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107 アフターファイブ その9

 


「見せつけろ、妖刀キヌモメン・ワビサビ!」



 2014年10月5日。特別訓練学校、訓練棟の1階。中央ロビーの北側にある転送装置に向けて、ハロウはチカラを吸った妖刀を構える。

 空間を断絶するチカラ、「討伐付与」はどんな物でも切り刻める。


 そのチカラを振り下ろそうとした時、ハロウは……いやサイトウもへミュケットもケーイチも不思議な感覚に襲われた。


 ザザ、ジジジ……ザザッザーザザ……。


 聴覚と視覚にノイズが走り、部屋の中央の空中に髪の長い女の姿が現れた。彼女は家庭用ゲーム、ネダルギアの最高男・ティスというキャラの様な、足を閉じて両腕を腰の高さで広げたポーズで浮遊しこちらを見下ろしている


「なんだこのネーチャンは!」


「ちょっと、身体がグズグズじゃない。」


「そんな、ばかな!?」


「トモミ……なのか!?」


 反応は人それぞれだが、ケーイチが一番驚いていた。

 肉はあちこち足りてないし皮膚は死人のソレ、顔も生気を感じない。だがその面影とチカラはトモミだった。


 ザザーザザザザ、ザザザーザッ。


 ノイズが走る度に彼女の位置が変わって、サイトウの前に辿り着くと右の手の平を向けてチカラを放出する。


「うぐっ、ぐぬぬぬぬッ!このチカラはやはり彼女か!?無事だったのでは無かったのか!?」


「サイトウさん!とりゃあああ!」


 ハロウが妖刀で魔女の幻傷を何度も切り刻むが、手応えがない。


「バカな!?ありえない!」


 空間ごと断ち切れる連撃を喰らえば、いかに霊体と言えどタダでは済まない。もしダメージが無かったとしても、何かのリアクションが発生するハズなのだ。


「よせ!彼女は幻覚を使う精神干渉を持っている!見た目に惑わされるな!」


「そういう事!?てか何で知ってんの!?」


「元妻だ!」


「マジかよっ、サイトウさん、ちょっと失礼!」


 ハロウはサイトウを担ぐとノイズ混じりで迫る彼女から引き離す。


「うわーお。じゃあ部屋中調べてみるよ。行って、コウモリ達!」


 ヘミュケットがコウモリを撒き散らして、部屋を隅まで音波と体当たりで探索する。


 ザザー……ザザー……ザザー。


 しかしその効果もなく、ただノイズを発しながら担がれて逃げるサイトウを追う魔女の幻傷。


「トキタよ、アイツに連絡しろ。我々だけでは防戦しか出来ぬ。」


「今掛けてます!……おい、こっちにトモミの幽霊が現れた!これはどういう事か説明しろ!!」


 ケーイチはマスターに特殊な携帯で連絡を取ると、怒鳴りつけた。



 …………



「トモミの幽霊?”すぐ”確認します。」



 マキの診療室で治療を行っていたマスターは、その手と時間を止めて本人の所在を確認する。


 関係ないが、同室していたマキが百合園徒工業製の人形のアレな所へ顔を近づけて凝視……もとい診察していた所で止まっているので、怪しい絵面になっている。


『トモミ、そこに居るよね?』


 調べた結果露天風呂に居るのが分かった。どうやら汗を流す為に妻とリフレッシュタイムを満喫中らしい。そちらの時間を動かしてテレパシーを送ってみた。


『ひゃ!ちょっと奥さん、○○ちゃんから連絡が……そこはダメ!』


『ほう……夢が膨らむな。いやそんな場合じゃない。どうした?』


 バシャバシャとした水音と艶めかしい返事にゴクリとツバを飲み込むマスターだったが、すぐに本題を思い出して聞いてみる。


『あなた見てみて、彼女の先端だけ10代にしてみたんだけど。』


 今度は妻から興味深い映像が送られてきて、うーむと唸りながら凝視してしまう。この男は本当にしょうもない。


『部分スライダー?そういうのも……いや違くて!トモミの幽霊らしきモノにトキタさん達が遭遇した。何か心当たりは無いか?』


『ええッ!?私死んでるの!?』

『さっき1回、いえ2回だった?』

『違うし!○○ちゃん、違うからね!?』


『その様子だと心当たりは無さそうか。』


『むしろ○○ちゃんの方が、私の事に詳しい気がするんだけど。』


『あー……かもね、考えてみるよ。○○○はあまり他人の身体で遊ばないように。同性でも立場を利用したセクハラは良くないよ。そのチカラの使い方はホルモンバランスだって――』


 これはやりすぎでは?と考えて妻を諭しておくマスター。

 たっぷり興味を持って凝視した後では説得力のカケラも無いが、締める所は締めないと収集がつかなくなるのも事実。


『それはそれとしてデータはいつもの所に。』

『はーい!』


 最後に夫婦間のデータ置き場に保存するように頼んでいるので、本当に説得力が無かった。これは興味と言うより貴重な実験データとしての保存だったが、当の本人は穏やかでない。


『データって!?いつものところって何!?』


 さらっと通信を終えると少し考え込むマスター。トモミに異常が無くそれでもあの場に現れたという事は、改変前の何かが残っていたくらいしか思いつかない。


「改変条件に漏れでもあったのか?となると、もう少し情報が欲しいところだね。」


 マスターは通話を保留していたケーイチに話しかける。通話どころか時間も停止していたので0.1秒くらいしか経っていない。


「トキタさん。トモミは健康そのものだったんで、その幽霊は偽物の可能性とかは無いです?」


『バカいうな!この見た目で幻覚を乱発する女が他に居るか!』


「では1つ聞きます。”誰が”狙われてます?」


『サイトウさんだ!今ハルのヤツが担いで逃げてる!』


 ここで時間を止めて考えること数分。マスターは相手のロジックと対処法を考えてから通話を再開した。


「大体解りました。では彼らのチカラの発動を止めさせて下さい。トキタさんは残りのオレのチカラを開放して、オヤシキ入り口まで誘導して下さい。後はこちらで対処します。」


『分かった、ところで本当にトモミは――』


「無事ですよ。今回は世界改変の条件に漏れがあっただけです。それではちゃんと逃げ切って下さいね、ご武運を。」


 それだけ言って通信を終わる。マキには診察の続きをお願いして準備に入るマスターだった。



 …………



「ったく、世界改変だと?意味がわからねえ。」


「おおーいダンナ!なにか判ったのか!?」



 ザ、ザザーザザ……ザザザ。



 転送室で憤るケーイチ。その様子を見たハロウが情報を求める。

 半分吸血鬼のお陰で激しい息切れはしていないが、人1人担いでの回避・逃走劇はやりづらそうだ。担がれたサイトウが吐きそうな顔をしている。


「マスターからの作戦を伝える!全員チカラの発動を止めるんだ!」


「「はあッ!?」」


「オレが囮になって指定場所まで連れて行く!後はアイツがなんとかするってよ!」


「こうも短時間で策を出すか。みんな、言う通りにしよう。」


「「りょーかい!」」


 ヘミュケットはコウモリを自身の身体に戻し、ハロウは討伐付与を解除して妖刀を普通の刀に戻す。次にサイトウが空間の構築を解除した。さすがにサイト本拠地や自身の内蔵維持までは止めないが、この場の空間を戻すだけでも効果が見られた。


 ザザザー……ザ……ザザ……。


 魔女の幻傷はこちらがチカラを解除した途端に動きを止めて、何かを探る様に散発的にノイズを飛ばすだけになった。


「マジかよ、止まっちまったぜ!?」


「一応、ノイズのパターンには気をつけて!」


「次はオレの出番だな!はああああああッ!」


 ケーイチは体内のマスターのチカラを白い光として放出する。


 ザザ!ザザザー!


 一回り大きいノイズとともに、魔女の幻傷がケーイチに着目する。


「さあ、こっちに来なっ!」


 入ってきた入り口とは反対側の、東側の扉から飛び出たケーイチは南に向かって走り出す。


 ジジジ……ザザッザザッ。


(憑いてきてるな。まさかトモミに追いかけられる側になるとは思わなかったぜ!)


 ケーイチはノイズと共に徐々に迫る幽霊を感じながら走り続ける。


 ゴシップを聞きかじった程度の者が彼らを見たら、きっと新たなスキャンダルに胸を躍らせただろう。


 3人目の妻まで手に入れた彼を亡き者にしようとする、病んでる幽霊に殺されそうになって逃げている図にしか見えなかった。


 ザザッザザッ。


(まったく、あんな胸糞悪い姿にするなんて……結婚式の件が無ければマスターを信じられなかった所だ。)


 披露宴でトモミとアケミの手作り料理を食べていたからこそこんな事になったり、こんな事をするとは思えなかったケーイチ。


 祝福を貰うという事は、こういう時に正しい判断・行動が出来るという事にも繋がっていたのだ。


 ザザーッジジジッ。


「ここを曲がって……さあ着いたぞ、どうすれば良い!?」


 屋内訓練場オヤシキの入り口に辿り着いたケーイチは、幽霊と対峙しながら虚空のマスターに声を掛けた。


 ザザーザザッ!


 特に返事もないまま魔女の幻傷はケーイチに飛びかかり――。


 シュゥン!


