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114 ハルカ カナタへボウソウチュウ

邪神……ハルカ編の続きです。

やや下ネタ注意。

 


「わっはははは、愉快愉快!魔王になって以来この様な日が来ようとは思わなんだぞ!」



 私の異世界60日目。魔族領ラビのお城の玉座で豪快におっさん――7代目魔王のフォールトさんがはしゃいでいる。


「最初に見た時は貧相な若造と小娘だと思って失礼もしたが……まさか本当に勇者を倒しただけでなくオレの身体まで治してくれて、本当に感謝している!」


 昨日はここに来て彼とリーンさんを交えて事情を話して床に伏せぎみだった彼を治療したところ、彼らの信頼を得ることに成功した。


「それに異界の魔王だったなんて、とっても素敵よね!ねぇねぇ、スイセーヤさんって奥さん居るの?」


 この様にリーンさんが目を輝かせて師匠を見ているのが少々気に入らないけど。ちょっと、リーンさん近いわよ。離れなさいよっ!


『なにハルカ、一丁前に嫉妬してるの?フられた癖にー。』


(まだ完全にフられたわけじゃないし!次の場所になってくれるってコトだもん!)


『クスクス、一丁前にキープ宣言?魔王相手に偉くなったわねぇ。』


(聖女ちゃんの意地悪!あなただって師匠に依存してるじゃないのよぉ。)


『私はハルカほど重くはないし?心も体重も。』


 1000年と3万回のノスチ事件をお忘れ?ていうか霊体で体重出すのはずるいわよ!


「ハルカとかいったな。君も相手が居ないなら紹介してやるぞ。それとも既にお手つきだったりするのか?」


 チラリと師匠を見ながら聞いてくるおっさん。セクハラです。余計なお世話です。


「フォールトさん、彼女は想い人が居るのでそこら辺にしておいてください。我々の世界で”そういう文化”は減少傾向にあるんですよ。」


「ふむう、それは残念だ。強き血を残すは当然だと思うのだがな。」


「えーー、それじゃあ次の魔王を産めないじゃん!」


 露骨に残念がる魔王親子。一族としては強い子供はバンバン欲しいってのは分かるけど、目の当たりにするとちょっと引くわ。


「リーンさんについては後で話すとして、話し合いたい案件があります。」


「え、なになに?何でも言って!」


 リーンさんは翼をパタパタさせながら師匠の腕を取って胸の谷間に挟み込んでいる。

 くっ、そんな高等技術を……。


「水の女神が邪神の生贄の地にココを選びました。なんとか対策を練らねばと思いまして。」


「「!!」」


 ガタッ!と玉座から立ち上がる7代目と、身体がキュッと強張り更に師匠の腕を胸に沈める8代目。

 師匠さぁ、もう少しワンクッションおいて心の準備をさせてあげたほうが良かったんじゃ?

 絶対腕がそうなるって分かっててやってるでしょ。


「よりによって邪神だと!?いくら瘴気に愛されたこの土地でも、そんな物が来たらひとたまりもないぞ!?」


 フォールトさんが言う瘴気はあからさまな猛毒の霧とかじゃない。

 魔族的には私達で言うマイナスイオン的なもので、人間的には排気ガスとかなんたらスモッグとかそういう感じ。

 身体の治療の方法も人間と同じだったけど、処置するチカラが少し違っていた。

 なので人の回復魔法は普通は逆効果だが、私や師匠ならちょっとしたアレンジで問題なく治せたという経緯がある。


「人との戦いで綱渡りを強いておいて……神ってのは碌なもんじゃないわね!」


 それは本当にそう思うわ。この世界の魔族は世界のシステムに強いられている。

 世界的にあまり良くないもの――つまり瘴気がこちらに流れてきて生態系が特殊になり、人間からは異形として忌み嫌われて戦う運命になっている。

 その分人間たちはいい環境で快適に種族を繁栄させて行き、増えすぎた頃に魔族に戦争を仕掛けていい塩梅に落ち着きを取り戻す。

 まるで善悪の空気や命が、水のように流れる世界のシステムなのだ。あの女神らしいわね。


 とはいえ人種が違えば見方も考え方も違うんでしょうけど。

 現にクロシャータ様は師匠といい関係を持ってるし、水の女神は適当にあしらわれてるし。


「水の女神は邪神と戦う勇者を作ると息巻いてます。その準備が整うまでに我々が邪神の調査と対策を練らねばなりません。」


「なにか、なにか良い手はあるのか!?」


「邪神の余波までなら対策は出来ます。ですが本体については未だ未知数です。伝承などがあればお聞かせ願いたい。」


「うむ。確か蔵書室に関連するものがあったはずだ。リーン、案内してやってくれ。」


「はい、お父様!スイセーヤさん、ハルカさん、こちらです!」


 リーンさんは師匠に胸を押し付けながらも私にも付いてくるように言ってくる。その辺はちゃんとしてるから憎めないのよね。

 地球だと私の扱いってほんっと空気より軽かったり虫より嫌われてたり……おっと、今は良いか。


 移動を開始すると兵隊さんが私達の前方と後方に2名ずつ護衛として付いてきてくれている。

 私のチカラは彼らにとっては心地の良いものらしく、人間の国にいるより歓迎されているわ。

 食事は師匠の方が美味しいけど、ドブさらいしていた時の食生活を考えれば十分まともだったよ。


 それにしても蔵書室か。

 魔族だって歴史も文化もある。勧善懲悪なんかのゲームとかでありそうなただの野蛮な一族ってわけじゃない。

 空調や室内灯なんかも独自の技術で作られているのが感じ取れる。

 正直地球にこれをもっていったら技術革命が起きるわね。その前にアレな方々にもみ消されそうだけど。


 ……トン。


 おや、師匠から思念弾が……ああ、既に技術手に入れてシャチョさんに送ってあるんですね。臨時報酬出たらお食事でも――。


『それは私が先よ。あんたは昔の男がいるんでしょ!』


 ぐぬぬ。師弟だし、家族みたいなものだし!か、家族と食事くらい良いでしょ!?


「ここよ!この奥に……あったあった!邪神関連はここに纏めてあるから好きに読んでね!」


 醜い言い争いをしてると蔵書室に到着した私達。リーンさんにそのまままっすぐ邪神関連の棚へと案内される。

 そのまま彼女は別の棚にも何か無いかと探しに行ってしまった。


「おお、新しいものからなかなか古い物もあるな。これは興味深いし期待も出来そうだ。」


『ふーん、結構まともに残ってるのね。ねぇねぇ、こっちのって私の本じゃない?』


 師匠はさっそく中身を確認しはじめる。聖女ちゃんは1000年前の伝記を見つけて読んで読んでとネダッている。

 私も1冊手にとって外観を眺め、ぺらぺらと中身を開いてみるが――。


「うーん、私じゃ読めないです。翻訳機能も人間の文字だけだったみたいで。」


「今のハルカならそんなものいらんだろ。リーン達とは普通に話せてるんだし。」


「言われてみれば会話出来てますね。……どういうことですか?」


「あのなぁ。自然に会話出来てるなら同じことを視覚情報からもすれば良いんだ。書かれた文字のコトワリを見るとか書いた人の残留思念を読むとか、もっと遡っても良いし。」


 ふむふむ、さすがは師匠。もっと遡るの意味はよくわからないけど、チカラで解析すればいいのね!


「なるほど、うぬぬぬぬ……ふぅふぅ、これ面倒じゃないですか?」


 軽く息を切らせながら師匠に泣き言を言うと呆れたように言葉を返される。


「1から文字を覚えるよりは楽だろう。オレが海外や異世界で仕事する時は大抵こんな調子だよ。」


 そうかもしれないけどぉ。師匠は時間も思うままだし良いかもしれないけどぉ、もっと楽に出来ませんかね。


「お前はいつも楽する事ばかり考えてるな。仕方ない、コツを教えてやろう。」


 こういうのは自分で見つけるからタメになるんだけどなぁと言いながらもどうやらコツを教えてくれるらしい。

 師匠って他人にだいぶ甘いですよね。”変な条件さえつけたりしなければ”、って制限付きで。

 こんな人がなんで魔王なんてやってるんだろうなぁ。


「おーいリーン、ちょっと来てくれ。」


「はいはーい、スイさんなんでしょう!」


 師匠が声をかけるとササッと戻ってくるリーンさん。その手にはいくつかの本が抱えられている。


「ちょっとこれをハルカに読んでやってくれ。触りだけでいいから。」


「はいな!ハルカさん、隣に来てね。」


 持ってきた本を棚に置き、師匠から本を受け取ってグイグイと私を引き寄せて本を開く。


「それじゃ読むわよ?これは邪神の中枢の考察ってタイトルで――ッ……古の邪神は万の時代と世界を――」


 なにやら大当たりなタイトルじゃない!?出だしもそれっぽいし!


『今だハルカ、彼女の理解を読み解け!』


 あ、なるほど!他人の思考と理解の回路をコピればその応用で他の文でも読みやすいってわけね!

 私はチカラを籠めて感覚の広がりをリーンさんの頭部に向けた。


 じゃあ早速お借りしますよ!



『瘴気を通した妖しい月明かりが窓から入り込む部屋の中で、彼は荒い吐息とともに私の衣を――うう、なんで表紙と中身が違うのよぉ。こんなのバレたらはしたない一族だと思われかねないし、なんとか誤魔化して回収しないと……幸い触りだけでいいって話だし、別に続きが気になるからってわけじゃ――。』



 おうふ、官能小説と入れ替わってましたか。魔族でも日本の男子中学生みたいなことをする人いるんですねぇ。

 今読み上げている内容は、普通に代々伝わる伝承の一節で誤魔化してるようです。

 それにしてもリーンさん、興味津々ですね。まあ師匠と子供を残したいならそういう事にも興味があるんでしょうけど、その相手の前で官能小説を音読プレイとかの性癖は持ち合わせて居ないようです。当たり前か。


 それはそれとしてその理解、頂きます。エロ本の知識まで入って来ましたが、これは私も使えたら使いますね。うふふ。


「師匠、バッチリです!」


 私は思考パターンをコピーして自身のモノにすると師匠に報告する。


「うむ、それで読むのが楽になったはずだ。リーン、もういいよ。後はこちらで読めるようになったから。」


「え、っと?どういうこと?と、とりあえずこの本は回収させてもらうワね。」


 イソイソと邪神の中枢の考察(の皮を被ったエロ本)を抱えて立ち去ろうとするリーンさん。しかし師匠が無情にも止めに入る。


「いやいや、それは重要っぽいから持っていかないでくれ。」


「ッ!!いやいや、きっと重要なことなどないわ?落丁……そう、これ落丁しているみたいでさぁ――」


 慌てるリーンさんがなんだか可愛そうになってきました。でもちょっと可愛く見えてきました。

 聖女ちゃんも何となく気づいているのか、うわぁって表情で様子をうかがっている。

 何故かこういう時って彼女は止めに入ったりしないわよね。私のオxニーの時も数日経ってからだったし。う、思い出したら恥ずかしくなってきた!

 そんなことより今はリーンさん!


 仕方ない、ここは私が――。


「いやせっかく君たち一族の好みが分かる書物なんだからオレにも読ませて欲しくて。」


「「『気づいてて読ませたの!?』」」


 リーンさんに私、聖女ちゃんも声を揃えてツッコミを入れた。


「君たちが気づいててオレが気づかないわけ無いだろう。ホンモノの中身はそこの棚の隅に置いてあるし。」


「スイセーヤさん……い、意地悪だよぉ。」


 あらら、リーンさんが脱力してへたりこんじゃった。肩を震わせていて、直接は見えないが涙目なのが感じ取れる。

 ……なんだろう、ちょっとゾクゾクする。可愛い。


 いけないいけない、とりあえず師匠に抗議せねば!


「ししょ~?なんで女の子を泣かせるような事するんですか!」


「弟子に素早く言語を会得する方法をせがまれたからだけど?なにか問題があったとしたら、その代償だな。」


 うぐっ、それはズルいよ師匠。たしかに私がオネダリしたけどさぁ。


「コレはわりとガチだから覚えておくと良い。」


 嫌そうな顔をした私にすかさず真剣な声で忠告する師匠。


 代償……勇者襲来の時に教えてもらった、世界のコトワリの連鎖だっけ。

 物事は巡り巡って自分に返ってくる。


 あの時は直接的な危害を加えないことで水の女神やこの世界との対立を防げたけれど、その代わり邪神調査の件の関わりが少し深くなってしまった。

 今は私が効率を上げることを願った所為で、師匠を慕う女の子が恥をかいて泣いてしまっている。

 師匠はいつでも代償について忘れるなと教えてくれてるのだろう。


『多分、マスターは責任転嫁してそれっぽい話にしているだけよ。彼女の好みを知るにしても、今官能小説を読ませる必要は無かったじゃない。』


「はっ!!」


 見れば師匠はマズったかなぁって顔で思案し、その身体がちょっとブレたと思ったらリーンさんに近づいて行く。


「リーン、悪かったな。興味が行き過ぎたようだ。お詫びにウチで食事を――」


 師匠はへたりこんだリーンさんに優しく話しかけてついでにお誘いもしている。

 一石二鳥を失敗してフォローに走ったようだ。


「スイセーヤさん……私、いっぱい食べるからね?それと、私だけ知られるのはズルいから――」


 リーンさんは拗ねたけど赤い表情で師匠の手をとって立ち上がる。

 あー、これ多分魔王邸で彼の女性関係に直面して衝撃を受けるパターンかも。


『止めてあげないの?』


(師匠のすることだしねぇ。聖女ちゃんだってこういう時、ほとんど止めないじゃない。)


『私は死んだ身だからね。生者にがっつり干渉するのはマズイでしょ。』


(そういうこと?私には結構話してくれてるけど。)


 ノスチの国民の事はカウントしなくていいのかな。私も忘れよう。


『ハルカはあの世とも繋がってるし、チカラもなんか心地良いし平気でしょ。一応、ほめ言葉よ?』


(褒められてるのかなぁ……)


 微妙な気分になりながらもこの後は邪神関連の本を読み漁り、この日は情報収集に明け暮れたわ。

 戦争で死ぬ者が多いとはいえ、寿命が長い種族だけあって情報の正確性は高いハズ。

 対策会議は明日にして、今日はリーンさんも魔王邸でディナーと入浴に参加したわ。



「そんなの、聞いてないわよお!?スイセーヤさんはなんなの!?女の敵!?」



 彼女は引きつった笑顔で”みんな”と夕食を摂り、一緒にお風呂へ浸かった時にため込んだツッコミを温泉にぶち撒けた。


「「「それが普通の反応だよねぇ。」」」


 私を含めた周囲の女達はそれしか言えなかった。いやむしろ節操の無さを熱く語り合った。

 当の本人は夫婦で決めたルール的には問題もなく、節操はあると思ってるのがタチ悪いって感じでボロクソ言われている。


 それには同意だけど、ただね。それでも求めようとしちゃう私らみたいのが居るのは事実なのよね。

 きっとみんなも気付いているんだろうけど、それを言ったら終わりなので全力で棚に砲丸投げして女同士の会話を盛り上げた。



 …………



「では状況を確認します。水の女神はこの地とここに住む魔族を使って古の邪神を召喚し、それを彼女が用意した新たな勇者で倒す。その際にこの地は甚大なダメージを受けて――」



 異世界61日目。魔王城の会議室での作戦会議。師匠が状況説明を進めていく。

 会議室のテーブルにはこの世界の魔王親子と将軍や側近数名、師匠と私と私に日記を抱えられた聖女ちゃんが席についている。

 そして他にも――。


「おいおい、英雄様のツレとはいえ……なんで子供がこの会議に居るんだ?」


 の1人が私の隣のクルス君に言いがかりをつけてきた。彼の魅力がわからないなんて可愛そうな頭の側近ね。


「ルーイ将軍、口を慎め。彼の弟子なら普通では――」


 おっさん魔王の発言を手で制した師匠が、状況説明を中断して理解を求める。


「彼は私の弟子でもありますが異界の王子であり、文武ともに優秀な武人であります。強大な敵からこの地を守るために良き力となるでしょう。」


 そんな子をよく偵察要因としてパシッてる師匠はバチが当たりそうですけどね。


「ふん、口ではなんとでも言えるがな。あんたが異界の魔王ってのも怪しいものだぜ。」


「つまり実力を見せろと?フォールトさん、”どこまで”なら平気です?」


 あ、これ答えによっては色々ダメなパターンね。今、この城全体が師匠の射程圏内に入ったのが感じ取れたわ。

 私はこっそり回路を組んで独自のバリアをいつでも発動出来るようにしておく。

 師匠のは空間を弄って制御するけど、私のは不幸のチカラそのものを編み込んでるの。邪神の余波対策に考えたんだ。

 いつまでもオーラを出しっぱなしで防御してると効率悪いしね。これも修行の成果ってやつよ。


 さてさて、7代目魔王さんの答えは……?


「防衛会議で戦力を減らす愚を犯すつもりはない。」


「了解です。ルーイ将軍さんもそれでいいですね?」


 ふう。命拾いしたわね、魔王城の皆さん。

 しかしルーイ将軍からは自分が軽視されたと勘違いした思考信号が見えた。


「戦力だぁ?この子供にそれだけの――」


 あ、ダメ!


「クルス、手早く済ませなさい。」


「はい、もう終わりました。」


 3mの巨人になったクルス君がルーイ将軍の座っていた椅子の場所に居て、当の本人は何処にも居なかった。

 感覚で探してみたけど既に将軍の命の気配はこの場に無い。

 というかこの部屋暑ッ!


「「「…………」」」


「うん。なかなか修行の成果が出てるね。排熱もまぁ、問題ないレベルだ。」


「ありがとうございます!師匠のおかげです!」


 魔族側のみなさんが大汗流しながら沈黙している中、師弟は実力を歓び合う。

 あー、これってアレよね。彼の修行方法の応用だわ。世界との摩擦熱で燃やしてなんらかのワザで熱を処理した。

 その処理が若干足りずに部屋の熱気が凄いことになっているってワケ。


「今の彼の技に対抗できる方のみ、苦情を受け付けますよ。」


 師匠は魔族勢に向き直ってそう伝えた。

 あ、ズルい。クルス君の同席だけじゃなくて戦力を減らした師匠への苦情もセットで入れてる!


「「「…………」」」


 そして当然の如く沈黙が続く魔族勢。みんな驚いているが女性の将軍は熱い視線をクルス君に向けていた。

 魔族的にはアレでもそういう対象として見て良いんだ?


「……ルーイ将軍は英雄の弟子と手合わせして名誉の戦死を遂げた。続けてくれ。」


 フォールトさんの言葉に全員が頷いて師匠は続ける。


「被害を最小限に抑えるためにはまず、邪神の余波を防ぐ必要があります。私が実際に戦った時のデータがありますので、お手元の資料でご確認ください。」


 師匠が配ったカードに私達が触れると、目の前に日本での邪神の余波との戦いの立体映像が注釈付きで再生された。

 普通は邪神関連はほとんど観測できないけれど、師匠本人が観測していたこの記録は別みたいね。

 それにしても師匠のまともな戦いって見るのは初めてだけど、邪神って余波だけでこんななの!?


