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109 コドク そのハテニ

 


「ふぁ~……ユウヤァ、おはよー。」


「むにゃ……お?おはよー。」


【接吻を検出しました。保存しますか? Y/N 】


「YES!」


「「!?!?」」



 2014年10月5日。世界から切り取られた訓練棟2階の休憩室。

 実質仮眠室のベッドで目覚めたメグミは、同じく目の前で寝ていたユウヤをキスで起こすと37ちゃんとメリーさんの掛け合いを聞いて飛び起きた。


「ちょっと!?変なのトコ録画しないでよ!いや、私のスマホに転送して!」


「メグミはおーけーなんだ。」

【転送終了しました。】


「お前ら朝から元気だな……こっちは寝たりねぇくらいだぜ。」


 あくびしながらユウヤがツッコミを入れる。時間が切り離された空間とはいえ、極度の疲労が6時間程の睡眠で完治はしないだろう。


 などとやっていると隣のベッドがモゾモゾし始める。


「くー、すー。」


「ッ!?そうか、あのまま寝て……ヨクミさんのネガオ……」


 目が覚めたモリトはヨクミの寝顔に初手からドキドキしている。一瞬で魅了されて、思わず手を伸ばして頬を優しく触ってしまう。


「んにゅ~いい香りぃ。なんだかよく眠れ……た……ッ!?」


 ヨクミは目を覚ますと、自分の状況が理解できずに言葉が止まる。

 顔は徐々に朱がさしていき、目を見開いて口をパクパクしている。


『おはよう、ヨクミ。よく眠れたみたいね。でもモリト君、寝ている女の子に触るのはマナー違反よ?』


 やや遅れて起きたフユミは大して気にした風でもなくそんな事を言いながら伸びをしていた。


「――――ッ!!」


「今は叫んじゃダメだっ!」


 叫び、逃れようとするヨクミの口を必死で抑えるモリト。ここで叫ばれたら魔力で盛大に2度寝してしまうので、男としてソシリを受けるのを覚悟で止めているのだ。


「おはよーさーん。それだけ元気ならよく眠れたようだな。」


「ノド渇いたー。血ィちょうだ~い。」


「全く、なんとも騒がしい目覚めだな。」


 その光景を眺めながらも強く非難するわけでもなく、マイペースなオトナ達。切り取られた休憩室は平和な朝?を迎えていた。



 …………



「唐揚げ!あ~ん。」


「うっ、僕のオカズが減っていく……」



 全員起きて装備を整え、水星屋のお弁当を頂く一同。ユウヤ達は勿論、大人組もコッソリ届けられたお弁当を広げている。


 モリトは罰として強制オカズ奉納の刑に処され、唐揚げをヨクミの口に放り込んでいるが、周囲にはただのバカップルとして放置されている。

 ヨクミは狙ってるのか無意識かは知らないが、ある意味順調にコトを進めていてフユミは笑顔のまま浮かんでいる。


「あんなに時間が経ってるのに揚げたてが食べられるなんて不思議なお弁当箱ね!」


「それよりこの後の話をしようぜ。ハルさん達には悪いけどミキモト達は逮捕させてもらいますよ。」


「ま、そうだろうな。収穫はそれなりだし、オレらはサポートに徹するよ。」


 ハロウは弁当と一緒にケーイチから渡された書類を見ながら答える。それを読んでどうやら納得し、未来志向になったようだ。


「でもさー、ヤツらを逮捕して君達はどうするの?上司逮捕したらきっともうミキモトグループには居られないでしょ。」


「なんなら、いつでもウチに来て良いからな。」


「元々近い内に辞める気だったし、なんとかやっていきますよ。」


 この事件が終われば、ミキモトグループは制裁を受けるだろう。

 政府のお抱え……組織の歴史を見ればむしろ直属といって良い組織なのだが、これだけのコトが明るみになれば世論が許さない。今回ばかりは勝手に作られた方の世論だけでなく、本当の国民の意思もだ。


 頭をすげ替えるのか他所に吸収されるのか、解体されてしまうのか。


 どの可能性にしろ上司を捕まえるような面倒な部下は不要と判断され、組織からは追い出される可能性がある。もしくは閑職で飼い殺しか、激務で使い潰して捨てられるかだろう。


 だが脱走前提で動いていた彼らからすれば大した問題ではない。

 ミサキが行方も生死も不明なのでナカジョウ家に世話になるわけにはいかないが、どこかで腰を落ちつけてメグミの夢に付き合うのも悪くないと思うユウヤだった。



「そろそろ8時間が経過する。部屋が戻るぞ。」



 食事が終わるとサイトウが全員に通達。部屋の壁・天井・床から精神力が抜けていき、吹雪の女を倒した直後の時間に戻ってきた。


「おおっ、本当に寝る前と変わってない!」


 ドアを開けてみると、壁やら何やらに氷がまだ残っている。


「おじーちゃんって実は凄い人?」


「ダテにサイトの長をやってはおらん。もはや戦えぬ身ではあるがな。それよりソウタを頼む。やつは魔王との戦いに傾倒した所為で我らの常識では測れなくなっているだろう。それでもよく考えて行動せねば足元を掬われかねない。気をつけてくれ。」



「分かりました。必ず捕まえてきます!」



 大人組と別れたユウヤチームは、4人プラス3名で生物実験室の重厚な扉の前に立つ。全員食事の時の様な弛緩した空気はもう無い。



「きっと、ずっと碌でもない事をしてきたんだろうな。」



 ユウヤは生物実験室と書かれたプレートを見ながら口を開く。


「ともかく、ココが最後だ。全員装備の確認!」


 ユウヤはアサルトショットガンと能力者用のバトルスーツに追加装甲、ポケットにはメリーさん憑きのスマホを装備。対魔シリーズはメグミに全て譲っている。


 モリトは天寿を全うした火炎放射器に変わってアサルトライフル。腰の大容量ポーチには整理された道具たちが並べられている。


 ヨクミは地下で手に入れた中和剤入りの水筒とスタンガンを腰に携えて、その手には水鉄砲を握っている。


「フユミちゃん、やってやろーね!」

『うん。私も制御を手伝えるくらいには回復してるし!』


「大丈夫そうだな。じゃあメグミ、頼むぜ。」


「わかったわ。37ちゃん、制御お願い!」


【データリンク完了。後はボタンを押すだけです。】


 突きの姿勢で対魔ナイフを構えるメグミ。37ちゃんの合図を共にボタンを押しながら得物を突き出した。



「死散光ーッ!!」



 ヒュン、ズドドオン!シュゥゥゥゥン……。



「突入開始!」



 氷と金属で厳重に閉じられた扉を紫色の光で分解したメグミ。


 悪夢からの夜明けへの扉が開かれると、ユウヤの号令のもとに突入する7名だった。


(あのナイフ、やはり残しちゃおけねえな。っと殺気はマズイか。)


 いや、どうやら8人目も入室したようだ。ケーイチはステルスで教え子たちの後をついていく。メグミに察知されないように意識しながら仇敵達の下へ歩いていった。



 …………



「ようやく会えたな、ミキモト教授!いや、反逆者めっ!」



「やはりお前たちは他の雑兵とは違うようじゃな。よくぞここまで辿り着いたものじゃ。」



 生物実験室に突入したユウヤチームは、中央付近で乾布摩擦をしていたミキモトとサワダに近づき銃を向けた。



「お前たちを逮捕する!テロを起こした責任は必ず償わせて貰うぜ!」



 ユウヤがアサルトショットガンを突き出し宣言する。しかし2人はどこ吹く風といった感じで服を着はじめていた。さすがに下着姿のままではシリアスな場面に似つかわしくないので、ソコは特に突っ込まないユウヤ達。


「ほっほっほ、言うに事欠いてテロ容疑で逮捕とはな。」

「これだから目の前の事しか見ない若者は困ったモノですね。」


「何を笑ってんのよ、このハゲマッド!あんた達自分が何をしたのか分かってるんでしょうね!?」


 しかしニヤつきながら白衣を羽織る2人にヨクミが激昂する。


「オブラートは大事だよ、人魚さん。我々は別にマッドサイエンティストを気取ってるわけではない。」


「うむ。研究者の死んだ毛根はケンサンの証。そして今宵の喧騒は我々の、人類の正義の証じゃ!」


 ダダダッ!


 彼らの足元に3発だけ銃弾が放たれた。


「言葉に気をつけろよ、ヒトデナシ!こっちだって逮捕なんて悠長なコト言ってないで、本当は殺したくて堪らないんだ!人を、街を!平和を地獄に変えたお前達のどこに正義が在るというんだッ!!」


 モリトも怒り心頭で普段は見せない感情的な姿を晒す。せっかく戻り始めた周囲の気温が、ぐんぐん下がってまたもや真冬並だ。


「仲間を、友達を犠牲させられて……正義ですって?」


「その様子だとプレゼントは気に入ってもらえたようじゃな。」


「……殺すわ。」


 赤黒い湯気が立ち上りながらゆらりと近づこうとするメグミをユウヤが止める。


「こらえろ、騒ぐだけじゃ解決しない。一応聞くぜ!なんでこんな事をしやがった!?」


「もちろん、世の中に蔓延る驚異を排除する為じゃ。この場合で言えば現代の魔王を倒す為、じゃな。ほれ、サワダ。」


「あ、ソレ自分が言うんですね。コホン、では僕の方から解説するよ。」


 銃を向けられているのに気圧される事もなく、前に出るサワダ。さり気なくミキモトを庇うような立ち位置にいる。


「我々特殊部隊は打倒魔王の為に、それに類するテロリストに対抗する為に作られました。が、後手に回ってばかりで何年経っても碌な成果がありませんでした。その間、魔王の戦力増強や便乗したテロリスト・裏社会の人間たちの増長など事体は悪化するばかりです。」


 サワダは組織が作られた経緯から現状の問題点を連ねていく。この辺はユウヤ達も自覚しているのでただの確認だ。


「そこで考案されたのが今夜の魔王討伐作戦です。彼を倒すのに重要なポイントは2つ。その姿を捕捉する事と、その守りを突破する事。」


 これも言われなくても知っている事だ。ただの確認作業にイラつき始めた面々は今にも銃を撃ちそうになっていて、ユウヤが止めている。


「これまでの傾向から、魔王は様々な事件に介入する事が解ってます。つまりこちらから事件を起こし、罠を張る。そうすれば狙った場所に彼をおびき寄せる事が可能というわけですね。事実、今夜は魔王が2名とも姿を表していますし、この点はほぼ成功と言えるでしょう。」


