだ!若ハゲで苦しんで様々な対策を施したが効果はなかった!しかしあれから苦節22年、今日になってフサフサになったのだ!!」


(あ、昼間の……これこそ黙っておいた方がいいわね!)


映画館でハゲ治療を施したおじさんだと気づいたトモミは、心を無にして沈黙を貫いた。


「髪の話なんて知らないわよ!!良いから出て行って!」


「君の髪はかなり傷んで……分かった、なら眼ならどうだ!?老眼は若くてもなりえる……」


「出て行って!!なんなのよもう!これじゃ私がバカみたいじゃない!!」


怒りこそ表に出しているが、絶望感は引っ込んだサヤ。

そして怒りは疲労も凄く持続は難しい。


「お節介かもしれないが、ストレスの貯めすぎは(髪に)良くない。まだやってる店を知ってるから飲みに行こうではないか。」


「当然奢りよね?」


肩で息するサヤをおじさんは優しく介抱し、お節介料として一緒に飲みに行く形となって2人は去っていった。


「「「…………」」」


後には沈黙が残る。それを破ったのはトモミだった。


「○○ちゃん。どこまで計算?」


「おじさんが空間を飛び越えて現れるところまで。こんな展開は知らないよ。」


「それで、この状況どうする?」


「邪神の情報は消しておいて……アユミちゃんを送ってルクスを連れ帰って社長に報告かなあ。」


「私はマスター様に従いますわ。」


ピトッと寄り添うルクスにアユミはムッとして詰め寄る。


「イチ……マスター、この子あなたのなんなの!?」


「ともかく、ウチのメイドに服を用意させるから着替えたら送るよ。」


「無視!?」


「アユミちゃん違うわよ。彼は貴女を案じて遠ざけているだけ。じゃなきゃ今頃妊娠どころか子供が生まれてるわよ。」


「人を節操無しの変態みたいに言わないでくれ。」


解ってる感を出しながらトモミが説く。一応の抗議をするマスター。


「そう……せっかく再会できたんだから、色々お話ししたいのに!」


思わずそうされたい気分なの!と叫びそうになるが、ハシタナイので堪えて言い直す。せめてものアピールに、身を隠す手を少しずらしてチラチラと見せつけながら。


「まずは心を日常に戻した方がいいよ。」


アユミは納得行かなそうだったが、また会うことを約束してマスターに送られて一瞬で帰っていった。


「邪神の情報を消すのはどうやるの?」


「オレの名前の時みたいに……いやアレで良いか。イロミシステム起動!」


マスターはイロミ、一族郎党皆殺システムを起動した。

目の前に現れたモニターにサヤの放ったであろう悪意パターンと、彼女から抜き取った邪神の情報をセット。


「クリムゾン・コア!ルクス!頼むぞ!!」


『『『任せてくれ!』』』

「承りました!!」


出力不足を並行世界の自分に補わせ、魔王パワーの補充にルクスの悪意吸収のチカラを借りてイロミを運用していく。


今までで一番安定して世界を書き換えて行くと、その手応えにマスターは満足そうにうんうんと頷いた。



…………



「てなわけで、イタリアの治安不安定事件はマルっと解決です。」


「ご苦労様。今回もうまく行って助かるわ。」


「そんな事になっていたのか……て言うかお前のバケモンぶりには敵わねぇな。」



棄民界の領主宅こと、ハーン総合業務の社長宅で報告を行ったマスター。社長からはお褒めの言葉を頂き、その場に居合わせたケーイチは当て馬みたいなセリフを添える。


「トモミはイタリアだったのか……そうか、元気にしてるんだな。」


元夫のケーイチは感慨深そうに現状を噛み締めている。


「会いたいですか?」


「まぁ、な。あんな形での別れを謝りたいし、式ではメシ作ってくれたお礼もしたいし。」


「ヨリを戻そうだなんて思いません?」


「それこそ今更だろう。アレから2回結婚してるんだぜ?」


「ならいいです。」


「何がだ?さっきから念押しみたいに聞こえるが、まさか会わせてくれるのか!?」


「マスター、もう良いわよ。"新人"を紹介してあげて。」


ケーイチの期待の籠った焦りに合わせて、社長から許可が降りる。


「どうぞ、入ってきて。」


マスターの招きで現れたのは黒髪美人だった。


「おはようございます!新入りのトモミです。今日からはアルバイトとしてお世話になります!」


丁寧かつ元気に笑顔で挨拶したトモミ。ケーイチは口をパクパクさせたまま何も言えなくなっていた。


「おヒサシぶりです、ケーイチさん。またこの3人で一緒ね。」


「お……あ、あぁ。え?マジで!?」


「トキタさん、何か気の利いた一言くらいないんですか?」


「ドッキリ成功ね!」


「うるせぇよ。こんなの想像できるか!どうしてこうなった!?」


「彼女はウチへの依頼金が支払い不可能だったの。なので借金返済のために仕事を斡旋したわ。」


「この社長、狙ってやがったな!?」


「最近は上司への敬いが足りてないと思うのよ。」


社長はそっぽを向きながらため息をついた。


事の経緯はこうである。

今回の騒ぎを収めた事でイタリア政府に集金に行ったマスター。

高額な報酬額を突如タカられた政府は当然のように支払いを拒否する。

となれば依頼人に請求が行かざるを得ず、トモミもそれを了承した。断ればどんな代償が待っているか分からないからだ。

逆に言えばイタリア政府は、代償でこの先何があっても不思議ではない。魔王の集金来訪は彼らにとっての最後のチャンスでもあったのだ。


そもそもタカりそのものなイタリア政府への集金をマスターにさせる時点で……いやこの件を仕事にした時点で社長は人材確保を狙っていたと言える。


「それで、依頼料はいくらだったんだ?」


「○○ちゃんが一部負担してくれたけど、それでも4000億かな。」


「はっ!?そんなに取るのか!?」


驚きのお値段にケーイチは真っ白になる。元妻が借金地獄になった事もそうだし、依頼料と自分の給料との比較もしていた。

すなわちどれだけピンハネしてるんだと。


「これでもマスターの顔を立てて格安にしたのよ?考えてもごらんなさいな。国のピンチからの大逆転がこのお値段で買えると思う?」


「それはまぁ、そうだけどよ。お前、一部負担っていくらだ?」


「1000億です。ウチで住み込みで仕事をして貰うのが条件でね。」


つまり5000億が今回の依頼料だった。


「……なあ、トモミ。変なことされてないか?」


「みんな優しいし平気よ。知ってる?○○ちゃんの奥さん超美人だし、メイドさんもスッゴく可愛いの!」


「おい、今のは答えになってねぇな。こいつが良くやりそうな言い回しだ!」


ケーイチはマスターを指差して突っ込んだ。

みんな優しいし平気。それは環境が良いからそんなことはないとも取れるが、変なことをされまくりだけど大丈夫ともとれる。


「ケーイチさん、私は私がそうしたくてこうなったの。元夫婦とは言え、そこは否定しないで欲しいかな。」


「うぐっ……ちなみに仕事って言うのは?」


「セイドレイよ!!」


どや顔でそう言い放ったトモミは胸を張る。


「マスターてめぇ!!」


「絶対誤解されるからその役職は言うなって言ったよね!?」


ケーイチに胸ぐら掴まれながらトモミに抗議するマスター。


生活環境ド安定システムオペレーター。略してセイドレイである。思うところがあって彼女自身が発案し、ツボに入ってしまった役職名だった。

仕事そのものは本当に健全だ。魔王邸の維持管理システムに精神干渉のチカラでリンクして監視管理することで、機能改善と安定運営を目標としている。

維持管理システムとは電気水道ガスを始め、建物の繋ぎや時間管理など重要なものだ。もちろん干渉できる範囲は狭く、マスター達の生活を壊すような真似は出来なくしている。


「はいはい、痴話喧嘩はヨソでやって。まずは研修としてマスターをつけるから、頑張りなさい。」


「はい!大魔王社長!○○ちゃん、よろしくね!」


「なんで初日からディスられてるの私?」


社長のセリフが終わる頃には2人は居らず、社長とケーイチはモヤモヤした心が残った。



…………



「ふんふん~ふふん~。」


「ご機嫌だね。」



2016年1月15日。

今日の仕事場へ向かう途中、私は鼻歌まじりで○○ちゃんにくっついて空を飛んでいる。

家と店を借金返済に充て、環境がガラリと変わったけど……○○ちゃんと一緒に住めて一緒に働けるなんて私的には悪いことじゃないもの。

昨日私の扱いについての結論が出て、衣食住と性まで保証してくれたの!まぁ性だけは○○ちゃん側で折り合いをつける必要があるけど、今までみたいに長期間お預けってことは無いって。

あの口ぶりからだと来月辺りかなぁ。恒例の結婚記念日を越えた辺りだと予想してるわ。

お互い子供の頃も若い頃も知ってる身だし、いざとなったら燃え上がる……のかなぁ!?そんでそんで近いウチに私的には悲願の赤ちゃんとか……!?


「お楽しみのところ悪いけど、仕事の説明に入るよ。」


「は、はい!よろしく!」


妄想がバレバレで焦るが、○○ちゃんの口元がモニュモニュしている。ウフフ、彼も意識しちゃったのね!


「まずは概要のおさらいから。この仕事はアルバイトの体でやってるが、実質は奴隷だ。契約奴隷だから潰されはしないけど、場合によってはキツいこともある。」


うん。その最たるものが魔王事件よね。今風の体裁を取るようにしたのも○○ちゃんの進言って聞いてる。大魔王の奴隷じゃやる気が起きないもの。

私の魔王邸の役職?身を捧げる相手は自分で決めるものよ。


「基本的に拒否権は無いが、頭を使えば嫌な仕事も何とかなるのは良いところだ。君の身体を使うようには言われないだろうけど、もしあったらオレに連絡するか、切り札を使用してでも回避してくれ。」


「わかったわ。」


強力なチカラ持ちは遺伝を期待して子を作らされることもある。ごく一部だけどね。

○○ちゃんが私を引き取る際に1000億払ったのは、ただの肩代わりでなく貞操代も含まれていたのだ。

なのでソコを要求された場合は、容赦しなくて良いと言われたのです。

切り札についてはケーイチさんにも秘密なんだけど、○○ちゃんは普通に知ってるのね。まあ、治療とかで魂そのものを見られてるし当然か。


「報酬は売り上げからすればほんのわずかだけど、普通の仕事に比べればバカみたいに貰える。社長は5年も掛からないとか言ってたから、頑張り次第ではそうなんだろうね。」


ちなみに○○ちゃんへの1000億の返済は10年計算。年俸10億なので、残りの900億は多分……ゴクリ。


「コホン、それで今日の仕事だけども。この辺りの労働者が暴徒になってるから立場を解らせてくれと言う依頼だ。」


眼下には自然豊かな土地が広がっていて、その中に不釣り合いな近代的な建物が並び立つ。


そこには現地の労働者と、派遣された特定アジアの社員達が激しくどつき合う光景が見てとれた。

工場らしき建物に集まる彼らは冬だと言うのに暖房入らずな熱気である。


「これさ、どっちが悪いの?」


「言い質問だ。どっちも悪いね。社員の方は現地人を見下していて奴隷扱いだ。現地人の方も自分達が居なければ仕事にならないのを解っていて極端な待遇改善を要求している。」


「○○ちゃんならどっちをーー」


「どちらにも味方しないよ。」


ふぇ!?いいの、そんなんで!?


「もちろん依頼なんだから形式的には雇い主の味方をする。だけどオレなら彼らにも自滅しそうな罠を仕掛けたりして、対応するかな。」


「そしてお金だけは頂くのね?」


「当然さ。生活が掛かってるからね。」


当たり前のようにそう告げられ、私はこの仕事は骨が折れそうだと感じていた。

ただ言われたままに依頼をこなすのも良いが、自分で良し悪しを考えて行動しないと多くの人間の未来を悪い方へ変えてしまう。

○○ちゃんはせっせと地雷を埋めて自業自得に持っていくスタイルなのよね。


「なら私は、私なりの方法でやるわ。」


「それで良いと思うよ。トキタさんと違ってものわかりが早いね。」


「ふふーん。それでは一丁、やったりますか!」


私は既に読み取っていた眼下の集団に、栗色のチカラをウチ放った。本来は黒色になりやすい精神干渉系のチカラだけど、用途によっては色が変わることもある。

今回使ったのは……。


「な、なんでオレ達は自分の会社を攻撃してるんだ!?」


「おいおいマジかよ!?オレらが経営者になっている!?」


立場の入れ替えだった。

本当に魂が入れ替わった訳でなく、一時的にそう思い込ませたのだ。人類の相互理解を夢とする私の、研究の一端よ!


「これで給料や福利厚生を手厚く出来るぞー!!」


「うおおおおおおお!!」


「やめてくれー!!低賃金にしろー!!」


今度は労働者側の要求が逆になっているのがシュールだけど、これなら良い落としどころの待遇になるんじゃない?


