第87話 盗賊
……隊商が襲われた? 誰もいない? ア、アスカは!?
「なんだと!? どういう状況だ!?」
ジェフの叫び声にサラディン団長が大声で叫び返す。
「馬車と貨物は残ってるんだけど誰もいなかったんだ! 戦闘した形跡があったから、誰かに襲われたんだ!」
「くそっ! ここに来て盗賊か!? おいっ、戻るぞ!!」
「はっ、はいっ!!」
俺たちは焼却中のゴブリンを放り出して隊商の待機場所へと走る。
なんてことだ……アスカは無事なのか!? クレアは? ジオドリックさんはどうしたんだ!?
くそっ……ゴブリン退治なんてしてないで、アスカのそばにいるべきだった。隊商からの要請があって、依頼主のクレアにも頼まれたから……
いや、違う。何を隊商のせいにしてるんだ。俺のせいじゃないか。俺はどんどん強くなる加護の力に溺れ、騎士の力を試したくて仕方がなかった。ゴブリン退治にかこつけて紅の騎士剣の試し切りや新スキルの習得を狙ってたじゃないか。
アスカはこの山に盗賊が出ると言っていたし、通り過ぎた村や町では怪しげな奴らにも尾けられた。盗賊をあれだけ警戒し、行商人を疑っていたのに、なぜ俺はアスカの元を離れたんだ!
くそっ! くそっ!
俺は全速力で走り、ゴブリン討伐隊を抜き去る。ゴブリン戦の疲れも、全速力による息切れも意識の埒外だ。一刻も早くアスカの足取りを追う。それしか頭に無い。
数分後、隊商の荷馬車が待機していた場所にたどり着いた。いくつかの荷馬車が横倒しにされていて、そこかしこに矢が突き刺さっている。血だまりや焼け焦げた跡があるが、人の姿はどこにも見当たらない。
「アスカ、どこだ!! クレア!! ジオドリックさーん!!」
俺は大声で叫びながらアリンガム商会の馬車、隊商の荷馬車を開けて回る。だが、どこにも人の姿は見えない。
いや、わかってるんだ。この周辺には【索敵】にひっかかる人の気配は無い。馬車の中にもだ。
だけど、俺は声を出し続ける。もしかしたらアスカに声が届くかも知れない。反応があるかもしれない。気配を感じられるかもしれない。
「はあっ……はあっ……本当に人っ子一人見当たらないな。こいつは……人攫いか。貨物に全く手を付けて無い……か。後で取りに来るつもりか?」
追いついてきたサラディン団長が言う。くそっ、よりにもよって人攫いかよ。
どうする? ここに貨物があるなら盗賊が戻ってくるか? 待ち伏せして盗賊を捉えてアジトを聞き出す……いや、傭兵がこんなにいるのに果たして貨物を取りに来るだろうか。
「チッ……お前ら! 貨物を野営地まで運ぶぞ!」
馬車の移動? いや、待てよ。それどころじゃないだろ? 人がいなくなってるんだ!
「サラディンさん! 攫われた人を探しましょう! ここには30人以上いたんだ! そう簡単に移動できるわけない! 手分けして探せば、見つかるはずだ!」
そう叫ぶとサラディン団長は苦い顔をする。
「すまん、アルフレッド。そういうわけにはいかない。商人達には申し訳ないが、まずは貨物の安全を確保する。こんな山道で盗賊に襲われたら防衛が困難だ。一刻も早く見晴らしのいい場所に移動する」
「そんな! それよりも、アスカにクレア、隊商の人たちを探さないと! 何かあってからでは遅いんですよ!!」
「……すまん。俺たちの任務は隊商の護衛だが、何よりも優先されるのは貨物の輸送だ。隊商の連中を守れなかったのは遺憾だが、せめて貨物は王都に運ばなければならない」
「そ、そんな……。」
隊商の貨物に莫大な価値があるのはわかってる。でも、アスカやクレア、隊商の連中の人命がかかってるんだぞ? アスカが奴隷として捌かれてしまったら…殺されてしまったら、取り返しがつかないんだぞ!?
「クレア嬢の護衛が君の任務だったことはわかっている。だが、王族への貢物や王都への貨物の輸送が我々の任務なんだ」
何を……言ってるんだ、コイツは……。守れなかった? 任務だった? 何を過去形で話しているんだ。何で済んだ事のように話すんだ!
王族への貢物? 王都への貨物? そんなものがアスカの代わりになるわけないだろうが!!