「「「…………」」」


 言われてみればその通り。事件に限らず災害時などにも現れて介入した事があった。つまり何かしら大きなコトが起きれば魔王は現れる可能性が高くなるのだ。


「だからといってココまでする必要があった!?」


「もちろん。事件を起こせば犠牲は必至。それに現代の魔王が現れたとしても勝てなければ意味はない。だから勝てる者を生み出す必要があったのです。だから今夜の死者はただの犠牲者ではなく――」


「まさか……蠱毒の真似事でもしようと思ったのか!?」


 サワダの説明に割り込んだモリト。ミキモトがよく出来ましたと解説を引き継ぐ。


「ほう、わかっておったか。モリト君はそれなりに聡いの。然りじゃ。魔王を倒す戦力候補を極限状態に置き、とことんまでチカラを磨く事で昇華させようとの試みたわけじゃな。」


「お前ら……」


 軽くパチパチと手をたたきながら解説するミキモトに、怒りの念が充満していくモリトの心。

 蠱毒――コドクとは古代大陸の呪術であるが、フィクション作品等でもよく取り上げられている。多くの生き物を一箇所で戦わせて生き残りのチカラを利用する。大雑把に言えばそんな所である。


「その気持はモットモだけど、効果はあっでしょう?君だって土壇場でチカラに目覚めたし、ユウヤ君は魔王の領域に近づく事が出来た。メグミちゃんは1000年の歴史を持つノロイを凌駕したし、人魚ちゃんのモリト君への貢献も大きい。」


「ソウイチチームは惜しかったが、イットキの爆発力より継戦能力の高さと柔軟さが勝った形よの。じゃが被害の深刻度は予想外じゃった。念の為、系列のコンビニに弾も配っておいて良かったのう。」


 2人とも今夜の事件をまるで自分達の手柄の様に、感想戦の様な口ぶりで語り始める。


「「「…………」」」


 ユウヤチームは言葉を失っていた。既に言葉は耳に入らず、ミキモト達がしたり顔でモノを言う度に殺戮本能が刺激されている。



『これがこの世界におけるニンゲンですか。こちらには精霊が少ないのも道理というワケですね。』


【両名は深刻なココロの病に侵されてると判断します。】


「愚かね。」



 代わりに人外組が罵るが、メリーさんは見るのも嫌といった感じだ。


(サイトウさんが言った通り、常識は通じない。そしてもう、僕は彼らを殺すつもりでいる。だがその前に確認すべき事がある。)


 激情と冷静さが混ざって表情が消滅しかかっているモリトが前に出る。



「1つだ。1つだけ聞く。」



「モリト……?」


「なんだい、改まって。そろそろ先へ進めたいから――」



「この件は”誰”の命令だ。政府か?それともお前達の独断か?」



「こんな冴えた作戦、ワシ以外に誰が発案できようか。もちろん、政府の許可はとっておるぞ。経済を動かすお偉方にもな。」


「オーケー。つまりこの国の上層部はこれを是としたワケか……」


「ウチの出資者の1人には反発されましたけどね。NTグループは話も聞いてくれませんでしたし。」


 ワナワナと震えるモリトに馬鹿正直に捕捉するサワダ。するとプツッとノイズが入って後ろから、隣の部屋から拡声されたハロウの声が聞こえてきた。


『当然だ!ウチがこんなコトの片棒を担ぐわけ無いだろう!』


『義姉さん、ミキモトを毛嫌いしてるもんね。』


『『『―――――ッ!!』』』


 NT組の音声の他に、大勢の苦悶の声が聞こえてくる。見れば2重の強化ガラスの向こうでは、あまり人の形をしてない研究員達が血液を撒き散らしてもがき苦しんでいる。


 その見た目は地獄絵図としか言いようのない


「お、おい!やりすぎじゃないか!?」


『なーに、誰一人として殺しちゃいないから問題ないよ。』


『そうそう、ちょっとだけ私の血液を垂らしてあるだけよ。』


『こっちは気にせず、そっちはそっちでケリを着けるんだ!』


『『『―――――ッ!!』』』


 苦悶の声とともにマイクがオフになる。どうやら死ぬに死ねない苦しみをミキモトの弟子たちに味あわせているようだ。


「……ユウヤ!」


「おう!悪いがオレ達はその作戦には乗らない!魔王がどうとか関係なしにお前達を拘束させてもらう!」


「ほっほっほ、反逆か。若いのう。……時間が在るという事は幸せじゃわい。」


 年老いた研究者は本音の一端を漏らしながらも白衣から緑色のクスリを取り出した。


「僕達もただでやられるわけには行きません。我々の悲願を果たす為にも、クスリで再調整させてもらうよ!」


 ミキモト同様に臨戦態勢を取るサワダ。


「そんな事はさせないわ!あんた等の脳をシチューにしてやる!」


 メグミが宣言すると同時に2人はクスリを射った。


「撃てーっ!」


 ズドドオン!ダダダダダ!パンパンパンッ!バシュバシュン!


 拘束するという割には容赦なく全員発砲する。多少のキズなら治せるので遠慮はいらないのだ。


「甘いのう。」


「くッ!?」


 しかし2人は左右に散開してあっさりと銃撃を避けてしまう。それもそのハズ、クスリの効果で運動能力がハネ上がっているのだ。


「物分りの悪い若者に、ワシ自ら教鞭を取ってしんぜよう!この距離なら格闘のほうが強いのじゃ!」


 ミキモトは赤フンドシに白衣、そして急激に伸びた髪とヒゲをはためかせながらヨクミを狙う。


「毛が生えてるううう!?こっちくるなあああ!」


 にょきにょきと伸びる髪の気持ち悪さから涙目で水鉄砲を放つヨクミ。それを簡単に避けて老人の細腕とは思えぬ筋肉質なフックが彼女を襲う。


「やらせない!」


 対魔ナイフを携えてミキモトの右腕を切り落とそうと、メグミが得物を振り下ろす。


「分りやすいのう、ほいっと。」


 身を翻してメグミの一撃を躱すミキモト。先程まで自分が居た場所に火の着いた火炎瓶をお土産にしており、凶刃は瓶を分解してしまう。


 ボォオオッ!


「しまっ……」

「どわあああ、”ヴァルナー”!」


 一瞬で火達磨になりかけた所を出力の低いヴァルナーで消火するヨクミ。あたふたしている2人の背後からミキモトが蹴りも交えたラッシュを敢行する。


「なっ、強い!?」


「研究結果を自分で使わぬワケが無いじゃろう!」


 今度は2つの小瓶の中身を撒き散らし、催涙効果を発揮させる。


「目が染みるううう!!”ヴァダー”!」


「この、このっ!」


「目が見えぬ時にそのナイフを使うとは、愚かよのう。」


 パシンッ!と手を弾かれ足を掛けられ床に叩きつけられるメグミ。


 ミキモトはとうの昔に一線を退いたとは言え、ナイトとの激戦を生き抜いた男である。人体を強化するクスリと、各種薬物の混合液で優位に戦いを進めていた。



「メグミッ!くっ、こんな!」


「はははっ、研究者だから弱いとでも思ったのかい?」


 一方でユウヤとモリトもサワダに翻弄されていた。アケミのレーションをばら撒かれて身体中に料理スライムが取り付き動きが鈍らされている。


 普段ならそんなものを食らったりしないが、速度低下や水の鎧の形成のスキを突かれて先手を許してしまった。


「こ、こんなもので!」


 ダダダダダ!ダダダダダ!


 モリトは水の鎧でスライムを弾きながらアサルトライフルでサワダを狙う。それを華麗にかわし続ける彼は、ニンゲンと認識していいか怪しくなっている。


「今よ!後ろを取って!」

「おうよ!」


 モリトが時間を稼いでる内にスライムから抜け出して高速でサワダの背後に回り込むユウヤ。至近距離まで近づいてその足に銃を向ける。


「くっ!」


 ズドドドドドオン!


「どうだっ!」


 サワダが気づいた時には散弾の流星群が下半身に降り注いでいた。


「残念でした!」


「なんだと!?」


 サワダは”無傷”の足で素早くユウヤに足をかけて、流星群だった散弾の転がる床へ叩きつける。


 ドババババッ!


「ぐあああああ!」


 ユウヤはその衝撃を逃がすために受け身を取ろうとするが、その前に全身に痛みが走る。

 ユウヤを襲ったのは自身が撃ち出した散弾だった。威力は本来の半分以下に抑えられているしバトルスーツの防弾効果も発揮されているが、人の身で食らって健康に良い物でもない。



「僕もチカラ持ちなのさ。」



 サワダは周囲のモノを任意に柔軟に変化させるチカラを持っていた。


 これなら床を軟化させて反動で勢い良く移動出来るし、銃弾を軟化させて衝撃を逃した後に解除すれば跳弾でカウンターも可能だ。


 普段の研究でもサンプルの負荷を減らして実験できたりと、大変便利なチカラである。父親の「伸縮」ほど戦闘特化ではないが、むしろ研究者の持つ才能としては申し分ない。


 ミキモトの弟子になったのは本人の意思と、当時はまだ残っていた教授の”人情”による所が大きい。その辺が認められてミキモト教授の秘書的なポジションを獲得することになった。


 ダダダダダ!ダダダダダ!


「ポイポイと。では次に行かせてもらうよ。」


 モリトのライフルが火を噴く中で悶絶するユウヤにレーションを放るサワダ。彼は次々と着弾する弾丸を軟化させながらモリトへ近づいていく。


「遠距離ではダメか……なら!」


 ライフルでの足止めを諦めて、蒸気噴射からの水圧ラッシュで殴り合いを仕掛ける。


「そう来るしか無いよね?」


 サワダも床を軟化させてクスリのキマった足で踏み込みモリトと激突する。


「水ならいくら柔くさせても!ヴァダークゥラーク!」


 ドゴッズバシャッ!ドゴッズバシャッ!……


「これが君の覚醒したチカラか。なるほど迫力だけはあるね。」


 モリトのコブシは身体能力で捌けても、水の爆発は普通に食らって翻弄されるサワダ。彼のチカラでは軟水になるだけだ。いや、別にミネラル含有量は変わらないのでこの表現は間違いか。


「大人しくお縄に付け!」


 モリトは怯んだサワダの片腕をとって床に押さえつけた。


「君は何度間違いをすれば学ぶんだい?」


 バチバチバチバチバチッ!


「あばばばばばば……」


「あはは、凄いねこれ!肩こりが取れそうだ!」


 もう片方の手でスタンガンを起動して相手諸共電流を浴びたサワダは何故か楽しそうである。

 一方モリトは鎧の維持が出来なくなって解除されてしまう。


「チカラとは人間の意思。科学的に言えば微弱な電気信号を起点とする。こんな電流を浴びればご自慢の鎧もカタナシってわけだね。」


 パンパンパンッ!