「なるほど、君の研修どころかむしろオレの勉強になるよ。」


「ふふーん。」


そのまま彼らの責任者にサインを貰って、お金をむしり取ったわ。このお値段、経営が傾くんじゃないかなぁ。


「こんな簡単に終わるとはねぇ。なら別の案件もやってみるかい?」


「望むところよ!」


「それでは次はドイツのとある街の経営立て直しについてだ!」


私達は意気揚々と世界中を仕事で飛び回った。


『1月19日のニュースです。日本時間で15日頃から世界中で精神異常者が発生している件で、規模の大きさから魔王の仕業ではないかとの噂が飛び交っておりますが、チカラの色が違う事や空に女が浮いていた等の証言もありーー』


「なかなか評判のようね。お疲れ様、これは今日の明細ね。」


テレビのニュースを流しながら明細を渡してくる社長さん。

明細だけで現金や小切手があるわけではない。報酬は全て借金返済に充てているからね。


「はーい。今日もいっぱい働いたわ!」


「そんなに働いて平気なのか!?」


「○○ちゃんに休みは作ってもらっているから平気よ。」


魔王邸の仕事もあるからペース配分は大事だけどね。

主観的にはこちらを1つこなしたら魔王邸で休みを入れて、あちらの仕事を数日こなしてまた休んでからこちらをこなして……の繰り返し。1日が何週間もある○○ちゃんと一緒だと、人間の作ったペースに囚われない。まぁ、彼に捕らえられちゃってる感じだけど。ふふふ。


(こんな状況でも輝いて見える……敵わねぇのは分かってたが、くそっ。比較対象が明確だとさすがに悔しいぜ。)


ケーイチさんは複雑そうね。でも私は遠慮はしません。今までの分を取り戻さなきゃ!あのクリスマスで寿命も少し減ってるらしいからね。


「ケーイチさんも前より稼いでるじゃない。奥さんはきっと幸せよ?」


一応フォローだけは入れておくけどね。実際彼の稼ぎは億に届く事も多いようだし。ただどうしても仕事をこなすペースが違ってるから、夫婦時代と比べて思うところもあるようだけど。

実質私はタダ働きなんだから、あまり気にしないで欲しいわね。


「それはともかく、目立てば目立つほど人間は対策をするものだ。このままオレ達みたいに魔王認定されたら危険も増える。報道は仕方ないが、不必要に恨みを買わないように気をつけて欲しい。でないとオレみたいになるよ。」


「うん、気をつけてるわ。チカラも出来る限りセーブして使ってるし。」


○○ちゃんの教えは本当に的確だ。いつも曖昧でのらりくらりとしてみえるけど、それこそがこの仕事をする上で大事なんだと思う。明確な敵意とかで仕事したら、絶対代償が来るもん!


『1月30日のニュースです。今月後半になって頻繁に発生している精神異常者多発事件についてです。国連では宙に浮く黒髪の女を第三の魔王と認定しました。彼女は事件の現場に何度も現代の魔王らしき男と現れており、調査によると名前はトモミ。行方不明になっていたクリハラ・トモミである可能性が高いとしています。』


この報道を受けていろんな人達が実家の両親に詰めかけようとしたらしいわ。でも私の実家は○○ちゃんの故郷と同じスギミヤ市。集まったハイエナさん達を全てハイエナしてしまい、市の運営が少し良くなったとか何とか。


こんな感じで私は無事に人類の敵として認定され、第三の魔王としてアングラライフが始まったのでした!



…………



「今はマキさん達がこの値で……クマリ院長からはこれくらいの……シーズの練習は……」



とある日の中のとある日、魔王邸。

その地下フロアにある生活環境ド安定システム(私が勝手に名付けた)の管理室で、パソコンのモニターを睨みながらキーボードとマウスをカチャカチャする私。現在の魔王邸各所へのエネルギー出力の流れを監視しているのだ。

このパソコンは半分以上○○ちゃんの精神力で出来ている。あとは異世界の謎パーツが付いているが詳細は知らない。


コンコン。


「はーい、どちら様?」


「ガチャ!こんばんは、トモミさん。」


わざわざ口でドアを開ける音と共に入ってきたのはユズさん。


「こんばんは。ここに来るのは珍しいわね。」


「業務連絡ですから!」


うん?それなら尚更携帯で良いのでは?


「マスターより伝言です!ただ今の仕事を自動モードに切り替えて、露天風呂へ移動するようにとのことです。」


「もう終業時間なのね。分かったわ、すぐに向かいます。」


そのセリフが終わる頃には、私が改良した自動モードに切り替えて席を立つ私。

○○ちゃんの精神力で作られた管理用パソコンなので、私なら扱いはお手の物なのです。


「食事よりお風呂を先にって、今日は何かイベントでもあるの?」


たまに孤児院の庭でバーベキューしたり、女の子同士のパジャマパーティーなんかもあるので聞いてみた。年齢的に女の子じゃないだろって突っ込みは無しよ。


「もちろんですよ。って気付いてませんか?マスターとお風呂ですよ?愛しの○○ちゃん様からのXXXXのお誘いですよ?」


「ッ!?」


ドッドッドッドッ……!


私は身体が硬直し、呼吸リズムが乱れて心臓のポンプ音がボリュームアップしていく。


「その単語でそこまで固まってると、可愛らしさが滲み出てて良いのですが……今更、ですか?」


言いたいことは分かってるわよ?

これでも30半ばでバツイチ、彼とも途中まではしたことがある身よ?と言うかずっと望んできたわよ?

でもなんかこう、ほら!いざ彼と最後までとなると、ね?ね!?


「マスターは貴女を後悔させる方ではありません。とにかく移動されてはいかがですか?」


彼ならなんでもなんとかしてくれる。それは解ってる。

なので一生懸命足を前に進ませるが、どうもぎこちない。


「仕方ないですね~。今日の監視役は私なのですが、これでは仕事になりません。本当はいけないのですが、私がサポートしてさしあげます!」


ユズさんはニヤニヤしながら私の手を取って部屋から出る。

ニコニコと謎ステップで私のまわりを回りながらグイグイ露天風呂へ向かう。

なんかその光景が可笑しくて、少し緊張は取れてきた。

さすがは大衆を魅了するアイドルってとこね。


「ガラガラガラガラ!マスター、トモミさんをお連れしました!」


ユズさんは横開きのドアの開く音も口で再現しながら脱衣所に入る。


「ご苦労様。トモミ、どうした?」


「あの……その……」


「トモミさんはマスターに呼び出されて緊張しているみたいです。なので僭越ながら私がサポートをする許可を頂いても良いですか!?」


「あー、そういう……でも、」


○○ちゃんは黒モヤでその範囲を細かく指定した。私達の初めてをなるべく邪魔されたくない様子が伺える。

その際に私に対して、ニヤニヤ思念で可愛いなぁと思われたのが恥ずかしい。


ユズさんは無言での敬礼の後、ジェスチャーで彼の服を脱がすように伝えてきた。わ、私からするの!?


「失礼するわ。」


とは言え彼の衣装は昔と大して変わらない。勝手知ったるなんたらで、するすると脱がせて行く。憑依していたこともあるからこの辺は全部解ってるんです。


最後の1枚を終えて○○ちゃんのを間近で見ると、本能が刺激される。すすっとそこへ顔を近づけて行くと、ユズさんが用意したバスタオルに阻まれてしまった。


(こんなトコで始める気ですか?もう少し情緒を持った順番でお願いします!)


ユズさんの思念でハッとした私は、顔を押さえて後ろを向く。

は、はしたない女とか思われてないかな!?


「積極的なのは嬉しいから平気。それにオレ達はこれから、存分にはしたなくなるつもりだから。」


後ろを向いた私に声を掛けながら今度は○○ちゃんが私の装甲を外していく。まるで歴戦のエンジニアのような正確さと速度である。


残り2枚となれば身体のラインが剥き出しとなり、直立不動と言う訳には行かない女心。

○○ちゃんがわざとゆっくり上を外すと、私は手のひらでその装甲の代わりをさせてしまった。

何度も見せてはいるけど、もう結構前の話だし……やっぱり経年によるゴニョゴニョが気になる訳で!


(つまりおばさんになったから恥ずかしいと?むしろ見せつけた方がマスターは興奮しますよ?)


ユズさんの思念アドバイスを読み取って、正面を向いて恐る恐る手をどける私。息を飲みマジマジと見てくる彼の反応が私を紅潮させていく。

私はたまらず再度ハンド装甲を着けながら、後ろを向いて少し前屈みになった。


「君の魅力は衰えたりしていないよ。でもそのままの体勢で良い。」


彼はそう言って最後の1枚に手を掛ける。


(後ろから脱がすのが好きなんですよねー。マスター、そこで一端ストップです!)


パンツが微妙に下りた状態で、私の動作だけ停止されてしまう。

そのままお尻に息がかかる程度に近づかれて覗き込まれた。


「ふんふん。やはりこちらは開発されてないようだな。」


わ、わざわざ広げてそんなところ見ないで!?

時間停止してるのに意識があるってとどんな需要があるのよ!

時間停止モノのエッチな動画は9割やらせと聞いているのに、本物を自分で体験するとは思わなかったわよ!!


「うんうん、なかなかだね。では次は……」


動けるようになったと思ったら、数センチパンツを下ろされてまた停止する。そそそそそこはッ!


「君もオレのを間近で見たじゃないか。お互い様だよ。」


(でもマスター、ジャングルで上空からは水路が見えません!でも湿気は感知致しましたので、続けて平気そうです。)


平気じゃないわよ!!あああ、お手入れしてないソコをマジマジ見られるなんて!


「ではこの後オレ好みにお手入れをしよう。それなら良いでしょ?」


それならまぁ、って良いわけないでしょ!?


「マスター、バスタオルを。これ以上はただのセクハラです。」


充分すぎるほどにセクハラです!


「おお、そうか。これでよしと。悪かったよ。ほら、手を。」


スルリと残りの全部を下ろすと、バスタオルでガードしてくれた○○ちゃん。

私は差し出された手を無視して腕に巻き付いた。


「○○ちゃんのえっち。」


むくれながらそれだけ伝えて、そのまま露天風呂へ寄り添いながら歩いていく。

ユズさんに先導されて、まずは洗い場に到着する。

まずはお互いに納得できるまで洗いっこしろと言うことらしい。


まずは私が座って、自分で洗うより丁寧にお掃除されちゃった。しかも宣言通りにジャングルが綺麗な草原になっている。

これが○○ちゃんの、私への好みなのね。

その際に水路の開通工事も念入りにされたわ。そんなところが美味しいだなんて、○○○君はもう、もう!


今度は○○ちゃんが座って、私が優しくフニフニと洗っていったわ。こ、こんなトシ取った私でも物凄く喜んでくれて……こっちが恥ずかしくなるわ!

そして彼の足の間に身体を屈ませた私は、未来を手にしながら上目使いで彼の顔を見る。


「それは本来なら妻だけの、現実には関係を持っている女達全員の未来だ。けど今だけはトモミ専用のオレだ。だからそれらしい扱いを頼む。」


○○○君は特別な私に、特別扱いされたいとお願いした。

昔は気弱だった彼が、素直に男女の関係絡みでお願いする姿にキュンと来る私。彼の後ろではユズさんがどうすれば良いかジェスチャーで教えてくれている。


「これからよろしくね、○○○君。」


彼のその望みを叶えるために、私は未来に口を付けた。

そのキスは誓いの口付けだ。私だけの為に頑張ってくれるであろう存在に、精一杯の親愛と情欲を込めてキスをした。


それを始まりとして、お互いを深く愛し愛されていく私達。

床にはチカラの空間のクッションを敷いて、体内には無呼吸でも呼吸できる細工をされている。また心臓を始めとして各種内蔵も強化されていた。

彼はあらゆる気遣いを私に施しながらも、容赦なく情欲とその結果の"男性"を私へ向けてきた。

私は今までの分も含めて何がなんでも全てを受け止めようと、文字通り全身で彼の事を受け入れた。これで未開発の部分はなくなっちゃったけど、彼になら……彼だから良いわ。

彼の剥き出しの刃を私の鞘で初めて受け入れた時は、世界がこうあるべきだと錯覚するくらいに魂レベルで合致したように思う。

そこにはトシがどうとか気にする余裕もなく、彼のあらゆるテクニックでお互いに何度も混ざりあった。


「「はぁはぁ……」」


物理的に1つになったまま、荒い息を放つ私達。

監視役のユズさんは私達が軌道に乗ったことで、本来の職務に戻っている。


「やっと、ついに○○○君と……嬉しい……」


「オレも嬉しいさ。君と欲望を重ねられて……あのトモミを手に入れる機会が貰えるなんてね。」


「私達はもっと早くこうなれたのに……ずいぶん遠回りしちゃったわ。」


「遠回りしたからこそ、全てを手に出来るチカラを得られたんだ。」


「そうかもね。でもやっぱり全部を○○○君にあげられないのは……私は悲しい。」


例えばお口。彼に教え込まれていれば、もっと自信をもって行為に臨めたでしょう。

例えば胸。彼にずっと育てられていれば、もっと彼好みのモノになっていたでしょうし……愛され続けたという歴史がお互いに刻まれていたハズよ。

例えば今も繋がっている部分。初めての時から彼を受け入れる事が出来ていれば、彼専用の鞘として他の癖や歪みのないモノになっていたと思う。

私達はせっかく早い内に出会えたのに、全てが遅かった。


「そんな事はない。全てを手に出来ると言ったろ?よし、準備運動はここまでだ。ここからは本気で君を奪いに、トモミの人生を塗り替えに行くから、覚悟してくれ。」


はえ!?今までのが準備運動?本気で私の人生を塗り替える?

