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106 アフターファイブ その8

急ぎの更新が続いてます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。

 


「物資輸送用なだけあって、安定感は抜群だぜ。」


「留め具がたくさん付いてるから足元に注意してね。」



 2014年10月5日。特別訓練学校の地下、物資輸送用の運搬リフトに揺られて西の訓練棟に向かうユウヤチーム。ギュイイインと少々駆動音はするが会話は普通に聞こえる程度だ。

 リフトにはちょっとしたコンテナやカプセルごと運ぶ為に、専用の留め具も多く設置されている。


「暗いのも難点だけどね。」


 光源がトンネルの壁についている心もとない光だけなので、モリトから渡された懐中電灯で照らすメグミ。これは戦闘時には一瞬だけ強力な光を放つフラッシュライトとして使え、上手く行けば視界を遮断して隙きを作ることも出来るシロモノだった。


「あ、終点が見えてきたわよ。進みはゆっくりだけど距離は大したこと無いのね。」


 同じ中洲のお隣なので距離が短いのはヨクミの言う通り。しかし彼女に取り憑くフユミは目を鋭くして警告する。


『この空気の感じ……待ち伏せされてるわ!』


「総員戦闘準備!銃構えッ!」


「「「了解!!」」」


 全員が構えを取ると、その先には緑色の物がウネウネと動いていた。


「くっ!作戦変更!ヨクミさんは風、モリトは焼夷……火炎放射!」


 終点には大量のスライムが通路に……床だけでなく壁や天井にもひしめいていた。さすがにあの質量で来られたら一溜まりもない。


 ユウヤは強化された対魔ナイフを抜いてメグミを後ろに庇いながら

 指示を出す。


「了解!炎の援護よね、任せて!」


「了解!あぁ、コレってこの為に……」


 訓練場でもそうだったが、スライム系の敵には単純な物理攻撃は殆ど効果が無い。炎などの所謂属性攻撃をするか、各自のチカラを上手く使って対処しなければならない。


 そんなスライムを扱っているからこそ、万が一の時の対処の為に火炎放射器が配備されていたのだと悟ったモリト。


「撃てっ!」


 ゴオオオオオオッ!


 ユウヤの合図でリフトが止まるのも待たずに消毒を開始する。


「”トルネード・ストレーット”!」


 ヨクミも小型の竜巻を発生させて炎と同化する。それは相手の表面を焼くだけでなく、突風で粘液に隙間を作って炎を送り込む。おかげで効率よく相手を無力化することが出来ていた。


「放射やめ!……凄いな2人とも。」


「僕よりヨクミさんだよ。あの鬼制御のおかげさ。」

「ざっとこんなもんよ!」

『火の扱いは練習してきましたから!』


 ヨクミの背後でフユミが胸をそらして得意げになる。フユミの制御サポート込みでの結果だったようだ。


(変なガスとか出たら嫌だっただけなんだけど、想像以上に上手くやってくれたな。)


 ユウヤは突発的な思いつきのわりには、良い効果を出せていた。


 ギュイイイイン、ガコン。


 その直後にリフトが訓練棟の発着地点に到着。ナイフを構えたユウヤを先頭にスライムの残骸だらけの通路へと踏み出す。


 正面に20mほど行った所にはこちら側の倉庫が見えていて、その手前の右手側には上半分がガラスのスライド扉が見えている。何の部屋かはここからでは判らない。


「「「うぇぇ、気持ち悪い。」」」


 スライム達は縮んだりドロドロに溶けていたり干からびたりと、通路を大惨事なのでフユミ以外の女性陣は露骨に嫌な顔をしている。


 特にメリーさんはセキュリティの妨害で壁に手を当てねばならないのでしかめっ面になっている。


「ううう、これもテンスルに説教する為……あれ、なんで?」


 それでも壁に手をおいて探知をする彼女だったが、何かに気づいて動揺する。


「どうした?何かやばい仕掛けか?それとも生き残り――」


『上よ!』


 ボトボトボトボト……。


 フユミのテレパシーが届いたと同時に、天井からスライムが落ちてきた。


「この、てえええい!」


 ブニュンブニュン、シュゥゥゥン……。


 ギリギリで視界に収めたユウヤは速度を変え、対魔ナイフを振り回して2体……2つの塊を分解する。


 ゴボボボボボ……。


 しかし天井どころか壁も床も、次から次へとスライムの塊が這いずってこちらへ向かってきているのが確認できた。この先の倉庫からスライムがなだれ込んでいるようだ。


「くそっ!こいつらなんで……焼夷弾!」


 この距離での火炎放射は自分達が危ないので、投げ物を指定するリーダー。


「了解!ヨクミさん、お願い!」

「”トルネード・アッパー!”!」


 ゴオオオオオオッ!


 モリトがポーチから素早く焼夷弾を投げつけると、続いてヨクミが廊下に炎の竜巻を作る。それは壁となって後続のスライム達を寄せ付けない。


「ユウヤ、そっちの扉!モリトは冷気準備!」


 ガララララ!


「みんな部屋へ入れ!」


 長くは持たないと察したヨクミが移動を提案。即座に乗ったユウヤは扉を横へスライドさせて仲間を誘導する。仲間が部屋へ入ると同時に竜巻の壁が消えて、スライムがユウヤ目掛けて”跳躍”してきた。


「人型!?このおっ!」


 ブニュン、シュゥゥン。


 とっさに分解させるが後続はまだ居る。スライムは人間の女を模した形に変化して、追跡の為の運動能力を上げようとしているようだ。


「素っ裸でこちらをホトケにする気かよ!」


 頭の中には”素裸仏”という単語が浮かんでくるが、そんな場合ではないのでさっさとユウヤも扉をくぐる。


 ガララララダァン。


 メグミが勢い良く扉を閉めてヨクミ達に合図を送る。


「”ヴァダー”!」

「D・ダスト!」


 バシャアア、ピキピキピキカキイイイン!


 扉をずぶ濡れにしたところをモリトの冷気でガチガチに氷漬けにして封鎖することに成功した。


 ゴウゴウと機械の音が溢れる室内。ここも水処理施設のようで、厚生棟のに比べると段違いで広く規模も大きい。同じ敷地内で2箇所も水処理施設があるのは疑問だが、それだけこちら側は水の消費が激しいと言った所だろうか。


『……これなら暫くは入ってこれないみたいね。』


 ドアとその向こうの様子を注意深く確認していたフユミの一声で、ふぅーっとため息をはいて緊張感がやや弛緩する一同。


「みんなお疲れ。あの素裸仏、ある意味男のロマンだけど命を狙われるのは勘弁だぜ。」


「えっちな本じゃないんだから、バカな事言わないの!」


 黄色い光を発しながらメグミが強くツッコミを入れる。恋人である自分が二次元ロマンネタに負けるわけには行かないのだ。


「この感じ、指揮官は復活してると見て良いかもね。」


『もう一度ジャミング入れる?』


「嫌よ!そういうのは2人だk……なんでもない!」


「それなんだけどオカシイわ!テンスルの気配が消えてるの!」


「なんだって!?」


 モリトの読みが冴え、再度ジャミングの提案を即座に却下のヨクミ。そんな空気を切り裂いて、メリーさんが慌ててまくしたてる。


「横方向へ高速移動したかと思ったら、反応が消えたの!私のチカラなら何処でも探知出来るはずなのに、何処にも居ないのよ!」


 メリーさんは動揺してスマホの上で激しい身振り手振りでワタワタ暴れている。


「このままじゃ、私はどうしたら……」


「ユウヤ、何とかならない?」


 存在意義を失ったかもしれない彼女を見て不憫に思ったのか、フォローと決断を求めてユウヤに問うモリト。


「落ち着けよメリーさん。調べるのには協力するから。最後に確認出来た場所はわかるか?」


「う、うん。えっとね、この建物の1階よ。位置はあの辺!」


 天井に向けて斜め上に指をさす彼女。ちょっと大雑把な説明だ。


 現在位置もよく解ってないのに指をさされても良くわからないが、どうやら彼女はなんとなくは覚えているようだ。ユウヤはメリーさんに顔を近づけて目をしっかり見て話す。


「わかった。メリーさんには助けられてるしな。必ず一緒に調べに行こう。だからそんな悲しそうな顔するなって。な?」


「い、いいの?私はその、オバケなのよ?迷惑じゃない?」


「今更なにを言ってんだ。もう友達だろう?友達ってのは迷惑も何も分かち合って行くもんだ。それが助け合うって事だからな。」


「うう、ユウヤ……ありがとう!」


 ガシッと抱きついたメリーさんがお礼を言う。メグミは少しだけ眉をひそめたが、特に何も言わない。この6年半、自分もこうして助け・助けられての日々だった。

 ここでメリーさんを拒否・否定的な事を言うのは、自分自身の恋も生き方も否定する事になってしまう。


(さすがユウヤ、どんな相手でも飼い慣らすね。)

(たらしよねー。メグミやメリーちゃん相手によくもまぁ。)

(だからこそリーダーが務まるんでしょう。)


 良い場面のハズだったが、仲間は遠い目をしながら少しだけ穿った見方をしていた。



「あんた達うるさいわよ!大事な所なんだから静かになさい!」



 その時、部屋の奥から女の声が響く。奥の方へ向かって確認すると、緑色の作業着を着た女性がこの部屋の機材を忙しく操作していた。

 大きめの瓶が山積みにされてたり大型の機械の影で、先程の扉前からは死角の位置だった。


 その人の側には宇宙服……のようなモノを着た者達が3人、いや4人

 か。一緒に作業をしている。


 女性は後ろ姿しか見えないが、30はとっくに越えているであろう

 と推測できる貫禄を持った声質だった。


「「「…………」」」


 ユウヤは仲間を見渡して指でクイクイっと合図をして全員コクリと

 頷くのを確認すると、銃を構えて彼女達の方へ近づいていった。



「動くなっ!大人しく手を上げろ!」



 相手は学校に戻ってきて初めて接触する職員だ。情報収集の観点からも見逃すつもりは無い。彼女達は一切動揺すること無く作業を続けている。と言うかこちらを見向きもしていない。


 カチャリと銃の音を立てて狙っている事をアピールするユウヤ。



「嫌よ。見ての通り忙しいの。火遊びは他所でやって。」



「「「ええー……」」」



 しかし華麗にスルーされて困惑顔のユウヤチームだった。



 …………



「早く階段を上るんだ!急げ!」


「ダンナ、霧は使わないでくれよ!」



 訓練棟地下の西側の通路の突き当りの階段。ケーイチ達は大量のスライムに追いやられて1階に逃げる所だった。攻撃力に秀でたチームだったが、物理攻撃の効きづらい相手に空間制圧された状態では引きながら戦うしか無かった。


 ケーイチが分解の剣で相手の速度を鈍らせ、ハロウがサイトウをおぶりながら階段を上がっていく。死夜霧について釘を刺したのは、地下であんなものを使ったら崩落待ったなしだからである。


「ケーイチのダンナも急いで!」


 ヘミュケットが階段上で蝙蝠を展開させながら周囲を警戒しつつ、

 剣を振るうケーイチに呼びかける。


(くっ、数が多い!死夜霧はどっちにしろ効果が薄そうだし……)


 とめどなく迫ってくるスライムの壁。霧を撃っても自分達側の被害の

 割には表面しか効かなそうである。



「なら、たまにはこっちだ!妖吹雪ッ!」



 ケーイチはチカラを溜めながら階段を上り始めて、下から迫る粘液壁に撃ち込んだ。いつかのクリスマスの様に杭の形に形成したそれは、深く食い込んだ所で光を発しながら炸裂。


 ピカッ!ジュゥゥゥン……


 その光を体内に通したスライム達は分解されてその破片が吹雪のように舞い上がって消えていった。


「こんなもんか。光をよく通しそうな身体してるもんなぁ。」


 杭の形にはしたが、いつぞやのクリスマスのモノとは別物である。単に深く食い込ませたかっただけだった。


「急いで!」

「うお!?……おわっ!」


 一時的に安全を確保したケーイチだったが、ヘミュケットが降りてきて抱えて階段を飛んでいく。1階付近まで来た所で不意に投げられて床に転がるケーイチ。


 ガシャン!