「ウゴ!?ごああああ……」


 モリトはひっぺがされて腹に3発の銃弾を打ち込まれて悶絶する。



「ユウヤ!モリト!」



 メグミが叫ぶが返事はない。だが要らない返事だけ帰ってくる。


「ほれほれ、他を気にしている暇があるのかね?」


 ミキモトはメグミ・ヨクミ両名を相手取った上で混合薬物の使用を交えながら格闘戦を繰り広げていた。とても老い先短い老人とは思えない、後ろに目が付いているのかと錯覚するような動きに2人の攻撃は躱されてしまう。


(格闘も魔法も捌かれる!やはりあのチカラが使えないと……)


 ミキモト相手には必中のヒール砲も効果はない。赤黒いノロイを繰り出してもやはり出力が足りないのだ。


「しかし、これが本当にナカジョウを破ったチカラかの?この程度では……我々に苦戦するようでは魔王は倒せんぞ?」


 過去の約束とは別に、ナカジョウを超えると宣言した事を気にするミキモト。彼女を圧倒すれば勝ったことになるなと密かに考えていたが、メグミの不甲斐なさに失望の色が見える。


「好き勝手言ってくれちゃって!」


【焦りは禁物です。剣筋のサポートを表示します。】


 メグミのバイザーには37ちゃんから切り込む角度が表示される。

 それはとても効率的なデータだったが、まるで関節を外しているかのようなミキモトの動きには対応しきれない。


 理由として37ちゃんの対人リミットが働き致命傷を避けたデータなので、身体の末端を狙う物が多くミキモトとしては避けやすいのである。


『いまならモリト君も見てないわ!』

「恥ずかしいけど、ウィンドミル!」


 風精霊のチカラを借りて、ヨクミがブオンブオンと連続で蹴りを放つがこれも全て捌かれてしまう。しかしさすがに手一杯なのか、後ろへ下がることで2人の間合いから逃れたミキモト教授。



「貰ったあああッ!」



 赤黒オーラを纏って突撃するメグミ。バイザーの表示は左右にフェイントを入れるルートだったが最短距離を最速で駆け抜けようとして――。



 パァン!



「カハッ!」



 ミキモトが白衣から取り出した拳銃の一撃を脇腹に受けて転がった。対魔ナイフは彼女の手を離れて滑っていく。


「まっすぐな動きはタダの的じゃぞ。」


「「「メグミ!!」」」


 メグミは対魔スーツの防弾機能を貫かれ、脇腹をえぐられて床に血溜まりを作り出している。


「そん、な……」


「対魔王弾じゃ。ワシらが使えぬわけもないだろうに、警戒すらせんとは……ムッ!?」


 ブワアッ!


 呆れた口調で失望を隠さないミキモトだったが、突如何処からか殺気が沸き起こって身震いする。


「く、くそっ!メグミッ!」


 ユウヤが激痛から立ち上がったその時に起きた凶行。また間に合わなかったのかと負の感情が湧き上がる。


「メグミ!この、離しなさい!」


「行かせませんよ。」


 ヨクミはサワダに押さえつけられ治療に向かえない。焦りと怒りでどうしようもない感情が渦巻き始める。


「そんな、馬鹿な……」


 モリトは敵を引き止められず、味方を危険に晒した責任を感じている。無力感と絶望感にココロと身体を支配される感覚を味わう。


(こいつめ、まだそんな物を!!)


 ステルスのケーイチはアケミとの別れの夜を思い出していた。

 恐らく先程の対魔王弾は彼の子供の物では無いが、当然誰かを犠牲にして作られたモノなのだろう。


 今にも飛び出したいが、まだマスターからの指示のタイミングではない。さすがにもう彼に逆らう気はないので堪えているが、殺気だけは隠せなかった。


 室内には彼らの負の感情が、これでもかとばかりに渦巻き始めていた。



 …………



「おいおい、やられちまってるぜ?」


「本当に助けに行っちゃダメなの?」



 隣の部屋では観戦していたNT組が焦り始めるが、その隣にいる透明なマスターからは救援の指示は出ない。


「うん。彼らが乗り越えねばならないシーンですから。けど、うーん。いや、大丈夫だと思うよ。うん。」


 むしろ彼は別の事が気がかりのようだ。



(なに?さっきから強い感情が……)



 メグミは気絶寸前……というか瀕死の状態ながらも自身のセンサーに負の感情を捉えていた。


(これは、みんなのキモチ?ああ、私はもう……?)


 室内の負の感情を読み取って自身が長くはないことを悟る。傷を治したくても光が出ない。光を認識することも出来ない。


(でもこのまま終わってはダメ。まだアケミさんに会うには早いもの。何とかフタを退けて出力を引き上げれば……ッ!?)


 メグミも自分の心の中に、チカラの源を閉じた”何か”が在る事には気づいている。公園の時の様な、内側から溢れるチカラが殆ど湧いてこないのだから当然だろう。何とかせねばと意識を集中させていると、自身の向いている先にヒトキワ大きい殺気を感じとる。


(これはミキモトの?そんなに私達が憎いの?フザケた話ね!)


 その殺気は本気で世界をどうにかしてしまいそうな程のもので、メグミの中にある”複数”の黒いナニカが強く反応している。



(そう、やっぱり許せないわよね。だったら私がする事は!)



 メグミの身体は室内の感情を吸収したかのように赤黒オーラがにじみ始める。そのチカラで自分の心の中にあるフタを横へとスライドさせるイメージを抱いた。


 グググググ……ゴトリ。



 ブワァァアアアアアアアアアアアッ!!



 突如メグミの脇腹から赤黒い触手が生えて傷を覆うと、今度はいつものオーラが全身から立ち昇る。


「んな!?この輝きは……サワダ!アヤツを出せい!」


「りょ、了解です!」


 これは公園の時の現象だと瞬時に判断したミキモトがサワダへ応援の指示を出す。それを受けた彼は即座にヨクミから離れて昇降機のパネルの操作を始めた。


(おっと、逆転か?もう少し離れて様子を見るか……)


 いつでもミキモトをくびり殺せるようにと、彼の背後で殺気をだだ漏れにしていたケーイチ。殺気をしまってステルス状態のまま部屋の隅まで移動した。実はメグミが感じ取った特大の殺気は……まあ深くは気にしない事にしよう。


「「「メグミ!」」」


「”イズレチーチ”!」


「う……あ……にく、い。ゆるせ……ない。」


 開放されたヨクミが回復魔法を掛けるが、患部は真っ黒なままで上手く治療出来ているかもわからない。だが彼女はゆらりと立ち上がってその場でフラフラと揺れながら索敵している。


「そこ……?しね。」


「うおおおお!?」

「どわあああ!?」


 赤黒い触手のムチをギリギリで避けたミキモトとサワダ。操作パネルや床がバキバキにひび割れてしまっている。

 触手での攻撃を5度、6度と回数を重ねる度に室内が破壊され、天井や壁から伸びるアームも粉微塵になっていく。それでも驚くべき身体能力で躱し続けるミキモトとサワダ。



『――――。――――。』



「ここも大事な所って事か!?」


「何よ、また受信したの?」


 こんなタイミングで天啓・電波が降りてきて、慌ててメグミに駆け寄るユウヤ。痛みは残っているがここで動かねば碌な事にならないという確信があった。


「メグミ!オレだ。分かるか!?」


「ユウ、ヤ。」


 ユウヤは激痛を堪えながらメグミに抱きつき、触手の動きを止めさせる。


「そうだ。このままじゃあいつらを殺してしまう。落ち着くんだ!ゆっくり息を吐きだして――」


「…………ユウヤ、ありがとう。もう、大丈夫よ。」


 ユウヤの説得の甲斐あって徐々に落ち着き始めるメグミ。半径1m程あったオーラが半分以下にまで減ってきた。傷口は赤黒なナニカで覆われていて多少の違和感程度しか感じない。

 ヨクミの魔法が効いたのか赤黒による補完なのかは分からないが、今動けるのなら問題無いと無理にでも思い込む。


「せ、せっかく逆転出来たのに良いのかい?今我々の研究の集大成を呼び出し中だ。落ち着いたら勝てないかもしれないよ?」


「「「!!」」」


 その言葉にモリトとヨクミが武器を構えるが、相変わらず彼らはその程度では怖気づいたりしない。


「ふん、今更ワシらを撃った所で止まらんわい。隣で操作出来る者はおらんようだし、直接操作できるパネルはその子が今さっき壊してしまったからのう。」


 本来なら隣の観測室で操作してモンスターを出し入れするが、そちらの研究員は肉塊状態。こちらの操作パネルはメグミの触手の餌食になっている。


(チッ、ただの暴力だけでは解決は出来ない。今みたいに足元を掬われるだけだ。勝つ為には相手をきちんと知る必要があるな。)


 教官の教えを思い出した彼はミキモトたちへ問いかける。


「あんたらのその執念は何処から来てるんだ?正義を名乗るにしては物騒すぎて、そんなものを押し付けられても困るんだよ!」


「ふむ、意外と冷静……いや、トキタ君の教えかな?」


「……」


「だがまあ、いいじゃろう。」


 ミキモトは注文の品が届くまでの時間稼ぎを兼ねて、説明を始めた。


 それはナイトとの苛烈な戦いの話。無秩序な殺意と暴力が、敵も味方も等しく死に追いやった不毛な時代。


 仲間たちと強固な約束を交わして士気を高め、未来に夢を見ながら死んでいった者たちの話。


「間者と情報操作が蔓延り、裏切りの連続。政府も自分の肝いりの組織でそんな事になってるのは発表もできん。その都度都合の良い物語を作って処理される。ワシはナイトを倒す為、そんな被害者を減らす為に研究に打ち込んだ。」


 人体実験を繰り返してナイトに対抗できる手段を作ろうと躍起になっていた。ここで成果を出さねばより多くの者が死ぬ。やがて研究は実を結んで能力者を作れる手段や、彼らを助けるクスリの発展などの成果が現れ始める。


「長かった。何十年もかけてようやく希望が見え始めた。強力なチカラ持ちを生み出した我らはナイトとの決戦をも制した。だが問題はその後の対応じゃった。」


 ナイトの中枢を破壊したは良いが、残党は世界中に居る。それらを引き入れ監視しつつ労働者として使う事を選んだが、そう上手くは行かずにいた。

 普通に独立した反社会組織となる者達や水面下に潜ってテロの機会を伺う者、サイトに迎合したと見せかけてスパイ活動に勤しむ者。新たな体制に移行するに当たって軋轢が多発した。


 それは併合の話だけではなかった。ナイトのボス撃破の功労者であるサイトの悪魔の処遇で相当揉めた。意見は排除と有効活用に別れて余命わずかの彼の奪い合いが始まった。それは世界中の国や組織にまで波及していき、彼の居場所はこの世界に無くなった。


