112 イキル そのサキへ
本日最後の更新です。
誤字修正。一部言葉足らずだった部分の補足。
「どうか、トウカ会長にはご理解頂きたい。」
「買収をやめろとはまた、都合の良い話ですわね。」
2014年11月1日、大安である。都内料亭の一室では、銃を忍ばせている黒服を警備を引き連れた総理大臣が姿勢正しく座っていた。
その対面にはNTグループ会長のコンドウ・トウカと秘書のスイカがスーツ姿で座っていた。
「仰る事はわかります。ですが――っとここは料理を頂きながら……ささ、秘書さんも黒豆ばかりでは飽きるでしょう。何か別の――」
「黒豆のおかわりをお願いします。もっと必要になりそうですので。」
「そ、そうですか。代わった御方ですね。それで、世界各国のミキモトグループの施設ですが各国政府が独自に研究するとのことでして。いかんせん我が国では対応も難しく、お任せする事に――」
つまりミキモトの残党を引き入れようとしたNTグループだったが、政治的な理由でそれに待ったを掛けられたのだ。先月の事件は日本の発言力をさらに控えめにしてしまっていて、逆らえない。
総理自らが若い女の会長に頭を下げるくらいにはピンチなのだろう。とはいえ妙な言い訳が入っている所為かスイカの「色彩」の感覚では黒判定。それをトウカに伝える為に黒豆を食べていた。
「納得の行かない話ではありますが、国が無くては始まりません。今回の事は貸しということでお受け致しますわ。」
「ご理解頂き、ありがとうございます。」
軽く頭を下げた総理はそそくさと立ち上がった。
「私は次の案件がありますので……どうかお2人は最後まで食事を楽しんでいってください。失礼いたします。」
「ごきげんよう。」
「ようやく黒豆以外が食べられ……るのかなぁ。」
多忙の総理を見送って、おにくに箸を伸ばそうとしたスイカ。目の前で空間に穴が開いてマスターが現れた。今日は普通にスーツを着ている。
「こんばんは、今日は売り込みに来ました。」
「ごきげんよう、マスター。今夜も唐突ね。」
「ごきげんよう、マスター様。お会いできて嬉しいですわ。」
「それで、今回の売り込みというのは?」
トウカは率直に尋ねた。実は人材の売り込みは初めてではない。
ちょっと前にAIやロボット技術に優れたコバヤシ電気を丸ごと紹介されていた。
「国外も国内も買収を断られたと聞いてね。こちらの方を推薦しようと思いまして。」
魔王が右手でなにもない所を示すと、1人の女性が現れた。
「は、はじめまして!トウノ・サツキといいます!」
「はじめまして。コンドウ・トウカとこっちはスイカ。そんなに緊張されなくても結構ですわ。それで彼女は?」
「例の学校兼研究所で働いていた研究員です。雑用を多くこなしていた方で、元ナイトの研究者のイトコにあたります。」
「ッ!!」
「ぱくぱく。」
トウカがスイカを見ると、彼女は湯葉を頂いていた。
「また貴重な人材を確保したものですね。サツキさん、ウチで働く気はある?」
「はい!よろすくお願いします!」
彼女の頭の中にはミキモトの研究の中枢の一端が、経験付きで詰まっている。これを見逃すわけはない。
「それとこれ、あの時ハル君に渡さなかったサンプルです。」
ことり、と禍々しい色の液体が入った小瓶を置く。
「これが例のウイルス?こんな物をもらっても私達も困りますわ。」
ちょっと嫌そうな顔で小瓶から上体をそらすトウカ達。簡素な小瓶に入ってはいるが、マスターによってキチンと空間ごと密封されている。
「オレも渡す気はなかったのですが……この記事を見てください。」
3Dホロで表示されたのは数年後のネットの記事だ。世界各国で大惨事が起きているようだが、詳しくは小さすぎて見えない。
「このデータはこちらに。後で確認してください。とにかくミキモトの施設を接収した所でこれが起きるっぽいんです。」
USBフラッシュメモリを渡しながら概要を話すマスター。
「つまり私達に対抗できる何かを作って欲しいと?」
「ええ。彼女の経験を活かしてより良いクスリを作って下さい。」
「頑張ります!水処理でもスライムのしつけでも、挿絵でも何でもできます!」
「クスリに繋がる要素、いまのに有ったかしら……」
「ぱくぱく。揚げ出し豆腐もイケます。」
スイカの色彩判定的には悪くはなさそうである。
「それでは話をしながら食事でもしましょうか。サツキさんもご一緒にどうぞ。総理のオゴリだし遠慮は無用ですわ。」
「は、はい!頂きます!」
トウカは小瓶をバッグにしまうとサツキに食事を始める。
「オレは次があるから失礼するよ。サツキさん、頑張ってね。トウカ達も、また今度ウチに来てくれ。」
「「よろこんで!」」
NTの喜びそうな挨拶の後、魔王は退室していく。
「……どういう関係なんです?その、ま…スターと。」
「重要なビジネスパートナーですわ。男女関係コミのね。」
「素直に愛人と呼ぶには勿体ない関係ですよね。」
「ほ、ほわぁぁぁ……」
NTの会長とその秘書兼メイドは、良き信頼関係を築いている。
魔王事件の被害者なのでビジネスを通してでしか愛を語れない2人ではあるが、むしろそれが自分たちにしか無いステータスだと考えている。
今回貰った案件をこなせば更に関係は深度を増すだろう。
今を一生懸命生きて、その先にある未来の為に精をつける彼女たちであった。
…………
「よく来てくれました。ゲンゾウさんはお元気そうで何よりです。」
「何を言うか。男のあーん攻撃なんぞ卑劣な真似を……」
先程の隣の部屋。ご馳走を前に、拘束されて銃を突きつけられた状態でゲンゾウが総理に抗議する。料理と同時に卑劣な精神攻撃を食らった彼の顔は険しい。
総理が入ってきた事で護衛の黒服も増え、むさ苦しいことこの上ない。
「今更ワシになんの用だ。さんざん追い回しおって!」
「君達、彼を開放してあげなさい。終わったら全員外に出るように。」
言葉通りに黒服達がゲンゾウの拘束を解いて部屋の外へ出る。すると総理は手をついて頭を下げ、理由を語る。
「申し訳ありません、ゲンゾウさん。あんたが正しかった!」
「なんじゃ、気持ち悪い。今更謝っても……というか国のトップが頭なんぞ下げてはいかんじゃろう!早く姿勢を正せい。」
「ご配慮感謝します。実は今日お呼びだてしたのは――」
総理はすっと姿勢を正して要件を伝え始める。お呼びだてと言うがほとんど拉致した形だった。
「是非、現代の魔王に繋ぎを取っていただきたいのです。」
「……正気か?」
総理の願いにヒトコトだけ返すゲンゾウ。今まで散々敵対を煽り、それを自分達で信じて突き進んできたのに、ここに来て話し合いとはどういった心境の変化か。
