第80話 誓約
支える籠手の面々がキラーエイプ達の亡骸から売り物になりそうな素材や再利用できそうな矢などを回収し終わった後に、隊商は再出発した。支える籠手の手際はすばらしく、8体もいたキラーエイプの解体はあっという間だった。
アスカの【解体】スキルのおかげで、最近は魔物の解体作業を全くしていない。腕が鈍らないように、たまには解体もやっておいた方が良いかもしれないな。
そんな事を考えながら山道を粛々と進む。馬車がぎりぎりすれ違えるくらいの広さの山道は、段々と傾斜がきつくなってきていた。隣を歩くアスカの額にうっすらと汗が浮かんでいる。
通る人々が踏み均した程度の荒れた路面が、馬車をグラグラと揺らしている。歩く分にはさほど問題はないから俺は平気だが、馬車に乗っているクレアは乗り物酔いでぐったりとしていた。
山道は深い森の中を縫うように通っている。麓に比べると森の色合いがだんだんと濃くなってきていた。森林はどこまでもどこまでも長く続いていて、広葉樹の枝々は幾重にも折り重なって好き勝手に長く長く伸びている。
森の奥の方はうっそうと茂る樹木と苔むした岩、湿った黒い土が鬱然と地をおおっている。切り開かれた山道はある程度の明るさがあるけど、森の中にはどこからも日は差し込んでいない。あの暗い森で魔物に潜まれたら、【索敵】が無ければとてもじゃないが気づくことは出来ないだろう。
残念ながら、隊商の斥候の警戒には期待できそうにないので、俺は【索敵】をしながら歩みを進めた。今のところは周囲に魔物の姿は見えない。姿が見えても単体でうろついている魔物は、隊商に気づくとさっさと離れていく。
さっきのように群れで襲い掛かって来るような魔物はそこまでいないみたいだ。これなら今日の野営地までは無事にたどり着けるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アッルー!」
魔物に襲われる事なく野営地にたどり着き、即席の竃の準備をしているとアスカが声をかけてきた。
「おう、アスカ。あれ? クレアは一緒じゃないのか?」
アスカは自生している薬草や魔茸を回収しつつ歩いているので、移動中は俺やジオドリックさんと一緒に行動する事が多い。だけど野営地では、ほとんどの時間をクレアと一緒に過ごしていた。
出発前は二人が仲良くやっていけるか心配していたけど、打ち解けてくれたみたいで良かった。俺の取り越し苦労だったみたいだな。
「いやいや。クレアちゃんがあたしにつきまとってるだけだからね? 移動中はともかく野営地ではアルと二人きりにしたくないんでしょ?」
「え、どういうこと?」
「…………なんでもない。クレアちゃんはマルコさん達とお話してるよ。今後の打ち合わせだって。」
つきまとってるだなんて酷い言い方だな。クレアだって同年代の友人を作りづらい立場だから、アスカと一緒にいる事が楽しいんだろうに。
「はあ。もういいや。引きこもりの陰キャには、女子の心の機微はわからないか」
「……何を言ってるのかはわからないけど、バカにされてるってことはわかるな」
ほんとにアスカは口が悪い。黙ってりゃ可愛いのに。
「はいはい。でさ、【剣闘士】の加護を修得したじゃない? これからもスキルレベルを上げるチャンスがありそうだから、加護を変えとこうと思って来たの」
「ああ、そうか。次はどうするんだ?」
確か、変えられる加護は【喧嘩屋】、【魔術師】、【癒者】だったよな。出来れば魔術師になって、攻撃魔法を使ったりしてみたいところだけど……
「癒者と魔術師は……無しよね?」
「そうだな……。剣闘士ってことになってる俺が突然魔法を使い始めたら怪しさ満点だからな」
「となると、喧嘩屋一択ね。幸い喧嘩屋のスキルは盗賊と同じで地味なのが多いから、気をつければ怪しまれないと思うし」
「じゃあ、そうするか。頼む」
「はーい」
アスカがメニューウィンドウを出してぽちぽちとつついた。
