第85話 上位種
前衛組とともにゴブリンの群れに突貫する。メンバーは支える籠手から3人、行商人の護衛から3人に俺を加えた7人だ。
作戦通り6人が俺の少し先を駆け、俺はその後ろを追いつつ【索敵】でゴブリンの群れ全体を俯瞰する。ゴブリンの数は凡そ40前後。思っていたよりも多いが、まあ対応可能な範囲だろう。
先を走る【拳闘士】のグレンダさん、【槍術士】のジェフ、名は知らないけどたぶん【剣闘士】の男が、護衛3人組と横一列に並びゴブリンの群れと衝突する。
「食らいな!【爪撃】!」
「おっらぁ!【牙突】!」
グランダさんはぐっと地面を踏みしめると身の丈ほども飛び上がって、先頭にいたゴブリンを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたゴブリンの顔は、まるで鋭い爪を持つ熊にでも殴られたかのように抉り取られている。ジェフの槍も一息でゴブリンの胸を貫通し、絶命せしめた。
一瞬で二匹を葬り見事な露払いを成した二人だったが直後に雪崩のように押し寄せたゴブリンに、強制的に防戦を強いられる。追随した【剣闘士】達は【挑発】を放ち、二人に襲い掛かるゴブリンの注意を引き、最前線は早くも乱戦に陥った。
だけど俺は【挑発】も放たずに【索敵】に集中する。
俺の役目は敵の上位種を釘付けにすること。ゴブリンナイト級の個体をどれだけ引き付けられるかが、この戦いの要となる。申し訳ないがゴブリン共の相手は他の前衛組に丸投げする。
【剣闘士】達の【挑発】の効果はさほど強くは無いようで、それぞれ3匹程の注意を引き付けるのが精々だ。それでもグレンダさんとジェフに殺到したゴブリン達を上手く引き付けて、ゴブリン達を拡散させるの成功している。
前衛達が群れの勢いをうまく止めて見せたところで、双方の後衛が放つ魔法や矢が前衛の頭を飛び越える。前線にいる仲間に被害が出ないよう、中衛から後衛にむけて放たれた攻撃が双方の頭上から襲い掛かる。
俺は降りかかる火と矢を避けつつ、背後からは狙われていない事にホッとする。行商の護衛達が突如襲い掛かって来る可能性も視野に入れていたのだが、どうやら味方からの攻撃は無さそうだ。
我ながら疑り深いと思うが、アスカがこの山に盗賊が現れると言った以上は警戒は外せない。行商人の護衛達は真面目にゴブリンと戦っているみたいだが……。
後衛組やそのさらに背後にも【索敵】を展開していたが、不穏な気配は無い。挟み撃ちされる心配は無さそうだ。
それなら、いい加減に俺の役目を全うしないとな。俺は背後にまで割いていた【索敵】の効果範囲を前面に集中させる。
程なく、40匹ほどのゴブリン達のその更に奥にいる強者の気配を見つける。数は……4体……かな? 上位種の個体数も思っていたより多い。これは、なかなかに苦戦しそうだ。
「敵の主力を発見! 切り込みます!」
「おう! ここはまかせな!!」
グレンダさんの頼もしい返答を耳に、俺は【潜入】と【不撓】、さらに【索敵】を発動する。押し寄せるゴブリン達の流れを感じ取り、比較的に気配の薄い点を結び一本の線を見極める。
俺は剣を抜き放ち、敵正面から45度ほど左側を指し示す。背後に控える後衛は全体に満遍なく放っていた魔法や矢を、俺の指し示した方向に集中させた。ばたばたと倒れていくゴブリン達。俺はその間隙に向かって全速力で走りこむ。
修得済みの【盗賊】のスキルを最大限に生かし、前線の奥へ奥へと駆ける。さすがにレベル10に至った【潜入】でも接近すれば気づかれるが、気づいたその時にはすでに遅い。
俺は自慢の敏捷値にものを言わせて敵の主力へと至る蛇行した一本の線をひた走り、押し寄せるゴブリン達を置き去りにする。いくらカスケード山の魔物のレベルが高いと言っても所詮はゴブリンだ。俺の速さにはついて来れない。
あっという間に集団を抜け出した俺は、4体の上位種に向かって【挑発】の魔力を放つ。上位種共は突然に現れた俺に驚きつつも、即座に臨戦態勢を取った。
よしっ! 予定通りゴブリンの群れの主力だけ、注意を引けた。
残りはソードゴブリンやゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジだけだ。数は倍以上だけど支える籠手ならさほど苦戦はしないだろう。
俺はこの上位種たちを………って、あれ? なんか1体だけ別格なヤツが混じってない?
片手剣と盾を持ったゴブリンナイトが2体、もう1体は杖を持ってるからゴブリンシャーマンか? 最後の1体が……なんか両手剣をもって金属鎧を纏った……ジェネラル級!? やっば、これ紅の騎士剣の試し斬りとか言ってる場合じゃ……。
「うおっと!!!」
二体のナイトの剣が左右から襲い掛かる。俺はバックステップで辛うじて剣を躱し、一瞬だけ目を離してしまったジェネラルに目を向ける。なんとジェネラルは俺に向かって右手を突き出し魔力を集中させていた。嘘だろ? 魔法も使うの!?
「【岩弾】!」
「くっ…【鉄壁】!」
とっさに掲げた魔力の盾に拳大の岩の散弾が炸裂する。ギリギリでガードが間に合ったけど……アイツあんな大剣を持っときながら魔法もありなのかよ!
「グルォォ!!」
「ルゥァァ!!」
スキルの効果時間が切れて魔力の盾が消失した瞬間に合わせてナイトが突っ込んでくる。今度は微妙な時間差攻撃かよ! ゴブリンってこんなに連携とれたの!?
横薙ぎに振られた剣をなんとか躱したところで、もう1体の刺突が迫る。こちらもすんでのところで身体を捻り、避けて態勢が崩れたところに……はい! 来たぁ!!
「【大鉄壁】!」
「ゴルァァ!!」
俺はすさまじい膂力で振り回された大剣に魔力の盾ごと吹き飛ばされて、無様にごろごろと地面を転がる。なんとか跳ね起きたところで、ジェネラルの背後に魔力の高まりを感じる。
「【魔弾】!」
「ぐぅあっ!!」
シャーマンが放った魔力の塊に再び弾き飛ばされる。目まぐるしい連携攻撃に、息をつく暇さえ与えてもらえない。
……くっそ。完全に調子に乗ってたな。やばい。このままだと……やられるかも?




