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01 サクラ その1

はじめまして、初投稿になります。

小説の執筆自体初となりますが、よろしくおねがいします。

 


「そこまでだ。もう諦めろ。」


「テロ野郎めっ、もう逃げられんぞ!」


「さっさと観念して大人しくしな。」



 2005年の10月の初め、山の中の展望台。

 その下で気弱そうな25歳の日本人の男が、屈強な男達に囲まれていた。


 男の側には屋台があり、ここで営業しようとしていたのだろう。

 別に地元の怖いお兄さんによるカツアゲというわけではなく、

 男を囲っているのは世界各国の軍の精鋭。自衛隊もいる。


 その中から一組の日本人の男女が現れた。


「もう、馬鹿な真似は止めるんだ。」


「私達がなんとかするから、お願い戻ってきて!」


「も、戻って政府のモルモットになるつもりはないっ!」


 2人の呼びかけに気弱そうな男が応える。

 この3人は知り合いらしい。


 しかし今の言葉を合図に、周囲の軍人たちが銃をしっかりと構える。


「だがどうする? 他はともかくオレ達にまで牙をむくか?」


「そ、それだけは避けたいね。

 だからもう、オレはここまでにしておくよ。」


「まさか。死ぬ気か!?」

「だめ! そんなことしたら!!」


 そんな言葉には耳を貸さず、男は精神力を圧縮していく。

 そして空高く舞い上り、叫んだ!