 多くの権力者達の思惑に翻弄された彼は、結果として現代の魔王となってしまう。その驚異を見過ごすわけには行かない。


「そういう訳で、ナイトが倒れたからと言って我々の活動は終わりませんでした。新たな人類の驚異は排除せねばなりません。でなければ志し半ばで倒れた僕の父が浮かばれない!」


「遠い過去に平和な世界を約束したからには、それを果たさねば死んでいった者たちに顔向け出来ぬのだ!」


 そう主張を締める2人。彼らの表情と声色からは本気でそう思っているのがよく分かる。


 トウジとキサキの今の生活や願望を知っていれば「おい、少しは落ち着けよ。」と言いたくなる主張だが、本人たちは大真面目であった。だがそれも仕方のない話だ。普通は死者と生者は会えないものなのだから。


「大昔の約束ってのはゴソンケーに値するが……やらかしたミスと対応のマズさには反吐が出るぜ!」


 ユウヤは吐き捨てるように両研究者を睨みつけた。すぐにサワダが反論する。


「大事な人を守れず、奪われ続ける時代の流れを変えねばならないのが解らないのですか?」


「奪い続けているのはお前達だろうが!だから奪う者も奪われる者も消えないんだよ!」


 サワダの弁明にモリトが勢い良く突っ込んだ。街の惨状、薬液制作の犠牲者達の事を棚に上げさせるつもりはない。


「欲に目がくらんだ所為で魔王が生まれたのでしょう?そのやり方を変えなかったから、魔王が増えたんじゃないの!?」


 メグミはアケミの死の真相を知った今、魔王と呼ばれる男の作られ方も確信している。それは作った側の自業自得、ただそれだけだ。


「現代の魔王は人の道を外れた人物だ。それに対抗するにはこちらも犠牲を覚悟する必要があるんだよ。」


「若者風に言えばコラテラルダメージというやつじゃな。」


「それが原因でここまで拗れたんだろうがッ!!」


 ユウヤは思わず感情的に叫んでしまう。これは行けないと深呼吸をしながら考える。


(こいつらは大昔のコトを盾に、敵を作って被害者ヅラし続ける加害者だ。その証拠に平和のチャンスを棒に振っている!)


 どこかのまとめサイト等で紹介されてそうな言い回しを引用してミキモト達を悲劇のヒロインのフリをしているだけと評すると、ユウヤは再び口を開く。


「あんたらは正義の看板立てて悪事を働いているだけだ。拘束して研究疲れを癒やす休暇をくれてやるぜ、死ぬまでたっぷりな!」


 いつもの調子に戻った彼の宣言で、仲間とともにジリジリと2人に近づくユウヤチーム。


「若造が抜かしよるわい。ワシは仲間と夢見た世界を、生きている内に実現せねばならぬ。ワシが休む時は悲願を達成した時じゃ!」


「勇敢な父の遺志をここに果たす!その為なら犠牲も厭わない!」


「ようやく素直な本音が出たな。」


「看板だけはゴリッパね。たまには自分が犠牲になってみれば?」


「「くッ!」」


 メグミの憎悪混じりの皮肉に、赤黒のオーラが大きくなり始める。

 さすがにビビるミキモト達ではあるが、その時ゴガガガと機械音が聞こえてきて自信を取り戻す。


「それを決めるのは君達ではなぁい!我らが決戦兵器でぇす!」


「どうやら来たようじゃな。蠱毒の仕上げに入るとしよう。」


 両腕を広げて笑いながら話す2人にイラつきを覚えつつ警戒する。


「全員戦闘態勢!何が来ても纏めてぶっとばして、こいつらの悪行を止めてやろうぜ!」


「ばっちコーイ!オカルト魂見せてやるんだから!」


 ユウヤの掛け声にメリーさんが乗り気になってシャドウボクシングをしている。ユウヤは時間を掛けて作られたミキモト達の自信作を、全て倒せば戦意も失われるだろうと考えている。


「ええ!今の私なら何が来ても!37ちゃんもよろしく!」


【Ready、いつでもどうぞ。対人リミットは消去しました。】


 メグミのスペックに合わせて、ある意味オカルトよりも不穏なセリフを37ちゃんが発する。


「了解!まったく、今日だけでここまで人間に不信感を覚える事になるとは思わなかったよ。」


「モリト……悪いけどもう、私もニンゲン駄目だわ。でもみんなの事は信じてるから!」


『それでいいのよ。噂に惑わされず自分の信じられるコトを信じて戦いましょう!』


 水組の2人は人間不信まっしぐらである。フユミは良い事を言った気になってるが、自身の特性を棚に上げている。



 ズズズ……ガゴン!



 やがて昇降機が地下の特別収容所から辿り着き、角・翼・尻尾の生えた身長3mを超す悪魔めいた人型の巨体が現れる。



「見よ、これが対魔王決戦兵器・ニンニク壱号じゃ!」



「グオオオオオオオ、グギェアアアアアアアアアア!!」



 紹介に預かったニンニク壱号は咆哮でアピールし、その迫力で他者を圧倒する。それはそれとして――。


(((そのネーミングはどうにかなからなかったのか。)))


 内心そんな事を考えながら地下の特別収容所で出会った、やべぇモンスターと対面するユウヤチーム。ハッキリ見えてる分、暗がりで見た時より不気味さは感じないが、圧倒的な迫力は直接的な命の危機を感じている。


 名前に関しては漢字で書くと少々怖いのだが、開発を開始した時に研究者仲間同士でニンニク健康法にハマっていたのでセンスについては5分といった所か。


「強靭な筋肉に鋼の体毛!凶器のカタマリの身体でチカラ持ち!我々が優秀な遺伝子を掛け合わせて作った最高傑作じゃ!」


「この戦いで蠱毒が完成する!より強い者が現代の魔王に挑む権利を得るのです!」


「グルルルルルル……」


 2人は言いたいことだけ言ってさっさと部屋の隅に退避する。

 さっさと拘束したい所だが目の前の驚異を排さねば危険だろう。既にニンニク壱号はこちらを睨んで威嚇している。



「散開!モリト・タンク、ヨクミさん妨害!オレ達は……は?」



「グキュルルル、グガッ!グアアアアアアアッ!」



 ニンニク壱号は前のめりになって突撃でもするのかと思いきや、

 その場で膝をついて苦しんでいる。


「なんじゃ!?どうしたというんじゃ!」

「わかりません、最終調整は完璧だったハズです!」


 ミキモト達も予想外だったのか慌てている。銃口を向けられても余裕たっぷりだったのに、だ。


「グルルルルルルル……」


「なんか、取り込み中みたいだけど……」

「油断しないで、悪意は消えてない!」


「今のうちにやるか?……おい、見ろよアレ。背中から!」

「もしかして変身!?あわわわわ。」

『まだ戦闘が始まってもいないのに?』


 うずくまって悶ているニンニク壱号を見守っているユウヤ達。

 そろそろ倒しちゃってもいいかなーとか思い始めた頃に相手の翼の付け根から粘液が漏れ出してきた。


 その粘液は付け根を溶かして両翼が床にぼとりと落ちる。

 それすらも粘液は徐々に溶かして行く。


 その現象は背中だけでなく、身体中のあちこちから食い破ってきた粘液が体毛を溶かしていく。鋼の体毛が消え、黒い地肌が外の微妙な空気に晒される。


「グギャアアアアアア!」


 体内を一周し終えたゴール部分からも粘液が溢れて、尻尾が食い千切れてしまった。それも翼と同じく粘液がどんどん溶かして行く。


「なんじゃこりゃあああああ!」


「こ、これでは防御・耐久が4割減です!一体何が!?」


 慌てふためく研究者達とは対象的に、ユウヤチームは冷めた目でそれらを見ていた。


「……これ、アケミさんのレーションだよね?」

「ああ、あれかぁ。もしかしてユウヤ、狙ってたの?」


 メグミが気づいてモリトがユウヤに確認する。


「いやほら、天啓的なアレで……決戦兵器も食中毒には弱かったみたいだな。まさか世界を救うキッカケのレーションを作るなんてアケミさんはイダイダナー。」


 ユウヤはここに来て現実逃避に片足をつっこんでいる。


「ふふ、さすがはアケミさんね。さあ、さっさと片付けるわよ!」

「攻撃力は変わらなそうだし気をつけよう。だがその前に!」


 相手の足腰の筋肉を観察しながらモリトは警戒を緩めない。

 その上でユウヤにとある事の対策を促す。


「ああ……ヨクミさん、アレ、流してもらっていいか?」


「ふぁい……くしゃくてゲンカイらったわ。”ふぁうにゃー”!」


 ズバッシャアアアア!


 鼻を抑えたヨクミが水魔法を放ってニンニク壱号が撒き散らしたアレソレを排水溝に押し流す。処理施設の止まっている地下が大変なことになるだろうが、ここまで来たら知ったことではない。


『”ふぉるえーど”!』


 ついでに風で臭気もまとめて追い出すとようやく”健全”に戦う準備が整った。


 全員今一度武器のチェックをして無言でうなずくと、起き上がり始めたニンニク壱号との戦いに入る。



「そら、こっちだ!デカイのは図体だけか!?」



 ダダダダダダダ……!


 モリトがフルオートでアサルトライフルを放つ。

 ニンニクから血飛沫が舞い、怒りの表情で彼に突撃していく。


「グアッシャアアアア!!」


 その手のツメを伸ばし、透明に歪むオーラを纏ってモリトを連続で引っ掻いた。


「こ、こんなもの!」


 ダムンダムンダムン!


 流れる水の鎧を分厚く、迫るオーラ爪を水パンチで反らして直撃を避けながら戦うモリト。戦うと言っても防戦一方、とにかく耐える。もし一撃でも爪を喰らえば串刺し間違いなしである。


「グルルル、ギャヴァアアアアアア!」


 業を煮やしたのか、ニンニク壱号は液状のブレスを吐き出した。

 時々粘液混じりなのはレーションの残りか。


 その時モリトの背中についたヨクミが完成した水魔法を放った。


「”ヴァルナー”!」


 ズバッシャアアアアア!


 酸のブレスと中和剤入りの水流が激突して拮抗する。飛び散る飛沫が水の鎧に吸収されて徐々にヤケドを負うモリトとヨクミ。


「あっつ!くそっ……」

「ひええ、お肌があああ!」


 ヤケドを何とかしたいが、今回復に気を取られれば拮抗するチカラの均衡がが崩れてしまう。


「第1球いくわよ!てえええええい!」


 ピッカアアアアア!


