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10 アケミ その3

 


「う……そ……なんでーーーーー!!」



 2007年11月の半ば。

 対魔王用の特別訓練学校のお披露目会。


 その食事を披露する場で、50人の参加者が食中毒?によって倒れていた。食中毒にしては発症が5分と早く、症状も重いように見える。


「まずい、非常にまずいわ! みんな起きてーー!」


 無事なのはアケミだけである。


 国の機密の塊の新設部署でやらかしたのだ。後々、絶対に無事ではすまないだろう。


「そうだ、医者! タクマさんは!?」


 医務室担当のタクマはそこら辺で意識を失いビクンビクン痙攣している。


「くっ! 今動けるのは私だけかッ。今から救急に通報しても手遅れになる人もいるかも知れない。ならやれることをやるしかない!」


 そう結論づけたアケミは食堂を出てまっすぐ、入り口の方へ走り出す。別に単身逃げるわけではない。目指すはその手前にある医務室だ。


 ドアを開けてまず最初に白衣をパクると、点滴用の輸液と救急箱を担いで持っていく。


 食堂まで戻って荷物を置くと、自販機でスポーツドリンクを何本か買っておく。


「さぁ 準備は整った! 私が貴方達を治療してあげるわ!!」


 白衣の裾ををはためかせると、最初によだれ垂らしながら気絶しているケーイチに近づくのであった。



 …………



「お前は自分が何をしたのか、解っておるかね?」



 防衛省のお偉いさんの執務室で、アケミはそう問われた。

 アケミは手を拘束されており、その両隣には自動小銃をもった隊員が睨みを効かせている。


「も、申し訳有りません……」


 ガクガク震えながらそう答えるしかないアケミ。

 なぜこんな事になったのか。


 昨日の食中毒騒ぎでアケミは全員に手当を施した。

 その結果1時間で全員回復する。普通はありえないことだが、彼女のオカシイ治療術はその効果を存分に発揮した。


 連絡を受けた防衛省は直ちにアケミを拘束、上層部の話し合いの末の沙汰を申し付けられようとしていた。


「あの学校はだね。特に優秀な人材を集めていたんだ。その全員を食中毒にさせて、君だけが無事だった。病院に通報するわけでもなく勝手な行動をとったそうだな。見方によっては反逆罪に問われてもおかしくはないのだ。」


「あわわわわたたたた」


 私はそんなつもりじゃない! と言いたいがうまく発音できない。


「特にだ。サイトの死神と呼ばれたケーイチ君だな。彼は魔王の次に強い能力者と言われている。だからあの学校で教官に任命されたのだ。」


「あわわわわわ。」


 エリートだとは思っていたが、そこまで凄い人だとは思ってなかった。自分は一体どうなってしまうのだろう。


「君が何を言いたいのかはよく解る。その手の人間はよく見てきたからね。だが何の処罰もなしという訳にはいかん。君はこのまま――」


 ばたん!!