「「「むぅ……」」」


 あまりに激しい光と闇・空間と怨念のぶつかり合いの戦い。ギリギリの攻防に唸り声を上げる一同。


「あの、この黒い門の様な所にいる女性?でしょうか。彼女はどういった方なのですか?」


「彼女は悪い偶然が重なって生贄となった女性です。異形の姿ですが、生贄自体は普通の人間でも可能性があるので姿は気にしなくていいです。」


 クルス君の質問に丁寧に応える師匠。


「これと過去の言い伝えの資料を踏まえた上で、制作した防御結界を国の重要施設に張っていくのが良いかと思われます。もちろんそれらは用意しますが、手伝ってもらうことも多いと思いますのでよろしくおねがいしますね。」


「もちろんだ。こちらこそよろしく頼むぞ。」


「スイセーヤさん、変な人なのに素敵に見えるのが悔しい。」


 リーンさん、気をつけて下さい。それ、片足つっこんでますよ。

 っとそんなツッコミ入れてる場合じゃないわね。”言われた通り”にしないと。


「師匠、その件については提案があります!」


 私はビシっと挙手して師匠に声を掛けた。


「なんですか、ハルカ?」


「戦後の復興時に人間が攻めてくる可能性も考えられます。ならば点在する重要施設を覆うのではなく、新たな施設・設備の内側に重要施設を作るべきだと愚考します!」


「うむ、それは具体的には?」


 私に答えたのは師匠ではなくフォールトさん。王様なら国の未来を見据えてないと行けないから絶対反応する。

 師匠が事前に言ってた通りね。


「はい、迷宮の制作あたりが良いのではないかと。難攻不落の!」


「そんな時間は……ああ、異界の魔王はその手の事が得意だったな。」


「難攻不落!いいじゃない!私らを倒そうとする人間たちが、逆に勝手に苦しむワケね!」


 魔王親子には割と好感触。側近と将軍達も難しい顔をしていたが、フォールトさんの言葉を受けて時間と物資と労働力の計算をしはじめる。


「迷宮制作、悪くないな。詰めるのはこの後になりますがみなさんもそれで一度考えても良いですか?」


「「「異議なし!」」」


「では先へ進めます。余波は良いとして本体への対策ですが――」


 ふう、上手く行ったわね。私は進行を続ける師匠の横顔を見ながら一息ついた。

 この流れは事前に師匠に聞かされていた。まるで茶番ではあるが、必要なコトみたい。

 なんでも師匠1人でこなしてしまっては周囲の納得が得られないとかなんとか。

 うん、それは分かるから素直に協力したってワケ。


「本体は勇者が相手をする手はずですが、万が一を考えて有効な手段を持っておく方が懸命です。」


 師匠の言葉にうんうんと頷いていく一同。


 そもそも勇者が相手をすると言っても急造品よ。

 この間の勇者パーティーは多少は修行していたにもかかわらず、余波で苦戦していた師匠とその新米弟子の私に軽くあしらわれるレベル。

 万が一どころかあまり期待は出来ない。よほどの人材でない限りね。


「資料によりますと邪神本体には中枢部分があるとあります。そこにある何かを処理できれば、撃退もしくは撃破の可能なのではないかと考察されています。」


 本当はもう少し詳しく情報が書かれているのだが、重要なポイントだけ抜き出して師匠は伝える。


「その資料なら読んだことはあるが、ほとんどおとぎ話のようなものだったと思うが。」


「1000年前の邪神の話でしょう?いくら私達が長寿でも何世代も前の話よ?」


「その資料の信憑性は?」


『それについては私から伝えるわね。』


 私が聖女ちゃんの日記を抱いたままチカラを籠めると、彼らにも可視化された聖女ちゃんが宣言する。


「なんて面妖な……」

「まて、あの姿は資料の中にあった……」

「邪神を呼んだ聖女じゃないの!?」


 ざわざわと騒ぎ出す皆さん。まあそうなるよね。


『みんなが危惧する通り、私は1000年前に聖女と謳われた呪われた女よ。でも安心なさい。彼、マスターのおかげですっかり怨念は消えてるから。』


「「「!!!」」」


 聖女ちゃんの宣言にさらにざわめく一同。まぁ、彼女への畏怖と師匠への畏怖が半々ってとこね。


『今更当時の歴史うんぬんに口出しするつもりはないから安心なさい。』


 いや、彼らはそこは重要ではない気がするけど。いや偉い人なら気にするか。


『それで資料の信憑性だったわね。考察や私の伝記は彼に確認してもらったら同時期に作られた写本だったことが分かったわ。』


「そ、それでは情報の真偽が怪しいのではないか?」


『慌てないで聞いて。彼がその写本を担当した魔族の意識を辿って、時間を遡って原本に辿り着いたの。それを調べてみたところ、やっぱり同じ時代に同じ作者によって書かれたものでね。』


 うわー、師匠って何でもありじゃないですか。もう神様だってなれそうですね。


『悪魔にそれを言うかね?それに言葉にするのは容易いが、実際やると苦労が分かるよ?安全に往復するのにどれだけ消耗するか。』


 し、失礼しました!

 私も世界のコトワリを見てるからそれがどれだけ大変かは想像できる。私だったらやりたくない。


『それで作者というのが当時の勇者の友人の魔族でね。人間界を追われてこの地に逃げ込んだ勇者が伝えた物だったのよ。』


 ざわわっ。


 これにはみんな驚きよ。自分たちの宿敵が魔族領に逃げ込み、一部は友人として過ごしていたなんて。

 正直この時点で歴史と違ってるわ。勇者は英雄としてフラームに凱旋し、邪神戦の傷が癒えたら魔王討伐に向かったみたいな話になってたハズだし。

 まあ今更だし聖女ちゃんもドヤ顔してて気分良さそうだし別に良いけど。


『それで彼が原本どころか本人の意識をこっそり調べた上での情報だから、これは間違いないハズよ。』


 残念ながら邪神戦そのものには精神干渉もタイムトラベルも出来なかったけどね。と師匠が補足する。


「聖女ちゃん、お疲れ様。そういう訳で邪神の中枢についての有効打を検討してみましょう。魔族側にそれらしい物はあります?」


「正直我々の持つ瘴気を含んだ魔力では、余波すら凌げるかどうかだと思う。逆に聞くが、その余波はどうやって沈めたのだ?」


「先程のカードの映像のラストの方で、赤い杭を変形させて怨念の吹き出す門を塞ぎました。その赤いのは詳細は伏せさせてもらいますが、私の切り札でもあります。」


「それならば邪神を倒せると考えておるか?」


「効果が無いことはないでしょうが、凶悪な怨念の中で中枢へ到れるかどうかも分からないので保証は出来ません。」


「勇者が中枢を見たというなら次の勇者とそこまで共闘できれば……あるいは我々師匠の弟子たちで道を切り開くというのも手だと思います!」


 師匠の弱きともとれる曖昧な発言に、クルス君がすかさず案を出す。

 その師弟愛は良いけど、私は邪神と戦うとか多分漏らすわよ?

 だってみんなとの模擬戦とか見る限り、師匠の切り札の性質に一番近いのって……あわわわわわわ。


「ううむ。資料や話によると、我々では余波の相手が精々。なんとか頼めないだろうか。」


 フォールトさん貴方も魔王ならもう少し頑張って、ね?


 とはいえ難しいだろうなとは思う。

 古の邪神。神とついてはいるが、その実凶悪な量の怨念・怨霊の集合体と推測できる。

 そのサイズは少なくともノスチ並。それだけのモノを恐らく中枢のナニカがまとめ上げているのだろう。

 だったらなおさら中枢に行かねば何も解決しないが、上下左右も分からないくらいの怨念の海の中でどうすればいいのか。


「今回は情報収集だけで時間を使ってますので、対策は近いうちに用意しておきますよ。」


 師匠は声を荒げるでもなく悲観するでもなく、ダラダラと答えのない会議は無駄とばかりに普通の声色でそう言った。


「他に無ければ先程の迷宮の構想を練りましょうか。」


 この後は迷宮のコンセプトから大体の機能・構造などを話し合った。

 いいアイディアはどんどん盛り込んでいった為、魔族領全土を覆うようなトンデモプロジェクトになっていく。

 これ、誰が何処から手を付けて良いかわからないレベルだわ。


「じゃあ、ハルカがやってみればいい。」


「ひゃあ!?」


 肩をぽんと叩かれて絶望の眼差しを師匠へ向ける。


 私に任せる?え、どうしてそうなるの?


「そんな邪神を呼びそうな顔しなくても……修行の一環だ。手助けはするから後で部屋に来てくれ。」


「ッ!!ひゃあああああ!?」


 まさかのお呼び出しに頭がピンク色に染まる私。

 え?どういうコト?せっかくカナタくんを思い出箱から取り出したのに、自ら箱に戻ろうとしてるし……ちょっと待って!?



 …………



「素材の作り方はこんな感じだな。あとはミニチュアで組み立てて世界のコトワリそのものに組み込めばトンデモ工期や労働力などは大幅に……聞いてるか?」


「キイテマスヨー。サスガはシショーデスネー。」



 私は魔王邸夫婦の寝室にのベッドにて、空間構築の講習を受けていた。

 目にはハイライトが無く、日本語の発音も怪しくなっている。


「旦那がごめんなさいね。まったくいつも女の子をこんな目に合わせて、しょうがない人。」


「変な意味を狙って言ってるわけじゃないんだけど。」


 師匠の奥さんがフォローしてくれるが、その間も2人は身を寄せ合っていちゃついているので何のフォローにもなっていない。


 その位置に私が行くものだとばかり思っていた自分が消えてなくなりたくなるわ。

 せっかく温泉で身体を綺麗にして使用人長から素敵な下着を頂いて昨日の官能小説の知識でシミュレートしてきたのに。


 その日はとなりのクリス姉さんの部屋で巨大なおっぱいに潜り込んで泣きながら寝たわ。



 …………



「ふー、今日はこんなところかしらね。」



 異世界69日目。魔族領のコトワリにひたすら迷宮のデータを打ち込んだ私は、疲れた身体を魔王城のテラスに大の字に横たえた。

 も、もちろんシートは敷いてあるわよ?


「こ、こんなに早くこれほどの迷宮を構築するとは……流石は英雄様の弟子か。」


 そこへ様子を見に来たフォールトさんが、ワナワナ震えながらテラスから見える光景に感動している。


「師匠と違って私は最初から強力なチカラしかないから、デコードするのがまだ慣れなくて大変ですけどね。」


「デコ?異界の言葉が混ざるとよく分からぬが……苦労をかけるな。」


 城のテラスから望める景色は、半分以上が白い固めた空間の壁で埋まっていた。

 それらはフクザツな路地を形成して時々広間に繋がっていて中身は完全にゲームとかのダンジョンだ。

 その通路や部屋は師匠のアイディアと私の感情の籠もった凶悪な罠が大量にしかけられている。


 かと思えば普通の街のように構成されたエリアもあり、そちらは居住・生産・交易などに使う。

 交易については、領内はともかく外とは暫くは無理そうだけどね。


 これらを構築後に位相をずらして地下に埋め込む予定よ。

 見た目は普通の魔族領、一歩踏み込めば難攻不落の巨大迷宮って形にするのがこのプロジェクトである。

 なお、階層は後から追加もできるようにスロットを確保してあるので時間が立てば経つほど凶悪な土地になること請け合いよ。


「いえいえ。とりあえず街の設備はもう機能してるんで、移住してもらって大丈夫ですよ。」


 まだ建築していないエリアに魔族の皆様はどいてもらっていて、街エリアが完成したらそこへ移住する段取りになっていたのだ。


「そうか、助かる。伝えてこよう。なぁハルカ嬢、本格的にこの地に住まう気はないか?お主なら良き導き手の1人として――」


「考えておきます。今はまだやりたい事があるので。」


「わかった、よろしく頼む。」


 そう言ってフォールトさんは指示を出しに玉座の間へと戻っていった。


『ねぇねぇ、ハルカは将来ここに住むの?私としては一緒にマスターとわちゃわちゃしてる生活のほうが好きなんだけど。』


 再びぐってりと大の字になった私に、近くに置いてあった日記から聖女ちゃんが声を掛けてきた。


「わかんない。カナタ君とどうなるかもだし、師匠の事もそうだし……でもココだと居心地は良さそうなのよね。」


 そう、ココでは私は必要とされている。この不幸贈呈のチカラも役に立つしそれ自体がみんなの癒やし効果にもなってるらしい。

 フラームの時までのようなあからさまなトラブルも殆どないし、今度の街は快適なベッドとお風呂に、清潔なトイレや生理用品だってある。

 ただゴハンは師匠のが一番おいしいかなぁ。

 和食も中華も洋食もいろいろお腹いっぱい食べられるし、師匠の家族達とも一緒に居て楽しいし。もちろん聖女ちゃんもね。


『ハルカの好きにしたら良いけど、離れ離れになっても魔王邸には顔だしなさいよ?』


「はいはい、聖女ちゃんって意外と寂しがり屋よね。」


『ッ!むぅ、1000年一人ぼっちだったんだし仕方ないでしょ。』


「それより、身体の方はどうなったの?この前デート、行ってきたんでしょう?」


 私は露骨に話題を変える。この可愛い友人のトラウマと恥をこれ以上掘り返さないように。

 すると彼女は嬉しそうな表情で語り始めた。


『まあね。スギミヤって街のジンジャーとかいう建物に行ってきたわ。こっちの教会とはまた違った厳かさがあって面白かったわ。』


 生姜?ああ、神社の方ね。師匠の師匠なんだし、トンデモ存在よねぇ。あれ?でもチラっと聞いた話では神様引退したんじゃなかったっけ。

 デート前の雑談でそんな事を聞いた気がしたけど特に気にもせず聖女ちゃんの話に耳を傾ける。


『他にもお洋服を見て隣町のスイセーヤ2号店でゴハン食べて……何から何まで未来な世界だったわ。』


 正直それは羨ましい。とても羨ましい。

 私なんて夫婦の寝室に呼び出されてイチャイチャ見せられただけよ?一応手取り足取り講習は受けたけど。

 それに未来な世界かー。こっちに比べれば数百年先の文化世界だしね。

 こっちの魔族領の方が性に合ってる気がする私は時代遅れなのかなぁ。


「なんか楽しそうね。何の話してるのー?」


 そこへリーンさんが登場。最近は師匠の事も割り切りだしたのか、明るさが戻ってきている。

 ついでに普通に聖女ちゃんが見えるようになっていることから、あのスケベ師匠が何かしたのかもしれない。


『この前マスターの故郷でデートしたのよ。文化が全然違くて、終始ドッキドキだったわ!』


「えええっ、いいなーー!ね、ね、どんな所なの!?」


『フフー、それはね?』


 もう一度得意げにデートを語る聖女ちゃん。でも肝心の身体の話にはなかなかたどり着かない。


「でもなんで聖女ちゃんだけ?私とかハルカだって行きたいよ。ね?」


 ちょっとだけ拗ねたように同意を求められて思わずうなずく私。

 すると彼女はあっと気がついて説明を始める。やっぱり惚気に夢中で忘れてたわね。可愛い。


『それは私の身体を作るためよ。彼の師匠が人体の専門家でね。やっぱり霊体だけだと不便だし。』


「へえええ、そんな事もできるんだ?ん、それって彼好みの誘惑ボデーになれるってこと!?」


『私もそのつもりだったんだけどねぇ。この世界の人間の身体の構造ってあっちと差異があってね。更に私は1000年の時を経て色々不都合があるみたい。』


 おや、そうなの?じゃあ身体は出来なかったのかな。いやでも師匠だしなにか……。


「じゃあダメだったの!?せっかくだし私も彼好みに変えて貰おうかと思ってたのに。」


「多分師匠なら、生きてるリーンさんならなんとでもなりそうですけどね。」


『うんうん、リーンならきっと行けるわ!でも気をつけないとドエロボディにされて大変よ?』


「う……それはそれで仕事に差し支えそうで嫌だなぁ。」


 色々想像してしまったリーンさんは頭を抱える。

 でも私は感じているわよ?貴女が顔真っ赤にして口元がにやけているのをね。それに頭の中は子供の数まで……ふふ。


『それで、素体を用意してそれを改造して使うことになって……今オーダーメイドで製作中なの。』


「え、待って?普通に何処かの企業に頼んでるの?」


『うん、百合園徒工業とかいう――完成したら今度はドイツって国で詳しい人に聞くとかで。楽しみだわ。』


「次のデートも予約してるの!?いいなぁ!ねぇ、私達も頑張らないと!」


「そ、そうね。」


 乙女回路が稼働しているリーンさんだが、私はその会社名で吹き出しそうになった。

 なんてところに頼んでるんですか、師匠!


「そうと決まればさっそくお風呂へ行こう!ハルカも汗だくだし一緒に入ろうよ。もちろん聖女ちゃんも一緒に、もっと詳しく話を聞かせてね!」


 リーンさんはグイグイと私を引っ張っていった。もう片方の手には聖女日記が掴まれている。

 私は自信を引っ張る手とその先を見ながら思う。


(一体何処が違うのかなぁ。いや悪魔っぽい見た目ではあるけれど、それは魔族だからで……多分そういう話じゃないよね?)


 先程聞いた、この世界の人間は構造が違うという話。これからお風呂とのことでちょっと好奇心が湧いてきてしまう。

 ぱっと見は差異が見当たらないので余計に。


『ハルカって少年だけじゃなくて女の子もアリなの?』


 違うわよ!ただちょーーっと異種族のあれやこれやをね!?


『ああ、どっちにしろイヤらしい話ね。カナタ君にしろお師匠さんにしろ、苦労しそう。』


 そんな目をしないで!ていうかイヤらしいって何よ。答え知ってるの?


『そりゃ知ってるわよ。教えないけど。その方が面白そうだし。』


 口に手を当ててニヤニヤしながらそんな事を言われる。むーーー。


 でもその答えはすぐに分かったわ。



「おっふろーおっふろー、みんなで洗いっkひゃう!」



 洗い場ですっ転んだリーンさん。バランスを取ろうと手足や翼を広げていたがあえなく転んだ。

 そのお尻は私の方を向いていて。彼女のその草原はとても薄く。


「え!?……2つ?」


 何の用途でそう進化したのか知らないが、女性の象徴が複数在った。


『もうバレちゃったのね。ハルカ、そんな事のためにチカラ使っちゃダメでしょう?エッチな娘ね。』


 いや流石にそんな事は……でも無意識でやってしまったのか私!?


「いててて、見たわねー。ハルカ、お返しよー!」


「ひゃあああああ!」


 ひっくり返されて広げられて悲鳴を上げる。ちょっと、ダメだってば!


「だいぶ毛深い……ええっ、ウッソ!1つだけなの!?それじゃあ効率悪いじゃない!」


「何言ってるの、離してー!」


『自業自得よね。』


 バタバタと慌ただしいお風呂タイムの始まりだった。あー恥ずかしい!


 その後お互いに謝って洗いっこで全身丁寧に洗い合い、仲直りした私達は広い湯船に浸かる。


「あの小説でもそれらしい描写があったけど、フィクションだと思ってたわ。なんで2つあるの?」


 地球でも創作では男女問わず勝手に増やす文化とかも有るみたいだし?とりあえず気になったので聞いてみる。


「ココでは普通の事だし、どうしてかっていわれても。種族によっては3つの女もいるわよ。」


『一説では妊娠時の旦那の浮気防止とか、より多くの子孫を残すためとか学説があったけど。』


「若い子の間ではお遊び用と本命用みたいな扱いをする人もいるわ。」


 何そのバレンタインの義理と本命みたいなの。


『1000年経ってもそういう考えって変わらないのね。私は両方とも使う機会は無かったけれど。』


「そんなものなのかもねー。それで男が間違ったり勝手に本命用に、で女が激怒までがセット。」


『1000年経ってもゴシップは変わらないわねー。』


 あははははっと笑顔で時代を超えたシモネタで盛り上がる2人。なんとか私が話題に入るには……あ!