なんだかよく解らないけど、○○○君が望むならいくらでも頑張るわよ!


「いつか使いたかったこの技を……エイジスライダー!」


彼の前に横向きのメニューバーの様な物が現れ、そこには数字が数種類並んでいる。それを少しスライドさせると、値が1つ減って私の身体が少しだけ若返った。あああ、これっていつぞやに○○ちゃんの頭に浮かんでいたアレ!?


「擬似的とはいえ、シた事実は君の中に残る。」


なるほど、人生を塗り替えるってそう言う事ね。

願ったり叶ったりよ!全部受け止めるし、全ての私で愛して魅せます!


「ありがとう。絶対に後悔させないからな!」


そのまま休憩は終わりを告げて、さっきと同じく……それ以上に燃え上がる。

私の年齢はワンセット毎に1つずつ下がり、20代になると更にヒートアップした。毎回私の身体中が○○○君の証しで中も表面も満たされていく。

どんどん若返りやがて刃を鞘に収めようとした時、その痛みが私を貫いた。


「いっつうう……ごめん、ここからはゆっくりでお願いするわ。」


「大丈夫か!?事前に破瓜の年齢を言ってくれれば痛覚を……」


それはちょっとどうかと思うわよ?私にも恥じらいってものがあるわけで!でも私の口からはそんな言葉は出てこない。


「ううん、痛覚麻痺はいらない。ちゃんと○○○君を受け止めたいから。我慢できないなら仕方ないけど、乱暴にだけはしないでね。」


「解ってる。ここからは切り替えていこう。」


セットが進む毎に私の身体は彼を受け入れ難くなっていく。

吐き出す直前のラストスパートは振動型にして負担を減らしてくれた。

せめてお口だけはスムーズにと頑張る私に、彼はとても喜んでくれた。お礼とばかりに鞘を前後とも充分にほぐしてから刃を通す。痛みはあるけど彼のためにも、そして自分自身のためにも受け入れたわ。

彼が"男性"を放つ度に私が彼のものになっていくようで、とても強い満足感を得られた。


そしてついに私の年齢は○○ちゃんが意識し出した年齢まで下がった。


「あ、あのね?嫌って訳じゃないけど、そのサイズはこの身体じゃ……」


1つ前の年齢でもキツかった私はさすがに躊躇う。だって女と言うより少女な訳でして。


「内部ではサイズは合わせてたけど、そもそも受け入れられるほど発達してないか……」


「ま、まずは今まで通りにしましょ?良いアイディアが浮かぶかも!」


ここまで来たら最後まで受けいれたいマイハート。

私はとにかく精一杯彼を愛してその意思を伝えたわ!

彼もそれを受けて私の事を芯からその気にさせてくれる。

そしてその時。空間の制御で私の両方の鞘を拡張することで、彼の刃を交代でそこへ収めることに成功した。


私はいつの間にか気絶してしまったけど、夢の中でも彼との続きをしていた。どうやら本当に彼が夢に侵入してきているらしい。

全てを塗り替えるってここまでするの!?

夢の中だから物理的な痛みはなく、ただただ魂を交える幸せな時間だった。


「目が覚めたかい?さっ、そろそろ湯船に浸かろう。」


「○○○君……うん。えへへ……」


お姫様抱っこで湯船に向かう○○○君。


その後湯船で私達は抱き合い、笑いながら泣き出した私の頭を彼はそっと撫でてくれた。人心地ついたら涙の跡を唇で舐め取ってくれて、嬉しくなった私は更にぎゅっと抱き締めた。

幸せな時間だった。今まで共に未来を歩めなかった私達の運命が交差した。もちろんそれは一時の事。でもそれを許してくれた彼と彼の奥さんには感謝しかない。


「でもどうして許可が下りたの?そこまで○○○君の心境に変化があった?」


「君のファインプレーだよ。自分を低く貶めた事で、オレの無意識が変化したらしい。」


セイドレイの役職の事?あとは……あぁ、私をお金で身請けした件もかな。あはは、割りと自爆気味の借金生活突入だったけどそれが功を奏したとか人生わからないものね。

て言うか○○ちゃん、いつの間にか私を後ろから支えて好き放題してる。べ、別に嫌じゃないけど!


「もう、エッチなんだから。うふふ、なんだか変なの。あんなに苦労したのにそんなことで○○○君と愛せるなんて……あ!まだ言ってなかったわ!」


私はモゾモゾと彼の正面に向き直って顔を近づけ、目を見ながら告げる。


「○○○君、愛してます!」


コトが済んでから告白とか、エッチなマンガみたいな事をしてしまう私。


「ありがとう。オレは言葉にはしない。行動で見てくれ。」


「解ってるわ。私は貴方の理解者ですもの。……愛してます。愛してるわ……」


彼が愛をささやけるのは奥さんと娘さん達だけ。だから私はその分彼の耳元で愛をささやき続けてみた。もちろん弱点の左耳よ?

幾ばくもしない内に彼の刃が研ぎ澄まされて来た。


「あら~、まだ元気なのね。」


「このままじゃキリがない。後始末にかかろうか。」


再び洗い場に移って、私は彼の刃をなだめてあげた。

彼も私の身体を洗ってくれた。とんでもない量の彼の残滓が私から流れて行ってしまう。


「うわぁ……これは……」


思わず絶句していると、彼が後ろから密着してチカラを使う。

すると徐々に身体が元の年齢に戻っていく。どの年齢の私からも残滓が流れ落ちていく。それもすごい衝撃だったけど……あぁ、ピチピチお肌が老いていくわ……。


でも私の心には彼との新たな歴史が刻まれている。一生を彼に捧げることが出来たこの夜は、とても素晴らしい思い出になった。


あ、あと骨盤はもとに戻してくれた。あんな年齢で経験したらバランス悪くなるものね。


その後は彼に支えられてイチャイチャしながら自室へ送って貰ったわ。

監視役のユズさんにもお礼を言って、○○ちゃんとお休みのキスをして寝たの。この日はとても幸せな眠りをむさぼったわ。


魔王邸時間で1週間程身動き取れなくなったけど!

お陰で○○ちゃんや奥さん、メイドさん達にニヤニヤされながら全身お世話される日々を送ることになってしまった。



…………



「みんな高ぶりすぎよ!静まりなさいっ!」


ぶわっ!!!


宗教同士の確執から大規模な戦闘行為に発展した地域。

その戦場に上空から黒いチカラの霧を放つ。


「「「うわああああ!!」」」


彼らは一瞬で高ぶりを発散してズボンを汚しながらその場へ崩れ落ちた。


「俺の出番がねえ……」


一緒に来たケーイチさんがつぶやく。ちょっとやりすぎたかもしれない。


「何をしたんだ?これ。」


「無理やりお……オーガズムに達してもらったわ!」


一応女なので言葉は選んで発言する。○○ちゃんが人間の何割かはそこに支配されてるって言ってたし!


「おまえなぁ、それでもこんなにはならんだろう。」


「連続10回くらいなら毒気も抜けるかなって……」


「普通に死ぬわ!おまえ、マスターに毒されてねぇか?」


そ、そうかな?○○ちゃんはこれくらいじゃ……あぁ、普通は一度したら休憩が必要なんだっけ。やっぱり毒されてるかも。えへへ。

この技は"テクのブレイク"と名付けて、後で洗練させましょう。


「……まあいいわ。オレが大将の首取ってくるから、周り見といてくれ。」


「はーい!」


何かを察して若干気落ちした彼は地上へ降りていく。

なんか若い頃と立場が逆になってるわね。

でも彼だって奥さんや回りの巫女さんと好きにしているわけだし、私に拘る理由はないハズよ。


ケーイチさんが大将首を探している間にヘリの部隊が来たけど、パイロットは快感と共に全機墜落していった。



「うん、バイトちゃんもそろそろ1人で仕事を任せても良さそうね。でも保険はちゃんと持っておくように。」


社長の家で報告すると、現場責任者を任されることになった。


「はい、社長!○○ちゃん、お願いね。」


「ああ、後で渡すよ。」


「うん!」


保険。当然○○ちゃんのチカラの事だ。防御や回避、戦場からの離脱さえも彼のチカラなら可及的速やかに行える。


ケーイチさんには電池と称して塊を渡すが、私には後で……つまり2人きりで、うふふ!


「マスターは今後も異世界が多くなるけど、地球でも少し気になることがあるから後で話すわね。」


「別に今でも良いですけど。」


○○ちゃんの真似をして社長が彼にお誘いを掛けてある。

だが○○ちゃんの反応は淡白だった。


「そ、そんなこと言わないで!たまには良いでしょ!?」


社長は相変わらず○○ちゃんと弄んだり弄ばれる関係が好みみたいね。なんだか本当に彼に翻弄されているようにも見えるけど。


「トモミも気を付けろよ。あいつ、普通の変態じゃないぞ?」


ケーイチさんがこそっと注意を促すけど、だからこそ良いんじゃない。


「心配いらないわ。彼は後悔させないと約束してくれたもの。」


暗に彼とお付き合いしていることを伝えた私。


「おま、やっぱり……」

「彼が約束は守るのは知ってるわよね?」

「まぁ、な。そうか、そうだよな……むう。」


ケーイチさんも彼を解ってはいるハズだけど、複雑な心が和解するにはもう少しかかりそうね。

でも大丈夫。昨晩もバカになりそうな快感の波から逃げようとした私を後ろから捕まえて、鞘に入れたまま両手両足の空間を切り離されたのね?

でもその波のなかで切り離された両手を念波で動かして彼のカートリッジと排気口に反撃したら、とてもかわいい声で……。

まぁ私も気絶するほど攻められたんだけど。

とにかくすこぶる上手いことやってるわけです。

アレで奥さん相手よりグレードが落ちているなんて、夫婦間だと何が起きているのかしらね。

もちろんアレだけじゃなくて、魔王邸でのお仕事は今の彼のチカラの使い方を知るのに良い機会よ。外道な技がとても増えてたけど、それだけ必死に家族を守ってるってことだし!


「そんな顔をしないで。あの頃も幸せではあったから。」


「……気を遣わなくていいさ。オレの事は自分でケリをつけるからよ。それじゃお疲れ様だ!」


ケーイチさんはそう言って帰宅していった。

その後も私の仕事は驚くほど順調で、2つの仕事をこなせばこなすほど自分の夢を叶える為のヒントも得られていった。



「だったら、ねえ?私もそろそろ、子供が欲しいなぁっとか思うんだけど……ダメ?」


夏本番に近づいてきたある日。

魔王邸高級ホテルの自室で一緒にシャワーを浴びていた私達。

誕生日プレゼントで欲しいものを聞かれて、かねてから欲しかった自分と愛する人との分身が欲しいとお伺いを立ててみる。

年齢的にも急がないと、これ以上は大変になってしまう。


「そこはまだ許可できないかな。世界の流れ的に、せめて借金が無くなってからの方がいいよ。」


「それだと5年は掛かるじゃない?私達、40になっちゃうわ。」


「物理的にはオレのチカラでなんとかなるけど、気持ちの問題もあるか。」


そうそう!やっぱり好きな人の子供はなるべく早く欲しい!

あぁでも今の二重生活でも○○ちゃんのサポート有っての事だし、難しいのも確かなのよね。


「少し見させてもらうよ……むむむ……」


○○ちゃんは赤くなった瞳で私のブラウンの瞳を覗き込み、何やら考えている。

私と言う存在の世界のコトワリを見て、未来予知に近い予測を立てているのだろう。


「な、なんとかなる?」


「難しいなぁ。方法は無くはないのだけど……」


あちゃー、この反応は芳しくないですな。


「代償が大きいのね……あ、その方法は言わなくて良いわ。知ったら心のブレーキが効かなくなる!」


「では代替案。クオンの子守りをしてくれ。維持管理の仕事は君のお陰で自動モードも相当強化されてるし、あちらは半分で良い。」


すかさず私の心へのフォロー案を出す○○ちゃん。普段の仕事も減らしてくれるらしい。


「予行練習ってわけね!任せて、これでも教師っぽいことしてたし!クオンちゃんも私に懐いてくれてるし!」


クオンちゃんは今年の5月に3歳になっている。色々なものに興味をもって、この前なんかはお姉ちゃんのパソコンで色々調べていた。セツナちゃんもそんな感じだったらしく、姉妹揃って天才だとご両親は娘達を抱き締めていた。

その中に私も入って良いと言うのは素直に嬉しい。

子育ての練習をして○○ちゃんの家族とも仲良くなって……ふふふ!