また、それを自分に頼むに至った経緯も気になる。
「ゲンゾウさんからの情報は正確でした。ミキモト事件もですが、巨大隕石事件にしても貴方からの情報と把握しております。」
先月の事件はマスコミがこぞってミキモト事件と煽っている。
ゲンゾウが事件の計画を嗅ぎつけて、こちらが拒否した直後に魔王が現れたこと。その前の事件でも魔王の情報が手に入る辺りに何かしらの繋がりはあると踏んだのだ。
「それでワシが魔王と繋がっておると?言いがかりじゃ。」
「貴方は昔、生存が絶望的だった場所から帰ってきた男です。現代の魔王もまた、死の淵から蘇って来ました。そこに何が在るかは判りませんが、ナニカが在ると確信してます。」
ギラリとした目でゲンゾウを見つめながら続ける総理。
「例えば、議員の間でウワサになっている金髪の――」
「その話はするな!」
思わずゲンゾウは制止し、周囲の様子を確認する。
「んん?如何されたので?」
してやったりと言った口ぶりの総理だが、ゲンゾウは油断なく周囲の情報を精査する。
「お主は今、とても軽率な事をした。今、沼のふちでそこの主を刺激したのだ。」
「一体なんのお話でしょうか。」
険しい顔で語るゲンゾウに、ちょっと焦り始める。戦闘でも経済でも百戦錬磨の彼がそう言うには理由があるはず。
「ワシはもうこの国には協力はせん。”だからこそ”紹介してやろうではないか。」
ゲンゾウは解っていた。あの性悪女の事だ、これを機にしゃしゃり
出てきて総理を翻弄するかもしれない。だったらその前に魔王を
紹介して学ばせてやるのだ。”手を出すべきではなかった”と。
…………
「どうです?」
「ダメです。何言ってるか聞こえねえや。」
廊下に居る黒服その1と2が個室のドアに集音器を当てて盗聴を試みていた。
他の2人は店の外で車の準備を兼ねて見張りをしている。
「あんた達、盗み聞きは良くないね。」
「な、なんだてめえは!」
「落ち着きなさい。こういう時は――」
突如現れたモブ顔スーツの男に動揺し、消音銃を抜こうとする。
「邪魔ですよ。」
一言だけ発して2人を消すと、部屋に侵入するマスター。
彼らは時間を止められて既に社長の下へ送られている。普通なら気にせず突破するだけだが、あの2人組は浄水場を襲撃した黒服その1と2だったのだ。
「ワシはもうこの国には協力はせん。”だからこそ”紹介してやろうではないか。」
「言ってる意味がよく判りませんが……誰ですか!?」
「こんばんはー、失礼します。ゲンゾウさん、何の用ですか?」
「その声は……まさか……!」
大きな事件の度に変なアナウンスで聞いた声。その声の主が目の前に現れている。
「○○○○です。魔王とか呼ばれてます。はじめまして。」
テキトーかつシンプルに挨拶してぺこりと一礼するマスター。
「よく来てくれた。彼がなにか話があるようでな。付き合ってほしい。」
「分かりました。用件をどうぞ。お値段は内容によりますので。」
「…………」
総理は若い頃の夢の世界を思い描いていた。そうあれはとても輝かしく、憧れた――。
「いい趣味ですね。でも逃避が終わったら用件をお願いします。」
魔王は心を読みながら淡々とした対応だ。
「はっ!私としたことが、つい……コホン。確認だが君が魔王と言うことで――」
「こちらが証拠です。」
空間に穴を開けて、琵琶湖の間欠泉センターに繋がる。
しかも昼間の、である。
「確かに……実は君とは話したいことが山ほどあるのだが、お互い急で時間も無いだろう。だから今後は定期的に話し合いの場を設けて貰ってもいいだろうか。」
「交渉してオレのチカラを利用しようってハラですか。その代わりオレの活動の邪魔はしない?それ、貴方達のプロパガンダで言うならテロへの敗北ですけど良いんですか?」
「き、君!口には気をつけてもらわないと困るよ。」
「でしょうね。オレの邪魔しないと言いつつ、本当は裏で仕掛ける準備をする気ですもんね。これなら最初から何もしない方がマシなレベルだと思います。」
「…………」
「とまあこんなヤツじゃ。腹芸は通じぬからそのつもりでな。ところでマスター。こやつらに見つからない土地へ送ってくれ。」
「はいはい。でも組織の方は良いんですか?」
「うむ。任せられる者に任せた。ワシはもう隠居するよ。」
「分かりました。何かあればまた呼んでくださいね、先輩。」
そのまま何処かへ消えていくゲンゾウ。各種戦場を走り続けた男は、ようやく安住の地に足を踏み入れた。
「さて総理。私達の仕事に照らし合わせて纏めますと、定期的に政治的な交渉をご希望ですね。貴方は忙しいでしょうから何名か交渉人を選んでおいて下さい。こちらがご依頼の見積もり――」
「スギミヤ市だったか。随分肩入れしているそうじゃないか。」
トントン拍子で纏めようと契約書を出したマスターだったが、その名を出されて眉をぴくりとさせる。
それはサクラを始めとして多くの難民を保護した街の名で、マスターの故郷でもあった。
近年では土地が不足気味になってきたのでお隣と合併してどんどん開発を進めている。コジマ市長が後継者の育成にも力を入れており、それが終われば引退してコジマ通信社に参戦することを目論んでいた。
「よくお調べで。まあゲンゾウさんにも見つかってますしね。むしろよく保った方です。それがどうかしましたか?」
「強がらなくてもいい。別に何もしない。ただ――」
「交渉が不利になれば圧政でも敷きますか?それ、自分の首をシメてますよね。」
魔王の息が掛かっていると言っても普通に税金は国に収めてるし彼はリターンを要求していない。
マスターからすれば自分に縄をかけて脅しているようなものだ。
「今はまだ、私の胸の内だけの事だ。よく考えてみると良い。」
「それはこちらのセリフですね。よく考えて行動した方が身の為ですよ。」
平行線。生者と死者の意見は交わらなかった。だが本当は少しだけ違う。生者は少しずつだが死に近づいていく。死者を追えばそれだけひっぱられてしまうものである。
「考えを変える気は無いのかね?」
「今日はここまでですね。決裂はしましたが別に貴方の事は嫌いではありません。お近づきの印と言ってはなんですが、貴方を嘘つきにしないようにフォローだけさせて頂きますよ。」
「何のことだ?」
「それでは次の意見は交渉の場で。失礼します。」
すっと虚空に消えるマスター。
「ふぅぅぅ、なんとか生き延びたか。とりあえず帰って……誰も居ないのか?」
総理は廊下へ出て護衛が居ない事を不審に思いながら車へ向かう。2人が居たことに安堵してそのまま帰宅した。
(嘘つきにさせないフォローとは一体?)