 その時急に執務室の扉が開けられてご老人が乱入してきた。


「アケミとやらはここにおるかの!」


「ミキモト教授、今は大事な話中だ。控えてもらいたい。」


 ミキモト教授と呼ばれた老人が自分を探しに来たらしい。


「何を馬鹿なことを言っておるか! お主に任せたら誰でも彼でも首吊って終わりじゃろうが!」


 不穏な言葉にアケミは更に青ざめる。ミキモト教授はアケミの方へ近づいてニヤリと笑う。


「お主がアケミさんじゃな。 ワシはミキモトという。お主を正式に特別訓練学校で雇いたい。医務室勤務じゃ!」


 突然の事に目を白黒させて状況を把握しようと必死なアケミ。


「何を勝手なことを! その娘は反逆罪で死刑だ!!」


「勝手なのはお前さんの方だ。優秀な人材を集めたと言いながらなんじゃ、あのザマは!」


「ぐっ……」


 恐らくアケミのことは、因縁をつけて口封じするつもりだったのだろう。


「全員揃って急性の食中毒にかかるとは情けない。しかも全員を回復させた功労者を処刑するなど、お前は馬鹿なのか!」


「しかし医務室はもうタクマ殿にお願いしていて……」


「あんな小僧、プライドだけ高いだけの役たたずじゃ!すでに本人から辞職願が届いておるわ!」


 タクマはどうやら始まる前にやめたらしい。彼なりに思うところがあったのだろう。プライド高いらしいし。


 小僧と呼ばれているが40は超えていたように見えた。

 相対的には小僧になるんだろうけど。



「ワシの決定に異を唱えるなら、食中毒を絆創膏だけで治して見せろ!!」


「うぐっ……」


 そう、絆創膏に輸液をつけてお腹の辺りに張ったら治ったのだ。

 あとはスポーツドリンクで水分をとってもらったくらい。


 もうアケミのチカラは治療と断言したいところだが、そもそも料理スライムの説明がつかない。

 未だ真相は行方不明のままである。


「それでは失礼する。アケミさんはついてきておくれ。」


 手で触れただけでアケミの拘束を解き、同行を促す。そう見えただけで実際は、素早く小瓶を取り出して薬剤をかけていた。


「ありがとうございます。 もうだめかと思ってました。」


「良いってことじゃ。」



 …………



「君はたしか神奈川の医大だったの。

 あそこはもう行かんでいい。卒業扱いにしておく。」



 執務室を出るとミキモト教授が今後について話しかけてくる。


「えーーーっ!?」


「驚くことでもないぞ。やることは山程ある。子供達の装備にレーションにクスリ。それらが大量に必要となるからのう。そちらを手伝ってほしいのじゃ。もちろん手当は存分にだすからの。」