 空間に穴が開いて何処かへ転送されて消えた。


「トキタさん、オレのチカラを遮断!」


「ッ!!」


 突然の指示に従い、マスターのチカラを解除。同時に彼の身体から白いオーラもたち消える。


「上手く行きましたね。あとはこちらで何とかするので、仕事に戻って貰って結構ですよ。」


 隣に黒装束が現れて、用済みとばかりにさっさと戻れと言ってきた。


「何したんだ?あれは何なんだ?それに――」


 なんとかなった安堵から、疑問が噴水のように溢れるケーイチ。マスターは慌てず要点だけを話し始める。


「彼女はオレを追跡していた頃のトモミの細胞から、ミキモトに作られたモンスターなのでしょう。だから時間・空間、もしかしたら精神干渉系のチカラに反応して襲いかかる。」


「だからオレにお前のチカラを使わせたのか。で、今は?」


「この手のお約束は落とし穴かなと。地下に移動させたので少しは時間が稼げるかなって。」


「おい、まだ地下には教え子達が居る!ユウヤやメグミが狙われるんじゃないか!?」


 時間を操るユウヤに、ノロイめいたチカラを有するメグミ。彼らが見つかれば襲われるのはほぼ確実だろう。


「あの幽霊を解き放ったのは彼らっぽいし、自業自得じゃないかな。対処はするし、イザとなれば保険も発動するので問題は無いです。」


 魔女の幻傷をちらりと調べた所、本体との繋がりは切れていた。つまり本物の幽霊というか怨霊に近い存在だ。


 ケーイチ達の様子から心当たりは無さそうだし、ザール姉妹にはあんなものを解き放つプランを与えてはいない。ならば特殊部隊しかソレを行う者は居ないだろう。


「また保険か。世界改変といい、そんな事が出来るならなんでこんなに面倒な事をオレ達にさせてるんだ?」


「その面倒をしたくない事情があるからです。主に代償面で。」


 今夜の事件の行動パターンは前日の朝に当主様から受け取った助言による所が大きいが、それ自体が代償の件に繋がるのでウソは言っていない。


「今度は代償か。オレにはその感覚がまだ解らんのよなぁ。」


「その内嫌でも解りますよ。それまでにサイガさんとの関係をすこぶる良好にしてないと、苦労するかもしれませんけどね。」


「お前の所みたいにか?あそこまで一心同体感を出すのはオレには難しいぜ……」


「それはやり方次第――っと話が逸れましたね。もし特殊部隊と出会ったら、この先の訓練場に行くように誘導して下さい。これ、補充用の電池を渡しておきますね。それとコレが貴方の復讐プランでこっちがハル君達用。あと彼らにはこの書類をお土産に――」


 ビシバシと指示と物をケーイチに突きつけていくマスター。

 社長程では無いにしろケーイチからしたら充分意味の解らない人物だと、こういう時は実感する。


「では、オレは失礼しますね。よろしくお願いしますよ。」


 言いたいことだけ言って虚空へ消えていくマスター。


「……今日のあいつはせわしねえな。」


 ポリポリと頭をかいて感想を言ったところで、それは訪れた。



 ドッゴオオオオオン!ガラガラ、ドグシャアアアア!



 爆音と何かが崩れる音が聞こえて、ロジウラ出入り口の扉が吹き飛んだ。ホコリと空気の震えがこちらまで届く。


「せわしないのはオレも一緒……世間様の方だったな。」


 ケーイチは諦め口調で、自分は悪くない的なコトを呟いていた。



 …………



『お姉さま、これはよろしくないのではなくて!?』


『まさか管理人ともあろう者が裏切るなんて!』



 薄暗い部屋で触手で繋がるザール姉妹達。その次女イーワと三女のキーカが魔女の幻傷の開放にビビっていた。


『貴族が狼狽えてはイケません!むしろ彼らにダメージが入る事を利用すれば良いの!その先はきっと……きっと魔王が対処してくれますわ。』


 長女ミルフィも予定外の出来事に動揺していて、貴族の誇りにかけて他力本願な案を提唱する。


 そう、彼女達にとっても予想外な展開だった。あの個体は何ヶ月も培養を続けていたが、今回に関しては扱いきれないと判断して特別収容所の一室に移されていた。

 そこに管理人の裏切りによって、予備戦力と共に事切れてしまう。そこで終われば良かったのだが、数ヶ月の培養により生まれた思念体が解き放たれた。


 彼女はサイトウの空間構築のチカラを、追い求めた男のモノと勘違いして襲いかかった。ドアは施錠していたが床はそうでもなかったのが原因だろう。


 その後は魔王の手によって地下に戻されて、幻覚で罠を張っている。ユウヤのミチオールクゥラークを逃れたモンスターを送りつけたが、軽く手を降っただけで幻覚により精神崩壊を起こして全滅した。


『空間が歪んでるからこそ、それをモノともしない霊体はタチが悪いですわね。』


『それも私達にも感知できるレベルの強力さですわ。』


 そう、フユミやメリイ・サンは見えないのに彼女のことは見えているのだ。


『こればかりは彼らを応援するしか無いですわね。自分達の仇の無事を祈るのはシャクですけれども……』


 幸い、予想外の事はあってもプラン通りに進んではいる。ドイツとフランスの包囲網をくぐり抜けた彼らなら大丈夫だろうという変な信頼もあった。


『まあ、いいですわ。この後はいよいよ決戦です。彼らが来ると信じて、準備をいたしますわよ!』


『『はい、お姉さま!』』


 既にミキモトの居る部屋まではモンスターの配置は済んでいる。地下に残っていたのは、一部例外と雑兵ばかり。その殆どが死に絶えたが作戦通りだ。先を思えば残しておけないし、ミキモトへの嫌がらせも兼ねている。


 ミルフィは今一度イーワを通して命令を伝え、体制を整えさせる。

 次に自分達の触手を解いて、3人とも別室に移動した。貴族の末裔が決戦を迎えるのだから、それなりのお色直しをせねばならない。


 クローゼットから服をひっぱりだして選びあうザール姉妹。その姿はごく普通の、年相応の仲の良い姉妹達でしかなかった。



 …………



「「「ギャオオオオオオオッ!!」」」


「わわわ、色々襲ってきたあああ!”ヴァルナー”!」



 特別訓練学校・訓練棟1階、ロジウラ。魔女の幻傷に追い立てられて、モンスター運搬リフトで逃げた先は敵の群れの中心だった。


 ロジウラは中央の二車線道路から8種類の路地裏に挑む形なので、ユウヤチームはその道路を北上しているところである。


 モリトに護衛されながら走るヨクミが、背後を見てビビリ水を発射している。思わず撃ったそれにも中和剤を混ぜているので効果は高く、水流を浴びたモンスターはすぐに身体が溶け出していった。


 その前を走るユウヤとメグミは、ショットガンと回復の光で正面と側面を攻撃しながら包囲の突破を試みている。


 全員が風のチカラで機動力を上げているので、その突破力は中々のモノである。火炎放射器を背負うモリトも、その武器の重量は枕1つ分くらいにしか感じていない。


 なので近づき過ぎた相手に彼が蒸気噴射からのキックを繰り出して、気絶させる事も可能だった。


「今更苦戦する相手じゃないけどこの数じゃ……」


 モリトは火炎放射を放ちながら、ちょっと弱気になっていた。


 箸が持てなそうな手の有翼人や、美女の皮を被った蛇や蜘蛛や花。元は何の料理かわからないスライム達に、街でよく見たゾンビ達。お可愛い水着姿の女の子の皮を被ったマッスルスキンヘッドの男達。


 科学的にオカルトを作る実験のUSB接続型怪奇現象ライトや、USBのマウスの振りをさせただけのネズミ型モンスター。液晶モニタータイプの良くない光を撒き散らす物や、動く事ができる石像なのに何故か寝転がりながら移動するモノも居た。


 正直何を言ってるのか解らない程、多種多様なモンスターの1団だ。



「それに、あいつも!てやあああ!」


 ジジジ……ザザッザザーザザ、ジジジ……。



 謎のノイズと幻覚の波動を撒き散らしながら、空中から近づいてくる魔女の幻傷。

 彼女のノイズや仕草から幻覚を飛ばしたと思ったら、即座にメグミの赤黒ぱんちで弾き飛ばす。

 ほぼすべての攻撃が効かないので、対処法はメグミを矢面に立たせるくらいしかない。


「ヨクミさん、穴を埋めて!」


「”ヴァルナー”!」


 彼女がそちらへ回れば当然突破力が弱くなるので、ヨクミの水魔法でユウヤを援護する。今のがパトークなら良かったのだが、先程ビビリ水を放ってしまったので魔力の練りが足りずに一段低い魔法を放つ。


「援護ありがと!戦列に戻るわ!」


 幽霊を一旦追い払って戻ってきたメグミは、顔に汗を流しながら再び回復の光を広範囲に放つ。この消耗具合は良くないと分かってはいるが敵の数も多いのでなんとも出来ない。



「出口が見えてきたぞ!後少しでパーティー会場とオサラバだ!」



 そんなギリギリの戦いを繰り広げながら北へ進むと、いつも輸送車が出入りする場所に近づいてきた。


 しかしそのゴールは二車線ともシャッターで固く閉ざされている。一見普通のシャッターに見えるが、モンスターの暴走も防げる超強化型であり、銃も爆薬も通じないシロモノだった。


 ユウヤが急いでシャッターの開閉装置のパネルを操作するが、反応はない。


「セキュリティレベルが上げられてる?単純に電源の方かも!」


「ここまで来て……いっそ分解するか!?」


「この向こうがあの鉄格子だとマズいよ!」


 モリトが追手に炎を撒き散らしながらツッコミを入れてきた。

 サイトウのチカラの籠もった鉄格子は下手に攻撃すると反射される可能性もあった。


「それもそうか。メリーさん、なんとかなるか?」


「回路があるなら、でも物理的な物はちょっと……」


『では私の出番ね。回復してきたし、少しなら!』


「決まりだ!フユミさんは分離して向こう側、メリーさんはこちら側で開放作業!」


「頑張るよ!失敗は仕事で返すわ!」

『風が使えなくなるから気をつけてね。』


 ユウヤは操作パネルの上にスマホを置いて、フユミがシャッターの向こう側へ消える。


「陣形、オレ・モリト・ヨクミさんでモンスターの撃破!ただしモリトはライフル使用!メグミはアイツからオレ達を守ってくれ!」


「「「了解!」」」


 素早く装備を持ち替え、操作パネルを守る様に位置取りをして敵を

 迎え撃つ。


 火炎放射は有効だろうがフユミ抜きでは危険極まる。制御のミスや火達磨の敵が突っ込んできたら自分達がヤケドしてしまうし、ヨクミが水しか使えないのなら打ち消されて相性が悪い面もある。


「出し惜しみはしないよ!」


 ダダダダダダダダ!!


