第94話 牢屋
俺は両開きの扉を開けて盗賊どもの集会所の中に入る。集会所の中は、盗賊どもの高いびきが岩壁と天井からぶら下がる鍾乳石に反響して、四方から鳴り響いていた。いびきの大合唱だ。
「さて……こいつらはどうするかな……」
急いで先に進みたいところではあるが、こいつらが目を覚ましてしまったら厄介だ。小突いたり水をぶっかけたぐらいじゃ、魔法薬であるうたたねの水薬の眠りから覚めることは無いが、魔法薬だけに回復魔法などで解除されてしまったらあっさりと目をさましてしまう。ここからアスカとともに脱出することを考えると、こいつらは再起不能にしておいた方がいいのだが……。
「とりあえず武装解除しとくか」
俺は手近にいたヤツから順番に武装を剥いでいく。腰に刷いていた剣やダガー、服の中に隠し持っていたナイフ、ついでに小銭の入った革袋なんかも回収していく。俺もアスカと付き合うようになって、だいぶ手癖が悪くなったかもしれない。
「うん……?」
先ほど乾杯の音頭を取って、全員を巻き込んで撃沈してくれた男の剥ぎ取りをしたところ、上着のポケットに何か固いものが入っているのに気付いた。引っ張り出したそれはキャメル色の上等な革袋で、中には黒い鉄製の鍵が入っていた。
この集会所の奥には二つの扉がある。どらかの扉の鍵だろうか。【索敵】で気配をうかがったところ、片方の扉の先には数十人の気配があった。もう片方には数人しかいないようだ。
……アスカが隊商の人達と一緒に捕まっているとしたら、こっちか。
俺は数十の人の気配がある扉の取手に手をかける。手に入れた鍵で開錠できるかな……と思ったら、扉に鍵はついていなかった。
俺はそっと扉を開き中を覗く。扉の奥は灯かりが点いていないが、夜目のきく俺は内部を見通すことが出来る。
「なるほど……これは、これの鍵か」
扉の奥にあったのは鉄格子の扉だ。見るからに頑丈そうな太い鉄棒で出来た格子が、岩壁と天井につき刺さり通路をふさいでいる。通路の奥はそれなりに広い空間になっているようで、中には数十の人がひしめいているようだ。
「だ、誰だ!」
一人の男が張りつめた声をあげる。どことなく見覚えのある顔だから、たぶん支える籠手のメンバーか隊商の商人だろう。俺は【夜目】で良く見えているが、暗がりの中だと向こうは俺の顔が見えないだろうから、オークヴィルで習得した生活魔法【照明】を使った。
「あっ! あんたは!!」
「アリンガム商会の!」
「助けに来てくれたのか!」
途端に牢屋の中にいた人たちが騒ぎ出す。俺は人差し指を立てて唇に当て、静かにするように促してから小声で話しかけた。
「ここにいるのは、支える籠手と隊商の人達か?」
「あ、ああ、そうだ。別口でつかまった商人とか冒険者が何人かいるが……」
「アスカ……俺と一緒にいた女の子はここにいるか?」
「いや……あの子はあの時に行商人のフリをしていたヤツらが連れて行った。まだ、この洞窟の中にはいると思うんだが……」
「そうか……」
俺はさっき手に入れた黒い鉄製の鍵を取り出す。鍵は鉄格子の扉の鍵穴にすっぽりと収まる。どうやら、この鍵で扉を開けることが出来るようだ。
「俺の話をよく聞いてくれ。あなた達を助ける代わりに、協力してもらいたいことがある」
「協力……?」
「ああ。まずは支える籠手と戦えそうな冒険者、それと隊商隊長のマルコさんを呼んできてくれ」
「お、おう」
俺がそう言うと支える籠手の一人が鉄格子の側から離れ、格子の内側にいた人たちのところに話に向かった。すぐに、鉄格子の前には支える籠手のメンバーが5人、冒険者風の男達が5人、隊商の代表者マルコさんが集まった。
「じゃあ、現状を伝えるよ。まず、支える籠手の他のメンバーは貨物を無事に王都へ届ける事を優先し、ここには来ていない。ここに来たのはアスカの救出に来た、俺一人だ」