 直後に金属音が聞こえて鉄格子が階段の下り口を塞いだ。

 その向こうにはヘミュケットが取り残されている。


「サイトウさんの言う通りね。変な気配だったもん、これ。」


「待ってろ、すぐ分解して――」

「待つのはお前だ!」

「落ち着けよダンナ。」


「私は平気よ。ほら、この通り。」


 へミュケットは自身を霧にしてあっさりと鉄格子をすり抜けた。


「あ、ああ。そういや吸血鬼だったな。」


 吸血鬼の特性を忘れていたケーイチは頭をかく。


「それよりトキタよ。この格子は半分オレ製だ。いくらお前でも攻撃すればただでは済まなかったぞ。」


「うへぇ。そうだったのか。ありがとな。」

「いえいえ、なんてことないわ。」


 サイトウは空間をいじって構築することが出来るが、やりようによっては魔王並みの強固なバリアを構成することが出来ると言う事。

 ミキモトとの合同で開発したこの鉄格子はまさにソレで、下手に攻撃すると弾かれて行き場を失ったエネルギーが自分達を傷つけかねないのだ。



「ふむ、どうやらあの粘液どもは上がってこないようだな。こちらを驚異と見たか、担当場所から外れたからか。」


 サイトウは階段下を覗いて確認すると、ハロウも続く。


「じゃあさっさと次へ行くか?本当はあの連中の援護もしておきたかったんだけどな。」


「敵を減らすだけが援護ではない。このまま転送装置へ向かおうぞ。」


「敵も見当たらないし、幸いこの近くですしね。」


 訓練棟の転送装置は1階北側の部屋にある。現在位置は訓練棟の中央ロビーの南側の位置にいる。


 訓練棟1階はこのロビーを中心に南口、つまり現在位置のすぐ隣がロジウラ訓練場への入り口。ロビー南東がオヤシキ訓練場の入り口となっている。

 東に訓練棟の事務所、西側は対人戦の訓練ができる稽古場がいくつかあり、ユウヤとソウイチの引分け合戦場でもある。また、住み込みの研究員の部屋も稽古場近くに並べて配置されていた。


 地下施設・厚生棟・全体像と見比べて、空間がややイビツな構造になっているが、それでも敷地内に収めているのはこの場をリフォームしたサイトウのチカラの貢献も大きいだろう。


「そうだな、では行くぞ。ここも空間の歪みが酷い故、何が起こるかわからぬ。あまり離れるなよ。」


 サイトウ達はロビーをそのまま北へ歩き出したところでハロウが何かに気がついた。


「お、おいアレ!ドッペルゲンガーか!?」

「うわー、ケーイチのダンナ。気をつけないと死ぬんじゃない?」


 敵が居ないと言っても警戒は怠らない彼らが見たのは、オヤシキへの入り口でユウヤ達と話すケーイチだった。


「うげっ、縁起でもねぇ。来年子供だって生まれるのに……」


 自身のドッペルゲンガーを見てしまったケーイチは胸糞悪くなる。


「安心せい、自己像幻視は誰かと会話はしないハズ。ただの空間の歪みの所為だ。連中は放っておいても地下を脱出できた証だぞ。」


「あ、ああ。そう考えれば良いのか。まだまだ学ぶ事が多いぜ。」


 事ある度にポジティブに生きましょうと言うマスターの言葉を、ちょっと実感するケーイチだった。


「ほれ、全員視線を切れ。向こうも落ち着かないだろう。」


「「「了解。」」」


 さすがは世界を股にかける組織の長。サイトウは大声を出したりしなくても人をうまく誘導する。

 全員一度視線と共に認識が途切れると、そこは無人になっていた。


「ダンナ。明日から、ここってどうするか聞いてるかい?」


 ロビーを縦断しながらハロウがケーイチに問いかける。


「いや、先の話は聞いてない。マスター自身どうするかまだ決めてないのかもしれない。」


「そっか。……そっか。」


 ハロウはサイトウをチラリと見て口をつぐむ。いつもならNTグループにおこぼれが来るという話をしようとしたが、サイトウの前でそれは自殺行為に匹敵すると思ったようだ。


「オレの事は気にしなくても良い。どうせ同じ穴のムジナだ。ワケマエが不安になったのか?」


「オレの結婚式に出るレベルで話がわかる人だ。気にするなよ。」


 サイトウだって立場がある身で魔王と繋がりがあるのだ。2人からは揃って気にすんなと肩を叩かれる。


「それなら良いか。分前については……むしろ貰いたくないなって。あの結晶はともかく、どれも扱いに困るなぁと。」


「気持ちは判るぜ。今回はいつもと違って他人に頼る事も多い分、被害は深刻だ。いつもは涼しい顔で勝手に終わらせちまうのによ。」


 今回は被害が深刻なだけに何か貰っても扱いに困るものしか無い。


(ああ、なんだ。マスターっていつもスマートな仕事をしてたのか。こういう所も誤解されやすいよな。)


 ケーイチは普段のマスターの仕事ぶりは、早いが周りを置いてけぼりにするので大混乱製造機のように評価をしていた。もっとスマートにコトを運べという社長の言やら何やらでソウ思わされていたのだ。


 いざ周りに自分達に仕事を振られたらこのザマだという事に気づかされた。


「ふん、あやつなりに思う所が有るということか。トキタは何か気づいた事はあるか?」


 考えこむケーイチを見たサイトウは、○○○○が意味なくそんな事はしないと考える。昔から奇行が目立つ男だったが、何かしらの意味はあっての行動だったのは知っている。


 問題は、ソレがだいたい常識的では無いと言うだけで。


「理由は知らないが……どうも最初から手間取っているのが気になってて。結界は張り直すし街を放って色んな所に顔出しに行ってるしなぁ。」


「その筆頭が我らというわけだ。メンツ的に、全員に責任を取らせようというハラかもな?」


「私達からしたら、いつも急だから考えても仕方がないと思ってるけど、責任って言葉を聞くとなんか不安になって来るわね。」


「まぁ、終わればおのずと判るだろう。ここだ。邪魔が入らぬように周囲を固める。さっさと入ってくれ。」


 結局マスターの事はよく解らないと結論して、目的地のドアを開ける。


「おうさ!」

「はいはい。」

「解りました。」


 普通の木のドアを開けて中に入ると、少し広い部屋に出る。厚生棟でいうブリーフィングルームのような部屋で、対面と南側の壁にドアが確認できる。

 南側のドアを開けると、そこにも厚生棟と同じく転送装置が鎮座していた。


 サイトウはまず、ドアにチカラを注入した。空間を固定してドアからの侵入を不可能にしたのだ。先ほど見えた対面のドアを出ると地下や2階への階段の側なので、これからする事に余計なちょっかいを掛けられるのを嫌っての行動だ。


「ふう、やはり年だな。もうチカラ切れとは情けない。」


 一気に疲労が来たのかその場に座り込むサイトウ。それを見てハロウが妖刀を抜きながら名乗り出る。


「んじゃ、オレがやれば良いのか?」


「すまぬが頼むぞ。徹底的にな。」


「了解!サイトウさんに見せつけろ、妖刀キヌモメン・ワビサビ!」


 そう言ってハロウはチカラを吸った妖刀を構えるのであった。



 …………



「この非常時にあんたはここで何をしてる!」



 ユウヤは緑色の作業着を着た女性職員にショットガンを突きつけながら再び問う。彼女は今もこちらを見もせず、機械のスイッチを周りの宇宙服の者と一緒にせかせかといじっている。


「見てわからない?私はこの水処理施設の管理人、トウノ・サツキ。そう言う君たちは教授のお気に入りの実験体だろう?」


 その口ぶりはあまり友好的ではない。だが敵意よりも興味がないといった感じである。

 サツキの言葉通り部屋には水槽が幾つか取り付けてあって、規模も厚生棟地下のソレより数倍も大きい。


「教授たちはどこ!?言わなければあなた達もここまでよ!」


「私を殺したら君たち自身も大変な事になるとは思わないの?彼らが手塩にかけたと言ってもまだまだ子供なのね。」


「くっ!」


 痛いところをツッコまれて言葉が出なくなるユウヤとメグミ。やはり不用意に大人を脅すものではない。


「そうそう、大人しくしてればいいのよ。次の指示が来る前に消えないと、おっとこれはフラグになるかな?」


「何の話だ?」


「ここに来るまで気付かなかったの?私達やモンスターには頭に統制器官が入っていて、送られてきた指示に逆らえない。」


 さらりとサツキが教えてくれたが、その秘密を話せるという事は制御の効果範囲はそこまで広いわけでは無さそうだ。


「なんですって!?それではここの職員たちは……」


「だから、銃を向けられても作業を止められなかった?でもモンスターの死体にはそんな物は…‥」


「アレな細胞で作った器官だもの。機械が植え付けられているわけでは無いし、知らなきゃ見分けは無理よ。ここに来られる時点で貴方達には入ってないから安心していいわ。」


「「「…………」」」


 変わらず機械の操作をしているサツキから教わった事実に、言葉が出てこない一同。命を弄ぶ行為にメグミとモリトは激しい憤りを感じている。


「聞きたいことが有ります。そこに積んである――」


 モリトは聞きたいことだらけだったが、その中から一つを選んでサツキに聞こうとした。だが彼女は機械の操作を止めてこちらへ振り返って宣言する。


「残念だけど、時間切れよ。貴方達には怨みはないけど、ここで死んで貰うわね。」


「「「!!」」」


 突然の物騒な宣言に驚く一同をよそに、サツキは身を屈めてプルプル

 震えだす。


 ミシ、ミシミシ……バキバキバキ……。


「おいおい、なんか嫌な予感がしやがる。」


 人体の何かが壊れていく音を発して形状が変わっていくサツキに、ユウヤは畏怖を感じて銃を持ったまま棒立ちだ。


「サツキさんから離れて!彼女はもう人間じゃない!」


 ブォォン!


「ッ!!」


 モリトの声にバックステップで距離を取るユウヤ。直後に太く長い何かがユウヤの居た位置を打ち付けていた。


「ふん、これくらいは避けて当然か。」


 サツキは服がビリビリに破け、身体中に鱗が出現。腕は左右に3本ずつ存在して足はなくなり蛇のような下半身がうねうね動いている。


「人……魚?」


「そんなのと一緒にするなぁ!」


 ビシュビシュゥゥゥン!


 ヨクミはユウヤに抗議をしつつ水鉄砲を発射。風で曲線を描いてユウヤを避けて多腕ラミアとなったサツキにヒット…‥はせずに、宇宙服達が盾になる。


 その宇宙服の2人がユウヤへ突進、残り2人がメグミに襲いかかる。

 サツキは素早く変則的な軌道で迂回して、後方のモリトやヨクミを狙う算段のようだ。


「邪魔をするなっ!」


 ズドドドドド……


 迫る2人に向けてアサルトショットガンで宇宙服の上半身を吹き飛ばしたユウヤは、間髪入れずにメグミの方へ対魔ナイフを投げる。


「そんな服を来ていた所でっ!」


 メグミは赤黒いオーラを纏って、1体目の脇をすり抜け隠しナイフで切り裂き、飛んできたナイフを受け取る。そのままもう1体の腕を切り落として切断面が分解されていく。


「なかなかやるわね。でも――」


 迂回して一旦水槽へ飛び込み勢いをつけて飛び出したサツキラミア。

 火炎放射を警戒しての行動だろう。


「早い!?ならば――」


 察したモリトは放射器を床に下ろすと水の鎧を形成して、後方へ蒸気を噴射しながらラッシュを仕掛けた。


 ドゴッブシャア!ドゴッブシャア!ドゴ‥…


 全てが2連撃のソレは、まともに喰らえば一溜まりもないものだ。

 だが相手の腕は6本あるうえに水棲生物ベースなので水が効かず、10発打ったその全てが防がれてしまう。


「くっ、しまったっ!」


 やがて4本の腕でモリトの両手両足を掴まれ、身動きを封じられてしまう。残った2本で無防備なお腹を貫こうと振りかぶると……。


「モリトを離しなさい!」


 ヒュヒュヒュヒュン!


