第74話 散策
「むー。やっぱり採りたての薬草じゃないと効率が悪いなー。聖域の薬草に比べればマシだけど」
「下級回復薬、何本ぐらい作れたんだ?」
「33本。オークヴィルの牧草地で採った薬草なら50本近く作れたんだけどなー」
まだクレアが下りてこないので俺たちは商人ギルドのロビーに設置されたテーブルセットで待機している。アスカはウィンドウをポチポチとつつきながらそう言った。
同じ下級回復薬を作るのにも必要となる素材の数は、その素材の品質によって増減するみたいだ。先ほど購入した素材の場合、下級回復薬1本あたり薬草3株に魔茸1本、静水、水瓶(のごく一部)が必要だった。
オークヴィルの牧草地で採った鮮度の高い薬草なら2株で済んだらしい。聖域産の薬草の場合は1本あたり薬草5株も使わないと作れなかったそうなので、それに比べれば随分マシだが。
それでも銀貨8枚分の材料費で銀貨12枚を超える下級回復薬を作れるわけだ。ウィンドウをちょいちょいと弄っただけで、銀貨4枚分の儲けが出るのだから文句などあろうはずもない。
護衛任務二日分の日当を一瞬で稼げているわけだし、森番の給金なんて一月で銀貨2枚だったのだ。商人アスカの稼ぎっぷりは、すばらしいの一言だ。
「どこの町にも冒険者ギルドと商人ギルドぐらいはあるから、立ち寄って薬売りをするだけで小金持ちになれそうだな」
「このお金稼ぎは序盤でしか出来ないけどねー。終盤になると一つの防具で白金貨数枚かかったりもするから、このぐらいの差額じゃとても稼げないよ」
「……そもそもそんなに大量の素材なんて商人ギルドでも売ってないだろうけどな」
さすがにそんなに甘くないか……などと考えていると、ロビー奥の大階段から男性とともにクレアが下りて来るのが見えた。階段の下まで降りると男性とにこやかに握手を交わして別れ、こちらにやって来る。
「大変お待たせいたしました」
「お疲れさま、クレア。その顔からすると、商談は上手くいったみたいだな?」
「ええ、おかげさまで良質の絹糸を仕入れる事が出来ましたわ。せっかく王都に行くのですから、少しぐらいはウェイクリング領の特産品を持ち込みたいですからね。今回はチェスター自慢の絹織物が無くて残念ですけれど」
さすがはアリンガム商会の副会長様ってだけはある。クレアはもう立派な商人として活躍しているんだな。俺も、負けていられない。
「ねー、そんなこといいからさー、お買い物に行こうよー」
「そうですわね。アスカさんは貴金属をお求めになりたいのでしたか?」
「んーん。パワーストン? のアクセが買いたいんだけど」
「パワーストーン? 魔石や天然石の類でしたら、魔道具屋でしょうか。ご案内しますわ、アル兄さま、アスカさん。」
「うんっ!行こっ、アル」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
商人ギルドを出ると、広場はたくさんのテントで埋め尽くされていた。隊商の面々はここで野宿して一夜を過ごし、翌朝に市を開いてジブラルタ王国から持ち込んだ様々な商品を販売するらしい。そして旅路の糧秣を仕入れ、昼過ぎに出立する予定だそうだ。
そう言えば隊商の人たちはオークヴィルでは町の中の広場で、チェスターでは街の外にテントを広げて野営を張っていた。たぶんジブラルタと王都以外ではずっと野営で過ごすのだろう。
アリンガム商会の計らいで高級宿に、しかも個室に泊まらせてもらうなんて、なんだか申し訳なくなってくる。隊商の面々からしてみれば、それがいつもの事なのだろうけど。
「アル兄さま、あちらがこの町の魔道具屋ですわ。品揃えは、それなりといったところでしょうけれど……」
エスタガーダの魔道具屋は一風変わった品揃えだった。おそらく製糸に使うのだと思うけど、車輪のようなものが付いた魔道具や、様々な歯車やハンドルが付いた魔道具など、どうやって使うものなのかよくわからない物がたくさん置かれていた。もちろんランプやストーブ、コンロといったおなじみの生活魔道具も置いてある。
生活魔道具には特に用は無いので、俺たちは天然石を飾り付けたアクセサリーが置いてあるブースに足を運んだ。アクセサリーの品揃えはオークヴィルにやや劣る、といったところだろうか。
「うーんと、ピンクオパールは……これかこれかなー。ラピスラズリは……ブレスレットとピアスしか無いのかぁ」
「アスカさん、この指輪なんていかがですか?」
「あ、いいねー! シンプルなデザインの方がいいかも!」
「とてもお似合いですわ」
「あ、ねえ、これなんてクレアちゃんにぴったりじゃない?」
「そ、そうでしょうか……ちょっと可愛らしすぎませんか?」
「えー? クレアちゃんは、ゆるふわ系なんだから、このぐらいガーリーな方が似合うってー!」
「ゆる……ふわ……ですか? なんだか可愛らしい響きですわね」
……この二人、なんだか一瞬で打ち解けてないか?