「何故かオレには懐かないのにな……」


相変わらず邪険にされている○○ちゃん。もしかしたら……。


「同族嫌悪かもよ?」

「なんで!?」

「女の子大好きじゃない。2人とも!」

「……暫く妻以外とは控えた方が良いのか?」

「それは困るわよ!」


そんなやり取りがあり、私のお仕事に子育てが追加されました。

その後誕生日には彼のチカラで作られた指輪を頂いたわ。

他の女性も貰っているものらしいけど、彼がずっと側に居る感じがして……共に未来を送って行ける!そんな嬉しい気持ちが膨れ上あがりました!



…………



「ただいまー。」


「お帰りなさい!今日も大活躍だったね。パパも喜んでたよ。」


「そ、そうかな?ふふーん。」



2016年8月。仕事を終えて自室に戻ると、クオンちゃんが出迎えてくれた。サポート室とかの情報が彼女に回ってるのだろう。


「少し汗を流したいから待っててね。」

「私もいくわ!」


部屋に備え付けられている浴室に向かうと、クオンちゃんもトテトテと付いてくる。可愛い。


「あー、生き返るわ。魔王から人間に戻る感じ。」

「魔王って言うか悪の女幹部なイメージだけどね。」

「派手ではないものね。でも最近は反撃もされるし疲れるわ。」

「じゃあ私が洗ってあげる!」


一緒に浴室でシャワーを浴びてると、彼女は小さい身体で一生懸命私を洗ってくれようとする。

お礼に私も洗ってあげると幸せそうな笑顔でお礼を言ってくれる。超可愛い。


「でもなんか不思議。クオンちゃんて年齢の割りにしっかりしてるから、子守りと言うより年の離れた友達みたい。」


笑顔は年相応に可愛いけど。

セツナちゃんは同じくらいの時にはパソコンを使ってたらしいし、とんでもない姉妹よね。


「だってこの家、1日が長いから成長も早いんだもん。パパが身体の方は調整してくれてるけど……」


そう、○○ちゃんは1日が30日とかあるのでこの家の住人達も必然的に時間が経過する。娘さん達はもう少し短いけど、それでも10日とかはあるわ。

大人は遺伝子レベルでの細胞の劣化が無いだけだから違和感はほとんど無いけど、成長する子供には時間干渉による調整を入れないとあっという間に身体が成長してしまうのだ。


とは言えそれはあくまで物理的なお話。

精神的には時間が多い分、色々と知識を溜め込んで成長する。脳の大きさという制限はあるけどね。

だからクオンちゃんが3歳でもここまで会話が出来るのは、自然なことといえる。のかなぁ?


「私はお姉ちゃんの時より話せるらしいけど、チカラの方はイマイチだからビミョーなのよね。」


「充分すごいと思うけどねえ。その年で浮けたりするんだし。」


「そんなの全然よ。お姉ちゃんの可愛さに追い付かないと!」


「……その可愛さで何を言ってるんだねクオンちゃん。」


セツナちゃんは文句無く可愛いわ。でも次女のクオンちゃんももちろん負けてない。

お母さんユズリの銀髪にバランスの良い体型、つるっつるなお肌。目元がちょっときつめなくらい?

2人とも好奇心旺盛で甘えんぼさん。でもセツナちゃんは突撃タイプで、クオンちゃんは警戒心もある慎重派って感じ?


タオルで良く拭いてあげて、仲良く着替えて一緒にテーブルの席に着く。もちろんクッキーにアイスティーも添えているわ。


「フシギなんだけど、ウチの大人達ってなんでハダカでパパとくっつきたがるの?」


「……大人になれば解るカナ?」


思わずカナさん風の台詞で逃げようとする私だったが、○○ちゃん的にはアウトな教育かと思い直す。例え相手が3歳児であっても。


「ごめん。それはね、男と女にはーー」


「そこは知ってるわ。お姉ちゃんが大人のヒミツとかいって詳しく教えてくれたもの。自分でインターネットでも調べたし。」


セツナちゃん!?妹になにを教えてるの!?

そしてセツナちゃんのパソコンにはクオンちゃんの検索履歴が残っており、後日それをこっそりチェックした○○ちゃんが娘のおませぶりに更に困惑していたわ。


「私が知りたいのは気持ちの方よ。カイカンとかコドモとかは置いておいて、なんでパパを選ぶのかなって。だってパパはママをウチューイチの良い女って言ってケッコンしたんでしょ?なら他の女の人は入ってはいけないんじゃないの?」


「それは……それこそ大人でも解りにくい事かもしれない。」


「トモミさんは?2人とも凄い所に口を付けてたのをお姉ちゃんと見たよ?」


はうあ!?見られていた!?


「私はそうね。彼の側に居ると安心するから、かな。絶対その、力強く守ってくれて……」


「むむむ、カナさんもそんなことを言ってたのよねぇ。」


「クオンちゃんはどうなの?ずいぶん避けているじゃない?」


「それはそのぉ……」


なんかモジモジ始める3歳児。こんな可愛い生き物が存在して良いのか!

それにこの反応、○○ちゃんのことをただ嫌っているわけでは無いようね。


「お父さんずっと気にしてるわ。嫌いじゃないなら甘えてあげると喜ぶわよ?」


○○ちゃんに恩を返すチャンス到来。ここぞとばかりにクオンちゃんを煽ってみる。


「こう抱きついてぇ、上目遣いでおねだりするとか。」


「お姉ちゃんがよくやってるやつ?は、恥ずかしいし……」


あらあら、この感じ?むしろバケるのでは?


「ば、バケないわよ!私は、私はパパとはそのぉ……」


むむ、今私口に出してたっけ?てことはーー?


クオンちゃんはもしかしてお父さん大好き?

でもみんなの心の声が聞こえて遠慮してるのかな?


「そ、そそそんなんじゃないし!?」


じゃあどうしてお父さんにくっついてあげないの?


「こんなトンデモ家族の次女として生まれた身ではですね、色々事情があるのよ!」


なんだか訳有り風な事を言っているけど、顔真っ赤な3歳児可愛い。


「その事情、私に聞かせてくれない?きっとチカラになれるわ。」


「トモミさん、私と似たチカラだよね?助けてくれる?」


「もちろんよ!」


ふふんと胸を張ると、クオンちゃんは事情を語りだした。


まずクオンちゃんのチカラは、時間を操るより精神干渉の方が強めに遺伝したみたい。但し、読み取り専門!だから誰かの気持ちを読み取っても、疑問も返事も返せない。完全に一方通行らしい。もちろんそれに気がついたのは後になってからで、最初は混乱してばかりだった。

特にこの家では男の存在が異質である。父親を名乗る男が1人いるだけ。

更に言えば彼には全ての女性からの理解しがたい気持ちが向けられていた。

そんな異質な存在に恐怖し、母親を名乗る女性に助けを求めたのが始まりだった。


「その、ママはスッゴく優しくていい匂いで……」


「そこで女体に目覚めちゃったと……?」


「最初からそう意識した訳じゃないわよ!?なんかいいなあって……気がついたらパパそっちのけで甘えてて。パパは優しいけどなんか苦手で……変なモノ生えてるし。そしたらパパが色んな女の人とああいう事してるじゃない?凄く怖くなって、余計に女の人に……」


そりゃあ性に目覚めてない子供からしたら、性行為て恐怖よね。

特に女の子からしたら見た目はいじめか拷問だもの。

○○ちゃんがなるべく見せないように気を付けているのは分かっているけど、頻度的にも娘さん達の才能的にも隠し通せなかったのか。


「あ、それでお姉ちゃんに教わったの?」


「うん。なんでかお姉ちゃんもパパのフシギなところを欲しがってるから……そしたらいっぱい教えてくれて、少しウチの家族構成に納得し始めたところかな。」


「その年で納得出来るのはさすがだけど。」


「それでね。パパとはこのままじゃ良くないとは思ってるんだけど……やっぱり男の人って心も身体も違うじゃない?どう接していいのか分からなくなるの……」


なんて良い子なの!?思春期どころか幼女時代に父親のそう言うのを見ちゃったら、普通はこうはいかないわ。

私はクオンちゃんを抱き締めて頭を撫でていた。


「トモミさん?むへへ、優しい感じがする~。」


この子は特殊な家に生まれ、特殊なチカラを得た。その結果大混乱してしまったのだけど、こうしていると普通の女の子なのよね。3歳にしてはとてつもなく賢いけど。

ならばきちんと○○ちゃんと話し合って普通の親子関係を築いて貰いたい。

クオンちゃんにはパパはとても強くて格好良い、家族思いの人だって分かって貰いたいし……○○ちゃんにも娘さんは自分を嫌ってなんていない、素敵な女の子だって知って貰いたい。


「そうだわ!私なら……ちょっと待っててね。すぐに用意してくるから!」


私は好きな人の娘さんの為に、魔王邸を走り回った。

結果、1つのペンダントを用意してクオンちゃんの下へと戻ってきた。


「はい、これを貴女にプレゼント!お父さんとお話しする時のお守りよ。」


「わー!キレイな石が付いてる!これホウセキってやつですか!?」


私が透明な石付きのペンダントを見せるとテンション上がりまくりのクオンちゃん。


「クリスタルよ。日本語だと水晶って言うの。ルクスちゃんのチカラとクオンちゃんのパパの情報を私のチカラで統合して、加工したものよ。着けてあげるから後ろ向いてね。」


「やったー、ありがとう!キレイだね!」


両手で水晶を包みながらいそいそと鏡に向かう姿は、年頃の女の子を思い起こさせる。色んな角度から確認していて可愛らしい。


「喜んでくれて嬉しいわ。それを着けてればパパとお話ししやすいハズ。話す時は軽くで良いからチカラをそれに籠めてね。」


「うん、ありがとう!さっそく行ってくるね!」


クオンちゃんは部屋を飛び出してパパを求めて走っていった。


あのペンダントは毎度お馴染みのモノに、ルクスちゃんのチカラと○○ちゃんの遺伝子情報が入ってる。

多分生まれたばかりの時から自分を守る為に周りへの精神干渉を拒絶したクオンちゃん。その負の心から生まれた壁を、ルクスちゃんパワーで一時的に取り壊すの。対象設定は当然○○ちゃん限定よ。完全に壁を壊さないのは、そう言う警戒も世の中必要だからね。まずは優しいパパさんで慣らしましょう。


その日、歓喜した○○ちゃんとクオンちゃんが抱きついてきた。

くんくん、凄い喜びようだけど順番的には5番目くらい?

やだ私ったら、こんなの変態みたいじゃ……彼相手なら良いか!


「良いの。私は30年下の友人に、素敵な未来を目指せるペンダントを贈っただけよ。」


クールぶってそんな台詞を伝えたけれど、内心は物凄く期待しちゃっていた。


「パパ、トモミさんOKっぽいよ?」


「うん、ならこのまま拐おうか。」


「へっ!?」


私は夫婦の寝室に連れ去られ、めちゃくちゃ歓迎された。

具体的に何があったかって?

クオンちゃんの想像以上の成長ぶりから、きちんと男性の教育を施しただけよ。手順を踏んだ男性は怖くないよってね。セツナちゃんも混ざって大興奮してたわ。

つまり私の期待を満たしつつ、娘の教育をするという一挙両得的な。これで喜んじゃう私は多分おかしいんだろうね。

でも彼を想うと何でもしてあげたくなっちゃう。惚れた弱みといったらそれまでだけど、先に惚れたのは彼の方なのにオカシイな!?

借金は割りとガッツリ減らして貰えたから助かったけども。


こうしてちょっと普通ではないながらも、私は魔王として……魔王邸の一員として順調にコトを進めていたわ。

私は昔を取り戻す勢いで○○ちゃんに愛を語り捧げ、彼も態度でそれに応えてくれた。

借金も順調に減って行き、これなら本当に40歳で完済して子作りに挑戦できそうね。


でもニンゲンは、そこまで甘くなかった。


「目標はこの奥だな!?トモミ、一気に叩くぞ!」


「ええ!」


秋本番の中国の街並みを突撃する私とケーイチさん。

複雑な路地と建物の構造、そして目標物の破壊が仕事なので今回は2人で行動していた。


この辺りで新兵器を開発中とのことで、それの破壊が命じられているのだ。依頼人はきっと製作者のライバルかなにかね。

派閥争いってなんでみんな大好きかなぁ。お陰で私の借金が減らせるんだけど。


(今だ、起動しろ!)

(こんなんで行けるのか?システム起動!)


「ケーイチさん、上空へ緊急退避!」


近くの敵の不穏な言葉に反応してすぐに相方へ注意を促す私。

なんか相手も不安そうなのが余計に気になる。


ビシッ、ガラガラガラ……


建物の外壁が崩れて中から色取り取りの壁がむき出しになる。

その瞬間、上へ跳ぼうとしたケーイチさんがそのまま出来の悪いアスファルトに崩れ落ちた。


「なんですって!?ケーイチさん!!」


同僚であり元旦那の安否が気になり、突撃していく私。

当然不用意にではない。チカラを周囲に放って索敵かつ進行を阻む精神波で警戒している。


なのに……危険な反応はなかったハズなのに……。


私はケーイチさんの側で身動き1つ取れなくなった。


なにこれ!?なにも出来ない!!