考えても答えは出なかった。だが次の日の仕事から若干だが、人手不足が目につくようになった。
…………
「川なんか眺めてどうした?青春か?」
「主任……いえちょっと幼馴染の女の子を思い出しましてね。」
「やっぱり青春じゃないか。聞かせてくれよ。」
11月1日夜。異界の山を流れる川を座って見つめている擬人化した蜂の男。神の使命だかなんだかを果たす為に転生した男である。そこへ主任が通りがかって隣に座る。いい思い出がなかった分、気になるのだろう。
「オレ、こんな身体になってますけど元は人間なんですよ。」
「うん、そうらしいな。」
「小さい頃はハルカと、幼馴染の女の子とこういう川で遊んだりしてて。」
「羨ましい限りだな。」
「でも2人とも事故で死にかけた事がありまして……オレはそのまま死んじゃったんですけど、ハルカだけは生き返ったんですよ。」
「ッ!?」
いきなりヘビーな話になって驚く主任。羨ましいとか言うんじゃなかったと後悔する。
「実はその時、神様に会いましてね。2人のどちらかが御使いに、使者になれば片方は助けてくれるって。」
「それで志願したのか?」
「そうなんですよ。すごいチカラも貰えるとか色々言われて、だったらオレが!って。まあやることは割と地味でしたし、仕事が終わったら強制的に死んだりするんで微妙でしたけど。」
「後悔してるのか?」
「いや、オレ自身は良いんです。今回は長く皆と居られて楽しいし……ただハルカの事が気がかりなんですよ。」
「会いたいのか?マスターに言えば何かしら――」
「そりゃ会いたいけど、本題は違くて。それで彼女、チカラ持ちなんですよ。結構やっかいそうな……」
「ほう?」
「変な空間でチカラ貰って、彼女と分かれる時に見えてしまって。今も生きてれば20歳近いと思うんだけど、元気にしてるかなって。」
「本気で一度、マスターに依頼を出してみたらどうだ?」
「でも……高いし。」
「それくらい皆で出し合えば良い。いいか、今のお前が動かねば2度と会えない身体に転生するかもしれないんだ。相手も時間が経てばリスクも増えるだろう。調べるチャンスは今の内だけだ。」
「主任……ありがとうございます!近い内に水星屋で相談してみますね!」
「それがいいだろう。さ、そろそろ戻るぞ。メシの時間だ。」
「はい!」
話をして少し気が楽になった神の使い君。彼は立ち上がって歩き出す。蜂ではあるが人らしく生きられている内に、心のツカエを取る。調査したその先に何があるかは解らないが、前向きに進もうと決めた。
…………
「クリムゾン・コア、起動!」
パアアアアアアアア!!
マスターが赤い玉を起動させると、ベッドで横になっている当主様が赤い光に包まれる。
「お、おおお!?」
「落ち着いて下さい。さあ、別世界のオレ達よ。彼女のサダメを解きほぐすのだ!」
『了解した!』
『うわ、何このがんじがらめ!』
『ふ、ふーん。こっちの私はこういう子が良いの?』
『クリムゾン・コアって恰好良くね?』
『痛いだけだろ。それか寒い。』
・
・
・
6000人から散々な言われようだが仕事は順調に進む。
当主様の存在そのモノに絡まった赤い糸を1人1本ずつ外して、抜け出せるようにそれを維持し続ける。
やがて数千もの絡まった赤い糸が外され、その場から飛び退いた当主様は生まれ変わった気分で自分の身体や霊体を確かめている。
「す、すごいぞマスター!この400年、どんなに藻掻いても抜け出せなかった因果の縛りが嘘のように消えている!」
ドクンドクンと心臓の脈動を感じ、血液が巡り流れる感覚すら愛おしくなる彼女。今までも動いてない訳ではないが、生きている実感が違って思えた。
「どうやら成功したようですね。お疲れさまです。コアのみんなもお疲れさまー。」
『『『今回もご褒美を期待してるよ。』』』
「はいはい、また後でね。今回もありがとう。」
クリムゾン・コアをしまうと当主様に服を着させてあげたマスター。
「どうでしょう。今夜はお祝いでも――いかがしました?」
「こ、これ凄い。急激にチカラが……逃さないと!」
当主様は胸を押さえながら小刻みに震えている。それはどんどん大きくなってビクンビクン痙攣して――。
ズゴゴゴゴゴゴドドドドドドドドドッ!
建物全体が震え、壁も天井も光りだしてチカラが浸透していく。
ドッガアアアアン!パリィィィイン!
爆発音やガラスが割れるような音がして全てが収まった時、悪魔屋敷は立派な西洋の城になっていた。
「はぁはぁ、これで落ち着いたわ。名付けて悪魔城よ!」
「へぇ、余剰パワーで空間構築ですか。さすがです。」
「復活した私に新築の悪魔城!これなら威厳も保てそうね。」
「では盛大な夜会を開きましょう。水星屋が協力して――」
スパパアアアアアン!
「なんてことしてくれたのッ!!」
領主様が虚空より登場して2人の後頭部を同時にひっぱたいた。
「あいたたた。社長、暴力はいけませんよ。」
「領主よ。何を怒っておるんだ。別に敷地以上の大きさにはしておらんぞ?」
「トンデモないチカラで結界を破壊したじゃない!」
2人は抗議するが領主様はプリプリ怒ったままだ。
「あー、さっきの音は……脆すぎません?」
「おバカ!強ければいい物ではないのは知ってるでしょ!姫さんのチカラを開放するなら先に相談しなさいよもう!衛星写真とかでこの城が撮影されたら、物好きが調べに来るかも知れないでしょうが!」
「すみません。この展開は予想してませんでした。」
「罰として奴隷契約、1年延長ね。」
10年契約だった何でも屋は、2018年までは続くようだ。
「マジすか……これで子供の為の貯蓄が増やせます。」
「喜ぶんじゃないわよ。じゃ、じゃあ”夜”も増やして?」
「……んー。」
「そこは喜びなさいよ!!」
「ふん、未来の嫁の前で下手くそな誘惑するからよ。」
「下手とか言わないで!」
「冗談はここまでにして、夜会を開きたいんで許可下さい。」
「マスターが結界の補強をするならね。」
「承りました。副社長やマリー様もお誘い合わせてどうぞ。」
うやうやしく礼をしたマスターに微妙そうな顔をしながら帰っていく領主様。
バァン!