 メグミが黒い触手を使って投げた、黄色い光球が彼らの前で光り輝く。

 味方を回復しつつ敵にはダメージを与える一石二鳥の1手のつもりだったが……。


「回復しない!?」

「でも相手には少し効いてる!」


 触手の効果か、何故か味方は上手く回復しない。ニンニクの表面が少しだけデキモノが出来てることから、ノロイ的な効果による変質だろう。


「ならこっちよ!アケミ流応急手当!」


 メグミは2人に駆け寄りながらポーチから絆創膏を取り出して、直接素手でチカラを籠めて鎧の中に投げ込んだ。


「サンキューメグミ!」

「お肌がピカピカよ!」


 黄色い光が絆創膏を通して身体を癒やしていく。


「今、お前の後ろにいるぜっ!」

「やっちゃえ、ユウヤ!シュッシュッ!」


 水の撃ち合いが膠着状態になったと同時に背後へ回っていたユウヤがシャドウボクシング中のメリーさんと一緒に襲いかかる。


「光速ストレート!」


 ズドドォン、ズドドォン!


「グガアッ!?」


 おおよそパンチの音とは思えない激音をニンニクの後頭部に直接叩き込んだ。その衝撃でふらふらと回転しながらよろめいたのを好機と見てモリトが踏み込む。


「喰らえ、D・ダス――」


「グオオオオオオオッ!」


「危ない!」


 バランスを崩したように見せかけて床にズドンと足で踏ん張り、モリトに向けて右のコブシを繰り出すニンニク壱号。公園で一度その挙動を見たことがあるユウヤが警告するが、とても避けるのが間に合うタイミングでは無い。


「行って!」


 ブオオオオオオ!ガコンッ!


 ソウイチそっくりなグレイトブロウがモリトの脇腹に刺さる瞬間、

 その腕を黒い触手が4本掛かりで絡め取り、軌道を反らす事に成功

 する。


「ガァァァ、ガッシャアアアアア!」


 ビュオオオオオオ!!


 触手により身動きが不自由になったニンニク壱号は左の手の平をメグミに向けてチカラを溜めて放出する。


「冷気まで!?今度は僕がッ!」


 水を噴射してメグミとの間に割って入ったモリトがD・ダストの応用で冷気を受け止め目の前に滞留させる。冷気女との対決の経験が数時間寝たことで脳がデフラグされ、ある程度自由に扱える様になっていたようだ。


「助かったわ!」


 冷気にはあまり強くないメグミは安堵しながら礼を言う。

 攻撃が効かないと見ると今度はすぐに放出を辞めたニンニク壱号。次の攻撃のために体勢を低く取る。


「お互い様ってぇ、ねっ!」


 そのスキを突いて纏めた冷気を相手の左足に叩きつけて、一気に

 凍傷に陥らせた。


「グギャアアアアア!!」


「チャンス!」


 ズドドドドドドドオン!……ズシイイイン!


 ユウヤのアサルトショットガンで足を集中して攻撃、弾切れと同時に相手は尻もちをつく。


「グオッグオオオッ!!」


「メグミ、抑えろ!!」


「了解!」


 バタバタと暴れるニンニク壱号をメグミが大量の赤黒触手で抑えこんでいる間にリロードしておくユウヤ。しかしショットガンでは決め手に欠けると考えたユウヤは、どうせなら弱点を一気に突ける仲間に任せようと判断した。


「ヨクミさん!内部からやっちまえ!」


「それを待っていたわ!!」


 ヨクミは右手に完成した水魔法・左手に水筒を持ちながら、倒れたニンニク壱号の身体の水分を滑って登って触手を避けながら顔に駆け寄る。


「あんたにもキョーイクしてあげる!これが自然の偉大さってヤツよっ!」


 ヨクミは水筒の中和剤の残り全てと水魔法を混ぜ合わせてニンニク壱号の口の中に放り込む。



「”パトオオオオクッ”!」



 ゴボッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。



 青色の光が室内を満たし、ニンニク壱号は自身の中に膨大な質量が生まれたことを感じて目を見開いた。



 ズバッシャアアアアアア!



 次の瞬間。彼の体内全てが中和剤入りの水に満たされ膨らみ、身体が

 粉々に破けて水流が室内を満たした。


『――――ッ!』


「いつだったか、オレが泣いて喜ぶ料理を――って宣言されたっけ。」


 ヨクミが破片を排水口に流して処理をしているのを眺めながら口を開くユウヤ。今回の敵は半分近くの割合で失敗レーションに助けられた形なのもあって、アケミとの1場面を思い出す。


(感謝しますよ、アケミさん。まさかこんな形で助けられるとは思わなかったけどな。)


 彼が懐かしい思い出に心を揺さぶられてちょっと感傷に浸ると、ヨクミから水球を顔面にぶつけられる。


「”ヴァダー”!ユウヤ、浸るのは後!まだ終わってないでしょ!」


「うわっぷ!モリトじゃないんだから水は……いや、ありがとう。とっとと片付けるぞ。」


 顔に流れる水分を強制的に洗い流された彼は、部屋の奥へ視線を向ける。そこには怒りやら何やらの感情のドレを出していいのかわからなくなっている研究者2人が呆然としていた。



 …………



「内部破壊じゃと?ある意味見事じゃが、しかしこんな……」


「あのレーション、早く処分しておくべきでしたかね……」



 コドクという儀式めいた事をしている以上、それが終わったのは喜ばしいことではある。しかしその過程がどうにも納得いかないようだった。


「じいさん、もう種切れか?なら大人しくお縄につきな!」


 ブツブツ言ってる2人に近づいていくユウヤ。途中に落ちていた対魔ナイフを拾い上げて腰に装着しておく。


 モリトは拘束用のロープを取り出して、ユウヤに半分お裾分け。メグミも触手をウネウネさせながら2人に近づいていく。ヨクミとフユミはすぐに魔法を使えるように待機している。


「でも教授、一応目的は達成してますよ?」


「そ、そうじゃな!コホン、さあ魔王よ、現れるが良い!お前達のことだ、どうせすぐ近くで見ているのだろう!?」


 アレな過程ではあったがコドクが完成したのは事実。サワダがそれをミキモトに伝えると、彼は気を取り直して大声で叫ぶ。


 それを聞いたユウヤ達は少し動きを止めて周囲を警戒するが、とくに何かが起きる気配はない。


「……どうやら期待には応えて貰えなかったようだな。メグミ、

 ソレで狙っておいてくれ。モリトはそっちを頼む。」


「はい!」

「わかった。」


 シュルルルル――。


「「ぐぬぅッ!」」


 メグミは細い触手を彼らの手足に絡め、眼前に複数の触手の先端を配置する。ユウヤがミキモトを、モリトがサワダをロープで縛りに掛かり、人外組は念の為周囲を警戒していた。


「ぐううん、こんな終わりは認め――ぐふっ!」


 ドスンッ!


「ほら、大人しくしなさい!本当はこの場で処刑したいくらいなんだから、手元が滑っても知らないわよ?」


 尚も暴れようとする彼らのお腹に触手パンチをお見舞いして忠告するメグミ。その眼は本気で人を殺める直前の眼をしていた。



「悪いがそうはさせねえよ!」



 ブワアアアアッ!



「「「うわっ!!」」」



 その時、聞き覚えのある声とともにユウヤチームの面々に衝撃が襲いかかった。気がつけば全員8mは吹き飛ばされているが、各々のチカラでクッションを作ったのでダメージは少ない。

 ユウヤもメグミのチカラに支えられたのでほぼ無傷と言っていい。


「こ、この技は……?」


 聞こえてきた声はケーイチだったがそれにしては全員同時に吹き飛ばされており、そんな芸当が出来るのは恐らく……。


「ついに来たようじゃの。うぐっ!」


 ミキモト教授が魔王到来を確信した時、ケーイチに首根っこ掴まれて苦悶の声をあげる。


「こいつはオレの獲物なんだ。お前らは大人しくしてて貰おうか。」


 ステルスを解いて険しい表情のケーイチがユウヤ達に宣言した。


 ちなみにサワダは吹き飛んだ時に柱にぶつかり、半端に拘束されて

 居たせいで受け身も取れずに気絶して転がっている。



「皆さん、ごきげんよう。夜遅くまでお仕事、ご苦労な事ですね。」



 ケーイチの宣言の直後に部屋の中央に精神エネルギーが渦巻いて、バトルスーツに靴・手袋・ローブにフードまで真っ黒な男が現れた。


「「「あれはッ!!」」」


 ユウヤチームに緊張が走り、全員思わず身構える。


 苦節6年半。訓練と出動を繰り返してきた彼らは、ようやく目的の人物である現代の魔王と対面することになったのだ。


「まぁまぁ、そんな固くならないで。まずは彼らに用事があってね。」


 見た目の割に緊張感の無い声色のセリフが放たれ、猫みたいに掴まれたミキモトと、気絶中のサワダを示してくる。


「彼が現代の魔王か、ようやく会えたな!って言いたい所だけど……」


「ついに出たな、っていうかアレ?この声は……」


「スンスン。微かに香る、このいい匂い……」


 モリトとユウヤが相手の”声”に疑問を持ち、続いて室内に漂ういい匂いにヨクミが反応する。



「あなた、まさか!水星屋のマスターさん!?」



 結論をメグミが代表して問いかけると、現代の魔王はコクリと頷いて口を開く。


「そう、水星屋の経営者兼、ハーン総合業務の従業員さ。まぁ本業は屋台の方だけどね。」


「おっふ、なんてこった。オレ達は既に魔王と会ってたのか……」


「あの店、私よりよっぽどオカルトじゃない……」


「総合業務?確かスカースカにもそんな事が――って事は記者のサクラさんって、そういう事かぁ……」


【バイタル低下。メグミさん大丈夫ですか?お気を確かに。】


「そんな、あんな良い人が魔王だったなんて……」


「あんな暖かい食事を作ってくれた人が魔王……」


『時間を操っていたからこそ、あの屋台だったのね……』


 それぞれ脱力感に襲われるユウヤ達。中でもメグミは衝撃を受けすぎて、伸びた触手が天井付近で絡まってしまっている。

 一方でモリトとヨクミも、もう何も信じられないとばかりに落ち込んで膝をつく。フユミはそんな2人の背中を擦ってあげている。



「な、何をしておる!魔王が出たのじゃぞ、さっさと殺さんかい!」



 ミキモト教授はグダついているユウヤチームに向けて喝を飛ばすが、彼らの心には届かない。それどころか目の前の男の怒りを買ってしまう。


「うるせえよ。余計な事は言わなくていい。お前に許可するのは悲鳴だけだ。」


 ザシュッ!シュゥゥゥゥン。


「ぎゃああああああああ!う、腕がとれ……テナイ?」


 ミキモトはケーイチの黒紫色の剣で左腕を切り落とされた上に、

 取れた部分が分解して砂になる。しかしそれはその瞬間だけの事で、

 気がつけば腕は元通りになっていた。


 神経だけはその状況の変化についていけてないのか、痛みはじんわりと残るがすぐに多少の違和感程度のモノになる。


「ついにボケて夢でも見てるのかい?」


 ザシュッ!ザシュッ!シュゥゥゥン……。


 ケーイチはすっとぼけながらミキモトの身体を切り刻む。その度に分解されては元の状態に戻されるミキモト教授。


「がああああ、足も……腹も!斬られる度に治って……貴様は!」


 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!