「でも2人とも良かったじゃない。師匠なら”本数も増やせる”し、同時に楽しめるんじゃない?」


「『ええっ!?』」


 大きな声を上げて驚く2人。あれ?リーンさんはともかく聖女ちゃんも知らなかったの?

 魔王邸を歩いていてちょいちょい師匠の濡れ場に遭遇するけど、そういうコトもしてたわよ。

 チカラ的にも出来なくないし、実際読み取ればそういう回路もセットしてたし。

 邪魔しないようにすぐに離れるけどね。


『ハルカ。あんた無自覚でとんでもないコトしたわよ!?』


「ええ!?」


『あのマスターを読み取ったですって?』


「まあ最近はちょっとずつ見えるように……」


『彼があんたに危害防止の契約した意味が分かったわ。それはそれとして……』


「『同時って、そんな女の夢が叶って良いの!?』」


 この世界ではそんなのが女性の理想の妄想なんですね、はい。

 この後は華やかな……生々しい……毒々しいガールズトークで盛り上がり、夕食時に意味深な視線を師匠に向ける私達であった。



 …………



「予想以上に素早く強力な構築ができたな。ハルカ、良くやった。」


「えへへー。」


「うむ!この様子なら邪神相手でもかなり持ちこたえられるであろう!礼を言うぞハルカ!」


「さすが私の親友なだけあるわ!おトイレがあんなに清潔になったし、ありがとう!」


『この短期間で一族を保護するように国を作り変えるとか、貴女の聖女っぷりもまあまあね!』


「いやぁ、えへへー。」


「やあやあ、調査は進んでるかな?こっちはほとんど準備出来たわよ!」



 異世界生活72日目。魔族領の改造が殆ど終わってみんな魔王城でお茶を飲んでいたら、突然水の女神が現れた。

 人が気を良くしてる時に空気を読まない神様ね!

 どうでもいいけど、何故か黄金の光を放つのよねこの神。銀じゃないだけいいけど。


「こんにちは、女神様。こちらが過去の勇者が残した文献とその解析による対処法の考察になります。」


「そう?ふむ……」


 水の女神は報告書を受け取っ軽く読み流すと、光による空間の歪みを作って適当に光の彼方へそれをしまう。あるいは捨てた?


「ご苦労さま。これを読むと勇者の出番はココぞって時にしたほうが良いわね。決めた。最初はあなた達でなんとかなさい。」


「ちょっと!?どういう事ですか!!漏らしますよ!?」


 理不尽な物言いに思わず私が叫ぶ。余計な事まで。


「「「…………」」」


 おかげで一緒にお茶を飲んでいた人たちは冷静さを取り戻して余計な抗議はしない。

 というか冷静になったせいで目の前の存在に畏怖を覚えているようだ。彼女をすでに知ってる師匠や聖女ちゃんは別として。


「邪神本体が現れるまでの時間稼ぎですか。しかし我々ではまともに太刀打ち出来るかどうか。」


「よくそこまでトボけられるわね。準備はしてたんでしょう?そこの粗相女にいろいろとやらせてたじゃない。」


 何よ粗相女って!貴女なんて男漁ってて世界情勢を見てなかった間抜け神じゃないの!

 師匠、なんか言ってやって下さい!


「ただの修行ですよ。」


 まぁうん、適当に流すよね。


「まあ、いいわ。それと――ちょっと耳を貸しなさい。……――――。」


 女神様は師匠にこしょこしょと耳打ちした。なんでここで内緒話?


 と思ってたけど”感じ取った”私は戦慄を覚えた。



「生贄は貴方に選ばせてあげるわ。精々条件に合う者を選ぶことね。」



 それだけ悪いニヤつき顔で言うと、パッと師匠から離れて水の女神は言う。


「3日後。古の邪神を呼び出して本体が現れたら――その中枢に勇者を突撃させる。その道がないなら貴方達で作る。良いわね?」


 良くはない。良くはないが下手な事は言えない。


「邪神に対して多少心得があった所でそれは無茶じゃないですかね。報酬だってクロシャータ様からの調査料だけですし。」


 師匠が一応抗議してみるが、女神は涼しい顔して煽りだす。


「あらあら、現代の魔王とやらはこの程度で音を上げるの?とても上級神に相応しい男とは思えないわね。」


 あらぁ、バレてるわー。変なところだけ仕事が速いのね。

 報酬は当面の自分たちの命と、立場への口止めってところですか。


「……前向きに検討して善処します。」


「そう?ならよろしく~。」


 黄色いの光が広がったと思ったらすでに彼女は居ない。


「ぐぬぬぬ、あれがこの世界の神だと?なんたる理不尽だ!」


 フォールトさんを始めとして、みんながグチグチと悔しがる。

 本人には言えないオーラみたいのを感じていたらしく、それが余計に悔しいようだ。


「まあまあみなさん。出来る限りの事はやりましょう。オレ達も強力しますから!」


 師匠が元気に声を掛けてその場を鎮めようとしているが、彼らのストレスはお茶と師匠の言葉だけでは払拭できなかった。




 …………



『マスター、考え事ですか?いつも大変なのは分かってますし良いですけど……他の娘の時にはしない方が良いよ?』


「すまない。ユズの事はちゃんと受け取っているから。ありがとう。」


『えへへ、解ってますよー。もう凄い反応だもん。さあてこの子はどんな刺激で最後を――』


「師匠!1人で悩んでないで私にも何か出来ることを――ぉぉおおおおお、お食事中!?」



 その日の”25度目”の夜。私は師匠が1人で露天風呂に入ってるハズの場面へバスタオルを巻いて突撃した。

 だがそこには監視役のユズリンさんが、他に誰も居ないことを良いことに師匠とかなーりイチャコラしていた。


「むぐぐ!?」


「ハルカ!?お前コトの最中に勝手に――ていうか人払いの結界あるのによく入れたな!?」


「ぷはー。ちょっとハルカ!大事なところだったのに、雑な終わり方させないでよっ!」


「あぁ、うう……ごめんなさい。」


 限界突破間際にびっくりさせてしまって、終わらせてしまったらしい私。

 それでも全然こぼさずに受け入れるとは、ユズリンさんはプロである。何のかは知らない。


「仕方ありません、業務に戻らせて頂きまーす!」


 ユズリンさんは少し離れて、風景に溶け込みながらこちらの様子を伺っている。

 私が来たことで監視業務をせざるをえないのだろう。悪い事したなぁ。

 それにしても……こ、こんな凶悪なのをあんな……私もいつかそういう?ゴクリ。


「それで、どういうことなんだ?そんな姿で、危ないだろう。」


 師匠はその凶悪をバスタオルで隠しながら当然の問いかけをしてきた。


「こ、これはそのぉ。今日はそろそろシンパイだし?元気が出たら良いなあって。それに誰を選ぶかも。」


「話の繋がりがボロボロだぞ。」


 ほぼ全裸の師匠の視線と、若干その場の香りにアテられた私はしどろもどろである。


 要は生贄の話の後、師匠は何やら考え込んでいた。私達には内緒でコソコソ調べ物もしているみたい。

 後はとても難しい顔して悩んでたり。その度にメイドさん達に纏わりつかれてたけど。


「ああ、なるほど。つまり心配してくれてたわけか。」


「当たり前ですよ!普段は数日で終わる1日が1月近く続いてたり、その……イケニエだって。」


「言っておくがオレの1日の主観日数は変わらないよ。それはハルカが実力をつけた所為でオレからの調整のチカラが効かなくなって来たからだろう。」


 ええ!?つまり師匠並みに実力が!?


「一部はそうなんだろうね。やっぱりハルカの才能は凄いよ。あとは経験を積んで行けば魔王にだってなれる。」


「それは成りたくありません。」


「うん、良い答えだ。それで生贄についてだけど――まずは湯船に入ろうか。風邪引くぞ。」


「はーい……タオルつけっぱなしでも良いです?」


「ダメ。マナーだよ。」


 言いながら彼は自身のタオルを外す。うわー。間近で見るとうわー、だわ!


「師匠のスケベ。そんなもの見せつけて!」


 ドキドキしながら、とりあえず師匠が悪いみたいな事を言ってみる。


「それは君だって同じだろう。」


 私も自らタオルを外してかけ湯していた。彼の視線が当然びしばしと注がれているのが感じ取れる。

 かけ湯しながらちょっとだけ足を開けてみたり、スキあらば彼のソレをガン見している辺り、私はやっぱり師匠に気があるのよね。

 もしかしてこのまま、な流れだったりするのかな!?でも師匠にはカナタ君の事を忘れるなって言われてるし……。


「心配しなくてもいいよ。監視もされてるしオレと妻は心を繋げてるから間違いを起こしたりはしない。」


「し、師匠は良くても私が危ないかもです。その、こんな近くでは初めてで!」


「ああ、お年頃だもんな。別に少し見るくらいなら言い訳できる範囲だけど。ただし優しくな。」


「失礼します!」


 湯船に入った師匠の真正面に屈んで、優しく手に取った。お湯は緑だけど私なら感じ取れる。

 へえええ、こんな感触なんだ!おおー、少しずつ血液が入り込んでいくのが”見える”わ!


「……良いけど、話は続けるか?」


「あ……えへへ。」


 初めての体験に夢中になっていた私を現実に引き戻す師匠。いけない、すっかり忘れてたわ。にぎにぎ。


「それで生贄なんですけど!どうしても必要なんですか?聖女ちゃんみたいな人は出しちゃいけないと思います!」


「正確には触媒かな。この世界と邪神の居る空間というか次元を繋ぐためのモノだ。だから触媒がなければ話が進まない。」


「でもそれでは誰かが犠牲に……」


「それなんだよね。触媒となる者は一心に悪意を受けねばならないし、もう1つの条件も満たすとなるとなぁ。」


 もう1つの条件。それは生贄本人も負の感情で満たすこと。


 師匠の戦った触媒の女の子は復讐心に駆られ、聖女ちゃんは王族にハメられ大衆の悪意に激昂して門が開いた。

 あとで教えてもらった特殊部隊の1人は、理不尽な言いがかりへの殺意に反応していた。


 今回は師匠が生贄を指名する。となれば彼に関わる人物が選ばれる可能性があるだろう。

 ほら、愛情と憎しみは裏表。なら私にだってそれは当てはまるんじゃ……。


「ちょっと強いよ。でもまあ疑念を持つのは悪いことではない。自分で考えるのは大事だ。」


 しまった、私は手の力を緩めて優しくいたわる。ごめんね?大丈夫、痛くないですよー。

 気をつけないと……今この手には彼とその女たちの未来が握られているのだ。

 しっかり仕組みを読み取って、部位毎にそれに合わせた触れ方をしていく。


「末恐ろしいね。彼のためにもここまでに――あまり上手いと疑われるよ。」


 そ、それは嫌だけど!なんか生殺し感が!私だってちょっとその、反応しちゃってますし!


「そういう所でのコントロール、チカラ持ちじゃなくても重要なことだよ。」


 これは難しいですよ。我慢というブレーキを踏みたく無い感情が自分から湧き上がって来てて。

 確かにソコに何割か支配されていると言う師匠の言葉は正しいわ。


「だからこそ言い訳や代替案で解消して、溜め込まないコトだね。生贄の疑念もそうだよ。邪神対策には色々と考えがあるから、今は待っててね。」


「は、はい!って、わぁ……」


 師匠は湯船のヘリに腰掛けて、私が”あやした”結果もさらけ出す。


「ハルカもこっちに。邪神対策の為の回路調整をするから。何だったらオレのと見比べて学んでも良い。」


「ゴクリ。」


 なるほど、そういう話ですね!オトナってずるいなぁ。チラリとユズリンさんを見るとOKのサイン。

 私はフラフラと師匠の側へ近づき、邪神対策を講じるのだった。


 結果いつもの様に気絶しちゃったけど、師匠はちゃんと我慢してくれた。

 その味を知るのはまだ早いんだって。契約や順番を考えればそうなんだろうけどね。



 …………



「それじゃあハルカも聞いてないんだ?」


「リーンさんも?私には少し調整を入れてくれたけど、そこまでだったわよ。」



 異世界生活74日目。私とリーンさんは迷宮都市の大浴場で明日の話をしていた。

 師匠はあの後も決戦前日まで師匠はほうぼうを駆けずり回って準備を進めていた。

 その詳細は教えてもらえてない。私だけでなく他の弟子もリーンさん達魔族もである。

 本来ならそれは師匠が避けるべき行動としていたけど、今回は思うところがある様子。

 疑念が大事と言っていたから、その辺が関わってるのかな。


「私はいざとなったら使ってくれていいって言ったわよ。」


 そこへ聖女ちゃんの肉声が響いて私の隣へ腰を下ろす。


「聖女ちゃん!その身体、出来上がったのね!綺麗!」


「うわー、霊体の再現ハンパないわね!うん、可愛いよ、うん!」


「ふふ、ありがと。長時間は保たないけど……2人とは一緒に入ってみたくて。」


 ちょっとテレながら百合園徒工業に再現してもらった造形をぎゅーっと私達に押し付けてくる。

 なにこれ凄い。日本の技術は化け物ね。もちろん師匠の手が存分に入っているのが見て取れるんだけど。


 あれ?でも今不穏な言葉が……。


「使うって聖女ちゃん、もっと自分を大事にしよう?対等は難しくてもそれに近づく努力を――」


「そうだよ!2つあるとはいえどっちも初めては痛いって言うし、モノ扱いなんて求めちゃダメよ!」


 私達はすり寄る彼女に強く抱きついて説得をする。いくら立場が弱い私達でも自分で価値を落としちゃダメよ!


「そうじゃないわよエッチ!明日の生贄の話!」


「「もっと自分を大事にしよう!?」」


 それ、もっとダメなやつじゃない!


「だってあんた達をそうさせるわけには行かないし。私はほら、経験者だしさぁ。」


「でもせっかく身体も出来たんだし、これからじゃない!」


「うんうん!ちゃんと生きてれば、女の夢が叶うところまで後少しじゃない!」


「そうなんだけど、私は結構マスターとデートとか楽しんじゃったし?」


「それでもダメ!師匠はなんて言ってるの!?」


「……考えておくって。」


「スイさんのバカ!そこは心配いらないって安心させるところでしょうが!」


「師匠ってば本当に仕方ない……私ちょっと行ってくる。」


 私は空間に穴を開けて魔王邸へと繋ぎ始める。まだちょっと手間取るけどこれくらいは可能に――。


「ダメ!これは私が考えて望んだの。」


 ガシッと腕を掴まれてしまう私。


「それより私は2人とお風呂が良いな。その後は一緒にアイスを食べて、ね?」


「聖女ちゃんがそう言うなら……でも生贄はだめだからね!」


「どうしてもって言うなら私達がこの身体をチェックするわ!ハルカ!」


「うん!」


「ひゃあああああ!」


 私達は師匠に疑念をもちつつ、彼女が望んだ生身での女子会を開くのであった。

 前より大きめの装甲に両サイドから吸い付いたらそれはマスターの!って怒られちゃったけど。



 …………



「さて、準備は良い?」



 異世界75日目。魔族領の中心地点上空100m地点に浮かぶ私達。水の女神はワクワクしながら嬉しそうに確認する。

 この場にいるのは師匠と私、聖女ちゃんとリーンさんと女神だ。

 師匠の真似してたら私も飛べるようになったんだよ。えへへ。

空中戦になるので今日はスカートではなくズボン仕様よ。

女の子がパンツ丸出しで飛んでたらハシタナイもんね。


 他の姉弟子やクルス君、魔族の皆さんは地上で配置について邪神の余波に備えている。

 もちろん危なくなったら迷宮に撤退しながら戦って時間を稼ぐ算段である。

 師匠と私のアレなアイディアをふんだんに使ったあの迷宮なら、怨霊といえど足は鈍る設計になっている。


「手はず通り勇者はまだ呼ばないわ。本体が出たら召喚する。それで倒せばあなた達は助かるし、今後の平和も保証してもいいわ。そして私はイケ神とデート。何も問題はない。」


 ふん。魔族領を選んだ時点で私達をなんとも思ってないくせに、よく言うわ。


「それで生贄はだれにするの?まさかそこの全員なんて贅沢言っちゃう?」


 時代も世界も飛び越えて出会った私達3人娘はちょっぴり身体をビクンと震わせる。

 やっぱり聖女ちゃんだって怖いんじゃない!


「その前に聞いておきたい。」


 可笑しそうにテンション上がってる女神に、師匠が口を開いた。


「何よ。やっぱり中止っていうのは受け付けないからね!いろんな神がこの決戦を見てるんだから。」


 もしかして神界では特番生放送ってやつ?

 古の邪神を倒すって触れ込みなら視聴率は良さそうだけど、巻き込まれた私からしたら趣味が悪いとしか言えないわね。


「やっぱりね。答えの1つは今貰ったけど……見ている神々と少し話をしたい。」


「なんでそんな面倒なコトしなくちゃいけないの?」


「あのね。番組つくるなら挑戦者へのインタビューくらい入れときなよ。それに”オレの”願いなら聞いてもらえると思うけど。」


「分かったわよ。……はい、これでいい?」


 女神が金色の霧を撒くと空中にモニターが浮かんでいろんな神様らしき方々と通話が可能になった。


「おはようございます、神々のお歴々。この度は私どもの戦いを見守って頂くことに成り――」


 師匠が彼らに挨拶をして、彼らも師匠に興味を示す。


「アレが棄民界の主がプロデュースした魔王か。」

「ふむ、特徴があまりないが……だからこそなのか?」

「でもアレって悪魔だろ?可能性は……」

「飲み込まれなきゃな。」


「やあやあ、魔王具の調子はどうだい?」

「マスター君、終わったらまた飲みに行こうぜ!」

「君が娘を現地妻などと言わせてる悪魔か。怒ってはいないが挨拶くらい来んか!」

「もうお父様!ごめんねハルカ、マスター。妙なことに巻き込んで……」


 アレ?なんか知り合いも多いみたい。ていうかクロシャータ様がお父さんと揃って見てるんですけど。

 お父さんは偉そうな神様だけど言葉通り怒ってはいないみたい。むしろ照れ隠しで声を荒げてるように感じたわ。

 ご本人は相当気まずそうにしている。調査といいつつ決戦メンバーにされた身としては、その謝罪はとても遠くに聞こえた。


「あんた、結構人気なのね。」


 ぼそっと女神の意外そうなつぶやきが聞こえてきたが放置しておく。


「私事については近いうちに。ところで彼女についてどれだけ期待を寄せられてるか知りたいのですが。」


 うん?なんで今それ?師匠って変にズレた所あるからなぁ。


「もちろん大きな期待をさせてもらってるよ。」

「うんうん、倒せたら食事にお誘いしてみようと思ってるな。」

「おいおい抜け駆けか?」

「それはオレの役目のハズだぜ!」


「もう、あの方達ったら……」


 水の女神のアポの取り合いを始めた男神達。水の女神は素直にテレてくねくねしている。


 でも――なんで気づかないかなぁ。


 その男神達は何処か見下すような、嘲るような雰囲気をまとっているんですが。

 ほら、聖女ちゃんもリーンさんも哀れむように水の女神を見てる。


「うんうん、大体わかりました。それでは勝利のために万策を尽くしますね。」


「「「うむ!期待してるよ、君ィ。」」」


 師匠もそれを読み取ったらしく、更にそれに気付いた男神達がわざとらしく期待の言葉を投げかける。


「さて、これで本格的に後が無いわけですが……女神さん、やっぱり勇者は今呼んでください。」


「ええー、なんでよ。」


「オレを調べたならその能力も知ってるでしょう?オレなら短い稼働時間も少しは伸ばせますよ。もちろん戦闘中じゃなければ、ね?」


「ああ!そうよね。だったら今すぐ召喚するわ。本当は架橋で盛り上げようとしてたんだけど、勝率の為なら仕方ないわよね。」


 師匠の言葉を受けて両手を更に斜め上に掲げ、光を撒き散らす彼女。

 程なくして黄金のシルエットで現れたのは1人の男の子だった。いや、ハタチくらいだから1人の男性だった。


 っていうかあの姿は……!


