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115 トモにミライをアユミたい

時間が空きましたが、続きの投稿です。

今回もかなり圧縮しての公開ですが、それでも前後編となっております。

チェックはしてますがこの分量ですし、誤字脱字表記抜けや矛盾が在ったらすみません!


世間様がお忙しい時期の投稿ですし、気が向いたら眺めて頂けたらなと思っております。




「おはよう、○○ちゃん。思ったより元気そうね。」


「おはよう、トモミ。わざわざ悪いな。1人でも平気なんだけどマスターがうるさくてね。おっと、荷物は持つよ。」


2005年3月。埼玉の大宮駅内で待ち合わせた私たちは朝の挨拶を交わす。彼はさっさと異空間に私の荷物を放り込んだ。

そのまま待ち合わせスポットのオブジェを離れると新幹線の乗り場へ歩いていく。


「1ヶ月も目を覚まさなかった人間の言うことじゃないわね。確かに平気そうだけど、これもマスターの優しさよ。」


「分かってるって。遠方の護衛任務でわざわざ左遷の噂を流してまでオレを避難させようとしてる事くらいはね。」


「なら甘んじて受けるべきよ。」


彼は世界の秩序を守った英雄である。ただし報われないタイプの。

原因は私にもあるけれど、一部は彼が望んだ結果でもある。

異空間でのナイトとの決戦で7人のチカラをリンク、星をも砕く勢いのA・アームという技のフル出力で勝利を納めた私たち。

でもそれを放った彼は1ヶ月目覚めず、容態情報も秘匿されていた。今や世界が注目する能力者だし仕方ないけどね。

その間にナイトの残党の大量雇用とそれに伴うトラブルの数々。

目が覚めた○○ちゃんを中枢部から遠ざけるのも頷ける話よ。


またその1ヶ月間に私とケーイチさんは結婚式を挙げて新婚旅行も済ませてしまった。そのせいで彼は公に祝福する機会を失くしてしまっていた。せっかく私とケーイチさんの結婚を目標にナイトを倒したのに。

急いでコトを進めたのにはサイトの情勢的な理由もあるけれど、旦那のケーイチさんが焦っていたのも大きいと思う。

決戦前から式の予約してたし、ある程度○○ちゃんの容態を見越してたフシがあるもん。理由はまあ、分かるけどひどいと思うわ。

とは言うものの、強く反対は出来ないんだけど……

またアイツの肩を持つのかーって言われて○○ちゃんが痛い目に遭うかもしれないし……


「福岡行き、発車します。」


私たちが列車に乗って指定席に腰を下ろしたところで新幹線が動き出す。


「だからってさ、新婚の君を1人でオレにつけなくても……」


「あら、○○ちゃんは私との2人旅はイヤ?」


少しだけイタズラっぽく問い掛ける私。

2人旅と言っても私は初日の依頼人との顔合わせの付き添いだけ。

明日には帰って来るけど。


「普通に"嬉しいから困る"んだよ。マスターはケアのつもりだろうけど、トキタさんに後で何されるか分かったもんじゃない。」


「ごめんなさい、無神経だったわ。」


そう、彼は私に想いを寄せてくれていた。

不安定ながら時間と精神を操るハイブリッドなチカラで私たちを守り、敵を殲滅し続けたことで劣勢だったサイトを勝利に導いた。

その中で精神干渉のチカラを持つ私は、彼と非常に相性が良くて行動を共にする事も多かった。

それが当時は婚約者だったケーイチさんの嫉妬を生み出してしまったの。2人にはとても申し訳ないと思っているわ。

今も○○ちゃんからは私スキスキオーラが見えて心苦しい。

その反面嬉しいのも確かだったりもする。

もう届かないのにここまで純粋な気持ちを持ち、かつ向けられるなんて……

もちろん浮気なんてしないし、させないわ。

ただ人間って好意は嬉しいモノでしょ?

だから私も彼の為にできる範囲のコトはするつもりよ。


「ねぇ、先日助けた女の子は?大活躍だったって聞いたわよ。」


ペットボトルのお茶を渡しながら私は聞きかじった話題を振ってみる。


「寮内のトラブルを始末しただけだよ。酷いもんだった。」


サイトは当然チカラ持ちが多い。そして人間には欲望がある。

なら犯罪も起きるし明るみに出ない事もある。

何せマスターの異空間と言う閉鎖された場所なのだから。

○○ちゃんが目覚めた2日後のネトゲ中に精神干渉でそれを見つけてしまい、相手の男を消し飛ばしたと言う話を聞いていた。


「かわいい子らしいじゃない。アプローチされたりは?それとも初めての子じゃないとイヤとか?」


「されたさ。ドロドロの身体で錯乱して助けた責任がどうとか叫びながら迫るのをアプローチって言うならね。あの形相はホラー映画で主演張れるよ?」


「うわぁ……ごめんなさい。」


それは引く。絶対に引くわ。


「あと一緒になるなら性事情だけじゃなく、それも含めた性格・生活能力が重要だよ。」


「まぁ、当然よね。」


「相手を好きなるって今もそれまでの人生も込みで、だろう?それとなく話題振って合わなそうなら諦めるなり、オレなら対処も出来るし。」


「○○ちゃんはそれが強みよね。じゃあじゃあ今回の護衛対象とか……」


「トシ離れ過ぎだよ!捕まっちゃうよ!」


護衛対象は小学生だった。ちょっと頭がトンでたわ。


「気を遣ってくれるのはありがたいけど、君以上となるとなかなか居ないよ。」


彼は言葉にはしなかったけど、後に日本一の良い女だし……と続く。

ドストレートな思念に思わずニヤケてしまうが、私は謙虚に返した。


「そんなこと無いと思うけどなぁ。みんな○○ちゃんを良く知らないだけで。絶対良い女性に会えるから!」


○○ちゃんはちょっと、いえ、かなり理解に苦しむところがあるけど……。

私は彼に守られ心を繋いで戦ったから分かるけど、本当に凄いんだから!

私の夢は世界中の人が分かり合えるコト。○○ちゃんが正しく評価される日だって絶対に来るし、来させてみせるわ。

そうしたら私よりも良い女性だって……それはそれでモヤっとするけど。いけない、これは私の傲慢ね。


「あまりオレの事を気にせずトキタさんとの生活を考えなよ。子供はいつになるんだい?もう授かってたりするのかい?」


お茶を手にしてニヤニヤしながらデリケートな質問を投げる○○ちゃん。それ、聞いたら自分にダメージ来ない?

今までも"次の日"に察して凹んでたじゃない……。


「もう、それセクハラ!」


そういうところがドン引きされるのよ!?


「一応協力者としては気にな……ゴホッゴホッ!」


「どうしたの?大丈夫!?」


私は急に咳き込む○○ちゃんの背中を擦りながら声をかける。

両手を身体中に当てて何かをしようとしてるみたい?

お茶でむせたにしては飲む前だった。なら!


ぱああああ!


私はチカラで彼を照らして元気つける。

きっとまだ身体が本調子じゃないのだろう。私が精神的にサポートすれば、彼ならすぐに自身のチカラで持ち直すハズ。


「ふう、ありがとう。ちょっとドウキが……いやもう大丈夫だ。」


「動悸?危ないじゃない!やっぱりついてきて良かったわ!」


「本当にな。助かったよ。ってトモミ?」


「怖いから暫くこうしとくわよ。良いわね?」


私は彼の肩に腕を回してもう片方の手で彼の手を握った。

まるで恋人の様に抱きつき寄り添いながら、常時微弱なチカラを発生させる。これなら発作が起きても治療に専念出来るもの。


治療のサポートであって決して浮気じゃないから!


「お、そん……いやマズっ。」


軽くパニックになる彼の反応は少しかわいい。

次元バリアに頼りすぎて本体は押しに弱いんじゃない?

あれ?これは逆効果かな?


「ケーイチさんには黙っておくわ。それにね?守ってもらった分には足りないけど……少しでも返したいの。」


私は○○ちゃんが落ち着く様に優しく声をかける。

するとどうやら伝わったのか彼は落ち着きを取り戻した。


「……その優しさに何度救われたか。」


「これはただのお礼・罪滅ぼし。優しいのは○○○君の方よ。」


だって彼はその気になれば何でも手に入れられる。

意中の女の心も身体も、過去の思い出も今の生活も未来の子供も全てよ。

それをしない彼はとても臆病で優しくて。


「そんなことしないよ!?それをしたら自分の気持ちへの裏切りじゃないか。」


とても強い信念を持った男性。

不可解な行動を取った私を読み取った彼の突っ込みに安心してクスリと笑うと、私はその温もりと息づかいをしばらく感じ取っていた。浮気じゃないよ?発作の予兆が来たら発するチカラを増やす為よ?


あぁ、理由はともあれこんなに近くに居ることを許せる相手なのに。


私は彼と共に未来は歩めない。


…………



「オジサン怖い!お姉さんが良い!」


「グフッ!」

「ブフッ!」


6時間程新幹線に揺られてたどり着いた地で、九州支部に挨拶して依頼人と合流した。

けど○○ちゃんは小学生に全力で拒否られていた。

思わず吹き出しちゃったけど、これはあれよ。

こんな小さい子に彼の魅力が分かるハズないわよね的な。


『ウソつけっ、心から笑ってたじゃないか!』


……ごめんね?

でも全身黒づくめだとこうなるから、少しはオシャレした方が良いんじゃない?

テレパシーで突っ込んできた彼に謝罪とアドバイスを送りながら護衛対象の女の子の頭を撫でる。この子は良い子よ?


『同い年なんだからお兄さんでも良い気がするんだけどなぁ。』


御愁傷様です。


「娘が失礼したね。だが○○○○君と言ったか。20代にしてはかなり進んでいるように見えるが、大丈夫なのかね?」


ん?何がだろう。

依頼人、護衛対象のお父さんが○○ちゃんを観察している。


「はい、問題有りません。こんな姿なので驚かせてしまうのも無理はありませんが、自分のスタイルですので。」


○○ちゃんは黒い出で立ちを見せながらそんなことを言う。


「それならいいが……少々距離を取って仕事に当たってくれ。」


「了解です。」


「彼は護衛の腕は一流ですので、ご安心下さい!」


私はフォローのつもりでそう言ったけど、この日の内に気付いておくべきだった。

彼の身体に起きている事を。

今思えば新幹線内での私の子供の話やドウキについてなど、ヒントはいくらでも有ったのだ。

○○ちゃんは私に元気な自分の幻覚を見せていたのだ。

本当はオジサンと言われてもおかしくない見た目だったのだろう。

本当は依頼人親子にもそうしてたハズだけど、彼らには通じていなかった。

それは彼らのチカラか、○○ちゃんの不安定さ故か。


何故唐突にこんな話をすると思う?

私はこれが夢だと知っているからよ。

一度体験してるし、この辺の真相もマスターから聞いている。

彼の名前が消えるのは半年と少し後の話なのに○○ちゃんの名前がフニャッてるしね。


それにしても改めて見ると……私ってば○○ちゃん好きすぎない!?私ここまで露骨だった!?


『もう、この時から完全に惚れてるじゃないの。何が気がついたら~よ。』


『言い訳が空回りしてて余計にLOVEって見えるよ。まぁ、これは私も経験してるから墓穴だけど。』


統合されたもう2人の私も友情出演するくらい好意まみれ……。

○○ちゃんのスキスキオーラをからかってる場合じゃ無いよ!

そりゃあこんな調子ならケーイチさんも嫉妬するよ!不安になるよ!



…………



「○○ちゃん、急に呼び出してどうしたの!?」


あの日から2週間。再び福岡に入った私は、出迎えた彼に詰めよった。

緊急事態の知らせを受けてマスターが私を派遣したのだ。

傍らには護衛対象の女の子が彼と手を繋ぎながら、私の剣幕におどろいている。

……随分仲良くなってるじゃない。


「ちゃんと説明するから、そんな嫉妬の目を彼女に向けないでくれ。怯えてるよ?」


ち、違うし!私はケーイチさんだけだし!ただ○○ちゃんの理解者としては複雑な……。

私は妙に動揺をしながらも彼の腰にしがみつく女の子に謝ることにした。


「大きな声出してごめんなさいね。急なコトだったから……それで○○ちゃん?ケーイチさんを説得するの大変だったんだから、ちゃんと教えてよね!」


今回の彼の要望は私のみだった。

ケーイチさんは足手まといだからいらないとバッサリだったのだ。

当然旦那は大激怒でアイツをぶん殴ると息巻いていたが、私とマスターの説得で……駄目だったのでチカラで眠らせて飛び出してきた。


「ここなら大丈夫だろう。一応君の方でも警戒しておいてくれ。」


借りたばかりのビジネスホテルの部屋へ移動して、出入口の空間を遮断する○○ちゃん。

精神探索も合わせて行い盗聴なども警戒している。

あれ?この感じはガチのやつ?


「分かったわ……大丈夫、どこにも漏れてないわ。」


「良し、じゃあ理由を伝える。この子を狙っていたのはサイトの九州支部。しかもまるごと、完全な汚職・裏切りだ。」


「えええッ!?」


あり得ない事態に思わず叫んじゃった。だって支部とはいえ正義の組織なのよ?あり得ないわ!


「オレもそう思いたいさ。でも彼女を狙ってきたのはゴーストや認識阻害などの精神系ばかりなんだ。この資料を見てくれ。最近の九州支部の人事と一致する。」


○○ちゃんに手渡された資料によれば、確かにこの1ヶ月あまりは精神系のチカラ持ちが集められているようだ。


「この護衛依頼は元は九州支部のモノのハズよ?それをたまたまマスターが拾ったから良かったけど……」


「マッチポンプだよね。オレかトモミがいなきゃ気付けないだろう。トキタさんじゃ耐性無いし飲まれて終わってたよ。」


だからケーイチさんは要らないと断言したのね。

私は資料にあるチカラの効果を見ながら冷や汗が流れる。


「でもこれからどうするの?こんなの、2人だけじゃ穏便になんて無理よ?」


「それは相手次第かな。戦争ってのは誰かがやりたがってたら穏便には行かないもんだよ。だから堂々と乗り込んで、真意を聞いてみる。その後は彼らの態度次第かな。」


「正面から!?無茶よ!もっと慎重に作戦を!」


彼は大胆な行動を提案する。それは作戦とも呼べない、臆病な彼らしくないモノだった。


「このままだらだらと続けるよりは良いさ。それに発案したのは彼女の方なんだ。」


その言葉にぎょっと護衛対象の顔を覗き込む。


「学校の先生が言ってたよ、ケンカになってもちゃんと話せば分かるって!」


ぅ、眩しい。この純粋さは大人が浄化される勢いね。でも!


「でも、とても危ないのよ?一旦おうちに帰って待ってましょう?お父さんはーー」


「オジサンなら大丈夫だもん!お姉さんだってイチロー並みって言ってたじゃん!」


うん、一流ね?

○○ちゃんてば凄い信頼されてる……

彼の顔を見るとフフンとドヤってる。ウザいとか思う前にレアな表情を記憶にインプットしたわ。


『彼女の父親は自宅への襲撃時に恐慌状態に陥ってね。今は休ませてるんだ。』


デリケートなお話をテレパシーで送る○○ちゃん。紳士してるじゃないの。


『あちゃー、そうだったのね。怪我はない?』


『オレを敵と認識して背中にショットガン撃つくらい元気だよ。』


『!!』

「!?」


思わず背中に回って手で触りまくって確認する私。

動揺する○○ちゃん。


「あの、もう"直して"るから……」


「あ、あぁそうよね。」


「そんなわけだから、サイトの魔女さんにはサポートをお願いしたい。」


「サイト最強の悪魔さんに頼まれちゃ断れないわね。」


こうして私たちは九州支部に乗り込むことになったわ。

できれば穏便に、話し合いで解決出来ないかなぁと淡い期待を胸に。


「魔女?悪魔?カッコいい!」


これこれお嬢さん、中二病には早いわよ。



…………



「どう!?一緒に素晴らしい世界を創らない!?」


「「「…………」」」


2005年4月。サイト九州支部の支部長室で、エンドウ・ヒカリさんがハッスルしている。

彼女はナイトの研究者だったが統合を機会にこの支部を乗っ取って古の邪神とか言う神様を顕現させたいらしい。

その辺の話を延々と聞かされて私たち3人は辟易していた。


世界と時代を飛び越えて現れるソレは全てを1つにするとかなんとか。後の報告書的には聞いておかないとなんだけど、聞きたくない・忘れたい話である。

ある種私の夢に通ずるとは言え、生け贄がどうとか正気じゃないわ。

その生け贄の素養があるのが護衛対象の女の子だと聞いたら絶対に許せません!


「悪くない話だと思うけど、まさか断ったりはしないわよね?」


この支部には230を越えるチカラ持ちが揃い、出払っていたメンバーも話中に続々と集まって来ているのが私のチカラで分かっている。

女の子を守りながら2人だけじゃ精神がもたないかもしれない。


「……聞くまでもなく、やめる気は無さそうだね。」


でも○○ちゃんを見れば何を考えているかは心を読まなくても解った。

彼の選択肢は3つあった。

時間を止めて逃げ切りマスターへ連絡する。

2人の精神干渉で全員洗脳。

徹底交戦で皆殺し。


1つ目と2つ目は確実性が薄い。

時間が掛かるしその間に取り逃がしでもしたら、後々女の子が危ない可能性も在る。

彼は洗脳は好まない。それを無理にすれば効果が期待出来ないかもしれない。相手はただでさえ精神系のチカラ持ちばかりなのだ。

ならば残るは……○○ちゃんはやる気だったのだ。


『分かってるね?始末はオレがやる。索敵の補助と撹乱、この子のフォローを頼む。』


『ええ、気をつけてね。』


テレパシーでの打ち合わせ内容に私は反対しなかった。

この子のフォローと言うからには、結果も覚悟しているのだろう。


「どうやらやる気の様ね。マスターへはあなたたちが乱心したと報告しましょう!」


エンドウさんのその言葉と共に、構成員がなだれ込んで精神攻撃を仕掛けてくる。

中には銃を構える者も居た。


「お前達の敗因はオレを数でどうにかできると思ったコトだな!」


ブシャアアアアアッ!!


○○ちゃんが叫び終わったら室内の模様替えが完了していた。

10人の敵は全てサブマシンガンやショットガンで撃ち抜かれてバラバラに飛び散っていた。

全く、BB弾の威力じゃないわよね。

彼のチカラで魔改造されたエアガンは、本物と同等以上の脅威なのです。

支部長のエンドウ・ヒカリさんもぐちゃぐちゃである。

呆気ない最期だけど、私たちは彼女を倒して終わりではない。


「え?きゃあああああッ!!」


「見ちゃ駄目!○○ちゃん、廊下に17人!」


悲鳴をあげる護衛対象を抱き寄せてチカラで落ち着かせる私は、更に迫る敵を彼に伝える。


ズガガガガガッ!!


次の瞬間には廊下から模様替えの音が聞こえてきた。

すぐに私も廊下へ出ると、補給の魂覚醒を放ちながら叫ぶ。


「次は裏を取りましょう!2階の階段から2つ目の部屋へ!」


「助かる!」


今の○○ちゃんでは時間停止の連続使用は厳しいと見て、効率良く殲滅出来る様にサポートする。

私はチカラを自身の筋肉に流して女の子を持ち上げた。

廊下のトマトカーニバルをなるべく見せないように顔を胸に向けさせ、沈静効果をかけ続けながら○○ちゃんと走る。

集まってきた構成員が赤い光景に怯んだ瞬間に幻覚を放って昏倒させ、○○ちゃんが3種のエアガンを駆使して建物内が更に赤く染まる。


目的地に着くと新手の集団を背後から襲撃して殲滅する。


「後は集まる前に各個撃破で行けそうだな。」


○○ちゃんは笑っていた。それを見た胸の中の女の子が再び私にすがり付く。まぁ、そうなるわよね。


「でも油断は駄目よ。あと証拠品も欲しいわ!」


「イカれた品なんて要らないけど、見るだけ見てみよう。」


「私たちの正統性の証明の為よ!?」


その後は支部を虱潰しで回ったわ。

戦闘員だけじゃなく事務員や食堂の職員にまで○○ちゃんは容赦なかった。

一応証拠書類とかも見つけはしたけど、だからこそ本当に世にでてはマズイモノと言う認識を持ったらしい○○ちゃん。


「これは残しておいては行けない!サイトの為にも世の為にも!」


「待って!ダメよッ!証拠が無かったらあなたの立場が!」


3人とも脱出して空を舞わせると、私の制止も聞かずに敷地に結界を張ってチカラを放った。


ゴゴゴゴゴゴ……パアアアアアアアアン!!