 風の刃が襲いかかってモリトを掴む腕から緑色の血が吹き出る。

 サツキは思わず彼の身体を放して、大きく体を捻ってヨクミの身体に長い尻尾を叩きつける。


「”トルネード・アッパー”!ユウヤは何をしてるの!?」


 すんでのところで尻尾を弾いて避けるヨクミ。宇宙服を倒して援護に駆けつけても良いハズの2人を探す。


「中身がスライムとかそんなのアリかよっ!」

「くっ、締め付けが……」


 すると先程の場所で2人はスライムに絡まれて身動きが取れなくなっていた。破けた宇宙服からスライムが飛び出して、関節技をキめられている。本人たちは必死だが、絵面的には年齢制限という単語が浮上しそうな雰囲気が醸し出されている。


(くっ!メインがダメならサブでなんとか……)


 戦えるのは半分。しかも相性的には泥仕合必至のメンバーだけ。とても面倒な状況に、ヨクミはスタンガンを取り出し心の中で憤る。


『伝令お願い!メグミは――ユウヤが――ヨクミさんには――。僕がアイツを引きつける!』


『解ったわ!気をつけてね!』


 一方で開放されたモリトはフユミに合図してテレパシーを繋ぎ、一瞬で意思を伝えて立ち上がる。


「まだまだ行くよ!」


「その連打は通用しないっ!」


 再び水の鎧を纏って突撃するモリトに対してサツキは6本の腕で迎え撃つ。その腕は既に修復されていて淀みなく動かせている。


「くらええええええ!」


 モリトはポーチから丸い何かを取り出し握り込みながら殴り掛かる。


 ドゴッドゴッドゴッドゴッ!


 バチン!!バチン!……


 それを受け止めたサツキの腕は全てが痺れて動きが緩慢になった。


「なななっ、これはッ!」


「スタンボール!防犯用のでも結構効くみたいだね。」


 街で手に入れた防犯グッズを握り込んでいたモリト。昔は色と悪臭を放つ特殊塗料を付着させる物が主流だったが、ミキモトグループの開発したそれは使い捨てのスタンガンのように使えるものだった。


 特殊部隊用に比べて出力は当然落ちるが、お互い濡れた身体で使用しているのでそれなりの効果が有ったようだ。


「くっ、だが直接握っていてはお前も無事では無いハズよ!」


 シュルルル、ブォオン!


 サツキは痺れた腕の回復を待つために、尻尾攻撃に切り替えた。


 ドムン!


 モリトは水の鎧を分厚くクッションにして尻尾を胸で受け止める。


 痺れた両腕を柱として水で締め付け尻尾を掴むと、下半身も水の鎧で踏ん張りを効かせた。


 モリトは全身が3m程横へ滑っていった所で完全に受け止めきった。


「何その根性!離しなさい!!」


 そのままブンブン振り回して床や天井に打ち付けるが、モリトは鎧のガードで衝撃を防ぐ。両腕からの水の締め付けは決して離さない。


 むしろ鎧が輝き、自己回復をしているくらいだ。それで指先の痺れが収まると攻勢に出る。


「蛇と女性の弱点と言えばこれ!D・ダスト!」


 振り回されながらもチカラを発動したモリト。サツキは下半身が

 急速に冷えていくのを感じて力が抜けていく。


「くうう、シャアアアア!」


 ブシャアアアアッ!


 サツキは口から水鉄砲のように酸のブレスを吐いて、モリトの鎧を

 酸性に侵食していく。


「な、なかなか……でも勝つのは僕達だ!」


「いっけーー!」


 シュゴッ!


 ヨクミの掛け声と共に、大きい瓶がサツキに向けて飛んでいく。


「この瓶はまさかっ!」


 カシャーン!


 サツキは驚き6本の腕で弾き返そうと試みる。しかしその直前に 瓶が粉々に砕け散って、中身の黄色がかった液体がぶち撒けられた。瓶の中には避妊具で作った水爆弾・Wが入れられていたのだ。


「きゃあああああ!」


「中和剤というからにはこれで何らかの効果が……あれ?」


「あんた達、なんてことするのよ!許せないっ!」


 かなりのダメージを期待していたモリトだったが、思いの外元気に突撃して6本腕ラッシュを敢行サツキ。どうやらアテが外れたようだ。


「ちょっとヨクミさん!ちゃんと中和剤を投げたんだよね!?」


 さすがにこのままではマズイと尻尾を離して、サツキのラッシュを避けて防いでしのぎ始めるモリト。彼は大声でヨクミに確認する。


「当たり前じゃない!私はキチンと”色の違う”強そうなモノを選んで投げたわ!」


「え!?色はどれも同じだったはず……まさか!」


 クールなモリト君は一瞬でその”可能性”に思い至ってしまった。


「言うなっ!この部屋に籠もりっきりって指示で、御不浄に行けなかったのよ!」


 色んな不幸が混ざりあって聖水を浴びたサツキ。上からの理不尽な指示の結果がこれでは怒りはもっともだろう。


「うわ……」


 一言だけ発してこころなしか分厚くなる水の鎧。余計に怒りを買って激しくなるサツキのラッシュ。


「あんたらフザけてんじゃないわよ!」


 ドゴゴゴゴゴゴ……。


「ぐ、ぐううう……」


 鎧の水流でどうにか受け流すモリトだったが、状況は苦しい。

 ヨクミは次の瓶を風で持ち上げているが、この位置ではモリトにも中身が掛かってしまうので躊躇していた。


 ザンッ!シュゥゥゥン。


「くひょ!?」


 苛烈な攻撃を繰り出すサツキだったが、突如お腹に走った痛みにその動きを止めた。


「メリーさん直伝バックスタブ!良く引きつけてくれた、モリト!」


「これくらいはしないとね。ナイスアタック、ユウヤ。」


 彼女を仕留めたのはユウヤだった。その手には対魔ナイフが握られている。


 フユミを通して伝えられたのは2つだ。その1つがメグミの光によるスライムの除去と隙きを突いての奇襲・暗殺だった。

 本当は中和剤で弱体化してくれたら良いなと期待していたが、これはこれで引きつけ役として仕事が出来たので結果オーライ。


 サツキの上半身と下半身が別れて傷口周辺が分解される。上半身が床へ落ちて虫の息となるトオノ・サツキ。


「う、くふ……さすがは対魔王用の兵器ね。だから早く消えて欲しかったのに……」


「そ、それを言われると心が痛いよ。」

「こっちにも事情が在るんだ。あのまま見過ごせるかよ……」


 バツが悪い男2人。ユウヤが答えると、サツキは鼻で笑って続ける。


「フン、その表情。同じ心を持った兵器なのにこの差は……まぁ

 いいわ。さっき言ったわよね。私を殺せば大変な事に――」


「水の処理が追いつかなくなるんだろ?そいつはもう対処済みだぜ?」


「何!?」


 ユウヤが制御装置の方を示すと、メリーさんとメグミがこちらにサムズアップしている姿が見えた。


 オカルトパワーで回路を把握・操作するメリーさんと、レバーのスイッチやバルブ等の物理的な作業を担当するメグミ。


 水処理施設の穏便な停止。それがフユミを通して伝えられた、もう1つの伝言だった。


 もちろんここを止めてしまえば配管の上流は酷い事になるが、今夜は既にどこも大惨事。どの道ダメなら止めてしまえという乱暴な考えだが、今は生き延びられる。


「はっ……完敗ね。こんな、なら……私の意地なんて――」


「「…………」」


 よく解らない最期の言葉を受けて看取った2人は、無言で死体を

 見つめる。

 彼女は操られていただけだ。戦わなくて済むように退去も勧めて

 くれていた。それでも情報欲しさに残ったのは自分達の意思だ。


「”仕方がなかった”の一言で済ませるには、あんまりだよな。」


「うん。色んな意味で僕達は止まれない。なら勝率を上げる為にアレを使わせてもらおう。」


 2人はこみ上げるものを堪えて女達の方へ向かう。

 その際に一度だけ振り返ると、そこには彼女の死体は無かった。



 …………



『これが、死?意識があるということは、その直前?』



 何処ともわからない空間でトオノ・サツキは漂っている。

 彼女の心の中には幾つもの記憶がフラッシュバックしていた。


 幼少期、いとこ2人と仲良く博物館に連れて行ってもらったコト。

 みんなでお父さんと同じくケンキューシャになるんだと騒いで

 注意されたあの日。


 中学に入ると、いとこ姉妹のヒカリとサヤは良く解らないモノにハマって格好つけだした。その時は変な本でも読んだのかと思って放置した結果、高校では信仰という形でエスカレートした。


 この頃になると親同士の会話の意味もわかってきた。


「本家は怪しげな宗教に毒され――」

「本家の子とはもう――」


「やはり分家の子は――」

「他所の血を混ぜるから落ちこぼれに――」


 家の意向通りに距離を取ろうかとも考える事もあったが、別に仲が悪い訳ではないし彼女達には相当な才能があった。


 医大に入り片手間に心理学と考古学も嗜むヒカリとサヤ。一方勉強についていくだけでやっとのサツキ。彼女達に協力してもらって、当時とてもホットな組織だったナイトの研究者としての道を歩み始めたのだ。


 しかし裏では家の者たちの争いが続き、ヒカリとサキとはその影響で離れ離れになる。サツキはナイトを離れてミキモトに拾われ、研究者とは名ばかりの雑用めいた作業をこなす日々。


 そのうちナイトの中枢が撃破されてサイトに統合。ヒカリとサキは戦闘員ではない為、その才能・能力を買われて要職についた。


『あの時、彼女達の誘いを素直に受けていれば……また違った終わりだったんだろうけど。』


 家のことやらなにやらで劣等感が芽生えた彼女は、サイトへの誘いを断って自力でのし上がることを選んだ。その事に後悔は無いが、この結末には悔いが残る。いつの日か改造されて最後まで誰かに利用され操られた挙げ句、聖水プレイからの暗殺は悔いしか残らない。



『なら、その悔いを笑い話に出来る程の人生に興味はありますか?』



 その時、頭の中に悪魔のような優しいささやき声が響き渡った。



 …………



「さっきこの瓶を投げてたよな。これってなんなんだ?透明だけどなんか光って見えるな。」



 中和剤の瓶が大量に置かれている場所へ集まるユウヤチーム。


「中和剤、恐らく薬液の成分を抑える物だと思うよ。厚生棟でも機械にセットしてあったんだ。」


「ってことは何か?これがあればゾンビも、街もっ!」


「僕は本職じゃないから解らないけど、弱体くらいは出来るかなと思ってさっきは使ってみたんだ。」


 その言葉になるほどな、と納得するユウヤ。厚生棟で考え込んでいたのはこのコトか!っといった顔だ。


「その、間違えちゃってごめんね?」


 結果的には上手く行ったが、ピンポイントで謎なチョイスをしてしまったヨクミは目を合わせずにモジモジしている。


「うーん、この成分表を見ても私じゃわからないかなぁ。」


「でも実際に使われてたなら、試してみるのも良いんじゃない?」


 首をかしげるメグミにスライムの残骸を探すメリーさん。連携プレーでちょっと仲良くなっているようだ。そこへフユミがテレパシーを送ってくる。


『みんな、気をつけて!敵襲、多分スライムで”両側”からよ!』


「戦闘準備!メグミは前方・モリト後方!ヨクミさんは中和剤を試してくれ!」


「「「了解!」」」


 フユミの警告を受けてユウヤが指示を出す。


 この処理施設はユウヤチームが入ってきた南の入り口の他に、北の廊下から入れる扉もある。フユミ以外はまだ知らないが、北と西に地上への階段がある事から、むしろこちら側が職員さん達がメインに使用していた出入り口なのだろう。


 ともかくメグミは光、モリトは冷気で足止めしてヨクミが謎の液体を試す。そういう算段だった。


 バァァァン!バァァァン!


 ニュルルルルル……。


 横開きの扉を内側に吹き飛ばす斬新な方法で入室するスライム達。

 凍りついた扉すら吹き飛ばすその量は、瞬時に両側出入り口からなだれ込む。


「てええい!」

「D・ダスト!」


 ニュルルッ……。


 過回復の光と冷気で動きが鈍った矢先、2つのボトルを開けたヨクミが張り切って魔力を籠める。


「いまだッ!」


「今度は失敗しないわよ!せーの、”ヴァルナー”!」

『前の制御は私がやるわ!せーの、”トルネード”!』


 ズズバッシャアアアアアアアア!!