ついさっきまで仲が悪そうに見えたのに……。やはり女性にとって買い物は、わだかまりを簡単に吹き飛ばすぐらい楽しいイベントなんだろうか。
「じゃあ、これとこれください!」
「ありがとうございます。あわせて金貨2枚と大銀貨2枚です」
「じゃあ、これでお願いします。」
金貨2枚とちょっとか。オークヴィルでは金貨3枚ぐらい使ってたから、今回はだいぶ安く済んだな。
アスカが白金貨で料金を支払う。白金貨なんて高額貨幣は、市井ではほとんど使われることは無いけど、さすがに高額な商品を取り扱う魔道具屋では問題なく使えるみたいだ。
それにしても、俺もアスカの金銭感覚にかなり毒されてきたみたいだ……。金貨がほいほいと飛び交う買い物なんてしたことが無かったのに……。
「お返しが金貨7枚と大銀貨8枚ですね。このまま着けていかれますか? それともお包みしましょうか?」
「着けていきまーす」
ちなみにアスカが買ったのは、細い金のリングに丸い石をあしらった『ピンクオパールの指輪』に、大粒の涙のような形にカットされた『ラピスラズリのピアス』の二つだ。ピンクオパールは精神力を、ラピスラズリは防御力を高める効果があるのだそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
無事に買い物を済ませて店を出た俺たちは、すぐに宿に向かった。チェスターを出てたった二日程度で疲れも無いが、先はまだまだ長いので休めるときにはしっかり休んでおかないと。
午後の護衛をジオドリックさんと交代した代わりに、明日の午前中は自由に過ごしていいそうだしゆっくりできそうだ。明日の出発は昼過ぎなので、また町を散策するのもいいかもしれない。気になるところもいくつかあったし……。
宿に戻ると、夕食までの間はそれぞれ自由時間を過ごすことになった。クレアとアスカはそれぞれ自分の部屋に戻り、俺は部屋の外で待機する。
自由時間があるのは護衛対象の二人だけ。依頼の護衛対象であるクレアと、俺の個人的な護衛対象であるアスカ。俺とジオドリックさんは交代でクレアの護衛にあたり、アスカにはなるべくクレアか俺と一緒にいてもらうようにしている。
「魔道具屋はいかがでした?」
クレアとアスカ、それぞれの部屋のちょうど中間あたりに立っていると、微笑みを浮かべたジオドリックさんがやって来た。
「さすが紡績の町ですね。珍しい魔道具がたくさんありました」
「そうですか。それは良かったですな。それで……エスタガーダはいかがでした?」
ジオドリックさんは俺の横に並び立つ。表情には微笑みを浮かべているが、その目は全く笑っていない。
「……二人、ですかね。町の東側出口付近と広場にそれぞれ一人ずつ。それなりに手練れの様でした」
俺もジオドリックさんに倣って、表情にだけ笑顔を張り付けて応えた。
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