第82話 奇跡
ステータスウィンドウには俺の名前が『アルフレッド』と表示されていた。以前は『アルフレッド・ウェイクリング』と書かれていたはずだ。
「俺の名前が……変わってる」
「うん。いつの間に変わったんだろうねー」
『火喰いの剣』が『紅の騎士剣』に変わっただけじゃなく、俺の名前まで『アルフレッド・ウェイクリング』から『アルフレッド』に変わっていたのか。
「俺がウェイクリング家を出たから名前が変わったのか?」
「うーん…。でも、アルが実家を出たのは【森番】になった時でしょ? だったら最初から、ただのアルフレッドになってたはずじゃない?」
「だとしたら……チェスターで名前が変わったのか……?」
呼び出されたチェスター領主の館。町の有力者たちの前で、俺はウェイクリング家の騎士になることを目指していた過去と決別した。父との謁見を機に俺の名前は『ただのアルフレッド』に変わったのだろうか。
「あの時までウェイクリング家に未練が残っていたってことなんだろうな」
「そっかぁ……。それにしても武器の名前が変わったり、急に騎士になれるようになったり、アルの名前が変わったり……やっぱりWOTとは違う世界なんだなぁ」
「WOTじゃ、こんなこと起こらなかったのか?」
「うん。さっきも言ったけど紅の騎士剣なんてアイテムは無かったはずだし、騎士になるには王都でイベントをこなさないとなれないはずだったの」
「そうなのか」
でも言われてみれば不思議な話だ。アスカの騎士になると誓っただけで『火喰いの剣』が強化されて名前も変わり、【騎士】の加護を得る事が出来た。
だが、騎士の誓いを立てる事で武器が強化されたなんて聞いたこと無い。もちろん剣闘士から騎士への昇格を果たしたなんてことも聞いたことが無い。
もしそんな事が可能なら、毎年の様に行われている従士に騎士爵を与える佩剣の儀で、昇格がそれこそ頻繁に起こっているはずだし、強力な騎士剣が量産されていることになる。当然だけど、そんな事は起こっていない。
もしかしたら俺の名前が変わったのもあの儀式の真似事がきっかけだったのかもしれない。ウェイクリング家の騎士ではなくアスカの騎士になると誓ったことで、『アルフレッド・ウェイクリング』から『アルフレッド』に変わったのだとしたら、なんとなく納得できるかもしれない。
「あの儀式で、ねぇ……」
「もうさ、強い想いが奇跡を起こした。それでいいんじゃないか?」
「なんか適当ね。まあ考えてわかるような事じゃないからいっか」
「そうそう。そもそも加護をこうしてぽんぽん変えている時点で普通じゃ考えられない奇跡みたいなもんだしな」
「あ、そっか。NPCは加護が変わらないんだもんね。確かにこの世界の人達にしてみれば、それだけで奇跡みたいなもんよね。うん。『想いが奇跡を起こした』か。なんかファンタジーっぽいし、良いかもね!」
なんだかまた恥ずかしいセリフを吐いてしまったかもしれない。そのうち思い出したようにアスカに弄られる予感がする。『強い想いで奇跡を起こすのよ! アル!』とかニヤニヤ笑いながら言って来るアスカが脳裏によぎる。うん。とっととこの話題は終えておこう。
「そもそも最序盤で火喰い狼が出てくることなんて無かったはずだし、チェスターを襲う魔物はゴブリンだったはずだし、魔人族は倒せない敵だったはずだし……。WOTと違う事が起こるなんて今さらよね」
「そうそう。考えても仕方がないことはとりあえず放っておこう。それより騎士のスキルの習得なんだけどさ……」
「うんうん。まずは……」
その後、マルコさん達との話し合いを終えてテントに乱入してきたクレアがアスカを馬車に連行して行くまで、騎士のスキルの習得やスキルレベルの上げ方などについて話し合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こっちだ餓鬼ども!!」