「ご希望通りこれで召喚完了。魔王さん、さっそく延命処置をお願いできるかな?」


「おうせのままに。」


 女神がキラキラ輝く男を指差して師匠が彼の側へ近づく。


 シュバッ、ガシッ!!


 だけどその辺を無視して、私は飛び出してそのシルエットに抱きついた。


「カナタ君!やっと会えた!!」


「え、え!?まさかハルカ、なのか!?」


「うん、そうだよ!見て、私頑張って生きてきたよ!」


「……そうか、良かった。偉いなハルカは。」


 抱きつく私にまだちょっと金色いオーラな彼が頭をなでてくれる。


 そう、水の女神に調整されてこの場に召喚された勇者とは――私の幼馴染のカナタ君だった。


「やっぱりね。そろそろフリーになる強力な魂っていったら彼だと思ったよ。確定ガチャとかにしたのかな。」


「何よ、みんな知り合いだったの?せっかく驚かそうと……それより早く延命措置を。頑張って改造したから、本当に長くないんだから。」


 そうだ!!そんなコト言ってたわね。あの女神、カナタ君になんて改造してくれてんのよ!


 ふあ……。


 憤る私だったけど、彼はそのまま私を優しく抱きしめ返して落ち着かせてくれた。


「立派になったなハルカ。色々あったケド、結構心配したんだよ。」


「私、いつも全然ダメで……でもカナタ君に会いたくて頑張ってっ!師匠にたくさん教わって、助けてもらって!やっとここまで……」


「うん、彼なら安心だ。頑張ったな。」



「ちょっと、感動の再開は後!時間無いから!!」



 いちゃいちゃしていた私達にイラだった女神が割って入って邪魔をする。

 なによお、時間がないなら尚更私には大事なコトなのに!


「悪いが本当に延命だけはさせてもらうよ。それと邪神の生贄も決めたから……カナタ君、手伝ってくれるか?」


「はい、マスター!その為のこのチカラですから!紅鮭の頃とは違いますよ?」


「その意気やよしだ。ではさっそくとりかかろう。女神さん、君も終わったらデートなのでしょう?あまりカリカリしないでドンと構えていてほしい。でないと男が引きますよ。」


「余計なお世話よ!……いえ、そうよね。ちょっと落ち着くわ。うへへ、デート、デート。」


 落ち着くどころかシアワセな妄想で一気にだらしなくなる水の女神。


 ギュィィィィン、カシャン!ズボッ!


「ッ!!」


 だが次の瞬間には驚愕の表情を浮かべて口をパクパクさせていた。


「ふむ。やはり準備さえすれば神体といえど貫けるワケか。」


 師匠はD・アームというシステムを腕に取り付けて女神の背中に回っていた。

 その右腕に仕込まれた真っ赤な杭が――水の女神の胸を容赦なく貫いていた。


 師匠、この悪魔!神々が見ている前で何をしてくれてんですか!正直胸がスッとしましたけど!


「なん、ですって……?」


「見てのとおりだ。あんたをこの決戦の生贄にさせてもらう。もちろん生き延びる事はできないし行く末を観測することも出来ない。」


「こん、なこと……ただで……」


 それ悪役のセリフですよ女神様。レアな体験をさせてもらっちゃったわ。


「女神でも悪役セリフが言えるんですね。レアな経験です。でもその先を貴女が気にすることはありません。貴女はここで死ぬ。デートもありません。」


「デート……いけな……いや!やだ!!」


「それに今回は彼らの協力有ってのことだ。ほら見てみなよ。君がデートするはずだった男神達を。」


「……?」


 女神さんとあわせて私達も、師匠の示す先にある空中モニターを見る。

 さっき回線技術をコピーしておいて、勝手に開いたようだ。


「いやあ、調査だけで十分なのに邪神を倒すとか言い出すからねぇ。」

「あははは、彼女じゃ絶対無理でしょう。」

「それに邪神は神々のゴミ捨て場としての役割もあるし、下手に刺激すると――」

「でもマスター君が知らせてくれて良かったよ。彼女を処理する為の根回しだって出来たし。」

「クロシャータもいい男を捕まえたものだな。最近は仕事中でも親バカらしいが。」

「あとは彼女の勇者がまた邪神を追い払えば終わり。ゆっくり見物しようじゃないか。」


「な、なにこれ……?」


「そのままの意味です。貴女は最初から期待されて居なかった。普段の行いがこういう時にモノを言うんですよ。」


「自業自得ってやつね!」


 聖女ちゃんがビシっと美味しいセリフをキめてくる。私は再びカナタ君と抱き合って満喫中だ。

 リーンさんは目のハイライトが消えている。自分の世界の神を生贄にするというあまりの展開に言葉もないし、無理もない。


「いやよ……こんなのいやあああああああ!!」


 女神は黄金のチカラを溢れ出して絶望の叫びをあげた。


「はい、そのチカラは頂きますね。くるくるっと纏めて……ほい、カナタ君。それでしばらく保つだろ。」


「ありがとう、マスター!」


 綿あめみたいに黄金のチカラを纏めて、カナタ君に投げ渡す師匠。

 チカラも未来も失った女神は一気に老け込んだように見える。


 やがてその胸に良くないものが流れ込み始めたのが見えてきた。


「そろそろかなー。この光景は世界中で放送してるからね。人間たちがこんな彼女が管理してるのかと、ヘイトを向け始めたんだろう。」


「そんな事もしてたんですね。じゃあ最初から生贄は彼女を?」


「状況が……神々が許すならね。」


 なあんだ。心配して損したじゃないの!てっきり私達のだれかから選ぶのかと疑っちゃったわよ!


「でもその疑念が生贄候補から遠ざけてたんだよ。」


 ?……そうか!負の感情で満たすってことは裏切り行為での条件達成もあり得た。

 疑いの目を向けていれば裏切りを最大限には利用できない。

 特に自分から志願した聖女ちゃんは論外だったってことね。


「ころしてやるうううううううあああああああ!!」


 シュバアアアアアアアア!


 全てに裏切られた女神は自身の怨念と周囲から取り込んだ思念によって、他の次元へと繋がる門を開いた。



 …………



 ブワアアアアアアアアアアアアアアア!!



「うひい!なんかいっぱい出てきた!」


「散開!」


 水の女神が邪神の門を開いたことで、余波である怨念・怨霊達が溢れかえった。

 師匠の指示で私達はその場をさっさと離れていく。


「リーンは街の入口でクルスと合流して警護!オレとカナタは邪神の威力偵察!聖女はオレの補佐、ハルカはカナタ君に守ってもらえ!」


「「「了解!!」」」


「セツナは魔王邸から離れるな!クリスは対空砲撃で援護!ファラはクリスの近距離援護!」


『えー……』


『『『了解!!』』』


 指示に元気に返事を返す一同と不満そうなセツナちゃん。

 貴女8歳なのに怖くないの?私今にも漏らしそうなんですけど!


「安心して、今度はオレがずっとついてる!」


「うん!……いいえ、私もカナタ君を守るの!てええええい!」


 正面の怨霊を謎の光の剣で切り払うカナタ君。

 でも私だってあの魔王に色々教わったんだから!守られるだけの女じゃないんだから!


 ガイン!ガィィィィン!


『『『グギャアアアアアアアア!!』』』


 私はちょっとだけ師匠のマネして空間を捻じ曲げた不幸バリア改で、彼の死角の怨霊を弾き飛ばしていく。

 当然私のチカラが載っているので、弾かれた怨霊はそのまましばらく悶え苦しんで居る。


「やるじゃないか!そのヤバそうなチカラ、制御できるなんて!」


「えへへ、がんばったもん!」


うへへ、予定どおり格好かわいい私を見せられたよ!

 半分は欲に取り憑かれて使えるようになったとは言わないでおく。オトメのタシナミよ!

 さて、こっちは大丈夫そうだけど……みんなは!?



 …………



「むうううん、がっはっは!やはり余波だけなら問題ないな!」


「でえい!たあああ!!」



 迷宮都市の入り口。お父さんが魔法を乗せたコブシで怨霊たちを追い払っている。

 私もそれに倣っているけどパワーは及ばない。

 他の魔族は迷宮内の拠点や都市内に配属されていて、外は私達だけだ。

 ここでなるべく時間を稼がないと仲間の、一族を危険に晒すことになる。

 だが私達にはとてつもない助っ人が居た。


「久々の悪霊退治ですね!うおおおおおおおおおおりゃああああああ!!」


 ズドドドドドドドドド……!!


 わざわざ服を全部脱いでから戦闘態勢に入ったクルス王子。スイさんの5番目の弟子。

 彼は一気に身体を3メットルを超える巨体に変化させると、怨霊たちを面白いくらいに蹴散らしている。


 彼は特に魔法などが使えるわけでもないのだが、あのスイさんの弟子なので物理法則とかがどこかへ出張しちゃってるわ。

 ハルカは小さいあの子に鼻血噴いてたけど、私は今の方がヤバいかも。

 いけない、私はスイさんにアプローチ中なんだから!


 その時目の前に怨霊が現れて私に飛びつこうとした。

 ドゴッフ!とお父さんがそれをぶっ飛ばしてくれて私は無傷だったけど。


「リーンよぉ!色ボケてないで働けぇ!」


「ごめんなさああい!はっ、とりゃー!」


 本当にいけないのはここで戦わないことである。お父さんに叱られて私も怨霊をぺちぺち殴っていく。


「危なかったらこちらへ弾いて下さい!燃やしておきますので!」


「「了解!!」」


 頼もしいクルス君に支えられながら、私達は新しい私達の国を守る戦いにその身を投じていくのだった。



 …………



「なんだあああ!?空が真っ暗になってやがる!」


「や、闇が降りてきてます!空が落ちてくるうう!!」


「おカシラッ!なんかマズイですって!フラームに戻りましょう!」



 馬車と荷車が連なる商団は、新たな顧客の開拓のために魔族領へ足を踏み入れていた。

 だが奇妙な映像が空中に映ってるな思ったら、上空が闇へと飲まれてしまった。


「いや、この大所帯で反転するには時間が掛かる。地図にはこの先に洞窟があるな。そこで立て籠もる!行くぞ!!」


「了解!行き先はこの先の洞窟、続け!!」


 商団は闇が降りてくる中、怯えながらもお頭の指示を信じて突き進む。


 やがて洞窟は見えてきたが闇は直ぐ側まで降りてきており、聞こえぬはずの悲鳴じみた声が聞こえてきている。


「おカシラ!こいつは一体!?」


「売れねえ物はオレも知らねえ!ぐ、くそっ!」


『『『ヒギィィィャャャアアアアアア!!』』』


 商団の先頭を怨霊に取られてしまい、真正面から彼らを包み込んでいく。

 もはやこれまでと誰もが思った時。


 ガイイン!ガイイイイイン!


「たああああああ、不幸ぱーーんち!」


 ズバッシャアアアアアア!シュゥゥゥゥゥン……


 空から女が降ってきて怨霊たちを弾いた後、ひどい名前の技で一掃した。


「早く洞窟へ!」


 その女の誘導に従いそのまま馬車を洞窟へ進めていく商団。


「た、助かった……ん?お前ハルカか!?無事だったか!!相変わらずトンでるな!」


 お頭は並走して飛んでいる女の正体に気がつくと、大声で話しかけた。


「お頭ッ!それはこっちのセリフです!なんで魔族領にいるんですか!とにかくたす……買い物に来ました!」


「はあ!?素直に助けに来たって言えよ。んで、何が欲しいんだ!?」


 非常事態ではあるがそこは商団の長、取引と聞いてニヤリと口を歪める。


「なんか果物の飴とか無いですか?」


「おまえ、こんな時に飴だと!?」


「さっき幼馴染と再会したので、彼との初キッスは甘い方が!」


「がーはっはっは!見れば確かに女らしくなってやがるな!手の空いてる者は飴を持ってこい!命の恩人へ青春の報酬を払ってやれっ!」


「よしきた!おカシラ、手元にあるのはこれだけでさぁ!」


「上等上等!ハルカ、持っていけ!」


 お頭は小さめの袋をハルカに投げると、ブンブンと手を振った。


「ありがとう!!洞窟に入ったら中の人に街に案内してもらって!私の知り合いって言えば分かるから!」


「おう、助かる!幼馴染によろしくな!」


 そのまま上昇するハルカに金色の男が迎えに来る。


「あれが例の相手か。2人揃ってトンでやがるぜ!」


「あの時助けておいてよかったですね。いい子ですよ彼女。」


「ああ、そうだな!”行き倒れは迷わず雇え”ってやつだ!」


 お頭たちは妙に嬉しくなって、未だ非常事態ではあるものの笑顔で洞窟まで駆け抜けていった。


 ちなみにその格言は日本で言うトコの、情けは人の為ならずである。

 このジェールトヴァの世界では某国がスパイ活動を円滑にするために商人達に流した言葉であるが、奇しくも彼らの命を救う形となった。



 …………



「ごめんね!恩人がピンチだったからつい!」


「驚いたよ。でも無事で良かった。恩人なら仕方ないしね!」



 私がお頭の下を離れて戻ろうとするとカナタ君が迎えに来てくれた。勝手な行動をしたけど怒鳴ったりせずに受け入れてくれる。


(やっぱり格好いいなぁ。)


 そんな彼を感じ取りながら怨霊を2人で倒していると、時々彼は金色の小さい光を出して何かを確認している。


「カナタ君、それなーに?」


「コンパス代わりだ。本体が来たら……中枢が分かるかもとかなんとか。詳しくは知らない!」


「あの女神、もっと説明して欲しかったよね!」


「まあね。でも報いは受けてる。あまり悪く言う気はないよ!」


「そう、ね!そうするわ!」


 地球では故人を貶めるのは悪い事だ。それを思い出した私も、カナタ君に倣うことにする。


「なんとか持ちこたえてるけど、本体はまだみたいだ!」


 余波の怨霊達は魔族領に広がってはいるが、要所要所は私達が撃退しているので目に見えた被害は無い。


 ていうか師匠が時間を止めて色んな所に現れては、闇を払っていっている。

 その度にキラキラした輝きが空中に漂って、妙に幻想的だ。


「やっぱりマスターさんは一味違うね。多分あれ、戦いながら何かを仕込んでるよ。」


「師匠はいつも何かコソコソやってる気がするわ。」


 そのままドバドバ溢れる怨霊達と戯れること30分程だろうか。

 急に私の感知が狭まるような感覚を受けた。


「なにこれ!?なんだか世界の広がりが無くなるような……濃縮されてるような?」


「こっちにも反応有りだ!本体が来たよ!」


 カナタ君がコンパスを取り出すと、その光が門の辺りに激しく反応していた。

 その闇は今までとは比べ物にならない濃度で、とてもまともには相手に出来ないと直感する。


『想像以上に真っ暗闇だ!リーン達は迷宮内に撤退しろ!クリスも一撃入れたらファラと迷宮内へ!魔王邸には戻るなよ!空間が制御されてるから嗅ぎ取られるぞ!』


 師匠がテレパシーでビシバシと指示をだす。さすがに声がちょっと緊張気味だ。


『オレと聖女で偵察するから、カナタとハルカは中枢が見つかるまで現状維持。だがやばかったらすぐ伝えてくれ!』


 ひいいい!やっぱり私も中枢組よね。カナタ君がいるとは言えヤバイ、漏れそう。


 バシュゥゥゥウウウウウウン!


 そう思ってたら地上から門に向けて赤い極太の矢が打ち上がる。クリス姉さんの渾身の一撃だ。

 それが深い闇を切り裂いて中央部分だけ闇が薄くなる。

 そこへ右腕を大砲みたいに変化させて大きな翼のようなものを生やした銀色の師匠が、突撃していった。

 腰に日記が挟まってる事から、聖女ちゃんは霊体で憑いて行っているようだ。


「師匠、大丈夫かなぁ……」


「ハルカ、バリアの有効時間に気をつけて!割と侵食されてる!」


「は、はい!張り替えるわ!」


 師匠は気になるけど今は自分たちも風前の灯。なんとか耐えきらないと!

 私の不幸バリアは不幸部分がどんどん削られていっている。不幸極まる本体の怨霊達には、ご馳走なのかもしれない。

 一応改造した部分、空間の歪みによって多少は弾けている。だが師匠の年季の入った次元バリアにくらべたらトタンみたいなものである。


『む、なんで――所に――が?……――は、一体?』


 え、なんて?師匠が何かに反応した声が聞こえてきたが、それは断片的で意味がわからなかった。


「この、このお!ハルカ、バリアが保たないよ!」


 ザシュザシュと正面の闇を光の剣で払うカナタ君だが、濃密な闇に押されている。

 同時に私のバリアへの侵食も加速している。


 ひえええええ、このままじゃ彼らの仲間入り!?いやだよおおおお!!


 思わず恐怖が高ぶってしまってやらかす私。宣言通りに下が大惨事だ。


『どうした!?問題発生か!?』


 さっきとは打って変わってはっきりと師匠の声が聞こえてくる。


「マスター、闇の濃度が濃すぎる!このままでは呑まれてしまう!」


「バリアが通じないよお!助けてえええ!」


 2人で焦りながら現状を伝え、助けを乞う。そんな中で師匠から素晴らしい言葉が送られてきた。


『こんな事もあろうかと、とっておきの策を用意してある。せっかくカナタ君が居るんだ。手伝ってくれ。』


 し、師匠ぅぅぅ!ありがとう!弟子になって良かったよおおおお!

 世間では酷い言われようだけど、頼れるしごはんも美味しいし貴方はすっごくいい男よ!


「もちろんです、マスターさん。それで何をすれば!?」


『うむ。ハルカの下半身をひん剥いて、中身を広げるんだ!』


 は、はあああああああああああああああ!?!?


 なんてこと言いやがるんですか、師匠のバカバカスケベ!!

 キスどころかまだ告白もしてない男の子に私の大事なところを広げさせる!?どんなプレイですか!!

 さいってー!前言撤回!師匠はさいってーな男よ!!


「はい?ちょっとそれ、本当にやらないとダメなんですか!?何かの符丁とか暗号とかじゃなく?」


『言葉通りだ。ハルカは穴が広がったら、この前の回路を起動!チカラを全開にして放ってくれ。それで助かるハズだ!急げよ?』


「「…………」」


 お互いに沈黙して一挙手一投足に敏感になる2人。彼が動けば私はビクリとしてちょっと遠ざかる。

 怨霊達は空気を読んでいるのか、進撃速度を落としている。

 まさか私の濡れた衣服に恐れをなしたわけではないでしょうけど。


「ハルカ。オレは君に生き延びてもらいたい。オレは多分長くはないし……だから助けさせてくれないか?」


「ダメ!今は色々ダメなの!」


 だって15年近く離れ離れになっていた憧れの男の子とやっと会えたのよ?

 その子との再会後、初のラブラブイベントが下半身をひん剥いて広げる?

 しかもそのままチカラを全開って、どれだけ晒さないとダメなのよ。

 それに今は言い訳できないレベルで下を汚してるし、とってもおしっこ臭いわよ私!