くそっ……コイツらに頼ることは出来なそうだ。俺一人でもアスカ達を探しに行かなければ……。
そう思って山道からそれて獣道に走り出そうとした俺に、背後の森の中から声がかかった。
「アル兄さま!!」
クレア!? ジオドリックさんも!? ついさっきまで気配を全く感じなかったのに、こんなに近くにいたのか!?
「無事だったか! アスカは!? 一体なにがあったんだ!?」
俺は走り寄ってきたクレアの肩をつかむ。するとクレアとジオドリックさんは沈痛な面持ちで俯いた。
なんだ……なんで、そんな顔をするんだ。アスカはどうしたって言うんだ!?
「アルフレッド様、申し訳ありません。アスカ様は盗賊に攫われてしまいました」
「なんで……貴方がついていながら……何が起こったんです!?」
俺は噛みつくかのようにジオドリックさんに詰め寄る。アスカとクレアのこと頼んでいたというのに……【暗殺者】の加護を持つジオドリックさんがいるから、安心してゴブリン討伐に向かったと言うのに!
「……アスカさんは……私の身代わりに盗賊に攫われてしまったのです…」
「なん……だって……?」
「アル兄さまが出てしばらくして、盗賊に襲われたのです……。支える籠手の皆さんが防戦したのですが多勢に無勢で……全員捕らえられてしまって……。私たちとアスカさんは馬車の中に隠れていたのですが、盗賊の一人がこの馬車に近づいて来て……」
クレアが小刻みに震えて言葉を詰まらせ、ジオドリックさんが言葉を継いだ。
「アスカ様は私とクレア様を馬車の奥に隠し、馬車に入ってきた盗賊に相対したのです。アスカ様は自分がクレア・アリンガムだと名乗られて……」
「なんで……そんな、じゃあアスカは……」
「ええ。盗賊の狙いは、クレア様の身柄だったようです。アスカ様は盗賊に連れ去られてしまいました」
アスカが……クレアの身代わりに……? なんでそんな事に……。
「ジオドリックさん……貴方は……何をしていたんだ……」
俺はジオドリックさんを睨みつける。アスカの事を頼んでいたのに……見捨てたというのか!!?
「……申し訳ありません。【暗殺者】のスキル【隠密】を使い、クレア様と共に馬車の奥で隠れておりました」
「なん……だと……?」
俺は拳を握りしめジオドリックさんに近づき、ジオドリックさんの胸ぐらをつかむ。隠れて……アスカを助けようともしなかったのか!?
「アル兄さま! おやめください!! 隠れていたのは私も同じです!! ジオドリックは私の身を案じ、【隠密】スキルで自分と私の気配を隠したのです! 私は我が身可愛さにアスカさんを盗賊に差し出した! 私が悪いのです!」
「私がアスカ様を見殺しにしたのです。盗賊共は我々の二倍以上の人数で襲ってきました。無事に逃げ切れるとは思えませんでしたので、遺憾ながらアスカ様を見捨てました。責められるべきは護衛である私です」
「……ぐっ……」
俺は振り上げた拳を、下ろす。
ジオドリックさんを責めてどうする……。優先順位を間違えたのは俺だ。こんなの……ただの八つ当たりじゃないか。
「我々は盗賊共に一杯食わされたのです。盗賊共が言っておりました。『うまく護衛を分断できた』『アイツらも上手くやったようだ』と。あの行商人達は、やはり盗賊の仲間だったようです」
「なんだって……? あっ!!」
俺はそう言われてはじめて気づく。ゴブリン退治に参加していた行商人の護衛達の姿が見当たらない。
くそっ、あいつらはやはり!!
俺はすぐに反転して野営地に向かって走り出す。同時に【索敵】を発動し、スキルに全神経を集中する。
あいつらはついさっきまで俺たちとゴブリンの解体をしていた。まだ遠くには行っていないはずだ。今ならまだ間に合う!!
全速力で走りながら、【索敵】スキルに没頭する。風に乗って漂う焼け焦げたゴブリン肉の匂い、森に潜む魔物の気配、崖下に流れるせせらぎの音。様々な気配を感じ取り、違和感や動きのある物を探し出す。
割れるように頭が痛み、たらっと鼻血が垂れる。それでも【索敵】スキルへの集中を切らさない。膨大な情報が俺の耳に、肌に、頭に流れ込む。索敵の効果範囲が普段の倍近くまで広がっていく。
「いたっ!!」
野営地の向こう。隊商が待機していた場所の反対側に、森の中を移動する人の気配を見つける。
俺はさらに速度を上げて、森の中に飛び込んだ。
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