 モリトはアサルトライフルのフルオート射撃の衝撃を水で押さえながら全弾命中させていく。敵の数が数なので、撃てば大抵誰かに当たるが、彼はきちんと狙い撃っていた。


「リロード!」

「キョーイクしてあげる!」


 バシュバシュバシュバシュン!


「”ヴァルナー”!」


 やや距離の近いモンスターに中和剤入りの水鉄砲を連射し、怯んだ所を水流で後続も巻き込んで押し流すヨクミ。


 ザザザッザーザーザザッジジジ……。


「ギャオォオオオオオオ!!」


 魔女の幻傷が幻覚をモンスターの一部に当てると、より凶暴化した筋肉質な1団が突進してきた。


「こういう手合はこいつの出番だ!」


 ズドドドドドドドォン!

 ズドドドドドドドォン!


 突進してきた集団に流星群のような散弾をぶち撒け、勢いを削ぐ。

 高速でリロードしてさらに連射、筋繊維を破壊されてバタバタと倒れるモンスター達。


 ザザッザーザッ!


「そうはさせない、てえええい!」


 ピッカアアアアアア!!


 尚も幻覚による凶暴化を図ろうとする彼女の敵意ある仕草を読み、メグミは黄色い光球を放つ。

 ウイルスによる細胞の破壊と薬液の回復効果の均衡が崩れて、彼女が操ろうとしたモンスターらを無力化していった。


「これを知ってたら、訓練ももっと楽だったのになぁ。」


 ちょっとフクザツな表情を浮かべるメグミだったが、それはそれでミキモトに利用されえていただろうし何とも言えない所である。


 ジジジジ、ザザザザザ……。


 だが魔女の幻傷はそんなメグミの黄色い光を物ともせず、直接襲い掛かってきた。


「来るぞメグミ、集中しろ!」


「はい!やらせはしないわ!」


 バシン、バシバシン!……ジジ、ザーザザッ。


 チカラを赤黒オーラに切り替えてユウヤの前に躍り出た彼女は、近づく幽霊に殴りかかって弾き飛ばす。だがノイズとともにすぐ体勢を整えて別角度から襲いかかってくる。


 バシン、バシン!……ザザーザッ。


「くっ、出力をもっと上げられればッ!」


 一時的に弾くだけで、ダメージらしいダメージを受けた様子の無い魔女の幻傷。

 公園の時のような出力が引き出せれば触手などでの連撃でやりようもあるのだが、今は薄っすら身体に纏える程度のオーラしか出ていない。


 まるでお好み焼き屋に行ったのに鉄板を熱する火力が弱火オンリーだったかのような、残念さともどかしさがそこにあった。


 実際任務帰りに仲間とそんな店に当たってしまい、”ハンナマ”と呼んで2度と行かなかった。暫くして通りがかると別の店になっていたが、自業自得と言えるだろう。


 それはともかく、ユウヤ・モリト・ヨクミは大勢のモンスターの相手に忙しい。銃声と水音と敵の悲鳴が断続的に聞こえる戦場で、自分しか幽霊に対応できないのは事実なのだ。


 ならばもどかしくても手持ちのカードで勝負するしか無い。


 あとは早く後ろの扉が開く事を期待するメグミ。


「みんな、がんばれー!後少しの辛抱よ!……タブン。」


 開閉装置のパネルに置かれたメリーさんの、とても頼もしい声援に、先は長そう……と感じる一同だった。



 …………



「さて、無事に実体化は出来たけれど……私はカガクに疎いのよね。」



 フユミはシャッターを越えて実体化したが、ヨクミと同じく機械音痴なのでどうして良いかわからない。とりあえず例の鉄格子が降りている事から、その制御ができるであろう事務所に向かうのが得策かと判断。


「メリーちゃんも一緒に来られれば良かったのだけど、あの子はユウヤ君のスマホから出てこないのよね。」


 すいーっと飛んで輸送車両用のロータリーと積み荷の仕分け所等を横目に通り過ぎ、人間用の出入り口に入っていく。


「あら?あの方達はNTの……と、私達の身元保証人でしたっけ?」


 その広めの玄関口のような部屋を通り過ぎて、事務所に向けて飛んでいくと、反対側から3人の男女が向かってきていた。1人は高齢者で、男に肩を支えられて歩いている。


「囮で逃げると言っても、認識がズレたら面倒――おや?」


「ねぇ、そこの浮いてる彼女!お仲間はどうしたの?」


 ハロウが愚痴りながらフユミに気が付き、ヘミュケットが気さくに声を掛けてきた。サイトウは顔が真っ青で今にも吐きそうなので反応出来ていない。愚痴の内容から彼らは誰かとハグレたようだ。


「フユミです。あの先のシャッターと鉄格子の向こうに!多数のモンスターと、幻覚を使う幽霊と一緒に閉じ込められてて!」


「マジかー……ダンナは無事なんだろうな?」


「それより出入り口が先よ。サイトウさん、セキュリティの解除って出来る!?」


「う、うむ……。そこの、うぐっ!」


 だいぶ三半規管と胃をやられたサイトウが事務所を指差している。

 すぐに事務所に入って壁際に並ぶデスクの中央、そのパソコンを操作する。サイトウはスリープモードを解除してセキュリティシステムを確認すると、パスワードを要求するウインドウが表示された。


「パスワード?サイトウさん、分かるの?」


 ヘミュケットが事務所の冷蔵庫から特製栄養ドリンクを見つけてサイトウに渡しながら聞いてくる。


「ソウタの考えそうなのはそう多くはない。ゴクゴク。」


 速攻でkisakiと入力したサイトウ、パスワードをクリアする。ついでに彼は栄養ドリンクを飲んで少し顔色が良くなった。


「厚生棟と同じ?何か謂れでも?」


「あやつならコレにするだろうな。キサキに惚れておるわけだし。」


「まぁ!……でも彼の色恋沙汰はあまり響きませんね。」


 一瞬反応したフユミだったが、あのミキモトのコイバナではどうでもよくなろうというものだ。


「ライバル企業のセキュリティが予想以上にガバガバなことに驚いたぜ……政府お抱えなのにソレでいいのか?」


「過去を調べられたら即座に破られるわね。」


 強固なシステムに脆弱な鍵穴。NT組は呆れた表情だった。


「能力者戦にも通じる事だな。相手を知るのが一番の近道だ。さてと、これで鉄格子は開けたがシャッターの方はダウンしておった。システムは復旧させたが……開閉操作を受け付けぬ。あやつら、陰湿な嫌がらせをしおるわい。」


 サイトウは軽快にカタカタとキーボードとマウスを扱っていたが、シャッター操作には苦戦する。追加でプロテクトを仕込まれていたのだろう。


「しすてむ?が生きているなら多分大丈夫です。そういうのが得意な仲間がいるので!」


「そうなのか?」


「はい、皆さんありがとうございました!私は仲間の下へ戻ります!」


 ヒュン、ゴッ!


「あいたっ!」


 お礼を言って文字通り飛んで戻ろうとした所、実体化してるのを忘れて壁に激突した。気が焦っていたのと長らく霊体だった所為か。


「おいおい、大丈夫かよ。仕方ねえ、オレ達もついていくか。」

「そうね。こんなドジっ子見たら放っておけないもの。」


 フユミを起こしながらハロウはチラチラとアイコンタクトをとっている。


「うむ、そうするとしよう。」


 サイトウはそれを受けて同意した。彼らの仕事は自分を守る事ではあるが、同時に特殊部隊を援護する事も仕事の内だからだ。


「お手数掛けます……」


 ちょっぴり気恥ずかしさを感じながら一緒に玄関口まで移動する。


 サイトウとNT組は途中、オヤシキ側の入り口をちらりと見るがケーイチの姿は見えなかった。認識が切れた所為か移動したか。ともかく無事である可能性は高いので、ただの確認だ。


 玄関口まで訪れた一行は室内やロータリーを確認していた。


「まだ来てないようだな。」


 見ての通りユウヤチームは居ないのでまだシャッターを開けては居ないのだろう。メリーさんなら速攻突破すると思うので、認識が切れたことで空間がズレてる可能性もある。

 そこへ何かを見つけたハロウが確認するように声を掛けた。


「なぁ、もしあの幽霊が来るなら認識を切る必要があるよな?」


「そうだな。」

「そうね。」


 ハロウの言葉に簡潔に返事をするサイトウ達。マスターが何とかすると言っている以上、余計な事は言えないし出来ない。魔王は特殊部隊の仇でもあるので繋がりもバレてはいけない。


 だがその前に彼女に遭遇しては回避する手立てが必要なのも事実。


「みなさんも襲われたのですか?」


「そういうこった。だからさ、コレとか使えねえか?」


 ハロウが示したのは玄関の壁際に並べられた箱たち。

 それは訓練後の弾薬回収ボックスや、特殊な訓練の時に使う為の爆薬が保管された箱だった。



 …………



「ここをこうしてっと。来た!シャッター行けるわよ!」


 ガラガラガラガラガラガラ……。



 ロジウラ出入り口の操作パネルに明かりが灯り、腕を突っ込んで妙なプロテクトをスルーして内部からこじ開けたメリーさん。

 仲間の期待を裏切ること無く仕事を終えたメリーさんの声に、全員の士気が上昇する。


「よし、みんな急いで入れ!全員通ったら閉鎖するぞ!」


「「了解!」」


 ユウヤは待ってましたとばかりに仲間へ号令を掛け、スマホを回収して出入り口で皆が抜けるのを援護する。


「はあッ!たあッ!ヨクミさん、先に行って!」

「バカね、一緒に行くの!”パトーク”!」


 ゴゴゴゴゴ、ズバッシャアアアアア!


「「「ガボガボガボガボ……」」」


 完全に弾切れしたモリトが迫るモンスターと格闘戦でヨクミを守っていたが、逃走用に温めていた水魔法でヨクミが最前線を一掃した。


 後続が来る前にと2人はシャッターをくぐる。


「よし、メグミも急げ!」


「そうしたいところだけ、ど!」


 ジジジ……ザザザッ!