動くどころか呼吸をしようとすることさえ出来ない。

と言うかこの焦る気持ちですら波が引くように消えてーー。


「「…………」」


「やったぞ!成功だ!!」

「マジかよ、あんな板ッパチだけで!?」

「万が一がある。取り敢えず動けないようにして捕獲するんだ!」


「了解、撃て撃てえええ!」


ずだだだだだ!!


「これでオレ達は英雄だぜ!!」


途中からは何も感想を抱くこと無く、唯々敵の会話や銃撃に身を晒していた私達だった。



2016年10月4日。奇しくもミキモト事件のきっかり2年後に、第二と第三の魔王が敗北したのだった。



…………



「ここは……」


「あなた!良かった、気がついたのね!?」


棄民界の神社の自室で目覚めたケーイチ。

素っ裸で布団に寝かされ、看病していたであろうサイガが泣きつく。


「うーん、あ!○○ちゃんだぁ。好き~!」


その隣では寝ぼけたトモミが、様子を見ていたマスターにキスをプレゼントしている。


「トモミ、一応非常事態なんでそう言うのは後にしてくれ。」


「ふぇ?きゃっ!!ごめんなさい!!ハダカ!?あわわわわ……」


ケーイチに凄い目で見られていたトモミが離れ、彼と同じく素っ裸だったので素早くシーツで肌を隠す。

せっかく目覚めたのにケーイチの目は死にかけだ。

でもサイガに頬をつねられて正気に戻らされている。


その後、身なりを整えて客間に揃った魔王達は状況の確認に入る。


「一体どういうことになってるんだ?」


「あなた方は中国の新兵器をモロに受けて敗北した。まずはその認識を持っていただきたい。」


「「…………」」


沈黙する魔王達。何が何やら分からなかったが、自分達は負けた。その意味が両者に重くのし掛かる。

普段はへらへらしているマスターが真剣な態度を取っている辺り、大人しく認めざるを得ない状況なのだろう。


「その、新兵器とは……そんなに恐ろしいものなのですか?」


サイガが不安になってマスターに質問する。今後のケーイチが危険な目に遭うのは心が痛む。


「オレ達魔王に対しては世界中で対抗策を研究されている。そのプロジェクトの中の1つ……とも言えないような、しょうもないチームの策に引っ掛かったのが今回の負け戦だ。」


(○○ちゃん、怒ってるうう!)


トモミは内心で震えていた。彼の話を要約すれば、油断して学生サークルの発明品に負けたような雰囲気だ。このままではきっと良くない。


「今回の兵器……とは言いたくないくらいの悪趣味な板ッパチだけど、あの地域の風水だか占いだかの結界のようなものだった。敢えて世界の理を内部で停滞させて、意志から生まれる活動をゼロに近づける。オレ達は自分の意志でチカラを使うが、それを封じられた訳だ。」


意思をゼロにする。それはチカラだけでなく通常の活動もだ。


「そんなのが開発されていたなんて……」

「そこからどうやって私達を助けてくれたの?」


「助けるもなにも……君らを捕獲しようとした連中も結界内に入って止まってたんだ。」


「「はあ!?」」


「銃でキズつけたとはいえ、結界を解くのは怖かったんだろうね。お陰で楽々と情報を得て君たちを回収させて貰ったよ。もちろん結界は破壊してきた。」


「そんな間抜けにオレ達が……」


「発想だけは良かったからね。意志を奪えばどんなチカラ持ちでもただの人以下になる。」


「私があの時気付いていれば……」


「そう、逆を言えば何かする時には予兆となる意思がある。それが分かっていながら負けるのは良くない。お陰で今、世界中で風水とかが注目されて株価にも多大な影響が出ている。」


「それってつまりよ。今後はあれのパワーアップ版が量産されるってことか!?」


「そうでしょうね。ほら、対魔王弾の時と同じですよ。」


「くそ、またオレは同じ過ちを……」


「現状を跳ね返すなら対策が必要です。けどトモミはともかくオレの対策がトキタさんに合うとは限りません。暫くは休んで検討してみると良いでしょう。」


「ど、どうしてだ?何時もみたいに……」


「ケーイチさん、マスターさんはそろそろ自立して欲しいようです。それに神と悪魔では系統が違うので……」


頭脳筋なケーイチに代わってサイガはマスターの意思を理解していた。


「そう言うことです。トモミも魔王業は一旦お休みして、対策するよ?」


「……うん。助けてくれてありがとう。」


自身がやらかしたことの重大さに凹みながら、彼女は魔王邸に帰って行った。



…………



(また、助けられちゃったな。調子に乗ってたのかな……)



自室で1人で凹んでる。気晴らしにテレビをつけたら魔王撃退のニュースしかやっておらず、すぐに消した。

何でも先進国がこぞってその技術の輸入を検討しているとかで、大変なことをしてしまった実感が更に沸いたのだ。


このままじゃ私達どころか○○ちゃんや、魔王ブランドが崩壊しかねない。

こんなに世話になってるんだから、私ももっと頑張って自立しないと……。○○ちゃんに修行とかつけて貰った方が良いのかな。

世界のコトワリが見えれば、アレだってもっと早く気付けたかもしれないし。


「今回は無事だったけど……」


私は撃たれた箇所を触りながら確かめる。

キズは1ミリも残ってないが、なぜか痛みを感じる気がした。



…………



「はい、お待ち!マスター、次のマグロ皿は……」


「おっとすまない、はい、お待ち!」



2016年10月の半ば、水星屋の営業中。セツナがキリキリ働く中でマスターは考え事をしていた。数秒とはいえ料理の提供が遅れるのは珍しい。


「お父さん、調子悪い?」


「いや、大丈夫だ。切り替えるよ。」


「マスター、新しい女の事でも考えてたか?」

「せっちゃん、もっと叱って良いぞー!」


常連客からはここぞとばかりにヤジが飛ぶ。


「そうなの!?そんなことより私との将来を考えてよね!」


「煽らないでくださーい。セツナも一緒に気持ちの切り替えだ。」


ずばばばと注文される予定の料理まで作って配膳するマスター。

今度はやりすぎである。


「なんだ、慌ただしいな。マスター、少し話があるんだが……」


「いらっしゃいませ!ご注文はおまかせですね。こちらへどうぞー。」


セツナがすかさず対応して席をあける。マジ話くさかったのでさっさと席に通して、こっそりお高めの料理を提供するしたたかなマスター候補。若干9歳。もうすぐ10歳だ。


「お前の娘、貫禄が出てきたな。」


「それより用件は?」


まずは雑談で助走をと思ったケーイチだったが、急かされて言いずらそうに口を開いた。


「……トモミをウチで引き取りたい。」


「それについては即答できませんね。」


「へ?お前なら即答で拒否ると思ったんだが……」


予想外の返事にちょっと間抜けな声を出すケーイチ。

店を追い出されるか、最悪殺されるかもとヒヤヒヤしていたのに拍子抜けである。


「普段ならそうでしょうね。でも例の件の対策が思い付いたのでしょう?」


「まあな。ただ一朝一夕じゃすまねえ。」


「大方神のチカラをその身に宿すのでしょう?そして千里眼に至れば大抵の策略は見抜ける。」


「なんだ、知ってたのか。なら話は早い。」


「ここのところ例の対策、その先のあなた方の在り方をずっと考えてました。当然その方法も考えましたよ。」


「で、どうなんだ?」


「どういう道を選ぼうと恐らく大差は……有るけど無い。本人にとってはね。ただ引き取るとなるとあの神社は想像以上の負債を強いられますよ?」


「それは……1000億の事か?元妻を引き入れることの話も含めて、サイガとは話し合った。悪くはしないつもりだ。」


「……覚悟があるなら、彼女次第ですね。」


その台詞を受けてケーイチは最大の障害をクリアしたと感じていた。周囲の客もチカラによる痴話喧嘩に発展しなかった事で驚いている。

ただ安心したせいで全員聞き逃していた。

想像"以上"の負債。つまり今言ったリスクは想像出来る範疇だと言うことを。


「ならトモミを呼びましょう。……来ましたね。」


「○○ちゃん、ケーイチさんの話って?」


時間をすっ飛ばしたのか、即座にトモミはキッチン側から現れてカウンターに移って座る。


「急な話だが、ウチの神社で修行しないか?」


「それは魔王邸を離れて?」


「そうだ。当然マスターとも暫くは別れることになるが、ウチの神のチカラで千里眼さえ手に入れれば仕事も上手く行く。」


「それ、○○ちゃんはOKしたの?」


物凄く疑念に満ちた目でケーイチ達を見るトモミ。


「君の今後についてはいくつかの選択肢を考えた。その1つがコレだから、トモミの考え次第だと思ってる。」


「ちなみに他の選択肢は?」


「他だとオレが直接修行を付けるのが最有力。神のチカラは手に入らないが、オレのように色々見通せるようになる。トキタさんの案だと、神のチカラで仕事が捗る事になる。」


「要は悪魔的な解決か、神がかりな解決かだな。」


「男の人って勝手ね。」


「「…………」」


トモミの言葉に沈黙で返す2人。ケーイチは意図を解ってなかったが、マスターは解っていて黙る。


(私が神社に行けば恐らく負債もケーイチさんに移る。ならば私を好きに出来るのよね。今更だし絶対に嫌だけど……思うところもあるのよ。)


トモミはマスターに依存しすぎなのではないかと考えていた。

何でもかんでも世話になりすぎていて、だからこそ油断して今回の不祥事が起きたのではないか。

神社へ行けば○○ちゃんが断言したのだから、上手く行くのだろう。それならば○○ちゃんと肩を並べて堂々と付き合えるのではないか。


「ケーイチさん、ハッキリ言っておくわ。」


「おう。」


「私は○○○君を愛してる。昔の事を持ち出したり修行の一環とかで変な気を起こしたら……全員アケミさんのところへ送るから。」


「……おう。」


実は少し期待していたケーイチ。寒気を抑えながら応える。


「決まりですね。くれぐれも頼みますよ。」


この翌日。魔王邸的には数日後、神社の境内に少ない荷物を持ってトモミが修行に訪れる。ケーイチとおじいちゃんスタッフは歓迎したが、巫女さん達の視線は鋭かった。


(まあ、魔王邸でも最初はそうだったしね。)


トモミは辛くとも成功が約束されている修行に一歩踏み出すのであった。



……

……

……



『ねえ、もう時間も場面も残り少ないわ。』


分かってるけど、何とかしないと!


『もう諦めて彼に頼ろう?』


それでは私が魔王邸を出た意味がないわ!


『死んだらプライドも何も無いわよ。』


分かってる。


『死んだら○○ちゃんが悲しむわ。』


分かってる!


それでも私は助けられるだけのお姫様では無いのよ!



…………



「あなた、後悔してるの?」



魔王邸の夫婦の寝室では、いつもより気の散っている旦那を妻が気遣う。決して怒っているわけではなく、同情している。


トモミを送り出すまでの数日は、念入りに情熱を確かめ合った。それはマスターだけでなく妻の○○○やカナも同様だし、クオンも何かを察したようにトモミに甘えていた。


「魔王って因果な商売だな……」


「そうね。でもあなたは間違っていないわ。」


トモミがどちらを選択をするにせよ、大変な思いをするのは解っていた。だからせめて本人に選択してもらい、自分は全力でフォローをすることに決めた。


「そうだと、良いな。あぁ、色々と連絡しないと……」


マスターはベッドから立ち上がろうとするが、妻にそっと止められた。


「待って。今のまま行って気の抜けたエッチをしたら怒られるわ。まずは自信を取り戻させてあげる。」


「お前は本当に宇宙一の良い女だ。」


「それはあなたのお陰よ。あなたの存在が、私を宇宙一にしてくれているの。」


その言葉とともに開始される優しい宴。

自信とやる気を取り戻したマスターは、今後のために根回しを開始する。

だが身体中に妻からのキスマークを付けていって結局怒られた。



…………



「貴女は本当にやる気があるのですか!?」


「もちろんよ、続きをお願いします。」


「……休憩よ。あの件、気が変わったら申し出てください。」



サイガは神社の外の岩場にトモミを置いて、すたすたと本殿へ戻っていく。トモミは突っ伏した身体をなんとか起こそうとチカラを籠めた。


(私から悪魔を抜くですって?冗談言わないで!)


なんとか立ち上がった彼女は神社の離れに用意された自室へ向かう。離れに近づくと突然冷水が掛けられた。


(これで少しは悪魔を払えるでしょう?感謝なさい!)


