第9話 スキル
成人の儀。15歳を迎えた者に加護を与える、教会が行う儀式だ。才能や血筋、魔力の性質などから、その者に最も適性のある加護が与えられると言われている。
与えられる加護は一人に一つ。授けられた加護が例え意に沿わないものであったとしても決して覆すことは叶わない。それが、世界の常識だ。
「メニューで加護を選べるの」
だが、アスカのメニューというスキルは、そんな常識を根底から覆す非常識なものだった。神具を手に入れさえすれば、いくつでも加護を与えることが出来るらしいのだ。
「神殿で手に入れた加護は【剣闘士】、【喧嘩屋】、【癒者】、【魔術師】、【盗賊】の5種類だよ」
森番と盗賊という二つの加護を授かっただけでもありえない事だと思っていたのに。まさかあと4つも加護を得ることが出来るなんて、少し前ならとても信じられなかったな。
「でね、盗賊のスキルを手に入れてもらいたかったから昨日は頑張ってもらったの」
俺は昨日のアスカ式ブートキャンプ?とかいう訓練で、スキルを手に入れたようだ。それも潜入・索敵・夜目の3つもだ。
加護を持つ者は魔物と戦ってレベルを上げることで、スキルを身に着けることが出来る。潜入や索敵は、熟達した盗賊なら当然のように取得しているスキルではある。だけど、レベルも上げずにスキルを身に着けたなんて聞いたことが無い。
レベルは魔物を討伐することで上げることが出来る。魔物が取り込んでいた魔素が、加護を通して討伐者に宿ることで、能力が強化されるからだそうだ。まあ魔物の魂が宿るからだとか言ってる人もいるし諸説あるみたいだけど。
俺は昨日の夜、動物は倒したけれど、魔物は一匹だって倒していない。当然、レベルは上がっていない。昨夜のうちに俺が多くの魔物を倒してレベルを上げていたというのなら話はまだわかる。なんでレベルが1つも上がっていないのに、3つもスキルを取得できたんだ?
「スキルはレベルを上げることでも手に入るけど、上げなくても手に入るよ?」
アスカが言うには、スキルを取得するには二つの方法があるそうだ。
一つ目は、魔物を討伐してレベルを上げること。
二つ目は、特定の条件を満たすこと。
「スキルによって取得条件は違うの。【潜入】は、敵が出るフィールドで敵に見つからずに移動できた距離の累計が一定の値になったら取得できるの。【索敵】は、同じように敵を探し続ければいいわけ。【夜目】は、夜とか洞窟とかの暗い場所で灯かりをつけずに移動した距離の累計が条件だね」
そんな方法があったなんて……。でも、訓練すればスキルを身に着けられるのなら、なぜその方法が知られていないのだろうか? 伯爵家にいたころに師事していた家庭教師たちは優秀だったから、知っていたら教えてくれただろうに。
「うーん、なんでだろうね? たぶん条件を満たす前にレベル上げでスキルを身に着けちゃうからじゃないかな。加護があったらレベルを上げてお手軽に戦力強化しようとするだろうし」
「ああ、そっか。でも、それなら俺も始まりの森で魔物退治をしてレベル上げをした方が手っ取り早かったんじゃないか?」
始まりの森の魔物は戦闘の加護持ちからすれば、さほど強くないそうだ。幼体の時、聖域で魔素を取り込まずに成長するため、総じてレベルが低いのだと言われている。俺も盗賊の加護を授かったので、この森の魔物程度ならたぶん倒せると思う。
「実はそこがビギナーがはまり易い落とし穴なんだよね。レベルが上がるとスキルの熟練度が上がりにくくなるから、出来るだけ低レベルを維持した方が効率がいいの」
「えぇ? 熟練度?」
「ええと、熟練度って言うのは……」
基本的にスキルは使えば使うほど効果が強化されていく。また、ほとんどのスキルは敵が出現する場所で使用するか、敵への攻撃に使用することで成長する。
そして、出現する敵のレベルが自分より高ければ高いほど成長しやすい。逆に自分よりも敵のレベルが低ければ成長速度は鈍化してしまう。
アスカの説明をまとめると、こんな感じだ。
「なるほどね……。強い魔物と戦った方が、強くなるっていうのはわかる気がするな」
「WOTではそうだったよ。ここでも同じかはわからないけど同じ方法で加護とかスキルが取得できたから、たぶんそうだと思うよ」
「あれ? 聖域に生息しているのは魔物じゃなくて動物だけど、それでも大丈夫なのか?」
「うん。動物って言っても小っちゃい魔物でしょ? この聖域にいる魔物はいくら倒しても経験値がゼロだからスキルの熟練度だけを上げれたの。ここは操作を練習したり、スキルの効果を確かめたりできる、チュートリアルみたいな場所なんだよね」
うん。よくわからなかったけど、聖域は加護を得た者が訓練をしやすい場所という事だろう。
俺は一度も魔物を倒したことが無いからレベルは1のままだ。たぶん、この聖域に生息している動物の方がレベルが高いのだろう。
昨日の訓練も、スキルの取得や強化をよく考えたうえでのものだったんだな。アスカの無意味な思いつきだと思ってたよ。すまなかったなと心の中でつぶやく。
「わかった? アスカちゃんのおかげで加護もスキルもゲットできたんだからねー? 感謝してよね?」
うーん。前言撤回。言わなきゃ感謝の一つもしたところなのに。
そんな話をしながら、アスカが作ってくれた干し肉のスープと固いパンで朝食をとった。味は可もなく不可もなくといったところだったけど、もちろん美味しいと褒めちぎっておいた。味なんかよりも俺のために作ってくれた料理を食べられるだけで十分幸せだしね。