 メグミは魔女の幻傷と取っ組み合いのケンカに持ち込み、ノロイと幻覚のキャットファイトを繰り広げていた。


(こいつは足止めしておかないと逃げ切れない!)


 そう判断、決意したメグミはユウヤに向かって叫ぶ。


「足止めする!先に行って!」


「何を言ってる!置いて行ける訳がないだろう!」


 迎撃の人数が減ったことで後続がワラワラと迫る。


「ミチオール・クゥラアアアク!」


 ズガガガガガガガガッ!


「「「グギャアアアアア!!」」」


 ユウヤは必殺技で迫るモンスター達を蹴散らしたが、消費の大きいそれのせいで一気に息が上る。


 ザザッ、ズザザザザザザーッ!


「キャッ、しまった!」


 更にはその時間操作を探知した魔女の幻傷が、メグミをスルーしてユウヤに襲いかかる。


「く、くるかっ!?」


「このおおおおおおっ!」

 、

 赤黒オーラで身体能力が上がっているメグミが彼女を追いかけ、ダイブして抑え込む。


「ユウヤ聞いて、狙いは貴方が優先されてる!先に行くのよ!」


「だからそんな事は――」


「聞きなさい!シャッターを閉めたらスマホを私に寄越して!」


「ッ!!そうか!」


「任せなさい!」


 メリーさんが操作パネルの閉じる信号を流すと、ユウヤがヒョイッと彼女ごとスマホを投げた。


「すぐに行くわ!なるべく距離を取ってね!」


「無理すんなよ!」


 ガラガラと閉まり始めたシャッター越しに会話をしてる間にも、幽霊な彼女と取っ組み合いをしているメグミ。


 ガシャン。


 やがて完全にシャッターが閉じると、幽霊を後方へ弾き飛ばして右手を掲げながら立ち上がる。


「ここは私に任せて先に行けってやつね。きっちり時間を稼がせて貰うわ!てええええい!」


「ちょっと、熱いシチュじゃない!やっちゃおうメグミ!」


 展開的にヒロイックなテンションになった2人は強気になっていた。

 イザという時のメリーさんのチカラという脱出装置があるので、無理もない話ではある。



 ピッカアアアアアアア!



 残党が寄ってくるのを防ぐために黄色い光を放つ。その間にザザザッとノイズを発しながら近づいてくる幽霊。そろそろ赤黒ぱんちで迎撃しようと思った矢先、その上空の空間に穴が開いた。



 ブォン!



「きゃぁぁぁぁああああああああ!」



「な、なに!?」


 その時、最初にメグミの目に写ったのは健康的な肌色の足だった。

 浴衣を着た黒髪ロングの女性が空から降ってきて、次の瞬間には対峙していた幽霊の背中を踏み潰していた。


 その衝撃で浴衣の裾が大きくめくれ上がり、高級住宅地の庭の芝生を連想させる茂みが一瞬メグミの視界に捉えられた。


(オトナって、あそこまで綺麗に整えるものなのかー。)


 来年20歳になるメグミは突然の出来事に現実逃避をしてしまう。


 ザーーザザザ……ジジジジ、ズザーッ!!


 幽霊が激しいノイズを発しているが、その上に乗った浴衣女が上手く押さえて離さない。踏まれた彼女が暴れる度に、浴衣女の胸元がチラチラするのが同性から見ても目に毒だった。


(30は行ってそうなのにどんなケアをしたらあんなに――)


「この、大人しくなさい!」


「えっと、なんか似てる?ていうか水星屋で会った人……?」


「メグミちゃん、ボサッとしない!早くユウヤ君の所へ行くのよ!」


 ジジジジ……。


 浴衣姿のトモミは幽霊を押さえつけながらメグミに忠告する。


「え?でも、ええっ?」


 一方のメグミは絶賛混乱中だ。頭の中にはなんで急に現れたの?とかなんでその幽霊に触れるの?とか、その幽霊に似てませんか?とか。ついでに艶めかしいその姿はなんですか?も追加される。


「艶っ!?コホン、この幽霊は過去の私の忘れ物。自分でケリを着けるから、さっさと好きな男の子の下へ行きなさいと言ってるの!」


「は、はい!でもお姉さんは――てええええい!」


 ピッカアアアアア!


「「「グギャアアアアアア!」」」


 再び寄ってきたモンスターの残党達に光を照らして足止めする。それを見たトモミはそんな使い方が……と驚いている。


「へぇ、強くなったわね。でも私は大丈夫よ。はっ!」


 ブオオオオオオオッ!


「「「ッ!?ッ!?」」」


 トモミは全方位に幻覚を放つと、全てのモンスター達がゾロゾロと

 それぞれの持場に帰って行った。


「うわあ、凄い……」


 幽霊のそれとは比較にならない威力に唖然とするメグミ。


「ね?だから行きなさい。貴女はユウヤ君を支えるんでしょ?」


 艶めかしい姿で格好良くモンスターを一掃してメグミの事情を気遣ってくる彼女に、不覚にもドキっとさせられた彼女。


「は、はい!お姉様ッ!あの、1枚撮っていいですか!?」


「メグミのバカっ!これはユウヤのスマホよ!彼に丸出し写真を見せたいの!?」


 キラキラした目とお祈りポーズでスマホを持ったメグミは、最後に1枚写真を――と言い出してメリーさんに怒られる。メグミは先程全方位に放たれた幻覚の影響を受けてしまったようだ。


「はっ!?それもそうね。し、失礼します!またどこかで!」


 そのままメリーさんのチカラの、謎のワープで消えていく2人。


「お姉さま!?丸出し!?し、仕方なかったのよ。下着も着ける時間が無かったんだもん!」


 自分の姿を確認して、ババッと裾を直しながら虚空に向かって言い訳するトモミ。お風呂タイムに出撃要請を受けて、浴衣一枚で現場に放り込まれた彼女だった。


 ズザザザァ――ジジジッザザザザッ!


「そうね、先に貴女をなんとかしなくちゃ。」


 バタバタと激しく抵抗する幽霊の後頭部に手を当て、黒いチカラを溜めて彼女の必殺技である”魂削り”を施そうとするトモミ。


「ああ、あの頃の……いいわ。消すのはやめよ。」


 しかしその前に彼女の気持ちを読み取ったトモミは彼女の背中から降りた。


 ザザザザ……?


 立ち上がった魔女の幻傷は、不思議そうに自分と同じ顔を見ている。


「貴女は私の忘れ物。落とし物入れに置き去りにされて時が止まってしまったのね。」


 ジジジジジ……。


 お互いに向かい合って彼女は彼女と気持ちを分かち合う。

 幽霊からは心苦しい生活の中で、魔王を見つけて自分自身を開放したい気持ちが渦巻いていた。トモミからはもう、そんな事をしなくても大丈夫なんだよという気持ちを送っている。


「もし私と来てくれるなら、貴女の時間を動かせるかもしれないわ。もちろん”私という女”としての努力の必要はあるけど、どう?」


 ザザッ!ジジジ、ザザッ!


 トモミの言葉を受けた彼女はちょっと興奮しながら首を縦に振る。


「そう、じゃあよろしくね。素直になれなかった頃の、3人目の私。」


 トモミは両手で彼女を抱きしめると、相手の怨霊染みたオーラを解いてその魂を自身の中に溶け込ませた。



 …………



「くっ、メグミはまだか!?」


「どうどう、ユウヤ君。仲間を信頼しなって。」



 シャッターとロータリーを越えて玄関口まで走ってきたユウヤ達。

 彼らは爆薬を”セットし終えた”NT組やサイトウと合流したが、

 そのリーダーは今にも道を引き返しそうな程ソワソワしていた。


 今はハロウが見かねて止めに掛かっている。


「だけどっ、すぐ戻って来れるはずなのに!」


「落ち着け若者。オレ達が爆薬のセットが完了していたのと同様に、時間・空間の歪みでラグが生じているのだろう。常識の時間経過では測れぬ場所だと、ここまでの経緯で解っておるハズだろう。」


「でも、こうしている内にもメグミがあんな場所で――」


 とんとん。尚も落ち着かないユウヤの肩を、誰かが指で叩く。


「なんだゥヨ!?」


 ユウヤは思わず大きな声を出して振り返ると、右のほっぺに何かが

 ささった。



「私よ。今あなたの後ろにいるの。なんてね!」



 そこには指先をユウヤのほっぺたにつぷりと押し付けたメグミが悪戯っぽい笑顔を浮かべて立っていた。


「メグミッ!無事だったかッ!」

「ちょっと!もうこんな所で――」


 膝から崩れそうになってメグミの腹に抱きつくユウヤ。と、そこにズズイと霊体で迫る、更に小型になったメリーさん。


「くふふ、私も居るわよ。褒める権利をあげてもいいけど?」


「ああ、良かった……メリーさんもありがとう。」


 頭をなでたらドヤ顔して胸をそらしている。


「感動の再開は後回しだ。追手が来る前に爆破するぞ。」


 そこへサイトウがホンワカ空気を吹き飛ばす発言をする。一応少しだけ待ってあげてたのが優しさか。


『みなさん急いで!あの幽霊が来る前に!』


 ふわぁ。


 霊体に戻ったフユミが風のチカラを付与して全員の身体が軽くなる。


「あ、待ってあの幽霊は――」


「ほら行こうぜ、こんな所に2人の墓を作る気はねえからよ。」


 浴衣のお姉さまの話をしようとしたメグミだったが、ユウヤに手を引かれて走る内にどうでも良くなった。



 ドッゴオオオオオン!ガラガラ、ドグシャアアアア!