 それを全てカナタ君に見られ嗅がれて触られる?オトメ的にコールドゲームじゃないの!!


 師匠にはもっと凄いの見られてる気がするけど、せめてカナタ君の前ではオトメで居させてー!!

 私は緊急事態にも関わらず頭を抱えて思い悩み、それでもカナタ君がちょっとでも動くと後ずさる。


「あ、その……オレじゃダメなのかな?確かに今まで色々あったけどさ……」


「カナタ君が良いに決まってるでしょ!?でも――あっ!!!」


 カナタ君は光の速さで私の濡れたズボンを剥ぐと、同じく濡れた下着は丁寧に取った上で私の足の付根を大きく広げてしまった。


「いやああああああああ!カナタ君のばかああああああああ!」


「ごめん、でももう時間無かったし!?ちょっと濃くて広がってるかわからないな。ハルカ、これでいいの?」


「何も良くないわよおおおおおおおお!!」


 私が叫んで腕をブンブン振り回していると、師匠から再度連絡が入る。


『ちょっと語弊があったかもしれないから補足な。広げるのは下腹部辺りの新しい精神回路を包んでいるリミッターの箱な?その蓋を広げてやれば、ハルカに入れておいた保険が起動可能になるんだ。よもやエッチな誤解なんかしてないと思うが、一応な。』


「「は?」」


「早く言えええええええええええええええ!!」


 師匠の遅すぎる補足に私は怒りと恥ずかしさの余り、全力でリミッターごと吹き飛ばしてチカラを放った!



 ブワアアアアアアアアアアアアアアッ!!



 そのチカラは思い切り増幅され、周囲の闇に飲み込まれていく。それがエサとなりどんどん私の身体に怨霊達が集まってきた。


「こ、これって逆効果な気がするんだけど……」


 カナタ君が冷や汗流しながら状況を見ている。いやなるべく私のソコは見ないようにしてくれてるけど。

 カナタ君の行った通り怨霊を引き寄せてしまっているけど、実はここからなのよ。

 私はすでにその回路を読み取って師匠の意図したことは理解している。


 それは私達が使う、移動用に空間に開ける穴と似た回路だ。

 ちょっと違うのは行き先が固定な事と私の内部に在るという事。

 だからリミッターを外して外側に無理やり開く必要があったのだ。


「さあ来なさい、全員シXリア送りにしてあげるわ!!」


 下半身素っ裸で格好つけた私は、自分の腰周りの全方位にその出入り口を作り出した!


『『『キュワアアアアアアアアアアアア!!』』』


 すると周囲の怨霊達が吸い込まれるようにその穴を通過していく。

 私の性器の一部がある場所――すなわちあの世へと強制的に送り届けてしまう。

 あの世への穴を広げたことで、拝借できるチカラも格段に多くなっていた。

 なのでガンガン送り込んで自分たちの周りの闇を緩和していく。

 あの世の管理人さん達も強力な労働力が増えたことで、泣いて喜ぶことでしょう。


「あ、あの……せめて下になにか履いてくれないか?」


 カナタ君が申し訳無さそうに濡れてるズボンとパンツを手に持ってるが、私は気にしなかった。


「もういいわよ、見たけりゃ見ても!見れるものなら!どうせ毛深いもんね、フン!」


 下を無理やり剥がされてヤケになった私は、下半身丸出しで闇を誘ってあの世へ出荷する謎仕様のダXソンの掃除機と化した。


「ハルカ、本当にごめん!!頼むから履いてくれー!」


「フ、フン!」


 私はカナタ君の制止も聞かずにそこらじゅうを飛び回っている。

 もうオトメとして戻れないところに来た私は、また心が迷走しているのを自覚していた。それも今回は暴走気味だ。

 あの世への穴のおかげで大事なところは黒塗りで隠れているのが救いだけど、今更何の効果があるかは謎である。


 どうして私はこうなんだろうなぁ。



 …………



「あっちゃー……喜ぶかと思ったけど逆効果だったか。後でご機嫌取らないと。」


『いくらハルカでもそりゃあ怒ると思うわよ?多分マスターが剥いてたら悦んでたけど。』


「なにそれ女心がわからんわ。」


『あんな生活しておいて解らなかったの!?』


「オレ自身も自分がわからなくなる時あるし。」


『そりゃ多重人格を疑われるわよマスター。不思議な男性ね。』



 などと話しながら邪神の内部を突き進むマスターと私。

 マスターは大砲と化した右腕にエネルギーを絶えず充填しては解き放ち、闇を切り裂きながら中枢を探す。


 でもちょっとこれ、大砲の大きさの割に威力が低くない?

 なんかほっそい光が少しだけ飛び出すだけにしか見えないけど。


「これでも小さい村が消し飛ぶ威力くらいはあるよ!?全力で撃ったら星が砕け散る威力なんだ!集中して調整しないとすぐ精神力が切れるし!」


 えええ!?ちょっとそれ使うの止めたほうがよくない?


「他の手段だと魔族領が保たないかもな!」


 ああ、怨霊の闇に飲まれる方が早くなってしまうのね。


「とにかく先に中枢を探し……さっきの女も多分関係しているハズだ!」


 マスターが言ってるのは先程空中に現れ意味深に消えていった女性……の霊体?の事である。

 このどろどろした怨霊まみれの空間の中で、きちんと姿形が整って見えた。

 さらにテレパシーのチャンネルも彼女の近くだと阻害されていたくさい。

 つまり邪神の中枢に深く関わっているモノなのだろう。


『師匠、情報が多すぎてあなたを見失いました!!同士討ちも怖いしどうすれば……』


 ハルカってばこの緊急時になにをしてるの?カナタ君に良い所を見せたいんじゃなかったの?

 ……ある意味”良い所”を見せちゃったからこうなったのか。


「はしゃぎ過ぎだ!オレのチカラの流れを辿ればいい、時間と精神の操作を感じ取るんだ!」


『はい!えっとぉ……見つけました!ずぼ?きゃああごめんなさい!師匠があの世にいいいい!』


「……勝手に殺すな。いやまぁ元から死んでるけどさ。」


 慌ただしい暴走乙女ハルカのテレパシーに突っ込むマスター。あの子はどこまで暴走すれば気が済むのよ。


『あれ?師匠、無事なんですか!?確かにあの世への入り口に……』


 自分の師匠をソコへ入れてあの世送りとかどんなプレイなのよ……あっちの世界だとヤンデーレとかいう人種だっけ?


「ああ!そういう事か!それは捨て置け!それよりカナタ君のパワー残量は?そっちで中枢は見つかるか?」


『は、はい!……カナタ君はまだまだ行けますが私と目を合わせてくれません!邪神コンパスは動きが激しすぎて……』


 コンパス?女神の便利道具?手がかりが分かるならなんでもいいけど、それより――

 あの世送りされたマスターのモノマネさんは一体何だったの?


「多分だけどオレの息子、その原本だろうなぁ。」


 ご健在のようですけど?


 突然の下ネタにも対応できる私。地球に行った時にスラングも学んだのよ。


「そっちじゃない。ややこしいから説明はあと!あいつに関しては決着付けたがってた人がいるから大丈夫だろ!」


 ふーん?それなら良いけどマスター、顔色が悪いわ。一度回復を入れたら?

 会話しながらも絶えずA・アームとかいう大砲を撃ち続けている彼は、そろそろ疲れが溜まってきている。


「そうしたいのはやまやまだけど、魔王邸の座標を嗅ぎつけられたら目も当てられない!」


 そうかもだけど、大黒柱が倒れたらそれこそ目も当てられないわ。

 それに神様の言うことなんて無視して、ここで邪神を倒せたら問題無いのではなくて?


「簡単に言うけどさぁ、1000年前みたく撃退どまりの可能性も……ああ、いっその事――」


 マスター、こんな時になにか思いついちゃったんですね?悪い顔してますよ?


「クリス、ファラ!オレと一緒に魔王邸に戻るぞ!クルス君とハルカは現状維持!」


 マスターは弟子たちに指示を出すと、私も連れて魔王邸に戻っていった。

 ふぅ。ハルカ達には悪いけど、これで一息つけるわ。


 ところで怨霊達が強制的に送られたあの世って本当に大丈夫なんですかね?



 …………



「もうだめだー!」

「逃げろー!」

「逃げ場なんてどこにもないじゃないか!」

「この世の……あの世の終わりだー!」



 2015年初夏。地球の日本地域担当のあの世では、地獄天国関わらず怨霊にまみれて住人たちが逃げ惑っていた。


「まったくマスターめ!ここまでとは聞いてないぞ!?」


 裁判ルーム08で知らせを受けた閻魔様は外へ飛び出し、その惨事に愕然とする。

 数日前に怨霊がこちらへ来ることになるという知らせはマスターから受けていた。

 労働力……その後の資金の確保に繋がるのならとその話は受けたが、ここまで濃密かつ大量のソレとは聞いていない。


「彼も想定外だったんじゃないですか?彼自身がいつも想定外ですけど。」


 そこへ様子を見に来たアケミは、ある種達観したような目線で彼の事だしな……と眺めている。


「とにかく保安部隊で規制張って避難誘導!装備は一通り持っていけ!新型の霊薬でもなんでも使って対処するんだ!」


 閻魔様が保安部隊への指示を出してから頭を抱える。


「アケミも、怪我人が運ばれてくる。また対応を頼む。」


「うーん、その前に大釜の3番から5番の鍵をお借りしていいですか?」


「は?」


 いつもなら二つ返事でお仕事に向かうアケミだったが、今回は違っていた。

 しかも地獄施設の鍵を要求してきたので思わず間抜けな声を出した閻魔様。


「これはチャンスだと思うんですよ。マスターさんなら、必ずピンチを活用しますし!」


「……まあよい。好きにしてみるが良い。」


 変なやる気を出しているアケミに、真実を映す鏡を使う気も起きなかった。


「はい、それでは鍵をお預かりして……行ってきまあああす!」


「まぁ……先を知らない方が楽しいってマスターも言ってたしな。」


 それだけの言葉をこぼすと、閻魔様は託児ルームの我が娘の元へ駆けていくのであった。


 良くも悪くもマスターに感化されてきている閻魔様とアケミ。

 特にアケミはマスターへ恋慕することなく、その精神を評価してリスペクトするという稀有な存在だった。



『『『キャオオオオオオオオオオ!!』』』



 去年追加された地獄新町。その場も他に違わず怨霊達に侵食されていた。

 だがそこへ2人の幽霊が立ちふさがる。


「保安部隊の鬼どもに任せておったら被害が広がるばかりじゃ!」


「その前に戦果を上げて刑期を減らすってわけですね!」


 白衣を纏った彼らは新型の霊薬の散布機を背負って怨霊たちに立ち向かう。

 その霊薬シャワーを浴びた怨霊はビクンと痙攣したかと思うと、のたうち回って動かなくなる。

 霊体を消滅させるわけではなく無力化し、後に労働力として存分に働いてもらうのだ。


 しかし……。


「ちょっとこれ、数が多すぎません?」


 比較的新鮮な方の幽霊が冷や汗をかく。散布機は本来除草剤用なので辺り一面の悪霊に対抗できるワケもない。


「加減を知らぬは馬鹿の証!退きながら戦うぞい!」


 ベックショイ!と次元の穴の向こう側から女のくしゃみが聞こえた気がしたが、2人は霊薬をばら撒きながら来た道を戻っていく。


「くっ!リロード!」


「この装備では時間が掛かる……物陰に潜むのじゃ!」


 去年多くの生存者がそうしたように、この2人も街の影から影へ移動して怨霊に取り込まれぬように動いていた。

 完全に自業自得で皮肉な状況だが、それを嘆いていても仕方がない。


『グオオオオオ!!』


「ッ!!伏せるのじゃ!」


「しまった!」


 民家でリロードしていると、怨霊が隙間風の如く侵入して新鮮な方の幽霊に襲いかかる。


 シャキィィィン!


『キエアアアアア!?』


 しかし怨霊は細切れに切り崩されて消えていった。

 その場にはその民家の包丁をムチのように伸ばしたモノを武器とした、棄民界の貴族学校の戦術指南役が立っていた。


「就労ビザだかパスポートだか知らないが、書類の更新に来たらこんな場面に出くわすとはな。」


 彼はチカラを通した包丁をしならせて2人に向かい合う。


「トウジ!」

「父さん!」


「無事か?今のうちに早くそれを使えるようにしておけ!」


「それが、予備のタンクが壊れてしまって……」


「なんじゃと!?これでは一度戻らねば……」


「まったく、相変わらずまどろっこしいモノを作ってるな。いつぞやも言ったが、もっと早くドカンと出来ねえと対応が遅れるぞ。」


「何十年前の話じゃ!その時も言ったであろう。科学・化学は繊細な楽器のようなものじゃと!」


 1951年のヒノデ食堂での会話を持ち出されて思わず言い返す。


「あれってそういう意味だったのか。オレはピアノなんて知らんかったしな。」


「こやつ……」


 戦友の適当ぶりに呆れてると、その男の息子が地図を取り出して二人の前に広げた。


「それよりまずは脱出しないと。今がここだから、なんとかここまで行ければまた戦えます!それにはこのルートを……」


「承知した。後ろは守るからさっさと行くが良い。」


 内心息子の頭の回転速度に驚きと歓びを感じながら必要な事だけを伝えるトウジ。


「助太刀、感謝する。」

「ありがとう、父さん!」


 3人は移動を開始すると予想以上に迫る怨霊が襲いくる。


 シュバババババッ!


『『『キエエエエアアアア!!』』』


「数は馬鹿多いがそれだけだ。同じ霊体ならその姿に恐怖する必要もなし!」


 そんな事を言いながら斬り伏せていくトウジだったが……。


「む?動きが変わった!?しかもなんだ、見えない壁が……」


 怨霊達は急に数体ずつの編隊を組んで、連携して交互に別角度から襲ってくるようになった。

 それによりこちらの進路を妨害されたり、分断しようとしてる動きであるとトウジは気づく。


 さらには――。


「あいつらの持ってる白い玉っころは……まさか。そういう事か!?」


 白く輝く玉を霊体に括り付けながら漂う怨霊を見かける。その玉を放られた所には見えない壁が生まれているようだ。

 正直大ピンチではあるのだが、サワダ・トウジは笑っていた。


「そうかいそうかい。再戦のチャンスをくれるってかい!ソウタ!!気付いているか!?」


 ほとんど分断されながら、かつての戦友に確認する。


「当然じゃ!!怨霊共の心を支配して空間をも制そうとする……。こんなの魔王以外で出来るのは、ナイトの親玉くらいじゃ!」


 かつて打倒ナイトとその先を夢見た彼らだが、それは叶わなかった。

 だが死して尚、そのチャンスが回ってきたと言えるだろう。


「くっくっく、良いねぇ。だがお前たちはどれだけ戦える!?」


「手持ちの薬品では数発が限度じゃ!」


 かつては星を砕くチカラが必要だった相手に対し、なんとも心もとない残弾だ。



 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



 そこへ地響きとともに、全長50メートル級の巨大なナニカが3体歩いてきていた。

 それは地獄の釜とよばれる罪人への責め苦の液で満たされた釜だった。


「釜が歩く……じゃと!?」


 普通、釜は歩かない。一般常識だ。だがそれを可能にし、その中身……霊薬の材料を運んだものが居たのだ。


「こんにちは、教授?これが必要なのではないですか?」


「なんと、アケミさんか!?手伝ってくれるのか!?」


「ええ、もちろん。これらがあれば戦えるのでしょう?」


「助かります!さっそく……」


 アケミが釜を鎮座させると白衣の幽霊達は横の蛇口から霊薬を取り出して、無事で空のタンクに詰め込んでいく。


「これでも食べてなさい!!」


『『『キエ!?グアアアアアアオオオオオ!?』』』


 その間アケミの方へも怨霊が寄って来るが、缶詰を解き放って撃墜していく。

 その缶詰はあの世に来てからの失敗料理達であった。

 料理スライムの生命力にアテられて、怨霊達はボトボトと地面に横たわっていった。


(不良在庫もハケるし、ポイント稼いでケーイチさんに会いに行く機会を増やせるし……まさにピンチはチャンスね!)


 中身は割と私利私欲にまみれたアケミだが、それこそしぶとく生きるコツでもあった。

 問題は代償の回避。周囲と上手くやっていくことなのだ。

 その為には自分を殺して利用した相手を、狡猾に利用し返す事だってする。



「ふっふっふー。あなた達のウラミは、私が治療してあげるわ!!」



 彼女はいつものセリフを吐きながら群がる怨霊を跳ね除けていった。


「これでしばらくは戦える!ありがとう、本当に助かった!」


「いつぞやの事は……ひう!?」


 やがて戦闘準備が整った白衣組。お礼と謝罪をしようとした時、アケミの冷たい視線を受けて背筋が凍る教授。


「あなた方にそんな権利があるとでも?そんな事をする暇があるなら、さっさと戦って平和にしていただけませんか?」


 すごすごと前線に向かう彼らの気配を感じたトウジは、内心でこいつら何をやらかしたんだ?と思いながらも、因縁の対決に向かうのであった。



 …………



「ほんの数秒であそこまで回復できるのはマスターさんのズルイところだよね。」


「師匠の主観では何時間も経ってるハズだけどね。」



 師匠は再びA・アームを放ちながら中枢探しをしている。

 闇が一瞬晴れる度にカナタ君のコンパスがいい反応を示すが、毎回その位置が違っている。

 さすがにケンカしてる場合じゃないので戦いに集中することにした私達。

 でも腰の切り札は使いっぱなしなので下は相変わらずすっぽんぽんだ。


 魔王邸に戻る事を選んだ師匠は、邪神を撃退ではなく討伐する気なのだろう。

 でなければ師匠の家がいつの日か怨霊まみれになりかねない。

 でも全力を出してすらこの膠着状態、どうすればいいんだろう?


 その時、師匠からテレパシーが飛んで来た!


『大体わかった!カナタは突撃準備、ハルカは飴でも舐めておけ!』


「了解!……飴?なんで?」


「あっ、なんでもないよ!?うん!……もう、師匠ったらぁ。」


 訝しがるカナタ君だが、私には通じた。もうすぐ飴の出番、つまり終わりが近いということね?

 お頭から貰った飴を口に放り込みながらくねくね・そわそわする私。


『いいか?これから魔族領全体の怨霊を一時的に止める。その後今から送る座標へ全力攻撃だ。』


「そんなことが!?りょ、了解!ハルカ……最後かもしれないけど、一緒に来てくれるか?」


「も、もちろんよ!」


 私はカナタ君の側に控えて突撃に備える。カナタ君をあの世へ送らないように入り口には急ごしらえでフィルターを作ってある。


 師匠が何をするかは解らないけど、きっと次が私達の最後の攻撃になるだろう。

 カナタ君とどうなるかはその時になって考える。今は邪神との決着が先よね。


『行くぞ、突撃座標、間違わないでくれよ!?』


「オレも神のなんでも屋みたいなモノです、行けますよ!」


 ぱああああああああああ!!


 カナタ君の返事とともに、魔族領の空間のあちこちで光が沸き起こった。

 それは序盤戦で師匠が空間に埋め込んだクリスタルの輝きだ。

 その光が魔族領全体を照らしていくと、高密度の怨霊達が面白いくらいにピタッと止まった。


 あれは……ノスチの相互理解を助ける魔道具!そのクリスタルだわ!!

 さすがは師匠。滅ぼす前にこっそりパクって空間の増殖で量産しておいたんですね!?

 怨霊達が互いの負の感情にアテられてる今がチャンス!