 前後合わせて20Lの中和剤を水と風に乗せてぶち撒けた。



 ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。



「「「うわー……」」」



 謎の蒸気を上げて面白いくらいに溶けていくスライム達に、ドン引きする一同。粘液だからという理由もあるだろうが、ごっそり溶けて床に残る残骸がシューシューと音を立てている。


「ねえ、これって1瓶で何時間も持つらしいシロモノみたいよ。完全にやりすぎね。」


 メリーさんが日報を確認してそんな事を言ってくるが、やってしまったモノは仕方がない。


「メグミ、これがあれば感染したニンゲンも助けられたのかな。」


 思う所があったヨクミはこの結果にはしゃぐわけでもなくメグミに確認する。


「ッ……残念だけど無理ね。この威力じゃ身体の方が保たないし、ウイルスにも効果があるかは解らないわ。」


 メグミは一瞬ハッとするが首を横に振って答える。つまるところ、彼女達は使い方をまるで知らないのだ。ソレを下手に医療に使うことはできない。


「そっか、そうよね。ねぇユウヤ、これ少し持っていっても良い?」


「構わないけど少しだけな。使うときも少しずつで頼む。」


 効果的には10Lの瓶ごと持っていきたい所だが、移動に支障が出るので持てる分だけにする。


「分かった。私の、水筒に……ぐすっ。」


「僕の水筒にも圧縮して詰めておくよ。ヨクミさんは水鉄砲の調整をしててよ。これ、そう使うんでしょ?」


「うん、お願いするね。」


 察したモリトが2つの水筒を開けて水魔法で中和剤を詰めていく。ヨクミは通販で買った水鉄砲の内側に魔法でコーティングして中和剤にも耐えうる調整をする。


「なになに?どうしちゃったのよ。」


 メリーさんが突っ込むが誰も答えない。ユウヤも気になってたのでフユミに聞いてみる。


『なぁ、2人とも何かあったのか?』

『助けられなかった人が多かったみたいよ。私と合流する前に……』

『なるほど。結構繊細だもんね、2人とも……』


 ユウヤ達が周囲を警戒しながらテレパシーでやりとりしている間も作業が進められ、ヨクミの水鉄砲が大幅なパワーアップを果たした。



 …………



「やはり突破してきますか。彼らも必死ですね。」


「中和剤を利用するとは思いませんでした。ですが――」


「ええ。作戦”成功”ですわね、お姉さま!」



 薄暗い部屋でザール姉妹が触手で繋がりながら戦果を喜んでいた。

 ユウヤ達は心に影を落としながらも先へ進むし、水処理施設が停止した事で下水が逆流している箇所も出てきている。


 だがそれこそが作戦だ。彼女達の敵であるユウヤ側とミキモト側、両者への嫌がらせ。倒すことが出来ないのならば相手の力を極力削いでいくのが戦いなのだ。


 魔王からの提案と魂覚醒は彼女達に変な方向でのやる気を出させてしまったようだ。サツキへのフォローを魔王自らがこなす辺りも酷いマッチポンプ臭がするが、それ自体は彼女達には関係がない。


「ごらんなさいキーカ、彼らの気落ちした表情を。」

「ミルフィ姉さま、声もトーンが下がっておりますわ。」


 触手ネットワーク上では、やや暗い面持ちの彼らが装備を背負い直して立ち上がった場面だった。


「ですがよろしいのですか?あの老人と吸血鬼達のチームは放っておいて……」


「この国の言葉で二兎を追う者は一兎をも得ずというコトワザがありましてよ。あちらは魔王の手下らしいですし、ミキモトへの嫌がらせが主のようですから放って置いて良いでしょう。」


「そちらも利用されるのですね。さすがはミルフィ姉さまです。」


「それでは次はあちらへご案内致しましょう。イーワ、残った雑兵達をけしかけて下さる?ああ、それと力自慢にそこの天井を――」


「お安い御用ですわ!」


 意気揚々とイーワがモンスター達に指示を出していく。大部屋の収容所からは待機していた者達がぞろぞろと動き出して持ち場に向かっていくのだった。



 …………



「フユミさん、地上への階段は!?」


『北と西です!けど、これだけ囲まれては……』


「一旦戦いやすい場所に移動した方が良いかもね!」



 水処理施設を出ようとした時、またもモンスターの襲撃に遭うユウヤチーム。中和剤も使って応戦するも、やはり生身の肉体持ちには効果に個体差があるようで即効性は少なかった。


 ヨクミの水鉄砲や水魔法なら傷口や口から直接体内に潜り込ませる事も出来るが、彼女だけに負担を強いるわけにも行かない。


 だが光、冷気・ショットガンで応戦してもキリがないのも事実。


 特に前面、北側廊下の出入り口は収容所が近いのもあって敵の数も密度もえげつない。


「入ってきた入り口から出る!モリトは火炎放射で怯ませてくれ!」


「了解!」


 北側へ噴射口を向けて面で焼いていくモリト。たまに勇気を出して突破してくる個体はメグミがナイフと光で床に沈めている。


「ヨクミさんは残りの中和剤でヤツラを流して貰えるか!?」


「分かった、一掃してあげる!”パトーク”!」


 モンスター達を水槽に沈めて温泉の素のようにザバザバと中和剤を投入するヨクミ&フユミ。やってることは凄いがユウヤが思っていた形とはちょっと違った。


「まあいいか。全員、包囲を突破する!オレについてくるんだ!」


「「「了解!」」」


 一行はユウヤを先頭に南の通路に戻って西の倉庫まで駆ける。


「おりゃあああ、華払い!!」


 持続時間が長くなった対魔ナイフで憧れの教官の技を披露するユウヤ。

 まるでダンスの様な動きで、迫りくる多種多様の人工モンスターを次々と分解していく。


「ググ、グゲゴオオオオオ!!」


「やらせない!キョーイクショット!」


 シュパパパパン!


「「「グギャアアアアアア!!」」」


 カス当たりや普通に抜けてきたモンスターに対しては、ヨクミの強化された水鉄砲カスタムⅡの怒涛の連射で顔や傷口を狙い撃つ。


 直撃したモンスター達は中和剤効果でもがき苦しみ、戦闘どころではなくなっていた。


「新作は種切れ?その程度では僕達は倒せないよ!」


 シュゴオオオオオオオオオオ!!


 言われずともシンガリを買って出たモリトは火炎放射で追手を寄せつけない。だが長時間使えば当然燃料が切れる瞬間が来てしまう。


「「「グギャアアアアアス!」」」


 その瞬間を狙って勢い良くモンスター達は駆け出すが……。


「リロード、ちょっと長いよ!」


「任せなさい、ヒール砲よ!」


 ピッカアアアアアア!!


 すかさずメグミがスイッチして本来は回復の為の光を、両手の平から思いっきり照射する。


「グガッ!?ググッグウ……」


 黄色いソレを浴びたモンスター達は身体中からボコボコと謎のデキモノが発生して徐々に溶け始める。火炎放射と違って高速かつ範囲も広く逃げ場が無いので、追っ手達は一溜まりもない。


 彼らはいつものパートナー以外と組んでも、とても頼もしい働きを見せていた。


「ハァハァ、ちょっと気力回復!」

「了解!オレの速度はまだまだ行けるぜ!」

「ヨクミちゃん、私におまかせ!」


 クスリを飲むヨクミに代わってユウヤは更に速度を上げて、華払いとその合間にメリーさんとの2連バックスタブを混ぜ込んで確実に敵を処理していく。


「「「ゲギャギャギャアアアア!」」」


 倉庫まで来ると当然広いので敵はさらに増える。というよりこの倉庫のコンテナの半分はモンスターが入っていた為、それらが呼び覚まされてカオス空間待ったなしである。


「モリト、悪いがスキを作ってくれ!」


「みんな目を閉じて!フラッシュバン!」


 右手と水で作った左腕で火炎放射のノズルを操りつつ、本物の左手でポーチから目的のブツをメグミに投げ渡す。サツキの多腕に影響を受けたのか、器用kつ便利な使い方をするモリト。


 メグミは受け取ったフラッシュバンを天井へと投げつけた。



 ピキイイイイイイインッ!



 とてつもない閃光が倉庫中を満たして、モンスター達の動きが止まる。警告を受けていたのでユウヤチームは全員無事。ついでに覗き見て聞いていたザール姉妹も対策して無事だが、そこは今はいい。


「止まったな?全部ぶち抜く、ミチオール・クゥラアアアック!」


 ズドドドドドドドドドドドッ!


 まるで流星のようなラッシュで殴り飛ばされたモンスターは、床や這い出たコンテナの上で倒れていた。


 取りこぼしたモンスターは、仲間がそれぞれの武器で全滅させた。


「ハァハァ、さ、索敵!まだ居るか?」


「こんだけやっても気を抜かないとは、見上げた坊主だな。」


 いつもなら仲間が声を掛けてくるタイミングで、聞こえてきたのはおっさんの声だった。


「「「ッ!」」」


 いかつい筋肉質で頑丈なエプロンを身に着けたおっさんがモンスターの死体を見渡しながら近づいてくる。その背中と手には火炎放射器を装備していて、ユウヤ達の警戒心は上がる。


「だ……えっと、どちら様でしょうか?」


 思わず喧嘩腰で問いかけようとして、丁寧に聞いてみるメグミ。失敗は繰り返さないのが大事である。


「知らねえのも無理はねえか。オレはヒナカワ・ショウジ。処理班の1人だ。残業で残ってたら凄え音がしたもんで、様子を見に来たらこの有様ってわけだ。」


「えと、いつもお疲れさまです。特殊部隊のメグミです。」


「おう、あんたらは何度も見かけたから知ってるぜ。あんな小さかった坊主たちがこんなに立派になっちまってなぁ。」


「は、はぁ。ところでその武器は……」


「そりゃあ、火葬すんのよ。この先が火葬場になっててな。たまに最後に暴れるやつもいるから、その為のモンだ。」


 ショウジは西の通路を示しながら火炎放射器の用途を説明する。


「地下に火葬場だって?」


『排気はバッチリだから大丈夫よ。この倉庫は物資とモンスターを一時保管する場所でね。物資は北東の倉庫へ、新規・再利用のモンスターは収容所へ。廃棄が決定したものは火葬されるの。』


 ユウヤの疑問に対してフユミが補足を入れてくる。

 普通は外に作るべきだが、機密の都合でこうなったと推測される。


「なるほどな。そういやソウイチが供養がどうとかって言ってたか。」


「んん?ああ、ウワサの風の亡霊でも憑いてきてるのか。」


『精霊よ!』


「オレは仕事に戻るが、あんたらは……まあとやかく言わねえけど無理すんなよ。」


「こんな時でも、まだ仕事を続けるんですか!?クスリが漏洩して街中の人間が死んでるんですよ!?」


 彼の態度にモリトが若干苛立ちを見せながら問う。


「何かあるなとは思っていたが、そんな事になってんのか。だからオレ1人残しやがったんだな……この歳で再就職は辛いなぁ。」


 このおっさん、元はクシ○○・ショウジと言う。焼き鳥屋の店長だっが彼だが、ネームサファルとなってからは信用を失い失業してこの職場に拾われたのだ。その際に薦められて改名もしている。


「悠長な事を言ってる場合ですか!街もこの学校も化物だらけなんです!移動して安全を確保するのが先でしょう!」


「青坊主の言う事はもっともだが……行きな。オレは気にしなくて良いからよ。」


(((青坊主!?)))


「で、ですが!」


 モリトからすれば多くの人を助けたいのに、話を飲んでもらえない。ショウジからすれば逃げ場所なんてどこにも無い。両者は平行線だ。


 もう話すことはないとばかりに火葬場へ戻り始めるショウジ。


「くっ。」


 わからず屋めっという言葉を飲み込んでモリトは彼の後ろ姿を睨む。


「気にすんなよモリト。ここで働くってことはワケありなんだろ。あんまりカッカすると、冷気が漏れて寒いんだよ。」


「あ、ああ。だが彼はせっかく生き延びているのに……」


 モリトの脳裏にはあえなく死んでいった街の人達の顔が浮かぶ。


「やっぱりもう一度声を掛けてみるよ。ここで引いたら見殺しだ!」


「くふふ、正義の青坊主はダテじゃないわね!」


「メリーさん、それやめて……」


 メリーさんに頭をぺちぺちされて赤くなるモリト。自分の青臭い言動に少し恥ずかしくなったようだ。


「ほら、早く行くわよ。おっちゃんをラチカンキンするんでしょ。」


「そこまでは言ってないんじゃ……」


 ヨクミが先頭でズンズン歩いていく。次いでメグミ・モリトで殿はユウヤである。


「あれからモンスターが襲ってこなかったけど、品切れか?」


『強力なのはまだ居るはずだけど……大部屋のは終わりなのかな?他の場所にも配置されてると思うし油断は――む?』


 ヨクミがガラララと横開きの扉を開けたその時、フユミはかすかに声が聞こえた気がした。


「ヨクミちゃん止まって!」


『ッ!ヨクミ、ダメよ!』


 メリーさんが大きな声で制止し、フユミもその意味に気がついて

 続く。自分が察知できてメリーさんが聞き取れた声だとすれば、

 答えは1つだ。


「なに……ひょわああああっ!」



 シュゴオオオオオオオオオオオ!