 全員が玄関口に移動した所でロータリーを支える柱を爆破して天井を崩した事で、その爆風と衝撃と噴煙が扉を突き破って中央ロビーまで吹き抜けた。


 玄関口では蹲ったユウヤチームが咳き込んでいる。


「ケホケホッ!ちょっと威力高すぎじゃないか!?ケホッ!」

「コホコホッ!ま、前も見えないわ。」

「うう、目が回る~。」


「ヨクミさん、大丈夫!?」

「うう、お風呂入りたい。むしろ海を泳ぎたい……」


『ごめんね?その、あまり防げなくて……』


 ユウヤチームの面々が埃だらけになってフユミが謝るが、彼女は彼女でチカラが低下しているので仕方のない話である。


(おい、さっさと身を隠すぞ!)

(え?なんで?ってああ、そういう事か。)

(鉢合わせちゃマズイもんね。)


 噴煙に紛れてサイトウはNTの2人とこっそり素早く玄関口から移動を開始する。


 転送装置に向かう前にケーイチとユウヤ達が会話するシーンを目撃していた。ケーイチは既にオヤシキ入り口に移動しているのだから、あの場面は現状の直後なのだろう。その時自分達の姿は無かったので、ここに居ては更に空間が歪みかねない。


 それとは別に、ケーイチと自分達が鉢合わせて繋がりがバレたりすれば面倒な事になる。なので噴煙で視認が利かない今のうちにズラかろうという魂胆だった。


「みんな、ロビーに出るんだ!」


 口と鼻を押さえて咳き込みながらロビーに出るユウヤチーム。


「あれ?ハルさん達が居ない?認識が切れたのかな?」

「待って、あそこに居るのって教官じゃない!?」

「ああー!今度こそ捕まえてやるー!」


「おまえら、元気だな……」


 近づいてくる元教え子達を、遠い目をしたケーイチが出迎えた。



 …………



「覚悟ぉぉおおお!」


「甘い、ほらよ!」


「うきゃあああ!」



 メグミが赤黒く光りながらケーイチに突撃していったが、無造作にその右腕を掴んで捻って投げ飛ばす。それをユウヤが受け止めた。


「こちとら年季が違うんだ。オイタは程々にしておけよ。」


「くっ、やるわね……」


 余裕そうなケーイチと悔しそうに回復するメグミ。

 ケーイチは赤黒オーラに対応する為に素直にマスターのチカラを使っていた。掴んだ彼女の空間を固定してひねるだけで投げたのだ。


「メグミ、無茶すんな!」


「きょ、教官はここで何をしてるんですか?」


「教官じゃねえって。アイツの話じゃこの先に気になるモノが在るんだとよ。幽霊に追われたり何なりで駆けずり回って、一息ついたらお前らが来たんだよ。見た所無事のようだが、幽霊には会ったか?」


 言われた通りにオヤシキへの話を入れつつ、トモミの幽霊について探りをいれる。


「爆破で認識を切ってなんとか逃げてきた所で……」


「んん?そうなの、か?」


 ちょっと話が違うと不思議に思うケーイチだったが、彼らが無事ならそんなもんか?と、とりあえず納得しようとする。


「待った!皆にはまだ言ってなかったけど、あの幽霊は多分なんとかなったと思うわ。」


「「「えええっ!?」」」


 メグミの言葉にメリーさん以外の仲間が驚く。ケーイチは眉をピクリとさせて続きを待つ。


「なんか幽霊に似た浴衣姿の女性が天井から降ってきて――」


 事の顛末を説明するメグミ。彼女はお姉さまの格好良さ?を仲間に熱く語って聞かせた。


「アレを押さえつけながらモンスターを一掃!?」


『まあまあ!そんな女性が!?』


「ちょっと信じられない強さだね。でもメグミだって干渉できたのだから、チカラによっては可能……なのか?」


「本当よ!私だって見たもん!パワーの出力がトンでもなかったわ!」


 モリトの疑問にメリーさんが証言を追加する。


「ちなみにその記録とかってあるの?シャシンとかドーガとか。」


 ヨクミは機械音痴なりに知ってる言葉を並べてみる。メリーさんが居たならそれくらいは出来た可能性があった。


「いえ、あれは残してはダメな類よ。ユウヤがメグミに惨殺されてシメーテハイな未来しか見えないわ。」


「なにその狂気!?」


 ユウヤが身体をビクッと震わせて後ずさった。メグミは助けてくれた彼女の艶めかしい姿を想像をされたくなくて、黙って視線を反らす。


(浴衣って事はマスターの家に居たのか?海外じゃそんなの無いだろうし……無理な出撃させやがったな、あいつめ。)


 ケーイチは不機嫌そうな思考をしつつも心の中では安堵、いやむしろほくそ笑んでいた。


 自分のミスで別れた元妻が元気に生きている。アケミと違って生きて夢を追いかけている。それが第3者によって遠巻きにではあるが確認出来たのが嬉しかった。


「なるほどな。危険が無いならそれで良いさ。オレは他をあたってみるとするよ。」


 ケーイチはチラリと中央ロビーを見ながらユウヤ達の視線を集める。

 ロビーでは転送室に向かう途中の自分達が見えている。そちらにユウヤ達が気付かないように気を引いたのだ。


「待って下さい!聞きたいことがッ!」

「チラッと言ってたけど、魔王はこの先に居るの!?」


 モリトが引き止め、ヨクミが食い気味で魔王の居場所を問う。


「そりゃあ行けば会えるとは思うが……やっぱり許せないのか?」


 行けば会える。ただし認識できるとは言っていない。彼も少しずつマスターのアレなやり方を覚えてきているようだ。


「言うまでもないじゃない!許せる要素なんてありますか!?」

「教官は許したんですか?あんなに倒したがっていたのに!」


 今度はメグミとユウヤが感情を乗せて問い詰めて来る。


「少しだけモノの見方を改めただけだ。許しちゃいないさ。」


 そう、彼は許していない。ただしそれは自分自身の過去についてだ。


「見方を改めた?どういう事です?」


「うーん……」


 モリトの問いにどう答えたものかと少し間を取る。何を言っても恐らく納得できないだろう。なら正解を交えつつ、マスターの様にテキトーな発言で行くかと決めた。


「言葉じゃ納得しないだろ。自分で見つけるんだな。強いて言うならアイツはカガミだ。紫色のアレの亜種みたいなヤツだと思えば――」


 ビキッ!と空気がひび割れたような気がした。元教え子達はワナワナしながら彼に確認をする。


「教官……オレ達が”19歳”だと知ってて言ってます?」


「あーー、悪いな。頑張って忘れてくれや。」


 ムカつく笑顔でケーイチは謝ると、空間に穴を開けて逃げを打つ。


「「「待てええええええッ!!」」」


 必死の形相で追いかけようとするが、既にケーイチは虚空へと消えていった。


「まったく、何て事を思い出させるんだ!」


「まるで悪魔の所業ね。」


「次は問答無用で捕まえよう!」


 20歳までに忘れなくてはいけない都市伝説の単語を、こんな事件のサナカに思い出させてくれた教官に憤る19歳組。モロではなく、連想させる形なのがタチが悪い。


「それでユウヤ、次はこの先に行くの?」


 よく解ってない疑問顔のヨクミがユウヤに判断を促す。


「んーー。なんか誘われている気がするんだよな。教官も言葉を選んで曖昧な態度だったし。」


「魔王が気になると言うからには、何かしらの情報はあるかもしれないよ。」


「ユウヤ、私は行きたいな。テンスルが居なくなったのって多分、この先だと思うの。」


 モリトに続いてメリーさんも調査に一票いれてくる。


「そういう事なら行くしかないな。約束を破る男になるつもりはないぜ。各自、装備のチェックと回復をしたら突入する!」


「「「了解!」」」


「ありがとう!」


 この先には自分達の大切なモノを奪った仇が居る。彼に会ったらまずぶん殴って問いただして償わせてやる!と意気込む一同。メリーさんも事の次第を確認するために鼻息が荒い。


 いよいよ終わりが近づいて来たことで、チームの士気はかなり高い。


 玄関口に置いてある弾薬類を掻き集めて、彼らは薄暗い通路と部屋の連なる訓練場、オヤシキに突入するのであった。



 …………



「なんだよ、随分荒れてやがるな。」


「ソウイチ達が訓練して、直す暇がなかったとかじゃない?」



 2014年10月5日。屋内訓練場オヤシキ。西洋風の屋敷を意識した内装の訓練場に突入したユウヤチーム。


 いくら訓練場とはいえ、そんな所で毎日ドンパチやれば予算が湯水の如く消えていく。なので節約の為に取り外し可能な強化壁と壁紙を使用している。

 部屋数も多く、並べてある家具も超安価品で揃えてある。


 玄関を過ぎるとちょっとした広間があり、左右と正面の扉に進める。だが正面の食堂への道は壁と天井が崩れていて通れなさそうだ。


「ヨクミさん、風の探知をお願いできる?」


 アサルトライフル装備のモリトが、再びフユミに取り憑かれたヨクミに索敵を頼む。火炎放射器はかさばるので玄関口に置いてきていた。

 そもそも戦闘範囲が狭い、この訓練場では使い勝手が悪いのだ。


「はいはーい。」


 ひゅおっと風の通り抜ける音がして、数秒後にひゅるるるーっとそれが戻ってくる。


「むむ!?海産物と山菜、油とお醤油の香り……これはソバね!」


「とりあえず左側から行こう。そうだな、休めそうな所があればお弁当タイムにでもするか。」


 ユウヤがスルーしつつも気を遣った指示を出して皆がそれに従う。


「ちょっと、ウソじゃないからね!」


『まぁまぁ、私は本当だって知ってるから。』


 フユミのフォローを受けながら最後尾を歩いていく。パーティーとしては気負いすぎた空気が程よくほぐれて悪い雰囲気ではない。だが唐突にその空気は緊張を取り戻す。



 ダララ!ダララ!