「当主様アアア!これは私と愛で火照る身体を――」
「止まれ。」
興奮したメイドBさんが入ってきて当主様の一言で動かなくなる。
「この城、欲情効果でもあるんですかね?」
「自衛は出来るようになったのは良いけど微妙な効果ね。」
「兎人とか呼ばないわけには……いかないですよね、はい。」
この後盛大で華やかな夜会を企画開催。悪魔城はこの棄民界の中でさらなる盤石な立場を確立させたのだった。
…………
「というわけで女は油断せず、男もヒト呼吸置いて理性を保て。君達は立場ある者も多い。くれぐれも気をつけるように。」
「「「はい!」」」
とある日。魔術師学校の普通クラスでは珍しくサワダ・トウジが座学の教鞭を取っていた。
「こ、これがオトナの秘密……!」
2年生になったセツナは目を見開き口で呼吸をしながら、ちょっと顔をピンクに染めている。
他のクラスメート達もモジモジソワソワしているものが多い。
そう、この授業は性教育だった。
去年までは魔術師が担当していたが、とても解りづらいモノだった。
性徴の説明を全て魔法術式で説明したため、普通クラスの子供達は何も解らなかったのだ。
エリート用の道士クラスでは解読した時に興奮する一部生徒が居たりもするが、これでは大事なことは伝わらない。
そこで登場したのが魔法を使えない幽霊のサワダ・トウジだった。
元々戦術指南役という体育教師みたいな役どころなので抜擢された。
「以上だが、なにか質問はあるか?」
「はい、何で女の子はモガモガ!?」
セツナが質問しようとしたところ、隣のモーラ・バラードに口を塞がれる。
「ダメよセッちゃん、ここは大人しくする!でないと男達にあらぬ妄想をされるわ!」
「モガ!?」
「うむ、セツナはあのマスターの娘だ。下手な貴族より気をつける必要があるだろうな。他には無いか?……では以上。」
下手な質問は後に響くのを警戒してだれも質問はしない。階級のある貴族学校だからこその弊害だろうか。
「起立、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
無事に授業が終わって魔王邸に戻ったセツナ。大人の秘密の概要を知ったが、興味は尽きない。
「はーー、お風呂は良いですねー。」
「身体を洗ってるとAIまで最適化されていくわ。」
「ここのお風呂は泳げるしねー!」
「孤児院のも良いけど、綺麗になるにはこっちですよね。」
「クマリちゃんはまた成長した?旦那様が中に居るからカナ?」
「そうやってカナさんが揉んでるからじゃ?」
「デカいと苦労も多いから程々にしてやりなよ。」
シーズにクマリを揉むカナ、マキとクリス。
魔王邸の女達が揃って露天風呂で寛いでいる。
全員とても眩しい肢体なのは言うまでもない。
「みんなー私もー!」
「「「いらっしゃーい。」」」
そこへ水星屋の休憩を貰ったセツナが入ってきて、洗い場の椅子に座る。
彼女は身体を洗いながらチラチラ、いやガッツリと姉と慕う女性達を観察していた。
「大きい。しかも綺麗。」
「セツナ様もすぐ成長するわ。奥様のお子さんですもの。」
「……ねえ、お股も見せて!」
「「「!?」」」
「あのなぁセツナ。いくら女同士でもソコは見せあったりはしないんだ。それくらい大事なところなんだぞ。」
「そうよ?命をつなぐ場所なの。興味本位で他の人に強要するのは良くないわ。」
立場上逆らいづらいメンバーに代わって、クリスとマキがたしなめる。
「えー……お父さんは良いのにズルイ!」
「っ!どっかで何か聞いたのか?」
「学校でオトナのヒミツを習ったよ!でも知りたい事があって。」
「習った?性教育ね。だったら尚更、大事だってわかるでしょ?」
「むぅ……歯が生えてるんじゃないかって、思ったんだもん。」
「「「は?歯!?」」」
「みんな、ちょっと失礼するよ。」
唐突にマスターが現れてセツナを抱き上げる。水星屋の時を止めてこの場を収めに来たのだ。
「お父さん?」
「色々あって機会を作れなかったが、きちんと話をしよう。」
「う、うん。」
「みんな、済まなかったね。この埋め合わせは後で。失礼するよ。」
そのままマスターとセツナが消えると、残った女達は不思議そうな顔で見つめ合う。
「……さーて、次の呼び出しの為に磨きを掛けようカナ!」
微妙な空気が流れ、それを払拭する為にカナはわざとらしく泡を塗りたくる。埋め合わせを約束された以上、他のメンツもそれに倣うのであった。
一方セツナは今日はそのまま退勤。営業後にマスターに呼ばれてきちんと話し合って、疑問と誤解の解消と大人の秘密の重要性を黒モヤ込みで丁寧に説いた。
「なんだか、これで本当にオトナになった気がする!」
気の早い娘に苦笑いな両親だったが、娘の成長の一端にすぐに親としての微笑みに代わって一緒に寝たのであった。
…………
「てえええい!」
「”イズレチーチ”!」
「ほいほいっと。」
ピッカアアアアアア!
ぱああああああああ!
カシャカシャカシャ!
