105 アフターファイブ その7
本日2話目の更新です。
「この先が立ち入り禁止区画だね。僕とかじゃ手も足も出ないレベルのセキュリティが張られているみたい。」
「ガキの頃にここも探検しようと思ったけど、雰囲気が怪しくて階段すら降りられなかったんだよ。」
「そうだったね。これも7不思議に入れて良いかもしれないよ。」
(やっぱり、ここを通るしかないのよね……)
2014年10月5日88時88分。既に時間の表記は意味をなさない程に空間が歪んだ特別訓練学校。ヨクミの部屋のすぐ近くの階段から地下に降りたユウヤチーム御一行は、二重のセキュリティ扉の前にいた。
転送装置での訓練棟への移動が不可能となった今、地下にあるハズの物資の搬入路を使わせてもらうつもりなのだ。情報ソースはフユミなので信頼もできる。
訓練棟へは地上は強固な壁があって通れない。風のチカラで飛んでいくとしても、夜の……しかも歪んだ空間の中では、お互いの認識的にも危険である。更に言えば訓練棟は一見、地上からの出入り口が見当たらない。訓練施設はオヤシキだけでなくロジウラも実は屋内なのだ。
『みんな、ここからはちょっと特殊だから……心を強く持って行動してね。』
「フユミさん……?」
『ほら、私は霊体で学校中うろついてたから知ってるの。どんな所かもある程度はね。』
「あの連中のことだからロクでもないモノなんでしょうね。みんな、忠告通り気をたしかにね!」
「メグミもな。むしろ一番気をつけてくれ。」
みんなが1番言いづらい事をズバッと行ってくれるカレシ君。モリト達は変な所でチームの結束力が上がった気がした。
「なんか今は調子がいいの。暴走なんてしないわよ。」
「そう言えば……それは助かるよ。さてユウヤ、頼んだよ。」
学校に戻ってきてからも赤黒オーラは見ているが、溺れる程の出力は見ていない。ちょっと安心したモリトはユウヤに先を促す。
「おうよ!この際セキュリティなんて関係ない!全部ぶっ飛ばして進んでやるぜ!」
カチャッとアサルトショットガンを構えるユウヤ。どうやら先程の威力が大層気に入ったらしい。
「メリーさんにお願いしてって意味だったんだけど……僕は頼みずらいしさ。」
「モリトは気にしなくて良いから、私にどーんと任せなさい!私もぶっ飛ばして進んでやるわ!」
「それはたのもしーなー……」
目的の人物が近づいてきたせいか、ボルテージの高いメリーさん。本当にヨクミが2人になった気分になって棒読みになる。
なにはともあれ、地下フロアを進み始めるユウヤチーム。
その先には過去に偵察に来たサクラが気絶したモノが、大量に製造・保管されている。
…………
「もう!どうしてこうなったのよ!」
「ミル姉様。お気持ちは分かりますが、はしたないですわ。」
「だって、セルフ分断されて各個撃破だなんて笑えないわよ!」
「あわわわ……」
「落ち着いて下さいまし。テンスルが怖がってますわ。香りの良いハーブティーを淹れて参りますね。」
訓練棟の薄暗い大部屋の中で、姉妹が4人用のお洒落なテーブルを囲んで座っていた。貴族の末裔、ザール4姉妹である。
彼女たちはゴシック調の服を身にまとい、日本へ来た頃とほとんど変わらない容姿で過ごしていた。いや、テンスルだけは少し背丈が延びているようだ。
だが薬液とウイルスを投与され、妙な細胞を植え付けられた所為で皮膚の色が変わっている。言わば彼女たちも生体兵器の一種ではあるのだが、持ち前の誇りの高さ故か意識は保たれていた。
ミルフィは敵が必ず通る場所へ2体の強力な個体を訓練棟から送り込んだ。しかし奇妙な現象で分断されて始末されるという酷く残念な結果にぷるぷると震えていた。
やがてお茶を持ってきたキーカにお礼をいって一口頂く。
「ふぅ……ごめんなさい。私が至らなかったのよね。こんな事ではお父様とお母様を失望させてしまうわ。」
長女のミルフィ・ザールはお茶を飲みながら吐息を吐く。今度は落ち着くと言うより落ち込んでしまっていた。
「気を落とさないで下さい!まだチャンスはあります。」
「そ、そうです!特殊部隊と言えど、私達がチカラを合わせれば……必ず家族揃ってまた暮らせますわ!」
次女イーワと三女キーカが落ち込んだ姉を元気づけようと前のめりになる。
「ミル姉さま。私も頑張って応援しますから……」
末妹のテンスルがお祈り的なポーズを取るとお腹と心が暖かくなる姉たち。彼女に発現したチカラの効果なのか姉妹の絆パワーなのか。
「そうね。激昂も消沈もザール家にはふさわしくないわ。彼らは地下に入っている。そこで倒せば私達も開放される。こんな私だけどまた家族で過ごすためにも、協力してくださる?」
「「「はい!お姉さま、よろこんで!」」」
姉妹は元気に返事をして笑顔を向ける。ミルフィも笑顔になったがすぐに真剣な表情になって化物達の”指揮”を再開する。
「ありがとう。では始めるわよ。さっきと同じ様に私とキーカで状況把握、イーワは私からの指示を伝えて。テンスルは素敵な応援をよろしくね?」
「が、がんばります!」
(((カワイイ!)))
きゅっと小さな手を胸の前で握りしめて宣言するテンスルは、この姉妹の癒やしである。
各々が植えられた細胞を起動させて、対応した場所から触手が延びていく。その太さは片手で掴んで丁度一周する程度、長さは今は1mも無いくらいだが実は数mは伸ばせる。
ミルフィは両目からアンテナの様に、キーカは両耳から地面を這わせて情報収集をする。それとは別に細い触手でお互いを絡めて情報の共有が出来るように姉妹間ネットワークを構築していた。
そう、サワダ達がナニカの最終調整をしている間。もっと言えば昼間のソウイチチームの訓練時の指揮ですら彼女達の仕業であった。
姉妹はこんな化物の身体にされて酷く怒り・落ち込んだが、今日の仕事が上手く行けば開放してくれると約束を取り付けて仕事に励んでいた。
「イーワ、彼らのルートの先に水棲モンスターを。警報を合図に突撃、時間差で後ろからもお願いね。」
『はい、お姉さま。挟み撃ちですね!』
視界を覗き見・共有させたミルフィの指示を受けて、イーワが口から生えた触手を震わせてモンスターに指示を送り届ける。
『水流に強い相手をって事ですね。どうやら先に西の部屋に寄り道するようですが、ルート的にはこのままで大丈夫そうです。』
キーカも異常発達した聴覚で盗み聞き、姉妹触手ネットワークで共有させていてどんどん情報を落としていく。
例え見失っても、セキュリティシステムにはカメラや警報を発する物もあるので見つけるのは容易い。
あくまで光情報や空気の振動での情報なので霊体は見抜けないが、驚異の索敵能力だった。
「お姉さま、ご武運を……」
そんな中でテンスルは情報の共有もされずに1人で祈り続ける。
別に仲間外れにしているワケではない。彼女は改造で少々特殊な変化をした為に、容易には繋がれないのだ。
だが幼い彼女には血生臭い世界を見せたくないという姉心も有るのでこれで良いのだと考えていた。
彼女達の、未来を勝ち取る戦いはこれからが本番であった。
…………
ビィーー!ビィーー!
「アラート!?」
「壁にセンサーが在るみたい!」
「敵が来てるわ、迎撃用意!」
地下の廊下を進むユウヤチームは、あっさり警備システムに補足されていた。専用のカードを持ってないと警報が鳴る仕掛けだ。
セキュリティ扉から5mほど東の場所で、である。
いくら何でも早すぎだろうと思うかもしれないが、先に行き止まりの西側を探索してからの事だ。そちらは休憩室と更衣室になっていて自販機から飲み物を、ロッカーからは威力重視のアサルトライフルとその弾薬を確保してモリトが装備している。
そちらには何も仕込まれてなく、油断を誘われた形である。
「廊下なら水で押し返してやるわ!”ヴァルナー”!」
ズバシャアアアア!
みんなが銃を構える中でヨクミは廊下に水魔法を放つ。
「「「グゲゲゲゲゲ!」」」
「うえええ、みんな突進してくるうう!」
正面からはやたら筋肉質な半魚人が水流を物ともせずに走って来ている。
「モリト・メグミ、撃て!」
「「了解!」」
ダダダダダダダダダダダダ!!
パンパンパン!パンパンパン!
ユウヤの合図でモリトの強力なアサルトライフルとメグミの拳銃が火を噴いて迎撃する。さっき手に入れたばかりのライフルは反動が凄まじく、銃口が激しく暴れ狂おうとする。
しかしモリトは水の鎧の操作で銃身を締め付け、フルオート射撃にもかかわらず相手を綺麗にブチぬいていた。
なぜそんな威力のモノがロッカーにあったのかと言われれば、万が一の時に必要な威力だったのだろう。
それを最初から使いこなす彼は非常に優秀だといえた。
「ゲゲェーゲゲゲゲ!」
「こっちはただの豆鉄砲ね。」
撃ち抜かれて倒れるものも居るが、すぐ後ろから別の個体が跡を引き継いで迫る。メグミの拳銃では相手を奮起させる程度の効果しかない。
カチカチッ!