「銃声!敵襲注意!」


 曲がりくねった通路の向こうから銃声が聞こえ、それぞれが武器を構えて姿勢を低くする。


「きゃ~~~たすケテ~~~!」


「「「!?」」」


 通路の曲がり角からあざとい悲鳴をあげながら現れたのは、体操服姿の女の子だった。意味のわからない状況に一瞬だけ硬直。


 彼女はその間に目の前のメンバーを見定め、ユウヤに狙いを付けて女の子走りで突撃する。ユウヤは銃を構えてはいるが、要救護者の可能性が一応はあるので撃つのをためらう。


「そこのあなた。それ以上ユウヤに近づかないで!」


 メグミは任務以上の強い意志で、赤紫に光りながらナイフを女の子の首元に突きつけた。


「いや~~ん、こわ~~い!」


 体操服の子はするりと体勢を横にずらしながら身を低くして、剣先から逃れると今度はモリトの胸を目掛けて頭からダイブした。


「おにーさんは、たすケテくれる?」


「え!?ええっ!?」


「ちょっとアンタ!離れなさい!」


 最後尾に居て反応が遅れたヨクミが怒鳴るが、気にせず抱きついている体操服女。


 ダララ!ダララ!


「がっ!ケフッ……」


 モリトが困っていると銃声が鳴り響き、目の前の女が血を吐き出す。銃声のした方を見ると曲がり角から自衛隊のような姿をした男がこちらを狙っていた。


「ッ!!曲がり角に武装した男!」


 モリトは体操服女を抱き寄せ壁際に退避しながら敵の位置を知らせる。



「こっちは任せろ、モリトはその子を!」



 ダララ、ダララ! ズドドオン!


 ユウヤが素早く突撃してショットガンでライフル男との戦いを始める。

 その後ろにはメグミがついていった。


「たすケテって……ぃっタ、のに……」


 それだけ言うと体操服の女の子は意識が途切れて力が抜けていく。モリトは胃と胸が締め付けられながらプルプルしていた。


「モリト、あんなの誰だって罠かもって思うわ。気にしちゃダメよ。」


 ヨクミがモリトの肩に手をおいて慰めるが、彼女自身の震えが彼に伝わってしまう。ヨクミも冷たい言葉を放った1人だったからだ。


「それでも、判断を間違えないように訓練をしてきたのに……。数秒は時間が在ったんだ!その間に出来ることはいくつも、うう……」


 ピク、ピクピク……。


「えっ?」


 その時横たわる死体が微かに動いた気がした。


 モゾモゾ、ピクンピクン!


 それは勘違いなどではなく、悪霊に取り憑かれたかのように痙攣する。


「なになに!?またホラー!?」

「ヨクミさん離れて!」


 2人は少し下がりながら姿勢を低くして、様子をうかがう。


 モゾモゾ、ミキミキミキ……グッシャアアアアア!


 死体の銃痕から触手が飛び出て、傷跡周辺の身体を突き破って中身が飛び出してきた。


 それは直径30cm程の黒い細胞の塊に見えた。球体にも見えるが心臓の様に脈打っていて、そこから生えた触手が幾つも伸びて床と壁に張り付いた。



「接敵!攻撃開始ッ!」



 ダダダダダッ!ダダダダダッ!


 ビュン、ビュビュン!


 今度は迷うこと無くアサルトライフルで攻撃して球体を蜂の巣にしていく。しかし思いの外耐久力が高かったようで、触手で反撃してきた。


「”ヴァルきゃっあああああ!」

「ガッぐああああッ!」


 水魔法を撃とうとした掲げたヨクミの右腕とモリトの左足に、触手が猛スピードで絡みついて容赦なく締め上げた。


 そのまま黒い球体は直径2mほどまで膨れ上がって触手で反動をつけている。


「た、体当たりか!?鎧を……ぐっ!」


「腕が……動かせない!?」


 両者とも触手に締め上げられてる箇所が動かせず、どうやらボッキリ骨折してしまったようだ。


「このままでは……そうだ、これで!」


 モリトが急いでポーチから道具を取り出すと同時に、球体が反動をつけて体当たりしてきた。このままでは2人とも潰されてしまう。


 ヒュゴオオオッ!


「ヴァダークゥラアアアク!」


 ズボッ、ズバシャッ!


 何かを握りしめたモリトの左腕が球体に突き刺さって、いつもの2連撃を放つ。その程度では止まらない球体が2人を押しつぶそうとした所へ左手に握り込んだ水爆弾・Wを解き放った。


 ズパッパアアアアアアアン!


 更に2連撃の爆発が内部から起こり、さすがに動きを止めた黒球体。圧縮された水の爆発によって体長が更に増えている。



「止めだッ!D・ダストオオオオオ!!」



 冷気によって内側に溜まった水と体液と傷口をごっそり冷やされて、触手がしなしなと重力に沿って垂れる。生命活動も止まったようだ。



 …………



「こっちは任せろ、モリトはその子を!」



 ユウヤは速度を変更して走り出していった。曲がり角から銃口と顔半分だけ出して狙われている。


 ダララ、ダララ!


 覗く銃口をジグザグに避けて狙いを定まらせないように突進。銃弾は床に着弾したので後方の怪我は心配しなくて良いだろう。


「貰った!」


 ズドドオン!


 曲がり角の直前で滑り込んで、角に居た緑色の自衛隊員に散弾を2発叩き込んだ。その男はそのまま崩れ落ちたが、危険はその先にあった。


「って、やばっ!」


 ダララララ!ダララララ!


 ズドドドドドオン!


 廊下を曲がったその先にも敵影が見えてライフルで撃たれるが、床を転がりながらショットガンを連射。すぐに相手も撃つのを止めて次の曲がり角に身を隠した。


「ユウヤ、大丈夫!?」


「少し掠ったが、なんとかな。」


 ユウヤは顔を弾丸が掠めたがなんとか回避には成功。頬に赤い物が走り、肩の装甲が歪んでいることから本当にギリギリだった。


「てえい!援護するわ……壁向こうに数4!」


 ユウヤの顔から肩にかけてに光を当てながらメグミは相手の悪意を探る。敵意の気配は4つ感じるが、近づいて来てはいないらしい。


「フラッシュバンからの連撃、行くぞ!」


 ショットガンのリロードを終えたユウヤの指示にコクリと頷く彼女は右手に拳銃を構えながら、回復を終えた左手にはナイフを握る。


 壁を背にして右手だけでフラッシュバンを放るユウヤ。

 音と光のピークが過ぎたらユウヤが身を乗り出し、銃を構えて敵の進退を確認。


「居ない、行くぞ!」

「了解!」


 メグミが飛び出して次の曲がり角の手前まで走ると、壁を背にして気配を伺う。


(居る!敵意が薄れたのは閃光を浴びたから?)


 そう考えたメグミはあとに続くユウヤに手信号で伝える。それを受けたユウヤは好機を確信。


「先行する!援護・光準備!」

「了解!」


 ズドドドドドドドオン!


 姿勢を低めに飛び出たユウヤは迷わず引き金を引いて目の前の敵を薙ぎ払った。


「ガフッ!」

「ヒギャア!」

「アガガガ……」

「カハッ、アレ?」


 ドサドサと倒れたのは先程救助を求めたのと同じ様な女の子達だけで、自衛隊員の姿が見えない。致命的なダメージを負った4人の学生風の女の子たちはユウヤの足元に転がった。


「んなっ!?なんでッ!」


 そして激しく動揺するユウヤに向けて、その廊下の左右のドアから自衛隊員が狙いを付けていた。


 ダララララ!ダララララ!


「戻って!」


 パンパンパンッ!


 メグミは拳銃で片側の扉の相手を撃つ事で、ユウヤの回避行動の援護をする。


「くそっ、投げ物は読まれて……女を盾にするとは!」

「ごめん、読み違えたわ。あれ、でも……」


 2人は曲がり角で息を整えながら頭を働かせる。その時今まで黙っていたメリーさんが情報を伝えてきた。


「2人とも聞いて!さっきから敵の指示がとても密になってるわ。多分この近くに司令官が居ると思う。きっと相対的に空間の歪みが少ないのよ。」


 近しい位置で頻繁に情報のやり取りをしているから認識の途切れがない、と言いたいのだろう。ユウヤにはそこそこ伝わった。


「相対的に、か。それならこんなセコい作戦も実行可能か。くそっ

 女を撃つとか何やってんだオレはッ!」


 イラつきメグミの顔も見れないユウヤだったが、メグミが彼の腕をとって身体ごと寄せる。


「落ち着いて目を見て。私は離れたりしないから。」


「……」


「それでよし!ユウヤが気に病む必要はないわ。彼女達は敵意を持ってあの場に居た。女の子なのは外側だけかもしれない。」


「!!」


「たしかに妙な話よね。敵意があるから読み間違えたんだし。ねえメグミ。その死体に光を撃ってみなさいよ。」


「それは良い案だけど、私が蜂の巣になるわ。」


 誰だってわざわざ2方向から撃たれに行くつもりは無い。


「先に自衛隊をなんとかしよう。メリーさん、速攻を掛けるぞ。メグミは万が一のために待機だ。」


「任せなさい!」


 バキン!シュゥゥゥン。


 メリーさんの返事が終わる前にユウヤは対魔ナイフを壁に突き立てて分解した。その向こうは曲がり角の先の左の部屋に続いている。


 ビュン!と風のような勢いで部屋に突入したユウヤは2名の自衛隊員に襲いかかる。


「……速攻ってそういう?」


 メグミが驚いて呟く頃には室内に突入したユウヤが高速で敵の首をハネていた。


「解析頼む!」


 ユウヤはハネた頭を空中でキャッチ。メリーさんのネットワーク解析

 によって情報を掴む試みだ。


「捉えた!飛ぶわよ!」


 ダララララ!