2014年11月7日。スギミヤ市のフルヤ診療所ではカオスな掛け声と共に治療行為が行われていた。
「おおお、腰の痛みが消えた!ありがとう!」
「うそ!肺炎が治ってるわ!?」
「なんと、手術が3分で終わった!?」
患者さん達はトンデモ効果の回復術に驚きと感謝を前面に出しながら帰っていく。
「お疲れ様、メグミは今日も絶好調だな。」
「ユウヤのお陰よ。側にいてくれてるから。」
「ヨクミさん、お疲れ様。はい、お水どうぞ。」
「気が利くじゃない。ゴクゴク、ぷはー!」
『まるでビールをお召しになるおじさんみたいね。』
「ふぅ……隣とお隣は良いわよね。なんだかんだでお相手が居て。」
それぞれのパートナーが仕事を労う中で、外科手術を担当したナカジョウ・ミサキだけがため息を付いていた。
「そんなんじゃ幸せ逃げちゃうわよ。ミサキちゃんもお疲れ様。」
「いやあ、君が来てくれて本当に助かってるよ。実にいい腕前だ。」
缶コーヒーを持って現れたのはショウコである。そのすぐ近くには院長のフルヤがくっついていた。
「頂きます……結局ショウコさんもお相手付きだしなぁ。」
「ひゃう!?もしかして私狙い!?こんなアブノーマルな告白は1ヶ月ぶりです!」
「1ヶ月……あの事件中に!?」
相変わらずズレた反応をしているショウコだが、彼氏が出来た。
ここを紹介されたて出会った院長。彼の真面目で実直な態度を思わず目で追ってしまってからは早いものだった。
フルヤ院長としても、自分の仕事を評価して好意を抱く彼女を拒む理由はない。特に今まで会ったどの女性とも違う、新鮮な反応が返ってくるのだ。
ハチミツ事件ではアレな老人達に不信感を持っていたフルヤ。ここまで一緒に居て楽しい女性なら、そのトシになってもきっとあの村の者たちとは同じにはならないだろうと思う。
だが一回り以上の年の差は少々気になるもので、マスターに頼んで5歳差程度に若返らせてもらっている。その際ショウコはステルスして施術をじっくり見守っていた。
「ミサキちゃんだって素敵なヒトがいるじゃない。」
「どうせアイツは今頃、あの連中にチヤホヤされてるんですよ。」
大体のメンバーがこの診療所を斡旋された元特殊部隊だったが、ソウイチが回されたのは建築現場だった。また人が増え、建築ラッシュの中で重力操作が重宝されているのだ。
そんな彼を何故か追いかけて、グイグイと迫る女の子が3人。本人も満更でもなさそうで、見ていてとても腹が立つミサキ。
「あの感じ、急いだほうが良いと思うわよ?」
「やっぱりそう思いますか。メグミに相談してみます……」
「うん、変にドロドロする前に言っちゃった方が良いと思うよ。」
人生の先輩達に後押しされて、その日のお昼にはメグミに相談した。
「ソウイチかー……シキタリ的にはもう良いの?」
「強さだけなら問題ないわ。細かい事を挙げたらキリが無いけど、一番の問題はどうやって実家に連れて行くかねぇ。」
ミサキは取り敢えずこの街に住んでは居るが、色々準備してくれた実家に一度戻ることを考えていた。そのまま田舎の実家に居着くかまた戻ってくるかは分からないが、どちらにせよシキタリ的にはソウイチを連れて行く必要があるのだ。
血翔で呪うという事は家に迎えるという意味も含まれており、彼を連れていかないのであれば殺さないといけなくなる。
「うーん、彼が食いつきそうなモノってなにかな。」
「にょたい。サルになりたがってたし。」
「ブフーッ!そうじゃなくてもっとこう、彼だけの趣味とか特徴での話よ。」
「相変わらず水ばっかり飲んでるわね。制御が上がっても飲んでないと不安になるらしいわよ。」
「ふー……ん?それで行ってみましょう!」
「いくら何でも水に釣られて実家には来ないと思うけど?」
「違うよ!チカラの性質上、身体に負担が掛かるから不安になるんでしょ?だったらチカラを取り除く方法で釣り上げるの!」
「それならユウヤも巻き込んで後押ししてもらえるかもね。それでどういう方法なの?チカラの除去って。」
「無いわよそんなの。」
「え、騙すの!?それでは遺恨が残るわ。」
「……今はまだって事でごまかしましょう。」
「私の実家の秘薬を研究すれば見つかるかもしれないけどね。」
「じゃ、それで!アイツの判定によればユウヤがだいぶ縮まってるらしいわ。だから……」
ユウヤは世界から自分を切り離した反動で、寿命が減っている。マスターやサイトウ程に慣れてない事をした代償だ。
ともかくその方向で行くことを決めて、今後について話し合う2人だった。
「「「お疲れさまでした!」」」
「はい、お疲れ様。君達が来てくれて本当に助かったよ。」
仕事を終えて診療所を出る元特殊部隊。駐車場にある車に向かう。
「みなさーん!お疲れさまですぅ!」
するとカギハラ・ミキが右腕をブンブン振りながらやってきた。
今日は週末ともあって、隣町の水星屋2号店へ夕食を食べに行く予定だったのだ。
「ミキも学校お疲れ様。さ、乗って乗って。」
モリトが自分用の中古車に彼女を乗せる。車は中古で3台用意して貰っていて、1台はソウイチが乗っていったのでミサキはユウヤ達の車に乗った。
「水星屋、楽しみですー!あの時は行けませんでしたし。」
「またあの店員さんに会えたら良いわね。テンチョーなんだっけ。」
「あの若さで凄いよね。僕も見習いたいよ。」
ミキはこの街に移住してこっちの高校に通っている。化学部部長やタカコもだ。シズクは自分の街に残ったが、連絡は毎日取っている。なんでも最近は気になるサークル活動に参加したいとか。
(たしかコジマ通信社とか言ったっけ。)
魔王に影響を受けたシズクは、彼を中立で見ているそのサークルに興味が出たようである。近い将来にまた魔王と顔を合わせることもあるかもしれない。
ミキはサクラの事は詳しく知らないのでこの時点ではピンと来ては居なかった。
「ここで良いんだよな?随分盛況じゃねえか。」
「わああ、屋台も良かったけどこっちも素敵ね。」
「モリト!チャンスは逃さず、がんがん食べるわよ!」
「ヨクミさん、初めての場所でそんなに動き回っちゃ危ないよ!」
水星屋2号店へ到着すると、まだ早い時間帯なのに駐車場はかなり埋まっている。
「随分混んでますねー。あ、あそこで焼き鳥売ってますよ!隣には……かき氷?」
「いらっしゃい!お土産の焼き鳥はいかがですかー!」
「それよりもかき氷!店内持ち込みOKですよー!」
「雪女直送のサラサラの氷です!」
そこには屋台の焼き鳥屋を営業するヒナカワ・ショウジと、隣のかき氷屋には訓練棟2階にいた冷気女。そしてコスプレ広場の雪女コスの女性が声を張り上げていた。
「あなた達は……生きてたんですか!?」
モリトは胸を押さえながら声を振り絞る。彼はまだ心の傷が癒えて居ないのだ。
「おう、青坊主!あの時は世話になったな!瀬戸際でマスターに助けられてよ。」
「私もよ。ほら、迷惑料代わりに持っていきなさい!」
「はい、どーぞ!モリト君も伝説さんもお元気そうで何よりです。」
「あ、ありがとう。雪女さんもこちらで働いてるんですね。」
「マスターさんに言われてお手伝いできたらなーって。ほら、店長はちょっと人見知りするから。」
どっちかというと冷気女さんは人間不信であるが、似たようなチカラの雪女コスさんがフォローする形で一緒に営業してるらしい。
「でもこの2人、付き合い始めたから私はお役御免な気がするんですよ。」
「「「ええっ!?」」」
「何よその顔!別にいいでしょ!彼なら私の心を溶かしてくれるのよ。」
「オレたちも最初はケンカしてたんだけどよ。青坊主の一撃でかき氷も良いんじゃないかって思うようになったからさ。2人合わされば丁度いいんじゃないかって。」
(某漫画だと消滅しそうな組み合わせだけど……)
そんな事を考えながら、全員かき氷を受け取って、お土産用の焼き鳥を注文する。倒した相手なので少々気まずいが、生きてその先の未来を夢見る相手が出来たのは喜ばしいことだった。
「じゃあ焼いておくから帰りに寄ってくれな!味は保証するぜ、なにせ水星屋本店にも卸している逸品だからな!」
彼らと別れて店内に入ると、カズヤと書かれたプレートの店員さんに券売機と席を案内される。
(案内中、3方向からずっと愛憎入り混じった視線が彼に絡んでたけど……この子大丈夫なのかな。修羅場?)