 火葬場に一歩踏み出した時、右手側からヨクミの目の前を強力な炎が

 通り抜けていった。彼女は思わず尻もちをついてしまう。


「ヨクミさん!あ、あいつ!やっぱり敵だったのか!」


 モリトがヨクミを後方へ引きずりながらショウジの認識を更新する。


「早く逃げろ!次はもう、逆らえる気がしない!」


 だが当の本人は敵のソレとは逆の発言をしてきた。


「多分イーワに操られてる!サツキと同じよ!」


 メリーさんの言葉にハッとする一同。言われてみればさっきの炎は直撃させる事も可能だったはずなのに、ヨクミはのけぞりお尻を打っただけで済んでいる。


「どうするユウヤ?」


「やろう。逃げるのは簡単だが放っておけねぇ!」


 メグミからの質問に即答するユウヤ。その決断にちょっと口角をあげて頷くメンバー。戦わなくても済む相手だが、お互いの為を考えればここで終わらせた方が良いだろう。


「ここの構造は?」


『右手に大きく広がっていて死体を並べるの。ここから正面右手に火葬炉があって、天井は3分の2くらいは空調設備。床は滑りやすいから注意して。彼は……右奥に居るわ!』


 フユミが覚えてるだけの情報と、風による探知で位置を知らせる。


「モリトとヨクミさんは防御しながら正面突破。その後ろでメグミがフォローで、オレは火葬炉側から彼をかき乱す!」


「「「了解!」」」


「突入前にモリト、あの辺に鏡を作れるか?」


 正面の天井の隅を指して提案するユウヤ。相手の位置を知れるしあわよくば彼の魔眼を届かせられる。


「え?……いや僕では射程が足りないよ。」


 モリトは冷気の放出以外では射程距離が殆どない。水分を集める

 だけならともかく、10mは離れている指定場所には制御は届かない。


「そういうのは私の領分ね。向こうからも見えるから、作ったら

 直ぐに突入よ!」


 その言葉にモリト・ヨクミが並んで先頭に立ち、水の魔力を溜めていく。


「行くわよ、”ゼールカラ”!」


 シャバババババ、キラーン。


「捉えた、突撃ッ!!」


 火葬場内に水で鏡を作った瞬間、彼らは突入を開始した。



 …………



「くそ、オレの頭は……負けるもんかっ!」



 火葬場の奥の大きい台車を引っ張り出そうとした所で、ショウジの頭の中に抗いがたい衝動が走っていた。まるで女性の素晴らしい歌声で催眠術でも掛けられ、入り口に向けて追ってきた特殊部隊に火炎放射を行わなければならない気分になっている。


(くうう、この放射器はシャレにならん。外さねば……)


 ショウジの装備している火炎放射器はこの施設の中で一番強力なシロモノだ。モリトの持つ物と同様のモノにミキモト製のパーツを取り付けてあり、火力・持久力が増加している。こんなものを人間に使ったら丸焦げどころか消し炭になりかねない。


 だが非常にも身体は勝手に、出入り口にノズルを向けてしまう。


「やらせるかっ!」


「ひょわああああっ!」


 勝手に炎を発射しようとするのを根性で右に反らして、入ってきた女の子への直撃を避ける。


「うぐっ!ぐぅぅぅ、早く逃げろ!次はもう、逆らえる気がしない!くう、これで殺人未遂に放火未遂。塀の中は確実か……うが!?」


 大声で入り口に叫ぶ彼だったが、弱気になった所を衝動に逆らった反動で苦痛に襲われてしまう。


「ウガアアアアアアッ!!」


 更には頭の中にもっと強力な衝動を囁かれて、身体中にエネルギーが走って屈み込んだ。


 ビリビリビリ……ッパアアアアン!


 身体中の筋肉が膨れ上がって服とエプロンが弾け飛び、50代とは思えぬ肉体となった。



「ハァハァ、モヤセモヤセ!スベテヲオオオオオオ!」



 言うことを聞かないガンコオヤジに強力な催眠的な囁き声を注入した結果、自我が殆ど崩壊してしまっていた。


「行くわよ、”ゼールカラ”!」


 シャバババババ、キラーン。


「ウェハハハハ!!」


 ショウジの視界の右上に水でできた魔法の水鏡が出現する。同時に特殊部隊がこちらへ向かって突撃してくる。


 シュゴオオオオオオオオオッ!!


 正面突破を試みる男女に対して大火力の火炎放射を浴びせかけるが、彼らは水の幕を張って耐えながら少しずつその歩みを進めている。


 ヒュン、シュタ!タタタタ!


 それを大きく迂回してリーダーの男が走ってくる。このままではあっさり殺されるだろうし、かといってそちらへ炎を向ければ正面の男女に無防備になる。単純ながら良い作戦だった。


「コレガ本当ノおおおお!」


 ガシャン!とショウジは壁のガラスでガードしてあるスイッチにコブシを叩きつけた。緊急時に使用する奥の手のスイッチだった。


 ガガガガ、ガゴン!


 直後に火葬炉の重厚な鉄扉が全開放され、大量の空気を取り込んだ炉の中の炎が爆発する。


 ドゴオオオオオオオオオオオオ!!


「うわあああッ!」

「きゃあああッ!」


 4人は横殴りの爆風に完全に飲み込まれてしまった。


「火葬放射、ナンツッテナ!クハハハハハハ!!」


「ぐっ……ユウヤ、メグミ!!」


 有効な防御手段がなかった2人は爆風で壁に叩きつけられて床に転がっている。彼らを助けようと反射的に青坊主が動いてしまう。


「ソウダヨナァ、ナカマガシンパイダヨナー!」


 口元を大きく歪めながら、ショウジは火炎放射器の強化パーツの

 レバーをいじって出力を最大にまで引き上げる。



「オレモ、オマエラモ!スベテモエツキロオオオオオオ!!」



 正気を失ったショウジは最大出力の火炎放射器に、さらに自身のチカラである「加熱」を加えて暴走させる。


「しまっ……」



 ドゴオオオオオオオオオオオオ!!



 先ほどと同等レベルの爆風が再び火葬場を襲い、特殊部隊どころかショウジ本人すらも飲み込まれて焼失した。



 …………



「突入前にモリト、あの辺に鏡を作れるか?」


「え?……ユウヤ?」



 モリトはユウヤに問いかけられた時にうまく反応出来なかった。


(これは、さっきもあったような……)


 強力な既視感に囚われたモリトは頭に手をおいて考える。


「そういうのは私の領分ね。向こうからも見えるから作ったら直ぐに突入よ!」


(また?この話は1度体験したような。白昼夢か?)


 ド深夜なので白昼夢とは言いにくいが、不思議に思いながらも彼は突撃準備に入る。


「行くわよ、”ゼールカラ”!」


 シャバババババ、キラーン。


「捉えた、突撃ッ!!」


 火葬場内に鏡を作った瞬間、モリトとヨクミを先頭に突入を開始する。


 シュゴオオオオオオオオオッ!!


 直後に強力な炎が襲いかかり、ヨクミとモリトは水のバリアを作って耐え忍ぶ。


 極太の炎が幕にあたって弾けている所為で、正面の視界はゼロである。


「メグミ、もう少し近くへ!」

「う、うん!」


 あまり後ろに下がると炎の余波が彼女を焼いてしまう。


 その頃にはユウヤが飛び出し火葬炉側の壁を蹴って一直線にショウジに向かっていく。だが、ガシャン!という音が聞こえて――。


 ドゴオオオオオオオオオオオオ!!


「うわあああッ!」

「きゃあああッ!」


 4人は横殴りの爆風に完全に飲み込まれてしまった。


「火葬放射、ナンツッテナ!クハハハハハハ!!」


「ぐっ……クッ!」

「そんなっ、メグミ!」


 横殴りの爆風をモロに食らったユウヤとメグミが、モリトのすぐ横の壁に叩きつけられてそのまま倒れてしまう。


『―――――、――――ッ!』


 反射的に2人の介抱に向かわねばと身体が動きそうになるモリトとヨクミだったが、またしても天啓・閃き・電波の様な声を受信して踏みとどまった。


 ……コクン。


 残った2人はチカラを全開放、モリトが前に出てお得意の水圧ラッシュを掛ける。その後ろではヨクミが強力な魔法を作り始めている。


 そう、2人は敢えて傷ついた仲間達を放置することを選んだのだ。


「くらええええええっ!」


「クゲゲゲゲ、ナカマヲミステルトハナ!」


 ドゴゴゴゴ、ドゴゴゴゴッ!


 放射器を捨ておいてモリトのラッシュに付き合うショウジ。


 水を撒き散らすモリトと、炎を纏ったショウジが殴り合う。


「見捨てたんじゃない!これこそが助かる道だ!」


「ソンナ”非力”デハカナワヌゾ!」


 ジュウジュウと蒸発するお互いのコブシ。チカラ同士のぶつかり合いは互角だったが、筋肉質なショウジの方が単純なパワーは上のようである。


「うがっ!」


 そのパワーの籠もったアッパーカットに吹き飛ばされたモリトは、天井にぶつかりながら待っていた言葉を聞いた。


「モリト!行くわよ!」


「お願いします!」


 自身を回復させながら着地と同時に返答し、彼の背後から水の魔力が膨れ上がる。



「容赦しないわ!”パトーク”!」



 ゴゴゴゴゴゴ、ズバッシャアアアアアアアアア!!



「ナンダト!?」


 火葬場を埋め尽くしても足りないくらいの水がモリトを後押して、彼はその勢いのままにショウジに向けてコブシを突き出した。


 ズドォン!


「グハアアアア!ガボガボガボガボ……」


 ショウジの胃の辺りにモリトの右腕が突き刺さり、苦悶の声があがった。


「ガボ、ガボボオオ!」


 ピキピキピキ、カッキーン!


 ゼロ距離でのD・ダストによってショウジは内部から凍らされ、ここに無力化された。


「解除っ!治療に入るわ!」


 ヨクミが魔法を解除したことで、火葬場は元通り……ではないが火は消えて水も殆ど引いていく。ユウヤ達の瀕死体もパトークに巻き込まれていたが、ヤケドの処置の手間が省けた……とでも思っておいてアピラーツィアを掛け始めるヨクミ。もちろん最初はメグミからだ。



「オレの人生……燃えるだけだと思ったが、かき氷も悪くねぇな。」



 文字通り胃袋を氷に掴まれたショウジが瀕死状態でもジョークを言ってくる。つらい日々だったからこそ、少しでも華を添えようという意識の現れか。


「貴方は、この期に及んでまでそんな事を!」


「ココをやりな、青坊主。頭の中でキレイな姉ちゃんが歌ってやがるんだ。何語か知らねえけど逆らうと辛いんだ。楽にしてくれ、さあ!」


 震える手で頭を指差してトドメを要求するショウジ。


「クッ!」


 ずぼっと胴から腕を引き抜いて、今度は頭を狙うモリト。


「これで楽になれるぜ。ありがとよ、ヒーロー……」


 グシャッ!!


「こんなバカな事ってありかよっ!」


 心底救われたような最期の言葉は、モリトの心に影を落とす。


 操られていたのは判る。だが人生の先達の思いが分からず、何もまともに話せないまま別れが来てしまった。また目の前の利用された人間の命を助けられなかったのだ。


『大丈夫よ、モリト君。彼の最期の風は穏やかだった。貴方はなにも間違っていないから……』


「フユミさん、ありがとう……」


 霊体のフユミに抱きしめられて、安らかな風と共に自身を肯定してもらえた事で心が落ち着き始めるモリト。彼の視線を優しい笑顔で受け止めるフユミ。


(ああーーッ、それって私の役目だった気がする!)


