第78話 変異種
「かかって来い! エテ公!!」
「ギキイッ!!」
「ギャッギャッー!!」
再度、【挑発】を発動してキラーエイプ達の注意を集める。赤い顔を俺にむけて威嚇してきているため、俺に対する敵愾心が高まっているのは間違いない。
だが、キラーエイプ達は木の上から折った木の枝を投げつけてくるばかりで、地面に下りようとはしない。どうやらターゲットを俺に集中させるのには成功したみたいだが、キラーエイプ達は自分達が有利に動ける木の上から下りてくるつもりは無いみたいだ。
頭上から一方的に攻撃できる地形の優位性を手放すつもりはないってことか? 数的には圧倒的にこちらが有利だから警戒しているのだろうか。でも、それじゃこっちにダメージを与える事も出来ないぞ?
キラーエイプ達は木の上を飛び回りながら木の枝を折っては投げつけてくるが、盾を構えて守りを固めていれば痛くもかゆくもない。【鉄壁】を発動する必要すら無いぐらいだ。
まあ、こっちも魔物を倒すつもりも無く、【挑発】の練習さえできればいいので全く問題ないのだが……。それにアリンガム商会の馬車と隊商から注意をそらすことが出来れば、護衛としての任務は果たしているわけだし。
うーん。木の枝を投げてくるだけだとしても、それはそれでいいか。こっちもスキルの練習に徹しよう。今度は声を出さず【挑発】を発動する。
「ギャッギャッギャッギャッッ!!」
「ギャギャアーー!!」
……それにしても。ぬるすぎるぞ。この山の魔物は手強いんじゃなかったのか?
けたたましい叫び声を上げながら木の枝を動き続ける茶色い毛に包まれた赤ら顔のキラーエイプ達。俺は投げつけられる木の枝を、躱しつつ、避けにくいものだけ盾で弾いていく。
「ん……?」
しばらくキラーエイプ達の相手をしていると、遠くから近づいてくる魔物の気配を感知した。ああ、なるほど。ずいぶんやかましく叫んでいると思ったら、仲間を呼んでいたのか。
でも……援護があるのはお前らだけじゃないしなぁ。
降りかかる木の枝を弾いていると不意にキラーエイプのうち一匹に矢が突き刺さる。矢に射貫かれて木から落ち、地面に転がったキラーエイプに今度は氷の矢が突き刺さる。おっ、今度は【氷矢】か。すごい、ばっちり心臓辺りに突き刺さってる。さすが支える籠手の連中の連携はすばらしいな。
おっと増援に駆け付けたキラーエイプ達がそろそろ到着しそうだ。さて、こいつらの注意を集めないとな。俺は【挑発】を放ち、新手の注意を引きつけた
増援が駆け付けて7匹になったと言うのにキラーエイプ達は揃いもそろって木の枝を投げつけて頭上で騒いでるだけだ。新手の注意も集められているし、多少は避け辛くなったぐらいで投擲される木の枝を捌くも問題ない。
躱したり、盾で守ったり、【挑発】を繰り返し放ったりと動き回っていると、支える籠手の後衛からの攻撃でだんだんとキラーエイプの数が減って来る。残すところはたったの3匹だ。
「ギャッギャッギャァァッー!!」
「ギキャアァーー!!」
相変わらず騒ぎ続けるキラーエイプ達。このままろくな反撃をすることも出来ずに、木の枝を放り投げるだけで死んでいくのか?
と思ったところで俺は魔物の増援の気配を再び察知する。今度の気配は……大きい。これは猿たちのボスか!?
「支える籠手! また猿が何匹かこっちに向かってる! 今度は大物が来るぞ!!」
「ちっ! 数が増えると面倒だ!! 残りを一気にやっちまえ!!」
「おおっ!!」
背後から一斉に矢が放たれる。中には【岩弾】や【氷矢】も交じり、キラーエイプ達を木の上からたたき落としていく。
「グギャアァーーーー!!!!」
森に響き渡る魔物の怒声。駈け寄って来たのはキラーエイプよりも一回りも二回りも大きい、金色の毛の猿だった。身体が大きいためか木には登らず、四つ足で地面を駆けている。
「変異種だ!!!」
「総員、アルフレッドの援護に回れ!!」
支える籠手が慌ただしく配置を変え、周囲の警戒に当たっていた連中も背後に集まって来る。
変異種!? キラーエイプが突然変異した魔物なのか?
……この大きさと威圧感。キラーエイプ達の親玉ってことで間違いなさそうだ。
とは言っても……やる事は同じ、だよな。突然の大物の登場だっていうのに、いやに落ち着いてるな、俺。
これも強烈な威圧感を放っていた魔人族と戦ったおかげかな……。自分でも不思議なくらい冷静だ。
「支える籠手! こいつも俺が引き付ける!」
キラーエイプ達との戦いと同様に、俺は最前線を一人で受け持つ。周りに味方がいない方が立ち回りやすいからな。
「お前の相手は俺だ! ボス猿!!」
俺は変異種に【挑発】を放ちつつ、腰を落として盾を構える。変異種は一直線に俺に向かって突っこんで来た。
「【大鉄壁】!!」
ゴォンッ!!
躊躇なく俺に体当たりをかましてきた変異種の巨体を、展開した魔力の盾でがっしりと受け止める。さすがに勢いに押されて数歩分は押し込まれたが、十分に耐えられた。
「どうした!! ぜんぜん効かねえぞ!?」
「ギュオァァーーッ!!」
丸太のように太い腕をぶんぶんと振り回す変異種の攻撃をサイドステップで躱しつつ、再び【挑発】を放つ。すこしだけ開いた間合いを詰めるように突進してくる変異種。
「【鉄壁】!」
ギインッ!!
巨体の重さを乗せて振り下ろされた鋭い爪の一撃を、【鉄壁】で受け止める。今度は後退りもせず完璧に防げた。
うん、助走をつけた体当たりでも無ければ、ただの【鉄壁】で十分に防げる。こいつは火喰い狼ほどの強敵じゃない。このまま、攻撃を封殺してやる!
「ふっ…はっ! ちっ…【鉄壁】!」
俺はキラーエイプとの戦いと同様、振り回される腕を躱しつつ、避けにくいものだけ【鉄壁】で弾いていく。つかず離れずの距離を保ちながら、【挑発】で注意を引き付けるのも忘れない。
「【ピアッシングアロー】!」
「【氷矢】!」
「【岩弾】!」
俺への攻撃を繰り返す変異種の背後に、次々と支える籠手の飛び道具が突き刺さっていく。変異種の体躯にはハリネズミの様に矢が突き刺さり、金色の毛並みの大部分は流れ出た赤い血の色に染まっていった。
「ギキャアァーー!!」
「【鉄壁】!!」
あっという間に満身創痍となった変異種が、最後の力を振り絞って放った巨腕の振り下ろしを、俺は真正面から受け止める。
「……お疲れさん」
血まみれになりながらも闘志を失わず、殺意と怨嗟のこもった眼で睨みつける変異種に、ふと声をかける。
「【牙突】!」
俺の声掛けとほぼ同時に、相対する変異種の胸から槍の穂先が突き出した。それは変異種の命を刈り取る、支える籠手の【槍術士】が放った渾身の一撃だった。