「ハルカ行くよ!オレに掴まってくれ!」


「うん!一緒に行こう!」


 だきっ、バシュウウウウウウウン!!


 カナタ君に背中から抱きつくと、彼は光の剣を構えて師匠に教わった地点を目指して加速した。


 光の筋となった私達は、止まった高密度の怨霊達を貫きながら一直線でその場を目指す。


 一体どれほど進んだだろうか。一瞬のような数分のような数時間のような奇妙な体感時間……。


 私でさえ感知できない空間に迷い込んだような感覚。


 いえ、迷ってはいない。師匠は言い回しはともかく嘘をつかない男。お口の中の飴ちゃんの溶け具合からはまだ数分!

 それに勇者となったカナタ君も一緒、この先に何が居ようときっと上手くいく!


「あれか!!」


 やがてそれは現れた。黒いオーラのヒトガタの異形。


 それはこちらに気がついて腕をかざすが、私達の迫る速度の方が早い!


「これで終わらせる!ハルカ、チカラを貸してくれ!」


「はい!」


 女神の黄金の光と私の負の方向へ運命を操るチカラ。それが合わさり私達は虹色のグラデーションを帯びた流星となった。



 バシュウウウウウウウ……ズバッシャアアアアアアアア!!



 邪神の中枢と思われる黒いヒトガタに、カナタ君の……ううん、私達の虹色の剣が突き刺さった!


 ふぁああああああああああああ!!


 次の瞬間。黒いヒトガタを中心に虹色の光が広がって、怨霊達が消えていく。


「終わった……のか?」


「うん、うん!勝ったんだよ私達!」


 最後こそトンデモパワーで一撃だったけど、それは師匠の指示とカナタ君が居てこそ。

 これでもう、どの世界も邪神なんて意味のわからない存在に怯える必要はなくなったんだ!


 そして……。


「ハルカ、また会えて嬉しかったよ。一緒に来てくれてありがとう。」


「カナタ君、私も会えて嬉しいわ。ケンカもしちゃったけど、やっぱり嬉しかった。」


 嬉し”かった”。お互い過去形で話すのはとても寂しい。でも涙を流しながら頑張って笑顔で彼を見つめる。


「本当は君の中にオレを残したいんだけど……そこまでの時間はなさそうだ。」


「諦めちゃだめ!私だってそうしたくてここまで……私のチカラなら少しは時間を伸ばせるかもだし!」


「強くなったなハルカ。オレが居なくてもきっと大丈夫。忘れないで居てくれれば十分だよ。」


「そんな!なんとかするから!」


「違うんだ。君も本当は分かってるはずだろ?君は心から全てを許せるヒトが……いやアクマがいる。」


「!!」


「彼は理解されにくいけど……オレも最初は怯えてたけど、良い……楽しい人だよ。」


 地味に無理やりフォローを入れながらカナタ君は師匠を、現代の魔王に私を託そうとしている。


「でもね?これだけは君としたかった。5歳でお互いの認識が……時が止まったオレ達は――」


 うん、解ってる。その為の飴ちゃんだって頃合いよ!


「はい!私もそうしたいなって思ってたの。」


 私達はお互い抱きしめ直して、お互いの顔を近づけて――。


 CHU~~~~!!XXXXXXXXXXXX……


 到底5歳の時ではしないような、オトナの……でも学生の青春っぽい甘いキスを交わした。


 やがて唇の感触が薄れていく。唇だけでなく、カナタ君の感触そのものが。


 ああ、終わってしまう。私の迷走の果てに得た青春の瞬間が……やっと会えた憧れの男の子との時間が……。


 あの女神に魂を無理に改造された今、次の転生は難しいかもしれない。

 つまりどれだけ私が長生きしても、何度転生しても彼とはこれが最後になるかもしれないのだ。


「わ、私……」


『言葉はいい。最後まで一緒に……』


『うん!』


 最後はテレパシーでわかり合いながら、最期までキスを続けて――カナタ君は消えていった。


 私は今度こそ彼を思い出の箱に仕舞うことになるのだろう。


 でももう少しだけ、その前に余韻に浸って涙を流すくらいはさせてもらおうかな……ぐすん。



 …………



「師匠の嘘つき!詐欺師、ペテン師!さいってーな悪魔野郎!」


「嘘は何もついてないじゃない。まあ悪魔だけど。」


「ハル姉さん、お父さんを悪く言っちゃメッだよ!」



 異世界生活80日目。私は水星屋で師匠に食って掛かっていた。


 何故こんな事になったかと言うと……。

 邪神との戦いの後に泣きながら倒れた私は、魔王邸のホテルの1室で寝かされていた。

 目が覚めてもカナタ君のことで凹んで引きこもっていた私は、いい加減お腹が空いたので水星屋に出向いてごはんを頂くことにした。すると……。


「おはようございま……ああああああ!?」


「おはようハルカ。ほら、お腹すいてるんだろう?ハルカの分もあるよ。マスターさんが言った通りの時間で現れたね。」


 カナタ君は普通に居た。普通にカウンターで師匠と談笑しながら食事していた。

 そして味噌と卵のオジヤを渡してくる。胃に配慮しているメニューな辺り、計算通りな感があってイラっとくる。


「ちょっとまってよ、なんで、えええ!?師匠!説明して下さい!!」


「ハルカってばカリカリしてないでさっさと座りなさい。ほら、この子は新しい友達でルクスって言って――」


 聖女ちゃんが隣に座るように促しながら、同じく隣に座ってる民族衣装を着た村娘的な女の子を紹介してくる。


「はじめまして、ルクスです。この度はマスター様に――」


 黒髪に赤いものが混ざっている彼女はぺこりとお辞儀しながら自己紹介したが、私にはあまり聞こえていなかった。

 その後聖女ちゃんとお話する姿は随分仲が良く、魔王邸に一緒に住もうかとか話を弾ませている。

 む~~、人が何も知らずに凹んでる間に友達を作っていたの?

 1000年ぶりの身体で友達を作ること自体は喜ばしいコトだけど、私はなんか面白くない。


「それで、なにがどうなってるんですか!?」


 なにもかも分からないことだらけよ!?

 私が引きこもっている間に……いえ邪神との戦いから、私の見てないところで色々と起きていたらしい。


「はい、あーん。」


「んぐんぐ……」


 ガルルルルと今にも噛みつきそうな私の口に、カナタ君がオジヤを近づけ素直に食べる私。その間に彼は自分のコトを説明してくれた。


「オレに関してなら、クロシャータ様からのお達しでマスターさんがチカラを使ってくれたんだ。」


「今まで頑張った報酬だってね。あの世の医者に頼んで魂も復元したから、これからは普通に輪廻転生するよ。」


「ふーん……なんでそれをすぐ教えてくれないかなぁ。」


「ごめん!あの別れの後に言い出しにくいから、別件を先に済ませてきたんだ。」


 聞けば今回の私との再会の報酬は蜂だった頃の仲間が払ってくれたらしい。

 その後私の修行期間中に息絶え、ガチャ画面中に水の女神にひっぱられたとかなんとか。

 そこはむしろ女神が勝手に殺した可能性もあるけど……。


 なので蜂時代の仲間に挨拶にむかい、女王様や同僚達、そして自分の子供たちに会ってきたようだ。

 突如死んだオスが人間になって戻ってきて、文字通り蜂の巣をつついた騒ぎになったらしいけど。


「そんなわけで心配掛けて……悲しませてごめん。」


「本当です!私怒ってますからね!あーん!」


 私はオジヤを口に運ぶように要求して、ぺろりと平らげるのであった。

 何にしても生きてるなら喜ばしいけど……彼はこの先どうするのかな?


 私はカナタ君と師匠を交互にチラチラ眺めながらそんな事を考えていると。


『男女の話は後でな。』


『は、はい!』


 師匠にテレパシーで空気を読むように釘を差される。

 まぁ、今ここでする話じゃないわよね。ルクスちゃんも居るし。


「それで、邪神を倒してどうなってます?魔族領とかあの世とか。」


「魔族領は平和そのものだよ。ハルカの迷宮のお陰で被害は想定の半分程度。商団の連中も被害はモノだけだったし……後で顔を見せるといいだろう。」


「そっか、良かったぁ。明日にでも挨拶に行きますね!」


「そんであの世は大騒ぎだったみたいだけど、事前に連絡しておいたしある程度対応は出来ていた。ただ、ナイトのボスに関しては苦労したみたいだけどね。」


「それって師匠と同じチカラを持ってた彼ですよね?私が送っちゃった……」


「まぁ、元サイトの幽霊たちが必死になんとかしたみたいだし問題ないよ。あの連中どこに行っても戦ってるから不思議だよね。」


 他人事の様に話す師匠だけど、ナイトのボスってあなたの息子なんでしょ?良いの!?

 でもまあ、これもデリケートな話だから深くは言わないのが吉よね。


「結局元サイトの連中では倒しきれず、知り合いの医者が……カナタ君を治した医者が口の中に料理を放り込んでね。母親の味が恋しいと泣き叫んだタイミングで邪神が消滅して、元の世界に帰っていったよ。」


「何その哀しい顛末。」


「元サイトの連中もそう思ったんだろうね。因縁に対する血の気も失せて、大人しく復興作業を黙々とこなしていたよ。」


 サイトとナイトって50年以上戦ったってテレビで言ってたけど……その医者の料理ってどっちに凄いんだろう。

 母親を思い起こさせるくらいだから優しさ溢れる美味しさなのか……ヤバイのか。


 ていうかその世界の母親、師匠とくっついた女性ってだれなんだろう。


『むしろオレが母親だ。』

『どういうコト!?』

『オレが女だったらの平行世界なのさ。』

『ああ、そういう……』


 もう、びっくりしたじゃないの!てっきり師匠には両方……こほん。


「それと……邪神って結局なんだったんでしょう?中枢にへんな黒いのが居ましたけど。」


「あれ、オレだけど?」


「はああああ!?」


「人間の身体から抜けるとアレなんだよ。結構レアだよ?あの姿はめったに見せないからね。」


「びっくりだよね。邪神だと思って倒したらマスターさんなんだもん。お陰で平和にコトは進んだけど。」


「カナタ君はなんでヘラヘラしてられるの!?こんなのおかしいじゃない!!」


「だからあの演出のお陰で大衆は納得したし、神々も真相とか隠せて一件落着になったんだ。」


 え!?演出……?あの私達の感動と青春の戦いが……?

 つまりまた師匠の企みにのせられたの?

 私はジロリと師匠を優しく見つめると、彼はコトの真意を説明する。


「戦いの前に神が不穏なコト言ってたでしょ。だから真相がバレないように、勇者とそのヒロインの君達に目立って貰ったわけだよ。」


 たしか、邪神は神々のゴミ捨て場としての役割もある――だっけ。

 言い回しから都合の悪いモノを捨てる先の存在?それなら確かに隠したほうが良いけど。

 あの場は神々だけでなく、師匠が勝手に世界に生中継してたみたいだしね。生贄のために。


「そんなところまで考えて戦ってたんですね。」


「そりゃそうだよ。それにあの虹色のチカラも解析して次元バリアの糧になったし、万々歳だ。」


 おいこら。よくハメた本人の前で言えますね?

 この数日めちゃくちゃ凹んだんですけど!?


 でもそうなるとやっぱり邪神ってナンなの?


「大昔に悪意で造られた精神ネットワーク。今で近いのはインターネットか。造られてから永い年月を掛けて全宇宙規模に発展した。本体は強力なセキュリティに守られたサーバー。中枢はその中で管理してるAIみたいなモノだから、層が厚くてなかなか見えなかったんだ。」


 師匠は今回の戦いで知ったことを話してくれた。


 大昔のどこかの世界のとある村の邪教徒達が、不思議なチカラを持つ生贄の女に悪意を注ぎ込んだ。

 その際なるべく生贄からウラミを買うように、じっくりと。つまり召喚の儀式と同じことである。

 その際目に見えない悪意のリンクが発生して、生贄の女を中心に網の目の様に邪教徒達を繋いだ。


 その悪意のリンクの集合体が邪神の始まりだった。


 それは負の連鎖を発生させ悪意をかき集める習性があった。

 生贄のチカラが強すぎた所為で、あろうことかその集合体は世界のコトワリに組み込まれてしまった。


 様々な世界の様々な時代。なんでかよく解らない神を崇めて生贄を捧げるニンゲン達。

 儀式の再現が行われる度に、世界のコトワリから悪意のリンクの集合体が現れては殲滅・吸収していった。

 やがて規模は膨大となり、古の邪神と呼ばれた。


 そのシステムに人間は怯え、神々は見守るだけで特に行動は起こさなかった。

 ワザワザ生贄などと愚かな行為をしなければ発動しないモノだし、発動しても愚か者が勝手に消えていくシステムなのだ。

 まさに自業自得というやつである。


 色々とやることがある神々にとって――世界のトラブルを一手に引き受け、等しく滅ぼしてくれるそのシステムは都合が良かった。

 時折りそのシステムを壊そうなどと思う若い神も出てくるが、当然失敗する。

 相手は自分たちで作った世界のコトワリの一部になっているのだ。ソコを考えずに取り除こうとすれば、多大な代償を支払うことになる。


 こうして人間 邪神 神々の奇妙な共存関係は続いてきたのだった。



「あれ?可怪しくないですか?そこまで解ってるなら、なんで私達に調査依頼が出たの?クロシャータ様は上級神と聞いてるわ。邪神の事を知らないはずは無いんじゃないの?」


「邪神の調査といってもハルカが受けたのはその動向だろ?オレは世界そのものの調査と言われてきた。つまりそろそろこの世界が怪しいとフンでたんだろうな。結局オレたちで召喚するというマッチポンプだったけど。」


 あ……邪神本体の情報じゃなくて、その動きが必要ダッタワケネ……。


「だからオレはいくつか負荷を掛けて調べてたんだけど……もしかしてハルカ、任務を勘違いしていたか?」


「お、おかわり。」


「はいどーぞ。」


 ダラダラと汗を流しながら飲み物を要求して現実逃避をする私。


「だって仕方ないじゃない。初日から奴隷として売り飛ばされるような所なのよ!?」


 迷走妄想大暴走な私だけど、最初から間違ってたなんて!


「まあもう終わったコトだし、良いんじゃないか?」


 こういう細かいところは気にしない感じ、師匠の良い所よ。見習わなくちゃ。


「それより師匠!決戦のあの時、師匠は何をしていたんですか!?」


「まあもう終わったコトだし、良いんじゃないか?」


 こういう大事なところを隠蔽する感じ、師匠の悪い所よ。なんか邪神についてもやたら詳しいし!


「その邪神と少し話をしてね。運命操作で世界のコトワリから引っこ抜いてさ、代わりにそれっぽいものを入れておいて……君達にひと芝居打ってもらったって所かな。」


コトの真相がさらりと伝えられて頭が混乱する私。だって……。


「はい!?邪神てそんなに融通利くモノだったの!?」


「悪意のネットワークって言ったって、大元は生贄の……ニンゲンの感情じゃん?オレやハルカなら話も出来たさ。あの時はたまたまオレの所に顕現して、今回の演出を思いついたってわけ。」


「ハルカは知らないかもだけど、あの闇の中でカタチを保ってる子がいたのよ。天文学的な日数経ってるのによく無事だったわよね。私は1000年で怨念まみれになってたのに。」


 悪意ネットワークの中心だからこそ、自分を避けて通らせたとかそういうことなのかな?知らないけど。


 え~~っと纏めるとつまり……私達の最後の突撃時には邪心自体は裏でどうにかしちゃった訳よね!?

 ペテン・茶番も良いとこだけど、平和的解決だからまだギリギリ良しとして……。


「じゃあ、邪神の抜けた穴に何を入れたんですか!?」


 私は声を荒げて問い詰めるが、カナタ君はクスクス笑う。

 え?この反応私がおかしいの?


「マスターさんに対する君の反応は新鮮だね。」


 あう、ちょっとがっつきすぎてハシタなかったかと私は着席する。


「うん、悪意が云々システムだと人間にとっては困るじゃん?だからその時思いついたモノを適当に入れたんだけど。」


 うん……?なんか嫌な予感がする。師匠がシステムとか口にしたらロクな事じゃないってサクラさんが言ってた!


「女の子の服を無理やり剥ぎ取るとモザイクがかかるようにしたよ。それでもモザイクに触れようとするとあの世へ送られる。」


 そ、それって……!!


「ハルカの勇姿をみて思いついたんだ。ジェールトヴァでは今や新たな女神の使いの誕生として大盛りあがりだよ。」


「な、な、な!なんでそんな!!」


「二つ名はハンランのセイジョだって。これで聖女ちゃんと同じだ。良かったな。」


 ちなみに聖女ちゃんは反乱の聖女。私は半乱の性女。私は下半身露出状態で飛び回っていたからこうなったらしい。

 なんで異世界でダジャレめいた二つ名付けられなくちゃいけないのよ!?しかもエッチいヤツ!


「わ、わたし迷宮の管理人として魔族領で過ごそうかなって思ってたのに……なんて事しやがるんですか!!もう街を歩けないじゃないですか!!」


 エッチい二つ名付きで。強者と見れば子作りしたくなる土地で。

 無防備にフラフラしてたらどうなるかは目に見えている。


「その点はオレと同じだな。師弟そろって一緒一緒。冗談だよ、睨むなよ。」


 睨みますよ!なんで嬉しそうなんですか!私の人生設計どこに行っちゃったんですか!あとカナタ君、君も知ってたの!?


「い、いやオレは棄民界にいたしそこまで知らなかったよ!?システムを入れ替えたってくらいで!」


「まぁなんだ。これを機に自分の異界を作れるように修行するのがいいんじゃないか?迷宮の時と対して変わらないよ?」


「ううううう、師匠の嘘つき!詐欺師、ペテン師!さいってーな悪魔野郎!」


 私は思わず罵詈雑言を並べていた。

 カナタ君の安否もラストバトルもその後のフォローもめちゃくちゃじゃない!


 本当は他にも気になることはあったのだけど、セツナちゃんにメッされてお店の片隅でどんよりと頭からきのこを生やしてたわ……。カナタ君が寄り添って背中さすってくれてる。


「性暴力被害を抑えられる、画期的なシステムだと思ったんだけどなぁ……」


 ぼそりとつぶやくマスターの残念そうな声が聞こえた。

 私もそう思うけど、せめて弟子の貞操を大事にしてください!


 ……。

 …………。

 …………?

 いや、彼は私を大事にしてくれている。私がいつもやらかしているだけだ。

 師匠はそれすらも利用して世の中をうまい方向に持っていこうとしているだけ。そうすれば私が受ける代償は最小限で済むから。

 今回の神の使いだかアレな二つ名だって、そこ止まりで大衆を納得させてくれている。

 何もなければ空飛ぶお漏らしバキューム痴女として名を馳せてたかもしれない。


 私のこの傲慢な感じ……やっぱりアレよね。ちゃんと師匠と話し合わなくっちゃ!