 様子を見ていた治療中のヨクミは1人焦っていた。既に2人には順番に蘇生の魔法を掛けていて、魔力の維持で離れられなかったのが出遅れた理由である。


「ん……くっ……」

「はっ、戦いはどうなった!?」


「もう、起きるの遅いわよ!全部終わったから感謝しなさい!」


 仲良く目覚めた2人を可愛らしく睨むヨクミだった。



 …………



「この火炎放射器、使えないかな?すごい威力だったし。」


「本体はイカレてるけど、パーツは使えそうだね。貸して、僕が水を抜いておくよ。」



 もう行動できるまでに回復したメグミとモリトが、ショウジの残した火炎放射器のパーツを拝借している。モリトは渡された3つのパーツにチカラを籠めて水分を飛ばす。


 一方でユウヤ達は浸水した火葬炉を閉じながら先程の戦闘について

 話していた。メリーさんがやや煤けているが、無事だったようで

 ユウヤはほっとしている。


「なるほど、突撃してゴリおしたのか。モリトらしくないが……」


『私も驚いたわよ。でも、上手く行ってよかったわ。』


「2人が倒れた時に、なんか頭にテンケーが来た気がしてさ。」


 仲間を見捨てたとも取られかねない行動の理由をヨクミが説明する。


「それって……あっちでも有ったよな?」


「うん。心に直接ビビっと来る感じで……ねぇ、嫌な予感がするんだけど。」


 ヨクミはもしかしたら自分達にも、命令を受信する器官があるのではと青ざめた。


「サツキさんは無いって言ってたけど……わからんか。」


『「それは無いわよ。」』


「え?」


「私もフユミちゃんも、みんなが電波を受信した時に何も感知してはいないわ。」


『ええ、だから何かあったとしてもミキモト達とは関係が無いと思うの。』


 メリーさんとフユミの確信している話し方に、ヒトマズは胸を撫で下ろす。


「それなら安心……それはそれで不気味だな。」


「テンケー事体は優しい感じなんだけどね。さっきのとか特に。」


「へぇ、声が聞こえたとか?」


「”治療は間に合うから、目の前の相手を倒して”とか、そんな感じの事を言われた気がするの。」


「気絶してなきゃ、オレも聞けたのになぁ。」


「なんとなく親しげな、本気で心配しているような雰囲気が伝わってきたよ。」


「おまたせー!強化パーツはばっちりハマったわよ。」


 ちょっと残念そうにしていると、モリトとメグミが合流する。火炎放射器は無事にパワーアップできたようだ。


「よし、揃ったな。それじゃあこの先の予定だけど、さっさと地上に出たいんだよな。水道管も心配だし、荷物もかさばってる。なによりオレ達もだいぶ消耗してるだろ?」


「賛成よ。体力はコレでも良いけど、精神的にクるものがあるわ。」


 メグミは黄色い光で仲間を照らしながら地下での連戦の素直な感想を告げる。


「それが良いね。メリーさんの探し人も見つけないとだし。」


「覚えてもらえてて嬉しいわ。まだ反応が無いままなのよ。」


「それでフユミちゃん、階段は2箇所あるって言ってたわよね?」


『そうね。北のなら東の倉庫から行けるけど、西の方が近いからそちらに向かいましょう。』


「賛成だ。こんなところ、さっさと出るに限るぜ。」


「「「うんうん。」」」


 心から同意の頷きを貰ったユウヤは、リーダーらしく先頭に立って火葬場から退室するのだった。


 全員が退室した時に何の前触れもなくショウジの遺体が消えた。

 だが空気の流れを感じ取れるフユミですらその事には気付かなかった。



 …………



『ああ……死ぬってこんな感じなのか。とても安らかな気分だ。』



 よく解らない空間に浮かぶヒナカワ・ショウジの魂。死を自覚して

 そのまま謎空間に身を委ねて成仏待機状態に入る。


「おはようございます。いやあの……出来ればもっとこう、無いんですか?未練とか語ってくれたら話も進めやすいんですけど。」


『おはよう……ってうおっ!?なんだよ、天使とか来るんじゃないのか!?なんでテキトー顔の兄ちゃんが出てくるんだよ!もっと安らかに逝かせてくれよ!』


 突然現れた黒装束の男に驚いて飛び起きるショウジさん。


「そう言われましても、今夜はあの世がてんてこ舞いなんで美人の死神さんとかは来れそうにないですよ?」


『なんだよそりゃ。せっかくの気分に水をさされたぜ。』


「まぁまぁ。それで、なんかやりたかった事とか無いです?」


『欲を言えば切りが無いがよ、ネームサファルだと再就職どころか毎日のように誹謗中傷にさらされてつれーんだわ。だからやっと静かに過ごせると思ってたのに……』


「それは失礼しました。実はオレ、現代の魔王と呼ばれてまして。お名前のお詫びと言ってはなんですが、良き人生のお手伝いでも出来ればなと思って駆けつけました。」


『お前の仕業かよ!なんて事をして……待て、手伝いと言ったか?』


「はい。オレのチカラはご存知ですよね?」


『ならあれか?若返ったり自分の店を持ったり……あとはあれだ!優しい嫁さんとか、期待出来るのか?』


「お嫁さんについては確約できませんが、焼き鳥屋でしたっけ?お得意先にしたいくらいですよ。」


『ほう?下調べは済んでるってことか。スケベェな男だな。』


「男はみんなそうなんじゃないですかね。」


 彼がクシ○○・ショウジだった頃、焼き鳥屋の店長だった。

 幼少の頃にテレビで男たちがビールと焼き鳥で盛り上がっているのを見た。その時一生懸命働く者達の疲れが癒えていく様がとても素晴らしいものに見えたショウジは、自身がソレを提供できる立場になりたいと憧れたのがキッカケだった。


 専門学校で資格を取って、有名な焼き鳥屋に弟子入りを志願。土下座までした彼だったが、普通に履歴書を持ってくれば良いんだよと和やかに笑いながら迎え入れられた。


 現場で実力を身につけた彼は新店舗の店長に抜擢される程の活躍を見せたが、2005年の10月を境に環境が一変した。テロリストの所為で名前の一部が消えてしまった事で、理不尽な嫌がらせを受け始めた。


 職場や友人達から蔑まされる毎日が続き、病んだ心からチカラが暴走。家族もバラバラになって全ての縁が切られてしまった。その後はあの火葬場で、くすぶり続ける毎日だった。


『正直もう店を開くほど他人に期待も出来なくなってたんだが、チャンスをくれるってんなら喜んで貰うさ。』


「それでは契約の詳しい話をいたしましょうか。」


 魔王は椅子とテーブル、紙とペンを取りだすと交渉に入るのだった。



 …………



「鉄格子?メリーさん、何とかならないか?」


「う、これ油圧式じゃないの。電子回路はちょっと遠くにあるわね。シャッターの方は電子制御なのに……いやらしいわ。」



 ユウヤチームは緑のカプセルが並ぶ部屋を素通りして西の階段を上り、毎日のように見てきた訓練棟ロビーの1歩手前まで来ていた。


 しかしそこには鉄格子が降りていて、人間は通れそうにない。いつもならシャッターが降りている場所だが、その内側に鉄格子まで仕込んであるとは思わなかった。


「遠くってどれくらい?普通は真横とかにあると思うけど。」


「たぶんあの部屋よ。ちょっと私では無理かな。」


 彼女が指差した場所はロビーの真東、訓練棟の事務所だった。


「フユミさんが実体化してユウヤの携帯を持っていくのは?」


『モリト君、疲れてるの?認識が途切れると危ないわよ。』


「ああ!そうだった、ごめん。」


「この格子も壁の方でもいいから、壊せれば良かったんだけど。」


「チカラが籠もってて明らかに怪しいもんなぁ。下手に分解なんか試そうものなら何が起きるやら……はぁ。」


 ユウヤはペチペチと壁や格子を叩きながらガックリきていた。見た目と手の肌触りが合わないのだ。ケーイチが気付かなかった仕掛けをあっさり見抜いた教え子たちは諦めのため息をついた。


「ねえ、ダメそうなら早めにもう片方に行ってみない?下から水の音が聞こえてきてるし、急いだほうが良いかもよ?」


「配管が破裂でもしたのかもな。急ごう。」


 ヨクミの忠告に従って階段を降りると、床一面が水に濡れていた。

 先程まではそんな兆候すらなかったのだが、空間の更新が一気に進んだのだろうか。

 まだ数cm程度の深さだが油断はせず、ヨクミが適当に水をハケながら進んで行く。



「ユウヤ、あれ見て!」


「天井が崩れている!?」



 階段を降りて東へ、廊下の反対側まで移動したユウヤ達。水処理施設の北側の入り口前で、目的の階段に繋がる倉庫入り口の天井が崩落してガレキがドアを塞いでいた。


 穴の空いた天井からは水道管と思わしきパイプが破け、蛇口を半分くらい開けた程度の水が流れ落ちてきている。配管の太さの割に流量が少ないのは、貯水タンクの水が無くなってきたのだろう。


「くそっ、こういう地形的な嫌がらせは勘弁願いたいぜ……」


「どうする?強行突破ならまだこちらの方が可能性はあるけど。」


 モリトはユウヤに判断を委ねる。このメンバーなら水は止められるし、ガレキには対魔ナイフが使えなくはないだろう。


「うーん……」


『上へ上がる手段はもう1つあるわ。さっきのカプセルの並んだ部屋にモンスターを各種訓練場に運ぶリフトがね。でも私はその機械の操作とかはサッパリなのよ。』


「つまり私の出番ってことね!でも情報は欲しいかな。変な所に出たり、途中で止まったりはイヤだもん。」


 フユミの提案にメリーさんが反応する。ユウヤ達もそんな事になっては困るのでもっともな言い分だった。フユミは左手の扉を指差して話を続ける。


『うん、すぐそこの部屋にモンスターの管理人がいるハズ。彼ならきっと話は聞いてくれるわ。まだ無事ならだけどね。』


「決まりだな。ここを抜ければ早いが下手に分解を使うのは危険だし、まずは情報を得る為にそちらへ行こう。」


 ユウヤは決断する。ガレキ、もしくは横の壁を分解すれば北の階段はすぐそこだ。だがここは地下で崩落の危険もあるし、モンスターの管理フロアなら例の鉄格子だって仕込まれてる可能性もある。


 だが管理人とやらの情報があれば、少ないリスクで上へ進める可能性が生まれるかもしれない。


「水だけは止めておくわよ。モリトは冷気をお願いね。」


「了解!」


 天井の破れた配管をヨクミが水で包み込んで、モリトが凍らせる。

 応急処置だがすぐにこの場を離れる彼らにとってはこれで充分だ。



 …………



「うわー、これが全部モンスターの管理に使われてるの?」



 水処理施設北口の向かいにある部屋、収容所の管理人室へ入ると、大小様々な機械が並ぶ部屋だった。

 メグミが物珍しげにキョロキョロと見渡している。


『そうみたいよ。モンスターの管理も2種類あってね。量産型の大部屋と強力な個体の特別収容所が――って居たわね。彼よ。』


 ほぼ中央の大型コンピュータをかちゃかちゃと操作する黒装束の人物。ゾロゾロと近づいていくが、警戒も忘れない。各自の得意分野で周囲を探っている。


(割と小さいのね。っとそれより、あの通路から漏れてる悪意が気になるわ。幾つもの敵意が撒き散らされている。)


(配線の流れからして、あの奥に繋がってる仕掛けが多いのか。例の鉄格子も使われてるみたいね。)


(この空気の感じ、幾つかは地上へ配置済みね。数は半数くらいと言ったところか。)


 メグミ・メリーさん・フユミは奥の通路を気にしていて、モリトは機材の影などの死角をクリアリング。ユウヤは管理人の男に近づき声をかけようとした所で、彼の方が先に振り返って挨拶してきた。



「やぁ、こんばんは。こんな所に何の用だい?」



「「ひゃあっ!」」


 振り返った管理人は骨と皮だけの真っ黒な肌、目は赤く光っていて思わずメグミとヨクミが悲鳴を上げてしまった。


「こ、こんばんは?そっちこそ、そのビジュアルで何をしているんだ?」


「おっとイケナイね。自分が刺激の強い顔だったのを忘れていた。1人作業だとつい仮面を外してしまうのは悪い癖なんだ。」


 管理人は後ろを向いて、コンピュータの上に置かれていた仮面を被って振り返る。それはドクロの仮面だった。


「あまり変わってないけど……まあ良いか。」


 天然のグロさと作り物のグロさ。どっちもどっちだった。


「君たちが来たという事は、目的は特別収容所の化物達かい?」


「それはよく解らないが、リフトの使い方を知りたい。階段が全滅してて地上へのルートが必要なんだ。」


「それは構わないが……てっきりミキモトの悪事がバレて、反乱を起こしてアレらを処分するつもりかと思ったよ。」


「ミキモトが街をゾンビだらけにしやがってな。似た様な状況だ。特別収容所って言うからにはヤバイモンスターでも居るのか?」


「ミキモトのお気に入りさ。癖の強いのが揃っている。危険だから個室があてがわれてて、イザとなればその場からリフトで出撃することも可能なんだ。」


「マジかよッ!」

『その通りよ。』

「その奥に悪意だらけの何か居るのは確か、ね。」


 思わずフユミの方を見て確認を取るユウヤ。メグミも続いて証言する。


「なあ、あんた――」


「構わないよ。処分するなら手伝おうじゃないか。幸いココにはガスが各種揃っていてね。カプセルごと入ってるやつも自壊装置が付いているから、その殆どを無力化することも可能だよ。もっとも、既に上に配置されていたり一番強力なヤツは無理だろうけどね。」