「さすがはマスターの時間遡行、大したもんじゃねえか!」


 ケーイチはノってきたのか、ザシュザシュと妻の仇を切り刻んでは飛び散る血飛沫にアレな笑顔を見せている。


 他からは見えないが彼の体内には大量の精神電池が詰め込まれて

 いて、相手が簡単に死なないように時間遡行を掛けていた。



「次は耳と鼻だ。そして心臓!次は肺に穴でも開けてみよう!」



 斬り、突き、薙いでいたぶり続けるケーイチ。彼の表情は既に研究所襲撃時のモノと変わらぬ鬼気迫るものになっている。



「や、やめ……ぎゃああああああッ!」



 老人の悲鳴が響き渡り、ユウヤチームは尊敬していた教官の化物じみた言動に気圧されていた。


「あわわわ、教官が鬼モードになってるぅ……」


「あ、あれは迂闊に手を出せないわね。」


 ヨクミが普通にビビり、赤黒メグミですら近寄りがたい何かを感じとっていた。


「さーて。トキタさんがアレなハッスル状態に入っちゃったけど、話を進めようか。」


 視界の隅と聴覚に斬撃音と血飛沫が舞う中、気軽な感じで話を進めようとする現代の魔王。


「まずは……メグミちゃんか。ちょっと失礼。」


「「!?」」


 てくてくと近づきながらメグミの名前を出した魔王。ユウヤが反応

 して割って入るが、その瞬間に姿が消えてメグミの黒い脇腹に魔王が

 右手を当てていた。


 ブワアアアアアア……シュゥゥゥゥン……。


 そこへ黒いチカラを注ぎ込んだ魔王。メグミの触手どころかオーラが急激にしぼんでいく。脇腹は半分えぐれたままだったがサービスでキレイな状態に戻し、対魔スーツも時間遡行で復元しておいた。


「これでよしと。ちゃんと肌は隠しておかないとね。」


「あ、ああ……な、何をしたの!?」


「何って、再封印さ。そのチカラは他所から怨念を引っ張ってくるモノで、とても危険なんだ。長く続けてると人類が滅ぶっぽいし、止めておいた方が良いよ。あとお腹の復元はサービスだ。」


「そ、そんな!?え?なん、で?」


「悪いね、彼氏くん。でもまあ命が助かったと思って許してよ。」


「あんたは何を言って……!?」


 後ろから飛びかかろうとしたユウヤだったが、魔王は再び消えて

 部屋の中央位置に戻る。お陰でユウヤは勢いでメグミに抱きついて

 しまった。


「お熱いコトで。彼氏……そうそう、ユウヤ君だったか。君には届け物があるんだが、せっかくだしココで受け取ってくれるかな。」


「へっ、魔王に名前を覚えて貰えてるなんて光栄だね。今夜はプレゼントに良い思い出が無いから、マシなモノで頼むぜ。」


 だんだん調子が戻ってきたユウヤ。この辺の切り替えの早さもリーダー足り得る所以か。



(いてて、気を失っていたのか。状況はどう――教授が!?)



 魔王たちがそんな話をしている中で、気絶していて蚊帳の外だったサワダ。目を覚ましてもあまり動かずに周囲を探る。師であるミキモト教授がボロクソにされているのを見て、助けに入らねばと力を込めるが殆ど動けない。


(何とかしたいところですが、動けませんね。……かくなる上はとっておきを使わせてもらいますか。)


 彼は周囲に気取られぬように注射器を取り出すと自身に射つ。


(お目覚めか。読み通りだね。そろそろ出番だよ。)


 実はというか当然だがサワダの行動は魔王には気づかれている。だが素知らぬフリをした彼は自宅の孤児院に合図を送る。


(何か解らないけど話をしている今がチャンスだ。第二の魔王を背中からヤってしまえば……!)


 サワダは倒れた姿勢のままチカラを溜めながらクスリの効果が全身に行き渡るのを待ち、ハッスルしているケーイチの背中に狙いを定める。


「ほら、さっき店で契約しただろう?もし他の――」


 ズボオン!


 鈍く、それでいて柔らかみのある音がして白い肉体が宙を飛んだ。


「「「サワダ!?」」」


 彼の肉体は普段の細身とは比べ物にならないほど膨れ上がり、倒れたままの姿勢から一直線にケーイチに向かって飛んでいく。


 ケーイチは気づいてないのか、相棒のマスターを信じきっているのか一切そちらを向かずにミキモトを切り刻んでいる。


 いよいよサワダの膨れた筋肉質の腕がケーイチを捉えようとした時。



 ダアアアアアン!



「グアッ、ギャウラアアアアアアアアッ!」


 ドッゴオオオン!


 彼のすぐ横にこぶし大の空間の穴が開き、そこからライフル弾が飛び出して腕に着弾。

 弾は特殊なオーラで筋肉質になったサワダを吸い込みながら、洗濯機の様にキリモミしつつ壁に彼を叩きつけた。


「ぐ、ぐぼば……バレていたのかっ!ゲホゲホッ!」


 非常識な一撃を喰らいつつもまだ生きていたサワダ。だがその様子からは暫く動けなそうだ。



「危機一髪ってところだな!教官、貸しにしておくぜ!」



 魔王の側にバトルスーツ姿のソウイチが現れ、ケーイチに軽口を叩く。


「へっ、抜かしやがるぜ。助けがなくてもなんとでもしたさ!」


 ザシュザシュッ!ズバッ!


「あが、あがが……」


 ケーイチの方も軽口で返しながら、ミキモトを刻む手は休めない。


「ソウイチ!?無事だったのか!!」


「おうよ!心配掛けたな。」


 ゴツン!


「!?」


 感動の再会になろうかといった所で、ソウイチの頭がいきなり現れた鉄の筒で小突かれる。彼の後ろに空間の穴が開いて、同じくバトルスーツ姿のミサキが現れた。その手にはスナイパーライフルを所持している。


「っ痛えな、何しやがる!」


「こっちのセリフよ!なに自分の手柄にしてくれるの?撃ったのは私なんだから!でも宇宙からココまで狙撃に成功するなんて感動よね。あ!ハ~イ、メグミ。さっきは助けてくれてありがとうね!」


「ミサキ!生きていたのね!!よかった……」


 どうやらミサキは魔王のチカラの籠めたライフル弾と、空間を超える穴を組み合わせた狙撃でサワダを吹き飛ばしたようだ。


「こ、このおお――あぎゃ!?」


 ズガガガッ!


 サワダが壁に手と背中を預けながら起き上がろうとしたところ、巨大な”コの字型の針”が手足を拘束して壁に縫い付けた。


「ホッチ……ステープラーが巨大な世界のお土産よ!」


「縮尺いじって巨大化しただけだけどね!」


 そしてさらに空間に穴が空いて、女の子が2人飛び出してきた。


「アイカでーーっす!」

「エイカでーーっす!」


「「ただいま合流しましたっ!」」


『2人も無事だったのね!!』


 アイカとエイカがVサインでポーズをとると、フユミが真っ先に喜びの声をあげた。


「みんな、良かった!……ってまさか、魔王のお届け物って言うのは!!」


 モリトが仲間の無事を喜びつつもババッと魔王へ視線を向ける。


「うんうん。負傷者を保護するように依頼されてたからね。」


 一同の”良い反応”にうんうん頷きながら答える魔王。もちろん、報酬は頂くけど――と契約書を見せてくる。



(((ああああ、やられたぁっ!)))



 ユウヤチームの心はまたもや1つになった。


 ソウイチチームのメンバーが行方不明になったよりも後に、その契約は成されている。

 水星屋でのやり取りを思い出して一本取られた事を悟った彼らは、仲間の無事を喜ぶ心と共に微妙な表情になっていた。


(……まぁ、その反応が正しいわな。マスターと関わる人間の、通過儀礼みたいなものだ。)


 チラリと横目で見たケーイチはそんな事を考えていた。



 …………



「待った!ソレってホンモノなんでしょうね?」



 現代の魔王からユウヤチームの下へ届けられたソウイチチーム。しかし人間不信まっしぐらなヨクミはソレ扱いして魔王に問いかけた。


「疑いをもつのも無理はない、か。なら良い獲物も居るし、ソレで動作テストでもしてみようか。」


「お、おのれ……僕の邪魔ばかりしくさって……」


 魔王が示したのは一生懸命ステープラーの針から逃れようと藻掻くサワダだった。その手前には未だにミキモトをボコボコにしているケーイチが居る。


「獲物ってアレかよ。サンシタじゃねーか。」


『―――――、―――――!』


「「「ッ!?」」」


 ソウイチがぼやくと同時に彼らの頭に天啓だか電波だかが降りる。


(ん、さっそくか。だがまぁ、彼らなら大丈夫だろう。)


 魔王は保険の発動を感じ取ってソウイチチームを観察していた。


「この男に借りを返すチャンスよ。ここは”本気”の出しどころ!全力で滅ぼしましょう!」


「油断せず、防御態勢を整えてから攻撃に移れ!」


「「はーい!」」


「それとユウヤ!手出しは無用だ、ゆっくり茶でも飲んで休んどけ!」


 そう宣言したソウイチは鉄球を取り出しながら重力コートを纏う。



「このままで終われるかああああッ!」



 ボゴボゴッ!と壁の方を柔らかくして拘束された腕を引き抜いたサワダが突撃しながら、太く長くなった両腕をソウイチに振るう。コの字針の方は双子のチカラが籠もっていて「軟化」のチカラが通らなかったのだ。



「「ここは任せて!並列防御!!」」



 アイカとエイカがソウイチの前に陣取って、タクトと手鏡で攻撃を

 並行世界に受け流す。


「ガラ空きだぜ!くらいな、G・ハンマー!」


 両腕とも彼らをすり抜けてバランスを崩したところをソウイチが鉄球を2つともサワダの顔を狙って投げつけた。


「ふん、これくらいなら――」


「合わせなさい!行け、撹乱陣形!」


 ミサキの号令でその鉄球を隠すように2体の人形が前に出て、縦横無尽に飛び回る。鉄球はそのすぐ後に配置して、サワダからは見えない位置を保つ。


 軟化で迎撃しようとした彼は急に変則的な動きを見せられ、的外れな方向へチカラを放ってしまう。


「今よ!」


「おうよ!」


「「ついでに私達も!」」


 ベキベキベキイイイ……。


「があああああああ!!」


 合図とともに鉄球を両脇腹にめり込ませたソウイチ。それを軟化させようとしたサワダだったが、アイカとエイカの並列攻撃を鉄球に重ねられて無条件にクリーンヒットさせられてしまう。


「今までいたぶられた分は返さねえとな!」


 ドゴオッ!ドドドドドドゴオッ!


