第88話 焦り
自称行商人の護衛達を追い、森の中を駆ける。森に棲む魔物達の通り道は、先程までの山道に比べてかなり走りづらい。そのせいか護衛達の速度も、さほど早くなかった。
だが森で何年も過ごした俺にとっては、このぐらいの悪路は慣れたものだ。俺はどんどん距離を詰め、ついにはその後ろ姿を捉えた。
「そこの5人! 待て!!」
数百メートルまで迫ったところで大声で叫ぶと、男達は弾かれた様に振り返った。逃げ切れないと思ったのか、男達は足を止めて身構える。追手が一人だったから甘く見られているのかもしれない。
「どこに行くつもりだ。行商人達の馬車は向こうだぞ?」
「……ゴブリン共の残党を見つけたもんでな。追いかけていたのさ。あんたのせいで見失っちまったけどな」
革鎧を着こみ、片手剣を腰から下げて小盾を手に持った剣士風の男が、肩をすくめながら薄ら笑いを浮かべてそう言った。
「つまらない嘘をつくな。隊商が盗賊に襲われた。お前達は盗賊の一味だろう? アジトの場所を吐いてもらうぞ」
「おいおい。何を言ってるんだよ? それより、馬車が襲われたって本当かい?」
隣にいた斥候役らしき男が、そんなこと初めて聞いたと言うような、わざとらしい表情を浮かべる。
「黙れ。これ以上無駄口をたたくようなら、痛い目を見てもらうぞ」
俺は紅の騎士剣を抜き、殺気を放つ。一刻も早くアスカを追わなければならないんだ。茶番に付き合う時間は無い。
「チッ……やるぞ、お前ら」
「こいつ、上位種とやりあってたヤツだ。一人だけだが、油断するなよ」
男達が次々と獲物を抜き放った。装備を見るところ剣士職が二人、斥候職、魔法職が二人……と言ったところか。
練度はそれなりに高そうだが、さっきの上位種のゴブリンほどの圧迫感は無い。アジトの場所を吐かせないといけないから、まずは適当に痛めつけて無力化するか。
「フッ!!!」
「はっ、はやっ……!!」
俺は真正面にいた剣士職の男に速攻を仕掛ける。男は咄嗟に小盾を構えようとするが……遅い!
「【魔力撃】! 【盾撃】!」
「ガァッ!!」
男の左手を小盾ごと切り飛ばし、勢いそのままに火喰いの円盾で殴りつける。剣士職の男を弾き飛ばし、その後ろでロッドに魔力を集中させていた魔法職の男に詰め寄る。
刺突を放って右足を抉る。叫び声をあげて崩れ落ちる男の手から落ちたロッドを踏みつけて叩き折ったところで、振り向きざまに【鉄壁】を発動する。
振り下ろされた剣を受け止めると、もう一人の剣士職の男の顔に驚愕の色が浮かぶ。【索敵】のおかげで、混戦でも敵の動きは掴める。簡単には奇襲は受けない。
「【盾撃】!」
「グォッ……ァアァァァ!!!?」
【鉄壁】が反転。火喰いの円盾の効果で炎と化した魔力の壁が男に襲い掛かる。衣服に火がまわり悲鳴を上げて転げまわる剣士職の男。
続いて、俺は盾に仕込んだ火喰いの投げナイフに魔力を込めて投擲する。不利を悟り逃げ出そうとしていた斥候職の男の背中にナイフが突き刺さった。
崩れ落ちた斥候職の男を横目に、最後の魔法職の男に歩み寄る。杖を掲げた男は完全に腰が引けており、足を震わせていた。
「杖から手を放せ。でなければ腕ごと切り落とす」
「ヒッ!! は、はいっ! かか、かんべんしてください!!」
戦意を喪失した男が杖を放り投げたところで、駆け寄って来る人の気配を感じた。
「はあっ、はあっ……アル、兄さま!!」
「アルフレッド様!!!」
追いかけてきたクレアとジオドリックさんの姿を認め、俺は無言で紅の騎士剣を下ろした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だから俺たちは知らねえって言ってるだろうが! 冒険者ギルドの依頼を受けて行商人の護衛をやっていただけだ! 盗賊の仲間だって証拠でもあんのかよ!?」
「そうだ! この冒険者タグを見ろ! 正規の依頼書だってある!!」
ジオドリックさんが男達の簡単な止血だけを済ませ、縛り上げて身動きを取れなくすると、男達は盗賊と自分たちは関係ないとの主張を再び訴えた。