そんな悪意が籠められた水を浴びて、師走の冷気に凍えるトモミ。


「こ、こんなことで……」


チカラを自身に巡らせてなんとか正常な体調を保とうとする。


彼女は巫女達と上手くいっていなかった。


神社再興の希望であるケーイチ。その彼が連れてきた元妻。

しかし彼女は現代の魔王という悪魔を崇拝し、身も心も染め上げられていた。

巫女達もマスターのことは認めざるを得ない立場だが、修行となれば別の話。ここの神とマスターでは過去のイザコザが原因で相性が悪く、神のチカラを下ろすにはマスターの影というか残滓を抜かねばならない。

その為に効率が良いのはケーイチとの契り直しだったが、彼女は断固としてこれを拒否した。

巫女達からすれば愛する男を断腸の想いで昔の女に貸し出そうと言うのに、その全てを拒否され自分達まで否定された気分になっていた。


その結果トモミはケーイチとは別々で修行をすることになり、

彼の見えないところでイビられる毎日を送る事になった。


「サイガも休憩か。トモミの方は順調か?」


本堂の方へ歩いていくと、最近元気を取り戻しつつあるシイタケ神に修行をつけてもらったケーイチが休んでいた。


「もちろんよ。少しずつ神通力を通しているわ。」


サイガは休憩している旦那と並んで座りながらお茶を飲む。


(実際は全然ダメだけどね。あの女も魔王と呼ばれるくらいだから、この程度では死なないでしょうけど。)


旦那に寄り添う妻を演じながら、内心では負の感情が渦巻くサイガ。イビりが旦那やマスターに伝わっている気配もなく、これなら適度に痛め付けても平気だろうと考えていた。

自分達の神のチカラを欲しながら、自分達を否定する傲慢な存在には良い薬よ!などと正当化していた。


「私は必ず○○ちゃんと対等になって……」


トモミは離れで震えながら身体を拭いた。

日々のイビりを誰にも密告しないのは彼女のプライドだった。

何度も命を救われここまで生きてきた。その恩返しや自分の望む未来のためには、くじけるわけには行かない。

自分の愛する人は、もっともっと辛い思いをして来たハズなのだ。


そんな両者の意地の張り合いは年が明けても続いていく。



「サイガさん、明けましておめでとう。今日はトモミは来てないのか?」


「修行が少々遅れてまして。本人の強い意思でそちらに専念したいとのことです。」


2017年1月。神社近くの水場でバーベキュー新年会を開いたマスター。魔王邸だけでなく、神社やセツナの友人達も来ている。

トモミの姿がないことからマスターが問うが、サイガはにこやかに返す。


「ふーん?トキタさんはどうなんです?」


「オレはもうすぐって所だな。神パワー自体は手に入れたが、使い方に苦労してる。」


「次元の違うチカラですからね。気を付けてくださいよ。」


「ああ、今日のところは家族サービスに徹するさ。」


ケーイチは息子を抱き上げると、近隣のお偉いさん達に挨拶して回る。


ジジジジ……。


「?気のせいか。」


一瞬空間が歪んだような気がしたマスターだったが、特になにも無いまま新年会は続いていく。


その一方でトモミは神社の離れの中で手足を鎖に吊るされるような形で監禁されていた。


「この鎖、普通じゃないわね……普通の鎖でも私では切れないけれど……何かが入ってこようとしてるのが煩わしいわ。」


サイガによって作られた神パワーの鎖は彼女を縛ると同時に徐々に身体を蝕んでいく。

唯でさえ真冬の水浴びで体調が優れないトモミにとって、この状態は長く続くと危険である。

ここ数日は現世の未練が云々言われ、食事も抜かれていた。


蝕んでくる神パワーは一応彼女にチカラを与えてくれはしてるが、そのぶん好きな人への気持ちが犯されていく。

それを拒否しようとすると精神力が混濁状態になって苦しみが彼女を襲った。


「はぁはぁ……部屋は封印が施され、身動きもとれない。これはいよいよ不味いかも。」


この部屋から出るには、神パワーを受け入れてしまうしかない。

しかしそれはマスターへの気持ちや想い出を失う事になる。


「まだ体力があるウチに……対策を練りますか!」


トモミは自身のチカラで肉体の意識を飛ばして、まるで仮死状態のような形で自ら走馬灯を見る。

そこに突破口への糸口を求めて。



…………



「まだ抵抗しているのですね。素直に神を受け入れれば苦しむことはないのに。」


その夜。サイガは離れの外から様子を伺い、そう呟く。

別に彼女も心の底からの悪意でしているわけではない。

魔王として素早く復帰するためには円滑に事を進めなければならない。

なのにそれを拒否して辛い思いをしているのはトモミの勝手だと考えている。

その辺の意識の齟齬は、ケーイチの密かなスケベ心がもたらした影響だった。ケーイチは過去の女との一夜をスケジュールに入れるつもりでサイガを説得した。儀式がどうとか言い訳を連ねて。

サイガも渋々ながら了解するも、当の本人がここまで強く拒否するとは思っていなかったのだ。


こういう事があるからマスターは自宅に他の男を置かないようにしているが、ケーイチはまんまと人間関係の地雷原に踏み込んでしまった。


「まあ、気絶でもしたらケーイチさんに頼みましょう。無理矢理にでも子袋に精を受ければ、チカラも考えも変わるでしょう。」


自身の経験則から、とんでもない事を言い出すサイガ。

恨み言を言われたとしても、こちらは依頼通り千里眼を授けただけ。文句を言われる筋合いは無い。

だが本当にそれをしてしまえば、今度こそこの棄民界からこの神社がなくなることに気づいてはいない。

彼女はマスターの嫁とは違い、夫を独り占めできない状況を良くは思っていなかった。それが普通ではあるが。

彼女に落ち始めた影は闇となり、それは心を蝕み病みとなった。


フフンと鼻で笑いながら、ケーイチの寝室へと足を向けるサイガだった。



…………



『ねえ、もう諦めましょうよ。手立てはないのでしょう?』


まだよ!あのクリスタルを再現して神パワーを除去して……


『それにどれだけ時間かかるの?それにあの意思ゼロ装置には効かないでしょ?』


うぐぐ……。


あれから3日。私の魂の退避ルームでは3人の私が話し合っている。正確には途中合流の2人が私本体を説得する形になっていた。


『もう、○○ちゃんに助けてもらうしかないわよ。』


『うんうん。彼ならすぐに助けてくれるわ。』


そうやっていつも頼りきりでいるから、あの不祥事を起こしたんでしょ?魔王ブランドに傷をつけ、余計な手を煩わせて!

私が大人としても女としても1人前にならないと、顔向けできない。だからこの修行に乗ったんじゃない!


『でもこれ、ただの拷問じゃない。サイガさんを筆頭に虐めどころじゃないわよ?』


『一応神のチカラは入ってきてるけど……私たちには合ってないチカラだわ。』


それでも、私が頑張らないと……奥さんやカナさんみたいに対等に付き合えないわ。


『あの奥さんが宇宙一の良い女なのって、別にそこまで完璧だからじゃないわよね?』


『そうよ。彼女も失敗はするし怒られたりもしてたじゃない。そういうミスも含めて彼の心を鷲掴みしちゃって、完璧な女として認識されてるだけよ?』


解ってるけど、私はまだまだぜんぜん足りてない。彼が作り上げた魔王ブランドだって!


『あれってそんな高尚なものじゃないでしょ?○○ちゃんがやらかした結果をさらにやらかしてお仕事成功にみせかけて……それを良しとする為のお尻持ちが魔王ブランドよ。」


『つまりあの金髪大魔王の思いやりなのよね。だから私たちが何かやらかしても、更に大きくコトを起こせば何も問題はないわ。世間的には問題だらけでしょうけど。』


だからって……何も得られないまま○○ちゃんのところへ戻っても、いつか捨てられそうで……。


『そんなわけないでしょ?あのハルカって子だって超問題児だったらしいのに、今では幼馴染と結婚するしないで頭のぼせてるくらいよ。弟子になれば必ず幸せな未来に導いてくれるわ!』


『だから私たちは彼を信じて気持ちを突き通せばいいの。私たちだって彼との生活はとても幸せなの。最初はちょっと怖かったけど、今じゃ本当に愛してる!だから、ね!?』


う、うん。そう、かな?


『そうよ!今すぐ助けを求めて泣きながら抱きついて、そのおっぱいを押し付けるのよ!キスをしてXXXしてXXXXして、あわよくば子供も授かって!』


『彼と作った娘に、お母さんって呼ばれたいでしょう!?オチチあげたいでしょう!?』


よ、呼ばれたい!いっぱいあげたい!!


『なら決まり!』

『もう決まり!』


う、うん!私、○○ちゃんに伝えるよ!


その言葉を受けてほっとする他2人だが、次の言葉でずっこける。


……でもこの状況でどうやって?


『何でそこで迷っちゃうの?今まで人生振り返ってたなら何かあるでしょ!?』


だって……今の私て瀕死よね?拘束解いて封印解いて伝えるチカラなんて無いんじゃない!?○○ちゃん直通回線は閉じられてるし!


『誰かさんが意地張ってたからね。でも多分なんとかなるわ。指を見てごらんなさい!』


指輪?あ、そうか!その手があったわね!


『なら最期だし、"切り札"行ってみよう!』


私達の考えが一致して目を覚ます。


現在瀕死状態なので、露骨に左薬指にはめておいた○○ちゃんの精神力で出来ている指輪を使う事にした。

私のチカラで指輪の構成をほどくと、純粋なエネルギーとなって霧散しそうになる。

それらを鳥つくね団子を作るようにして3つに分ける。

彼のチカラの使い方は魔王になる前から……彼に憑依した時から知っていた。


「時よ止まれ!」


つくねが1つ消えて全ての色彩までもが止まる。

私の夢がチカラとなったなら!


「時よ越えろ!」


次のつくねが消えて空間に穴が空く。

解り合えたら、これくらいは出来るのよ!


「声よ届いて!」


最後のつくねが消えると、3日前の新年会で近くに来ている○○ちゃんの空間に微かに繋がった。


「「「○○ちゃん、助けてえええ!!」」」


3人の私は心からの悲鳴をあげて…………力尽きた。


それは気絶でも寝落ちでもない、全停止。


すなわち衰弱死だった。



…………



「ッ!!あれから3日だぞ!?意地を張りすぎだろう!!」



マスターは焦りの声とともに魔王邸から棄民界へ移動する。


新年会中に感じた空間の歪み。その時聞いたノイズの記憶が更新され、トモミの助けを求める声に変換されたのだ。

助けを求めた事実が、今になって世界に追い付いた形である。


即座にトモミの下へ向かうマスター。しかし先程のセリフが終わる頃には、彼女の生命反応は消えていた。


(くっ!もう少し時間に余裕があれば……)


いくらマスターでも助けを求めた瞬間に死なれては如何ともし難い。

夜の神社、その離れに高速で着地するマスター。

側に居たケーイチとサイガが数メートル吹き飛んで転がったが、それどころではない。


「この程度の封印など!!」


離れの封印をバラバラにして、トモミを吊るしている鎖も消滅させる。

幸いその2つのお陰で魂は飛び立っておらず、空間ごと凍結させて本人のお腹に置く。

マスターは初恋の人の亡骸を大切そうに抱き抱えて……暫し立ち止まった。


「マスターさん、手出しは無用です!!この依頼は我々が……」


「そうだぞマスター!彼女はこれから介抱して神パワーをだな!!」


反応の無くなったトモミを襲おうとしていた2人が抗議する。

策略や嫉妬等に囚われた2人は、都合の良い認識しかしていないようだ。


「なら依頼は失敗で終わりだ。それとも死体に欲情する趣味でもあるのか?」


「んな!?何ですって!!」

「まて、何を言って!?」


慌てる声が聞こえるが、マスターはそちらには振り向かずに答えた。


「彼女が死んだ理由はサイガがよく知っているだろう。後の処理は全てオレがやる。君達こそ手出しは無用だ。」


それだけ伝えて姿を消すマスター。残った離れの残骸を尻目にケーイチが問う。すなわち何事だと。


「わ、私は……こんなつもりでは……だって彼女は魔王で……」


サイガの言うことも嘘ではない。しかし水も食事も与えず、冬に暖房器具もない小屋に何日も吊るしていれば……人は死ぬ。

認識の違いで盲目だか耄碌した結果がこれである。


(オレは気づけなかった!またオレが殺したようなものじゃないか!!)