 ズボボッ!と背中から鉄球が飛び出して、そのまま何度もサワダの身体を打ち付ける。その度に肉が抉られて緑色の血液が飛び散った。


「む?撤収、防御陣形!」


 何かを察したミサキが人形を戻してもう2体追加してメンバー全員の前へ配置する。合わせてソウイチも鉄球を戻し、血まみれのソレに顔をしかめるが、アイカが並行世界の鉄球と入れ替えてくれて、綺麗になった。


 チラリと見えたその世界の歪みの先では、別のエイカが小綺麗な布で鉄球の汚れを拭き取ってくれていた。


「気が利くな、ありがとうっ!」

「えへへー。」


「わ、私も――」


「来るわ、エイカ!」


「並列防御!」


「ごのおおおおおお!人類の裏切り者めええええ!」


 サワダは身体の傷を修復しながら高速でストレートを放つ。しかしまたもや並列防御によって身体ごと素通りしてしまう。


「あら、心外ね。私は国の危機に対抗するために呼ばれたの。だったら契約通りでしょう?」


 ミサキは煽るように微笑むと人形を飛ばす。左右から一定距離で動きを止めると、彼の治りきってない傷口に糸を飛ばした。


「そのチカラは知っていますよ!」


 軟化のチカラで糸をぐにゃぐにゃにして、無効化するサワダ。両腕を床に付けて地面に沿ってチカラを放つ。


 ミサキの攻撃を防いだことで気を良くした彼は、正面からの殴り合いを避けて絡め手を使いだしたのだ。


「これで動きを――居ない!?」


 ソウイチのG・クラッシャーもどきの床の軟化で相手の動きを止めようとしたが、目の前には微妙に浮いた女3人しか居なかった。


「気付くのが遅いぜ!砕骨!」


 ゴキゴキゴキゴキイッ!


 右から声が聞こえたと思ったら、両腕の肘に激痛が走る。


 見ればソウイチが肘と膝でサワダの右肘を挟んで、高重力で押しつぶす事で砕いていた。左肘の方は鉄球が同様に挟んで砕いている。


「なっ、なんで……」


「重力のベクトル弄れば高速移動くらいできるだろ?あいつのモノマネみたいだからあまりやらねえけどよ。」


 ソウイチはチラリとユウヤに目を向けて種明かしをする。


 そして実演して見せるように素早く離れてミサキの下へ戻った。


「あいつ、クスリで無理に強化してやがる所為で、オレじゃ決定打に欠けちまう。」


 今もメキメキと回復していくサワダを見ながらミサキに相談するソウイチ。優勢ではあるが、持久戦になれば面倒な事になりかねない。


「なんて醜悪な姿なのかしらね。実家の秘薬を改造した成れ果てがアレかと思うと哀れみを感じるわ。」


 そんな感想を言いながら倒し方を考えているミサキ。

 この手のモノはチリ1つ残さずに葬るのがセオリーかなぁと結末までのプロセスを組み上げていく。


「アイカ、ソウイチを守ってあげて。エイカは私ね。ソウイチは

 何も考えずにケンカなさい。その方が強いわ。」


「「はーい!」」


「脳筋扱いが気になるが……解りやすいのは歓迎だ!援護は任せた、

 アイカも頼むぞ!うおおおりゃああああああ!!」


「頑張るよ!」


「ふん、余裕かまして勝てる相手だと思わないで貰いましょうか!」


 既に修復完了して立ち上がったサワダに、自身の重力を横ベクトルにして真正面から突撃していくソウイチ。そのすぐ後ろにはアイカが、彼の利用した重力を利用してついていく。


「じゃ、こっちもお願いね、エイカ。」


「うん!絶対守るからね!」


 ミサキが右手にスナイパーライフル、左手で人形4体を操作してサワダの隙を狙う。


 ソウイチは空手の組み手のように拳と蹴りの応酬を繰り返している。


 と言えば聞こえは良いが、致命打を食らいそうになった時はアイカの並列防御で素通りさせている。更にソウイチの一撃が綺麗に捌かれ隙きが生まれそうな時は並列攻撃の援護でダメージを通している。


 はっきり言って非常にズルい戦いと言えた。


「卑怯だろうがなんだろうが、このまま押し切らせてもらう!」


「くう、計算ではもっと素早く回復するハズなのにっ!」


「よく言うでしょ?用法用量を守って正しくお使い下さいって。」


 ダアアン!カシャコン。ダアアン!カシャコン。


 ボコボコと一方的に殴られる中でライフル弾が放たれた。ちなみに今回は普通の弾丸である。

 更に左手でガシャガシャと糸を操作して器用にリロードしながらも、飛ばした人形から再び糸を射出するミサキ。


 ドムン!ドムン!へにゃ~。


 しかしライフル弾はスライムのように彼の身体に張り付き、糸はぐにゃってしまってとても身体に突き刺さる雰囲気ではない。


「こんな小細工は通じな――べふん!」


 バシュバシュン!と軟化された弾を解除してミサキに跳ね返してくるが、そこはエイカが並列防御で素通りさせる。そしてミサキに気を取られれば当然、ソウイチに殴られる。


「何度打っても無駄さ!僕達は長年の研究の末にナカジョウのクスリを越えウゴッフ!」


 おおよそ負け惜しみのようなセリフを叫びながら殴られるサワダ。



「そう、それでは答え合わせといきましょうか。」



 パアアアアアア!



 ミサキがライフルを置いて両手をサワダに翳すと、彼を中心にして緑色の輝く糸が大量に浮かび上がった。それは軒並みサワダを絡めとり、更に身体中に侵入していて動きが取れなくなっている。


 見た目こそ綺麗と言えなくもない糸達だが、ヤケクソに張った蜘蛛の巣にも見えなくはないので全体的な美しさはソコソコである、


「これは……いつの間に!?」


「精神力で作った糸、霊糸ですわ。ウチの家では6歳児でも使える技術に気が付かないなんて、良くそれでナカジョウを越えたなどと言えたものね。これでは囮を使った私が馬鹿みたいじゃない。」


 実はライフルや物理的な糸、さらにソウイチの組み手も囮だった。

 そうした中で気取られぬようにプスプス刺していたが、相手の反応を見るに心配無用だったようである。


「うぐっ、ぐぬぬぬ……」


 散々煽られて悔しがるサワダ。しかし身動きは一切できない。6歳児でも使えるとのフレコミだが、子供の糸は当然ここまで強力ではない。

 それっぽいのが多少顕現できる年齢がそのくらいというだけである。


「こんなものでええええ!ぎゃああああああ!」


 サワダは無理に糸を引きちぎろうとするが、力を籠めた分だけ激痛に襲われる。


「悔しい?見た目の強さだけを追求して、命を磨く事を蔑ろにしたからこんな初歩的な手に引っかかるの。さてみんな、準備は良い?」


「おう!」


「「良いよ!」」


「この秘術・血翔は相手の一生を預かる奥義。異性に使えば殺すか引き込むかの2択しかない。この男はナカジョウ家に相応しくないわ。全力で消させて貰うわね。」



「ひいっ、ひいいいいいいいいっ!」



 霊糸が更に輝きを増したのを合図に全員で襲いかかる。


「並列攻撃!」


 グッシャアアアア!


 アイカがタクトを降ると、対象となった右足が無数の世界から攻撃を受ける。当然衝撃で足の位置がズレそうになるが、その度に血翔の効果でダメージが入った。結果、チリも残さず粉微塵になる。


「並列攻撃!」


 エイカが鏡を向けると、今度は彼の左足が無数の世界から攻撃を受ける。右足同様攻撃した数だけ余計にダメージが入ったことで、左足もチリも残さず粉微塵になって消えた。


「ぎゃあああああああ!あひ、あひがあああああ!」


 足はなくとも糸に吊るされているので腰から上は浮いたままだ。当然重力によって下方向へ身体がズレようとする。だがそれは血翔の対象に入ってしまう。


「うがああああああ!らすけてえええええ!」


「死にたくないか?みんなそうだったろうぜ!重力波!」


 ズウウウウウウウン!


「あああアアアアアアェェエアアアア!」


 残った身体にさらに高重力が追加されて身体中から血飛沫が重力に負けて滴り落ち、身体中が削れていく。


 やがて両腕も千切れ、腹からは内臓が爆散してしまう。


「ふひい、ぶひいいいいいい!」


「ソウイチ!」

「おうよ!」


 合図とともにソウイチはミサキの足に重力のチカラを纏わせる。

 今やズタボロの顔と胸だけになったサワダを床に下ろすと、その足を大きく持ち上げる。


「目障りよ、この豚野郎があっ!」


 ズシンッ! ズガシャアアアアアア!


 そのまま良く聞いた罵倒と共に足を踏み降ろして纏った重力を爆散させ、サワダの顔を粉々に踏み潰した。


「はぁはぁ、身の程知らずもいい加減になさいな。」


「やったな。コレで借りを返せたぜ。」


「ミサ姉さんやるぅ~!」


「ソウ兄さんも格好いい~!」


 パチパチパチパチ。


「お見事だ。最後の苦痛の与え方といい、実にナカジョウらしい戦いだったね。さて、これで解ったろう?ずずいと受け取ってくれたまえ。」


 魔王は奮闘した彼らに称賛の拍手と言葉を送った後に、ユウヤ

 チームに向けて声を掛けた。が……。


「「「…………」」」


「そこ、なんで黙ってるのよ。」


「どうした?あまりの勇姿に見惚れたか?」


 沈黙で出迎えた彼らを訝しんでミサキとソウイチが聞いてくる。


「いや、アレを見てドン引きしない奴は中々居ないと思うぜ?