メグミはそんな感情を感知しながら席につく。
「よく来たわね!約束を守るのは大事よ。通行……食券を確認させてもらうわ!」
この会社の社長であり店長でもあるサトウ・キリコが挨拶がてら接客に現れた。ちなみに外の屋台の2店舗も株式会社アマウサギに所属している。
「キリコさん、本当にここの店長だったのね。」
「そりゃそうよ!ここはマスターと私の愛の結晶なのよ。」
「私”達”だろう?店長、アオバに聞かれてたら大変だったぞ。」
「その……3人共マスターの愛人なのか?」
「こらユウヤ、デリカシー!」
「言っとくが無理やりじゃないぞ、自分達からアタックしたしな。」
「そーよ、変な勘ぐりは止めてよね!」
そう言うキリコだけは読心頼みだったのは敢えて言わない。
【ドイツで拘束されていた両親を開放したザール家の姉妹達。今度は日本のスギミヤ市と姉妹都市となる宣言を――】
「「「えええ!?」」」
料理を待っている間に流れたニュースに吹き出しそうになる一同。
元気な4姉妹の姿がそこに映されていた。
「みんな……」
「なあ、あとでマスターのやつに言って……」
「ダメよ、私はユウヤの浮気監視員なんだから。もしテンスルに会って自分が消えちゃっても困るし……」
メリーさんは今もユウヤのスマホに取り憑いていた。持ち主はユウヤに移行したつもりだが、万が一があっては困る。
そして今は平和な街中なので、滅多なことでは姿を表さないでいる。その分自宅ではやかましいが、ユウヤはそれすらも楽しんでいた。
ヘッドギアの37ちゃんはNTに吸収されたコバヤシ電気に引き取られてここには居ない。だがそのAIは会話機能を残して譲ってくれる約束となっている。
「おまちどう様でーす。」
料理が運ばれてきてあの時と同じ味を楽しんでいると、話は今後の事に移っていく。
「えー!?モリトさん、引っ越しちゃうんですか!?」
「うん、とても遠くへね。そこで新しい生活を始めようと思う。」
モリトからの報告にミキは驚いてから悲しそうな表情となる。
「その、電話で連絡くらいは出来るんですよね?」
「いや、多分無理かな。そういうのが無い国だから。」
「そんな文明の香りがしない田舎に!?もしかしてマスターさんの機嫌を損ねてトバされるんですか!?」
「彼は関係無いよ。僕自身の問題さ。」
「言っとくけど、発電所やかまぼこ工場くらいはあるんですからね!」
モリトは近々ウプラジュへの移住を希望していた。というのもあの事件以降、人間不信が続いていた。仲間や知り合い、皮肉にも契約書を胸に入れたマスターとは平気だが、診療所では高齢の患者さんと話すのを躊躇ってしまう。院長も気持ちは解るので徐々に慣らしていこうと言ってくれた。
だが1ヶ月様子を見たが回復の兆しが見えないことや、ヨクミとフユミがウプラジュへの帰還を希望したのを機に、自分も付いていく旨をマスターに伝えた。
ちなみにまだ彼らは付き合っていない。色々ありすぎて落ち着いて色恋についての話ができず、いつのまにか言い出しずらくなっていた。
「後で水星屋への入り口は設置してくれるみたいだから、本店の方なら会えると思うよ。」
「ガチの都市伝説に出会えるかなぁ……」
「サクラさん達に頼めば大丈夫でしょ。」
「メグミさん達は居なくなったりしませんよね?」
「しないわ。やっと念願の医者になれたのですもの。」
「オレもメグミの夢に付き合うからずっと一緒だな。」
彼ら・彼女らはしれっと医療行為をしていたが、免許は偽造である。マスター制作の為、ホンモノより出来の良い偽造免許が手に入った。
実力は問題ないしちゃんと登録もしてあるので偽だという証拠集めは苦労するだろう。
「ミサキはどうすんだ?」
「一旦実家に戻るけどそれからの事は未定ね。チカラの解毒剤の研究がこっちでも出来るか分からないし。」
「ふーん……解毒剤!?」
「よう、なんか面白い話ししてるな。」
「「チカラを消しちゃうの?」」
ユウヤが驚いたと同時にソウイチとアイカ・エイカが現れた。建築現場から用意されたアパートへ、2人を向かえに行ったのだ。
アイカとエイカは15歳の身体から、6歳の物へと変化している。
来年4月からは小学1年生として学校に通うことが決まっていた。まともな義務教育を受けてないことから、このような処置をとった。
これに対して母親として立候補したのが、アパートの管理人であるイダーだった。遡行施術も立ち会い、顔を赤らめて感動する彼女。更に磨きをかけた料理でアイカ達の胃袋を掴むが、彼女自身は心をワシ掴みにされた。
ちなみにキョウコも同じアパートに済んでいるが、最近は市役所で忙しく働いている。このまま行けば若き女市長の誕生となりそうである。”若き”の部分はマスターのチカラが原因で、男性職員からの人気も高いものとなっている。
「消すと言うより薄めるのよ。ミキモト達だって中和剤を作れたのだから、本家にもあるかもしれないし。」
「その中和剤じゃダメなのか?オレたちはミキモト製だし。」
「あんな業務用を使ったら死ぬわよ。」
「それもそっか。」
「それで、実験体が必要だからソウイチも付いてきなさい。」
「実験体かよ。いやまぁ、そうか。解った。」
身体への負担に不安が残るのはユウヤとソウイチだ。
ユウヤはメグミと一緒に居る以上、ついていくのはソウイチになる。
「マスターさんには連絡しておくから、日程決まったらよろしくね。」
「おう。」
((やったね!))