「リロード!」
モリトはフルオート射撃ですぐに弾が切れてリロードに入る。
「まかせな!ここまで引き付ければこいつの出番だ!」
ユウヤはアサルトショットガンを構えて姿勢を低くとって前へ出る。
ズドドドドドドドオン!
全弾一気に撃ち尽くして手前の4体の半魚人をタタキに変えた。敢えて突撃して全弾撃ち込む、ユウヤお気に入りの突連撃だ。
そして尚も迫る後続に対しては銃をしまって、チカラの目で
相対速度を上げて小手付きのコブシで殴りかかる。
「今度はこっちの流星群だ!!」
ズガガガガガガガガガガ……!!
ユウヤがミチオール・クゥラークを放った事で、後続の4体も無力化させた。
「ふうう、なんとかなった――」
「ひゃあああ後ろ、後ろからも!」
ほっと一息ついて緊張感が抜けた所へ、行き止まりだったハズの
部屋から半魚人モンスター3体が襲いかかる。
ヒュン、パシィン!ヒュン、パシィン!ヒュヒュン、スパシィン!
「あわわ、助けてぇ!」
後方にいたヨクミが狙われて殴られそうになる。彼女は両足を開いてクルクルと横回転。相手の攻撃を足に纏わせた風や水流で弾いて直撃を防いでいる。それはブレイクダンスのウィンドミルを連想させる動きであった。というかそのままである。
『そうそう、上手いわよヨクミ!』
「これキッツ!それに足、足開きすぎ!」
フユミのレクチャーと風のサポートで強制的に動かされている彼女。
元々足がない種族の女に大股開きをさせる事に思う所はあるが、命には変えられない。
ヒュゴオオ!
コブシではダメだと悟った半魚人の1人が飛び上がってボディプレス
を仕掛けてきた。
「ひいいい、この不審者めえええ!」
ヨクミはウィンドミルを中断して懐に忍ばせていたスタンガンを取り出すと、ヌルヌルした相手に押し付けてスイッチを入れた。
バチバチバチッ!
「ゲゲゲゲゲゲゲ……」
「ヨクミさん下がって!」
痺れる1体の左右から残りの2体が迫ってモリトが警告、彼女を退避させる。
モリトは想い人を狙わせてしまった熱い怒りを冷気に変えて、渾身の冷気を彼らに撃ちこんだ。
「D・ダストオオオ!」
ヒュオオオオオ!
「「「ギェゲゲェェェ……」」」
3体ともモロに冷気を浴びて急速に冷やされ動きが鈍る。
「トドメはオレがァッ!」
ズドォン、ズドォン、ズドォン!
数呼吸置いて再度速度を変えたユウヤ。ショットガンで素早く
彼らの頭を粉砕してまわって、辺りは静かになった。
「みんな、固まって!てえい!」
ぴかーと黄色い光を発するメグミ。回復役としての仕事をこなす。
ヨクミはちょっとぐずりながらモリトに寄りかかっていた。ウィンドミル時の恥ずかしさからかその手は下を押さえている。
「すまん、まんまと引っかかっちまった。」
「いや、相手がウワテだっただけさ。学んで行こう。」
今回はアラートセンサーに気付かず正面の敵のみに集中し、弾薬や大技を使用後の隙きにありえない場所からの増援で不意を突かれた。
ギリギリの所でなんとかしたが、もっと慎重な行動を求められる場所だと彼らは自覚した。
『後方からの敵は急に現れたから、転送ね。この先は不安要素を消しながら行ったほうが良いのかも。』
「その通りだな。メリーさん、センサーの位置を教えてくれ。できれば破壊も頼む。」
「解ったわ!そうだヨクミちゃん、友達をちょっと借りるわよ。」
「ふぇ?」
(うっはッ!)
いまだ立ち直れないヨクミは、涙目で変な声を出して顔をあげる。
その表情はモリトにクリティカルヒットを繰り出すが、気にせずフユミの霊体と先頭を進むメリーさん。もちろんスマホはユウヤが持ってるのでユウヤも先頭だ。
「あそこと10m先にも同じセンサーがあるわ。侵入者がどうとかってよりは内部の管理のためのシステムのようね。」
「へぇ、さすがだな。メリーさんが居てくれて良かったぜ。頼りになるな。」
「そういう言い方は彼女に言いしなさいよ。後ろで睨んでるわよ。」
「に、睨んでないし!見つめてただけよ!」
急に話を振られて焦るメグミ。ちょっと斜め後ろからの表情に見惚れていたら濡れ衣を着せられた。
「もう少し真面目に頼むよ。」
最後尾のモリトは後方を警戒しながら仲間へ注意する。彼からは緊張が緩んでいるように感じられたのだろう。
もちろんそれはメリーさんがわざと言っただけ、本命はフユミとの内緒話だった。
『気付いてる?小さな声が飛び交っているの。』
『ええ、これでも風精霊。空気の流れには敏感なの。小さすぎて聞き取れないけど……男の声じゃないのは確かよ。』
ジジジ……バチン!
センサーを破壊しながらメリーさんとフユミがテレパシーで会話を始める。
『受信方法が違ってもそれだけ分かれば上等よ。周波数からして女の声。というか私の探し人の姉の声なのよ。』
『まぁ!確かザール家とかいう貴族の?』
『そうそう、次女のイーワ姉さんね。どんな手品かテンスルの命が変質していることから、あまり無事とは言えないかも。』
『私はフランスの件は一緒じゃないから詳しくないのだけど、あの時ミキモト達は4人の検体を手術していたわ。貴女には悪いけどきっと……』
『…………』
ジジジジ、パチン!
メリーさんは警備システムを破壊しながら、次の念を選んでいた。今夜は色んな事がありすぎた。大事なことを見失わない為にも、発言1つに対しても慎重に選ぶ必要がある。
『ま、その辺の事情は置いておくわ。本人に説教するのが私のあり方だもん。それより向かい方!フユミちゃん、指示を妨害出来ない?』
『妨害?つまり風でかき乱せば良いの?』
ジジジジ、ジジジジ……バチバチバチン!
メリーさんはちょっとハッスルして周囲のシステムを一気に壊した。ユウヤ達は「おお、すげー!」と喜んでくれている。
『そう言う事!私がセンサーやカメラを壊して彼女達の目を閉じる。フユミちゃんは風で口を塞ぐのよ。そうすれば私達のトモダチもだいぶ楽になるんじゃない?』
『でも今はチカラの大半をヨクミに預けて……いえ、やってみますか。トモダチのためにもね!』
『そうこなくっちゃ!』
人外2人はお互いに、この街では貴重になった良い笑顔を向け合った。
…………
『今回は上手く行きそうでしたのに、しぶとい方々ですわね。』
ミルフィは失敗を悔やむが必要以上に激昂はしない。そんな彼女を見て、安心して次へ向けての話し合いを開始する妹達。
『先程から気になっていたのだけれど。彼らは何と話をしているのでしょうか。』
聴覚と服飾担当のキーカが、姉妹触手ネットワークに疑問を呈する。
触手を介したネットワークなので、お祈りしているテンスルだけは蚊帳の外なのは変わっていない。
彼らはヨクミという人物のちょっとズレた位置や、ユウヤのスマホの周辺に話しかける事があった。
これで一般人なら危ない人だが、彼らは対テロ用の特殊部隊である。
助けを求めた人間を改造するような偽善者達ではあるが、意味もなく虚空に話しかけるとは思えない。
『何度も出てきている名前はフユミとメリイ・サンね。』
『資料によると、フユミって子は切り札の1つではなくて?』
彼女達には指揮の為に資料が与えられていて、その中にフユミの名前があった。
『火事になりそうだから街に出撃させたハズよね?』
『ええ、資料と違って炎が溢れてましたから。』
『返り討ちにあって寝返りをうたれたのでは?』
『でも何処にも存在しているようには見えませんわ。』
考えても分らないのでひとまず置いておくことにする。
『メリイ・サンの方は……スマホを見て話しかけてますね。』
『通信は遮断されてますから、会話アプリとかでしょうか?』
『資料にも無いですし、こちらも謎ですわね……』
まだ彼女達は件のメリイ・サンが末妹の所有していたメリーとは気付いていない。実体化もしてないし、そもそもの都市伝説を姉妹は知らなかった。なので考えても思い当たるモノはない。
『あら、こんな時に故障でして?』
その時、不意に監視カメラの映像が途切れた。別のカメラに切り替えてもダメなので半魚人の1体を近づかせて彼らを確認させる。
するとユウヤがスマホを前方上向きに掲げながら、仲間と他愛もない雑談をしつつ歩いている。何かしたようには見えない。
『見た目には解らないわね。音の感度を上げてくださる?』
『はい、お姉さま。』
キーカが感度を上げると彼らは倉庫の1つに入るようだ。
だが、2人だけ外に残って虚空の誰かと話をしている。
『チカラを溜めている?見つかった……ワケではなさそうね。』
今度は見た目にも音声的にも不審でしかない行動に、注意深く観察を続けるミルフィ・イーワ・キーカ。
『『『まあっ!!』』』
突然のモリトの行動に、彼女達は驚愕の声を上げることになった。
…………
(じゃあ作戦は……彼をこうして、彼女を――)
話がついた2人は離れて、フユミは1人で作戦を考えている。
風でかき乱すと言ってもただ吹けば良いワケじゃない。それなりの音を風で届けた方が効果的なのだ。
『ユウヤ君。すぐソコとその次の左側の部屋は倉庫になってるわ。補給ができるかもしれない。』
「おお!?ありがとうフユミさん。みんな、次の部屋に入るぞ!」
『2人は待って。ちょっと話があるの。』
「「え?」」
……バタン。
喜んで倉庫へ向かうユウヤチーム、だがモリトとヨクミをフユミが
引き止め、倉庫入り口の扉が閉まる。といってもガラス張りなので認識は阻害されず分断もされていない。
「どうしたの?」
「何か気付いた事でもありました?」
『時間がないから聞いて。ヨクミは風の塊を2つ作って。1つは目一杯強力なので、もう1つはモリト君が覆えるくらいでいいわ。』
「わ、わかった。むうううううう……これでいい?」
ヨクミは自身の精神力を使ってフユミのチカラの塊を2つ制作。
『ええ。制御は私がもらうわね。これを使えば……』
フユミはそれを受け取ってムニャムニャと術式を口走る。
『―――――!対象モリト。目標を後方から優しく鷲掴み!』
風のチカラに覆われたモリトは、身体が勝手に動いてヨクミの後ろから両手で彼女の成長途中の双丘をせり上げた。
「「ッ!!」」
男女が息を呑んだその瞬間にフユミは濃縮された風のチカラをヨクミの口元へ運ぶ。
「ヒヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ―――」
ヨクミの魔力入りの高周波が、風のチカラに直撃して周囲一帯に拡散されて響き渡った。
その効果は絶大で、地下フロアで待機していたモンスター全てがバタバタと倒れて意識を失った。ガラス製のモノも耐えきれずにヒビが入っている。ガラス扉やカメラのレンズ、実験用のカプセルも全てである。最後のは二重ガラスなので破壊までには至らなかったのが幸いだ。
ガラス扉の向こうで様子を見ていたユウヤ達も、直撃では無いのだが耳を押さえながら耐えきれずに床に転がっていた。
モリトは元々頭部も風のバリアに覆われているので無事である。
操られたまま、胸部装甲を付けていない制服だけの彼女の感触を脳内に保存し続けるくらいしか出来ることはなかった。
…………
『えええっ!?』
『非常時に何をしてるの!?』
『破廉恥ですわ!』
突然のモリトの行動に非難轟々なザール姉妹。家族でテレビを見ていてアレなシーンが流れた時の気まずさを誤魔化すかの様に、彼女達は同時に声を荒げた。
しかしそれは不正解。すぐにその結果が彼女達に襲い掛かってきた。
「ヒヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ―――」
『『『キャッ!!』』』
フラ~~、ドサドサドサッ!