地響きと光が辺りを満たし終えたとき、そこは更地になっていた。


「あぁ、やっちゃった……」


「これでマズは一安心だ。名簿によると6人くらいまだ外に居るから、後で捕まえよう。」


「ひぃっ!」


「よしよし、大丈夫だからね~。」


彼の言葉に怯える彼女を撫でてあやす私。これはトラウマよねぇ。

せっかく信頼関係を築けたのに……。


「それと悪いけど報告は任せるよ。ちょっと寝たらツメはやっておくから……」


「分かってるわ。早くホテルに降りましょう。」


ホテルに降り立ち女の子をロビーで休ませる。

私はフラフラの彼を支えながらベッドへ付き添った。

その時にはもう、彼の意識はなかったわ。

そんな寝顔を見ながら呟く私。


「また無理しちゃって……仕事も大事だけど自分も労ってね。」


それが出来るなら彼は報われない英雄になっては居ないのだけど。


「この先困ったら今度は私が助けるわ。だから生きて、いい人みつけてね。」


一方的に約束を突きつけて私は退出する。


この時は本気でそう思っていたのに……私は約束を守れなかった。



…………



(これは、○○ちゃんから!?)


2005年9月。私は国際テロリストとして指名手配された○○ちゃんの追跡調査中に、右手の平に何かを握っている感触があった。

見ればいつの間にか小さな次元バリアに包まれた黒いチカラを受け取っていた。

そばに居るケーイチさんに気取られぬように、そっと中身の思念を胸に入れる。


『オレを狙う連中の証拠を手に入れた。中にはサイトに深く関わる者もーー詳細はXXXXのロッカーにーー』


それを受けた私は嬉しくなって直ぐに旦那やマスターに伝えようとしたわ。でもーー


「アイツめ、手当たり次第殺しやがって……絶対に捕まえてやる!いやいっそこの手で……」


「こちらで確保すれば他には手を出させん。トモミは痕跡を見逃さんでくれ!」


「……はい。」


彼らの雰囲気に流されて何も言えなかった。


ケーイチさんの怒りは分かるし、マスターの焦りも分かる。

○○ちゃんは派手にやらかして警告・陽動のつもりなのだろうけど、無為に死者が増えるのが堪えているのだろう。

マスターは立場もあるし目をかけていた彼を何とか助けたいと考えているが、情報によればサイトも安全じゃないらしい。


私は彼を救いたい。でも何をしても不正解な感覚に陥ってしまい、何も出来ずに流されていった。


そして翌月の10月。○○ちゃんは名前と記憶を世界から消し、自身の姿もくらますことになった。


私を含め一部の人間は記憶が残ったけど、それはとても辛い日々の幕開けだった。


この時何かをしていれば、世界人口が大きく減らなかったかもしれないし、少年兵の学校だって作られなかったかもしれない。

集められた彼らが地獄を見ることも無くーー


『待った!さっきから悲観的よ?』


『そうそう、これがなかったら出会えなかった人も居たでしょう?』


そうだけど、やっぱりリアルな夢はクるものがあるわ。


『でも○○ちゃんは言うほど気にしてなかったし、切り替えよう?』


そうなのよね。謝ろうとしたら逆に怒られちゃうし。


『うんうん、それに"私"の言う通り美人の奥さんもらってたし。宇宙一って言ってた。』


そこは複雑な気分よ……。

でもそうね。落ち込んでても答えは出ないし、探し物を続けるとしましょう。


あの子達は元気にしてるかな?

そんな考えがチラリとよぎりながら私は夢に没入していった。



…………



「ついに明日か。寂しくなるぜ。」


「会おうと思えばいつでも……と言いたいけどそうもいかないだろうね。」


2015年3月下旬。水星屋本店で食事を取る元特殊部隊のユウヤとモリト。別れが近づき親友同士で杯を交わすことにしたのだ。

そう、モリトは明日には異世界ウプラジュに旅立つのである。

マスターとセツナは空気を読んで静かに作業している。

本当はソウイチも出席したいところだったが、事情により不参加となり別れは事前に済ませてある。


「お前の気持ちも分からなくはないしな。部隊が無くなりゃ別々の人生を行くのも分かる。でもやっぱりなぁ。」


ユウヤは珍しく寂しさを隠そうともせずにモリトとの別れをしのんでいた。

彼は施設を転々としていた過去から多くの別れを経験したが、それでもあの学校・部隊の仲間は特別なのだ。


「それは僕も同じさ。でも彼女達は帰るのが自然だし、惚れた弱みだよね。」


「それで、良い返事は貰ったのか?もう半年近く経つだろ。」


「いや、まだだよ。ヨクミさんも色々複雑な心境だろうしね。」


「それはお前もだろ……」


「まあ、ね。」


モリトはチラリと店のマスターを見る。

現代の魔王。自分の尊敬する両親を殺害した、仇である。

半年前は復讐に駆られて戦ったが惨敗。あろうことか情けをかけられ今もモリトは生きている。

両親の最期にたいして魔王は敬意を示し、その詳細が彼にも伝えられている。

汚職議員の警護に就いてその悪事が魔王に暴かれ、それでも法に沿った裁きを要求して身体を張って議員を守ろうとした両親。

家族との生活のために悪人と邪魔する者を上司に言われるままに殺した魔王。

肉親の感情を抜きにすれば不幸なすれ違いなのだ。

勿論息子としては許せない。

しかしその魔王のお陰でモリトの心に春が来たのも、その相手と仲良くなれたのも……一緒に明日旅立つのも事実。

その苦悩はいまこの瞬間にも続いていた。


「でもね。本当にしたいコトは決まってて……やっぱり僕はーー」


ヨクミさんと共に未来を歩みたい。


それを聞いたユウヤはニヤリとして軽くモリトの肩を小突いて応援の意思を示した。


本当に大事なモノをさらけ出したあとは、今までのことやお互いの相手のことで盛り上がる。

それは男同士の友情と簡単に言うにはもったいなくーー命を預けあった深い絆の確認と別れの儀式だった。


一方で魔王に与えられたアパートの一室では。


「貴女ねぇ、まだちゃんと返事してなかったの?」


「い、一応明日からも一緒だし?急がなくても……」


「彼に諦められて他の女の子に取られても良いの?」


「それはダメ!」


「だったら素直にその気持ちを伝えなさいよ。」


「う~~、だってぇ。」


「てんぷら揚がったわよ~。」

「「他にもたくさんあるよ~!」」


煮え切らないヒト化した人魚のヨクミと、呆れる風精霊のフユミ。そこへ山菜のてんぷら盛り合わせを運ぶメグミ。てんぷらだけじゃなく漬け物や煮物やサラダも運ぶアイカとエイカ。

ヨクミ達との別れの前日とのことで、集まれる女達で女子会を開いたのだ。

ミサキは事情により居ないが別れは事前に済ませてある。


「ご、ご馳走だ~~!ありがとうみんな!」


「もうヨクミったら……あら何これすごく美味しそう!メグミさん、後でレシピをーー」


「はいこれよ。イダーさんお手製だから味も保証するわ。」


「まあ!ありがとう!素敵なお土産になるわ!」


「モグモグ、この味が向こうでも食べられるなんて最高ね!」


「ヨクミさん、もう食べてる!」

「ちゃんといただきますしなくちゃいけないんだよ!」


「これじゃあどっちがお姉さんか分からないわね。この喜びようは嬉しいけども。」


メグミは呆れながらも嬉しそうに食べっぷりを見守る。

この自由奔放な"年下のお姉さん"とももうすぐお別れとなると寂しさを感じている。


「ヨクミがごめんね。こんな調子じゃモリト君の気持ちが冷めないか心配だわ。」


「ムグッ!?」


「モリトならむしろ庇護欲を掻き立てられそうだけどね。10歳以上年下の彼にそれでよければ直さなくても良いんじゃないかな。」


守りたいモリトと好きに生きたいヨクミ。相性は良いのだ。


「む~~。ヒトが気にしているとこを……」


だが異種族でありトシも離れ、故郷に戻れば生活文化も違う。

将来を考えれば子供だってどうなるか分からない。

そんな所へ彼を連れていって、関係を深めて良いものか。


「でも好きなんだもん。だからこそ安易に答えなんて……」


半年前の事件中に受けた告白で、彼への気持ちはハッキリしている。周囲への不信感が募るなかで絶対に信じて良い気持ち。それがあの事件を生き延びることができた要因の1つだった。

だが新しい生活の中で落ち着いてみると、現実に直面して足踏みしてしまうのだ。


「その割にはヨク姉さん、今もお風呂でモリ兄さんに洗わせてるよね。」

「絶対にお誘いだよね~。それが答えなんじゃないの?」


「なんで知ってるの!?」


双子に的確に突っ込まれて慌てるヨクミ。今は幼い姿に戻っているアイカ達なので無邪気パワーで余計にダメージが通る。

その後ろではフユミがニヤケながらおひたしを食べている。


「私は仲間達には幸せになってほしいかな。ヨクミさんの悩む気持ちは想像することしかできないけど、お似合いだとおもうしモリトは良いやつよ。」


メグミは思ったままの感想をヨクミへ伝えた。変に理屈をこねくりまわすより、彼女にはこのほうが合っていると考えたのだ。


「う、うん……そうよね。いざとなればあの魔王をコキ使ってうまくすれば良いし!」


「だったら告白の返事、しなくちゃね?」


「う…………うん。」


ヨクミは照れながらもその意思を示した。


「やった~!」

「さすが姉さん!」

「やっと決心してくれたのね!」


「はい!そうと決まれば前祝いよ!みんな飲み物を持って~~!」


「「「かんぱ~~い!」」」


それは仲間の恋の成就と門出の前祝い。

離れ離れになっても心は1つになり共に未来を歩んでいく為の儀式。

この後は益体も取り留めもない宴が遅くまで続いたのであった。



「ほら、手!男なら手くらい繋ぎなさいよ!」


「う、うん。」


そして次の日の早朝、魔王の空間の穴に飛び込む前に仲良く手を握る2人。

見送りの知り合いや仲間達はニヤニヤしている。


「「「頑張れよ~!」」」

「「「元気でね~!」」」


「みんなもお元気で!」

「みんなに会えて楽しかったわ!水は大事にしなさいね!」

「またいつか会いましょう!健やかな風と共に!」


「「「行ってきます!!」」」


シュゥゥゥン……


「行っちまったな……」


「大丈夫、また会えるわよ。きっとね。」


3人と魔王が穴をくぐると、残された者達は祝福半分・寂しさ半分の複雑な心境でしばらく虚空を見つめていた。


シュゥゥゥン……


「ついに、ついに帰ってきたああああ!」


それぞれの気持ちを胸に浜辺に降り立った一同。

真っ先に叫んだのはヨクミだった。繋いだ手と共にモリトをブンブン振り回して喜んでいる。


「はい、着いたよ。ここが目的のウプラジュ、そのサタナー島だ。」


「懐かしい風、懐かしい香りだわ!」


「ここが異世界、ヨクミさんの故郷……」


フユミは少し浮いて潮風を全身で感じている。

モリトは振り回されて目まぐるしく変わる景色と想い人の笑顔にに心奪われる。


「南の海岸、彼女がキョーイクとやらをしていた場所だが本当にここまでで良いのかい?」


「ええ、充分よ。私は山に帰らないと行けないし、ヨクミ達は……見ての通りだし。」


「わかった。しかしモリト君も思いきったね。これから大変だろうけど負けないようにな。一応病気の抗体とかは入れといたから。」


「……ありがとう。」


モリトはまだ複雑なので言葉少なに返す。

不特定多数を守る難しさを思い知った彼は、隣の1人を守りきる決意を胸に抱いてここまで来た。

それを読んだ魔王は密かに応援の気持ちを持って、いくつかのサポートをしている。


「何格好つけてるのよぉ。ハッキリしゃべりなさい!」


「いや結構だ。俺がいても邪魔だろうしそろそろ帰るとするよ。何かあったらこの携帯で呼んでくれ。」


突っ込むヨクミを制して、この世界でも使える携帯を渡す魔王。

スギミヤ市で使っていたものは回収されている。


「じゃあ元気でね。」


それだけ言うと、さっさと空間の穴に消えていった。


「行ったか。あの人は性格のブレ幅大きくて魔王って気がしないんだよなぁ。どちらかと言うとサイコパスな気がするよ。」


「演じてるフシはありますね。」


「あの事件までは魔王を名乗ってはいなかったのに、途中から名乗ってたから、何か心境の変化でもあったのかな。」


「言われてみればそうかも……前は魔王と呼ばれている者とか濁してた。よく気が付いたね。」


ヨクミが意外な観察眼を見せて感心するモリト。


「どの事件も結果だけ見れば犠牲者は多いわ。でも、彼のお陰で助かる者もかなり居る。彼のルールがもっと分かっていれば、あそこまで争うことも無かったかもしれないわね。」


「そうなんだよ。僕は彼を絶対に許せない仇のはずなのに、同時に希望ある未来という大恩も貰ってしまった。訳が分からないんだ。」


口には出さないが災害の時の支援といい、自分では助かる見込みの無い者まで助けるなど尊敬できる部分もある。モリトは彼を知れば知るほど憎めなくなっていったのだ。


「その辺の心の整理は少しずつつけていくしかないわ。もっとも、ヨクミと一緒だとそんな暇も無いかも知れないけどね。」


「ははっ、そうかもね。」


「ブーブー!私だってやる時はやるんだから!」


「ふふふ。それではそろそろお暇しますね。今度遊びに行くから、モリト君の歓迎パーティーしましょう。」


「うん、山と海の幸でお祝いよ!」


「イダーさんのレシピもあるしね。モリト君、またね。じゃあヨクミは"やる時"、期待してるわよ。」


「!!」


「フユミさんもお元気で!……最後のってなんのこと?」


風に乗って消えていくフユミを見送り、疑問を口にするモリト。


「いや、その……あのね?実はーー」


「もしかして、君はあの時の!?」


ヨクミがモジモジと何かを言いかけた時、浜辺に旅の冒険者的な出で立ちの若い男が現れた。彼はそのままヨクミに近付いてくる。


「あら?クリューチ君だっけ。おひさ~。」


「しばらく見なかったけど、元気だった?」


(むむっ!)


自然に距離を詰めて会話する男にイラッとくるモリト。


「しばらく異世界にね~。7年近く飛ばされてたけど、今帰ってきたところよ。」


「え!?最後に会ってから半年くらいしか経ってないけど……て言うか若くなってない?」


「ちょっと魔王に会ってさ~。なんか時間がぐちゃぐちゃよ。」


「魔王!?それはどういう……」


「ちょっと待った!さっきから君、近すぎやしないか!?」


今にも手を取りそうな位置関係に、モリトは思わず割って入る。

クリューチ。昔ハチミツ事件後の会話で出てきた名前だと思い出して、その時の雰囲気から男として警戒せねばならないと思ったのだ。


「君の方こそ突然なんだい?見慣れない姿だけど……とにかく君には関係ないだろう?」


この反応、やはり自分が正しかったと確信したモリトはクリューチ君を睨み付ける。それに合わせて剣の柄に手を伸ばしかけるクリューチ君。


「こらこらモリト!いきなりケンカしないの!クリューチ君も待ちなさい。剣もしまって!」


「知り合いなのかい?だとしたら君はもう少し友人を選んだ方が良いよ。」


「聞いてたより失礼な男だね。あの評価でこの程度だとこちらの人間の品性を疑うよ。」


あわてて間に入ったヨクミは、尚も言い争う2人に対して頭を巡らせる。


(これってそういうコトよね?あぁもう迷ったり照れてる場合じゃないわ!)


「この子は異世界で出会ったモリトよ。あっちでお互い助け合ったーー」


ここで大きく息を吸い込んで宣言する。



「私のか、カレシ!コイビト!……そういう感じです!!」



「なん……だと……!?」


「ヨクミさんがデレた!?」


衝撃を受けて固まる男2人。


「う、うっさい!この状況でこれ以上返事を延ばすわけにも行かないでしょ!?だからその、よろしく……」


「こちらこそ!」


言葉を並べるほど照れが襲いかかってモジモジするヨクミと、そのかわいさに笑顔になるモリト。

そして唖然とするクリューチ君に向き直って彼は宣言する。


「そういう訳だ!僕の、俺の彼女に馴れ馴れしくしないでもらおうか!」


「ぐぬぬ……ならばその実力を測らせてもらう!"ヴァダー"!」


ズバシャッ!


クリューチ君は驚異的な速度で水魔法をモリトに放つ。


「まだまだ、これでも食らえ!"ヴァルナー"!!」


ズバッシャアアアア!


「どうだ、思い知ったか!」


瞬く間にモリトを水流で包んで勝利を確信するクリューチ君。

しかしヨクミはやれやれといった顔でカレシの反応を待った。


「この程度かい?水魔法を初見で覚えたらしいけど、練りが甘いよ。」


「そんな、バカな!?」


「水に関してはっ!彼女の水魔法を7年受け続けた俺にスキは無い!」


モリトは全くダメージを受けた様子もなく、むしろ放たれた水を自身の周囲に滞留させて、そのまま鎧を形成した。


「あんたにキョーイクしてやる!これが俺の水魔法だっ!!」


まるでヨクミみたいなことを叫びながら、モリトは相手の胸に拳を叩き込んだ。


「ヴァダークラーク!」


ズドンズバシャッ!


「ぐへああああ!!」


二段構えの衝撃で大きく後方に弾かれたクリューチ君。


「おー、トンでったー。ま、私のカレシなんだしこれくらいは出来るわよね!」


などとスキあらば彼女ぶってみるヨクミ。


「どうだ、これに懲りたらーー」


「そういうのは良いから、私の村へ行きましょ!クリューチ君、そういう訳だからごめんね!」


ヨクミはモリトの腕をとって魔法で大きく跳躍。

空中でキラキラと彩度の高い人魚の姿に戻ると、2人は海に潜って行った。


「これが失恋か……何、これもまた人生の練習さ……ガクッ。」


浜辺には気絶したクリューチ君が波の音と共にとりのこされた。

修行の旅の練習で3日間森に籠る所から始まり魔王教を壊滅までさせた彼の、初めての挫折だった。


「みんな~~たーだいま~!」


海中を魔法の高速移動で進むと、ヨクミと同じくキラキラした人影が集まる地点へやって来た。


「「「!!」」」


その人魚達はヨクミに気がつくとわらわらと集まってきた。


「まさか、ヨクミなの!?」

「家出から帰ってきたの!?」

「なんか若くない!?」

「私の方が胸が大きくなってる!!」

「それより若帰りの秘訣は!?」

「半年も行方不明で何やってたのよ!」


「いやーごめんごめん。ちょっと異世界の人間達をキョーイクしてやってたのよ。」


「「「はあ!?」」」


あまりに意味の分からない説明に人魚達の心が1つになっていた。


「ホンット目を離すと何をするかわからない女ね。」


「ところでその男の子は誰?さっきから溺れてるみたいだけと。」


「ガボガボガボガボガボガボ……」


ヨクミが振り向くとカレシが溺れている。


「ありゃ、やっぱり泳げないままだったの!?何が俺にスキは無い!よ!?」


ヨクミに突っ込まれても、ただもがき苦しむモリト。

泳げない水使いなんて笑い話もいいとこである。


「仕方無いわね。ほら、顔をこっちに……」


ヨクミは両手でモリトの頭を固定すると、そのまま彼の口唇に自身の口唇を押し当てた。


「ふぅぅぅぅぅーー」


(あっ!?ええっ!?)


口唇を通して送られたのはただの空気だけではなく魔法だった。

人間が海中でも人魚と同じ様に呼吸が出来、水圧にも負けない膜を形成する。

この世界の人間と人魚の色恋話に出てくる、相手を自分のモノとして決定付ける行為。

地球で言うところの左薬指への指輪の様なものである。


「「「きゃあああああ!あのヨクミが旦那を連れてきたわ!!!」」」


「旦那!?い、息が出来る!?この魔法は……」


モリトはヨクミの魔法によって海中の景色も違って見えていた。

先程までの暗い海中ではなく、とても色鮮やかな世界のなかで人魚達が泳ぎ回る。

それはもう、幻想的で夢のような世界。


「ほ、ほら村まであと少しだから手を離したりしないでよね!?」


周囲の反応と照れながら手を突き出す彼女に、モリトは何かを察した。


「こういう時の返事はこれで良いのかい?」


シュルン!