「随分話が分かるじゃないか。一応ミキモト側なんじゃないのか?」

「うんうん、見た目の割にやさしいのね。」


「級友の頼みじゃ断れないよ。と言っても一緒に居たのは2週間程度だったけどね。デカくなったな、ユウヤ先輩。」


「「「!!」」」


 ドクロマスクの管理人はさらりと驚きの事実を口にして、後ろの大型コンピューターをカタカタと弄り始める。


「おまっ、まさか……」


「転校した生徒や事件の犯人達は化物にされて、先輩達の訓練の的にされた。破壊と再生の連続に意識も無くなって行く。だがオレは何故か知性を保ったままでね。彼らの言葉も多少は分かるからと管理人にされたのさ。」


 その内容はフユミの証言とも一致する。ユウヤ達はやるせない気持ちになりながら、憤りを向ける場所を探しはじめている。


「魔王を倒すためとは言え、酷い話だよな。さぁ、自壊装置とガスの散布を開始したよ。待ってる間に上への行き方を教えるとしよう。」


 通路の奥ではシューシューとなにかが噴出する音が聞こえ、残っていたモンスター達は思ったより静かだった。


「先に鎮静剤を撒いてるから、あまり苦しまずに逝けるハズさ。」


 一同の疑問をさらりと解消してからリフトの使い方を教えてくれる後輩の管理人。


 と言っても割と単純で、行き先とリフト番号を選んで入力するだけである。気をつけないといけないのは入力者が急いでリフトに乗る事と、移動先の出口を予め開けておくこと。でないとリミットがかかって途中で止まるようだ。この騒ぎで、もしリミットが効いてなかった場合はハンバーグである。きっと硬めのパンに挟まれたハンバーガーとなることだろう。新鮮さだけはガブドもびっくりだ。


 モンスター限定の移送設備なので、操作する人間はずっと制御側に居るのが前提なのだ。その事を頭に入れて使うようにと教わった。


「ありがとな、これで何とかミキモト達を倒しに行けそうだ。」


「役に立てて良かったよ。短いながらも先輩たちには世話になったからな。さて、そろそろだ。ガスを抜くから、自分達の目で確認してきてくれ。セキュリティも中の檻以外は外しておくから、安全に入れるよ。」


「ど、どうする?」


 管理人の言葉にちょっと詰まるメグミ。管理人からは悪意を一切感じていないが、ガス設備のある部屋に行くのは不安になる。


『それが良いと思うわ。ここで確実に倒せているのが分かれば、上で少しは気が楽になるはずだから。』


「で、でも……」


 さっきまで話が出来る相手が突然の凶行に走る例があった。彼がそうでないと信じきれない彼女がそこに居た。


「ああ、安全は保証するよ。ただし一番奥の檻だけは気をつけてくれ。他とは比べ物にならない生命力を持っている。恐らくアイツだけは倒せてないはずだ。檻は破られはしないと思うが、あまり刺激はしないほうが良い。」


「ほらほら、行くわよメグミ!大丈夫なんでしょ?フユミちゃん、メリーちゃん。」


 ヨクミに背中をグイグイ押されて奥の通路へと向かうメグミ。


『彼はきっと大丈夫よ。』

「ええ。確認だけだし早く済ませて先を急ごう!」


「ほら、大丈夫だって!男どもも早く行くわよ!」


 2人の保証と頷きを見てヨクミは更に歩みをすすめる。


 全員が通路へ移動して見えなくなったのを合図に、管理人は頭を押さえて膝をついていた。



「あ、会えて良かったよ……頑張ってくれな、先輩。」



 その言葉を最期に身体が崩れて砂となる管理人。イーワの命令はずっと頭に届いていた。その事はフユミとメリーさんも気がついている。だが完全に抵抗出来ている事から、コトを荒立てずに進めようとしたのだ。


 そう、彼は抗い続けた。その反動の苦しみに耐え続け、変貌する余力も無いその骨と皮だけの身体。


 それが今、限界を越えて土へと還っていった。



 …………



「うぇぇぇ、気持ち悪い!」


「私達の日常の足の下はまるで別の世界ね。」



 特別収容所に伸びる広めの通路。その両側には鉄格子で遮られた独房が並んでいて、中に居た異形のモンスター達が息絶えていた。


 独房内の壁や天井からはモンスターを調整する為なのか、機械のアームとケーブルが幾つも伸びている。彼らからはよく見えないが、ライトやカメラ、ハサミ・注射針などが先端に取り付けられていた。中には収納カプセルごとバラバラになった死体もある。


 それらを確認して顔をしかめるユウヤチームの面々。


 照明は少なく薄暗い中でのそれらの確認作業は、余計な想像を掻き立てられて恐怖心が生まれてくる。


「今、軽く現実逃避をしてふと思ったよ。こっち方面に予算を注ぎ込んでいたから、僕達の活動は節約が多かったんじゃない?」


「かもな。これも鍛錬だの世間体だの色々言ってたが……大人の事情は大体カネとオンナって事か。」


 ユウヤ君、大正解である。彼は某漫画で読んだ知識を言ってみただけだったが、首謀者の事情を言い当てていた。


「オンナは何処からでてきたのよ。」


「ほら、パスワードのkisakiとか。」


 適当な事を言いながら進む一行だったが、フユミとメリーさんは大人しくしている。立場上この光景に思う所があるのだろうとユウヤは考えて特に口には出さなかった。


「グルルルルル……」


「おい、この部屋じゃないか?」


 通路の一番奥まで辿り着いた一行。右手側の牢屋から低い唸り声が聞こえてきて、全員警戒しながら様子を見る。



「グオオオオオッ!!」



 ガシャアアン!ガシャアアアン!



「うおおっ!?」

「きゃああ!?」


 ユウヤ達の姿を見た怪物が、鉄格子に向かって体当たりやコブシをぶつけてきた。暗くてよく見えないが、相当の巨体とパワーを持った個体なのは間違いない。


「うへぇ、弱っててこれなのかよ。」

「こんなの、まともに相手はしてられないよ。」

「この鉄格子ですら、なんか歪んでない?」

「う、このままだと外に出ちゃったりとか……」


「ユウヤ。格子越しに撃つかい?」


 一同の感想の後にモリトが提案するが、ユウヤは首を縦に振りはしなかった。


「いや、管理人も言ってたけど刺激しないほうが良い。攻撃が鉄格子に当たったらオレ達が危ないしな。」


「それもそうか……でも、何か手を打ちたいよね。」


 そう言って考えるモリト。彼はここまで目まぐるしい活躍をしてきたが、少々頭脳が振るわなくなってきている。


 少し前のフユミの言う通りに疲れの色が濃いのもあるし、新たに知った事実に動揺を隠せてない様にも見える。

 彼だけに限った話ではないのだが、今夜は自己否定に繋がりかねない出来事が多いのだ。


 それは判断を鈍らせるだけでなくチカラの制御の不和にも繋がる可能性が上がるので、危険な要素だと言えよう。


「うーん、そうだなぁ。何か手持ちで……」


『――――、――――!』


 その時、ユウヤに悪魔的な発想が舞い降りた。例によって天啓だか電波だかで、これなら行けると確信する。


「そうだな。手負いで気が立ってるならいっそこれでいいか。モリト、メシを出してくれないか?」


「え!?こいつにあげちゃうの?でも弁当はメグミとヨクミさんが持って――」


 水星屋のお弁当は2袋に分けて女性陣が持っている。二手に分かれる可能性を考えての配分だ。誰だって女の子からお弁当を渡されたいという男心が透けているが、ユウヤはその事を言ったわけでは無いらしい。


「違う違う、レーションだよ。アケミさんのレーション!」


「「「ええっ!?」」」


「ほらほら、どんどん投げ入れようぜ!」


 戸惑いながらポーチから4人分の缶詰とパックをどさどさと手渡すモリト。それをポンポンと投げ込む仲間たち。


「グル?グルルルルルルル!」


 モンスターはそれが栄養のある物だと判断して、封も開けずに次々に口の中に放り込んだ。


「グルゥゥゥゥ……」


 4人前を流し込むと独房の中央で寝転がるモンスター。


「ウッソー、大人しくなったわ!」


「毒をもって毒を制す?やるじゃん、ユウヤ!」


「さすがユウヤ、ヘンナノを飼い慣らすのが特技だもんね!」


(毒……ヘンナノ……)


 仲間の言葉のナイフにちょっぴり目のハイライトが薄くなるメグミだったが、上手く行ったのだから特に文句は言わない。


「たまたまだけどな。それより早くリフトへ行こうぜ。こいつが大人しくしているうちにな!」


 ユウヤ達がわいわいと管理人の元へ戻るが、そこには黒い布が落ちているだけで誰も居なかった。


(あの子、やっぱり強かったのね。訓練を拒否していなければ、こちら側だったかもしれないけど。)


(強力なココロの持ち主だったわね。少しニンゲンを見直したわ。)


 そんな感想を胸に秘め、フユミとメリーさんは管理室を後にした。



 …………



「さっき通った時より薬液が減ってるな。」


「こういう時、ゲームとかのお約束だと中身が――」


「止めて!フラグを立てないで!」



 カプセルが立ち並ぶ部屋に戻ってきたユウヤチーム。位置的には南の一時保管倉庫の北、大きい水処理施設の西側である。


 部屋は大きく2つの区画に分かれていた。


 東側はカプセルが並んで中にはモンスターを入れてある。身体に損壊が見られることから治療中なのではないかと推測できて、フユミの肯定の言葉によって確定する。


 西側は多数の輸送リフトとその制御装置が並んでいる。装置の空きスペースには大きめのファイルが置いてあり、マニュアルと思いきやモンスターの資料だった。


「これね。私にかかれば朝飯前よ!」


「頼むぜ、メリーさん。」


 ユウヤとメリーさんが、電源の落とされた制御装置を起動しようと作業に入る。

 一方でカプセルが並ぶ区画ではヨクミとフユミが監視をしていた。認識が途切れないように、仲間から見える位置から風と水と目視でチェックしている。


「まさか、本当に出てこないわよね?」


 今も目減りしていく薬液を気にしながらヨクミは友人に話しかける。


『大丈夫よ。そう簡単に破壊できるガラスじゃないし。』


「だと良いんだけど……これとかズタボロね。見たこと無いけどどういうモンスターなの?」


 ヨクミが気になったのは髪の長い人型のモンスターだ。皮膚はボロボロ、肉もあまり足りてないその身体。訓練では見た事がないので自分達がキズつけた個体ではないと思うのだが、無性に気になって仕方がない。


『それ、実はよく分からないのよ。もう何ヶ月もカプセルに入ってて……あ、傷ついているワケじゃなくて培養中みたいよ。最初はこーんなに小さかったんだから。』


 フユミは親指と人差指で数センチ程度の隙間を表現する。


「ふーん、それがこんなに大きくねぇ。名前とかないのかな。」


 ぺちぺちとカプセルを触りながら、なんとなく思ったことを口にしてみる。


 ジジジッ……


(あれ、変ね?)


