第83話 熟練度上げ
「おつかれさま、アルフレッドさん。怪我は無い?」
「ええ、グレンダさん。問題ありませんよ」
ゴブリンの群れを掃討し一息ついたところで話しかけてきたのは支える籠手のグレンダさんだ。以前にキラーエイプの変異種の素材を譲ろうとしたサラディン団長に反発した連中を諫めた赤髪の女性だ。どうやら拳士の加護持ちらしく、さっきはゴブリンナイトを派手に蹴り飛ばしていた。
「アルフレッドさんのおかげで今回も無傷で戦いを終えられたわ。あんなに敵意を集めておきながら、怪我の一つもしないんだから大したもんだわ!」
「ありがとうございます。怪我人が出なくて良かったですね」
「何言ってんだい、ぜんぶアルフレッドさんのおかげじゃない! 今回もウチの斥候職より早く魔物に気付いて、あっという間に最前線に駆け付けちゃうんだから。【剣闘士】だってのが信じられないね。あんたホントは【盗賊】、いや【暗殺者】かなんかじゃないのかい?」
「ははは……間違いなく剣士職ですよ」
今は、【剣闘士】じゃなくて【騎士】だけどね。剣士職ってのは間違いない。嘘は言ってナイ。
「アルフレッドさん! 今回の取り分です! ゴブリンナイトの魔石っす! 他のゴブリンの魔石は自分らがもらっちゃいますけど、良いっすかね?」
駆け付けた槍術士の青年ジェフが手渡して来たのは、4,5センチ大の魔石だった。火喰い狼の魔石よりは一回りは小さいけど、その辺のゴブリンから取れるのは2,3センチ大だったはずだから、かなり大きめの魔石だと言えるだろう。銀貨7、8枚分くらいの価値はありそうだ。
「ええ、かまわないですよ。でもいいんですか? こんなに大きい魔石をもらっちゃって」
「もちろんっすよ。今回もトドメを譲ってもらって、安全にレベル上げさせてもらってるんすから」
カスケード山を登り始めて既に3日が経っているが、その間に何度か魔物の群れに襲われた。その度に俺は最前線に飛び出して、ひたすら盾役を買って出ていた。当然、魔素が入るのを避けて魔物に攻撃を加えていない。
単純にクレアの乗る馬車から魔物を引き離して戦闘をしたいということと、新たに覚えた【不撓】のスキルレベル上げをすることが目的だったのだが、支える籠手の連中にはトドメを譲られていると映ったらしい。サラディン団長には『ウチの若いののレベル上げを手伝ってもらっちまって、わりいな』などと言われてしまった。
都合がいいので、そういう事にしてあるけど。むしろ魔素をおしつけてすみません。
「いやーカスケードルートにするって聞いてどうなるかと思ってたんすけど、これなら誰一人欠けることなく山を越えられそうっすね!」
「そうですね。気を抜かずに行きましょう」
今日の夕方にはカスケード山を越えるルートのちょうど中間地点に着くそうだ。キラーエイプ、フォレストウルフ、ゴブリン亜種の群れなどにたびたび襲われたものの、ここまで怪我人らしい怪我人も出ていない。旅は順調と言えるだろう。
「おーい! そろそろ出発するぞ!!」
ゴブリンの群れの解体作業も終わったみたいだ。金目になりそうな装備品を剥ぎ取られた死体が森の中に投げこまれている。町の近くなら面倒でも埋めるなり、焼却なりするところだが、こんな山の中では死体から病が起こったところで何の問題も無い。放っておけば死肉を漁る肉食獣が片付けてくれるだろう。
俺はグレンダさんとジェフと別れ、再びアリンガム商会の馬車の脇に戻った。
「おつかれー、アル! やったね!【不撓】がレベル3に上がったよ!」
「おお、早いな。もうレベル3か」
「早くないでしょー。3日もひたすら使い続けてるのに、まだ3だよ!? ほんと【不撓】のレベリングってマゾい」
「たったの3日じゃないか……」
不満そうなアスカだが、俺にしてみれば当然の事としか思えない。一人の剣闘士や騎士が熟練の域に達するのは、加護を得てから10数年が経ち30歳を過ぎる頃だろう。たった数日でいくつものスキルを修得にまでもっていくアスカの訓練の方がおかしいんだ。
「でもこのままだと山を越えるまでに修得できそうにないんだもん。そうなると王都までは加護のレベル上げは出来なくなっちゃうからさー」
「そうなのか?」
「うん。山岳地帯を過ぎて街道に出たら、魔物の平均レベルが下がっちゃうからねー。スキルなんてぜんぜん上がらなくなっちゃうよ。」
「そっか……でも、逆に言えば山さえ越えたら危険は減るって事だよな?」
「うん、街道沿いを進めばね。ルートをちょっと外れれば、強い魔物が出てくる森とか洞窟とかあるんだけどね。隊商はそんなとこ通らないでしょ?」
「そりゃあ、街道沿いを通るだろうな。安全に旅が出来るならそれに越したことはないじゃないか」
「だよねー。あーあ、騎士修得はやっぱり王都までおあずけかぁ」
「おいおい。今回の目的は無事に王都までたどり着くことと、クレアを送り届ける事なんだからな? 加護のレベル上げなんて二の次だろ」
「はいはーい。わかってますよーだ」
アスカは何かというと魔物の討伐とか加護のレベル上げとかを優先しがちだ。安全に旅をすることの方がはるかに大事だと思うんだけどな。アスカと旅を続けるためには強くなければならないとは思っているけど。
まあ、どっちにしても【騎士】の加護の修得にはかなりの時間を要するだろう。【不撓】については、あっさりとスキルを得ることができたしレベル上げも順調だ。だけど【魔力撃】については手付かずのままだし、【烈攻】については習得すら出来ていない。
【魔力撃】は敵にスキルをくらわせなければ熟練度を上げられないらしいので、スキルのレベル上げは保留している。アスカによるとこの周囲に出てくる魔物の平均レベルは10くらいなのだそうで、あっさりとレベルが追い付きかねない。そうなると【不撓】の熟練度稼ぎもできなくなってしまうので、いまのところは放置するしかないそうだ。
そして【烈攻】の方は、敵を攻撃し続けないと身に着けることが出来ない。よってこちらも【魔力撃】と同様に手を付けることが出来ずに放置し続けている。
【不撓】の方は敵の攻撃を受け続けていれば得ることが出来るので、盾役として立ち回っていたらあっさりと身に着いた。熟練度上げはひたすらスキルを発動すればいいようなので、魔力が枯渇しないように気を付けながら戦闘時以外もちょくちょく発動している。
【盗賊】Lv.★の魔力は【騎士】Lv.1の3倍ほどあるそうなので、普通の【騎士】の加護持ちに比べてはるかに多くの発動回数を稼げている。それに周囲の魔物の方が俺よりもレベルが高いから効率よく熟練度を上げられている。アスカに言わせるとそれでも遅いそうだけど……。
「一つのスキルをレベル3にするのに丸3日もかかるってほんとありえない。マスターするまで1週間もレベル上げするの? 超苦行じゃん。ユーザー離れるっつーの」
「あ、ああ。そうだな。まあ、ぼちぼちやって行くしか無いさ」
「ほんと放置レベル上げさせろっつーの……って、あれ? 何かあったのかな?」
ふと気づくと前を行く馬車が停止していた。先頭の方を見ると、道の先に数台の馬車が停止しており道がふさがれているようだ。
「何かあったのかな……。アスカ、ジオドリックさんを呼んできてくれ。様子を見に行きたい」
こんなところで馬車が立ち往生…か。嫌な予感がするな。