 ミサキなんか一体ドコの妖怪だよと……」


「ちょっと!?確かにやり過ぎたかもしれないけど、それは皆に

 判ってもらう為にわざとそれっぽく――」


「あー、わかったわかった。魔王さんよ、たしかに受け取るぜ。」


 適当な言い訳を適当に聞き流して話を進めるユウヤ。

 次の瞬間メグミがミサキに駆け寄り、アイカとエイカはユウヤに

 抱きついた。


「良かったよぉ、ミサキぃ……」

「はいはい、泣かない泣かない。ありがとうね。」

【ほう、これが百合の……何でもございません。】


 ミサキを抱きしめ、泣きながら頭を撫でられるメグミ。

 直前でヘッドギアを脱いでいる辺りに百合的な甘えポイント

 を感じた37ちゃんが何か言おうとするが、ミサキに睨まれて

 沈黙する。


「「ユウ兄さん!無事でよかった!」」

「おいおいどうした、甘えん坊になったなぁ。」


「こら、そんなにくっつかないの!ユウヤ、堂々と浮気!?」

「メリーさんはちょっと引っ込んでてくれ。」


「なんだそのチンマイの。とにかくまた会えてよかったぜ。」

「ああ、オレもだ。」


 騒ぐメリーさんをあしらいながら、ソウイチとユウヤは拳を軽くぶつけ合う。


「何かほのぼのしてるけど、良いのかなぁ?」

「アレが許してるみたいだし良いんじゃない……今は。」

『ええ、空気を読むのも大事です。』


 モリトがこの状況に疑問を持つが、ヨクミは魔王を見ながら今はそっとしておくことにする。

 当の魔王は感動の再開にうんうん頷いて満足そうな顔をしていた。



 …………



「どうだ、苦しいか?そろそろ悲鳴も出ないか?」


「んゴッ!があ!!はぁはぁ……ワシは、間違っては――」


 ザシュッ!ザシュッ!


「ッガ!……ガアアッ!」



 独りミキモトへの復讐の機会を貰ったケーイチは、生物実験室の一角で他者を寄せ付けずひたすらに復讐の相手を切り刻んでいた。


「お前がそう言うなら構わんぜ?その分アケミを殺した……殺させた痛みを味わって貰うだけだしな。」


 ザシュッ!ズババババババッ!ドスッドスッ!


「アガガガガ……」


 紫色の剣が振るわれる度にビクンビクン身体が跳ねるミキモト。


「ほらほら、どんな痛みを受けても間違いでは無いんだろう?もっと喜べよ。それが正しいんだろう?笑ってみせろよ。」


 ケーイチは謎論理で煽りながら何度もミキモトを分解しては元に戻している。年齢的にも生き方的にも考え方が全く違う相手なのでまともに会話するつもりはない。


 ただただ、自身の中にある負の感情を纏めてぶつけるだけだ。


(うーむ、全然足りねぇ!もっと苦しませる方法は……)


「こんなものでええええ!ぎゃああああああ!」


 その時サワダの悲鳴が聞こえてきて、ミキモトの胸に剣を突き立てたままそちらへ視線を向けた。


(なるほど、そういうのもアリか。)


 ケーイチは短剣を幾つか作ると、床に転がるミキモトの両手両足を串刺しにする。


「ぐぬあああああああ!!」


「おうおう、いい声出すようになったじゃねえか。」


 トス、トストスッ!


 更に短剣を腹や胸にも追加して、分解と時間遡行をバラバラのタイミングで繰り返す。これなら断続的に苦痛を与える事が可能だ。その為今までは数秒程度の痛みに耐えれば元に戻っていたので

覚悟のしようもあったが、これではただ苦しみ続ける他にない。



「トキタさん、そろそろお開きにしたいんだけどー。」



 しばらく拷問を楽しんでいると、マスターに声を掛けられた。どうやらサワダを粉微塵にして教え子達の感動の再開も一段落したので、話を先に進めたいようだ。


「なんだよ、もう終わりか?これからって時に……全然足りねえ。」


「充分いたぶったと思いますけどね。彼らの魂は……これはまだ伏せておきますか。」


「おい、そこで切るなよ!相変わらず思わせぶりなやつだな。」


「先輩に教わった会話テクなんですよ。秘密をチラつかせろって。」


「そりゃ女を口説く時だ!!男にしてもウザイだけだろ!?」


(なんだこの2人、仲良しかよ。)

(仲が悪かったって聞いてたのは何だったのか。)

(女からしてもウザイけどね。いや関係性にもよるけどさ。)


 などとユウヤ達が遠巻きに呆れた目で見ている。



「らろえごごへろいえも……ふぁいおられキサキとおあうほくを……」



「なんだ、大層なコトをしでかす割に、もうイカれちまったのか?」


 突然うわ言をいいだしたミキモトに呆れながら刺さったままの短剣をぐりぐりしてみるケーイチ。その後ろで魔王は彼の意思を拾っていた。


(例えここで滅びても、最後までキサキとの約束を……ね。キサキ師匠にベタ惚れじゃないか。)


 魔王邸に保管しているアレな師匠とミキモトのツーショットを想像してしまい、あまりの犯罪臭に顔を歪めそうになる魔王。


「待ちたまえ。」


 そこへシブイ声が響き、サイトのマスターが入室する。


「うおっ!サイトウさん、こんな所をうろついてて大丈夫なのか?」


 ケーイチが驚きと心配で声をかける。目標の破壊は達成しており、まがりなりにも戦地に赴くのは危険である。サイトウはミキモトと同年代のご老体だし戦えぬ身なのだから。


 だがミキモトを止めるという最大の任務が残っていたサイトウは老体に鞭打ってこの部屋へやってきた。


「余計なお世話だ。トキタよ、そやつはその辺で楽にしてやってくれぬか?」


 ミキモトを止めるつもりだったがむしろボロクソにされている現状を見てしまい、ケーイチを諭す。


「で、でもよ……」


「お前の気持ちは解るつもりだ。だがこれでも昔の戦友なのだ。途中で間違えたとしても、妻もとらず一生オレ達の為に働き続けた男がこんな姿で最期を飾るのは忍びなくてな……」


 サイトウは頭を下げながら赦しを乞う。その悲哀すら感じる姿に他の者は口を挟まず見守っている。


 ケーイチは目を閉じてしばし思考する。


 ミキモトが居なければ自分が能力者になることも、魔王になる事もなかっただろう。だがナイトに敗北する可能性は大いにあった。


 結果として碌でもないコトになったが、先人たちが自分にバトンを渡してくれたから勝てたのは事実。

 その立役者がサイトウやミキモトなのは言うまでもない。


「……わかった。次で終わりにする。だがその方法だけは、オレのやり方でやらせてもらう!」


「致し方なし、か……」


 目を開けたケーイチがそう宣言すると、サイトウは諦めてため息をついた。そのまま戦友の方へ視線を向ける。



「2度と使わんつもりだったが……。経緯を聞いた時からお前はコレで殺すと決めていた。」



 ケーイチは右腕を腰だめに構えて手の平を上にしてチカラを溜める。そのチカラを何重にも重ねて杭を作りあげる。


 5年前のクリスマスに使ったきりのケーイチなりの対魔王用の必殺技。名前すら無いその技を完成させると、床にハリツケになっているミキモトの腹に狙いをつけた。


「ぐ……あぁ……あ。」


 ズドドドドドォン!!


 特に掛け声もなく放たれたそれは復讐対象の腹を穿ち、綺麗サッパリ上半身と下半身を分離させた。


「―――――――ッ!!」


「そうだ、あの時もこんな傷だった。そして……」


 ザザンッ!シュゥゥゥン。


 両足を付け根から切り落として、元々刺さっていた短剣で消滅

 させる。

 ふんどし付きの腰回りを彼の目の前に持っていって分解して見せた。


「苦しいか?これでも飲めよ。」


 回復用の栄養ドリンクを口に垂らしてやり、少しでも苦痛から

 逃れようと、本能で必死にそれを飲み込もうとするミキモト。


「死散光ッ!!」


 スドドドオン!


「かはっ!やく、そく……せかい、を……」


 大きく口を開けたところへ死の3連撃を叩き込まれてミキモトは絶命、遺体もやがて分解されてチリとなった。彼視点では世界のすべてがくずれていくような感覚を受けていただろう。


「ようやく、これでケリがついたぜ。待たせたな……」


 ケーイチは虚空を見つめながら誰かに話しかけるように呟いた。


「「「…………」」」


 コトが済んで沈黙が訪れる。ハッキリ言ってみんなドン引きである。散々苦痛を与えて置いて、最後まで尊厳を踏み躙る様な回りくどいやり方で殺す必要は無かったんじゃないかと考えていた。

 ソンケーする元教官の行動とはいえ、元教え子達は反応に困っていた。


「トキタさん、どうしてくれるんですか。みんなドン引きですよ。」


「こればっかりは譲れねえよ。パートナーを半月掛けて同じ死に方させられたヤツしか文句は受け付けねえ。」


 もちろんそんな事を言われたら全員黙るしか無い。


「そ、そんな……」


「むうう……」


 その言葉の意味に気づいたメグミがショックで崩れ落ちてミサキが必死に支えている。サイトウも更に心を痛めて胸に手を置きながら座り込む。


(あ、あんな死に方をアケミさんが……?そりゃあ、教官が寝返るわけだぜ……っていかんいかん!)


 ユウヤもかなり落ち込むが、そんな事をしている場合ではない。


 事件の首謀者であるミキモトを始めとして、弟子の研究者達も大勢止めることが出来た。ミキモトとサワダはチリも残らず深い眠りについたが、まだ終わっていない。


 これで終わりに出来るほど眼の前の男の存在は軽くはない。



 …………



「さて、街の方はオレがやっとくから、みんなは撤収を――」



 魔王はケーイチ達に何やら指示を出している。彼は先程、”まずは”2人に用があると言った。つまりこの後は……。


「現代の魔王!用事は済んだか!?なら次はこっちの要件を聞いて貰おうか!」


 ユウヤがビシッと人差し指を突きつけて口火を切る。相手がペースを握る前にこちらから物申す形を取ったのだ。


 モリトとヨクミはそれを聞いて装備の確認を始め、メグミも目を擦りながらなんとか立ち上がろうとしていた。


「ほう。それは話が早くて良いね。だがここでは少々血生臭い。ちょっと移動するよ。A・ディメンション!」


 ブワッ!


 魔王が左手を前に出して黒板に爪を立てるかのような形にして掲げると、ほんの一瞬で壁も天井も足場もなくなった。


「「「うわああああ!」」」


「こ、これは宇宙!?」


【現在位置、特定不能です。が、呼吸は可能のようです。】


 37ちゃんが調査結果を出した通り、魔王がバリアで空気ごと包んでくれているので息はできている。



「では行きますよ。少し揺れるのでご注意を。」



「「「うわああああああぁぁぁぁぁぁ……」」」



 魔王の宣言通り特殊部隊の面々は身体がドコかへ飛んでいく。


 こんな体験は初めてなので、何をどう注意すれば良いのかは言われても分からないし言った方もよく解ってない。


 ヒューーーーン、ドサドサドサドサッ。


 異次元宇宙空間の飛行で孤独感をたっぷり味わった果てに、魔王が用意した奇妙な空間に降下……落下した一同。



「さて、こんなところかな。ようこそ、世界の外側へ!」



 不敵な態度を取る魔王。結局ペースは相手に握られている感があるが、ユウヤはしっかりと魔王を睨めつける。


 ユウヤはこの長い夜の、いやこの6年半の長いトンネルの終点に辿り着いたことを強く意識した。


お読み頂き、ありがとうございます。

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