「よく考えてみれば、半年で1から学校の運営準備をするって無茶がありますよね。」


「しかしお前さんも大概、無茶なことをしとるがの。トキタ君が無事だったから良かったものの、何かあったら責任問題で大変じゃったぞ。」


「セキニン……コホン、返す言葉もございません。この度は助けていただいてまことに――」


一瞬あらぬ方向に妄想するが、すぐに正気に戻ったアケミ。


「いや そっちではない。 あやつの嫁さんのほうじゃ。サイトの魔女と呼ばれておって、敵をどこまでも追跡して心を壊す超能力者なんじゃ。」


「んな!! ケーイチさん結婚してたのですか……」


 その場にガクリと崩れ落ち、奥さんの能力を想像してガクガクと震えるアケミ。先程の妄想は木っ端微塵となり、震えに合わせてこぼれ落ちていった。


 前途多難な社会人スタートになりそうだった。



 …………



「食中毒騒ぎを起こして捕まって、でも別の部署にスカウトされた。ついでに想い人には奥さんが居たと。」


「もう生きた心地がしなかったわ。むしろ今もしていない。」



 あれから二日後、神奈川の飲み屋でショウコに近況報告をしていた。


「アケミィ、私変なもの入れるなって言ったわよね?どれだけ心配したと思ってるの!?」


 お披露目会は日帰りのはずなのに帰ってこず、連絡の一つもよこさなかった親友に説教する。


「本当に何も入れてないんだって! もうすっごい焦ったわよ。」


「まぁ 終わったことは仕方ないわね。貴女とつるんでるとホント飽きないわ。」


「うぅ、それでね。 大学は卒業扱いにしてくれて、あとはもうずっとあっちの手伝いをするみたい。」


「うぇ それじゃあもうしばらく会えないのか。残念だなぁ。向こう行ったら気をつけなさいよ? 今回みたいに運良く助かるとは限らないんだからね。」


「うん 努力するわ。今回はたまたま偉い人に助けられただけだもんね。」


 アケミの言う偉い人、ミキモト教授は実際に立場は高い。


 元々はサイトのマスターと同じ、サイトの初期メンバーの一人である。2人とも同じチームに配属されてナイトと戦った。


 途中で進む道が別れたものの、ミキモト教授は超能力の研究に精を出し、幾つもの研究所の所長を任されている。


 特別訓練学校も元は彼の研究所のひとつであり、そしてまた彼が最高責任者なのだ。


「そうだ。 アケミ、これ知ってる?」


 そういって雑誌を取り出すショウコ。

 コジマ通信社のオカルト雑誌「スカースカ」だ。


「あら、ショウコがオカルトなんて珍しいわね。なになに、現代の魔王の人物像の考察・伝説のミミック屋台へ潜入捜査。魔王の考察て、随分挑戦的なことをするのね。」


「そっちも興味深いけど、ミミック屋台の最後の方を見て。」


「なになに、いつか料理スライムの尻尾を掴む宣言!?」


「あんた 本当に気をつけなさいよ?」


「うん……」



 その後アケミの門出を祝って乾杯する。


 二人は貴重な親友との時間を大事に過ごすのであった。



 …………



 prrrrr prrrrr prrrrr



「はい、サクラです。 え!? マスターさん?」



 11月の20日。

 外での仕事中に水星屋のマスターから連絡があり、慌てて路地裏に駆け込む。今月はもう水星屋の営業は無いらしい。

 次の休みが娘さんの1歳の誕生日らしく、家族総出で祝うそうだ。


「そうでしたか。実は色々と渡したい物が有ったんですが。えぇ、発売された雑誌や次の記事の原稿ですとか。え……えええ!? 私も一緒にですか!?」



 家族に雑誌を自慢したくなり、誕生日パーティーにお誘いするマスター。

 サクラはLV1で魔王城に突撃する勇者の気分になった。しかし前回の失態分の信頼を取り返すのチャンスである。 すぐに了承した。




 …………




「どうしようこれ……」



 同日。一方でアケミは困っていた。

 特別訓練学校へ居を移し、連日開校の準備を手伝っている。


 医務室における注意点。

 主に緑色の新型薬剤の取扱いについての説明を受けていた。


 しかし現状ではレーション制作が間に合わないとのことで、ヘルプとしてレーション制作現場に来ていた。


 最近は自衛隊の方でも消費が激しく、こちらにまわせる量が少ないのだ。なので炊事担当者が手作りでレーションを作っている。


「アケミさん、どうやったらオニギリに手足が生えて、プリンがプリプリのお尻になるのですか!!」


 新しい炊事管理のイダーちゃんがぶりぶり怒っている。

 彼女は自分の代わりに派遣された女の子で、ロシア系のハーフらしい。


「申し訳ないです。」


「これ、使って下さい。」


 黒い機械を渡される。どうやら印字機のようだ。設定画面には made in akemi と書かれている。


「アケミさんが作ったものは分けて保存をお願いします。子供達も食べるのですから、安全な料理をお願いしますよ!」


 子供達が食べる。そう思うと確かにこのままではいけない。


 学校に居る時は、イダーさん率いる炊事担当者のおかげで出来たてを食べられる。しかし訓練や任務などで野外に出た場合、この食料が子供たちの活力・生命線になるのだ。


 より一層気合を入れて料理を作り、缶や真空パックで梱包する。

 こうして午前中は医務室、午後はレーション作りに没頭する毎日だった。


「よう、やってるな。」


 ある日、午後の休憩時間にケーイチが差し入れを持ってきた。

 アケミは顔を赤くするも、奥さんのことを思い出してテンションダウンする。


「ケーイチさん 先日は大変失礼しまして。その、奥さんにもご心配をおかけしてしまひ……」


「嫁のこと聞いたのか。ま、先日の事は気にしないでくれ。 オレもあれくらいで気絶すると思って無くてな。まだまだ鍛錬が足りなかったのさ。」


 だから初心に帰って雑用からのスタートだ!

 と、レーション作りを手伝ってくれる。


「この作業は初めてだから色々教えてくれ。」


「きょ、きょどっ」


 アケミは突然の共同作業にボルテージが高まる。

 セリフでキョドっているのが丸わかりなくらいに。


 楽しい時間を満喫したアケミは、自分の気持ちが全く消える気配がないことを自覚していた。



 尚、これは年が明けた2008年以降の話では有るのだが。

 アケミ製のレーションは高確率で中身がやばいと判断される。そこで立入禁止区域である、厚生棟の地下に封印される事になった。


 一度、山の中の処分場にもっていったこともあった。

 しかし処分場がスライムだらけになり、サイトと自衛隊が出動する騒ぎになったのである。


 イダーさんからは厨房への立入禁止令が出され、新たな被害者が出ないよう 細心の注意が払われた。



 …………



「この服で大丈夫かなぁ。」



 2007年11月23日 10時48分。

 大宮公園の時計塔前でサクラがもじもじしていた。


 現在、現代の魔王こと水星屋マスターと待ち合わせ中なのだ。初めて知り合いの家に(しかも男!)遊びに行くことになり、緊張するサクラちゃん22歳。


 まぁ相手はとっくに結婚していて、子供の誕生日会に呼ばれただけなのだが。


 学生時代はろくな青春の思い出がないので、緊張と期待でボルテージが上がる。気持ちがぐるぐるして、時計塔の螺旋を描くオブジェクトにそっくりだ。


「こんにちは、早かったね。待たせちゃいました?」


 突然声を掛けられ振り向くと、マスターが立っていた。


「こんにちは! いま来たところですから大丈びです!」


 デートの待ち合わせのテンプレの様な会話に、気持ちが振り切って噛むサクラ。


 時間は10時50分。待ち合わせは11時。

 サクラが来たのは9時である。


「ずっと立ってて疲れたでしょう。さっそく移動しましょうか。」


 バレバレであった。


 突然、サクラの身体を優しい白い光が包んだ。


 世界の音が消え、風の感触も消える。

 周りを見渡すと絵画の様に色彩が固定された世界があった。


「こ、これは?」


 どことなく不安になる情景に、サクラはマスターの腕にすがりつく。



「ようこそ、時間の停止した世界へ。」



 マスターはニヤリと笑った。




お読み頂きありがとうございます。

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