ケーイチは自身の行いを恥じ、苛立ちを離れの残骸に向けていた。


彼らが如何に悔やもうと、事実は消えない。

その内サイガは膝から落ちていた。もう、この神社は終わりだと絶望の涙をこぼしながら。



…………



「クロシャータ様、キサキ師匠!当主様とルクスに閻魔様にアケミ、ついでにタンネも来て下さい!」


魔王邸に戻ったマスターは、大浴場で汚物に汚れた遺体を洗いながらテレパシーで召集を掛ける。

まさか死なせてしまうとは思っていなかったが、この流れをある程度予測をしていたマスター。自分のコネを最大限使ってトモミを助けようとしていた。その為に事前にお伺いもたてている。


「我が1番とは解っておる旦那様だわ。概念の生成なら任せてもらうわ。」


「師匠の意地にかけて良き身体を構成しようではないか!」


「なら我が運命を紡ごうではないか。ルクスよ、バグ取りは任せるぞ?」


「承知しております!悪い影響を吸い取ります!」


「まさか本当にこんな事を……まぁ良い。書類関係は任せてもらうよ。」


「では私は魂の修復と変換がスムーズに行くための活力を与えます!」


「ついでとは何よ!?私が出来るのはチカラの範囲を広げることくらいよ?」


呼ばれた順に女達が現れては、トモミを救うべく得意技を披露していく。最後のタンネについては、少し前に知り合った"なんちゃって神"である。

それはともかくとして……依頼された女達はトモミの魂と遺体を確認しながら、新たな存在を作り始めていった。

この作業は彼女をより上位の存在にするためのものである。


「オレの時は怪しい材料とか必要だったのに、遺体と魂だけで良いんです?」


「これだけ生死に関わる者が揃えば可能よ。もっとも、後1つくらい材料があった方がマスターの為にも良いと思うけど。」


当主様がマスターの疑問に答える。彼女はマスターを悪魔にしたときより格段にパワーアップされているので、まるで紡織職人のごとく赤い糸を紡いでいた。


「後1つ?何が要りますかね。すぐ取ってきますよ。」


「あなた様、そう急くでない。材料は揃っているわ。」


クロシャータが優しく落ち着くように声をかける。

やがて各々の仕事が終わり、トモミの新しい在り方が一同の前に組み立てられて出来上がっていた。


「さあ、後はマスターがセイを与えるだけよな。」


キサキがニヤリとしながらマスターを見た。


「え、最後の材料はオレ?」


「命は普通、男女から作られるモノであろう?男はお主しかおらんではないか。」


「ええまぁ、そうだけど……ここで?」


さすがのマスターもシリアスな場面で女達に注目されながら、と言うのは気が引ける。


「あなた様、悔しいけど大事な女性なのでしょう?通常の命とは別の意味で必要なことなのです。お急ぎになって?」


「シオン達と同じで行動指針の目標値みたいなものよ。あんたのデータが無いと、心が迷い散らかす事になるわ。」


「そういうことなら……」


クロシャータとタンネが説得して、何とか納得するマスター。


「ならばデータ取得の役目はアケミが良いだろう。彼女なら劣化させないどころか活性化するからな。」


「ふぇ!?閻魔様!?」


まさか自分が指名されるとは思わなかったアケミがアタフタしている。


「あのですね!?私は彼とは男女の仲ではありませんし、一応死んでからもケーイチさんに操をたててまして!」


「あやつがスケベ心を出したせいで巡りめぐってトモミが死んだのだぞ?式で祝福したのに裏切ったのはケーイチではないのか?」


「……マスターさん、口がお好きなんですよね?」


「待て、ムリしなくていい。オレの女に任せて……お、おい!?」


その気になってしまったアケミを丁重にお断りしようとしたが、あっさり取り出されて味わいだしてしまう。


『トモミさんの為なら……あれ?こんなに美味しいモノなの!?』


カシャカシャ、カシャカシャ!


「アケミ、もう良いぞ。残りは他の女に任せるのだ。」


真実を映し出す鏡のカメラ機能で写真を撮った閻魔様は、アケミに中断を要請する。


「なんて写真を撮ってるんですか!!というか妙に美味しく感じたのできちんと責任を持って……」


「マスターのフェロモンにやられる前に止めたのが分からぬか。それに最近お前を狙う男性職員が増えておってな。この写真があれば、おいそれと手は出せぬだろう?」


「そうなの!?確かにマスターさんなら虫除けに最適ですが……別に最後まで抜き取っても良いですよね!?て言うかその写真は恥ずかしいので没収します!」


アケミが閻魔様と戯れだしたのでちょっとほっとしたマスター。

そのお陰でなにか思い付いたようだ。


「行動指針ってだけなら精じゃなくても良いんだよね?」


「しかし、マスターのデータがより濃い方が……」


「ならこれで良いでしょう。」


真っ黒なオーラを放つ人影に変化したマスターは、その胸の辺りからひとつまみのエネルギーを新しいトモミへと注ぎ込んだ。


「あなた様、本体の一部を!?」


「もうすれ違いばかりはごめんだからね。しっかり埋め込んでおくことにするよ。」


元の人間の体に戻ると、トモミの様子を伺う。


「わ、私の役目が……マスターさん、今度食事を御一緒してもいい?」


不完全燃焼で空気読まずにモンモンとしているアケミ。

その首もとを掴まれ後ろへ引きずられてしまう。


「はーなーしーてー!」


「ほら、こっちに来なさい。いくらアケミでも許されないことが……おや?」


閻魔様が引き剥がしていたのだが、アケミの首筋には"デート予約済 byマスター"と書かれていた。


(まったく、優しい言うか助平と言うか……これならお口写真も要らないか。)


写真はこっそりマスターの上着に仕込んでおいて、一緒に新たなトモミの誕生を見守る。


大浴場に溢れんばかりの神々しい光が充満する。

やがて光が落ち着くと、残ったのは黒とブラウンと赤いオーラ。


その中に20歳程の黒髪ロングで整った顔立ち、スタイルの良い女が眼をゆっくりと開けていく。

そのブラウンの瞳に黒装束の男を映すと、2人はまず抱き締め合ってキスをした。


「○○ちゃん、助けてくれてありがとう!!」


「無事で良かったよ。」


「じゃあさっそく……アイタッ!」


復活したトモミは、唐突にアケミの続きをしようとしてデコピンされる。どうやら死の直前の妄想が行動にインプットされてしまっていたようだ。


「ふざけてないで彼女達にお礼を言っておいてくれ。1度死んだ君を上位存在に押し上げて復活させてくれた者達だ。」


「ふぇぇ!?あ、ありがとうございます!!て言うか間に合わなかったの!?」


「助けを求めた瞬間に死なれてはね。もう少し時間に余裕をもってほしかったよ。」


「ごめんなさい!!」


「さて、トモミ。君にはこれを渡しておく。きちんと読んでおくように。」


「私からはこちらだ。ちゃんと書いて期限までに提出するように。」


「え!?ええっ!?」


クロシャータと閻魔様から書類を大量に渡されて困惑のトモミ。

一番上のタイトルを見ると"初めての神様ライフ"や"死亡後の住所変更"など、一般市民ではなかなかお目に掛からなそうな書類だった。


「もしかしてなんだけど、私……かみさま?」


「うん。言ったでしょ?神のチカラを得て仕事が捗るって。」


「修行関係ないじゃない!!騙されたわー!」


「なにも騙していないけど、この調子なら不具合もなさそうだ。みんな、ありがとうございます!」


マスターが頭を下げると、やれ旦那様の、弟子の、マスターの頼みなら……と口を揃えて嬉しそうな女達。

彼女達は報酬は"後日打ち合わせの上"とした上で帰っていった。

アケミだけ人一倍顔を赤くしていたが、嫌悪感などは見られなかった。


(ケー……トキタさんはアケミさんにも見限られたのかな。)


トモミは元夫がランクダウンしていくのを何となく実感していた。


「また借りが出来たわね。どう返して良いか解らないわ。」


「返す返さないはもう良いさ。その身体はかなり仕様が変わってるから、まずは今後についてしっかり話し合おうよ。」


「うん!ありがとう、○○ちゃん!」


私達は大浴場から出て、リビングで家族みんなで夕食兼家族会議を行った。


(やっぱり私はこの家の方が好き。悪魔だの何だの言っても、みんな暖かいんですもの。)


神社でご飯も食べられず凍えていた日々とは違う。

それは冬の寒さを吹き飛ばす程の暖かい時間だった。



…………



「結論が出たね。決まったことを纏めよう。」


「はい!」



魔王邸リビングで○○ちゃんが会議の纏めに入る。

私は約一週間ぶりのご飯とお酒、そして大好きな男性に助けられた事実。そしてこれからの生活に胸を高鳴らせる。

人間を辞めた所為か、彩度が上がってキラキラしている身体。

食べ終わったクオンちゃんが目を輝かせて私によじ登っている。


「トモミは魔王邸の隣に家を建てて住んで貰う。こちらへの出入りは自由。と言うか仕事の時はこちら経由で向かってほしい。」


私は元気に返事をして頷く。この沙汰の理由は私が神様になってしまったから。

○○ちゃんと相性の良いクロシャータ様が施したとはいえ、神と悪魔が常時一緒と言うわけには行かないらしい。

また神となったとはいえ、ハーン総合業務との契約は終わってない。金髪大魔王と○○ちゃんへの借金は返す必要がある。

ふふふ、この身体で会社に行った時の反応が楽しみね。

暫くはたいして生活は変わらないけど、その内神様としての活動もしなくてはいけないらしいわ。


「そしてオレとの関係は……」


「はい!通い妻として頑張ります!」


「本当にそれで良いのか?前の役職よりは全然良いけど。」


ふふん。恋人とか愛人も悪い響きではないけど、やっぱりこの年だし?妻って単語は入れたいのよね。まあ、ハタチに戻ったからもう少し攻めても良かったけど、奥さんに止められたら意味ないし?


「実態はそうだとしても対外的には隣神、守護神的な立ち位置で頼むよ。」


「うん、心得てるわ。」


体裁って大事だものね。セイドレイの時は○○ちゃんに迷惑かけちゃったし、気を付けましょう。でも誰かに通い妻って言いたいなぁ。言いたいなぁ!

きっとこれからは愛情たっぷりなお料理とかを持ち込んだりして、態度で愛情を返して貰ってぇ……ゆくゆくは2人の愛の結晶が……ふふふ。うふふふふやだもう、どこまで行くのよ!


「ほんと、どこまでいくのかしらね。」


奥さんからのツッコミを受けながらも妄想が進む私。

実は妄想していたビジョンが私の頭の上のモニターに全て表示されていて、大恥かいていることに気が付くには、あと1分掛かった。


…………



「ねぇ、○○ちゃんはどうして私を神様にしたの?」



魔王邸……の隣の女神邸の寝室で○○ちゃんに尋ねてみる。

私好みの建物を神パワーで作って、いつでも旦那様をお迎えしたり差し入れを届けたり出来るようになったわ。

魔王邸に比べたらまだまだ狭くはあるけど、ゆくゆくは部屋も施設も増やす予定よ。

今日は手伝ってくれた○○ちゃんとのひとときを過ごし、ベッドで並んで横になっていて。そこで気になった事を聞いてみようとなったわけ。


「別に不満があるわけじゃないけど……同じ悪魔じゃダメだったのかな~とか。そもそも人間のままでも、○○ちゃんなら何とでも出来たんじゃない?」


「オレ達は人間のままではダメだったのさ。運命の歯車が致命的に合ってなくてね。」


「それもそうか……サイトで再会した時は両想いになったのに離れ離れになってたしね。」


「君の寿命の問題も在ったろう。運命を書き換えて2年後にアケミが死んでいるし、オレのサポート込みでもそろそろ危ういと思っていた。」


アケミさんは確か、死ぬはずだった私の代わりに死んだも同然だったのよね。幸せだったとは聞いたけど、それとなく支援しましょう。

それに去年はバタバタだったもんなぁ。それこそチカラを封じられて死にかけたし。今年は開幕死んじゃったし。


「悪魔でなく神にしたのは、単純に君の夢のためさ。」


「どう言うこと?」


「全人類の相互理解なんて、悪魔でやったら神に正面からケンカ売る行為だよ?」


「そっか、○○ちゃんありがとう!」


「うん。君を手に入れると宣言したからには、共に生きれる未来を贈りたかったんだ。」


「…………」


胸にジーンと来てしまった私は、彼をなるべく近くに感じようと絡み付く。もう、愛してる攻撃からイチャイチャタイム突入したわ!

これからもよろしくね、○○ちゃん!



…………



「明けましておめでとうございます。ケーイチ入ります!」


「おめでとう。修行の成果は仕事で見せて貰うわよ。」


「そのつもりです!」



2017年1月8日。ケーイチが修行期間を終えてハーン総合業務に復帰する。去年の11月の始め以降、第二と第三の魔王は出没していない。初代とでも言うべき現代の魔王も、どちらかと言うと異世界での仕事が多かった。


なので地球人類は珍しく……本ッッ当に珍しく、彼ららしい年末年始を過ごせていた。

一月前からクリスマス商戦で世間は沸き、陽キャと陰キャで二分する性の6時間やネットの反応。それを眺めながら酒を飲む元リア充殲滅教のご隠居達。


クリスマスが0.1秒でも終われば、お正月商戦で殺人級のお値段の品々が店先に並ぶ。通販のお節商戦でヒサビサに変な方向でネットが大騒ぎするなど、とても平和な年末年始だった。


「とまぁ、世間はこんなだから?存分に実力を出してきて頂戴。」


「それはもちろん、そのつもりだけどよ。その、神社の処遇とか……」


ニュースの年末年始振り返り特集を見ながら社長がケーイチを激励する。だがケーイチは自分の家がどうなるかが気になっていた。感情を横へ置いたとしても会社からすれば戦力を1人減らしてしまったのだから、お咎めは必至だろうと。


「私からは特に何もないわよ。バイト君はチカラを増したし問題ないわ?何かあるならマスターと話をつけることね?」


「う、ぐぅ。はい……」


「おはようございます。うん?朝からお説教ですか。トキタさん、ついに社長にも手を出そうとして怒られました?」


「んな!?お前は何を……」


今凄く会いたくないマスターが現れチクチクと皮肉る。

ケーイチがそう感じているだけで、客観的にはいつも通りのマスターだ。


「いくら欲求不満に見えても辞めておくのが正解ですよ。社長は安くないですし、独占欲の強い相手が居たら大変ですよ。」


「独占欲が強いならもう少し捕まえてて欲しいものだわ。」


社長はマンザラでもなさそうな雰囲気で皮肉を返す。


「今年は早めにお呼びしたじゃないですか。と言うか捕まえてるのはそちらでは?」


「あんたら、相変わらずだな。マスター、仕事の前にあいつの話を……」


いつもの雰囲気な彼らに少し安心して話を切り出すケーイチ。

しかし……。


「明けましておっめでとー御座います!あ、喪中はダメなんだっけ?でも私居るし、まぁ良いっか!」


ぶわああああ!