内心ほくそ笑むミサキとメグミだった。
その後は賑やかなメンバーで食事して、笑顔のままで帰っていった。
…………
「やあ、いらっしゃい。まずはそこに掛けてよ。」
営業時間の終わった水星屋。ユウヤとメグミはカウンター席に座る。
セツナは居ない。マスターだけのお出迎えだ。
「失礼します。」
「そんなに固くならなくても良いさ。まだ慣れない?」
いやもうひとり、その場にはコジマ・サクラがいた。
「そりゃ、無理ってもんですよ。」
「正直でよろしい。その調子なら大丈夫。」
「「はぁ……」」
長年追っていた現代の魔王と頻繁に会うとなれば心の多方面に気まずさが現れるというものだ。
「ではさっさと済ませよう……うん。見た所、”門”は安定しているようだ。本人は何か変わりはない?」
時間を止めて黒モヤでメグミの魂を確認したマスター。定番の質問をしてくる。
「特には何もない、です。」
「結構。邪神についてはこちらでも調査中だから、無理にフィルターを取らないようにね。」
「はい……」
「どうしてここまでしてくれるんだ?」
「その表情だいぶ警戒が入ってるね。なに、自分の為でもある。」
「マスターの?」
「例のナイトのボスは、パラレルワールドのオレの子供だった。女の子のオレが過去に飛んで作った、ね。そのオレが偶然邪神の門を開いて、子供を退避させた。」
「それで……?」
「各世界にその子が現れ、各世界の同じ男がそれを利用してナイトを作り上げた。こういうのを防ぎたいんだよね。」
「妙な因果の回り方だな。」
「邪神というのはサイト九州支部長が呼んでた名だが、時空を越えて様々な世界や時代に現れるらしい。現れる条件は一身に悪意・怨念を集めて門を開く事。その条件、世界中で起こりえそうな話だろう?」
「確かに……その支部長はなんでそれを知ったんですか?」
「トオノ・サツキの話によればエンドウ家は妙な宗教にハマっていたらしい。医療だけでなくよく解らない調査もしていたようだ。」
「その、エンドウって……」
「君を治したのは妹のサヤの方だな。姉はオレが殺してしまった。その事もあってか、今はヨーロッパの何処かに居るようだ。サイトも再編中で混乱している。確定情報は待っててくれ。」
サヤは弱ったメグミを助ける際に別の村人のパーツをツギハギして治療した。彼女の回復という特性上それでも生き延びる事が出来たのだが、何人もの苦しみをその身に宿すことになってしまう。
それが悪意に敏感になった理由でもあり、”門”が開き易くなった理由だったようだ。
「はい。でももし邪神が出たら……倒せるんですか?」
「無理に戦うつもりはないよ、未知は怖いしね。でも対策はしておいて損はないだろう。一応あの街での経験もあるし。」
そのマスターの言葉に、興味深い物を感じたユウヤが問いかける。
「マスターも弱点とかあるのか?」
「ユウヤ!それは……」
「あるでしょ。未知の何かには。」
「「「…………」」」
「ていうか、そう思ってないと足元を掬われるし。」
「ああ……じゃあ実際には弱点とか無いに等しいのか。」
「あの時も勝てる気がしなかったもんね。」
「後のことを考えないなら、2人とも人間を辞めればいい勝負はしただろうけどね。そもそも弱点がどうとか言ってる時点で、まだ人間的な見方だよ。……人間だから別に良いけどさ。」
「どういうことだ?」
「オレは既に人としては死んでるんだ。社会的にもね。つまりもう充分に負けている。君達は勝っている。それ以上何と戦おうって話さ。闇雲に暴力を振るっても自分に跳ね返ってくるだけでしょ。」
「言いたい事は、まあ分かるけど。でもあんな事件起こされたら!」
「だからね。あの事件はそもそも誰かの依頼なんだよ。それがあの時期に集まって魔王事件と呼ばれてる。オレがやらなくても別の誰かがやって、結局同じことになっていたのさ。」
「「…………」」
黙る2人。サクラはお酒を飲みながら興味深く聞いている。
「じゃあ人類はもう、現代の魔王と共存するしか無いって事か?」
「そんなことはないよ。オレを完全に葬るなら依頼しなければ良いだけ。ウチの依頼のとり方はエグイからなかなか難しいとは思うけど。」
ヒトが弱った時に営業に来るので、タダでさえ欲望に弱い人類には断るのは難しいだろう。
実は契約期間があることは黙っておくマスター。彼が引退してもケーイチだっているし、もっと増える可能性もある。
「そんな渋い顔しないで、飲んでいってくれ。別に君達に対して害意はないんだから。」
「「はい……」」
「そうだマスター、ミサキちゃんから会いたいって――」
暗い話はここまでと、サクラは話を移していく。ミサキの話の概要を聞いた彼は許可する方向で話を考えておく。キサキ師匠の里帰りにも丁度いいと考えたからだ。
他にも政治的・オトナ的に際どい話を聞き出していくサクラ。
「ふー、今日はこんな所かしらね。政府との交渉とか恐ろしい事聞いたら、背筋が寒くなったわ。マスター、ラーメンまだ出来ます?」
サクラはマスターと出会った頃を思い出しながらラーメンを所望する。
「出来るよ。」
「オ、オレも!」
「私も!!」
営業時間外だが深夜のとんこつラーメンと聞いてユウヤ達も便乗した。魔王だなんだと言っても、ここのラーメンは安くて美味しい。
人類は欲望に弱い生き物である。事情を知った彼らでさえ抗えないのだから、魔王の驚異はまだ続くのだろう。自業自得と知らぬままに。
「はい、お待ちッ!」
いつもの掛け声と共に、カウンターにはラーメンどころかオカズも大量に付いてきた。
「「「ゴクリ。」」」
ここでの食事は太ることはない。ならば欲望のままに食すだけだ。
「「「いただきま~す!」」」
彼らは箸を取って料理を口に放り込む。その顔はマスターへの緊張も消えて、とても幸せな表情だった。
欲望には負けたが、ユウヤ達は平和なアフターファイブを送れるようになっていた。
…………
魔王邸・寝室。
「今日も凄いわね……お疲れ様、あなた。」
「お疲れ様、○○○。今日もありがとう。」
「じーーー。お母さん、これって痛くないのかなぁ?」
「わああ!セ、セツナ様、いつの間に!?」
「「!?」」
「わ、バレちゃった!」
夫婦の巨大ベッドの端ではセツナが両親を観察していた。珍しくカナが慌てて引き離しに掛かる。
「オレ達に感知できないステルスだって?」
「あなた、やっぱりチカラはちゃんと教えたほうが……」
「そうだな。」
割とドロドロな身体をシーツで隠しながらマスターは娘に近づき、問いかけることにした。
「お、お父さん。ご、ごめ……」
隠して尚、アレな部分と覗きがバレた気まずさから怯えるセツナ。
「興味は持っていいと言ったし怒ったりはしない。だが人には絶対にバラさないこと。セツナも身体の特徴を他の人にベラベラ喋られたら嫌だろう?」
「う、うん。わかりました……」
「うんうん、いい子だ。それともう1つ、本格的に父さんの弟子になる気はないか?あれからちょっと指導しただけでここまで上手くなったんだ。セツナなら本当に凄い能力者になれるだろう。」
「デシ?それって、お父さんと一緒に居られること?」
「そうだな。」
「じゃあやる!」
「よしよし。ではセツナは父さんの最初の弟子だ。1人だけだから一番弟子だそー。」
彼の指導を受けたアオバやイタチ辺りからはツッコミが入りそうなセリフを放つマスター。
「やったー!」
父親の1番になれて嬉しいセツナは飛びついている。ホンワカ雰囲気になったので3人で大浴場へ行ってドロドロを落とす。
(ふ~、一時はどうなるかと思ったカナ!)
