第84話 野営地
アスカとクレアの護衛をジオドリックさんに任せて、俺は隊商の先頭で警戒している支える籠手のところに向かう。
「サラディンさん、グレンダさん、どういう状況ですか?」
「様子を窺ってるところだ。見る限りは行商人みたいだが……」
「うかつに近づいたら盗賊でしたじゃシャレにならないからね。このルートは山賊が出るって話だから、相手の出方待ちってところよ」
500メートルほど先には3台の馬車と10人程度の商人や護衛らしき人達の姿が見える。見たところ馬車が故障して立ち往生しているという雰囲気でもない。もう少し先に行けば野営地があるのに、こんなところで立ち止まっているのは不自然極まりない。
何らかの事情で立ち往生している行商人か、それとも待ち伏せしていた盗賊の一団のどっちかといったところだろうか。だけど盗賊だとしたら総勢50人もいる集団に対し10人程度の人員で待ち伏せするというのも変だ。辺りの森からは人の気配は感じないから、伏兵が隠れているという事も無いだろう。とりあえずは挟み撃ちされるような事はなさそうだけど……。
「俺が行って確認してきましょうか?」
「いや、隊商の護衛は俺たちの仕事だ。そのぐらいは、こっちで確認する」
「私が行ってくるよ」
「……わかりました。何かあったらすぐに駆け付けます」
【盗賊】と【騎士】の加護を持つ俺なら、何かあった時でも自分の身を守りつつ、素早く離脱する事が出来ると思うから適任だと思うんだけど……。まあ、それが仕事だと言うなら支える籠手に任せよう。
すると、止まっている馬車の方から男が一人でこちらに歩いて来るのが見えた。身なりの良い中年の男だ。盗賊には見えない……が。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言ってグレンダさんは立ち往生する馬車の方に歩いて行った。支える籠手の連中はいつでも動き出せるような態勢を整えながら、その後姿を見守る。ちょうど中間地点あたりでグレンダさんは身なりの良い男と少しの間だけ話し合うと、すぐに踵を返してこちらに戻ってきた。
「ただいま」
「どうだったんだ?」
「あいつらはラングリッジ子爵領から来た行商人だってよ。この先の野営地にゴブリン共が居ついていたから立ち往生していたそうだよ」
「ふむ……ならば詳しい話を聞きに行くか。向こうの戦力はどんなもんだ?」
「護衛が5人。Dランクか良くてCランク冒険者ってところかな」
「それくらいの人数なら何かあってもすぐに制圧できるか……。よし、支える籠手の半分は俺に付いて来い。残りは隊商とともにこの場で待機。マルコさんも代表として俺たちに付いてきてくれ」
「わかりました」
サラディンさんはそう言うと支える籠手の連中を率いて、立ち往生していたと言う馬車の方に向かっていった。残された俺は、とりあえずアリンガム商会の馬車の方に戻る。
「アル兄さま! あの馬車はなんだったのですか?」
「ん、盗賊かもしれないと思って警戒していたんだけど、どうやら違ったみたいだ。行商人らしいんだけど、この先の野営地にゴブリンが居ついていて立ち往生していたらしい」
「そうでしたか……」
盗賊じゃなかったとわかってクレアはほっとした様子だ。ここまでの旅路で、アリンガム商会の馬車を尾けまわしていた連中がいたことはクレアにも隊商にも報告している。隊商の商人たちや支える籠手の連中もかなり緊張していたみたいだ。
「ゴブリンですか。上位種のレッドキャップを討伐したアル兄さまがいるのですから、問題ありませんね!」
「ゴブリンの数次第だけどな……。まあでも、支える籠手の連中もいるし、なんとかなるんじゃないか?」
さっきは協力は要らないと言われたけど、魔物討伐なら声がかかるだろう。支える籠手としても無用の被害は避けたいところだろうし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、戻ってきたマルコさんとサラディンさんに呼び出される。クレアとともにマルコさんの馬車に向かうと、二人が待っていた。