俺は隊商に襲い掛かってきたゴブリンの群れに向かって挑発を放つ。8体のゴブリンたちは、表情に怒りをにじませて俺に向かって武器を振り上げる。
この山のゴブリンはなかなかに手強い。この数のゴブリンに同時に襲われたら、さすがに無傷じゃ済まなそうだ。俺は身を固めるために新たに身に着けたスキルを発動する。
「【不撓】!」
スキルの発動とともに俺の身体を魔力の衣が包みこむ。この状態なら多少の攻撃を受けても、軽傷で済む。まだスキルレベルが低いため、防御効果も持続時間も短いけど、しないよりはマシだ。
「グギャァッ!」
「ギギイッ!!」
「【鉄壁】!」
突っ込んで来た3体のゴブリンの剣を盾で防ぐ。魔力の盾はいとも簡単に振り下ろされた剣を弾いた。
【不撓】の効果は【鉄壁】と相乗するようで、魔力の壁は以前よりも分厚く堅牢になった。この状態で【盾撃】を使えば、かなりの攻撃力を発揮しそうだ。ゴブリンにダメージを与えたら魔素を得てしまうから、やらないけど。
【鉄壁】の魔力の盾が霧散し、目の前のゴブリン達と再び対峙する。するとゴブリンたちは唐突に左右に分かれて飛び退った。
「ん……って、あぶねっ!!」
空いた正面から矢が数本飛んでくる。なんとか盾での防御が間に合い、弾くことが出来たが……本当にこの山のゴブリンは厄介だ。
8匹のゴブリン達はそれぞれ汚れてはいるが丈夫そうな装備を身に着けていた。おそらくはこの山道を通った冒険者や商人から奪ったものなのだろう。
短剣を手に、帷子や皮鎧を着ているソードゴブリンが3体。弓を引き、離れた場所から俺を狙うゴブリンアーチャーも同じく3体。杖を持っているヤツはゴブリンメイジだろうか。魔法攻撃にも注意をしなければならない。
そして最後の1体は、他のゴブリンに比べると二回りほど身体が大きい。他のヤツらは子供か小さめの女性程度の大きさだが、こいつだけは俺と同じぐらいの体格をしている。大剣と鉄鎧を装備したゴブリンナイト。こいつがゴブリンの群れのリーダーなのだろう。
「……【挑発】、……【不撓】」
俺はスキルを重ねて発動し、注意を引き付けつつ身を固める。俺の役目は徹底した盾役だ。
こいつらの攻撃を一手に集めて捌きつつ、時間を稼ぐ。待っていれば支える籠手の連中が弓や魔法で削ってくれるだろう。俺は回避と防御に専念しつつ、射線を妨げないように立ち回ればいい。
再び突っ込んで来たソードゴブリン達の剣を軽やかに躱す。間隙を刺すように飛来する矢もなんとか躱し、弾く。突進してきたゴブリンナイトの剣を盾でがっちりと受け止めたところで、炎の塊が俺に向かって飛んで来た。
「うおっ!!!」
【鉄壁】での防御が間に合わず、俺は盾で火の塊を受け止める。普通の盾だと魔法を防ぐことは簡単ではないかもしれないが、俺の盾は火属性の攻撃への耐性の高い『火喰いの円盾』だ。なんとか火魔法を防ぎきることが出来た。
しかしゴブリンメイジの放った火魔法を受けて硬直したところを、ゴブリンナイトに狙われてしまう。
「グルォォ!!」
「うぐぁっ……!!」
剣の一振りはなんとか躱す事が出来たのだが、そのまま突進してきたゴブリンナイトの体当たりをまともに食らってしまう。跳ね飛ばされて無様に地面を転がってしまったが、それでもきちんと受け身は取る事が出来た。
俺はすぐに立ち上がり追撃に構える。このゴブリン共はきっちり連携して攻撃してくる。案の定、ソードゴブリン達が殺到して来ていた……が、先頭のゴブリンの額にドスっと矢が突き刺さる。
ふう……ようやく、支える籠手の包囲が完成したか。さあて、反撃だ。
「ま、俺は盾役に徹するけどな」
俺はあらためて、【不撓】と【挑発】を発動した。