強力な高周波が響き渡り、感度を上げて共有していた聴覚に一瞬にして音の津波が到達して脳までダメージを追う。
そのままテーブルに突っ伏す形で3人は倒れ込んだ。
「お姉さま!?どうなされたのですか!?お姉さま!!」
テンスルが慌てて駆け寄って順番に揺すってみるが反応は無い。耳から脳へのダメージと、ヨクミの魔力によって意識が完全に無くなっていた。こうなっては暫くは起きれないだろう。
…………
『これでこの一帯は大丈夫そうね。2人とも協力ありがとう。という訳でモリト君、もう離せるわよ?』
「え!?あ、ハイ!」
「フユミちゃん!どういうツモリよっ!」
顔の赤いモリトに開放されたヨクミが、同じく顔を赤くしてフユミに食って掛かる。
『あなたの魔力の籠もった音が必要だったのよ。ちょっと面倒な事になっていてね。』
「考えがあっての事なのね!?それなら普通に歌でも何でも良いじゃない!よりによって私のむ、むむむむねを――」
『今まで散々混浴して押し付けてたじゃないの。』
「あ、あれはそういうの意識してなかったし!ノーカンだもん!」
『やってる事は大差ないわ。おかげで敵の指揮系統が乱れた上に、このフロアの敵も殆ど倒れた。となればサクサク進めばいいだけでなくて?』
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
「フユミさん、ありが……やり方がマズイよ。もっと誰も傷つかない方法で――」
『今の聞いた?むっつりなモリト君的には良かったみたいよ?』
「バ、バカアアアア!」
ヨクミはプイっと身体ごと顔をそらして倉庫へ入っていく。そこに転がるユウヤとメグミに回復魔法を掛ける為だ。
「拗ねちゃったかぁ。フユミさん、友達ならもっとさ……」
『友達だからよ。大丈夫、驚いただけで絶対怒ってないから!』
「えっ!?」
そう言い切られて驚くモリトは、屈んで魔法を放つヨクミの表情を伺う。彼女は赤く、とても悔しそうな顔をしていた。
「えっ!あれで……?」
『そう。あれで、ね。』
モリトは女心が余計にわからなくなった。
「戻ってきなさい、”アピラーツィア”!」
蘇生に近い上級魔法をメグミに当てながら、悔しい表情のヨクミ。やがてメグミが目を覚まして、気遣うセリフをヨクミに掛ける。
「ありがとう。災難だったわね、お互いに……」
「本当よ!私はもっと成長するのに、今の段階で触らせるなんて!」
「え、そっち?」
メグミには将来巨乳の人魚心が分からなかった。
「その様子だと、やっぱりお付き合いすることにしたの?」
「いえ、もう少し考えたいから返事はしてないわ。死亡フラグとか怖いし……」
「それ、考えるまでも無さそうね。ユウヤは私がやるから良いわ。」
メグミは頬が緩むのを感じていた。それを誤魔化すためにユウヤに馬乗りになって、黄色い光を直接彼の身体に流し込む。
メグミ流の強制蘇生法だった。といっても本当に死んだ者は生きかえったりはしないのはアピラーツィアと同じだ。
「ううん、メグミ?ああ、ありがとう。」
「おはよう、ユウヤ。」
起きたユウヤに軽くキスして身体をどかすメグミ。メリーさんが横でヒューヒュー言っている。彼女が守ったのか、スマホのパネルは無事だったようだ。
「それで、何だったんだ?モリトがセクハラして耳が――」
「セクハラは忘れて!フユミちゃんが何か、あ……れ……」
ガタッと立ち上がって要望と説明をしようとしたヨクミだったが、消耗が激しかったせいか倒れこむ。
「おっと危ないっ。」
『ナイスキャッチ!そのまま支えてあげてね。』
後ろから近づいてきたモリトが彼女の身体を支えた。霊体フユミがいい笑顔でサムズアップしてヨクミ達の側にふよふよと浮いている。
『それで、さっきの事だけど――』
フユミとメリーさんの説明を受けて、ユウヤ達は微妙顔になった。
「ああ、うん。手段はともかく話はわかった。つまり今は安全って程ではないけどリスクは少ないわけだ。」
「ヨクミさんが倒れたのと天秤にかけても……うーん。私じゃあ精神力の回復は出来ないからなぁ。」
「何言ってんのよ。ずっと監視されて集団に追い回されるよりよっぽど良いでしょう!?」
メリーさんは策が上手く行ったのに微妙評価でちょっとムキになっていた。
「こうなったからには、状況を最大限利用しよう。新しい武器や弾薬の補給だって出来るかもしれないよ。」
「そうだな、モリトの言う通りだ。モリトはそのままヨクミさんをおぶってついてきてくれ。万が一戦闘になったらオレ達がなんとかする!」
「「「了解!」」」
「じゃあ早速この箱を開けてっと……ここは食料庫か?」
今いる倉庫には小型コンテナが所狭しと並べられているが、一見した限りではレーションが大量に保管されていた。
「今はメシは間に合ってるから別に……え!?」
ユウヤがパックや缶詰を手にとって表示を確認すると、意外そうな声を発する。
「Made in akemiだと?2007年と8年製か。まだ残っていたのか……」
「こっちもだわ!ウソー!もしかしてコレ、全部?」
「「「…………」」」
当時はレーション制作が逼迫していたからとは言え、作り過ぎだ。
この立入禁止区画に置いてある意味は?
7年近く前の危険物が未だに処分されていないのは何故?
恩人のカタミを見つけたのに嬉しくないのはなんでだろう。
などとツッコミめいた思考が脳内をよぎる。
「こ、これはそっとしておくのが良いと思うな。」
「え、ええ。そうよね。うん、そう。」
思うことは多々あれど、ユウヤとメグミはそっと箱にソレを戻す。
『――――。』
その時なにか頭の中に何かが響いた気がした。天啓・ひらめき・電波。呼び方は色々あると思うが、何かしらの可能性。
「オレ達が付き合い始めた日にさ、アケミさんは確か……」
「うん。事件の外で別の事件を起こしてたわね。」
「お前なら、使いこなせるんじゃないか?」
「かもしれないわ。」
「じゃあ一応持っていくか。恩人の形見なんだしな。」
「うん、ありがとうユウヤ。」
「それで僕のポーチに入れるのかい?建前は守ろうよ。気持ちはよく分かるけど。」
モリトの見た目以上に入るポーチに4人前のアケミ製レーションを入れると若干の抗議を受ける。
「みんな、保存食ひとつでなに神妙な顔してるの?そんなに良い物なら味見させなさい!」
事情を知らないメリーさんは箱から缶詰を1つちょろまかすと、なんの躊躇もなくプルタブに指を掛ける。
「あ、こんな所で開けるな!」
「はやまっちゃダメよ!」
「大げさねぇ、私知ってるのよ?日本製のレーションは美味しいって聞いて――わあああああっ!」
ゴボゴボゴボゴボボボボボボボボボ……!
「「「うわわわわっ!」」」
彼女が缶詰を開けた途端に、ありえない体積の料理スライムが溢れて大惨事となった。
…………
「おおっ!弾薬どころか投げ物も豊富にあるぜ!」
「無機物は良いわよね。勝手に動き出さないし。」
「だからごめんって!あんなの知らなかったのよ!」
先程まで居た倉庫の隣、大型の倉庫の中でユウヤ達は補給をしていた。お隣とは違って訓練場の補修物資や武器弾薬が並べられている。
セルフ不意打ちだったが数年前の料理スライムに遅れを取るほどヤワじゃなかったユウヤチーム。メグミのオーラ込みの対魔ナイフであっさり分解できた。
メリーさんはアケミの洗礼を浴びて、仲間への申し訳無さとこの世の理不尽さに苛まれていた。
「気にしなくていいよ、メリーさん。僕も昔はプリンだと思って開けたものがプリプリのお尻型スライムで……」
「日本って未来に生きてるわね。はぁ……」
モリトがフォローするも遠い目になってため息を吐くメリーさん。
「ははは……ん?あっちにも何かあるね。ちょっと見てくるよ。」
「おう。」
ヨクミをおぶったまま倉庫の隅の物置を調べはじめるモリト。フユミがなにも言ってこないということは安全なのだろう。
「この箱は見覚えが……ああー、出てきちゃったか。おーい、ユウヤ・メグミ!ちょっと来てくれないか?」
「何か見つけたの、か……」
「これって例のアレよね!?」
呼び出されて見せられたものは退魔ナイフの箱と同じもの。
ラベルにはカスタムパーツAと書かれている。蓋を開けると柄や刀身に取り付ける部品が入っていた。
「はいこれ、付けてみれば?」
「おう、これがここで――」
今度はちゃんと説明書を見ながら部品を取り付けるユウヤ。
柄が少々長くなってツバの部分も一回り大きくなる。これで小型ジェネレータと出力調整によって持続時間が少し延びたハズだ。
「よっし完成!……ってわけじゃないんだな。あともう1段階の強化が可能だってよ。」
「まるでゲームみたいな強化の仕方だね。」
パーツが何故かバラバラに置いてあって順番に強化していく様はたしかにそれっぽい。あの教授が意図したとは考えにくいが……。
「この配置の意図はわからんけど、使えるものは使おうぜ。」
『みんな、誰かが近づいて――』
フユミが室内の風探知に引っかかった事を伝えかけたその時。
「よう、何か良い物でも見つけたか?」
5m程の近い位置にケーイチが現れて気軽な感じで声を掛けられた。
「「「教官!!」」」
ユウヤとメグミは即座に向き直って、モリト達を庇うような立ち位置で武器を構えた。だが当の彼は両手の平をこちらにむけてドウドウといった仕草で落ち着くようにアピールする。
「もう教官じゃねーって。かといって別にやり合う気もねーよ。お前らの敵はミキモト一味。その為にヤツラの指揮系統を妨害したんだろう?」
ケーイチ達も敵の指揮には気がついていた。ヘミュケットが蝙蝠的な方法で周囲を探知している時に、女の声を拾っていたのだ。
先程のセクハラ砲にも前触れに気付いて仲間に知らせ、音波による相殺とサイトウの壁バリアとケーイチのレンタル次元バリアで耐える事ができた。
今はケーイチのみ姿を現しているが、他3人も近くで息を潜めてこの場を伺っている。
「目的は同じなんだから、ちょいと情報交換でも――」
「ユウヤ貸して!」
「あ、おい!」
メグミは強化したばかりの対魔ナイフをユウヤから奪ってケーイチに切っ先を向ける。
「聞きたいことがあるわ。アケミさんの事、教官が犯人とは思わないけど……納得の行く説明をしてもらおうじゃない!」
「おお怖ぇ、おまえら逞しくなったな。だが生憎と長話をしている場合じゃねぇ。それは分かるな?」
「良いから答えなさいよぉッ!」
ブォォン……。メグミは柄のスイッチを入れて分解の剣を生み出す。
「その剣……あいつら、そんなものまで作っていたのか。」
すると今まで普通に接していたケーイチの目が細くなり、周囲に特大の殺気が満ち溢れた。
「ひっ!い、いやっ……」
「それを離すんだ!」
猛者のガチの殺気に当てられて及び腰になるメグミ、対魔ナイフを取り上げて彼女を支えるユウヤ。もし恐怖にかられて切りかかったりしたら、こっちが危ないと判断した為だ。
「な、なになに!?」
「ヨクミさん静かに!落ち着いて!」
ヨクミがびっくりして目を覚ますが、モリトは彼女を落ち着かせようとしながらも教官を見据えていた。恐怖からかその顔には冷や汗が流れている。
「……やり合う気はねえが、その剣は見過ごせねぇな。でもまぁ終わるまでは貸しておいてやる。お前らには必要だろうからな。」
「な、何の話ですか!?解るように言ってくれ!」
「その様子だとまだ何も知らないか。だったら製造室だ。このフロアの第1でも第2でも良いから見ておけ。大体の答えはそこに在るぞ。アケミの事も、オレ達超能力者がどうやって生きてきたかもな。」
ケーイチはそれだけ言うと、殺気を押し殺すように険しい表情を作りながら後ろへ去っていった。彼の言葉から、既にこのフロアを見て回った後だとわかる。
「待ってくれ!」
『よしなさい!見逃して貰ったのがわからないの!?』
そして消えた彼を即座に追おうとするユウヤだったが、フユミに強く止められる。
「くっ、まだ聞きたいことがあったんだが……」
「装置の件で気になってた事が、ね。」
過去のことの手がかりは貰えたが、転送装置の件で詳しく聞きたいと考えていたユウヤ。それはモリトも同じだったようである。装置の破壊跡が教官のチカラとは一致してない件を聞きたかったのだ。
「ごめん、私の所為で……あの殺気、本気だった。これを見せたりしなければ……どうして急に?」
対魔ナイフのチカラを見せたとたんに豹変したケーイチ。ユウヤ達は知らないが、彼が人類に牙を向いた理由を考えれば当然の反応だ。
メグミはケーイチにとっての地雷を突きつけて脅したのだ。生きてるだけ運が良かった。
(参ったわ。これじゃ足手まといじゃない。よりによってアイツの言葉が正しいなんて……)
不用意に脅すなとミキモト教授に言われた事を思い出すメグミ。気に入らない相手だが、その忠告は正しく余計に凹んでしまう。
「次から気をつければいいさ。フユミさんも止めてくれてありがとう。危なく突っ込むところだったぜ。」
さすがに今回の失態は気にするなとは言えないユウヤ。それでも自分の判断ミスを掘り返してフユミに礼を言うことで、相対的にメグミの重荷を下げようとしていた。
「よく分かんないけど気にしなくていいわ、”イズレチーチ”!」
「うう、ありがとうヨクミさん……」
起きたばかりで魔法を使うのは危ういが、メグミの凹みようがいたたまれなかったので心を回復させるヨクミ。
「ヨクミさん、無理しないでまだ僕の背中に居なよ。」
「おーおー、男らしいこと言っちゃって。じゃあ遠慮なく!」
ヨクミは再びモリトの背中に飛びついて力をこめた。その手は震えていて、ケーイチの殺気の影響を受けていたのが分かる。もちろんモリトも解っていて提案したのだ。
…………
『……ここが第1製造室。薬液の製造所よ。』
フユミがみんなを先導して先程まで居た倉庫の向かいの部屋を案内している。ケーイチの様子から、自分達は知っておかねばならない事があるとわかった。
フユミは気乗りしない感じではあるが、それでも案内してくれるという事は本当に大事なことなのだろう。
「見渡す限り緑色ばかりだな。薬液ってのはたしか……」
「私達が使っている、ミキモト製のクスリの材料ね。」
ユウヤは先程の倉庫と同程度に広い部屋の、カプセルや水槽をまじまじと見つめている。実際はその緑色の水ばかりでなく様々な機械やパソコンなども置いてあるが、目立つのは確かだ。
「市販のにも?街で買ったやつも結構な効果だったけど。」
「でもそんなにここだけで作れるモノかな?」
『あの連中の話だと日本中、いえ世界中に在るみたいよ。』
「なるほど、氷山のイッカクってワケね!」
仲間達も話をしながら薬液のカプセルに注目していた。
『みんな、こっちよ。教官が言っていた答えは多分、これの事だと思うわ。』
フユミがとても愉快とは思えない表情でとある機材の下へ誘導する。一同がそこへ近寄ると機材の奥には人が入れるくらいのカプセルがいくつかケーブルで繋がっていた。
そのカプセルからは太いパイプも延びていて、壁や天井沿いに別の設備に繋がっている。
「こ、これは……誰かカプセルに入れられてないか!?」
「……この配管の設計からして、まさかとは思いたいけど。」
ユウヤがカプセル内部を覗き、モリトが配管を見て答えへの鍵を心の中に携えた。カプセルの中には人が居て、緑色の液体が内部を満たしている。その液体は減っては増えてを繰り返していた。
断水状態になって暫く経った今も作動しているのは、施設の貯水タンクに水が残っている……というよりは空間の歪みの所為と考える方が自然だろうか。
「くう……そのまさかのようね。人をここに入れて薬液を作っているんだわ。つまり、私達のこの6年半は――」
「全部、ここの犠牲者達の上に……命を吸って生きてきた!?」
鍵は答えの穴にピタリとハマり、メグミとヨクミが扉を開ける。
『薬液は人間から命を取り出して作るモノ。ミキモト理論はその命と物を融合させて、兵器やクスリを生み出し驚異と戦う理論。人間とは、頭が良くても愚かな選択をするものだわ。』
「いままで、なんで教えてくれなかったの?」
『言えるわけ無いでしょう?私達は他に行き場所が無いのよ?』
フユミが最後に答え合わせをして、そっとその扉を閉じる役だ。
彼らはこの時初めて、自分達が日常的に生贄を要求する悪魔のようなろくでなしであることを知った。自覚も無しに何年も何年も。
「こんなことが許されるのか!?今思えば怪しい所は幾つも在った!だがオレ達は対テロ、正義の組織だと信じて戦ってきたのに!!」
ユウヤは自分のしてきた事が偽善と知って憤る。何も知らずに利用し、利用され続けた数年を呪う。壁に開いた穴が、彼の中から溢れた悔しさを物語る。
「教官はアケミさんの答えがここにあると言った。つまり彼女も、同じ目に遭ったということ!?」
『詳しくは解らないけど、あの連中の話からはそうだと思うわ。あの時期を堺に高性能な兵器やクスリが出回りだしたし……』
「くぅぅぅぅ……うううううっ!」
メグミは無力感に苛まれてそこを埋めるように憎悪が満たし始める。いつもの暴走はしないが赤黒く彼女の輪郭をなぞる物が出てきている。
「僕は何の為にここまで……ただみんなを守れる人間になりたくて、ここで努力をすればそうなれるって。その努力すら彼らの命をッ!」
モリトはチカラが無かった分を努力で補ってきた。ヨクミに特訓をつけて貰い、2人ともクスリを常用しながら強くなってきた。
それすらも他者の命を消耗する事に気付いた彼は、ワナワナと身体を震わせる。
「命を溶かして別のモノに入れるだなんて、人を電池か何かと勘違いしてるんじゃない!?いくら魔王が倒せないからって、やって良い事と悪い事くらい親に習うでしょうに……」
異世界人だろうが異種族だろうが、ここまで自種族の尊厳をないがしろにするのは珍しい。
『落ち込むのは分かるけど聞いて頂戴。私はモンスターの収容所で声を掛けられた事があってね。彼らも交流を図ることはあるし、それ自体は珍しくもないのだけど……話してみたらここの中退生だったわ。そんなのが新入生が入る度にあったのよ。』
「何だと!?それじゃあ辞めていった連中が連絡取れなかったのは、気持ちが離れたとかじゃなくてそもそも転校なんかじゃなくて……」
「ええ、でもそれだけじゃないわ。各事件でサンプルとして収集された者達もすべて教授の研究所にまわされていたようよ。」
「ななな、何よそれ!やっぱり私の言った通りだったんじゃない!教官のウソツキー!」
「「「?」」」
ヨクミがケーイチを罵るが他のメンバーは頭にハテナマークがついた。
彼ら1期生から脱落者が出た時にゴーモンやセンノーをするのかと冗談で問いかけた件なのだろうが、6年前の話なのであまり覚えていなかったようだ。おかげで若干彼らの毒気が抜かれた感がある。
「もしかしたらさ、人間がこんなんだから魔王なんて出てきたのかもしれないわよね。」
「魔王も僕らと似たような仕事をしてたんだもんね。この液体が命そのものなら、人間社会から離れていくのも解る気がするよ。誰だってこうはなりたくない。だからと言って両親の事は許せないけどさ。」
メグミの発言を受けてモリトも同意する。彼は言葉を選んだが、本当は人間を見限るのも解ると言いたかった。
彼自身がそうなりつつあったからだ。今夜は心のアップダウンが非常に激しい夜である。
「他人の命をススってオレ達は生きてきた。打倒魔王を掲げてな。実際はただの人でなしじゃねえか。こんな物が世界中にあるとか、やってる事は現代の魔王と大して変わらねえよ!」
世を脅かす魔王を倒す為の組織が、世を脅かしている。そんな事実に憤るユウヤは仲間たちに宣言する。
「やっぱりミキモトのヤツは許しちゃおけねぇ!特殊部隊がどうとかじゃなく、人としてアイツらを止めるべきだ!」
「ああ、その通りだ!」
「うん、元より許す気はないけどね。」
「あのハゲをぶちかましてこーぜ!」
負の感情を無理矢理にでもポジティブ方向へ変えて戦意を上げるユウヤチーム。その横では疲れた顔で脱力するフユミを気遣ってメリーさんがボディタッチをしながら声を掛けていた。
『まるで悪の秘密結社に立ち向かう正義の味方ね。フユミちゃん、本当に苦労してきたんだねぇ……』
『この事は酷すぎて誰にも話せなかったから……知られたら彼らがダメになってしまうかと……』
『お疲れ様、オカルトパワー食べる?』
『それはご遠慮します。』
「まずはこの人達を開放しよう!回復頼むぞ!」
自分達の組織のヒミツを知ったユウヤチームはせめて目の前の命を救おうとする。
カプセルの中の人達は衰弱が激しく瀕死だった。自身の薬液に浸っていたからギリギリ生命活動が止まってなかったのだ。
しかし、だからこそ機械を止めてカプセルを開けられた彼らは魔法やチカラでも治せず静かに息を引き取った。
せめてもの供養にと機械の電源を落としてから第1製造室を跡にするユウヤ達。全員精神安定剤を服用して激情を抑えたが、胸の奥には怒りが蓄積されていた。
…………
「トキタのダンナ、教え子にあんな殺気をぶつけるなんてオトナゲ無いぜ?こっちもいい迷惑だ。」
「悪いな。あいつらがイケナイおもちゃを持ってたからつい、な。」
「あー……深入りする気は無いけど、気をつけてくれよ。」
ユウヤチームと別れたケーイチは仲間の下へと戻ってきていた。割とすぐ近くの物陰で合流した彼ら。特殊部隊に少量だけ卸した携帯型転送装置を壊している最中だった。
ハロウは軽口で抗議するが、返ってきた答えから地雷だと察する。
「今ならサイトウさんが転送装置を破壊したくなる気持ちも分かりますよ。あれらは残しちゃいけないものだ。」
「うむ。誰かが利用して良いものでは無い。さて、我々は一足先に訓練棟へ向かうとしよう。」
サイトウの指示で移動を開始する一行。ユウヤ達が第1製造室に入ったのを確認して、少し戻った第2側から移動する。
「あいつらのジャミングのおかげで、今度は楽に通れるぜ。」
ユウヤ達が地下に降りる前にはそれこそ多数のモンスターとの戦いがあった。別空間判定になったのか、今はその死骸は見当たらない。
「百聞は一見にしかずというが……一応は正義の為だと見て見ぬ振りをしてきたが、醜悪な設備であるな。ソウタはもう止まれなくなっておるのだろう。」
倉庫へ向かう前に一度見て分かってはいたが、あまり気持ちの良い物ではない。第1は薬液そのものを作っているが、第2はソレを使ってモンスターの製造が行われている部屋なのだ。
今は職員は1人も居ないし製造設備も待機状態。カプセルの中身はすべて入ったままだが、成長も止められている。
「ねぇ、これって全部まとめて壊しちゃダメ?」
「そいつはいい考えだ。今なら敵さんの抵抗もないしな!」
「やめておけ。浴びたら何が起こるか分からんぞ。」
へミュケットは破壊衝動でウズウズして、ハロウもそれに同意する。しかしサイトウにきっぱりお断りされてしまった。
「でもさぁ、ダンナ達は良くて私らがダメってのはなぁ。私はこの日が来るのをどんなに待ちわびたことか……」
ヘミュケットは元は普通の女子高生だった。交通事故後の治療で輸血パックに吸血鬼の血が混ざった為にこうなったが、混ざった経緯にはミキモトグループが絡んでいたことが後に分かっていた。
というか事故そのモノからして仕込みだった事がマスターによる時間と精神の追跡で分かっている。母子家庭で世間的に立場の弱い彼女を狙っていたのだ。大きい組織がよくやる手である。
彼らはそのまま彼女を懐柔・利用しようとしたが、彼女は病院を脱走。色々偶然が重なってハロウと出会い、今の名前と関係になるまではそう時間は掛からなかった。
「ヘム、気持ちは分かるが堪らえよう。どの道マスターがコレを放置はしないだろう。」
「だからこそよ。この手で何かしらの決着を付けたいじゃない!」
「それならほれ、そこの結晶をいくらでも持っていくが良い。」
サイトウの示した場所には、ボーリング玉程の大きさの塊が多数並べられていた。その横にはカプセルの中で薬液を濾過して、液中の小さい結晶を固めていく装置が幾つも設置されていた。
「機械の配置的に、薬液の塊かなにか?」
「見ての通り薬液の結晶だ。モンスターに食わせたり兵器に組み込ん
で補強する。転送装置のエネルギーにも使えるぞ。いわば命の結晶
だから吸血鬼でも何かの役にたつだろう。」
「サイトウさん、それって大丈夫なのか?こいつらの会社でそれを研究したら、この街の二の舞だぜ?」
「失礼ね!そんな事しないわよ!……よね?シュン。」
「こんなの量産するって言ったら姉さんに殺されるぞ。正直に言えば、別の方向で役立てたいって気持ちはあるけどな。」
「どうせ吸い取られた命は戻らぬ。このバッグもくれてやるから、持っていくなら早くしろ。」
「「!?」」
見た目より容量の大きいバッグを渡されて心が浮きはじめるNT組だが、サイトウ達はさっさと反対側の出口に向かう。
「良いんですか?あれもサイトウさんのヒミツ道具でしょ?」
「どうせ老い先短い身だ。託せる内に託したくなってるのかもな。」
格好良い風に言っているが、孫に小遣いをポンポン渡すお祖父ちゃんにしか見えなかったケーイチ。危険なものを破壊しに来ているのに、初対面のお偉いさんに渡してしまうのはどうかと思う。
「オレがとやかく言うのも変な話か。」
「うむ。アイツの監視下ならどうって事はないだろう。」
サイトウがそんなメンタルになった一因が、自分達の相談なしでの出奔にあるのは自覚してるので口には出さない。
サイトウはさっさと第2製造室を抜けて、西側にある搬入リフトへと移動する。
「おおーい、待ってくれー!」
「もたもたするなよ。護衛が遅れてちゃ話にならん。」
遅れてNT組がホクホク顔でやってきた時には、サイトウがリフトの起動準備を終えていた。
…………
「この部屋は……使い終わった水の処理でもしてるのか?」
第1製造室を抜けた廊下の対面のドア。それを開けてみるとやや薄い緑色の水が入った水槽が目の前に現れた。高さは腰くらいで、覗き込むと更に地下を掘って設置してあるのが判る。
ジジジジ……パチン!パチン!
壁に手をおいたメリーさんが素早くこの部屋と隣のセキュリティを無効化した。
「一応ここの監視カメラも壊したわよ。指揮官がいつ復活するかもわからないしね。」
「ああ、こんな狭い所で追い詰められたら堪らないもんな。ていうかメリーさんって優秀過ぎじゃね?」
「ふっふっふー。」
「貴女が居なかったら大苦戦だったでしょうしね。でもちょっと近いんじゃない?」
「仕方ないでしょ、今はスマホから離れられないんだしー。」
ユウヤ達がイチャコラしている間もモリトとヨクミは水槽を観察していた。今度はモリトは彼らを注意したりしない。彼とヨクミは手遅れの人物を看取るのは既に街で経験している。戦いはまだ続くのだから、なんとしてでも心を保ってもらわねば困るのだ。
「処理槽、ね。垂れ流しでは無いみたいで安心したよ。一応普段から気を付けてはいたみたいだね。」
「川を汚しちゃいけないって解ってるのに、あんな事をするんだからタチが悪いわ!」
2人は隣の部屋を確認しに行く。ドアの代わりに取り付けられているビニールカーテンを水と風を操って外して、視界は確保してある。
そこも処理槽だったが、隣よりは色が薄い。浄水場の様に段階的に水の処理をしているのだろう。
「これ、どうやって処理してるんだろう。」
『職員さん達の話だと、第2製造室である程度の成分を結晶化して濾過するらしいわよ。それでも残った成分は……何かのクスリで中和するみたいだけど、それについては私もよく知らないわ。』
「そこまで面倒な事をして隠してたのに、なんで今日になって……」
ヨクミは人間の思考がさっぱり解らないといった感じだが、モリトは何やら考え事を始めた。
「なるほど中和、か。」
(つまり対になる何かが在って、今も使われてると。)
モリトはその辺の機械やその周りを調べ始めたが、すぐに抗議の声が響いた。
「うひゃぁ!宝探しなら私を降ろしてからにしなさいよ!」
太いパイプの間に頭を入れて反対側を確認しようとした為、ヨクミの顔が危うくパイプにぶつかるところであった。
「あっ、ごめん!つい考え事をしてて……」
「宝探しなら負けないわよ!フユミちゃん、この辺何かなーい?」
『そうねぇ。こっちに確か職員さんが――』
床に降りた彼女は親友に宝の位置を聞きながら探索を始めた。
「それはズルくない?いや、良い物があるなら良いんだけどさ。」
モリトはパイプの隙間を縫って確認すると、奥に10Lは入りそうな大きめの瓶が確認できた。ラベルはその位置からは見づらく、細かい文字で英語と日本語の表示が書かれていた。
その一部に中和の文字が見える。
「あった!これはきっと――ってダメか。」
何かには使えるだろうが使い方がイマイチ謎な上に、瓶は逆さにして機械にセットされている。これを外したら最後、川の下流の生態系がどえらい騒ぎになってしまうだろう。
と言うか今の中和剤が無くなったら大変な事になるのは変わらない。いや、その前に貯水タンクの水がなくなるのか?
そう考えてユウヤに相談しようと思った矢先に、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「やったー!見なさいモリト、お宝を見つけたわよっ!」
ヨクミが上機嫌でこちらに近寄って、大きめの何かを見せつけてくる。その声に呼び寄せられてユウヤ達も隣の部屋からやってきた。
「火炎放射器よ!これでまた扱える属性が増えたわね!」
「「「なんでこんな所に置いてあったんだ!?」」」
バックパック式のソレを手にした彼女は笑顔でモリトに押し付けた。
ヨクミの言に乗るならば火属性は消耗品の焼夷弾くらいしか無かったが、継続した炎ダメージが見込めるという意味ではアリなのか。
「盛り上がってる所悪いけどよ、それはかさ張り過ぎじゃないか?」
「速度重視のユウヤとメグミは使い勝手が悪そうだよね。でも僕達だって相性真逆なんだよなぁ。」
「じゃあ私が使うならバッチリね!」
「いや無理でしょ。残念だけど置いていきましょう?」
「あ、こら!物を捨てたらダメよ、それなら私が使うから――」
メリーさんが挙手して飛び出してくるが、一瞬でメグミに却下された。彼女が負けじと抗議をするが――。
『――――。』
「「「!?」」」
その時、また天啓のような閃きのような電波なような何かが頭を突き抜けた感覚があった。
「どうしたのよみんな、急に黙っちゃって。」
『敵、ではないようですね。』
電波受信に強いハズのメリーさんや探知に強いハズのフユミには何もなかったようだ。キョロキョロと周囲を探るが特になにもない。
「いや……やっぱり僕が持とう。よく考えてみれば必要だからここに置いてあったんだろうしね。どんな状況で使うのかは分らないけど。」
「まさか何かのゲームを模してみたとかじゃないだろうしな。」
「なんだか、持っていくのが自然のような気がしてきたわ。」
「……?まぁ、捨てないなら良いけど。」
『なんだったのでしょうね。』
釈然としない空気の中、モリトが火炎放射器を装備する。燃料は満タンなので暫くは使えそうだ。
「それより他には何も無さそうだな。搬入路は近いのか?」
「たしか運搬用のリフトが在るのよね?」
『ええ。部屋を出て廊下の突き当りよ。』
「…………」
「モリト、どうかしたか?」
「いや、何でもない。先を急ごう。」
「わかった。何か解ったら言ってくれ。」
1人左手を顎に当てて考え込むモリトはユウヤの問には答えない。だが深く追求すること無く、答えが出るまで待つ姿勢のユウヤ。
(現時点ではどうしようもないけど、魔王の結界で覆われてるならさっさと元凶を叩いた方が良いだろうしね。……不本意だけど。)
中和剤については一旦保留にすることに決めたモリト。大事なのは黒幕を止めることなのだ。そしてその為の要素として魔王のチカラをアテにしているのは自覚している。
ユウヤチームは廊下へ戻って第2製造室の扉をスルー、そのまま突き当りの運搬リフトに辿り着いた。
…………
「ふぁぁ……いい香りがするー。」
「んにゃん……たまらないですわー。」
「くぅぅん……文化的な香りでおなかがー。」
ミルフィ・イーワ・キーカが触手ごとテーブルに突っ伏して寝ていた。ヨクミの高周波と魔力の影響であるが、寝言から察するにわりと元気そうである。
その寝言の原因の良い香りというのは、すぐ横で作業している一組の男女が作っているモノだった。
「こう、ですか?」
『そうそう、お上手ですよ。初めてとは思えないくらいだ。』
「えへへ、お姉さま達も喜んでくれるかなぁ。」
『いい香りに惹かれて、お姉さん達もお目覚めのようです。』
特別訓練学校・訓練棟の薄暗い部屋。ザールの3人がテーブルで突っ伏したまま寝ている横で、手打ち蕎麦を作っている2人。
打った蕎麦を女が切っていき、男の方は麺つゆや薬味の用意をしている。
何を言っているのか分らないと思うが、その男が現代の魔王だと言うだけでその殆どは解決……もとい諦めがつくと思われる。
「「「誰!?何やってるの!?」」」
しかしもちろん、当事者からしたら意味不明なのは確かだ。
『おはようございます、ザール家の皆さん。オレは何でも屋の○○○○・○○○と言いまして、皆さんにご馳走するお蕎麦をテンスルさんと用意していたところです。』
男が丁寧な仕草と口調で挨拶と現状の伝達を行うが、姉妹は余計に意味がわからなくなった。
「「「「……?……!……!?」」」
「お姉さま、愉快なお顔をされてますわ。」
『まあ、そうなるだろうねぇ。』
「「「現代の魔王じゃないですのおおおお!?」」」
姉妹揃って3度見してから口を揃えて言い放った。そのまま3者とも慌てて状況確認を開始する。
「なんで!?いつの間に、どうやって!」
『気絶されてたので普通に入ってこれました。』
「そうだわ、時間は!?特殊部隊は!?私達の仕事がっ!」