ヨクミの左手をとってその薬指に光輝くリングを嵌めた。

チカラで造った流水のリングに、絶対に溶けない氷の宝石をあしらってある。

ウプラジュの人魚式の求愛行為に、地球式で返したのだ。

何年も地球で過ごしたヨクミは当然意味を知っていた。


「モ、モリト……バカ、本気にしちゃうわよ!?」


「ぼ、俺はいつも本気でーー」


最後まで言う前にヨクミはモリトに抱きついていた。


「「「きゃああああああ!!」」」


「まるでお伽噺よ!」

「今日は宴会ね!」

「先に村に行って知らせるわ!」


盛り上がる周囲と自分達の鼓動。


(これからはもっと素直に彼を求めて良いのよね?)

(これからもずっと彼女の側で暮らして良いんだよね?)


見つめ合い、お互いに顔を近づけていく。


((この人と、共に明日も泳ぎたい。))


お祭り騒ぎの中で、2人は何度もお互いの感触を求めた。


いい加減他の人魚に引っ張られて村に着いたら、すでに村中に知れ渡っていた。

"あの"ヨクミの彼氏という娯楽性の高い男が現れたということで、お陰でモリトは余所者扱いされることも無く歓迎されるのであった。



…………



「はぁはぁ、なぁちょっと待ってくれよ。少し休もうぜ。」


「また?早くしないと日が暮れちゃうわよ?」


2015年3月。どこかの山道を徒歩で移動する男女。

完全に息が上がってしまってくるしそうなソウイチが、前を行くミサキに休憩を要求した。

仕方無いわねとミサキは道沿いの岩にハンカチを敷いて座る。

ソウイチは重い荷物を下ろすと重力操作を解除。水筒を二つ取り出して、並んで飲み始めた。


「もう3日は歩きづめだぜ?こんなことなら車で来れば良かったじゃないか。」


「実家に行った記録が残るじゃないの。ただでさえ段取り組むのに大変だったのに……マスターさんが。」


今回の里帰りは去年の内から話しはあった。しかし政府にスギミヤ市の事がバレていたことから、ミサキの実家との関連性を悟られないように慎重に予定を組んだのだ。


「魔王のやつが一気にワープさせてくれれば楽なのによ。モリト達だってそろそろだろ?」


「あのね、ウチは厳しい家なの。正規のルートじゃないと敵対すると思われても仕方無い場所なのよ?」


「本当、面倒な家だな。いくら歩いてもここが何処だかも判りやしない。」


ソウイチは辺りの景色を見回すが、何処も同じような山林だ。

ここは政府高官とナカジョウ家縁の者しか知らない道で、結界の効果で現在位置が判らなくなっていた。

一応宿や山小屋が点在し、徒歩でも夜間に野ざらしにはならない配慮はされている。


「文句ばっかりね。部隊イチの体力はそんなもの?」


息切れのソウイチとは対照的にミサキはケロリとして元気そうだった。


「こっちはお前の荷物も持ってるんだぜ?それに先輩がおぶさってて身体が重いしよ。」


『こりゃっ!"れでぃ"をつかまえて重いとは何たる暴言か!私はソウイチの制御だって手伝っておろう!?』


ぴょこんと可視化したキサキが現れて抗議する。

今回の里帰りにミサキの大伯母様の彼女もついてきたのだ。

彼女の言い分どおりにソウイチによる荷物の軽量化の制御もしているが、ちょっぴり霊障も発生していた。


『まったく、解毒剤がどうとか言うから付き合うとるのに……』


キサキはブツブツ言いながら荷物の煎餅に手を伸ばすが、位相の調整を出来る者がいないので空振りする。

彼らはチカラの解毒剤を求めてナカジョウの実家に向かっていた。

ユウヤやソウイチはチカラによる身体の負担が大きいので、ミキモト製の薬液効果を軽減するべく今回の里帰りの話しになっている。


表向きは。


実際のところはミサキとメグミの共謀で、最近モテてるソウイチをミサキのモノにしてしまう計画である。その為にはナカジョウ家のシキタリで縛り、逃げられないようにしようと画策していた。徒歩でこの(ナカジョウ的には)神聖な道を行くのもその一環なのである。

ちなみにキサキも当然計画のことは知っている。


「その解毒剤だけどよ、やっぱりあの中和剤を研究した方が早いんじゃないか?」


「あれは劇物って言ったでしょう?チカラワザで解決しようとするのは、さすがはおサルさんね。」


「むう……」


「あ、いや……ごめん。ほら、サンドイッチ食べる?」


「?……おう。」


「はい、口開けなさい。あーん。」


「お前、どうした?ムぐっ!?」


素直に暴言を謝り優しくしようとするミサキを訝しむソウイチ。

直後にサンドイッチが口にねじ込まれた。

ちなみにお手製ではなく、簡易宿に併設された赤字覚悟のコンビニ・スターズで買ったものである。

ミキモトはこの辺りにもナカジョウへのサポートで店を出していた。ちなみに店員は失業した下っ端研究員のアルバイトだったが彼らは知るよしもない。


「はぅ!?」


ミサキは勢い余って指まで味あわせてしまい、慌てて引き抜く。

目を白黒させてるソウイチの横で手を拭こうとして……じっと見つめてしまう。どうやらこのまま自分の口に当てたら……等と言う発作めいた気持ちが出たらしい。


『そんなことせんでも、家で思う存分すればよいではないか。』


ニヤニヤしたキサキに突っ込まれて慌ててちり紙で拭くミサキ。


(いけない、どうかしてるわ。……柄にもなく緊張してるのかな。)


「モグモグ。おまえさ、優しくするなら最後までそうしてくれよ。」


「うっさい。ほらもう行くわよ!」


真っ赤になったミサキは立ち上がってさっさと歩き出してしまった。


『いいのう、青春だのう。』


「まったく……キサキ先輩、また頼みます。」


ソウイチも再びチカラを使って荷物を担ぐと、天の邪鬼なツンデレ相棒の後を追った。



…………



「薪が無いわね。」


「ストーブの燃料もな。」



その日宿泊予定の山小屋にたどり着いた2人と1霊だったが、火を起こそうにも燃料がなかった。もう大分ナカジョウ家に近づいたせいかコンビニもない。


『ここはあれじゃな、お互いのカラダで……』


「そうね、私たちのチカラならなんとかなるかも!」


キサキの発言を遮るように提案するミサキ。


「どうすんだ?」


「だからーー」


ズズズズ……ゴゴゴゴ、ズドン!


「はっ!」


ソウイチが倒した手頃な木にミサキが霊糸を発射・侵入させる。


ググググ、スパシャー!


そのままチカラを込めて水分を排出させた。


「はあっ!!」


バキバキバキバキバキバキ!!


今度はソウイチが干からびた木を砕いて武骨な薪を作り出した。


「やったわね!これで暖かい夜を過ごせるわよ!」


「やっぱりお前すげえわ。頼りになるぜ!」


『上手いことやりおるのう。』


パチンとハイタッチして喜ぶ2人。キサキも2人の相性の良さに感心していた。


さっそく囲炉裏に火を灯して暖をとる。食料はスターズで買った携行食しかないので、料理はしない。


ぴとっ。とミサキはソウイチへ身を寄せる。今日は目に見えて積極的である。


「!?」


「今更動揺しないでよ。最近モテてるみたいだし、慣れてるでしょ。堂々としてなさいな。」


「……良いけどな。ほら、甘えん坊のお嬢様に携行食のディナーだ。」


「それで良いのよ。んぐんぐ。」


昼間とは逆の立場で目の前に出されたブロック食にミサキはパクついた。


(さーて、これはどういう趣向なんだ!?)


ソウイチは平然としたフリをしつつ考えていた。

普通に考えれば、からかっているか気があるのかのどちらかだろう。

だけど隣の女は普通ではない。

特殊部隊で長らく相棒を務め、恋人のフリをしてデートや部屋で膝枕等でイチャイチャすることもあった。たまにはプレゼントだって送り合う事もした。

しかし数多くの罵倒と厳しい態度も目立ち、現実の状況とDNA検査しても一致しなかった。


今の問題は自分からもアプローチをして良いのか否か。

ここで間違うとせっかく平和な日常に戻ってきたのにふりだしだ。


(となると……)


主観だけでなく客観視点であるキサキを見ると、興味と期待のニヤニヤ顔が見える。

ミサキと血の繋がっている彼女が比較的好意的な反応を示しているなら、変な策略は無いのだろうか。


(ならカラカイかマジか。ギリギリを攻めて見極めるしかないな。)


ミサキはガツガツと食べ続けてブロック食を持つソウイチの指に迫っていた。


「そろそろ良いだろう?指まで食べそうな勢いだな。」


「昼間のお返しよ。あんなにねっとり舐められてしまったし?」


ミサキはソウイチを見上げて反応を見ている。その口許にはブロック食のカスがついていて、普段のお嬢様風の彼女とのギャップに少しだけキュンと来る。


「語弊と誤解を事実にしないでくれよ。捏造ばかりしてると自分に返ってくるぜ?」


「あらあら、一体どんな……!?」


余裕の表情のミサキの背後に腕を回して重力操作で超至近距離に引き寄せる。

ソウイチはそのまま彼女に口を近づけて、唇の横にキスをした。

正確にはその場所にある食べかすを舐めとった。


腕と胸の中でミサキの身体がビクンと跳ねるのを感じるが、構わず食べかすを綺麗にしていくソウイチ。

何度も唇の周りにキスからの舌を這わせる。その度に強張る彼女。だが抵抗は無い。


「分かったろ?これに懲りたらあまり男を挑発しない方がいいぜ。今回は唇を避けたけど……もうお互い大人なんだし、いつ何がーー」


ソウイチはプルプルしているミサキに注意喚起を施す。

この反応ならからかっていたのだろうと考えたのだ。


「ほ、細身の女にチカラまで使って唇を奪わないなんて……ぜんぜん男らしくないわね!」


「声も身体も震えてんぞ、無理すんな。怖がらせて悪かったよ。」


震えながら強がる彼女になるべく優しく声をかけて抱きしめようとするソウイチ。


シュルッ、トサッ。


「!?」


しかし霊糸によってソウイチの上体は倒され、仰向けになった彼の腹にミサキが腰を下ろした。


「だ、誰が怖がってるですって?それは唇を避けたソウイチの方じゃなくて?だから私は、こ、ここ怖くないって証明するわ!」


私は怖くない。そこに2つの意味をのせて宣言するミサキ。


「お前は何を意地になっているんだ?」


ミサキは荷物に糸を伸ばすと水筒を手繰り寄せ、そのまま中身を口に含んだ。

ソウイチはチカラ使用後は水分補給が欠かせない。

その先の行動を察したソウイチは、倒れてくるミサキを腕で止めようとする。


(なにっ?身体が動かない!?)


「あむ……」


霊糸で動きを封じられたソウイチは、素直にミサキの唇を受け入れるしかなかった。そのまま水を流し込まれて、それも素直に喉で受けとるソウイチ。


「ど、どう?これが男らしさよ?それに女の唇は怖くなかったでしょ?」


ミサキは唇を離すと、ちょっぴり涙をこぼしながら無理に笑顔を作ろうとしていた。


「バカ、言ってることが滅茶苦茶だ。」


ソウイチは言いながら、バカは自分だと心で舌打ちした。

からかう?策略?そんな訳があるハズなかったのだ。


自分達はあの部隊の一員として、殆ど毎日一緒に行動していた。

彼女に自分以外の男の影はない。

毎日繰り返される罵倒や挑発・恋人の偽装は、プライドの高い彼女が精一杯の言い訳をしていただけだったのだ。

現に今も精一杯の言い訳と強がりで、自分を売り込んでいる。

あの場でソウイチがキスをしてれば、彼女に恥を欠かせないで済んだだろう。

思えば今回の里帰り中は……里帰りそのものすら、積極的なアピールだったのだろう。先程の彼女の言葉から、事件後は他の女にチヤホヤされていた自分を見て焦っていたフシもある。

ならばここは男としても、長年の相棒としても応えるべきなのだろう。


事態を理解したソウイチ。見方が変わったお陰と女の涙や粘膜接触の効果もあって、急速に彼女の事が愛おしく思えてしまう。


「すまねぇ、読み間違えてたぜ。やり直させてくれ。」


「へ?んくッ!?」


ソウイチは"一気に身体を起こして"ミサキを逆に組み伏せると、強引にその唇を奪った。


「「あむ、んむ……」」


最初こそ間抜けな声を上げたミサキだったが、すぐに彼に合わせて絡ませていった。


「ぷはー。そう、それでいいのよ。やれば出来るじゃないの。」


「お前は回りくどくて判りにくいんだよ。だけど気付いた以上は……」


満足そうなミサキの反応に手応えを感じたソウイチは、再び重ね合う。今度は優しく彼女に触れながら。


『はわわわわ……』


キサキは展開が進むと両手で顔を隠しながらガッツリ開いた指の隙間からガン見している。


「「…………」」


それに気付いた2人は沈黙し、ソウイチが男らしくズバッと言い放つ。


「先輩、邪魔です。」


『い、言うに事欠いて邪魔とは何事か!私は孫同然のお前達を見守ろうとーー』


「でも、ここまでね。残念だけどウチは婚前交渉にもシキタリがあるのよ。」


「マジかよ。どこまでも面倒な家なんだな。」


「でも、慣れて貰うわよ。シキタリは面倒でも、御先祖様が一家存続の為に残した大事な教えなんですから。」


「……その内な。ってことは、そういうことで良いのか?」


「もっと男らしく。やり直して。」


「色々と気付いたら好きになってた。オレと付き合え。」


「はぅっ……よろしく。」


命令口調にぐっと来たのか、顔を赤くしながら一言で応えたミサキ。


「よっし!これからは恋人として頼むぜ。じゃあ明日に備えるとするか。……なぁ、添い寝くらいは問題ないか?」


「え、ええ。でもその前に横の水場で清めさせて貰うわ。誰かさんが強引に濡らしたからね。」


「バッ、そう言うこと言うなよ!これでも我慢するのに必死なんだぞ!?」


「ふふふ。ソウイチも後で使うと良いわ。先に行ってるわね。おば様は彼を見張ってて下さる?」


『もちろんじゃ。』


荷物から下着とタオルを取り出して、そそくさと簡易風呂場に行ってしまう彼女。

ソウイチはモヤモヤした気分で座り直して一息ついた。

思えば色々あったなぁ、と思い出とこれからについて考えていると。


『まずはおめでとうと言いたいところだけど、零点よの。』


「なんだよ先輩、藪から棒に。こっちは色々噛み締めてるんだ。」


『愚か者、ミサキの言葉を良く聞かんか!』


「交代で風呂場使おうぜって話しだろ?」


『先に行ってるから後から来いと言っておるのだ!覗きまでは許すから、"後で使え"と!私の見張りはお主が気付かなかったら伝え、猿になりそうだったら止めろと言うことじゃ!』


「なんだそりゃ。どこまで判りにくいんだよ、オレの彼女は。」


『シキタリ同様、慣れるしかないわ。それよりさっさと行かんか!脱衣シーンが終わってしまうぞ?』


「はいはい、変な家だな全く。」


口ではそう言いながらも重力操作で消音・軽量化して素早く移動した。男はバカでスケベなのだ。



…………



(多分そろそろおば様にせっつかれて来る頃よね。ほら来た。)


敢えて脱衣所でモジモジ待っていたミサキは、消音中の彼の気配を敏感に感じ取っていた。

するりするりと1枚ずつ焦らすように脱いでいく。

ごくり。


(生唾のむ気配まで判ると緊張するわね。ええい、次はいよいよ下着よ!)


別に焦らしているわけではなく、単純に毎回乙女としての覚悟が必要だっただけである。


全てを晒してタオルをチラリズム的な意味で効果的に使いながら、風呂場に移動して桶に水を張る。風呂釜も水道もあるが、旧式の湯沸し器は壊れていてお湯は使えない。時期的にも寒いが、少しずつタオルで拭くくらいはしないと落ち着かない。


(チカラを使っても寒いものは寒いわね。それでもこれはチャンスだから……)


ミサキは過去、全てをソウイチに見られている。しかもその記憶は何度も使用済みらしい。

せっかく果敢なアプローチで恋人になったのだから……行為はシキタリで出来ずとも、今の自分を見せ付けたい。

使いふるされた子供の自分ではなく、大人になって魅力を増したハズの自分を。

その為にはソウイチがいる入り口の隙間に男が好むパーツを向けたりもするし、念入りに拭いて見せたりもした。


「あっ、しまっ!」


やがて全て拭き終わり立ち上がろうとすると、足がもつれてしまう。


ヒュン!とさっ。


しかし彼女の柔肌は石の床に衝突すること無く、がっしりした身体に受け止められた。


「あ、ありが……何でもう裸なのよ!」


ソウイチは既に服を脱ぎ、その身体からはチカラで作ったウイングがなん本も生えていた。建設作業中に編み出した、反重力ウイング……少しなら飛べるようになり、速度も上がるシロモノだった。


「この後オレも静めなくちゃいけないしよ。」


「そ、そうよね。ごめんね。まだなにもシテあげられなくて。」


彼女はソウイチの血液溜まりに手をかざして、触れそうで触れない様に指先をラインに沿わせた。


「今日はやさしいんだな。いつかは全国放送中に思い切り殴ってくれたけど。」


「あれは……お互い様でしょうに。でもそうね。私は他のメンバーや女の子みたいに素直には成れないから迷惑かけるわ。」


ミサキは今度はしっかりと立って緑色に淡く輝く。


「あの位置では良く見えなかったでしょう?助けてくれたお礼に少しだけ……あの時みたいに……」


ミサキはまるで蛍を纏った様な幻想的な裸体を彼氏の前で晒した。時おりくるりと回ったりポーズをとってみる。


「あの時も綺麗だったけど……今は想像以上に美しく、魅力的だ。」


「ふふん、ありがとう。これで胸のつかえが少し取れたわ。いつまでも子供の頃の記憶を使ってたんじゃ、ロリコンになられそうだったし?アイカ達に取られたらどうしようかと。」


「おまえな……」


口を開けばデリカシーの無い口撃に呆れるソウイチ。


「誰かさんが狼になる前に私は上がるわ。先に布団を暖めておくからね。」


そう言ってスタコラと逃げ出す彼女。

その後ろ姿をきっちり見守ってから自分も身体を拭こうとする。


「やべ、水水っと……」


チカラを解除したらくらくらしてしまうソウイチ。


『水ならホレ、そこの桶に。』


「さすがのオレもそれは引くぜ、先輩。ゴクゴク。」


水道から直飲みしながらキサキに突っ込む。全く、あのミキモトはこの好事家のどこに惚れたのか。


「それよりちょっと先に出ててくれよ。」


『別に良いではないか。無駄撃ちくらい見せてくれても。』


「良くねえよ。分かってるなら出ていってくれ!」


『まあ待つが良い。少し話したい。本当にミサキの相手としてこれからやって行く気なんだな?』


キサキは謎の凄みを見せながらソウイチに問いかける。

それは全てを見通す元神様の迫力だった。


「……もちろんだ。恋人と決めたからには一筋で行くぜ。」


なにが言いたいか解った彼も、真剣に答える。


『ならばお主の精神回路を調整してやろう。』


「え、なんて?」


『我流でのチカラの使い方に、ケーイチ流も混ざっておる。それでは身体に負担がかかるのも当然じゃ。私が調律してくれようぞ。』


「良いのか!?て言うか大丈夫なのか?」


『なに、軽く中から手ほどきするだけよ。あの魔王だって私が調整して育てたのじゃからな!』


「余計な事を……うひゃああっ!?」


セリフの途中で左腕を腰に突っ込まれて悶えるソウイチ。

身体の中にあらゆる陽と陰の感情が渦巻き、様々なパターンのロジックで回路を創る。それを古い精神回路と入れ換えて、キサキは腕を抜いた。


『こんなものかの。あまりやるとミサキからもマスターからも浮気を疑われるから、左腕からだけじゃ。』


「これは……確かに気分が楽になってる?っておいこれ……」


当時のマスターやハルカと違ってソウイチは気絶しないでいられたが故に、その惨状を目にしてしまう。

足元には汚物が垂れ、目の前にはポンプで激しく吹き飛んだ残骸が飛び散っていた。


『良いものを見させて貰ったぞ?ささ、片付けは良いから身体を拭いてミサキのもとへ行くが良い。』


「……おう。そうするわ。」


ソウイチはミサキの先祖にあっさり吐き出されてしまった事を気にしないようにしながら身体を拭く。


(魔王のやつもこれ以上の辱しめを?そりゃ歪むか。)


『こんなところにも飛んでおるぞ!これならミサキもイチコロよな!きっと良き子を授かるに違いないぞ!』


男へのデリカシーがないのは血筋か。いやミサキはそれでも外面は気にするからましな方か……等と考えながら寝床へ向かうソウイチ。


「ちょっと、男の子ってあんなに声出すの?学校の寮と違って防音じゃないんだから気を付けなさいよ?」


外面を気にしつつもデリカシーの無いお言葉に、それでも暖かい布団に潜り込んでいくソウイチ。


「かなりの事をシミュレートしたからな。いつか覚えとけよ。」


「いきなり何を言い出すのよ?もう少しデリカシーってものを持ちなさいな。」


どの口が言うかと思うソウイチだったが、真っ赤になってうつ向く彼女がとても可愛いのでなにも言わなかった。


「あっ……あむ。」


代わりに手を握りながらお休みのキスをし、お互いを抱き枕にして寒い夜を暖め合うのだった。春はもう、そこまで来ていた。



…………



「ふんふーん。今日には実家に着くから、ソウイチを紹介するわね。」


昨日まで以上に軽快に山道を歩むミサキ。だが途中でソウイチと腕を組んで歩いてみたりもしている。


『絵に描いたような上機嫌よのう。ソウイチよ、本当に手は出しておらんよな?』


「出してねぇよ。て言うか先輩も同じとこにいたんだろ?」


『いや、昨晩はちょっと……ゴニョゴニョ。』


(さては魔王のやつに怒られてたな。)


ソウイチの予想は当たっており、呼び出された魔王邸で何かあったようだ。


(うふふ、昨日はついに!本当の恋人になれたわ!実家までギリギリだったけど……計画してくれたメグミに感謝しないとね。それにシキタリもずいぶんクリア出来たし、流れが来てるわ!)


