第8話 徹夜
「新しい加護は【盗賊】よ!!」
アスカはふんぞり返ってそう言い放った。
「……はぁ?」
ちょっと待て。今なんて言った?
「だから、新しい加護は盗賊よ」
アスカは聞こえなかったのとでも言わんばかりに小首をかしげる。
いや、聞こえてるよ。そうじゃなくて!
「……騎士にしてくれるって話だったじゃないか!」
「今は無理だよ、そんなの」
「えぇぇ……ちょっと待てよ……よりにもよって盗賊かよ」
森番ほどでは無いにしても、盗賊も世間から軽視されてしまう加護だ。優秀なスキルがあり、身の軽さは秀でるものの、その非力さから戦闘ではさほど活躍が望めない。口汚い者からは『泥棒』『鼠』などと揶揄されてしまう。
「何よ? そんなに盗賊が嫌なの?」
「……森番よりはましだけどさ」
そ、そうだよ。森番とは違って湧き上がるような加護の力を感じる。
騎士になれなかったのは残念だけど、そんなのとっくに諦めてたじゃないか。非力とは言え、始まりの森の魔物程度ならなんとか戦えるだろう。
「いや、なんでもない。例え騎士になれなかったとしても、アスカには感謝しないとな」
そうだ、受けた恩には報いないと、騎士の名折れだ。いや、騎士じゃないけど……。
「え? だから、今は無理なんだって。時間はかかるけど、ちゃんと騎士にしてあげるってば」
「へ?いや、だって新たな加護は盗賊だったって……」
「うん、今はね。次は【癒者】になってもらうかな」
「……は?」
「その次は【喧嘩屋】ね。それと【魔法使い】と【剣闘士】にもなってもらうから! ジョブマスター目指して、がんばろうね!」
「はぁぁぁぁ????」
だめだ。この子、何言ってんだかほんとわからない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……俺はいったい何をやらされてるんだろう?
神殿での一悶着の後、アスカに促されるままに森番小屋に戻り夕食をとった。そして騎士になるための訓練と言われ、小屋からたたき出されたのだ。
「今から聖域にいる動物を10匹捕まえてきて。10匹捕まえるか、朝になったら帰ってきていいよ。あ、灯かりは使っちゃダメだからね」
訓練と言われたので仕方なく狩りに出たけど……夜中に狩りなんて出来るわけがない。魔物は人を見つけると襲い掛かってくるけど、動物は人に気付くとあっという間に逃げ出してしまう。
ヤツら耳も良ければ、鼻もいい。暗い夜中でも目が効く奴らもいる。こっちが見つける前に感づかれて逃げられてしまうだろう。
スライムとかなら逃げられる前に倒せるかもしれない。動きがとろいから逃げられても追いつけるだろう。
でも、それは昼間だったらの話だ。水場や茂みの中に潜むあいつらを真夜中に見つける事なんて不可能だ。半透明の塊だから、水の中に隠れられたら昼間でも見つけにくい。暗い茂みの陰に潜まれたら、風景に溶け込んでしまって、やっぱり気付きにくい。
じゃあ、他の動物を探す? 残念ながら、それもかなり難しい。
この辺りにはホーンラビット、ワイルドスタッグ、マッドボアの幼体が生息している。こいつらは人里の近くでは夜も活動するみたいだけど、基本的には昼行性の動物だ。
ホーンラビットはだいたい巣穴や茂みに隠れて寝てる。ワイルドスタッグやマッドボアは、見通しのいい草むらで休んでいる事が多い。だいたいは同じ場所に寝るので、場所の目星はつく。
でも、あいつらはとにかく勘がいい。例え寝ていたとしても、こちらが見つける前に気づいて、さっさと逃げ出してしまう。ついさっきも俺に気付いて逃げ出していくワイルドスタッグを見送ったばかりだ。
「あー、もうやめた!」
無理だって、こんなの。真夜中に灯かりも無かったら、ほんの少し先しか見通せない。闇の中を歩き回ること自体が難しい。
そもそも、10匹も狩るなんて昼間でも出来ない。さっさと諦めて帰ろ。
そう思い小屋に戻ると、まだ灯かりがついていた。もう深夜だってのに、まだアスカは寝てないのか? 小屋に近づいたら、俺が帰って来たのに気付いていたようで、アスカが出て来た。
「どしたの、アル? まだミッションはクリアしてないでしょ?」
「いや、やっぱり真夜中に狩りをするなんて無理だって。今日はもう休むよ」
そう言って小屋に入ろうとすると、アスカが立ちふさがった。
「ダーメ。はい、訓練に戻って!」
「いや、だから、こんなに暗くちゃ獲物を見つけるのも……」
「言い訳は聞きませーん。行ってらっしゃーい」
そう言い放つとアスカは部屋に戻り、バタンと音を立ててドアを閉めた。
「ちょっ……待てよ!」
俺は部屋に入ろうとドアに近づくと、少しだけドアを開けアスカが顔をのぞかせる。
「あーれー? アル君は騎士になりたいんじゃなかったのかなー? こんな訓練も乗り越えられないのかなー?」