アスカは俺に合わせて徹夜していたらしく、食事後すぐに寝入ってしまった。もちろん俺も一晩中の狩りに疲れ果てていたので、同じくベッドに倒れこんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目を覚ますと、窓から差し込む夕日で部屋が紅く染まっていた。思ったよりもぐっすり眠ってしまったみたいだ。
「あ、おはよう、アル。ずいぶん疲れてたみたいだね」
「おはよう。ああ、そうみたいだな。日があるうちに掃除に行かないと」
日課の転移陣の掃除に行かないと。そう思って身支度を整えようとした俺をアスカが呼び止める。
「なに言ってんの? アルはもう森番じゃないでしょ。そんなのやらなくていいじゃん」
言われてみればそうか……。旅に出るならどっちにしても掃除もしなくなるんだしな。
「そんな事より試してみたいことがあるの。ついて来て!」
そう言って小屋から出て行くアスカを追いかける。また転移陣に行くのかと思っていたけど、連れて来られたのは小屋の裏にある物置だった。
物置の真ん中には大きな木桶があり、昨日仕留めたマッドボアを水で冷やしてある。冷やしておかないと肉に臭みがでちゃうからな。
「このマッドボア、解体するんだよね? あたしにやらせてくれない?」
ああ、なるほど。旅に出たら食糧や素材を得るために魔物の解体をする機会も多いだろう。練習をしておこうってことか。なかなか真面目じゃないか。
「ああ、じゃあやり方を教えるよ」
そう言って解体用のナイフを取り出す。
「あ、それ貸してくれる?」
手本を見せなくてもいいのか?まあ、教えながらやってもらえばいいか。上手くいかなければ手伝えばいいし。そう思いながらアスカにナイフを手渡す。
「うん。やっぱりこれが『だいじな物』になるのか」
手渡したナイフをしげしげと見つめるアスカ。その次の瞬間、唐突にその手からナイフが消えた。
「えっ? ナイフが無くなった!?」
「ううん。無くなったわけじゃないよ。ほら」
そう言うとアスカの手のひらにナイフがまた唐突に出現する。
「すごいな! どんな手品を使ったんだ!?」
アスカは大道芸人でもやっていたのか? こんなに近くで見ていたのにタネも仕掛けもわからなかった。
「手品じゃないよ。これもメニューの機能の一つだよ。いろんな物をアイテムボックスの中に収納できるの」
そう言って、アスカはナイフを消したり、出したりを繰り返した。
「へぇ……メニューって本当にとんでもないスキルだな……」
世の中には知られていなかったり、隠されていたりするスキルも多いとは言うけど……。アスカのメニューってスキルは特殊すぎるな。こんなスキルを持つ人が他にもいるのだろうか。
「でね、試したいのはこれなの」
そう言ってアスカはマッドボアに手を伸ばす。アスカの手が触れた瞬間に、マッドボアが姿を消した。
「すごいな……こんなに大きなものも出し入れできるのか……」
「ふっふーん。それだけじゃないんだなー」
アスカがイタズラっ子のような表情浮かべて笑う。
「さっきのマッドボアを出すよ? はいっ!」
アスカの掛け声とともに出現したのは、肉塊と毛皮、牙だった。
「えぇ!? ちょっ、いつの間に解体したんだ!?」
ついさっきまで内臓を取り出しただけのマッドボアの死体だったはずなのに。一瞬で2,3キロの塊に小分けされた肉と綺麗に剥がされた毛皮に解体されていた。
「えっと解体したんだけど、実際に解体したわけじゃなくて……まあ見てもらえばいいか。ログ!」
するとアスカの目の前に小さめのウィンドウが現れる。
「ほら、見て」
そう言われて、ウィンドウを覗き込む。半透明な石板には、こんなことが書き込まれていた。
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■ログ
「解体ナイフ」を入手した
「魔物解体」を取得した
魔物素材を入手できるようになった
「マッドボアの肉」を入手した
「マッドボアの毛皮」を入手した
「マッドボアの牙」を入手した
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「なにこれ?」
いや、書いてあることはわかるんだけどね。アスカの身に起こったことがここに書かれるってことか? どうなってんだこれ?
「『だいじな物』を手に入れるとメニューが開放されることがあるんだよね。解体ナイフの場合は倒した魔物の素材が手に入るようになるってわけ」
ああ、もう深く考えるのはやめよう。アスカは一風変わったスキルを使う子、もうそれでいいや。
「【伐採鉈】もあるよね? 蔦を切ったり、薬草を採集するのに使う鉈、あるでしょ? そう、それ! 貸して!」
俺はアスカに言われるがままに、鉈を手渡す。アスカに手渡した瞬間に鉈が消えて無くなる。
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■ログ
「伐採鉈」を入手した
「植物採集」を取得した
植物素材を入手できるようになった
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ほほう。今度は植物採集か。うん、さすがアスカ。君ナラ何ガ出来テモ不思議ジャナイヨ。
「アル! 今夜はスキル上げついでに素材を集めて回るよ!」
アスカは満面の笑顔を浮かべてそう言った。