"食事をその手で施せる関係性"や"婚前の接吻は互いに交代で主導権を得る"、"同じ床で勝手に手を出さぬ男を選べ"や"裸体を晒した相手は交際若しくはその支配下に置け"などなど。昨日は実に12のシキタリクリアとなっていた。そして今日中には"共に神聖道を徒歩で走破"もクリア出来そうである。

ソウイチが実家に認められれば、婚前交渉も可能になる。

その前にシてしまうと分家となるか、追放もしくは処刑となる。

田舎の良家は厳しいのだ。


この日は順調な旅路であった。

ソウイチは積極的になったミサキの事を可愛がりつつも足元を掬われないように注意しつつ進む。

彼等をからかいながら見守るキサキは、早くマスターとその嫁が許してくれないかと妄想する。例えば誰かの幽霊の身体の製作補助依頼でもあれば、ご機嫌が取れるかも……。


そしていい加減歩き疲れた夕方。もう日が沈みかけて逢魔が刻になった頃に日本の隠れた名家ナカジョウ家、その立派な屋敷に辿り着いた。


「やっと到着かぁ。疲れたぜ……」


「情けない声を出してないでしゃんとしなさい!」


「悪い、お前の実家だもんな。栄養剤でも飲んでキチンと挨拶に備えとくよ。」


正面の門まで後少しのところでグビグビと飲み干すソウイチ。


門の前まで来ると、そこには少し年下であろう緑髪の男の子が居てこちらに気付いた。


「ねーちゃんお帰りなさい!遅かったじゃん!」


「愚弟よ、出迎えご苦労様。今帰ったわよ。」


(愚弟て、それはひでぇなぁ。やっぱり男の立場は弱いのか?)


そんなことを思っていると、ミサキはソウイチの持つ荷物から何かを取り出した。


「ほら、お土産の呪いの人形セット。予備の髪の毛付きよ。」


「うわっ、要らねえ……それよりこちらの方は?」


愚弟君が土産を受け取りつつソウイチに興味を示す。


「彼氏のソウイチよ。彼がいちゃついてきたから遅くなってしまったわ。」


「ソウイチさん……マジでこの女を選んだの?」


「ああ、でもいちゃついて来たのはミサキの方だからな。」


「それは知ってるよ。ここの女は代々良い男を見るとすぐ……おっと、後で話そうぜ。ねーちゃんのエロ本の隠し場所教えるからさ!」


「ほう?それは興味深いな。」


「愚弟!さっさと母さん達を呼んできなさい!ソウイチも変な所に食いつかないで!」


「はいはい、父ちゃん!ねーちゃんが釣った男を連れてきたよ!」


愚弟君は大声で叫びながら家屋へと入っていく。


(ミサキがムッツリなのは知ってるから、気になったのは代々の女達の動向なんだけどな。)


しかし口には出さなかった。人様の家の事をいきなり詮索するのは良くないだろう。


「ミサキや、お帰り。はて、なにやら良い男も連れておるの?」


「あらお婆様、ただいま戻りましたわ。こちらは彼氏のソウイチよ。」


いつの間にかそこにいた老婦人。彼女がミサキの祖母でキサキの妹なのだろう。


「うんうんお帰り。ソウイチ君、ミサキと仲良くしてくれてありが……はて?なにやらめんこい子もついてきておるが……」


お祖母ちゃんがソウイチに笑顔で挨拶していると、そこから生えてきた女の子に気がついた。


『うむうむ、数十年ぶりの我が家じゃ。あまり変わっておらんで嬉しく思うぞ。そこな老婆よ、もしかしてミツキではないか?』


キサキは門から敷地内を見回してから妹の名前を呼んだ。

髄分老けたと笑いながら話すキサキに、どんどん顔色が悪くなるおばあちゃん。


「その声、その出で立ち……キサキお姉様!?」


『その通りじゃ。土地神辞めて帰ってみたら、随分老けおったのう!』


「なんまんだぶ、なんまんだぶ……キェェエエアアアア!!」


ミツキおばあちゃんは幼いままの姉の登場に、念仏を唱えたり大声で叫びだした。


パタリ。


「ばーちゃんどしたの!?こんなところで寝たらあの世行っちゃうよ。よいしょっと。」


そこへミサキの両親を連れてきた愚弟君が現れて、倒れた彼女を担いで再び家の中に戻って行った。


『さぷらいずドッキリは大成功じゃ!』


「なにこのカオス。」


ソウイチはナカジョウ家の日常に戦慄を覚えた。


「君が娘の恋人かね?」


そこへミサキの父親らしき人物から声をかけられる。

彼は疲労の溜まった表情とぎろりとした目でソウイチを観察していた。そしてその隣にはいかにもキツそうな和服の女性が無言でこちらを伺っていた


「はい、ソウイチと言います!ミサキさんとは特殊部隊で相棒としてーー」


「うむ、テレビで見ていたよ。実物の方が良い男で安心したよ。」


「あれは……すみません、当時はお互い意地を張ってて……」


テレビと聞いて一気に気まずくなったソウイチ。盛大に恥をかき、ミサキにもナカジョウ家にも恥をかかせた1件だったからだ。


「まぁ良いでしょう。このまま立ち話もなんですし、娘の選んだソウイチさんの資質を試させて頂きます。」


「ん?なんのことです?」


話の展開が良く解らなかったが、どうやら家に入るのにはテストがあるようだ。すかさずミサキが説明に入る。


「ソウイチ、私の実家に外部の男が入るには資格が必要なのよ。でも安心して、2つとも貴方は持ってるから。」


「資格?持ってる?何の事を言ってる?」


「呪われた血液と私の髪の毛が体内に在るでしょ。」


風呂を覗いた時とゾンビに肩をやられた時。


「どっちも出会った当初じゃないか。お前そんな前からーー」


「そしてそれを持った人は、私の支配から逃れられないの。」


シュルルル!


「はあ!?何をーーうがっ!!」


緑色に光るミサキから同じ光がソウイチにも延びていた。

ナカジョウの霊糸に操られて身動きが取れなくなってしまう。

いや少しずつ門へと足が向かいつつあった。


「ちょっとだけ我慢して。このまま門を潜れば私達は認められるの!ナカジョウの一員として幸せになれるわ!」


「なんだと?オレ達は解毒剤を……まさか、謀ったのか!?」


『観念することじゃ。そのまま入れば精神がナカジョウに支配されるが、ここに来る男と言うのはそういう事じゃからのう。』


「うぐぐ……」


今回の里帰り計画を作ったメグミは、この事を知らなかった。

精々ミサキには頑張って誘惑してもらって、厳しい両親に口添えしてもらって交際スタート!くらいな気持ちだった。


ミサキもこの事について負い目を感じたりはしていなかった。

支配がどうとかと言っても自我はあるし、精々が自分にはさからいにくくなるのと一族優先にモノを考える位だ。

ナカジョウとしては普通の事だし、面倒なシキタリの1つでしかない。ひたすら不毛な夫婦喧嘩の日々を送る一般家庭よりは全然良いだろう。それにこれがあって初めて当主候補の資格を得ることになるのだ。


だから恋人になった彼から向けられる疑いと軽蔑の視線を受けて、初めて疑問を持った。


(何でそんな目で見るの!?私と一緒になってくれるのではなかったの!?)


交際を始めた次の日にお互いの考え方に疑問を持つ。

このままではシキタリは上手く行っても、幸せにはなれないかもしれない。そんな不安が胸をよぎる。


(あの顔、ミサキも予定外の不安を抱いている?つまりお嬢様の天然だったのかよ。判らねえ訳だぜ!)


相変わらず身体の自由は利かないが、策略ではなかった事が判って少しだけ気が楽になるソウイチ。そのまま対処を考え始めた。


すなわち諦めて一員となるか、抵抗してシステムに反逆するか。


そんなの最初から決まっている。


「オレは世界チャンピオンの息子だぜ!?反骨反抗ハングリー精神は誰にも負けねえ!」


身体は動かなくともまだ心は支配されていない。

ならば重力を操り糸を引き抜こうとチカラを発動させる。


「抵抗する気!?山道でへばってた癖に!」


一層のチカラを籠めて霊糸を激しく食い込ませてくる彼女。


(なんだ?確かにミサキの束縛感はあるが……手ぬるい?)


ソウイチは自身の身体の中に蠢く糸が、それほど不快には思えなかった。しかし従うのは自分らしくない。気が付けば自分の中に対処法が在ることに気が付いた。


「確かにビリビリ来るけどそれまでだな!おりゃああ!!」


自分のチカラで霊糸を包んで、2人の間でプツリと切った。

切断された糸を吸収して自分の物として重力スーツの糧にする。


「ウソっ!?レジストされた!?」


「ほう?」


ミサキの驚く声と父親の興味深そうな声がほぼ同時に耳に入る。


(あ、私がアヤツの回路を……あかん。やらかしたやもしれぬ!)


その横で1人焦り出すキサキさん。まだ寒いのに、霊体なのに汗がダラダラだ。


「どうやら俺には 効かなかったようだな!それでこの場合はどうするんだ?」


「くう、少しだけ嫌な予感はしたのよ……昨日も糸の効果をはね除けていたし。」


(そうじゃった!無理やりキスをした時確かに!なら素質は元々のもので私が悪いわけではないな!)


必死にそう思い込もうとするキサキだが、回路をいれたことでトドメとなった可能性が高く……子孫の男女のシキタリを失敗させた事実は消えない。


「でも今日の私の術は完璧だったはずよ!?あんたみたいな童貞に破れるはずが無い!」


ミサキの霊糸は感情を載せられる。戦闘時はひたすらに敵の排除を目指して攻撃的だが、今回は彼女の愛情もたっぷりだった。

相手に魂レベルで直接誘惑を仕掛けられ、耐えられる未経験者はなかなか居ないハズだった。


ミサキは霊糸だけでなく自身の愛情も否定された気になって、心が深く傷ついていた。そこへ彼氏から追い討ちが入る。


「まだ言ってなかったけどよ、別に童貞じゃないんだけど。」


「はああ!?何それ、相手は誰よ!」


『ほうほう、これは面白くなって来たぞ?』


キサキはミスの記憶を横へ投げ捨て、痴話喧嘩に前のめりになった。彼女はソウイチの女性関係をある程度把握していたからだ。

あのミキモト事件中での3人との出会いである。


「ミキモト事件の時、歓楽街で助けた女が3人居てだな。全員スギミヤに避難して、助けたお礼にと……」


「何で断らないのよ浮気者!私と言うものが在りながら!」


「お前とは昨日からじゃないか!ていうかミサキがあんだけ罵倒するから、素直に認められて嬉しかったんだよ!!」


ソウイチはその男心を吐露した。

因みに3人からは色々教わった。巫女さんからは神聖で大切な行為に臨む姿勢を、バニーさんからは情熱とテクニックと淫靡を。うどんさんからは羞恥心の良さと責任問題を。


「それは私風のアプローチだって気付いてくれてもよかったじゃない!!」


「だから気付いて恋人になったじゃないか!」


「昨日じゃなくてもっと前に!て言うか両親には何年も付き合ってることにしてたのに台無しじゃないの!」


「無茶苦茶いうなよ!?そんな前だったら我慢できずに襲ってたさ!」


「よ、良くいうわよ。そんな度胸もないくせにーー」


「「「…………」」」


ヒートアップする2人を見守る両親と大伯母様。

そのまま5分経って、チカラでの殴り合いに発展していく。


「この、鈍感男め!私と幸せになりなさいよ!」


ミサキがこれでもかと霊糸を発射して荷物から愛用の人形を取り出す。四方から絡め取ろうとソウイチに襲いかかった。

一方でソウイチは重力スーツでチマチマ防ぐが、さすがに多勢に無勢。かといって大技で彼女を傷つける訳にも行かない。


「ここまで積極的に気持ちや相談をぶつけてくれてれば、こんな事にはなってなかったぜ!……こうなりゃこれの出番だな!」


ササッと彼も荷物に駆け寄って玉のようなものを取り出し、チカラを籠めて上へと放る。


フィィィィィン、ズバッシャアアアアアア!!


「ヒャン!?」


次の瞬間には玉のようなモノ、水爆弾・Wが炸裂していた。モリト達と早めの別れ際に貰ったものだ。聡いモリトと変に勘の良いヨクミの事だ、多分彼らは何らかの危険を察していたのだろう。

その衝撃で人形達は地面へと落下して、ミサキもずぶ濡れでよろけてしまう。


「あぶねえ!」


ヒュンッ!ガシッ!


ソウイチは重力ウイングで高速移動してミサキを抱きしめて支える。ミサキはそれでも霊糸で抵抗しようとするが、彼のチカラに阻まれて満足に糸も出せなかった。


「あ……私、負けちゃった……」


ミサキはそれを悟ると眼が虚ろになり、心が崩れていくのを実感していた。

沈黙が訪れる前に口を開いたのはミサキの母親だった。


「そこまで!この者をナカジョウに入れる事は出来ません。我々の術が効かない相手、反抗的と在らば尚更です!ミサキ、貴女には追って沙汰を申し付けます。部屋にて謹慎してなさい!」


「あ……うぅ……聞いたでしょ。もう良いからどこにでも行っちゃいなさいよ。3人とお猿さんしてればいいんだわ……ひぐっ。」


母親からの宣言に、一気に絶望するミサキ。泣きながらソウイチの開放宣言をした。


「………?」


しかしソウイチは開放されるどころか、ミサキを拘束したままだった。

彼は生涯で一番頭を使って考えていた。このまま離せば全てが終わってしまう。

だから初めて出来た自分の彼女を、開放したりはしなかった。


やがてソウイチはミサキのうつむいた顔をチカラで優しくこちらへ向かせると、キスで涙をぬぐった。


「な、何のつもりよぉ。」


「お前は泣き顔が似合わねぇと思ってな。」


ユウヤに借りた古いアニソンの歌詞を参考にした行動だったが、その言葉は本心だった。

彼女はいつも堂々として、策を巡らせたり墓穴を掘ったりしていた方がしっくりくる。


「誰の所為よ、もう!うううぅ。」


余計に泣き出してしまったミサキだが、閉じ始めた心はソウイチに引き戻された。


「今回の事は悪かった。部隊が無くなってフワフワしたまま何も話さずにすれ違ってしまった。でも昨日の言葉にウソはないし、今後は兵士なんかじゃなく恋人として……人生の相棒になって欲しい。」


「ば、ばかぁ。うえええぇぇ!」


殆どプロポーズ同然の言葉に色んな感情が渦巻いてソウイチの胸で更に泣き出すミサキ。


「うむ!良く言ったソウイチ君!君になら娘を任せても良いだろう!是非我が家の敷居を跨いでくれたまえ!」


ミサキの父親が完全陥落してソウイチを讃え、交際の許可を出した。

一方で心穏やかでないのは母親だ。


「なりません!ナカジョウの血を受け付けない危険因子をーー」


「黙りなさい!!」


「ヒッ!!」


大声で一喝されて悲鳴をあげる母親。今までは大人しく言うことを聞いていた男の反抗に驚いているようだ。


「受け付けないのではない、取り込んだのが見えなかったとは言わせない!」


「そ、それは……」


しどろもどろな母親を放置してソウイチに近づいていく。


「見ての通りこの家の在り方は歪み、呪われている。千年の歴史で過去にしか眼を向けなかったからだ。だが君はその流れを断ち切り、時代に沿ったナカジョウ家を作れると思う。私はそんな男が現れるのを待っていたのだ!」


力説する父親の話に力強く頷くソウイチ。そのまま愛しい相棒に語りかける。


「親父さんはああ言ってるが、ミサキはどうしたい?」


その言葉に彼の胸のなかでモゾモゾするだけのミサキ。照れているようだ。


「ちゃんとお前の言葉で聞かせてくれよ。」


「私は、ソウイチと共に未来へ生きていたい。あっ!」


その瞬間強く抱きしめられ唇を奪われるミサキだった。


『良かったのう!私もたっぷりと青春ドラマをたんのうしたぞ!もし駄目だったとしたら、私がマスターの子を産んで当主になるつもりじゃったのだがのう!』


「先輩は自重してくれ。あいつもチカラ効かないだろ。」


ツヤツヤした彼女に突っ込んでいると、父親の方がブツブツ言い出した。


「今回は家のためになる事だから強く言えたが……やはり私も断ち切らねば……確か慕ってくれてる使用人が何人か居たな。よし!」


ナカジョウ以外の女と契れば抵抗力が増すと信じてなにかを決意する父親。


「よしじゃないわよ!?妻の前で浮気宣言する男がこの世に居ますか!」


『我が弟子なら似たような事をしておるぞ。結果何者にも負けない男になっておる。そこな婿殿よ、これは良い機会なのではないか?』


「ほう?伝説のキサキ様に御墨付きをもらえるとは!」


「お、大伯母様も煽らないで!?あっ!お父様がもう居ない!?」


「なにこのカオス。」


結局ソウイチは第一印象と同じ印象を抱きながら母屋に案内されるのであった。


その後当主達はバタバタしていたので、先に風呂を頂くことになったソウイチとミサキ。ずぶ濡れのままでは風邪を引いてしまう。


「やっぱり温泉は良いな。芯から暖まるぜ!」


「本当よね。学校ではシャワーばかりだったし、スギミヤでは中々温泉施設に行く時間もーー」


2人は自然に一緒に湯船に入りながら、旅の疲れを癒す。


「別に良いけど、力任せに痛くしないでよ?」


「お前こそ変な仕込みとかするなよ?」


これまた自然とお互いの距離がお湯を通さない程にまでなり、相棒の次世代開発製造部門に手を伸ばしていた。


「ん……何か巧いのがムカつくわね。ちゃんと他の子とは別れてよ?それまではお預けだからね。」


「心配するな。命の代価に1通り教わっただけだ。今後はお前と磨いて行くからな。」


行為自体相手からの申し出だったし、3人ともこの旅の前には清算していた。

巫女さんはソウイチへの自分の役目は終わったと、自ら関係を辞した。今は街の新しい社でまだ神様ぶってるキサキに仕えている。

うどんさんは渋っていたが、実家から老舗かつ大手のうどん屋の息子とのお見合いの話が伝えられていそいそと帰って行った。

バニーさんは実は一番熱をあげていたが、お互いのためにならないと悟って突然姿を消した。彼女はあくまで夜の街の女だと自覚していたのだ。それにスギミヤには歓楽街が無く、働き口が限られていたのもある。