『似たようなモノじゃないかなぁ。盲目になるのは危険よ?』


 聖女ちゃんがチクりとテレパシーを飛ばしてきた。


 …………



「では最終確認だ。きちんと納得してから胸に押し込んで契約してね。」


「「「はい!」」」


 異世界生活82日目。魔王邸の応接室に、師匠との関係をハッキリさせたい女の子達が集まった。

 リーンさん、聖女ちゃん、ルクスちゃん、私の4人よ。

 ファラ姉さんはやっぱり見送るみたい。

 私達はそれぞれ希望を伝えて彼の夫婦ルールに則って契約書を作っていった。

 本当なら1人ずつこっそり行われるコトではあるけれど、私達は仲良く押し掛けている。

 どうせ後で女子会開いて全員全バレするしね。


「リーンは依頼という形を子孫を残す、で間違いないね?」


「ほ、本当は!……うん、なんでもない。それでお願いします。」


 全然なんでもなくない顔でリーンさんは頭を下げる。

 彼女は師匠とのお付き合いを諦めたのだ。

 先日の戦いで住む世界が全然違う事を実感してしまったんだと思う。ルール的にも関係を深める条件には届いていなかった。

 それでも次世代の一族の長としては、師匠の遺伝子は絶対に欲しいとの事でこの形に落ち着いた。

 依頼料はかなり高い。が、難攻不落の地下迷宮を私が造ったお陰で主に防衛費用などが大幅に浮いたのでそれを今回の依頼料にあてがった。


「まぁなんだ。色々オプションやアフターサービスも入れとくから、上手く活用してね。依頼されたからには後悔はさせない。」


「っ!うん、ありがとう。」


 事務的にシて終わり、と言うわけではないと断言されたリーンさんは少し元気になったみたい。


 胸の中の宝物を大事そうに抱えて部屋の隅でニヤケ始めた。

 うんうん、やっぱり彼女は元気に妄想してる方が魅力的ね。


「ルクスは魔王邸住まいの医務室勤務だね。年俸は1億から。マキと一緒にオレ達を支えて欲しい。その先については実績積んでからの話にしよう。」


「はい!マスター様の為なら"なんなり"と申し付け下さい!」


 なんとそこらの村娘(失礼)なルクスちゃんは、次世代の魔王のリーンさんより上の契約をもぎ取っていた。

 あれから結構お話したけど、丁寧かつちょっぴり無邪気で可愛い子だった。

 何でも赤いオーラの師匠に助けられて運命を感じちゃったらしいわ。なので彼を様付けで呼んでとても慕ってる。

 でもまさか師匠の家のお医者さんになっちゃうなんて思わなかったよ。

 もしかしたらまた、私の知らない何かがあるのかもしれないわね。

 ……師匠ってこういう献身的な子が好みとか?

 奥さんもカナさんもお茶目だけど、かなり尽くすタイプよね。

 む~~、私はガラじゃないもんなぁ。いや、"知ったら"分からんけどね。


「んで、聖女ちゃんはマキとルクスの補佐役か。報酬1/10希望て……普通に億払うよ?それにハルカとも離れる事にーー」


「私だって悩んだわよ?でも身体の切り替えやメンテナンスもあるし、マスターには恩返しもしたい。でも勘違いしないでよね。報酬については私の処世術よ!」


「お、おぅ。そうか、それなら良いんだけど。」


 唐突なツンデレ台詞に困惑する師匠。

 ふむ、そういうのもアリなのね。ってそうじゃない!


 聖女ちゃんも魔王邸で住み込みを選んだ。今後はルクスちゃんと共に師匠へ少しずつ?アプローチをするのだろう。

 処世術については生前頑張りすぎて、目立ちすぎたのを反省した形だと思う。


 対して私の選んだ道は。


「ハルカは引き続き修行で、魔族領ラビでの地下迷宮管理を希望だったな。」


「師匠に提案された異界作り、それをやるならやっぱりソコからかなって。」


 異界を作るなら空間を自分好みにカスタマイズ出来ないといけない。ならあの迷宮で練習するのが良いと思ったんだ。

 それに師匠の言葉って正しい可能性が大きい。

 変に逆らったり横着すると大抵酷い展開に繋がることくらい見抜いている。いや、身をもって学んでいる。

 聖女ちゃんと離れるのは寂しいけど、会いに行けないわけじゃないし、リーンさんだっているし。


「それで、本題については書いてないけど?」


 希望書には男女関係については書いてない。

 それはここでキッチリ宣言するためよ。


「はい、カナタ君にはフラれたのでもう思い残す事はありません。師匠、私を1人の女としてもよろしくお願いします!」


「遺言みたいに言うなよ!オレと関係を持つのは人生の墓場か!?」


 ある意味そうじゃないかなぁ。お嫁さんにはなれないし。師匠人間じゃないし犯罪者だし。

 それでも望んでしまう私達や、既に関係を作った女性達がいるから世の中おかしいわよね。


「この場は口出しNGだけど敢えて言わせてもらうわ。」


 聖女ちゃんが一歩前に出て物申す。


「フラれた話、詳しく聞かせなさい!」


 ワクワクした表情で彼女はそう言い放った。周りの子も期待の目で私を見ている。

 全くもう。ヒトの失恋話とかのゴシップ、本当に好きだよね。


 …………



「カナタ君、話があるの。入って良いかな。」



 私は地下都市に用意されたカナタ君の部屋へ、バッチリ準備して訪れた。

 師匠にちゃんと想いを遂げてこいと言われ、全身お手入れした上での出陣だ。

 部屋へ招かれてまずはお互いの無事を喜び、ベッドに並んで座って雑談から今後のコトへと助走をかける。


 そして加速仕切ったところで一気にジャンプ、告白を叩きつけた。


「好きです。これから一緒に暮らして欲しい。幼馴染み以上の関係として……」


「その言葉、言う程乗り気じゃなくないか?」


「あぅ、やっぱりそう思う?」


「いろんな女の子見てきたし、一番気になる子の事は判るよ。」


「ッ!!……ごめんね、カナタ君の事は変わらず好きなはずなのに。」


「気にしないで。いっぱい話ができたし、来てくれて嬉しかった。色んな動物になってたせいか、オレも調子が悪いみたいだしさ。」


 彼の武器は反応した様子は伺えなかった。


「もう、せっかく全部おめかししたのにぃ。」


「悪い悪い、でも本当に綺麗になったよ。」


 笑いながら誤魔化す彼だったけど、世界を見られる私は全部解っていた。

 私が晒した数々の痴態を見て、萎えてしまった男心を。


『あんまり色気の無い行動とってるとタつものもタたないって話よ。』


 かつて聖女ちゃんに言われた言葉が胸に突き刺さる。

 あの痴態を晒した上で師匠と信頼関係を築けているところから、察してしまったのもあるみたい。


「大事なヒトなのはオレも変わらない。でもごめんな。」


 な、なんの謝罪よ。やめてよね。


「ううん、謝るのは私。ごめんなさい……」


 修行を横着しなければ。連日アレで気絶しなければ。もっと彼の事を強く想っていれば。ヤケにならずにパンツ履いてれば。

 これはその代償。


「で、でも私が大事と言うなら。お願い、少し抱きしめて欲しい……かな。」


「うん、実はオレもそうしたかった。」


 2人は少しだけ身軽になると、正面から抱きしめて体温と鼓動を感じ合う。

 そのまま自然に、軽くキスを交わした。

 決戦の時とは違う、優しく切なさの残る……青春とのお別れのキス。


「おやすみなさい。また明日ね。」

「うん、おやすみ。また明日ーー」


 幼馴染みとして会おう。その言葉は飲み込まれたけれど、私には伝わっていた。


 はだけた身だしなみを整えて部屋を出る私。

 そのまま魔王邸に飛んでファラ姉さんの部屋に侵入、彼女の無形モードに包まれながら大泣きして寝たわ。



「てな感じだったけど……何よその反応。笑うなら笑いなさいよ。」


 私が説明を終えた時、てっきり笑われるかと思ったがそうはならなかった。女の子達はみんなもじもじしている。


「いやだって、普通に青春してて……これがもし痴態だけが原因でバッサリフラれてたならそうしようと思ったけど。笑う準備もしてたけど。」


 聖女ちゃんは正直ね。ても良いもん。私にはその続きがあるから!

 私は契約書にカリカリと追記し、師匠に突きつけた。


「そんなわけだから、これでお願いします!」


「そう簡単にオレのチカラに干渉されると複雑だけど……おいこの文面は危険だろう!」


 そこには1人の女として好きに扱って下さいと書かれていた。


「これではオレの気分次第で……もう少し予防線張っておけよ!」


「私は構いませんよ、師匠?もうあの世界で私をイロモノ扱いしない男は師匠くらいです。だったら貴方にはチカラの修行だけじゃなくて、女も預けます!」


「オレが構うわ、バカ娘!だけどこんなん野放しにしたら世界が終わりかねないしなぁ。」


 酷い言われようの私だけど、その言葉で詰みですよ。


「じゃあ面倒見てくれますよね?」


 フフンとどや顔で師匠に迫ると、彼は肩をすくめてハイハイと適当な返事を返した。


「「「マジですか。」」」


 師匠に押し勝った事で他の3人には唖然とした目で見られる。

 彼は押しに弱いのは見てきて判ってましたから!


 が、私の快進撃はここで終わってしまった。


「ハルカちゃん、ちょーっと奥でお話しましょうか。」


 ぽんと肩に手を置かれて、背筋が凍る声が掛けられる。


「ひう!お、奥さん!?いや、これは……」


「今の貴女、何か喋れる立場かしら。」


 いつの間にか舌にナイフをアテられて何も言えなくなる。

 いかん、調子にのり過ぎた!


 私はその場で粗相をカマしながら気絶し、最後に見たのは聖女ちゃん達の真っ青な顔だった。


 そうよね。押しに弱いと言っても師匠には奥さんが居るもん。

 夫婦で支え合うから生活成り立つのよね。

 私の両親はそうではなかったから、こんな基本的なことを失念していたわ……。


 …………



「ハルカちゃんは、次の修行が終わるまで旦那とエッチ禁止。」


「そんなご無体な!」


 師匠の奥さんによって一時的に作られた裁判所で非常通知を申し付けられた私は、ガクリと崩れ落ちた。


「むしろ普通の事でしょう?」


 ごもっともです。奥さんの深い懐あってこそです。

でも私はもう、開発されちゃって……。


「修行を横着したツケでしょう?」


「調子に乗ったのはこの通りです!ですがせめて初めてだけは!生きる糧が欲しいのです!何とぞお慈悲を~~!」


 私は額を床に擦り付けてお願いする。

 もうそこに恥も外聞もない。漏らしたままだし今さらである。


「……その気持ちは分からなくはないのよね。でもきっと、女としては後悔はしないけど、ヒトとして後悔するわよ。」


 な、なにそれ!?でもでも!


「どこから見てもアレなこの人生、せめてイロドリを頂けませんか!?」


「そ、そこまで言うなら良いけど。何があっても自己責任でね。」


「ありがとうございますぅぅぅぅぅっ!!」


 私は頭を裁判所の床に透過させて深々とお礼を言うのだった。



 …………



「今夜は細かいことは言わん。存分に満喫してくれ。」


「は、はははははいっ!」


 その夜。浴衣を纏った師匠と私。

 準備万端で呼び出しに応じた私は、ガチガチに緊張していた。

 昔ながらの日本家屋風の部屋は薄暗く、消えない蝋燭の明かりが障子を照らして雰囲気が出ている。外から微かに聞こえる環境音も実にそれっぽい。

 これらは全て私の希望である。煌びやかな部屋では落ち着かないかもしれない。なので昔カナタ君の家族と一緒に遊びに行った、祖父の家の雰囲気を指定した。あの頃は本当に仲が良かったんだよね。

 まあ、その近くの川で……こほん。

 洋室だらけの魔王邸だが、私の希望を伝えたら一室作ってくれたのだ。師匠はこんな私にもとても優しい。

 なのに私は薄着で冬の夜風にさらされた気分になっていた。

 たまに彼の濡れ場は見ているのに、自分の番になったらここまで緊張するなんてっ。


「そうだな、まずは適当にオレに触れてみてくれ。」


「こう、ですか?」


 師匠は緊張云々には特に突っ込まずに、必要な事を伝えてきた。

 私はぺたぺたと顔や首筋を触ったつもりだったが、震えてピチピチ言ってる。

 だけどそれすら優しく微笑んでなすがままの彼。


「どうだ?何かいつもと違うかい?」


「ううん、いつもの師匠です。密かに私の胸を覗いているトコとか、いつものスケベな師匠です。」


 若干前屈みで手を伸ばしていたので、浴衣のスキマから下着の無い空間がチラチラしている。

 彼のお陰で私の胸は"控え目に言って控え目"から、"ちょっとした丘"にまで急成長していた。


「イヤだったかい?」


「嬉しいですよ、言わせないで下さい!」


 顔が熱くなりながらも素直に答えちゃう私。

 お陰で震えは止まっていた。


「ならもっと悦んでもらおう。だけどその前にアイサツは必要だ。」


「うん。師匠、来てください!」


 私は両手を少し広げて彼を招き入れる。

 互いの命の脈動を重ね、唇も重なった。


 うわっ、なにこれヤバイ!


 初めてのキスの時より強力かつ抗いがたい甘美な電流が、私の脳を直撃してしまった。

 そこから全身に何かのスイッチの電源がONになり、心身共に高ぶる私。こ、これはもう戻れない!


 全身で彼を求めたい欲求が溢れるけれど、やり方をほとんどしらない私はまごついてしまう。

 くううう、もどかしいわ!


「焦らないで。教えてあげるから。」


 そのまま布団に押し倒された私は、実戦形式で未知の分野を学んでいく。

 学んでは実践を繰り返すと、互いの温度と息づかいが上がっていきた。


「そろそろ"本命"の事を教えてください。まずはこの前の続きから……」


 私は準備万端になっている、絶品さんに手を伸ばす。

 彼の女達はみんなそう呼ぶけれど、私はまだピンとこないのよね。


「良いよ。一通り教えてあげる。そうだな、じゃあ上手く行ったらそれだけ凄い事をしてあげる。」


「約束ですよ!」


 私は彼の指示に従い、様々な方法であやし・愛でていく。

 言葉では分かりにくいものは、テレパシーで動画が送られてきた。


「ん。んふふ……また私を汚しちゃいましたね。」


 最初こそワンセット終わる度にビクついていたけど、すぐに慣れていったわ。今はむしろ積極的にその残骸をもてあそび、口の中へと取り入れている。

 ああ、確かにこれは絶品ね。


「普段の修行も横着しないでこれだけ覚えてくれれば……悪い、正直驚きだ。積極的でとても嬉しいよ。」


 細かいことは言わんと言っておきながら、思わずこぼれ落ちた愚痴。でも私には分かってますよ。それ、照れ隠しでつい言っちゃっただけだってね。保健の成績は上位だったんだから!


「だからそんななのか。」


「もう!それより約束、守って下さいよ!?」


「ならここからは軽口無しだ。遠慮はしないし、いらないからな。」


「はい!よろしくお願いします!」


 そのまま押し倒され……ずに若干宙に浮いたままの私に師匠が迫る。

 ここから先は、きっと一生モノの思い出になるに違いない。


「ーーーーーー!!」


 とてもお聞かせ出来ない声が室内に響く。

 身体に荒ぶる波が押し寄せ、引いていったら私は彼の腕のなかに居た。


「これで42回か?ダブルスコアどころじゃないな。」


「はぁはぁ、でも師匠は1回の量が保健で習った普通のヒトより何倍も……はぁはぁ。だから私のか、んぐほっ!?」


「減らず口は塞いでおこう。」


 彼は私の頭を両手でつかんで有言実行してきた。

 ああ、これなんか素敵……。味覚嗅覚触覚が刺激されて、本能が悦んでいる。私ってば、完全に染まっちゃってるわ。

 普通なら忌避感しか覚えないだろうこの状況も、彼相手なら許すどころか望んでしまう。

 息苦しさは無い。その辺は彼がチカラで調整してくれている。


 あぁそうか。妙に残骸の量が多いのはお互いの満足感の為だけでなく、私を染め上げる為だったのね。完敗です……。



「は、恥ずかしいのに身体が動かない……でも嬉しいからなんか悔しい。」


「素直な感想どうも。」


 お風呂場で丁寧に洗われながら、私は悶えていた。

 どれだけかき出しても終わりが無いような錯覚をしてしまう。


「これだけ私のなかにいるなら、授かったりとかは……」


 抵抗は諦めて身を任せていると、自然とそんな言葉が口から出ていった。

 いや分かってはいるのよ?その奥の入り口には次元バリアが張られているくらい。でもなんかそんな気分になっちゃたの!


「それは見送った方がいいよ。君はあの世とリンクしている。きちんと調整しないと何が起きるかわからない。」


「やっぱりそんな感じですか。」


 薄々気づいてはいたんだ。授かれないんじゃないか。授かっても産めないのでは?産まれても普通の人間ではないのでは?

 その問題からは目をそらしていたけど、この状況まで来るとどうしても考えてしまう。


 好きな男性とはしばらくおあずけ、その先も暗闇を迷走するとなれば寂しい気持ちにもなるわよ。


 すると彼は後ろから抱きしめてくれて、ついでに胸も楽しみながら優しく囁いた。


「寂しいなら今日の事は記録を君に埋め込んでおく。いつでもどこからでも五感全てで再現・再生できるようにするから、活用して欲しい。」


 うぇっ!?なにその未来型VR!!


「師匠、ありがとう。あ、あいしてましゅ!私、頑張るから……」


 制限のなかで特盛サービスしてくれた彼に、噛みながら気持ちを伝えていく。てかなんで噛んだ!