「世界よ、オレを忘れろ!」



 直後に黒いモヤのような光が爆発し、辺りに充満する。

 それは展望台だけではない。山ひとつでも収まらない。

 更に広がり国だけにも留まらず、世界を飲み込んだ。



 この日、1人の国際テロリストの名前と記憶が世界から消滅した。



 …………



「おーいサクラ、お前もネタ取りに行ってこいよ!」



 2007年夏、8月の夜。コジマ通信社の窓際部門。

 オカルト雑誌”スカースカ”の編集室に、おっさんの声が響く。


「もー 編集長。今どき手がかりもなしに動いても何も見つかりませんよ?」


 カチカチとパソコンを弄りながら桃色髪の女、サクラが答える。


 今年で22歳になった彼女は、

 他の記者が情報を足で稼ぐ中で1人パソコンに向かっていた。


 モニターにはニュースサイトや、巨大掲示板のオカルト板が映っている。



「とぼけたこと言ってるんじゃない。 世界中で事件が起きたんだぞ。10億も仏さんが出たんだ、どこに行ってもネタには困らねぇだろ!」


「昔は優しいおじさんだと思ってたのになぁ。」


 編集長の乱暴な言い方にため息をつくサクラ。

 小さい頃は何度も自分の家に来て、遊んでもらった記憶がある。


「お前が社長の娘だろうと、仕事中は俺が上司だからな。それよりそのインターネットとやらで情報はつかめたのか?」


「全ッ然です。 政府発表をコピペした情報か、テキトーな陰謀論だけで具体的な有力情報は出てません。今は諦めてミミック屋台とか、料理スライムのスレを見てました。」


「OK、正直なのはいい事だ。 オレも正直にいこう。お前舐めてんのか? オレら窓際族にとって、これは大きなチャンスなんだぞ?」


 3ヶ月前、つまり5月の初めから1ヶ月間。世界中でテロが起きた。


 殺人 女性への暴行 破壊活動。

 死者は推定10億人に達すると見られている。


 破壊されたのは発電所や研究所や文化財に始まり、

 場合によっては村や街が丸ごと破壊されたりもした。


 国連で連日会議が開かれたが、

 当初は対策どころか現状把握すら困難であった。


 増え続ける被害にマスコミ達は、

 ”現代に魔王が現れた!”と書きなぐった。


「はいはい、わかってまーす。 今回のは私達オカルト向きだって言うんでしょ?」


 どことなく投げやりな態度で編集長をイラつかせるサクラ。


 6月に入って事件は収束に向かい、急ピッチで事件の調査が行われた。

 それでもある程度情報が纏まるまでに2ヶ月近く掛かり、政府の公式発表が会ったのがつい昨日だった。


 言い訳がとても長いので かいつまんで書くと、


 犯人は”1人”の可能性が高い。

 2年前に追跡を逃れた国際テロリストと同一人物である。

 世間の呼び名に倣い、彼を ”現代の魔王”と呼称する。


「正直ツッコミどころしか無い政府発表だが、相手が”チカラ持ち"なら 有り得なくもないんだよな。」


 ”チカラ持ち"、すなわち超能力者である。


 超能力者とは 70年近く前から現れた特異体質者で、今では100人に1人くらいは存在している。


 チカラの内容は個人によってぜんぜん違うが、特定の分野に秀でたモノが多い。


 そして現代の魔王のチカラは「時間干渉」と「精神干渉」。


 一般人だけじゃなく、同じ超能力者からもふざけるなと言われるチカラである。


 2年前に国際テロリストとされ、世界中の軍や特殊部隊に追跡されながらも逃げ切った実績があった。



 その際、精神干渉のチカラを使って世界中から自分の”名前 ”と ”記憶 ”を消去するという荒業も見せている。


 書類やデータなどの”記録 ”だけは消えなかったので、存在を完全に隠蔽するには至らなかった。


 今回の犯人が本名で呼ばれないのも、名前が使えないからである。

 発音できないし、新規に表記も出来ないのであれば使う必要性もない。


 ちなみに同姓や同名の方々も巻き込まれた。

 記憶はともかく名前の表記や発音ができないのである。

 すこぶる迷惑な話だ。


「今でこそ認知度が上がってきたとはいえ、チカラ自体の原理がわかってないからな。普通1人1つだってのに その魔王様は2つ使えるって話だしよ。」


「その辺は私も気になってますね。ぜひ自分の目で見てみたく……いえ やっぱ怖いからいいです。」


「そこは仕事なんだから見とけよ。」


「コホン、それにしても超能力って。もっと良い呼び名はなかったんですかね。なんとかスキルだとか、なんたら魔法~ みたいな。」


「フィクションの見過ぎだ。 オカルトが仕事だからってそっちに囚われんなよ。」


「だって正直、ダサくないですか?」


「仕方ないだろ。 命名されたのは”昭和の前半”なんだ。それよりお前も外でネタ仕入れてこい。お前も一応は戦力なんだ。無駄話やミミック屋台で遊ばせておく余裕はないんだからな。」