「てか、巧いのはお互い様だろ。妄想でここまで出来るようになるとか、ムッツリにも程があるぜ。」


「やっとホンモノを触れたんですもの、念入りにもなるわよ。それにしてもすごい感触ね。」


本音・本心をさらけ出せる関係になった2人は気兼ね無く互いの身体を知っていく。


「今後はさ、家の事とか教えていくから……実際どうすれば良いかとかどんどん教えてね。その、こっちも。」


「そうだな、改革するにしても元を知らなきゃならねえもんな。こっちに関してはお互い様だ。オレもお前を悦ばせたい。」


「ふふっ、そうね。恥ずかしいけど頑張るわ。」


「所で、結局解毒剤の件はどうなるんだ?」


「実はそんなもの無いのよね。」


濁して伝える予定が、正直に伝えるミサキ。今ならそれでも平気だと確信していた。


「おい、ぶっちゃけたな。いや、まあ良いか。オレは先輩に治してもらえたし。ユウヤもあとで何とかするだろ。オレとしてはミサキと共に未来を描ける方が重要だ。」


「そう言ってくれると思ったわ。さ、身体を洗ってくれる?」


「もちろんだ、任せな。オレのも頼むぜ。」


2人はひたすらにイチャイチャしながら入浴を楽しんだ。

この日を境に、ナカジョウ家は少しずつ明るい笑顔が咲き始めた。


…………



「院長、ショウコさんお疲れ様です!」


「お疲れ様。そうだ、君達にも言わなくちゃな。6月のこの日は休診日にしたから。」


スギミヤ市のフルヤ診療所で定時を向かえたユウヤとメグミ。

仲睦まじい院長達に挨拶に行くと、臨時休暇の知らせを受ける。


「まだ4月なのに6月の予定ですか?ってこの日は……」


院長の指差したカレンダーを見るとメグミはすかさず反応し、ユウヤも直ぐに気付いたようだ。


「そ、あの子の命日。縁がある人多いし、墓参りでも行かない?」


「「はい、是非お願いします!」」


2人は声を揃えて賛同した。


そして向かえた2015年6月3日。神奈川の墓地には1人の男の姿が在った。


「姉さん、会いに来たよ。そっちでは安らかに眠れてるかい?」


アケミの弟・エビオは手を合わせて亡き姉に語りかけていた。


『もう毎日充実してるわよ。何故か料理だけは失敗続きだけどね。』


「なんっ!?」


死者を悼む墓参りで返事が返ってきた。当然仰天する弟君。


『あ、エビ君ひどーい!お姉ちゃんの顔見てその反応は無いでしょ!?』


「普通ビビるわ!どこまでフリーダムなんだよ姉さんは!」


プリプリ起こるアケミの幽霊に、確かに姉だと確信したエビオ。

昔から変なものが見えたりするので受け入れは容易い。


「でもその調子なら安心したよ。義兄さんが仇も取ってくれたしね。」


『うんうん。あいつらの地獄の刑期はアメリカ級だし馬車馬のように働かされてるわ。』


「そいつは良いや。でもどうして今日になって姿を現したんだい?手紙はみんな受け取って喜んでたんだ。もっと早く会えたらみんなの心のキズも……」


『いやそれがね?善行を積んで何度か現世に来れる権利は貰ったんだけどさーー』


経緯を説明し始めた時、ドンガラガッシャーンと水桶やら何やらを落とした音と共に叫び声が上がった。


「「「ああああああああ!?」」」


「アケミ!?なんで!?エビ君どう言うこと!?」

「アケミさん、ホンモノ!?」

「ああああ、会いたかったですううう!」


『みんなも来てくれたんだ、ありがとー!』


動揺する一同に、アケミは手をヒラヒラさせながら挨拶した。

そのまま墓石の前で宴を始めた彼ら。お供えだけでは足りないので、ユウヤが買い出しに行ってきた。


「へえ、みんな元気にしてるんだね。元医務室担当としては嬉しい限りだわ!」


「今日も本当はみんなで来たかったんだけど……」


『平日だし、それぞれの人生があるから仕方無いわよね。みんなぶっ飛んだその後を送ってるみたいだけど、あのマスターさんプロデュースなら解る気がするよ。ショウコも彼氏出来て良かったわ、おめでとう!』


「ありがとう、この報告が出来たのは……本当に……」


『はいはい、泣かない泣かない。ちゃんと笑って!』


「それで姉さんは結局、どうしてここに?」


『ああ、その話だったわね。ポイント稼いで外出券貰ってケーイチさんの様子を見に行ったのよ。そしたら浮気現場見ちゃってさー!信じられない!ってことで、こっちに来たわけ。』


「いやあの、死別したなら浮気でもなんでもないんじゃ?」


「ユウヤ、デリカシー!」


「でも彼の言う通りだよ。縛り付けてたら義兄さんが可哀想じゃないか。」


『違うのよ!そっか、皆は知らないんだ。彼は再婚してね。みんなでお祝いしたのに別の女とくんずほぐれつしてたの!!』


「「「なんだって!?」」」


その後は酒の勢いもあり、良い人だと思ったのに!とか信じられない最低!などと罵詈雑言が飛び交った。


『同じ魔王だからって女癖までマスターさんの真似しなくても良いのに!!』


アケミはマスターの風評まで巻き込みながら、だいぶ酔いが回っていた。

幽霊でもお供えのお酒なら摂取出来るらしい。


そこから少し離れた墓石の後ろで。


「どうします?今出ていったら火に油ですよ?」


「むう、しかし誤解は解かないと……あれだけ慎重に進めてたのにアケミに見つかるとはなぁ。」


魔王2人がこそこそと様子をうかがっていた。

ケーイチは神通力こと神パワーを効果的にその身に宿すために色々試していた。その中で他の巫女さんとのえっちい儀式の最中を見られてしまったのだ。因みに彼の嫁のサイガは断腸の思いで了承済みだ。ケーイチがパワーアップすれば神社再興も近づくからである。

ミキモト事件中のマスターからの意味深発言を受けて、より一層嫁と仲良くしていたのが功を奏したが……結局アケミに飛び火して代償を受けてしまったようだ。


「今の彼らに全て説明するのはホネです。デリケートな話ですし、棄民界や会社の魔王ブランドの裏側をそのまま語るわけにもいきません。」


サクラ達にバラしまくっててどの口が言うかと思われそうだが、彼は彼で魔王ブランドへの畏怖の植え付けや娯楽性を重視したりと工夫はしていた。


「分かってる……そうか、これがお前の立っていた場所なんだな。」


「世間からの風当たりの代わりに、色んな一族のチカラを解析出来る。結果が伴えば本気の文句は言われなくなりますよ。」


実際のところルールや倫理は皆で決めて従うのでではなく、強者が決める。そんな見たくもない現実の一端がかいまみえるマスターの発言だった。


「努力はする。」


「そうしてください。アケミさんくらいには後で伝えても良いでしょうし。」


説明と釈明を諦めた魔王達。ひとりは異世界へ、もうひとりは神社へと帰って行った。


それはともかく宴は続いている。


『それであっちの料理は難しくてさー。ユウヤ君は良いわよね~、メグミちゃんの手料理毎日たべられるしぃ?そのまま本人もーー』


「アケミさんったらぁ!でもなんでうまくいかないんでしょうね?」


『分かんなーい。食堂とかでは普通にゴハン出てくるのに。おかげでまた私のスライムが大量に地獄に保管されててね。ミキモト辺りが有効活用するとか言って変なもの作ってるらしいわ。』


「あの連中、あっちでもそんなんなんですね。でも良いんじゃないですか?いつかこっちの時みたいにあの世を救う料理になったりするかも知れないし。」


ユウヤはニヤニヤしながら他人事のように適当な発言だ。


「え、姉さんの料理で世界救ってるの!?」

「初耳なんだけど!?」


エビオとショウコが変なところに食いついた。ミキモトの最高傑作を倒した経緯を話すと2人は大笑いである。


「あははははは!そいつはいい!姉さん個人でもキッチリやり返してたんだ!?」


「うひひひひ。ダメ、お腹痛い!ただじゃ転ばない女よねぇ。やっぱりアケミは退屈しないわ!」


『もう、もう!笑いすぎ!ユウヤ君もバラさないでよう!意地悪なところがマスターさんに似てきてるわ。メグミちゃん、女の影に気を付けるのよ!?』


「あの人と一緒にされたくないんだけど!?」


「彼の携帯には浮気防止機能があるから平気ですよ。」


『今の携帯ってそうなんだ?ケーイチさんにも持たせるべきね!どういう機能なの?』


「紹介しますね。メリーさん、出てきて良いわよ。」


『私メリーさん。いま、あなたのうしろにいるの。』


『うひゃああああああ!オバケええええ!』


アケミの背後からメリーさんが決め台詞を放つと、面白いくらいに飛び上がったアケミ。


「幽霊なのに都市伝説に驚くのか。さすがは姉さん、訳が分からん。」


『死んでても心は人間だもん!なんでエビ君平気なの!?』


「あははははは!」


5m上空でワタワタしているアケミをみてショウコの腹筋がピンチを向かえている。


「だって割りと最初の方から見えてて……チャンスを待っていたみたいだし。」


『そんなわけでメリーよ。良いリアクションをありがと!ぞくぞくしたわ。』


『オバケと浮気防止にどうつながるのよぉ!』


「彼女は元ネタ的に通信のエキスパートなんで、オレの行動全てチェックしやがるんですよ……」


『あ~~、そういう?良いじゃない!』


ゲンナリ気味のユウヤの表情に、アケミは納得したようだ。


『ユウヤは毎日懲りずにハダカ画像を入手して私に消されてるのよ。メグミのだけで足りないの?』


『ユウヤ君……?』


「いや、ここまでされたら何か裏技があるんじゃないかと。決してメグミ以外にどうこうって話じゃないから!」


『変な方向に男心を刺激されてるわね。』


「ネット見るぶんには良いけど、この前ソウイチと一緒の時にキャアキャア言われてたみたいなんですよ!」


『当然交換した連絡先は変えておいたわ!』


「老人ホームとかに掛かってびびったぞ?」


「その前に連絡取ろうとしないでほしいわ。」


『まあ、お互いホドホドにね。彼女を不安にさせてもダメだし、縁を完全に絶つとそれはそれで困るかもしれないから。』


「そういうもの……ですか?」


『うん、浮気とかじゃなくても縁は大事よ。私もそうだったから。』


「まあ、アケミさんが言うなら……でもユウヤも調子乗らないでよね?」


「おうよ。その辺はメリーさんもいるし安心してくれ。」


「そこは自分の意志だけ言った方が良かったんじゃないかな。」


エビオに突っ込まれて笑う一同。

その後も談笑を続けてやがて夢の終わりが訪れる。


『それじゃあそろそろ戻るわね。』


「もう、ですか?」


『うん、今日は楽しかったわ。私はもう皆と共には未来を過ごせないけど、たまには会えると思うから。』


「分かってても寂しいね。姉さん、また来てくれな。今度は父さん達も連れてくるよ。」


『もちろんよ。後はそうねえ、皆の誰かが結婚式とか子供が産まれた時とかはマスターさんに言ってくれれば駆けつけるわ!』


「分かりました、その時は是非来てくださいね!」

「また面白い事があったら聞かせなさいよ?元気でね!」

「アケミさん、会えて嬉しかったぜ!」


『みんなも元気でね~!』


アケミは最後まで笑顔で手を振りながら、消えていった。


「共には未来を過ごせない、か。ならオレ達はその分幸せになるしかないな。」


「ユウヤ……そうよね、うん!」


ユウヤは言ってからプロポーズみたいだと気付いて、頭をかく。


「今度またデート行こうぜ。その時はちゃんとした言葉にする。」


「別に今のでも良いけど、待ってるわ。」


「「若いねえ。」」


ちょっぴり年上組は生暖かく見守っていた。

心の中ではいまの恋人と早く結婚しようと思いながら。


『披露宴の催し物は私の出番ね!』


そして無駄に張り切るメリーさんだった。



…………



「はい、ゴハン出来ましたよ~。冷めない内に食べましょう。」


「2人とも手を洗ってからな。」


2015年6月中旬。スギミヤ市のアパートで、管理人のイダーがテーブルにズラリと料理を並べて子供達に声をかけた。

何故かマスターも一緒にキッチンに立っている。


「「はーーい!」」


一緒に住んでるアイカとエイカが元気に返事をしてパタパタと近づいて来て手を洗う。

もちろんイダーとは本当の親子ではないが、正式に養子となっていて関係は良好だ。


「ただいまー。今日も疲れたわ~。いい匂いがする!今日のゴハンは何かな~?でもま・ず・は、ビールよねぇ。」


そこへ珍しく少ない残業で帰ってきたキョウコが現れる。

仕事中のキリッとした姿ではなく、完全に油断しているご様子だ。


「お帰りなさい。唐揚げに煮物にサラダ、茶碗蒸しもありますよ。もちろん冷えたビールもね。」


「ままままマスターさん!?やだ私ったらはしたないところを……」


「やり遂げた後くらい良いじゃないですか。ささ、手を洗ったら座って下さい。」


頑張る女性にだいぶ甘い彼は、キョウコのグラスにビールを注ぐ。


「あのその、マスターさんは今日はどの様な用件で……」


「イダーさんに料理のアドバイスを貰ってたのですよ。本業の研究も疎かには出来ませんからね。」


しどろもどろなキョウコに答えるマスター。イダーは可愛くお預けしているアイカ達を見てニコニコしている。


やれ海外だ異世界だと飛び回るマスターだか、それはあくまで副業。本業は水星屋である。

特にセツナが後を継ぐ気マンマンなので、下手な経営は出来ない。日々の積み重ねが大事なのである。


「ふ、ふーん。マスターさんはやっぱり料理のデキる女の方が好きですか?」


「料理に限らず一生懸命な方には惹かれますね。さあ、そろそろ食べましょうか。子供達がお腹をすかせてます。」


「はうっ。」


「ふふ、では乾杯。頂きます。」


「「頂きまーす!」」

「イ、頂きますぅ!」

「はい、頂きます。」


子供達は料理を頬張り大人達はビールを口にする。

キョウコはいつもはぐいっと飲むが、今日はイダーと同じように少しずつ嗜んでいた。


「「美味しい!」」


「うん、ちょっと手を加えたら随分変わるね。この方向なら飽きないし売り上げも……」


素直な感想の双子とブツブツ言ってるマスター。

緊張しているキョウコと笑顔なイダー。


血は繋がらなくとも家族のような不思議な空間が出来ていた。


やがて料理を半分ほど消化した辺りで、雑談の割合も多くなっていく。


「アイカとエイカは来月夏休みだね。」


「うん、初めてだから楽しみです!」

「宿題たくさんはいらないけどね。」


「あの量は貰った時、子供心に絶望を植え付けられるからなぁ。でも友達や家族で遊びに行ったりも出来るのが良いところだ。」


「じゃあ皆で海に行きます?水着を用意しなくてはなりませんけど。」


「「可愛いのが良い!」」


「水着!?わ、私はそういうのはちょっと……」


「お仕事ですか?キョウコさんはスタイル良いし、大抵のは似合いそうなのに。」


「にあ!?」


キョウコは1人でかなり動揺している。彼女はマスターを相当意識していた。

それは恋愛感情と呼べるほど成長はしていない。いやさせていないと言った方が正しいか。

まだ憧れや畏怖と言ったモノとして、心の壁が堪えている。


そもそも彼女の好みには程遠かったマスター。

彼女的にはイイトコの定職について熱心に働く男が好みで、それをバリバリサポートして支えていくのが理想の恋愛像だった。

だが現実は自分が市長候補になったり、世界一の嫌われ者に興味を抱いてしまっている。


理由としてはマスターの在り方、その認識を改めたのがキッカケだ。

散々蔑まれ追われる立場になりながらも、世界の平和のために働いていた彼。彼に助けられた者は非常に多いことは、特殊部隊の事務室長の頃から被害報告を見て不思議に思っていた。

もちろん死傷者も多いが、助からないハズの者達が助かった例は数多い。更には行方不明者や難民をこの街で生活させていた件も、プラス評価となった。


また、この街に移住した際に自分の身体の調整をしてもらった。

コンプレックスだった疲れ目・肩こり・腰痛、その他諸々が解消された上に数年若返ったのだ。

他人から見たら鬼気迫る仕事振りの彼女。男性に身体を隅々まで……特に内部まで見られた経験は健康診断以外無いので、その辺も意識してしまう要因のひとつとなっている。


現在の職場……スギミヤ市の市役所ではマスターが現れることも多い。他の職員と話している時は目で追い耳を傾け、自分が話す時は声のトーンが高くなる。彼が去った後はその消えていった空間を名残惜しそうに見つめていた。

そんな彼女の様子から既に魔王のお手付きとの噂になっていて、同僚の独身男達はとても割り込む勇気はなくなっていた。


イダーはキョウコが忘れたお弁当を届けに行ったときにそれを察して、影ながら応援しつつニコニコと見守る道を選んでいる。

そのイダーは男に関してはあまり興味を示さず、寄ってきたらロシア語であしらっている。

今は引き取ったアイカとエイカにゴハンを作り、一緒にお風呂や布団に入ってはヤベェ視線や高ぶりを発して堪能していた。

もし自身の子供が欲しくなったら、後腐れないであろう世界一の変態な何でも屋に頼めば良いくらいの考えだった。

以前はもう少しまともなお嬢様だったのに……。


そんなわけで食卓の話に戻る。


「みんなでお出掛けも良いけど、やっぱり彼氏とか欲しいよねー。」


「ねー。手を繋いでデートしたい!」


「「んな!?」」


ガタッと立ち上がったキョウコとイダー。小学1年生からのおませ発言は、思うことは違えど聞き捨てならない内容だった。

すなわち恋愛未経験のお局街道ぶらり旅中目線と、母親兼ロリコン目線である。


「本来なら高校生なんだから普通でしょ。2人とも落ち着いて?」


「ま、まぁそうか。やり直し中だったな。」

「慣れって恐いですね。ウッカリです。」


「それで、学校には良い男はいたのかい?」


「「!!」」


マスターの質問に、大人2人は真剣な顔で双子の答えを待つ。


「居ないねー。」

「みんなコドモばっかり!」


「「ほっ……」」


『親心は分かるけどいけませんよ?』


露骨にほっとする2人にテレパシーで注意しつつ、マスターは会話を続ける。


「2人からすれば……いや違うか。恋愛ってのはお互いを高め合うことも大事だ。相手のおかげで……もしくは為に人間としての成長を遂げて、自分も相手もより良い人間になる。分かるかい?」


「理想的な関係ですね!」

「わ、私もそれが良いかと思います!」


「つまり、今はダメな男の子でもーー」

「自分好みにキョーイクしちゃうのね!」


「「…………」」


身も蓋もない双子の発言に黙ってしまうキョウコ達。


「簡単に言えばね。やる気を出させて稼げる男に出来れば尚良しだろう。もちろん自分には優しくしてくれるように良い案配にエサもやってな。男は直情的だからそこが難しいところではあるが……」


「ちょっと、子供に何を教えてるんですか!」


「人生の先輩として必要なことでしょう?学校では教わらないし。」


「そうだけど!」


「もしなにか困ったことがあれば相談に乗るよ。君たちは特別にタダでいい。」


「「ありがとう!やっぱりお父さんは頼れるね!」」


「誰がやねん。」


「「あはははは!」」


「「…………」」


お決まりのやり取りて笑い合う3人。それを納得行かない顔で見つめる女2人。だが意外と現実的な見方なんだなと、キョウコは密かにマスターの情報を蓄積していた。


やがて彼は去り、緊張が解けていく。


(みんなで共に食卓を囲む未来、か。そんな道を歩けたら楽しいんだろうな。)