面々の目を順に見まわしながらゆっくりと俺が話をすると、隊商の代表は眉をひそめながら深いため息をついた。
「そう……ですか。王族への貢物や大事な商品を奪われるわけには行かない。サラディン団長の判断は正しい。私たちが見捨てられるのも致し方無いでしょう……」
「くそっ……わかってはいたが……」
支える籠手のメンバー達や捕らえられていた冒険者達は一様に肩を落とし、俺に向けていた目を地面に落とし俯いた。支える籠手のメンバーは護衛として自分の命が危険に晒されることは覚悟していただろうし、それは隊商の商人達も同じだろう。ただ俺が現れて、助かるかもしれないという期待を抱いてしまっただけに、その落差に意気消沈してしまった。
「……落ち着いて聞いてくれ。俺はここに来るまでに7,80人の盗賊達を無力化した。このアジトにいる盗賊共の大半は既に戦えない状態にある」
「な、なんだって!?」
「一人で来たんじゃないのか!?」
支える籠手の傭兵と冒険者が驚き、声を上げた。俺はもう一度、指を唇に当てて騒がないよう促す。
「本当だ。と言ってもほとんどは毒薬で眠らせたり、麻痺させたりしただけなんだけどな。すぐそこでも20人の盗賊どもが眠りこけてる」
「ほんとかよ……じゃあ、もしかして俺たち、逃げられるのか……?」
「ああ。この通りこの牢屋の鍵も手に入れた。あなたたちを解放することができる。だけど、俺がここに来たのはアスカを助けだすためなんだ。だから、アスカの救出にあんたたちの手を借りたい」
俺がそう言うと傭兵、冒険者、商人たちは互いに目を合わせ、了承すると言うようにうなずいた。俺は全員の目を見て意思を確かめた後に、協力を依頼することにする。
最初はアスカを助けるために騒ぎでも起こさせて、その騒ぎに乗じてアスカと脱出するつもりだった。だが、ここまで順調に盗賊共を無力化して来れている。それなら脱出を狙うよりも……
「盗賊の残りは十数人ぐらいだろう。このアジトを制圧するぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よしっ! 運べ運べ!!」
「おぇぇ! こいつ酒クセぇ!」
「うっわ! まじかよ! こいつ漏らしてるぞ!!」
商人たちが大声で騒ぎながら、盗賊のアジトを駆け回る。
「いたぞ! 盗賊の残党だ!!」
「うわっ! お前ら!なんで牢屋から出てんだ!?」
「くそっ! こいつらあの傭兵団の連中だ! 逃げろ!!」
「逃がすなっ!! 追えっ!!」
支える籠手の傭兵たちや冒険者が、残り少ない盗賊どもの残党に大声を出しながら戦いを挑む。
先ほどまで川の水が流れる音だけが響いていた盗賊のアジトは、一転して怒声に包まれた。支える籠手の傭兵、捕らえられていた冒険者達、そして隊商の商人たちが反撃に出たのだ。
俺が皆に頼んだのは三つ。
商人達に、痺れ薬とうたた寝の水薬で無力化した盗賊達を牢屋に詰め込むこと。
傭兵と冒険者達に、盗賊達から奪った武器を装備して盗賊の残党を狩ること。
そして全員に、出来るだけ大声を出して騒ぎを起こすことだ。
最奥の頭の部屋以外には、俺が見つからないように避けて通った十数人ほどの残党しか盗賊共は残っていないはずだ。解放した傭兵や冒険者達の人数は10人。支える籠手の連中の熟練度を考えると、数で圧倒されない限りは不覚をとることは無いだろう。
そして、商人たちは身動きが取れなくなっている盗賊どもを次々と牢屋に運び込んでいく。
完全に大勢は決した。こちらは放っておいても、牢屋から救出した連中が収めるだろう。俺は盗賊共の集会所から続くもう一つの扉を蹴破り、盗賊の頭の部屋に乱入した。