カナは幸せ一家のお手伝いをしながら安堵していた。
その後クオンも交えて同じベッドで眠り、また次の幸せな日を願った。
この話を聞いたメンバーはそれぞれの反応を示す。
「セっちゃんが1番弟子?じゃあ私が2番目を貰うしかないな!」
謎のやる気をみせるクリス。キリコが居ない今、戦闘をこなせる者は少ないのだ。
「師弟・親子の歌を作りましょう!」
「「おおー!」」
シオン・リーア・ユズリンは創作意欲を掻き立てられていた。
「特訓すれば医者の出番も増えるわよね。ゴクリ……」
マキは何かを想像して口元がニヤけている。
「各々がそれぞれの生き方で先へ進む。素晴らしい事ですわ。」
『嬉しそうなのは結構だけど、寝かせてくれ……』
クマリが新しい変化に喜んでいると胸の中の杖からツッコまれる。従業員からも不審がられていた。
そしてそれは水星屋2号店の隣の豪邸でも。
「あんな素直な子をマスターに似せちゃダメだと思うんだ。」
「うう、私が最初の弟子じゃないの!?キリコさんも何か言って!」
「よくやったわ、セっちゃん!水星屋はこれで安泰ね!」
「ええー……」
報告を聞いた3人は相変わらずバタバタしている。
モモカはそんな中でもオネムタイムだった。どうやら慣れたらしい。
そんなマスターとの契約した彼女たちの自室の傍らには、新しい写真立てが飾られていた。
白と赤の降り混ざったウェディングドレスで、マスターと並んで映っている写真が入れられていた。
彼は以前”特別”の話した時の約束を守り、この先も一緒に居る証としてこの写真を撮った。
○○○の事が一番なのは変わらない。そこを弁えさえすれば、
どれだけ幸せになっても良いという証だった。
…………
「「おはようございます!」」
「おはよう。今日の仕事は別々のをお願いするわ。」
ある日。いつもの様に社長の家に出勤するマスターとケーイチ。一緒の仕事もタマにはあるが、今日は別件らしい。
「バイト君は副社長から話を聞いて。マスターは依頼人が直接来ているわ。」
「了解ですっと。んじゃお先に行ってるぜ。」
「いってらっしゃーい。それでオレの依頼とは?社長が依頼人と会わせるなんて珍しいですね。」
「こちらの方よ。」
「おはよう、旦那様。とと、○○○○よ!」
「クロシャータ……様?おはようございます。」
そこに現れたのは上級神クロシャータ様。お互い外向きの呼び名に修正しつつ挨拶する。
「実はの、○○○○には異世界ジェールトヴァの調査をお願いしたい。」
「調査……珍しいですね。何もかも。」
「うむ。少々曰く付きの世界でな?とある国で1000年前から呪いの類いが渦巻いておる。原因はその時現れた古の邪神と呼ばれる者だ。」
「ッ!!」
ピンポイントで邪神と言われて流石に動揺するマスター。
「お主が調べておることにも直結する話だ。どうか受けてはくれまいか。」
「もちろんです。詳しく聞きましょう。」
「うむ。あの世界ではそもそも――」
「お待ち下さい、クロシャータ様。彼には概要のみの伝達でお願いします。型にはめると失敗しますわ。」
「そういうタイプだったな。では簡単に。」
社長の的確なアドバイスに沿って話す上級神。
「とある国の王立学校に潜入して、1000年前の聖女の情報を集めるのだ。さすれば自ずと分かるであろう。」
「ざっくりですねぇ……」
「それとこの件については、実は調査員を1人送り込んである。しかし行方知れずの音沙汰なしと来たものだ。この世界の水の神と私は仲が悪いせいか、取り合っても貰えぬ。なので見かけたら保護してやってくれ。」
「分かりました。その方のお名前は?」
「ハルカ。サオトメ・ハルカだ。彼女には辛い思いをさせてばかりだったからな。くれぐれも頼む。」
「ハルカ……分かりました。必ずや。」
「助かる。これを持っていってくれ。」
2つの依頼を了承すると、空間に穴を開けながらバケツとモップを渡されたマスター。
「え?なんで?」
「行けば解るさ。まずはこの先にいる学園理事長と話してくれ。」
「はい、いってきます!」
「いってらっしゃい、マスター。」
「いってらっしゃいませ、あなた様。」
いつもどおり彼を信じて見送る社長と、最後だけは彼の身を案じる現地妻になって見送るクロシャータ。
マスターとその関係者達の新たなる自業自得の物語が、今始まろうとしていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
ここで一旦完結、最終回としましたが、もう少し(50万文字)だけ続きます。
この後はゲーム本編後のエンディングやその裏話と先の話になります。
ゲーム版も小説版も予想より多くの方に見て頂けて、大変嬉しく思いました。
ここまで168万文字もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございます。