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102 ギセイ そのシズク

いつもは水曜更新ですが、事情により前倒しです。

 


「もうすぐ中央交差点だ!あの明かりを目指せ!あそこまで行けばゆっくり休めるぞ!きっとメシも有るはずだ!」



 10月4日22時過ぎ。大量のゾンビに追われながら、中央交差点のすぐ近くまで走ってきたサバゲーマー達。そのリーダーが仲間達を鼓舞している。食料についてはデマカセだが、NTの次期社長が関わっている避難所ならばそれくらいはあるだろうと考えていた。


 元は16人居たこのチームも、今は7人まで減っている。

 コンドルに拠点を構える時に4人。ユウヤに返り討ちにされた1人とハグレてソウイチにボコられた2人。そしてこの逃亡劇で2人ゾンビに捕まって脱落した。


 精神的にも肉体的にもボロボロの状態になっている彼らだが、その中の1人が何かに気付いた。


 彼は怪我した左腕を庇いながら走っていて、とても苦しそうな声を上げた。


「ゼェゼェ……あ、あれは水星屋か?」

「し、知ってるのか?」

「都市伝説の屋台、だったハズ、ゼェゼェ……」


「なんだってそんな店が、ハァハァ。」

「屋台、ハァハァ。メシとサケ、ハァハァ……」

「まずは水が飲みてえ、キンキンに冷えた……」


「何でも良い!もうすぐだ、とっとと走れ!」


 ケガしたサバゲーマーが赤幕に金色の文字を見て反応し、口々に喋りだす仲間をリーダーが諌める。


(だがどうやら運が向いてきたようだ。後からはゾンビが迫ってきているが、この分ならなんとか辿り着けそうだ!)


 正直そんなモノを引き連れて行けば避難所は大迷惑である。だがアルコールが回っていたり全力疾走で酸欠になった頭では、深く考えたりしていなかった。


 だから気付けなかった。店の周りにはゾンビが居ない事に。そしてその理由を考える事もしないし出来なかった。


 ガイン!


「ぶぇっ!な、なんだ!?通れない!?」


「おい!何してんだ、早くこっちへ!!」


 待望の中央交差点に辿り着いて屋台へ向かう中、水星屋の事を知っていた男が透明な壁に阻まれて転倒した。仲間に急かされるが、どうしても目の前の壁が越えられない。


「通れないんだよ!くそっ、あと1歩だってのに!ぎゃああああ!」


 モタついている間にゾンビに追いつかれて新鮮なディナーとなってしまう。いや左腕を噛みつかれて感染していたのなら、あまり新鮮とは言えなかったかもしれない。


「くっ、またこんな死に方で……」

「お前ら、早く行くぞ!」

「で、でもよく考えたら店になだれこんでくるんじゃ!?」

「よく分からねえが、この状況でも店は無事だったんだ。急げ!」

「りょ、了解!」


 一応店の周りの違和感に気づきはしたが、今のこの命を最優先で逃げることを選ぶ。

 セツナの結界で弾かれた男を放置して、次々と水星屋に入店する6名のサバゲーマー。すると元気な声で挨拶される。



「「「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!」」」


「「「!?」」」



 メイド服とスーツ&エプロンと割烹着の店員に歓迎された彼らは先程までの状況とまるで違う雰囲気に、異空間にでも迷い込んだかのような錯覚を自覚した。


 大正解、100点満点である。


(女が3人、しかも2人はガキじゃねえか。これなら占拠してしまえば助けが来るまで充分に楽しめそうだ。)


 彼の尺度では低身長のキリコは子供カテゴリに入るようだ。


 それはともかくリーダーの張り詰めた神経が、一瞬で結論を出す。彼は後の仲間に軽く合図をする。意味は”武器の用意”だ。


「えっと、6名様ですか?最初にこちらの券売機で食券を――何のつもりです?」


 スッとナイフを突き出してメイドの店員の言葉を遮るリーダー。他のメンバーも改造エアガンやボウガンをスーツの女と割烹着の少女に狙いをさだめている。


「キリコちゃん!」

「キリ姉さん!」


「おおっと動くなよ。もちろんメシは貰うが、この店全部オレ達が接収させてもらうぜ?もちろん姉ちゃん達もだ。」


 リーダーはキリコの腕を掴んで首筋にナイフを当てる。


「……接収?あなた方は誰の命令でこのような愚行を?」


「あん?それを言う必要は――」


「キリ姉さんを離して!」


「セッちゃん、ダメ!」


「何!?ぐべああっ!」


 驚異的な速度で近づいた割烹着の少女はリーダーの顔面を殴打していた。彼は鼻血を出しながら吹き飛んで、仲間を巻き込んで倒れて気絶する。


「安心して!ミネウチだよ!」


 割烹着の少女は拳を直に振り抜き、素早く構え直して残心を実践している。


「それを言うなら寸止め……ていうか止めてもいないがね。」


 つまりただのパンチである。


「このガキ!」


 スーツの女が冷静にツッコミを入れるがサバゲーマー達は色めきだって武器を突きつける。


「”ラビット・チェーン”!」


「「「うわッ!!うごけねえっ!?」」」


 彼らがなにかする前にメイド服の女が黒い鎖で縛り上げる。それだけで彼らは身体の自由が効かなくなった。

 病は気からと言うが、身体を動かすのも気持ちから。メイド服の女、サトウ・キリコは狼藉者達の心を拘束してしまったのだ。


「ちょっとセッちゃん、いきなり殴っちゃダメでしょう!?」


「だってぇ、キリ姉さんが危なそうだったから……」


「ふふ、ありがとう。でもアレはわざとなの。」


 元凄腕の暗殺者の彼女はそう簡単には人質などにはされたりしない。コイビトから貰ったセクシャルガードもあるので尚更だ。今回は意図的に出力を下げて掴ませ、油断させようとしていたのだ。


「ええっ!?なんでー!?」


「この人達の所属……つまりどこのおウチから来たのかを喋らせてから捕まえないと!それもこんなに血を出しちゃって……これもいいお値段になるから、攻撃するなら骨か関節がオススメよ?」


「ご、ごめんなさい!次からは気をつけます!」


 ぺこぺこと頭を下げるセツナは可愛かった。そのやり取りを遠い目をして見ていたサクラ。


「あー、いつかもこんな光景を見た気がするわ……」


 キリコがテンプレさんを即殺してマスターに怒られたのはもう何年前か。そのキリコがマスターの娘に指導する立場になったのを彼女は感慨深く見守っていた。


 非常にタチの悪い教育現場に立ち会ってしまい、なんとも言えない気持ちになるのはあの頃と同じだった。


「それであんた達!バックにはドコの組が付いてるの!?慰謝料でマルごと頂くからさっさと吐きなさい!」


「そ、そんなもんはねえよ!俺たちはただのサバゲーマーで!」

「そ、そうだ!金は払うからこれを解いてくれ!」

「俺たちはただゾンビに追われて、疲れてて……」


「もっちゃん、本当?」


「嘘だ。そいつらは鎖を解いた瞬間に襲いかかってくるぞ。」


「「「ッ!」」」


 サクラに認識された事実を暴かれ動揺するサバゲーマー。言ってることは本当だがその後の行動を読まれてしまった。こんなんで息を呑むくらいならズブのド素人なんだろうと判断したキリコ。


 だがそれはそれ。


「いい?セツナマスター代理。テンチョーを目指すなら覚えておきなさい。ここまでやって初めて手を出すのよ。」


「はい!」


 元気よく返事をしたセツナ。その目はキラキラと輝いており、頼れるお姉ちゃんであり先輩のキリコを尊敬する眼差しだった。


「やめろおおおお!」

「来るなああああ!」

「助けてくれええ!」


「「「ガクッ……」」」


 この後すぐに残りの5人も気絶・拘束させられて、全員社長宅の倉庫へ送られる。

 マスター代理権限を持ったセツナと2号店・店長のキリコには転送が出来るようにマスターから権限が渡されていた。


 サバゲーマー達の店への対応は不正解。0点だった。今回の彼らの敗因は様々だ。


 もし彼らが素直に店のルールに従っていれば。もし水星屋を知っていた彼が感染せずに生きていたら。もしコンドルで増長していなければ。もし市民ホールに留まっていれば。もし今日、イベントに参加して居なければ。もしチームを組んで活動していなければ――。


 どれか1つでも違っていたら生き残れていたかもしれない。


 だが現実は全滅である。彼らのギセイは異界の化物達の糧となり、血のシズクは命の源として最後の一滴まで活用されることだろう。


 全く、とんだミミック屋台である。



 …………



「おおおりゃああああああ!」


「行きなさい、コウモリ達!」



 一方でハロウ達NT組も同じく大通りを北へ進み、コンドル内で半ば軟禁状態だった従業員と市民を誘導していた。サバゲーマーの時と違うのは、対するゾンビ達の数が桁違いだった事だろう。

 大通り中にひしめくゾンビは、ゲームのようにすり抜けてどうこうなどと行ってられない状況だった。


 先に通過した彼らはメグミのノロイにアテられたゾンビが合流しきる前に移動を開始したので何とか抜けられたが、NT組はそうもいかない。


 なにせ20人の命を預かりながらの強行軍である。遠距離範囲攻撃が可能なへミュケットが空中で全方位に攻撃し、ハロウも正面の群れに恐れること無く立ち向かっているが状況は良くはない。


「くっそー、こんな事ならユウヤ君を引き止めなければッ!」


「利用したバチね。ここまで奇想天外なコトをする彼女だなんて思ってなかったし!」


 ばっさばっさとゾンビを妖刀で切り捨てながら愚痴るハロウ。

 全方位に注意を向けながら、喰われそうになって怯える一般人を間一髪で救いながら返答するヘミュケット。


「だが、この身体になっておいて良かったよ!昔のままじゃとっくに終わってた!やっぱりオレ達は一緒になる運命だった!」


 左半身の一部を硬化させ装甲を作り、心臓からエネルギーをどんどん供給して暴れ続けるハロウ。


「バカ!昔のままでも私が終わらせないわよ!それに偉そうに言ってるけどシュンが手術の邪魔をしたからそうなったんでしょ!良い話に置き換えないでよね!」


「……やっぱりダメ?」


「ダメよ!」


 シュウウウン……。


 即座に恋人にツッコミを入れられて出力が落ちるハロウ君。


 彼がちょっと見ないうちに人間離れしたチカラを手に入れたのには理由があった。


 吸血鬼と人間の間に子供を作る為、ヘミュケットにマスターが改造手術を施そうと試みた時のコトである。


 コンドウ邸の梅の間の寝床に全裸で横たわるヘミュケット。

 その横には施術者のマスターと立会人のハロウが居た。


「じゃあ○○○○さん、よろしくおねがいします。」


「よ、余計な所を見たり触れたりするなよ!?」


「はいはい。最初に確認するよ。立ち会うのは良いけど、絶対に邪魔をしないコト。きっと大変なことになるからね。」


 そういって白と黒を混合した汚い色のチカラを放ちながら、彼女に触れていくマスター。ハロウは緊張やら何やらでプルプルしている。


 先程は余計な所云々と言われたが、そもそも全部触れるので余計な所もナニも無い。


「くぅ……うう……ひゃあ!」


「おい!本当に大丈夫なんだろうな!?」


 マスターが施術を開始すると自分の彼女が上げた吐息にムカムカしてくるハロウ君。まあそれは当然と言える。


「静かに。邪魔するなと言ったハズだよ。」


「ぐぬぬ……」


「元が人間だし思ったより簡単に改変できそうだ。それまで辛抱してくれ。」


 ヘミュケットの身体と意思から情報をこねくりまわして生殖機能を取り戻す”因子”を作成していく。それは人間と吸血鬼を結ぶ架け橋となるだろう。


「よし、これを入れて馴染ませて行けば終わりだ。行くよ!」


「う、うん!」


 ガシッ!


 マスターは光り輝く精神力で作った回路を彼女に埋め込もうとして、その腕をハロウに掴まれて妨害された。


「やっぱりだめだ!これ以上ベタベタと触らせるわけには――ぎゃあああああああ!!」


 へミュケットの下腹部にセットされるはずの因子が、マスターの手を掴んだことであらぬ方向へ放出されてしまった。


「シュン、何を!?ど、どうしたの!?」


 マスターの手から放たれた人間と馴染みやすい吸血鬼の因子を、ハロウは左半身でそれを浴び、因子が彼の身体を蝕んでいく。


「まずい、施術中止!ヘミュケットはハル君を押さえて!」


「ぎゃああああああ!!」


「シュン!良いから横になりなさい!○○○○、この後は?」


「侵食されているな。あなたのチカラで侵食を止めて下さい。血液と細胞の操作でなら食い止められるハズ!」


「了解!!」


 ヘミュケットはハロウの胸に手を当ててチカラを注ぎ込む。


 処置が早かったので変質したのは因子を浴びた左半身だけで済み、少しだけ吸血鬼としてのチカラを使えるようになったのだ。不幸中の幸いだったのは、ハロウが女の子にならなかった事だろうか。


 結局は約束を破った上で運良く生き残っただけなので、美談にするには無理のある話である。


 なお、半分吸血鬼になっても食事は変わらない。人間の食事を食べて作られた血肉を、吸血鬼部分が少しだけ吸い上げる事で左半身も満足させている。



「ややこしい身体になったが、結果的には良かったと思ってる!」


「まあね!おかげで並べる肩の距離が縮まった気がするわ!」


 ゾンビをしばきながら絆を再確認する2人。他の一般人は何を見せられているのかと微妙な気持ちになるが、守って貰っている手前何も言えない。


 マスター曰く、この変化は本当に運が良かったらしい。

 以前一般人からの依頼で、立会を許可して同じ様に失敗した例があったらしい。その時は時間と空間が捻れきって直視に耐えないグチャグチャな生物に変化してしまったとか。



「「「ヴァアアアアア、グガアアアアアア!!」」」



 そんな回想をしつつ中央交差点付近までやってきたNT組御一行。しかしそこは更にゾンビ密度の上がったエリアになっていた。


「マズイな。」

「マズイわね。」


 ここを突破するには広範囲の火力が必要だ。つまりヘミュケットの殲滅力が必須。しかし横も後ろからもヤツらが迫って来ている以上、正面に彼女を回せば民間人のギセイは必至。


 かと言ってこのままモタついていればハロウの横をすり抜けていくゾンビも出てくるだろう。そうなれば護衛対象は全滅の可能性もある。


「時間がない、覚悟を決めよう!正面を2人で風穴開けて突っ込むぞ!君達は遅れずついてきてくれ!」


 どちらにせよギセイが出るなら行動は早いほうが良い。そう判断したハロウは吸血鬼の心臓のギアを1段上げて突撃する。


「その決断力、らしいじゃない。みんな、死にたくなかったら走り続けなさい!」


 ヘミュケットは後方へのフォローをやめて、結界周りに溜まったゾンビにコウモリ弾をばら撒いていく。


「ぎゃあああ!」

「うわあああ!」

「ひいいいい!」


 悲鳴とともに何人もゾンビに捕まっていく民間人。


「くっ、うらあああああああ!」


 後方から聞こえる悲鳴を胸に刻みながら「討伐付与」状態の妖刀を振り続けるハロウ。少しでも多く、少しでも早く倒さねばギセイは増える一方だ。


 ブォン!ブォン!ブォン!……スカッ。


 そしてついに中央交差点の結界に到達。目の前に開けた景色が広がっていて、その先にある公園と屋台が確認できた。


「避難所の結界だ!みんな走れ、走るんだ!」


「「「うわああああっ!」」」


 後ろへ振り向き声を掛けると続々と結界の中へ入る一般人達。

 20人いた彼らは8人まで減っていた。脱落した者の中にはコンドルの従業員も混ざっている。



「無事なヤツは屋台へ!店員の指示に従ってくれ!」



 生き延びた彼らを屋台へ誘導して結界の外を睨みつける。


「ヘム!この一帯を殲滅したい。まだ行けるか?」


「もちろんよ!私達にケンカを売った報いを受けさせましょう!」


 上空のヘミュケットの返事を受けて再び結界の外へ出るハロウ。

 彼は許せなかった。ギセイ者を出した事もゾンビ達も、そしてそれらを生み出したミキモトグループも。


 吸血鬼のカップルは悔しい思いをゾンビ達にぶつけ、そのギセイ者の緑色の雫を結界周辺に撒き散らした。



「「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」」



 近場のゾンビを殲滅した彼らが店に入ると、マスターの娘と愛人達に暖かく迎えられる。先に逃した8人はテーブル席で震えながら食事を取っていた。


「なぁ、店員さん。なるべく高カロリーなメニューを頼む。金はいくらでも払うから。」


「おなじくー!」


 エネルギーを消耗しきった彼らはその補充の為にカロリー重視の献立を所望した。ハロウにとっては人間部分が健常でないと吸血鬼側もチカラ不足になってしまう


「かしこまりましたー!マスター代理、オーダーよ!テンラーとステーキと”若い衝撃”2人前入りまーす!」


「はーい。ウケマタワリましたー!カウンターのお席へどうぞー!」


 キリコがカロリー爆撃機な献立を伝えてセツナが答える。金に糸目を付けないとのことで、券売機には無い高額品を忍ばせておく。ちなみにテンラーとは天ぷらとラーメンのセットである。


 その時サクラは8人の民間人達に酒を運びならが様子を伺っていた。


(股割り!?セッちゃんって時々怖い言葉を使うよなぁ。そこが可愛いところでもあるが……ていうか情報提供者じゃないか。)


 サクラは配膳を終えてハロウ達を”視る”と、コジマ通信社を手伝ってくれるバイトの2人組だと気がつく。今日は戦闘モードなので入店時には気が付かなかったサクラだった。


「キリコちゃん、料理は私も持っていく。」

「はいさー!これとこれお願い!」


「「はい、お待ち!」」


 声を揃えて彼らの前にカロリー爆弾達を並べていく。


「ハル君達も駆り出されていたんだね。」


「サクラさんもか。お互い大変だな。」


「私は内勤だし情報収集を兼ねてるから良いけど……そっちはお疲れのようね?」


「まあね。ゴメンだけどご飯いっぱい炊いておいて。私もシュンもちょっとチカラを使いすぎちゃってさ。」


「わかったわ。ごゆっくりどうぞー。」


 回復の邪魔をしないようにサクラはその場を離れていく。話を聞いていたセツナが米を洗い始めていた。


「「いただきます!」」


 2人は宣言通りに料理を身体に取り込んでいく。ものの数分で4人前を平らげた2人はおかわりを要求。特にステーキと若い衝撃が気に入ったようで、それをオカズにごはんをたらふく食べていった。


「うはー、良く食べますね!どこに入ってるんですか?」


 セツナが目を丸くして思わず尋ねてしまう。その素直な感想に思わず苦笑いの一同。


「マスター代理。素直なのは美徳だけどそういう時は健啖ですねって褒めてあげた方がお店的には良いわよ。」


 2号店の副店長として雰囲気に気を使うサクラが優しく教えてあげる。


「はい!ケンタンですね!覚えました!」


「「「かわいい……」」」


 素直なセツナに思わず魅了されてしまう店内一同。生存者達も震えが止まったようで何よりである。


「シュン、私達もいつかこんな子が欲しいわね。」

「ああ、頑張ろうな。」


((なんであの魔王からこんな良い子が生まれるのかは謎だけど。))


(まったくよね。)


 カウンターの2人の心をなんとなく読み取ったサクラは、同じく心の中で同意した。



 …………



『トキタさんが援軍を要請してます。市民ホールへ向かって避難民を守って下さい。』



 23時頃、思念を飛ばす特殊な携帯を使ってマスターから次の指示が届いた。水星屋でたらふく補給を済ませたハロウは立ち上がり、支払いを済ませる。


「マスターから……また仕事?」


「ああ、市民ホールの避難民を守れだとさ。今度は拠点防衛戦ってことだな。要請者はトキタって言ってたから第二の魔王との連携になると思う。」


「わーお、大物だねぇ。それじゃぁやったりますか。セツナちゃんごちそうさまでした!」


「またのオコシをお待ちしてます!」


 ヘミュケットも席を立って入り口へ向かおうとすると……。


「すまん、誰かこの子を頼む!」


「むーー、むーーー!」


 今話題に出していたケーイチが、むーむー言ってる女性を抱き抱えながら入店した。


「私が見よう。ハル君達は早く行った方が良いだろうし。」


 サクラがむーむーさんを受け取って奥のテーブル席にて介抱を開始する。彼女のチカラなら状況確認も素早く出来るだろう。



「あんたが第二の、だよな?オレ達も今から向かう所だったんだ。よろしくな。」


「ハルとヘミュケットよ。よろしくね。」


「ああ、よろしく。というかまだ向かってなかったのか!?あれから何分も経ってるだろう!」


「え?今聞いたばかりなんだけど……」


「まあいい、急ごう!さっきも言ったが駅が変形して暴れてるんだ!」



「「「!?」」」



 お互いに齟齬を感じながらも、火急の仕事なのは解った。慌てて3人は水星屋を飛び出し、市民ホールへと向かう。


「もっちゃん聞いた!?駅が変形だって!ロボかな、ロボかな!?」


「ええ、これはヨダレが出そうなお話ね!」


 厨二的な意味で喜ぶキリコとオカルト情報的な意味で喜ぶサクラ。


「もう、お姉ちゃん達?お客さんを忘れちゃメッ!だよぉ。」


「「失礼しましたっ!!」」


 セツナの指摘で我に返った2人。慌ててむーむーさんの介抱に戻るサクラと、おしぼりとお品書きを用意するキリコ。


「むーーー?」


(ここが水星屋?ず、ずいぶん個性的なお店なのね……)


 ケーイチに連れてこられたショウコは、ジンジンする舌を気にしながら彼女達を観察していた。



 …………



「なんで駅が動いたんだろう。」


「妙な水をたっぷり吸ってるからじゃない?」


「かもな。それに物理無効はよく分からないままだし……」


「え?物理無効って!?」


「これもさっき連絡を入れただろうが。」



「「??」」



 水星屋から西の市民ホールに向かう中で、またしても齟齬が出る両者。これは連絡ミスというには奇妙な物を感じる。


「なあ、さっきからオレ達の知らない話が――っと電話だ。」


 この非常事態、通信も切られた街で通話が在るのはマスター絡みしかありえない。なので躊躇なく通信に出るハロウ。


『ケーイチから援軍各位へ!駅が変形して住宅街を歩いていやがる!市民ホールの守りを固めてくれ!オレは破壊できないか試してみる!』


 思わず足を止めてケーイチをマジマジと見るハロウ。本人がここに居るのに同じ声の主から電話でメッセージが送られている。


「おいおい、ケーイチさんよ。今になって例の連絡が来たぜ?」


「なんだと!?」


「なにそれ、ドッペルゲンガー!?」


 2人とも止まってハロウの下へ寄ってくる。


「お、まただ。これじゃあ通話と言うか音声メールだな。」


『ケーイチから援軍各位へ!駅が市民ホールに向かってる!こっちは生存者を届けてから向かうから、しばらく頼む!だが気をつけてくれ、やつは物理攻撃を無効化するぞ!!』


「なるほど、これが言ってたやつか。」


「おかしい。リアルタイムで援軍全員に伝えるように設定したハズなんだが。」


 もしかして操作ミスった?と焦りながら考えるケーイチ。


「ということは……○○○○の方でソレが出来ないナニかがあったってコトかな!?」


「かも知れん。だがマスターなら大丈夫だろう。あいつはアレでも非常識な強さを――むっ?」


 ヘミュケットの言葉にその可能性はあるなと納得した彼だが、特段心配はしていない。その時3人の携帯から念波が発せられる。


『こちらクリス!バカでかい駅と交戦中!特殊部隊の2人が、コスプレイヤーと一緒にお祭り騒ぎで戦っている!物理どころか霊矢も効果が薄めだ。急いでくれ!』


 どうやら別の援軍には伝わって居たようで、すでに交戦中らしい。


「既に戦闘は始まっている!急いで市民ホールに向かおう!」


「「了解だ!」」


 こうして3人は市民ホールでの戦いに参戦するのであった。



 …………



「特殊部隊の負傷者?性別は?」


『男だ。』


「なら空間を凍結して、今から送る座標へ転送しておいて下さい。後で治療します。やり方はアプリにして直接、脳に送りますよ。」


『脳に!?……了解した。』



 街の北に在る浄水場近くの上空。そこでマスターはケーイチからの負傷者治療の依頼を受けていた。


「街はもうズタボロだけどこれ以上、原因の排除を先延ばしにする訳にも行かないしね。多少は後回しにさせてもらおう。」


 マスターは地上へ降りると目の前に2人組の男が現れた。彼らはサプレッサー付きのライフルを装備していて、無言で狙いを付ける。


 カタタタタン!カタタタタン!


「いきなり発砲とはご挨拶だな。」


 ズガガガガアン! ドッゴオオン!!


 その全ての弾丸を次元バリアで防いで男達へアナコンダを撃ち込むと、着弾した弾丸が周囲の空間ごと炸裂して緑色の花火を咲かす。


「この人達もクスリを使って強化してるのか。でも普通の隊員なら何も問題は無いね。」


 マスターは特に気にする素振りもなく彼らの後ろの浄水場へ近づく。


「む?トキタさんから?何か問題でもありました?」


 再び着信があって応対すると、少し焦った感じの声が聞こえてきた。


『マスター、特殊部隊の連中が大変そうなんでな。ちょっと援護しに行こうと思う。それで援軍も要請したいんだが、大丈夫か?』


「構いませんよ。場所と規模は?」


『この位置だと……市民ホールに、ありったけ頼む!あそこにゃ避難民が大勢居る!』


「解りました。もし治療が必要になったら連絡下さい。」


 そう言って通信を切るマスターだったがチカラで作った液晶画面を見て違和感を覚える。


(うん?時間がおかしいな。)


 携帯の時計は88時88分88秒になっている。

 着信履歴の表記も順番が違い、先程治療を頼まれた時間よりも前の時間から今の電話が掛かってきていた。


(この場の時間が歪んでいる?とにかくまずは連絡しておくか。)


 マスターは今夜かき集めた仲間達に連絡すると携帯をしまう。


(時間を歪める程の何かか。○○○、イザとなったらロードを頼むよ。)


『はい、解ってるわあなた。どうか気をつけてね。』


 妻にクリスタルの準備をしてもらってマスターは浄水場の入り口に立った。そこには鍵が掛けられているが、掛かってない時間に設定して侵入していく。事務所らしき部屋へ入ると、数人の遺体が転がっていた。


「可愛そうなことをするなぁ。そうまでして事件を起こして……。オレより人間の方がよっぽどエグい真似してると思うけどなぁ。」


 精神干渉の黒モヤで読み取って緊張感の無い感想を漏らすマスター。だがその感想を受け入れられるかは人によるだろう。


(とは言え、ここの人達は好感が持てるな。脅しに屈しないのは素晴らしい。む、1人連れて行かれてるな。)


 銃を向けられながらも責任感のある行動を取った管理責任者に称賛を送ると、案内役として男が連れて行かれたことを知る。


 その思念の残滓を追って階段を登ると浄水池が見渡せる場所へ出る。


「「「―――――!」」」

「「「―――――!」」」


 そこは多くの黒い思念体が漂い声にならない声が飛び交っていて、雰囲気重視のお化け屋敷のような異質な空間になっていた。



「どうやら当たりのようだな。どれ、触媒とやらを探してみよう。」



 マスターは思念体の集まる方へとテクテク歩いていく。手前から2つ目の水槽が濃度が高く、次元バリアで強引に分け入っていく。


 だがそこへ思念体が集合してきて彼の周りを取り囲む。だからと言って問題があるわけでもないのだが、少々鬱陶しい。


(よく解らない現象だな。こういう時はまず、相手を知るのが勝利への近道だ。少しその辺を探ってみよう。)


 ブオンッ!


 チカラを篭めた腕の一振りで思念体を弾いて来た道を戻ると、彼らはそれ以上追ってこないでまたふよふよと漂っている。


 集まってはいるが、干渉しなければ何もしない。漂うソレらは謎の挙動をしていた。


(ますます意味がわからないがこっちはこっちの仕事をしよう。)


 そこらの思念体と似たような色のモヤを放つと、比較的新鮮な反応を見つけた。


「む、あの屋上に女の残留思念?」


 宙に浮かんで水質管理室の屋上に着地すると、精神干渉で調べていく。


『ふぅ、いい風ね。それに水がとても綺麗。」

『でも、やっぱり違うのよね。もうあの約束が――』

『カタキが魔王だなんて、復讐も難しいし――』

『ん?なにこのミシンみたいな音。』


(この子がシズクか。ようやくここまで近づけな。)


『何かしら?職員さんの揉め事?』

『な、何なのあの人達。人を、職員さんをころして――」

『あの手振り、私を逃がそうと!?うう――』

『あっ!!ミキから!?い、今は切らないと!』

『ひっ!!』


「ふんふん。友達からの電話とは不幸なタイミングだったな。それはともかく職員さんに話を聞いてみよう。」


 浄水池の前に降りて彼の思念を探すマスター。物陰に放置されていた遺体を調べると、強力な思念が残っている。


「叶うハズのない組織に体を張って抵抗する、か。無謀で愚かではあるが、稼いだ数秒の時間で難を逃れた者も居たことだろう。なら、救済のチャンスがあっても良いよね。」


 ちょっと格好つけた事を言ったかと思えば、軽いノリで復活を試みるマスター。かざした手からチカラを放ち、目の前には半透明の職員さんが無傷で立っていた。


 強い思いが原因で地縛霊になっていたのが幸いしたようである。


『ここは!?オレは撃たれて……何故生きている!?』


「おはようございます。気分はどうですか?」


『君が助けてくれたのか?そうだ、水は!街はどうなって――』


 自分が助かった事より、街の心配をする職員さん。マスター的にはだいぶ好印象である。だからこそ嘘偽りなく伝える事にした。


「隠しても仕方ないので言いますが、どちらもほぼ最悪、街は大量のゾンビが暴れて壊滅状態と言えるでしょう。」


『そ、そんな……オレ達が不甲斐ないばかりに……くうううっ!』


「あなたが気に病む必要はないよ。悪いのは薬液を混入させた連中だしね。」


『そうだ、あの連中はなんと言う事を!政府は何を考えてるんだ!』


「それはこの後、問いただします。それより――」


『そうだ、シズクちゃんは!ああ、時々ここに見学に来る子がいて今日も来ていたんだ!彼女がどうなったか知らないか!?』


「オレも彼女の両親に頼まれてその子を探してます。残留思念を読むに、あなたが撃たれるのを見て逃げようとしてましたが……」


『そうなの、か……?いやちょっと待て!その怪しい服装に思念を読む?それに壊滅した街を移動してきた……まさかキミは!』


 ここまで街やシズクに気を取られていたが、目の前の男は怪しい。とても怪しい。その事に気付いてしまった職員さんはマスターに詰め寄ろうとする。


「誰だとしても、あなたには何も出来ませんよ。それよりこの施設の停止をお願いできますか?」


「ぐっ……そうだな。あんたが何を考えてここに居ようと、これ以上の毒物の拡散は防がないと……」


「大変結構。では最後まで治療を施しますね。」


 話の通じる若い職員さんに気を良くしたマスターは、白い光を彼の”足元の死体”に放って半透明の霊体と合体させる。


 光が収まると完全生身の職員さんが立っていた。


「なるほど、意識だけ戻して協力しなければ処分するつもりだったんだな。」


 自分の立場を理解した職員さんはじろりとマスターを睨む。


「何のことでしょう。オレはただ、生きるチャンスをあげただけですよ。」


「ふん。まあいいや。蘇生感謝する!さっそく施設は止めてこよう。でも配水池の分もあるから多少はタイムラグが出る。それは容赦してくれよ。」


 自分の姉の事で思う所があれど、治して貰えたのは事実。そんな事より施設を止めるほうが大事である。


「ええ、それでも先ずは元を絶たないとね。」


 ここまで街がボロボロなら配水池分くらいすぐに消費されるに違いない。


「じゃあ行ってくる!」


「それでは引き続き調査を進めようか。」


 マスターは職員さんを見送ると、思念体の漂う水槽へ向かうのだった。



 …………



(マズイな。仲間と合流も出来ず、メグミの体力も限界だ。)


(ユウヤは連戦で疲れている。私が支えないといけないのに!)



 重い装備とメグミを背負って歩き続けるユウヤ。両者とも口数が減っており、お互いの呼吸音で状態を察してなんとかしなければと動きの鈍った思考を働かせようとする。


 スマホに取り憑いたメリーさんも沈黙を守っている。化物戦で立ち上がった時のご褒美についても言及は無い。


 ジリ貧で満身創痍な彼らだったが、幸いにしてゾンビの数が非常に少なかったのはありがたかった。彼らは知らないがハロウ達NT組が怒りと使命感に任せて殲滅したのが効いていた。


「ふぁ~~、ユウヤ?そろそろハルって人の言ってた中央交差点に着くわよ~。」


 スリープモードから目覚めたメリーさんが現在位置を知らせてくる。電波は復活してないが、メリーさんの位置特定能力によるモノかもしれない。


「うわっ!この辺、肉片だらけじゃないか……靴に染み込んで来ないだろうな?」


「私達の靴はそんなヤワな作りはしてないでしょ。ってごめんね。私だけ楽しちゃってるし……」


「気にすんなって。こんな上を彼女に歩かせられるかよ。」


「はうっ……」


 顔に朱をさして照れるメグミはぎゅーっと腕に力を込める。

 ユウヤもその反応に照れて顔を上げて歩いていく。するとこの場においては似つかわしくないモノを見つけた。



「んん、なんだ?あんな所に屋台があるぞ。あれが避難所?」


「え……ん?ああ!ああああ!あの屋台はッ!?!?」


 よく解らない場所に存在し、赤い幕に金の刺繍で「水」の文字。


 メグミはユウヤの頭の左右から交互に5度見して、頭の中で雑誌やアケミやネットで仕入れた情報と照らし合わせて1つの結論を出す。


「まさか、伝説の水星屋がこんなところに!?」


「水星屋?いくらなんでもこんな日のこんな所には……」


「ユウヤ、行ってみましょう!は、はやく!はやくうう!!」


 メグミは興奮してペチペチとユウヤの胸や肩や顔をタッチする。


(急に元気が出てきたな。そろそろ休みたいとは思っていたところだし、まあいいか。)


 背中でボルテージが高まって身振り手振りが大きくなる彼女を背負い直すと、ゆっくりとその屋台に入っていく2人だった。



「「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」」



 23時30分頃。水星屋へ入店した2人とメリーさん。可愛い店員さんに

 歓迎の挨拶をされる。


「ここが伝説の店、かぁ。」

「ほえ~~~……」


 2人してキョロキョロして店内を確認する。厨房には銀髪割烹着の女の子。目の前にはメイド姿の小さい女性。奥には何故かスーツにエプロンの女性がカウンターの客の相手をしている。


 テーブル席の奥にはへべれけになった8人の客がいて、カウンターには看護師姿の女性がスーツエプロンの店員の接客を受けているのを確認する。きっと彼らも避難してきた者達なのだろう。


((あれ?あの人アケミさんの同級生さんじゃ?))


(あ!お客さんが何かを期待している目をしている!)


 不思議な表情で見回していると、セツナが何かを察してキリコに

 コソコソと声を掛ける。


『キリコさん、例のアレ!早く早く!』

『ちょっとセッちゃん、あれはもう封印したのよ。』

『マスター代理命令です。お願い、やって?』

『ぐぬぬ……』


 可愛いおねだりポーズでの命令に圧されたキリコは、仕方なくお客さんの前に出る。


「よく来たわね、悪に立ち向かう冒険者よ!この漆黒のキリコ・ヴォーパル・シュガーが今宵のお主を導いてやろう! まずはそこな横たわる竜のアギトに白銀の供物を3つ以上捧げるが良い!」


 全身を使った格好可愛いポーズをビシっと決めて、カップルの前で昔の接客口上を披露するキリコ。


「そして手に入れた通行手形を我が手に献上し、地獄の――」


「ほ、本物よ!ホンモノの水星屋だわッ!!」


「えー……っと。えー……」



(ううう、はずっかしいよおおおおっ!)



 目を輝かせるメグミと反応に困るユウヤ。そのリアクションに耳まで赤くなるキリコ。その時ズズイとメグミが前に出て顔を近づける。


「あなたがキリコさんですよね!話はアケミさんから聞いてます!」


「ええ!?」


「キャアアアア、ホンモノだああああ!!」


 興奮し過ぎなメグミがキリコに抱きついてブンブンと振り回す。小さいキリコは振り回しやすいのだろうか。


「ほあああああ……」


「アケミの知り合いか。これは賑やかになりそうだなぁ。」


 いつぞやのアケミの行動と同じことをするメグミを見て、期待が高まるサクラ。


「弟子の方も、まるでアケミみたいな子なのね……」


 ショウコは「退屈」が手を降って世界一周旅行に出ていく姿を幻視して、遠い目になる。それ事体は良いのだが一般人としては、今夜はもう充分に充実した時間を過ごしているので勘弁願いたい。


「おいメグミ、あまりはしゃぐなよ。周りに迷惑だろ!オレが食券を買っておくから、先に大人しく座ってろよ!」


「はっ!?はーい!ごめんなさい、ちょっと興奮しちゃいました。」


「はうあああ……コホン。奥の席へどうぞ―!」


 メグミはキリコを床に置くと、奥へ案内される。その席はショウコのお隣で、先程の言葉を聞いての心遣いからである。決して知り合いらしきお客さんに押し付けようと思ったワケでは無い……と思う。


「オトナリ、失礼しまーす。」


「また会ったわね。あの時はありがとう。」


「いえいえ、看護師さんも無事で良かったです。」


「ショウコよ。あの時は――」


 ショウコがテキトーな言い訳をしようとした時。


「うわっ、なんだこの安さ!これで本当に良いの!?」


 券売機を確認したユウヤが5000○札を握りながら驚きの声を上げる。

 こんな場所の店なので殺人的なお値段も覚悟していた彼だったが、平時相場の半額前後の値段に驚いている。


 ちなみに普段はカード払いが中心の特殊部隊。地方出張時には現金のみのお店も多いので、今日は持ち合わせがあったのだ。


 彼の反応にセツナが代表として店のシステムを伝えていく。


「タンピン300○でセット・定食500○でお出ししてます!替え玉は2玉まで、ごはんもたっぷりおかわり出来ますので、いっぱい食べてくださいね!」


「おおおお、なんて良い店なんだ!遠慮なく食うぜッ!」


 感激したユウヤはお金を入れて券売機のボタンを勢いよくポチポチ押していく。


「わーい!毎度ありがとうございます!」


 売上げアップはマスター代理の実績となり、お小遣いアップにも繋がるので大喜びなセツナ。


「ちょっとユウヤ、落ち着いてよ!そんなに食べられるの!?」


「「なかなかお似合いのカップルじゃない。」」


「お騒がせしてすみません……」


 サクラとショウコに同時に突っ込まれて真っ赤になって小さくなるメグミだった。



 …………



「若い職員さんは治療したし、政府の怖い人達ももう居ません。ここを通して貰えないですか?」



 88時88分。事情を知ったマスターは再び怪しげな思念体に囲まれていた。とりあえず今は危機的状況ではないことを思念体に伝えて目的の水槽への通路を通ろうと試みる。


『『『――――!』』』


(あれ?関係者の幽霊か何かだと思ったけど、違うのか?)


 尚も纏わり付いてくる黒い思念体に、自分が勘違いしていたかもしれないと思い直すマスター。


「君達は何故、集まっているのか。事件の関係者じゃないのか?」


『ヨバレタ。』

『タオスタメ。』

『カイホウ、サレルタメ。』

『ゲンダイノマオウ、タオス。』


「オレを?呼んだのは誰だい?」


『ワカラナイ。』

『オンナノコエ。』

『デモ、ミアタラナイ。』

『サガシテイタ。』

『デモ、マオウガ キタ。』

『ワレラデハ、ハガタタナイ。』


「そりゃあ無理だろうな。ちょっと調べたいからどいてくれ。君達も、呼びつけた人も分からないでオレとガチでやり合おうなどとは思わないだろう?」


『『『…………クスン。』』』


(あれ、ちょっと可愛げが出てきたな。いやいかん。この手の相手に油断は禁物だ。すぐつけ込んでくるからな。)


 マスターに集るのをやめた思念体はまたウロウロし始める。

 ちょっと可愛そうに思うが仮にも自分を狙ってる相手には注意が必要だ。


 通路を進むと強力な残留思念を感じたので、その位置を黒もやで調べてみる。



「さーあお嬢さん、いい子だからこっちに来るんだ。」



 11時頃。マスターが今より12時間程前の思念を読み取りを開始。

 すると制服姿のシズクが黒服の男に羽交い締めされて、この通路を引きずられている映像が見えた。

 一人称視点ではないのは、当時のこの場の複数の思念を使っての再現VTRの為である。


 シズクはパタパタと暴れるが、ロックが外れる様子はない。


「離して、この人殺し!」


「なるほど、お嬢さんは見なくても良いモノを見てしまったようだね。素直に学校に行っていればこんな事には……まぁ自業自得と思って、諦める事だね。」


 もう1人の黒服が禍々しい色の液体が入った注射器を手にしながら近寄っていく。

 暴れる彼女のお腹にそれを刺すと一気に中身を投与する。


「痛ッ!何を射ったの!?」


「お嬢さんは人柱になる事が決定したんだ。ここの職員は全員、居なくなってしまったからね。」


「ヒトバシラ!?いや、いやああああ!」


「こら、暴れんじゃねえ!」


 不穏な単語にジタバタと暴れるシズクは、注射器を持った黒服を足で蹴り飛ばす。綺麗にお腹に入った衝撃で注射器を落としてしまう黒服Aさん。


「おっふ……綺麗な足だ。人によってはご褒美かもね。そんな元気なお嬢さんにはどうやら注射だけでは足りないようだな。」


「キャッ!うぐぐぐ……」


 彼女を羽交い締めにしていた黒服Bが、膝カックンから体重を掛けてシズクを膝立ち状態で押さえつける。そこへ黒服Aが緑色の液体の入った瓶を片手に、シズクの口を開けさせる。


「――――ッ!――――ッ!」


 彼は瓶の中身を無理矢理彼女に流し込んで飲み込ませた。


「どうだい、特濃の薬液のお味は。」


「なんなのよぉ……ゲホゲホッ!ちょ、なにを――」


 むせ返るシズクの両腕を取ってインシュロックで後ろ手に拘束する黒服B。小型のナイフを出してフトモモ辺りを突き刺す黒服A。


「あああああああああああッ!」


「これで仕込みは完了ですね。では……いっせーのッ!」


(やだ、何する気よ!やめて、やめなさいよッ!!)


 泣き叫ぶシズクの腕と足を2人で掴んでブランコのように勢いをつけて――。



 そこでマスターは思念の再生を中断した。とても最後まで見る気には

 なれなかった。


(これが政府のやることか。なんて悪趣味な……)


 彼は言いようのない気持ち悪さがこみ上げ、吐き気を怒りに変えて耐えていた。


 イザとなればもっとエグイ事をするマスターではあるが、それなりの理由あっての行動である。この場合は黒服達も理由あっての事だったが、あまりにシズクが不憫であった。


 prrrrr prrrrr


『お父さん大丈夫!?なんかゾワって来たんだけど!』


 最低な気分になっていた所、連絡を入れてきたのはセツナだった。

 こういう時は妻の○○○がケアしてくれるのがお決まりだったが、娘のセツナにも察する何かがあったのだろう。


「ああ、大丈夫だよセツナ。ちょっとニンゲンのニンゲンらしさを再確認していたトコロだ。……それより店はどうだい?」


『う、うん。こっちは平気だよ!お客さんも来てくれて、今はキリ姉さん達とお話しながらごはん食べて貰ってます。』


「そいつは良かった。頑張ってくれよ、マスター代理。」


『はーい!』


(お父さんは大丈夫って言ってたけど、心配だしエイゾウをオンにして様子をみてようかな……)


「構わないがお客さんに失礼の無いようにね。」


『う、うん。頑張ってね!』


(しまったー!お父さんには隠し事が出来ないんだった!)


 考えてることがバレバレなセツナは、厨房の隅でワタワタしながら父親の雄姿を見守るオシゴトに入るのだった。



 …………



「ギュアアアアア……?」

『私はどうなって……?』



 1面緑色の水槽の中、化物としか言いようのない生物が蠢いている。

 ここに入れられた時は息が苦しく刺された足には激痛が走り、この世の終わり、自分の終わりを感じていた。


 しかしあれからどれだけ経ったのか、気がつけば息苦しさもケガの痛みもない。手を拘束していたインシュロックも簡単に千切る事が出来だが、ここから出ようにも身体は上手く動がなかった。


(な、何この身体……これが私だと言うの?)


 水槽の中の化物、ミズハ・シズクの身体は大幅に変化していた。

 上半身はまだ良い。色は新手の皮膚病のような恐ろしいモノになっているがニンゲンのカタチを保っている。問題は下半身だ。


 巨大な芋虫のようなソレが腰下から伸びていて、この水槽の奥まで続いている。その前方には縦割りの巨大な口と牙があり、自分でもよく解らないカタチの足が何本か生えていた。


(これじゃあ、ここを出ても家には帰れないじゃない……)


 シズクは他のゾンビと同様にある程度の意識は有ったが、グレードアップしてしまった身体の動かし方が分からない。動けたとしてもその先どうしていいかワカラナイ。


 観察していると、ニンゲンらしい上半身だけでなく、芋虫の口から水を吸い込み吐き出すという行動を自然と行っていた。どうやら化物の身体の呼吸のようなモノらしい。


(お兄ちゃん。私はどうしたらいいの?ニンゲンをやめさせられて、あなたの側にも行けない。ううう、こんなの嫌だよぉ……)


 大好きな兄の事を想いながら絶望に苛まれて身も心も沈んでいる彼女。

 だが不意にその身体が”浮き上がった”。


(うぇ!?身体が縛られている!?うわわわわわ……)


 彼女の身体は白い鎖に縛られて、上へ引っ張られていた。



 ザバアアアアアン!



「グアアアア!?」

『うひゃああ!?』


 すぐに水面を突破して水槽の”へり”に芋虫の顎?の部分を乗せて、前足も乗って身体が安定したところで白い鎖が外れていった。


 シズクは数時間ぶりの空気を受けて、上を見上げると満点の星空……とは言えず、くすんだ曇り空とおどろおどろしい空気が漂っている。


 殆ど明かりのないこの場所でそれがハッキリ見えるくらいには、彼女の目もバケモノになってしまっていた。


 ガボガボ、ガボゴボ、ゴボボボボ……。


 芋虫の口から大量の水が吐き出されていく。それを真正面から受け止めている黒ずくめの1人の男が居た。正確にはバリアのようなモノで弾いていた。思わず誰だろうと見つめてみる彼女。


「あなたがシズクさんですね?オレは何でも屋を営んでる者で、あなたのご両親からは捜索依頼を受けています。落ち着き次第、家に帰りましょう。」


 男は目が合うと、自分を探していた事を伝えてくる。


(お父さんとお母さんが、心配してくれている!?)


 シズクはとても嬉しい気持ちが浮かんで来たが、同時にとても深い悲しみが襲ってくる。


『あなたが動けない私を助けてくれたのね?それは嬉しいのだけど、ダメなんです!もうニンゲンじゃなくなったみたいで……』


「大丈夫、オレは何でも屋だ。すぐに元に戻してあげるよ。そうしたら家に帰ってハッピーエンド。平穏な毎日を送るんだ。」


 バケモノになったことが何でも無いような言葉を紡ぐ黒ずくめ。見た目は怪しいがウソを言ってるような素振りは見えない。


『本当に……私、家に帰れるの?友達ともまた会えるの?』


 目の前の男からは真実味を感じていたシズク。すがる希望に高まる期待。それが徐々にシズクの絶望を晴らしていく。


 これはマスターの話術やらなにやらが覚醒しちゃったワケではなく、単純に黒モヤで意思疎通を取ってるから出来ているだけである。


 実際シズクは人語を話していないし、昼間の出来事から人をまともに信用できる精神状態ではなかった。その心と言葉の壁をぶち抜いてマスターは説得しているのだ。


「もちろんだ。その為にオレが派遣されたんだからね。」


(凄い!こんな凄い人に頼むなんて、お父さん達は私の事を……。帰ったら謝らなくちゃね。あとミキちゃんにも連絡して……)


 珍しく説得が上手く行きそうな雰囲気に、マスターも思わずほっとし始めたその時。



「おーい魔王さんよ、言われた通り施設を停止させたぞ―!次はどうす、れ……ば……?」



 任務をこなして次の行動を話し合いに来た職員さん。濾過池のへりに鎮座するデカい生き物を見て固まってしまう。



「ま・お・う?あんたが、お兄ちゃんを殺した……?」



 思考が停止して感情が激流の準備を始めたシズクは、職員さんから黒ずくめへゆっくり視線を移してプルプルと身体を震わす。


(あーあ、せっかく穏便に送り届けようとしたのになぁ。)


 マスターはまたも説得に失敗したことを悟り、ため息を堪える。

 これ以上幸せを逃してたまるかという、自身の自業自得へのせめてもの無駄な抵抗だ。



「うわあああああ、シズクちゃん!?シズクちゃんがバケモノに!?」



 思考停止が終わってすっ転びながら逃げていく職員さん。それを目で追ったシズクは心臓の鼓動が早くなる。だがそれは決して悲観したモノではなかった。


 ドクン。


(わたし。いま、ばけものになってるのよね。)


 ドクンドクン。


(ただのおんなのこじゃない。おとなが、にげだすちからがここに。)


 ドクンドクンドクン。


『そうよっ!今の私はニンゲンを越えたチカラが在るのッ!』


 ドクドクドクドクドク……


『これなら魔王だって!お兄ちゃんのカタキだってとれるッ!!』


 シズクは”前足”に力を籠めてズズイと前へ身体を突き出す。

 意思疎通の為の黒もやの副次効果で、変化した身体の使い方が解ったらしいシズク。マスターに顔を近づけて精一杯の気持ちを叫んだ。



『殺してやる!お前だけは必ず!!』



「こうなっては仕方がないね。一度大人しくさせてから何とかするとしよう。」


 呑気な言葉で呪詛を受け流しつつ、マスターは構えをとるのだった。



 …………



「グオオオオオオッ!」

『くらえええええッ!』


 ドゴン、ドゴン!


 シズクは筋肉質な前足で黒ずくめの現代の魔王を踏み潰そうと試みる。

 魔王はバリアを斜めに張って受け流し、黒く太い足は通路に刺さる。

 その間に彼はシズクの状態を観察する。


(まるで蜘蛛みたいな足だな。前とそのすぐ後ろに2本。どうやって増えたんだろうな…‥)


『てええい!』


 ペチペチンッ!ペチペチンッ!


 超巨大な下半身に比べてとても人間らしい上半身を魔王に近づけて平手打ちをしてくる彼女。次元バリアからは可愛らしい音が聞こえてくる。


(音だけは可愛いけど、一般人なら首がトんでる威力だ。ミキモトは女子高生をテロリストにする気か?)


 阿呆な事を考えながら魔王は攻撃を凌ぐ。しびれを切らしたシズクは身体をひねる。


『おりゃああああ!』


 4本の足で身体を拗じらせると、直径3M、長さ15Mはあるであろう芋虫の尻尾部分を振り回す。


 ブオン!ブオン!ブオン!


 魔王はバリアを斜めに張って逸していく。彼なら避けるのは簡単だが敢えてそうはしない。


(うーん、女の子の上半身に大口と4本足のついた芋虫か。水陸両用らしいし、コレも広義では人魚扱いなのかな。キレイな人魚はファンタジー世界だけなのかなぁ。)


 ヨクミとそのファン達が聞いたら大激怒しそうな考えをしながら、魔王はシズクの攻撃に付き合っている。


(保護対象を殺すわけにも行かないし、どうしたものか。)


(あのお姉ちゃんが可愛そうなのは分かるけど、あのお口が気持ち悪いよぉ。)


 様子を見ているセツナが怯えている。縦割り開きだし細かい牙も生えているし何より大きいのだ。生理的に嫌悪感が生まれるのも無理はない話である。



『どうやら手も足も出ないようね!いつまで耐えられるかな!?』



 シズクは嬉しそうに魔王に新しい力を振るっている。化物化初日でここまで動けるなら大したものだ。だが……。


「薬液で強化してても、シズクさん本人にはチカラは発現していないみたいだね。これなら時間の問題か。」


『勝手な事を言って、勝手に殺して……ソレで楽しいのか、現代の魔王!!』


「貴女も随分、楽しそうだったけどね。」


 激昂する相手にまともに付き合ってもストレスが貯まるだけで意味はない。なのでいつも通りテキトーな返しをする魔王。そういう相手は放っておけば勝手に自滅するモノだ。


『バカにしてッ!これでも喰らいなさい!』


 シズクは一旦濾過池に潜ると、芋虫の口を出して全身で身体を収縮させる。そのままポンプの要領で巨大な口から緑色の水を放出した。


 ブシャアアアアアアッ!!


 消防車の放水の比でない威力の水が魔王を襲うが、あっけなく

 次元バリアに弾かれていく。空間そのものを弄ったバリアには

 汚染された水もその水圧も魔王に届かせない。


(取り入れた水を体内で汚染させて排出する事で、水槽の汚染濃度を保っていたのか。触媒・人柱とはよく言ったもんだな。)



『ふふん、どうかしら!もう一度よ!』


 ブシャアアアアアアッ!!



『あのお姉ちゃん、人間っぽい部分に口が有るよね?じゃあ、あのおっきい口の方はもしかして……?』


 セツナが恐る恐る聞いてくる。魔王は時間を止めて、ちょっと間をおいて答えを考える。


(位置的に、これ以上見せるのは教育上良くないか……?)


『歯が生えてるしなんか怖いよぉ。大人ってみんな、ああなるの?』


『そんな事はないさ。危ないクスリで化物になっちゃっただけだよ。』


『でもでも……』


『あの口からクスリとウイルスの混ざった水を排出して、それを使った街が大変な事になったんだ。』


 あまり身体的な方へ言及すると娘にトラウマが出来そうだと判断した魔王は、事件的な話へスライドさせる。


『どうやら効いているようね!喰らいなさい!』


 ブシャアアアアアアッ!!


 魔王が身動きしないことから、もう少しで倒せると思いこんでいるシズク。彼女は渾身の放水を続けて放った。だがそれは別の意味で、彼女の尊厳的な意味で自殺行為だった。


 その映像をマジマジと見たセツナはもうその攻撃はアレにしか見えなかった。



『じゃあこの街の人達って、お姉ちゃんの”おしっこ”を飲んでゾンビになっちゃったのーー!?』



『『『ブッファァアアアアアアアアアア!!』』』



 思わずこの事件の真相の一端を大声で叫んでしまったセツナ。

 大勢が盛大に何かを噴き出す音が聞こえてくる。


『こらああああ、マスター代理ィィィイイ!!』


『ひゃあああ!!』


『言葉に気をつけなさい!お客さん達、全員噴き出しちゃった

 じゃないの!飲食店を経営する自覚を持ちなさい!!』


『『『ゲホゲホッゴッホゴホッ!』』』


 キリコのお叱りの声がここまで届き、お客さん達の咳き込む声も

 薄っすらと聞こえてきた。


『はう、あぅあぅ‥…ごめんなさあああああい!!』


『セツナ?後でとても大事な話がある。心しておくように。』


『はーい……クスン。通信終わります……』


 さすがの親バカ魔王もこれは見逃せない。後でたっぷりと時間を

 取って教育しようと決意した。


(だが、これは使えるか?)


 良からぬことを考えた魔王に、シズクがバタフライ泳法で近づいてくる。その迫力だけは中々のものと言えた。



「グガアアアアゴア!?ガアアアア、ガアラアアアア!」

『これから死ぬって時に現実逃避!?あっはっは、情けない姿ね!』



 彼女は3連放水で魔王は弱りきり、後はトドメを刺すだけのつもりだった。彼女には彼とセツナの会話は聞こえてないので、動かない彼を勘違いしたようだ。



『トドメよ!噛み砕いてやるッ!』



 シズクはそう宣言しながら下の大口を左右に開いて、魔王の全身に

 ガブリと牙を立てる。


 ガシガシッ、ゴボゴボ……ガシガシッ!


 左右から牙で噛みつかれ、その口の奥からは汚染された水が唾液のように溢れてきている。シズクの口の中でその全てを次元バリアで防いでいる魔王。


 その口内は緑色で、捕食したモノを逃さないヒダなどが確認できる。


「……いや、さすがにあまり嬉しくない攻撃だな。」


 口内を観察しながらその感想を溢す魔王。この口がどういう経緯で生まれたかはともかく、単純に化物の口の中というのは気分が良いものではない。


『さすがの魔王もこのパワーには怖気づいているようね!』


(勘違いでドヤ顔されても困るだけなんだよね。)


 外から聞こえてくる勝ち誇った声に困惑しながら、ここに居ても仕方がないと次元バリアを拡大する。


『な、なに!?』


 ギギギギギ……と開いた口から脱出すると通路に着地した魔王。


『いたたた……シブトイ男ね!さっさとヤられちゃいなさい!』


「なあ、1つ聞きたいことがあるんだけど。」


『はっ、今更何よっ!命乞いなら聞かないわよ!』


 ガルルルルと敵意剥き出しながら、一応問いかけをする時間を許してくれるシズク。根は悪い子ではないのが分かる。


 そんなシズクに魔王は――。



「下、丸出しで恥ずかしくないんですか?」



 最ッ低な質問を投げかけた。


『んなっ!?!?』


 シズクは驚きの声を上げて下の芋虫の口を見る。


『…………』


 その位置と形状を改めて把握して魔王の言葉とすり合わせ、

 緑色の体躯がこころなしか赤くなったように見えた。


(どうやら効果があったようだな。彼女はオレのチカラで意識と理性を保ち会話も出来ている。当然羞恥心もあるワケだ。)


 言葉が通じるというのは良いことだ!としみじみ思いながら魔王はじろじろとシズクの様子を伺っている。最低である。


『……ち、ちがっ!!』


 やがてシズクは上半身の両手で芋虫の口を抑えながら言い訳をひねり出そうとする。だがその手はニンゲンと同サイズなので、魔王をまるごと口に入れられるソレを隠すことは出来ていない。


『違うのよ、この口はあくまで化物のモノでね!絶対違うの!うん、そういうアレじゃなくてね!』


 見た目はともかく中身はただの女子高生。語彙力が下がってあたふたとしている。


「では無理に隠さなくても良いのでは?先程まではソコから水を放出したり、オレを丸ごとその中に含んで締め付けてましたが……」


『いやああああ、言わないで!忘れてッ!』


「中身は傷つけてませんからご安心ください。ただ忘れろと言われても仕事で来ている以上、しっかり記録してありまして。」


『ふええっ!?』


「会社に戻ったら映像込みで報告するのが決まりなんですよ。」


『いやあああああああ!!ダメよ!これはアレじゃないけど、絶対誤解されるじゃないの!!』


「実はリアルタイムで見ていた若い関係者が怯えてまして。これがトラウマで恋人が出来なくなったりしなければいいのですが。」


『ばかあああ!そんなのだめええええ!いっそ殺してええええ!』


 若い関係者と聞いて男を想像して真っ青になる彼女。ザブンと水槽に戻って顔を手で覆って泣き出したシズク。不憫な子である。


(そろそろ話を進めるか。)


 あまり追い詰めすぎてもよろしくないので、再び説得を決意する魔王。

 彼女の同級生の男の子がその汚染水を飲んでゾンビになった等の事実もあるが、それは知らぬが華だ。そこまで可愛そうな事を言うつもりはなかった。


「殺す殺さないの話はどうでも良いですが、その身体を人間に戻せるのはオレくらいなもんです。」


『!!』


「シズクさんが今、人としての意識・理性を持って会話が出来ている

 のはオレの精神干渉によるものです。でなければその内あなたは、

 その姿のまま暴れ回る怪物に成り果てるという事を理解して下さい。」


『うぅ……それは……』


「お兄さんの事でオレに恨みがある事は承知してますが、シズクさんがそこまで自暴自棄になる必要は無いんじゃないかな?」


 ザブン。と上半身だけ魔王の前に現れてたシズクは、羞恥を誤魔化すように感情を高ぶらせて問いかける。


『ううう、答えなさい!なぜお兄ちゃんを殺したの!?優しくて強くて、あの週末は水族館へお出かけの約束をしていて!』


 彼女は人生で一番の疑問を兄への気持ちと一緒に魔王へぶつけて行く。


『でも前日に風邪をひいた私の為に早く帰ってきてくれるって言ってくれたお兄ちゃんを、何のウラミがあってあんな酷いことを!!』


(この怒りはオレの自業自得だ。あの場面でシラツグ君が生き残るすべは無かった。ならせめてきちんと受け止めなければ、この先巡り巡って家族にも厄災がかかりかねない。)


 時間を止めてそう考えた魔王はシズクへ語りかける。


「怨みなんてないよ。教えるのは構わないが、覚悟が必要になる話だ。あの研究所襲撃事件の詳細は、多くの人の名誉に関わる話でもあるからね。」


『今更じゃない!とっくにお兄ちゃんの名誉と尊厳は踏みにじられてるわ!あんたの所為でねッ!』


「ならば教えるよ。言葉だけでは絶対に足りない部分があるから、オレの精神干渉でね。」


 魔王はシズクの上半身に追加の黒いモヤをまとわり付かせて、当時の状況のデータを映像・音声付きで彼女の魂に注いでいく。



『え?なによこれ……何かが入ってきて……あ、ああああ!』



 戸惑いながらもその情報を理解させられて行き、悲鳴を上げる。



『アアアアアア!そんな、こんな事って!!こんな酷い事にお兄ちゃんは巻き込まれて!?』



 研究所での事件の発端・経緯・結末を伝えられたシズクは、唯でさえ不健康そうな顔を更にしかめて吐きそうになっている。


「納得も理解もしかねるだろうけど、事実だ。どう受け止めるかはお任せするけど、平穏な生活を目指すのをオススメするよ。」


『こ、こんな事実を知ってしまったのに平穏に暮らせですって?』


「覚悟が必要だと言ったハズですよ。ご両親も家で待ってます。ちゃんと可愛い学生に戻しますのでそこはご安心下さい。」


 ここで家族のことを持ち出して手を差し伸べる魔王。シズクはそろそろとその手に自身の手を近づけて――。


 パシンッ!


 魔王の手を払い除けた。


『こんな、こんなのを見せられて納得出来るわけがないじゃない!モトを正せばあんたが魔王なんてやってるからでしょ!?』


 シズクは魔王を睨んで正論を突きつけた。


「正論だね。でも大元を辿る意味はないよ。突き詰めるとこの世の全てが悪いってことになるからね。」


 大抵の事件は魔王が悪いとされている。だが彼をそうさせた者達も責任があるかもしれない。しかしそうなる原因はナイトとの戦いが関係しているし、ナイトが秩序に牙を向いた理由は世間からの迫害が原因だ。ではなぜ世間がそうしたかと言えば戦争による貧困が関係してくるし、その戦争の原因は――と、キリが無いのである。


 つまりモトを正せばというのは言い出した人の都合でしか無い。それでも本人にとってはそれが正論・正義。説得中にそれを指摘する意味は全く無かった。



『やっぱりあんたを殺す!例えどんな化物に成ったとしても!』



 相手を余計に怒らせた魔王は、保護対象にトンデモない決意をさせてしまう。


(また失敗か。何がいけなかったんだろうなぁ。)


 それが解らないから失敗続きなのだと、解らない魔王は頬を指でかく。

 こうなったら無理にでも戻して気絶させて回収するかな~などと呑気な事を考え出した時、異変に気がついた。



「む?この現象は……?」



 先程まで大人しくしていた周囲の黒い思念体達が、シズクの身体に吸い込まれて行っている。


『みんな、こっちへ!こっちへ来て!』


『ヤット、デバン。』

『カイホウサレル。』

『マオウ。タオス。』


『この苦しみを終わらせる為に、みんなのチカラが必要なの!』


『コノイタミヲ。』

『コノウラミヲ。』

『コノイカリヲ。』


『街のみんな、世界のみんな!現代の魔王を倒して、苦しみから開放されましょう!』



『『『ウオオオオオオッ!!』』』



 シズクの呼び掛けにそこら中の思念体、主に怨念が集まって来ては彼女の巨大な身体に吸い込まれていく。いや、既に溢れそうになっているがそれでも無理矢理集合していった。


『私だけで勝てないのなら、みんなを呼ばせて貰うわ!この世界には魔王を怨んでる人は多いものね!!』


 シズクは先程流し込まれたデータや、同人版スカースカに書いてあったチカラの強さについての項目を思い出していた。


 チカラとは気持ち、気持ちとは魂。それは高次元エネルギー。


 ひとりひとりは小さくとも、それらが集まり自分と融合する事で多大なチカラを得られるのではないかと考えたのだ。


「怨念・怨霊の一点集中!?結界が仇となったか!」


 ズガガガガガガアン!!


 魔王は素早くアナコンダで対精神体の弾を撃ち出すが、それで払う思念体よりも寄ってくる数の方が多い。


 今夜は強力な結界を張ってあって、20時台以降の死者の魂はこの街に留まっている。それらをどんどん吸収しているようだ。


 そんな仕様にしたのは焼肉精霊の空中戦闘だけが原因ではなく、実はあの世組から忙しすぎだとクレームを貰ったの事にも起因する。


 それは後に回すとして、順調にチカラが増すシズクは得意げだ。



『無駄よ!チカラがどんどん溢れてくる!今度こそ魔王を倒せる!』



「そうさせるわけには行かない。」



 ズガガガガガガアン!! ドドドドドドオオオオン!



 今度は炸裂させるタイプのチカラを載せた弾を撃ち出すが、一時しのぎにしか‥…いや、その爆風すらすり抜けて吸収・合体をしてしまっている。


 魔王が伝えたデータの一部がヒントになってるので、完全に自業自得ではある。だがこのままにはさせておけない。


「効いてないな。様子を見るに時空を越えて召喚しているようだ。このままでは結界の外もいずれ……あぁ、ここまで既定路線だったと言うわけか。む?だとしたら、気合を入れる必要がありそうだな。」


 そこで魔王はこの状況が決まっていた事を確信する。この場は彼が来た時には時間が歪んでいた。恐らく今のシズクの招集が過去の怨霊達に働きかけていたのだろう。


 そして時空を越えた怨霊。その集合体については心当たりがあった。


(これって九州支部のエンドウさんが得意げに語っていたヤツだな。そう、邪神がどうとかって。この雰囲気、メグミって子も似てたがそれは後回しにして……まずは”門”を開く前に!)


 シズクは巨体を宙に浮き上がらせて上半身をアンテナのようにして思念体を吸収している。


「好きに勝手に、させはしない!G・M・拳!!」


 そこへ魔王は飛び込んで黒いチカラを纏った腕で、彼女の魂を制御しようと試みる。滅多に使わない強力な説得……いや洗脳技をシズクの頭に撃ち込んだ。


『きゃああああああ!!』


 頭に突き刺さった黒いレーザーのようなチカラで、この事態を取りやめるように強制しようとする。しかし――。


 パシイイイン!


「なんだって!?」


 魔王のチカラは何者かに身体ごと弾かれて、彼は浄水場の通路に着地する。今の彼女を制そうとして、過去と未来からの時空を越えた怨霊に阻まれたカタチだった。


(チッ、余裕と油断が過ぎたようだ。)


『行けるわ! この調子なら勝てる!今こそお兄ちゃんの仇を――』


 魔王を弾いて気を良くしたシズクは、更に気持ちを高ぶらせて一気に怨霊達を吸収し始めた。それに合わせて彼女の魂の中で、何かが少しだけ開かれた感覚があった。


「ヴォォォオオオオワァァァアアアアア!」


 ついには魔王の精神干渉も弾き飛ばし、意思疎通も出来なくなる。

 巨大な芋虫人魚の身体にすら入りきれなくなった怨霊達が、それでも

 密集してそれぞれのカタチを作り、ゴテゴテ・ウネウネした非常に

 気持ちの悪い集合体と化していた。


「まるで5作目のラスボスだな。これはいよいよ本気で掛かるべきか。」


 魔王は某国民的RPGの5作目ラスボスを思い出していた。

 そんなネオ・シズクと化した邪神モドキの彼女に対して、魔王は赤いチカラを使う決意をしたのであった。



 …………



「「「ヴァァアアアアアアア!!!」」」



 88時88分。怨霊達は集まるだけでなく、ネオ・シズクの心の内側に開いた穴からも吹き出てきている。

 時空を越えた彼らの怨嗟の声は、その場に居る者へ逃げ場の無い波状攻撃となって降り注ぐ。


「ぐうう、以前より防御力は上げているのに結構クるものだな。」


 次元バリアの精神防御部分の出力を上げてそれに耐える魔王。


(結界とか関係なしに溢れてくるのは頂けない!九州の時は散々批判されたもんだけど、こうなるくらいならアレで良かったな。)


 2005年のサイト九州支部を消滅させた件は、自分が正しかったと再確認するが今は意味はない。


 既に浄水場を丸ごと覆うレベルの大きさになったネオ・シズク。


「これ以上広がる前に抑え込ませてもらうよ!」


 魔王の身体から赤い光が吹き荒れ、彼への攻撃を封じていく。彼らが攻撃しなかった可能性に無理矢理置き換えているのだ。


 魔王は目の前に大きいフックを3つ出現させ、3WAYでネオ・シズクに発射させる。さらに背中から赤白い鳥の羽根のカタチのチカラをこれでもかとばかりに噴出させる。



「はあああ!W・スマッシャー!!からの!汝、諷意なる――って詠唱面倒だ!!S・スタアアアアア!!」



 ゴゴゴオオオオオッ!!シュパパパパパ……



「「「ギエエエエエエエエエエ!?」」」



 3つの空間を歪ませたフックが消えてネオ・シズクに揺り戻しの波動

 が遅いかかる。その波動は赤みを帯びており、運命を乱されながらの

 攻撃にさすがに動きを止める。持続性を持たせるためにリピート機能

 も使っていた。


 それと同時にこの空間一帯に広がった赤白い羽根が、そこかしこで

 結合してエネルギー体となってビームを放つ。どれだけ撃っても

 マスターの背中から羽根はどんどん補充されて、集まる思念体を

 撃ち落としていく。



「さすがに本体とその周囲の補給を断てば……って、うぇっ!?」



 魔王の言う通り、本体は絶え間なく続く空間そのものの嵐で動けない。

 そこに集まろうとした怨霊達も全て運命操作付きで撃ち落としている。

 だがそれでも、本体の奥にある魂の門からは新たな怨霊が湧き出して

 こちらの攻撃をすり抜けてきた。


「「「ヴォエエエエアアアア!!」」」


 ブワワワワワアアアアアアアアッ!!


「そんなのありかあ!?」


 攻撃どころか次元バリアもすり抜けて怨嗟の波動攻撃を食らう魔王。

 まるで双子の並列攻撃の様な攻撃にふっとばされるが、展開中の技への出力は途切れさせない。今途切れさせたら体勢を立て直したネオ・シズクに飲み込まれてしまう。


(これがオレに対する怨霊達のチカラ、ね。被害者は消滅してる者も多いから、遺族の怨念か?自業自得とはいえ困ったものだが……。問題はあの魂の門だな。アレを閉じないと話にならない。)


 2005年当時のエンドウ支部長は言っていた。才能ある個体を生贄に、悪意を詰め込むとエネルギーの密度が上がって門が開く。

 そうする事で時空を超えた先の邪神本体をこの世界に顕現させる事が出来る、と。


 当時はフザケたオカルトに護衛対象を巻き込むなと一蹴したし、その後命も奪ってしまった。だが現に目の前でその兆候が出ているのなら、信じざるを得ない。


(邪神の本体が出る前に何とかしないと……この様子じゃ怨霊が無機物にまで取り憑いて地獄絵図になりそうだ。)


 寄ってきては撃ち落とされる怨霊達は、浄水場の建物に吸い込まれて行く者もいた。こんな現象が街中で起きているなら、駅やら学校が動き出して街を闊歩する事すらありえるかもしれない。


 既にもう時間が歪んでいるから、今だけでなく過去も未来も危険に晒されている状況だった。



「リピート解除!依代の一点突破でカタをつける!」



 魔王はW・スマッシャーの波動のリピート機能を解除して、正面から

 突っ込んでいく。自由になったネオ・シズクは大量の怨霊で魔王を迎え撃つ。



「「「ウィィィイイイシャアアアアァァァルルルルル!!」」」



 ネオ・シズクは謎な怨嗟の波動をぶち撒けながら、魔王を飲み込もうと襲いかかる。それは魔王の主観からは気持ちの悪い怨念の津波に見えた。


「D・アーム!左腕フル稼働だ!」


 キュィィィイイイイイイン!!


 魔王の両腕が金属のロボット状になって、左腕のフライホイールを高速回転させる。そこから放たれた赤い風の嵐が、怨嗟の津波をギリギリで弾き飛ばす。


 そのまま宙を飛んで怨霊達を掘り進むように強引に突撃していく魔王。赤いチカラでのゴリ押しにエネルギーを激しく消耗する。


(うぐぐ、なんとか行けるか!?)


 近接型のD・アームではなくA・アームなどの一撃必殺を使えば、ここまで苦労はしない。しかしソレを使えば邪神騒ぎを収める事は出来ても、シズクまで消し飛んでしまうしバックファイアで街も更地になってしまう。


 そう。魔王はまだ仕事の完遂を諦めてはいなかった。


「使わせて頂きます、当主様ァッ!!」


 ガコンッ!


 怨嗟の津波を突き抜けてネオ・シズクの本体まで掘り進んだところで右腕の赤い槍の射出準備を完了する。


 魔王のその目が捉えるのはシズクの魂。そこに発生した門。



「D・パニッシャー、シュゥゥウウウトオオッ!!」



 バシュウウウン!ブオオオオオオオオ……。



 左腕を右腕の肘の穴に叩き込んで、赤い槍が射出されてネオ・シズクの魂に突き刺さった。


「グガアアアアアアアアア!」

『きゃあああああああああ!』


 魔王の放った赤い槍は彼女の中の魂の門の中央に留まって溶け出し、穴に赤いチカラが侵食して開かれたモノを塞いでいく。


「そしてすかさず運命操作ッ!特別製をくれてやる!だから元に戻るんだ、ミズハ・シズク!!」


 当主様の「絶対痛くなさそうなお可愛いパンチ」から生まれた赤い槍。それは運命に雁字搦めになった不老不死の不壊の槍。


 だからこそ魔王が求めた武器だったが、彼はここでそれを消費することを選んだ。


 槍の先端は”門”の向こう側、根本は現世側から”門”を塞いで穴を閉じる。


 余ったチカラで周囲の怨霊を消し飛ばし、ネオ・シズクの運命を書き換えて元の女子高生の身体に戻していく。



『『『ギャアアアアアアアアア!!』』』



 シュウウウウン……。



「あれ?私は何をして……?」



 赤い霧が立ち上り、元に戻ったシズクは意識を取り戻して状況の把握を試みる。


「ハァハァ、なんとかなったか。シズク、調子はどうだい?」


「キャアアアアア!!」


 パシン!


