第91話 魔力撃
縦横10メートルほどの入り口から洞窟に入る。洞窟の天井にはツララの様に垂れ下がる鍾乳石が幾重にも連なっていた。地面にも無数の石筍が並んでているが、通路は平らに均されている。
森の中よりも遥かに歩きやすい通路を、音をたてないように細心の注意を払って入っていく。すると正面から酒瓶を抱えた男がカンテラを手にこちらに向かって来るのが見えた。先ほど酒のお替りを取りに行った見張りの男だ。
俺は岩陰に身を潜めてやり過ごすと、男は俺に全く気付かずに通り過ぎた。男は入り口から出ていき、寝転がる見張り番の横に座り込む。ボソボソと何事かを呟いていたが特に違和感を感じていないようで、『うたた寝の水薬』を仕込んだコップに酒を注いで飲み始め、すぐにうつらうつらと舟をこぎ始めた。
……間抜けすぎるなコイツら。まあ……これで森の中に転がしておいた死体を見つけ出されるまでに猶予ができた。どんどん、アジトを進もう。
洞窟を進んでいくと通路の脇にいくつもの横穴が並んでいた。武器や食糧が保管されている横穴もあれば、人の気配がある横穴もある。たぶん盗賊たちの寝座なのだろう。
俺は一番手前の横穴の前で耳をそばだてる。中にいるのは4人。おそらくは4人とも男で、どうやら眠っているようだ。
俺は静かに横穴に入っていく。横穴の床には板が敷かれていて、男たちは粗末な寝具に身を包んで雑魚寝していた。侵入してきた俺に全く気付く様子は無い。
俺は音も無くジオドリックさんから受け取った漆黒の短刀を抜く。男のうち一人に近づくと【潜入】を再度発動しつつ、短刀に魔力を籠める。
……【魔力撃】。
俺は無言でスキルを発動し、短刀の先端を男の首元にプスリと刺す。ほんの数ミリほどの傷がついただけだが、これでいい。眠っているため効果のほどはわからないが、恐らくこれでこの男は『麻痺毒』におかされただろう。
【魔力撃】は手持ちの武器に魔力を巡らせ、その切れ味や剛性を強化するスキルだ。攻撃力に依存する物理攻撃に、魔力を乗せて威力を上昇させるスキルと言えばわかりやすいだろう。ここぞという一撃に使用して、攻撃力や打撃力を高めるのが本来の使い方だ。
だが、今俺が【魔力撃】を使ったのはその本来の効果を目的としたのではなく、副効果を発揮させるためだ。その副効果とは、武器の持つ属性効果や追加効果を強化するというもの。
例えば、今はジオドリックさんに預けてある紅の騎士剣には火の属性効果がついている。そのため【魔力撃】を使用すると、切れ味や頑丈さが向上するだけでなく、火の属性効果も強化される。
紅の騎士剣は普通に魔力をこめて使用するだけで傷口を焼け爛れさせて火傷を負わせる程の効果があるが、【魔力撃】を使えばその効果を発火現象にまで高める事が出来るのだ。
とは言っても未だに紅の騎士剣を実戦で使ったことが無い。魔石以外は使い道のないゴブリンの死体で試し斬りして確かめただけので、どれほどの威力になるかはわからない。たぶん狼や猪、兎などの毛に覆われた魔物は着火しやすそうなので、より高い効果を発揮するんじゃないだろうか。
話が横道にそれてしまったが、その【魔力撃】の強化は属性効果だけでなく、刃に塗りつけた毒薬による追加効果にも適用される。今回で言えば、刃に塗った『痺れ薬』の効果を増幅させたのだ。
刃先に塗った痺れ薬は少量だが、これでこの男は5,6時間は動けなくなるはずだ。旅の途中で実際に自分で試してみたので間違いない。
野営地で試しに使ってみたらピクリとも動けなくなって驚いたものだ。その時は5時間ほどまともに動けなかったので、こいつらが目覚めたとしても当分は動きが鈍るはずだ。
盗賊どもの数を削るには殺してしまう方が確実なのだが、それだと誰かがこいつらの死体を見つけた時にアジトに侵入していることがバレてしまう。このまま眠っているかのように動けなくしてしまえば、しばらくは時間が稼げるだろう。俺は残り3人も同様に【魔力撃】を発動して、麻痺毒を負わせていった。
その後も並んだ横穴に侵入して寝転んでいる盗賊たちの寝込みを襲っていく。横穴は10ほどあり、それぞれに3,4人の男たちが寝転んでいた。たぶん酒盛りした後に寝たのだろう。高いびきをかいてバカ面で寝ている盗賊たちに、プスリプスリと痺れ薬を塗った漆黒の短刀を刺していく作業をこなす。
【潜入】を常時発動して気配を消しつつ、【索敵】で盗賊の動きを探りながらの作業なので神経はすり減っていくが、やっていること自体は簡単な作業だ。全ての部屋を回り終わったときには合計で35人もの盗賊たちを麻痺毒の餌食にする事が出来た。これで盗賊のうち1/3は行動不能に出来たことになる。
それにしても……間抜けすぎないか、コイツら。盗賊Lv.★になるほどスキルを熟練させたのだから簡単に見つかるとは思っていなかったけど……これほど簡単にことが進むとは思っていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
盗賊のアジトの居住区域を抜けて先に進む。時おり盗賊どもとすれ違ったが、岩陰や横穴に身を隠して気配を断てば問題なくやり過ごす事が出来た。
洞窟を進んでいくと水が勢いよく流れる音が聞こえてきた。そのまま進むと洞窟の中に川が流れていて、通路がその川に沿って進んでいるのが見える。
流れる川はわりと勢いよく流れていて、水量も多く、それなりに深さもありそうだ。所々で水の流れが岩に当たったり、小さな滝のように飛沫を上げて水が落ちているところもあるので、流れる水の音はうるさいぐらいだ。
これは都合がいい。これなら多少の物音をたてても気づかれないだろう。ここからは、すれ違う盗賊たちはできるだけ始末してしまおう。遺体はこの川に流してしまえばいい。
俺は、アジトをさらに奥へ奥へと進んでいった。
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