「ああ、待ってるよ。」


 返礼の愛情の言葉は当然無く、それを切なく思う間もなく互いに顔を近づけた。


 最後のゆっくりした時間を楽しむと、そのラストは上で頂きました。


 …………



「「納得いかないわ!」」


「「そう言われても。」」


 魔王邸夫婦の寝室にてサクラとキリコがハモり、夫婦も声を揃えた。

 何時ものようにネタを仕入れに来たサクラと、離れて暮らす家族の近況を聞きに来たキリコ。

 今夜はデリケートな話が混ざるので、店ではなく寝室にて対応している。店だとセツナも居るので男女の話はしづらいのだ。

 最近は父親を見る目が妖しいので加速させない意図もある。


 女達の薄めのネコちゃんパジャマ姿が眼福だと密かに思うマスターだが、全てバレていた。むしろ計算通り。

 だが今夜の話を聞いて2人はベッドをぽんぽん叩きながら抗議していた。


「なんで弟子とはいえポッと出の彼女にそんな厚待遇を!」


「私達はとんでもなく時間をかけたのに!」


「君たちは時間を掛ける必要があって、ハルカは時間を掛けてはいけない事情があったからだ。」


「あのままでは今の皆さんの関係も終わらせなくてはなりませんでしたからね。」


「そっ!それは聞き捨てなりません!」


「もしかして彼女のチカラですか?」


「ハルカのチカラは不幸贈呈。運命干渉の一種でね。しかも制御が出来ていなかったんだ。そんなの、オレが教えなくちゃ誰も教えられないでしょ?」


「それはまぁ……」


「だけど彼女は想像以上の速度で成長したわ。この家の時間調整を弾いたり、結界をモノともしなかったり旦那の契約書に直接干渉出来るほどにね。」


「マスター、あの子本当に人間!?」


「勝手に、これを……?」


 2人はさすがに驚いた。長年掛けて手に入れた好きなヒトとの絆の証。それを書き換えるとか恐怖以外になかったからだ。


「あの世とリンクしてるが普通の人間さ。だからこそ急ぎの対処が必要だったんだ。俺達に危害を加えないという条件も契約書に書かれているものだしね。」


「め、メチャクチャ危ないじゃない!」


「それでハルカさんを落として言うことを聞かせようと?あまり確実じゃなさそうだけど。趣味悪いし。」


「落とすというよりは、堕とすだね。あの子の深層に保険を掛けておいた。」


 保険……その言葉にうわっと言う表情のサクラとキリコ。

 システムと同じくらいロクでもないことが多い単語だからだ。


「そんな顔するようなモノじゃないわよ。お互いの安心安全の為には必要なこと。私達夫婦ですらしていることよ。」


「まさか、心を繋いで!?」


「ちょっとマスター、ズルいわよ!?」


「勘違いするな。それとは別だ。だけどこれは敢えて言わなくても良いことかもな。」


「ええ、そうよね。」


「「ここまで来て言わないの!?」」


「今の私達には特別かもしれないけど、普通の人は持ってるモノだからよ。何を今さらってモノ。」


「むむ?さっぱり解りません。」


「チカラ使うほど大層なもんじゃないって。」


「マスター、後でこっそり教えて?サービスするから!」


 別にいかがわしい意味ではなく、キリコの手には2号店版キリコの押し売りのタダ券が乗っていた。


「押し売りを押し売りするなよ。とにかく、話はここまでだ。」


「は~い。この後は全員で?」


 今度はいかがわしい意味での発言だ。

 サクラとキリコは若い子には負けないとその目で訴えかけていた。


「まずはお風呂に入り直しましょう。貴女達がベッドを叩くから埃っぽいわ。」


 大して汚れてもいないが◯◯◯はそう誘導する。


「え、まあ、はい。」


「すみません奥さん。」


 不思議に思いながらも2人は同意する。今度は旦那のマスターに注文しはじめた。


「申し訳ないけどあなたは飲み物とおつまみをお願いできます?ちょっと小腹がね。普通のでも絶品でも良いわ。」


「あぁ、いくらでもおかわりしてくれ。」


「!!」


 そのやり取りで気づいたサクラとキリコは、軽やかに脱衣所に向かうのだった。


 …………



「なあカナタよ。ハルカはどうなっておるんだ?」


 魔族領ラビの王城。その謁見室……ではなく執務室にカナタはフォールトから呼び出しを受けていた。

 用件は地下都市並びに地下迷宮の設備管理人となったハルカの事だ。


「就任の挨拶に来て以降、一度も顔を見せぬどころか働いてる気配も無いではないか。幸い迷宮も都市も機能はしているが、修繕も必要なところはあると言うのにだ。」


「それがオレにも分からないんですよ。この2週間、全然外に出てこなくて。あそこには保存食が大量にあるから生きてはいるハズですが。」


「昔馴染みで副官のお前以外に誰に聞けと?部屋に入って引きずり出せばよかろう。」


「無茶を言わないで下さいよ。ハルカはマスターさんのお手付きだ。何かあったらせっかく人間に戻ったのに消滅しちまいますって!」


「それが元勇者の言葉か、情けないのう。」


「だったらフォールトさんがやって下さいよ、元魔王の意地を見せて欲しいです。」


「ふむ、今日は腰がいたくてかなわぬ。またの機会だな。」


 フォールトは魔王を引退して裏方にまわっていた。

 娘のリーンがハルカと協力して魔族を盛り上げたいと、半ば強引に王座を奪った為である。


 むろん簡単には王座を譲るつもりの無いフォールトだったが、リーンには秘策があった。

 本来魔王は勇者に倒されて世代交代する。

 つまりそう、カナタである。


 カナタにじゃんけんで負けたフォールトは納得いかないとブツブツ言いながら王座を引きずり下ろされたのだ。

 まぁ、その時カナタは勇者ではなくなっていたのでフォールトの気持ちも分からなくはない。

 何はともあれ世代交代は平和的に終了して、今はリーンが魔族をまとめていた。


「だがこのままでは良くないぞ?一度様子を見てきてくれないか?」


「そうなんですよね。マスターさんには事情を話して、見てきます。」


「うむ、頼む。」


 カナタは執務室から退室して広い廊下を通って階下への階段を降りていく。

 その間すれ違う者達はハンランのセイジョについて噂話をしており、カナタに気がつくと慌てて噂話しを中断して挨拶する。


(気分の良いものではないね。噂に似た理由で振ってしまったから、オレ自身が責められてる気分だ。)


 中庭に寄ろう。外に出れば違う空気が吸える。

 そう思って一階の中庭に足を踏み入れると、新しい魔王様がそこに居た。


「こんにちは!カナタ君もハルカに会いに?」


「はい、いくらマスターさんの弟子だからって無断欠勤は良くないからね。」


「あはは。周りはあんな感じだし籠りたくなる気も分からなくないけど、私も魔王になったからには放っておけないんだよね。それ以前に友達だし、姉妹みたいなものだ……今のは忘れて!」


「慣れてるから大丈夫です。そうだ、部屋に行く前にマスターさんに許可とらないと。」


 prrrr prrrr


「実はですね……?」


『それは良くないな。お灸をすえてやってくれ。』


「いいんですか?なんならマスターさんが……」


『ハルカはオレ相手だと女をだすが、君なら女の子であろうとするから、良い薬だろう。』


 カナタは与えられた携帯で連絡すると、あっさり許可された。


「なんか変だな。彼は独占欲が強いはずなんだけど……」


「カナタ君を信じてるんでしょ。ほら、行きましょ!」


「むしろ試されてるのか……?」


 怪訝な表情のままリーンに急かされて地下へと向かうカナタ。


「こらー、いつまで寝てるの?入るわよーー!」


 豪勢な管理人室の扉を問答無用で魔王用マスターキーで開けると、そこは異空間になっていた。

 別にハルカが修行に成功したわけではない。

 寂しい独り身の男ならあまり馴染みのない空間という意味である。


「うお、酷い臭気だっ。」


「この匂い……この音……声も?まさか!!」


「ーーーーーーーーッ!!!」


 心当たりのあるリーンを先頭に寝室に踏み込むと、すっぽんぽんでヤバイ声を発して仰け反るハルカが居た。ヤバイのは声だけでなく、しぶきや濃い臭気も同様だ。


「「…………」」


 本来なら友人で姉妹な彼女の尊厳を守るためにカナタを外へ出す配慮をするであろうリーンは、憧れの幼馴染みのあんまりな姿(2回目)に絶句するカナタ同様立ち尽くしていた。2人は口をあんぐり開けて目の前のハンランの……ゼンランのセイジョを眺めてしまう。


「あふぅ……あれ?リーンしゃんも混ざるの?ああ、カニャタ君だぁ。今頃襲いに来たのぉ?夢でもそれはだめよぉ。」


「混ざるわけないでしょ!?」

「ちげぇよ!とにかく身体洗って服着ろ!」


 カナタは思わずハルカの尻を叩いてスパアアンと良い音を鳴らした。


「ふぇ?……夢じゃない!?きゃああああ!!なんで勝手に入って来てるの!?リーンさんも見てないで止めてよ!!」


「お前が2週間も仕事しないからだろうが!」


「引きこもって何をしてるかと思えばナニばっかりみたいだし、本当にどうしたのよ。噂以上にヘンタイじゃない!」


「ええ!?まだ一時間くらいかと……えっとだって……師匠との……が忘れられなくて。再生機能を試したら止まらなくなって……」


「「言い訳もただのヘンタイだった。」」


「っ!!それより出ていって!いつまで見てるのよ!!」


 真っ赤な顔になりぐずぐずのシーツでベタベタの身体を隠しながら怒るハルカ。


「はいはい。カナタ君、私がついておくから外で待ってて。ハルカはお風呂に直行よ。」


「分かったよ。だけど……せめてこのヤバイ部屋は何とかしておく。」


「あぁ、お願いね。」


 部屋中に充満するハルカ臭にどろどろ寝具。空調を全開にして換気し、寝具はごみとしてヒモで纏めておく。良く見るとヒモの下着だった。


「ちょっと勝手に!ああっ!!そこはダメ!!」


 リーンに小脇に抱えながら、カナタへ抗議するハルカ。

 カナタは気にせず備え付けの次元ゴミ箱を開けた。

 次の瞬間。


 ※おおっと※


 3人の目の前に黒いウインドウが現れて、シンプルな文字が表示された。


「ああああ!!みんなそのまま動かないで!今システムに介入してキャンセルを……」


「なにこれ。」


 ピッ。とリーンがウインドウを突っついて先へ進めてしまう。


 ヒュン!ドッボオオオオン!!


 いきなり視界が暗転したかと思ったら、水のなかに落ちていた。


「ゴホッゴホッ!何が起きたんだ!?」


「ケホケホ!ハルカ、説明なさい!」


 大して深くもない泉から這い上がって、2人は咳き込みながらハルカを問い詰める。


「ゴミ箱にはランダムで罠が仕掛けらてて、解除しないと発動するのよ!!」


「なんでそんな仕様にしたんだ!?」


「だって私の噂を聞いてさ、ゴミをいかがわしい事に使えないように……」


 その言い訳に呆れる2人だが、とにかく現状確認を優先する。


「それで、その罠って?」


「それにここ何処なのよ。見覚えないんだけど!?」


 辺りを見渡すと泉以外には特になにもない、強いて言えばキャンプが出来そうなちょっとしたスペースがあるくらいか。


「たぶんテレポーターよ。別の場所に飛ばされたの。壁にめり込まなくて本当に良かったわ。場所はーー地下、5階!?」


 ハルカは虚空を指で操作しながら叫んだ。

 そこは未完成のエリアで、そのバックアップデータの中だった。

 休憩所とグネグネした通路以外はまだなにもない。上に上がる階段もだ。

 ジオラマはめ込み風の制作スタイルが仇となってしまった形である。


「どうするの!?戻れるんでしょうね!?」


「携帯は……通じない?水はともかく食料の問題もあるな。どこかに作って置いてない?」


「あはははは……ごめんね?な、何とかするから!」


 ハルカはすっぽんぽんのまま乾いた笑いのあと、謝罪する。

 一応チカラでなんとか出来るかもしれないが、時間との戦いになる。

 いざとなれば空間移動でマスターのチカラも借りれるかもしれないが、こんな恥ずかしい経緯は知られたくない。さすがのハルカも恥を覚えていた。


(まだまだ私は迷走中かぁ。自業自得で地下生活……チカライフ?)


 自身のチカラで打開することと掛けてアホなダジャレを脳内で思いついた彼女。

 独りで気を良くして元気なうちにチカラでの打開を試みる。


「はああああ!」


 世界のコトワリに不幸オーラを練り上げ必要なモノを作り上げていく。


「「おおっ!?」」


 腐ってもあの魔王の弟子。無から何が生まれるのか期待が高まるリーンとカナタ。

 地上への階段かワープ装置か。はたまた食料か。


 光が落ち着いて現れたのは……。


「出来た!清潔な下着・上下セット!リーンさんのもあるよ。」


 稀有なチカラでまず下着を作るところは師匠ゆずりか。


「「なんでそうなる!?」」


 スパアアン!


「きゃい!何すんのよ!言っとくけどこれスゴいんだからね!?余計な水分や臭いなんかをーー」


 ハルカは涙目で解説するがいまいち彼らには響かなかったようだ。


「下着はもう分かったから……裸のままって訳にもいかないしな。だけど上への道とか食料を作ってくれないか?」


「ごめん、なんだかチカラ切れみたい。ふあぁぁ。最近はすぐに……トシなのかな?」


「ちょっと、そのまま寝ないでよ!?」


「むり~。おやすみなさい~。」


 ハルカの異世界生活100日目。彼女は下着を握りしめたまま眠りについた。

 仕方ないので残された2人は泉で喉の渇きを癒して寝る事にする。


(そういえばあの泉、ハルカの色々な……不幸になったりしないよな?)


エッチな方向で妄想するより不幸を心配するカナタ君。

彼はそんな不安の中で過去の思い出の夢を見られるように願っていた。



 …………



「以上で報告を終わります。」


「お疲れ様。相変わらずまどろこしいやり方ね。」



 2015年の夏。マスターは棄民界と呼ばれる異界の領主、社長宅で今回の依頼の報告をしていた。


「社長程じゃないですよ。今回もだいぶ儲けたんじゃないですか?それに今後の為のカードも。」


「神界は払いが良いからね。予定の何倍も頂けたわ。」


 それは多分、口止め料やらナニやら込みでの支払いなのだろう。


「私が言うのもナンだが、神界では金なんてどの世界のも刷り放題だからな。」


 依頼人のクロシャータ様がぶっちゃける。


「それに領主の娘の父はお前と聞いた。良いものを食べさせてやりたいじゃないか。」


 クロシャータ様は社長に親近感を抱いたようだ。

 多分そのためにわざと万理(マリー)のコトを話したのだろう。


「でも全然認知してくれないのよ?クロシャータ様からも言ってやってください。」


「ふむ……?マスターにしては珍しい対応だな?」


「オレのチカラと子供欲しさに新婚夫婦をわざと引き裂くような圧政を見せられたらこうもなります。」


「なんと!?領主よ、まことか!?」


「いやあのその……なんでバラすの!?後々のコトを考えてあれは仕方がないのはマスターももう解ってるでしょ?」


「もちろん、お陰で今の生活がありますからね。マリーだって母親に内緒で魔王邸でセツナ達と遊んでますし。ゴハンも好きなだけ食べさせてあげてます。」


「聞いてないんだけど!?通りで最近舌が肥えてると……お母さんの料理美味しくない!なんて言われた理由が解ったわ!何故か副官のゴハンは食べるのに!」


 話していてその場面を思い出したのか、絶望と悔しさの混ざった表情をマスターに向ける。

 依頼人の前でその顔は不味いのでは?と思いつつ話しは続けるマスター。


「副社長には幾つかレシピを教えてますからね。彼女には"お世話"になってますし。」


「きいいい、そんなの私だって!」


「はいはい、そこまで。そういうプレイは私がいない時にしてくれ。」


「「はい。」」


 クロシャータ様の制止に素直に止まる2人。社長は最近、夫婦喧嘩からの仲直りプレイがお好きだった。マスターもそれにのって煽っていた。彼自身は夫婦喧嘩など殆どしないし、する必要はないのでちょっと新鮮な気分を味わっていた。

 現地妻さんはそれを見抜いた形である。


「ともかく、マスターに頼んで良かったわ。ゴミ箱はこじんまりしたけど、今後余計な被害は出なくなったしね。」


「恐れ入ります。」


「それで引き抜いた邪神の方は大丈夫なの?」


「経過は安定してますよ。見張りとカウンセラー付きで隔離されてますし、何かあればすぐに判ります。」


「そう、でも気を付けてね。まだ今回の変化は全宇宙には浸透していない。もし誰かが古い正しい手順でコトを起こせば、召喚できてしまうかもしれないから。」


「解りました。」


 クロシャータ様からのありがたい注意に頷くマスター。


「そうそう、ハルカ達はどうなってます?ジェールトヴァでの新生活は順調ですか?」


「相変わらず暴走しては楽しそうにしてますよ。やばそうなら助けていますのでご安心を。」


「それなら安心ね。本当はあの2人に結ばれて欲しかったのだけど。」


 チクリととげを含んだ視線と言葉をマスターに向けるクロ様。

 少しだけ神としてではなく女モードになっている。

 対するマスターは何処吹く風だ。


「2人がもう少し成長して大人になれば、そうなるかもしれませんよ?」


 別に交際契約では解約を禁じてないので、そういうこともあるかもしれない。必要ならハルカの身体に"戻す"処置を施すことも可能だし、そもそも本人のチカラでも出来るハズだ。

 ちなみに交際契約者全員に同様の条件を出しているので、無理にマスターが囲っているわけでもない。


「でもハルカはあの世との繋がりもあって不老不死に近いのでしょう?身体はともかく心は成長できるのですか?」


「そこは細工をしたのでご安心を。少しずつ老いを意識していくはずです。時間と共に考え方も行動も大人になりますよ。」


そう、それこそがハルカに施された未来への保険だった。

老いは悪いことばかりではない。時には生き延びるため、無茶な行動のブレーキにもなるのだ。


2人は今も共にある。元々好き合う男女なら、もう一度お互いに惹かれ合う可能性は低くはない。

ハルカに男を教えたのは細工の件もある。しかし彼女自身も言っていた、生きるための糧・彩りを与える為でもある。

生きて成長すればその糧がなくとも、近しい男と人生をやり直せるだろうと。


その際にハルカがマスターに初めてを捧げた事実が多少なりとも邪魔するだろう。戻す処置をしても事実は消えない。

しかしカナタには先にチャンスを渡したし、拒否されたハルカが病まない為にも仕方がなかった。要はお互いに自業自得なのだ。

それくらいは自分達で乗り越えてもらいたい。


「なるほど、弟子思いで何より。ん……?でもそれは……貴方もですね?」


「えっ!?」


 クロシャータはまっすぐマスターを見つめて問いかける。

 驚いたのはマスターではなく社長である。彼女の人数をもってしても、そんなコトをする計算にはならなかったのだろう。

 クロシャータ様が気付いたのは女の勘に近い。先程程度のお可愛いプレイならともかく、重要なコトは夫婦で試して練り上げないとなかなか他の女には使わない。今回はプレイではないが大事なことには変わりはない。そこら辺から推測したのだ。


「さすが、何でもお見通しですか。妻と共に歩むと決めましたので、これから徐々に老いて行くでしょうね。」


「くっ、本妻の決定なら口を挟む道理はないが……残りを考えれば寂しくなるな。」


「そうよ!貴方には期待してるんだから、勝手に死なないでくれる!?」


「……え?2人とも動揺しすぎですよ。らしくもない。」


「「だって!!」」


「……ともかく報告は以上です。報酬は頂きましたので失礼しますね。お疲れ様です。」


 今夜は家族揃ってご馳走だなとか言いながら去っていくマスター。


「待ちなさいよ!あああ、予定が全部狂ってしまうわ!?」


「あと数万年は幸せを享受できると思ったのに!せめて密度を濃くして、あわよくば思い止まらせて……」


 残された女達は今後の対策に頭を巡らせている。


(奥さんと死別したらあの悪魔姫と結婚するんだから、慌てなくても良いのでは?あの身体が老いても本体の悪魔は別なんだし。)


 副社長は冷静に様子をうかがっていたが、教えたりはしなかった。

 その方がサービス良くなってマスターが喜ぶと思ったからだ。

 事実、その方が面白いかと何も言わずに去ったマスター。


 もちろん当主様こと悪魔姫と結婚すれば、今の契約は更新する必要があるだろう。だがそれは何十年も先の話である。


 …………



「あう、うえ、おばぁぁ……」


「マスターさん、いくら絶倫だからって無理しすぎよ。可愛そうに……」


「本来なら世の中の生態系が変わるレベルの無駄撃ちじゃないの?」


「マスター様の絶品様が可愛らしくなってしまいましたわ!優しく優しく……」



 後日、噂が出回って各員から搾られまくるマスター。

 更に後日、勘違いがバレて滅茶苦茶搾られるマスター。

 完全に燃え尽きて魔王邸の医務室で干からびてる彼を介抱するマキ・聖女ちゃん・ルクス。


 この後マスターは一時的に性欲が激減することになる。

彼はハルカにエッチな事ばかりだと足元を掬われると注意したが、このザマである。つまりこれもまた自業自得であった。


お読み頂き、ありがとうございます。

今回はセツナの誕生日の投稿です。前編含めてもあまり出番はありませんでしたけど。


以下、見苦しい言い訳タイムです。

全部ハルカ視点で進めたかったですが、そういう訳にも行きませんでした。かといって邪神戦で迷宮都市側やあの世側も全部書くと3分割になりかねませんでしたのでこうなりました。


また、ハルカ的にはオチても邪神的にはオチがついてません。

このエピソードはゲームのエンディングのとあるキャラへの前フリという位置付けなので、その辺は後程になります。そういう意味でもハルカ編なのかもしれません。

続きに関しては少しずつ進めていますが、またしばらく時間がかかると思われます。


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