『時間は止めているので、ゆっくりして平気ですよ。』
「乙女の寝顔を見るなんて、なんて破廉恥な――」
『でもズタズタになった触手は治しておきました。』
「「「貴方は何しに来たのよ!!」」」
彼女達の疑問に答えただけだったが、再度口を揃えて怒鳴られる。肩で息をする3人は的確に脳内に響く答えに更に混乱していた。
現代の魔王は頭が良くないのでドイツ語も話せはしないのだが、精神干渉によるテレパシーでビシバシ返答していた。
『強いて言うなら貴女達の面接をしようかと。でもその前に食事でもどうかと思ってね。すぐ出来るからそのまま待っててね。』
魔王は笑顔で待つように伝える。ちょっと上機嫌なのはモブ顔呼ばわりされなかったからである。
「そうなの!魔王さんはとっても料理がお上手で……私も教わって一緒に作ってるんです!それに、うふふ。つまみ食いという文化も教えて頂きまして、いけないと解っててするのはとても甘美な――」
貴族末裔のお嬢さんは摘み食いを教えられて、頬に手を当ててウットリとしている。
「ヴァアアア、テンスルが魔王に誑かされておりますわあああ!」
魔王が現れた時はビクビクしていたテンスルだったが、話せば極悪人とは思えず普通に交流するようになった。実は4姉妹の中で一番今の身体にコンプレックスがあったのだが、それを知っても普通に接してくれた魔王に嫌悪感を抱かなかったのだ。
「ミル姉さま、害意は無さそうですしお話だけでも聞いてみては如何でしょうか。」
「甘いわよ、悪人はいつも最初は善人ぶって一気にオオカミになるの!」
キーカの提案を突っぱねるミルフィだったが無理もない。彼女達はミキモト達に騙されて今に至っているのだ。
『ご指摘はごもっともです。オレはどう言い訳しても悪人ですから。ですが第二の魔王の襲撃を発端とした貴女達の不幸を、埋め合わせるくらいのチカラと良心は在ると自負しています。』
「それで私達の触手の治療を?随分と中途半端ですわ、ね……」
その時姉妹は心の中で(あらやだ!)と何かに気づいて触手をしゅるしゅると体内にしまっている。男性の前で顔から触手をモゾモゾさせているのは乙女・淑女的にアウトだったらしい。
『もちろんすべてを元通りにしても良かったのですが、きちんと話し合いの上で決めるのが一番かと思いまして。皆さんにも事情ってものがあるのでしょう?』
「まあ良いわ。乗ってあげる。どうせ時間を止められている以上、私達にはどうしようもないですものね?」
『良かった、ぜひ蕎麦を食べていただきたかったので。今準備を……はい、お待ちどう様です。』
「お待たせしました!本日のお夜食は”ザール蕎麦ヌードル”と”散財おろし”に”刃は錆トロール”。ジャパニーズ天ぷらもございますの!」
魔王のセリフが終わると同時にテーブルの上には蕎麦とつゆと各種トッピングが並べられていた。
既に魔王寄りな素振りを見せているテンスルは、若干メニュー名を間違って紹介しているがその笑顔はまぶしい。
(私達の時間も止めて料理を並べた?つまり逆らえば瞬きの間にっ!)
『そんな事しませんから。はい、フォークをどうぞ。トッピングはこちらが山の風味重視で、こちらが少々辛さのある――』
(ッ!!そうか、心も!)
ミルフィ達は何から何まで彼の手の平の上に置かれていると実感した。
箸が苦手な彼女達にフォークを配り、食材・食べ方を軽くレクチャーした魔王が音頭を取る。
『それではみんなで食べるとしましょう。頂きます!』
「「「い、いただきます……」」」
魔王とテンスルは笑顔だが、他の3人はとてもぎこちない。
(まさか毒とか――)
『入ってませんよ。料理人は毒を使いません。』
「魔王さん、心を読むのはやめて頂けまして?落ち着きませんわ。」
『おっと失礼しました。ドイツ語が話せないので、ついつい干渉をしてしまいました。』
「それよりお姉さま、早くお召し上がりになって下さいな!半分くらいは私が作らせていただいたものなのですよ。」
溺愛するドヤ顔テンスルの手料理(半分)と聞いて食べる勇気の湧いた姉達は、まずはネギと海苔だけの薬味で口へと運ぶ。
「「「お、美味しいです!!」」」
「本当ですか!?よかった~~。」
『やったね。テンスルは料理の才能があるのかもしれないよ。』
「まあ!何の取り柄も無かった私に、お料理の才能が!?」
3人の反応を見たテンスルは満面の笑みで魔王と喜んでいた。
自分の才能を見つけてくれた彼にテンスルの周囲には花のエフェクトがキラキラしている。
「この蕎麦ヌードルと薬味の風味とスープの香りが最高に相性がいいですのね。さすがは我が家の名がついたお料理ですわ。」
ミルフィはなにか勘違いしてるがざる蕎麦はザール家から取ったモノではない。が、敢えて何も言わずにいる魔王。食の幸せに水を差すつもりは無いようだ。
「こちらのトロールも蕎麦ヌードルと絡み合って美味です!」
「ツンと来る辛みが高貴な味ですね!」
葉わさびトロロを食べたイーワとキーカもご満悦である。
「天ぷらも冷めない内に食べてくださいね。」
「「「結構なお味と食感ですぅ!」」」
『この天ぷらは今の季節に合わせてキノコを多めに――』
「このつゆはどういった物ですの?」
『かつおと昆布の出汁で、水は新潟の店を”参考”に綺麗な井戸水だけで作っていて、それは蕎麦を茹でるのにも――』
魔王が料理についての講釈を垂れながら食事の時間は過ぎていく。
「「「ご馳走様でした!」」」
やがて完食して全員で手を合わせて感謝の言葉を告げた後、ミルフィが魔王に問いかける。
「それで、どうしてザール蕎麦をご馳走してくださったのですか?」
『君たちは日本に良い感情を持ってないだろうと思ってね。この先どう転ぶにしても、せめて一度は日本の美味い食事を堪能して貰いたかったんですよ。』
一緒に食事をして少々口調を砕けた形に持っていく魔王。
彼女達については気絶中に読み取っていたので、話し合いの前にちょっとした余興を提供したくなったのだ。
「……お陰様で食事については良いイメージを持ったまま、終わる事ができそうです。」
「この状況でこんな美味しい食事を頂けたのは、幸いでした。」
イーワやキーカの言葉からは、彼女達はどこか諦めているフシが読み取れる。
『オレが居る限り、諦めるのは早いですけどね。』
「そうですわ!弱気にならないでくださいまし!」
魔王に続いてテンスルも姉たちを励まそうとしているが、彼女達の心境は暗く重い。
「それで、私達に何を求めるつもりですか?天下の魔王様が求めそうな身体は持ち合わせていなくてよ。」
ミルフィは自嘲気味に化物になった身体を一瞥して魔王を見据える。
『あのね。オレは言うほど節操なしじゃ無いよ。最初は指揮官をどうにかしようと思って来たけど、君達を見て気が変わったんだ。』
「……どうだか。続けて?」
『オレは君達を元の人間に戻すことが出来るし、ご両親との再会も夢ではない。ただし無償でとは言えないので、オレの下でしばらく働く気はないか?』
「良心の呵責を感じて助けようと言う割には、対価は要求するのね。」
『この世界にはルールがある。それに抵触するには代償を覚悟する必要がある。対価無しでは余計に悪い方向へ進んでしまうんだ。』
「どうやら見ているモノが私達とは違うようですわ。」
分かり難い説明にジト目でそうおっしゃるミルフィさん。
『ここから脱出する気はないかい?今なら対価は格安で済むし。まずはメイドとして働いてもらう事になるけど。』
「無礼な!我らザール家は人の下につくつもりはございません!」
「例え敗れるにしても、自らの手でやり遂げねばならないのです!」
「その通りですわ!使用人に成り下がるなど許されません!」
ビシッと背筋を正して貴族の末裔らしい気高さを見せる姉妹。
(えっ、ミキモトに利用されてるのにオレの方が嫌なの!?)