黒とブラウンと赤のオーラが社長宅にあふれかえる。

書類と共に社長の髪もスカートも巻き上げられるが、誰も見ていなかった。

そのオーラの主、若返りつつも高い彩度と覇気にあふれた黒髪ロングの女性。


「トモミ、なのか……?」


ケーイチがその美しさと輝きと存在そのものに呆然としながら呟くと、そちらへ顔を向ける彼女。


「今年もよろしく、トキタさん。」


輝かしいままの笑顔でそう言われ、それだけでケーイチは悟った。

もう全ては手遅れで。

いや全ては始まってすらなくて。 

ただ全ては……彼女の幸せの形にやり直されていた。少なくともケーイチにはそう見えた。


『言ったでしょ?想像以上の負債だって。』


そんなノイズが脳を掠めて寒気を覚えるケーイチ。ノイズのニュアンスから、他にも気付いてないナニか。それが新たなチカラでチラリと見えた。


3人の魔王は仕事に向かう。


現代の魔王は地球ではなく異世界へ。騒がしい弟子達や別世界の自分達を引き連れて大迷惑をかけにいく。


第二の魔王は3ヶ月前のリベンジだ。

あの時のチームは壊滅したが、その成果に国が予算をかけて大量生産と技術輸出による収入を得る。そして大国がそれを洗練させてその技術を無断で逆輸入する……予定だ。

現状は輸出まで。だから予算を掛けまくってある本国の生産工場群を襲撃する。


「全て視認出来る!出来てしまっている!」


工業地帯を飛び回って壁やオブジェ、生産ラインを塵に変えていくケーイチ。彼の眼にはチカラで出来た濃い紫色のグラサン、いやVRゴーグルの様な物が装備されている。


当然生産工場には意思ゼロ装置をしかけられていたが、偽装されたそれらは全て認識されて起動前に破壊されている。

一定以上の枚数を晒さなければ効果を発揮しないので、偽装ごと分解されているのだ。

その為の千里眼は順調に機能している。いや本人の様子から見るに期待以上に視えてしまっているようだ。


(オレは何かを手に入れる度にこぼれ落ちていく!違うっ、オレが欲を出しすぎて!)


ザザザザアアアアア…………。


全てを塵に変えてこの土地特有の気流に乗せて。


(あいつは、全てを手に入れているのに!)


紫色の死神が暫く風の中でその結果を恨みがましく睨んでいた。


そして第三の魔王は……。


「今年の初仕事、はりきっちゃうわよ~。」


トモミは某国が打ち上げた人工衛星に取り付いてニヤリと笑う。

神になった時にチカラの質も出力も許容量も増大していた。お陰でマスターの力添えなくとも、切り札の時間干渉も出来るようになったのだが……それとは別に伸びているスペックがあった。


「死んだ眼のオタクと社畜さん達を、夢の国へご招待しちゃうのよ!」


イビツな組合わせ色のオーラを人工衛星に注ぎ込むと、そこから世界中へとチカラを行き届ける。

それは衛星通信、インターネットを伝って青い星を駆け巡る。

テレビやラジオに電話回線、工事現場や軍で使う無線や各種企業の内線にまで侵入していた。


パワーアップしたのは有効射程距離とその精密性である。

一部条件付きながら、タンネとかいうなんちゃって神のチカラを真似できるようになっていた。


「ヒャッハーー!新鮮な肉が大量だーー!」

「「「望みが絶たれたー!」」」

「見たわね?一週間後に迎えに来るわ。」

「おい君、この辺りでチェーンソーを売ってないか?」

「勘違いしないでよね!別に貴方と初詣に行きたい訳じゃ……」

「敵艦は!?中破ならまだ行けるわ!」

「敵の潜水艦を発見!!」

「「「ダメだ!ダメだ!ダメだ!」」」


世界中のフィクション作品から、イラストやモニターや人の心を通してキャラクターが具現化された。


「盛り上がっているわねぇ?まだまだいくわよ!」


まずはその混乱がトモミに逆流して、反応を聞いた彼女は満足そうにチカラの放出を続ける。


「き、君はあの時死んだはずでは!?とにかくオレの部屋へ!」


或者は死別した恋人と再会を果たしたり。


「あぁ、魔王様!またお会いできるなんて!これからお時間ありますか?」


或者は密かに想っていたテロリストとのひとときを過ごしたり。


「なんで街にゾンビが!?きゃ!助けてくれてありがとう!」


何かの拍子で溢れたゾンビに襲われつつも、具現化したヒーローに助けられたり。


「何故なら私は!合衆国大統領だからだ!」


何故か国の過去のお偉いさんにそっくりなおじさんが武装して悪党達に殴り込みに行ったり。


「なにこの部屋!?あなた説明しなさ……きゃあああ!」


「やっと会えましたね!この奇跡に感謝しま……き、気が早すぎますわ!」


「私を監禁部屋から解放してくれたのですね!何てお礼をすれば……あら、準備はできてるのね。」


ゲームのヒロイン達は露出度の高い格好で、これまた露出していたプレイヤー達と出会いを果たした。


世界は混沌としていた。


あらゆる感情が逆流してくると、そのエネルギーを自分と大切な人用に分けて保存するトモミ。自分用の半分を使って更に世界を混乱に貶める。

いや実は混乱させたいわけではなく、単純に世界中の人々の願いを叶えているだけだ。

人間には人には言えない欲望がある。とても叶えられないそれらを具現化することで、自分の夢の実験をしているのだ。


もちろん仕事は仕事としてこなしている。

今回は意思ゼロ装置の改良型の研究員の無力化。つまり各国に輸出された技術の向上を阻止。最低でも遅延するのがお仕事だ。


依頼人についてトモミは聞いて居ないが、意思ゼロ装置を輸入できなかった問題児国家の嫌がらせだろう。

彼らもここまで大事になるとは思っていなかったハズだ。

しかし国中に有名キャラクターが蔓延り、楽しそうではある。

もっとも、その全てがなにか違う……パチモン臭がしていたが。


ともあれトモミは目的を達成した。

それでもチカラの放出を止めないのには理由がある。


「○○ちゃんが作った魔王ブランド。そのキズを癒さなきゃ!」


彼女は使命感に駆られて、放出するチカラの中にメッセージを籠める。それは即座に世界中に拡散された。


『世界中の皆様、こんにちは・こんばんは!初めましての方は初めまして。第三の魔王、トモミと申します!』


まずは礼儀正しくご挨拶。魔王でも何でも、挨拶は大事である。


『世界中の夢と希望を叶える私のチカラ、お気に召しましたか?先日はお見苦しい姿を見せて申し訳ありません。ですが鍛練を終えて舞い戻って参りました。今日はそのご挨拶に伺った次第です!』


メッセージを送る度に神や悪魔的に美味しい感情が返ってくるが、これを聞いている余裕のあるものは半分くらいだろうか。


『このチカラの効果はもう少し続きますので、お楽しみくださいね?その間に私事ですが、皆様にご報告があります。』


そこで一旦区切って大きく息を吸い込んで。


『私、トモミは現代の魔王こと○○ちゃんの!通い妻に昇格しました!』


この瞬間、意味の解らないことを世界中に叫ぶヤバイ女と認識されてしまう彼女。

続けて馴れ初めなんかを身体をクネクネしながら語る彼女は、見事に魔王ブランドを持ち直すどころか盛り上げる事に成功した。


この後3日間フィクションに世界が振り回され、経済活動が大混乱に陥った。



…………



『1月12日のニュースをお伝えします。昨晩まで続いた妄想具現化事件の影響は計り知れなく、生産業・運送業に致命的なダメージを負っている模様です。ただ一部では第三の魔王を称賛する声も在り、警察やサイトでは不穏分子として調査を……』


「やりすぎね。」

「やりすぎだろ。」


棄民界の社長宅ではニュースを見ながら社長とケーイチが短くこぼす。


「ご、ごめんなさい。」


「いやいや、良いじゃないですか。これぞ魔王って感じだし、世の報われない男達からは絶賛の嵐ですよ?」


オーラすらしょんぼりさせて謝るトモミをフォローするマスター。その手に持つ携帯にはSNSの評判まとめが映されている。


「マスター好みではあるでしょうけど……バイトちゃん、あなた男に染まるタイプ?」


社長がクリティカルな質問をして真っ赤になって黙る当人。

ケーイチはまたもや眼が死んでいる。


「この路線は1人でも充分だったけど……そうね。こう言うのは染まりきった方が……決めたわ、バイトちゃん。」


「は、はい!なんでしょう!?」


「貴女、すぐにマスターと子供を作りなさい。」


「喜んで!……ッ!?」


反射的に同意するトモミは後から恥じらいが沸いてきて赤くなる。だが借金完済を待たずにそうして良いなら、その準備は即時可能である。


「○○ちゃん、良い?」


「では今晩お邪魔するよ。」


ボン!


トモミの頭が沸騰して事務所兼リビングは廃屋兼廃墟に変化し、ケーイチが真っ白の廃人状態になっていた。



…………



「ともに未来を……か。良い名前だよね。」


「○○○君だって由緒正しい命名だったんでしょう?」


「お陰で聖書の一節が虫食いになったけどね。」


「それは人類の自業自得だってことで。」


「この先、トモミ教とか出来るのかな。」


「やめてよ、むず痒いわ。私はこの子と○○○君達と過ごせれば幸せよ。」


私はお腹をそっと撫でながら微笑む。

今はまだ目に見えない程だけど、私達は新しい命を認識できている。

この命は神の身体を改編して作ったのではなく、最初から私にはその機能が備わっていた。ただし○○ちゃん限定で作動するらしい。私を作るときに、クロシャータ様がそのように設定してくれたのだ。


「なんか感慨深いな。」


「そうね。今度の同窓会までには、みんなに自慢出来るように良い子に育てなくちゃ!」


「楽しみだな。」


「楽しみだね。」


私たちは微笑みながらもう一度身体を寄せ合った。


私は人間を辞めたけど、結局神社への報復行為はしていない。

私も神になって世界のコトワリがなんとなく解り始めた。

彼らに報復しても戦力が減るだけで何も得はないし。

彼らがこのままいくなら、その内もっと苦境に立たされ負債を背負って自滅するだけだもん。

心を入れ換えるならそれでよし。もっとも一度お仕置きされててこの結果を出したから、あまり期待は出来ないけどね。

それでもチャンスをあげたのは……まぁ私の夢の一環てことで格好つけとくわ!


私が手に入れた幸せは、意中の人との結婚生活ではなかったけれど……。隣人の通い妻と言う絶妙なポジションには満足しているわ。

不毛な夫婦喧嘩しなくて済むし、依存しすぎることもない。

会いたい時に会いに行って、お別れしてもその切なさすらも楽しめる距離感!

私と彼との関係はコレが最適なんだと思う。


「○○ちゃん、ありがとう。愛してるわ。」


「ありがとう。あ……たらしい君との生活は楽しいよ。」


危なッ!!けど、やったあ!!

彼に愛を囁かれそうになって、寒気と歓喜が同時に私を襲う。


「私は幸せ者ね。ずっと隣に居るから!愛してるわ!うん、愛してる!」


これ以上彼のボロが出ないように、私は一方的に彼に懐いた。

ひたすら愛を囁いてはキスで答えを貰う。


きっとコレが私のhappyend!!!!


この先はまた新しい生活が始まるけれど、それはきっと愛にあふれて幸せで一杯な……トモにウルオイのあるミライよ!



お読み頂き、ありがとうございます。

トモミ編終了です。ゲーム版では第三の魔王になるシーンのみでしたが、その経緯と続きも書きました。人間を辞めた彼女は今後運命に翻弄されることなく、自身のやりたいことに集中できるコトでしょう。運命を作る側になったわけですから。

本当はもうちょっと詳しく書きたい場面が多々あったのですが、前回のハルカ編以上に文字制限がカツカツだったのでいろいろカットです。でも辛いシーンとか増やしても読みづらいだけだしいいかなと作者は言い訳しております。


残るエピソードは後1つの予定です。また分割になるかはまだ不明です。

続きは時間が掛かりそうなので一旦完結設定にしておきます。

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