「盗賊達があなた方と組んでいたことを示唆していたのですよ。野営地に巣くったゴブリンたちを利用して傭兵団支える籠手を分断し、隊商の商人達を攫ったのでしょう? 言い逃れは出来ませんよ」
ジオドリックさんが鋭い目で睨みつける。だが、それでも男達は関係を認めようとしない。
「だからどうしたっ! 行商人が盗賊の一味だったとしても俺たちは関係ない!」
「これだけ状況証拠が揃っているのに、そんな言い訳が通じると思っているのですか?」
「状況がなんだってんだ! 盗賊と繋がってるって証拠でもあるってのか!?」
自称行商人の護衛達は一向に認めようともしない。
確かに支える籠手を分断するためにゴブリン討伐に同行していたというのも、ジオドリックさんが盗賊の話しを盗み聞きしただけだ。こいつ等が護衛依頼をギルドを通して受けていると言うなら、行商人や盗賊とのつながりを示す直接的な証拠にはならないかもしれない。
森の中を逃げるようにして野営地から遠ざかっていたことについても、盗賊とのつながりを示す確たる証拠とは言えない。さっき言っていた通りゴブリンの残党を狩るために野営地を離れていただけと言われてしまえば、反論のしようも無い。
確かに盗賊との繋がりは状況証拠だけで、確たる証拠は無い。
でも、だからどうしたって言うんだ?
「ジオドリックさん、もういいです。時間の無駄です。俺と代わってください」
「アルフレッド様……」
俺はジオドリックさんを押しのけて男達の前に立つ。
「証拠なんてどうでもいい。盗賊のアジトの場所を吐け」
俺は男達を見下ろしながら冷たく言い放つ。こんなことに時間をかけている余裕なんかないんだ。
こうしている間にもアスカが危険な目に合っているかもしれない。一刻も早く、救出に向かわなければならないんだ。
「だから、盗賊なんて関係ないって言ってるだろうが! アジトなんて知るわけねえだろ!!」
なおも反論する男達。俺は、無言でダガーを引き抜き、おもむろに剣士職の男の太ももに深く突き刺した。
「ギャアァァァァ!!! 痛てえ! 痛てえ!!」
「てめえ! 何てことしやがるんだ! 盗賊のアジトなんて知らねえって言ってるだろうが!!」
俺はなおも言いすがる斥候職の男を無視し、痛みに叫び声をあげ転げまわる剣士職の男の髪を掴み、喉元にダガーを突き付ける。
「黙れ。これ以上騒ぐと殺す。盗賊のアジトを吐け」
「ひっ……。だ、だから、知らねえって……本当だ。信じてくれよ。俺たちはギルドの依頼を受けただけなんだ。タダの冒険者なんだよ」
震えながらそう言う剣士職の男。
「そうか……なら、仕方が無いな」
俺は容赦なく首筋にダガーの刃先を走らせる。勢いよく噴き出す血が、自称行商人の護衛の男達に降りかかる。
「ひっ……」
クレアが小さく悲鳴を上げる。剣士職の男がビクンビクンと身体を痙攣させ、しばらくして動きを止めた。流れ出た血を全身に浴び、血だまりの中に座る男達はガタガタを身体を震わせ、青ざめた顔で俺を見上げる。
「て、てめえ……なんて……ことを。お、俺たちは関係ないって言ってるじゃねえか。ぼ、冒険者殺しは大罪だ……てめえ、タダじゃ済まねえぞ……。ギルドに訴えて、やるからな」
斥候の男が震えながらも、俺を睨みつける。だから……それがどうしたって言うんだ?
「……アジトを吐かないなら、このまま一人ずつ殺していく。お前たちが言うことが本当だとしても、死んでしまえばギルドに訴えられない」
俺は無表情でダガーを斥候の男の喉に突き付ける。
「最後だ。盗賊共のアジトはどこだ?」
「…………」
斥候の男は小刻みに震え、怯えた顔で俺を見る。
……答えないならしょうがないな。こいつを殺しても3人いる。どれかが吐くだろう。
俺はダガーをゆっくりと振り上げると、斥候の男は弾かれた様に叫んだ。
「わ、わかった!! 言う! 白状する!! アジトの場所を教える! だ、だから殺さないでくれ!!」
狂気のアルフレッドさん……
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