「……ぐっ、それは……でもこんな事やって何の意味が……」
「行ってらっしゃーい」
バタンとドアが閉まる。
くっそ……。しょうがない。出来るわけないけど、やるだけやってみるか……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、獲物を求めて真夜中の聖域の森をさまよった。残念ながら成果はゼロだ。見つけられたのは寝床から逃げていく動物の後ろ姿だけ。
うんざりしながらも出来るだけ足音がしないように、慎重に歩を進める。目星をつけていた巣穴や寝床に、風下から近づく。
それでも、先に気付かれてしまい動物達に逃げ出されてしまう。そうこうする内に、辺りはだんだんと白んでいった。
「もう朝か……」
集中して獲物を追っていたからか、思ったよりも時間が過ぎてしまっていたようだ。ようやくこの無駄な訓練も終わりか……。
さすがに徹夜で、森を歩き回るのは疲れた。訓練するにしても内容を考えろとアスカに言わないとな。
そう思って小屋に足を向けたところで、草むらに寝そべるマッドボアを見つけた。偶然にも風下にいるため向こうはまだ気づいていない。
成果が全くないよりは、一匹だけでも捕まえられた方が格好もつくだろう。俺は足音を立てないように注意しながら、背負っていた短弓を手に取りマッドボアに歩み寄る。
俺が確実に矢を当てられる距離は15メートルぐらいだ。だけど、そこまで近づくとほとんどの場合は動物に気付かれ逃げられてしまう。
だから普段は、もっと離れた位置からイチかバチかで矢を射っている。命中率はほぼ半分と言ったところだろうか。
だけど今回は少し様子が違う。マッドボアは深く寝入っているのか、近づいて行っても気付く様子が無いのだ。
そのまま必中の射程距離まで忍び寄る。相手はまだ眠っている。なんて間抜けなイノシシなんだ。
俺は弓を引き、矢を放つ。矢は吸い込まれるようにマッドボアの前脚に突き刺さる。マッドボアは悲鳴を上げて、逃げだそうともがくがもう遅い。
俺は矢を放った直後に弓を投げ捨て、マッドボアに向かって駆け出していた。一瞬で距離を詰め、ダガーを首元に突き刺す。刺したダガーを抉るようにして切り裂くと傷口から多量の血が噴き出す。マッドボアは血だまりの中に倒れ伏した。
「ふうっ…」
さすがに盗賊の加護は伊達じゃないな。走る速さとダガーを振るう力強さが以前と段違いだ。こんなにも簡単に間合いを詰められるのなら、わざわざ矢を射たなくても良かったかもしれない。
それにしても一匹だけでも狩れてよかった。アスカが来てから食糧の備蓄は減る一方だったからな。
俺はさっそく獲物の解体にとりかかる。首元を切り裂いたため大半の血はすでに抜けている。解体用のナイフで腹を裂き、ダガーで肋骨を切り開く。腹を開ききったら内臓を取り出して捨ててしまう。丁寧に処理すれば食べられるが、寄生虫がいたりするし時間もかかるので面倒だ。最後に生活魔法【静水】で首元から捌いた腹の中まで洗い流して、ここでの解体は終了だ。
そこまで終わって俺はふと気づいた。手早く解体したとはいえ少なくとも十分程度は経過しているはずだ。それなのに、周囲の明るさが変わっていない。辺りが白んできてから合わせて数十分は経っているはずなのに、一向に日が昇って来ないのだ。
疑問に思い空を見上げると、真っ暗な空一面に星が煌めいている。月と星の位置から考えると、おそらく夜明けまではあと1時間ほどは時間がありそうだ。
それなのに、なぜ辺りはこんなにも白んでいるのだろう。日も昇っていないし、空は相変わらず真っ暗なのに、辺りは妙に明るい。普段なら数メートル先も見通せないはずなのに。
俺は不思議に思いながらも、マッドボアを引きずって小屋に向かった。たぶん、アスカが何かやったんだろう。あの子が来てから不思議な事ばかり起こってる。どうせ、これもその一つだろう。俺は考えるのをいったん放棄することにした。
小屋に着き、裏にある物置にまわる。仕留めたマッドボアを大きい木桶に突っ込んで、【静水】で出した冷たい水に浸した。このまま明日まで日陰で冷やしておけば、肉の臭みも取れるだろう。
それにしても魔力に余裕がある。生活魔法とは言え以前はここまで連発できなかったのに。盗賊の加護を授かっただけはあるな。
そうこうする内に、今度は確かに日が昇ってきた。やっと、この意味不明な訓練も終了だ。さすがに今日は疲れた。とっとと眠りにつきたい。
そう思い正面に回ると、ドアの前にアスカが立っていた。もしかしてずっと起きて待っててくれたのか?
なんだか良い匂いも漂っている。スープでも作ってくれてたのか? いいとこあるじゃないか。ただいま、アスカ。
そんなことを思っていたら、アスカの口から予想外の言葉が飛び出した。
「おめでとう、アル!【潜入】に【索敵】、【夜目】のスキルをゲットできたよ!」