 目にゴミでも入ったのか、視界が歪んで目をこする彼女。


『モリト君、そのファイルに書いてない?』


 フユミは耳を手で触りながら、ちょっと離れた位置で資料を読んでいたモリトにテレパシーを送った。


『その特徴のモンスターはちょっと見当たらないかも。』


 正確にはフユミはずっとヨクミの声を送り続けていたのだが、今初めて送ったフリをしていた。特に重要な意味は無いが、彼女なりのヨクミ達へのサポートのつもりらしい。


「この資料、良く作られてるんだけどなぁ。」


「ン?なにか探してんの?」


 パラパラとページをめくって漏れを確認するモリトの横で、メグミも興味を示して覗き込んでくる。


 そのファイルは種類ごとに特徴・命令の聞かせ方・イザという時の処分方法などが写真や挿絵付きで列挙されていた。


 巻末に「挿絵:トオノ・サツキ」と表記してある事から、彼女は色々とやらされていたようである。ほんわかした絵柄が実物と違って可愛いらしいのが特徴だ。


「スライムはやっぱり火に弱くて、素裸仏……こんな当て字だったの!?これは……首刈りソーセージねぇ。首刈りと言ったら忍者やウサギとかをイメージするけど。」


 メグミが目についた部分を読んでいると、モリトが気になる記述を見つけた。


「あれ、ちょっとまって!むう……これは知りたくなかったなぁ。」


 モリトは遠い目をしながらつぶやいたと思ったら頭を抱えている。メグミもその項目を確認すると思わず声を上げた。


「うわ、こんな事もしてたの!?」


 モンスターの一部には、特殊部隊の細胞を使われていると表記されていた。例えば素早いウサギはユウヤ、サツキはヨクミの細胞が使われているとある。首刈りソーセージはアイカ達だ。


「バイタルチェックの時に採取されたのか?なんだか目眩がしてきたよ。ちょっとクスリを使わせてもらうね。」


「わ、私も頂こうかな……」


「おいおい、大丈夫かよ。何があったんだ?」


 2人はファイルを開いたまま無造作に置いて、精神安定剤を飲み干す。その様子を見たユウヤが作業をメリーさんに任せて近づいてくる。


「ふー、今日はコレに頼りきりだ……な?」

「え……っと?私、夢でも見てるの?」


 クスリを飲んで一息ついたところでモリトとメグミは目を疑った。


 先ほどとは部屋の様子が変わっていた。部屋にはモンスターの死体が幾つも転がり、東側のカプセルは薬液が全て無くなっていた。


 室内の空気は薄黒く濁っていて、視界はテレビのノイズの様な何かが頻繁によぎっている。


「どうしたモリト!メグミ!何があった!?」


「なになに?モリトがどうしたって?」

「どしたの?もうすぐ移動出来るわよ?」


 キョロキョロとあたりを見回す2人を異常発生と見て、肩を抱いて問い詰めるユウヤ。異変を察知して、今度は出遅れないぞと言わんばかりにヨクミもこちらへ寄ってくる。


「え、ちょっと……さっきはこのページ、無かったわよね?」


 メグミが先程のファイルを指差してくる。タイトルは魔女の幻傷。


「み、見せてくれ!」


 ユウヤをやんわり振りほどいてその項目を確認するモリト。


 出所不明のDNAサンプルを使って培養された謎の個体。制御が非常に難しいため、休眠状態で保管し絶対に覚醒状態にしてはいけない。


 この個体は周囲のあらゆる者を幻覚に囚える。純粋な破壊力は無いが精神の崩壊を招くものであり、危険である。対処法は絶対に戦おうとしない事。幸い射程距離は数十メートル程と思われるので、全力で逃げることをおすすめする。


 この個体の廃棄処分の命令が下ることを祈る。


「なんだ?”何も書いてない”じゃないか。頭とか大丈夫か?」


 ユウヤのその反応でモリトは確信、大声で指示を出す。


「くそっ、敵襲だ!全員、安定剤を服用!メリーさんはリフトの起動を早く!」


「「「ッ!?」」」



 ザザ、ザザザザ――。



 モリトが警告を発した時、部屋中央の空中に人影が浮かんだ。


 それは先程までカプセルに入っていた人型と同じ姿をしていた。


 髪が長いことから女性のようにも見えるが、顔は髪と暗闇に覆われていてよく見えない。


 彼女は両足を閉じて両手を低めに広げて多少上下しつつ浮いている。


 見る人が見れば人気家庭用ゲーム、ネダルギアに同様のポーズのキャラが出てきたよね。と、気づけたかもしれない。


「ゴクゴク、ふう。急に叫びだして何を――なんか浮いてる!?」


「うわああああ、ホラー!?なんかカワイゲのないガチホラーの空気なんだけど!!」


 ユウヤ・ヨクミも精神安定剤を飲むと、幻覚が消えて本来の部屋が

 見えてきた。


『くっ、私まで認識を狂わされていた!?』


「これだけのオカルトパワーに気付かなかったなんてっ!」


 仲間の認識に引っ張られたのか、フユミとメリーさんも同じ光景を見始めたようだ。



 ザザ、ザザザザ――。



 その人影がノイズを発する度に視界にもノイズが入り、気がつけばユウヤの目の前まで移動していた。


「く、くるなっ!」


 ズドドドン!


 ショットガンを3連射するも散弾は人影を通り抜けて後ろの機材に着弾する。


「”トルネード・アッパー”!」


 ヒュゴオオオオッ!


 続いてヨクミが風のチカラを発動させるが彼女は意に介した風も無く、髪がなびいたりもしていない。


「実態が無い!?戦うなってのはそういう事か!」


「メリーちゃんリフト、リフトオオオ!」


 ガチホラー相手に涙目になりながら撤退を要求するヨクミ。


 ザザ、ザザザザ――。


 再びノイズが走ってユウヤの首筋に両手を伸ばす魔女の幻傷。


「人の男に手を出すなあああああ!!」


 お怒りになられたメグミが黄色……ではなく赤黒いオーラをうっすら纏ったコブシで殴り掛かる。


 ドゴッ!ザ、ザザザ……。


「効いた!?」


 そのノロイのコブシにぶっ飛ばされた彼女はノイズと共に距離を取る。


「今のうち!3番リフト、みんな乗って!」


 メリーさんの掛け声でわらわらと駆け出すユウヤチーム。


 ザザ、ズザザザザザザ!!


 メリーさんとユウヤ以外がリフトに乗って、移動開始のスイッチを押すだけのところで彼女が離れた位置から激しいノイズを放つ。

 それは対象の心の中の恐怖や絶望を探り当て、その音と映像を脳内に再生させる。


「ぐ、うがあああああッ!」

「ひ、ひゃあああああッ!」


「モリト、ヨクミさん!」


 幻覚にアテられた2人が、頭を抱えてリフトの上で苦しんでいる。

 メグミは赤黒オーラのおかげか無事のようだ。もしかしたらそれすらも幻覚かもしれないが、考えていても仕方が無い。


 ユウヤはスイッチを押してリフトを上昇させると、ショットガンを腰に付けて駆け出していく。その方向は仲間の居るリフトではなく、反対側のカプセルへと向かっていた。


「ユウヤダメよ!早く来て!」


 既に天井に手が届くところまで上がっているリフトからメグミの声が聞こえてくる。魔女の幻傷は逃げる彼女達を追っていく。一撃入れられたのが悔しかったのだろう。


「すぐに追いつく!メグミはモリト達を守るんだ!」


 それだけ言うと、ユウヤはメリーさんとカプセルを見て回る。フユミが言っていた本体を見つけて倒してしまえば、あの妙な幽霊も消えるだろうと考えたのだ。しかし――。


「くっ、見つからない!?確かこの辺のカプセルだったハズだ!」


「おかしいわ!全部割れていて中身も無いよ!?」


 ザーザザ……ザザザザザ。


 メグミに追い払われたのか、さっきの魔女が戻って来る気配がする。


「もしや、あれすら幻覚だったのか!?」


 ザザ、ザザザ。


「おっと、その手は食わないぜ?ていうか何でオレを狙うんだ!?」


 ノイズの途切れに大きく身を動かして彼女を回避する。転がりながらグレネードを2つ取り出して、上下にそれぞれ1個ずつ投げた。


 キィィィィィィイイイン!!


 プシュゥゥゥゥ……。


 フラッシュバンとスモークグレネードによって視界を遮ぎって、ユウヤは3番リフトのあった場所へと走っていく。

 幽霊じみた彼女に光や煙が効くかは怪しいが、それでも何もしないよりは良いとの判断だ。


「メリーさん、頼んだ!」


 その判断が功を奏したのか、リフトのケーブルまで辿り着いた彼はメリーさんに合図を送る。


「了解!ちゃんと掴まっててね!」


 ユウヤが煤けたスマホを胸の前でぎゅっとすると、その場から姿を消した。


 ザザザザ……ザーザー……。


 その場には、やや悲しげなノイズがただ響くのみだった。



 …………



「何とか追い払ったけど、これじゃぁ……」



 メグミは調子よく稼働するリフトの上で、仲間の方へ目を向ける。


「うぐぐぅぅぅ。」

「うえぇぇぇぇ。」


 リフトの上ではモリトとヨクミが屈み込んでいた。今夜の辛い出来事が頭の中でループしていて、苦しみに囚われてしまっている。



「私メリーさん。今、あなたのおおおおおおお!?」



 その時、メリーさんがメグミの背後に現れた。しかし文明の利器を使って移動中の人物の背後に立つのは色々難しい。何しろメグミはリフトの端に立って中央側を向いていたのだ。


 結果としてキメ台詞を失敗して搬入路に落ちそうになった所を、ユウヤがリフトの端を片手で掴んでギリギリ死亡事故を回避する。


「ユウヤ、無事だったのね!」


「依然ピンチだけどな、悪いけど引き上げてくれ!」


 オーラを纏った彼女に一瞬で引き上げられたユウヤは特大のため息を吐き出した。


「はああああ、参ったぜ。悪いが倒せなかった。本体すら幻覚だったとかマジ勘弁だわ。」


「ああ、それで……もう、無茶するんだから!」


「私のチカラがあってこそ出来る作戦だったワケよ。」


 小型状態で得意気に胸をそらすメリーさんは微笑ましい。移動距離が少し長かったせいか少々縮んでしまっているが、またエネルギーを補充すれば問題ないだろう。


「はぁはぁ、ここは?」

「あうぅぅ……う?」


 そこで敵の射程距離を抜けたのか、モリト達が正気に戻った。


「逃げ切ったからもう大丈夫だぜ。安定剤を飲んでおきなよ。」


「ああ、助かるよ。人のトラウマを16分割でリピート再生するとか、どんな拷問だよまったく。」


「あのガチホラー、もう来ないでほしいわぁ。」


 2人はグビグビと精神安定剤を飲みながら愚痴っていた。


「街も上司も時間も空間も、その上認識までおかしくなるとか今夜は非常識のバーゲンセールだな。こういうのを飲まなきゃやってられないっていうんだろうぜ。」


「うちの家系は飲酒禁止だったけど、僕は耐えられそうにないよ。」


「ははは、その時は一緒に飲もうぜ。皆で水星屋にでも行ってさ。」


 厳しい状況で無理にでも明るく振る舞うユウヤ。仲間たちも気休めだと判っているが、それこそがありがたい心の支えになるのだ。


『そろそろ着くみたいよ。皆気をつけて!』


「「「了解!」」」


 フユミの念話とともに、出口が見えてくる。全員が武器を構えて待つ。


 やがてガコンという音とともにリフトが止まり、彼らはようやく地上に戻ってこられた。



 …………



「うわぁお。今日は仮面舞踏会か?」


「僕達の参加を暖かく歓迎してくれてるね。」


「私はコスプレのつもりはないんだけど。」


「送迎ありがとう。でもどういう事かな、メリーちゃん?」



 口々に軽口を叩く彼らは、確かに地上に立っていた。場所はロジウラ訓練場、そのど真ん中の通路。


 8種類の路地裏ステージからは、暇を持て余していたのかモンスター各種が溢れ出ていた。

 彼らは中央に出現したユウヤ達を興味深く眺めていて、ダンスへのお誘いをしようとソワソワしている。


 つまりは包囲のど真ん中に鴨がネギ背負って現れた形である。


「ご、ごごごごごめんね?まさかこんな歓迎を受ける場所だなんて思って無くて……」


 頼れるメリーさんだが皆は忘れていた。彼女はここに来るのは初めてなのだ。そんな土地勘の無い彼女に移動先の指定を頼めばどうなるか。


 ザザザ、ザーザーザザザー……。


『あ、この音はっ!』


 さらに間の悪いことに、視界と聴覚にノイズが入り始める。



「パーティー会場から離脱!シンデレラより早く北へ走れ!でも靴は落とすんじゃないぞ!」



「「「了解ッ!!」」」



 ユウヤの号令で訓練場の出入り口である北側に皆で走る。


 結局地上に戻っても、敵陣の中を駆けずり回るユウヤチームだった。



お読み頂き、ありがとうございます。

150万字突破致しました。

今回出会った中ボス達はゲームだと無視する事も可能だったりします。

装備の面では倒したほうが良いですけどね。

魔女の幻傷(ゲーム版だと幻覚)はver1.3から追加されたモンスターですが、これだけは本当に無敵なので逃げるしかありません。

一度出すとMAPのいくつかの場所に固定配置されるので最初から触らない方が良いです。

そんなモンスター相手に小説版ではどうなるか、見て頂けたら幸いです。


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