 シズクはおもむろに魔王に平手打ちを放つ。起き抜けに素っ裸で魔王に抱えられて息を荒らげられれば当然だろう。


「いてて……この疲労時に平手打ちは、ご褒美とは思えないなぁ。」


「何がご褒美よ!なんでハダカ!?ていうかなんだかドキドキしちゃってるんですけど!?」


 疲れ切って声に力のない魔王に質問詰めするシズク。色んな意味で生気を取り戻したようだ。


「君の身体をハァハァ、オレの切り札の1つで貫いて……全てを平和的に収めるように書き換えたんだ。」


「書き換えた?一体何で書き換えたの!?まさかとは思うけど、この気持ちは……」


 魔王の言葉と自身の鼓動の高鳴りに不穏なモノしか感じないシズク。


「今回使ったのはオレを慕ってくれてる女性のチカラの結晶でね。それの大半を溶かして君を再構成している。」


「それって私が魔王のあんたに……こ、恋しちゃってるって事!?いやああああああああああ!!」


 ムンクの叫びの如く嘆く彼女。最初こそ平手打ちしたが、現在も丸見えなのにむしろ悦んでいる自分も自覚している。その事がより一層、本来の自分の拒絶反応を起こしているのだ。


 この気持の剥離・乖離こそが魔王が洗脳を好まない理由だった。しかし非常事態ともなれば、そうも言ってはいられなかった。


「前向きに生きようよ、前向きに。もう愛情パワーで何だって出来るメンタルを手に入れたと。ご家族との仲直りや友達との親密な交流など、今まで出来なかった事を試すいい機会じゃないか。」


 シズクの近況を既に読み取っていた魔王は前向きに行動するように促してみた。心の安定を図るのは大事である。


「うううう、そんな言葉で格好良いと思ってしまう自分が許せない!」


「本当は心の書き換えは好きではないんだけどね。自分が自分じゃない感覚、それを他者から押し付けられるなんて最低な気分だし。」


「本当にサイテーよ!そう思いながらハダカを隠そうともしない自分もサイテー!あうぇっ!?」


 魔王は手をかざすとシズクの身体を白いチカラが包み、彼女は今朝と同じ制服姿に戻った。下着も靴下もしっかり着けられている。


「ふう、ようやく呼吸が整ってきたから服も戻したよ。愛情で書き換えたけど不壊属性の大半は邪神封じに使ったから、一時的な気の迷いでしかないから安心してくれ。ま、あの状態から平穏を取り戻した代償とでも思って諦めることだね。」


 その言葉に半分からかわれたのだと気付いたシズクは、面白くないと言った表情で悔しそうに魔王を睨んでいる。


 実際、当主様の槍は魂の門を永久に封じる為に使われているのでもう彼女が大暴走することは無い。変化が無い当主様のチカラを解いて加工するのは大変だったが、本人の手を離れたチカラ単体だったのが成功した理由なのかもしれない。


「うぬぬぬぬ、なんかやられっぱなしで面白くない!」


「まぁまぁ、そうだ。友達との待ち合わせをすっぽかしたんだよね。今すぐ無事を知らせてあげた方が良いんじゃないか?通信が遮断されてるから、オレのチカラで手伝ってあげるよ。」


「え?わわっ!じゃあミキちゃんに…………よし!ありがとう。」


 復活したシズクのスマホが光り輝いて通信が可能になる。そんなの帰ってからすればいいと思われるかもしれないが、自分の日常に早く帰りたい欲求がウナギ上りだったのだ。

 実際問題その友達もこの街にいるので、こうでもしないと繋がらないという事実もある。



「それでは君を家まで転送しよう。元気な顔を見せてあげれば喜ぶハズだ。」



 魔王はシズクに向きなおって仕事を進めようとする。思えばここまで長かった。その苦労が報われようと言う時に、シズクは魔王をジロジロと眺めている。


「いいの?”口封じ”とかしなくて。」


「助けに来たのにそんな事するわけないだろう。」


「……ふーん。もっとがっつく人だと思ってたのに。」


 イミシンな口調でジロジロ見てくる彼女に対し、魔王は空間に穴を開けながら女ってわからないなぁとか適当なコトを考えている。


「ねぇ、魔王さん。さっきデータを貰った時に気になることがあったのよね。」


「そういうの、危ないから他言無用な。」


 家に戻れば契約上みだりに喋ったりは出来なくなるが、一応注意だけはしておく魔王。


 魔王は殆どチカラを使い果たした今、とても気だるい状態で空間移動の準備をしているので視野が狭まり、注意力も落ちていた。



 ぶCHU~~~~!



 その瞬間、柔らかいモノ同士が重なり合っていた。


「!?」


「どう?私からの精一杯の一撃よっ!奥さんに怒られると良いわ!」


 真っ赤になったシズクは唇を離すと人差し指を向けながら勝ち誇る。


「おまっ、もっと自分を大事にだな……」


「い、今しか出来ないコトだから。私とお兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました!おかげ様で私はお兄ちゃんに恋する事ができました!」


 シズクはプイっとそっぽを向いて言い訳とお礼を言ってくる。


「ああ、気付いたのか……」


 彼女が中学に入る直前の家族旅行。その時迷子になったシズクと兄のシラツグを裏で糸引いて助けたのは魔王だった。

 事情説明の時に妻帯者であるコトと合わせて情報が流れてしまったようだ。


 彼女は当時から現在までの命と、兄への恋心の誕生事体の感謝。そして精一杯の嫌がらせを含めた熱烈なキス。


 なるほど、確かにそれは魔王に好意的になっている今にしか出来ない行動だった。


「もう、そんな無茶しちゃダメだよ。さぁ、この穴に飛び込めば家の前だ。オレが言うのもナンだが、達者でな。」


「全くね。この気持が収まるのが待ち遠しいわ!」


 シズクはそう言い捨てて、臆すこと無く空間に開いた穴に飛び込んで帰って行った。


 その頬には雫が流れており、ある種の自己犠牲の一撃に対する複雑な感情がみてとれた。



 …………



「むう……不覚をとったなぁ。」



 彼女を転送して穴を閉じながら、唇に手を当てて唸る魔王。

 どこからともなくジトーっとした視線が向けられている錯覚に陥った。


『おとーさーーーん?見ーてーたーわーよ~~。』


「セツナ!?えっと、店はどうだい?」


『ゴマカシてもだめです!お母さんに言われたくなかったら、私にもしてね!ちゃんと消毒してから!』


「ええ!?」


 父の弱みを握ってここぞとばかりに可愛い要求を突きつける娘。

 しかしそんな小さくて大きな野望はすぐに打ち砕かれる事になる。


『残念でした!実はバッチリ私も見ていたわよ!!』


『はうっ!お母さん!?あわわわわ……』


「まあ、そうだよね。いつも心を繋いでるし。」


『あなた!今更とやかく言うつもりもないのだけれど、あんな若い子に遅れを取るなんて……』


「いやうん、ごめんな。」


『もう少し気をつけてくださいね!それはそれとして、赤いチカラを使ったならまた休憩ですよね?』


「ああ、そのつもりだよ。もう立ってるのもやっとだ。」


『準備はもうカナ達が進めております。今回は激務だったので、ヒミツの特別コースでおもてなししますね。』


 妻の○○○も事情は理解している。思った以上にトンデモない事態に発展してチカラを使い尽くした旦那。小娘の一撃が防げなくてもネチネチと言い続ける事はしない。身体を張って働く夫を支えるのが妻の役目と自負している。


「それを聞いてやる気が戻ってきたよ。」


『それじゃあ待ってるわね、あ・な・た♪』


 魔王は妻達からの労いに期待して魔王邸へ戻っていく。その際にセツナとの交信も切っておいた。


(あーあ、せっかくお父さんに甘えるチャンスだったのにー。お母さんには敵わないなぁ……)


 1人空振りしてガッカリムードのセツナ。注文のお酒とサラダを

 用意しながら疑問を抱く。


(特別コースってなんのことだろう。これもオトナのヒミツかな?)


「セッちゃん、ぼーっとしない!何か疑問が有ったらすぐ聞くこと!」


 キリコに注意されて、セツナはハっとする。そうだ、頼れるキリ姉さんに聞けば良いのだ。


「キリ姉さん!オトナのヒミツの特別コースってなんだかわかる!?お母さんがお父さんに言ってたんだけど。」



「「「ブッファァアアアアアアアアアア!!」」」



「こらーー!発言には気をつけなさいって言ったでしょう!?」



 再び飛び出した爆弾発言と吹き出る飲み物を前にキリコが叫ぶ。キリコはそもそも仕事の話だと思っていたので不意を突かれた形である。


「あわわわわ、ごめんなさあああい!!」


 再び怒られたセツナは、オトナのヒミツの壁は大きいと学習した。


「ある意味キリコちゃんより爆弾魔の才能があるのでは……?」


 サクラは水星屋の将来が楽しみだと密かに思いながら、虹の架かる店内を掃除する。


 今夜はおしぼりがよく黄金色の雫の犠牲になる夜だった。



 …………



「た、ただいまー……」



 XX市の隣町。自宅玄関前に転送されたシズクは玄関を静かに開けてソロソロと帰宅する。


「シ、シズク!無事だったか!」


「本当にシズクなの!?あああ、よく帰ってきてくれたわね!」


 愛娘の帰還の気配にドタドタと玄関に集まるシゲルとサヨコ。2人は勢いのままにシズクを抱きしめた。


「うわっぷ!ちょっと、痛いよぉ。」


「なに!?どこかケガをしたのか!?魔王に何かされたのか!?」


「病院!救急車を呼びましょう!」


「違くて、そんな抱きしめたら痛いって!魔王さんにはむしろ助けてもらったの!化物になったのを治してもらったんだから、余計なコトしないで!」


「「えええっ!?!?」」


 頭が混乱するシゲル達だったが、ともかくシズクの無事の帰還をたっぷり時間を掛けて喜び合う。


「何イイイイ!魔王め、ウチの娘はやらんぞ!!」


 その過程でシゲルがハッスルしてしまったが、ミズハ家には平穏が戻ってきた。


(お兄ちゃんの事は今も許せない。でも今の私達が在るのは魔王のおかげ……複雑だけど、もう怨霊はコリゴリよ。もう少しだけ頑張ってみようかな。)


 こうして日常への切符を無事に切ったシズクは、少しだけ前向きに生きていく事を決めたのだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

次エピソードは19時予定です。


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