 瞬時にユウヤの姿が消えて、今度は向かって右側の部屋から戦闘音が聞こえてきた。だが銃声は長くは続かず、すぐに静かになった。

 半開きになっていた扉からユウヤが現れて、メリーさんがこちらに向かって手をブンブン振っていた。


「おわったわよー!」


「なんか……私の時より相性良さげでズルい。」


「なに言ってんだ、早く光を当ててみようぜ。」


「私だって……ブツブツ……今日会ったばかりの子に……」


 メグミは女の子の死体に光を照射しながらブツブツモニュモニュと呟いている。そこへ実体化したメリーさんが彼女へ近づいてきて、直接メグミのお尻をぺちぺちしながら励ます。


「メグミったら気にしすぎ!カレシ取ったりしないから安心しなさいよ。それにもう戦友なんだから言いたいことはズバっと言う!私は役目を終えたらお別れなんだから、寂しい真似は無しよ?」


「う、うん。ありがと……。そっか、そうなんだよね。」


 メリーさんは出会った時より小さくなっている。背中でなくお尻を叩かれたのもその為だ。それが近い内のお別れを実感させて少し寂しい気持ちになった。

 出会いはアレだったが、メグミもまた彼女を友人だと思っていた。


(むう、お尻でもここまで柔らかいのかぁ。これじゃ私がカレシを持つとか無理な話なのに、何を不安になってるのかしらねぇ。)


 メリーさんはメリーさんで、お尻を叩いた手をワキワキさせながらちょっと人間に嫉妬気味だった。ユウヤに小さくて固いと言われた事を気にしているらしい。


 そんな2人を仲良いなぁと眺めていたユウヤだが、肝心の死体の様子を見て異変に気がついた。



「おい、妙なのが出てきたぞ!」



 溶けて消えかけた死体の中から黒い細胞の塊が現れて、そこから生えて

 いる触手がウネウネしている。


「照射そのまま!分解してしまおう……って燃料切れか?」


 対魔ナイフからは紫色の光が出なかった。使いすぎたのだろう。


「見た所それって自動回復らしいから、暫く待たないとダメね。」


「光だけでもだいぶ弱っているみたいだし、このまま――」


 ダララララ!ダララ!


「敵襲!はやく隠れ……て?」


 ドサッ、バタバタドサッ!


 メリーさんがスマホに戻りながら声を張り上げたが、廊下の先から現れた自衛隊達は全員床に伏してしまった。


「なんでみんな倒れているの!?」


 驚くメリーさんだったが仲間の反応がない。見ればユウヤ達も床に伏せ、黒い細胞の塊を枕にして寝ていた。銃弾は上手く逸れてくれて被弾はしていないようだ。


「ちょっとユウヤ、メグミ!こんな所でいきなり寝ないでよね!ほら、その枕バッチイから!あれ?……この現象はもしかして?」


 メリーさんはとりあえず実体化して2人を黒い枕の上からどかすのだった。



 …………



「はぁはぁ、実にエゲツない真似をッ!ユウヤ達はまだ戦闘中か?これじゃ援護に行けないし……ヨクミさん、腕は平気?」


「うう、折れてるかも……お願いしていい?このままじゃ魔法も使えないかも。」



 球体から腕を引っこ抜いて、壁に手を付き足を引きずりながらもヨクミを気遣うモリト。彼女は肘の先が腫れていて変な方向に少し曲がっている。この怪我の痛みでは確かに魔法の為の集中も難しいと思われる。


「もちろん。今キットを使うからね。」


 簡易外科キットをポーチから取り出して、その中から伸縮副木と粘着包帯を取り出した。


 このキットは深い傷や骨折に対応する道具が入っていて、重症に対する応急処置が出来る。縫合セットや警棒のように伸縮する副木やズレにくい粘着包帯に加えて、患部用の濃縮回復薬などがコンパクトに収められているのだ。あまりお世話にはなりたくはないが、持っていればこういう時に便利な存在だ。


「よし、これで固定は出来た。後はこれを患部に――」

『モリト君。こうすると、ゴニョゴニョ。』


 あとはクスリを患部に掛けて包帯を巻けば終わり。そのタイミングでフユミが耳打ちして……その回復方法に顔が赤くなる。


「えっ!?それ、本当に!?」

『大丈夫、私が許可するわ!クスリの節約にもなるしね。』

「むむ、何か良い方法があるの?」

『早く早く!戦闘中なんだから急がないと!』

「は、はい!シ、失礼シまス!」


 モリトは水鎧の頭だけ作ってヨクミの腕に口づけした。というか深く吸い付いた。



「ッ!?――――――――――ッ!!」



 声にならない悲鳴を上げたヨクミ。それは痛みから来るものでは無いが、精神的なダメージは負ったかもしれない。モリトは自身を回復させるS・リチェーニエを使いながら患部に触れ、注入する事でヨクミの腕を回復させていた。


 これなら付属の濃縮回復薬を節約出来るし、2人の仲のサポートも心のケアも出来る。そう考えたフユミの策だったが、実はもう1つだけ重要な効果があった。


「も、もももう!なんて事してくれんのよ!」


 腕は治ったが恥ずかしくなったヨクミがモリトを押し退ける。


 ドサ、ドサドサドサ……。


「えッ!?ええええ!?」


 するとモリトはそのまま床に転がり、背後からも何かが落ちる音が連続して聞こえてきた。

 見れば緑肌の自衛隊や、様々な格好をした女の子達だった。


 そう、このフロアのモンスター達である。不意打ちを仕掛けようとしていたところでヨクミの魔力入りの悲鳴で意識を失ったのだ。


『バッチリ、計算通りね!』

「どういう事!?」

『ヨクミったら戦闘後に索敵してなかったでしょう?』

「だって、骨折で集中出来なかったし!」

『だから代わりに索敵・対策をしただけよ。』


「だ、だからって……」


 モジモジしながらヨクミはモリトと彼の口づけた場所を交互に見る。


 頭部のみの水鎧で多少悲鳴に抵抗出来たのか、腕は治っていた。

 だが彼の足は折れたまま突き飛ばされて、ブーツの上から見ても

 変な角度で痛々しい。


『さあ、今度はヨクミの番ね。というか連日混浴していた仲なんだし気にしすぎじゃないの?』


「あれはツガイ的な意味じゃなかったもの!それよりユウヤ達は!?眠ってたらマズイわよ!!」


 モジモジし続けるヨクミにツッコミを入れるフユミだったが、彼女は深く考えたくないのか別の話題を持ち出していた。


『あっちの敵も眠ってるわよ。銃声、聞こえないでしょ?それより早くモリト君を治してあげて。』


 友人のモットモな言葉に大人しくモリトのブーツを脱がせて治療に入るヨクミだった。



 …………



「分断して各個撃破するつもりでしたが、こうなるなんて。」

「でもきっと彼らの心にはダメージを負わせられましたわ!」

「私達の手勢もやられてしまいましたけどね……」



 薄暗い部屋――屋内訓練場オヤシキの食堂にて、ザール姉妹は4人用のお洒落なテーブルと椅子を使ってお茶を飲んでいる。

 姉妹ネットワークは解除して触手を体内にしまってるので、見た目は優雅なお貴族様だ。


「キーカのお陰で助かったわね。良く彼の鼓動を聞いていたわ。」


「あのままでしたら寝込みを襲われて終わってしまう所でした。」


「大事なお姉さま達を危険に晒すなんて出来ませんもの。」


 3女のキーカがセクハラ前のモリトの心音を聞いて即座に、ネットワークの解除を提言。今回は難を逃れたザール姉妹だった。


 とはいえ、壁や防御態勢を取っていても同じフロア。多少は魔力が届いてしまった。なので眠気覚ましに気付け薬の入ったハーブティーを頂いているところであった。


「お姉さま、彼らの動きはどうでしょうか。」


「どうやら使用人室に寝かせて治療中のようね。すぐ起きてこちらへ向かってくることでしょう。」


 次女のイーワに尋ねられ、軽く触手をふりふりするミルフィ。ベッドの上に寝かされた仲間に魔法を使う姿が確認できた。


「ということはいよいよですね!」


「ええ。彼らの隠し玉も見れましたし、恐れる事は無くてよ。」


 ミルフィは優雅にお茶を飲んで落ち着いていた。



 …………



「ここ、は?オヤシキか。どうやら生きているようだな。」


「あ、寝坊助のリーダーが起きたわよ!」


「おはようユウヤ、お水どうぞ。」


「ああ、ありがとう。」



 訓練場オヤシキの使用人室の簡素なベッドの上でユウヤは目が覚めた。

 使用人室とは言うがあくまで訓練上の設定。置いてあるベッドもNTのホームセンターで売ってる最安値の簡素な物だった。


「状況は?」

「モリトがヨクミさんにセクハラして魔力がだだ漏れて――」

「またかよ。」

「う、いや~……」


 呆れた目で見てくるユウヤから、モリトはそっと目をそらした。


「もっと言ってやって!この非常時にあんな所で――」


(((平時にちゃんとした所ならイイって事かな?)))


「いやだって、アレはフユミさんの作戦だったんだし……」


「何よ、人の所為にする程自分からは触りたくないの!?」


(((それもう、受け入れ体勢整ってるじゃん!)))