「はいはい、わかりました。正直気が進まないのですが、お腹も空いたし外行ってきます。」


 パソコンをシャットダウンし、商売道具の入った小型バッグを肩にかけるとそそくさと立ち去るサクラ。


「まったく、昔はあんな我が道を行くって感じじゃなかったのになぁ。まぁ良いや。オレも腹減ったしカップ麺でも食うか。」


 扱いに困る部下がさっさと消えた先、出入り口を眺めながら語散る編集長。

気を取り直しておっさんは戸棚から首領兵衛をとりだし、お湯を注ぐのであった。



 …………



 コジマ通信社のオカルト部門が入っているビルは駅からそう遠くはない位置にある。

周辺はバラエティ豊かな商店が並んでおり、活気にあふれている街だ。


 そんな、さいたま市の繁華街をサクラは走っていた。



「やっぱり、この時間の街は面倒だな……」



 一旦ビルの壁に背を預けて周囲を見渡すとウンザリした声を漏らす。


 周囲には 黒いヒトガタの瘴気のようなものが蔓延り、その身体からは黒いモヤのような触手が蠢いている。

 路地裏に向かう入り口には、大きな牙を持った口だけの化け物が待ち構えている。

 舗装されたアスファルトや一部の建物の壁面は赤黒い肉のような物が脈動してさえいる。


 完全にホラーである。


 いくら暑い季節だと言ってもこれは勘弁願いたい。


「この、 こっち来んなっ!」


 サクラに触手が何本か近づいてきたので、バッグで地面に叩き落として踏みつける。


 踏みつけられた触手は 千切れて消えるものもあるが、逆に元気にピチピチ跳ね始める個体もいる。


 それを確認したサクラは触手を蹴り飛ばしてヒトガタ瘴気の股間あたりに命中させる。


 アタフタと悶ているヒトガタ瘴気が反撃に出る前に躊躇いなく立ち去るサクラ。



 走りながらもあらゆる角度から近づいてくる触手を、バッグであしらったり器用に回避しつつ瘴気の密度が薄い方へと走っていく。


「まったく魔王の奴めー、余計なことしてくれちゃって!」


 この怪現象は 現代の魔王が出現してから日に日に酷くなっている。


 が、別に魔王が街中にモンスターを放った!みたいなゲーム的な話ではない。

この怪現象はサクラのみが起きている現象であり、街は普段と何も変わらない。


 仕事を終えたサラリーマン、買い物帰りの女性達やお腹をすかせた家族連れ。こっそりと色気のあるお店に向かう男たち。


 そう、変わらないのだ。


 この怪現象はサクラのチカラに起因するものである。

 実はサクラも超能力者の一人だった。

 つまり先程の発言は、半ば八つ当たりである。


「これが正義の光で悪を倒す! みたいな格好良いチカラなら良かったんだけどなぁ。」


 サクラの能力は 「事実を認識できる」である。

 正確には 「事実を”何らかの形で ”認識できる」だ。


 人間である以上 誤解や勘違いは付き物だ。

 普段は見えないそれらをサクラは認識することができる。


 それは”聴覚”や”嗅覚”、”勘”等にも出るが、

 やはり”視覚”が一番認識しやすいようだ。


 つまり先程からのヒトガタ瘴気は鬱憤の溜まった通行人であり、触手は彼女への不躾な視線やセクハラタッチということになる。


 また、それらに対して物理で落ち着かせることも出来る。

 どうすればいいかという事実もある程度サクラは認識できるからだ。



 これだけなら大変高性能ではあるのだが、問題もある。 制御が難しいのだ。


 認識の仕方が大抵オドロオドロしいモノだったり、チカラのON・OFFの制御すらおぼつかない。


 そのせいで子供の頃から苦い思いをしてきた。



 現代の魔王の出現から人類はストレスを多く抱え、瘴気らしき物を纏った人間が増えたのも事実である。


 なので間接的には魔王がサクラのストレスを増加させていると言えるので、先程の現代の魔王への発言は完全な間違いって訳でもない。


「動いたら余計にお腹へってきたわね。この先の公園辺りまで抜けてお店を探そうかしら。」


 肩で息をしながら進むサクラ。

 近寄ってきたヒトガタに肘鉄を食らわせ、足払いを掛けると振り向きもせずに移動を再開する。



 街の中には点々と酔っぱらいやチンピラ達が横たわっている。


 アクション映画のような殺陣をスーツの女が繰り広げたのを目撃した人々。


 彼らはそれを酒の肴にして盛り上がり、サクラはサラリーマン達の都市伝説の1つとなった。



 …………



 公園まであと僅かの所まで来たサクラは、

 その入り口近くに屋台が出ているのを見つける。


「あの屋台、すこし不思議な感じね。 瘴気の類が全く無いわ。ちょっと大きく見えるのは、屋台全体を幕でテントみたいに覆っているからか。」


 普通なら客が入るであろう正面に大きい赤の幕を張っており、

 金色の刺繍で○の中に「水」という文字が施されている。


 向かって右側は完全に封鎖しており、出入り口はどうやら左側だけのようだ。


 そこに小さな看板が立っており、メニューが書かれている。


「なんか疲れたし、ここで食べるのも悪くないかも。オススメは何かしら。」


 てくてくと看板の前に移動しメニューを吟味する。


 店名は水星屋。

 どうやら とんこつラーメンの店のようだが、天ぷらや麻婆豆腐などのサイドメニューもあるらしい。もちろんお酒も各種、用意されている。


「この暑い日にご苦労なことねぇ……あら随分安いわね。」


 夏場に天ぷらなんて地獄の作業である。

 それに対して同情込みの労いの言葉を口にしたところで値段に気がつく。


 ラーメン単品で300○(円)セット・定食でも500○。

 しかも替え玉が2玉と、ライスは3合まで無料とある。


 お酒も 焼酎系で200○ 瓶ビール大で300○

 高くても日本酒で500○だ。


 普通に考えて大赤字である。


「ごくり。 普通なら裏を疑うところだけど、それっぽい反応はないし 入ってみましょうか。」


 詐欺などの悪意の類の反応が認識されない以上、危険はないだろうとの判断で水星屋の暖簾をくぐるサクラ。


 その瞬間、身体に一瞬だけ浮遊感を感じてたたらを踏みそうになる。


 驚いて周りを見回すと、どう見ても屋台ではない店舗型の飲食店の中にいた。

 他の客はいない。 備品は新品同様にキレイで、客席の奥にはトイレの扉が見える。


 厨房の奥にはスタッフルームらしき部屋の扉もチラリと見える。


 怪しい。どうみても屋台じゃない。

 にもかかわらず、自分の心の中の違和感と疑念が急速に消滅していく感覚があるのが更に怪しい。



「いらっしゃいませ! 水星屋へようこそ!!」



 男の声がした方を見ると 20代の半ば程、

 サクラよりもちょっと年上らしい男がいる。


 顔はイマイチで中肉中背、いかにもなモブ男だ。

 白い調理服を着て 厨房からこちらに笑顔を向けていた。


「あ、あの……」


 店長らしき男は客席側に回ってサクラの方へ近づき、


「お客さんは初めてですよね? そこの券売機で食券を購入して空いているお席へどうぞ!追加は現金でも出来ますので、お気軽に声をかけてください!」


 大きな身振り手振りを交えて説明してくれる男。 

 そんな彼の声を聞きながら、サクラは少しうつむき プルプルと震えだした。


 別に冷房が効きすぎているわけではない。

 今、自分がどういう状況にあるか、認識してしまった為だ。


 サクラはスーツのポケットに入っている、ペン型ボイスレコーダーのスイッチを入れる。


 既に厨房へ戻って手を洗い、こちらの注文を待っている男に近づいていく。


「え? お客さん、いかがしました? 最初の注文の食券はあちらで……」


 サクラは男の目の前のカウンターまで来ると相手の目を見ながら口を開いた。


「貴方が、現代の魔王ですね!!」


 男は一瞬驚いたあとにニヤリと笑いながら、答える。


「ウチはラーメン屋だよ、お嬢さん。」


 2007年 夏の夜。


 大宮公園に隣接する屋台で、その二人は出会った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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