なんだかんだ楽しい時間だったキョウコ。

マスターは来月も来るとのことで、期待して妄想して……さすがにこの気持ちに気付き始めているが、一生懸命蓋をする。

敵対していた負い目ーーを言い訳に、恋愛には自信がない自分を隠していた。



…………




「魔王さんよ、相談があるんだけど。」


「丁度良かった、オレもその件について話があってね。」



2015年7月。その始め頃にユウヤとメグミはマスターと会っていた。正確には自室から携帯で連絡を取ったら目の前に現れた。

内容も理解している辺り、話が早い。


「相変わらずね……今回は助かるけど。」


デリケートな話なので詳しい説明はストレスになるからである。


「だからこそだけどな。報告の後に説明、納得したら施術。良いかい?」


「ああ、そうしてくれ。」

「お願いするわ。」


「邪神は無力化したからもう心配はない。メグミが変な違和感を覚えたのはその為だね。」


「無力化!?」

「前の話だと余波だけでも大変って!」


「その辺は詳しく言えないんだよね。せっかく平和に解決したのに、わざわざ神々にケンカ売る必要はないし。君らも危なくなるし。」


「ッ!?わかった、そこの詳細は良い!」

「うんうん!次へ行きましょう!」


相変わらずトンでる魔王のヤバイ規模の話にビビった2人は先を促した。ウソは言ってないが、これも魔王ブランドを守るために大袈裟に説明していた。


「んで君達の正常化についてだけど。ユウヤについては師匠からやり方聞いてるから直ぐに治せる。減った寿命については……たぶん伸ばさない方が幸せだと思う。伸ばした分だけ何かの代償がふりかかるし、君だけの問題でもなくなるからね。延命なら金払って医者に頼んだ方がまだマシかな。」


メグミを横目にしながら魔王は非情とも言える宣告をユウヤに通達する。

だが魔王は自身の経験からも、その方が綺麗に終われると知っていた。


「ユウヤ……」


「マジか……だったら尚更急がねえと。それでメグミの方は?」


心配するメグミだが、今はコトを先に進める方が良いとユウヤは考えていた。


「2パターンあるね。今の身体で対応するか、元の身体を再構築するか。前者はキメラ体のままだが、リスクは少ない。細かい所を気にしなければ、子供だってほぼ100%君達の子供だ。後者は本当の意味での彼女になるが、歴史が浅い分身体が魂に追いつかない面も出る。」


「……具体的には?」


「死にやすくなる。常時な。」


「「!!」」


「もちろん対処は可能なんだけど、ユウヤ的には嫌だろうね。」


これは以前からもある現象で、改変前後での差異が大きいほど魂が安定しなくなる。なのでマスターからの内側に向けたバリアで魂を逃さないようにするのだが、エネルギーは電池式でも良いとしても常時彼に包まれているのは相方持ちには微妙である。


「つまりそれだけメグミに触るってことか。」


「だからオススメは前者。裏ワザも使えるだろうし。」


「どんな裏ワザで?ウソテクじゃないよな?」


まだ若いのに前世代的な返しをするユウヤ。


「メグミの門の一部スペースを確保しておいて、20数年後にユウヤが亡くなったら魂を吸収するように細工するんだ。」


「「そんな無茶な!?」」


「それならメグミは死ぬまでユウヤと居られる。もちろん話はできるし夢の中なら触れ合える。」


「……デメリットは?」


魔王の事だ、絶対何かあると踏んで尋ねるユウヤ。正解である。


「メグミが再婚でもしたら地獄だろうね。つまりメグミは一生彼に縛られる。結構きついハズだよ、夢を求め過ぎて生活狂ったり身体を壊すかもしれないし。後はメグミが亡くなった時に2人揃って閻魔様に怒られるくらいかな。」


「それでも!私は彼と添い遂げます!」


どれだけ重い枷であろうと即断即決でメグミは受け入れた。

彼女にとってユウヤは一心同体。特殊部隊の学校で出会った時からこの運命は決まっていたとすら考えていた。


「メグミ……ありがとう!」


感動したユウヤが彼女に抱きついた。


「それでは決まりだね。ユウヤ、君は素敵なパートナーに出会えたようだ。おめでとう。」


心から祝福した魔王。自分と重ねて思うところが多々あるのだろう。


この後施術も無事に終わり、ユウヤとメグミは、魂レベルで共に未来を歩む事になった。



…………



「ただいま戻りました!」



2015年7月の後半。約束通りイダーのアパートに現れたマスター。今回もイダーからのアドバイスのもと、料理を作っていた。

そこへ仕事帰りのキョウコが帰って来たが……むしろこれから仕事なのかと思うほどに髪も化粧も服もキメていた。


「「おかえりなさい!」」


「お疲れ様です。あらあら、今日は気合い入ってますね。」


「似合ってるけどお見合いみたいだね。夕飯にそこまで肩肘張らなくても、キョウコさんは充分に素敵ですよ?」


「はうあっ!?」


今度は張り切りすぎた彼女はギャグマンガみたいなリアクションをとった後に手を洗って席に着いた。


前回と同じく乾杯と頂きますの挨拶で始まる夕食。

今回は洋食をメインに並べられていた。


「やはり微細なテクニックの積み重ねがーー」


(今日も真剣に打ち込んでる。なんか、良いな。)


ビールの後はワインを嗜みながらマスターから目を離せないキョウコ。イダーや、さすがに前回で気づいたアイカ達もニコニコしながら食事は進む。

やがてアイカとエイカが口を開いた。


「夏休みの宿題たくさん出たよ~。」

「プリントとかドリルは先が長いし、面倒だよねー。」


「お、そう言えば夏休みか。」


「変わったモノはたのしそうだけどね。」

「自由研究とかね!」


「へえ、普通はそっちが面倒だけどな。何するか決めてるのかい?」


「うん、並行世界のモノや生き物の安定顕現!」

「私たちならではだよね!」


「「「!?」」」


さすがにマスターも含めて驚いた。


「教師がドン引きしそうな題材だな。クラスでの受けは良さそうだけど。」


「むしろ天才児としてテレビ来るのでは……」


「いくら裏ではバレてるとは言えそれは……」


「「……ダメ?」」


大人達の反応に、目をウルマせ不安そうに尋ねるアイカとエイカ。


「いや、良いんじゃないか?そのチカラと向き合うのは大事だよ。ハルカにも見習って貰いたいくらいだ。」


「「やったー!」」


「いいんですか!?」

「ハルカって誰なんですか!?」


喜ぶ双子と突っ込む大人。キョウコだけは女の名前に反応していた。


「いざとなれば寄ってきた連中をアタマハッピーにして追い返すさ。」


「「さすがお父さん!」」


「誰がやねん。」


「「あははは!」」


(スルーはツラいわよー。)


「それでね?実は相談があるんだけど……」

「そうそう、お母さん達にも!」


「構わないよ。なあ、イダーさんキョウコさん。」

「ええもちろん。母親として出来ることは何でもしますわ。」

「私で良ければ……びしっと解決するわ!」


元々相談に乗ると伝えていたマスターに可愛い子供に頼られたいイダー。そして仕事だけでなく子育てもデキる女として見せつけたいキョウコ。

3者がそれぞれの思いで同意した。


「良かったー!」

「お父さんだけじゃさすがにむりだもんね!」


「そうなのか?何でも屋としてはプライドが刺激されるね。」

「それで何をおねがいしたいの?」



「「お兄ちゃんが2人欲しいの!!」」



「「!!」」


「ほう、確かにオレだけでは難しいな。」


「あらあら、いつの日かの為の下着の出番がやってきましたね。私が双子を産めるかは分かりませんので、キョウコさんもお願いします。この後、一緒にお手入れしましょうね。」


変なやる気を見せ始めるイダーさん。対してキョウコは頭ピンクで混乱中だ。


「あ、あわわわ……で、でもそんな!」


「もちろんキョウコさんが先で構いませんわ。1人前の女として元気な子を授かり、立派な母親になりましょう!」


くっと可愛く拳を握るイダーは、年功序列を気にする謎の配慮を見せつつもキョウコに勢いでその気にさせようと試みる。


「え、うん?そうなのかな?あ、でも弟になっちゃうじゃない!」


「ツッコムのはそこで良いのか。」


「今同意されましたね?マスターさん、食べて良いそうですよ?」


「んな!?えとそれはその、もう少しお互いを知ってからの方が……」


「お父さんなら黒いモヤで一瞬だよね。」

「キョウコ母さん、おめでとうございます!」


「その、今晩は色々と不都合が……マスターさんのことは好きだけど私の身体にも知識にも準備が必要でございまして……」


散々乗せられ致命的な発言をしてしまう。さすがにマスターが止めに入った。


「そろそろストップだ。みんな、からかいすぎ。」


「だってー、好きなのバレバレなんだもん!」

「応援したくなるよ!」


「まあまあ、この子達ったら優しいのね。」


「あ、あああああぁぁ……私は、何て事を口走ってーーしゃ、謝罪を!奥さんに謝らせてくださいぃぃ!」


「妻ならそっちの3人と同じ反応してるから大丈夫だよ。ギャップにやられたってさ。」


「~~~~!!」


「それではキョウコさんはok貰えるんですか?」


「2人とも貢献してくれてるしその気があれば平気だよ。でも今はアイカとエイカの相談中だ。後で話そう。」


「まあ、私も!?とと、そうですね、アイカちゃん達はなんでお兄ちゃんが欲しいの?弟じゃだめ?」


「欲しいのはユウ兄さんとソウ兄さんだよ!」

「やっぱり学校には良い男の子居ないんだもん!」


「「戦争が起きるわ!?」」


よりによって将来を誓い合った重く面倒な彼女持ちの2人。

ここから仕掛けに行ったら警察どころか自衛隊やサイトの出番だろう。


「君達その場その場で驚きすぎじゃない?これ、自由研究する上での、本人達への口添えのお願いでしょ?」


「私には良く分かりませんが……どういう?」


「ああ、私としたことが。要は並行世界のユウヤ君達を連れてこようって話よね?」


本来は頭の冴えるキョウコは、切り替えて答えを導き出す。


「そう言うことです!」

「私達だけじゃ、許してもらえないと思って!」


「うんうん、何かする前にちゃんと大人に相談するのは偉いぞ。」


以前は(大勢の)2人だけで悩んで暴走した2人。今回は失敗を踏まえた成長が見られた。


「まあまあ、子供の成長が見れて嬉しいわ。もっと欲しくなっちゃう……」


両手をほほに当ててくねくねしながらマスターを流し見るイダー。変なスイッチが入ったようだ。


「ソレと倫理観は置いておいて、彼らももう大人よ。大人を説得するなら完璧なプランと交渉材料と正式な書類が要るわ!」


「キョウコさんはさすがだね。オレも邪神は落ち着いたし、みんなで手伝おうよ。」


「「了解です!」」


「「やったー!お父さん、お母さんありがとう!」」


こうして子供の宿題に全力を出す親達の奮闘が始まった。

やることはテロレベルのマッドな研究だったが。


「お父さん、余所の子だけじゃなくて私のも手伝って!」


その日魔王邸に戻ると、珍しく宿題にやる気を出すセツナにお手伝いをせがまれた。アイカ達にライバル心を燃やしているらしい。かわいい。


「もちろんだ。セツナはなんの研究にするんだ?」


「近しい血縁との生殖におけるリスクの回避です!」


即時家族会議となった。


後日。


「メグ姉さん、ミサ姉さん!よろしくお願いします!」

「お願いします!」


市役所の会議室に関係者が呼び出されてプレゼンを敢行。

イダーのお弁当でほんわかさせて油断したところを、キョウコの完璧な説得とマスターの安全保証と双子の熱意をぶつけていた。


「これから結婚の話を詰めるって時に、なんという話を……」

「でも研究の成果を一部譲渡は悪くないわね。」


メグミは頭を悩ませ、ミサキは恋人を呼び出せる権利について多大な興味を持っていた。


「相方を1人自由に呼び出す権利ってのは、生活も助かるしロマンもあるけどな。」


ユウヤは好感触のようだ。そしてソウイチはというと。


「そのロマンにムッツリのミサキが乗ってるのが恐いんだが?てか、倫理的には良いのかよ!?オレ達の知らないところでオレ達が無茶したら……!」


「性の問題は自分達を信じてください。一応彼女達の身体には防御システムを入れておくし、誰が呼び出す相方の生殖能力もオフにして対応します。」


「私達はまだ赤ちゃんは無理だから大丈夫だけどね。」

「ツルツルに戻っちゃったもんねー。」


「お前たちな、そう言う問題じゃないぞ!?」


ソウイチは誰よりも彼女達の心配をしている。それは優しい兄貴分として双子に映っている。


「ソウイチは心配しすぎだって。並行世界って言ってもオレ達がが妹達に乱暴するわけ無いだろう?多分スッゴい可愛がるぜ。」


「そうだけどよ!」


ユウヤの言葉に同意はするが気が気でないソウイチ。


「ソウイチは小さい子に不埒なことをする心当たりでもあるのかしら?無ければ良いのではなくて?」


ミサキは昔の覗きの事を暗に示しながら妹達の望みに応えようとする。


「無いに決まってるだろ!?でも……むしろなんでお前達は平気なんだ?」


「あのね、さっきのプレゼンがどれだけ完璧かわかる?」


メグミは諦めたような表情で口を開く。


「管理も私達への配慮もキチンとされてるの。これに反論してもただのやっかみにしかならないのよ。」


「ま、まぁそうだけど……」


「正直マスターさんとキョウコさんを味方に付けた時点で、アイカちゃんとエイカちゃんの勝ち確定よ。不備なんて出ようがないわ。」


メグミはため息つきながらお手上げして降参した。

感情的なすりあわせはこれからしていけば良い。ともかく自分達のこれからの話を進めたかった。


「決まりだね。アイカにエイカ、おめでとう。君達の宿題も捗るだろう。」


「やったね、2人とも!」

「ふふん、私に任せればこんなもんだわ。」


「「やったーー!ありがとう!」」


「「「……かなわないなぁ。」」」


大人になりたて組みは、先輩の大人と子供の笑顔に打ちのめされていた。

更に後日、召喚に成功した彼女達は2人の兄貴分と対面した。


「話は聞いてるぜ、よろしくな!」

「受けた以上は幸せにする。よろしく!」


「「よろしくお願いします、お兄ちゃん!!」」


破天荒な裏ワザで共に未来を歩く兄貴兼恋人を手に入れたアイカとエイカ。アパートは幸せ色の笑顔に包まれていた。



…………



「な、なんで!?条件的には充分なハズじゃ!?」



ミキモト事件の後。魔王邸で○○ちゃんとの関係を深める交渉をした私は、許可が下りずに大きい声を出してしまった。


「トモミさんは確かに旦那の大きな仕事を円滑に進めさせてくれたわ。眠れる悪魔のチカラも発掘してくれたし、今後の仕事を考えれば貢献度も充分よ。」


「だったら!」


「でもダメ……1度は自己責任ならと思ったけど、とても今は……」


「見ての通り妻の心が不安定だ。この件についてはキチンと考えをまとめた上で話そう。妻を不幸にさせてまで関係を持つ理由がオレには無いしな。」


「う……そうよね。失礼するわ。お休みなさい。」


優しく奥さんの肩を抱きながら○○ちゃんに話の打ち切りを伝えられ、大人しくイタリアに帰る私。多分しばらくは何も出来ない雰囲気だ。心の回線も『すまない!』と言う書き置き付きで緊急用チャンネル以外は閉じられていた。


予感は当たり、○○ちゃんとはしばらく会えなかった。

多分奥さんの事だけじゃなくて、お仕事が忙しいんでしょうね。

ミキモト事件の爪痕のニュースはこちらでも良く見るし、なんならイタリアの工場とか研究施設なんかがガンガン接収されて調査してるみたいだし。

とは言え魔王ニュースはケーイチさんのモノばかり。

きっと別の世界にでも行ってるのかもしれない。

ふふん、私は彼の理解者ですから?これくらいは解りますとも。

もっとも、昔と違って理解者ランキングは下がってしまったようだけどね。はぁ……。



「何をため息ついてるんだい?嫌な客でも来たのか?」


「……待ち人が来ないからよ。今来たけど。」


「ずいぶん沈んでるな。店も閉まってたから何かあったのかと。」



2015年の多分6月12日くらい?あまりに彼と逢えなさすぎてついには自宅に籠っていた私。あなたのせいでしょという言葉は何とか飲み込んだ。


「飲み込んでも分かるけどな、待たせてすまなかった。」


ベッドでうつ伏せに枕に顔を沈めている私のそばに、彼が腰かける。一方的に心を読むのは卑怯よ。人の事言えないけど!


下着に簡素な寝巻き姿のままだけど、慌てたり取り繕う気力もない私。どうせ手を出してくれるわけじゃないし。


「そこまで拗らせてるか。ハルカみたいになられても困るし、さっぱりしよう。要・介護申請だ。」


介護……あぁ奥さんへの言い訳ね。

言いたいことがあるなら今言ってよ。


「トモミ臭が凄いからな。そっちが良くてもオレが我慢ならない。」


私そんな臭い!?スンスン、この国なら数日くらい平気な気候だけど。


「頭が回ってないな。憧れへの幻滅とフェロモン的な意味だ。さあ、許可も下りたし丸洗いの時間だ。」


フワッと身体が浮いて、身ぐるみを剥がされた私はお風呂場にポトッと置かれる。


「顔色が良くないな、これでも飲んでおくと良い。」


「ふう、あの当時もこれくらい積極的なら……」


素っ裸で栄養ドリンクを一気飲みして、今更な話をしてみる私。


「トキタさんに殺されてたな。」


むう……。本当に私達の関係って絶妙なバランスだったよね。

あ、お湯気持ちいい~。今度はあわあわだ~。

泡で私を包んで行く彼の手の流れに、もっともっとと期待を寄せてしまう。


「あくまで入浴介助だからな。」


「むう……そう言えばハルカって誰?逢わないうちにまた女の子タクサン騙してるんでしょ。」


「弟子の1人だ。幼少より過酷な人生の迷走女だったから、助けたら暴走女になった。」


「どっちが良いかは微妙ね。て言うかお弟子さん居るんだ?」


「セツナの教育が切っ掛けで、今は5人いるよ。」


「ふーん。うン……そこもっと念入りにお願い。」


「はいはい。優しく丁寧に洗わせていただきますよっと。」


はわあ~。ひさしぶりのお風呂にひさしぶりの○○ちゃん。

どんどん癒されていくわ~。


こっそりと……バレてるでしょうけど2回ほどイヤされた私にお湯をかけて洗い流す彼。


「これで後は飯食って寝れば、元気になるだろう。」


そう言って彼は私を寝室に戻す。私の着衣をガン見してくる彼に問いかけてみた。


「それで今日の用件は?奥さんとはお話しできそう?」


「その件はまだだ。バランスが難しくてな。どっちにしろ話し合わなきゃ進まないんだが……だから今日はーー」


「うーん?せめて原因だけでも教えて?私の直せるところなら直すから。」


話を次に進めようとする彼を遮ってすがりつく。

なんか別れ話中のカップルみたいになった。


「原因はオレ達の歴史にある。君に出来ることは自信を持って生きることだね。恥ずかしながら言わせて貰えば、オレの憧れのままでいてくれる事か。」


つまり凹んで数日引きこもるような真似をしてたらダメってことか。

でも今の私は、○○○君という拠り所がないと難しいわ。

恥ずかしいから口には出さないけど、思うだけでも伝わるから良いわよね?


「そこで今日の用件に繋がるんだけど、これを贈ろうかと思ってね。」


○○ちゃんは虚空からクリスタルのランプ?のようなものを取り出して私に差し出す。30cmほどのそれを回転させながら繁々と眺めてみる。光が淡くキラキラと輝いていた。

うわーお、綺麗なインテリアね!


「これは異世界の魔道具でね。今は滅んだ国で広く使われていたものなんだ。これは上流階級用で、こっちが一般人用だ。」


少しだけ小型のクリスタルも取り出してテーブルに置かれる。


「魔道具って言うからには用途があるのよね?なんの効果があるの?」


「人類の相互理解。と言えば意図は伝わるよね。」


「なんですって!!」


彼の言葉に耳を疑いながら、前のめりで手元の魔道具と○○ちゃんを見比べた。

だってその効果は、私の夢そのものだったから!