 口を開けば開くほど自滅していくヨクミと困り顔のモリトに、仲間達はニヤニヤが止まらない。フユミも嬉しそうにふよふよと浮いている。


「とにかく無事で良かった。運んでくれてありがとな。」


「そーよ!感謝なさい!」


 メリーさんがスマホから上半身だけ出て偉そうに指を突きつけているが、別に彼女が運んだわけではない。


 ヨクミがモリトの骨折を治療したあとにアピラーツィアで復活させ、血肉布団で寝ていたユウヤ達とメリーさんをここまで運んだのだ。


「ここが使用人室って事は半分くらいは来たのか。メリーさんは手がかりを掴めたか?」


「恐らく食堂ね。今はネットワークが途切れてるから、逃げてなければだけど。」


「それじゃ奥の調理場の方から回り込んでいくか。それでいいか?」


「賛成よ。もしかしたら魔王が気にしてたのってその事かもしれないわね。彼も心が読めたりするんでしょ?」


「ああ、そっか。流れている指示を拾って来たかもしれないのか。」


「決まりだ、決着を付けに行こうぜ!」


「「「了解!」」」


 ユウヤチームは装備をチェックしてすぐさま出発する。

 エグイ真似をしてきたモンスターは全員床に倒れて起きる気配はない。



「司令を出してる人もこうなってくれてると楽なんだけど。」



 淡い期待を口に出しながらモリトは進んでいく。前を歩いていたユウヤのスマホから、メリーさんが返事を返してきた。


「それは無理かも。ミル姉さんは賢いもの、2度目は無いわ。」


「そうかぁ、残念。」


「メリーちゃんってその人達と仲良かったの?」


 ザール姉妹を姉と呼ぶメリーさんにヨクミが質問を投げる。


「そりゃあもう可愛がってもらってたわ。テンスルだけじゃなくて姉さん達にもね。くふふ、末の妹の宝物だったわけだしィ?」


「上等な扱いだったんだな。オレ達も見習いたいぜ。」


「ふふ、全くね。」


 ヨクミの質問に得意気に答えるメリーさん。それに対して自嘲気味に茶化すユウヤとメグミ。ここの隊員あるあるのジョークだった。今となっては危険は少ないので雑談混じりに進んでいく。


「調理場か、ここを右に行けばすぐ食堂だね。」


「もう着いちゃうか……ねぇ!左だと何があるの?」


「奥に宝箱があって、日替わりで中身が変わるぜ。」


「例えば?」


「賞味期限切れのお菓子とかハズレと書かれた紙一枚とか。」


「ニンゲンってやっぱり許せないわ。」


 そうこうしている内に食堂の扉前までやってきた一同。


 いざ目的地まで来ると、全員幾ばくかの寂しさを自覚していた。


 今夜は本当に酷い目に遭った。しかしそれでも仲良くなった者と辛さや気持ちを共有してきたのだ。別れが近くなって寂しくないはずもなかった。だからこそ、最初に動いたのはユウヤだ。



「みんな覚悟はいいな?開けるぜ!」



 彼がが率先して両開きの扉に手を掛け、全員頷くのを確認してからその入り口を解き放った。



 …………



「ごきげんよう、特殊部隊・ユウヤチームの皆さん?」



 屋内訓練場オヤシキの食堂。その扉の向こうには3人のドレスを着た女達が待ち構えていた。3人は並んで丁寧なカーテシーとドイツ語で挨拶を済ますと、こちらに対して不敵な表情を向けてきた。


「こんばんは、ザール家のお嬢様。こんな夜更けまで起きてるとお肌に悪いぜ?」


「日本語じゃ通じないでしょ。」


 ユウヤの雑な挨拶にジト目のメグミがツッコミを入れる。


「いいえ伝わってるわ。そこのメリイ・サン、いえメリーが翻訳をしてくれているようね。」


「メリーさん、そんな事も出来たの!?」


「だって、それくらいしないとシまらないでしょうが!」


 メリーさんはオカルトパワーとスマホの翻訳・読み上げサイトを駆使して言葉の壁を和らげることに成功していた。

 もし彼女が居なければ、ある種の決戦めいた邂逅が色々台無しになっていた事だろう。


「まぁ、確かに。それで、姫さん達はなんでこんな事をしてる?オレ達の邪魔ばかりシていたんだ?」


 ユウヤは敢えて救出作戦時のコールサインを使って意図を聞き出そうとしていた。ちょっと煽ったくらいの方がよく喋ってくれるのだ。


「まったくどの口が……官人とは思えぬシラの切り方ね。あなた方の陰謀で私達はこの身を人ならざるものへと変えられたのよ?」


「オレ達は知らなかったんだ。今日になって聞かされて――」


「この国には無知は罪という言葉があるのではなくて?攫われて身体を晒され改造された私達の身にもなってごらんなさい!」


「くっ!」


「待ってくれ、僕達は本当にそんなつもりじゃ……ミキモトが仕組んでいたんだ!彼の方を倒さなくてはこの惨劇は終わらない!」


「この期に及んで他人の所為ですの?そんなんじゃ女性とお付き合いできませんことよ?」


「ぐふっ!」


「無駄よ、所属的にも実務的にも彼女の主張は間違ってない。それで私達に復讐でもしようっての?」


 男2人は言葉に詰まってメグミに駄目出しされる。


「ふん、我々は高貴な身故に復讐などと泥臭いものは好みません。しかし報復は必要よ。尊厳と誇りを踏みにじった貴方達を許すワケには行きませんわ!」


「私達を倒してもその後は?ミキモトに利用されて終わるだけじゃない。」


「今日の仕事が終われば開放して下さる約束ですの。故郷へ帰ってまた家族で――」


「それこそウソだと思わないの!?」


「勿論解ってます。ですので彼らにも然るべき報復を行うつもりよ。しかしあなた方がそれを案じる必要がありまして?一体何の権利がお有りでおっしゃってますの?」


「正論すぎて何も言えないですわ……」


「口調が移ってるわよメグミ。まぁ、アレよ。ウラミ・ツラミはこの際仕方がないとして、あんた達1人減ってない?」


 言い負かされて相手に飲まれたのか、口調が移ったメグミ。その代わりに、ヨクミが別の切り口から会話に入った。メリーさんも、そうよそうよとばかりに指を突きつけている。


「やっと言ってくれたわね!テンスルはどうしたの!?私、フランスでゴミ箱に捨てられてから必死にここまで来たのよ!?」


「「「…………」」」


 3人は黙り、しばしメリーの境遇について思いを馳せた。


 空港で打ち捨てられてしまい、恐らくは証拠品として回収されたのだろう。それがオカルトのチカラを得て遠く離れた日本まで追いかけて来るのにどれほどの苦労があったことか。

 地理・言葉・存在そのもの。何もかもが絶望的な状況で末妹に会いに来た彼女の想い。


 末妹テンスルの宝物で、ザール家の一員として扱われた彼女。

 このまま何も言わずに戦い、傷つくのは貴族として恥ずべき事なのではないかとミルフィ達は判断する。


「黙ってないで教えてよ!テンスルは何処!?」


「メリー、良く聞きなさい。せっかくあの子に会いに来てくれたのに申し訳ないけれど、テンスルは現代の魔王に美味しく頂かれてしまったわ。」


「な、なんですって!?」


「「「魔王だって!?」」」


『いや、その言い方は待って欲しいな。』


 驚く一同。さすがの魔王もテレパシーでミルフィにツッコミを入れたが、特に意味も効果もなかった。


「改造された私達はミキモトの言いなりになるしか無かった。でもテンスルだけは人の形を保てなかった。」


「…………」


 所有者の悲惨な経緯をゴクリと喉を鳴らして聞き入るメリーさん。


「それでも姉妹揃って今日という決戦の日を迎えて……突然あの黒ずくめの使用人フェチが現れたわ。」


「「「使用人フェチ!?」」」


「私達を助ける代わりに使用人になれと言われて――もちろん丁重にお断りしましたわ。我々は上に立って大衆を導く者。それが使用人に身を落とすなんて許されませんから!」


「は、はぁ……」


「ですがテンスルは人間に戻すという魔王の言葉に誑かされて、そのままぺろりと吸い込まれ――ううぅ。」


「ま、まさか!山菜と麺つゆの香りがしたのは……!」


「「「ッ!!」」」


 ヨクミの勘違いがチームに伝播し、とても口に出来ない想像が彼らの脳内でマラソン大会。魔王の評価が更に悪くなる。


「それじゃあ私は……やっとここまで来たのに……」


 ガックリと項垂れるメリーさんだが、ミルフィは続けて語る。


「私達は特殊部隊を排除しミキモトに報いを与え、魔王に決闘を申し込むつもりですわ。メリー、貴女も一緒に行きましょう?」


 ここでまさかのメリーさんを引き抜きにかかるミルフィ。

 ハッとした表情で彼女を見つめるメリーさん。今の彼女は持ち主がおらず、このまま何も無いまま消え失せてしまうかもしれない。



「悪いがそれはさせねえ!」



 ダンッと力強く踏み出してユウヤが妙な空気を止める。


「メリーさんはオレの物に取り憑いてる。彼女の所有者はオレだ!あんたらもミキモトも止めて魔王をぶん殴る、それはオレの、オレ達の役目なんだ!」


「勇ましいことね。ならばどちらがこの先の未来に進むか、勝負と行きましょう!」


「おうよ!!」


「ぅぅ、ユウヤァ。」


 場が暖まってきた所だが、ユウヤの情熱的?な言葉にメリーさんが感動してウルルっときている。

 その後ろでビキッ!と変な音が聞こえて赤黒い空気が漏れているが、彼は気づいていない。


「い、いいの?私その、小さくて硬いし……」


「気にすんな。そんな事は重要じゃない。」


 謎の言葉といじらしい仕草から生まれる空気とは裏腹に、後ろの空気は般若の形を取り始めていた。

 メリーさんからすれば人形を愛でるにしても硬いのは嫌じゃないの?と言いたかっただけだが、そう取らなかった者も居たようだ。


「モリト、メグミを止めて!」

「無茶言わないでくれ!」


 するりとユウヤに近づいて彼の腰の対魔ナイフを抜き取ったメグミ。


「今回は私が使わせてもらうわ。それと2人とも、終わったらじっくり話を聞かせてもらうからね?」


「「うひぃっ!」」


 チャキンとナイフを構える姿に変な声が出た2人。


(((なんで仲間割れしてんの?)))


 ミルフィ達はこんなのが敵か~と呆れながら見ていた。



「改めて名乗らせてもらう!我はザール家長女、ミルフィ・ザール!」


「次女イーワ・ザールですわ!」


「3女、キーカ・ザールですの!」


 姉妹が名乗りを上げると彼女達の身体の中にチカラがみなぎってくる。


(このチカラは……そうよ、みんな一緒に!)


「「「並びに4女!テンスル・ザール!!」」」


 どこからか流れてきたテンスルのチカラ。その意思を汲んで姉達は末妹の名を決闘の場に連ねた。



「「「ザール4姉妹のチカラ、思い知ると良いわ!」」」



 高らかに宣言したザール姉妹は、これ以上自分達の仇がグダついて興が削がれる前に戦闘を開始した。


お読み頂き、ありがとうございます。

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