そう言えばこのメニューウィンドウ、アスカと俺以外の人には見えないらしい。
アスカがメニューウィンドウを出していた時に、クレアがテントに入ってきた事があったのだが、完全に見られたタイミングだったにもかかわらずクレアは何も言わなかったのだ。メニューウィンドウは石板状の半透明な板で、控えめに言ってとても目立つ。そんな板が宙に浮いているのだから、それを目にしたクレアが何も言わないわけはない。
メニューウィンドウを見られたと思って慌てる俺たちを見て、クレアは何かやましい事をしていたんじゃないかと疑ってきたぐらいだから、見えていない事は間違いなかった。疑問に思った俺達は隊商や支える籠手の連中の前であえてメニューウィンドウを出してみたところ、誰もメニューウィンドウが見えていないことに気づいたのだ。
今までメニューウィンドウが人目に触れない様に気をつけていたから気づかなかったのだが、これなら人前で使っても問題なさそうだ。
そういうわけで、アスカは野営地のど真ん中で堂々とメニューウィンドウを出していじっていたのだが、俺たちは別の意味で周囲の目を集める事になった。
「はぁ???」
アスカが急に素っ頓狂な大声をあげたからだ。俺は慌ててアスカをテントの中に連れて行く。
「うるさいよ、アスカ! 魔物が集まってきたらどうするんだ」
「だ、だってアル! これ見てよ!」
そう言ってアスカがメニューウィンドウを指し示した。覗き込むとこんな事が書いてあった。
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■ジョブ
森番
剣闘士★
騎士
喧嘩屋
盗賊★
癒者
魔術師
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へぇ。ここから加護を選べるのか。
剣闘士と盗賊の横についてる★のマークは修得済みって意味かな。まだ未修得なのは、騎士に喧嘩屋、癒者……って!
「騎士!?」
「そう! そうなの! いつの間にか騎士になれるようになってたの!」
アスカが興奮した様子でそう言った。いや、アスカが……っていうか俺もかなり興奮している。俺がなれるのは喧嘩屋、癒者、魔術師のどれかじゃなかったのか?
「そのはずなんだけど……。始まりの森で手に入れた『大事な物』でなれるのは、剣闘士・喧嘩屋・盗賊・癒者・魔術師の5つなの。騎士になるには【誓約の騎士剣】っていう大事な物が無いとなれないんだよ! 王都でイベントをこなしたら王様からもらえるアイテムなんだけど……」
「そんなもの持ってないよな? なんで急に騎士になれるようになったんだ? いや、なれるなら嬉しいんだけど…って、【誓約の騎士剣】?」
「え…? なんか知ってるの??」
アスカがまじまじと俺の目を見つめる。
「……ああ。もしかしたらなんだけど、前にチェスターで『佩剣の儀』の真似事をやったことが有っただろ? アスカの叙任を受けて、俺は晴れてアスカの騎士になった……ってやつ。覚えてる?」
改めて言うと、恥ずかしいセリフだな。なんであの時の俺は街のど真ん中で、あんな事を堂々とできたんだ。
「おっ覚えてるに決まってるじゃない!! あんなに、かっこよか……ゴホンッ! そ、それで? それが、ど、どうしたの?」
アスカも顔を赤くする。そうだよな、恥ずかしかったよな。ゴメン。あの時の俺はちょっと、どうかしてたんだ。
「あ、ああ。その『佩剣の儀』ってのは、別名『誓約の儀式』とも言われるんだ。従士が王や領主に忠誠を誓う儀式だからな」
「へえ……」
「それで、その時に与えられる剣が『誓約の騎士剣』なんだ。だから、もしかしたら……」
俺はアスカに火喰いの剣を手渡す。アスカは何が何だかわからないといった表情で剣をしばらく眺めていたが、はっと気がついた。
「もしかして……これが『誓約の騎士剣』!?」