形としてはそうなるが、彼女達のプライドの話なので彼の誘い方がド下手だっただけである。それでも滅気ずに魔王は説得を続ける。
『使用人と言っても待遇は破格にするよ?オレは頑張る人達を無下にするつもりは無いんだ。服も最高級の物を用意するし。』
「魔王というのは、どんだ使用人フェチだったのですね。」
彼女は必死な魔王を見て、使用人に思い入れがあるのではと思い皮肉を飛ばしてみる。
『それは否定しないけど。頑張る女の子って素敵だよね!』
「そこはお隠しになって下さいまし!もう、これだから殿方はっ!……貴方はテンスルの事も承知の上で、その姿勢なのですよね?」
要らない情報を暴いてしまったミルフィはちょっと嫌そうな顔をするも話を続ける。
『もちろんです。彼女が人の形をしてないのも先刻承知。それでもオレなら治療できます。』
テンスルは人の形を取ってはいるが、その大部分が義体である。
いやこの場合はむしろ、人形にテンスル本体を寄生させていると言った方が正しい。
彼女は姉達と違って植えられたウイルスや細胞に若干押し負けた。
その結果、残った身体の一部から触手が這い回るというオゾマシイ生き物になってしまった。そのままでは色々と支障をきたすので、世界に名高い百合園徒工業から人形を取り寄せたのだ。
細かい表情も内側から触手で作れるという、さすがは世界に誇る百合園徒工業製品である。
「魔王さんは私を知っても尚、助けてくれると言われました。私は姉さまの様に戦えません。どうかお考え直しになって頂けませんか?」
テンスルは両親と別れ、今は3人の姉とも別れの危機を迎えていた。せめて4人一緒に居たいとミルフィ達に訴える。
「私達が残るのは決定事項よ。でもテンスル、貴女は彼のお世話になりなさい。」
「そんなっ!私は姉さま達と別れたくありません!」
「それは私達もです。でも可愛い妹を戦場に置いておくわけには――」
「お姉さま――」
などと姉妹のお別れのシーンが続いているが、魔王はそれを眺めつつも別の事を考えていた。
(確かアレも4匹説があったよなぁ。あー、だからこうなったのか?)
『あなた、大丈夫?いつもなら感激してる所でしょ?』
妻が百合百合しい姉妹のやりとりにご執心じゃない旦那を心配する。どんな心配の仕方だと苦笑いするが、答えは決まっているのだ。
(だって、彼女達がどう言おうと助けるつもりだよ。でないとトキタさんの方に代償が巡るだろうし。)
魔王の中では助けるのは決定事項であり、後は彼女達の”納得”の問題だけなのだ。
『話は解った(解ってない)。君たちが最後まで誇りを捨てずに戦うと言うのなら、そのお膳立てをさせてもらおうじゃないか。』
「「「はい?」」」
魔王は高らかに宣言してザール姉妹の注目を獲得する。そして時間の停止を解除するとミルフィ達にするべきことを通達する。
『先ずは指揮系統の再構築、その後可能な限りのモンスターを配置する。サイトウさんの狙いは転送装置だ。破壊される前に急いでくれ!』
「ッ!!イーワ・キーカ、お願いするわ!」
「「はい!お姉さま!」」
色彩の動きが戻り、時間の流れが戻った事を察したミルフィは急いで姉妹とネットワークを形成する。
訓練棟の転送装置は1階にある。そこを破壊されれば今までのような不意打ちや素早い配置が出来なくなる。
訓練棟地下のモンスターの詰め所からは各所へのリフトがあるので移動自体は可能だが、早さはとても重要である。
「わ、私も精一杯の応援を!」
触手で指揮系統の構築を図る姉達のために、テンスルはお祈りポーズで自身の触手を活性化させる。
ぽわ~んと彼女の下腹部の触手からチカラが発せられて、姉達の触手も更に活性化した。
見る・言う・聞く、そして”する”。
(絶対ミキモト達は栃木のアレを意識してるよなぁ。東照宮のとは逆に、奨励してチカラを得ているの所に人の業を感じさせる。)
魔王も小さい頃は何度か行った日光。その3猿は当時、意味は良く分からずとも印象には残っていた。後に調べて4猿説を目にして、性を含む謂れは確かに日本では合わないなと納得したものだ。
(その4人目のテンスルの触手はまさに”その位置”。あいつら変人をこじらせすぎだろう、可哀想に。)
奴らの信念やら何やらは知った話ではないが、被害者側はたまったものではない。
と思いつつも一緒に蕎麦を作ってる時は、天ぷらとざる蕎麦でテン・ザールなどとオヤジギャグを言っていた魔王。その反応は微妙な愛想笑いだったので、天ぷらの摘み食いをさせてご機嫌を取っていた。
『ルートが幾つかあって、どう配置します?』
『とにかく、あの方々が絶対通る道を重点的に――』
『ここは回り込まれたら意味がないし……うーん。』
ネットワーク内の立体地図を前に、姉妹会議は難航しているようだ。そこへ魔王が黒い鎖を伸ばして触手に絡めて発言する。
『この強力な個体をミキモト達のいる部屋の前に、両者への嫌がらせになるでしょう。ついでにこれもここ、こっちのは地の利を生かしてこちらへ。ここのセキュリティを使えばルートを制限して――』
『なるほど!って、私達のネットワークに勝手に入って来ないでくださる!?』
『急がないと2チームとも簡単に突破してきますよ。』
『今の案で行きます!イーワ、どんどん指示をだして頂戴!』
『はい!』
いきなりネットワークに乱入して魔王らしいことをし始める魔王。
利用しているチームと仲間のチームが苦労するハメになるが、思わず口を出してしまった。
…………
『それではオレはこの辺で失礼するよ。面接は不採用って事で。また何処かで縁がありましたら――』
布陣が完成したのを確認すると、お暇の挨拶をしてその場を去ろうとする魔王。だがその物言いに姉妹達はガタタタッ!と立ち上がり食って掛かる。
「ちょっと、言い方!」
「それだと私達がダメな女みたいじゃない!」
「私達が貴方を不採用にしたのですわ!」
『はいはい、そんな猿みたいに喚かなくてもただのジョークですよ。本家を見習ってみてはどうですか?』
「誰が猿ですか!私達がザール家の本家ですわ!ほらご覧なさい、この男の本性はフザけたモノなのですわ!」
『失言、失礼しました。観光地の有名な3猿のイメージを重ねてたらついうっかり。』
「観光……見世物ですって!?きいいい、バカにしてーっ!」
「お姉さま、落ち着いて下さい!魔王さん、3猿ってなんですか?」
激昂はしないと決めていたミルフィがお怒りになられて、テンスルが止めに入った。なにかフォローをお願いしますと言う意味で、魔王に質問する彼女。他2人は呆然としている。
『見ざる・聞かざる・言わざる。叡智の3つのヒミツだそうです。その地には猿が目・耳・口を押さえている猿の像があって、なんとなく共通するなと思った次第で。』
「わ、私達はそれになぞらえて作られたとおっしゃるのですか!」
「そんなジョークの類で私達を……許せません!」
「もう、嫌になりますわ。何もかも……」
魔王の言葉に負の感情が言葉となって溢れ出す姉妹。
『もう少し前向きに生きた方が楽しいですよ?よければオレの――』
ここぞとばかりに魔王が悪魔のささやきを行おうとするが……。
「「「魔王がそれを言うなーーっ!」」」
ベチンッ・パチンッ・ドゴッフ!
頭・頬・腹に触手アタックを食らって吹き飛ぶ魔王。
ミキモトへのヘイトが溜まった今なら自分の下へ来てくれるかと思った彼だったが、やっぱり下手な説得の所為でご破談となった。
『『『あれ?これって……!』』』
「魔王さん、大丈夫ですか!?」
テンスルは慌てて駆け寄って彼を気遣う。触手の着弾の瞬間に、黒い光やモヤのような物が見えたので、深刻なダメージを負ったのではないかと心配になったようである。
「ザール蕎麦に免じて見逃してあげるわ!さっさと消えなさい!」
「妹を泣かせたら承知しないからね!」
「テンスル、胸を張って生きなさい。貴女は私達の自慢の妹よ!」
「え?姉さん!?」
『ここは大人しく引くよ。行きますよ、テンスル。』
魔王はテンスルを抱えて空間に開いた穴に飛び込み消えていく。
「わああああ、横に落ちるうううう!」
「「「…………」」」
部屋には3姉妹以外は居なくなり、彼女達は黙って呼吸と気持ちを落ち着かせていた。
「……あの男、フザけていたけど本当に魔王だったのね。」
「でも、おかげでやる気は出てきましたわ。」
「みんなで今夜を乗り切りましょう!」
彼女達は先程までとは違い、ポジティブな声色と表情になった。
彼女達の”脳内”には「生存ガイド」と書かれた、まるで遠足のしおりの様なファイルが挿入されている。どうやら説得を諦めた魔王が、姉妹達の触手アタックの瞬間に強制的にインストールしたようだ。
そこには下手に強者に媚びるのではなく、貴族としてプライドを持ったまま生き抜くプランが圧縮されていた。あとはこっそりトモミの真似をして、魂覚醒をほんのりと乗せている。
魔王は説得は苦手だが、未来を構築・提示する事は出来る。
だからこそ変なやつだと嫌われ疎まれ易いが、評価・信頼を得た者とは互いに幸福を得る。
一言で言えばとても面倒くさい男なのだ。
経緯はともかく、その彼に感化されたザール姉妹。彼女達は触手で互いを繋ぎ直して、貴族社会の様に複雑で面倒くさい円陣を組む。
「ザール家に栄光あれー!」
「「おおーーですわっ!」」
まるで殉職寸前のような掛け声だが、その声は希望に満ち溢れていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
今回序盤しか戦闘が無かったですが、次はそれなりに……。
この事件は大筋以外はゲーム版と違う部分が多くなってますが、あっちはもう少しシンプルです。
このラスダンではイベントを起こす順番もプレイヤー次第なので、1つ1つを単純にせざるを得ない面もありました。