「向こうで詳しい話を聞いてきた。どうやら野営地にゴブリン共が集落を築こうとしているらしい。30匹ほどのゴブリンの群れで、中にはゴブリンナイト級の個体も数匹いるそうだ」
「30匹ですか…。なかなか多いですわね」
「そうだな。出来れば戦いは避けたいところだが、この狭い山道じゃ野営地を避けて通りすぎることも出来ない。引き返さないなら討伐するしかない」
「引き返すのも致し方ないと思ったんだが、アルフレッド殿がいれば余裕を持って戦える相手だとサラディン殿が言うのでね。協力をお願いできないだろうか?」
「そうでしたか。クレア、いいか?」
「もちろんですわ。アル兄様にかかればゴブリンなんてどうとでもなるでしょう?」
「助かる。既に行商人達とも話しはついている。日が暮れる前に片付けるぞ」
そしてサラディンさんからゴブリン討伐の作戦が告げられた。
支える籠手から10名と行商人の護衛5名全員、それに俺を加えたメンバーで討伐に向かう。支える籠手の残りの5名ほどは、この場に待機して他の魔物の警戒だ。
ゴブリン達がいるこの先の野営地は隊商の総勢50名がテントを張ってもまだ余裕なぐらいの広さがある。森の中にぽっかりと空いた広場で、木も生えていない草地となっている。敵の目を遮るものが無く、奇襲をかけるのが難しいため、日が暮れるのを待たずに正面から突破することになった。
俺は前衛組の7名の中に組み入れられた。やることはここまでの道中で戦ってきた魔物の群れの討伐と同じだ。ゴブリン共の注意を引き、後衛が魔法や弓矢で攻撃する。とても作戦と言えるようなものではないが、立地が悪いのでしょうがない。
出来るだけ防御に専念するつもりだが、さすがにこの期に及んで全く攻撃をしないというわけにもいかない。熟練度稼ぎをしたいところではあるけど、ある程度は倒さないといけないな。
「立ち回りは了解しました。俺はゴブリンナイト級のやつらを引き付ければいいんですね?」
「ああ。アルフレッドに強い個体にあたってもらうのが、全体の被害を抑えるためには最善だろう。すまないが、頼んだぞ」
「ええ。任されました」
さっきもゴブリンナイトと戦ったが火喰い狼ほどのプレッシャーは感じなかった。あの時よりもずいぶん強くなった今なら、例え複数のゴブリンナイトがいたとしてもそう簡単に引けは取らないだろう。
油断は禁物だが、今度は剣を振るうつもりでいる。防御に専念するよりは、戦いを有利に進められるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アスカとクレアを馬車に残してジオドリックさんに護衛を頼み、ゴブリン討伐隊とともに野営地に向かう。アスカは付いてきたがったが、さすがに居残りさせた。
チェスター防衛戦の時はレッドキャップの小集団を隠れながら奇襲していく戦い方だったし、俺と一緒にいるほうが安全というのもあった。だが今回は30を超える集団との正面からのぶつかり合いだ。敵集団のど真ん中に突っ込んでいくのにさすがに連れていけるわけがない。
山道を進んでいくと急に森が開け、草地が広がる。広々とした野営地の真ん中にはゴブリン共がうじゃうじゃとたむろしていた。ゴブリン達の方もすぐにこちらに気づき、ギャーギャーと叫び声をあげている。
「よし! 正面突破だ!! 行くぞ!!」
「おおっ!!」
サラディンさんの野太い鬨の声に、否が応でも戦意が高まる。ようやく紅の騎士剣の切れ味や【魔力撃】の威力を確かめることもできる。【烈攻】の習得も狙えるだろう。
もう1週間以上も剣を振るってなかったから、少しストレスを感じてたんだよな。今まさに開戦を迎えようとしている最中、少しだけ……いや、かなりわくわくしてしまっている自分に気づく。これじゃ、アスカの事をとやかく言えないな……。
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