「もちろん効果範囲は部屋1つ程度だし、起動には燃料も必要だ。魔力……まあチカラだな。だがソレを解析すれば、君の夢は大きく前進……とまで行かずとも、大きな指針となるんじゃないか?」


「す、凄いよ○○ちゃん!本当にもらって良いの!?」


「ああ、誕生日プレゼントにはち丁度良いかと思って持ってきたんだ。」


「え、なんて?」


「だから誕生日の……」


「ウソ!?もう7月だったの!?」


「君は何を言ってるんだ。いつから籠ってたんだよ。」


ええっと、あまりに寂しくて……でも○○ちゃんの生前の誕生日ならパーティーとか呼ばれるか、会いに来てくれると思って邪魔にならない程度のプレゼントを用意して……何もなくて。

いじけ始めてからは数えてない。水とゴハンは少しずつ摂ってたけど……。


「もう1ヶ月以上じゃないか!道理で弱っている訳だ!呑気している場合じゃないな。待ってろ。……マキ・ルクス・聖女ちゃん、急患だ!」


○○ちゃんは携帯を取り出して連絡をつける。

マキさんは分かるけど後2人は知らない。

ルクス?明かり?聖女ちゃんってそれ名前なの?

て言うか奥さんは良いのかな。


「これは妻にも拒否させない。トモミが衰弱死とか洒落にならん!」


「ごめんなさい、私が弱かったわ。」


「いいから移動するぞ!」


こうして魔王邸に運ばれた私は、点滴射たれながら数々の検査を受けて入院した。


「ここまで追い詰める気はなかったの、ごめんなさい。」


ベッドで寝ていると奥さんが謝りに来た。

それに対して返事をしようとしたけど彼女は更に言葉を続けた。

もう、口を開きかけて変な顔になったじゃない。


「でもトモミさん?私は彼の妻なんです。感情も生活もあるんです。だから元気になったらキチンとお話ししましょう?」


「わかったわ。よろしくお願いします。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい。」


きっと○○ちゃんにとって私は、奥さんの想像以上の……恐らく私が彼の眠れるチカラを暴いた時に……。

色々予測をたてながら私は眠りについた。


「目を閉じて、楽しいことや嫌なことをできるだけ交互に思い浮かべてください。」


3日後、またまたベッドの上の私は、言われた通りに妄想をする。

いけない、全部○○ちゃんになってしまったわ。


「こことここと、あそこもね。ルクス、良いわよ。」


「はい、目を閉じたまま……開けたら鶴が飛んでいきますよー。」


見たい気持ちをこらえながら静かに待つ。

すると嫌な感情が少しずつ薄れて来ているのが分かった。

この子も精神系のチカラ持ちってことか。


「はい、もう大丈夫です。目を開けてくださーい。」


「凄いわね、一体どういうチカラなの?」


目の前のルクスと呼ばれている、外国人の女医さんに思わず聞いてしまう。黒髪だけどなぜか赤いのも混じってるのは、○○ちゃんの仕業よね?


「ごめんなさーい!マスター様からは絶対に秘密にしろと言われてますので、答えられないです!」


見れば精神的なバリアも付与されていて、厳重にガードされている。そこまでのチカラなの?というか様付け!?

○○ちゃん、やっぱり女の子騙してたのね。


「ちょっとあんたね!マスターにはスッゴく助けられたのよ!?変な決めつけは止めてよね!」


「ごめんなさい、ただのヤッカミよ。貴女達の想いを否定したりはしないわ。」


聖女ちゃんに怒られて謝る私。彼女もチカラ持ちなのね。

本当もう、私ってば何をしてるのかしらね。


「トモミさん、今は身体を休めるのが先よ。健康な心は健康な身体からですから。良かったらシーズのCD聞きます?」


マキさんに勧められた曲をイヤホンで聴きながらこの日は寝たわ。


「うん、もうバッチリです!退院前にお風呂とかいかがですか?」


入院から1週間経った。現実では数時間しか経過してないけれど。

ようやく復活した私は、マキさんに言われるままに露天風呂へ向かった。ちゃんと身も心も洗濯しなくちゃね!


「お、顔色が戻ったな。快復おめでとう。」

「せっかくだし一緒に入りましょう。」


そこには既に○○ちゃんとその奥さんが入っていた。とてもイチャイチャしながら。

いきなり折れそうなんですけど。


「別に嫌がらせのつもりはないよ。妻が話をするならお風呂だと言ってね。」


「普通は話さないことまでさらけ出すんですもの。これくらいはね?」


そうよね、この夫婦の中にお邪魔するんだもん。

それを自覚した上で臨まないと。


「寛大な待遇に感謝するわ。」


かけ湯して2人のもとへ移動する。


「トモミさん、お気持ちは変わらない?」


「はい、むしろ強く願うようになりました。」


「そう、なら仕方ないわね。あなた?」


「じゃあまずは聞いてほしい。オレ達チカラ持ちは発現方法もそうだが、その効果も千差万別だよね。」


あら?何が来るのかと構えていたのにチカラの話?


「大抵のやつは本人の希望とか後悔とか強い念に沿ったものが発現している。」


ええ、そうね。私は夢だしケーイチさんはお仕事に関してだったわ。


「オレの場合は未練・後悔の方でね、君の事を引きずってたわけだ。だから時間に干渉出来るチカラだったんだろう。」


あぁ、そう言う話の流れなのね。学生の頃は、ほんと健全なクラスメートだったもんね。もしあの時アプローチしてればーってやつか。


「精神干渉はカナの夜這いか、トモミの憑依がキッカケか。当時のオレの、ある種の救いと心の解放だった。運命干渉は分かりやすいな。人間を辞めてでも幸せな夫婦生活を送ろうとした事だろう。今までの人生や価値観などを塗り替えてでもね。さて。ここで大事なのは、オレのチカラの基準は……在り方はトモミなんだよ。」


はうっ!そんなに○○ちゃんの人生にインパクトを与えてますか!!


「その中でカナや○○○へ、そこから更に他の使用人や交際者に心の構成が枝分かれしているものと思ってくれ。そんな状態で君との仲を深めたりすれば……」


「私への未練・後悔が消えて、気持ちの根本と共に今まで皆との関係が崩れてしまう?」


「そう言うことよ。だからって貴女が完全に身を引いても駄目なのよ。例えば今回みたいに女を捨てたりされると困るの。旦那の足元が不安定になるわ。」


でも最後まではしてないけど同窓会以降は結構触れあったりも……。


「もちろん憶測だけどね。オレ自身○○○を不幸にするつもりはないが、君に暴かれたチカラと共にその辺の構成が見えてしまった。なので大事を取ったわけだけど、今回の件で対策が必要だと認識した。」


「う、うん。ご迷惑をおかけします……」


「旦那の気の持ちようの話だから、こちらも迷惑かけてはいるのだけどね。暴走されたらそれこそ世界の終わり。協力して頂けるわよね?」


「もちろんです!でもどうすれば良いのか……」


「方法はあるよ。ヤンデレ風味とかの無理な方法が多いだけで。」


「ヤンデレ……私を裸で時間凍結して寝室に飾って、延々と行為を見せ続けるとか?」


「よく分かったわね。まさに一例としてその話も出ていたわ。」


こわっ!!妖しくニヤニヤしながら奥さんにからかわれる私。


「そこまでおとしめる必要はないが、オレが君に抱く特別感を無意識レベルで減退させていくって言うのはアリなんだ。少しずつ心を変えて軟着陸させればね。」


「なるほど……?」


理屈は何となく分かるけど、私への興味が減るのは寂しいかな。


「興味は減らないわよ。旦那はお盛んですもの。今後は私への気持ちをチカラの樹木の幹として、貴女は他の女性のように枝となるように持っていこうってだけ。」


「それなら、まぁ……」


奥さん優先は当たり前として、○○ちゃんて他の女性達にも幸せな笑顔をくれるもんね。


「そこでだ。例のクリスタルの研究を兼ねて、魔王邸には頻繁に足を運んでほしい。」


「良いの?その、2人の……皆の邪魔になったりはしない?」


「トモミさんがここでどう過ごし、どう思われるかは貴女に任せるわ。重要なのは"枝"達と混ざってもらうことだから。」


「木を隠すなら……朱に交われば……普通の女にしていくってことね?」


「気の長い話だけどね。何もしないで倒れられるよりは良いし、この先強めの対策をすることになってもココに慣れておくに越したことはない。」


「でもえっちはダメですからね?」


奥さんに絶妙なタイミングで釘を刺されてしまう私。

そこは寛大な心を……コホン。


「分かったわ。私の気持ち、私への気持ち。お付き合いをどうかよろしくお願いします。」


2人は力強く頷いてくれた。良かった。ここで一番困るのは、私を拒絶する結論が出ることだったから。


「ではまずは私と身体の見比べをしましょうか?」


直後に笑顔でとんでもないことを言い出す奥さん。

○○ちゃんはほう?と興味深々だ。ちょっと!?


「大丈夫、旦那が我慢できなくなっても手を出されるのは私だけだから。」


「それが辛いんです!」


○○ちゃん止めて!こんなのおかしいよ!


「だが良い案だ。今後は女として何かの勝負をしてもらおう。審判はオレがする。」


「なんでよ!?滅茶苦茶不利じゃない!」


「あらあら、断って良いの?"私の旦那"にアピールチャンスよ?それにいつかは"セイギ"の勝負だってあるかも?」


「やってやろうじゃない!!」


あああ、乗せられてしまったあああ!

これって奥さんと私を比較して、彼女の方の評価を深層意識から高めようって魂胆よね!?

それでも○○ちゃんとの女としての交流チャンスは逃せない。

さすが○○ちゃんの奥さん、ズルいわよーーー!


「そんな顔してたら彼に幻滅されてしまうわ。はい、同じポーズをとってね?」


「うう、やるわよ!○○ちゃんのばかぁ……」


私は○○ちゃんの視線を受けながら、ひたすら恥ずかしいポーズを取り続けた。


勝敗?審判が途中で奥さんに襲いかかって彼女の勝ちよ!


「お辛いでしょうけど、今はこれで我慢してください。」


「ヒャン!」


私はそれを見ながら、忍び寄ってきた監視役のカナさんに指でイヤされ始める。貴女、女の子もいけたの!?


「貴女がそうであるよかうに、私も色々あるんですよ?」


恐らく世界で始めて○○ちゃんを頂いた彼女。

意味深なセリフと素晴らしい指使いを披露しつつ、○○ちゃんの営みを笑顔で眺めていた。


彼と共に未来を歩むには、普通じゃ難しいんだろうなと思いながら私はイヤされていた。


…………



「やあ、いらっしゃい。装置の解析は順調かい?」


「まあね。○○ちゃんと違って作り手の考えまでは読めないけれど、用途が判っているから。」


「そうか、ではこちらへどうぞ。」



2015年7月末。魔王邸に訪れた私は○○ちゃんの書斎に案内される。大して広くはないが、パソコン回りはゴテゴテと謎装置がつけられている。


「これかい?いろんな世界のパーツだよ。未来視に使ったり技の理論を考えたり……でも最近は時間がなくてあまり使わないな。たまに変な現象も起きるし。」


私は詳しくはないけれど、規格とかは合うのかな。変な現象ってそれのせいじゃなくて?

未来視か~。多分知りすぎは良くないと彼も判ってるんでしょうね。でなくては彼に時間がないってことはないもの。

でもちょっぴり私の未来は気になるかな。


「さあ、座ってくれ。どこまで判ったんだい?」


「うん、ありがとう。リーアさんも。」


○○ちゃんに椅子を、監視役のリーアさんに飲み物を差し出されて礼を言う。


「この装置は周囲の空気・雰囲気に対して条件を設定し、その条件の反対・もしくは近しい精神波で弾くか誤認させて無力化するシステムね。高級品だと出力も機能も多いわ。それこそテレパシーに近い精神波で言葉の壁もかなり低く出来てる。」


範囲内の呪いや険悪な雰囲気など、悪い空気を強制的にはね除けて話が出来る。これがあればどこでも森の中やホテルのスウィートね。設定とかは面倒そうだけど。


「うんうん。あんな国にしては良く出来てるよ。元は別の国の技師が作ったらしいけど。」


私の報告した部分は彼も知るところのようだ。なら教えてほしかったと思うが、自分で触れて理解するのは大事かと思い直す。

生産国や使用国については良くわからない。

でも敢えてそんな話をしたと言うことは……。


「そう、よく出来ているのよ。なのになんで国が滅んでしまったの?」


相互理解が可能な国なのであれば内乱は起きにくいでしょうし、戦争だって外交レベルで抑えられてもおかしくないハズ!


「人間のサガはこれくらいじゃダメだったんでしょ。あ、別にトモミの夢をバカにはしていない。」


「分かってるわよ。でもその言い方、○○ちゃんは何か知ってるでしょ。これを使って世界を滅ぼしたくないし、教えてよ。」


「簡単な話さ。その国は元々それを使わざるを得ない状況になっていた。大昔の自分達の行いのせいでね。アレな王族が封印されたその当時の怨霊を安易に扱い、全て滅ぼされた。」


「つまり原因は過去の因縁と怨霊で、これが原因ではないわけね!」


良かった!副作用でもあって実は危険なものなのかと思ったじゃない!


「危険だと思うよ?バベルの塔の話は知ってると思うけど、その神の意思に逆らう行為だからね。ノスチ……ソレの国だって何らかの神の意思が在って、遠回しに介入されてあの滅び方をしたのかもしれないじゃない?」


人類の相互理解、こんな夢を持ってるならバベルの話は当然知っている。いつか彼にも神に挑む行為とも言われたし。

でもその口ぶり、○○ちゃんはノスチとやらが滅んだ事に関わってるんじゃない?


「もしかして○○ちゃん……」


じっと彼を見つめると、彼は目をそらした。

コホンとリーアさんが見ているぞアピールしている。


「……オレの責任は1割くらいだと思うんだ。あ、いや!マジでオレ自身が滅ぼすために派遣されたわけじゃない。ただソレすらも別の神の思惑があったかもってだけで!」


「まあ?○○ちゃんは嘘は言わないし、物事の報われない位置にいるのはいつもの事だし?○○ちゃんの理解者の私としては信じますけど?」


何故か焦り始める○○ちゃんが可笑しくて、ついからかってしまう。もっと堂々としてれば私にはわからない話なのにね。


「ともかくそのままでもアレンジしてでも、使うなら誤魔化しが必要だ。間違っても相互理解的なウリで使わないこと!誤魔化しについてはオレも案を考えておくから。」


「うん分かった。気を付けるわ。まずは条件設定の確認しながら店に置いてみる。」


「そうだね。上手く行きそうなら量産して世界中に少しずつばらまいていけば、その内夢も叶うかもね。」


「そうと決まれば頑張らなくちゃ!でもその前に……」


私は彼の影から現れた銀髪の美女を睨み付ける。


「うふふ、てっきり今回は逃げるのかと思いましたわ。」


「彼の理解者、初恋の女として!逃げるなんてあり得ませんわ!」


「どういうキャラだよ。」


創作物の中のご令嬢のごとくエセ上品に挑発しあう私達。


「それじゃ今回は……ASMR勝負で。聴覚でどれだけ心地よく出来るか試してみてくれ。」


「「任せなさい!!」」


両サイドからお耳を刺激する私達。○○ちゃんが気持ち良さそうな声をあげて悦んでいる。

絶対狙ってたわよねコレ。なんかお耳の辺りにチカラの波動を感じるから、多分保存とかもされてそう。○○○君が嬉しいなら良いけど?むふふ、男の子ってなんてえっちなのかしらね。


そしてたっぷり30分後。


「勝者○○○!」


「なんでよ!?あんなに悦んでた癖に!」


「オレは左耳が弱いんだ。」


「理解者を気取るなら位置取りくらいは気を付けないとね。」


悔しい。て言うかズルい。いや私が負けるのは既定路線なんでしょうけど、悔しいものは悔しい。


「むうう……でも○○ちゃんが審判の時点で勝ち目なんてないじゃないですか!」


「全く勝ち目がない訳じゃないわ。気付けば良い勝負するわよきっと。」


「勝敗で何か賭けてる訳でも無し。人生のひとつの余興くらいで考えてくれれば良いよ。」


冗談じゃないわ!私だってやってやるわよ?これでもサイトの魔女とか呼ばれてたんだから!


「ふふ、その意気ですよ。」


ライバルに謎の応援を受けながら帰宅した私。


「○○ちゃんへの理解を深める為にも!」


早速クリスタルにチカラを通して研究に励むのであった。



…………



「さあ、みんな!締め切りまであとわずかよ!なんとしても彼の武勇伝を纏めるの!でも公平な視点は忘れずに!!」


「「「うおおおおおおお!!」」」


2015年8月の始め。オカルト同人サークルコジマ通信社。その事務所では、エアコンとパソコンと人員をフル稼働で記事を書いていた。国際展示場での即売会にて発表する『同人盤スカースカ』である。

正直に言えばもう印刷所の締め切りは間に合わないのだが、そこはマスター頼みである。

いつもは編集長とサクラの管理の下で締め切りは守っていたのだか、今回はミキモト事件のその後や異世界の話が濃密過ぎて薄い本が分厚くなってしまった。


「みなさん、無理せず休息も取ってくださいね!」


それでも記者たちはキーボードを叩き続け、アオバが熱中症対策に冷たい麦茶と漬け物を用意していた。


「精が出るね。差し入れのアイスと"6時間"はいかがです?」


「「「ありがとうございます!!!」」」


そんな熱気の中に現れたマスター。一瞬でお高いアイスを配り終わり、時計が止まった。

20人ほどのベテラン記者たちは大喜びで彼に感謝し、神だなんだと悪魔を称える。

さっさと仮眠を取る者、差し入れと麦茶で癒される者。そしてがむしゃらにキーボードを叩く者。誰もが差し入れを満喫していた。


「おいしー!マスターさん、後でお土産に追加でください!」


「アオバちゃん、あまり身体を冷やしすぎたらダメよ?マスター、私にはモモカの分もよろしく。」


「親になると強くなると言うけど、だいぶ遠慮がないね。」


「人の事言えないのでは?」


「違いないね。全員、好きなだけ持っていくと良いよ。」


「「「イヤッホゥゥゥッ!!」」」


「でも助かりましたよ。今日は客人が来る予定でね?なんと新人ちゃんか入るかもしれないんだ。しかもなんと女子高生よ?」


「へえ?良くここにたどり着けたね。それも若いとか良いんじゃない?」


「食べちゃダメですよ?」


そっち系についてはまるで信用されていないマスター。


「こんにちは!本日面接を受けに……あ、ああ、ああああああ!?」


そこへミズハ・シズクが現れてマスターを指差しながら叫ぶ。


「へえ、オレの時間の中に入り込めるなんてな。シズクは優秀だな。」


何でもないように話しているが、実はマスターもチカラを破られて焦っている。ミキモト事件の最中で奇しくも邪神の生け贄となった彼女は、何かの才能が目覚めたのかもしれない。


「何よ知り合いだったの?まさか……もう?」


ジロリとマスターを睨む愛人2人。その雰囲気を読み取ったのかは知らないが、シズクは叫んだ。


「あんなコトしておいて、今さらなんでここで会うんですか!?」


「やっぱり何かしたのね!?」


「…………」


顔真っ赤なシズクの言葉にいきり立つアオバ。対してサクラは何かを読み取ったのか黙っている。この辺のお察し能力は彼女の方が上なのだ。


「私を赤いモノで貫いてセンノーをーー」


「ミキモト事件で助けただけだ。それより君がココの新人とは驚いたよ。」


マスターは事実を簡潔に伝えてさっさと話題を進める。

むううとアオバはなにか言いたそうだったが、さすがに彼女もチカラで察して黙る。


「こっちのセリフです!ここの同人誌はスッゴく詳しく貴方を書いてて興味があったのに、本人と繋がってたなんて!」


「言っておくけど、公平な視点は持ってるからね?彼は活動を許可してくれただけ。」


「そこは疑ってません!むしろ!その……」


何かにハッと気付いて急に言葉を濁し始めてしまうシズク。

その様子を見たマスターはピンと来たようだ。

サクラとアオバも心当たりがありすぎな反応にジロリとマスターを見ている。


「あれ?もしかして後遺症、残っちゃった?」


「ッ!!」


シズクを静めるために憎しみを愛情に変換させたマスター。

一過性の感情制限のつもりだったが、まだ残ってるのではと判断。そして彼女の反応を見るにそれは正しい認識だったようだ。


「当たりか……ここで会ったのも縁だろう。どれ、向こうで症状を抜こうじゃないか。」


別室を指差してそういうマスターだが、反対意見が飛び出した。


「あそこは面接に使うので、如何わしいことに使って欲しくないんだけど?」


「2人きりで何を抜くつもりなんですかねー。」


「ダメです!私の気持ちをこれ以上弄らないでください!」


「女心、分かんないなぁ。」


もちろんマスターだってそれぞれの気持ちを分かってはいる。ただ飛び出す言葉が、なんでそうなるのかわからない。


サクラは誤解どころかミキモト事件でのシズクへの対応は聞いていたし、実際に会って彼女の認識も全て繋がっている。

にもかかわらず彼にはジト目を向けている。

アオバも話は聞いていたし、シズクを未知の存在から引き戻したマスタースゴい!と感想を抱いていた。それでも本人が来て2人きりでとなると、心穏やかとは行かない。

それらは単純な嫉妬だけではなく、シズクの方をコジマ通信社側に引き込んでインタビューやら何やらしたいという気持ちの現れだった。

一方でシズクは後遺症なんて無かった。少なくともマスターのチカラは抜けているし、家族仲も良好だ。

だけども彼の影を追い求めてコジマ通信社に飛び込むほどには意識してるし、縁を引き寄せることも出来ている。


(この人は私の愛する兄を殺した。でも変わりに私自身や父さん、そして家族の団欒を取り戻してくれた。)


もっと言えば幼いころに助けられ、兄シラツグとの素敵な思い出も貰っている。


(私自身どうして良いか分からない。けど何もしないなら何も解決しない。そう思ってここに来たけど、まさかこんなに早く会えるなんて!)


奇しくもモリトと同じような境遇になった彼女。シズクは一歩踏み出した瞬間に目的が達成されて混乱している。


「とにかく、あの後から変なんです!今まで出来なかった事がなんとなく出来るようになってしまったり、今日だって急に貴方に会えちゃうし!」


「なるほど、後遺症というより副作用か。心の門に直接運命干渉をしたから。」


「私はどうしたら良いんですか!?」


「すまなかったな。あの時は余裕がなくてこの結果を招いた。これ以上君を翻弄する気はない。まずは……」


「まずは面接しましょう!貴女だったら大歓迎だけど、直接聞きたいことがあるの!」


「え?ちょっとあの……」


「さあさあ、こちらですよ。マスターさんは入って来ないで下さいね?」


「はいはい、いってらっしゃ~い。」


サクラとアオバに別室へ連れられて行くシズク。マスターはまた後でねと手を振った。

シズクは彼女たちに特ダネとして根掘り葉掘り聞かれてしまったが、代わりにマスターの生態をいろいろ教わった。そしてそのままコジマ通信社に加入することになる。


「ここって会社じゃなかったの!?就職先探さないと……」


サークル名から勘違いしていたシズク。一度潰れてからも再度会社を立ち上げたものだとばかり思っていたようだ。

とはいえ新たに備わった彼女のチカラなら、上手く行く可能性は高いだろう。

それより今は、現実として現代の魔王が近くにいることに意識を向けていた。


(この胸のうずきは兄さんの時と同じかそれ以上。私は禁忌に喜びを感じている?)


胸を押さえて自己分析するシズク。


(我ながらなんなんでしょうね。でもまぁ、悪くは無いのかな……?)


自分の不可解な心に困惑しながらも、またその痛みと共に未来へと歩めることを良しとしていた。

全てはこれからだが、魔王とのコンタクトという結果と……開封しないと溶け始めない高級アイスをお土産に家路につくシズクだった。



…………



「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」



貸し切りの水星屋に1人の男が入店し、元居た男達の隣に座る。

注文した品は当然その頃にはカウンターへ並べられていた。


「やあ、しばらくだね。」

「よう、元気だったか!?」

「おう、まずは飲もうぜ。」


モリトが声をかけるとユウヤとソウイチは手短に挨拶する。


「良い顔つきになったな。女に苦労してる顔だ。」

「お互い様でしょ。でもそれすら楽しんでる顔だ。」

「じゃなきゃ一緒にはなれないもんな。」

「違ぇねぇな!」


「「「はははははっ!」」」


男達は笑いながら酒を飲む。

それぞれの苦楽の物語があり、それでも共に未来を歩む者が居る。

彼らは幸せだった。


だがその幸せの契約はしたものの、まだ世間にも神にも報告と誓いの儀式はして居なかった。


「それで"マスター"、今回の本題だけど。」


「うん?もう少し旧交を温めてからでも良いんだけど……まぁ良いか。」


モリトにマスターと呼ばれた彼は、3人に何枚かの書類を渡す。

そこには立派な結婚式場とそのプランの概要が記されていた。


「おいおい、どこの高級リゾートだ?」

「こんなんオレたちには勿体なくねえか?」

「周囲は水に囲まれている?これなら……」


「オレが……いやもう1人との合作の施設だよ。場所も衣装も食事も用意出来る。」


「本当にタダで良いのか?」


「まあね。けど無料だけど無償じゃない。君たちには頑張って生きていって貰いたいからな。」


モノは言い様である。


「一番怖いやつだな。」


軽く笑ってみせるユウヤだが、利害が一致している以上は怖いことは無い。


今回の本題は関係者の結婚式をどうするか相談したところから始まった。

関係の進んだカップルだらけなので、金銭的にも日程的にも呼び出す客の都合的にも合同で行うことにした。

とはいえスギミヤで、いやこの国で派手なことをすると政府に変に警戒される可能性もある。

そこでマスターの出番となったのだが、異界に超豪勢な会場を作るという答えが返ってきた。

プランには二次会候補に水星屋が別料金で入っているあたり、なるほど無償ではないらしい。

しかも宿泊施設は魔王流星群事件でヘリコプターから見たホテルだった。


「オレはミサキ側の参列者が多いから助かるぜ。」


腐っても1000年以上の歴史のある名家ナカジョウ家。ソウイチは指折り数えて安心する。


「オレのところはお互い少ないけど、モリトは?」


「オレはヨクミの村が総出で参加するとか言ってて、たぶんカオスになるよ。」


「お、おう。そうなのか。」


「いいじゃねえか。オレたちらしくてよ。」


しばらくぶりに会った親友の一人称が変わり、彼女を呼び捨てに出来る関係を築けていることに男らしくなったと驚くユウヤ。そして最近カオスに染まってきたソウイチはノリ気である。


「それではこれで話を進める。追加・変更はいつでもどうぞ。」


「「「よろしくお願いします!!」」」


話はまとまりお礼を言うと、今度こそ旧交を温める3人だった。



…………



「皆様の花婿と花嫁への祝福は彼ら彼女らの今後にーー」



ざわざわとした喧騒のなかで司会の女の声が響く。

2015年11月22日。異界に用意された洋風の結婚式場と、その内外に水族館のように張り巡らされた水槽の水路。

喧騒はそれらに集まった合同結婚式への参加者達から発せられている。

彼らの視線の先には何組かの男女のペアが、タキシードとウェディングドレス姿で寄り添いながら喧騒に応えている。


「この日の式において固く結ばれる皆様には祭壇の前にーー」


今回、司会兼牧師役を務めるサイガが場を進行していく。

既に入場は終えてそれぞれのペアの前に鎮座している台座の前に誘導する。


式を執り行うペアは5組である。ユウヤ達元特殊部隊の3組とフルヤ医院の院長とショウコ、魔王邸孤児院職員の"3人"だ。

孤児院のタクヤ君は結局三角関係を拗らせて重婚を余儀無くされていた。元々圧していたサエコと並ぶケイコは、平均胸囲Bチーム猛プッシュからの粘りの引き分けである。


参列者は各ペアの家族だけではバランスが悪いので、特別訓練学校の元職員も呼んでいる。もちろん再編でクビになった者達だが、ミキモト事件でマスターに助けられたものもいる。

当然のようにアケミも参加しており、教え子達の晴れ姿に涙していた。

そして元職員を上回る数のナカジョウ家の親類縁者の中に、ゲンゾウやキサキ・ミツキ姉妹の姿もあった。

だが更にそれを上回る数の一団も居た。人魚の村の住人である。

本当に村人全員で駆けつけ、男女比で言うなら9割以上女性の集団だ。その全員が彩度が高く輝いて見える。

他の参列者達もこれには驚き、幻想的な光景の結婚式を一生忘れないだろう。


「あなた方は今日この日、一生を添い遂げる相手との契りの報告を神にーー」


サイガがそれっぽい言葉を並べながらそれぞれのペアに視線を向ける。

喜び・照れ・期待・充足感が渦巻き、それは幸せと言う概念をそのまま形にしたような空間だった。


(洋式は良くわからないけど、気持ちを込めてこの笑顔のまま最後まで!)


妙に気合いの入ったサイガは慣れないスタイルにも積極的に挑んでいる。


パチパチパチパチパチパチ!!


指輪の交換で盛大な拍手が巻き起こり、誓いのキスの直前まできた。

ここまで来ればあと少し。写真撮影を終えれば会場を移して披露宴に進む。その後は司会を人工AIの37ちゃんに交代する予定なのだ。そうすれば中々の報酬をマスターから約束されているサイガ。自然と鼻息も荒くなろうというものだ。


だがーー。


「「「きゃあああああっ!パパ、素敵!!」」」


全ペアが誓いの口づけをするなかで、人魚の集団が色めきだった。


「「「パパッ!?」」」


「「…………」」


全員の視線に晒されたモリトとヨクミは笑顔で手を振って女の子達に応える。けど首筋には変な汗がタラリとしていた。


「おいモリト、どういうことだ!?」

「本当にお前の!?みんな大きくないか?」

「て言うか多すぎねえか!?」


「ヨクミさん、もうあんなに!?」

「なんだ、やることやってるんじゃないの。」

「でも似てない子も結構いるわ。不倫なら私がシメて……」


結婚式の段取り無視してモリトとヨクミの下へ集まった元特殊部隊はわいわいと盛り上がる。

一番奥手かつ真面目なモリトと、自由奔放だがお付き合いには消極的だったヨクミ。

その2人が幼児から中学生くらいまでの娘をたくさん連れて結婚式に臨んでいたと知って興奮しているのだ。その数実に1024人。

人間で言ったら明らかに計算が合わないが、そこは種族的な差であろう。


「み、みなさん戻ってー!」


サイガが焦りの表情と声で進行を正そうとしたが、再開までは30分掛かった。



「本日は合同結婚式・披露宴の二次会に、水星屋を選んでいただき誠にありがとうございます!」



空間を盛大に拡張した水星屋のカウンター越しにセツナが挨拶する。

普通なら少し離れたら声が聞き取れないが、彼女はマイクもなしに隅々まで声を届かせている。精神干渉は得意ではないセツナの側にはランプ型のクリスタルのオブジェが置かれていた。

その効果を確認できて、むふーと満足げな黒髪ロングの女性の姿が店の隅にあった。


「とってもお高いお酒とお料理は食べ尽くしたと思います。なのでここからは普通の美味しい料理で盛り上がりましょう!この店のゴハンはいくら食べても太りません!」


セツナの言葉に、ここに初めて来た女性陣の目の色が変わる。


「それではグラスを手にしてください!これから、ともに未来を歩む皆さんに!!」


「「「かんぱあああああああい!!」」」


カシカシとグラスを鳴らして、幸せ稔る者達が喉をウルオした。


「くはー、やっぱり庶民はこっちの方がしっくり来るぜ!」

「給料、足りなかったかな……」

「貴方の計算は適切よ。」

「そうです、うちの旦那が庶民気質なだけで。」


ユウヤの言葉にフルヤ院長が焦りを覚え、ショウコとメグミがフォローする。ミサキやヨクミという優秀な治療師があっさり抜けたので、不安になったようだ。


「フルヤ院長、ご無沙汰していますわ。すみません、実家の事で随分とご迷惑をお掛けしてます。」


「いや良いんだ。格式ある家が大変なのは身に染みているからね。若い君らの方こそ、尊重されるべきだと思う。」


察したミサキが挨拶に伺うと、そこはそれと返される。

田舎で苦労していた彼は、自分があの連中のようになっては行けないと心を引き締めた。


「なんならアイカ達のーーグフッ!」

「最初は良くても、際限がなくなるからやめなさい。」


名案とばかりにソウイチが言いかけるが、ひじ鉄キャンセルされる。双子との例の契約はうまく機能していて、並行世界のソウイチ達とデートを重ねているらしい。

しかしそれは彼らだからこそ上手く行っているだけで、商業利用などすれば本当に際限がなくなってしまうだろう。

やがては彼女達の負担となり心が離れてしまいかねない。


「「あーん!」」


当のアイカとエイカは料理をあーんしてもらおうと、口を開けてユウヤ・ソウイチ2号に可愛く迫っていた。

事情を知らぬ周囲の者は同じ人物が複数居ることにぎょっとしているが、そもそもオーナーからして現代の魔王だったと思い出してスルーする。


「マスターさん、ごめんなさい……私上手く出来なくて……」


「彼らがアレなだけで君は悪くないだろう。報酬は出すから泣き止んでくれ。でないとまたーー」


「おいマスターてめえ!人の嫁を……」


ウエイターとして雇ったケーイチが怒鳴りこんできたが、面倒になったマスターは時間を止めて隅に立て掛けておいた。


「物言わぬあなたも格好良いわね……うふふ、このままなら誰にも取られずに2人きりね。」


自分のために怒ってくれている旦那の停止像に寄り添って笑い出すサイガ。


「なんか危ないけど泣き止んだから良いか。」

「マスターさん、素敵な結婚式でしたわ。」

「マスターさん、良い味に仕上がってますね。」


適当に流すと今度はキョウコとイダーが寄ってくる。

教え子達の晴れ姿にアテられて今後の自分たちへの待遇に期待感を抱いたようだ。キョウコは純粋に不純な気持ちで、イダーは情欲よりはその後の子供への庇護欲に身体が反応してツヤツヤしている。


「ヨクミ、こっちだ。」

「うん、こっそりひっそり!」


そんなマスターの横を姿勢を低くしてそそくさと通りすぎる男女。


「居たぞ!オレからは逃げられないぜ!」

「もちろんオレもな!」

「私からもね?」

『右に同じく!』


ユウヤが持ち前の速度で、ソウイチは重力の反転で2人に回り込む。ついでに後方からはミサキが霊糸を伸ばして2人を捉えていた。なんでかアケミも混ざっている。先程まではショウコと話をしていたが、モリトの話題が始まったので参入した。


「くっ、チカラは卑怯じゃないか!?」

「なによぉ!そろそろ放っておいてよ!」


「式や披露宴では聞きそびれたからな。」


「余所の家庭の事情とは言え、1000人も子供が居るとかきになるじゃない。」


『私がもっと避妊について教えておけばっ!!』


「真面目なモリトらしくもねえ。何があった?」


「私達も心配なのよ。話せる範囲で良いから。さわりだけでも、ね?」


ユウヤミサキアケミソウイチが囲む中に遅れてきたメグミがフォローする。


「種族的な風習……そこに誤解と陰謀がハマった結果だよ。」


まずヨクミの世界の人魚は、男が少ない。村長だって女である。

下半身が魚なので人間と性欲にも差があり、滅多に生殖を行ったりもしない。外的要因を除けば人間よりも長寿なのも原因だろう。

とは言え女性なら産卵は来てしまう。それを垂れ流しにするのもナンなので、産卵専用の小屋が村にはいくつか在った。公衆トイレのようなものである。

だが個人差があるにせよ、相当量の卵を産み出すのもちょっと……なら魔法で一時的に人間になっちゃえ!と言う回避方法が在ったりもするが、それはそれで人によっては苦しいものになる。

下半身を切り替えれば仕様も使用方法も変わる。

その辺の種族的な特徴に、モリトの水に浮かない体質とヨクミの人間状態での受胎や村長の繁栄を願う心が重なりあった。

奇妙な流れで産卵小屋にてコトに及んだ結果。

普段はあまり使われないそこに多種の卵が置いてあり、その大半に水に浮かない精をぶちまけてしまった。


「そんなわけで多くの子宝に恵まれたよ。幸い村が総出で面倒を見てくれてるから助かってるけど。」


「種族の危機以外は元々放任種族的なところもあるから勝手に育つけどね。」


「……それは問題児だったヨクミだけじゃ?」


「そんなこと無いし!」


子育て云々については問題なさそうだが、地球組は唖然としている。


「でも1000人か……オレらとスケールがちげえ。」


『モリト君、大きくなったわねぇ……』


ユウヤがごくりと生つばを飲む。男として先行してたつもりが、一気に追い抜かれてしまった。アケミも色々追い抜かれた気がして感傷に耽っている。


「うーん……ちゃんと2人の子供も居て、ヨクミさんが良いなら良いけど。」


メグミは2人だけの幸せの部分に気を使う。だがヨクミはさらりと答えを返した。


「どっちのモードでもきっちり作ったわよ。村に来た人間の男が特別視されるのは良くあることみたいだし……人間や人間モードの女としないなら構わないわ。」


「達観してるなぁ。うん?モリトが魔王のやつをマスターって呼ぶのって、もしかして……」


「人のこと言えない立場になったからね。彼も仕方ない部分が大きかったらしいし……よく相談に乗ってくれてるよ。」


「まるで別世界の話だぜ。」


「別世界の話だよ。まあ2年も経てばこれくらいはーー」


ユウヤのぼやきに朗らかに返すモリトだったが、その言葉に他メンバーが反応した。


「え!?バラバラになってからまだ8ヶ月くらいよ?通りで計算が合わないと思ったわ!」


「ってことはマスターの仕業だな!?おい、どうなってるんだ!?」


「タイミングの問題だよ。スケジュールを合わせるには2年後の彼らを連れてくるしかなかったんた。」


「「「苦労してるんだな……」」」


詰め寄られたマスターの返事に同情の目を向けられたモリトだった。



…………



「「「ここで突発性ライブ、いっくよーー!!」」」


「「「わああああああああああ!!」」」


「「「まずはこの曲、貴方の背後にメリーラブ!」」」



シーズのゲリラライブで水星屋内は更なる熱気に包まれる。

披露宴での派手な演出が大盛況だったので、二次会でも見れるとあればそうもなるわよね。

特に今は私の調整したクリスタルも使っているし、みんな半狂乱になっているわ。


◯◯ちゃんは女の子に囲まれ過ぎて、奥さんが降臨して散らしている。その散らされた中のキョウコさんとイダーさんを掴まえて大はしゃぎするアケミさん。


「師匠、聞いてください!カナタ君が最近私をエッチな目で見てーーって広っ!?て言うか多い!?や、やだ私ったら……」


おそらく話に聞いていたハルカさんと思わしき子が、急に乱入して◯◯ちゃんに抱きついていく。このタイミングでこの空間に直接現れるなんて、とんでもない子ね。


なんか◯◯ちゃん、立派になったよなぁ。パッと見は変わらないけど。

昔はさぁ?今度は私が助けなくちゃーとか思ってたのに、結局助けられてばかりだし。

たぶんここに集まった人は、みんな彼に良くして貰ってるでしょ?充分に認められてるし、正直私はお呼びでないわよね。でもなんとか、良い関係を築けないかなぁ。

私は参考までに店内を観察するが、そんな考えはバカらしくなってやめておく。人はそれぞれ違うから人なのだ。私の夢とはちょっと矛盾しているけどね。でも私の夢は、違うからこそ分かり合う事だから。


みんな、みんな幸せそうね。この世界がもし物語だったら、私だったらここで終わりにするかもね。

大抵の人は分かりやすいhappyendを好むと思うし。

ううん、これはhappyend!!!!って感じかな。


でも実際はこの先の人生、彼らには色々あると思うわ。山も谷もたくさんね。それは私も同じだけど、彼らなら私みたいな失敗はしないで支えあって生きていくと思う。

だからこの結婚式に参加したみんなには、私の名前の由来を願掛けとして……祝福の言葉として贈るわね。


世界中のみんなと、ともに未来を歩めますように!


…………

後編へ続く。


お読み頂き、ありがとうございます。

トモミ編として書き始めましたが、前編は完全にエンディング回となりました。

ゲーム版のエンディングではそれぞれのその後が少しずつ描かれてましたが、本来はこんな感じにしたかった!っていうのを書かせてもらいました。


後編も書き終わっていますので、年が明けて近い内に投稿します。それでは皆様、良いお年を!





どうでも良い情報。

チョイ役のクリューチ君は未公開ゲーム、練習クエストの主人公です。私的にもフラグ管理の練習のために作ったモノでした。

ヨクミと言う名前は出ませんが、人魚にキョーイクされるイベントも在ったり。

レベルを上げても大して強くならず、街で労働しないといけない変なゲームでした。

総プレイヤー人数が2人と言う、アレなゲームなので本当にどうでも良い情報ですね。


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